説明

変速制御装置

【課題】変速制御装置に関し、係合側トルク容量を適切に制御して変速時のトルクショックを抑制する。
【解決手段】自動変速機9に入力されるエンジン出力トルクを検出手段2bで検出する。また、このエンジン出力トルクと、エンジン11の回転速度の上昇に供されるエンジン回転速度増加トルクとのトルク差を第一演算手段1bで演算し、これをエンジン未使用トルクとし、このエンジン未使用トルクに基づき、自動変速機9の変速動作時における係合側の摩擦係合要素3a,3bの係合状態を制御手段1gで制御する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動変速機の変速動作を制御する変速制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、エンジン(内燃機関)からの伝達トルクで回転する回転要素と複数の摩擦係合要素とを有する変速機構を備えた自動変速機が知られている。
ギヤセットを偶数段及び奇数段の二系統に分離してそれぞれのギヤセットにクラッチ(摩擦係合要素)を設けたデュアルクラッチ式の自動変速機(DTC)では、一方のクラッチを解放しつつ他方のクラッチを係合させることによって変速比が変更される(例えば、特許文献1参照)。この場合、二つのクラッチの動作を協調的に制御して掛け替えることにより、滑らかな変速動作が達成される。
【0003】
また、複数の回転要素からなる遊星歯車機構とトルクコンバータとを組み合わせた自動変速機(トルコン式AT)では、個々の回転要素の回転動作を拘束,解放するクラッチやブレーキ(摩擦係合要素)の断接の組み合わせを変更することによって変速比が変更される(例えば、特許文献2参照)。この場合も、回転要素を解放するブレーキの動作と係合させるブレーキの動作とを同期させることにより、スムーズな変速動作が期待できる。
【0004】
ところで、一般的な自動変速機の変速過程では、トルクフェーズやイナーシャフェーズといった制御フェーズ(制御段階)が設定されて、円滑な変速動作が実現される。
トルクフェーズとは、自動変速機に入力されるエンジン回転数を変化させることなく一方の摩擦係合要素から他方の摩擦係合要素へとトルクを受け渡すフェーズである。このトルクフェーズでは、係合側の摩擦係合要素が徐々に係合されると同時に解放側の摩擦係合要素が徐々に解放される。これにより、トルクの伝達先が解放側の摩擦係合要素に接続された一方の入力軸から他方の入力軸へと掛け替えられ、エンジンに負荷が作用しない状態で自動変速機の出力軸トルクが減少する。
【0005】
また、イナーシャフェーズとは、自動変速機の入力回転数と係合側の摩擦係合要素の回転数とを同期させるフェーズである。このイナーシャフェーズでは、解放側の摩擦係合要素がほぼ完全に解放されてトルク伝達を遮断するとともに、係合側の摩擦係合要素がさらに係合されトルクを伝達するようになる。このとき、係合側の摩擦係合要素の係合によって自動変速機の入力側の慣性(イナーシャ)が変化し、エンジン回転数も変化する。そのため、イナーシャフェーズではトルクフェーズよりもゆっくりと係合側の摩擦係合要素を係合させて、変速ショックを抑制している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2009−257408号公報
【特許文献2】特開2007−99221号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
トルクフェーズでは、係合側の入力軸に受け渡されるトルクが解放側に入力されるトルクの減少分で賄われる。つまり、一方の入力軸から他方の入力軸へのトルクの受け渡しが適切に行われれば、エンジン回転数は変化しないことになる。
【0008】
しかしながら、このトルクフェーズの過程で解放側の摩擦係合要素を介したトルク伝達が途切れるよりも前に係合側の摩擦係合要素のトルク容量が過大になると、二つの摩擦係合要素のそれぞれに接続された入力軸の両方が係合した二重噛みの状態となる。つまり、係合側の摩擦係合要素の係合度合いが強過ぎると、係合側へ流れ込みトルクが急激に増加し、トルクフェーズでショックが発生しかねない。
【0009】
また、アクセルオンのシフトアップ方向への変速時におけるトルクフェーズでは、通常エンジン回転数が徐々に増加する。このとき、自動変速機に入力されるトルクの大きさは、実際にエンジンで発生したエンジントルクから、エンジン回転数を上昇させるために消費されるトルクを差し引いた大きさのトルクとなる。
【0010】
一方、係合側の摩擦係合要素のトルク容量がそのエンジントルクを上回ると、エンジン回転数を上昇させるために消費されるべきトルクが自動変速機側に流れ込み、エンジン回転数が上昇しない状態となる。この場合、自動変速機の駆動系構成部品のねじりや出力軸トルクの増加に起因する加速度変化が生じ、トルクフェーズからイナーシャフェーズへ移行する前後でショックが発生する場合がある。
このように、従来の自動変速機の変速制御では、摩擦係合要素の切り換え時における係合側トルク容量の適正化が難しいという課題がある。
【0011】
本件は、上記のような課題に鑑み創案されたもので、係合側トルク容量の好適な制御により変速動作時のトルクショックを抑制することができるようにした変速制御装置を提供することを目的とする。
なお、この目的に限らず、後述する発明を実施するための形態に示す各構成により導かれる作用効果であって、従来の技術によっては得られない作用効果を奏することも本件の他の目的として位置づけることができる。
【課題を解決するための手段】
【0012】
(1)ここで開示する変速制御装置は、エンジンの出力軸に接続され、複数の摩擦係合要素の少なくとも一つを解放するとともに少なくとも他の一つを係合させて変速動作を行う自動変速機と、前記出力軸を介して前記自動変速機に入力されるエンジン出力トルクを検出する検出手段と、を備える。
また、前記検出手段で検出された前記エンジン出力トルクのうち、前記エンジンの回転速度の上昇に供されるエンジン回転速度増加トルクを演算して、前記エンジン出力トルクと前記エンジン回転速度増加トルクとのトルク差をエンジン未使用トルクとして演算する第一演算手段と、を備える。
