説明

導電性炭素材料の製造方法および導電体の製造方法

【課題】鉄触媒を用いて木材を炭化して導電性の炭素材料(木炭)を製造する方法であって、高い導電性を示す炭素材料(木炭)が得られると同時に、触媒として用いる鉄を高い回収率で回収して、木材の炭化に再利用できる方法を提供する。木材を炭化して得られた導電性炭素材料から導電性の成形体を得る導電体の製造方法を提供する。
【解決手段】導電性炭素材料の製造方法。木材に硝酸鉄水溶液を含浸し、硝酸鉄水溶液を含浸した木材を炭化し、炭化した材料を硝酸水溶液で洗浄して、炭化した材料から鉄を硝酸鉄として回収し、回収した硝酸鉄水溶液を木材の含浸に再利用する、ことを含む。上記の製造方法で得られた炭化した材料を木粉と混合し、得られた混合物を熱圧成形して導電性の成形体を得る、導電体の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、導電性炭素材料の製造方法および導電体の製造方法に関する。さらに詳しくは、本発明は、鉄を触媒として、木材を炭化して導電性炭素材料を製造する方法において、触媒として利用される鉄を回収し、再利用することを含む方法に関する。さらに本発明は、木材を炭化して得られた導電性炭素材料から導電性の成形体を得る導電体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
通常炭化温度を400-500℃として製造される木炭の電気導電性は低いが、板状等に成形すれば電磁波シールド(EMSと略記)性が付与される。備長炭のように処理温度を1000℃近くまで増加すれば導電性が向上することなどが期待され、実際EMS機能や導電性能を謳った木炭製品がいくつか登場している(非特許文献1-3)。しかし、400-500℃木炭の低導電性は非晶炭素から成ることに起因し、1000℃程度で炭化しても木材炭素の結晶化は効果的には進行しない。したがって、これらの木炭製品が、既存の導電性カーボン(アセチレンブラックDB(非特許文献4)、ケッチェンブラックKB(非特許文献5)、人造グラファイトLO等)に匹敵するほど高い導電性を持つとは考えにくい。
【0003】
他方1500℃以上で炭化すると黒鉛(グラファイト)構造が発達して木炭は良好な導電体となる(非特許文献6)が、このような高温熱処理は操業コストが高く、価格面でDB(約600円/kg)やKB(約2,000円/kg)には太刀打ちできない。
【0004】
それ故900℃のニッケル触媒炭化(ニッケル原料はNi(CH3COO)2・4H2O)が結晶炭素(T成分)を効果的に生成させて実用レベルのEMS性能(30dB)を備える(非特許文献7,8)、DBに匹敵する高導電性の木炭(非特許文献9)を与えるという事実は注目に値する。しかし、実用化の観点でより興味を抱かせるのは800-850℃の鉄触媒炭化(鉄原料として酢酸鉄(III)塩基性、Fe(OH)(CH3COOH)2を使用)がより高導電性の木炭を与える(非特許文献9)ことである。
文 献
【非特許文献1】http://www6.ocn.ne.jp/~hagiwara/cont_01.htm
【非特許文献2】http://www.rakuten.co.jp/gardenmate/446722/447883/
【非特許文献3】http://www.rakuten.co.jp/ho-ei/146902/146903/
【非特許文献4】http://www.denka.co.jp/cgi-bin/product/showproduct.cgi?id=405
【非特許文献5】http://www.lion.co.jp/chem/jn/sectop/carbon/k_intro.htm
【非特許文献6】石原茂久: 木材学会誌, 42, 717 (1996), 材料, 48, 473 (1999).
【非特許文献7】T. Suzuki et al:Materials Sci. Res. International, 7, 206 (2001).
【非特許文献8】T. Suzuki et al:J. Wood Sci., 53, 54 (2007).
【非特許文献9】国交省北海道開発局HP http://www.hkd.mlit.go. jp/topics/tyousa/index.html
【非特許文献10】T. Suzuki et al:Holtzforshung, under submission.
