説明

半導体における多重励起子生成状態の評価方法

【課題】半導体内の多重励起子の生成状態を評価する。
【解決手段】回折格子の背後に標準試料を移動可能に配置し、前記回折格子を通して前記標準試料に、励起光としての第1のレーザー光及びプローブ光としての第2のレーザー光を入射させると共に、前記第1のレーザー光によって縞状の強度分布を持つ光を前記標準試料内に発生させ、前記回折格子及び前記標準試料からの回折光を観察することで、前記標準試料の複素屈折率の虚数部の変化による回折光が消失する前記標準試料の位置を特定し、特定した前記位置に半導体を含む測定試料を配置し、前記回折格子を通して前記測定試料に、前記第1のレーザー光及び前記第2のレーザー光を入射させると共に、前記第1のレーザー光によって縞状の強度分布を持つ光を前記測定試料内に発生させ、前記回折格子及び前記測定試料からの回折光を観測する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、半導体における多重励起子生成状態の評価方法に関するものであり、例えば太陽電池の増感剤として利用される半導体量子ドットにおける多重励起子生成状態の評価方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
太陽電池における変換効率の向上及び生産コストの削減は、長年に亘って取り組まれている重要な課題である。特に近年は、化石燃料枯渇の懸念や環境対策の面から太陽電池の需要が高まっているため、これらの早急な実現が望まれている。
【0003】
このような状況の中で、半導体量子ドット増感型太陽電池は、上記の課題を解決する次世代の太陽電池の一つとして注目されている。半導体量子ドット増感型太陽電池の全体的な構成は、非シリコン系の太陽電池として比較的高い変換効率が得られている色素増感型太陽電池に類似している。しかしながら、光電極に対する増感剤が両者の間では異なっており、色素増感型太陽電池は増感剤としてルテニウム系の有機色素を用いているのに対し、半導体量子ドット増感型太陽電池は増感剤として無機半導体によるナノ粒子(即ち、半導体量子ドット)を用いている。半導体量子ドットは、その粒径の調整によって、エネルギー準位やバンドギャップ等を制御できるため、多重励起子生成(MEG: Multiple Exciton Generation)による量子効率の向上が期待されている。
【0004】
多重励起子生成とは、半導体がエネルギーギャップの2倍以上のエネルギーを持つ1つの光子を吸収した場合、多数の電子正孔対(励起子)が生成される現象である。従来のバルク半導体ではこの多重励起子の生成確率が極めて小さいため、1個の光子につき1個の励起子しか生成されない。しかしながら、多重励起子が生成される場合には、従来、熱として失われていたエネルギーを光電流に変換することが可能になる。このような多重励起子の発生は、半導体量子ドット単体においては過渡吸収法(TA: Transient Absorption)、テラヘルツ分光法(Tera Hertz spectroscopy)、時間分解蛍光法(Time-Resolved Fluorescence technique)等によって確認されている(非特許文献1、非特許文献2参照)。
【0005】
ところで、無輻射の物理化学的な現象に対して、レーザー光を用いて高感度に測定する手法として、近接場ヘテロダイン過渡格子(NG-HD-TG: Near-Field Heterodyne Transient Grating)法が知られている(特許文献1及び非特許文献3参照)。この方法は、レーザー光である励起光及びプローブ光の調整が非常に困難であった過渡格子法を大幅に改善させたものである。この方法では、試料の前に回折格子(例えば透過型回折格子)を配置して干渉による縞状の励起光を生成する。縞状の励起光は、試料内で、光の強度分布に応じた電子励起を誘発し、これに伴って屈折率が縞状に変化した所謂「過渡格子」を発生させる。この状態でプローブ光を入射させると、プローブ光は回折格子及び過渡格子で回折する。この2つの回折光は同じ方向に出射するので、これらが混合した光を同時に検出することができる。近接場ヘテロダイン過渡格子法は、同じ過渡格子を利用する過渡格子法に比べて、光のアライメントが容易であり、そのために構成も簡便である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2010−243374号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】R. Schaller, V. Klimov, Physical Review Letters, 92 (2004) 186601.
