説明

半導体不純物原子検出方法及び半導体不純物原子検出装置

【課題】 半導体中の個々の不純物原子を検出して、その位置を特定し、その不純物の種類を判別し、さらにある特定の領域内に含まれるアクセプターおよびドナー不純物原子の数をそれぞれ区別して数え上げることによって不純物濃度の測定を行う方法及び装置を提供すること。
【解決手段】 被測定対象物である半導体表面を走査型トンネル顕微鏡(STM)で観察する際に、探針を基準として半導体に正の電圧を印加して得られた半導体表面のSTM像と、探針を基準として半導体に負の電圧を印加して得られた半導体表面のSTM像とを比較することにより、半導体中の不純物原子を検出することを特徴とする半導体不純物原子検出方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、走査型トンネル顕微鏡(以下STMという)や原子間力顕微鏡(以下AFMという)等の走査型プローブ顕微鏡(以下SPMという)を使用して半導体デバイスの微少領域の不純物濃度又は不純物濃度分布を評価する半導体不純物原子検出方法及び半導体不純物原子検出装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、半導体デバイス作製技術の高度化により、50nm以下のチャネル長を持つMOSトランジスタが量産されているが、今後、更なる微細化が進められる。MOSトランジスタの主要構成要素の1つは、アクセプター(負の電荷を持ち、正孔を誘起する)やドナー(正の電荷を持ち、伝導電子を誘起する)といった2つのタイプの不純物原子をSi基板中に注入・拡散することによって形成されるpn接合構造である。MOSデバイスの電気特性はこれらの不純物原子の濃度分布によって大きく変化する。
特に、ソース・ドレインのエクステンション領域の広がりを制御することは、ショートチャネル効果の抑制や閾値電圧の制御等、高性能の極微細MOSデバイスを作製するために必須の技術である。
一般に、pn接合領域は、アクセプターとドナーの2種類の不純物が共存しているため、所望の特性を有するデバイスを作製するためには、これらの不純物原子の濃度の2次元又は3次元分布を、2種類の不純物を区別しながらナノメートル程度の分解能で測定する必要がある。
【0003】
また、近い将来、チャネル長は30nm程度になると予測されるが、この大きさは、シリコン原子を並べたとすると130個程度の大きさである。このサイズまで微細化が進むと、チャネル領域に含まれる不純物原子の数(通常、シリコン原子の数の1/1000から1/10000程度)が非常に少なくなるため、集積された個々の極微細MOSトランジスタのチャネル領域に含まれる不純物原子数の統計的なバラツキまでもが電気特性に影響を及ぼすようになる。したがって、個々の不純物原子を検出し、その位置を特定し、その種類を弁別し、その数を数え上げることができるような不純物分布測定法が必要となる。
【0004】
従来、半導体デバイスの不純物濃度測定法として、2次イオン質量分析法が用いられてきた。この手法は、数keV程度の高エネルギーイオンビームを試料表面に照射し、試料表面から放出された2次イオンを質量分析して不純物濃度や不純物原子種を調べるものである。しかしながら、この手法では、入射イオンのビーム径を絞ることが難しいためにサブμm以下の空間分解能は得られない。
【0005】
一方、高い空間分解能を得るために、STMを用いて微細な領域の不純物濃度を測定することが提案されている。例えば、特開平7-211757号公報や特開2001-324439号があげられる。
【0006】
以下では、まず、特開平7-211757号公報で述べられた2つの方法について説明する。
第1の方法は、探針と試料との間の距離(以下真空ギャップと呼ぶ)を一定に保ったまま、探針と試料の間に印加された電圧(以下、試料電圧と呼ぶ)とトンネル電流とを測定する方法である。
はじめに、半導体デバイスをフッ酸(HF)と水との混合液(容量比1:1)に浸漬し、ゲート酸化膜、ゲート電極、及び層間絶縁膜をエッチング除去する。次に、STMを用いて半導体デバイスの表面又は劈開断面を探針で走査し、試料電圧Vとトンネル電流Iとを測定し、下記(1)式を用いて、広がり抵抗法(SR法)により不純物濃度nを求めるものである。
n = A × I / V …(1)
ここで、Aは比例定数である。比例定数Aは、不純物濃度n0が既知のシリコン基板に対する測定値I0
、 V0から、下記(2)式により求められる。
n0 = A × I0 / V0 …(2)
なお、特開平7-211757号公報には、真空ギャップを一定に保つ方法が具体的に示されていない。
【0007】
STMによる測定において、トンネル電流は、真空ギャップの大きさに依存して極めて敏感に変化し、その大きさが0.1nm変化するとトンネル電流は1桁程度変化する。一方、STMで測定される試料表面には一般に、0.1nmよりも大きな凹凸が存在するため、試料表面の凹凸にあわせて真空ギャップを一定に保つように制御しなければ上記方法を用いて不純物濃度を測定することはできない。一般に、STMによる測定において、真空ギャップを制御する方法として、トンネル電流を一定に保つように探針と試料の間の距離を制御する定電流モード測定法が用いられる。しかしながら、不均一な不純物濃度分布を持つ半導体表面をSTMを用いて測定する場合、トンネル電流は、真空ギャップの大きさだけでなく半導体中の不純物濃度にも依存して変化するため、不純物濃度に分布のある試料では真空ギャップを一定に保つことはできない。したがって、上記の方法では、不純物濃度を定量的に測定することはできない。
【0008】
第2の方法は、半導体デバイスを適当な化学溶液を用いてエッチングし、エッチング量の差、すなわち、段差量を計量する方法である。半導体デバイス断面をフッ酸(HF)を含む混合液、例えば、HNO3:H2O:HF = 10:25:1に浸漬してウエットエッチングする。このとき、不純物濃度の濃いソース・ドレイン領域が選択的にエッチングされ、断面に凹凸が形成される。次に、STMを用いて半導体デバイス断面の3次元的形状を測定し、エッチング量すなわち段差量を計量することにより不純物濃度nを求める。
この方法において、エッチング速度はアクセプター濃度とドナー濃度の両者に影響される。この場合、アクセプターとドナーのどちらか一方のみが存在する領域では、不純物濃度を求めることが可能と考えられるが、アクセプターとドナーが共存する領域では、選択的エッチングにより形成された段差量からアクセプター濃度とドナー濃度の2つの量を求めることは不可能である。また、エッチング速度と不純物濃度との対応関係が明確でないため、不純物濃度を定量的に求めることはできない。
