説明

収束電子回折法による結晶軸比測定方法及び結晶軸比測定装置

【課題】簡単な方法で、精度よく結晶軸比を測定できる結晶軸比測定方法を提供する
【解決手段】測定対象物である結晶材料の晶帯軸[UVW]に収束電子線を入射して、収束電子線回折パターンの透過ディスクに現れたHOLZ線(1a)の極座標(θ1a,ρ1a)と、晶帯軸[WVU],晶帯軸[UWV]及び晶帯軸[VUW]から選ばれる晶帯軸(なお、入れ替えた指数にはバーが付いていてもよい)に収束電子線を入射して、収束電子線回折パターンの透過ディスクに現れた、前記HOLZ線(1a)と対称の線指数のHOLZ線(1b)の極座標(θ1b,ρ1b)を測定し、ρ1aとρ1bとの差分(ΔρEXP)を求めて、該差分(ΔρEXP)の値をフィッティングパラメータとして用いて結晶軸比を算出する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、結晶材料の結晶軸比の測定方法及び結晶軸比測定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
材料中のナノメートル領域における結晶格子定数を測定する手法として、収束電子回折法(Convergence Electron Beam Diffraction :以下CBED法という)がある。
【0003】
CBED法は、透過電子顕微鏡(以下TEMという)により取得した収束電子線回折パターン(以下CBEDパターン)に見られる高次ホルツ線(Higher Order Laue Zone : 以下HOLZ線という)の位置に注目して、格子定数を測定するものである。CBEDパターン内に見られるHOLZ線の位置は、格子定数及び電子線波長をパラメータとして、Bragg方程式の解として計算可能である。このため、実験的に得られたHOLZ線位置と、計算によるHOLZ線位置が一致するように格子定数を最適化(フィッティング)することで、測定対象物の格子定数を測定することができる。
【0004】
材料設計の微細化や精密化に伴い、格子定数の測定精度の向上が求められているが、CBED法による格子定数の測定精度を向上するには、(1)実験的に得られたCBEDパターンにおけるHOLZ線位置の検出精度(CBEDパターン内からのHOLZ線の抽出精度)、(2)HOLZ線位置の算出精度、(3)実験と計算HOLZ線位置のフィッティング精度の向上が必要である。
【0005】
まず、(1)について説明する。従来は(1)に関して、CBEDパターン内に見られるHOLZ線の位置を目視にて検出する手法が取られていた。このため、人為的な誤差が生じ検出精度を低下させる原因となっていた。
このような課題に着目し、特許文献1や非特許文献1には、HOUGH変換法と呼ばれる数学的手法を用い、人為的誤差を含まない形でHOLZ線位置を検出する方法が開示されている。
【0006】
次に(2)について説明する。CBEDパターンは、電子線が試料結晶中を伝搬するときの動力学的回折効果により形成されるものである。このため、HOLZ線の出現する位置を厳密に予想するためには、動力学的回折効果を取り入れた計算を行う必要がある。しかしながら、動力学的回折効果を取り入れた計算は計算負荷が高いため、例えば、下記非特許文献2に開示されているように、近似的手法として運動学的計算の範囲内で計算を行う事が良く行われている。この運動学的計算において、動力学的回折効果を取り入れるための手法として、運動学的計算における計算パラメータである電子線加速電圧に便宜上補正値(以下、加速電圧補正値という)を加える事で、動力学的回折効果によるHOLZ線位置の変化を補正する方法が一般的に用いられている。ここで、補正値の決定方法としては、試料中で格子定数が既知のある一点(基準点)から取得したCBED像を用いて実験的に算出する手法が一般的である。
【0007】