さらに、前記第一演算手段で演算された前記エンジン未使用トルクに基づき、前記自動変速機の変速動作時における係合側の前記摩擦係合要素の係合状態を制御する制御手段を備える。
【0013】
(2)また、前記エンジンが車両に搭載されたエンジンであって、前記エンジンの燃料噴射量を検出する燃料噴射量検出手段と、前記車両のドライバによるアクセル操作量を検出するアクセル操作量検出手段と、前記エンジンのエンジン回転数を検出するエンジン回転数検出手段と、前記アクセル操作量検出手段で検出された前記アクセル操作量と前記エンジン回転数検出手段で検出された前記エンジン回転数とに基づき、前記ドライバが前記エンジンに要求するドライバ要求トルクを演算する第二演算手段と、を備えてもよい。
この場合、前記検出手段が、前記燃料噴射量検出手段で検出された前記燃料噴射量に基づいて前記エンジン出力トルクを検出し、前記制御手段が、前記第二演算手段で演算された前記ドライバ要求トルクと前記第一演算手段で演算された前記エンジン未使用トルクとのうちの小さい一方を用いて前記摩擦係合要素の係合状態を制御することができる。
【0014】
(3)また、前記第一演算手段で演算された前記エンジン未使用トルクに基づき、前記摩擦係合要素の目標トルクを前記検出手段で検出された前記エンジン出力トルク以下の範囲で設定する設定手段を備えてもよい。
この場合、前記制御手段が、前記摩擦係合要素を介して伝達されるトルクが前記設定手段で設定された前記目標トルクになるように前記係合状態を制御することができる。
【0015】
(4)また、前記設定手段で設定された前記目標トルクに対する前記第一演算手段で演算された前記エンジン未使用トルクの反映率として0よりも大きく1以下の値を持つ重み係数を設定する重み係数設定手段と、前記重み係数設定手段で設定された前記重み係数と前記第一演算手段で演算された前記エンジン未使用トルクとの第一乗算値を算出する第一重み付け手段と、前記重み係数設定手段で設定された前記重み係数を1から減算した値と前記第二演算手段で演算された前記ドライバ要求トルクとの第二乗算値を算出する第二重み付け手段と、を備えてもよい。
この場合、前記制御手段が、前記第一重み付け手段で算出された前記第一乗算値と、前記第二重み付け手段で算出された前記第二乗算値との加算値を用いて前記摩擦係合要素の係合状態を制御することができる。
【0016】
(5)また本件は、前記出力軸に対して並列に設けられた一対の動力伝達経路と、前記一対の動力伝達経路のそれぞれに介装されたクラッチ及びギヤトレーンと、を有するデュアルクラッチ式の前記自動変速機に適用することもできる。
【発明の効果】
【0017】
(1)請求項1記載の変速制御装置によれば、エンジン未使用トルクに基づく係合側摩擦係合要素の係合状態の制御により、係合側の摩擦係合要素のトルク容量にエンジン回転速度増加トルク分の余裕を持たせることができる。これにより、係合側の摩擦係合要素のつなぎ過ぎによるエンジン回転数の変動や出力軸トルクの変動を抑制することができ、変速ショックを低減することができる。
また、係合側のクラッチのトルク容量にエンジン回転速度増加トルク分の余裕が生じるため、クラッチの個体差や制御上の作動誤差を吸収することができ、制御性を高めることができる。
【0018】
(2)請求項2記載の変速制御装置によれば、ドライバ要求トルクとエンジン未使用トルクとのうちの小さい一方を用いて係合状態を制御することで、エンジン回転数の変動や出力軸トルクの変動を確実に抑制することができる。
(3)請求項3記載の変速制御装置によれば、係合側の摩擦係合要素の目標トルクがエンジン出力トルク以下の範囲で設定されるため、エンジン回転数の変動や出力軸トルクの変動を効果的に抑制することができる。
【0019】
(4)請求項4記載の変速制御装置によれば、重み係数を用いてエンジン未使用トルクを目標トルクに反映させることで、変速時の動力性能を優先するか、それともフィーリングを優先するかを容易に設定することができる。
(5)請求項5記載の変速制御装置によれば、いわゆるデュアルクラッチ式のトランスミッションを搭載した車両のアクセルオンでのシフトアップ中のトルクショックを抑制することができ、動力特性と運転フィーリングとを両立させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】一実施形態に係る変速制御装置の全体構成を模式的に例示する図である。
【図2】図1の変速制御装置に記憶された目標トルクとクラッチ駆動電流との関係を例示するグラフである。
【図3】図1の変速制御装置で実施される制御を例示するフローチャートである。
【図4】図1の変速制御装置によるシフトアップ変速時の制御作用を例示するグラフであり、(a)はエンジン回転数の経時変動を示し、(b)はクラッチ駆動電流の経時変動を示し、(c)は自動変速機の出力軸トルクの変動を示す。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、図面を参照して開示の変速制御装置について説明する。なお、以下に示す実施形態はあくまでも例示に過ぎず、以下の実施形態で明示しない種々の変形や技術の適用を排除する意図はない。
【0022】
[1.装置構成]
本実施形態の変速制御装置10は、図1に示すエンジン(内燃機関)11を搭載した車両に適用される。このエンジン11は、コモンレール式燃料噴射システムを具備した多気筒ディーゼルエンジンである。エンジン11の各気筒にはピエゾ式のインジェクタ19が設けられ、燃料噴射量や噴射タイミング等が電気的に制御されている。
【0023】
インジェクタ19には、図示しない燃料供給ポンプ(サプライポンプ)で加圧された高圧燃料を蓄えるコモンレールが接続される。コモンレールは、各気筒のインジェクタ19に燃料を分配供給するものである。また、インジェクタ19の内部には、僅かに間隔を開けてピエゾ素子(セラミック圧電素子)を積層した微細管が設けられ、この微細管の内部に高圧燃料が封入されている。インジェクタ19は、後述するエンジンECU2から伝達される駆動信号を受けてピエゾ素子を変形させ、高圧燃料を微細管から押し出すことによって、各気筒の燃焼室内に噴射供給するように作動する。
【0024】
