説明

固体高分子型燃料電池用セパレータおよびその製造方法

【課題】固体高分子型燃料電池用セパレータにおいて、燃料電池セパレータ表面のカーボンペーパーとの低接触抵抗性および平坦性に優れた固体高分子型燃料電池用セパレータおよびその製造方法を提供する。
【解決手段】導電性化合物粒子が固着された表層部を有するステンレス鋼またはチタンまたはチタン合金の基材からなる固体高分子型燃料電池用セパレータにおいて、前記導電性化合物粒子が、平均粒径0.01〜20μmの金属硼化物、金属炭化物および金属窒化物の1種または2種以上からなり、該導電性化合物粒子が前記基材表面から深さ10μmまでの領域に存在し、該領域における導電性化合物を構成する金属元素の濃度分布が、(1)式(C = A・exp(−x/t)+B)および(2)式(10≦A≦90、−4.0≦B≦1.0、0.5≦t≦4.0)で示される導電性化合物を構成する金属元素の濃度Cと基材表面からの深さxとの関係を満足すること。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は自動車および小規模発電システムなどに用いられる固体高分子型燃料電池用セパレータおよびその製造方法に関し、特に導電性化合物粒子が固着された表層部を有するステンレス鋼またはチタンまたはチタン合金からなる固体高分子型燃料電池用セパレータおよびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
固体高分子型燃料電池は、燃料として、純水素、アルコール類を改質して得らえる水素ガスなどを用い、水素と空気中の酸素との反応を電気化学的に制御することによって、電力を取り出すシステムである。
固体高分子型燃料電池は、固体の水素イオン選択透過型有機物膜を電解質として用いるため、従来のアルカリ型燃料電池、燐酸型燃料電池、溶融炭酸塩型燃料電池、固体電解質型燃料電池などように、電解質として水溶液系電解質や溶融塩系電解質などの流動性媒体を用いる燃料電池に比べてコンパクト化が可能となり、電気自動車用などへの応用に向けた開発が進められている。
【0003】
代表的な固体高分子型燃料電池の構成を図1に示す。固体高分子型燃料電池1は、電解質となる固体高分子膜2と、この固体高分子膜2の両面に設けられた炭素微粒子と貴金属超微粒子からなる触媒電極部3と、この触媒電極部3で発生した電力を電流として取り出すとともに、触媒電極部3へ反応ガスである酸素主体ガスまたは水素主体ガスを供給する機能を持ったフェルト状炭素繊維集合体からなるカレントコレクター(通称カーボンペーパー4)と、カーボンペーパー4から電流を受けるとともに、酸素主体ガスと水素主体ガスを隔離するセパレータ5とが積層されて構成されている。
【0004】
固体高分子型燃料電池1の基本原理は、概略以下の通りである。つまり、固体高分子型燃料電池1において、燃料である水素ガス(H)8はアノード側6から供給され、ガス拡散層であるカーボンペーパー4、触媒電極部3を通過して水素イオン(H)となって電解質である固体高分子膜2を透過し、カソード側7の触媒電極部3において、水素イオン(H)と、カソード側7から供給された空気9中の酸素(O)との酸化反応(2H+2e+1/2O→HO)が生じ、水(HO)が生成される。この酸化反応の際にアノード側6の触媒電極部3で生成した電子をカーボンペーパー4を介してアノード側6のセパレータ5からカソード側7のセパレータ5に電子10が流れることにより、両極間に電流、電圧が発生するというものである。
【0005】
固体高分子膜2は、強酸性を有する電解質が膜中に固定されており、電池内の露点を制御することによって水素イオン(H)を透過させる電解質として機能する。
固体高分子型燃料電池1の構成部材であるセパレータ5は、2種の反応ガスであるカソード側7の空気9とアノード側6の水素ガス8とを隔離するとともに、それぞれの反応ガスを供給する流路としての役割と、反応により生成した水をカソード側7から排出する役割を担っている。また、一般に、固体高分子型燃料電池1は、強酸性を示す電解質からなる固体高分子膜が用いられ、反応により約150℃以下の温度で稼動し、水が生成するため、固体高分子型燃料電池用のセパレータ5は、その材質特性として、耐食性と耐久性が要求されるとともに、カーボンペーパー4を介して電流を効率的に通電させるための良好な導電性と、カーボンペーパーとの接触抵抗が低いことが要求される。
従来、固体高分子型燃料電池用のセパレータの材料として、炭素系材料が多く使用されていた。しかし、炭素系材料からなるセパレータは、脆性の問題から厚さを薄くできないためコンパクト化に支障をきたしている。近年、割れにくい炭素系材料からなるセパレータも開発されつつあるが、コスト的に高価であるため経済性で不利である。
【0006】
一方、金属材料を用いたセパレータは、炭素系材料に比べて脆性に対する問題がないため、特に、固体高分子型燃料電池システムのコンパクト化が可能となり、かつ低コスト材料である、ステンレス鋼やチタンあるいはチタン合金などの金属材料を用いたセパレータの開発が進められ、多数提案されている(例えば、特許文献1、2、12〜20参照)。
しかし、ステンレス鋼製セパレータあるいはチタンおよびチタン合金製セパレータは、これらの表面に形成される不動態皮膜に起因してカーボンペーパーとの接触抵抗が大きくなり、燃料電池のエネルギー効率を大幅に低下させることが問題であった。
【0007】
このため、従来からステンレス鋼製セパレータあるいはチタンおよびチタン合金製セパレータに対して、部材表面とカーボンペーパーとの接触抵抗を低減させるための方法が、数多く提案されている。
例えば、ステンレス(SUS304)の表面にプレス成形により多数個の膨出成形部を形成し、この先端側端面に所定厚さの金メッキ層を形成させたり(例えば、特許文献3参照)、ステンレスまたはチタン表面に貴金属または貴金属合金を付着させることにより、カーボンペーパーとの接触抵抗を低下させる(例えば、特許文献4参照)などの固体高分子型燃料電池用のセパレータが提案されている。しかし、これらの方法は、ステンレスまたはチタン表面に、導電性を付与するための金メッキなどの高価な貴金属層を形成する表面処理が必要であるため、セパレータの製造コストが増大するという問題があった。
【0008】
一方、高価な貴金属の使用量を低減するか、あるいは用いずに、セパレータ部材表面とカーボンペーパーとの接触抵抗を低減するための方法も種々提案されている。