【非特許文献2】A. J. Nozik, Chemical Physics Letters, 457 (2008) 3-11.
【非特許文献3】片山建二, 分析化学, 57 (2008) 313-320.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
半導体量子ドット増感型太陽電池の理論的な変換効率の最大値は44%と見積もられている。しかしながら、現在得られている変換効率の最高値は4%程度である。この原因を解明するには、多重励起子生成に強く関連しているとされる、ホットキャリアの緩和過程、キャリア‐キャリア相互作用、キャリア‐フォノン相互作用等の詳細なメカニズムに関する知見を得る必要がある。
【0009】
また、多重励起子生成を評価する上記の方法の中で、現在、主に用いられているものは過渡吸収法と高速時間分解発光測定法である。しかしながら、過渡吸収法はLUMO−HOMO間での光吸収変化を測定し、高速時間分解発光測定法はLUMO−HOMO間でのキャリア緩和による発光の時間変化を測定している。この場合、多重励起子の生成過程で重要なホットキャリアの緩和過程を確認することができない。
【0010】
本発明は、このような事情を鑑みて成されたものであり、半導体量子ドットにも適用できる半導体内の多重励起子の生成状態を評価する方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の一態様は、半導体における多重励起子生成状態の評価方法であって、回折格子の背後に標準試料を移動可能に配置し、前記回折格子を通して前記標準試料に、励起光としての第1のレーザー光及びプローブ光としての第2のレーザー光を入射させると共に、前記第1のレーザー光によって縞状の強度分布を持つ光を前記標準試料内に発生させ、前記回折格子及び前記標準試料からの回折光を観察することで、前記標準試料の複素屈折率変化の虚数部による回折光が消失する前記標準試料の位置を特定し、特定した前記位置に前記半導体を含む測定試料を配置し、前記回折格子を通して前記測定試料に、前記第1のレーザー光及び前記第2のレーザー光を入射させると共に、前記第1のレーザー光によって縞状の強度分布を持つ光を前記測定試料内に発生させ、前記回折格子及び前記測定試料からの回折光を観測することを特徴とする。
【0012】
また、前記半導体は半導体量子ドットであることが好ましい。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、半導体を含む試料の複素屈折率の実数部変化Δnと虚数部変化Δkを選択的に測定することができ、半導体内のホットキャリアと多重励起子の生成状態(生成時間と緩和ダイナミクス)の評価と、多重励起子の生成条件の同定が可能になる。さらに、多重励起子生成の量子効率(1個フォトンの吸収によって生成された電子の数)を評価することも可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明の一実施形態に係る、多重励起子の生成状態の評価装置である。
【図2】本発明の一実施形態に係る過渡格子の生成を説明するための図である。
【図3】本発明の一実施形態に係る回折光の測定を示す図である。
【図4】本発明の一実施形態によって得られた、複素屈折率の実数部変化Δnに伴う光信号強度の時間変化の一例である。
【図5】本発明の一実施形態によって得られた、複素屈折率の虚数部変化Δkに伴う光信号強度の時間変化の一例である。
【図6】図4に示すピークの波長依存性を測定した結果である。
【図7】複素屈折率の実数部変化Δnに伴う光信号強度に対する半導体量子ドットのサイズ依存性の測定結果である。
【図8】多重励起子生成後の緩和時間について評価した結果である。
【図9】図8の結果を模式的に示した図である。
【図10】PbS量子ドットに対する量子効率Qの波長依存性を調べた結果である。
【図11】PbS量子ドットの量子効率Qに対する波長依存性の一例である。
