説明

吸収型多層膜NDフィルター及びその製造方法

【課題】 金属膜層と酸化物誘電体膜層を交互に積層した多層膜からなる吸収型多層膜が、樹脂フィルムの少なくとも片面に設けられている吸収型多層膜NDフィルターについて、その金属膜層が高温高湿の環境下において酸化され難く、耐環境性に優れた吸収型多層膜NDフィルターを提供する。
【解決手段】 吸収型多層膜として酸化物誘電体膜層と金属膜層とを交互に積層させた多層膜を樹脂フィルムの少なくとも片面に成膜した後、金属膜層の吸収波長帯の波長のレーザーを照射するレーザートリートメントを行い、各金属膜層の全ての界面付近のみを酸化させる。このレーザートリートメントにより、吸収型多層膜の平均透過率をレーザートリートメント前に比べ0.2%以上増加させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、可視光領域の透過光を減衰させる吸収型多層膜NDフィルター、特に樹脂フィルム上に成膜する吸収型多層膜NDフィルターの耐環境性の改良に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ND(Neutral Density Filter)フィルターには、入射光を反射して減衰させる反射型NDフィルターと、入射光を吸収して減衰させる吸収型NDフィルターとが知られている。そして、反射光が問題となるレンズ光学系にNDフィルターを組み込む場合には、一般的に吸収型NDフィルターが用いられている。
【0003】
この吸収型NDフィルターには、基板自体に吸収物質を混ぜるタイプ(色ガラスNDフィルター)と、基板に吸収物質を塗布するタイプと、基板自体に吸収はないが基板表面に形成された薄膜に吸収があるタイプとが存在する。また、薄膜に吸収があるタイプの場合は、薄膜表面の反射を防ぐために薄膜を積層して多層膜を構成し、透過光を減衰させる機能と共に反射防止の効果を持たせることもできる。
【0004】
例えば、小型薄型デジタルカメラ等に用いられる吸収型多層膜NDフィルターの場合には、組込みスペースが狭いため基板自体を薄くする必要があり、最適な基板として樹脂フィルムが一般的に使用されている。そして、この樹脂フィルムの基板上に薄膜を積層して形成した多層膜により、可視光領域の透過光を減衰させる吸収型多層膜が構成されている。
【0005】
上記薄膜を積層した多層膜で構成された吸収型多層膜NDフィルターとして、特開平05−093811号公報(特許文献1)には、酸化物誘電体膜層と金属膜層を積層した多層膜からなる吸収型多層膜を備えたNDフィルターが開示されている。しかし、この吸収型多層膜を構成する金属膜層や完全に酸化されていない酸化物誘電体膜層は、高温高湿の環境下において酸化が進行しやすく、特に金属膜層の酸化の進行に伴って、NDフィルターの透過率が高くなってしまうことが問題となっている。
【0006】
この金属膜層の酸化を防ぐ方法として、特開2004−212462号公報(特許文献2)には、空気中にて100〜130℃での熱処理(アニール)を行って金属膜層の界面付近を酸化させることにより、使用中に酸化が金属膜層内部まで進行しないようにする方法が開示されている。また、特開2003−432112号公報(特許文献3)には、酸素を10%以上含む雰囲気中で熱処理する方法が記載されている。尚、特開2003−322709号公報(特許文献4)には、金属膜層の代わりに、酸化されても透過率が高くなり難い低級金属窒化膜層を採用することが提案されている。
【0007】
しかしながら、上記のような大気中あるいは酸素雰囲気中での熱処理により、予め金属膜層の界面付近を酸化させて、金属膜層内部まで酸化を進行させないようにする方法では、特に厚さ10nm以下の薄い金属膜層の場合、その内部にまで酸化が進行してしまい、界面付近にのみ酸化膜を形成させることは難しいという欠点があった。金属膜層の界面付近のみを酸化させるためには、短時間に急速酸化を行う必要があるが、急速酸化の制御は通常の熱処理(アニール)では極めて困難であった。
【0008】
【特許文献1】特開平05−093811号公報
【特許文献2】特開2004−212462号公報
【特許文献3】特開2003−432112号公報