エンジン11には、エンジン回転数Neを検出するエンジン回転数センサ14(エンジン回転数検出手段)が設けられる。ここで検出されたエンジン回転数Neは、エンジンECU2及び後述する変速機ECU1に伝達される。なお、エンジン回転数センサ14のセンシング対象は、エンジン11のクランクシャフトの回転角や角速度だけでなく、エンジン11の出力軸11aの角速度、クランクシャフトと同期回転するカムシャフトの角速度等としてもよい。
【0025】
エンジン11を搭載した車両の任意の位置には、アクセルペダルの踏み込み量に対応するアクセル開度θACを検出するアクセル開度センサ15(アクセル操作量検出手段)と、車両の重量W(あるいは積載物の重量)を検出する重量センサ16とが設けられる。アクセル開度センサ15で検出されたアクセル開度θACはエンジンECU2に伝達され、重量センサ16で検出された重量WはエンジンECU2及び変速機ECU1に伝達される。
なお、アクセル開度θACは運転者の加速要求に対応するパラメータであり、言い換えるとエンジン11の負荷に相関するパラメータである。また、車両の重量Wは慣性質量に対応するパラメータであり、これもエンジン11の負荷に相関するパラメータであるといえる。
【0026】
エンジン11の出力軸11aには、自動変速機9が接続される。この自動変速機9は、変速ユニット4を偶数段及び奇数段の二系統に分離してそれぞれの変速ユニット4にクラッチ3(摩擦係合要素)を設けたデュアルクラッチ式のトランスミッション(DTC,Dual Clutch Transmission)である。図1では、自動変速機9の動作原理を明示すべく、その構造を簡素化して表現している。自動変速機9の動力伝達経路である第一動力伝達経路5A及び第二動力伝達経路5Bは、エンジン11の出力軸11aに対して並列に接続される。自動変速機9の変速動作は、何れか一方の動力伝達経路上に介装されたクラッチ3a又は3bを解放するとともに他方のクラッチ3b又は3aを係合させることによって達成される。
【0027】
第一動力伝達経路5A上には、第一クラッチ3a及び第一変速ユニット4aが設けられ、第二動力伝達経路5B上には、第二クラッチ3b及び第二変速ユニット4bが設けられる。第一クラッチ3a及び第二クラッチ3bは、ATF(Automatic Transmission Fluid)が封入されたケース内で複数の摩擦板を離接させて係合状態を制御する湿式多板クラッチである。第一クラッチ3aは、第一動力伝達経路5Aを介した第一変速ユニット4aへの動力伝達を担っており、第二クラッチ3bは、第二動力伝達経路5Bを介した第二変速ユニット4bへの動力伝達を担っている。
【0028】
第一クラッチ3a及び第二クラッチ3bのそれぞれには、摩擦板を離接方向に駆動する油圧シリンダ18A,18Bが併設される。また、各々の油圧シリンダ18A,18Bには、油圧ポンプ7から吐出される作動油を導く第一油路6A及び第二油路6Bが接続される。さらに、第一油路6A及び第二油路6Bのそれぞれには、第一制御弁8A及び第二制御弁8Bが介装される。第一制御弁8A及び第二制御弁8Bは、変速機ECU1から出力される駆動電流に応じた開度に制御されて、第一油路6A及び第二油路6Bのそれぞれの作動油流量を制御する電磁比例弁である。なお、油圧ポンプ7は、油圧シリンダ18A,18Bに供給される作動油(又はATF)を吐出する作動油ポンプである。
【0029】
例えば、第一制御弁8Aの弁開度の開放により第一油路6Aの作動油圧が上昇すると、油圧ポンプ7から吐出される作動油によって油圧シリンダ18Aが伸張方向に駆動され、第一クラッチ3aの摩擦板が係合方向に移動する。一方、第一制御弁8Aの弁開度の閉鎖により第一油路6Aの作動油圧が下降すると、図示しないスプリングの作用で第一クラッチ3aの摩擦板が解放方向に移動する。第二クラッチ3bの動作についても第一クラッチ3aと同様である。したがって、第一クラッチ3a及び第二クラッチ3bのそれぞれの係合状態(クラッチ伝達トルク)は、変速機ECU1からの駆動電流に応じたものとなる。
【0030】
第一変速ユニット4a及び第二変速ユニット4bは、ギヤオイルで潤滑されたケース内に複数のギヤ(歯車)を収容する変速機構であり、歯合するギヤの組み合わせを変更することで変速比(減速比)を多段階に変更する。これらの変速ユニット4a,4bの変速動作は、変速機ECU1によって制御される。なお、図1ではこれらの変速ユニット4a,4bの変速動作を制御する油圧回路の図示が省略されている。
【0031】
また、第一変速ユニット4a及び第二変速ユニット4bのそれぞれには、変速段を検出する第一ギヤセンサ17a及び第二ギヤセンサ17bが設けられる。これらのギヤセンサ17で検出されたそれぞれの変速段は、変速機ECU1に伝達される。なお、これらの第一変速ユニット4a及び第二変速ユニット4bのそれぞれから出力される動力軸は一本の出力軸9aに合流している。出力軸9aの駆動力は、その下流に設けられる駆動輪側へと伝達される。
【0032】
本実施形態では、自動変速機9で実現される変速段のうち奇数段(1,3,5,7速など)が第一変速ユニット4aに分担され、偶数段(2,4,6,8速など)が第二変速ユニット4bに分担される。例えば、車両が3速で走行している状態では第一変速ユニット4aが介装された第一動力伝達経路5A側のみで駆動力が伝達され、第二動力伝達経路5Bは動作していない。第二変速ユニット4bの変速段は、変速動作の開始前に予め切り換えられ、スタンバイした状態となる。
【0033】
続いて変速動作が始まると、第一クラッチ3aの摩擦板が解放方向に駆動されるとともに第二クラッチ3bが係合方向に駆動され、エンジン11の動力の伝達先が第一動力伝達経路5A側から第二動力伝達経路5B側へと掛け替えられる。そして変速動作の終了後には、第二変速ユニット4bが介装された第二動力伝達経路5Bのみで駆動力が伝達される状態となる。変速機ECU1は、このような変速時におけるクラッチ3の切り換え動作を制御する。
【0034】
[2.制御構成]
上述のように、この車両には電子制御装置として、エンジンECU2(Engine - Electronic Control Unit,エンジン電子制御装置)と変速機ECU1(Electronic Control Unit,電子制御装置)とが搭載される。これらの電子制御装置は、例えばマイクロプロセッサやROM,RAM等を集積したLSIデバイスや組み込み電子デバイスとして構成され、車両に設けられたCAN,FlexRay等の通信ラインを介して互いに接続される。