【図12】ナノ構造に半導体量子ドットを吸着させた状態で多重励起子の生成を評価した結果である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の一実施形態としての、半導体における多重励起子生成状態の評価方法について説明する。なお、説明の便宜上、評価対象として半導体量子ドットを用いているが、本発明が適用される試料は多重励起子が発生し得る半導体であれば量子ドットに限られない。例えば励起光の波長を調整することで、バルク半導体や、ナノチューブ等の低次元半導体にも適用可能である。
【0016】
本実施形態の多重励起子生成状態の評価方法では、上述した近接場ヘテロダイン過渡格子法を用いて、半導体量子ドットを含む試料に生じた屈折率変化の経時変化を測定する。
【0017】
図1に、この測定を実施するための評価装置10を示す。評価装置10は主に、レーザー光源11と、波長変換器12と、透過型回折格子(以下、単に回折格子と称する)13と、試料14が設置される可動式試料ステージ15と、光検出器16と、チョッパー19から構成される。
【0018】
レーザー光源11は100フェムト秒程度のパルス光を周期的に発生するレーザーである。レーザー光源11で発生したパルス光は、ビームスプリッタ17によって分岐され、分岐された一方の光は波長変換器12に入射する。波長変換器12は、入射した光の波長を変換して励起光18として出射するものであり、例えば光パラメトリック発振・増幅器(所謂、OPO又はOPA)である。波長変換器12から出射した励起光18は、チョッパー19により所定の変調周期のパルス光群となるように変調される。チョッパー19は、光検出器16の光強度信号を抽出するロックインアンプ(図示せず)と同期しており、変調周期はロックインアンプに入力される参照信号の周期に等しい。変調周期はレーザー光源における発振周期よりも長く、例えば、発振周期が1msである場合、変調周期は10ms程度である。チョッパー19によって変調された励起光18は、その後、ダイクロイックミラー20に入射する。
【0019】
ビームスプリッタ17によって分岐された他方の光は、プローブ光21として、光学遅延路を形成する光路22を通過し、ダイクロイックミラー20に入射する。なお、励起光18によるプローブ光の強度の経時変化を測定するため、光路22の光路長はミラーの位置調整等により変更可能である。
【0020】
ダイクロイックミラー20に入射した励起光18及びプローブ光21は、同一光路上に出射し、回折格子13を通過して試料14に入射する。このとき、励起光18の一部は回折格子13によって回折する(残りは透過する)。図1は、励起光18が入射方向に対して角度±θに回折している様子を示している。図2に示すように、この回折によって異なる角度で出射した2つの励起光18a、18bが重なる領域には干渉縞が発生する。この縞状の強度分布が発生している領域内に試料14を配置すると、試料14内には、この干渉縞の強度分布に基づいて電子の励起状態が生成される。つまり、試料14内には屈折率が縞状に分布する所謂、過渡格子23が発生する。
【0021】
次に、過渡格子23が発生している状態で、プローブ光21を、回折格子13を介して試料14に入射させる。すると図3に示すように、プローブ光21は、励起光18と同じく回折格子13を透過する光(透過光)と回折する光(回折光)に別れる。光検出器16には、回折格子13と過渡格子23の両方を透過した光(参照光)21aと、回折格子13の回折光が過渡格子23によって更に回折して、参照光21aと同じ方向に出射した光(信号光)21bが同時に入射する。
【0022】
前述したように、励起光18はチョッパー19によって変調されている。この変調に同期したロックインアンプ(図示せず)を用いて、光検出器16からの信号を測定すると、この信号の中から過渡格子23の発生した回折光の影響を受けた成分(以下、変調成分)のみが抽出される。
【0023】
この変調成分の強度Iには、励起光18とプローブ光21に依存した次の比例関係がある。
【数1】

ここで、Iは励起光18の強度、Iはプローブ光21の強度、Δnは試料14の複素屈折率変化における実数部であり、光の屈折を示す。一方、Δkは試料14の複素屈折率変化における虚数部であり、光の吸収を示す。また、Δφは信号光21bと参照光21aの位相差を表しており、この位相差Δφは、
