説明

原子発振器

【課題】周波数基準を実現させると共に、光源駆動制御回路系を簡略化して装置を小型化
し、且つ安価な光源を利用することでコストを低減することができる原子発振器を提供す
る。
【解決手段】この原子発振器50は、アルカリ金属の一種であるCs原子の異なる遷移エ
ネルギーに対応する二種類の周波数の励起光対を発生させる光源1と、少なくとも気体状
のCs原子を封入したCsセル2と、光検出器3と、光検出器3により検出した光強度の
変化に応じてその出力値(電圧等)を制御する周波数制御手段4と、周波数制御手段4の
出力値によりその出力周波数を制御可能な基準発振源5と、基準発振源5の出力周波数を
光源1が発生する二種類の励起光対の周波数差の周波数に逓倍する逓倍手段6と、逓倍手
段6で発生した周波数差の二種類の励起光対を光源1から発生させる光源駆動電流の変調
手段7と、を備えて構成されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、二光波光源を使用した原子発振器に関し、さらに詳しくは、前記二光波と対
象原子とを相互作用させたときのダブルポンピング(ダブルレゾナンス)現象に基づき周
波数基準を実現させる技術に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、原子発振器を小型化する手段として、二光波光源と対象原子との間の量子干渉現
象に基づくEIT信号を利用した、いわゆるEIT方式(CPT方式といわれることもあ
る)が検討されている。EIT方式原子発振器は、従来のマイクロ波方式で小型化のネッ
クとなっていた大容積マイクロ波共振器が不要となる為、大幅な小型化が達成できるのみ
ならず、水晶発振器などに比べ長期間周波数の安定性が保たれることから、スペース効率
に優れた高精度周波数基準としての利用が期待されている。しかしながら、EIT信号を
得るには、二光波間および、これらと対象原子の電子系との相互作用において、コヒーレ
ンス時間を長く保つ必要があるため、光源の高い安定性を確保する必要がある。その結果
、光源には単色性が良い高性能レーザを使用しなければならず、更にこれを安定駆動させ
る為の複雑な制御回路系が必要となり、コストが高くなるといった課題があった。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
本発明は、かかる課題に鑑みてなされたものであり、ダブルポンピングによる光吸収強
度の急峻な変化をプローブとして利用することにより、周波数基準を実現させると共に、
従来EIT方式で必要とされていた光源の高い安定性確保を目的とした制御手段を簡略化
して装置を更に小型化し、且つ安価な光源を利用することでコストを低減することができ
る原子発振器を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明は、上述の課題の少なくとも一部を解決するためになされたものであり、以下の
形態又は適用例として実現することが可能である。
【0005】
[適用例1]少なくとも気体状のアルカリ金属原子と、該アルカリ金属原子の異なる遷
移エネルギーに対応する二種類の周波数の励起光対を発生させる光源と、光検出器と、を
備え、前記気体状のアルカリ金属原子と前記励起光対を相互作用させてダブルポンピング
現象を発生させ、前記光検出器により検出した光吸収強度の急峻な変化をプローブ光とし
て利用することにより出力周波数を制御することを特徴とする。
【0006】
本発明は、二種類の異なる周波数からなる励起光対を発生させ、この励起光対を気体状
のアルカリ金属原子と相互作用させることにより、ダブルポンピング現象を発現させる。
Cs(セシウム)−D2線近傍の周波数(約352THz)で、基準発振源の周波数に基
づき生成された周波数差を有する二光波をCsの励起光源とし、この二光波の周波数差を
9.2GHz+σ(σ=±203MHz)近傍の吸収極大でロックをかけるフィードバッ
ク回路を経由して、基準発振源の周波数を制御し安定度を確保する原子発振器を実現する
。ダブルポンピング現象による光吸収挙動は、量子干渉を必要とせず、レーザのようなコ
ヒーレンスを必要としないにも関らず、EIT信号のような二光波の周波数差の変化に敏
感な光強度変化を示す。従ってダブルポンピング現象を用いれば、レーザ光源は必要でな
く、しかも光源の安定化制御回路を簡略化して装置を小型化し、安価な原子発振器を提供
することができる。
【0007】
[適用例2]前記光源は、ランプ、発光ダイオード、又は非コヒーレント光源により構
成されていることを特徴とする。
【0008】