【0035】
[2−1.エンジンECU]
エンジンECU2は、燃料系,吸排気系及び動弁系といったエンジン11の駆動に関する広汎なシステムを統括制御する電子制御装置であり、ここにはエンジン回転数センサ14,アクセル開度センサ15及び重量センサ16の各センサで検出された情報が入力される。なお、エンジンECU2に入力されるその他の具体的な情報としては、吸入空気流量やインテークマニホールド圧(吸気圧),過給圧(ターボ圧),吸気温度(給気温度),外気温,車速等が考えられるが、本実施形態ではこれらに関する説明を省略する。
【0036】
このエンジンECU2には、ドライバ要求トルク演算部2a及び燃料噴射量演算部2bが設けられる。
ドライバ要求トルク演算部2a(第二演算手段)は、エンジン回転数Neとアクセル開度θACとに基づき、ドライバ(運転者)がエンジン11に要求するドライバ要求トルクTDRIを設定又は演算するものである。ここでは、例えば予め設定された制御マップや演算式に基づいてドライバ要求トルクTDRIが設定又は演算される。ここで得られたドライバ要求トルクTDRIは、燃料噴射量演算部2bに伝達されるほか、変速機ECU1にも伝達される。
【0037】
燃料噴射量演算部2b(検出手段,燃料噴射量検出手段)は、エンジン11の各筒内への燃料噴射量を決定し、インジェクタ19に駆動信号を伝達するものである。
まず、燃料噴射量演算部2bは、ドライバ要求トルク演算部2aで演算されたドライバ要求トルクTDRIのほか、補機類で消費されるトルク,エンジンフリクショントルク,駆動系の機械的制約によるトルク,車両安定性を確保するために要求されるトルクといった様々な外部要求トルクを考慮して、目標エンジン出力トルクTENGTを演算する。なお、具体的な目標エンジン出力トルクTENGTの演算手法は多様に考えられ、例えば吸入空気流量やインテークマニホールド圧,過給圧,吸気温度(給気温度),外気温,車速等を併用して演算してもよい。
【0038】
また、燃料噴射量演算部2bは目標エンジン出力トルクTENGTに基づいて、各気筒に供給すべき燃料噴射量を決定し、インジェクタ19に駆動信号を伝達する。例えば、目標エンジン出力トルクTENGTとインジェクタ19の駆動信号との関係を規定したマップや数式等を予め燃料噴射量演算部2bに記憶させておき、これを用いてインジェクタ19に伝達する駆動信号を決定してもよい。
さらに、燃料噴射量演算部2bは上記の燃料噴射量に基づいて、実際にエンジン11の出力軸11aから自動変速機9に入力されるものと見込まれるエンジン出力トルクTENGを演算する。ここで演算されたエンジン出力トルクTENGは、変速機ECU1に伝達される。
【0039】
なお、燃料噴射量演算部2bはエンジン11の燃料噴射量を検出する燃料噴射量検出手段として機能するとともに、自動変速機9に入力されるエンジン出力トルクTENGを検出する検出手段として機能する。また、上記のドライバ要求トルク演算部2a及び燃料噴射量演算部2bの各機能は、電子回路(ハードウェア)によって実現してもよく、ソフトウェアとしてプログラミングされたものとしてもよい。あるいは、これらの機能のうちの一部をハードウェアとして設け、他部をソフトウェアとしたものであってもよい。
【0040】
[2−2.変速機ECU]
変速機ECU1は、自動変速機9の動作を制御する電子制御装置であり、ここにはエンジン回転数センサ14,重量センサ16及びギヤセンサ17の各センサで検出された情報と、エンジンECU2で演算されたドライバ要求トルクTDRI及びエンジン出力トルクTENGとが入力される。変速機ECU1は、自動変速機9の変速動作時に、第一クラッチ3a及び第二クラッチ3bを協調的に作動させて、一方のクラッチ3を解放しつつ他方のクラッチ3を係合させる掛け替え制御を実施する。
【0041】
本実施形態では、掛け替え制御のうち、係合側のクラッチ3の係合状態の制御機能に着目してこれを詳述する。変速機ECU1には、エンジン回転速度増加トルク演算部1a,エンジン未使用トルク演算部1b,設定部1c及び制御部1gが設けられる。
【0042】
エンジン回転速度増加トルク演算部1a(第一演算手段)は、エンジン出力トルクTENGのうち、エンジン11の回転速度を上昇させるのに消費されるエンジン回転速度増加トルクTZOUを演算するものである。エンジン回転速度増加トルクTZOUは、以下の式1に示すように、エンジン回転数Neの微分値とエンジンイナーシャIeとの積で与えられる。ここで演算されたエンジン回転速度増加トルクTZOUは、エンジン未使用トルク演算部1bに伝達される。
【0043】
ただし、エンジン回転速度増加トルクTZOUはドライバ要求トルクTDRIよりも小さい値である場合にのみ使用される。したがって、例えばエンジン回転速度増加トルクTZOUの上限値をその時のドライバ要求トルクTDRIの値にクリップするような演算を付加してもよいし、エンジン回転数Neの増加時にのみエンジン回転速度増加トルクTZOUを演算することとしてもよい。
【数1】

【0044】
エンジン未使用トルク演算部1b(第一演算手段)は、エンジン出力トルクTENGとエンジン回転速度増加トルクTZOUとのトルク差をエンジン未使用トルクTMISとして演算するものである。例えば、エンジン回転数Neが増加傾向にある状態では、エンジン未使用トルクTMISがエンジン出力トルクTENGよりも小さい値として演算される。ここで演算されたエンジン未使用トルクTMISは、設定部1cに伝達される。
【数2】

【0045】
設定部1c(設定手段)は、自動変速機9の変速時における係合側のクラッチ3の目標トルクTTGT(目標クラッチ伝達トルク)をエンジン出力トルクTENG以下の範囲で設定するものである。ここでは、ドライバ要求トルクTDRIとエンジン未使用トルクTMISとに基づいて目標トルクTTGTが設定される。
