説明

含パラジウム化合物、その製造方法及びこれを用いる有機化合物の製造法

【課題】分子内にホスフィン酸基とパラジウムを併せ持つ新規な化合物とその合成法の開発、およびこれを用いて新たな有機化合物を合成する方法の提供。
【解決手段】分子内にホスフィン酸基とパラジウムを併せ持つ、新規な化合物(I)等を合成し、これにホスフィン類を添加したものを触媒として用いて、アセチレン類化合物に置換基を付加ないし導入し、効率よく、置換アルケン化合物ないし置換アセチレン類化合物を合成する方法。


(式中のR―Rは、同じでも異なってもよい水素又は炭化水素置換基である;nは1-20である)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、含パラジウム化合物及びそれの製造方法とこれを用いる含ヘテロ原子置換アルケンないしアセチレン化合物の製造に関するものである。
【背景技術】
【0002】
パラジウム化合物は工業触媒として広く利用されている。その代表的な例としてテトラトリフェニルホスフィンパラジウムやビストリフェニルホスインジクロロパラジウムなどがある。
【0003】
構造の違うパラジウム化合物が異なる触媒機能を示すため、より効率のよい触媒を求めて、パラジウム化合物の合成が盛んに行われている。特に近年、ベンゼン環にパラジウムが結合したパラダサイクロと呼ばれているものは、普通のパラジウム化合物に比べ、高い触媒活性を示すことが報告され、注目されている(非特許文献1)。
【0004】
パラジウム触媒を用いる付加反応にホスフィン酸が影響して、異なる選択性で生成物を与えることは知られている(非特許文献2)。従って、同一分子内にホスフィン酸基とパラジウムを併せ持つパラジウム化合物は、最大相乗効果が期待され、これまでの化合物と異なる触媒機能を示すことが期待されるが、このような化合物については、合成法が開発されておらず、今までにまったく知られていない化合物群である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】J. Dupond; M. Pfeffer著、Palladacycles, Wiley-VCH, 2008
【非特許文献2】Han らAngew. Chem., Int. Ed. 1998, 37, 4196
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、分子内にホスフィン酸基とパラジウムを併せ持つ新規な化合物とその合成法を開発し、これを用いて新たな有機化合物を合成する方法を提供することを目的としてなされたものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、酢酸パラジウムとフェニルホスフィン酸の研究を行う過程において、偶然にこの二種類の化合物の混合溶液から沈殿が析出することを見出した。得られた沈殿をNMRやX-線結晶解析により構造を解析したところ、これまで知られていない同一分子内にホスフィン酸基とパラジウムを併せ持つ化合物であることが分かり、この知見に基づいて本発明をなすに至った。
【0008】
すなわち、本発明は、分子内にホスフィン酸基とパラジウムを併せ持つ新規な化合物とその合成法を開発し、これを用いてアセチレン類化合物に置換基を付加ないし導入し、効率よく、置換アルケン化合物ないし置換アセチレン化合物を合成する方法を提供するものである。
【0009】
具体的には、本出願は、以下の発明を提供する。
〈1〉以下の一般式(I)であらわされる新規なパラジウム化合物。
【化1】

(式中のR1―R5は、同じでも異なってもよい水素又は炭化水素置換基である;nは1-20である)
〈2〉以下の一般式(IV)の化合物とPdX2(X = ハロゲン、任意の酸残基)とを反応させることによる、一般式(I)の化合物の製造法。
【化4】

例えば、一般式(I)の化合物は、酢酸パラジウムと一般式(IV)のフェニルホスフィン酸を反応させることにより合成する。
〈3〉一般式(I)の化合物とホスフィン類PR6R7R8とを反応させることによる、以下の一般式(II)の化合物の製造法。
【化2】

(式中のR1―R8は、同じでも異なってもよい水素又は炭化水素置換基である;mは1-4である)
ここで、PR6R7R8の具体例としては、トリメチルホスフィン、トリエチルホスフィン、トリフェニルホスフィン(PPh)、ジフェニルメチルホスフィン、ビスジフェニルホスフィノエタン(dppe)、ビスジフェニルホスフィノプロパン(dppp)などがあげられる。
PR6R7R8としてdppe,dpppなどの1分子中にホスフィンを2個有する化合物を用いる場合は、当該2個のホスフィンそれぞれがPdと結合する。
〈4〉一般式(II)
【化2】

(式中のR1―R8は、同じでも異なってもよい水素又は炭化水素置換基である;mは1-4である)
で表わされる、新規パラジウム化合物。
〈5〉一般式(II)の化合物と化合物EHとを反応させることによる、以下の一般式(III)の化合物の製造方法。
【化3】

