説明

四輪駆動車両の駆動力制御装置

【課題】四輪駆動車両において車輪速ハンチングの抑制と走行性能の確保との両立を図る。
【解決手段】前後トルク配分用クラッチ10によって後輪Wr,Wrに配分する駆動力を制御することで、前輪Wf,Wfを主駆動輪とし後輪Wr,Wrを副駆動輪とする制御を行う四輪駆動車両の駆動力制御装置において、前輪Wf,Wfのスリップが判定された場合に後輪Wr,Wrに差動制限トルクTr1を配分し、その配分開始時点の車両の駆動力D1を記憶し、記憶した駆動力D1に所定のオフセット量ΔDを加算した駆動力を差動制限トルクの配分停止時点を判断するための駆動力の閾値D2として設定し、車両の駆動力DAが設定された閾値D2よりも小さくなった時点で差動制限トルクTr1の配分を停止する。これにより、差動制限トルクの増減が繰り返されることによる車輪速ハンチングを抑制する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、前輪と後輪のいずれかに配分する駆動力を制御することで、前輪と後輪のいずれか一方を主駆動輪とし他方を副駆動輪とする四輪駆動車両の駆動力制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の四輪駆動車両では、例えば、特許文献1,2に示すように、電子制御式の駆動力制御装置を搭載したものがある。特許文献1,2に示す四輪駆動車両は、前輪と後輪との間に配置した駆動配分装置によって後輪に配分する駆動力を制御することで、前輪を主駆動輪とし後輪を副駆動輪とするものである。この駆動力制御装置は、エンジン及び自動変速機を制御するための制御手段(FI/AT・ECU)を備えており、FI/AT・ECUに入力されるエンジン回転数、吸気管内圧、吸入空気量などのFI情報や、ギヤ段、トルコン比などのAT情報に基づいて車両の総駆動力を算出し、そのときの走行モードに適切な後輪の駆動トルクを出力するような設定が行われている。さらに、車輪速センサーなどで前輪(主駆動輪)の空転状態を検出して、四輪駆動の出力トルクを増加させる制御(差回転制御)を行うことで、雪上や悪路における走破性能を確保すると共に、クラッチのスリップを減少させてクラッチの保護を行っている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特許第4082548号公報
【特許文献2】特許第4082549号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
すなわち、上記のような副駆動輪へ任意のトルクを配分する四輪駆動車両では、主駆動輪のスリップ量(空転量)に応じて、前後輪の差動を制限するための差動制限トルク(以下、「LSDトルク」と記すことがある。)を算出し、この差動制限トルクを副駆動輪へ配分するようになっている。これにより、主駆動輪のスリップを抑制するようになっている。しかしながらこの場合、差動制限トルクの配分によって前後輪の差動制限量の増減が生じるが、前後輪の差動制限量の増減が繰り返されると、車輪速の小刻みな変動(ハンチング)が発生して、車両の走行性能に影響を与えるおそれがある。このことに対処するため、従来の制御では、車輪速信号や差動制限トルクの指示値に対してフィルタ処理(上限カット処理)を施すことで、その変化量の制限を行い、過度の車輪速ハンチングを抑制していた。
【0005】
しかしながら、上記のような車輪速信号や差動制限トルクの指示値に対してフィルタ処理を施す制御は、副駆動輪へ配分するトルクの分解能(制御可能な分解能)が小さい四輪駆動制御ユニットでは有効であるが、副駆動輪へ配分するトルクの分解能が大きい四輪駆動制御ユニットでは、上記のフィルタ処理を施す手法を用いると、車両が走行する路面状況に応じた副駆動輪への適切な差動制限トルクの配分を行えないおそれがある。そのため、車輪速のハンチングの抑制と四輪駆動車両の走行性能(低μ路面の走破性能)の確保との両立を図ることができないという問題がある。
【0006】