【0009】
次に、特開2001-324439号公報で述べられた方法について説明する。この方法は、STMを用いて半導体デバイスの表面又は劈開断面を探針で走査し、任意の点で走査トンネル分光測定(トンネル電流と試料電圧との関係を測定する)を行い、その試料電圧とトンネル電流との関係から不純物濃度を求める方法である。したがって、これは、トンネル電流と試料電圧との関係から不純物濃度を求めるという点において、本質的に特開平7-211757号公報の第1の方法と同様である。一方、両者において異なる点として、特開2001-324439号公報で述べられている方法には、次のように真空ギャップを一定に保つための具体的な方法が開示されていることがあげられる。この公報に開示されている方法では、真空ギャップの大きさは、例えば、探針を測定試料に近づけながら試料電圧とトンネル電流との関係を測定し、電流電圧特性が真空ギャップを経るトンネリングに対応する指数関数的な関係から変化した点で、探針が測定試料表面と接触したとし、その点を原点として探針を所定の距離だけ表面から離間させることで一定に保つ。
【0010】
特開2001-324439号公報では、真空ギャップの大きさが明らかとなるため、不純物濃度を定量的に求めることが可能になると述べられている。しかしながら、トンネル電流と試料電圧との関係を測定する方法は、不純物原子濃度そのものを測定しているのではなく、キャリヤ濃度を求めるものである。アクセプター原子は電流のキャリヤである正孔を誘起し、ドナー原子は、同じく電流のキャリヤである電子を誘起する。正孔と電子は、互いに打ち消しあうため、不純物原子としてアクセプターまたはドナーのどちらか一方だけが存在する領域では、キャリヤを誘起している不純物原子濃度とキャリヤ濃度は一致するが、アクセプターとドナーが共存する領域では、キャリヤ濃度と不純物濃度は一致しない。また、キャリヤ濃度からアクセプター濃度とドナー濃度の2つの量を求めることは不可能である。また、この方法は、測定箇所ごとに探針と試料表面の接触点を求める必要があり、膨大な時間を要するのみでなく、探針先端や試料表面を損傷しやすく、実用に供することができない。
【0011】
一方、バンドギャップ中の表面準位が無くなるように調製した原子レベルで平坦な半導体表面をSTMを用いて観察することにより、半導体表面近傍に存在する帯電した不純物原子がぼやけた凸部又は凹部として検出できることが報告されている(例えば、総説としてSurf. Sci. Rep. 33 (1999) 121がある)。また、文献Phys. Rev. Lett. 72 (1994) 1490によると、nタイプのGaAs基板を劈開することによって作製した原子レベルで平坦なGaAs(110)表面上では、Siドナー原子が、試料電圧が正である条件と、負である条件の両方でぼやけた凸部として観察される。
【0012】
STMによって帯電したSiドナー原子がぼやけた凸部として検出される理由は次のように説明されている。STMにおけるトンネル電流Iは、近似的に以下の式で表される

この式において、ρsは試料の状態密度、ρtは探針の状態密度、Tはトンネル確率、rは位置ベクトル、Eは試料または探針のフェルミレベルを基準とした電子のエネルギー、Vは試料電圧、eは電荷素量を表す。なお、トンネル確率Tは真空ギャップの大きさに強く依存し、真空ギャップが小さくなると大きくなる性質を持つ。
【0013】
図1は、金属探針と半導体試料との間にトンネル電流が流れる際の電子エネルギーバンドを示す図である。
同図は、(3)式の意味を模式的に表すものであり、左側に半導体試料のエネルギーバンドが、右側に金属探針のそれが描かれており、Efs及びEftは試料及び探針のフェルミレベルを示す。半導体試料と金属探針の間の空隙は、真空ギャップを表す。CBM、VBMと記された実線は伝導帯の底および価電子帯の頂上を示しており、CBMとVBMの間は禁制帯であるため試料の状態密度は無い。CBM、VBMが真空ギャップに向かって曲線を描いているのは、試料電圧を印加することによりバンドベンディングが生じているためである。(3)式を参照すると、試料電圧が一定であるとき、トンネル電流Itは、EfsからEftまでの範囲の、表面における試料の状態密度の積分に比例することがわかる。
【0014】
ここで、表面直下にドナー原子が存在する場合を考える。ドナー原子は正に帯電しているため、ドナー原子から数nm程度の距離の範囲では、これが存在しない場所に比べ、試料のエネルギーバンドが表面に向けて下に曲がる。この様子は、図1(1)、(2)において点線で示されている。
試料電圧Vが正の場合に、図1(1)に示すように、探針から試料の伝導帯に電子がトンネルする状況になっているとする。このとき、ドナー原子の近傍では電子のトンネルに関わる試料の状態密度が増加するため、探針から試料へ電子がトンネルしやすくなる。この結果として、定電流モードによるSTM像測定においては、ドナー原子の存在位置は凸部として観測される。
一方、試料電圧Vが負の場合、図1(2)に示すように、試料の伝導帯から探針に電子がトンネルする状況になっているとする。このとき、ドナー原子の近傍では電子のトンネルに関わる試料の状態密度が増加するため、試料電圧が正の場合と同様、ドナー原子の存在位置は凸部として観測される。
【0015】
文献Surf. Sci. Rep. 33 (1999) 121によると、不純物原子の見え方は、一般に次のようになるとされている。nタイプ基板において、試料電圧が正の場合、ドナー原子は凸部として、アクセプター原子は凹部として観察される。試料電圧が負の場合、それぞれの不純物原子が凸部として観察されるか凹部として観察されるかは基板材料に依存する。pタイプ基板において、試料電圧が負の場合、ドナー原子は凹部として観察され、アクセプター原子は凸部として観察される。試料電圧が正の場合には、ドナー原子もアクセプター原子も凸部として観察される。したがって、nタイプ基板では試料電圧が正である条件で、pタイプ基板では試料電圧が負である条件でSTM観察を行うことにより、不純物原子の種類を見分けることができるとされている。
【0016】