【非特許文献11】http://www.lion.co.jp/chem/jn/sectop/carbon/k_apli.htm
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
鉄は概してニッケルより安価であり、かつ前述のように、酢酸鉄Fe(OH) (CH3COO)2を水溶液含浸によりFeとして3%添加した木材を850℃炭化すると良好な導電性木炭が得られる。この塩を原料として用いた理由は(1)低温で熱分解する結果Fe粒子が木材中に高分散する、(2)分解時に有害ガスを発生しない、の2点にあり、特に(1)は木炭の高導電化に大きな役割を果たすと考えられる。
【0006】
しかし、導電性木炭の実用製造に際してはコスト低減から鉄分を回収、再使用することが望まれる。そこで本発明者らは、得られた鉄炭を粉砕し、その後1M酢酸に室温浸漬した。その結果、鉄除去率は約90%となり、大部分が回収可能であることがわかった。また、この酢酸洗浄により鉄炭の結晶性は増大して導電性は体積抵抗率の点で10%程度向上することも判明した。
【0007】
しかし、酢酸鉄には次の欠点がある。上記の酢酸鉄組成は概略値で、明確な一定組成物を調製することは困難である。処理条件等によって組成が異なるため、(3)対応する酸による洗浄時に元の組成が再現されるという保証はない。また、(4)水に対する溶解度が小さい(詳細データは存在しない)ので、含浸用の均一水溶液とするには鉄濃度を相当に低くしなければならない(実験室における目視試験では、溶解度は約1.0gFe/25℃水100g)。換言すれば、水溶液含浸では炭化前に木材から過剰の水を除去する必要があり、操作的にもエネルギー的にも酢酸鉄の使用は好ましいものではなく、回収・再使用時に組成が不明ではFe濃度の調整に支障をきたす。
【0008】
上記の900℃ニッケル触媒炭化炭(U-Ni炭)については、ニッケル回収のために希硝酸で洗浄すると導電性能が向上することは知られている(非特許文献9)。しかし、酸洗浄により回収されたニッケルを再度、炭化触媒として用いるためには、少なくともアニオンを硝酸から酢酸に変えるなどの追加の操作が必要であると推測される。
【0009】
そこで本発明は、鉄触媒を用いて木材を炭化して導電性の炭素材料(木炭)を製造する方法であって、高い導電性を示す炭素材料(木炭)が得られると同時に、触媒として用いる鉄を高い回収率で回収して、木材の炭化に再利用できる方法を提供することを目的とする。さらに本発明は、木材を炭化して得られた導電性炭素材料から導電性の成形体を得る導電体の製造方法を提供することも目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、鉄触媒の原料として、硝酸鉄(例えば、Fe(NO3)3・9H2O)を使用することで、高い導電性を示す炭素材料(木炭)が得られること、および炭素材料(木炭)から硝酸を用いて鉄を高い回収率で回収できること、さらに回収した硝酸鉄を鉄触媒の原料として容易に再利用できることを見出して、本発明を完成させた。
【0011】
具体的には、Fe(NO3)3・9H2Oをカラマツ木粉に添加して850℃の鉄触媒炭化を行なったところ、U-Ni炭の導電特性を上回る木炭(U-Fe炭)が製造でき、鉄回収のために行った希硝酸洗浄では炭素の結晶性が向上し、この酸洗浄木炭(A-Fe炭)の熱圧成形体は市販の最高級導電性カーボンであるKBを配合した成形体に近い非常に優れた導電特性を有することが判明した。
【0012】
硝酸第二鉄Fe(NO3)3・9H2Oは易水性(化学便覧によれば、6.25gFe/25℃水100g)で、1M硝酸による洗浄によって元の組成に再生されるので、酢酸鉄の欠点(3)、(4)は克服される。さらに(1)の点では酢酸鉄よりむしろ有利と推測される(鈴木勉他、1988、木材学会誌, 34, 537-542)。しかし、その一方(2)に関してはNOx発生の懸念がある。そこでFe(NO3)3・9H2Oを所定量担持した木材を850℃前後で炭化し、発生ガスの組成をガスクロで調査したがNOxは検出されなかった。NOx非検出の理由は、この鉄塩添加では300℃以下でH2とCO発生が促進され、N2への還元が効果的に進行するためと考えられる。850℃で調製した木炭の導電特性は酢酸鉄と硝酸鉄では対応する酸による洗浄後は同等であり、酸洗浄によるFe回収率の点では硝酸がやや高いという結果を総合すれば、硝酸塩の使用が実用上有利と結論される。