HOLZ線位置を算出する際において設定する加速電圧補正値は、試料片の厚みにより大きく変化する。このため、基準点と格子定数を決定したい分析点での試料厚みが異なると誤差が生じ、HOLZ線出現位置を正確に計算出来なくなって、最終的な格子定数の算出精度の悪化の原因となる。加速電圧補正値の適正化を図るには、試料片を均一厚みになるように加工する必要があるが、セラミクス材料のように、多数のグレインからなる構造の場合、TEM試料片作成のために一般的に用いられるイオンミリング法では、イオンミリングによる材料の削れやすさ(エッチング・レート)がグレイン毎、またはグレイン内部と粒界で異なることにより、均一な厚みを持つ試料片を作成することが現実上困難であった。
【0008】
最後に、(3)について説明する。格子定数の測定精度は、実験値と理論値を一致させるように格子定数を最適化させる工程、すなわちフィッティング工程の良否によっても左右される。フィッティングの手法としては、例えば非線形simplex法(Nelder−Mead法)が用いられることが多い。結晶格子定数は、最大でa,b,c,α,β,γの6つであるが、フィッティングパラメータの増大に伴い収束が悪くなるという、非線形フィッティングで一般に生じる問題を回避するために、予め結晶に何らかの対称性を課して、計算すべき格子定数の数を減らすことが行われている。
【0009】
一方、近年の材料設計の微細化に伴い、従来からCBED法による微小領域の格子定数解析が行われてきた半導体業界のみならず、セラミクス等の業界でも同様の解析が要求されはじめて来ている。特に、MPB組成付近における結晶構造の局所分布や、チタン酸バリウム焼結体の結晶軸比(c/aなど)の空間的分布などは材料開発上興味ある情報であり、これらを評価するために、微視的視点からの格子定数の直接測定は非常に重要と考えられている。
【特許文献1】特開2007−71887号公報
【非特許文献1】Journal of Microscopy 194,Pt 1 (1999) 2−11
【非特許文献2】Ultramicroscopy 41 (1992) 211‐223
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
従来より行われているCBED法による分析方法では、測定対象物である結晶材料の結晶軸比を直接的に測定することはできず、格子定数(各結晶軸の値(a,b,c))を測定した後に、その比をとる工程を経る必要があった。このため、結晶軸比を高精度に求めるためには、各々の結晶軸の値(a,b,c)を、結晶軸比に要求される精度よりも高い精度で得なくてはならなかった。
【0011】
しかしながら、前述したように、従来のCBED法では、測定された格子定数の値は、加速電圧補正値により影響されるので、測定領域における試料厚みに意図しない分布が存在する場合、計算される結晶軸比の誤差要因となる。
【0012】
また、セラミクス材料のような複雑な結晶構造、微細構造をもつ材料に対しては、現在のところ、CBED法による格子定数評価が活用されているとは言い難い状況である。発明者らが考えるところによれば、その理由は、1)斜方晶系ペロブスカイトなど、対称性が比較的低く、3つ以上の格子定数を決定しなくてはならない材料が多いこと、2)焼結体構造の場合、均一厚みのTEM試料片を作成することが困難であること、3)セラミクス焼結体ではSi系半導体材料とは異なり、解析に耐えるCBEDパターンを得るための晶帯軸が限定されること、の3点が主であると考えられる。これらは、上に述べたように、何れもCBED法による格子定数決定の精度を悪化させる要因となる。現状、このような条件下で、満足のいく解析精度で格子定数、または結晶軸比を直接測定する手段は提供されていないのが現状である。
【0013】
したがって、本発明の目的は、簡単な方法で、精度よく結晶軸比を測定できる結晶軸比測定方法及び測定装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記目的を達成するにあたり、本発明の結晶軸比測定方法は、
