説明

医薬製剤用または化粧品用材料、並びにそれらを含む医薬製剤または化粧品

【課題】機能性の高い薬物送達システム(DDS)の達成と共に、癌細胞の転移、浸潤を抑制する効果を兼備する生体適合性ナノ粒子を配合する医薬製剤用または化粧品用材料を提供する。
【解決手段】生体適合性ナノ粒子14をアスパラギン・ヒドロキシカルボン酸共重合体で構成し、前記生体適合性ナノ粒子14の表面電荷が負となる状態で使用することで微小皮膚癌の浸潤転移抑制効果が高く乳酸・グリコール酸共重合体と比較して生体への残留性が低く刺激性が少ない好適な医療製剤用または化粧品用材料の提供が可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体適合性ナノ粒子が配合された医薬製剤用または化粧品用材料およびそれらを含む医薬製剤または化粧品に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、美肌効果を誘導する新規成分の探索、開発が盛んに行なわれている。例えばビタミンCやビタミンC誘導体はしみやそばかすの生成を抑制する効果があることで注目されている。この効果はビタミンCが皮膚深部の細胞に働きかけてコラーゲンの構築に寄与したり、皮脂代謝を改善することで発揮される。
【0003】
したがって、これらの効果を有効に発揮させるためにはビタミンC等の薬物を皮膚深部へ供給し効果的に細胞へ働きかけることが重要になる。しかし皮膚表面は角質バリアで覆われており、ビタミンCなどのビタミン剤は皮膚表面に単に塗付するだけでは皮膚深部までほとんど浸透しない。
【0004】
そこで薬物を効果的に患部へ送達する薬物送達システム(以下DDSと呼ぶ)として、乳酸・グリコール酸共重合体(以下PLGAと略す)のナノ粒子が近年注目されている。このPLGAナノ粒子はビタミン等の薬物を封入することで諸成分の皮膚浸透性を向上させるとともに、徐放効果によって薬物を持続的に作用させる。また、化粧品用だけではなく経皮製剤、経肺製剤、注射用製剤等の医薬製剤用材料としても利用可能である(特許文献1,2,3,4参照)。さらに、最近新たな生体適合性基材として、乳酸・アスパラギン酸共重合体が開発されている(特許文献5参照)
【特許文献1】特開2003−206243号公報
【特許文献2】特開2004−262810号公報
【特許文献3】特開2005−213170号公報
【特許文献4】特表2000−501380号公報
【特許文献5】特開2000−159888号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記生体適合性基材を医薬製剤用または化粧品用材料として使用する場合は、薬剤の浸透性や効能、美容効果とともに、基材の安全性が問題となる。しかし、例えば化粧品配合材料の発癌性はチェックされているが、微小な皮膚癌の転移、浸潤についてはほとんど検討されてこなかった。
【0006】
そこで本発明は、上記問題点に鑑み、安全性の観点から好適な生体適合性ナノ粒子が配合された医薬製剤用または化粧品用材料、並びにそれらを含む医薬製剤または化粧品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するために本発明の第1の構成は、アスパラギン酸・ヒドロキシカルボン酸共重合体で構成される生体適合性ナノ粒子が配合され、且つ、該生体適合性ナノ粒子の表面電荷が負となる状態で使用されることを特徴とする医薬製剤用または化粧用材料である。
【0008】
本発明の第2の構成は、上記構成の医薬製剤用または化粧品用材料において、前記生体適合性ナノ粒子に薬物を封入して成ることを特徴とする。
【0009】
本発明の第3の構成は、上記構成の医薬製剤用または化粧品用材料において、前記薬物がビタミンA、ビタミンC、ビタミンEまたはそれらビタミンの誘導体のうち少なくとも1種であることを特徴とする。
【0010】
本発明の第4の構成は、上記構成の医薬製剤用または化粧品用材料において、前記アスパラギン酸・ヒドロキシカルボン酸共重合体が繰り返し構造単位として、下記構造式(1)で表されるコハク酸イミド単位と下記構造式(2)で表されるヒドロキシカルボン酸単位(式中、Rはメチル基または水素原子である。)を併せ持ち、前記コハク酸イミド単位の割合が1〜33モル%であり、前記ヒドロキシカルボン酸単位の割合が67〜99モル%であることを特徴とする。
【化4】

(1)
【化5】

(2)
【0011】
本発明の第5の構成は、上記構成の医薬製剤用または化粧品用材料において、前記コハク酸イミド単位の一部が、下記構造式(3)で表せるアスパラギン酸単位(式中、Mは金属または水素である。)であることを特徴とする。
【化6】

