説明

基板への炭素利用型電子放出材の接合構造および接合方法

【課題】炭素利用型電子放出材について、低抵抗、高機械強度、高耐熱性および高熱伝導性を実現し、極めて良好な充分な電子放出能を長時間に渡って得ることにある。
【解決手段】 炭素利用型電子放出材としてのカーボンナノチューブ2と基板3との間に形成した炭化物であるTiC5により、カーボンナノチューブ2と基板3とを固溶接合したことを特徴とする、基板への炭素利用型電子放出材の接合構造である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、基板への炭素利用型電子放出材の接合構造および接合方法に関し、この発明の利用分野は、一般にはカーボンナノチューブやカーボンナノファイバー等を用いた炭素型電子放出素子駆動の電子源にすべて渡る。
【0002】
すなわちこの発明は、例えば、民生用では、撮像装置、発光表示装置、発光表示管、大型スクリーン板、画像形成装置等に利用することができ、理化学・医療機器用では、各種X線源、マイクロ波管、そして加速器用等の各種電子線源等にも利用することができる。
【背景技術】
【0003】
従来のカーボンナノチューブ等電子放出材の基板への接合技術では、電子放出材を単純に溶媒を用いて基板に分散させる方法や、金属超微粒子を樹脂コーティングした接合材を焼成する方法などが使用されている(特許文献1参照)。
【特許文献1】特開2002−343280号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従来技術では、電子放出材と基板との結合が弱いため、十分な導電性、機械的強度、耐熱性、熱伝導性がなく、その性質を長時間維持することも不可能である。また、樹脂コーティングを使用する場合は、電子放出のために必要な真空環境を悪化させる。結果として、高電流密度における電子放出素子の長寿命化はまったく不可能である。
【0005】
従来は、大電流では短寿命という電子放出材の問題において、電子放出材と基板との弱結合が寿命を決めるという見識や指摘がなかった。本発明は、本願発明者が電子放出材と基板との結合の重要性について予見し、これに基づいて研究を重ねた結果なされたものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の基板への炭素利用型電子放出材の接合構造は、炭素利用型電子放出材と基板との間に形成した炭化物により、前記炭素利用型電子放出材と基板とを結合したことを特徴とするものである。
【0007】
また本発明の基板への炭素利用型電子放出材の接合方法は、炭素利用型電子放出材と基板との間に炭化物を形成することにより、前記炭素利用型電子放出材と基板とを結合することを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0008】
本発明の接合方法および本発明の接合構造によれば、低抵抗、高機械強度、高耐熱性および高熱伝導性が実現され、極めて良好な充分な電子放出能を長時間に渡って得ることができる。そして、本発明の接合方法および本発明の接合構造により基板と電子放出材を結合した電子放出素子は、電界放出の閾値を下げて、電力の省力化と電源製造コストの低減にも寄与することができる。
【0009】
なお、本発明の接合構造においては、前記炭化物は、前記基板上に配置した箔または析出膜を固溶すなわち溶融および冷却固化させたものであると好ましい。
【0010】
また、本発明の接合構造においては、前記炭素利用型電子放出材は、炭素利用型の電子放出材のすべてに渡る。
【0011】
一方、本発明の接合方法においては、前処理として、箔または析出膜を前記基板上に配置するとともに、この箔または析出膜上に前記炭素利用型電子放出材を置き、前記箔または析出膜を例えば抵抗加熱、電子ビーム加熱、レーザービーム加熱等の加熱によって溶融させた後冷却固化させることで前記炭化物を形成することにより、前記電子放出材の一部を前記基板に融着接合すると好ましい。
【0012】
また、本発明の接合方法においては、前記炭素利用型電子放出材は、炭素利用型の電子放出材のすべてに渡る。
【0013】
さらに、本発明の接合構造および接合方法においては、前記炭化物の形成によるカーボンナノチューブやカーボンナノファイバー等の炭素利用型電子放出材の固溶接合は、その炭素利用型電子放出材の端部のみならず中間部や、炭素利用型電子放出材同士の接触部で行われても良い。
【0014】
この炭素利用型電子放出材の中間部や接触部での固溶接合によれば、各々の炭素利用型電子放出材の実効的なアスペクト比は小さくなるものの、これは電界電子放出特性を犠牲にするほどの低減ではない。むしろ、この中間部や接触部での固溶接合により、基板と炭素利用型電子放出材との間や炭素利用型電子放出材同士の導電性と熱伝導性とを高めるとともに炭素利用型電子放出材の耐熱性と機械的強度とを高めることができる。