例えば、ステンレス表面とカーボンペーパーとの接触抵抗を低減するために、ステンレスの焼鈍過程でステンレス中のCrをクロム炭化物として析出させ、ステンレス表面に形成される不動態被膜表面から露出したクロム炭化物を介してカーボンペーパーから受ける電流の通電性を高める方法(例えば、特許文献5参照)や、ステンレス表面にSiC、BC、TiO等の導電性化合物粒子が分散している塗膜を設けた後、このステンレスを非酸化性雰囲気下で300〜1100℃に加熱し、塗膜主要成分を分解・消失させたり、表面に炭化物系導電性セラミクスを被覆することにより、ステンレス表面に前記導電性化合物粒子を形成させる方法(例えば、特許文献6、7参照)が知られている。しかし、これらの方法は、ステンレス表面に導電性化合物を形成させるために長時間加熱処理する工程が必要であるため、セパレータの生産性低下、製造コスト増加の問題があった。また、焼鈍過程でステンレス中のCrをクロム炭化物として析出させる方法では、特に焼鈍時間が十分でない場合に鋼中のクロム炭化物周辺においてクロム欠乏層が生じこの領域で局部的に耐食性の低下が生じたり、ステンレスをプレス成形してセパレータ表面のガス流路を形成などの際に、クロム炭化物が起点となってステンレス表面に割れが発生するなどが懸念される。
【0009】
また、ステンレス鋼表面に導電性が良好なカーボン層またはカーボン粒子を固着する方法も提案されており、例えば、金属薄板上で触媒電極が位置する主要部にプレス成形などによりガス流路を形成した後、その表面に炭素系導電塗層を形成させる方法(例えば、特許文献8参照)、ステンレス鋼表面にカーボン粉末を分散圧着させて導電性を改善させる方法(例えば、特許文献9参照)、ステンレス鋼表面にカーボン系粒子を分散させたNi−Cr系メッキ層またはTa、TiまたはTi−Ta系メッキ層を形成する方法(例えば、特許文献10、11参照)が知られている。しかし、これらの方法によるセパレータでは、金属とカーボンとの界面の電子構造においてカーボン側に生ずる擬似的なショットキー障壁に起因して、ステンレス鋼とカーボン層またはカーボン粒子との界面で大きな接触抵抗が生じる結果、カーボンペーパーとの接触抵抗を十分に低減する効果は得られない。
【0010】
また、ステンレス鋼製セパレータの水素主体ガスを供給する燃料極側に、TiN、TiC、CrC、TaC、BC、SiC、WC、TiN、ZrN、CrN、HfCの1種又は2種以上の導電性セラミックス層を形成する方法(例えば、特許文献21参照)が提案されている。この方法は、真空装置等を用いた蒸着または乾式コーティング法などにより、導電性セラミックス層を形成するものであるが、成膜速度の制約がありかつ被覆物質の歩留まり低下が余儀なくされるため、製造コストを増加する問題がある。
【0011】
また、導電性を有する硬質微粉末をショットなどにより基材表面に固着させる方法も提案されている。
例えば、M23型、MC型、もしくはMC型であって、金属元素(M)がクロム、鉄、ニッケル、モリブデン、タングステン、ボロンの1種以上を含んでいる導電性硬質粒子を基材表面に埋め込み、分散・露出させたチタンあるいはチタン合金製セパレータ(例えば、特許文献22参照)や、M23型、MC型、MC型、MC型炭化物系金属介在物およびMB型硼化物系金属介在物のうち1種以上であって、金属元素(M)がクロム、モリブデン、タングステンの一種以上である、導電性硬質粒子を基材表面に埋め込み、分散・露出させ、かつ表面粗さが中心線平均粗さRaで0.06〜5μmであるステンレス鋼およびステンレス鋼製セパレータ(例えば、特許文献23参照)、がそれぞれ提案されている。
【0012】
また、燃料電池を形成するセパレータに、このセパレータより高硬度の核粒子に高耐食性かつ対カーボン低接触抵抗性の金属をコーティングした固体プレーティング材を投射して、この固体プレーティング材にコーティングされた金属をセパレータに強制的に付着する方法(例えば、特許文献24参照)や、同じ手法を用いてごく微量の貴金属をステンレスやチタンおよびチタン合金に埋め込むことで、金メッキのような全面の貴金属被覆をしなくても十分な低接触抵抗を得る方法(例えば、特許文献25参照)が提案されている。
これらの導電性を有する硬質微粉末をショットなどにより基材表面に固着させる方法は、加熱処理や真空蒸着による方法に比べて、生産性を低下させず、製造コストが安い、簡便な方法である点で有利な方法である。一方で、所望の形状に成形加工したメタルセパレータ基材表面に硬質な導電性粒子をブラスト法などによって機械的に打ち込む方法では、基材表層部に歪が導入されて変形する可能性があり、セパレータの平坦性が低下する場合がある。
【0013】
一般に固体高分子型燃料電池は、1個あたりの出力電圧が1V程度と低いため、所望の出力を得るためには、燃料電池を多数積層してスタック型燃料電池として用いることが多い。このため、導電性を有する硬質微粉末をショットなどにより基材表面に固着させる方法においては、セパレータに反りや歪の発生を抑制し、燃料電池のスタック化が可能な良好な平坦性を有するセパレータを得るための条件で処理を行う必要がある。
また、セパレータのカーボンペーパーとの接触抵抗は、低いほど望ましく、例えば、対カーボン低接触抵抗値が、接触面圧1kg・f/cmにおいて20mΩ・cm以下とすることを特徴とする金属の燃料電池用セパレータへの付着方法(例えば、特許文献24参照)などが提案されている。
【0014】
以上のように、従来から、セパレータ基材として、耐食性に優れたステンレス鋼やチタンあるいはチタン合金などの金属材料を用い、これらのセパレータ基材表面とカーボンペーパーとの接触抵抗を改善するために、種々の方法により基材表面に導電性化合物層を形成したり、または、導電性化合物粒子を固着させた固体高分子型燃料電池用の金属製セパレータが提案されているが、固体高分子型燃料電池用セパレータとして要求される接触抵抗および平坦性の点から、または、生産性や製造コストの点から必ずしも十分なものとは言えなかった。
【0015】
【特許文献1】特開2000−260439号公報
【特許文献2】特開2000−256808号公報
【特許文献3】特開2004−265695号公報
【特許文献4】特開2001−6713号公報
【特許文献5】特開2000−309854号公報