本発明は上述の点に鑑みてなされたものであり、その目的は、車輪速ハンチングの効果的な抑制と、適切な差動制限トルクの配分による走行性能の確保との両立を図ることができる四輪駆動車両の駆動力制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するための本発明は、駆動源(3)からの駆動力を前輪(Wf,Wf)及び後輪(Wr,Wr)に伝達する駆動力伝達経路(20)と、駆動力伝達経路(20)における前輪(Wf,Wf)又は後輪(Wr,Wr)と駆動源(3)との間に配置された駆動配分装置(10)と、を備えた四輪駆動車両(1)において、駆動配分装置(10)により前輪(Wf,Wf)と後輪(Wr,Wr)のいずれかに配分する駆動力を制御することで、前輪(Wf,Wf)と後輪(Wr,Wr)のいずれか一方を主駆動輪(Wf,Wf)とし他方を副駆動輪(Wr,Wr)とする駆動力制御装置であって、主駆動輪(Wf,Wf)と副駆動輪(Wr,Wr)の車輪速差に基づいて主駆動輪(Wf,Wf)のスリップ判定を行うスリップ判定手段(50)と、該スリップ判定手段(50)により主駆動輪(Wf,Wf)のスリップ判定がなされた場合に、主駆動輪(Wf,Wf)と副駆動輪(Wr,Wr)の差動制限を行うための差動制限トルク(Tr1)を副駆動輪(Wr,Wr)に配分する差動制限トルク配分手段(50)と、副駆動輪(Wr,Wr)への差動制限トルク(Tr1)の配分を開始した時点(t1)での車両の駆動力(D1)を記憶する駆動力記憶手段(50)と、該駆動力記憶手段(50)が記憶した駆動力(D1)に所定のオフセット量(ΔD)を加算した駆動力を、副駆動輪(Wr,Wr)への差動制限トルク(Tr1)の配分を停止する時点を判断するための駆動力の閾値(D2)として設定する駆動力閾値設定手段(50)と、車両の駆動力(DA)が駆動力閾値設定手段(50)で設定された駆動力の閾値(D2)よりも小さくなった時点で、副駆動輪(Wr,Wr)への差動制限トルク(Tr1)の配分を停止する差動制限トルク配分停止手段(50)と、を備えることを特徴とする。
【0008】
本発明にかかる四輪駆動車両の駆動力制御装置によれば、副駆動輪への差動制限トルクの配分を開始した時点での車両の駆動力を記憶すると共に、この駆動力から所定のオフセット量を減算した駆動力を、副駆動輪への差動制限トルクの配分停止時点を判断するための駆動力の閾値としている。そして、車両の駆動トルクが当該閾値を上回っている間は、スリップ判定手段による主駆動輪のスリップ判定の有無(すなわち、主駆動輪と副駆動輪の車輪速差の大小)に関わらず、副駆動輪への差動制限トルクの配分を継続するようにした。これにより、副駆動輪に配分される駆動トルクの増減が繰り返されることを防止でき、かつ、車輪速のハンチングの発生を効果的に防止することが可能となる。
【0009】
また、上記の駆動力制御装置では、差動制限トルク配分停止手段(50)は、車両の駆動力(DA)が駆動力閾値設定手段(50)で設定された駆動力の閾値(D2)よりも小さくなり、かつ、スリップ判定手段(50)による主駆動輪(Wf,Wf)のスリップ判定が解除されたときに、副駆動輪(Wr,Wr)への差動制限トルク(Tr1)の配分を停止するようにしてよい。これによれば、車両の駆動力が閾値よりも小さくなっても、主駆動輪のスリップ判定が解除されていなければ、副駆動輪への差動制限トルクの配分を停止しないので、主駆動輪のスリップをより効果的に抑制することができる。したがって、副駆動輪に配分される差動制限トルクの増減が繰り返されることによる車輪速のハンチングの防止と、主駆動輪のスリップ抑制による四輪駆動車両の走行性能(低μ路面の走破性能)の確保との両立を図ることができる。
なお、上記の括弧内の符号は、後述する実施形態における構成要素の符号を本発明の一例として示したものである。
【発明の効果】
【0010】
本発明にかかる四輪駆動車両の駆動力制御装置によれば、簡単な制御で、副駆動輪に配分される差動制限トルクの増減が繰り返されることによる車輪速ハンチングの効果的な抑制と、副駆動輪への適切な差動制限トルクの配分による走行性能の確保との両立を図ることができるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明の実施形態にかかる駆動力制御装置を備えた四輪駆動車両の概略構成を示す図である。