しかしながら、pn接合領域のように、基板のタイプがpタイプからnタイプへと徐々に変化しているような領域では、観測位置での基板のタイプが明らかでないため、上記の方法では不純物の種類を見分けることができない。
また、一般に、試料表面には吸着した汚染物や欠陥構造が多数存在し、これらがアクセプター原子やドナー原子と同じような凸部や凹部として観測される場合がある。アクセプター原子やドナー原子の濃度を正確に測定するためには、これら汚染物や欠陥構造と、アクセプターおよびドナーである不純物原子とを区別して測定する必要があるが、上記の方法ではこの区別を行うことは極めて難しい。
さらに、これまで報告されている、不純物原子に起因する凸部又は凹部の高さは0.1nm以下であり、原子ステップの高さよりも低い。このため、不純物原子をSTMを用いて検出するためには、測定表面が原子レベルで平坦であることが必要不可欠である。また、測定表面上にバンドギャップ中の表面準位が存在すると、表面電位を固定し、半導体内部のポテンシャル変化を打ち消してしまい内部の不純物を検出できなくなるため、不純物原子をSTMを用いて検出するためには、バンドギャップ中の表面準位の無い表面を調整することが必要である。GaAs基板の場合、劈開により(110)表面を作製すると、原子レベルで平坦、かつ、バンドギャップ中の表面準位の無い表面が得られるが、Si基板を測定対象とする場合、不純物原子のSTM検出に適した原子レベルで平坦、かつ、バンドギャップ中の表面準位の無い表面を作製することも大きな課題となる。
【0017】
【特許文献1】特開平7-211757号公報
【特許文献2】特開2001-324439号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0018】
本発明の目的は、半導体中のpn接合領域において、アクセプターやドナーである個々の不純物原子を、他の汚染物や欠陥構造と区別しながら検出し、その位置を特定し、その不純物がアクセプターであるかドナーであるかを判別し、さらに、ある特定の領域内に含まれるアクセプターおよびドナー不純物原子の数をそれぞれ区別して数え上げることによって不純物濃度の測定を行うための半導体不純物原子検出方法を提供することにある。
また、この上記不純物検出法をSiを基板とする半導体デバイスに適用するため、Si表面を上記不純物原子検出法に適した表面に調製する半導体不純物原子検出方法を提供することにある。
また、半導体不純物原子検出するための半導体不純物原子検出装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明は、上記の課題を解決するために、以下に示すような手段を採用した。
第1の手段は、被測定対象物である半導体表面を走査型トンネル顕微鏡で観察する際に、探針を基準として前記半導体に正の電圧を印加して得られた前記半導体表面のSTM像と、探針を基準として前記半導体に負の電圧を印加して得られた前記半導体表面のSTM像とを比較することにより、前記半導体中の不純物原子を検出することを特徴とする半導体不純物原子検出方法である。
【0020】
第2の手段は、第1の手段において、前記正の電圧を印加して得られた前記半導体表面のSTM像と、前記負の電圧を印加して得られた前記半導体表面のSTM像とを比較し、前記半導体に印加される電圧の極性に依存する前記半導体表面の凹凸の逆転を観察することにより、前記不純物原子の位置を特定することを特徴とする半導体不純物原子検出方法である。
【0021】
第3の手段は、第1の手段において、前記正の電圧を印加して得られた前記半導体表面のSTM像と、前記負の電圧を印加して得られた前記半導体表面のSTM像とを比較し、前記半導体に印加される電圧の極性と前記半導体表面の凹凸との対応関係から、前記不純物原子の持つ電荷の極性を判断することを特徴とする半導体不純物原子検出方法である。
【0022】
第4の手段は、第1の手段乃至第3の手段のいずれか1つの手段において、前記半導体表面が水素化されたSi表面であることを特徴とする半導体不純物原子検出方法である。
【0023】
第5の手段は、第4の手段において、前記水素化されたSi表面は、溶液処理されて水素化されたSi表面であることを特徴とする半導体不純物原子検出方法である。
【0024】
第6の手段は、第5の手段において、前記溶液は、フッ化アンモニウムを含む溶液であることを特徴とする半導体不純物原子検出方法である。
【0025】
第7の手段は、第5の手段又は第6の手段において、前記溶液処理後に、pHが6以下且つ溶存酸素濃度が20ppb以下に調製した洗浄水を用いて洗浄することを特徴とする半導体不純物原子検出方法である。
【0026】
第8の手段は、第4の手段乃至第7の手段のいずれか1つの手段において、前記水素化されたSi表面は、(111)方位の面であることを特徴とする半導体不純物原子検出方法である。
【0027】
第9の手段は、第4の手段乃至第8の手段のいずれか1つの手段において、前記半導体表面を水素化した後に、150℃以上400℃以下の温度で熱処理を行うことを特徴とする半導体不純物原子検出方法である。
【0028】
第10の手段は、第1の手段乃至第9の手段のいずれか1つの手段において、前記探針が特定の範囲の仕事関数を有することを特徴とする半導体不純物原子検出方法である。
【0029】
第11の手段は、第1の手段乃至第10の手段のいずれか1つの手段において、前記探針の仕事関数が、前記半導体のバンドギャップの中央のエネルギー値よりバンドギャップの1/5の大きさだけ大きいエネルギー値から、前記半導体のバンドギャップの中央のエネルギー値よりバンドギャップの1/5の大きさだけ小さいエネルギー値の範囲にあることを特徴とする半導体不純物原子検出方法である。
【0030】
第12の手段は、第1の手段乃至第3の手段のいずれか1つの手段において、前記探針を基準として前記半導体に印加する正の電圧と前記探針を基準として前記半導体に印加する負の電圧の絶対値が、特定の大きさより大きいことを特徴とする半導体不純物原子検出方法である。
【0031】
第13の手段は、第1の手段乃至第3の手段のいずれか1つの手段において、前記探針を基準として前記半導体に印加する電圧の絶対値が、前記半導体のバンドギャップの大きさの1/(2e)以上の大きさであることを特徴とする半導体不純物原子検出方法である。
【0032】