【特許文献6】特開平11−260383号公報
【特許文献7】特開平11−219713号公報
【特許文献8】特開2000−021419号公報
【特許文献9】特開平11−121018号公報
【特許文献10】特開平11−126621号公報
【特許文献11】特開平11−126622号公報
【特許文献12】特開2004−107704号公報
【特許文献13】特開2004−156132号公報
【特許文献14】特開2004−273370号公報
【特許文献15】特開2004−306128号公報
【特許文献16】特開2004−124197号公報
【特許文献17】特開2004−269969号公報
【特許文献18】特開2003−223904号公報
【特許文献19】特開2004−2960号公報
【特許文献20】特開2004−232074号公報
【特許文献21】特開2003−123783号公報
【特許文献22】特開2001−357862号公報
【特許文献23】特開2003−193206号公報
【特許文献24】特開2001−250565号公報
【特許文献25】特開2001−6713号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
上記従来技術の現状に鑑みて、本発明は、導電性化合物粒子が固着された表層部を有するステンレス鋼、チタンまたはチタン合金からなる固体高分子型燃料電池用セパレータにおいて、燃料電池セパレータ表面のカーボンペーパーとの低接触抵抗性に優れ、さらには、スタック化のための平坦性に優れた、固体高分子型燃料電池用セパレータおよびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明は、上記の課題を解決するものであり、すなわち、その要旨とするところは、以下の通りである。
(1)導電性化合物粒子が固着された表層部を有するステンレス鋼またはチタンまたはチタン合金の基材からなる固体高分子型燃料電池用セパレータにおいて、前記導電性化合物粒子が、平均粒径0.01〜20μmの金属硼化物、金属炭化物および金属窒化物の1種または2種以上からなり該導電性化合物粒子が前記基材表面から深さ10μmまでの領域に存在し、該領域における導電性化合物を構成する金属元素の濃度分布が、下記<1>および<2>式で示される導電性化合物を構成する金属元素の濃度Cと基材表面からの深さxとの関係を満足することを特徴とする固体高分子型燃料電池用セパレータ。
C = A・exp(−x/t)+B ・・・<1>
10≦A≦90、−4.0≦B≦1.0、0.5≦t≦4.0 ・・・<2>
但し、上記Cは導電性化合物を構成する金属元素の濃度(質量%)、上記xは基材表面からの深さ(μm)、上記A、Bおよびtは基材表面のブラスト処理条件で決まる定数である。
【0018】
(2)前記導電性化合物を構成する金属元素が、Cr、V、W、Ta、La、Mo、および、Nbのうちの1種または2種以上からなることを特徴とする(1)記載の固体高分子型燃料電池用セパレータ。
【0019】
(3)ステンレス鋼、チタンまたはチタン合金からなる基材を成形加工した後、該基材表面に、平均粒径0.01〜20μmの導電性化合物粒子をコート材と混合し表面に被覆した超硬コア粒子を、投射圧力が0.4MPa以下、基材1cmあたりの投射量が10〜100gの条件で投射するブラスト加工を施し、前記導電性化合物の前記コア粒子質量に対する割合が0.5〜15質量%であることを特徴とする固体高分子型燃料電池用セパレータの製法。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、固体高分子型燃料電池の使用時に、カーボンペーパーとの接触抵抗が面圧1kgf/cmにおいて、10 mΩ・cm以下と低く、かつ燃料電池のスタック化に十分適用できる平坦性を備えたステンレス製またはチタン製またはチタン合金製の固体高分子型燃料電池用セパレータを提供することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
本発明について以下詳細に説明する。
前述の通り、図1に示す固体高分子型燃料電池1の構成部材であるセパレータ5は、その基本特性として、導電性、特にカーボンペーパー4からの電流を受ける際に、セパレータ5表面とカーボンペーパー4との接触抵抗が小さいことが要求される。また、固体高分子型燃料電池1は、強酸性を有する電解質である固体高分子膜2を有し、約150℃以下の温度で進行する反応により水を生成するため、セパレータ5の材質として、これらの温度、酸性水溶液での腐食環境で十分耐えられる耐食性と耐久性が要求される。さらに、固体高分子型燃料電池1は、所望の電力を得るために多数積層したスタック型燃料電池として用いることが多いため、セパレータ5は、燃料電池のスタック化に十分適用できる平坦性が要求される。
【0022】
以上の点を踏まえて、本発明は、固体高分子型燃料電池用セパレータの基材として、上記温度、酸性水溶液での腐食環境下で、良好な耐食性を有するステンレス鋼、チタンまたはチタン合金を用い、この基材の表層部に耐食性に優れた導電性化合物粒子を有するセパレータであることを前提とし、前記基材中における導電性化合物粒子の含有量の表面からの深さ方向分布を制御することを発明の基本思想とする。
【0023】
先ず、本発明の基本思想および発明の主要部について説明する。
本発明は、ステンレス鋼、チタンまたはチタン合金を基材とし、その基材表層部にブラスト処理によって、金属元素の硼化物、炭化物または窒化物からなる導電性化合物粒子を固着させたセパレータを基本構成要件とする。上記導電性化合物を金属元素の硼化物、炭化物または窒化物から選択するのは、燃料電池の使用環境においても腐食が少なく、また、ブラスト処理によって基材表面に固着させることができる硬度を有する化合物が得られるからである。
【0024】
本発明において、導電性化合物粒子の平均粒径を0.01μm以上、20μm以下とした理由は、導電性化合物粒子の平均粒径が0.01μm未満では、導電性化合物粒子によるセパレータ表面の接触抵抗の低下効果が十分に得られず、固体高分子型燃料電池用セパレータとして目的とする低接触抵抗が得られないためである。
【0025】
