説明

十字軸継手

【課題】 ステアリング装置における操蛇性能や操蛇感覚、経時安定性をより高め、更にメンテナンスフリーを実現する十字軸継手を提供する。
【解決手段】 (a)分子中にヒドロキシル基を有する炭素数12〜24の脂肪酸と、炭素数2〜12の脂肪族ジカルボン酸のリチウム塩とからなる増ちょう剤と、(b)40℃における動粘度が300〜500mm2/sの鉱油と、40℃における動粘度が20〜300mm2/sの合成炭化水素油とを必須成分として含み、かつ、40℃における動粘度が60〜200mm2/sである基油と、(c)テルルのジチオカルバミン酸塩と、(d)リン酸エステルとを含有するグリースを封入した軸受を備える十字軸継手。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両用ステアリング装置等に用いられる十字軸継手に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、車両用ステアリング装置においては、例えば、ステアリングシャフトのアッパーシャフトとローシャフトとの間に、一対のヨークと十字状のスパーダーとからなり、所定の折曲角度で回転しながらトルクを伝達する十字軸継手が介挿されている。
【0003】
この十字軸継手として、例えば、ヨークの軸受孔に、複数のコロ転動体を含むニードル軸受を介して、スパイダーのスパーダー軸部が揺動自在に嵌合され、このスパイダー軸部の軸芯に形成した円錐状孔に、ニードル軸受のカップ内面の軸芯に形成した球面状突部が嵌合・圧接した構成のものが知られている(特許文献1参照)。これにより、車輪から振動が伝わったとしても、スパイダー軸部とニードル軸受の間の微小隙間を一様に維持し、両者の干渉による異音の発生を防止している。
【0004】
しかし、上記十字軸継手では、各部品の寸法精度が低い場合には、スパイダーをヨークに組込む際、スパイダー軸部の円錐状孔に、ニードル軸受のカップ内面の球面状突部を適当な予圧で接触させることが困難になるため、スパイダー軸部とニードル軸受の間の微小隙間を一様に維持できず、両者の干渉による異音や振動(ガタツキ)が発生することがある。ステアリングは運転手に路面状態や車両の挙動をタイヤと路面との接触やセルフアライメントの感覚を感じ取るセンサの役目も果たすため、感度面からは、異音やガタツキが少ない方が望ましい。そこで、本出願人は先に、スパイダーの端部軸部を軸受内に転動体を介してシメシロ嵌合してガタツキを抑えた十字軸継手を提案している(特許文献2参照)。
【0005】
【特許文献1】特開2000−170786号公報
【特許文献2】WO03/64877号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、本出願人による特許文献2に記載の十字軸継手においても、シメシロが過大になると、各ニードルが正規の自転軸に対して傾いて円滑な転動が阻害される現象(スキュー)が発生しやすく、特にステアリング操作のように回転角が微小で、方向が一定でない場合には、所謂ゴリ感が運転手に伝わるようになる。また、組み込まれるニードル軸受は、保持器が装着されていないため、滑り摩擦により鉄粉が発生し易く、運転手は所謂ザラツキ感を感じやすくなる。
【0007】
また、ニードル軸受には、潤滑のためにグリースが封入されるが、鉄粉がグリースに混入すると、鉄がイオン化して増ちょう剤に作用し、グリースのちょう度を上昇させ、操蛇性を経時的に低下させるようになる。更に、ニードル軸受は離脱/再結合不能に組み付られるため、給脂できず、メンテナンスフリーも要求されるが、エンジンルームの取り回し上、十字軸継手は排気管に近接して車両後方側に配置され、運転時に絶えず高温に曝されることから、グリースは熱による劣化を受けやすく、高温耐久性が重要となる。
【0008】
ステアリング装置の操蛇感は、車両全体としての商品性に大きく影響するため、上記のようなゴリ感やザラツキ感の低減、経時安定性、メンテナンスフリーに対する要求は特に強く、シメシロ嵌合による対策にも改善の余地が残されている。
【0009】
また従来から、極圧剤として一般的な二硫化モリブデン等の固体潤滑剤、イオウ、リン系、イオウ−リン系有機モリブデン、有機亜鉛等の化合物が知られている。しかしながら、これらの化合物は何れも化学的な活性が強く、単独で使用すると、短期的には滑り部分の潤滑性を向上する効果があるが、比較的長期にわたる使用条件では、軸受の腐食、グリースの劣化促進等を引き起こし、焼き付きはしないものの早期に円滑な回転が不能になりやすい。その結果、滑らかなステアリング操作を阻害すると言った問題があった。