第14の手段は、探針と、該探針を被測定物である半導体表面上を3次元方向に走査する手段と、前記探針を基準として前記半導体に正又は負の電圧を印加する手段と、前記探針と前記半導体表面間に一定のトンネル電流が流れるように、前記探針を3次元方向に走査することにより前記半導体表面のSTM像を得る手段とからなる走査型トンネル顕微鏡を備え、前記半導体に正の電圧を印加して得られた前記半導体表面のSTM像と、前記半導体に負の電圧を印加して得られた前記半導体表面のSTM像とを比較することにより、前記半導体中の不純物原子を検出することを特徴とする半導体不純物原子検出装置である。
【0033】
第15の手段は、第14の手段において、前記被測定物である半導体を150℃以上の温度に加熱する手段を備えることを特徴とする半導体不純物原子検出装置である。
【発明の効果】
【0034】
本願発明によれば、半導体中のpn接合領域において、アクセプター及びドナーである不純物原子を他の汚染物や欠陥構造と区別しながら検出し、その位置を特定することができる。また、その不純物原子がアクセプター原子であるかドナー原子であるかを判別することができる。さらに、微少領域内の不純物濃度の測定や、不純物分布のバラツキの評価を行うことができる。この情報は、将来更に微細化される半導体デバイスの不純物分布計測に適用可能であり、MOSトランジスタの閾値電圧やサブスレショールド特性といったデバイス特性の評価に重要な知見を与える。これらにより、半導体デバイス開発において、デバイス開発に必要な時間を短縮するとともに、開発コストを低減化する効果を持つ。
【発明を実施するための最良の形態】
【0035】
本発明の一実施形態を図2乃至図9を用いて説明する。
ここでは、本発明の不純物原子検出方法を、アクセプターとドナーの両者を含むシリコン基板の定電流モードによるSTM像測定に適用した例について述べる。
【0036】
図2は、個々の不純物原子の検出に用いるSTM像を測定する走査型トンネル顕微鏡の模式図である。
同図に示すように、STMは、試料10を載置するステージ(図示せず)と、金属からなる探針11と、探針11に流れるトンネル電流を検出する電流計12と、探針11を水平方向(X方向およびY方向)および垂直方向(Z方向)に微動させるピエゾスキャナー13と、制御部14とからなる。制御部14から、探針11をX, Y, Z方向に変位させるための電圧14a, 14b, 14cがピエゾスキャナー13へ、また、試料電圧14dが試料10へ印加されている。また、電流計12により測定されたトンネル電流値は、制御部14に取り込まれる。
【0037】
探針11は、本実施形態では電解研磨法により作製されたタングステン針を用いているが、これに限定されるものではない。また、図2には図示していないが、探針11のX方向、Y方向、およびZ方向の位置を粗調整するための粗動機構が設けられている。制御部14は、粗動機構、ピエゾ素子13に印加する電圧14a, 14b, 14c、及び試料電圧14dを制御し、探針位置や試料電圧を決定する。また、制御部14は、電流計12により測定されたトンネル電流値を一定に保つようにZピエゾ電圧14cを自動制御する機能を持つ。
【0038】
次に、不純物原子のSTM検出法の概要を図2及び図3を用いて説明する。
ここで、図3は、試料10を測定領域m × nに分割したZ座標マップの概念を示す図である。
通常、定電流モードを用いたSTM像は以下のようにして測定する。まず、図3に示すように、測定領域をm × nに分割し、その領域の原点(図3中、1-1点)に探針11を移動する。ここで、m及びnは任意の自然数である。その原点において、試料10に試料電圧V0を印加し、トンネル電流値I0が得られるように探針11のZ位置を制御した後、そのZ座標Z0(1,1)を測定する。次に、探針11のX-Y座標を1-2に移動し、同様にZ座標Z0(1,2)を測定する。これを繰り返し、探針11のX−Y座標が1−nのZ座標Z0(1,n)を測定したらX−Y座標2−1に移動し、さらに測定を繰り返す。Z座標の測定は、探針11のX−Y座標がm−nになるまで順次繰り返し、この工程により得たZ座標のX−YマップZ0(X,Y)を画像化することによりSTM像を得る。このとき、試料電圧V0が正であれば探針11から試料10へ電子がトンネルすることによりトンネル電流が流れる。一方、試料電圧V0が負であれば試料10から探針11へ電子がトンネルする。
【0039】
次に、本実施形態の不純物原子のSTM検出法に使用される測定試料について説明する。
B原子濃度5×1017cm-3のp型Si(111)基板表面にSb固体拡散源を塗布し、窒素気流中で1000℃に加熱することにより、p型Si(111)基板表面にSb原子を拡散させ、表面近傍にBとSbの2種類の不純物原子を含むSi(111)テスト用基板を作製した。
ここでは、本発明方法を実証するための特別なテスト用基板を試料に用いたが、MOSトランジスタのようなSiを基板としたデバイスの測定を行う場合、(111)面が現れるようにデバイス断面を切り出すことにより同様に本発明を適用することができる。また(111)以外の方位の表面にも本発明の原理は適用可能である。
【0040】
次に、本実施形態の不純物原子のSTM検出法に使用される測定試料の表面処理について説明する。
上記基板を、溶存酸素濃度を1ppb以下にした40%NH4F水溶液中に5分間浸漬することにより、表面の酸化物を除去し、表面のSi原子を水素原子で終端するとともに、(111)表面にステップ&テラス構造を形成する。NH4F水溶液によるシリコンのエッチングでは、エッチング速度に面方位異方性があり、(111)表面はエッチング速度が遅い。このため、(111)テラスが優勢な、原子レベルで平坦である(111)表面を得ることができる。その後、この試料10を、超純水に炭酸等の弱酸を加えpH約5に調製し、且つ溶存酸素濃度を20ppb以下に調製した洗浄水により洗浄する。
【0041】
ここで、40%NH4F水溶液によりエッチングした後、溶存酸素濃度を20ppb以下且つpH約5に調製した洗浄水により洗浄するのは、40%NH4F水溶液によるエッチングで形成された極めて平坦で完全性の高い表面を荒らすことなく洗浄するためである。洗浄水中の溶存酸素濃度が20ppb以上であると、試料表面が溶存酸素により酸化され、それを基点としたエッチングが急速に起こるために多くのエッチピットが形成され、表面の平坦さが損なわれる。また、洗浄水のpHを5程度に低くすることにより、洗浄中のエッチングの速度を小さくすることができる。
【0042】
