説明

塗料組成物、塗料組成物を用いた摺動層の製造方法および摺動層を有する摺動部材

【課題】 新規な塗料組成物、その塗料組成物からなる摺動層を有し優れた摺動特性をもつ摺動部材、および、その製造方法を提供する。
【解決手段】 塗料組成物は、ポリアミドイミド樹脂と該ポリアミドイミド樹脂を溶解する溶媒とからなる樹脂溶液と、少なくとも一部が該溶媒に分子状態で分散したフラーレン系炭素材と、固体潤滑剤と、を含む。
塗料組成物を用いた摺動層の製造方法は、上記塗料組成物を調製する調製工程と、前記塗料組成物を基材1の少なくとも摺動面側に塗布する塗布工程と、前記塗料組成物の溶媒を除去して摺動層2を形成する摺動層形成工程と、からなる。
摺動層を有する摺動部材は、基材1と、基材1の少なくとも摺動面側に形成され、ポリアミドイミド樹脂と該ポリアミドイミド樹脂中に均一に分散したフラーレンとからなる樹脂組成物と、該樹脂組成物に保持される固体潤滑剤と、からなる摺動層2と、を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、各種装置の摺動部に用いられる摺動層に関するものであって、塗料組成物、塗料組成物を用いた摺動層の製造方法および摺動層を有する摺動部材に関する。
【背景技術】
【0002】
炭素材料は、埋設量がほぼ無限であり、かつ無害であることから資源問題および環境問題の面からも極めて優れた材料である。炭素材料は、原子間の結合形態が多様で、ダイヤモンドやダイヤモンドライクカーボン、グラファイト、フラーレン、カーボンナノチューブなど、様々な結晶構造が知られている。中でも、フラーレンやカーボンナノチューブなどは、ナノ構造材料として様々な分野で用いられており、その摺動性能についても注目されている。
【0003】
ところで、摺動部材は、たとえば、特許文献1に開示されているように、その摺動面に、固体潤滑剤とこれを保持するバインダー樹脂とからなる摺動層を有する構成が一般的である。また、特許文献2〜特許文献4には、固体潤滑剤として、フラーレンやカーボンナノホーンといったナノ構造材料を用いることが開示されている。
【0004】
しかしながら、ナノ構造材料は凝集し易く、ナノ構造材料が均一に分散した状態で存在する摺動層を形成するのは困難である。
【特許文献1】特開平11−13638号公報
【特許文献2】特開平11−292629号公報
【特許文献3】特開2000−274434号公報
【特許文献4】特開2003−313571号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明者等は、ナノ構造材料をバインダー樹脂に均一に分散させることにより、耐焼き付き性、耐摩耗性、低摩擦特性などの摺動特性の優れた摺動層が得られることに想到した。
【0006】
本発明は、上記事情に鑑み、新規な塗料組成物、その塗料組成物からなる摺動層を有し優れた摺動特性をもつ摺動部材、および、その製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の塗料組成物は、ポリアミドイミド樹脂と該ポリアミドイミド樹脂を溶解する溶媒とからなる樹脂溶液と、少なくとも一部が該溶媒に分子状態で分散したフラーレン系炭素材と、固体潤滑剤と、を含むことを特徴とする。
【0008】
ここで、フラーレン系炭素材とは、Cm で表される球殻状炭素クラスター分子(mはCm が球殻状構造となる自然数)からなるのがよく、フラーレン系炭素材を100wt%としたときC60および/またはC70を75wt%以上含むと、好ましい。
【0009】
そして、前記フラーレン系炭素材は、その重量の半分以上が前記溶媒に分散しているのがよい。
【0010】
また、本発明の塗料組成物を用いた摺動層の製造方法は、ポリアミドイミド樹脂と該ポリアミドイミド樹脂を溶解する溶媒とからなる樹脂溶液と、少なくとも一部が該溶媒に分子状態で分散したフラーレン系炭素材と、固体潤滑剤と、を含む塗料組成物を調製する調製工程と、前記塗料組成物を基材の少なくとも摺動面側に塗布する塗布工程と、前記塗料組成物の溶媒を除去して摺動層を形成する摺動層形成工程と、からなることを特徴とする。
【0011】