【数2】

と表される。ここで、dは回折格子13と試料14との距離、λはプローブ光21の波長、Λは回折格子13の回折格子間隔(ピッチ)である。
【0024】
(1)式から判るように、試料14の屈折率変化に対して強度Iは変化する。強度Iは過渡格子23の状態に依存していることから、励起光18とプローブ光21を照射するタイミングをずらすことで、過渡格子23の状態の経時変化に対する知見を屈折率の変化から得ることができる。本実施形態の場合、励起光18とプローブ光21の照射タイミングの時間差を、光学遅延路として形成した光路22の光路長を調整することで変化させることができる。
【0025】
また、検出した光の強度Iが、位相差Δφによって変化することも判る。更に、(2)式から判るように、位相差Δφは距離dに依存する。特に、Δφ=πの時にはΔkの項がキャンセルされ、Δφ=(π/2)の時にはΔnの項がキャンセルされる。即ち、距離dの調整によって、複素屈折率変化の実数部Δnと虚数部Δkを選択的に測定することができる。このような距離dを特定するには、吸収したエネルギーの全てが短時間のうちに熱として放出される物質を標準試料として用いればよい。即ち、強度Iが測定時間に対して0になる位置が、複素屈折率変化の虚数部Δkのみが得られる位置となる。また、強度Iが測定時間に対して増加していく位置が、複素屈折率変化の実数部Δnのみが得られる位置となる。このような標準試料としては、例えばニトロベンゼンが挙げられる。ニトロベンゼンは、吸収した光のエネルギーの全てを音響波として1ns以内に放出するため、それ以降は吸収を示さなく、この音響波による屈折率の変化は時間と共に増加していく。
【0026】
なお、上記の測定方法では、回折格子13及び過渡格子23を透過した光と、回折格子13で回折した光が更に過渡格子23で回折された光とを光検出器16で測定しているが、回折格子13によって回折し、過渡格子23を透過した光と、回折格子13を透過し、過渡格子23によって回折した光とを光検出器16で測定してもよい。何れの場合も、同じ出射方向の光を測定しており、検出信号に含まれる情報は同一である。
【0027】
以下、上述の評価装置10を用いて、半導体量子ドットにおける多重励起子生成を評価した実施例を説明する。以下の実施例における測定結果は特に異ならない限り、何れも、ニトロベンゼンを標準試料として用いて複素屈折率の実数部Δnのみが得られる状態に設定された後に得られたものである。
【0028】
レーザー光源11としては、パルス幅150fs、周波数1kHzのチタンサファイアレーザーを用いた。量子ドットを含む試料(測定試料)14は、濃度5mg/mlで粒径が、それぞれ5.2nm、3.2nm、2.2nmのPbS量子ドットコロイドを含むトルエン溶液を用いた。吸収波長、バンドギャップEは評価内容に合わせて適宜変更している。
【実施例】
【0029】
まず、PbS量子ドットは、粒径が3.2nm、吸収波長が990nm、バンドギャップEが1.25eVのPbS量子ドットについて、励起光18の波長を350nm(3.54eV(=2.8E))に設定し、プローブ光21の波長を775nmに設定したときの複素屈折率変化の実数部Δnによる光信号強度の時間変化の一例を図4に示す。
【0030】
この図の一点鎖線で囲んだ領域Rに示すように、励起光18の入射直後に小さなピークP1が現れ、その後、約2psから大きなピークP2が現れた。一方、標準試料(ニトロベンゼン)を用いて、複素屈折率変化の虚数部Δkのみが観測できる位置でPbS量子ドットコロイドを測定したところ、図5に示すグラフTGが得られた。この結果に重ね合わせたグラフTAは、回折格子13を外して測定した結果であり、これは従来の過渡吸収法による結果を意味する。この図から明らかなように、両者の結果に著しい一致が見られる。つまり、本実施形態の測定において、複素屈折率変化の実数部Δn(屈折率)のみと虚数部の変化Δk(光吸収)のみが選択的に測定できていることが判る。
【0031】