測定対象物である結晶材料の晶帯軸[UVW]に収束電子線を入射して、収束電子線回折パターンの透過ディスクに現れたHOLZ線(1a)の極座標(θ1a,ρ1a)を測定する第1工程と、
前記結晶材料の晶帯軸[WVU],晶帯軸[−WVU],晶帯軸[WV−U],晶帯軸[−WV−U],晶帯軸[UWV],晶帯軸[U−WV],晶帯軸[UW−V],晶帯軸[U−W−V],晶帯軸[VUW],晶帯軸[−VUW],晶帯軸[V−UW]及び晶帯軸[−V−UW]から選ばれる晶帯軸に収束電子線を入射して、収束電子線回折パターンの透過ディスクに現れた、前記HOLZ線(1a)と対称の線指数のHOLZ線(1b)の極座標(θ1b,ρ1b)を測定する第2工程と、
前記第1工程で測定したHOLZ線(1a)のρ1aと、前記第2工程で測定したHOLZ線(1b)のρ1bとの差分(ΔρEXP)を求める第3工程と、
前記第3工程で求めた前記差分(ΔρEXP)の値をフィッティングパラメータとして用いて結晶軸比を算出する第4工程と、
を含むことを特徴とする。
【0015】
本発明の結晶軸比測定方法の前記第4工程は、実測して得られた実測値のΔρEXPと、仮定して算出された理論値からのΔρCALとを比較して、実測値のΔρEXPに、最も近い理論値のΔρCALに対応する結晶軸比を測定値として定めることが好ましく、複数のHOLZ線の極座標から求めた実測値のΔρEXPと、該極座標に対応する理論値からのΔρCALとを、下式(1)の目的関数に代入し、目的関数の算出値が最少となる理論値のΔρCALに対応する結晶軸比を測定値として定めることがさらに好ましい。
【0016】
【数1】

【0017】
また、本発明の結晶軸比測定装置は、測定対象物である結晶材料に収束電子線を照射した時に得られる収束電子線回折パターンの透過ディスクに現れるHOLZ線を用いて結晶軸比を測定する装置において、
前記結晶材料の晶帯軸[UVW]に収束電子線を入射し、収束電子線回折パターンの透過ディスクに現れたHOLZ線(1a)の極座標(θ1a,ρ1a)を測定する第1HOLZ線特定手段と、
前記結晶材料の晶帯軸[WVU],晶帯軸[−WVU],晶帯軸[WV−U],晶帯軸[−WV−U],晶帯軸[UWV],晶帯軸[U−WV],晶帯軸[UW−V],晶帯軸[U−W−V],晶帯軸[VUW],晶帯軸[−VUW],晶帯軸[V−UW]及び晶帯軸[−V−UW]から選ばれる晶帯軸に収束電子線を入射し、収束電子線回折パターンの透過ディスクに現れた、前記HOLZ線(1a)に対して対称の線指数のHOLZ線(1b)の極座標(θ1b,ρ1b)を測定する第2HOLZ線特定手段と、
前記第1HOLZ線特定手段で検出した前記HOLZ線(1a)のρ1aと、前記第2HOLZ線特定手段で検出した前記HOLZ線(1b)のρ1bと差分(ΔρEXP)を求め、該差分(ΔρEXP)の値をフィッティングパラメータとして結晶軸比を測定する演算装置と、を備えることを特徴とする。
【0018】
本発明の結晶軸比測定装置の前記演算装置は、実測して得られた実測値のΔρEXPと、仮定して算出された理論値からのΔρCALとを比較して、実測値のΔρEXPに、最も近い理論値のΔρCALに対応する結晶軸比を測定値とするように構成されていることが好ましく、複数のHOLZ線の極座標から求めた実測値のΔρEXPと、該極座標に対応する理論値からのΔρCALとを、下式(1)の目的関数に代入し、目的関数の算出値が最少となる理論値のΔρCALに対応する結晶軸比を測定値とするように構成されていることがより好ましい。
【0019】
【数2】

【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、測定対象物の同一箇所において、特定の関係にある晶帯軸から取得したCBEDパターンを用いて、そのCBEDパターン内の対応するHOLZ線位置のズレ、すなわち、ΔρEXPの値をフィッティングパラメータとすることで、未知パラメータである加速電圧補正値や、格子定数初期値の影響を殆ど受けることなく、高精度で結晶軸比を直接的に測定できる。