なお、調製工程において調製される塗料組成物は、上記本発明の塗料組成物である。
【0012】
さらに、本発明の摺動層を有する摺動部材は、基材と、該基材の少なくとも摺動面側に形成され、ポリアミドイミド樹脂と該ポリアミドイミド樹脂中に均一に分散したフラーレンとからなる樹脂組成物と、該樹脂組成物に保持される固体潤滑剤と、からなる摺動層と、を有することを特徴とする。
【0013】
なお、摺動層は、上記本発明の塗料組成物を用いた摺動層の製造方法により製造される。
【0014】
この際、前記基材は、圧縮機の摺動部品であるのが好ましい。
【発明の効果】
【0015】
上述のように、これまで、樹脂中にフラーレンを分子状態で均一に分散させることは難しく、たとえば、摺動部材にフラーレンを用いても、フラーレンによる摺動特性の向上が効果的に現れなかった。
【0016】
本発明の塗料組成物によれば、フラーレン系炭素材の少なくとも一部が樹脂溶液の溶媒に分子状態で分散しているため、フラーレンがポリアミドイミド樹脂中に分子状態で均一に分散した樹脂組成物を含む摺動層を容易に得ることができる。そして、フラーレンが樹脂中に分子状態で均一に分散した摺動層を有する摺動部材は、摺動特性に優れる。
【0017】
また、塗料組成物において、フラーレン系炭素材の重量の半分以上が溶媒に分散していれば、この塗料組成物からなる摺動層の摺動特性を効果的に向上させることができる。したがって、摺動特性に優れた摺動部材が得られる。
【0018】
そして、本発明の摺動層を有する摺動部材は、その優れた摺動特性により、各種装置の摺動部、特に、圧縮機の摺動部材として好適に用いることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下に、本発明の塗料組成物、塗料組成物を用いた摺動層の製造方法および摺動層を有する摺動部材を実施するための最良の形態を説明する。
【0020】
[塗料組成物]
本発明の塗料組成物は、樹脂溶液と、フラーレン系炭素材と、固体潤滑剤と、からなる。以下にそれぞれについて詳説する。
【0021】
樹脂溶液は、ポリアミドイミド樹脂と、ポリアミドイミド樹脂を溶解する溶媒と、からなる。すなわち、後に詳説するポリアミドイミド樹脂(PAI樹脂)と、このPAI樹脂を溶解する溶媒と、からなる、いわゆるPAI樹脂ワニスであるのが好ましい。この際、溶媒としては、使用するPAI樹脂、さらには、後述のフラーレン系炭素材の少なくとも一部が可溶であるN−メチル−2−ピロリドン、キシレン、N,N−ジメチルアセトアミド等の極性溶媒であればよい。これらの溶媒は、単独で用いてもよいし、他の溶媒との混合溶媒にして用いてもよい。
【0022】
なお、「フラーレン系炭素材が可溶である」とは、フラーレン系炭素材が溶媒に溶解できることを指し、以後、「フラーレン系炭素材が溶媒に溶解する」とは、フラーレン系炭素材が溶媒中で分子状態で存在し、溶媒に分散している状態をいう。
【0023】
塗料組成物に用いることができるPAI樹脂に特に限定はないが、ジイソシアネート法や酸クロリド法など通常の方法で製造できる。重合性やコストの点からジイソシアネート法が好ましい。また、PAI樹脂の数平均分子量は、10,000以上が好ましく、さらに好ましくは10,000〜35,000である。数平均分子量が10,000未満であると、可撓性および耐熱性が低下する傾向がある。数平均分子量が35,000より大きくなると、塗料組成物の粘度が高くなる傾向があり、塗料組成物を塗布する際の作業性が低下することがある。
【0024】
重合に使用される有機溶剤としては、N−メチル−2−ピロリドン、ジメチルアセトアミド、ジメチルホルムアミド等のアミド系溶剤、ジメチルスルホオキシド、スルホラン等のイオウ系溶剤、ニトロメタン、ニトロエタン等のニトロ系溶剤、ジグライム、テトラヒドロフラン等のエーテル系溶剤、シクロヘキサノン、メチルエチルケトン等のケトン系溶剤、アセトニトリル、プロピオニトリル等のニトリル系溶剤の他、γブチロラクトンやテトラメチルウレア等の比較的誘電率の高い溶剤の単独または混合溶剤として用いることが好ましいが、さらにキシレン、トルエン等の比較的誘電率の低い溶剤を混合して用いても構わない。
【0025】