次に、図4に示すピークP2について、励起光18の波長依存性を測定した結果の一例を図6に示す。励起光18の波長は350nmから400nmまで変化させた。これは、PbS量子ドットのバンドギャップEを基準とすると、光のエネルギーを2.83Eから2.48Eまで減少させたことに相当する。この測定結果が示すように、何れの波長でも0.5ps付近でピークが見られることから、何れの波長でもホットキャリアが生成されている。しかしながら、励起光18のエネルギーが2.7Eを下回ると、それまで確認されていたピークP2が消滅していることがわかる。
【0032】
この傾向は、今までに報告されていたPbS、PbSeの多重励起子の生成条件と著しく一致しているため、ピークP2は多重励起子の生成に対応していると考えられる。また、図6の結果からは、ホットキャリアを取り出すためには、励起後2ps以内に電荷分離させて取り出す必要があることがわかる。
【0033】
次に、屈折率変化Δnのサイズ依存性を測定した結果の一例を図7(a)に示す。グラフAは、粒径2.2nm、吸収波長751nm(E=1.65eV)のPbS量子ドットに対する測定結果である。グラフBは、粒径3.2nm、吸収波長990nm(E=1.25eV)のPbS量子ドットに対する測定結果である。グラフCは、粒径5.3nm、吸収波長1446nm(E=0.86eV)のPbS量子ドットに対する測定結果である。励起光18の波長は何れも360nm(3.44eV)である。また、図7(b)は、上記3種類のPbS量子ドットに対して行った測定において、励起光18の波長を何れも470nm(2.64eV)に設定した測定結果の一例である。図7(a)、(b)の結果からPbS量子ドットにおいて多重励起子が生成される条件は、励起光のエネルギーがバンドギャップに対して約2.7倍以上であることが判った。
【0034】
次に、多重励起子生成後の緩和時間について評価した結果の一例を図8に示す。このとき用いたPbS量子ドットの粒径は3.2nm、吸収波長は990nm(E=1.25eV)である。なお、励起光18の波長を350nm(3.54eV)に固定した状態で、その相対強度を100%、70%、50%、20%と変えた測定を行い、励起子の緩和時間に対する励起光18のパワーの影響がないことを確認した。何れの強度においても、屈折率変化Δnに伴う光信号強度の時間変化を400psまで測定した結果、多重励起子は200psまでに緩和しており、その後の強度は単一の励起子の緩和によるものであることが判った。つまり、上記のPbS量子ドットを用いた太陽電池の場合、多重励起子生成による電流を得るには、100ps以下で電荷分離と抽出を行う必要があることが判る。
【0035】
このように、屈折率変化Δnに応じた光信号強度の変化を測定することで、試料内のキャリア(励起子)密度の変化を確認できる。従って、それぞれの量子ドットにおいて多重励起子が生成されたとしても、その緩和により最終的には単一の励起子のみが存在する状態に至ることを考慮すると、励起光18の入射初期において発生した多重励起子による光信号強度は、その試料における量子効率を表している。即ち、図8に示す測定結果及びその模式図である図9を例に挙げると、200ps以降の光信号強度をIとし、励起光の入射直後における光信号強度の最大値をIとした場合、その比である(I/I)は、1フォトン当たりの多重励起子生成率を意味する量子効率Qを表すことになる。
【0036】
図10は、PbS量子ドットに対する量子効率Qの波長依存性を調べた結果の一例である。このときのPbS量子ドットの粒径は3.2nmであり、励起光18の波長は520nm(2.38eV)、350nm(3.54eV)、290nm(4.28eV)であった。なお、各測定結果は、多重励起子が完全に緩和されたと見なせる時間(図10では例えば200ps)の後の光信号強度を基準として規格化している。
【0037】