【特許文献4】特開2003−322709号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、このような従来の問題点に着目してなされたものであり、金属膜層と酸化物誘電体膜層を交互に積層させた多層膜からなる吸収型多層膜が、樹脂フィルムの少なくとも片面に設けられている吸収型多層膜NDフィルターについて、その金属膜層が高温高湿の環境下においても酸化され難く、耐環境性に優れた吸収型多層膜NDフィルターを提供すること、並びに耐環境性に優れた吸収型多層膜NDフィルターを簡単な手段により製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、上記課題を解決するため鋭意研究を行った結果、金属膜層の界面付近のみ酸化させるための手段として、酸化物誘電体膜にはほとんど吸収がなく、金属膜に吸収がある波長帯のレーザー照射が有効であることを見出した。即ち、このレーザー照射により金属膜層が加熱され、同時に基板である樹脂フィルムや隣接する酸化物誘電体膜あるいは周囲の大気雰囲気から酸素を供給されて、その界面付近のみが酸化されることが見出し、この知見に基づいて本発明をなすに至ったものである。
【0011】
本発明が提供する吸収型多層膜NDフィルターは、透過光を減衰させる吸収型多層膜が樹脂フィルムの少なくとも片面に設けられている吸収型多層膜NDフィルターにおいて、該吸収型多層膜が酸化物誘電体膜層と金属膜層とを交互に積層させた多層膜からなり、各金属膜層の全ての界面付近にのみレーザートリートメントによる酸化膜が形成されていることを特徴とする。
【0012】
上記本発明の吸収型多層膜NDフィルターにおいては、前記各金属膜層の全ての界面付近にのみ酸化膜が形成された吸収型多層膜の平均透過率が、該酸化膜が形成される前の吸収型多層膜に比べ0.2%以上増加している。また、上記本発明の吸収型多層膜NDフィルターは、前記各金属膜層の膜厚が2〜50nmであることが好ましい。
【0013】
また、本発明が提供する吸収型多層膜NDフィルターの製造方法は、透過光を減衰させる吸収型多層膜が樹脂フィルムの少なくとも片面に設けられている吸収型多層膜NDフィルターの製造方法において、該吸収型多層膜として酸化物誘電体膜層と金属膜層とを交互に積層させた多層膜を樹脂フィルムの少なくとも片面に成膜した後、該金属膜層の吸収波長帯の波長のレーザーを照射するレーザートリートメントを行い、各金属膜層の全ての界面付近のみを酸化させることを特徴とする。
【0014】
上記本発明が提供する吸収型多層膜NDフィルターの製造方法においては、前記レーザートリートメントにより、吸収型多層膜の平均透過率をレーザートリートメント前に比べ0.2%以上増加させる。また、前記レーザートリートメントに使用する波長のレーザーは、全金属膜中の最薄層の厚さにおいて吸収率が20%以上であり、且つ全酸化物誘電体膜の最厚層の厚さにおいて吸収率が5%以下であることが好ましい。
【0015】
上記本発明が提供する吸収型多層膜NDフィルターの製造方法において、前記吸収型多層膜を構成する酸化物誘電体膜層及び金属膜層は、真空蒸着法、イオンビームスパッタリング法、マグネトロンスパッタリング法、若しくはイオンプレーティング法から選択された成膜法により形成される。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、金属膜層と酸化物誘電体膜層を交互に積層させた多層膜からなる吸収型多層膜について、レーザートリートメントという制御しやすい手段を用い、その多層膜中の金属膜層の全ての界面付近のみを酸化することにより、その部分に薄い酸化膜を簡単に形成することができる。また、レーザートリートメントは、レーザー波長、パルス幅、照射時間、照射強度を電気信号により制御することができるので、きわめて精密な制御が可能である。レーザートリートメントにより得られた吸収型多層膜NDフィルターは、高温高湿の環境下においても金属膜層の更なる酸化が防止され、酸化の進行によって透過率が増加する現象を抑制することができる。
【0017】
従って、本発明によるレーザートリートメントを施した吸収型多層膜NDフィルターは、従来に比べて耐環境性が改善されているため、高温高湿の厳しい環境下で長時間の信頼性を要求される小型薄型デジタルカメラへの利用など、より広い用途への展開が可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