反応温度は通常50〜200℃が好ましく、反応を促進するために3級アミン類、アルカリ金属、アルカリ土類金属類、コバルト、スズ、亜鉛などの金属、半金属化合物などの存在下で行ってもよい。
【0026】
PAI樹脂を得るには、酸成分モノマーとしてトリメリット酸無水物を用いるが、溶剤に対する溶解性や重合性を付与するためにシュウ酸、マロン酸、コハク酸、グルタル酸、アジピン酸、ピメリン酸、スベリン酸、アゼライン酸、セバシン酸、ウンデカン二酸、ドデカン二酸、トリデカン二酸などの脂肪族ジカルボン酸、イソフタル酸、5−tert−ブチル−1,3ベンゼンジカルボン酸、テレフタル酸、ジフェニルメタン4,4’ジカルボン酸、ジフェニルメタン2,4’ジカルボン酸、ジフェニルメタン3,4’ジカルボン酸、ジフェニルメタン3,3’ジカルボン酸、1,2ジフェニルエタン4,4’ジカルボン酸、1,2ジフェニルエタン2,4’ジカルボン酸、1,2ジフェニルエタン3,4’ジカルボン酸、1,2ジフェニルエタン3,3’ジカルボン酸、2,2’ビス(4カルボキシフェニル)プロパン、2−(2カルボキシフェニル)2−(4カルボキシフェニル)プロパン、2−(3カルボキシフェニル)2−(4カルボキシフェニル)プロパン、ジフェニルエーテル4,4’ジカルボン酸、ジフェニルエーテル2,4ジカルボン酸、ジフェニルエーテル3,4ジカルボン酸、ジフェニルエーテル3,3’ジカルボン酸、ジフェニルスルホン4,4’ジカルボン酸、ジフェニルスルホン2,4ジカルボン酸、ジフェニルスルホン3,4ジカルボン酸、ジフェニルスルホン3,3’ジカルボン酸、ベンゾフェノン4,4’ジカルボン酸、ベンゾフェノン2,4ジカルボン酸、ベンゾフェノン3,4ジカルボン酸、ベンゾフェノン3,3’ジカルボン酸、ピリジン2,6ジカルボン酸、ビス[(4カルボキシ)フタルイミド]4,4’ジフェニルエーテル、ビス[(4カルボキシ)フタルイミド]α,α’メタキシレン等の芳香族ジカルボン酸、ブタン1,2,4トリカルボン酸、ナフタレン−1,2,4トリカルボン酸およびこれらの無水物、ブタン1,2,3,4テトラカルボン酸、ピロメリット酸、ベンゾフェノン3,3’,4,4’テトラカルボン酸、ジフェニルエーテル3,3’,4,4’テトラカルボン酸、ビフェニル3,3’,4,4’テトラカルボン酸、ビフェニル2,2’,3,3’テトラカルボン酸、ナフタレン2,3,6,7テトラカルボン酸、ナフタレン1,2,4,5テトラカルボン酸、ナフタレン1,4,5,8テトラカルボン酸およびこれらの二無水物、エチレングリコールビスアンヒドロトリメリテート、プロピレングリコールビスアンヒドロトリメリテート、ポリエチレングリコールビスアンヒドロトリメリテート、ポリプロピレングリコールビスアンヒドロトリメリテート等のアルキレングリコールビスアンヒドロトリメリテート等の一種または二種以上の混合物を共重合することができる。
【0027】
一方、アミン成分としては、m−フェニレンジアミン、p−フェニレンジアミン、オキシジアニリン、メチレンジアニリン、ヘキサフルオロイソプロピリデンジアニリン、ジアミノm−キシレン、ジアミノp−キシレン、1,4ナフタレンジアミン、1,5ナフタレンジアミン、2,6ナフタレンジアミン、2,7ナフタレンジアミン、2,2’ビス(4アミノフェニル)プロパン、2,2’ビス(アミノフェニル)ヘキサフルオロプロパン、4,4’ジアミノジフェニルスルホン、4,4’ジアミノジフェニルエーテル、3,3’ジアミノジフェニルスルホン、3,4ジアミノビフェニル、4,4’ジアミノベンゾフェノン、ヘキサメチレンジアミン、テトラメチレンジアミン、イソホロンジアミン、3,4ジアミノジフェニルエーテル、イソプロピリデンジアニリン、3,3’ジアミノベンゾフェノン、ジシクロヘキシル4,4’ジアミン、4,4’ジアミノジフェニルメタン、o−トリジン、2,4トリレンジアミン、1,3−ビス(3アミノフェノキシ)ベンゼン、1,3−ビス(4アミノフェノキシ)ベンゼン、1,4−ビス(4アミノフェノキシ)ベンゼン、2,2−ビス[4−(4アミノフェノキシ)フェニル]プロパン、2,2−ビス[4−(4アミノフェノキシ)フェニル]スルホン、4,4’ビス(4アミノフェノキシ)ビフェニル、2,2−ビス[4−(4アミノフェノキシ)フェニル]ヘキサフルオロプロパン、4,4’ジアミノジフェニルスルフィド、3,3’ジアミノジフェニルスルフィドあるいはこれらのジイソシアネートの単独または二種以上の混合物を共重合することができる。これらのイソシアネート成分またはアミン成分の中では反応性、耐摩耗性、溶解性、価格などの点からジフェニルメタンジイソシアネートが最も好ましい。