まず、ドライバ要求トルクTDRIがエンジン未使用トルクTMIS以下の場合、設定部1cはドライバ要求トルク演算部2aで演算されたドライバ要求トルクTDRIをそのまま目標トルクTTGTとして設定する。つまり、エンジン回転数Neとアクセル開度θACとに基づいて目標トルクTTGTが設定される。
【0046】
一方、ドライバ要求トルクTDRIがエンジン未使用トルクTMISよりも大きい場合、設定部1cは目標トルクTTGTに対してエンジン未使用トルクTMISを所定の割合で反映させる演算を行う。設定部1cには、目標トルクTTGTに対するエンジン未使用トルクTMISの反映率を意味する所定の重み係数kが設定されている。本実施形態では、重み係数kが0<k≦1の範囲内で予め設定された固定値とする。
なお、重み係数kの値を予め設定された定数とする代わりに、エンジン11の運転状態等に応じて設定される変数としてもよい。あるいは、ドライバによって任意に設定されるものとしてもよい。
【0047】
このような条件判定及び条件に応じた目標トルクTTGTの設定のための手段として、設定部1cには第一重み付け部1d,第二重み付け部1e及び加算部1fが設けられる。
第一重み付け部1d(第一重み付け手段)は、以下の式3に示すように、1から重み係数kを減じた値をドライバ要求トルクTDRIに乗算した第一乗算値Aを演算するものである。第一乗算値Aは、ドライバ要求トルクTDRIの目標トルクTTGTへのトルク反映分に相当する。
【数3】

【0048】
第二重み付け部1e(第二重み付け手段)は、以下の式4,式5に示すように、ドライバ要求トルクTDRIとエンジン未使用トルクTMISとのうちの何れか小さい一方を最小値Zとして選択し、その最小値Zに重み係数kを乗算した第二乗算値Bを演算するものである。最小値Zの選択には、例えばミニマム関数が用いられる。第二乗算値Bは、エンジン未使用トルクTMISの目標トルクTTGTへのトルク反映分に相当する。
【数4】

【0049】
加算部1fは、第一重み付け部1dで設定された第一乗算値Aと第二重み付け部1eで設定された第二乗算値Bとを加算し、これを目標トルクTTGTとして設定するものである。ドライバ要求トルクTDRIがエンジン未使用トルクTMIS以下の場合には、第二乗算値Bが重み係数kにドライバ要求トルクTDRIを乗じた値になるため、加算部1fで演算される加算値はドライバ要求トルクTDRIに一致する。一方、ドライバ要求トルクTDRIがエンジン未使用トルクTMISよりも大きい場合には、ドライバ要求トルクTDRIに対するエンジン未使用トルクTMISの比率と重み係数kとに応じて目標トルクTTGTがドライバ要求トルクTDRIよりも小さめに設定される。
【0050】
例えば、k=1であればエンジン未使用トルクTMISがそのまま目標トルクTTGTとして設定され、k=0.5であればエンジン未使用トルクTMISが50%反映され、残りの50%にドライバ要求トルクTDRIが反映された目標トルクTTGTが設定される。ドライバ要求トルクTDRI及びエンジン未使用トルクTMISの大小関係とそのときの目標トルクTTGTの値とをまとめると、以下の式6,式7の通りとなる。ここで設定された目標トルクTTGTは制御部1gに伝達される。
【数5】

【0051】
制御部1g(制御手段)は、自動変速機9の変速時(トルクフェーズ)における係合側のクラッチ3で伝達されるトルクが設定部1cで設定された目標トルクTTGTになるように、そのクラッチ3の係合状態(クラッチ伝達トルク)を制御するものである。制御部1gには、図2に示すように、目標トルクTTGTと第一制御弁8A及び第二制御弁8Bの開度を制御する駆動電流との関係を規定したマップや数式等が予め記憶されている。
【0052】
前述の通り、駆動電流とクラッチ3の係合状態との間には相関が認められる。したがって、制御部1gは、第一制御弁8A及び第二制御弁8Bへの駆動電流を制御することでクラッチ3の断接動作を制御するように機能する。なお、ATFの温度や粘度,第一油路6A及び第二油路6Bの作動油圧等の情報を併用してクラッチ3の係合度合いを制御してもよい。
また、上記のエンジン回転速度増加トルク演算部1a,エンジン未使用トルク演算部1b,設定部1c,第一重み付け部1d,第二重み付け部1e,加算部1f及び制御部1gの各機能は、電子回路(ハードウェア)によって実現してもよい。あるいは、ソフトウェアとしてプログラミングされたものとしてもよいし、これらの機能のうちの一部をハードウェアとして設け、他部をソフトウェアとしたものであってもよい。
【0053】
[3.フローチャート]
図3は、自動変速機9の変速動作に係る制御の一例を示すフローチャートである。このフローは、変速機ECU1の内部にて所定周期で繰り返し実施される。
ステップA10では、エンジンECU2で演算されたドライバ要求トルクTDRIとエンジン出力トルクTENGとが変速機ECU1に読み込まれる。また、ステップA20では、エンジン回転数センサ14で検出されたエンジン回転数Ne,エンジンイナーシャIe及び重み係数kが変速機ECU1に読み込まれる。
【0054】
ステップA30では、エンジン回転速度増加トルク演算部1aでエンジン回転速度増加トルクTZOUが演算される。ここで演算されるエンジン回転速度増加トルクTZOUの演算式は式1であり、その時点でのエンジン回転数NeとエンジンイナーシャIeとに基づいてエンジン回転速度増加トルクTZOUが演算される。エンジン回転数Neの増加速度が速いほど、エンジン回転速度増加トルクTZOUは大きくなる。
【0055】
ステップA40では、エンジン未使用トルク演算部1bでエンジン未使用トルクTMISが演算される。ここで演算されるエンジン未使用トルクTMISの演算式は式2であり、エンジン出力トルクTENGと前ステップで得られたエンジン回転速度増加トルクTZOUとに基づいてエンジン未使用トルクTMISが演算される。エンジン回転数Neの増加速度が速いほど、エンジン未使用トルクTMISは小さくなる。
【0056】
ステップA50では、第一重み付け部1dで第一乗算値Aが演算される。ここで演算される第一乗算値Aの演算式は式3であり、ドライバ要求トルクTDRIと重み係数kとに基づいて第一乗算値Aが演算される。重み係数kが小さいほど目標トルクTTGTに対するドライバ要求トルクTDRIの反映の割合が増大する。
【0057】