(3)
【0012】
本発明の第6の構成は、上記構成の医薬製剤用または化粧品用材料において、経皮製剤またはスキンケア化粧品に使用されることを特徴とする。
【0013】
本発明の第7の構成は、上記構成の医薬製剤用または化粧品用材料において、癌の浸潤転移抑制のために使用されることを特徴とする。
【0014】
本発明の第8の構成は、上記構成の医薬製剤用または化粧品用材料を含むことを特徴とする医薬製剤または化粧品である。
【発明の効果】
【0015】
本発明の第1の構成によれば、アスパラギン酸・ヒドロキシカルボン酸共重合体で構成される生体適合性ナノ粒子を配合した材料を、該生体適合性ナノ粒子の表面電荷が負となる状態で使用することにより、生体への刺激性が少なく、癌の浸潤転移抑制効果を有し、安全性の観点から好適な医療製剤用または化粧品用材料の提供が可能となる。
【0016】
本発明の第2の構成によれば、上記第1の構成の医薬製剤用または化粧品用材料において、癌の浸潤転移抑制効果を有するとともに化粧品用材料として用いる場合、皮膚深部へナノ粒子に封入した薬物を供給することにより効果的に薬物を作用させることが可能となる。また医薬製剤用材料として用いる場合、生体内にナノ粒子に封入して供給した薬物の徐放時間を調整することにより、薬効について即効性と持続性とを兼備した材料の提供が可能となる。
【0017】
本発明の第3の構成によれば、上記第2の構成の医薬製剤用または化粧品用材料において、薬物としてビタミンA、ビタミンC、ビタミンEまたはそれらビタミンの誘導体のうち少なくとも1種の成分を用いることにより、癌の浸潤転移抑制効果を有するとともに美白効果、抗老化効果の優れた医薬製剤用または化粧品用材料を提供することが可能となる。
【0018】
本発明の第4の構成によれば、上記第1乃至第3のいずれかの構成の医薬製剤用または化粧品用材料において、アスパラギン酸・ヒドロキシカルボン酸共重合体におけるコハク酸イミド単位の割合を1〜33モル%の範囲で変更することにより、例えばコハク酸イミド単位の割合をヒドロキシカルボン酸単位に対して高くすると生体内での分解、消失速度が速くなるので、かかる生体内分解消失速度が調整された徐放性薬剤等に好適な医薬製剤用または化粧品用材料を提供することが可能となる。
【0019】
本発明の第5の構成によれば、上記第4の構成の医薬製剤用または化粧品用材料において、コハク酸イミド単位に含まれるアスパラギン酸単位が特に容易に陰イオン化され表面電荷が負になり易いので、癌の浸潤転移抑制効果の優れた、好適な材料を提供することが可能となる。
【0020】
本発明の第6の構成によれば、上記第1乃至第5のいずれかの構成の医薬製剤用または化粧品用材料を経皮製剤またはスキンケア化粧品に使用することで皮膚浸透性に優れかつ微小皮膚癌の浸潤転移抑制効果を有する材料を提供することが可能となる。
【0021】
本発明の第7の構成によれば、上記第6の構成の医薬製剤用または化粧品用材料を癌の浸潤転移抑制のために使用することで、癌の浸潤転移抑制に特化した材料を提供することが可能となる。
【0022】
本発明の第8の構成によれば、上記第1乃至第7のいずれかの構成の材料を医薬製剤に含ませることにより癌の浸潤転移抑制効果及び生体内への浸透効果に優れた医薬製剤の提供が可能となり、化粧品に含ませることにより微小皮膚癌の浸潤転移抑制効果及び皮膚深部への浸透効果に優れた化粧品の提供が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
本発明に用いられる生体適合性ナノ粒子は生体適合性高分子をナノスケールの粒子(以下ナノ粒子と呼ぶ)に加工したものである。また薬物封入生体適合性ナノ粒子は薬物を生体適合性高分子に封入したナノ粒子である。ナノ粒子に薬物を封入することでナノ粒子及び薬物は生体内に浸透し易くなる。例えば当該薬物封入ナノ粒子を皮膚に適用した場合、皮膚表面の角質層を通り皮膚深部まで到達することが可能になる。このとき皮膚深部でナノ粒子から薬物が放出され、薬物の作用効果がいっそう向上する。
【0024】
また、ナノ粒子は従来のミクロサイズの粒子と比べて比表面積や活性度が極めて大きいため物性機能も向上すると考えられる。ナノ粒子の比表面積が大きいことは、表面エネルギーの増加をもたらし高反応を示すことになる。また薬物封入ナノ粒子の経口、経肺投与において生体内で薬物の透過性や吸収部位到達性が向上する。その他にもナノ粒子はナノ生体膜の表面に強く付着し易いため、薬物の吸収部位滞留性が増大し薬物の吸収性を増大させることが可能となる。
【0025】
具体的にナノ粒子の粒径は、1000nm以下(例えば50〜500nmの範囲)であればよいが、250nm以下とすることがより好ましい。またナノ粒子の粒径を100nm以下とすることで、生体内への浸透性が非常に高まる。
【0026】
また、生体適合性高分子は生体への刺激・毒性が低く、投与後分解して代謝される生体内分解性のものが望ましい。本発明においては、生体適合性高分子としてアスパラギン酸・ヒドロキシカルボン酸共重合体、例えば乳酸・アスパラギン酸共重合体(以下PALと略す)を用いたことを特徴とする。PALはPLGAと同様に薬物を内包可能であり、当該薬物の効力を保持したまま長期間保存できることが知られている。
【0027】
このPALは後述するように癌細胞の浸潤転移抑制効果に優れており、PLGAと比較して熱にも安定である。またPALを構成するアスパラギン酸はPLGAを構成するグリコール酸と比較して皮膚刺激が低い。このため医薬製剤用または化粧品用材料としてPALナノ粒子を用いる場合、生体への安全性、蓄積性、保存安定の観点からより好適な基材と考えられる。
【0028】
以下、本発明における生体適合性ナノ粒子の構成基材であるアスパラギン酸・ヒドロキシカルボン酸共重合体について詳細に説明する。
【0029】
本発明で用いられるアスパラギン酸・ヒドロキシカルボン酸共重合体は、繰り返し構造単位として、下記構造式(1)で表されるコハク酸イミド単位と、下記構造式(2)で表されるヒドロキシカルボン酸単位(式中、Rはメチル基又は水素原子である。)を併せ持つ共重合体である。このとき、コハク酸イミド単位の割合は1〜33モル%であり、ヒドロキシカルボン酸単位の割合は67〜99モル%であることが好ましい。また、共重合体の分子量については、物性等を考慮し、その重量平均分子量は1000以上10万以下であることが好ましい。
【0030】
【化7】

(1)
【0031】
【化8】

(2)
【0032】
また、上記構造式(1)で表されるコハク酸イミド単位の一部に下記構造式(3)で表されるアスパラギン酸単位(式中、Mは金属または水素。)が混在してもよい。
【0033】
【化9】

(3)
【0034】
本発明に係るアスパラギン酸・ヒドロキシカルボン酸共重合体は、ブロックポリマー、グラフトポリマー、グラフトブロックポリマー、又はハイパーブランチ(hyper branched)ポリマーと呼ばれる高次構造をもつ共重合体であるが、その中の代表例として、繰り返し構造単位として主にコハク酸イミド単位をもつポリコハク酸イミドセグメントと、繰り返し構造単位としてヒドロキシカルボン酸単位をもつポリヒドロキシカルボン酸セグメントとが、ブロック状及び/又は枝分かれ状につながって構成されたものがある。
【0035】
これは、下記構造式(4)で表されるポリコハク酸イミドセグメント(式中、mは1以上100以下の整数である)と、下記構造式(5)で表されるポリヒドロキシカルボン酸セグメント(式中、Rはメチル基又は水素原子であり、nは1以上1000以下の整数である)を併せ持つ共重合体である。
【0036】
【化10】