【図2】四輪駆動トルク算出のメインロジックを示すブロック図である。
【図3】差動制限トルクホールド制御のタイミングチャートを示すグラフである。
【図4】差動制限トルクホールド制御の手順を示すフローチャートである。
【図5】差動制限トルクホールド制御を行わない場合と行う場合の車輪速、スロットル開度、差動制限トルク(指示値)の変化を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、添付図面を参照して本発明の実施形態を詳細に説明する。図1は、本発明の実施形態にかかる駆動力制御装置を備えた四輪駆動車両の概略構成を示す図である。同図に示す四輪駆動車両1は、車両の前部に横置きに搭載したエンジン(駆動源)3と、エンジン3と一体に設置された自動変速機4と、エンジン3からの駆動力を前輪Wf,Wf及び後輪Wr,Wrに伝達するための駆動力伝達経路20とを備えている。
【0013】
エンジン3の出力軸(図示せず)は、自動変速機4、フロントディファレンシャル(以下「フロントデフ」という)5、左右のフロントドライブシャフト6,6を介して、主駆動輪である左右の前輪Wf,Wfに連結されている。さらに、エンジン3の出力軸は、自動変速機4、フロントデフ5、プロペラシャフト7、リアデファレンシャルユニット(以下「リアデフユニット」という)8、左右のリアドライブシャフト9,9を介して副駆動輪である左右の後輪Wr,Wrに連結されている。
【0014】
リアデフユニット8には、左右のリアドライブシャフト9,9に駆動力を配分するためのリアデファレンシャル(以下、「リアデフ」という。)11と、プロペラシャフト7からリアデフ11への駆動力伝達経路を接続・切断するための前後トルク配分用クラッチ10とが設けられている。前後トルク配分用クラッチ10は、油圧式のクラッチであり、駆動力伝達経路20において後輪Wr,Wrに配分する駆動力を制御するための駆動配分装置である。後述する4WD・ECU50は、この前後トルク配分用クラッチ10で後輪Wr,Wrに配分する駆動力を制御することで、前輪Wf,Wfを主駆動輪とし、後輪Wr,Wrを副駆動輪とする駆動制御を行うようになっている。
【0015】
すなわち、前後トルク配分用クラッチ10が解除(切断)されているときには、プロペラシャフト7の回転がリアデフ11側に伝達されず、エンジン3のトルクがすべて前輪Wf,Wfに伝達されることで、前輪駆動(2WD)状態となる。一方、前後トルク配分用クラッチ10が接続されているときには、プロペラシャフト7の回転がリアデフ11側に伝達されることで、エンジン3のトルクが前輪Wf,Wfと後輪Wr,Wrの両方に配分されて四輪駆動(4WD)状態となる。
【0016】
また、四輪駆動車両1には、車両の駆動を制御するための制御手段であるFI/AT・ECU30、VSA・ECU40、4WD・ECU50が設けられている。また、左のフロントドライブシャフト6の回転数に基づいて左前輪Wfの車輪速を検出する左前輪速度センサS1と、右のフロントドライブシャフト6の回転数に基づいて右前輪Wfの車輪速を検出する右前輪速度センサS2と、左のリアドライブシャフト9の回転数に基づいて左後輪Wrの車輪速を検出する左後輪速度センサS3と、右のリアドライブシャフト9の回転数に基づいて右後輪Wrの車輪速を検出する右後輪速度センサS4とが設けられている。これら4つの車輪速度センサS1〜S4は、4輪の車輪速度VW1〜VW4それぞれを検出する。車輪速度VW1〜VW4の検出信号は、VSA・ECU40に送られるようになっている。
【0017】
また、この四輪駆動車両1には、ステアリングホイール15の操舵角(ステアリング舵角)を検出する操舵角センサS5と、車体のヨーレートを検出するヨーレートセンサS6と、車体の横加速度を検出する横加速度センサS7と、車両の車体速度(車速)を検出するための車速センサS8などが設けられている。これら操舵角センサS5、ヨーレートセンサS6、横加速度センサS7、車速センサS8による検出信号は、4WD・ECU50に送られるようになっている。