(式中のR1―R8は、同じでも異なってもよい水素又は炭化水素置換基である;Eは、EHから水素原子Hを除いた残基であり、EHは、15族もしくは16族ヘテロ原子含有水素化合物または末端アセチレンである;mは1-4である)
ここで、EHとしては、(炭化水素)2P(O)H、(炭化水素-O-)2P(O)H、(炭化水素)(炭化水素-O-)P(O)H、炭化水素-SH、(炭化水素-O-)PH、末端アセチレンなどが挙げられ、具体例としては、Ph2P(O)H, (MeO)2P(O)H, (EtO)2P(O)H, (PhO)2P(O)H, Ph(EtO)P(O)H, PhSH, (pinacolato)P(O)H, (pinacolato)2PHや、末端アセチレンが挙げられる。
〈6〉一般式(III)
【化3】

(式中のR1―R8は、同じでも異なってもよい水素又は炭化水素置換基である;Eは、EHから水素原子Hを除いた残基であり、EHは、15族もしくは16族ヘテロ原子含有水素化合物または末端アセチレンである;mは1-4である)
で表わされる、新規パラジウム化合物。
〈7〉一般式(I)、(II)又は(III)の化合物を触媒とし、EHと下記の一般式(V)のアセチレン類とを反応させることによる、下記の一般式(VI)の化合物又は下記の一般式(VII)の化合物の製造方法。
【化5】

【化6】

【化7】

(式中のR9、R10は、同じでも異なってもよい水素又は炭化水素置換基である)
ここで、R9、R10の代表例としては、水素、フェニル、オクチルなどが挙げられる。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、分子内にホスフィン酸基とパラジウムを併せ持つ新規なパラジウム化合物が提供される。当該化合物を用いることにより、アルキン化合物に置換基を付加ないし導入し、効率よく、置換アルケン化合物ないし置換アルキン化合物を合成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】実施例1の化合物(一般式(I)に該当する)のX―線構造解析ORTEP図
【図2】実施例3の化合物(一般式(III)に該当する)のX―線構造解析ORTEP図
【発明を実施するための形態】
【実施例】
【0012】
以下、本発明を実施例によりさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例によって何ら限定されるものではない。
【0013】
実施例1
一般式(I)の化合物の合成例
Pd(OAc)2 (5 mmol)とPh2P(O)OH(7.5 mmol)をTHFに溶かし、窒素下加熱することにより、茶色沈殿が生じた。沈殿を濾過し乾燥させることにより、1.38グラム(収率86%)の茶色固体が得られた。
【化8】

融点:174℃(分解)
構造は、以下の分析データにより決定した。
NMRデータ:1H NMR: δ 8.11-8.07 (m, 2H), 7.61-7.58 (m, 1H), 7.55-7.52 (m, 2H), 6.69-65 (m, 1H), 6.63-6.59 (m, 1H), 6.40-6.37 (m, 1H), 6.34-6.32 (m, 1H). 31P NMR: δ 70.6. Anal. Calcd. for C12H9O2PPd: C, 44.68; H, 2.81. Found: C, 45.08; H, 2.73.

また、構造はX―線構造解析によっても確認された。図1のORTEP図に示すように、この化合物は固体の状態で6量体として存在する。
【0014】
実施例2
一般式(II)の化合物の合成例
【化9】

実施例1に示す化合物1(0.2 mmol)とビスジフェニルホスフィノエタン(0.2 mmol)をジクロロエタン中に溶かした。白い沈殿が析出し、窒素下濾過したところ、上記化合物2が66%の収率で得られた。この錯体は新規化合物である。
融点Dec. 168 ℃. 1H NMR (CD2Cl2): δ 7.99-7.58 (m, 9H), 7.56-6.99 (m, 17H), 6.87-6.84 (m, 1H), 6.61-6.54 (m, 2H), 2.62-2.37 (m, 2H), 2.34-2.21 (m, 1H), 2.16-2.02 (m, 1H). 31P NMR (CD2Cl2): δ 61.3 (dd, JP-P = 29.4 Hz, JP-P = 7.4 Hz, 1P), 47.2 (dd, JP-P = 33.1 Hz, JP-P = 7.4 Hz, 1P), 38.2 (dd, JP-P = 33.1 Hz, JP-P = 29.4 Hz, 1P).
【0015】
実施例3
一般式(III)の化合物の合成例
【化10】

実施例1に示す化合物1(0.5 mmol)とMe2PCH2CH2PMe2 (0.5 mmol)とジフェニルホスフィンオキシド(0.5 mmol)をジクロロホルムに溶かした。再結晶により生成物を精製したところ、上記化合物3が78%の収率で得られた。
31P NMR (CD2Cl2): δ 71.9 (ddd, JP-P = 447.0 Hz, JP-P = 34.4 Hz, JP-P = 7.6 Hz, 1P), 32.1 (dd, JP-P = 447.0 Hz, JP-P = 26.8 Hz, 1P), 23.5 (dd, JP-P = 9.6 Hz, JP-P = 11.5 Hz, 1P), 20.3 (ddd, JP-P = 36.3 Hz, JP-P = 26.7 Hz, JP-P = 11.5 Hz, 1P).
構造は、さらにX-線結晶解析より確認された(図2結晶のORTEP図)。
【0016】
実施例4
化合物1を触媒として用いた付加反応:一般式(VI)の化合物の合成例
化合物1(0.005 mmol), dppp(0.005mmol),Ph2P(O)H (0.1mmol), 1-オクチン(0.1mmol)の混合物をトルエンに溶かして70℃で3時間加熱した。生成物をシリカゲルカラムより単離した。付加物が93%の収率で得られた。
【化11】

