説明

原子炉構造物の補修方法

【課題】被補修部材と補修溶接部との境界部分に発生する引張残留応力の低減もしくは圧縮残留応力化を、コストを上昇させることなく好適に実現できること。
【解決手段】原子炉構造物の表面に発生した損傷を溶接により補修する原子炉構造物の補修方法において、原子炉構造物である被補修部材11と補修溶接部12との境界部分を形成する溶接始端部13と溶接終端部14のうち、溶接始端部13では、溶接入熱量を規定値まで連続的に上昇させ、溶接終端部14では、溶接入熱量を規定値から連続的に低下させて溶接を実施するものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、原子炉構造物の表面に発生した損傷を補修する原子炉構造物の補修方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、溶接構造物の応力腐食割れ(SCC)の発生や進展、疲労強度低下の要因として、溶接熱履歴に起因する引張残留応力がある。
【0003】
原子炉構造物などのように、高温高圧水中という腐食環境下で長期間使用される機器等の構造物に対しても、応力腐食割れなどに起因した損傷の発生が報告されている。応力腐食割れは、構造物表面あるいは溶接部などに局所的に残留する引張応力が発生の主要因であり、この引張残留応力をある閾値以下のレベルまで低下させ、あるいは圧縮残留応力に変換することで、その発生を防止することができる。
【0004】
原子炉構造物に生じた損傷が軽微な場合には、発生した亀裂のサイジングを行い、維持規格を用いて、亀裂進展速度等から機器等の構造物の健全性を評価し、問題がないと判定される場合には、プラントを一定期間継続運転することが可能となる。一方、上記損傷の程度が大きな場合には、プラントを長期間停止し、機器等の交換あるいは損傷部位を補修する必要がある。機器等の交換のためには長期間のプラント停止を伴うことがあるため、電力の安定供給、経済性などの点から採用が限定されることがある。これに対し、特に損傷発生部位が限定されているときには、補修工法が採用されることが多い。
【0005】
この原子炉構造物の補修工法の一つとして開発されている溶接補修方法は、損傷部位を耐食性の良好な材料で肉盛溶接し、亀裂を環境から隔離することにより亀裂の進展を抑制する技術である。しかしながら、この補修溶接時の入熱のために、肉盛溶接部と被補修部材との境界部分に熱履歴による引張残留応力の発生が避けられず、新たな応力腐食割れが誘起される懸念がある。
【0006】
その対策として、引張残留応力が発生した境界部分にショットピーニングなどの応力改善手法を施し、引張残留応力を圧縮残留応力に変換する工法の採用が考えられる。
【0007】
また、一般に、引張残留応力を低減する方法として、溶接金属のマルテンサイト変態発生時における変態膨張を利用して、引張残留応力を緩和し、あるいは圧縮残留応力を付与する方法がある(特許文献1、2参照)。
【0008】
更に、構造物の溶接補修方法において、溶接入熱量を許容値以下に制御して、応力発生を抑制する補修方法が提案されている(特許文献3参照)。
【0009】
また、中性子照射により脆化した原子炉内構造物の補修方法として、被補修部位を予め冷却して、引張残留応力を低減する補修溶接施工方法が提案されている(特許文献4参照)。
【特許文献1】特開2002−361485号公報
【特許文献2】特開2002−210557号公報
【特許文献3】特開2003−205385号公報
【特許文献4】特開平6−289184号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
ところが、ピーニングなどの応力改善手法により引張残留応力を圧縮残留応力に変換する場合には、応力改善用の施工装置を新たに原子炉内に持ち込むことが必要になり、施工期間が延長されて施工コストが上昇し、経済性の観点から実機への適用に課題がある。
【0011】
また、特許文献1、2に記載のように、マルテンサイト変態による変態膨張を利用して引張残留応力を緩和等する技術では、原子炉内機器のような腐食環境下で用いられる場合に、耐食性等の点で適用に限界がある。
【0012】
また、特許文献3に記載のように、補修溶接時の入熱量を制限して応力発生を抑制する場合にも、引張残留応力の発生を完全に抑制することはできず、信頼性の観点から課題が多い。
【0013】