従来のEIT方式原子発振器に使用されている光源は、単色性の良い光源、即ち、コヒ
ーレンスが優れたレーザ光源が使用されていた。EITは量子干渉を利用した物理現象で
あるからである。そのため、光源のコストが高くなるといった問題がある。また、半導体
レーザを使用する場合、特性のばらつきにより、ある程度選別する必要があるため歩留ま
りが悪かった。本発明では、EIT現象を発現させる必要がないので、発振器の光源に単
色性が良い光源を使用する必要がなくなった。つまり、光源として、ランプ、発光ダイオ
ード、又は非コヒーレント光源を使用することが可能となった。これにより、光源のコス
トを安価にすることができ、ひいては安価な原子発振器を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】本発明の第1の実施形態に係る原子発振器の構成を示す図である。
【図2】(a)は、Cs原子のエネルギー状態と一光波励起を示した図、(b)は光吸収特性を示す図である。
【図3】(a)は、Cs原子の基底準位の超微細構造を考慮することで三準位系としたときのエネルギー状態と二光波励起を示した図、(b)は光吸収特性を示す図である。
【図4】(a)は、Cs原子の励起準位の超微細構造を考慮することで多準位系としたときのエネルギー状態と二光波励起を示した図、(b)は光吸収特性を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明を図に示した実施形態を用いて詳細に説明する。但し、この実施形態に記
載される構成要素、種類、組み合わせ、形状、その相対配置などは特定的な記載がない限
り、この発明の範囲をそれのみに限定する主旨ではなく単なる説明例に過ぎない。
図1は本発明の第1の実施形態に係る原子発振器の構成を示す図である。この原子発振
器50は、アルカリ金属の一種であるCs原子の異なる遷移エネルギーに対応する二種類
の周波数の励起光対を発生させる光源1と、少なくとも気体状のCs原子を封入したCs
セル2と、光検出器3と、光検出器3により検出した光強度の変化に応じてその出力値(
電圧等)を制御する周波数制御手段4と、周波数制御手段4の出力値によりその出力周波
数を制御可能な基準発振源5と、基準発振源5の出力周波数を光源1が発生する二種類の
励起光対の周波数差の周波数に逓倍する逓倍手段6と、逓倍手段6で発生した周波数差の
二種類の励起光対を光源1から発生させる光源駆動電流の変調手段7と、を備えて構成さ
れている。
本発明では、二つの異なる周波数の励起光対(二光波)を光源1により発生させ、この
励起光対を気体状のCs原子と相互作用させることにより、ダブルポンピング(ダブルレ
ゾナンス)現象を発現させる。このとき、Cs−D2線近傍の周波数(約352THz)
を有する二光波をCsの励起光源とし、この二光波の周波数差を9.2GHz+σ(σ=
±203MHz)近傍の吸収極大でロックをかけるフィードバック回路を経由して、基準
発振源5の周波数を制御し安定度を確保する原子発振器50を実現する。ダブルポンピン
グ現象による光吸収挙動は、量子干渉を必要とせず、レーザのようなコヒーレンスを必要
としないにも関らず、EIT信号のような二光波の周波数差の変化に敏感な光強度変化を
示す。従ってダブルポンピング現象を用いれば、レーザ光源は必要でなく、しかも光源の
安定化制御回路を簡略化して装置を小型化し、安価な原子発振器を提供することができる

【0011】
図2(a)は、Cs原子のエネルギー状態と一光波励起を示したものである。図2(a
)に示すように、基底準位(S1)と励起準位(P1)とのエネルギー差に相当する周波
数(ωp)を有する共鳴光10を単独(一光波)で照射すると、光の吸収特性は図2(b
)に示すように、その周波数がスイープされると、光の透過量は、励起準位(P1)に近
づくにつれて、減少してωpがP1とS1のエネルギー差に相当する周波数と等しくなる
点で最小値となる。そして、再び光の透過量が増加して、図のような特性を呈する。
【0012】
次にEIT現象について図3を参照しながら説明する。
図3(a)は、Cs原子の基底準位の超微細構造を考慮することで三準位系としたとき
のエネルギー状態と二光波励起を示したものである。図3(a)に示すように、Cs原子
に共鳴光10と11を同時に照射し励起準位P1が共通の遷移先となる条件が満たされる
と、同時に照射される共鳴光10と共鳴光11の周波数差が正確に基底準位(S1)と基
底準位(S2)のエネルギー差に相当する周波数(9.2GHz)に一致したところで、
図3の系は二つの基底準位の重ね合わせ状態(量子干渉状態)になり、励起準位(P1)