【0018】
FI/AT・ECU30は、エンジン3及び自動変速機4を制御する制御手段であり、RAM、ROM、CPUおよびI/Oインターフェースなどからなるマイクロコンピュータ(いずれも図示せず)を備えて構成されている。このFI/AT・ECU30には、スロットル開度センサ(又はアクセル開度センサ)S9で検出されたスロットル開度(又はアクセル開度)Thの検出信号、エンジン回転数センサS10で検出されたエンジン回転数Neの検出信号、及びシフトポジションセンサS11で検出されたシフトポジションの検出信号などが送られるようになっている。また、FI/AT・ECU30には、エンジン回転数Neとスロットル開度Thとエンジントルク推定値Teとの関係を記したエンジントルクマップが格納されており、スロットル開度センサS9で検出されたスロットル開度Thと、エンジン回転数センサS10で検出されたエンジン回転数Neとに基づいて、エンジントルクの推定値Teを算出するようになっている。
【0019】
VSA・ECU40は、左右前後の車輪Wf,Wf及びWr,Wrのアンチロック制御を行うことでブレーキ時の車輪ロックを防ぐためのABS(Antilock Braking System)としての機能と、車両の加速時などの車輪空転を防ぐためのTCS(Traction Control System)としての機能と、旋回時の横すべり抑制システムとしての機能とを備えた制御手段であって、上記3つの機能をコントロールすることで車両挙動安定化制御を行うものである。このVSA・ECU40は、上記のFI/AT・ECU30と同様に、マイクロコンピュータで構成されている。
【0020】
4WD・ECU50は、FI/AT・ECU30及びVSA・ECU40と同様に、マイクロコンピュータで構成されている。4WD・ECU50とFI/AT・ECU30及びVSA・ECU40とは相互に接続されている。したがって、4WD・ECU50には、FI/AT・ECU30及びVSA・ECU40とのシリアル通信により、上記の車輪速度センサS1〜S4,シフトポジションセンサS10などの検出信号や、エンジントルク推定値Teの情報などが入力されるようになっている。4WD・ECU50は、これらの入力情報に応じて、ROMに記憶された制御プログラムおよびRAMに記憶された各フラグ値および演算値などに基づいて、後述するように、後輪Wr,Wrに配分する駆動力(以下、これを「四輪駆動トルク」という。)、及びそれに対応する前後トルク配分用クラッチ10への油圧供給量を演算すると共に、当該演算結果に基づく駆動信号を前後トルク配分用クラッチ10に出力する。
【0021】
図2は、4WD・ECU50による四輪駆動トルクの算出手順(メインロジック)を説明するためのブロック図である。同図に示すように、四輪駆動トルクの算出では、まず、基本配分算出ブロック71で後輪Wr,Wrに配分する四輪駆動トルクの基本配分(基本配分トルク)を算出する。この四輪駆動トルクの基本配分は、予め算出した車両の推定駆動力61と、車輪速度センサS1〜S4で検出した左右前後輪の車輪速(4輪車輪速)VW1〜VW4とに基づいて算出される。この四輪駆動トルクの基本配分は、車両の推定駆動力が大きくなる程大きな値となるように設定でき、かつ、車両の推定駆動力に応じて段階的に増加する値となるように設定することが可能である。なお、車両の推定駆動力(推定駆動トルク)61は、上記FI/AT・ECU30で算出したエンジントルクの推定値Teと、トランスミッションのシフトポジションから定まるギヤ比とに基づいて算出される。
【0022】