【0010】
本発明はこのような状況に鑑みてなされたものであり、ステアリング装置における操蛇性能や操蛇感覚、経時安定性をより高め、更にメンテナンスフリーを実現する十字軸継手を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記の目的を達成するために、本発明の十字軸継手は、ヨークの軸受孔に、ベアリングカップ及び当該ベアリングカップ内の複数のコロを含む軸受を介してスパイダー軸部を回転自在に嵌合することにより、前記ヨークにスパイダーを嵌合した構成の十字軸継手において、(a)分子中にヒドロキシル基を有する炭素数12〜24の脂肪酸と、炭素数2〜12の脂肪族ジカルボン酸のリチウム塩とからなる増ちょう剤と、(b)40℃における動粘度が300〜500mm2/sの鉱油と、40℃における動粘度が20〜300mm2/sの合成炭化水素油とを必須成分として含み、かつ、40℃における動粘度が60〜200mm2/sである基油と、(c)テルルのジチオカルバミン酸塩と、(d)リン酸エステルとを含有するグリースを前記軸受に封入したことを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明の十字軸継手は、鉄粉を発生に難く、ちょう度の上昇を抑制する添加剤を含有するグリースを軸受に封入したことにより、ゴリ感やザラツキ感が低減し、ステアリング装置の操蛇性能や操蛇感覚、経時安定性を高めることができる。また、グリースの基油は耐熱性に優れるため、高温耐久性にも優れ、メンテナンスフリーも実現できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明に関して詳細に説明する。
【0014】
本発明において、十字軸継手自体の構成には制限はないが、ガタツキの少ないことから、ニードル軸受とスパイダー軸部とがコロを介してシメシロ嵌合しているものが好ましい。ここで、ニードル軸受とはコロ転動体が介在する軸受のことである。図1はその第1の実施形態を示す一部断面図であり、図2はA部分の拡大図である。図示されるように、十字軸継手1は一対の板金製のヨーク7,8間に、十字状のスパイダー2を介装した構成である。ヨーク7は、筒状基部7aと該筒状基部から軸方向に延び直径方向に対向する一対のアーム7b、7bを一体に有している。この筒状基部7aは、軸6に緩衝部19を介して連結されている。緩衝部19は、外筒21と内筒20及びこれらに挟持されたゴムより成るラバーブッシュ9から構成されている。内筒20は軸6に外嵌・固定され、この内筒20にピン10が固定されている。軸6の内周面にはメススプラィン25が形成されている。ヨーク8は略筒状周面を形成し、周方向の一部で対向する一対の締付部を有する基部8aと、該基部から軸方向に延び直径方向に対向する一対のアーム8bを一体に有しており、軸との継手機能を有する。
【0015】
ヨーク7の各アーム7bの端部およびヨーク8のアーム8bの端部には、それぞれ対向して円形の軸受孔18が形成されている。ヨーク7、8の軸受孔18にはスパイダー2の端部の軸部14がそれぞれ挿入されており、スパイダー軸部14はそれぞれヨーク7、8の対応する軸受孔18内にニードル軸受3を介して回転自在に支持される。
【0016】
ヨーク7、8の円形軸受孔18とそれぞれ軸受3を介して回転自在に支持されたスパイダー2の端部軸部14との構成は、すべて同じであるので、本明細書ではそのうち1つについて以下に詳細に説明する。
【0017】
図2に示すように、スパイダー2のスパイダー軸部14が、ヨーク7の軸受孔18に、複数のコロ転動体12を含むニードル軸受3を介して回転自在に嵌合されている。スパイダー軸部14の先端部外周辺には、先細りテーパ形状の面取り部15が形成されている。この面取り部15は、その軸方向の幅はLで、そのテーパ面は軸心方向に対して0.5°〜1.2°の角度θをなすように設定されている。
【0018】
スパイダー軸部14の軸径は9〜10mm、その真円度、円筒度はそれぞれ0.05mm以下、好適には0.002mm以下である。また対向する2カ所の軸部14の同軸度は0.05mm以下、好適には0.02mm以下である。面取り部15の幅Lは0.5〜3.0mmで、好適には1.0〜2.0mmである。尚、面取り部15の断面形状は直線であるが、曲線形状であっても良い。
【0019】
スパィダー軸部14の軸心に形成れた軸方向孔16にはスラストピース17が挿入されている。スパイダー軸部14の下部外周囲には、シール部材4が設けられている。
【0020】
