説明

周期構造反射鏡およびそれを用いた光素子

【課題】本発明は、微小光工学素子の分野に属する。発散・収束する光波に対して、低損失で、強い波長選択性があり、反射率の高い反射鏡をシンプルな構造で実現することを課題とする。
【解決手段】制御しようとする光波と同じ曲率を持つ基板上に、屈折率の周期構造を持った高屈折率薄膜層を形成することで上記の機能を実現する。周期構造によって回折され、高屈折率層中を伝搬する導波モードとなった光が、入射側に共鳴的に反射される「導波モード共鳴現象」を利用する。曲率半径が周期構造の間隔の5倍程度以下ならば、共鳴波長における反射率を90%以上に保つことができる。本構造の動作に最低限必要なのは低屈折率媒質による基板と、高屈折率媒質による回折格子層のみであり、誘電体多層膜反射鏡などと比べ、素子を大幅に簡単な構成で実現することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、曲面形状を持つ反射鏡のうち、透明な基板上に形成された周期構造性薄膜の形態を持つものに関するものである。
【背景技術】
【0002】
ガラス等の平坦な基板上に一定の間隔で凹凸を設け、そこに外部から平面波を入射させると、凹凸の間隔と波長及び基板の屈折率で決まる方向に光が回折される。この様な素子を表面回折格子という。これに類似する構造として、基板上の高屈折率薄膜に形成した凹凸または屈折率の変調によって光を回折させる素子がある。これを薄膜型の回折格子と呼ぶ。薄膜型の回折格子においては、薄膜の平均屈折率と格子の間隔、及び外部入射光の入射角と波長がある関係を満たす場合に、入射光のパワーが100%、反射されることが知られている。この現象は導波モード共鳴(Guided-Mode Resonance)と呼ばれる。導波モード共鳴の生じる波長の範囲は一般に狭いので、このような構造は、波長選択性の鋭い高反射率の反射鏡を実現する形態として、1980年代頃より研究が行われてきた(非特許文献1、非特許文献2、非特許文献3)。
【0003】
薄膜型の回折格子は見方を変えると、基板上に形成された周期構造状の光導波路と見なすことができる。光導波路を伝搬する光の伝搬定数βが、格子の間隔Λに対し、βΛ≒2πの関係を満たすとき、導波光は回折されて導波路の上下に外部光として出て行く。この現象は、外部から到来する平面波を光導波路に入出力するための素子、すなわちグレーティング・カプラとしても利用されてきた(非特許文献4)。外部から入射した光は格子で回折され、光導波路の導波モードに変換されて薄膜層を伝搬する。このモードは再び格子で回折されて外部へと出て行く。周期構造の各部から出て行く光の位相が同相となったときに、外部光の強度が全体として増強され、100%の反射が観測される。これが本現象が導波モード共鳴と呼ばれる所以である。薄膜型の回折格子は、特に導波モード共鳴の発生を目的として使用される場合、「共鳴モード格子」(Resonant Grating)と呼ばれることもある。共鳴モード格子は最も簡単には、低屈折率基板上に1層の高屈折率周期性導波層を形成するだけで構成することができる。すなわち極めてシンプルな構成で、100%の反射鏡を実現することができる。
【0004】
しかしながら従来研究開発されてきた共鳴モード格子はすべて、平坦な基板上に形成されたものであった。従って、格子が反射鏡として作用するためには、外部光が平面波であることが必要であった。換言すれば、共鳴モード格子の応用は、平面波を利用する型の光デバイスに限られていた。
【0005】
しかしながら現在、計測や通信、情報処理など、光工学の関わる産業分野において、非平面状の波面を利用するケースの方が圧倒的に多い。例えば太陽光発電分野ではフレネルレンズや放物面反射鏡を用いて太陽光を収束波に変換している。また通信の分野においては、光ファイバー中を伝搬する光は発散または収束する円筒状の波の重ね合わせで表現される。またガスレーザー等の共振器の反射鏡には微小な曲率が付いており、共振器中での光の拡散を防いでいる。また前述したグレーティング・カプラは、光ファイバーの端面からの放射光を光導波路に導くのが現実的な応用であるが、この場合も光ファイバーからの光は波面の曲がった波といえる。
【0006】
このように収束・発散する、曲がった波面を持つ波の伝搬方向を高効率で変換できる反射鏡への要求は光工学の広範囲な分野において存在する。反射鏡は例えば、アルミニウムや金などの金属面を用いれば簡便に構成することができ、実際にも多用されている。その反面、反射率を90%以上に高めるのが困難、光吸収による発熱がある、酸化により反射率が低下するなどの問題があった。また波長選択性が緩やかであることも、用途によっては不都合といえる。また反射鏡は、曲面上に誘電体の多層膜を形成することによっても実現することができた。しかしこの場合は例えば90%以上の反射率を得るのに、一般的には数十層以上の膜数を必要とするなど、製造コストの面で問題があった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】P. Vincent and M. Neviere, “Corrugated dielectric waveguides: A numerical study of the second-order stop bands”, Applied Physics vol. 20, pp. 345-351, 1979.