【0013】
本発明は以下のとおりである。
[1]導電性炭素材料の製造方法であって、
木材に硝酸鉄水溶液を含浸し、
硝酸鉄水溶液を含浸した木材を炭化し、
炭化した材料を硝酸水溶液で洗浄して、炭化した材料から鉄を硝酸鉄として回収し、
回収した硝酸鉄水溶液を木材の含浸に再利用する、
ことを含む、上記製造方法。
[2]木材は、1〜5%の濃度の硝酸鉄水溶液に含浸する、[1]に記載の製造方法。
[3]炭化は、800〜900℃で行う、[1]または[2]に記載の製造方法。
[4]洗浄は、0.1〜1Mの濃度の硝酸水溶液で行う、[1]〜[3]のいずれかに記載の製造方法。
[5]洗浄は、炭化した材料を粉砕した後に行う、[1]〜[4]のいずれかに記載の製造方法。
[6]回収した硝酸鉄水溶液をそのまま木材の含浸に再利用する、[1]〜[5]のいずれかに記載の製造方法。
[7]回収した硝酸鉄水溶液を、新たに調製した硝酸鉄水溶液と混合した後に、木材の含浸に再利用する、[1] 〜[5]のいずれかに記載の製造方法。
[8][1]〜[7]のいずれかに記載の製造方法で得られた炭化した材料を木粉と混合し、得られた混合物を熱圧成形して導電性の成形体を得る、導電体の製造方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、鉄触媒を用いて木材を炭化して導電性の炭素材料(木炭)を製造する方法であって、高い導電性を示す炭素材料(木炭)が得られると同時に、触媒として用いる鉄を高い回収率で回収して、木材の炭化に再利用できる方法を提供することができる。
【0015】
本発明は、木材の用途を拡大して木材工業の進展に寄与するが、従来のプラスチックス(ポリエチレン、エポキシ樹脂等)代替として生の木粉をマトリックスとして使用したことも意義深く、次の1)、2)の特長を併せ持つことも強調されてよい。1)熱可塑性に乏しく熱圧成形しにくい生木材の欠点を克服している、2)バイオマスの利活用を推進して脱石油を図るので、時代のニーズに叶っている。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明は、導電性炭素材料の製造方法であって、
木材に硝酸鉄水溶液を含浸し[硝酸鉄水溶液含浸工程]、
硝酸鉄水溶液を含浸した木材を炭化し[炭化工程]、
炭化した材料を硝酸水溶液で洗浄して、炭化した材料から鉄を硝酸鉄として回収し[洗浄工程]、
回収した硝酸鉄水溶液を木材の含浸に再利用する[再利用工程]、
ことを含む。
【0017】
本発明の導電性炭素材料の製造方法および導電性炭素材料からの導電体の製造方法を図1に示す。
【0018】
[硝酸鉄水溶液含浸工程]
本工程では、木材を硝酸鉄[Fe(NO3)3・9H2O]水溶液に含浸させる。
使用する木材は、材質としては、樹種に限定はないが、例えば、カラマツ、エゾマツ、トドマツ、スギ、シラカンバ、ダケカンバなどが適している。形態としては、粉末、チップまたは小径木であることができる。
【0019】
硝酸鉄水溶液の濃度は、使用される木材の樹種や形態、炭化触媒としての最適量(濃度)等を考慮して適宜決定できるが、例えば、1〜5%の濃度範囲であることができる。但し、この範囲に限定されるものではない。尚、炭化触媒として木材に含有される鉄の最適量(濃度)は、例えば、0.5-3%の濃度範囲である。
【0020】
木材は、硝酸鉄水溶液に浸漬し、硝酸鉄を含浸させる。硝酸鉄水溶液への浸漬時間や温度は、含浸させる硝酸鉄水溶液量に応じて適宜決定でき、例えば、室温(10〜30℃)で6〜24時間とすることができる。
【0021】
[炭化工程]
次いで、硝酸鉄水溶液を含浸した木材を炭化する。
炭化は、例えば、N2気流中、800〜900℃で、例えば、30分〜2時間加熱処理することで行うことができる。N2気流の代わりに、他の不活性ガス雰囲気で加熱処理することもできる。
【0022】