さらに、特許文献4に記載のような溶接施工前に実施する冷却等の処理は、原子炉内構造物のように遠隔での作業が必須となる構造物に対しては現実的でなく、そのための施工技術の開発、施工期間の延長などが必要となり、経済性の点で課題がある。
【0014】
本発明の目的は、上述の事情を考慮してなされたものであり、被補修部材と補修溶接部との境界部分に発生する引張残留応力の低減もしくは圧縮残留応力化を、コストを上昇させることなく好適に実現できる原子炉構造物の補修方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明は、原子炉構造物の表面に発生した損傷を溶接により補修する原子炉構造物の補修方法において、上記原子炉構造物である被補修部材と補修溶接部との境界部分を形成する溶接始端部と溶接終端部のうち、上記溶接始端部側では、溶接入熱量を規定値まで連続的に上昇させ、上記溶接終端部側では、溶接入熱量を規定値から連続的に低下させて溶接を実施する補修方法である。
【0016】
また、本発明は、原子炉構造物の表面に発生した損傷を溶接により補修する原子炉構造物の補修方法において、上記原子炉構造物である被補修部材と補修溶接部との境界部分を形成する溶接始端部と溶接終端部のうち、溶接トーチの移動速度及び溶加材の供給速度を制御することにより、上記溶接始端部側では肉盛量を連続的に減少させ、上記溶接終端部側では肉盛量を連続的に増加させて溶接を実施する補修方法である。
【0017】
さらに、本発明は、原子炉構造物の表面に発生した損傷を溶接により補修する原子炉構造物の補修方法において、上記原子炉構造物である被補修部材と補修溶接部との境界部分を、補修溶接後に、当該補修溶接時よりも低い入熱量で加熱処理する補修方法である。
【0018】
さらにまた、本発明は、原子炉構造物の表面に発生した損傷を溶接により補修する原子炉構造物の補修方法において、上記原子炉構造物である被補修部材の熱膨張率よりも大きな熱膨張率を有する補修用溶接金属を用いて、溶接を実施する補修方法である。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、被補修部材と補修溶接部との境界部分を形成する溶接始端部と溶接終端部のうち、溶接始端部側では、溶接入熱量を規定値まで連続的に上昇させ、溶接終端部側では、溶接入熱量を規定値から連続的に低下させて溶接を実施することから、通常の溶接行程において被補修部材と補修溶接部との境界部分に発生する高い引張残留応力を、応力腐食割れ発生の閾値以下のレベルまで好適に低減でき、この結果、信頼性を高めることができる。
【0020】
また、溶接装置以外の施工装置を搬入する必要がないので、施工期間及び施工コストの上昇を招くことがなく、コストを抑制できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下、本発明を実施するための最良の形態を、図面に基づき説明する。但し、本発明は、これらの実施の形態に限定されるものではない。
【0022】
[A]第1の実施の形態(図1、図2)
図1は、本発明に係る原子炉構造物の補修方法における第1の実施の形態を示し、(A)が補修溶接部とその周囲の被補修部材を模式的に示す正面図であり、(B)が溶接入熱量のパターンを示すグラフであり、(C)が被補修部材の表面に生じた残留応力を示すグラフである。
【0023】
この図1に示すように、原子炉構造物である被補修部材11の表面に発生した損傷(不図示)を溶接により補修する際には、損傷部位に補修溶接部12としての肉盛溶接部を形成することで実施する。つまり、補修溶接部12は、一方向の肉盛溶接を複数パス繰り返すことにより形成された所定面積の肉盛溶接部であり、これにより損傷部位の亀裂を封止して、被補修部材11の損傷を補修する。
【0024】
この補修溶接の際には、被補修部材11と補修溶接部12との境界部分である溶接始端部13と溶接終端部14のうち、溶接始端部13側では溶接入熱量を規定値まで連続的に上昇させ、溶接終端部14側では溶接入熱量を規定値まで連続的に下降させる(図1(B)参照)。原子炉構造物のように中性子照射量の高い部材が被補修部材11である場合には、溶接入熱量の規定値は低く、例えば略2kJ/cm程度または2kJ/cm以下であり、また溶接入熱量の低いアーク溶接やレーザ溶接などの溶接方法が採用される。
【0025】