【非特許文献2】D. Rosenblatt, A. Sharon, and A. A. Friesem, “Resonant grating waveguide structures”, IEEE Journal of Quantum Electronics, vol. 33, no. 11, pp. 2038-2059, 1997.
【非特許文献3】Y. Ding and R. Magnusson, “Resonant leaky-mode spectral-band engineering and device applications”, Optics Express, vol. 12, no. 23, pp. 5661-5674, 2004.
【非特許文献4】G. Roelkens, D. V. Thourhout, and R. Baets, “High efficiency Silicon-on-Insulator grating coupler based on a poly-Silicon overlay”, Optics Express, vol. 14, no. 24, pp. 11622-11630, 2006.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
このように、光工学の諸分野では収束・発散波に対する高反射率な反射鏡への要求があったにも関わらず、シンプルな構造で100%に近い反射率を実現しうる構造は知られていなかった。唯一候補となりうる共鳴モード格子は平面波に対してしか反射鏡として動作しないため、応用先も著しく限定されざるを得なかった。本発明はこの課題を解決することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記課題を解決するために、本発明は、
面内方向に屈折率が少なくとも一次元的な周期構造を有する構造体であって、
曲率の付いた基板上に形成された薄膜からなり、
その周期構造の、曲面に沿う方向の間隔Λが、動作波長をλ、基板の屈折率をn、薄膜の屈折率をnとするとき、
【数1】

で表される範囲の値であることを特徴としている。
【0010】
本発明は、
基板面上に形成された高屈折率薄膜を導波層とする光導波路型素子であって、
その素子の形状は円形または楕円形をなし、
その外周に屈折率の周期構造が形成されており、
その周期構造の外周に沿う方向の間隔Λが、光導波路のクラッドの屈折率をn、コアの屈折率をn、動作波長をλとするとき、請求項1に記載の関係式で表される範囲の値を持つことを特徴としている。
【0011】
本発明は、
光ファイバー型の光導波路素子であって、
ファイバーの中心に位置するコアを、屈折率の高い媒質でできた周期構造が同心円状に取り囲んでおり、
その周期構造の円周に沿った方向の間隔をΛが、周期構造より外側にあるクラッドの屈折率をn、周期構造を構成する媒質の屈折率をn、動作波長をλとするとき、請求項1に記載の関係式で表される範囲の値を持つことを特徴としている。
【0012】
本発明では曲率付きの基板上に回折格子を形成することで、発散波や収束波といった、有限の曲率を持つ波に対して高効率反射鏡として動作する、共鳴モード格子を提供する。
【0013】
図1に従来型、図2に本発明型それぞれの共鳴モード格子の概念図を示す。周期構造の形態はこの図に示したとおり薄膜上の物理的な凹凸でもよく、また薄膜に紫外線照射やイオン注入等で形成した屈折率の変調でもよい。格子に付ける曲率は、そこに入射させるべき光波の波面の曲率に一致させておく。すなわち一つ一つの格子が、入射波によって同相で励振されるようにしておく。
【発明の効果】
【0014】
反射率がほぼ100%に到達し、波長選択性があり、曲率のある波面を持つ光波を反射することのできる反射鏡を、シンプルな構造で構成する方法を提供する。曲率を持つ基板上に、屈折率の周期構造を設けた高屈折率薄膜を形成することで、その曲率と同じ波面を持った光波に対し反射鏡として作用する。共鳴反射作用は原理的に、薄膜が1層以上あれば発生する。従ってシンプルな構造で曲面反射鏡を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】平坦な基板上に形成された回折格子薄膜からなる、従来型の共鳴モード格子を示す図。
【図2】曲率を持った基板上に形成された、本発明の共鳴モード格子を示す図。
【図3】本発明の曲率付き共鳴モード格子の反射スペクトルを示す図。いくつかの曲線は曲率半径の異なるものに対応する。