また、この四輪駆動トルクの算出では、LSDトルク算出ブロック72で後輪Wr,Wrに配分すべき差動制限トルク(LSDトルク)を算出する。ここでの差動制限トルクとは、前輪Wf,Wfの車輪速と後輪Wr,Wrの車輪速とを比較し、車両の発進時に前輪Wf,Wfが踏む路面の摩擦係数が後輪Wr,Wrが踏む路面の摩擦係数よりも小さいために前輪Wf,Wfがスリップするような場合、もしくは、四輪が踏む路面の摩擦係数が同等でも、前輪Wf,Wfの主駆動力が後輪Wr,Wrの副駆動力より大きくて前輪Wf,Wfがスリップするような場合に、前後輪の車輪速差(差回転)に応じて後輪Wr,Wrに配分する駆動トルクである。この差動制限トルクが前後トルク配分用クラッチ10及びリアデフ11を介して後輪Wr,Wrに配分されることで、前輪Wf,Wfのスリップ状態が解消される。
【0023】
LSDトルク算出ブロック72での差動制限トルクの算出は、車両の推定駆動力61及びアクセル開度64と、トランスミッションのシフト段62と、4輪車輪速63から求まる前後輪の車輪速差(差回転)及び車速とに基づいて、予め用意された差動制限トルクマップ(図示せず)上の差動制限トルク(指示値)を検索することで行われる。これにより、前輪Wf,Wfのスリップ状態解消のために後輪Wr,Wrに配分すべき差動制限トルクが算出される。なお、後述する差動制限トルクホールド制御の説明では、上記の差動制限トルクマップ上で検索された値を差動制限トルクのマップ検索値という。
【0024】
また、四輪駆動トルクの算出では、極低速LSDトルク算出ブロック73で極低速差動制限トルク(極低速LSDトルク)を算出する。極低速差動制限トルクは、例えば、低μ路面での車両の発進直後において車輪速センサの検出限界付近で車輪が空転している場合など、前後輪の差回転を正確に検出することができず、通常の差動制限トルクの算出が行えない状況で用いられる差動制限トルクである。この極低速差動制限トルクは、左右前輪Wf,Wfの車輪速VW1,VW2の平均値と、左右後輪Wr,Wrの車輪速VW3,VW4のいずれか高い方との車輪速差(差回転)と、4輪車輪速63から定まる車速(車速係数)と、アクセル開度64とに基づいて算出される。
【0025】
また、四輪駆動トルクの算出では、登坂制御トルク算出ブロック74で登坂制御トルクを算出する。すなわち、登坂制御トルク算出ブロック74は、4輪車輪速63から定まる車速(車速係数)と、車両の加速度から算出した推定勾配角65とに基づいて、登坂路における登坂走行力を高めるべく後輪Wr,Wrに配分する登坂制御トルクを算出する。
【0026】
ハイセレクトブロック75では、LSDトルク算出ブロック72で算出した差動制限トルクと、極低速LSDトルク算出ブロック73で算出した極低速差動制限トルクとを比較して、それらのうちいずれか高い方の値を選択(ハイセレクト処理)する。
【0027】
また、前段のトルク加算ブロック76では、基本配分算出ブロック71で算出した四輪駆動トルクの基本配分と、ハイセレクトブロック75で選択した差動制限トルクと極低速差動制限トルクのうちいずれか高い方の駆動トルクとを加算してその合計値を算出する。
【0028】
第1トルク制限ブロック77では、車両の推定駆動力と操舵角センサS5で検出した操舵角(ステアリング舵角)とに基づいて、予め用意した四輪駆動トルクの上限値(制限値)マップ(図示せず)上の値を検索し、当該検索値で四輪駆動トルクを制限する処理を行う。具体的には、先のトルク加算ブロック76で算出した四輪駆動トルク値と、上限値マップの検索値とを比較して、いずれか低い方の値を選択(ローセレクト処理)する。
【0029】
後段のトルク加算ブロック78では、第1トルク制限ブロック77で制限された駆動トルク(ローセレクト値)と、登坂制御トルク算出ブロック74で算出した登坂制御トルクとを加算して、その合計値を算出する。
【0030】
第2トルク制限ブロック79では、トルク加算ブロック78で算出した四輪駆動トルクの合計値に対して、リアデフ11など四輪駆動トルクが伝達される経路上の各機構の保護に必要なトルク制限(保護トルク制御)を行う。具体的には、トルク加算ブロック78で算出した四輪駆動トルクの合計値と、予め定めたリアデフ11などの保護に必要な四輪駆動トルクの上限値とを比較して、四輪駆動トルクの合計値が当該上限値よりも大きい場合、当該上限値を超える分をカットする処理(ハイカット処理)を行う。以上により、四輪駆動トルクの目標値(目標四輪駆動トルク)80が算出される。