上記溶接入熱量の連続的上昇、低下は、図示しない溶接トーチの電極へ供給される電流、電圧;溶接トーチの移動速度;溶加材(ワイヤ)の供給速度などの制御によって実施される。例えば、上記電流、電圧及び溶加材の供給速度を一定とし、溶接トーチの移動速度を、図2(A)に示すように、溶接始端部13側において連続的に低下させ、溶接終端部14側において連続的に上昇させて、溶接入熱量を、溶接始端部13側では規定値まで連続的に上昇させ、溶接終端部14側では規定値から連続的に低下させるようにしてもよい。また、上記電流、電圧及び溶接トーチの移動速度を一定とし、溶加材の供給速度を、図2(B)に示すように、溶接始端部13側において連続的に低下させ、溶接終端部14側において連続的に上昇させて、溶接入熱量を、溶接始端部13側では規定値まで連続的に上昇させ、溶接終端部14側では規定値から連続的に低下させてもよい。
【0026】
或いは、上記電流、電圧を一定とし、溶接トーチの移動速度を図2(A)に示すように連続的に変化させ、且つ溶加材供給速度を図2(B)に示すように連続的に変化させることで、溶接入熱量を、溶接始端部13側では規定値まで連続的に上昇させ、溶接終端部14側では規定値から連続的に低下させてもよい。この場合には、補修溶接部12の肉盛量は、溶接始端部13側において、補修溶接部12の中央へ向かう方向に連続的に減少し、溶接終端部14側において、補修溶接部12の中央から離れる方向に連続的に増加することになる。
【0027】
以上のように構成されたことから、本実施の形態では、次の効果(1)及び(2)を奏する
(1)被補修部材11と補修溶接部12との境界部分を形成する溶接始端部13と溶接終端部14のうち、溶接始端部13側では、溶接入熱量を規定値まで連続的に上昇させ、溶接終端部14側では、溶接入熱量を規定値から連続的に低下させて溶接を実施することから、通常の溶接行程において被補修部材11と補修溶接部との境界部分に発生する高い引張残留応力(図1(C)の実線B)を、応力腐食割れ発生の閾値である残留応力値δ以下のレベルまで、図1(C)の破線Aに示すように好適に低減できる。この結果、当該補修溶接による応力腐食割れ発生のリスクを大幅に改善できるので、信頼性を高めることができる。
【0028】
(2)溶接装置以外の施工装置を搬入する必要がないので、施工期間及び施工コストの上昇を招くことがなく、コストを抑制できる。
【0029】
[B]第2の実施の形態(図3)
図3は、本発明に係る原子炉構造物の補修方法における第2の実施の形態を示し、被補修部材の表面に生じた残留応力を示すグラフである。この第2の実施の形態において、前記第1の実施の形態と同様な部分は、同一の符号を付すことにより説明を省略する。
【0030】
本実施の形態では、補修溶接部12を形成する補修溶接の際に、第1の実施の形態のような溶接入熱量制御を実施せず、例えば溶接入熱量を一定として補修溶接を実施し、その後、形成された補修溶接部12の溶接始端部13及び溶接終端部14に加熱処理を実施するものである。
【0031】
上記加熱処理は、補修溶接時よりも低い入熱量で実施され、加熱される溶接始端部13及び溶接終端部14の上限温度が900℃程度となるように入熱量が制御される。また溶接始端部13及び溶接終端部14の加熱温度の上限を900℃程度としたのは、当該温度範囲であれば、通常の構造用金属材料において応力を十分に緩和でき、しかも、そのときの入熱によっても新たな引張残留応力の発生を防止できるからである。更に、上記加熱処理に用いられる溶接方法は、入熱量の低いアーク溶接やレーザ溶接などが用いられる。
【0032】
以上のように構成されたことから、本実施の形態によれば、前記第1の実施の形態の効果(2)と同様な効果を奏する他、次の効果(3)及び(4)を奏する。
【0033】
(3)被補修部材11と補修溶接部12との境界部分である溶接始端部13及び溶接終端部14を、通常の補修溶接後に、当該補修溶接時よりも低い入熱量で加熱処理することから、上記補修溶接時に溶接始端部13及び溶接終端部14に発生する高い引張残留応力(図3の実線D)を、応力腐食割れ発生の閾値である残留応力値δ以下のレベルまで、図3の破線Cに示すように好適に低減できる。この結果、補修溶接による応力腐食割れ発生のリスクを大幅に改善できるので、信頼性を高めることができる。
【0034】
(4)補修溶接後の加熱処理がアーク溶接またはレーザ溶接により実施され、これらにより局所的な加熱処理が可能であることから、応力腐食割れが懸念される溶接始端部13及び溶接終端部14のみを集中的に加熱処理することができる。
【0035】
[C]第3の実施の形態(図4)