スラストピース17は、ポリアセタール樹脂またはポリアミド樹脂等の合成樹脂製のピンである。スラストピース17は、軸方向孔16に挿入された状態では、スラストピース17の端部が軸部14の端面から突出するとともに、ベアリングカップ11の底面に係合する。軸受カップ11を圧入する際、スラストピース17に圧縮弾塑性変形を生じさせるので、スパイダー2の軸部に軸方向の中心に向かう予圧が付与され、ヨーク7b、7bに挟まれたスパイダー2を軸方向の所定位置に保持することができる。
【0021】
ニードル軸受3は、ベアリングカップ11、複数のコロ転動体12、ベアリングカップ11とスパイダー軸部14とを備え、後述するグリース13が充填されている。ベアリングカップ11は有底筒状体であり、外径は15〜16mmである。ベアリングカップ11はヨークのアームに形成された円形軸受孔18内に圧入され、カシメ部11aによりヨーク11に抜け防止されている。ベアリングカップ11の筒状部内周面とスパイー軸部14の外周面との間には複数のコロ転動体12が介装されている。このような構成により、スパイダー軸部14はヨークアームの対応する軸受孔14内に軸受3を介して回転自在に支持されている。
【0022】
コロ転動体12(以後、コロ12と言う)は、その径Rが中央部近傍から両端部にかけて徐々に微小量だけ小さくなる形状に成形されている。径Rの減少量は、コロ12の端面より中央部に向かって0.8mmの位置で0.004〜0.022mmである。コロ12は、その中央部近傍、即ち、コロ12全長の13〜70%の領域Mで、スパイダー軸部14及びニードル軸受3とシメシロ嵌合するように設定されている。このため、ニードル軸受3にスパイダー軸部14を組み込む際の荷重を小さくすることができ、組立作業が容易となる。コロ12の数は16〜25本であり、その材料はJIS SUJ1〜SUJ5である。尚、直径や長さには制限がない。
【0023】
この構成において、スパイダー軸部14の面取り部15は、切削でも設けることが出来るが、スパイダー軸部14と同時研削により設けることが出来、高精度のものが低コストで得られる。
【0024】
ニードル軸受3にスパイダー軸部14を組み込む際、コロ12の先細り形状、及びスパイダー軸部14の面取り部15が、互いに挿入スペースを許容し、案内することになるため、コロ12、ベアリングカップ11、スパイダー軸部14に傷が付き難く、付いたとしても微小なものに留めることができる。
【0025】
また、スパイダー軸部14は、ニードル軸受3と共に、コロ12の中央部の領域Mにてシメシロ嵌合しているため、車輪から振動が伝わっても、コロ12の両端部近傍で、スパイダー軸部14とコロ12との間及びベアリングカップ11内径とコロ12との間にできる微小隙間が一様に維持され、両者の干渉による異音の発生を防止することができる。
本実施形態の十字軸継手を採用したステアリング装置は、高速走行時ステアリングホイールを操舵した時、敏速に操舵でき操縦安定性が向上する。
【0026】
さらに、領域Mが従来のコロより小さいので、シメシロ嵌合にも拘わらず転がり抵抗の増加が小さく、そのため折り曲げトルクが小さく滑らかな操舵感を得ることができる。
尚、この実施形態では、緩衝部19を示したが、代わりラバーカップリングを組み付けても良い。また、本実施形態を適用したステアリング装置の任意の部位に、ラバーカップリング、この実施形態の緩衝部、他の形式の緩衝機構、スプライン嵌合に代表されるスライド機構、あるいは衝突時の変位吸収機構等を設けても良い。
【0027】
また、この実施形態のようなガタの無い十字軸継手と、前記スライド機構のガタの無いものを併用することにより、ステアリング装置の全体系として異音発生をより効果的に防止することができる。また、一つの十字軸継手はそれぞれ4個のニードル軸受3、スパイダー軸部14を有しているが、本実施の形態の十字軸継手は少なくともその1カ所以上に適用する。
【0028】
さらに、本実施形態の十字軸継手を採用するステアリング装置は、油圧式パワーステアリシグ、電動式パワーステアリング、その他いずれの形式のものでも良い。
【0029】
十字軸継手は、図3に示す第2の実施形態とすることができる。第2の実施形態の十字軸継手は、第1の実施形態の十字軸継手と略同様であり、図3において同一部材には同一番号を付しており、その部分の説明は省略する。本実施形態が第1の実施形態と異なっているのは、ニードル軸受22のベアリングカップ26底面の内側中央部に形成された内向き突起23と、スパイダー軸部24の端面が接触する形式のシェル型の十字軸継手30に、本発明を適用している点である。
【0030】