図11(a)は、図10に示す結果に基づいて得られた、粒径3.2nmのPbS量子ドットの量子効率Qに対する波長依存性の一例を示す。図11(b)は、図10と同様の測定を粒径5.2nmのPbS量子ドットに対して行った結果の一例を示す。なお、図11(a)、11(b)何れの場合も、励起光18の波長を520nmに設定したときの量子効率Qを100%と仮定している。これらの測定結果に示すように、励起光のエネルギーEhνの増加に合わせて、量子効率が増加する傾向が見られる。
【0038】
上記の各測定は、何れの物質にも吸着させないPbS量子ドット単体における多重励起子の生成状態に対する評価であった。半導体量子ドット増感型太陽電池における増感剤としての半導体量子ドットの性能を評価する上では、ナノ構造に半導体量子ドットを吸着させた状態で多重励起子の生成を評価することが更に重要になる。
【0039】
図12は、その評価の一例であり、多孔質薄膜を形成したZrOのナノ構造にPbS量子ドットを直接吸着させたものを測定試料14として用いた測定結果(PbS/ZrOと表記する)である。このときのPbS量子ドットの粒径は5.2nmであった。また、励起光18の波長は350nmであり、このエネルギーは用いたPbS量子ドットのバンドギャップEの約4倍に相当する。図12は、比較のためにPbS量子ドットが含まれたトルエン溶液を測定試料14として用いた測定結果も示している(図中、PbSコロイドと表記する)。両測定結果を比較すると明らかなように、PbS量子ドットがZrOのナノ構造に吸着しても、PbS量子ドット単体と同じく多重励起子が生成されていることが確認できる。
【0040】
このように本発明によれば、半導体を含む試料の複素屈折率の実数部の変化Δnと虚数部の変化Δkを選択的に測定することができ、半導体内のホットキャリアと多重励起子の生成状態(生成時間と緩和ダイナミクス)の評価と、多重励起子の生成条件の同定が可能になる。さらに、多重励起子生成の量子効率を評価することも可能になる。なお、当然であるが、本発明に適用される半導体の組成は実施例に示したPbSに限られない。
【符号の説明】
【0041】
10・・・評価装置、11・・・レーザー光源、12・・・波長変換器、13・・・回折格子、14・・・試料、18・・・励起光、21・・・プローブ光、23・・・過渡格子

【特許請求の範囲】
【請求項1】
半導体における多重励起子生成状態の評価方法であって、
回折格子の背後に標準試料を移動可能に配置し、
前記回折格子を通して前記標準試料に、励起光としての第1のレーザー光及びプローブ光としての第2のレーザー光を入射させると共に、前記第1のレーザー光によって縞状の強度分布を持つ光を前記標準試料内に発生させ、
前記回折格子及び前記標準試料からの回折光を観察することで、前記標準試料の複素屈折率変化の虚数部による回折光が消失する前記標準試料の位置を特定し、
特定した前記位置に前記半導体を含む測定試料を配置し、
前記回折格子を通して前記測定試料に、前記第1のレーザー光及び前記第2のレーザー光を入射させると共に、前記第1のレーザー光によって縞状の強度分布を持つ光を前記測定試料内に発生させ、
前記回折格子及び前記測定試料からの回折光を観測することを特徴とする多重励起子生成状態の評価方法。
【請求項2】
前記半導体は半導体量子ドットであることを特徴とする請求項1に記載の多重励起子生成状態の評価方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2012−173171(P2012−173171A)
【公開日】平成24年9月10日(2012.9.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−36258(P2011−36258)
【出願日】平成23年2月22日(2011.2.22)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成21年度、独立行政法人科学技術振興機構、委託研究「半導体量子ドットの多重励起子生成と太陽電池への応用」、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(504133110)国立大学法人電気通信大学 (383)
【出願人】(599011687)学校法人 中央大学 (110)
【Fターム(参考)】