【図4】本発明の曲率付き共鳴モード格子において、曲率半径と共鳴スペクトルのQ値の関係を示す図。
【図5】本発明の曲率付き共鳴モード格子を用いた、グレーティング・カプラの概念図。
【図6】本発明の曲率付き共鳴モード格子を用いた、円形共振器の概念図。
【図7】本発明の曲率付き共鳴モード格子を第一クラッドとして配置した、光ファイバーの概念図。
【発明を実施するための形態】
【0016】
図2に示した概念図を使って、本発明である曲面上の薄膜回折格子の形態を説明する。ここでは同図に示すとおり、曲率半径が薄膜上の場所ごとに一定である構造を取り上げる。紙面に垂直な座標軸をz,曲率の中心から半径方向に向かう座標軸をr,周方向の座標軸をθとするとき、z方向に屈折率分布は一様であるとする。回折格子層は五酸化ニオブ(波長400nm〜2000nmで屈折率は約2.1〜2.2)とし、回折格子層の外側に示した基板は溶融石英(波長400nm〜2000nmで屈折率は約1.44〜1.45)とする。また回折格子層よりも中心に近い側は空気とする。回折格子層の厚みは、その凹凸をならして非周期構造型のスラブ導波路と見なした場合に、設計波長において高々3つ程度の導波モードが存在する程度の厚みとする。具体的には導波層の厚みの1/9とした。また曲率の中心から導波層までの距離である曲率半径は、格子の間隔Λの4倍以上とした。
【0017】
曲率半径の異なるいくつかの構造に対し、曲率の中心から同心円状に広がるTM波(電界がz成分のみを持ち、磁界はr成分とθ成分を持つ波)を入射させた場合の反射スペクトルを図3に示した。図2の構造において、回折格子層の厚みと凹凸の深さは図1に示した値に等しくした。図3の左端には、平坦な共鳴モード格子に平面波を垂直入射した場合の反射スペクトルも合わせて示した。図にAで記した値以上の曲率半径を持つ構造では、反射スペクトルの形は平坦構造とほとんど変わらないことがわかる。このAは、円周上に格子が50ヶ配置された構造に対応する。曲率半径が格子の間隔Λに対し相対的に小さくなってくると反射率の最大値も低下するが、少なくとも円周上に格子が30個配置された構造(この場合の曲率半径は約4.8Λ)半径までは、ピーク反射率が50%以上となることが分かる。反射率が100%近くに保たれている範囲では、スペクトルの幅も平坦構造と同程度である。
【0018】
曲率半径に対し、反射率の最大値と共鳴のQ値(中心波長と波長幅の比に相当)を図4に示した。このようにある曲率半径以上では反射率もQ値も、元の平坦構造と同等に保たれることが分かる。
【0019】
以上の例では1層の五酸化ニオブ層からなる回折格子層を溶融石英基板上に直接形成し、表面は空気に露出させる構造とした。しかしこのような導波モード共鳴現象を発生させるのに必要な材料及び構造はこれに限られたものではなく、例えば回折格子層にはSi(波長1300nm〜2000nmで屈折率約3.5)やTa2O5(波長400〜2000nmで屈折率2.1〜2.2)なども使用することができる。また基板は石英系のガラス(屈折率=1.52前後)でもよい。また導波層の上下にスペーサー層と称する第3、第4の層を設けてもよい。また凹凸の深さも上に示した値以上にしてもよい。また凹凸の形状は矩形波状でなくてもよく、例えば正弦波形状でもよい。また導波層を分断する程度にまで深い凹凸を形成してもよい。
【実施例1】
【0020】
ここでは本構造の、グレーティング・カプラへの応用を示す。図5はその概念図である。すなわち基板内部のある平面上に、光導波層を形成する。その上方に、曲率一定の共鳴モード格子層を形成する。基板外部から到来した円筒状の発散波は格子に結合し、円周方向に伝搬を開始する。伝搬光の一部は、格子から下部の導波層に結合し、信号として下部導波層中に取り出されていく。また逆に、下部導波層中に最初に光を伝搬させておく使用法も考えられる。すなわち下部導波層中の導波光は、回折格子層と最も接近した位置で回折格子層に結合し、その一部が更に円筒波状の収束波に変換されて上方へと放出される。この波は曲率の中心に向かって収束を続け、曲率の中心(焦点)付近に集光される。ここでは局所的な曲率が一定の場合の例を示したが、曲率が格子上の場所に依存する構造、すなわち放物面状に格子を形成すれば、焦点からの発散波を平行光に変換するパラボラ反射鏡として動作させることができる。
【実施例2】
【0021】