この十字軸継手においても、コロ12は、その径Rが中央部近傍から両端部にかけて徐々に小さくなる形状とされ、スパイダー軸部24の先端部外周辺には、幅Lの先細りテーパ形状の面取り部15が形成されており、第1の実施形態の十字軸継手と同様の効果を期待することができる。
【0031】
尚、第2の実施形態では、シェル型の十字軸継手を示したが、ソリッド型の十字軸継手にも適用することができる。
【0032】
また、十字軸継手は図4に示す第3の実施形態とすることもできる。第3の実施形態の十字軸継手は、第1の実施形態の十字軸継手と略同様であり、図4において同一部材には同一番号を付しており、その部分の説明は省略する。コロ12は、第1の実施形態同様、その径Rが中央部近傍から両端部にかけて徐々に小さくなる形状とされている。本実施形態が第1の実施形態と異なっているのは、スパイダー軸部14の面取り部15を設けず、コロ12の、ベアリングカップ11内でのスパイダー14軸方向の移動可能な合計量を0.6mmとした点である。但し、この移動可能合計量は少なくとも0.6mmであって、0.6mm以上あることが望ましい。即ち、コロ12の長さをT、ベアリングカップ11内のスパイダー軸部14の軸心方向の内側スペースの幅をSとすると、(S−T)≧0.6mmである。
【0033】
したがって、コロ12がベアリングカップ11スペース内のスパイダー14軸心方向の中央に配置されているとすると、コロ12はスパイダー14軸心方向に0.3mm移動可能になる。
【0034】
Mは、スパイダー軸部14がニードル軸受3と共にコロ12の中央部でシメシロ嵌合している範囲である。コロ12の転動面12′の表面粗さはJISによる10点平均の粗さでRz0.4μm程度、スパイダー軸14の表面14′はRz1μm程度である。
【0035】
この構成の場合、第1の実施形態の十字軸継手よりも組み立て時間が長くなり、コスト高となる場合があるが、コロ12がベアリングカップ11内側端面に接触しなくなるので、折り曲げトルクがより小さくなり、滑らかな操舵感を得ることができる。
【0036】
以下、封入するグリースについて説明する。
【0037】
グリースの基油は、安価な鉱油と、耐熱性能の上で有利な合成炭化水素油とを必須成分とする混合油を用いる。十字軸継手は、エンジンルームの取り回し上、排気管の後方に近接して配置されることが一般的であり、ニードル軸受も高温に曝されることが多く、更には離脱/再結合不能に組み付けられるため給脂ができないため、封入グリースには高温での耐久性も要求される。そこで本発明では、鉱油は、40℃における動粘度が300〜500mm2 /s、好ましくは400〜450mm2 /sのものを使用する。この動粘度は、グリースに使用される一般的な鉱油の動粘度よりはかなり高く、これにより基油全体としての蒸発を抑える。従って、40℃における動粘度が300mm2 /s未満では、蒸発抑制効果が得られない。一方、40℃における動粘度が500mm2 /sを越える場合は、低温下での始動性が悪くなる。また、鉱油は、上記の動粘度であれば、その種類は特に限定されるものではなく、グリースの基油として通常使用される鉱油を使用できる。中でも、減圧蒸留、溶剤脱歴、溶剤抽出、水素化分解、溶剤脱ろう、硫酸洗浄、白土精製、水素化精錬等により精製した鉱油が好ましい。
【0038】
合成炭化水素油としては、40℃における動粘度が20〜300mm2/s、好ましくは25〜75mm2 /sのものを使用する。40℃における動粘度が20mm2 /s未満では高温下での蒸発減量が多く、早期にグリースが固化してしまう。一方、40℃における動粘度が300mm2 /sを越える場合は、スラッジが発生したり、低温下での始動性が悪くなる。また、合成炭化水素油は、上記の動粘度であれば、その種類は特に限定されるものではなく、グリースの基油として通常使用される合成炭化水素油を使用できる。好ましい合成炭化水素油としては、例えばノルマルパラフィン、イソパラフィン、ポリブテン、ポリイソブチレン、1−デセンオリゴマー、1−デセンとエチレンとのコオリゴマー等のポリ−α−オレフィンまたはこれらの水素化物等を例示できる。
【0039】
基油は上記の鉱油と合成炭化水素油とを必須として含むが、更に基油としての40℃における動粘度が60〜200mm2/s、好ましくは150〜200mm2 /sであることを特徴とする。基油としての40℃における動粘度が60mm2 /s未満では、高温下での蒸発減量が多く、早期にグリースが固化してしまう。一方、40℃における動粘度が300mm2 /sを越える場合は、低温下での始動が悪くなる。従って、鉱油と合成炭化水素油との配合割合は、基油とした時に上記動粘度となるように適宜選択される。但し、コストの面では鉱油の割合を多くした方が有利であり、耐熱性の観点からは合成炭化水素油の割合を多くした方が有利である。