本発明においては、吸収型多層膜NDフィルターの耐環境性を改善するために、レーザー照射によるレーザートリートメントを用いる。このレーザートリートメントによって、金属膜層と酸化物誘電体膜層を交互に積層させた多層膜のうち金属膜層のみが発熱し、同時に隣接する酸化物誘電体膜層や樹脂フィルム、外周側に存在する大気雰囲気から酸素の供給を受けて、これら酸化物誘電体膜層、樹脂フィルム及び大気雰囲気と接する金属膜層の全ての界面付近のみが酸化をされる。その結果、各金属膜層の全ての界面付近のみに薄い酸化膜が形成されるが、レーザートリートメントのパルス幅、照射時間や照射強度を調整することで、金属膜層の内部にまで酸化が進行することはない。
【0019】
吸収型多層膜NDフィルターの優れた耐環境性を得るためには、全ての界面付近のみに酸化膜が形成された金属膜層が、高温高湿の環境下において更なる酸化の進行を防止できることが必要である。そのためには、レーザートリートメントによって各金属膜層の全ての界面付近にのみ酸化膜が形成された吸収型多層膜の平均透過率が、その酸化膜が形成される前の吸収型多層膜に比べ0.2%以上増加していることが好ましい。
【0020】
また、多層膜中の各金属膜層の膜厚が2nm未満であると、レーザートリートメントにより金属膜層の内部まで瞬時に酸化されやすくなるため、界面付近にのみ酸化膜を形成することが得られ難くなる。逆に各金属膜層の膜厚が50nmを越えると、高温高湿の環境下による酸化が金属膜層の内部まで進行するのに時間がかかるため、レーザートリートメントを施す必要性が低下する。従って、本発明における吸収型多層膜NDフィルターの各金属膜層の膜厚は、2〜50nmであることが望ましく、特に高温高湿環境下で酸化による影響を受けやすい2〜10nmの範囲においてレーザートリートメントによる酸化膜形成の効果が顕著である。
【0021】
本発明の吸収型多層膜NDフィルターにおいて、その吸収型多層膜は、樹脂フィルムの片面又は両面に設けられ、酸化物誘電体膜層と金属膜層とを交互に積層させた多層膜で構成されている。酸化物誘電体層膜としては、SiO、Al、若しくはこれら酸化物の混合物、あるいは複合酸化物を用いることができる。また、金属膜層としては、Ni、Ti、Cr、W、Ta、Nbから選択された1種又は2種以上からなる金属を用いることができる。
【0022】
上記吸収型多層膜を構成する酸化物誘電体膜層と金属膜層は、真空蒸着法、イオンビームスパッタリング法、マグネトロンスパッタリング法、若しくはイオンプレーティング法などの成膜法により、それぞれ成膜することができる。特に金属膜層は、膜材料の添加物や不純物、成膜時の残留ガス、基板からの放出ガスや成膜速度によって、屈折率や吸収係数などの特性が大きく異なることがあるが、これらの条件を適宜選択して、所望の吸収型多層膜NDフィルターの特性となるように設定すればよい。
【0023】
また、上記樹脂フィルムの材質は特に限定されないが、透明であるものが好ましく、量産性を考慮した場合、乾式のロールコーティングが可能なフレキシブル基板が好ましい。フレキシブル基板は、従来のガラス基板等に比べて廉価であるうえ、軽量で変形性に富む点においても優れている。樹脂フィルムの具体例としては、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリエーテルスルフォン(PES)、ポリアリレート(PAR)、ポリカーボネート(PC)、ポリオレフィン(PO)及びノルボルネンから選択された樹脂からなるフィルム、あるいは、その樹脂フィルムの片面又は両面をアクリル系有機膜で被覆した複合フィルムが挙げられる。特に、ノルボルネン樹脂は、可視波長域における透明性と耐熱性などの特長を有するため好ましく、その代表的なものとして吸収率の低い日本ゼオン社製のゼオノア(商品名)や膜密着性の高いJSR社製のアートン(商品名)などを挙げることができる。
【0024】