図4は、本発明に係る原子炉構造物の補修方法における第3の実施の形態を示し、(A)が補修溶接部とその周囲の被補修部材を模式的に示す正面図であり、(B)が被補修部材の表面に生じた残留応力を示すグラフである。この第3の実施の形態において、前記第1の実施の形態と同様な部分は、同一の符号を付すことにより説明を省略する。
【0036】
本実施の形態では、補修溶接の際に前記第1の実施の形態のような溶接入熱量制御を実施せず、被補修部材11の熱膨張率α2よりも大きな熱膨張率α1を有する補修用溶接金属15を用いて補修溶接を実施し、補修溶接部16を形成するものである。この補修溶接においても、アーク溶接またはレーザ溶接が用いられる。
【0037】
補修用溶接金属15の熱膨張率α1の方が被補修部材11の熱膨張率α2よりも大きな場合には、補修溶接時に補修用溶接金属15の方が被補修部材11よりも膨張量、収縮量が大きくなる。このため、特に冷却過程において、補修用溶接金属15の収縮に被補修部材11が追随できず、残留応力としては、補修用溶接金属15から形成される補修溶接部16に引張残留応力が、被補修部材11に圧縮残留応力が生ずることになる。この結果、被補修部材11と補修溶接部16との境界部分である溶接始端部13及び溶接終端部14の被補修部材11側において、引張残留応力が低下し、或いは圧縮残留応力が生ずることになる。
【0038】
この実施の形態では、上述の補修溶接後に、補修溶接部16と、この補修溶接部16周囲の被補修部材11を加熱処理し、その後冷却する。この加熱処理は、アーク溶接またはレーザ溶接が用いられ、加熱される部分の温度の上限が900℃程度となるように入熱量が制御される。尚、この加熱処理では、被補修部材11と補修溶接部16との境界部分(溶接始端部13及び溶接終端部14)を集中的に加熱してもよい。
【0039】
以上のように構成されたことから、本実施の形態によれば、前記第1の実施の形態の効果(2)と同様な効果を奏する他、次の効果(5)及び(6)を奏する。
【0040】
(5)熱膨張率が被補修部材11と例えば略等しい補修用溶接金属を用いる通常の補修溶接の場合には、図4(B)の実線Gに示すように、被補修部材11と補修溶接部との境界部分の被補修部材11側に高い引張残留応力が生ずることになる。
【0041】
これに対し、被補修部材11の熱膨張率α2よりも大きな熱膨張率α1を有する補修用溶接金属15を用いて補修溶接を実施し、補修溶接部16を形成した場合には、この補修溶接の特に冷却工程において、補修用溶接金属15の収縮に被補修部材11が追随できず、補修用溶接金属15から形成される補修溶接部16に引張残留応力が、被補修部材11に圧縮残留応力が生ずることになる。この結果、図4(B)の破線Eに示すように、被補修部材11と補修溶接部16の境界部分(溶接始端部13及び溶接終端部14)における被補修部材11側の引張残留応力を、応力腐食割れ発生の閾値である残留応力値δ以下のレベルまで低減でき、或いは圧縮残留応力化できる。従って、当該補修溶接による応力腐食割れ発生のリスクを大幅に改善でき、信頼性を高めることができる。
【0042】
(6)被補修部材11の熱膨張率α2よりも大きな熱膨張率α1を有する補修用溶接金属15を用いた補修溶接の実施後に、形成された補修溶接部16と、この補修溶接部16周囲の被補修部材11を加熱処理することから、第2の実施の形態で述べた引張残留応力の低減効果に加え、熱膨張率差に起因した圧縮残留応力生成の効果が重畳される。これにより、図4(B)の一点鎖線Fに示すように、被補修部材11と補修溶接部16との境界部分(溶接始端部13及び溶接終端部14)の被補修部材11側における応力分布が圧縮応力側へ改善されるので、応力腐食割れに対する信頼性を更に高めることができる。
【0043】
[D]第4の実施の形態(図5)
図5は、本発明に係る原子炉構造物の補修方法における第4の実施の形態を示し、(A)が補修溶接部とその周囲の被補修部材を模式的に示す正面図であり、(B)が被補修部材の表面に生じた残留応力を示すグラフである。この第4の実施の形態において、前記第1及び第4の実施の形態と同様な部分は、同一の符号を付すことにより説明を省略する。
【0044】
本実施の形態では、補修溶接の際に、前記第1の実施の形態のような溶接入熱量の制御を実施せず、被補修部材11の熱膨張率α2よりも大きな熱膨張率を有し、当該熱膨張率が異なる2種以上の補修用溶接金属(本実施の形態では、図5(A)に示すように、第1熱膨張率β1を有する第1補修用溶接金属17と、第2熱膨張率β2を有する第2補修用溶接金属18)を用いて、補修溶接を実施するものである。