一般に、高濃度の硝酸(水溶液)に浸漬した乾燥木材を加熱すると200℃以下で褐色ガスの発生が観測される。従って、硝酸を含む木材を加熱する場合に、相当量のNO2が硝酸ガスと共に発生することが予想されるが、含有硝酸量が少なければ、NO2発生量は少なくなる。本発明の製造方法では、Fe炭を希硝酸に浸漬し、Fe(NO3)3・9H2Oとして回収した後に、木材に浸漬する場合について以下のように操作する。回収液には硝酸がある程度残存するので、基本的には減圧濃縮しながら大部分の硝酸を気化、回収することが適当である。この濃縮過程で木材にFe(NO3)3・9H2Oが担持されるが、同時に若干量の硝酸も吸収される。炭化は、通常、N2気流中で行うので、NO2(NOx)が検出限界以下になるようにN2流量を設定することが好ましい。
【0023】
検出限界以下の濃度であっても、Fe(NO3)3・9H2OからNO2(NOx)が全く発生しない訳ではない。しかし、硝酸よりは、Fe(NO3)3・9H2Oからの方が、NO2(NOx)は発生しにくい。そこで、硝酸とFe(NO3)3・9H2OからのNO2(NOx)量を見込んでN2流量を設定するのが適当である。Fe(NO3)3・9H2OからのNO2(NOx)の発生量については、実施例で測定している。
【0024】
[洗浄工程]
炭化した材料を硝酸水溶液で洗浄して、炭化した材料から鉄を硝酸鉄として回収する。
炭化した材料の硝酸水溶液での洗浄には、例えば、0.2〜4Mの濃度の硝酸水溶液を用いることができる。洗浄は、炭化した材料を硝酸水溶液に浸漬し、室温で3時間以上撹拌することで行うことができる。洗浄後、硝酸水溶液から炭化した材料を濾別、水洗して回収する。濾液として得られる硝酸水溶液には、炭化した材料から溶出した鉄が硝酸鉄として含まれる。
【0025】
洗浄は、炭化した材料を粉砕した後に行うこともできる。粉砕品を洗浄することで、鉄の回収率を挙げることもできる。洗浄後の炭化した材料は、常温または加熱して乾燥することができる。炭化した材料の粉砕は、チップ材であれば最初に一般の粉砕機で数mm粒径(粗粉)とし、次いでボールミル処理を行って粒子径を10μm以下(微粉)に調節する。粉末であれば、初めの粗粉砕を省略できる。微粉は、その後接着剤と練り混ぜて熱圧成形するが、この成形体作成をより簡単化するために、粗粉に適当なバインダー用粒子と溶剤を加えた湿式のボールミル粉砕で行うこともできる。
【0026】
[再利用工程]
回収した硝酸鉄水溶液は、木材の含浸に再利用することができる。再利用の際には、回収した硝酸鉄水溶液をそのまま用いることも、回収した硝酸鉄水溶液に新たに、硝酸鉄または硝酸鉄水溶液を添加して、濃度を調整することもできる。
【0027】
本発明では、硝酸鉄を使用するが、(塩基性)酢酸鉄Fe(OH)(CH3COO)2を鉄として同量用いた場合より硝酸鉄の使用が有利と言えるのは、水溶液含浸と再生・回収がより容易に実施できるためである。
【0028】
さらに、硝酸洗浄では鉄回収率が高いので炭素の結晶性改善効果が大きく、炭素の導電性はより大きく向上するという利点もある。
【0029】
さらに、硝酸鉄の再生は容易で定量性がある。また、水に対する溶解度が高いので回収後の木材への含浸添加操作は酢酸鉄に比べて有利である。
酢酸鉄の化学組成はおおよそFe(OH)(CH3COO)2であり、酢酸洗浄液中の鉄の化学形態は不明確で一定組成を持たせることは困難である。これは鉄濃度のコントロールが難しいことを意味し、また水に対する溶解度が低いので木材に対する水溶液含浸は低濃度で実施する必要がある。これに対して硝酸洗浄液中の鉄はFe(NO3)3・9H2Oという一定組成で存在し、水に対する溶解度が高いので高濃度での水溶液含浸が可能である。含浸後、炭化の前に、木材からある程度の水を除去することが炭化に必要な熱エネルギーを抑制するという観点から好ましいが、水の除去量を少なくできる硝酸鉄の方が手間もエネルギーも少なくて済むという利点もある。
【0030】
さらに本発明は、上記本発明の製造方法で得られた炭化した材料を木粉と混合し、得られた混合物を熱圧成形して導電性の成形体を得る、導電体の製造方法に関する。
【0031】
上記本発明の製造方法で得られた炭化した材料は木粉と混合される。炭化した材料は、粉砕し、かつ適宜、分級して所定の粒子径を有するように調整された粉砕品であることが適当である。炭化した材料の所定の粒子径は、0.1〜5 mmの範囲であることが成形性の観点から適当である。
【0032】
木粉は、材質としては、樹種に限定はないが、例えば、カラマツ、エゾマツ、トドマツ、スギ、シラカンバ、ダケカンバなどが適している。木粉の粒子径は、0.3〜0.6mmの範囲であることが成形性の観点から適当である。さらに木粉は、成形性の観点から、水分が 3〜20%、好ましくは5〜8%の範囲に調整されたものであることが適当である。