【0040】
また、基油には鉱油と合成炭化水素油の他にも、必要に応じて、グリースの基油として通常使用されるような潤滑油を配合することもできる。好ましくは、以下に例示するような芳香族系、エステル系またはエーテル系の合成潤滑油である。前記芳香族系油としては、例えばモノアルキルベンゼン、ジアルキルベンゼン、ポリアルキルベンゼン等のアルキルベンゼン、あるいはモノアルキルナフタレン、ジアルキルナフタレン、ポリアルキルナフタレン等のアルキルナフタレン等が挙げられる。前記エステル系油としては、例えばジブチルセバケート、ジ−2−エチルヘキシルセバケート、ジオクチルアジペート、ジイソデシルアジペート、ジトリデシルアジペート、ジトリデシルグルタレート、メチル・アセチルリシノレート等のジエステル、あるいはトリオクチルトリメリテート、トリデシルトリメリテート、テトラオクチルピロメリテート等の芳香族エステル油、さらにはトリメチロールプロパンカプリレート、トリメチロールプロパンペラルゴネート、ペンタエリスリトール−2−エチルヘキサノエート、ペンタエリスリトールベラルゴネート等のポリオールエステル、さらにまた、多価アルコールと二塩基酸・一塩基酸の混合脂肪酸とのオリゴエステルであるコンプレックスエステル等が挙げられる。前記エーテル系油としては、例えばポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、ポリエチレングリコールモノエーテル、ポリプロピレングリコールモノエーテル等のポリグリコール、あるいはモノアルキルトリフェニルエーテル、アルキルジフェニルエーテル、ジアルキルジフェニルエーテル、ペンタフェニルエーテル、テトラフェニルエーテル、モノアルキルテトラフェニルエーテル、ジアルキルテトラフェニルエーテル等のフェニルエーテル等が挙げられる。中でも、エステル系油、エーテル系油が好ましい。その他にも、トリクレジルフォスフェート、シリコーン油、パーフルオロアルキルエーテル油等の合成潤滑油も使用することができる。
【0041】
これらを配合する場合は、基油としての40℃における動粘度が上記の範囲となるように注意する必要がある。
【0042】
上記の基油には、増ちょう剤が配合される。この増ちょう剤は、分子中にヒドロキシル基を有する炭素数12〜24の脂肪酸と、炭素数2〜12の脂肪族ジカルボン酸のリチウム塩とからなる。上記炭素数12〜24のヒドロキシ脂肪酸としては、最も好ましいものは12−ヒドロキシステアリン酸であるが、その他のものも全て使用し得る。その他の使用し得るものとしては、例えば12−ヒドロキシラウリン酸、16−ヒドロキシパルミチン酸等を挙げることができる。また、上記炭素数2〜12の脂肪族ジカルボン酸としては、アゼライン酸が最も好ましいが、その他のものも全て使用し得る。その他の使用し得るものとしては、例えばセバシン酸、シュウ酸、マロン酸、コハク酸、アジピン酸、ピメリン酸、スベリン酸、ウンデカン二酸、ドデカン二酸等を挙げることができる。ここで、炭素数12〜24のヒドロキシ脂肪酸と炭素数2〜12の脂肪族ジカルボン酸との比率は、炭素数2〜12の脂肪族ジカルボン酸が20〜40質量%とすることが好ましい。この比率が20質量%未満または60質量%を越える場合には、熱的に安定な増ちょう剤が得られず、グリース組成物の高温での長寿命化を実現できない。
【0043】
そして、上記炭素数12〜24のヒドロキシ脂肪酸と炭素数2〜12の脂肪族ジカルボン酸とを、例えば水酸化リチウム等のリチウム化合物と反応させることにより本発明で使用する増ちょう剤が得られる。このような増ちょう剤は、一般的にはリチウムコンプレックスと呼ばれており、リチウム石鹸と比べて耐熱性に優れるという特徴を有する。この増ちょう剤であるリチウムコンプレックスのグリース組成物中の配合量はグリース性状が得られる範囲であれば特に制限されるものではなく、通常5〜35質量%である。
【0044】
また、グリースには、必須添加剤として、テルルのジチオカルバミン酸塩及びリン酸エステルが添加される。テルルのジチオカルバミン酸塩及びリン酸エステルは共に極圧剤であり、併用することにより効果が一層高まる。また、テルルのジチオカルバミン酸塩は、鉄粉の発生を抑える効果が高く、鉄粉(鉄イオン)が増ちょう剤に作用して混和ちょう度が上昇することが抑制され、グリースの安定化に有効である。更に、鉄粉による、所謂ゴリやザラツキ感といったものを抑えることもできる。尚、一般に極圧剤を添加すると基油の蒸発量が多くなる傾向にあるが、上記の基油は蒸発し難いため蒸発量の増加を抑えることができる。