ステップA60では、第二重み付け部1eにおいて、ドライバ要求トルクTDRIとエンジン未使用トルクTMISと小さい一方が最小値Zとして選択される。例えば、エンジン回転数Neの増加中であってエンジン未使用トルクTMISがエンジン出力トルクTENGよりも小さければ(エンジン回転速度増加トルクTZOUが正の値であれば)、エンジン未使用トルクTMISが最小値Zとなる。
【0058】
続くステップA70では、第二重み付け部1eで第一乗算値Bが演算される。ここで演算される第二乗算値Bの演算式は式5であり、前ステップで得られた最小値Zと重み係数kとに基づいて第二乗算値Bが演算される。重み係数kが大きいほど目標トルクTTGTに対する最小値Zの反映の割合が増大する。
ステップA80では、加算部1fで第一乗算値Aと第二乗算値Bとが加算され、目標トルクTTGTが設定される。この目標トルクTTGTは、自動変速機9の変速動作時における係合側のクラッチ3に伝達させたいクラッチ伝達トルクの目標値となる。
【0059】
その後、ステップA90では、係合側のクラッチ3で目標トルクTTGTが得られるように、制御部1gから第一制御弁8A及び第二制御弁8Bへと駆動電流が出力される。例えば、係合側のクラッチ3が第一クラッチ3aである場合には、第一制御弁8Aに駆動電流が出力される。なおこのとき、第二制御弁8Bには第二クラッチ3bの摩擦板を解放方向に駆動するための駆動電流が出力され、トルクフェーズでクラッチ3の掛け替え制御が遂行される。
【0060】
[4.作用]
図4は、アクセルオンでのシフトアップ中における上記車両の挙動を示すものであり、(a)はエンジン回転数の経時変動、(b)はクラッチ駆動電流の経時変動、(c)は自動変速機9から出力される出力軸トルクの経時変動である。ここでは、偶数段から奇数段への変速動作例を説明する。
【0061】
変速動作の開始前にはアクセルペダルが踏み込まれており、図4(a)に実線で示すように、エンジン回転数Neが徐々に上昇している。時刻t1に所定の変速開始条件が成立すると、図4(b)に実線で示すように、係合側の第一制御弁8Aへの駆動電流が出力され、第一クラッチ3aのガタ詰めが実施される。また、ガタ詰め動作が完了する時刻t2になると、第一制御弁8Aへの駆動電流がやや弱められると同時に、開放側の第二制御弁8Bへの駆動電流が徐々に減少するように制御される。このときからトルクフェーズが開始され、変速動作に係る負荷がエンジン11に作用しないように、第二クラッチ3bから第一クラッチ3aへのトルクの掛け替え制御が実施される。
【0062】
トルクフェーズでは、第二制御弁8Bの駆動電流を徐々に減少させつつ〔図4(b)中の一点鎖線〕、第一制御弁8Aの駆動電流を徐々に増加させて〔図4(b)中の実線〕、解放側から係合側へのトルクの受け渡しがなされる。これにより、図4(c)に実線で示すように、出力軸トルクが減少方向に推移する。
【0063】
ここで、図4(b)に破線で示すように、トルクフェーズでドライバ要求トルクTDRIをそのまま係合側の第一クラッチ3aの目標トルクTTGTとして設定した場合を想定する。一般に、係合側の第一クラッチ3aをつなぎ過ぎる(係合度合いが強過ぎる、又は、係合速度が速過ぎる)と、第一クラッチ3aのトルク容量が過大となり、第一動力伝達経路5A及び第二動力伝達経路5Bが同時に係合した二重噛みの状態となる可能性がある。この場合、図4(c)に破線で示すように、トルクフェーズでの出力軸トルクの落ち込み量が増大し、図4(c)中に符号Xで示すようなトルクショックの要因となる。
【0064】
また、係合側の第一クラッチ3aのつなぎ過ぎにより、例えば時刻t3に第一クラッチ3aのトルク容量がエンジン出力トルクTENGを上回ってしまう場合も考えられる。この場合、図4(a)に破線で示すように、イナーシャフェーズの開始前にエンジン回転数Neの上昇が抑制され、エンジン回転数Neを上昇させるために消費されるべきトルクが駆動系へと流れ込むおそれが生じる。つまり、本来入力されるはずのトルクよりも大きなトルクが自動変速機9に伝達されることになり、駆動系構成部品のねじりや出力軸トルクの増加に起因する加速度変化が生じやすくなる。これにより、図4(c)中に符号Yで示すように、トルクフェーズからイナーシャフェーズへ移行する前後でショックが発生しかねない。
【0065】
特に、エンジン回転数Neを上昇させながら変速動作を行うような場合には、エンジン出力トルクTENGの一部がエンジン回転速度増加トルクTZOUとして消費されてしまうため、第一クラッチ3aのトルク容量がエンジン出力トルクTENGを上回りやすい。
【0066】
これに対し、本変速制御装置10では、エンジン出力トルクTENGからエンジン回転速度増加トルクTZOUを減じたエンジン未使用トルクTMISに基づいて、トルクフェーズでの係合側の第一クラッチ3aの目標トルクTTGTが設定される。つまり、第一クラッチ3aの目標トルクTTGTがエンジン回転速度増加トルクTZOUに応じて減少方向に補正されることになり、第一クラッチ3aのトルク容量がエンジン出力トルクTENGを上回ることがなくなる。したがって、エンジン出力トルクTENG中のエンジン回転速度増加トルクTZOUが確保され、図4(a)に実線で示すように、エンジン回転数Neは時刻t4まで上昇する。
【0067】
また、第一クラッチ3aの目標トルクTTGTはドライバ要求トルクTDRIよりも小さめに設定されるため、トルクフェーズで第一制御弁8Aに伝達される駆動電流は、図4(b)に破線で示すものよりも減少方向に補正され、第一クラッチ3aの係合力が低下する。これにより、第一動力伝達経路5A及び第二動力伝達経路5Bが同時に係合するような二重噛みの発生も防止される。したがって、図4(c)に実線で示すように、トルクフェーズ及びイナーシャフェーズでの出力軸トルクの変動が抑制され、滑らかな変速動作が実現される。
【0068】
なお、イナーシャフェーズを開始する時刻t4以降は、図4(b)に一点鎖線で示すように、第二制御弁8Bへの駆動電流の供給が遮断され、第二クラッチ3bが解放される。一方、係合側の第一クラッチ3aは徐々に係合状態が強められてトルクを伝達する。これにより、図4(a)に実線で示すようにエンジン回転数Neが低下し、時刻t5にイナーシャフェーズが完了する。