次に、本発明による吸収型多層膜NDフィルターの製造方法について説明する。本発明方法においては、樹脂フィルムの少なくとも片面に、吸収型多層膜として酸化物誘電体膜層と金属膜層とを交互に積層させた多層膜を形成した後、金属膜層の吸収波長帯の波長のレーザーを照射するレーザートリートメントを行って、各金属膜層の全ての界面付近のみを酸化させる。レーザートリートメントに使用するレーザーは、レーザーエネルギーにより金属膜層のみを加熱させる必要があるため、金属膜層に吸収がある波長帯のレーザーであって、酸化物誘電体膜層での吸収が少ないものが望ましい。具体的には、全金属膜中の最薄層の厚さにおいて吸収率が20%以上であり、且つ全酸化物誘電体膜の最厚層の厚さにおいて吸収率が5%以下である波長のレーザーが好ましい。最薄層で吸収率が20%未満であると、吸収による加熱が期待できない。一方、最厚層で吸収率が5%を超えると、極端な加熱によりフィルムが変形変質してしまうことがある。
【0025】
また、上記レーザートリートメントによって、上述したように吸収型多層膜の平均透過率をレーザートリートメント前に比べ0.2%以上増加させることが好ましい。平均透過率の増加が0.2%よりも小さいと、レーザートリートメントによる耐環境性の改善効果が認められない。平均透過率の増加の上限は金属膜層の種類や膜厚等により異なり、各金属層が内部まで全て酸化してしまわない範囲において、得られる吸収型多層膜NDフィルターの特性から適宜設定される。尚、レーザートリートメントにより所定の酸化膜を形成するための処理時間はレーザー照射条件等によって変化するため、実際にはレーザー照射等の条件ごとに上記した平均透過率の増加と処理時間との関係を予め実験的に求めておき、その処理時間に従ってレーザートリートメントを行えばよい。
【0026】
ここで、従来の吸収型多層膜NDフィルターの一例として、可視域の平均透過率が12.5%の吸収型多層膜NDフィルターについて、その耐環境性と本発明によるレーザートリートメントの効果を具体的に説明する。この吸収型多層膜NDフィルターの膜構成は下記表1に示すとおりであり、基板としてポリエチレンテレフタレート(PET)フィルムを用い、酸化物誘電体膜層としてSiO及び金属膜層としてTiを採用している。また、その分光透過特性を図1に示す。
【0027】
【表1】

【0028】
この平均透過率12.5%の吸収型多層膜NDフィルターを、温度80℃湿度90%に設定された環境試験機(エスペック社製)に入れて放置し、24時間後、48時間後及び72時間後に環境試験機から取り出し、それぞれ更に24時間経過後に自記分光光度計(日本分光社製)により分光透過特性を測定し、得られた高温高湿の環境下における分光透過率の変化を図2に示す。尚、この図2に図示した各曲線は、透過率の低い方から順に、成膜後、環境試験の24時間後、48時間後、及び72時間後の各分光透過率を示す。
【0029】
この図2から分るように、例えば波長550nm付近における透過率は、環境試験機内での放置時間が長くなるに伴って上昇し、24時間後で約2%、48時間後で約3%、72時間後で約3.5%も増加した。この高温高湿の環境下における透過率の急激な増加は、金属層膜の酸化の進行により吸収率が低下したためである。
【0030】
次に、上記と同じ膜構成(表1)と分光透過特性(図1)の吸収型多層膜NDフィルターに、本発明によるレーザートリートメントを実施した。即ち、波長532nm、出力3W、パルス幅100nsのYAG第2高調波パルスレーザーを、吸収型多層膜NDフィルターの上方から約10秒間照射した。尚、この波長の膜厚65nmの酸化物誘電体(SiO)膜層における吸収率は0.1%以下、膜厚15nmの金属(Ti)膜層における吸収率は約36%である。
【0031】
上記レーザートリートメントを実施した後の本発明の吸収型多層膜NDフィルターにおいては、可視域の平均透過率が約0.5%増加した。これは、レーザートリートメントにより各金属膜層の全ての界面付近のみが急速酸化して、酸化膜が形成されたためである。
【0032】
このレーザートリートメントを施した本発明の吸収型多層膜NDフィルターについて、上記と同様に温度80℃湿度90%に設定した環境試験機内に放置し、24時間後、48時間後、及び72時間後に環境試験機から取り出し、それぞれ更に24時間経過後に自記分光光度計により分光透過特性の測定を行い、得られた分光透過率の変化を図3に示す。尚、この図3に図示した各曲線は、透過率の低い方から順に、レーザートリートメント後、環境試験の24時間後、48時間後、及び72時間後の各分光透過率を示す。
【0033】