後で述べるSTM像測定において、不純物原子の信号(定電流STM像においては高さ情報となる)はSiのステップ高さに比べて小さいため、不純物原子の検出は、ステップ密度が小さい原子レベルで平坦な表面を用意することによってのみ可能となる。なお、表面のSi原子を水素原子で終端することは、不純物原子の検出が容易な、バンドギャップ中に表面準位の存在しない電子状態へとSi表面を変化させる効果を持つ。
【0043】
なお、Si(111)表面の平坦化および水素化は、溶存酸素を除去した純水のみによるエッチングや、アルカリ性溶液を用いても可能であるとする報告がある。しかし、本発明では、NH4F水溶液を用いると、最も確実に不純物原子のSTM検出に適した表面を調製することができることを見いだした。
【0044】
また、ここではSi(111)表面についての実施例を示したが、Si(110)面においても同様の結果が得られる。
Si基板を用いた電子デバイスは、Si(001)基板表面上に作製される場合が多い。このため、Si(001)表面上において本発明を適用しようとする場合が考えられる。この場合、Si(001)基板表面上に形成された電極や層間絶縁膜を除去した後、例えば、特願2003-378992号公報で述べられているような、Si(001)基板表面の表面平坦化および水素化法を適用することにより、本発明を適用することが可能となる。
【0045】
次に、上記の表面処理における、水素により不活性化した不純物原子の再活性化について説明する。
上記の表面処理工程において、水素がSi基板中に浸透し、これが不純物原子と結びつく。不純物原子と結びついた水素は、不純物原子を不活性化し、伝導電子や正孔といったキャリヤを誘起することを妨げる。表面近傍の不純物原子が不活性化されると、本発明の方法で検出できなくなるばかりでなく、Si表面が実質的に絶縁体となるため、STM観察を行うことが困難となる。そこで、不純物原子と結びついた水素を除去しなければならない。
不活性化された不純物原子は、比較的低温でアニールすることにより再活性化できることが知られているが、過去の文献にある再活性化に必要とされる温度は100℃から400℃の範囲で様々である。一方、昇温熱脱離分光法(Thermal desorption spectroscopy: TDS)の結果から、表面のSi原子に結合した水素原子は、500℃以上の温度で表面から急速に脱離することがわかっている。
【0046】
STMを用いて不純物原子を検出するためには、不活性化した不純物原子を再活性化するとともに、表面のSi原子を水素原子でほぼ完全に終端しておくことが必要である。一方、表面のSi原子に結合した水素原子は、500℃以下の温度であっても徐々に表面から脱離するため、不純物原子の再活性化を行うためのアニールは、できるだけ低温で行うことが必要である。これらの条件を満たす温度範囲の存在は、これまで明らかでなく、アニールでSTM測定に適した表面が調製できることは知られていなかった。本発明の方法は、150℃から400℃の範囲で表面の水素を保ったまま不純物原子に結合した水素を解離させることができることを見いだしたことに基づく。
【0047】
STMを用いて不純物原子を検出するための不純物原子再活性化アニール条件は、次のようにして決定した。まず、比抵抗6000Ω以上のnタイプ基板にBイオンの注入・アニールを施し、表面から50nm程度の範囲に1020cm-3程度のB濃度を持つ試料を作製した。この試料の表面伝導度を四端子測定により計測した後、水素プラズマにさらすことによって表面近傍のB原子を不活性化させた。その後、100℃から400℃まで50℃ステップで温度を上げながら、各温度で10分間のアニールを施し、室温での表面伝導度測定を繰り返した。
【0048】
図4は、水素により不活性化した試料の表面伝導度とアニール温度との関係を示す図である。同図に示すように、不活性化前の伝導率は約26.4×10-3Sであり、初期値として点線で示されている。水素プラズマにさらした直後に測定した伝導率(温度20℃での値)は約22.6×10-3 Sと初期値に比べ小さくなっており、B原子が不活性化されたことがわかる。アニール温度を徐々に上げると、150℃を越えたところで伝導率が急激に大きくなっていることから、150℃以上の温度で再活性化が起こることがわかる。なお、伝導率が初期値まで戻らないのは、水素プラズマ処理によるダメージが入るためである。
【0049】
次に、表面から水素が脱離する様子をSTM観察により調べた。ここで、水素終端化Si(001)-2x1表面と水素終端化Si(111)表面の水素脱離温度はほぼ等しいことから、より作製が容易な水素終端化Si(001)-2x1表面を実験に用いた。
【0050】
図5は、水素終端化したSi(001)-2x1表面を、(a) 250℃・10分間、(b) 370℃・10分間、(c)370℃・60分間、アニールした後のSTM像である。
250℃、10分間のアニールでは、図5(a)に示すように表面の水素の脱離はほとんど見られないが、370℃・10分間のアニールでは、図5(b)に示すように、水素の脱離位置が輝点として多数観察されている。さらに、370℃・60分間のアニールでは、図5(c)に示すように、水素の脱離を示す輝点の数が増している。
輝点一つ一つが水素分子一つの脱離を示すとすると、図5(b)では表面の0.6パーセントの水素が、図5(c)では約3.4%の水素が脱離している。これより370℃における水素の脱離速度を求めると、約1x10-5ML(Mono−Layer)/sとなる。一方、文献Phys. Rev. B 54(1996) 5978 によると、430℃〜600℃の温度範囲での水素の脱離速度は、次の式で表されるとされている。

ここで、kdes(T)は脱離速度(ML/s)、νはプリファクター、Eは活性化エネルギー、Tは温度である。この文献から得られる値を用いて370℃でのSi(001)-2x1:H表面から水素が脱離する速度を概算すると2.3x10-5ML/sとなり、図5(b)、(c)の実験結果とほぼ一致した値がえられた。
【0051】
図6は、ドーパント観察における許容脱離水素量を表面の0.5%と定め、この条件を満たすアニール温度・時間の条件を(4)式を用いて計算した結果を示す図である。
同図において、Si(001)及びSi(111)と記された線の左側にアニール条件が入っていれば、表面から脱離する水素の量は、表面の0.5%以内となる。同図から、実用的なアニール時間を0.5分間と定めると、400℃以下の温度でアニールを施すことにより表面に吸着した水素を保持しながらドーパント原子を再活性化できる。