【0033】
炭化した材料の粉砕品と木粉の混合割合は、成形性と成形体の導電性等を考慮して、適宜決定できるが、例えば、炭化した材料の粉砕品100質量部に対して木粉10〜1000質量部、好ましくは50〜500質量部の範囲であることが適当である。
【0034】
炭化した材料の粉砕品と木粉の混合物にはさらに水を添加することができる。水を添加することは、均質な導電性の成形体を得るという観点から好ましい。水の添加量は、炭化した材料の粉砕品と木粉の混合物100質量部に対して10〜50質量部、好ましくは20〜40質量部の範囲であることが適当である。
【0035】
炭化した材料と木粉との混合物を熱圧成形して導電性の成形体を得る。熱圧成形は、以下のように実施できる。例えば、金属の中空容器に上記混合物の適量を採り、同質の金属底板と上板で挟んだ後ホットプレスにて室温にて数10分数10kgf/cm2で圧縮し、次いで120-160℃に昇温して100-300kgf/cm2で10-30分保持する。この加熱圧縮(熱圧)の好ましい条件は、140℃前後、200kgf/cm2前後の20分前後保持である。
【実施例】
【0036】
1 ニッケル塩、鉄塩の添加と炭化
粒径0.3−2.0mmカラマツ木粉に(CH3COO)2Ni・4H2OとFe(NO3)3・9H2Oをそれぞれ金属として2wt%、3wt%含まれるように水溶液含浸で添加し、その後N2気流中で900℃-1h処理してU-Ni炭を、850℃-1h処理してU-Fe炭を得た。参考までに無添加木粉を900℃-1h炭化し、得られた木炭をNone炭と記した。
【0037】
2 酸洗浄と金属含有量
U-Ni炭、U-Fe炭を1M硝酸中に室温で24h攪拌、浸漬した後蒸留水で洗浄し、50℃で減圧乾燥したものをA-Ni炭、A-Fe炭とした。酸洗浄前後のNi、Fe含有量は、各炭の800℃燃焼残渣を王水に溶解し、原子吸光法により各金属濃度を測定して求めた。
【0038】
3 X線回折
上記木炭にCu-Kα線を照射して3-70°の回折パターンを測定し、結晶炭素(T成分)に由来する26°付近の回折線から厚さ方向の平均結晶子径Lcとその層間距離d002を算出した。もう一つの結晶性パラメータとして、その回折線強度をLOのそれで割った値(比強度、RPI8))も計算した。また、ニッケル、鉄のピークからその存在形態を同定した。DB、KB、ROについても同様の測定を行い、Lc、d002、RPIを計算した。
【0039】
4 炭素と木粉の配合比と粉砕
上記の5種木炭0.5-2.0gに0.3-0.6mm及び0.6-1.0mm粒径のカラマツ木粉(水分はそれぞれ6.5%、7.5%)3.5-2.0gと蒸留水を0ml、1ml、2ml加えて軽く練り混ぜた後、その混合物を遊星型ボールミル中430rpmで5-40分間粉砕した。粉砕に使用したボールは粒径15mmのメノウ製である。粉砕後の粒径はレーザー屈折計で粒径分布を測定し、平均粒径D50を算出した。
【0040】
5 熱圧成形
粉砕後の内容物をステンレス容器に移し、50Kg/cm2で10分冷圧の後120-160℃に昇温して10-30分間100、200、300Kg/cm2で熱圧した。なお、適当な熱圧条件では、直径20mm、厚さ約2mmの固化円板に成形された。
【0041】
6 体積抵抗率、EMS性能、インピーダンスの測定
各成形円板について四探針法による体積抵抗率(Ω・cm、導電率の逆数)、同軸キャビティー管による50-800MHzの電磁波シールド効果(dB)7)、Zプロット交流インピーダンスを1-10,000Hzで測定した。
【0042】
7 市販導電性カーボンの粉砕、熱圧成形と導電特性
6の結果から適正と判断された木粉との配合比、粉砕条件、熱圧条件を適用してDB、KB、LOの円板を作成し、それらの導電特性を6と同様に調べた。
【0043】
[結果と考察]
木炭の結晶構造
図2は5種木炭のX線回折図である。この図から明らかなように、None炭は非晶質であるがU-Fe炭では26°付近にT成分の回折線が現われている。ただし、U-Fe炭のT成分はU-Ni炭ほど生成しておらず、Feの炭素結晶化促進作用はNiより小さいことを示している。Fe触媒の効果が小さいことは、U-Ni炭では活性種である金属ニッケルが存在するのに対して、U-Fe炭では金属鉄ではなく鉄カーバイド(セメンタイト、Fe3C)が生成していることからも納得される。しかし、A-Fe炭のピーク強度はU-Fe炭を上回り、希硝酸洗浄はNi炭の場合と同様に炭素の結晶性を増大させた。この炭素の結晶性増大は、金属除去が炭素濃度の増加だけでなく結晶子の配向性改善ももたらすためと考えられる10)