この図3から分るように、例えば波長550nm付近における透過率は、レーザートリートメント後の透過率を基準にして、24時間後で約0.3%(成膜直後の透過率から約0.8%)、48時間後で約0.4%(同じく約0.9%)、72時間後で約0.5%(同じく約1.0%)であり、高温高湿の環境下においても極めて僅かしか増加していない。レーザートリートメントにより金属膜界面に形成された酸化膜により、内部酸化の進行が抑制されたためである。
【0034】
以上の環境性試験の結果から分るように、酸化物誘電体膜層と金属膜層とを交互に積層させた多層膜で構成される吸収型多層膜を樹脂フィルムの少なくとも片面に設けた吸収型多層膜NDフィルターは、本発明によるレーザートリートメントを施すことによって各金属膜層の全ての界面付近に酸化膜が形成される結果、高温高湿の環境下においても、金属膜層の酸化の進行によって透過率が増加する現象が効果的に抑制され、耐環境性が大幅に改良される。
【実施例】
【0035】
まず、樹脂フィルムを基板とする吸収型多層膜NDフィルターを製造した。樹脂フィルムには、幅300mmにスリットした厚さ100μmのポリエチレンテレフタレート(PET)フィルムを用いた。このPETフィルムの片側の表面に、膜厚15nmのTi膜層と膜厚65nmのSiO膜層を、この順序に2回繰り返して成膜することにより、膜構成が前記表1と同じ吸収型多層膜NDフィルターを製造した。
【0036】
尚、Ti膜層とSiO膜層の成膜にはスパッタリングロールコータ装置(ヒラノ光音社製)を用い、SiOの成膜時のフィルム搬送速度は約0.3m/分、Tiの成膜時のフィルム搬送速度は約0.8m/分で行った。また、SiOの成膜にはターゲットとしてSiを用い、酸素を導入してSiOを成膜した。
【0037】
本発明のレーザートリートメントを実施するため、上記のごとく製造した吸収型多層膜NDフィルターを100mm角に切断した。この切断した吸収型多層膜NDフィルターについて、はじめに、自記分光光度計により400〜700nmの分光透過特性を測定して、分光透過特性の初期値とした。
【0038】
[実施例1]
上記の切断した吸収型多層膜NDフィルターに、波長532nm、平均出力3W、パルス幅100nsのYAG第2高調波パルスレーザーを用いて、レーザー照射時間10秒のレーザートリートメントを行った。その後、再度、自記分光光度計により400〜700nmの分光透過特性を測定したところ、波長400〜700nmの平均透過率が約0.5%増加していた。
【0039】
このレーザートリートメント後の吸収型多層膜NDフィルターを、温度80℃湿度90%の高温高湿に設定した環境試験機内に放置し、24時間後、48時間後、及び72時間後の分光透過特性を測定した。得られた結果を、成膜後並びにレーザートリートメント後の分光透過特性と共に、図4に示す。尚、この図4に図示した各曲線は、透過率の低い方から順に、成膜後、レーザートリートメント後、環境試験の24時間後、48時間後、及び72時間後の各分光透過率を示す。
【0040】
図4から分るように、吸収型多層膜の平均透過率は、成膜後の平均透過率に比べて、レーザートリートメントによって約0.5%増加しているが、レーザートリートメント後の環境試験においては24時間後で約0.8%、48時間後で約0.9%、72時間後で約1.0%しか増加しなかった。尚、上記と同じ吸収型多層膜NDフィルターを、レーザートリートメントを施すことなく、上記と同様の環境試験を実施した場合、上述した図2と同様の分光透過特性となる。
【0041】
[実施例2]
上記の切断した吸収型多層膜NDフィルターに、波長532nm、平均出力3W、パルス幅100nsのYAG第2高調波パルスレーザーを用いて、レーザー照射時間5秒のレーザートリートメントを行った。その後、再度、自記分光光度計により400〜700nmの分光透過特性を測定したところ、波長400〜700nmの平均透過率が約0.3%増加していた。
【0042】
このレーザートリートメント後の吸収型多層膜NDフィルターを、温度80℃湿度90%の高温高湿に設定した環境試験機内に放置し、24時間後、48時間後、及び72時間後の分光透過特性を測定した。得られた結果を、成膜後並びにレーザートリートメント後の分光透過特性と共に、図5に示す。尚、この図5に図示した各曲線は、透過率の低い方から順に、成膜後、レーザートリートメント後、環境試験の24時間後、48時間後、及び72時間後の各分光透過率を示す。