以上より、表面を水素化したSi基板を、150℃以上400℃以下の温度でアニールすることによりSTMを用いて不純物原子を検出することが可能となることが決定された。
【0052】
次に、定電流モードを用いてSTM像測定を行う場合について、図7を参照しながら説明する。
図7は、2つの試料電圧を用いた定電流モードSTM像測定におけるZ座標マップの概念図である。
不純物原子を検出するためには、同じ領域のSTM像を、試料電圧V1と試料電圧V2の2つ試料電圧を用いて測定する。ここで、試料電圧V1と試料電圧V2は、その符号が互いに逆である。ここでは、試料電圧V1を正の試料電圧とし、試料電圧V2を負の試料電圧とする。まず、試料電圧V1を印加してトンネル電流値I1が得られるように探針11のZ位置を制御し、X-Y座標1-1から1-nまでのZ座標Z1(1,1)〜Z1(1,n)を測定する。次に、探針のX-Y座標を1-nに保持したまま試料電圧をV2に変更し、トンネル電流値I2が得られるように探針11のZ位置を制御して、X-Y座標1-nから1-1までのZ座標Z2(1,n)〜Z2(1,1)を測定する。次に、探針のX-Y座標を2-1に移動するとともに、試料電圧をV1に設定し、X-Y座標2-1から2-nまでのトンネル電流値I1が得られるZ座標Z1(2,1)〜Z1(2,n)を測定する。再び、試料電圧をV2に変更し、トンネル電流値I2が得られるZ座標Z2(2,n)〜Z2(2,1)を測定する。以下同様に探針11を順次移動しながら測定を行い、同じ測定領域における、試料電圧V1およびトンネル電流I1のZ座標マップZ1(X,Y)と、試料電圧V2およびトンネル電流I2のZ座標マップZ2(X,Y)とを得る。以上の工程により得たZ座標のX-YマップZ1(X,Y)及びZ2(X,Y)を画像化することにより試料電圧およびトンネル電流値が(V1,I1)であるSTM像とそれらが(V2, I2)であるSTM像とを得る。
【0053】
ここでは、試料電圧およびトンネル電流値が(V1, I1)でのZ座標を、Y軸方向右向きに測定し、その後、(V2,I2)でのZ座標をY軸方向左向きに測定した。しかしながら、(V1, I1)でのZ座標と(V2,I2)でのZ座標をY軸方向の同じ向きに測定しても良い。例えば、まず、試料電圧とトンネル電流値が(V1, I1)である条件で、X-Y座標1-1から1-nまでのZ座標Z1(1,1)〜Z1(1,n)を測定する。その後、探針のX-Y座標を1-1へ移動して試料電圧とトンネル電流値を(V2,I2)に変更し、X-Y座標1-1から1-nまでのZ座標Z2(1,1)〜Z2(1,n)を測定する。この方法を用いることにより、ピエゾスキャナーのヒステリシスに起因する2つのSTM像の位置のズレを小さくできる可能性がある。
【0054】
以上では、試料電圧とトンネル電流の条件を(V1, I1)と(V2, I2)の間で交互に変えながら、Z座標マップを一行ずつ取得する方法を述べたが、Z座標マップの各座標点毎に試料電圧とトンネル電流の条件を交互に変えながら、(V1, I1)のZ座標マップZ1(X,Y)と、(V2, I2)のZ座標マップZ2(X,Y)とを測定してもよい。すなわち、(V1, I1)の条件でX-Y座標1-1のZ座標Z1(1,1)を測定する。次に、探針のX-Y座標を1-1に保持したまま試料電圧とトンネル電流の条件を(V2, I2)に変更し、X-Y座標1-1のZ座標Z2(1,1)を測定する。次に、探針のX-Y座標を1-2に移動するとともに、試料電圧とトンネル電流の条件を(V1, I1)に変更し、Z座標Z1(1,2)を測定する。その後、探針のX-Y座標を1-2に保持したまま試料電圧とトンネル電流の条件を(V2, I2)に変更し、X-Y座標1-2のZ座標Z2(1,2)を測定する。以下、同様にX-Y座標を移動しながら、試料電圧V1およびトンネル電流I1のZ座標マップZ1(X,Y)と、試料電圧V2およびトンネル電流I2のZ座標マップZ2(X,Y)とを得る。だだし、STM制御装置の応答速度の制限により、試料電圧を変更する毎にZ座標が安定するまでZ座標値の測定を待つ必要があるため、前述の方法に比べSTM像の取得に時間を要する。
【0055】
一方、試料電圧V1およびトンネル電流値I1でのSTM像を取得した後、試料電圧V2およびトンネル電流値I2でのSTM像を取得しても良い。ただし、この場合、ピエゾスキャナーのヒステリシスおよび試料ステージの温度ドリフト等に起因する、2つのSTM像の位置のズレが大きくなる可能性がある。
【0056】
これまで報告されている不純物原子のSTM観察結果では、nタイプ基板では、試料電圧が正である条件で、pタイプ基板では試料電圧が負である条件でSTM観察を行うことでのみ不純物原子の種類を見分けることができるとされており、基板のタイプが明らかでないと不純物原子の種類を見分けることができなかった。
【0057】
本発明では、被測定半導体試料のバンドギャップの中心(Siの場合は4.6eV)のエネルギー位置から、特定の範囲(Siの場合はバンドギャップの中心から上下にバンドギャップの1/5のエネルギー範囲)の仕事関数をもつ探針を用いることにより、基板のタイプによらず、試料電圧が正の場合、アクセプター原子は凹部として、ドナー原子は凸部として検出でき、一方、試料電圧が負の場合、アクセプター原子は凸部として、ドナー原子は凹部として検出できることを見いだした。
【0058】
ここで、図8を用いて表面直下にアクセプター原子とドナー原子が存在する場合について考える。
図8は金属探針と半導体試料の電子エネルギーバンドを示す図である。
アクセプターは負に帯電しているため、アクセプター原子から数nm程度の距離の範囲では、これが存在しない場所に比べ、電位が負にシフトし、試料のエネルギーバンドが表面に向けて上に曲がる。この様子は、図8(1)、(3)、(5)、(7)において点線で示される。一方、ドナーは正に帯電しているため、ドナー原子近傍では、これが存在しない場所に比べ試料のエネルギーバンドは表面に向けて下に曲がる。この様子は図8(2)、(4)、(6)、(8)において点線で示される。
【0059】