ここでは光集積回路用の円形共振器への応用を示す。図6はその概念図である。すなわち光集積回路用基板上に、同心円状に高屈折率の微小構造を配置する。この配置の間隔Λは、同心円状の構造を周方向に周回する導波モードの伝搬定数をβとするとき、これまでにも述べたとおりβΛ≒2πの関係が成り立つように設定する。
【0022】
この構造の中心付近に外部から照射された光は、基板面内で発散光を形成する。この発散波はリング状周期構造で反射され、再び中心に戻っていく。一部の光はリング内を周回伝搬するモードに変換され、更に近接して配置された光導波路を介して外部に取り出される。
【実施例3】
【0023】
ここでは光ファイバーガイドへの応用を示す。図7はその概念図である。すなわちコアの周囲を、高屈折率媒質からなる周期構造状の第一クラッドが同心円状に取り巻いている。その外側は低屈折率媒質からなる第二クラッドである。
【0024】
コア中を斜めに伝搬する光は第一クラッドに入射した際、その波長が周期構造の共鳴波長に近い場合、100%に近い反射率で反射される。この結果当該波長の光はコア内をジグザグに伝搬する導波モードを形作る。この型の光ファイバーでは導波することを許される光の波長及びコアの軸に対する伝搬角度は、周期構造の共鳴条件から決定される非常に狭い範囲の値に限定される。換言すれば導波/非導波がファイバーのわずかな曲がりや、温度変化による屈折率の変化に敏感に反応する。このため、高感度な応力センサや分布型温度センサなどへ応用することができる。
【産業上の利用可能性】
【0025】
本発明の曲率付き薄膜回折格子構造または周期性導波路構造を用いれば、曲面状の波面を持つ光波に対する高反射率の反射鏡を簡単な構成で実現することができる。この構造は太陽エネルギー分野における波長選択性高効率光集光器や、光エレクトロニクス分野において外部光ファイバーからの光を光集積回路上の光導波路に導くグレーティング・カプラ、そして円形レーザー共振器、また光通信や光センシングの分野における高感度応力・温度計測用光ファイバーセンサに利用することができる。
【符号の説明】
【0026】
101 高屈折率媒質による回折格子層、あるいは導波路のコア層
102 低屈折率媒質による基板
501 曲率付き回折格子層
502 平坦基板面上に形成された光集積回路の導波層
503 基板
504 線状の焦点
601 平面基板上に同心円状に配置した周期構造導波路
602 光取り出し用導波路
701 光ファイバーのコア
702 高屈折率媒質による第一クラッド
703 第二クラッド

【特許請求の範囲】
【請求項1】
面内方向に屈折率が少なくとも一次元的な周期構造を有する構造体であって、
曲率の付いた基板上に形成された薄膜からなり、
その周期構造の、曲面に沿う方向の間隔Λが、動作波長をλ、基板の屈折率をn、薄膜の屈折率をnとするとき、
【数1】

で表される範囲の値であることを特徴とする構造体。
【請求項2】
基板面上に形成された高屈折率薄膜を導波層とする光導波路型素子であって、
その素子の形状は円形または楕円形をなし、
その外周に屈折率の周期構造が形成されており、
その周期構造の外周に沿う方向の間隔Λが、光導波路のクラッドの屈折率をn、コアの屈折率をn、動作波長をλとするとき、請求項1に記載の関係式で表される範囲の値を持つことを特徴とする光導波路型素子。
【請求項3】
光ファイバー型の光導波路素子であって、
ファイバーの中心に位置するコアを、屈折率の高い媒質でできた周期構造が同心円状に取り囲んでおり、
その周期構造の円周に沿った方向の間隔をΛが、周期構造より外側にあるクラッドの屈折率をn、周期構造を構成する媒質の屈折率をn、動作波長をλとするとき、請求項1に記載の関係式で表される範囲の値を持つことを特徴とする光導波路型素子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2013−47763(P2013−47763A)
【公開日】平成25年3月7日(2013.3.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−186504(P2011−186504)
【出願日】平成23年8月29日(2011.8.29)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成23年2月28日 社団法人電子情報通信学会発行の「電子情報通信学会 2011年総合大会プログラム」に発表
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【Fターム(参考)】