(4)
【0037】
【化11】

(5)
【0038】
また、上記共重合体の一例としては、下記構造式(6)で表される構造をもつポリマー(式中、p、r、sは、3つ同時に0になることのない0又は正の整数であり、qは1以上の整数であり、Rは水素原子又はメチル基である。)が挙げられる。
【0039】
【化12】

(6)
【0040】
この共重合体は、基本的にコハク酸イミド単位がつながったポリコハク酸イミド連鎖、ヒドロキシカルボン酸(乳酸および/またはグリコール酸)がつながったポリヒドロキシカルボン酸連鎖がそれぞれブロック性をもち、共重合体の分子中のセグメントとして存在する。なお、ポリコハク酸イミド連鎖は、その連鎖中の一部のコハク酸イミド単位が開環していてもよい。
【0041】
また、ポリコハク酸イミドセグメント中に、下記構造式(7)又は(8)のような構造のアスパラギン酸単位が混在していてもよい。(なお、構造式(7)、(8)の両式中、p、q、r及びsは0又は1000以下の正の整数であり、Rはメチル基又は水素原子である。)
【0042】
【化13】

(7)
【0043】
【化14】

(8)
【0044】
また、分子鎖末端のカルボキシル基は必ずしもCOOH基である必要はない。例えば、アルカリ金属、アルカリ土類金属やアミン等の塩基との塩を形成していてもよい。
【0045】
その他に本発明で用いられる共重合体として、コハク酸イミド単位を加水分解により開環して得られ、繰り返し構造単位として少なくともアスパラギン酸単位と、乳酸単位及び/又はグリコール酸単位とをもつ共重合体(以降、この共重合体を「加水分解型共重合体」という)が挙げられる。この加水分解型共重合体は、例えば下記構造式(9)で表される構造を有する。(式中、p、r、sは、3つ同時に0になることのない0又は正の整数であり、qは0又は正の整数であり、(p+r+s)/(q+1)=2〜100であり、Rは水素原子又はメチル基であり、Mは金属又は水素原子である。)
【0046】
【化15】