への励起が停止する。すなわち吸収が起こらなくなる。EITはこの原理を利用し、共鳴
光10と共鳴光11の周波数差が9.2GHzからわずかにでも変動するとCs(或いは
図1におけるCsセル2)による光吸収(つまりCsによる励起準位(P1)への光遷移
)挙動が急峻に変化する様子を検出、利用する方式である。光の吸収特性は図3(b)に
示すように、共鳴光11の周波数ωcをP1−S2に固定しつつ共鳴光10の周波数ωp
がスイープされると、光の透過量は、励起準位(P1)に近づくにつれて減少していくが
、ωpがP1とS1のエネルギー差に相当する周波数と等しくなる点で共鳴光10と共鳴
光11がEIT条件を満たすのでEIT現象を発現し急峻なEIT信号が得られる。ここ
で、使用する二光波がレーザのように単色性に優れたコヒーレント光でないとEIT現象
は起きない。
【0013】
図4は本発明の共鳴光によるダブルポンピング現象を説明するための図である。図4(
a)はCs原子の励起準位の超微細構造を考慮することで多準位系としたときのエネルギ
ー状態と二光波励起を示した図であり、図4(b)は光吸収特性を示す図である。
【0014】
本発明では、図4(b)の光吸収特性を利用する。図4(a)のように、共鳴光11の
周波数ωcを共鳴条件、例えばP3−S2に固定する。この状態で共鳴光10の周波数ω
pをスイープすると、ダブルポンピング現象により、ωpがP1、P2、P3、P4のい
ずれかとS1とのエネルギー差に相当する周波数になるたびに急峻な光吸収強度の増大が
起きる。ここで、単色性に優れたコヒーレント光であるレーザ光を用いていれば、ωpが
P3−S1のとき、EIT現象を発現するはずであるが、本発明の光源ではコストの安価
な非コヒーレント光源を使用しているため、EIT現象は発現せず、ダブルポンピングの
ピークが観測される。
即ち、本実施形態では、二つの異なる周波数の励起光対10と11を発生させ、この励
起光対10と11を気体状のCs原子と相互作用させることにより、ダブルポンピング(
ダブルレゾナンス)現象を発現させる。Cs(セシウム)−D2線近傍の周波数(約35
2THz)で、基準発振源の周波数に基づき生成された周波数差を有する二光波をCsの
励起光源とし、この二光波の周波数差を9.2GHz+σ(σ=±203MHz)近傍の
吸収極大でロックをかけるフィードバック回路を経由して、基準発振源の周波数を制御し
安定度を確保する原子発振器を実現する。ダブルポンピング現象による光吸収挙動は、量
子干渉を必要とせず、レーザのようなコヒーレンスを必要としないにも関らず、EIT信
号のような二光波の周波数差の変化に敏感な光強度変化を示す。従ってダブルポンピング
現象を用いれば、レーザ光源は必要でなく、しかも光源の安定化制御回路を簡略化して装
置を小型化し、安価な原子発振器を提供することができる。
【0015】
また、光源は、ランプ、発光ダイオード、又は非コヒーレント光源により構成すること
ができる。従来のEIT方式原子発振器に使用されている光源は、単色性の良い光源、即
ち、コヒーレンスが優れたレーザ光源を使用していた。そのため、光源のコストが高くな
るといった問題がある。また、半導体レーザを使用する場合、特性のばらつきにより、あ
る程度選別する必要があるため歩留まりが悪かった。そこで本実施形態では、EIT現象
を発現する必要がないので、発振器の光源に単色性が良い光源を使用する必要がなくなっ
た。つまり、光源として、ランプ、発光ダイオード、又は非コヒーレント光源を使用する
ことが可能となり、光源のコストを安価にすることができる。
【符号の説明】
【0016】
1 光源、2 Csセル、3 光検出器、4 周波数制御手段、5 基準発振源、6
逓倍手段、7 変調手段、50 原子発振器

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも気体状のアルカリ金属原子と、該アルカリ金属原子の異なる遷移エネルギー
に対応する二種類の周波数の励起光対を発生させる光源と、光検出器と、を備え、
前記気体状のアルカリ金属原子と前記励起光対を相互作用させてダブルポンピング現象
を発生させ、前記光検出器により検出した光吸収強度の急峻な変化をプローブ光として利
用することにより出力周波数を制御することを特徴とする原子発振器。
【請求項2】
前記光源は、ランプ、発光ダイオード、又は非コヒーレント光源により構成されている
ことを特徴とする請求項1に記載の原子発振器。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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