したがって、試料片の厚みを均一に調整する必要がなく、試料調製の手間を簡略化でき、更には、格子定数補正値の値を正確に知らなくても、高精度で結晶軸比を測定できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
本発明で用いることのできる測定対象物としては、収束電子線パターンが取得可能な材料、すなわち、電子線のプローブ径の範囲内、及び試料片の深さ方向で単一結晶構造を持つと見なせる材料であれば特に限定はなく、単結晶材料は勿論、セラミック焼結体(例えば、KNbO、NaNbOなど)などの粉末状材料であっても好ましく採用できる。
【0022】
まず、本発明の結晶軸比測定装置について、図1の装置概略構成図を用いて説明する。この結晶軸比測定装置10は、試料台1上に設置された試料2に収束電子線Lを照射する収束電子線入射装置3と、前記試料台1を傾斜させて、試料2に対する収束電子線Lの照射角度を制御する制御装置4と、試料2に照射された電子を受像する受像部5と、演算装置6とを備えている。
【0023】
制御装置4では、試料2の観測測定箇所に、晶帯軸[UVW]へ収束電子線Lを照射した後、該観測測定箇所に、晶帯軸[WVU],晶帯軸[−WVU],晶帯軸[WV−U],晶帯軸[−WV−U],晶帯軸[UWV],晶帯軸[U−WV],晶帯軸[UW−V],晶帯軸[U−W−V],晶帯軸[VUW],晶帯軸[−VUW],晶帯軸[V−UW]及び晶帯軸[−V−UW]から選ばれる晶帯軸から収束電子線Lを照射するように試料台1を傾斜するように制御する。すなわち、試料2の観測測定箇所に対し、対称方向から収束電子線Lが照射されるように、試料台1の傾斜を制御して収束電子線Lの入射角度を調整している。
【0024】
演算装置6では、図2に示す演算処理が行われ、試料2の結晶軸比を測定する。
【0025】
まず、ステップS1にて、試料2の晶帯軸[UVW]に収束電子線Lを入射してCBEDパターンの透過ディスクに現れたHOLZ線(1a)の極座標(θ1a,ρ1a)を測定する。
【0026】
次に、ステップS2にて、試料台1の傾斜を制御して、晶帯軸[UVW]と対称関係にある晶帯軸に収束電子線Lを入射してCBEDパターンの透過ディスクに現れた、上記HOLZ線(1a)と対称の線指数のHOLZ線(1b)の極座標(θ1b,ρ1b)を測定する。
【0027】
次に、ステップS3にて、ステップS1で検出したHOLZ線(1a)のρ1aと、ステップS2で検出したHOLZ線(1b)のρ1bとの差分(ΔρEXP)を求める。
【0028】
次に、ステップS4にて、実測して得られた実測値のΔρEXPをフィッティングパラメータとして結晶軸比を測定する。具体的には、実測して得られた実測値のΔρEXPと、仮定して算出された理論値からのΔρCALとを比較して、実測値のΔρEXPに、最も近い理論値のΔρCALに対応する結晶軸比を測定値とする方法が挙げられ、好ましくは、複数のHOLZ線の極座標から求めた実測値のΔρEXPと、該極座標に対応する理論値からのΔρCALとを、下式(1)の目的関数に代入し、黄金分割法を初めとする極小点探索法を用い、目的関数の算出値が最少となる理論値のΔρCALに対応する結晶軸比を測定値とする。
【0029】
【数3】

【0030】
このようにして、測定試料の結晶軸比が測定される。
【0031】
次に、本発明の結晶軸比の測定方法について説明する。
まず、測定対象物となる試料を、TEMの電子線が透過する薄さ(およそ100nm以下)まで薄片化する。薄膜化方法としては、例えばアルゴン・イオンミリング法などが用いられるが、これに限定されない。なお、本発明では、試料片が均一厚みとなるように調整することは特に要しない。
【0032】