【0015】
また、本発明の接合構造および接合方法においては、前記基板は金属・非金属を問わない。そして前記基板上に形成する前記箔や析出膜の材料も、金属・非金属を問わない。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明の実施の形態を実施例によって、図面に基づき詳細に説明する。ここに、図1は、本発明の炭素利用型電子放出材の接合方法の一実施例によって形成した、本発明の炭素利用型電子放出材の接合構造の一実施例を示すものであり、図1の上部には、炭化物形成による固溶接合を示す。
【0017】
この実施例の方法では、チタン箔1上に炭素利用型電子放出材としての多層型カーボンナノチューブ(MWNT)2の粉末を分散させて置き、そのチタン箔2を等方性黒鉛の基板3上に置いて、真空中でその等方性黒鉛基板3を1050℃まで黒鉛ヒータで抵抗加熱することにより、図1の右下に示すような試料4を得た。
【0018】
なお、等方性黒鉛基板3を加熱する際の真空度は、酸化物、水素化物等の不純物形成を避けるために超高真空とする必要がある。
【0019】
この実施例の方法によれば、図1の左下に電子顕微鏡写真で試料4を拡大して示すように、多層型カーボンナノチューブ(MWNT)2は、チタン箔1の上記加熱での溶融およびその後の冷却固化により形成された炭化チタンTiC5により黒鉛基板3上に固溶接合されて、上記実施例の接合構造を形成している。
【0020】
なお、本発明の方法は、多層型カーボンナノチューブ等の細長い電子放出材を基板に強固に固溶接合して固定することが特徴であるため、本願発明者はこれを「根付け」と称している。
【0021】
本願発明者は、チタン箔1の代わりにマグネトロンスパッタ装置等を用いて、減圧下で基板上に作成したチタン膜を使用しても、上記と同様に基板への電子放出材の接合ができることも確認した。
【0022】
図2は、上記実施例の方法で作成した試料AにおけるRuO(二酸化ルテニウム)担持多層型カーボンナノチューブ(MWNT)からの電界電子放出特性を、アセトン分散MWNTおよびアセトン分散RuO担持MWNTと比較して示す特性線図である。上記実施例の方法で作成した試料Aでは、2V/μmですでに電界電子放出が発現した。また電流密度は、3V/μmで40mA/cm2を超えた。これにより、非常に低い駆動電圧によって、他の二種類の試料B,Cと同じだけの電流密度が得られることが証明された。
【0023】
なお、RuO(二酸化ルテニウム)は、OsO(二酸化オスミウム)と同様、アノード触媒として高いCO耐触媒毒の特性を有し、カソード触媒に利用しても酸素還元反応の分極値を低下させるので、公知の方法によって超微粒子状態でカーボンナノチューブに担持させることにより、高性能な固体高分子型燃料電池用の電極触媒材料を実現することができる。
【0024】
図2中の左の曲線と中央の曲線に注目すると、ナノチューブの固定法に依存した電界電子放出特性の違いが明らかである。左の曲線(試料A)は、本実施例の方法で得られたナノチューブからの電界電子放出特性であり、中央の曲線(試料B)は、溶媒(アセトン)分散法により基板上に固定したナノチューブからの電界電子放出特性である。同じ電界強度で比較すると、本実施例の方法で得られたナノチューブからは数100倍の電流密度が得られている。また本実施例の方法で得られたナノチューブでは、電界電子放出が発現する電界強度も半分になっている。
【0025】
図3は、本実施例の方法で得られた電子放出素子(試料A)と溶媒(アセトン)分散法により得られた電子放出素子(試料B)の寿命を示す特性線図である。同じ電流密度、同じ真空環境において、溶媒分散法と比較試験を行った結果、本実施例の方法で得られた電子放出素子(試料A)は、電流密度の減少を約100倍抑制する効果を示し、桁違いの寿命延伸が明らかとなった。
【0026】
図4は、電界電子放出電流一定のもとで測定した、本実施例の方法で得られた電子放出素子(試料A)の寿命を示す特性線図である。許容電界強度の増加が25%(一般には50%)の時を寿命とすると、このような大電流では世界最高値である約10000時間の寿命を持つことが分かった。
【0027】