一方、導電性化合物粒子の平均粒径が20μmを超えると、後述する、導電性化合物粒子を超硬コア粒子表面に被覆した投射粒子を用いて基材表層部のブラスト処理を行う際に、基材表層部で導電性化合物粒子が固着し難い、あるいは固着しても剥離しやすくなるので、基材表層部の固着量が少なくなり、結果的に、基材表層部の導電性化合物粒子の固着密度が低下し、セパレータとカーボンペーパー間の所望の低接触抵抗が得られなくなる。上記理由から、本発明において、導電性化合物粒子の平均粒径は、0.01〜20μmとした。
【0026】
上記導電性化合物は、セパレータの基材表面から深さ10μmまでの領域に存在する必要がある。基材表面から10μmより深い位置に存在する導電性化合物は、セパレータとカーボンペーパーの接触抵抗を低減するための効果が小さく、かつセパレータに歪を生じせ、セパレータの機械強度を劣化させる原因となるため好ましくない。
【0027】
さらに、本発明者らは、ステンレス鋼、チタンまたはチタン合金からなる基材表面に種々の条件でブラスト処理を施し、セパレータとカーボンペーパーとの接触抵抗を測定し、上記導電性化合物の基材表層部の固着状態との関係について検討した。
その結果、セパレータとカーボンペーパーとの接触抵抗を目標とする面圧1kgf/cmにおいて10 mΩ・cm以下とするためには、上記基材表面から10μm以下の領域における、上記導電性化合物を構成する金属元素の濃度C(質量%)と、基材表面からの深さx(μm)との関係が、下記<1>式および<2>式を満足するようにする必要があることを確認した。
C = A・exp(−x/t)+B <1>
10≦A≦90、−4.0≦B≦1.0、0.5≦t≦4.0 ・・・<2>
但し、上記Cは導電性化合物を構成する金属元素の濃度(質量%)、上記xは基材表面からの深さ(μm)、上記A、Bおよびtは基材表面のブラスト処理条件で決まる定数である。
【0028】
上記<1>及び<2>式におけるAは、基材表面のブラスト処理条件で決まる定数であり、特にブラスト処理における単位面積当たりの投射量により決定される定数である。セパレータとカーボンペーパーとの接触抵抗を低下させるため、上記<2>に示されるように、Aを、10〜90の範囲とする。Aが10未満では、基材表面に固着した導電性化合物の量が十分でなく、セパレータとカーボンペーパーの接触抵抗が目標値以下に低減することは困難となる。
また、Aが90を超えると、導電性化合物が分解して、金属成分が表面に析出するため、燃料電池の使用環境下においてセパレータ表面が腐食し、接触抵抗が高くなる。すなわち、本発明の導電化合物で金属元素を最も高濃度で含有する導電性化合物はWBであるが、基材表面の全面をWBで被覆しても、基材表面でのW濃度は94質量%である。W濃度が94質量%以上であると、投射工程でWBが分解し、Wが金属状態で析出して基材表面を被覆する。この状態では、使用環境においてセパレータ表面が腐食を受けやすくなり、腐食生成物によってセパレータとカーボンペーパー間の接触抵抗が増加する。そのため、本発明では、基材表面に化合物状態で安定に固着する金属元素濃度の上限を90質量%とした。
【0029】
また、上記<1>及び<2>式におけるB、tも、基材表面のブラスト処理条件で決まる定数であり、特にブラスト処理における投射圧力、単位面積あたりの投射量および、導電性化合物の超硬コア粒子質量に対する割合により決定される定数である。
セパレータとカーボンペーパーとの接触抵抗を低下させるためには、上記<2>に示されるように、Bは−4.0以上1.0以下とする。Bが−4.0未満であると、基材表面に固着した導電性化合物の量が十分でなく、セパレータとカーボンペーパーの接触抵抗が目標値以下にならない。
また、Bが1.0を超えると、基材表面からの深さが10μmを超えた領域に存在する導電性化合物が多くなり、セパレータ基材内で歪を生じたり、セパレータの機械強度が劣化するなどの問題が生じる。また、セパレータとカーボンペーパーとの接触抵抗を低下させるためには、上記<2>に示されるように、t値は0.5以上4.0以下とする必要がある。
【0030】
図2に上記<1>式のt値を変化させた場合のt値とセパレータ基材表面から深さ方向における導電性化合物粒子の金属元素の濃度分布の関係を示した。t値は、0.2、0.5、1.0、2.0、4.0、5.0に変化させた。
図2に示すように基材表面から深くなるとともに導電性化合物粒子の金属元素の濃度は減少し、深さ方向に対するこの金属元素の濃度の減少は、t値が小さいほど急激に起きる。上記<1>式のt値が0.5未満となる、例えば、図2のt=0.2の場合は、導電性化合物の濃度は、表面から深さ方向に急激に減少し、導電性化合物を構成する金属元素は、基材表面から浅い領域、つまり極表層部にのみに高濃度で存在し、セパレータの組み立て時に他の部材との摩擦や衝撃などによって導電性化合物が表層部から容易に脱落し、接触抵抗の低減効果が劣化するため、好ましくない。
一方、t値が4.0を超える、例えば図2のt=5.0の場合は、導電性化合物を構成する金属元素は、基材表面から深い領域に多く存在し、接触抵抗の低減に寄与する導電性化合物の表層部の存在割合が少なくなり、セパレータの歪や欠陥の原因となる基材表面から深い領域の導電性化合物が増加するため、好ましくない。
【0031】
以上から、セパレータとカーボンペーパーとの接触抵抗を目標値以下に低減し、セパレータ使用時にその特性の劣化を抑制するために、上記<1>におけるt値を0.5〜4.0とする必要がある。また、上記効果を高めるためにt値は小さいほど望ましく、t値は2.0以下とするのが好ましい。
tが0.5以上4.0以下であれば、セパレータ基材表面の導電性化合物の存在密度が、セパレータ基材とカーボンペーパーとの接触抵抗低減に寄与するのに十分な密度であるのとともに、加工や組み立て工程において、導電性化合物がセパレータ基材表面から脱離して接触抵抗が上昇することを防止できる。
【0032】
すなわち、具体的には、導電性化合物構成金属元素の基材表面における深さ方向の濃度分布が、基材表面からの深さ0.1μmにおいて4.0質量%以上89質量%以下であり、深さ0.2μmにおいて2.7質量%以上87質量%以下であり、深さ0.4μmにおいて0.4質量%以上83質量%以下であり、深さ0.5μmにおいて81質量%以下であり、深さ1μmにおいて72質量%以下であり、深さ2μmにおいて56質量%以下であり、深さ3μmにおいて44質量%以下であり、深さ4μmにおいて35質量%以下であり、深さ5μmにおいて27質量%以下であり、深さ6μmにおいて22質量%以下であり、深さ7μmにおいて17質量%以下であり、深さ8μmにおいて14質量%以下であり、深さ9μmにおいては11質量%以下となるようにする。