【0043】
図5から分るように、吸収型多層膜の平均透過率は、成膜後の平均透過率に比べて、レーザートリートメントによって約0.3%増加しているが、レーザートリートメント後の環境試験においては24時間後で約0.6%、48時間後で約0.7%、72時間後で約0.8%しか増加しなかった。
【0044】
[比較例1]
上記の切断した吸収型多層膜NDフィルターに、波長532nm、平均出力3W、パルス幅100nsのYAG第2高調波パルスレーザーを用いて、レーザー照射時間1秒のレーザートリートメントを行った。その後、再度、自記分光光度計により400〜700nmの分光透過特性を測定したところ、波長400〜700nmの平均透過率の増加は自記分光光度計の測定精度以下の約0.2%未満であった。
【0045】
このレーザートリートメント後の吸収型多層膜NDフィルターを、温度80℃湿度90%の高温高湿に設定した環境試験機内に放置し、24時間後、48時間後、及び72時間後の分光透過特性を測定した。得られた結果を、成膜後並びにレーザートリートメント後の分光透過特性と共に、図6に示す。尚、この図6に図示した各曲線は、透過率の低い方から順に、成膜後、レーザートリートメント後、環境試験の24時間後、48時間後、及び72時間後の各分光透過率を示す。
【0046】
図6から分るように、吸収型多層膜の平均透過率は、成膜後の平均透過率に比べて、レーザートリートメントによって若干増加した。しかし、レーザートリートメント後の環境試験における平均透過率は、成膜後の平均透過率に比べて、24時間後で約1.5%、48時間後で約2.0%、72時間後で約2.5%と大幅に増加した。
【0047】
[比較例2]
上記の切断した吸収型多層膜NDフィルターに、レーザートリートメントを実施せず、110℃のオーブン内に1時間放置するアニール処理を行った。その後、再度、自記分光光度計により400〜700nmの分光透過特性を測定したところ、波長400〜700nmの平均透過率は約0.3%増加していた。
【0048】
このアニール後の吸収型多層膜NDフィルターを、温度80℃湿度90%の高温高湿に設定した環境試験機内に放置し、24時間後、48時間後、及び72時間後の分光透過特性を測定した。得られた結果を、成膜後並びにレーザートリートメント後の分光透過特性と共に、図7に示す。尚、この図7に図示した各曲線は、透過率の低い方から順に、成膜後、レーザートリートメント後、環境試験の24時間後、48時間後、及び72時間後の各分光透過率を示す。
【0049】
図7から分るように、吸収型多層膜の平均透過率は、成膜後の平均透過率に比べて、アニールによって約0.3%増加した。しかしながら、アニール後の環境試験における平均透過率は、成膜後の平均透過率に比べて、24時間後で約1.0%、48時間後で約1.2%、72時間後で約1.4%にまで増加した。
【0050】
以上の実施例及び比較例の結果から、吸収型多層膜NDフィルターにレーザートリートメントを行うことによって、各金属膜層の全ての界面付近のみが急速酸化されて酸化膜が形成され、透過率が若干変化することが確認できた。また、環境性試験の結果から、平均透過率の変化が約0.3%以上になる条件でレーザートリートメントを行うことが効果的であることが分る。更に、吸収型多層膜NDフィルターのレーザートリートメントは、従来行われていたアニール処理(比較例2)に比べて、高温高湿の環境下における平均透過率の増加が極めて小さく、耐環境性により優れることが分る。
【0051】
尚、一般的な使用環境においては、酸化された金属膜層が還元されて元に戻ることはないので、吸収型多層膜NDフィルターの膜構造設計時に、後のレーザートリートメントにより平均透過率が増加する変化量を見越して、この変化量に相当する分だけ平均透過率を若干低めに設計することが望ましい。
【図面の簡単な説明】
【0052】
【図1】従来例に係る吸収型多層膜NDフィルターの分光透過特性を示すグラフである。
【図2】従来例に係る吸収型多層膜NDフィルターの高温高湿の環境下における分光透過特性の変化を示すグラフである。尚、図示した各曲線は、透過率の低い方から順に、成膜後、環境試験の24時間後、48時間後、及び72時間後の各分光透過率を示す。