【0044】
表1はこれら5種木炭の結晶構造をDB、KB、ROと比較したものであり、各木炭中の金属含有量も付記してある。LOに比べるとT成分から成る4種木炭はいずれもLcとRPIが大きく劣るが、Ni炭の結晶性はDBを上回り、A-Fe炭の結晶性はDBに近いものであった。KBはよく知られているようにX線的には無定形炭素であり、そのX線回折パターンはNone炭と類似であった。従って、炭素の結晶性の序列はLO≫A-Ni炭>Ni炭>A-Fe炭≧DB>Fe炭≫KB=None炭となる。なお、酸洗浄による炭素損失がないと仮定すれば、Ni、Feの除去率はそれぞれ約95%、約80%であり、Feの除去率がNiより低いのは上記のようにセメンタイトが生成したことに関係している。
【0045】
【表1】

【0046】
表2中のRPIは、乱層構造炭素(T成分)とグラファイトとのX線強度比であり、この値が大きいほど炭素の結晶化が進んでいることを表す。表2には先に実施した1M酢酸と1M硝酸による洗浄後の炭素の結晶構造を示す。酸洗浄により結晶性は増大(RPIが増加)し、粉砕して酸洗浄する方が効果は大きいという結果は共通である。硝酸洗浄が酢酸洗浄より有利であることが分かる。
【0047】
【表2】

【0048】
2 熱圧成形性と適正熱圧条件
表3はおよそ1.0mm粒径のU-Fe炭を用いて木粉との配合比、水の添加量、混合時間、熱圧条件を変え、その成形性を調べた結果を例示している。これらの結果から成形性に影響を与える最も重要な因子は木粉の粒径と水の添加量であり、0.3-0.6mm木粉に水を1.0ml加えて10分以上粉砕すれば、用いた熱圧条件にかかわらずFe炭の配合量を1.5gまで増加させても見掛け上均一で相当に堅い円板に成形できることがわかった。即ち、○印を付けた円板は、強度の実測は行っていないが、もしDBやKB配合体並みの優れた導電特性を有するなら、通常の導電性プラスチックと同じ用途(自動車・家電製品などの電気系統におけるプラスチックケースとの一体配線、電気、電子機器等の3次元配線基板、スイッチ、コネクタ等の電子部品など)が十分期待できる堅さであった。他の4炭でも上記とほぼ同様の熱圧成形挙動が観測され、金属や酸洗浄の有無、触媒種の違いは重大ではなかった。なお、木粉がサイズと添加水量を調節することで適当なバインダーとしての能力、従ってマトリックスとしての役割を発現するのは、木材細胞が崩壊して露出した炭水化物成分が軟化、熱流動するためと考えられる。丸太材や板材を含水状態で加熱すると軟化、変形することは「曲げ木」としてよく知られた木材加工技術であり、この技術原理を理解していれば湿潤木粉の炭素のマトリックスとしての利応用は容易に思い浮かぶので特別新規な技術とは言えない。炭2.0gでは成形不可であり、これは湿潤木粉のバインダー能力に限界があることを示す予想された事態である。
【0049】
【表3】

【0050】
表4は表3で○印を付けた円板試料の体積抵抗率を示している。この値は導電性の逆数であるから、高性能の導電体ほど小さな値を与える。導電性は構成炭素粒子自体の導電性にも支配されるが、成形体の緻密さ(密度)などにも大きな影響を受けるので、この値から熱圧条件の適否を評価、判定できる。なお、熱圧成形中には添加した水と木粉中の水分はほぼ完全に除去されると考えられるので、参考までに乾量基準の炭濃度も付記した。
【0051】
【表4】

【0052】
炭割合の増加に伴って体積抵抗率が激減するのはU-Fe炭が良好な導電性を有することの証拠であり、図3に与えた市販の導電性カーボンの添加量と体積抵抗率の関係11)から推測すると、その性能はKBとDBの中間に位置する。従って、U-Fe炭は「導電性カーボン」としての性能を十分備えていると判断される。このことは、熱圧成形がうまく行われたことを裏付けており、炭/木粉1.5g/2.5g(炭濃度39.3%)ではいずれの条件でも1.0Ω・cmを下回る高性能の導電体であった。従って、熱圧成形は120-160℃、10-30分、100-300Kg/cm2のいずれの温度、時間、圧力の組み合せを採用してもよいが、160℃、200Kg/cm2以上はやや不利と思われる。他の4炭でも熱圧条件の違いは体積抵抗率にそれほど重大な影響を与えず、総じて120-140℃、20分、200-300Kg/cm2が適当と判断された。DB、KB、LOでもその1.5gを0.3-0.6mm粒径木粉2.5g、水1.0mlで10分混合した時、熱圧条件140℃、20分、200Kg/cm2で比較的堅い円板が得られた。そこで、5種の木炭と3種の導電性カーボンはいずれもこの条件で混合、熱圧成形して3.3の導電特性の評価、比較に用いた。