【0033】
さらに望ましくは、導電性化合物構成金属元素の基材表面における深さ方向の濃度分布が、基材表面からの深さ0.1μmにおいて22質量%以上35質量%以下であり、深さ0.2μmにおいて21質量%以上35質量%以下であり、深さ0.4μmにおいて18質量%以上31質量%以下であり、深さ0.5μmにおいて17質量%以上29質量%以下であり、深さ1μmにおいて12質量%以上22質量%以下であり、深さ2μmにおいて6.2質量%以上13.5質量%以下であり、深さ3μmにおいて2.8質量%以上8.7質量%以下であり、深さ4μmにおいて1.1質量%以上5.1質量%以下であり、深さ5μmにおいて0.4質量%以上2.7質量%以下であり、深さ6μmにおいて0.18質量%以上1.4質量%以下であり、深さ7μmにおいて0.07質量%以上0.7質量%以下であり、深さ8μmにおいて0.02質量%以上0.4質量%以下であり、深さ9μmにおいては0.01質量%以上0.2質量%以下であるのが良い。
【0034】
導電性化合物は、セパレータ基材表面から10μm以内の領域に存在していることが望ましい。10μmを超える深さ領域に存在しても構わないが、10μmよりも深い領域に存在する導電性化合物は、セパレータとカーボンペーパーの接触抵抗低減には寄与せず、セパレータに歪を生じたり、機械強度を劣化させる原因となりうる。
【0035】
ブラスト処理によって基材表層に固着させる導電性化合物は、電気伝導性があり、燃料電池の使用環境においてもイオン溶出が少なく、また、ブラスト処理によって基材表面に固着させることができる硬度を有する化合物が望ましい。
【0036】
一般に金属硼化物、金属炭化物、金属窒化物は導電性と硬度を兼備するものが多いので、発明者らは、各種金属元素の硼化物、炭化物、窒化物をブラスト処理によって基材表面に固着し、燃料電池使用環境下での接触抵抗ならびに耐食性を試験した。まず、耐食性試験は、各種金属元素の硼化物、炭化物、窒化物からなる平均粒径が約2μmの粒子状試薬を、燃料電池使用環境を模擬した80℃の硫酸酸性水溶液中に10時間以上浸漬し、水溶液中に溶出した金属イオンの濃度をICP発光分析法で調査した。また、接触抵抗試験は、上記浸漬処理した化合物粒子とカーボンペーパーを、2枚の金製の電極板に挟み、1kgf/cmの面圧をかけて抵抗値を計測し、その値を、導電性化合物粒子とカーボンペーパー間の接触抵抗として評価した。その結果、Cr、V、W、Ta、La、Mo、および、Nbからなる金属硼化物、金属炭化物、および、金属窒化物はイオン溶出が少なく、接触抵抗の増加も少ない物質であることを確認した。
【0037】
以上の検討結果を基に、本発明では、前記導電性化合物粒子として、Cr、V、W、Ta、La、Mo、および、Nbのうちの1種または2種以上の金属元素からなる金属硼化物、金属炭化物、または、金属窒化物が好ましく、具体的には、Cr、CrN、CrB、CrB、VB、VC、VN、W、WC、WB、WC、TaB、TaC、TaN、LaB、MoB、MoC、MoB、MoC、NbC、および、NbNのうちの1種類または2種類以上の金属化合物が好ましい。
【0038】
そのほかの金属元素からなる金属硼化物、金属炭化物、金属窒化物、たとえば、TiCやTiNは、上記試験において、TiN粒子およびTiC粒子表面にTiの酸化物や水酸化物を生じ、金とカーボンペーパー間の抵抗値が上昇するので、導電性化合物粒子として望ましくない。
【0039】
本発明によれば、目標として、セパレータのカーボンペーパーとの接触抵抗が面圧1kgf/cmにおいて10mΩcm以下と低く、使用時の接触抵抗の劣化およびこれによる起電力の低下が少なく、かつ燃料電池のスタック化に十分適用できる平坦性を備えたステンレス製の固体高分子型燃料電池用セパレータを達成することができる。
【0040】
次に、本発明の上記固体高分子型燃料電池用セパレータの製造方法について、以下に説明する。
本発明では、ステンレス鋼、チタンまたはチタン合金を基材として、機材を成形加工した後、その表層部に導電性化合物粒子を固着する方法として、基材の表面にブラスト処理を施すことにより行う。
【0041】
本発明におけるブラスト処理およびその条件は、概略以下のとおりである。まず、セパレータ基材より硬度の高い素材、例えば、炭化タングステンなどからなる超硬コア粒子の表面に、セパレータ基材に固着させることを目的とする導電性化合物粒子を被覆して投射粒子を作成する。超硬コア粒子表面に導電性化合物粒子を被覆する方法は、予め導電性化合物粒子をコート液と混合した懸濁液を作成し、この懸濁液を超硬コア粒子表面に塗布することにより可能となる。
【0042】
上記懸濁液を作成する際は、後述する理由でコア粒子の量に対する割合が0.5〜1.5質量%以下となるよう調整する。なお、上記コート液の種類は特に限定する必要はなく、例えば、ポリビニールアルコールやメタアクリル酸コポリマーなどが用いられる。
また、この時の上記懸濁液中の導電性化合物粒子の割合は10〜20質量%が望ましい。
【0043】
上記懸濁液を超硬コア粒子表面に塗布する方法は、例えば、遠心流動型攪拌機を用いて前記超硬コア粒子を攪拌しながら、この粒子表面に上記懸濁液を噴霧し、粒子表面に導電性化合物粒子を含むコート層を形成することで可能である。
【0044】
上記の方法で得られた導電性化合物粒子が表層被覆された投射粒子を、乾燥空気流または不活性ガス流により、上記基材表面に投射するブラスト処理は、後述する理由で、投射圧力0.4MPa以下、投射量は基材1cmあたりに対して10〜100gの条件で行う。この基材表面のブラスト処理において、投射コアはセパレータ表面に衝突し、前記投射粒子が基材表面から所定深さに打ち込まれるとともに、衝撃によって投射粒子表面に被覆された導電性化合物粒子が剥離し、基材表面から所定深さ領域で固着される。
【0045】
上記導電性化合物粒子は、上述した理由から、Cr、V、W、Ta、La、Mo、およびNbのうちの1種または2種以上の金属元素からなる金属硼化物、金属炭化物、または、金属窒化物が好ましく、具体的には、Cr、CrN、CrB、CrB、VB、VC、VN、W、WC、WB、WC、TaB、TaC、TaN、LaB、MoB、MoC、MoB、MoC、NbC、および、NbNのうちの、1種類または2種類以上の金属化合物が好ましい。