(9)
【0047】
この場合、基本的に、アスパラギン酸単位からなる連鎖、乳酸および/またはグリコール酸単位からなる連鎖はそれぞれブロック性をもち、共重合体の分子中のセグメントとして存在する。
【0048】
また、分子鎖末端のカルボキシル基は必ずしもCOOH基である必要はなく、アルカリ金属、アルカリ土類金属やアミン等の塩基との塩を形成してもよい。
【0049】
構造式(6)と構造式(9)との違いはイミド環の開環の有無である。加水分解の程度によって、開環構造と未開環構造との組成比を変えることができ、そのいずれの組成比も本発明で用いられる共重合体の範囲内である。
【0050】
なお、本発明で用いられる共重合体の構造に含まれるアスパラギン酸単位は、α−アミド型単量体単位及びβ−アミド型単量体単位が混在し得るものであり、両者の比は特に限定されない。
【0051】
また、アスパラギン酸単位を構成するカルボキシル基は水中に溶解したとき陰イオン性を示す。従って、アスパラギン酸単位が多く含まれる共重合体の表面電荷は極めて強い陰イオン性を呈す。このことは、後述する癌細胞の浸潤転移抑制効果に大きく寄与する。
【0052】
これらアスパラギン酸・ヒドロキシカルボン酸共重合体は、PLGAが数千程度の低分子量のオリゴマーである場合、シロップ状か、かなりべたつく固体であるのに対し、低分子量でも室温でべたつきが少なく扱い易い。また、ガラス転移点は40℃以上であり、比較的低温で容易に溶融する。
【0053】
次にこれら共重合体を構成基材として用いた生体適合性ナノ粒子に封入する薬物について説明する。薬物はその使用用途に応じたものを適種、適量選択しなければならない。例えば、化粧品用材料として用いる場合、薬物はビタミンやプロビタミンが挙げられる。
【0054】
プロビタミンにはビタミンA、B、C、Eの誘導体が挙げられ、美肌効果を有するものとして、具体的に、テトライソパルミチン酸アスコルビル(以下VCと略す)、酢酸トコフェロール(以下VEと略す)、パルチミン酸レチノール(以下VAと略す)などが挙げられる。
【0055】
特に、プロビタミンCやVCは皮膚深部に供給されることでその効果が向上することから、ナノ粒子に封入する薬物として好適である。プロビタミンCが皮膚深部に供給されることが必要となるのは、皮膚深部が紫外線A波(以下UVAと略す)、皮脂酸化、微生物によってダメージを受けた場合に、ビタミンCが皮膚深部に働きかけてダメージを回復させるからである。
【0056】
このとき、ビタミンCは皮膚深部のメラノサイト(色素細胞)に働いて美白効果をもたらすと共に、真皮の繊維芽細胞に働いてコラーゲン構築をもたらすと共にセルライトに関与する皮膚表皮及び深部のアジポサイト(脂肪細胞)の脂質代謝を改善している。
【0057】
また、油性のプロビタミンCのVCについては、UVAによるヒト皮膚角化細胞HaCaTのDNA鎖の切断を防御する効果または紫外線B波(以下UVBと略す)による皮膚細胞DNA鎖切断に対する防御効果が期待されている。
【0058】
また、経皮製剤用材料として用いる場合、薬物には麻酔薬としてのクエン酸フェンタニル、寄生性皮膚疾患(水虫など)用薬剤としてのビホナゾール、毛髪育毛剤としてのヒノキチオール等が挙げられる。また、経肺製剤用材料として用いる場合、インスリン(糖尿病用薬剤)や、カルシトニン(骨粗しょう症用薬剤)等が挙げられる。
【0059】
本発明における生体適合性ナノ粒子を形成する方法としては、目的の物質を、1000nm未満の平均粒径を有する粒子に加工することができる方法であれば限定されるものではないが、薬物を封入した生体適合性ナノ粒子を製造する場合、球形晶析法を用いることが特に好ましい。
【0060】
球形晶析法は、化合物合成の最終プロセスにおける結晶の生成・成長プロセスを制御することで、球状の結晶粒子を設計し、その物性を直接制御して加工することができる方法である。球形晶析法には、晶析する結晶の生成・凝集機構の違いによっていくつかの方法があるが、ここでは、エマルジョン溶媒拡散法(ESD法)を用いる。
【0061】
ESD法は、二種類の溶媒(良溶媒と貧溶媒)を用いてエマルジョンを形成してから、良溶媒と貧溶媒との相互拡散を利用して粒子を球状に結晶化させる方法である。具体的には、まず、良溶媒中に薬物を溶解した薬物溶液を撹拌下、貧溶媒中に滴下する。このとき、薬物と良溶媒とが親和性を持つため、良溶媒の貧溶媒への移行が遅れ、エマルジョン滴が形成される。
【0062】
そして、良溶媒および貧溶媒の相互拡散により、エマルジョン滴内で、高分子や薬物の溶解度が低下していき、薬物含有の球形結晶粒子がエマルジョン滴の形状を保持したまま析出、成長する。
【0063】
上記良溶媒および貧溶媒の種類は、目的となる薬物の種類等に応じて決定されるものであり特に限定されるものではない。また、エマルジョンの形成条件や結晶析出時の温度条件等も特に限定されるものではなく、目的となる薬物の種類や、球形結晶粒子の粒径(本発明の場合ナノオーダー)等に応じて適宜決定すればよい。
【0064】
上記球形晶析法では、物理化学的な手法でナノ粒子を形成でき、しかも得られるナノ粒子が略球形であるため、均質なナノ粒子を、触媒や原料化合物の残留といった問題を考慮する必要なく、容易に形成することができる。
【0065】
また、生体適合性ナノ粒子に薬物を封入した薬物封入生体適合性ナノ粒子を製造する場合、球形晶析法では、前記良溶媒に薬物と生体適合性高分子を溶解させるだけで、両者が複合化されたナノ粒子を形成することができる。
【0066】
したがって、ビタミン等の薬物を封入してなるPALで構成される生体適合性ナノ粒子を製造する場合、上記球形晶析方法において良溶媒にビタミン等の薬物とPALを溶解させたものを用いればよい。
【0067】
また、上記方法により得られた生体適合性ナノ粒子は凍結乾燥等により粉末化させることができる。この場合、粉末化させる直前に糖アルコール、ビタミン剤などの水溶液を添加して、凍結乾燥することにより、生体適合性ナノ粒子の周りに糖アルコール、ビタミン剤(水溶性プロビタミンなど)が混在した形で複合化できる(以下複合化粒子と呼ぶ)。
【0068】
次に本発明の材料を含む医薬製剤及び化粧品について説明する。本発明の材料を用いた医薬製剤の剤型としては、経皮製剤、経口製剤、注射用製剤、経肺製剤等が挙げられる。また、本発明の材料を用いた化粧品の品型としては、乳液、化粧水、スキンクリーム等のスキンケア化粧料、パウダーファンデーション、リキッドファンデーション、口紅等のメイクアップ化粧料、頭髪用化粧料等が挙げられる。
【0069】
これら医薬製剤または化粧品の製品化にあたって、工業的生産効率の向上、製品自体の取り扱い易さや保存性及び直接皮膚に塗布する化粧品や経皮製剤は使用感について考慮する必要がある。例えば薬物封入生体適合性ナノ粒子を皮膚に塗布する場合、乳液等の液状物に混ぜて使用することが考えられる。薬物封入生体適合性ナノ粒子はその特性上使用直前まで乾燥状態で保管する必要があるので、上記乳液との混合液を製品化する場合、使用直前に乳液と混合するという形態になる。
【0070】
次に本発明のアスパラギン酸・ヒドロキシカルボン酸共重合体で構成される生体適合性ナノ粒子の一例であるPALナノ粒子を配合した医薬製剤用または化粧品用材料が、微小皮膚癌であるメラノーマの転移・浸潤促進作用に及ぼす影響について説明する。メラノーマは皮膚の表皮、真皮に散在するメラニン色素産生細胞(メラノサイト)が癌化したもので、微小であるが早期の段階から周囲の皮膚や遠隔臓器に転移・浸潤するので致死率が非常に高い。
【0071】
したがって、新規経皮投与基材の開発においては、メラノーマの転移に係わる安全性を評価しておくことは非常に重要である。また、ナノ粒子は皮膚深部へ浸透する効果が高いことに鑑みればこの安全性の評価はいっそう意義深い。
【0072】
一般に、癌細胞の他臓器への転移は(1)原発巣からの離脱、基底膜の浸潤、(2)血管、リンパ管を介しての体液中の循環、(3)標的臓器の血管基底膜への接着、浸潤と着床の3過程を経て成立する。このように癌細胞の転移には少なくとも2回基底膜を浸潤することが不可欠である。