【0045】
テルルのジチオカルバミン酸塩としては、例えばジエチルジチオカルバミン酸テルル、ジブチルジチオカルバミン酸テルル、ジメチルジチオカルバミン酸テルル等を挙げることができる。また、リン酸エステルは酸性リン酸エステル、亜リン酸エステル、酸性亜リン酸エステル等を含み、例えばジフェニルモノデシルフォスファイト、トリオクチルフォスフェート、トリクレジルフォスフェート等を挙げることができる。
【0046】
これら必須添加剤の配合量は、グリース全量に対して0.5〜10質量%程度が好ましい。配合量が0.5質量%未満では、その効果が得られない。一方、配合量が10質量%を越える場合には、増量に見合う効果の向上が得られず不経済であるとともに、基油や増ちょう剤の占める量が相対的に少なくなり潤滑性能を低下させる。
【0047】
また、グリースには、例えば、アミン系酸化防止剤,フェノール系酸化防止剤、イオウ系酸化防止剤、ジチオリン酸亜鉛、ベンゾトリアゾール、亜硝酸ソーダ等の酸化防止剤、石油スルフォネート、ジノニルナフタレンスルフォネート、ソルビタンエステル等の防錆剤、塩素系極圧剤、リン系極圧剤、ジチオリン酸亜鉛、有機モリブデン等の極圧剤、脂肪酸、動植物油等の油性向上剤、金属不活性剤等、グリースに一般に使用される添加剤を添加することもできる。尚、これらその他の添加剤の添加量は、本発明の目的を損なわない程度であれば特に限定されるものではない。
【0048】
本発明の十字軸継手は上記の如く構成されるが、(a)分子中にヒドロキシル基を有する炭素数12〜24の脂肪酸と、炭素数2〜12の脂肪族ジカルボン酸のリチウム塩とからなる増ちょう剤と、(b)40℃における動粘度が300〜500mm2/sの鉱油と、40℃における動粘度が20〜300mm2/sの合成炭化水素油とを必須成分として含み、かつ、40℃における動粘度が60〜200mm2/sである基油と、(c)テルルのジチオカルバミン酸塩と、(d)リン酸エステルとを含有するグリースを封入したことにより、鉄粉の発生が抑えられ、ゴリ感やザラツキ感が大幅に低減する。また、グリースは基油に由来して耐熱性が高く、ちょう度の上昇も抑えられることから、経時安定性に優れ、メンテナンスフリーとなる。
【0049】
尚、本発明の十字軸継手を用いてステアリング装置を構成するには、例えば、図5に示すような3つのジョイントJt1,Jt2,Jt3の少なくとも1つを、上記した十字軸継手で構成すればよい。
【0050】
また、図6に示すように、電動パワーステアリング装置において、2つのジョイントの少なくとも一方を上記の十字軸継手とし、伸縮軸と連結する構成とすることもできる。尚、電動パワーステアリング装置は、電動モータによりハンドルからの操蛇力をアシストするものである。
【0051】
伸縮軸は図7(A)に縦断面図で示すように、相互に回転不能に且つ摺動自在に嵌合した雄軸41と雌軸42とからなる。また、図8(図7のX−X線に沿った横断面図)に示すように、雄軸41の外周面には、周方向に120°間隔(位相)で等配した3個の軸方向溝43が延在して形成してある。これに対応して、雌軸42の内周面にも、周方向に120°間隔(位相)で等配した3個の軸方向溝45が延在して形成してある。
【0052】
雄軸41の軸方向溝43と、雌軸42の軸方向溝45との間に、両軸41,42の軸方向相対移動の際に転動する複数の剛体の球状体47(転動体、ボール)が転動自在に介装してある。尚、雌軸42の軸方向溝45は、断面略円弧状若しくはゴシックアーチ状である。雄軸41の軸方向溝43は、傾斜した一対の平面状側面43aと、これら一対の平面状側面43aの間に平坦に形成した底面43bとから構成してある。
【0053】
雄軸41の軸方向溝43と、球状体47との間には、球状体47に接触して予圧するための板バネ49が介装してある。この板バネ49は、図7(B)に斜視図にて示すように、球状体47に2点で接触する球状体側接触部49aと、球状体側接触部49aに対して略周方向に所定間隔をおいて離間してあると共に雄軸1の軸方向溝43の平面状側面43aに接触する溝面側接触部49bと、球状体側接触部49aと溝面側接触部49bを相互に離間する方向に弾性的に付勢する付勢部49cと、軸方向溝43の底面43bに対向した底部49dと、を有している。この付勢部49cは、略U字形状で略円弧状に折曲した折曲形状であり、付勢部49cによって球状体側接触部49aと溝面側接触部49bを相互に離間するように弾性的に付勢することができる。
【0054】