次に、薄膜化処理した試料の結晶軸比を測定したい箇所の晶帯軸[UVW]に収束電子線を入射して、CBEDパターンを得る(以下、CBEDパターンAと記す)。パターンAは、どのような晶帯軸から観察してもよいが、出来る限り高次晶帯軸を選ぶのが望ましい。高次晶帯軸では、ゼロ次ラウエゾーンからの回折強度がCBEDパターンA中に現れず、明瞭なHOLZ線が得られ易くなるので、HOLZ線位置を特定する際の誤差を少なくできる。
【0033】
そして、CBEDパターンAの透過ディスクに現れたHOLZ線(1a)の極座標(θ1a,ρ1a)を測定する。
【0034】
HOLZ線の極座標の測定方法としては特に限定はない。例えば、CBEDパターンをHOUGH変換することで、HOUGH変換像における輝点の一つ一つが、変換前のCBEDパターン中におけるHOLZ線に対応するので、適切な画像処理ルーチンにより、輝点を自動抽出することで、人為的な誤差を生じることなく、正確にHOLZ線の極座標を測定できる。また、HOUGH変換の原理により、HOUGH変換像の横軸はθに、縦軸がρに対応するので、HOUGH変換は当手法にとって都合がよい。なお、TEMの光学系調整の状態によっては観察時のCBEDパターンの中心が、受像部5の中心に対してずれてしまうことがあり得る。その場合予め受像部5の中心位置を画像処理により検出しておき、HOUGH変換により得られたHOLZ線の極座標を、CBEDディスクの中心位置のズレで補正する。
【0035】
次に、上記試料の晶帯軸[WVU],晶帯軸[−WVU],晶帯軸[WV−U],晶帯軸[−WV−U],晶帯軸[UWV],晶帯軸[U−WV],晶帯軸[UW−V],晶帯軸[U−W−V],晶帯軸[VUW],晶帯軸[−VUW],晶帯軸[V−UW]及び晶帯軸[−V−UW]から選ばれる晶帯軸に収束電子線を入射して、CBEDパターンを得る(以下、CBEDパターンBと記す)。
【0036】
そして、CBEDパターンBの透過ディスクに現れたHOLZ線(1b)の極座標(θ1b,ρ1b)を、CBEDパターンAと同様にして測定する。
【0037】
CBEDパターンBを観測する際の晶帯軸は、測定したい結晶軸比に応じて決定する。すなわち、c/aの結晶軸比を測定したい場合は、晶帯軸[WVU],晶帯軸[−WVU],晶帯軸[WV−U]及び晶帯軸[−WV−U]から選ばれる晶帯軸に収束電子線を入射して、CBEDパターンBを得る。また、b/cの結晶軸比を測定したい場合は、晶帯軸[UWV],晶帯軸[U−WV],晶帯軸[UW−V]及び晶帯軸[U−W−V]から選ばれる晶帯軸に収束電子線を入射して、CBEDパターンBを得る。また、a/bの結晶軸比を測定したい場合は、晶帯軸[VUW],晶帯軸[−VUW],晶帯軸[V−UW]及び晶帯軸[−V−UW]から選ばれる晶帯軸に収束電子線を入射して、CBEDパターンBを得る。
【0038】
次に、CBEDパターンAのHOLZ線(1a)のρ1aと、CBEDパターンBの、前記HOLZ線(1a)と対称関係にある線指数のHOLZ線(1b)のρ1bとの差を取り、差分(ΔρEXP)を求める。この作業は、両パターン中に確認可能な全てのHOLZ線に対して行うことが好ましい。
【0039】
ここで、HOLZ線(1a)と対称関係にある線指数のHOLZ線(1b)とは、例えば、CBEDパターンAを観測する際に用いた晶帯軸を[UVW]、CBEDパターンBを観測するに用いた晶帯軸を[WVU]とした時、CBEDパターンAでの線指数が(hkl)のHOLZ線(1a)と対称関係にあるHOLZ線(1b)の線指数は、(lkh)である。このようなHOLZ線の組は、上記の手法で取得したCBEDパターンAと、CBEDパターンBには、原理上必ず存在する。
【0040】