【0028】
フラーレン系炭素材は、少なくとも一部が上記樹脂溶液の溶媒に分子状態で分散(溶解)したものである。フラーレン系炭素材は、一般に、フラーレンと総称されているCm で表される球殻状炭素クラスター分子(mはCm が球殻状構造となる自然数)からなればよい。すなわち、フラーレン系炭素材は、C30、C60、C70、C76、C78、C80、等から選ばれるフラーレンの単体または2種以上の混合物であるのが好ましい。特に、C60および/またはC70を含むのが好ましい。フラーレンの中でも、C60とC70は、前述の溶媒に対する溶解度が高いため、本発明の塗料組成物に好適である。この際、フラーレン系炭素材は、フラーレン系炭素材を100wt%としたときC60および/またはC70を75wt%以上含むのが好ましく、さらに好ましくは85wt%以上である。
【0029】
ところで、フラーレン系炭素材の量が溶媒の溶解度を超えたり、フラーレン系炭素材が溶媒に溶け難かったりする場合には、フラーレン系炭素材は溶解されずに塗料組成物中に残存することがある。残存したフラーレン系炭素材は、塗料組成物中で分子状態で分散することができずに、ほとんどが凝集した状態で塗料組成物中に存在する。塗料組成物を摺動層としたときに、凝集したフラーレン系炭素材は、摺動層の摺動特性の向上に寄与しない不純物として存在するため、溶解しないフラーレン系炭素材は少ない方がよい。したがって、フラーレン系炭素材は、フラーレン系炭素材の重量の半分以上が溶媒に分散(溶解)しているのが好ましい。フラーレン系炭素材のうちの半分以上が溶解していれば、不純物となったフラーレン系炭素材の影響を受けず、摺動層の摺動特性を効果的に向上させることができる。最も好ましいのは、フラーレン系炭素材の全てが溶媒に溶解している状態である。たとえば、溶解度の高いC60および/またはC70を75wt%以上(さらに好ましくは85wt%以上)含む比較的純度の高いフラーレン系炭素材であれば、少なくともC60および/またはC70の全てが溶媒に溶解していればよい。
【0030】
そして、上述の溶媒に溶解したフラーレン系炭素材の重量は、溶媒の種類や量に依存するものである。たとえば、N−メチル−2−ピロリドン、キシレンおよびN,N−ジメチルアセトアミドのうちの少なくとも1種を含む溶媒において、常温常圧下で、N−メチル−2−ピロリドン(比重:1.03)をX[g]、キシレン(比重:0.86)をY[g]、N,N−ジメチルアセトアミド(比重:0.94)をZ[g]、用いるとする。この場合、フラーレン系炭素材は、2×1/1.03×X+18×1/0.86×Y+0.5×1/0.94×Z[mg]以下であるのが好ましい。ここで、C60およびC70の各溶媒に対する溶解度は、N−メチル−2−ピロリドンに0.9[mg/ml]、キシレンに9[mg/ml]、N,N−ジメチルアセトアミドに0.2[mg/ml]程度である。すなわち、フラーレン系炭素材がC60および/またはC70を全体の75wt%以上含み、かつ、配合量が上記範囲内であれば、フラーレン系炭素材の重量の約半分以上が溶媒に溶解する。
【0031】
また、さらに好ましくは、0.9×1/1.03×X+9×1/0.86×Y+0.2×1/0.94×Z[mg]以下である。フラーレン系炭素材がC60および/またはC70を全体の75wt%以上含み、かつ、配合量が上記範囲内であれば、フラーレン系炭素材の75wt%以上が溶媒に溶解する。そして、高純度のC60および/またはC70からなるフラーレン系炭素材であれば、フラーレン系炭素材のほぼ全てが溶媒に溶解することになる。
【0032】
この際、フラーレン系炭素材は、溶媒を除去した塗料組成物(すなわち、後述の摺動層に相当)を100wt%としたとき0.005wt%以上が溶媒に分散(溶解)しているのが好ましく、さらに好ましくは、0.02wt%以上である。フラーレン系炭素材が上記範囲であれば、塗料組成物を摺動層とした際に、さらに優れた摺動特性を示す。