図5(a)は、本実施例の方法で得られた電子放出素子について500mA/cm2の電流密度の大電流での電界電子放出を試みた際の電界強度を示す特性線図、図5(b)は、その500mA/cm2の電流密度における電界電子放出の継続状態を示す特性線図である。この図5に示すように、何れも本実施例の方法で得られたRuO担持/純度50%MWNT電子放出素子(図5(a)中左の曲線)およびRuOを担持していない純度50%MWNT単体の電子放出素子(図5(a)中右の曲線)について、これまでの10倍の500mA/cm2の電流密度における電界電子放出を試み、何れの電子放出素子についても500mA/cm2の電流密度(世界最高値)が実証された。さらに、純度50%MWNT単体の電子放出素子(図5(a)中右の曲線)について、この500mA/cm2の電流密度での2時間の寿命が実証された。
【0028】
以上述べたように、この実施例の接合構造および接合方法によれば、低抵抗、高機械強度、高耐熱性および高熱伝導性が実現され、極めて良好な充分な電子放出能を長時間に渡って得ることができる。そしてこの実施例の接合方法および接合構造により基板と電子放出材を結合した電子放出素子は、電界放出の閾値を下げて、電力の省力化と電源製造コストの低減にも寄与することができる。
【0029】
以上、図示例に基づき説明したが、本発明は上述の例に限定されるものでなく、特許請求の範囲の記載範囲内で適宜変更し得るものであり、例えば、カーボンナノチューブは単層型(SWNT)でも良く、またカーボンナノチューブはOsO(二酸化オスミウム)を坦持させたものでも良い。
【産業上の利用可能性】
【0030】
かくして本発明の接合方法および本発明の接合構造によれば、低抵抗、高機械強度、高耐熱性および高熱伝導性が実現され、極めて良好な充分な電子放出能を長時間に渡って得ることができる。そして、本発明の接合方法および本発明の接合構造により基板と電子放出材を結合した電子放出素子は、電界放出の閾値を下げて、電力の省力化と電源製造コストの低減にも寄与することができる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】本発明の炭素利用型電子放出材の接合方法の一実施例によって形成した、本発明の炭素利用型電子放出材の接合構造の一実施例を示す説明図である。
【図2】上記実施例の方法で作成した試料AにおけるRuO担持MWNTからの電界電子放出特性を、アセトン分散MWNTおよびアセトン分散RuO担持MWNTと比較して示す特性線図である。
【図3】上記実施例の方法で得られた電子放出素子(試料A)と溶媒(アセトン)分散法により得られた電子放出素子(試料B)の寿命を示す特性線図である。
【図4】電界電子放出電流一定のもとで測定した、上記実施例の方法で得られた電子放出素子(試料A)の寿命を示す特性線図である。
【図5】(a)は、上記実施例の方法で得られた電子放出素子で500mA/cm2の電流密度の大電流での電界電子放出を試みた際の電界強度を示す特性線図、(b)は、その500mA/cm2の電流密度における上記実施例の方法で得られた電子放出素子の電界電子放出の継続状態を示す特性線図である。
【符号の説明】
【0032】
1 Ti箔
2 MWNT粉末
3 黒鉛基板
4 試料
5 TiC

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素利用型電子放出材と基板との間に形成した炭化物により、前記炭素利用型電子放出材と基板とを結合したことを特徴とする、基板への炭素利用型電子放出材の接合構造。
【請求項2】
前記炭化物は、前記基板上に配置した箔または析出膜を固溶させたものであることを特徴とする、請求項1記載の基板への炭素利用型電子放出材の接合構造。
【請求項3】
炭素利用型電子放出材と基板との間に炭化物を形成することにより、前記炭素利用型電子放出材と基板とを結合することを特徴とする、基板への炭素利用型電子放出材の接合方法。
【請求項4】
前処理として、箔または析出膜を前記基板上に配置するとともに、この箔または析出膜上に前記炭素利用型電子放出材を置き、
前記箔または析出膜を加熱により溶融させた後冷却固化させることで前記炭化物を形成することにより、前記電子放出材の一部を前記基板に融着接合することを特徴とする、請求項3記載の基板への炭素利用型電子放出材の接合方法。


【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図1】
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【公開番号】特開2006−310231(P2006−310231A)
【公開日】平成18年11月9日(2006.11.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−134309(P2005−134309)
【出願日】平成17年5月2日(2005.5.2)
【出願人】(504151365)大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構 (125)
【Fターム(参考)】