【0073】
この癌細胞の基底膜浸潤において、癌細胞はまず再構成基底膜や血管内皮細胞の細胞接合部を溶解するたんぱく質分解酵素、マトリックスメタロプテアーゼ(matrix metalloprotease、以下MMPと略す)を産出して活性化する。次に癌細胞は基底膜の構成成分を感知してその方向へ移動する走触性、あるいは無方向性の細胞運動能を得る。そして13〜17μmのサイズの癌細胞がアメーバ様に細胞変形し、8μmの小孔を潜り抜ける。
【0074】
そこで、前記癌細胞の基底膜浸潤のプロセスに着目して開発されたin vitro評価法とin vivo評価法によりメラノーマの他臓器への転移浸潤にかかわる安全性評価を検討した。
【0075】
ここで前記in vitro評価法における癌細胞浸潤評価システムを図1を用いて説明する。容器1内で、評価試料入り混合溶液4と混合溶液5が多孔膜フィルター2で上下に隔てられている。評価試料入り混合溶液4はPALナノ粒子等の評価試料7を懸濁した無血清MEM培養液とメラノーマ細胞6とコントロール用のリン酸緩衝溶液が混合された溶液である。また混合溶液5は評価試料を含まない無血清MEM培養液とリン酸緩衝溶液の混合溶液である。なお多孔膜フィルター2の上面には再構成基底膜マトリゲル3が塗布されている。
【0076】
一定時間経過後、前記癌細胞の基底膜浸潤プロセスによりメラノーマ細胞6は再構成基底膜マトリゲル3を浸潤し多孔膜フィルター2の小孔9を潜り抜ける。そして小孔9を潜り抜けたメラノーマ細胞は多孔膜フィルター2下部に設けられたマイクロプレート8へ到達する。そこで本評価法において、このマイクロプレート上のメラノーマ細胞数を計測して基底膜浸潤能を検討した。
【0077】
その結果、VC,VEを封入したPALナノ粒子は、有意に癌細胞の浸潤抑制効果を有することがわかった。またPALナノ粒子自身も高濃度条件のもとで極めて高い癌細胞浸潤抑制効果を有することがわかった。
【0078】
次に本評価により得られたVC,VEを封入したPALナノ粒子の癌細胞浸潤抑制機序について説明する。本評価系において、ビタミンCの誘導体であるアスコルビン酸−2−リン酸マグネシウム(Asc2P)の投与によっても癌細胞浸潤抑制効果が顕著に示され、その作用は癌細胞内への高濃度Asc濃縮によることが報告されている。
【0079】
その浸潤抑制効果の作用機序については、Asc2Pが、癌細胞の遊走能、運動能および細胞外基質分解酵素の産生能を抑制し、浸潤能の重要因子であるコラーゲン量とラジカルへの影響を介して癌細胞の浸潤を阻害することが示唆されている。
【0080】
したがってAsc2Pと同様に皮膚細胞の紫外線への感受性抑制効果を有し、皮膚内酵素によりアスコルビン酸に還元されるVCや、VCと同様の抗酸化能を有するVEにおいても、癌細胞浸潤を促進する過酸化水素や過酸化脂質等の酸化ストレスを抑制することで、癌細胞の浸潤抑制効果が期待される。
【0081】
またPALナノ粒子はインキュベーション過程で部分的に加水分解し、内包のビタミン誘導体を徐放し、それらの一部はアスコルビン酸に還元され抗酸化剤として癌細胞内に取り込まれるものと考えられる。したがって、前記VC及びVE封入PALナノ粒子の癌細胞の顕著な浸潤抑制結果はAsc2Pの抗酸化機能と同様の作用によるものと考えられる。
【0082】
次に本評価により得られたPALナノ粒子の癌細胞浸潤抑制機序について説明する。浸潤抑制効果の作用機序においてPALナノ粒子表面の陰性荷電が大きく寄与しているものと考えられる。PALナノ粒子は一部加水分解しつつ水中に溶解している。このときアスパラギン酸のカルボキシル基の水素原子は解離して、PALナノ粒子表面は極めて強い陰イオン性を呈している。
【0083】
図2は癌細胞の浸潤形成機序とPALナノ粒子の浸潤抑制機序の関係を示すものである。通常、癌細胞で産生、分泌された不活性MMP10は、細胞間マトリックスに広く分布しているプロテアーゼ等の活性化酵素11によってMMP中間体12を経て活性化MMP13へと変換され基底膜の分解を引き起こす。このMMP変換反応の初期において、不活性体MMP10の分子構成を維持しうるZn−S結合が活性化酵素11により切断され、MMP活性部位に正電荷のZn2+が保持され、このZn2+には、細胞間中の水分子15が、その極性に基づく静電気力によって相互作用するので静電気的に安定化しつつ活性型MMP13へと変換される。しかしながら、この系に、より負電荷の強いPALナノ粒子14が共存すると、水分子15に競合しつつ、PALナノ粒子のカルボキシル基16がZn2+に優先的に静電気的相互作用し、電荷的に安定化することで、MMP活性体への変換能を抑制している。その結果、基底膜の分解が抑制され、癌細胞の浸潤能力が著しく低下したものと考えられる。
【0084】
したがって、PALナノ粒子に限らず、粒子表面が強い陰イオン性を有するアスパラギン酸・ヒドロキシ酸共重合体で構成される生体適合性ナノ粒子であれば癌細胞の浸潤抑制効果を十分発揮すると考えられる。
【0085】
またこのような、PALナノ粒子固有のアイオニック効果は、先のVC、VE、VAを封入したPALナノ粒子の癌細胞の浸潤抑制現象にも同様に寄与しているものと推定される。しかし本作用機序からその効果はPALナノ粒子濃度に依存的であると考えられる。したがって、前記評価結果はPALナノ粒子から放出されたVC、VE、VA等の作用とPALナノ粒子濃度は小さいもののこのアイオニック効果との併用により浸潤抑制能が増強されたと考えられる。
【0086】
次に癌細胞の浸潤プロセスに着目して開発されたin vivo評価法について説明する。このin vivo評価法は、血管内のメラノーマが体内を循環し、標的臓器の血管基底膜へ接着、浸潤、着床する過程において、PALナノ粒子がメラノーマの血管基底膜への浸潤促進作用に及ぼす影響について検討したものである。
【0087】
前記in vivo評価法における癌細胞浸潤プロセスは癌細胞がMMPを産出して活性化し、基底膜の構成成分を感知してその方向へ移動する運動能を得た後、細胞変形して小孔を潜り抜ける点で前記in vitro評価法における癌細胞浸潤プロセスと同一である。
【0088】
したがって血管中でPALナノ粒子に癌細胞の基底膜浸潤を抑制する効果があれば血管中を循環する癌細胞が標的臓器の血管基底膜に浸潤するのを抑制するはずである。そこで本評価法において、一定数の癌細胞とPALナノ粒子等の評価試料が混合した混合液をマウスの血管に注入し、一定期間経過後、マウスの標的臓器に着床したメラノーマのコロニーの数を計測して癌細胞浸潤能を検討した。
【0089】
その結果、PALナノ粒子は癌細胞の転移を促進する有害作用はなく若干抑制効果を有することがわかった。
【0090】
これは、PALナノ粒子に含まれる特定アミノ酸が転移に必要なMMP酵素を抑え、プロビタミンEが転移の引き金となる細胞内の微弱活性酸素を消去したためだと考えられる。
【0091】
次に、本発明を実施例に基づいて具体的に説明する。なお、本発明は上述した実施形態及び後述する各実施例に限定されるものではなく、課題を解決するための手段の項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態及び実施例にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例1】
【0092】
[ナノ粒子の調製]
基材PALにはPAL15(三井化学製)を用いた。PAL15はアスパラギン酸と乳酸の組成比が17:83で平均重量分子量9,000である。薬物にはテトライソパルミチン酸アスコルビル(日光ケミカルズ製、以下VCと略す)、酢酸―dl−αトコフェロール(エーザイ製、以下VEと略す)、パルミチン酸レチノール(理研ビタミン製、以下VAと略す)を用い、分散剤にはポリビニルアルコール(クラレ製、以下PVAと略す)を用いた。PAL15の化学構造式を(10)に示す。
【0093】
【化16】