【0045】
本実施の形態では、第1熱膨張率β1が第2熱膨張率β2よりも大きく、且つ第2熱膨張率β2が被補修部材11の熱膨張率α2と同等かまたはそれ以上である(β1>β2≧α2)。そして、第1補修用溶接金属17により形成される第1補修溶接部19の周囲を、第2補修用溶接金属18により形成される第2補修溶接部20が取り囲むように形成され、これらの第1補修溶接部19及び第2補修溶接部20により補修溶接部21が形成されたものである。更に、上述の補修溶接においても、アーク溶接またはレーザ溶接が用いられる。
【0046】
本実施形態の補修溶接によって、被補修部材11との境界部分(溶接始端部13及び溶接終端部14)を第2補修溶接部20が形成し、この第2補修溶接部20を形成する第2補修用溶接金属18よりも熱膨張率が大きな第1補修用溶接金属17を用いて、第1補修溶接部19を補修溶接部21の中央位置に形成する。これにより、補修溶接の特に冷却過程において、第1補修用溶接金属17の収縮に第2補修用溶接金属18及び被補修部材11が追随できず、第1補修溶接部19に引張残留応力が集中的に生じ、被補修部材11に圧縮残留応力が生ずることになる。また、本実施の形態においても、前記第3の実施の形態と同様に、補修溶接後に、補修溶接部21と、この補修溶接部21周囲の被補修部材11とを加熱処理し、その後冷却する。尚、この加熱処理は、被補修部材11と補修溶接部21との境界部分(溶接始端部13及び溶接終端部14)を集中的に加熱してもよい。
【0047】
以上のように構成されたことから、本実施の形態によれば、前記第1の実施の形態の効果(2)と同様な効果を奏する他、次の効果(7)〜(9)を奏する。
【0048】
(7)補修溶接部21の中央位置に、熱膨張率β1の第1補修用溶接金属17を用いて第1補修溶接部19を形成し、この第1補修溶接部19の周囲に、第2熱膨張率β2の第2補修用溶接金属18を用いて第2補修溶接部20を形成するように補修溶接を実施する。このことから、この補修溶接によって、第1補修溶接部19に引張残留応力を集中的に生じさせることができ、このため、図5(B)の破線Hに示すように、第2補修溶接部20と被補修部材11との境界部分(溶接始端部13及び溶接終端部14)における被補修部材11側の残留応力を圧縮残留応力にすることができる。この結果、当該補修溶接による応力腐食割れ発生のリスクを大幅に改善することができ、信頼性を高めることができる。
【0049】
(8)本実施の形態の補修溶接によって第1補修溶接部19に集中する引張残留応力は、当該第1補修溶接部19に接する被補修部材11の表層側にも生成される。このため、亀裂が存在する被補修部材11の板厚内部には、上記引張残留応力にバランスして圧縮残留応力が生成されているので、この圧縮残留応力によって、補修溶接部21により封止された上記亀裂の進展を抑制することができる。
【0050】
(9)第1補修溶接部19及び第2補修溶接部20からなる補修溶接部21を被補修部材11に形成して補修溶接を実施した後、形成された補修溶接部21とこの補修溶接部21の周囲の被補修部材11を加熱処理することから、第2の実施の形態で述べた引張残留応力の低減効果に加え、熱膨張率差に起因した圧縮残留応力生成の効果が重畳される。これにより、図5の一点鎖線Iに示すように、被補修部材11と補修溶接部21(第2補修溶接部20)との境界部分(溶接始端部13及び溶接終端部14)の被補修部材11側における応力分布が、より一層圧縮応力側に改善されるので、応力腐食割れに対する信頼性を更に高めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0051】
【図1】本発明に係る原子炉構造物の補修方法における第1の実施の形態を示し、(A)が補修溶接部とその周囲の被補修部材を模式的に示す正面図、(B)が溶接入熱量のパターンを示すグラフ、(C)が被補修部材の表面に生じた残留応力を示すグラフ。
【図2】図1(B)の溶接入熱量のパターンを実現するための、(A)が溶接トーチの移動速度を、(B)が溶加材の供給速度をそれぞれ示すグラフ。
【図3】本発明に係る原子炉構造物の補修方法における第2の実施の形態を示し、被補修部材の表面に生じた残留応力を示すグラフ。
【図4】本発明に係る原子炉構造物の補修方法における第3の実施の形態を示し、(A)が補修溶接部とその周囲の被補修部材を模式的に示す正面図、(B)が被補修部材の表面に生じた残留応力を示すグラフ。