探針の仕事関数が被測定半導体試料のバンドギャップの中心近傍にあると、試料電圧が正で、その絶対値がバンドギャップの大きさの1/(2e)以上の大きさのとき(図8(1)、(2)、(5)、(6))、被測定半導体試料のフェルミレベル位置によらずに、即ち被測定半導体試料の伝導型やドーピング濃度に関わらず探針から試料の伝導帯へトンネルする電子電流が、トンネル電流を支配する状況にすることができる。ここで、バンドギャップの大きさはeVの単位を持つとし、eは電荷素量を表す。このとき、アクセプター原子の近傍では電子のトンネルに関わる試料の状態密度が減少するため、探針から試料へ電子がトンネルしにくくなる。この結果として、定電流モードによるSTM像測定においては、アクセプター原子の存在位置は凹部として観測される(図8(1)、(5))。ドナー原子の近傍では電子のトンネルに関わる試料の状態密度が増加するため、探針から試料へ電子がトンネルしやすくなる。この結果として、ドナー原子の存在位置は凸部として観測される(図8(2)、(6))。
【0060】
探針の仕事関数が被測定半導体試料のバンドギャップの中心近傍にあると、被測定半導体試料のフェルミレベル位置によらずに、即ち被測定半導体試料の伝導型やドーピング濃度に関わらず試料電圧が負で、その絶対値がバンドギャップの大きさの1/(2e)以上の大きさのとき(図8(3)、(4)、(7)、(8))、試料の価電子帯から探針へトンネルする電子電流が、トンネル電流を支配する状況にすることができる。このとき、アクセプター原子の近傍では電子のトンネルに関わる試料の状態密度が増加し、アクセプター原子の存在位置は凸部として観測され(図8(3)、(7))、ドナー原子の位置では電子のトンネルに関わる試料の状態密度が減少するために凹部として観測される(図8(4)、(8))。
【0061】
以上の原理により、基板のタイプによらず、試料電圧が正の場合、アクセプター原子は凹部として、ドナー原子は凸部として検出でき、一方、試料電圧が負の場合、アクセプター原子は凸部として、ドナー原子は凹部として検出できる。したがって、pn接合領域において、STMを用いてアクセプターおよびドナーである不純物原子を検出し、その位置を特定することができる。また、その不純物原子がアクセプターである(負に帯電している)か、ドナーである(正に帯電している)か、を判別することが可能となる。
【0062】
また、ある特定の微少領域内に含まれるアクセプター原子およびドナー原子の数をそれぞれ区別して数え上げ、面積密度を求めることによって、その微細領域内での不純物濃度を求めることができる。
【0063】
表面に吸着した汚染物や、表面の欠陥構造もアクセプター原子やドナー原子と同じような凸部や凹部として観測される場合があり、これら汚染物や表面の欠陥構造は、アクセプターおよびドナーである不純物原子と区別されなければならない。汚染物や表面の欠陥構造の多くは、試料電圧の正負を変えても、その凹凸の方向が変化しない。すなわち、試料電圧が正であるか負であるかにかかわらず、常に凸部としてとして観察されるか、または、常に凹みとして観測される。したがって、これらの汚染物や欠陥構造は、正の試料電圧V1と負の試料電圧V2の2つ試料電圧を用いて同じ領域のSTM像を測定することにより、アクセプターやドナーである不純物原子と区別することができる。
【0064】
次に、以上の方法により測定した、BとSbの2種類の不純物原子を含むSi(111)テスト用基板のSTM像を図9に示す。
ここで用いた探針は、タングステンの(111)単結晶であり、タングステン(111)表面の仕事関数は4.47eV(Surf. Sci. 34 (1973) 225)である。図9(a)は試料電圧V1 = +0.8 V、トンネル電流I1 = 0.02 nAで測定した結果であり、図9(b)はV2 = -1.2 V、トンネル電流I2 = 0.02 nAで測定した結果である。測定された領域の面積は100×100nm2であり、この領域には3つの異なる高さを持つテラス領域が存在する。図中、上側に暗く観察される領域は最も低いテラス領域であり、画面中央から下に向かって白く観察される領域は、最も高いテラス領域を示す。試料電圧が正である場合の図9(a)に着目すると、中間の高さのテラス領域に、白矢印で示した、ぼやけた凹んだ(暗い)部分と、黒矢印で示したぼやけた凸の(明るい)部分が存在する。一方、試料電圧Vが負である場合の図9(b)に着目すると、白矢印で示した、図9(a)において凹みとして測定された位置は凸部(明るく)に、黒矢印で示した、図9(a)において凸部(明るく)として測定された位置は凹み(暗く)に観察される。
【0065】
本発明の原理から、白矢印で示した位置はB原子が存在する位置、黒矢印で示した位置はSb原子が存在する位置であると判断できる。同じ表面の200nm×200nmの領域から得たSTM測定結果から、B原子の面密度は3.8×1010cm-2、Sb原子の面密度は1.8×1011cm-2と測定され、その比は約1:4.7であった。2次イオン質量分析法により測定したこの試料の表面におけるB原子濃度は3.5×1017cm-3、Sb濃度は、1.6×1018cm-3であり、その比は約1:4.6とSTMの測定結果とほぼ一致した。
【0066】
本実施形態は、定電流モードを用いてSTM像測定を行った例について述べた。このSTM像測定において、試料電圧に変調電圧を重畳するか、もしくは、試料と探針の間の距離を変調し、結果として現れるトンネル電流の変調成分を検出することにより、STMステージの機械的な振動や、電気的な振動に起因するノイズを除去してより高感度の測定を行うことが可能となる。また、STM像の測定において、試料と探針間距離を一定に保ったままトンネル電流変化を測定する定高さモードを用いても、定電流モードによる測定と同様に、試料電圧を正負反転させて比較することによりドーパント不純物原子の測定が可能である。
【0067】
また、本実施形態では、探針の仕事関数は、被測定半導体試料のバンドギャップの中心(Siの場合は4.6eV)のエネルギー位置から、特定の範囲(Siの場合はバンドギャップの中心から上下にバンドギャップの1/5のエネルギー範囲)にあることが必要である。しかし、試料のバンドギャップの大きさ(試料がSiである場合には、室温で1.12eV)よりも大きなエネルギーを持つ光を試料に照射して試料のバンドベンディングを軽減することにより、測定に用いる探針の仕事関数の範囲をより広くすることができる。
【0068】
さらに、本実施形態では、Siを基板とする試料について本発明を適用した例について述べたが、劈開や適切なエッチング溶液を用いた表面処理等によって表面を平坦化することによって、GaAs、Ge、SiGe等、他の半導体についても不純物原子をSTMを用いて検出することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0069】