【0033】
また、上述したように、溶媒に溶解せずに凝集したフラーレン系炭素材は、塗料組成物から得られる摺動層の摺動特性の向上に寄与しない。そして、未溶解のフラーレン系炭素材(未溶解分)が多すぎると、摺動特性が低下する場合もある。そのため、フラーレン系炭素材の溶解量と未溶解量との重量比が、(溶解量)/(未溶解量)=1/1以上であるのが好ましく、さらに好ましくは、(溶解量)/(未溶解量)=1/0.5以上である。溶解量と未溶解量との重量比が上記範囲内であれば、塗料組成物を摺動層とした際に、さらに優れた摺動特性を示す。
【0034】
固体潤滑剤は、黒鉛やタルクなどの層状構造物、Pb、Ag、Cu等の軟質金属やその化合物、ポリテトラフルオロエチレンやフッ化黒鉛などのフッ素化合物など、固体潤滑剤として通常用いられているものであればよく、フッ素樹脂、二硫化モリブデン、およびグラファイトのうちの少なくとも1種であるのが好ましい。その他にも、二硫化タングステン、窒化ホウ素、メラミンシアヌレート等が使用できる。また、固体潤滑剤は、粉末状で樹脂組成物中に分散するのがよく、平均粒径が0.1〜20μm、さらに好ましくは0.1〜50μmの粉末を用いるのがよい。
【0035】
なお、本発明の塗料組成物は、上記の実施の形態に限定されるものではなく、他の構成を追加してもよい。たとえば、酸化チタン、硫酸バリウム、炭酸カルシウム、アルミナ、酸化ケイ素、酸化鉄、酸化クロム等の無機粒子、硫化亜鉛(ZnS)や硫化銀(Ag2 S)等の硫黄含有金属化合物等の極圧剤、染料、顔料などの着色剤、界面活性剤、分散剤、酸化防止剤、難燃剤、帯電防止剤、レべリング剤、消泡剤、シランカップリング剤およびエポキシ樹脂、フェノール樹脂、メラミン樹脂、多官能イソシアネート等の架橋剤などのうち何れかまたは全ての添加剤を含有するようにしてもよい。
【0036】
[塗料組成物を用いた摺動層の製造方法]
本発明の塗料組成物を用いた摺動層の製造方法は、調製工程と、塗布工程と、摺動層形成工程と、からなる。
【0037】
調製工程は、[塗料組成物]の欄で説明した塗料組成物を調製する工程である。塗料組成物を調製する際には、上記樹脂溶液に上記フラーレン系炭素材および上記固体潤滑剤を一度に投入してもよいし、あるいは、別々に投入してもよい。また、樹脂溶液にフラーレン系炭素材のみを投入し、濾過などにより凝集したフラーレン系炭素材をある程度取り除いてから、固体潤滑剤を投入してもよい。塗料組成物を混合する際には、一般的なボールミルやミキサーを用いて混合すればよい。その結果、フラーレン系炭素材は溶媒に良好に溶解し、固体潤滑剤も樹脂溶液中に均一に分散される。また、後述の塗布工程で用いられる塗布方法に応じて、溶媒の量を適宜調整し、塗料組成物を希釈するとよい。
【0038】
塗布工程は、上記塗料組成物を基材の少なくとも摺動面側に塗布する工程である。塗料組成物を基材に塗布する方法に特に限定はなく、塗布法、フローコート法、スプレーコート法、スピンコート法、ロールコート法などの通常の塗工法により基材の対象部分に塗料組成物を塗布すればよい。なお、基材については、後の[摺動層を有する摺動部材]の欄で詳説する。
【0039】
摺動層形成工程は、塗料組成物の溶媒を除去して摺動層を形成する工程である。摺動層は、基材に塗布された塗料組成物を乾燥(必要に応じて焼成)し、硬化させることにより得られる。乾燥条件等は、樹脂溶液の溶媒の種類に応じて最適な条件を適宜選択すればよい。
【0040】
なお、本発明の塗料組成物を用いた摺動層の製造方法は、上記の実施の形態に限定されるものではなく、他の構成を追加してもよい。たとえば、基材の摺動面側の表面にメッキ処理、溶射処理、陽極酸化処理、化成処理、または粗面形成処理などの表面処理を施すなどし、基材の表面を改質したり、基材と摺動層との間に位置する中間層を形成してもよい。
【0041】
そして、本発明の塗料組成物を用いた摺動層の製造方法により、本発明の摺動層を有する摺動部材が得られる。以下に、本発明の摺動層を有する摺動部材について説明する。
【0042】
[摺動層を有する摺動部材]