また、CBEDパターンBを観測する際に用いた晶帯軸が、晶帯軸[WVU],晶帯軸[−WVU],晶帯軸[WV−U],晶帯軸[−WV−U]の場合、各HOLZ線におけるΔρEXPの、c/a変化に対する傾きは、|l−h|にほぼ比例する(ただし、h,lはHOLZ線指数(hkl)の一部である)ので、解析精度向上のためには、大きい|l−h|を持つHOLZ線を多く選んで、ΔρEXPを測定することが望ましい。
【0041】
同様に、CBEDパターンBを観測する際に用いた晶帯軸が、晶帯軸[UWV],晶帯軸[U−WV],晶帯軸[UW−V],晶帯軸[U−W−V]の場合、各HOLZ線におけるΔρEXPの、b/c変化に対する傾きは、|k−l|にほぼ比例するので、解析精度向上のためには、大きい|k−l|を持つHOLZ線を多く選んで、ΔρEXPを測定することが望ましい。また、CBEDパターンBを観測する際に用いた晶帯軸が、晶帯軸[VUW],晶帯軸[−VUW],晶帯軸[V−UW],晶帯軸[−V−UW]の場合、各HOLZ線におけるΔρEXPの、a/b変化に対する傾きは、|h−k|にほぼ比例するので、解析精度向上のためには、大きい|h−k|を持つHOLZ線を多く選んで、ΔρEXPを測定することが望ましい。
【0042】
ところで、HOLZ線の現れる位置を予言するBragg方程式を解くことによって、上記ΔρEXPに関して次のことが言える。
【0043】
(1)CBEDパターンBを観測する際の晶帯軸が、晶帯軸[WVU],晶帯軸[−WVU],晶帯軸[WV−U]及び晶帯軸[−WV−U]の場合、a=cであればΔρEXP=0となる。そして、c/aとΔρEXPの関係は、c/aが1の付近ではほぼ線型となり、ΔρEXPはc/aに対して敏感に変化する。さらに、この線型関係は、各格子定数の値、及び加速電圧(補正値含む)に鈍感である。
(2)CBEDパターンBを観測する際の晶帯軸が、晶帯軸[UWV],晶帯軸[U−WV],晶帯軸[UW−V]及び晶帯軸[U−W−V]の場合、b=cであればΔρEXP=0となる。そして、b/cとΔρEXPの関係は、b/cが1の付近ではほぼ線型となり、ΔρEXPはb/cに対して敏感に変化する。さらに、この線型関係は、各格子定数の値、及び加速電圧(補正値含む)に鈍感である。
(3)CBEDパターンBを観測する際の晶帯軸が、晶帯軸[VUW],晶帯軸[−VUW],晶帯軸[V−UW]及び晶帯軸[−V−UW]の場合、a=bであればΔρEXP=0となる。そして、a/bとΔρEXPの関係は、a/bが1の付近ではほぼ線型となり、ΔρEXPはa/bに対して敏感に変化する。さらに、この線型関係は、各格子定数の値、及び加速電圧(補正値を含む)に鈍感である。
【0044】
したがって、ΔρEXPの値をフィッティングパラメータとし、適当な初期値の元で、結晶軸比(c/aなど)に対する理論値からのΔρCALを算出しておき、実測値のΔρEXPに、最も近い理論値のΔρCALに対応する結晶軸比を測定値として定めることにより、初期値に依存しない形で結晶軸比を測定できる。好ましくは、複数のHOLZ線の極座標から求めた実測値のΔρEXPと、該極座標に対応する理論値からのΔρCALとを、下式(1)の目的関数に代入し、黄金分割法を初めとする極小点探索法を用いて目的関数の算出値が最少となる理論値のΔρCALに対応する結晶軸比を測定値として定めることで、より精度良く結晶軸比を測定できる。
【0045】
【数4】

【0046】
本発明では、同一の箇所において取得された、特定の関係にある異なる晶帯軸から取得したCBEDパターンを比較することにより、未知パラメータである、電子線加速電圧Eや、格子定数初期値の影響を殆ど受けることなく、結晶軸比を測定できる。
【0047】