【0046】
また、上記投射粒子を構成する導電性化合物粒子の平均粒径の下限は、上述したとおり、導電性化合物粒子の平均粒径が0.01μm未満では、導電性化合物粒子によるセパレータ表面の接触抵抗の低下効果が十分に得られず、固体高分子型燃料電池用セパレータとして目的とする低接触抵抗が得られないので、粒径は0.01μm以上とする。一方、導電性化合物粒子の平均粒径の上限は、平均粒径が20μmを超えると、導電性化合物粒子を超硬コア粒子表面に被覆した投射粒子を用いて基材表層部のブラスト処理を行う際に、基材表層部で導電性化合物粒子が固着し難い、あるいは固着しても剥離しやすいので、固着量が少なくなり、結果的に、表層部の導電性化合物粒子の固着密度が低下し、セパレータとカーボンペーパー間の所望の低接触抵抗が得られなくなるため、導電性化合物粒子の平均粒径の上限は、20μm以下とする。
【0047】
また、上記投射粒子を構成する超硬コア粒子の粒径は、得られたセパレータ表面の接触抵抗に影響しないため、接触抵抗の低減の理由からは限定する必要はない。しかし、超硬コア粒子の平均粒径が200μmを超えると、上記ブラスト処理における投射圧力を調整しても平坦なセパレータ形状を得ることが困難となり、固体高分子型燃料電池用セパレータとして要求されるスタック化が可能な平坦性を安定して確保することは困難となる。このため、超硬コア粒子の平均粒径は200μm以下とするのが好ましい。さらに望ましくは超硬コア粒子の平均粒径を100μm以下とするのが良い。
【0048】
上述したように、本発明のセパレータのカーボンペーパーとの接触抵抗を低減するために、基材表面から10μm以下の領域における導電性化合物を構成する金属元素の濃度分布を上記<1>式および<2>式の関係を満足させる必要がある。
本発明において、上記<1>式におけるt値およびB値を<2>式に示す適正範囲を満足するように、基材表面からの導電性化合物粒子を構成する金属元素の濃度深さ方向分布を制御するためには、上記ブラスト処理条件のうちで、特に前記投射粒子における導電性化合物粒子のコア粒子質量に対する割合(質量%)を0.5〜15質量%とし、投射粒子の投射圧力を0.4MPa以下とする必要がある。
【0049】
上記ブラスト処理において、投射粒子を構成する導電性化合物粒子の超硬コア粒子質量に対する割合を0.5〜15質量%とする理由は以下のとおりである。
上述したようにブラスト処理において投射粒子を構成する超硬コア粒子表面に被覆された導電性化合物粒子は、基材表面に衝突し、表面から所定深さに打ち込まれ、その際の衝撃によって超硬コア粒子表面から剥離し、基材表面から所定深さ領域に固着する。
その際、投射粒子を構成する導電性化合物粒子の超硬コア粒子質量に対する割合が0.5質量%未満であると、コート材による超硬コア粒子と導電性化合物粒子の間の固着力が強固なため、前記粒子の衝突時に、導電性化合物粒子の当コア粒子表面からの剥離が起きにくく、導電性化合物粒子は、基材表面から深い位置まで埋め込まれる。この結果、<1>式におけるt値が4.0を超え、B値が1.0を超え、<2>式におけるt値およびB値の適正範囲から高く外れ、セパレータ表層部に歪や欠陥を生じ、セパレータとカーボンペーパー間の接触抵抗が、目標とする値よりも大きくなる。このため、ブラスト処理において、投射粒子を構成する導電性化合物粒子のコア粒子質量に対する割合を0.5質量%以上とする。
【0050】
一方、導電性化合物粒子の超硬コア粒子質量に対する割合が15質量%を超えると、コート材によるコア粒子と導電性化合物粒子間の固着力が弱いため、前記投射粒子の衝突時に、導電性化合物粒子は超硬コア粒子表面から容易に剥離し、導電性化合物粒子は基材表面からの深さが浅い領域である極表層にのみ埋め込まれる。この結果、<1>式のt値が0.5未満となり、B値が−4.0未満となり、<2>式におけるt値およびB値の適正範囲から低く外れ、セパレータの使用時に導電性化合物粒子が基材表面から容易に剥離し、セパレータの接触抵抗が劣化する。このため、ブラスト処理において投射粒子を構成する導電性化合物粒子のコア粒子質量に対する割合は15質量%以下とする。
【0051】
また、上記ブラスト処理における投射圧力(衝突エネルギー)を0.4MPa以下とする理由は以下の通りである。
上述したようにブラスト処理において投射粒子を構成する超硬コア粒子表面に被覆された導電性化合物粒子は、基材表面に衝突し、表面から所定深さに打ち込まれ、その際の衝撃によって超硬コア粒子表面から剥離し、基材表面から所定深さ領域に固着する。その際、投射粒子の投射圧力が0.4MPaを超えると、投射粒子を構成する導電性化合物粒子は、基材表面から深く内部まで埋め込まれる。この結果、<1>式のt値が4.0を超え、B値が1.0を超えて、セパレータ表層部に歪や欠陥を生じ、セパレータとカーボンペーパー間の接触抵抗が、目標とする値よりも大きくなる。このため、ブラスト処理において、投射粒子の投射圧力は0.4MPa以下とする。
【0052】
また、ブラスト処理において、投射圧力を0.4MPa以下とする理由として、上記のセパレータの接触抵抗の低下を目的とするほかに、以下に説明するように、セパレータの平坦性を良好に維持するためにも必要である。つまり、投射圧力が0.4MPaを超えると、ステンレス鋼表層部の歪量が増加し、セパレータ形状の平坦性が劣化し、安定して良好な平坦性を確保することが難しくなる。このため、投射圧力の上限は0.4MPa以下に制限するのが好ましい。セパレータ形状の平坦性向上の点からは、より好ましくは、投射圧力を0.3MPa以下に制限するのが良い。なお、ブラスト処理における投射粒子の投射圧力の下限は特に規定するものではないが、ブラスト処理におけるセパレータの形状調整などの作業性を鑑みると、望ましくは0.01MPa以上が好ましい。
【0053】
本発明では、ステンレス鋼表層部に導電性化合物粒子を基材表面から深さ方向に適正範囲に固着するために、上記のようにブラスト処理の投射圧力を適用化することにより、上述したようなセパレータ表面の接触抵抗を低減できる効果が得られる他、セパレータ基材のロール加工またはプレス加工などの成形加工を行う際に生じたC方向(圧延方向に垂直な方向)のそりとひねりが低減され、セパレータ形状の平坦性を向上することができる。