(10)
【0094】
なお、PAL15を加水分解しつつ水中に溶解した場合、下記構造式(11)に示すようにコハク酸イミド単位が開環し、アスパラギン酸単位を有する。また、アスパラギン酸単位内のカルボキシル基が水素原子を解離して、PALナノ粒子表面は極めて強い陰イオン性を呈すと考えられる。このとき、PAL15を構成している双性イオンのアスパラギン酸の等電点は2.77であり、また、PH7.25の緩衝液中のPALナノ粒子のゼータ電位(シスメックス製、ゼータナイザーナノ)は−50mVであった。
【0095】
【化17】

(11)
【0096】
In vitro評価法及びIn vivo評価法において、モデル癌細胞にはマウス固体での癌転移実験で頻用され、投与後早期に肺へ選択的に転移し、かつ増殖能が高いマウス皮膚メラノーマ細胞B16BL6(テキサスアンダーソン癌センター)を用いた。
【0097】
2gのPALを良溶媒のアセトン20mLに溶解後、エタノール10mLを添付してポリマー溶液とした。これを40℃、400rpmで攪拌した貧溶媒の2%PVA水溶液50mL中に滴下した。ここで両溶媒の相互拡散によるエマルション液滴界面の自己乳化作用によってナノエマルジョン滴が調製される。その後、有機溶媒を留去し、遠心分離法で過剰なPVAを除去した後、凍結乾燥により乾燥粉末を得た。なお、ビタミン誘導体封入PALナノ粒子は、前記のポリマー溶液に0.2gのVC、VE、VAを各々添加溶解させ、他は同一条件で調製した。
【0098】
その結果、本法により得られたVC封入PALナノ粒子、VE封入PALナノ粒子、及びVA封入PALナノ粒子中のVC、VE、VAの含有率は順に8.60%、11.0%、7.52%であった。
【0099】
また、図3は各々のナノ粒子粉末を凍結乾燥後、精製水に再分散し、動的光散乱法(日機装製、マイクロトラックUPA150)で測定した頻度分布である。ビタミンを封入した3種のナノ粒子の粒子分布は類似しており、体積メジアン平均径はVC封入のもので210nm、VAとVEの封入では203nmと195nmであった。
【0100】
またVCの含有率が8.60%のPALナノ粒子の粒子表面を電子顕微鏡(日立製)で観察したところ、図4に示されるように粒径が約200nmでほぼ球状の粒子が無数に観察された。
【実施例2】
【0101】
[In vitro評価]
実施例1で得られたVC、VE、VA封入PALナノ粒子または未封入PALナノ粒子を用いてIn vitro評価法によりメラノーマの転移・浸潤抑制効果について検討を行なった。
【0102】
本評価法の具体的操作手順は、まずボイデンチャンバー法に従った浸潤チャンバー(Beckton−Dickinson製)の多孔膜(孔径8μm)の上面に、再構成基底膜マトリゲル(120μg/μl)を皮膚基底膜の平均的な0.1μmになるように40μl塗布し、18時間クリーンベンチで乾燥した。
【0103】
次に培養したマウス皮膚メラノーマ細胞にトリプシン処理し、細胞間のマトリックスを分解させて、生体における癌浸潤時の形態である凝集のない単一分散状態にした。
【0104】
前記細胞(2×105個)は、サンプリングチューブ(SARSTEDT/BM Instrument Co.製、1.5ml)に入れられたPALナノ粒子を懸濁した無血清MEM培地液(PH7.25)と、コントロール用のリン酸緩衝液(PBS,PH7.25)へ添加後、インキュベーター内で1時間転倒攪拌しつつ均一混合化した後、前記再構成マトリゲルの上面に塗布した。
【0105】
その後、浸潤チャンバーの下方に24穴マイクロプレートを設置し、5%CO2を通気下、22時間、37℃でインキュベートした。
【0106】
多孔膜下面のマウス皮膚メラノーマ細胞数は、細胞をDiff Quik染色し、顕微鏡で計測した。評価視野は、多孔膜フィルターの中央部とその視野直径の距離だけ上下左右に移動した4箇所を加え、合計5視野の平均値を求め、平方mm当たりで表示し、これを多孔膜上面から下面への癌細胞浸潤能として評価した。
【0107】
また、前記評価試料として薬物が未封入のPALナノ粒子、VC、VE、VAを封入したPALナノ粒子を用い、PALナノ粒子を含まない対照群(コントロール)と比較した。
【0108】
なお、VC、VE、VA封入PALナノ粒子の添加量は、PLGAナノ粒子を配合した市販の機能性美容液における1週間分のPLGAナノ粒子使用量とした。PALの半減期は数10時間であり、皮膚内部では1週間以内にナノ粒子は消失すると考えられる。したがって、化粧品として毎日塗布するときの皮膚内部のPAL最大残留量は、1週間分の使用量に相当するので、その量を本実施例の基準値(VC及びVE封入PALナノ粒子:7.5μg/ml、VA封入PALナノ粒子:2.3μg/ml)とした。
【0109】
また、美容液を皮膚に塗布した場合、平均0.1〜0.2mm厚に塗り、汗で薄まり乾燥で濃厚になるので、ナノ粒子の評価濃度としてはこの基準値を挟みVC及びVE封入PALナノ粒子では5〜10μg/mlとし、VA封入PALナノ粒子は1.5〜3μg/mlとした。何も封入しないPALナノ粒子については、化粧品配合材としてのPAL自体の安全性を明確にするために、それらの3〜10倍程度の高濃度に設定した。
【0110】
図5はIn vitro評価法によるメラノーマの浸潤抑制効果について評価結果を示すグラフであり、各種PALナノ粒子懸濁MEM培地液で処理したときの浸潤した癌細胞数を示す。また、対照としてコントロールのPBS液で処理したものを用いた。
【0111】
図5からVC及びVE封入PALナノ粒子で処理したメラノーマ細胞の浸潤はコントロールの場合よりも各々80〜90%、75〜80%抑制されたことがわかる。また、浸潤抑制効果はVE封入PALナノ粒子の10μg/mLの結果を除き、濃度依存的に亢進していた。
【0112】
VAを封入したPALナノ粒子で処理したメラノーマ細胞の浸潤は、VCやVE封入PALナノ粒子と同様に、コントロールと比較すると30〜80%浸潤を抑制されたことがわかる。
【0113】
このように癌細胞の浸潤抑制効果は有意に示されたものの、VCやVE封入PALナノ粒子に比べてVA封入PALナノ粒子の効果が小さいのは、PALナノ粒子の処理濃度が低かったことと、VAから生成されるレチノールは、VCのアスコルビン酸やVEのトコフェノールのような酸化ストレス抑制作用をほとんど有さないためと考えられる。
【0114】
また、未封入PALナノ粒子処理の結果はコントロールと比較して浸潤癌細胞数の著しい減少がほぼ濃度依存的に認められた。その抑制効果は90〜98%に達し、前述のビタミン封入PALナノ粒子の抑制効果を大きく上回ることがわかる。