本発明の摺動層を有する摺動部材は、基材と、基材の少なくとも摺動面側に形成された摺動層と、からなる。
【0043】
基材は、その材質や形状に特に限定はないが、金属製であるのが好ましい。たとえば、鉄や鋼、アルミニウムやMg、Cu、Zn、Si、Mn等を含むアルミニウム合金、銅やZn、Al、Sn、Mn等を含む銅合金などが好ましい。そして、基材は、特に、圧縮機の摺動部品であるのが好ましい。
【0044】
すなわち、本発明の摺動層を有する摺動部材は、圧縮機の摺動部材とすることができる。たとえば、摺動部材は、斜板式圧縮機の斜板に用いることができる。また、摺動部材は、圧縮機のシューに用いることができる。斜板式圧縮機の斜板とシューとは、運転初期に潤滑油がないドライ状態で相互に摺動する場合がある。このような非常に厳しいドライ状態で摺動する場合であっても、焼き付きや摩耗などを起こさないことが望まれる。そこで、摺動特性に優れる本発明の摺動部材を斜板式圧縮機の斜板やシュー等に用いることで、斜板式圧縮機に要求される条件を十分に満たすことができる。
【0045】
上記の他、圧縮機の駆動軸を支持するすべり軸受にも用いることができる。また、ピストン式圧縮機の駆動軸に一体的に軸支されると共に駆動軸をピストン圧縮機のハウジングに回転可能に枢支され駆動軸と同期回転することで圧縮室と吸入圧力領域との間のガス通路を開閉可能とするロータリバルブや、ピストン式圧縮機のピストンに用いることもできる。
【0046】
摺動層は、上記基材の少なくとも摺動面側に形成される。そして、摺動層は、樹脂組成物と、樹脂組成物に保持される固体潤滑剤と、からなる。
【0047】
樹脂組成物は、PAI樹脂と、PAI樹脂中に均一に分散したフラーレンと、からなる。PAI樹脂については、前述した通りである。また、フラーレンは、摺動層を100wt%としたとき、フラーレンを0.005wt%以上含むのが好ましく、さらに好ましくは、0.02wt%以上である。なお、摺動層内のフラーレンの量は、塗料組成物の固形分濃度に依存する。塗料組成物として好適な固形分濃度は、塗布する方法にもよるが、5〜80wt%である。そのため、溶媒の種類や量から考えて、フラーレンは、摺動層を100wt%としたとき0.005〜40wt%の範囲であるのが適当である。
【0048】
また、摺動層は、PAI樹脂に均一に分散できずに摺動層内で凝集などして不純物となったフラーレンを含む場合もある。この際、不純物となったフラーレンは、PAI樹脂中に均一に分散したフラーレンの重量を超えないのが好ましく、不純物の影響を受けずに摺動層の摺動特性を効果的に向上させることができる(前述)。
【0049】
固体潤滑剤は、フッ素樹脂、二硫化モリブデン、およびグラファイトのうちの少なくとも1種を含むのが好ましい。特に、固体潤滑剤が、ポリテトラフルオロエチレンであれば、摺動部材を無潤滑状態で使用しても、摺動特性に優れる。なお、固体潤滑剤は、摺動層を100重量%としたときに、10〜90重量%、さらに好ましくは 20〜70重量%保持されているのがよい。
【実施例】
【0050】
以下に、本発明の塗料組成物、塗料組成物を用いた摺動層の製造方法および摺動層を有する摺動部材の実施例を説明する。
【0051】
[摺動部用塗料組成物の調製工程]
常温常圧の下、ポリアミドイミド樹脂ワニス(以下「PAI樹脂ワニス」と記載)に、フラーレンおよび固体潤滑剤を混合し攪拌した後、3本ロールミルに通して混合物を得た。得られた混合物を、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)、キシレンおよびN,N−ジメチルアセトアミド(DMAC)で希釈し、摺動部用塗料組成物(塗料組成物a〜t)を得た。得られた塗料組成物a〜tの配合割合を表1に示す。
【0052】
なお、PAI樹脂ワニスには、日立化成工業社製HPC5000を、フラーレンには、フロンティアカーボン社のナノムミックス(C60を60wt%、C70を25wt%含む混合フラーレン)を、使用した。固体潤滑剤には、二硫化モリブデン(MoS2 :平均粒径10μm)、グラファイト(平均粒径1μm)、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE:平均粒径1μm)のうちのいずれかの粉末を用いた。また、表1において、混合フラーレンは、PAI樹脂および溶媒、固体潤滑剤の合計質量100gに対する配合量[mg/100g]を示す。