すなわち、図3に、数値計算により算出した初期値設定誤差によるc/aの見積り誤差を示す図表であって、チタン酸バリウム単結晶(Tetragonal a=3.994Å、c=4.038Å)に対して、[11 7 1]−[1 7 11]晶帯軸のCBEDパターンを取得し、線指数(−1 3 −7)のHOLZ線と、線指数(−7 3 −1)のHOLZ線のズレから結晶軸比c/aを見積もった場合の結果が示されているが、初期値の設定に±5%の誤差があったとしても、測定される結晶軸比は最大でも0.02%程度のズレしか生じないので、試料厚み分布は勿論、材料の格子定数として正確な値を知らなくても、±5%の精度でおおよその値を設定すれば高精度での結晶軸比の解析が可能である。また、試料の厚みを均一に調整する必要性もないので、測定試料の調整に要する手間を簡略化できる。なお、図3中の横軸はa軸、b軸及び加速電圧の初期値設定誤差であり、0は理想的に初期値が設定できた状態を示す。縦軸は、初期値設定誤差によるc/aの見積り誤差である。
【実施例】
【0048】
以下、本発明について、実施例を用いて更に詳細に説明する。
【0049】
KNbO‐NaNbOセラミックス焼結体を測定試料として用いた。そして、初期値として、加速電圧(補正値を含む)=200keV、a=4Å、b=5.7Å、c=5.7Åを仮定し、結晶軸比b/cを測定した。また、測定装置としては、図1に示す装置を用いた。
【0050】
まず、試料を、図1の試料台1に設置し、試料の晶帯軸[20 5 3]に、収束電子線を照射し、CBEDパターンAを得た。次に、試料台1を傾斜ないし回転させ[20 3 5]晶帯軸に観察方位を合わせて集束電子線を照射し、CBEDパターンBを得た。このようにして得られたCBEDパターンA,Bを図4に示す。
【0051】
次に、CBEDパターンをHOUGH変換した。結果を図5に示す。HOUGH変換像における輝点の一つ一つが、変換前のCBEDパターン中におけるHOLZ線に対応する。この輝点を抽出し、CBEDパターンの中心位置を原点とした極座標表示(ρ、θ)でHOLZ線位置を測定した。結果を表1に記す。また、CBEDパターンAのHOLZ線(1a)のρ1aと、CBEDパターンBの、前記HOLZ線(1a)と対称関係にある線指数のHOLZ線(1b)のρ1bとの差分(ΔρEXP)を表1に併せて記す。
【0052】
【表1】

【0053】
次に、初期値から算出した理論値からのΔρCALと、表1に示したΔρEXPとを、下式(1)の目的関数に代入し、黄金分割法によって目的関数の算出値が最少となる理論値のΔρCALを求めたところ、b/c=0.99413が得られた。
【0054】
【数5】

【0055】
この測定試料をXRDを用いて分析したところ、a=3.9471Å、b=5.6466Å、c=5.6772Åであり、b/c=0.99461であった。
従って、本手法により妥当な解析結果が得られていると判断された。
【図面の簡単な説明】
【0056】
【図1】本発明の結晶軸比測定装置概略の構成図である。
【図2】制御装置での演算処理を示すフローチャート図である。
【図3】数値計算により算出した初期値設定誤差によるc/aの見積り誤差を示す図表である。
【図4】晶帯軸[20 3 5]のCBEDパターン(右図)と、晶帯軸[20 5 3]のCBEDパターン(左図)を示す図面である。
【図5】晶帯軸[20 3 5]のCBEDパターンのHOUCH変換像(右図)と、晶帯軸[20 5 3]のCBEDパターンのHOUCH変換像(左図)を示す図面である。
【符号の説明】
【0057】
1:試料台
2:試料
3:収束電子線入射装置
4:制御装置
5:受像部
6:演算装置
10:結晶軸比測定装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
測定対象物である結晶材料の晶帯軸[UVW]に収束電子線を入射して、収束電子線回折パターンの透過ディスクに現れたHOLZ線(1a)の極座標(θ1a,ρ1a)を測定する第1工程と、
前記結晶材料の晶帯軸[WVU],晶帯軸[−WVU],晶帯軸[WV−U],晶帯軸[−WV−U],晶帯軸[UWV],晶帯軸[U−WV],晶帯軸[UW−V],晶帯軸[U−W−V],晶帯軸[VUW],晶帯軸[−VUW],晶帯軸[V−UW]及び晶帯軸[−V−UW]から選ばれる晶帯軸に収束電子線を入射して、収束電子線回折パターンの透過ディスクに現れた、前記HOLZ線(1a)と対称の線指数のHOLZ線(1b)の極座標(θ1b,ρ1b)を測定する第2工程と、