【図5】本発明に係る原子炉構造物の補修方法における第4の実施の形態を示し、(A)が補修溶接部とその周囲の被補修部材を模式的に示す正面図、(B)が被補修部材の表面に生じた残留応力を示すグラフ。
【符号の説明】
【0052】
11 被補修部材
12 補修溶接部
13 溶接始端部
14 溶接終端部
15 補修用溶接金属
16 補修溶接部
18 第2補修用溶接金属
α1、α2 熱膨張率
β1 第1熱膨張率
β2 第2熱膨張率

【特許請求の範囲】
【請求項1】
原子炉構造物の表面に発生した損傷を溶接により補修する原子炉構造物の補修方法において、
上記原子炉構造物である被補修部材と補修溶接部との境界部分を形成する溶接始端部と溶接終端部のうち、上記溶接始端部側では、溶接入熱量を規定値まで連続的に上昇させ、上記溶接終端部側では、溶接入熱量を規定値から連続的に低下させて溶接を実施することを特徴とする原子炉構造物の補修方法。
【請求項2】
上記溶接入熱量の連続的上昇、低下を、溶接トーチの移動速度を連続的に低下、上昇させることにより制御することを特徴とする請求項1に記載の原子炉構造物の補修方法。
【請求項3】
上記溶接入熱量の連続的上昇、低下を、溶加材の供給速度を連続的に低下、上昇させることにより制御することを特徴とする請求項1乃至2のいずれかに記載の原子炉構造物の補修方法。
【請求項4】
上記溶接が、アーク溶接あるいはレーザ溶接であることを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載の原子炉構造物の補修方法。
【請求項5】
原子炉構造物の表面に発生した損傷を溶接により補修する原子炉構造物の補修方法において、
上記原子炉構造物である被補修部材と補修溶接部との境界部分を形成する溶接始端部と溶接終端部のうち、溶接トーチの移動速度及び溶加材の供給速度を制御することにより、上記溶接始端部側では肉盛量を連続的に減少させ、上記溶接終端部側では肉盛量を連続的に増加させて溶接を実施することを特徴とする原子炉構造物の補修方法。
【請求項6】
原子炉構造物の表面に発生した損傷を溶接により補修する原子炉構造物の補修方法において、
上記原子炉構造物である被補修部材と補修溶接部との境界部分を、補修溶接後に、当該補修溶接時よりも低い入熱量で加熱処理することを特徴とする原子炉構造物の補修方法。
【請求項7】
原子炉構造物の表面に発生した損傷を溶接により補修する原子炉構造物の補修方法において、
上記原子炉構造物である被補修部材の熱膨張率よりも大きな熱膨張率を有する補修用溶接金属を用いて、溶接を実施することを特徴とする原子炉構造物の補修方法。
【請求項8】
原子炉構造物の表面に発生した損傷を溶接により補修する原子炉構造物の補修方法において、
上記原子炉構造物である被補修部材の熱膨張率よりも大きな熱膨張率を有し、且つ当該熱膨張率が異なる2種以上の補修用溶接金属を用いて、溶接を実施することを特徴とする原子炉構造物の補修方法。
【請求項9】
第1熱膨張率を有する第1補修用溶接金属の周囲を、第2熱膨張率を有する第2補修用溶接金属が取り囲むように溶接し、上記第1熱膨張率が上記第2熱膨張率よりも大きく、且つ上記第2熱膨張率が被補修部材の熱膨張率と同等かそれ以上であることを特徴とする請求項8に記載の原子炉構造物の補修方法。
【請求項10】
上記補修用溶接金属を用いた溶接後に、被補修部材と補修溶接部との少なくとも境界部分を加熱処理することを特徴とする請求項7乃至9のいずれかに記載の原子炉構造物の補修方法。
【請求項11】
上記加熱処理は、加熱される部分の上限温度が900℃となるように入熱量を制御することを特徴とする請求項6または10に記載の原子炉構造物の補修方法。
【請求項12】
上記補修溶接後の加熱処理が、アーク加熱あるいはレーザ加熱であることを特徴とする請求項6、10または11に記載の原子炉構造物の補修方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2008−36682(P2008−36682A)
【公開日】平成20年2月21日(2008.2.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−215515(P2006−215515)
【出願日】平成18年8月8日(2006.8.8)
【出願人】(000003078)株式会社東芝 (54,554)
【Fターム(参考)】