【図3】本発明に係る吸収型多層膜NDフィルターの高温高湿の環境下における分光透過特性の変化を示すグラフである。尚、図示した各曲線は、透過率の低い方から順に、レーザートリートメント後、環境試験の24時間後、48時間後、及び72時間後の各分光透過率を示す。
【図4】実施例1における吸収型多層膜NDフィルターの高温高湿の環境下における分光透過特性の変化を示すグラフである。尚、図示した各曲線は、透過率の低い方から順に、成膜後、レーザートリートメント後、環境試験の24時間後、48時間後、及び72時間後の各分光透過率を示す。
【図5】実施例2における吸収型多層膜NDフィルターの高温高湿の環境下における分光透過特性の変化を示すグラフである。尚、図示した各曲線は、透過率の低い方から順に、成膜後、レーザートリートメント後、環境試験の24時間後、48時間後、及び72時間後の各分光透過率を示す。
【図6】比較例1における吸収型多層膜NDフィルターの高温高湿の環境下における分光透過特性の変化を示すグラフである。尚、図示した各曲線は、透過率の低い方から順に、成膜後、レーザートリートメント後、環境試験の24時間後、48時間後、及び72時間後の各分光透過率を示す。
【図7】比較例2における吸収型多層膜NDフィルターの高温高湿の環境下における分光透過特性の変化を示すグラフである。尚、図示した各曲線は、透過率の低い方から順に、成膜後、レーザートリートメント後、環境試験の24時間後、48時間後、及び72時間後の各分光透過率を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
透過光を減衰させる吸収型多層膜が樹脂フィルムの少なくとも片面に設けられている吸収型多層膜NDフィルターにおいて、該吸収型多層膜が酸化物誘電体膜層と金属膜層とを交互に積層させた多層膜からなり、各金属膜層の全ての界面付近にのみレーザートリートメントによる酸化膜が形成されていることを特徴とする吸収型多層膜NDフィルター。
【請求項2】
前記各金属膜層の全ての界面付近にのみ酸化膜が形成された吸収型多層膜の平均透過率が、該酸化膜が形成される前の吸収型多層膜に比べ0.2%以上増加していることを特徴とする、請求項1に記載の吸収型多層膜NDフィルター。
【請求項3】
前記各金属膜層の膜厚が2〜50nmであることを特徴とする、請求項1又は2に記載の吸収型多層膜NDフィルター。
【請求項4】
透過光を減衰させる吸収型多層膜が樹脂フィルムの少なくとも片面に設けられている吸収型多層膜NDフィルターの製造方法において、該吸収型多層膜として酸化物誘電体膜層と金属膜層とを交互に積層させた多層膜を樹脂フィルムの少なくとも片面に成膜した後、該金属膜層の吸収波長帯の波長のレーザーを照射するレーザートリートメントを行い、各金属膜層の全ての界面付近のみを酸化させることを特徴とする吸収型多層膜NDフィルターの製造方法。
【請求項5】
前記レーザートリートメントにより、吸収型多層膜の平均透過率をレーザートリートメント前に比べ0.2%以上増加させることを特徴とする、請求項4に記載の吸収型多層膜NDフィルターの製造方法。
【請求項6】
前記レーザートリートメントに使用する波長のレーザーは、全金属膜中の最薄層の厚さにおいて吸収率が20%以上であり、且つ全酸化物誘電体膜中の最厚層の厚さにおいて吸収率が5%以下であることを特徴とする、請求項4又は5に記載の吸収型多層膜NDフィルターの製造方法。
【請求項7】
前記吸収型多層膜を構成する酸化物誘電体膜層及び金属膜層は、真空蒸着法、イオンビームスパッタリング法、マグネトロンスパッタリング法、若しくはイオンプレーティング法から選択された成膜法により形成されることを特徴とする、請求項4〜6のいずれかに記載の吸収型多層膜NDフィルターの製造方法。



【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2007−240790(P2007−240790A)
【公開日】平成19年9月20日(2007.9.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−62005(P2006−62005)
【出願日】平成18年3月8日(2006.3.8)
【出願人】(000183303)住友金属鉱山株式会社 (2,015)
【Fターム(参考)】