【0069】
[5.効果]
このように、上記の変速制御装置10では、エンジン未使用トルクTMISに基づいてトルクフェーズでの係合側のクラッチ3の係合状態が制御されるため、変速時におけるクラッチ3のつなぎ過ぎによるエンジン回転数Neの変動や出力軸トルクの変動を抑制することができ、変速ショックを低減することができる。
また、エンジン未使用トルクTMISはエンジン出力トルクTENGとエンジン回転速度増加トルクTZOUとのトルク差であるから、係合側のクラッチ3のトルク容量にはエンジン回転速度増加トルクTZOU分の余裕ができることになる。したがって、クラッチ3の個体差や制御上の作動誤差を吸収することができ、制御性を高めることができる。
【0070】
また、上記の変速制御装置10によれば、ドライバ要求トルクTDRIとエンジン未使用トルクTMISとのうちの小さい一方を用いて係合状態が制御される。つまり、ドライバ要求トルクTDRIがエンジン未使用トルクTMIS以下の場合には、ドライバ要求トルクTDRIが使用され、逆にドライバ要求トルクTDRIがエンジン未使用トルクTMISよりも大きい場合には、エンジン未使用トルクTMISが使用される。
これにより、例えばエンジン回転数Neが低下しているような運転状態であっても、目標トルクTTGTがエンジン出力トルクTENGを上回るようなことを防止でき、エンジン回転数Neの変動や出力軸トルクの変動を確実に抑制することができる。
【0071】
なお、上記の変速制御装置10では、係合側のクラッチ3の目標トルクTTGTが確実にエンジン出力トルクTENG以下の範囲で設定されるため、エンジン回転数Neの変動や出力軸トルクの変動を効果的に抑制することができる。
特に、アクセルオンでのシフトアップ中に係合側のクラッチ3で伝達されるクラッチ伝達トルクがエンジン出力トルクTENGを上回ることがないため、ショックが発生せず乗り心地をよくすることができる。さらに、変速時に駆動系構成部品に入力されるねじりや加速度変化も抑制されるため、駆動系構成部品の耐久性を向上させることができる。
【0072】
また、上記の変速制御装置10では、重み係数kを用いて目標トルクTTGTに対するエンジン未使用トルクTMISの反映率を与えている。これにより、変速時の動力性能を優先するか、それともフィーリングを優先するかを容易に設定することができる。
例えば、重み係数kの値を大きく設定すれば、目標トルクTTGTがドライバ要求トルクTDRIよりもエンジン未使用トルクTMISの影響を受けやすくなり、係合側クラッチの係合力が低下する。したがって、自動変速機9の出力軸トルクの変動が小さくなり、変速ショックを抑制することができる。逆に、重み係数kの値を小さく設定すれば、目標トルクTTGTがエンジン未使用トルクTMISよりもドライバ要求トルクTDRIに近い値に設定されるため、アクセル操作に応じたスポーティーな操作感を実現することができる。また、クラッチ滑りによる動力伝達ロスが少なくなるため、燃費性能を向上させることも可能である。
【0073】
したがって、運転フィーリング,動力性能,燃費性能といったさまざまな特性を考慮したうえで、優先したい性能に応じて重み係数kの値を設定することができ、変速時の挙動を柔軟に変更することが可能である。また、例えば複数の異なる車種に対して本変速制御装置10を適用する場合に、重み係数kのみの変更でそれぞれの車種に最適な制御を実施することが可能であり、極めて汎用性が高いという利点もある。
【0074】
また、本変速制御装置10によれば、デュアルクラッチ式のトランスミッションを搭載した車両の変速時に発生しうるトルクショックを、係合側のクラッチ3のみの制御で確実に抑制することができ、動力特性と運転フィーリングとを両立させることができる。
このように、上記の変速制御装置10は、クラッチ3の切り換え時における係合側トルク容量を適正化することができ、変速動作時のショックを抑制することができる。
【0075】
[6.変形例]
上述した実施形態に関わらず、それらの趣旨を逸脱しない範囲で種々変形して実施することができる。本実施形態の各構成は、必要に応じて取捨選択することができ、あるいは適宜組み合わせてもよい。
【0076】
上述の実施形態では、目標トルクTTGTの設定時に、ドライバ要求トルクTDRIとエンジン未使用トルクTMISとのうちの何れか小さい一方を最小値Zとして選択し、最小値Zに重み係数kを乗算するとともにドライバ要求トルクTDRIに係数(1-k)を乗算することによって、目標トルクTTGTがドライバ要求トルクTDRI以下にしている。つまり、ドライバ要求トルクTDRIを用いて、目標トルクTTGTがエンジン出力トルクTENG以下の範囲に収まることを保証している。しかし、目標トルクTTGTをエンジン出力トルクTENG以下に制御するための演算手法はこれに限定されない。
【0077】
例えば、ドライバ要求トルクTDRIとエンジン未使用トルクTMISとの比較演算を行い、ドライバ要求トルクTDRIがエンジン未使用トルクTMISよりも大きい場合にのみ、エンジン未使用トルクTMISを目標トルクTTGTに設定してもよい。このような演算でも、例えばエンジン回転速度増加トルクTZOUが負の値となる状態でエンジン未使用トルクTMISがエンジン出力トルクTENGを上回ってしまう場合であっても、目標トルクTTGTがエンジン出力トルクTENG以上になることを防止できる。
【0078】
また、上述の実施形態では、重み係数kの値を予め設定された固定値としたが、エンジン11の運転状態やドライバの嗜好等に応じて設定される変数としてもよい。例えば、車両のインストルパネルに「スポーツモード」や「安定モード」といった動力性能,運転フィーリングを設定するための入力装置を設け、入力情報に応じて重み係数kを変更する構成とする。ドライバによる制御内容のカスタマイズを可能とすることで、車両のユーザビリティをさらに向上させることができる。
【0079】