【実施例3】
【0115】
[In vivo評価]
実施例1で得られたVC、VE、VA封入PALナノ粒子を用いてIn vivo評価法によりメラノーマの転移・浸潤抑制効果について検討を行った。
【0116】
本評価法の具体的手順は、まずトリプシン処理した対数増殖期の皮膚メラノーマ細胞B16BL6(MEM/10%FCS、1×105個)0.1mlと評価試料となるPALナノ粒子(MEM/10%FCS)を37℃で1時間転倒攪拌し均一に混合した。
【0117】
次に混合された上記試験液0.2mlを試験用マウスC57BL/6に尾静脈注射した。
【0118】
そのメラノーマ細胞接種14日後にマウスを犠牲死させそれぞれの肺表面の転移結節数(mean±SD)を実体顕微鏡下でカウントし、PALナノ粒子を投与しない対照群の転移結節数と比較した。このとき癌細胞のコロニーはメラニン色素によって黒色を帯びた粒として確認された(図8参照)。なお標的臓器として肺を観察したのは試料としたメラノーマB16BL6細胞が肺に特異的に転移しやすいためである。
【0119】
なお前記評価試料として薬物VC、VE、VAを封入したPALナノ粒子を用い、PALナノ粒子を含まない対照群(コントロール)と比較した。
【0120】
各種ビタミン誘導体封入PALナノ粒子の評価濃度は、既に安全性が確認されているPLGAナノ粒子を配合した市販の機能性美容液の濃度設定を基準に設定した。すなわち、後述する薬物未封入PALナノ粒子投与量から、美容液に配合したビタミン誘導体封入PLGAナノ粒子中の各種ビタミン量を算出し、そのビタミン量と同一になるよう各種PALナノ粒子の投与量を設定した。
【0121】
図6は本評価法において、マウスの肺表面で顕微鏡下でカウントされた転移結節数を示す。その結果、VE封入PALナノ粒子で処理したメラノーマ細胞の浸潤はコントロールの場合より約50%抑制されたことがわかる。また、VC、VA封入PALナノ粒子においてはっきりとした浸潤抑制効果は得られなかったが浸潤促進効果を有さないことがわかった。
【0122】
また、図7は本評価法の妥当性について示す図である。ここでは上記方法と同様の手順で評価を行い、対照群として、メラノーマ細胞のみを添加しPALナノ粒子を含まないコントロールの他に、メラノーマ細胞を添加し且つ薬物未封入PALナノ粒子、癌転移抑制効果を有するVC、癌転移促進効果を有するホルボールミリスチルエステル(Phrbol―12―myristate―13―acetate)をそれぞれ含む試料、及びメラノーマ細胞を添加せず薬物未封入PALナノ粒子のみを含む試料を用いて検討した。なお、本評価では、11日後にマウス肺表面の転移結節数をカウントした。
【0123】
上記薬物未封入PALナノ粒子の評価濃度は、PLGAマイクロ粒子を配合した市販の注射製剤(リュープリン、武田薬品工業製)を基準に設定した。すなわち、リュープリン1回当たりのPLGAマイクロ粒子の投与量(33.75mg/60kg)をC57BL/6マウスの平均体重(20g/匹、8週齢)に換算し(11.25μg/20g)、15μgとした。また、基剤自体の安全性を明確にするためにその25倍の高濃度400μgでも検証した。
【0124】
その結果、ネガティブコントロールであるVCを含む試料は、癌転移抑制効果が見られ、ポジティブコントロールであるホルボールミリスチルエステルを含む試料は、癌転移促進効果が見られた。一方、薬物未封入PALナノ粒子を含む試料は癌転移抑制効果が見られた。以上から、比較対照試料とメラノーマ細胞を同時に静脈注射して評価する本法は、メラノーマの肺癌転移能を評価する方法として、適当であることが確認された。なお、メラノーマ細胞を添加しない未封入PALナノ粒子のみの試料をマウスに注入した場合、肺に癌細胞が見られなかった。このことから、PALナノ粒子による発癌性は無いことが確認された。
【0125】
また、図9に、メラノーマ細胞のみを添加しPALナノ粒子未処理(コントロール)のマウス肺、薬物未封入PALナノ粒子を含む試料で処理したマウス肺、VCを含む試料で処理したマウス肺、ホルボールミリスチルエステルを含む試料で処理したマウス肺、メラノーマ細胞を添加せず薬物未封入PALナノ粒子のみを含む試料で処理したマウス肺の各写真を示す。
【0126】
以上より本結果からPALナノ粒子の医薬製剤または化粧品用材料への適用を考えると医薬製剤または化粧品としての目的に応じたキャリア粒子としての本来の働きの他に、癌転移、浸潤を顕著に抑制しうる働きを兼備していることになり基材の商品価値を高めるとともに消費者へ大きな安心感を与えることが期待される。
【産業上の利用可能性】
【0127】
本発明のPALナノ粒子または薬物封入PALナノ粒子が配合された医薬製剤用または化粧品用材料は生体への安全性の観点から好適な材料であり、特に癌細胞浸潤抑制効果を有するとともに皮膚への浸透性に優れ、複合粒子化した場合には容器へ容易に高密度充填が可能であり、使用感もよいので、化粧品、皮膚科用薬剤、あるいは経皮投与する薬剤などの用途に適用できる。
【0128】
また、優れた癌細胞浸潤抑制効果を活かし、前立腺治療、閉経後乳癌等の治療に使用することもできる。
【0129】
この場合、経皮製剤の他に、注射製剤、経肺製剤、経口製剤等の形態で使用することができる。
【0130】
さらに、ナノ粒子にビタミン誘導体を含有あるいは複合させておくことで、皮膚の深部まで誘導できるので、美白剤や美容液としての利用にも好適である。
【図面の簡単な説明】
【0131】
【図1】は、本発明にかかるPALナノ粒子の癌細胞浸潤抑制作用効果の影響を検討する評価システムを示す模式図である。
【図2】は、癌細胞の浸潤形成機序とPALナノ粒子の浸潤抑制機序の関係を示す図である
【図3】は、実施例1において生成されたナノ粒子粉末を動的光散乱法で測定した頻度分布表である。
【図4】は、実施例1において調整されたPALナノ粒子の粒子表面を電子顕微鏡で観察した画像である。
【図5】は、実施例2において検討したIn vitro評価法によるメラノーマの浸潤抑制効果について評価結果を示すグラフである。
【図6】は、実施例3において検討したIn vivo評価法によるメラノーマの浸潤抑制効果について評価結果を示すグラフである
【図7】は、実施例3におけるIn vivo評価法の妥当性について検討した結果を示すグラフである。
【図8】は、実施例3において検討したマウス肺の癌転移状態を示す写真である。
【図9】は、実施例3におけるIn vivo評価法の妥当性について検討したマウス肺の癌転移状態を示す写真である。
【符号の説明】
【0132】