【0031】
4WD・ECU50は、上記の手順で算出した目標四輪駆動トルク80に対応する前後トルク配分用クラッチ10への油圧供給量を演算し、当該演算結果に基づく駆動信号を前後トルク配分用クラッチ10に出力する。これによって前後トルク配分用クラッチ10の締結力を制御し、後輪Wr,Wrに配分する駆動トルクを制御する。
【0032】
そして、本実施形態では、上記のLSDトルク算出ブロック72における差動制限トルクの算出において、前輪Wf,Wfのスリップ判定に基づいて差動制限トルクの配分(出力)を開始した後、後述する所定の条件が成立している間は、前後輪の車輪速差(差回転量)に関わらず差動制限トルクの配分を継続する制御(以下、この制御を「差動制限トルクホールド制御」と称する。)を行うことで、車輪速の小刻みな振れ(ハンチング)を防止するようにしている。以下、この差動制限トルクホールド制御の具体的な内容について説明する。
【0033】
図3は、差動制限トルクホールド制御のタイミングチャートを示すグラフである。同図のグラフでは、差動制限トルクホールド制御を行う際の経過時間tに対する前輪Wf,Wfの車輪速、車両の推定駆動力、差動制限トルクホールドフラグ(LSDホールドフラグ)、差動制限トルクのマップ検索値(算出値)、差動制限トルクの出力値(指示値)の変化をそれぞれ示している。
【0034】
同図に示すように、差動制限トルクホールド制御では、前輪Wf,Wfの車輪速が急激に増加してそのスリップが判定された時点(時刻t1)で後輪Wr、Wrへの差動制限トルクTr1の配分(出力)を開始する。そして、差動制限トルクの配分開始時点(時刻t1)の車両の推定駆動力D1を基にして、それに対する所定のオフセット量ΔDを設定する。そして、差動制限トルクTr1の配分開始時点(時刻t1)の推定駆動力D1からこのオフセット量ΔDを減算した推定駆動力を、差動制限トルクTr1の配分終了時点を判断するための推定駆動力の閾値D2(=D1−ΔD)とする。
【0035】
そして、現在の推定駆動力DAがこの閾値D2を上回っている(DA>D2)状態では、前後輪の車輪速差(差回転量)に関わらず(すなわち、差動制限トルクのマップ検索値によらず)、差動制限トルクTr1の出力を継続する。つまり、後輪Wr,Wrへの差動制限トルクの配分により前輪Wf,Wfのスリップ状態が収束(同図の場合は時刻t2で収束)しても、現在の推定駆動力DAが差動制限トルクの配分開始時の推定駆動力D1を上回っている間(時刻t3までの間)は、後輪Wr,Wrへの差動制限トルクの出力を維持(ホールド)し、かつ、現在の推定駆動力DAが閾値D2を上回っている間(時刻t4までの間)は、後輪Wr,Wrへの差動制限トルクの出力を維持(ホールド)する。これにより、後輪Wr,Wrへ配分される差動制限トルクTr1の減少による前輪Wf,Wfの再スリップを抑制でき、後輪Wr,Wrへ配分される差動制限トルクの増減が繰り返されることを防止すると共に、それによる車輪速のハンチングの発生を効果的に防止するようにしている。
【0036】
図4は、差動制限トルクホールド制御の具体的な手順を説明するためのフローチャートである。差動制限トルクホールド制御は、図2に示すLSDトルク算出ブロック72内での差動制限トルクの算出において実行される制御である。この差動制限トルクホールド制御では、まず、LSDホールドフラグF_LH=0であるか否かを判断する(ステップST1)。その結果、LSDホールドフラグF_LH=0であれば(YES)、続けて、目標差動制限トルク(LSD制御量)を差動制限トルクマップ(図示せず)から検索して、検索値LSD_MAPを求める。そして、検索値LSD_MAP>0であるか否かを判断する(ステップST2)。ここで、検索値LSD_MAP>0であれば、前輪Wf,Wfのスリップ状態が解消しておらず、検索値LSD_MAP=0であれば、前輪Wf,Wのスリップ状態が解消していることになる。その結果、検索値LSD_MAP>0であれば(YES)、次の(1)〜(4)の処理を実行する。