【図1】金属探針と半導体試料の電子エネルギーバンド図である。
【図2】不純物原子検出に用いるSTM装置の概略図である。
【図3】定電流モードSTM像測定におけるZ座標マップの概念図である。
【図4】水素により不活性化した試料の表面伝導度とアニール温度の関係を示す図である。
【図5】水素化Si(001)-2x1表面から水素が脱離する様子を示す図である。
【図6】水素化Si表面の表面水素が0.5%脱離するアニール条件を示す図である。
【図7】2つ試料電圧を用いた定電流モードSTM像測定におけるZ座標マップの概念図である。
【図8】本発明の原理を示す金属探針と半導体試料の電子エネルギーバンドを示す図である。
【図9】BとSbの2種類の不純物原子を含むSi(111)テスト用基板の定電流モードSTM像を示す図である。
【符号の説明】
【0070】
10 試料
11 探針
12 電流計
13 ピエゾスキャナー
14 制御部


【特許請求の範囲】
【請求項1】
被測定対象物である半導体表面を走査型トンネル顕微鏡で観察する際に、探針を基準として前記半導体に正の電圧を印加して得られた前記半導体表面のSTM像と、探針を基準として前記半導体に負の電圧を印加して得られた前記半導体表面のSTM像とを比較することにより、前記半導体中の不純物原子を検出することを特徴とする半導体不純物原子検出方法。
【請求項2】
前記正の電圧を印加して得られた前記半導体表面のSTM像と、前記負の電圧を印加して得られた前記半導体表面のSTM像とを比較し、前記半導体に印加される電圧の極性に依存する前記半導体表面の凹凸の逆転を観察することにより、前記不純物原子の位置を特定することを特徴とする請求項1に記載の半導体不純物原子検出方法。
【請求項3】
前記正の電圧を印加して得られた前記半導体表面のSTM像と、前記負の電圧を印加して得られた前記半導体表面のSTM像とを比較し、前記半導体に印加される電圧の極性と前記半導体表面の凹凸との対応関係から、前記不純物原子の持つ電荷の極性を判断することを特徴とする請求項1に記載の半導体不純物原子検出方法。
【請求項4】
前記半導体表面が水素化されたSi表面であることを特徴とする請求項1乃至請求項3のいずれか1つの請求項に記載の半導体不純物原子検出方法。
【請求項5】
前記水素化されたSi表面は、溶液処理されて水素化されたSi表面であることを特徴とする請求項4に記載の半導体不純物原子検出方法。
【請求項6】
前記溶液は、フッ化アンモニウムを含む溶液であることを特徴とする請求項5に記載の半導体不純物原子検出方法。
【請求項7】
前記溶液処理後に、pHが6以下且つ溶存酸素濃度が20ppb以下に調製した洗浄水を用いて洗浄することを特徴とする請求項5又は6に記載の半導体不純物原子検出方法。
【請求項8】
前記水素化されたSi表面は、(111)方位の面であることを特徴とする請求項4乃至請求項7のいずれか1つの請求項に記載の半導体不純物原子検出方法。
【請求項9】
前記半導体表面を水素化した後に、150℃以上400℃以下の温度で熱処理を行うことを特徴とする請求項4乃至請求項8のいずれか1つの請求項に記載の半導体不純物原子検出方法。
【請求項10】
前記探針が特定の範囲の仕事関数を有することを特徴とする請求項1乃至請求項9のいずれか1つの請求項に記載の半導体不純物原子検出方法。
【請求項11】
前記探針の仕事関数が、前記半導体のバンドギャップの中央のエネルギー値よりバンドギャップの1/5の大きさだけ大きいエネルギー値から、前記半導体のバンドギャップの中央のエネルギー値よりバンドギャップの1/5の大きさだけ小さいエネルギー値の範囲にあることを特徴とする請求項1乃至請求項10のいずれか1つの請求項に記載の半導体不純物原子検出方法。
【請求項12】
前記探針を基準として前記半導体に印加する正の電圧と前記探針を基準として前記半導体に印加する負の電圧の絶対値が、特定の大きさより大きいことを特徴とする請求項1乃至請求項3のいずれか1つの請求項に記載の半導体不純物原子検出方法。
【請求項13】
前記探針を基準として前記半導体に印加する電圧の絶対値が、前記半導体のバンドギャップの大きさの1/(2e)以上の大きさであることを特徴とする請求項1乃至請求項3のいずれか1つの請求項に記載の半導体不純物原子検出方法。
【請求項14】
探針と、該探針を被測定物である半導体表面上を3次元方向に走査する手段と、前記探針を基準として前記半導体に正又は負の電圧を印加する手段と、前記探針と前記半導体表面間に一定のトンネル電流が流れるように、前記探針を3次元方向に走査することにより前記半導体表面のSTM像を得る手段とからなる走査型トンネル顕微鏡を備え、前記半導体に正の電圧を印加して得られた前記半導体表面のSTM像と、前記半導体に負の電圧を印加して得られた前記半導体表面のSTM像とを比較することにより、前記半導体中の不純物原子を検出することを特徴とする半導体不純物原子検出装置。
【請求項15】
前記被測定物である半導体を150℃以上の温度に加熱する手段を備えることを特徴とする請求項14に記載の半導体不純物原子検出装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図5】
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【図9】
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【公開番号】特開2006−266781(P2006−266781A)
【公開日】平成18年10月5日(2006.10.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−83314(P2005−83314)
【出願日】平成17年3月23日(2005.3.23)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成15年度新エネルギー・産業技術総合開発機構「次世代半導体材料・プロセス基盤技術開発」委託研究、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受ける特許出願
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】