また、図8に示すように、雄軸41の外周面には、周方向に120°間隔(位相)で等配した3個の軸方向溝44が延在して形成してある。これに対応して、雌軸42の内周面にも、周方向に120°間隔(位相)で等配した3個の軸方向溝46が延在して形成してある。雄軸41の軸方向溝44と、雌軸42の軸方向溝46との間に、両軸41,42の軸方向相対移動の際に滑り摺動する複数の剛体の円柱体48(摺動体、ニードルローラ)が微小隙間をもって介装してある。なお、これら軸方向溝44,46は、断面略円弧状若しくはゴシックアーチ状である。
【0055】
また、図7(A)に示すように、雄軸41の端部には、弾性体付ストッパープレート50が設けてあり、この弾性体付ストッパープレート50により、球状体47、円柱体48、板バネ49の脱落を防止している。更に、雄軸41の軸方向溝43、雌軸42の軸方向溝45、板バネ49及び球状体47の間には、潤滑剤が塗布してあることから、トルク非伝達時(摺動時)、雄軸と雌軸は、ガタツキのない安定した摺動荷重で軸方向に摺動することができる。
【0056】
以上のように構成した伸縮軸では、雄軸41と雌軸42の間に球状体47を介装し、板バネ49により、球状体47を雌軸42に対してガタツキのない程度に予圧してあり、トルク非伝達時における雄軸41と雌軸42の間のガタツキを防止し、雄軸41と雌軸42は軸方向に相対移動する際には、ガタツキのない安定した摺動荷重で摺動する。
【0057】
一方、トルク伝達時には、板バネ49が弾性変形して球状体47を周方向に拘束すると共に、雄軸41と雌軸42の間に介装した3列の円柱体48が主なトルク伝達の役割を果たす。例えば、雄軸41からトルクが入力された場合、初期の段階では、板バネ49の予圧がかかっているため、ガタツキはなく、板バネ49がトルクに対する反力を発生させてトルクを伝達する。この時は、雄軸41・板バネ49・球状体47・雌軸42間の伝達トルクと入力トルクがつりあった状態で全体的なトルク伝達がなされる。更にトルクが増大していくと、円柱体48を介した雄軸41、雌軸42の回転方向のすきまがなくなり、以後のトルクキ増加分を、雄軸41、雌軸42を介して、円柱体48が伝達する。そのため、雄軸41と雌軸42の回転方向ガタを確実に防止するとともに、高剛性の状態でトルクを伝達することができる。
【0058】
尚、この伸縮軸にも、十字軸継手に充填した上記グリースを充填することができ、それにより鉄粉の発生やちょう度の上昇が抑えられる、耐熱性が向上する、等の効果が付与される。
【実施例】
【0059】
以下に実施例及び比較例を挙げて、本発明を更に説明する。
(実施例1〜2及び比較例1〜3)
表1に示す如く増ちょう剤、基油及び添加剤を配合して試験グリースを調製した。また、比較例3として、市販の極圧グリースを用意した。そして、実施例1、実施例2、比較例1及び比較例2の各試験グリースをSPCC板上に5mmの厚さに塗布し、160℃の恒温槽にて250時間加熱して加熱前後の重量からその蒸発量を測定した。同時に加熱前後の混和ちょう度の変化を測定した。また、加熱後の全酸化も測定した。それぞれの測定結果を表1に示す。
【0060】
【表1】

【0061】
実施例1及び実施例2と、比較例2とを比較すると、基油が本発明で規定する動粘度を有する鉱油と合成炭化水素油とを含み、かつリチウムコンプレックス石けんを増ちょう剤とするグリースは蒸発減量が少なく、ちょう度変化も少なく、また全酸化も小さいことから高温での耐久性に優れることが分かる。また、本発明で規定する添加剤(極圧剤)を添加することにより、全酸化が更に改善されることが分かる。
【0062】
また、実施例1、実施例2、比較例1及び比較例2の各試験グリースについて、高速高温軸受耐久試験を行った。即ち、円すいころ軸受(呼び番号:30205)に各グリースを2.0g封入し、内転回転6800rpm、軸受外輪温度120℃、ラジアル荷重980N、アキシャル荷重1470Nの条件で連続回転させ、軸受外輪温度が130℃を超えた時、もしくはモータ過電流となったときを焼き付き寿命と見做し、それまでの時間を求めた。結果を表1に示すが、実施例の試験グリースを封入した円すいころ軸受は、比較例の試験グリースを封入した円すいころ軸受に比較して高温耐久性能に優れることが分かる。
【0063】