【0053】
3 酸洗浄の効果と市販の導電性カーボンとの導電特性の比較
図4は5種の木炭試料の導電性能を比較したものである。なお、インピーダンスは1000Hzにおける値、電磁波シールド性能は測定範囲における最小値として与えた。この図からA-Fe炭の導電特性はA-Ni炭を上回り、最も優れていることがわかる。また、いずれの特性でもA-Fe炭>U-Fe炭であるから、硝酸洗浄による炭素の結晶性改善の効果(図2、表1)が現われている。しかし、導電性やEMS性能においてU-Fe炭がU-Ni炭より優ることは炭素の結晶構造以外の因子がより重大に関与することを意味している。このことを説明しうる最も有力な要因は、構成するナノ粒子のサイズである。即ち、TEM観察(図5)によればU-Ni炭は約50nm、U-Fe炭は約30nmであり、後者は一次粒子の繋がり、つまり接触性の点で前者より有利と考えられる。これらの粒子サイズは酸洗浄によっても変化しないので、鉄触媒炭化はより小さな基本単位微粒子を生成しうる点でニッケル触媒炭化より本質的に優位にあることが示唆される。
【0054】
図6はDB、KB、LOとの比較である。A-Fe炭の性能がLOに及ばないのは、炭素の結晶構造の差異を反映していると考えられるが、導電性とEMS性能はDB以上であり、前者の性能はKBとほぼ同等であることがわかる。総合的に判断するとA-Ni炭はDBとKBの中間にあるが、A-Fe炭はむしろKBに近い非常に導電性の高い炭素である。
【0055】
4 混合・粉砕時間の影響
木粉と炭素原料との粉砕は混合物の組成均一化に不可欠であるが、その反面処理が過酷となれば過度な粒子の崩壊もしくは凝集、炭素の結晶性低下などを引き起こし、成形体の導電性能に不都合な影響を与えると予想される。従って、この処理は適正な条件で行われる必要があり、現実問題として処理時間が重要な因子となる。表5と図7はA-Fe炭についてその時間がそれぞれ平均粒径D50と炭素との結晶構造、成形体の導電性能に及ぼす影響を調べたものである。処理時間5分から10分までは粒子の粉砕が効果的に進行し、炭素の結晶構造は破壊されるが熱圧成形性が向上する結果として導電性、EMS性能が増加したと解釈できる。一方10分と20分ではD50に大差はないが、20分から40分への延長では粒子の凝集が激しく起こり、このことが成形性の悪化を招いて導電性、EMS性能の大きな低下につながったと説明できる。従って、A-Fe炭では10から20分の混合・粉砕が適当であり、処理時間をそれほど厳密にコントロールする必要はないと言える。この処理が時間的に比較的融通が利くことはA-Ni炭、DB、KB、LOでも同様で、10分と20分では導電特性に重大な差異は現われなかった。即ち、図6は各炭素の本来的な導電特性を反映したものとして受け入れられることが再確認される。なお、粒子の凝集はSEM観察ではより明瞭に確認できるので、適正な混合・粉砕時間を設定するにはこの視覚手段に頼るのがよいと考えられる。
【0056】
【表5】

【0057】
反応器出口ガス中のNO+NO2濃度測定
50℃で減圧乾燥したFe(NO3)3・9H2O をFeとして3%添加したカラマツ木粉10gを縦型のステンレス反応器に入れ、N2を130ml/minで流しながら50℃に加熱した後、50℃から850℃まで10℃/minで昇温し、850℃で1h保持した(これが850℃ Fe炭の調製工程)。この間に(1)50℃から200℃までと(2)200℃から350℃までの反応器出口ガスをそれぞれ5L容のガスバックに採取し、(1)、(2)の窒素酸化物(NO+NO2)濃度をガステック製検知管(目盛り範囲10-250ppm、100mlを1分で吸引、吸引回数2回、検出限界2ppm)により測定した。その結果(1)、(2)とも黄色の呈色は認められず、NO+NO2濃度は 2ppm以下と判定された。