実施例5−21
同様の操作により、付加物の合成を行った。結果は、以下の表1にまとめた。
これらの付加反応は、以下の反応式で示すとおりのものであり、表1に示すとおり、1モルのE-Hと1モルのアルキン化合物とを、0.05モルの化合物1と0.05モルの化合物Lの存在下、表1に示す温度で、表1に示す時間、加熱することにより、Eが付加したアルケン化合物が、いずれも表1に示す高収率で生成する。
表1中、a〜gは以下に示す化合物E-Hを意味し、a’〜c’は以下に示すアルキン化合物(当該式中、左側がR1であり、右側がR2である)を意味する。
【化12】

【0017】
【表1】

【0018】
実施例22
化合物1を触媒として用いた置換反応:一般式(VII)の化合物の合成例
実施例1の化合物1(0.005mmol), PPh3 (0.01 mmol), Ph2P(O)H (20.2 mg)と1-オクチン(0.1mmol),メチルアクリレート(0.4mmol)の混合物をトルエンに溶かし、70℃で一夜加熱した。カップリング生成物が64%の収率で得られた。
【化13】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の一般式(I)であらわされる新規なパラジウム化合物。
【化1】

(式中のR1―R5は、同じでも異なってもよい水素又は炭化水素置換基である;nは1-20である)
【請求項2】
以下の一般式(IV)の化合物とPdX2(X = ハロゲン、任意の酸残基)とを反応させることを特徴とする、請求項1に記載の一般式(I)の化合物の製造方法。
【化4】

(式中のR1―R5は、同じでも異なってもよい水素又は炭化水素置換基である)
【請求項3】
請求項1に記載の一般式(I)の化合物とホスフィン類PR6R7R8とを反応させることを特徴とする、以下の一般式(II)の化合物の製造方法。
【化2】

(式中のR1―R8は、同じでも異なってもよい水素又は炭化水素置換基である;mは1-4である)
【請求項4】
PR6R7R8がビスジフェニルホスフィノエタン(dppe)、ビスジフェニルホスフィノプロパン(dppp)などの1分子中にホスフィンを2個有する化合物であり、当該2個のホスフィンそれぞれがPdと結合することを特徴とする、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
一般式(II)
【化2】

(式中のR1―R8は、同じでも異なってもよい水素又は炭化水素置換基である;mは1-4である)
で表わされる、新規パラジウム化合物。
【請求項6】
PR6R7R8がビスジフェニルホスフィノエタン(dppe)、ビスジフェニルホスフィノプロパン(dppp)などの1分子中にホスフィンを2個有する化合物であり、当該2個のホスフィンそれぞれがPdと結合することを特徴とする、請求項5に記載の化合物。
【請求項7】
請求項5に記載の一般式(II)の化合物と化合物EHとを反応させることを特徴とする、以下の一般式(III)の化合物の製造方法。
【化3】

(式中のR1―R8は、同じでも異なってもよい水素又は炭化水素置換基である;Eは、EHから水素原子Hを除いた残基であり、EHは、15族もしくは16族ヘテロ原子含有水素化合物または末端アセチレンである;mは1-4である)
【請求項8】
EHが、Ph2P(O)H, (MeO)2P(O)H, (EtO)2P(O)H, (PhO)2P(O)H, Ph(EtO)P(O)H, PhSH, (pinacolato)P(O)H, (pinacolato) 2PH、及び、末端アセチレンから選ばれるいずれか1つであることを特徴とする、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
一般式(III)
【化3】

(式中のR1―R8は、同じでも異なってもよい水素又は炭化水素置換基である;Eは、EHから水素原子Hを除いた残基であり、EHは、15族もしくは16族ヘテロ原子含有水素化合物または末端アセチレンである;mは1-4である)
で表わされる、新規パラジウム化合物。
【請求項10】
EHが、Ph2P(O)H, (MeO)2P(O)H, (EtO)2P(O)H, (PhO)2P(O)H, Ph(EtO)P(O)H, PhSH, (pinacolato)P(O)H, (pinacolato)2PH、及び、末端アセチレンから選ばれるいずれか1つであることを特徴とする、請求項9に記載の化合物。
【請求項11】
請求項1に記載の一般式(I)、請求項5に記載の一般式(II)、又は、請求項9に記載の一般式(III)の化合物を触媒とし、EHと下記の一般式(V)のアセチレン類とを反応させることを特徴とする、下記の一般式(VI)の化合物又は下記の一般式(VII)の化合物の製造方法。
【化5】

【化6】

【化7】

(式中のR9、R10は、同じでも異なってもよい水素又は炭化水素置換基である)

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−162503(P2011−162503A)
【公開日】平成23年8月25日(2011.8.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−28681(P2010−28681)
【出願日】平成22年2月12日(2010.2.12)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】