更に、実施例1、実施例2、比較例1及び比較例3の各試験グリースについて、ザラツキ感応評価を行った。即ち、各試験グリースを封入したステアリング装置用ニードル軸受をステアリング装置に組み込み、ジョイント角30°でセットしたステアリング装置の一方に3kgの慣性盤を取り付け、もう一方から±180°の回転を100万サイクル行った後(耐久後)、実際の車両に搭載してテストドライブを実施した。また、この耐久前についても同様のテストドライブを行なった。そして、ステアリング感が滑らかな場合を「◎」。まれにザラツキ感がある場合を「○」、ザラツキ感がある場合を「△」、ゴリ感がある場合を「×」と評価した。結果を表1に示すが、特に実施例1の試験グリースを用いた場合に初期のザラツキ感がなく、優れた耐久性が得られた。また、実施例2の試験グリースも良好な結果が得られた。これに対し、比較例1の試験グリースを用いた場合には、ニードル軸受とスパイダー軸部とがシメシロ嵌合となっているためゴリが発生し、耐久によるナラシや摩耗からゴリ感は解消してもザラツキ感が残っていた。また、比較例3の試験グリースを用いた場合、極圧剤によってシメシロ嵌合に効果が見られるが、耐久性に劣っていた。
【0064】
(実施例3及び比較例4)
表2に示す如く増ちょう剤、基油及び添加剤を配合して試験グリースを調製した。この時、基油を構成する鉱油及び合成炭化水素油それぞれの動粘度は特定せず、混合後の基油動粘度を表1に示す値に調整した。そして、各試験グリースについて、下記の試験を行った。
(鉄粉混入加熱試験)
鉄粉が混合したグリースを加熱すると、鉄粉(鉄イオン)の悪影響を受けて混和ちょう度が上昇する。そこで、加熱前後の混和ちょう度の上昇量により、鉄粉(鉄イオン)による悪影響の受け難さを評価した。先ず、50mlビーカに試験グリースを20g取り、そこへ2wt%の鉄粉を加えて混合した。24時間室温に静置した後、混和ちょう度(初期混和ちょう度)を測定した。次に、このビーカを100℃の恒温槽に24時間静置した後、室温まで放冷して混和ちょう度を測定し、初期混和ちょう度と比較した。
(軸受回転鉄分発生試験)
空間容積の25%の試験グリースを封入した密閉深溝玉軸受(呼び番号:608VV)を、80℃の恒温槽内で、ラジアル荷重無し、アキシャル荷重98N、回転数3600回転(rpm)の条件で、300時間回転させた。回転後、前記軸受の外側を清浄してから封入した試験グリースを石油ベンジンに溶解して取り出した。そして、液体分を蒸発乾固させて鉄分(軸受の回転によって発生した鉄粉)を採取した。
【0065】
結果を表2に示すが、実施例3の試験グリースは混和ちょう度の上昇も無く、またこれを封入した軸受も、鉄分の発生が抑えられていることが分かる。
【0066】
【表2】

【図面の簡単な説明】
【0067】
【図1】本発明の十字軸継手の一例を示す一部断面図である。
【図2】図1のA部分の拡大図である
【図3】本発明の十字軸継手の他の例を示す一部断面図である。
【図4】本発明の十字軸継手の更に他の例を示す一部断面図である。
【図5】ステアリング装置の一例を示す概略図である。
【図6】電動パワーステアリング装置の一例を示す概略図である。
【図7】(A)伸縮軸の縦断面図及び(B)板バネの斜視図である。
【図8】図7のX−X線に沿った横断面図である。
【符号の説明】
【0068】
1 十字軸継手
2 スパイダー
3 ニードル軸受
6 軸
7,8 ヨーク
11 ベアリングカップ
12 コロ
14 スパイダー軸部
18 軸受孔
19 緩衝部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヨークの軸受孔に、ベアリングカップ及び当該ベアリングカップ内の複数のコロを含む軸受を介してスパイダー軸部を回転自在に嵌合することにより、前記ヨークにスパイダーを嵌合した構成の十字軸継手において、
(a)分子中にヒドロキシル基を有する炭素数12〜24の脂肪酸と、炭素数2〜12の脂肪族ジカルボン酸のリチウム塩とからなる増ちょう剤と、(b)40℃における動粘度が300〜500mm2/sの鉱油と、40℃における動粘度が20〜300mm2/sの合成炭化水素油とを必須成分として含み、かつ、40℃における動粘度が60〜200mm2/sである基油と、(c)テルルのジチオカルバミン酸塩と、(d)リン酸エステルとを含有するグリースを前記軸受に封入してなることを特徴とする十字軸継手。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2006−90430(P2006−90430A)
【公開日】平成18年4月6日(2006.4.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−276718(P2004−276718)
【出願日】平成16年9月24日(2004.9.24)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】