なお、セパレータ形状の平坦性は、例えば、以下のように評価することができる。
【0054】
すなわち、図3に示すように、ステンレス鋼製セパレータおよびチタン製セパレータの四隅近傍の所定の位置に、原点をO、原点Oから原板の圧延方向にある角近傍にL、原点Oから原板の圧延垂直方向にある角の近傍にC、原点Oから対角線方向にある角近傍に Xを置き、OL間の線分の長さをLL、OC線分の長さをLC、OX間の長さをLXとし、直線OLと加工品の厚さ方向中心面までの最大ひずみ高さをHL1、直線CXとのそれをHL2、直線OCとのそれをHC1、直線LXとのそれをHC2、直線OXとのそれをHXCとし、点Xと3点O、L、Cにて構成される平面との距離をHXTとしたとき、そり率Wおよびひねり率Tを以下の式で定義する。
【0055】
【数1】

【0056】
これに基いて、WL1、WL2、WC1、WC2、WXC、TXL、およびTXCの各値が0.05以下となるような平坦性を有する導電性化合物を表面に埋め込んだステンレス鋼製セパレータおよびチタン製セパレータが得られるのである。この程度の平坦性を有するステンレス鋼製セパレータおよびチタン製セパレータを用いることで、多数の枚数を積層したスタック型の燃料電池の構成が容易になる。WL1、WL2、WC1、WC2、WXC、TXL、およびTXCの各値を0.05以下と規定したのは、その程度のそりやひねりがあっても、メタルセパレータを用いた燃料電池スタックが形成可能であるためである。WL1、WL2、WC1、WC2、WXC、TXL、およびTXCの各値が0.1超では、スタック型燃料電池の構成は困難である。
【0057】
また、本発明において、上記<1>式におけるA値とB値を<2>式に示す適正範囲を満足するように、基材表面からの導電性化合物粒子を構成する金属元素の濃度(深さ方向)分布を制御するためには、上記ブラスト処理条件のうちで、特に前記投射粒子の投射量を基材1cmあたり10〜100gとする必要がある。この理由は、以下の通りである。
式<1>におけるA値とB値の和は、基材表面(x=0μm位置)の導電性化合物粒子を構成する金属元素濃度に依存し、これはブラスト処理において投射粒子を基材に投射する量、基材1cmあたりの投射量によって制御できる。投射方法は連続でも断続でも良く、投射粒子の積算投射量が多いほど上記A値は大きくなる。
例えば、ブラスト処理における投射粒子の基材1cm当たりの積算投射量と基材最表面(上記<1>式のx=0μm位置)での導電性化合物粒子を構成する金属元素の濃度との関係は、図4に示される。導電性化合物粒子中の金属元素の濃度の定量方法は特に限定するものではないが、グロー放電発光分光分析法などを用いて測定することが可能である。
図4における直線1を外挿し、投射量が0に相当する点まで縦軸(基材表面(x=0μm)での導電性化合物粒子の金属元素濃度(質量%)と交差する点2の金属元素の濃度の値から、上記<1>式におけるB値が求められる。したがって、直線1の所定投射量における基材表面(x=0μm)の導電性化合物を構成する金属元素の濃度の値から、上記B値を減ずることによってA値を算出することができる。
以上のように、ブラスト処理における投射粒子の投射時間により、上記<1>式におけるとA値とB値を、上記<2>式に示されるA値とB値の適正範囲、つまりA値が10〜90、B値が−4.0〜1.0となるように制御することができる。
【0058】
ブラスト処理における1cmあたりの投射量が10g秒未満の場合は、上記<1>式のA値が10未満、B値が−4.0未満と上記<2>式の適正範囲から低く外れ、基材表層部に固着する導電性化合物粒子の量が十分でなく、セパレータとカーボンペーパーとの接触抵抗を目標値以下にすることができない。
また、ブラスト処理おける投射時間が基材1cmあたり100g以上の場合は、上記<1>式のA値が90を超え、B値が1.0を超え、上記<2>式の適正範囲から高く外れ、投射工程で基材のひずみが大きくなるとともに機械的強度が劣化する。このため、本発明のブラスト処理において、投射粒子の基材1cm当たりの投射量を10〜100gとする。
【0059】
以上説明した本発明の固体高分子型燃料電池用セパレータの製造方法により、固体高分子型燃料電池の使用時に、カーボンペーパーとの接触抵抗が面圧1kgf/cmにおいて、10 mΩ・cm以下と低く、かつ燃料電池のスタック化に十分適用できる平坦性を備えたステンレス製またはチタン製またはチタン合金製の固体高分子型燃料電池用セパレータを製造することが可能となる。
【実施例】
【0060】
以下、実施例により本発明を詳細に説明する。長さ50mm、幅50mm、厚さ0.2mmの高耐食ステンレス鋼およびチタンを試験材の基材として用いた。金属元素の硼化物、炭化物、窒化物からなる導電性化合物粒子として、平均粒径が5〜50μmの、Cr、CrN、CrB、CrB、VB、VC、VN、W、WC、WB、WC、TaB、TaC、TaN、LaB、MoB、MoC、MoB、MoC、NbC、NbN、およびそれらの混合物を用い、これらの導電性化合物粒子をメタアクリル酸コポリマーを溶質、エタノールを溶媒としたコート液へ投入し、懸濁液とし、これを平均粒径が100μmである炭化タングステン製の超硬コア粒子に被覆して投射粒子を作製した。この際、前記導電性化合物粒子の超硬コア粒子質量に対する割合を0.5〜15質量%とした。
次に、上記投射粒子を上記の試験基材表面に0.1MPa〜0.6MPaの投射圧力で、基材1cmあたり5〜120g打ち込み、試験材とした。また比較のため導電性化合物粒子としてTiN、TiCを同様の条件のブラスト法によって上記試験基材に打ち込み、試験材とした。上記試験材および製造条件の詳細を表1および表2(表1つづき)に示す。
【0061】
セパレータ基材に上記ブラスト法によって固着させた導電性化合物粒子の金属元素の、セパレータ基材中の表面から内部における濃度分布をグロー放電発光分光分析法によって定量分析した。金属元素の深さ方向分布を、<1>式を回帰式として回帰分析し、A、B、およびtの値を算出した。
セパレータ基材表面に埋め込んだ上記導電性化合物粒子からの金属イオン溶出量を以下の試験方法により実施した。上記試験材を、pHを2に調整した硫酸水溶液300mL中に80℃で、酸素または水素をバブリングしながら300時間放置した後、静置して得た上澄み液中の金属イオン溶出量をICP発光分光分析法によって定量した。金属イオンの硫酸水溶液中への溶出量が50ppm以下をイオン溶出特性が合格であるとし、50ppm超を不合格とした。