1 容器
2 多孔膜フィルター
3 再構成基底膜マトリゲル
4 評価試料入り混合液
5 混合液
6 メラノーマ細胞
7 評価試料
8 マイクロプレート
9 小孔
10 不活性体MMP
11 活性化酵素
12 MMP中間体
13 活性化MMP
14 PALナノ粒子
15 水分子
16 PALナノ粒子のカルボキシル基

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アスパラギン酸・ヒドロキシカルボン酸共重合体で構成される生体適合性ナノ粒子が配合され、且つ、該生体適合性ナノ粒子の表面電荷が負となる状態で使用されることを特徴とする医薬製剤用または化粧品用材料。
【請求項2】
前記生体適合性ナノ粒子に薬物を封入して成ることを特徴とする請求項1に記載の医薬製剤用または化粧品用材料。
【請求項3】
前記薬物がビタミンA、ビタミンC、ビタミンEまたはそれらビタミンの誘導体のうち少なくとも1種であることを特徴とする請求項2に記載の医薬製剤用または化粧品用材料。
【請求項4】
前記アスパラギン酸・ヒドロキシカルボン酸共重合体が繰り返し構造単位として、
下記構造式(1)で表されるコハク酸イミド単位と下記構造式(2)で表されるヒドロキシカルボン酸単位(式中、Rはメチル基または水素原子である。)を併せ持ち、
前記コハク酸イミド単位の割合が1〜33モル%であり、
前記ヒドロキシカルボン酸単位の割合が67〜99モル%であることを特徴とする請求項1及至請求項3のいずれか1項に記載の医薬製剤用または化粧品用材料。
【化1】

(1)
【化2】

(2)
【請求項5】
前記コハク酸イミド単位の一部が下記構造式(3)で表せるアスパラギン酸単位(式中、Mは金属または水素である。)であることを特徴とする請求項4に記載の医薬製剤用または化粧品用材料。
【化3】

(3)
【請求項6】
経皮製剤またはスキンケア化粧品に使用されることを特徴とする請求項1及至請求項5のいずれか1項に記載の医薬製剤用または化粧品用材料。
【請求項7】
癌の浸潤転移抑制のために使用されることを特徴とする請求項6に記載の医薬製剤用または化粧品用材料。
【請求項8】
請求項1及至請求項7のいずれか1項に記載の医薬製剤用または化粧品用材料を含むことを特徴とする医薬製剤または化粧品。

【図1】
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【図2】
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【図6】
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【図7】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2007−246423(P2007−246423A)
【公開日】平成19年9月27日(2007.9.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−70331(P2006−70331)
【出願日】平成18年3月15日(2006.3.15)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 粉体工学会誌 vol.43 No.2(粉体工学会、2006年2月10日発行) 第22回製剤と粒子設計 シンポジウム講演要旨集(粉体工学会・製剤と粒子設計部会主催、2005年10月21日発行)
【出願人】(502360363)株式会社ホソカワ粉体技術研究所 (59)
【出願人】(000005887)三井化学株式会社 (2,318)
【Fターム(参考)】