前記第1工程で測定したHOLZ線(1a)のρ1aと、前記第2工程で測定したHOLZ線(1b)のρ1bとの差分(ΔρEXP)を求める第3工程と、
前記第3工程で求めた前記差分(ΔρEXP)の値をフィッティングパラメータとして用いて結晶軸比を算出する第4工程と、
を含むことを特徴とする、収束電子回折法による結晶軸比測定方法。
【請求項2】
前記第4工程は、実測して得られた実測値のΔρEXPと、仮定して算出された理論値からのΔρCALとを比較して、実測値のΔρEXPに、最も近い理論値のΔρCALに対応する結晶軸比を測定値として定める、請求項1に記載の収束電子回折法による結晶軸比測定方法。
【請求項3】
前記第4工程は、複数のHOLZ線の極座標から求めた実測値のΔρEXPと、該極座標に対応する理論値からのΔρCALとを、下式(1)の目的関数に代入し、目的関数の算出値が最少となる理論値のΔρCALに対応する結晶軸比を測定値として定める、請求項1又は2に記載の収束電子回折法による結晶軸比測定方法。
【数1】

【請求項4】
測定対象物である結晶材料に収束電子線を照射した時に得られる収束電子線回折パターンの透過ディスクに現れるHOLZ線を用いて結晶軸比を測定する装置において、
前記結晶材料の晶帯軸[UVW]に収束電子線を入射し、収束電子線回折パターンの透過ディスクに現れたHOLZ線(1a)の極座標(θ1a,ρ1a)を測定する第1HOLZ線特定手段と、
前記結晶材料の晶帯軸[WVU],晶帯軸[−WVU],晶帯軸[WV−U],晶帯軸[−WV−U],晶帯軸[UWV],晶帯軸[U−WV],晶帯軸[UW−V],晶帯軸[U−W−V],晶帯軸[VUW],晶帯軸[−VUW],晶帯軸[V−UW]及び晶帯軸[−V−UW]から選ばれる晶帯軸に収束電子線を入射し、収束電子線回折パターンの透過ディスクに現れた、前記HOLZ線(1a)に対して対称の線指数のHOLZ線(1b)の極座標(θ1b,ρ1b)を測定する第2HOLZ線特定手段と、
前記第1HOLZ線特定手段で検出した前記HOLZ線(1a)のρ1aと、前記第2HOLZ線特定手段で検出した前記HOLZ線(1b)のρ1bと差分(ΔρEXP)を求め、該差分(ΔρEXP)の値をフィッティングパラメータとして結晶軸比を測定する演算装置と、
を備えることを特徴とする結晶軸比測定装置。
【請求項5】
前記演算装置は、実測して得られた実測値のΔρEXPと、仮定して算出された理論値からのΔρCALとを比較して、実測値のΔρEXPに、最も近い理論値のΔρCALに対応する結晶軸比を測定値とするように構成されている、請求項4に記載の結晶軸比測定装置。
【請求項6】
前記演算装置は、複数のHOLZ線の極座標から求めた実測値のΔρEXPと、該極座標に対応する理論値からのΔρCALとを、下式(1)の目的関数に代入し、目的関数の算出値が最少となる理論値のΔρCALに対応する結晶軸比を測定値とするように構成されている、請求項4又は5に記載の結晶軸比測定装置。
【数2】


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−85297(P2010−85297A)
【公開日】平成22年4月15日(2010.4.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−255965(P2008−255965)
【出願日】平成20年10月1日(2008.10.1)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成20年9月17日 社団法人日本セラミックス協会発行の「第21回秋季シンポジウム 講演予稿集」に発表
【出願人】(000204284)太陽誘電株式会社 (964)
【Fターム(参考)】