【0037】
(1)目標差動制限トルク(LSD制御量)=検索値LSD_MAPとして、後輪Wr,Wrへの差動制限トルクTr1の配分(出力)を実行する。(2)差動制限トルクの配分開始時点(LSD実行時)の車両の推定駆動力D1を記憶(保持)する。(3)当該推定駆動力D1に基づいてオフセット量ΔDを求め、差動制限トルクTr1の配分終了時点を判断するための推定駆動力の閾値(LSDホールド駆動力閾値)D2(=D1−ΔD)を求める。(4)LSDホールドフラグF_LHをセット(F_LH←1)する。
【0038】
また、先のステップST2で目標差動制限トルクの検索値LSD_MAP>0で無ければ(NO)、すなわち検索値LSD_MAP=0であれば、差動制限トルクホールド処理(LSDホールド)を実行しない(ステップST4)。
【0039】
一方、先のステップST1でLSDホールドフラグF_LH=0で無ければ(NO)、すなわちLSDホールドフラグF_LH=1であれば、続けて、推定駆動力の閾値(LSDホールド駆動力閾値)D2と現在の駆動力DAとを比較して、推定駆動力の閾値D2<現在の駆動力DAであるか否かを判断する(ステップST5)。その結果、閾値D2<駆動力DAであれば(YES)、現在の差動制限トルクの検索値LSD_MAPと、差動制限トルクホールド時(配分開始時)の差動制限トルクTr1とを比較して、検索値LSD_MAP≧差動制限トルクTr1であるか否かを判断する(ステップST6)。その結果、検索値LSD_MAP≧差動制限トルクTr1であれば(YES)、差動制限トルク=検索値LSD_MAPとして、後輪Wr、Wrへの差動制限トルクの配分(差動制限制御)を実行する(ステップST7)。なお、図3のグラフにおける時刻t1〜t2がこのステップST7に相当する。
【0040】
一方、検索値LSD_MAP≧差動制限トルクTr1でなければ(NO)、差動制限トルク=差動制限トルクTr1として、後輪Wr,Wrへの差動制限トルクの配分を実行する(ステップST8)。なお、図3のグラフにおける時刻t2〜t4がこのステップST8に相当する。
【0041】
一方、先のステップST5で推定駆動力の閾値D2<現在の駆動力DAでなければ(NO)、差動制限トルクの検索値LSD_MAP>0か否かを判断する(ステップST9)。ここで、検索値LSD_MAP>0であれば、前輪Wf,Wfが再度スリップ状態になっており、検索値LSD_MAP>0で無ければ、前輪Wf,Wfがスリップ状態になっていない。その結果、検索値LSD_MAP>0であれば(YES)、(1)差動制限トルク=検索値LSD_MAPとして、後輪Wr,Wrへの差動制限トルクの配分を実行し、(2)LSDホールドフラグF_LHをリセット(F_LH←0)する(ステップST10)。一方、ステップST9で検索値LSD_MAP>0で無ければ(NO)、(1)差動制限トルク=0として後輪Wr,Wrへの差動制限トルクの配分を実行せず、(2)LSDホールドフラグF_LHをリセット(F_LH←0)する(ステップST11)。
【0042】
図5は、上記の差動制限トルクホールド制御を行わない場合(同図(a))と、行う場合(同図(b))の(i)前後輪車輪速、(ii)エンジンのスロットル開度、(iii)差動制限トルク(指示値)それぞれの変化を示すグラフである。同図に示すように、車両の発進時において、前輪Wf,Wfのスリップが判定された時点で後輪Wr、Wrへの差動制限トルクTr1の配分(出力)を開始する。そして、既述のように、差動制限トルクホールド制御を行う場合には、後輪Wr,Wrへの差動制限トルクTr1の配分によって前輪Wf,Wfのスリップが収束しても、車両の推定駆動力DAが閾値D2以上である間は、後輪Wr,Wrに配分する差動制限トルクをそのまま維持(ホールド)する。これにより、後輪Wr,Wrに配分する差動制限トルクTr1の減少による前輪Wf,Wfの再スリップを抑制できる。したがって、同図(b)に示す差動制限トルクホールド制御を行う場合には、同図(a)に示す差動制限トルクホールド制御を行わない場合と比較して、差動制限トルク(指示値)の増減が繰り返されることを防止でき、かつ、車輪速のハンチングの発生を効果的に抑制することができる。