【0053】
【表1】

【0054】
[塗布工程および摺動層形成工程]
得られた塗料組成物a〜tを、アルミニウム合金(A390)からなる円板状の基材(φ90mm、厚さ5mm)の摺動面(脱脂済み)にロールコート転写し、膜厚20μmの塗膜を形成した。その後、大気中で200℃で60分間焼成して塗膜の溶媒成分を除去し、塗料組成物a〜tからなる摺動層をもつ摺動部材A〜Tを得た。
【0055】
なお、摺動部材Iおよび摺動部材Rは、混合フラーレンが配合されていない塗料組成物iおよび塗料組成物rを用いた比較例である。
【0056】
[摺動部材の評価]
上記の手順で得られた摺動部材A〜Tについて、摺動特性を評価した。
【0057】
(無潤滑焼き付き試験)
摺動部材A〜Tについて、無潤滑焼き付き試験を行った。試験装置を図1に示す。図1に示すように、回転軸5が基材1側から同軸的に固定された摺動部材A〜Tを、台座部7に固定された軸受鋼(SUJ2)からなるシュー6の上面で軸回りに回転させて、摺動層2とシュー6の上面とを摺接させた。この際、滑り速度10m/s、荷重2000Nとし、荷重2000Nに到達してから焼き付きが発生するまでの時間を測定した。
【0058】
摺動部材A〜Iの結果を表2および図2に、摺動部材J〜Rの結果を表3および図3に、摺動部材S、Tの結果を表4に、それぞれ示す。
【0059】
(オイル潤滑試験)
摺動部材A〜Tについて、オイル潤滑試験を行った。図1に示す試験装置を用い、冷凍機油潤滑下で、滑り速度10m/s、荷重5000Nで1時間試験を行った後の摺動層2の摩耗量を測定した。
【0060】
摺動部材A〜Iの結果を表2および図4に、摺動部材J〜Rの結果を表3および図5に、摺動部材S、Tの結果を表4に、それぞれ示す。
【0061】
【表2】

【0062】
【表3】

【0063】
【表4】

【0064】
図2および図4のグラフからわかるように、本実施例の摺動部材A〜Hは、比較例である摺動部材Iに比べ、無潤滑での耐焼き付き性またはオイル存在下での耐摩耗性が向上した。ここで、摺動部材A〜Eは、塗料組成物a〜eにおいて混合フラーレンの重量の半分以上が溶媒に溶解している(たとえば、塗料組成物eにおいて、溶解したものと溶解しないものとの重量比が8:2程度)ため、フラーレンを用いない摺動部材Iよりも摺動特性が大きく向上した。特に、摺動部材A〜Cは、塗料組成物a〜cにおいて混合フラーレンのほぼ全てが溶媒に溶解(C60、C70が全て溶解)しており、摺動特性に優れる。
【0065】
また、図3および図5のグラフからわかるように、本実施例の摺動部材J〜Pは、比較例である摺動部材Rに比べ、無潤滑での耐焼き付き性またはオイル存在下での耐摩耗性が向上した。ここで、摺動部材J〜Nは、塗料組成物j〜nにおいて混合フラーレンの重量の半分以上が溶媒に溶解している(たとえば、塗料組成物nにおいて、溶解したものと溶解しないものとの重量比が1:1程度)ため、フラーレンを用いない摺動部材Rよりも摺動特性が大きく向上した。特に、摺動部材J〜Lは、塗料組成物j〜lにおいて混合フラーレンのほぼ全てが溶媒に溶解(C60、C70が全て溶解)しており、摺動特性に優れる。
【0066】
なお、摺動部材Qでは、混合フラーレンのうち、溶媒に溶解したフラーレンよりも溶解しなかったフラーレンの方が遙かに多くなったため、摺動特性に対する効果が現れなかったと考えられる。
【0067】
摺動部材Sは、塗料組成物sにおいて混合フラーレンのほぼ全てが溶媒に溶解(C60、C70が全て溶解)しており、摺動特性に優れた摺動部材であった。また、摺動部材Tは、塗料組成物tにおいて溶媒に溶解しない混合フラーレンがあるが(溶解したものと溶解しないものとの比が6:4程度)、フラーレンを用いない摺動部材Rよりも摺動特性が大きく向上した。
【0068】
また、固体潤滑剤としてPTFEを用いた摺動部材J〜Q、SおよびTは、無潤滑での摺動特性に優れた摺動部材であった。
【図面の簡単な説明】
【0069】