また、上述の実施形態では、変速制御装置10をディーゼルエンジンに接続したものを例示したが、エンジンの燃焼形式は任意であり、ガソリンエンジンやその他の内燃機関の駆動系に適用することが可能である。また、変速制御装置10の適用対象となるエンジンは、自動車やバス,トラック等の車両に搭載される車載エンジンに限定されない。例えば、工場や家屋内に固定される産業用エンジンや船舶用エンジンであって、その出力軸に自動変速機9を備えたものに適用することも考えられる。変速制御装置10の適用対象となるエンジンの種類に関わらず、自動変速機9の変速時におけるエンジン回転数Neの変動や出力軸トルクの変動を抑制することができ、変速ショックを低減することができる。
【0080】
なお、上述の実施形態では、自動変速機9としてデュアルクラッチ式のトランスミッションを例示したが、本変速制御装置10の適用対象となる変速機の種類もこれに限定されない。例えば、複数の回転要素からなる遊星歯車機構とトルクコンバータとを組み合わせたトルコン式オートマチックトランスミッション(トルコン式AT)に適用することが考えられる。
【0081】
トルコン式ATには、遊星歯車機構を構成する複数の回転要素の回転動作を拘束,解放するクラッチ,ブレーキが内蔵されており、これらのクラッチ,ブレーキの断接の組み合わせを切り換えることで変速比を変更する(例えば、特許文献2参照)。したがって、上述の自動変速機9のクラッチ3の代わりにトルコン式ATのクラッチ,ブレーキの切り換え動作を制御することで、上述の実施形態と同様の効果を奏するものとなる。
【符号の説明】
【0082】
1 変速機ECU
1a エンジン回転速度増加トルク演算部(第一演算手段)
1b エンジン未使用トルク演算部(第一演算手段)
1c 設定部(設定手段)
1d 第一重み付け部(第一重み付け手段)
1e 第二重み付け部(第二重み付け手段)
1f 加算部
1g 制御部(制御手段)
2 エンジンECU
2a ドライバ要求トルク演算部(第二演算手段)
2b 燃料噴射量演算部(検出手段,燃料噴射量検出手段)
3 クラッチ
3a 第一クラッチ
3b 第二クラッチ
4 変速ユニット
4a 第一変速ユニット
4b 第二変速ユニット
8A 第一制御弁
8B 第二制御弁
9 自動変速機
10 変速制御装置
11 エンジン
14 エンジン回転数センサ(エンジン回転数検出手段)
15 アクセル開度センサ(アクセル操作量検出手段)
18A,18B 油圧シリンダ


【特許請求の範囲】
【請求項1】
エンジンの出力軸に接続され、複数の摩擦係合要素の少なくとも一つを解放するとともに少なくとも他の一つを係合させて変速動作を行う自動変速機と、
前記出力軸を介して前記自動変速機に入力されるエンジン出力トルクを検出する検出手段と、
前記検出手段で検出された前記エンジン出力トルクのうち、前記エンジンの回転速度の上昇に供されるエンジン回転速度増加トルクを演算して、前記エンジン出力トルクと前記エンジン回転速度増加トルクとのトルク差をエンジン未使用トルクとして演算する第一演算手段と、
前記第一演算手段で演算された前記エンジン未使用トルクに基づき、前記自動変速機の変速動作時における係合側の前記摩擦係合要素の係合状態を制御する制御手段と、を備えた
ことを特徴とする、変速制御装置。
【請求項2】
前記エンジンが車両に搭載されたエンジンであって、
前記エンジンの燃料噴射量を検出する燃料噴射量検出手段と、
前記車両のドライバによるアクセル操作量を検出するアクセル操作量検出手段と、
前記エンジンのエンジン回転数を検出するエンジン回転数検出手段と、
前記アクセル操作量検出手段で検出された前記アクセル操作量と前記エンジン回転数検出手段で検出された前記エンジン回転数とに基づき、前記ドライバが前記エンジンに要求するドライバ要求トルクを演算する第二演算手段と、を備え、
前記検出手段が、前記燃料噴射量検出手段で検出された前記燃料噴射量に基づいて前記エンジン出力トルクを検出し、
前記制御手段が、前記第二演算手段で演算された前記ドライバ要求トルクと前記第一演算手段で演算された前記エンジン未使用トルクとのうちの小さい一方を用いて前記摩擦係合要素の係合状態を制御する
ことを特徴とする、請求項1記載の変速制御装置。
【請求項3】
前記第一演算手段で演算された前記エンジン未使用トルクに基づき、前記摩擦係合要素の目標トルクを前記検出手段で検出された前記エンジン出力トルク以下の範囲で設定する設定手段を備え、
前記制御手段が、前記摩擦係合要素を介して伝達されるトルクが前記設定手段で設定された前記目標トルクになるように前記係合状態を制御する
ことを特徴とする、請求項1又は2記載の変速制御装置。
【請求項4】
前記設定手段で設定された前記目標トルクに対する前記第一演算手段で演算された前記エンジン未使用トルクの反映率として0よりも大きく1以下の値を持つ重み係数を設定する重み係数設定手段と、
前記重み係数設定手段で設定された前記重み係数と前記第一演算手段で演算された前記エンジン未使用トルクとの第一乗算値を算出する第一重み付け手段と、
前記重み係数設定手段で設定された前記重み係数を1から減算した値と前記第二演算手段で演算された前記ドライバ要求トルクとの第二乗算値を算出する第二重み付け手段と、を備え、
前記制御手段が、前記第一重み付け手段で算出された前記第一乗算値と、前記第二重み付け手段で算出された前記第二乗算値との加算値を用いて前記摩擦係合要素の係合状態を制御する
ことを特徴とする、請求項3記載の変速制御装置。
【請求項5】
前記自動変速機が、前記出力軸に対して並列に設けられた一対の動力伝達経路と、前記一対の動力伝達経路のそれぞれに介装されたクラッチ及びギヤトレーンと、を有するデュアルクラッチ式トランスミッションである
ことを特徴とする、請求項1〜4の何れか1項に記載の変速制御装置。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−107706(P2012−107706A)
【公開日】平成24年6月7日(2012.6.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−257286(P2010−257286)
【出願日】平成22年11月17日(2010.11.17)
【出願人】(598051819)ダイムラー・アクチェンゲゼルシャフト (1,147)
【氏名又は名称原語表記】Daimler AG
【住所又は居所原語表記】Mercedesstrasse 137,70327 Stuttgart,Deutschland
【Fターム(参考)】