ちなみにFe3%添加カラマツ木粉10gには(NO3)3が1.0g含まれ、NO2としては0.741g存在することになる。この全量がNO2として発生すれば0.741g/3900ml=190ppmであるが、(1)+(2)<4ppmであり、NO2としての発生率は<2.1%である。実際には検出限界以下であったから、NO+NO2は非発生と見なしてよい。なお、Fe(NO3)3・9H2OはN2中の熱重量曲線によれば340℃で完全にFe3O4となる(鈴木ら、木材学会誌、34、537-542、1988)。従って、上記の炭化においてFe(NO3)3・9H2Oが350℃以上でNOxを発生しながら分解するとは考えられない。
【0058】
[結論]
カラマツ木粉にFe(NO3)3・9H2Oを水溶液含浸より鉄として3wt%添加した後850℃-1hの炭化を行なった。得られた木炭(U-Fe炭)を適正条件で湿潤木粉と混合・粉砕し、熱圧成形すると900℃のニッケル添加木炭(U-Ni炭)の成形体より優れた導電特性を示した。鉄回収のためにU-Fe炭を室温で希硝酸洗浄すると炭素の結晶性が増大し、この酸洗浄炭(A-Fe炭)成形体の導電特性はさらに向上した。その導電特性は酸洗浄U-Ni炭(A-Ni炭)成形体や市販の導電性カーボンDB成形体のそれを上回り、最高級導電性カーボンであるKBを配合した成形体のそれに近い非常に優れたものであった。
【産業上の利用可能性】
【0059】
本発明は、導電性カーボンの製造に関する分野に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0060】
【図1】本発明の導電性炭素材料の製造方法および導電性炭素材料からの導電体の製造方法を示す。
【図2】実施例で得られた5種木炭のX線回折図である。
【図3】導電性炭素材料の添加量と体積抵抗率との関係を示す。
【図4】5種の木炭試料の導電性能を比較した結果である。
【図5】U-Fe炭とU-Ni炭のTEM観察結果である。
【図6】A-Fe炭とA-Ni炭のDB、KB、LOとの導電性能の比較結果である。
【図7】A-Fe炭について混合、粉砕の時間が、それぞれ平均粒径D50と炭素との結晶構造、成形体の導電性能に及ぼす影響を調べた結果である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
導電性炭素材料の製造方法であって、
木材に硝酸鉄水溶液を含浸し、
硝酸鉄水溶液を含浸した木材を炭化し、
炭化した材料を硝酸水溶液で洗浄して、炭化した材料から鉄を硝酸鉄として回収し、
回収した硝酸鉄水溶液を木材の含浸に再利用する、
ことを含む、上記製造方法。
【請求項2】
木材は、1〜5%の濃度の硝酸鉄水溶液に含浸する、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
炭化は、800〜900℃で行う、請求項1または2に記載の製造方法。
【請求項4】
洗浄は、0.1〜1Mの濃度の硝酸水溶液で行う、請求項1〜3のいずれかに記載の製造方法。
【請求項5】
洗浄は、炭化した材料を粉砕した後に行う、請求項1〜4のいずれかに記載の製造方法。
【請求項6】
回収した硝酸鉄水溶液をそのまま木材の含浸に再利用する、請求項1〜5のいずれかに記載の製造方法。
【請求項7】
回収した硝酸鉄水溶液を、新たに調製した硝酸鉄水溶液と混合した後に、木材の含浸に再利用する、請求項1〜5のいずれかに記載の製造方法。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれかに記載の製造方法で得られた炭化した材料を木粉と混合し、得られた混合物を熱圧成形して導電性の成形体を得る、導電体の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2009−190957(P2009−190957A)
【公開日】平成21年8月27日(2009.8.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−36409(P2008−36409)
【出願日】平成20年2月18日(2008.2.18)
【出願人】(505149446)株式会社ズコーシャ (8)
【出願人】(504238806)国立大学法人北見工業大学 (80)
【Fターム(参考)】