【図1】摺動部材の摺動特性の評価に用いた試験装置を説明する模式図である。
【図2】実施例の摺動部材A〜Hおよび摺動部材Iの無潤滑焼き付き試験の結果を示すグラフであって、混合フラーレンの配合量に対する焼き付き時間を示すグラフである。
【図3】実施例の摺動部材J〜Qおよび摺動部材Rの無潤滑焼き付き試験の結果を示すグラフであって、混合フラーレンの配合量に対する焼き付き時間を示すグラフである。
【図4】実施例の摺動部材A〜Hおよび摺動部材Iのオイル潤滑試験の結果を示すグラフであって、混合フラーレンの配合量に対する摩耗量を示すグラフである。
【図5】実施例の摺動部材J〜Qおよび摺動部材Rのオイル潤滑試験の結果を示すグラフであって、混合フラーレンの配合量に対する摩耗量を示すグラフである。
【符号の説明】
【0070】
1:基材
2:摺動層
A〜T:摺動部材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリアミドイミド樹脂と該ポリアミドイミド樹脂を溶解する溶媒とからなる樹脂溶液と、少なくとも一部が該溶媒に分子状態で分散したフラーレン系炭素材と、固体潤滑剤と、を含むことを特徴とする塗料組成物。
【請求項2】
前記フラーレン系炭素材は、Cm で表される球殻状炭素クラスター分子(mはCm が球殻状構造となる自然数)からなる請求項1記載の塗料組成物。
【請求項3】
前記フラーレン系炭素材は、該フラーレン系炭素材を100wt%としたときC60および/またはC70を75wt%以上含む請求項1記載の塗料組成物。
【請求項4】
前記フラーレン系炭素材は、その重量の半分以上が前記溶媒に分散している請求項1〜3のいずれかに記載の塗料組成物。
【請求項5】
前記フラーレン系炭素材のC60および/またはC70は、その全てが前記溶媒に分散している請求項3記載の塗料組成物。
【請求項6】
前記樹脂溶液の溶媒は、n−メチル−2−ピロリドン、キシレンおよびN,N−ジメチルアセトアミドのうちの少なくとも1種を含む請求項1記載の塗料組成物。
【請求項7】
ポリアミドイミド樹脂と該ポリアミドイミド樹脂を溶解する溶媒とからなる樹脂溶液と、少なくとも一部が該溶媒に分子状態で分散したフラーレン系炭素材と、固体潤滑剤と、を含む塗料組成物を調製する調製工程と、
前記塗料組成物を基材の少なくとも摺動面側に塗布する塗布工程と、
前記塗料組成物の溶媒を除去して摺動層を形成する摺動層形成工程と、
からなることを特徴とする塗料組成物を用いた摺動層の製造方法。
【請求項8】
基材と、
該基材の少なくとも摺動面側に形成され、ポリアミドイミド樹脂と該ポリアミドイミド樹脂中に均一に分散したフラーレンとからなる樹脂組成物と、該樹脂組成物に保持される固体潤滑剤と、からなる摺動層と、
を有することを特徴とする摺動層を有する摺動部材。
【請求項9】
前記フラーレンは、C60および/またはC70である請求項8記載の摺動層を有する摺動部材。
【請求項10】
前記摺動層は、該摺動層を100wt%としたとき前記フラーレンを0.005wt%以上含む請求項8記載の摺動層を有する摺動部材。
【請求項11】
前記摺動層は、該摺動層を100wt%としたとき前記フラーレンを0.005〜40wt%含む請求項8記載の摺動層を有する摺動部材。
【請求項12】
前記固体潤滑剤は、フッ素樹脂、二硫化モリブデン、およびグラファイトのうちの少なくとも1種を含む請求項8記載の摺動層を有する摺動部材。
【請求項13】
前記固体潤滑剤は、少なくともポリテトラフルオロエチレンを含む請求項8記載の摺動層を有する摺動部材。
【請求項14】
前記基材は、圧縮機の摺動部品である請求項8記載の摺動層を有する摺動部材。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−160799(P2006−160799A)
【公開日】平成18年6月22日(2006.6.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−350331(P2004−350331)
【出願日】平成16年12月2日(2004.12.2)
【出願人】(000003218)株式会社豊田自動織機 (4,162)
【Fターム(参考)】