上記金属イオン溶出試験の後、対カーボンペーパー接触抵抗値を、面圧1kgf/cmにおいて測定した。測定された接触抵抗の値が10mΩcm以下である場合を接触抵抗が合格であるとし、10mΩcmを超えた場合を接触抵抗が不合格であるとした。また、セパレータの平坦性を表すWL1、WL2、WC1、WC2、WXC、TXL、およびTXCの値のうちいずれの値も0.05を超えない場合を平坦性が合格であるとし、どれか1つの値でも0.05を超えた場合を平坦性が不合格とした。
表1および表2(表1つづき)に製造条件とともに、上記の試験結果を示す。
【0062】
【表1】

【0063】
【表2】

【0064】
表1および表2において、試験材1、25、27、34、44、59は比較例であり、導電性化合物の平均粒径が、本発明で規定する範囲を外れているために、導電性化合物のセパレータ基材への固着量が十分でなく、セパレータとカーボンペーパーの接触抵抗が評価を満足できなかった。
また、試験材5、9、17、21、28、35、43、45、53、58、60、68、69、71、75は比較例であり、コア粒子表面のコート材中の導電性化合物粒子の混合比率が、本発明の規定の範囲を外れているために、B値およびt値が<2>式の適正範囲を外れ、セパレータとカーボンペーパーの接触抵抗が評価を満足できなかった。
また、試験材7、11、13、19、42、52、57、67、73は比較例であり、ブラスト投射圧力が、本発明の規定の範囲を外れているために、B値およびt値が<2>式の適正範囲を外れ、セパレータとカーボンペーパーの接触抵抗および平坦性が評価を満足できなかった。
また、試験材3、15、23、41、51、56、66、は比較例であり、ブラスト処理における基材1cmあたりの投射量が少ないために、A値が<2>式の適正範囲を外れ、セパレータとカーボンペーパーの接触抵抗が評価を満足できなかった。
また、試験材54と55は、導電性化合物粒子が当発明で規定する範囲を外れたために、セパレータとカーボンペーパーの接触抵抗とイオン溶出性が評価を満足できなかった。
また、試験材78と79は比較例であり、ブラスト処理における基材1cmあたりの投射量が当発明で規定する範囲を超えたために、A値、B値およびt値が<2>式の適正範囲をはずれ、セパレータの平坦性が評価を満足できなかった。
【0065】
一方、試験材2、4、6、8、10、12、14、16、18、20、22、24、26、29、30、31、32、33、36、37、38、39、40、46、47、48、49、50、61、62、63、64、65、70、72、74、76は導電性化合物の平均粒径、<1>式のA値、B値、およびt値、導電性化合物の種類、導電性化合物のコア粒子表面におけるコート材中の混合比率、ブラスト処理における投射圧力、基材1cmあたりの投射量の何れも当発明で規定する範囲内であるために、セパレータとカーボンペーパーの接触抵抗、イオン溶出性、セパレータの平坦性のどの評価も満足することができた。
【図面の簡単な説明】
【0066】
【図1】固体高分子型燃料電池の構成を説明する図である。
【図2】セパレータ基材における導電性化合物粒子の金属元素の濃度の深さ方向分布を示す図である。
【図3】ブラスト法により導電性表面処理を行った固体高分子型燃料電池用のステンレス鋼セパレータおよびチタンセパレータおよびチタン合金セパレータの平坦性を評価するための指標の説明図である。
【図4】ブラスト法により導電性高分子化合物をセパレータ基材に投射した場合の基材1cmあたりの投射粒子の投射量と、セパレータ基材最表面における導電性化合物粒子を構成する金属元素の濃度の関係を示す図である。
【符号の説明】
【0067】
1 固体高分子型燃料電池
2 固体高分子膜
3 触媒電極部
4 カーボンペーパー
5 セパレータ
6 アノード側
7 カソード側
8 水素ガス
9 空気
10 電子

【特許請求の範囲】
【請求項1】
導電性化合物粒子が固着された表層部を有するステンレス鋼またはチタンまたはチタン合金の基材からなる固体高分子型燃料電池用セパレータにおいて、前記導電性化合物粒子が、平均粒径0.01〜20μmの金属硼化物、金属炭化物および金属窒化物の1種または2種以上からなり該導電性化合物粒子が前記基材表面から深さ10μmまでの領域に存在し、該領域における導電性化合物を構成する金属元素の濃度分布が、下記<1>および<2>式で示される導電性化合物を構成する金属元素の濃度Cと基材表面からの深さxとの関係を満足することを特徴とする固体高分子型燃料電池用セパレータ。
C = A・exp(−x/t)+B ・・・<1>
10≦A≦90、−4.0≦B≦1.0、0.5≦t≦4.0 ・・・<2>
但し、上記Cは導電性化合物を構成する金属元素の濃度(質量%)、上記xは基材表面からの深さ(μm)、上記A、Bおよびtは基材表面のブラスト処理条件で決まる定数である。
【請求項2】
前記導電性化合物を構成する金属元素が、Cr、V、W、Ta、La、Mo、および、Nbのうちの1種または2種以上からなることを特徴とする請求項1記載の固体高分子型燃料電池用セパレータ。
【請求項3】
ステンレス鋼、チタンまたはチタン合金からなる基材を成形加工した後、該基材表面に、平均粒径0.01〜20μmの導電性化合物粒子をコート材と混合し表面に被覆した超硬コア粒子を、投射圧力が0.4MPa以下、基材1cmあたりの投射量が10〜100gの条件で、投射するブラスト加工を施し、前記導電性化合物の前記コア粒子質量に対する割合が0.5〜15質量%であることを特徴とする固体高分子型燃料電池用セパレータの製法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2007−234244(P2007−234244A)
【公開日】平成19年9月13日(2007.9.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−50934(P2006−50934)
【出願日】平成18年2月27日(2006.2.27)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【出願人】(390031185)新東ブレーター株式会社 (27)
【Fターム(参考)】