【0043】
以上、本発明の実施形態を説明したが、本発明は、上記実施形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲、及び明細書と図面に記載された技術的思想の範囲内において種々の変形が可能である。
【符号の説明】
【0044】
1 四輪駆動車両
3 エンジン(駆動源)
4 自動変速機
5 フロントデフ
6 フロントドライブシャフト
7 プロペラシャフト
8 リアデフユニット
9 リアドライブシャフト
10 前後トルク配分用クラッチ(駆動配分装置)
11 リアデフ
15 ステアリングホイール
20 駆動力伝達経路
30 FI/AT・ECU
40 VSA・ECU
50 4WD・ECU(制御手段)
61 推定駆動力
62 シフト段
63 四輪車輪速
64 アクセル開度
65 推定勾配角
71 基本配分算出ブロック
72 差動制限トルク算出ブロック
73 極低速差動制限トルク算出ブロック
74 登坂制御トルク算出ブロック
75 ハイセレクトブロック
76 トルク加算ブロック
77 第1トルク制限ブロック
78 トルク加算ブロック
79 第2トルク制限ブロック
80 目標四輪駆動トルク
D1 推定駆動力(差動制限トルクの配分開始時点の推定駆動力)
D2 閾値(差動制限トルクの配分終了時点を判断するための推定駆動力の閾値)
DA 現在の推定駆動力
ΔD オフセット量
Wf,Wf 前輪(主駆動輪)
Wr,Wr 後輪(副駆動輪)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
駆動源からの駆動力を前輪及び後輪に伝達する駆動力伝達経路と、前記駆動力伝達経路における前記前輪又は前記後輪と前記駆動源との間に配置された駆動配分装置と、を備えた四輪駆動車両において、前記駆動配分装置により前記前輪と前記後輪のいずれかに配分する駆動力を制御することで、前記前輪と前記後輪のいずれか一方を主駆動輪とし他方を副駆動輪とする駆動力制御装置であって、
前記主駆動輪と前記副駆動輪の車輪速差に基づいて前記主駆動輪のスリップ判定を行うスリップ判定手段と、
該スリップ判定手段により前記主駆動輪のスリップ判定がなされた場合に、前記主駆動輪と前記副駆動輪の差動制限を行うための差動制限トルクを前記副駆動輪に配分する差動制限トルク配分手段と、
前記副駆動輪への前記差動制限トルクの配分を開始した時点での車両の駆動力を記憶する駆動力記憶手段と、
該駆動力記憶手段が記憶した駆動力に所定のオフセット量を加算した駆動力を、前記副駆動輪への前記差動制限トルクの配分を停止する時点を判断するための駆動力の閾値として設定する駆動力閾値設定手段と、
前記車両の駆動力が前記駆動力閾値設定手段で設定された駆動力の閾値よりも小さくなった時点で、前記副駆動輪への前記差動制限トルクの配分を停止する差動制限トルク配分停止手段と、
を備えることを特徴とする四輪駆動車両の駆動力制御装置。
【請求項2】
前記差動制限トルク配分停止手段は、
前記車両の駆動力が前記駆動力閾値設定手段で設定された駆動力の閾値よりも小さくなり、かつ、前記スリップ判定手段による前記主駆動輪のスリップ判定が解除されたときに、前記副駆動輪への前記差動制限トルクの配分を停止する
ことを特徴とする請求項1に記載の四輪駆動車両の駆動力制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2013−35516(P2013−35516A)
【公開日】平成25年2月21日(2013.2.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−175444(P2011−175444)
【出願日】平成23年8月10日(2011.8.10)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】