小型モータの整流装置及びその製造方法
【課題】整流子の経時変化、対環境性、変色の低減において改善を図り、これによって、整流子とブラシ間の接触抵抗、それ故に、モータ起動電圧を安定に維持して、長寿命化を図る。
【解決手段】ブラシは、ブラシ摺動部と、該ブラシ摺動部を支持する全体的には細長い板状のブラシ基材とから構成し、かつ、該ブラシ摺動部は、Ni下地めっきをしたブラシ基材の長さ方向の一部の上に、ブラシ摺動部表面層として所定長さに渡ってPdめっきをする。整流子は、整流子基材の上にめっきにより形成した整流子摺動部を有し、該整流子摺動部は、その表面層として、ブラシ摺動部表面層と同一金属であるPdめっきをする。
【解決手段】ブラシは、ブラシ摺動部と、該ブラシ摺動部を支持する全体的には細長い板状のブラシ基材とから構成し、かつ、該ブラシ摺動部は、Ni下地めっきをしたブラシ基材の長さ方向の一部の上に、ブラシ摺動部表面層として所定長さに渡ってPdめっきをする。整流子は、整流子基材の上にめっきにより形成した整流子摺動部を有し、該整流子摺動部は、その表面層として、ブラシ摺動部表面層と同一金属であるPdめっきをする。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主に音響、映像機器等の駆動用に使用される小型モータの整流装置及びその製造方法に関し、特に、ブラシと整流子の接触状態の安定化を図り、整流子の摩耗を小さくした低コストの小型モータの整流装置及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
図10は、通常の小型モータを例示する図であり、(A)は全体の縦断面図、(B)はエンドキャップをモータ内部側から見た図である。金属ケース5には、マグネット9が取り付けられる。回転子は、シャフト1上に積層コア2と巻線3によって構成される回転子磁極と、整流子4とを一体に組み付けて構成される。
【0003】
金属ケース5の開口から、シャフト1上に一体に組み立てられた回転子を挿入した後、金属ケース5の開口を閉じるように、エンドキャップ6が嵌着される。エンドキャップ6に設けた穴に嵌合して取り付けられる合成樹脂製のブラシホルダー7によって、整流子4に接触する一対のブラシ8,8が取り付けられる。このブラシ8,8は整流子接触側とは長さ方向の反対側端部が、エンドキャップ6の外部に導出されるターミナル10にそれぞれ接続されている。例示のブラシ8,8はいわゆる金属ブラシであり、板状の片持ちバネの形状をしており、また先端部にフォーク状に切れ目を入れた構成とすることができる。
【0004】
エンドキャップ6を金属ケース5に嵌着した状態で、シャフト1の延長部を金属ケース底部から突出させて、回転子は、金属ケース底部とエンドキャップ6とにそれぞれ設けられた軸受によって回転可能に支持される。このとき、ブラシ8が整流子4上に当接するよう配置される。外部電源からブラシ8及び整流子4を介して供給された電流は、回転子磁極に巻かれた巻線3に流れ、これによって、モータは回転することができる。
【0005】
従来、このような小型モータのブラシは、一般的にCu基合金からなるブラシ基材にAgPd合金をクラッドした材料を用いて構成されている。Cu基合金は、例えばCuNiZn合金である。ブラシ基材の材質としては、他にFe基合金(ステンレスなど)がある。図11は、このような従来技術のブラシの一般的な製造法を説明する図である。(A)に示すように、AgPd(銀パラジウム)の細長いテープ材を用意する一方、このテープ材形状に一致する溝を、板状のCu基合金からなるブラシ基材表面に形成する。次に、このAgPdのテープ材をCu基合金表面の溝に嵌合した後、圧延加工等をすることにより拡散層を形成したクラッド材に仕上げる。次に、(B)に示すように形成した部材(AgPdクラッド材)からプレス加工で、多数のブラシを同時に、ブラシ形状に打ち抜くことにより、ブラシとして完成させる。
【0006】
このように、Cu基合金に比べて格段に高価なAgPd合金を、整流子との摺動部に限定して用いることによりブラシの材料費を下げることが可能となっている。但し、AgPdを薄くすればする程加工費は高くなるので、AgPdの厚さを薄くして、コストダウンを図るには限界がある。また、その幅(細長いブラシの長さ方向)を狭くするにも限界がある。通常は、比較的に厚い5〜10μmの厚さのAgPdが用いられているため、モータのブラシにAgPdクラッド材を用いつつ、材料費と加工費を合わせた製造コストをさらに一層下げることには限界がある。
【0007】
また、ブラシ装置と組み合わせて用いられる整流子についても、従来は、主としてクラッド技術を用いて構成されていた。整流子は、基材表面にAgCuNiのような貴金属をクラッドすることにより構成されている。このようなクラッド貴金属は、ブラシに関して前述したのと同様に、その厚さを薄くするには限界がある。しかも、モータ回転中には、整流子表面上に常にブラシが摺動接触することを考慮すれば、必要な寿命を達成するために貴金属層を単純に薄くすることはできない。
【0008】
特許文献1は、クラッド材ではなく、めっきによりブラシを構成する技術を開示する。また、特許文献2は、めっきにより整流子用接触片材料を構成する技術を開示する。いずれの技術も、Cu基合金の表面に3層からなる被覆をめっきにより構成する。第1層はCr、Ni、Ni合金、Reのいずれかを厚さ0.1〜10μm、第2層はRh、Pt、Pd、Ruのいずれかを厚さ0.1〜10μm、第3層はAu、Ag、Au−Agのいずれかを厚さ0.1〜10μmに、それぞれ被覆することによって構成している。
【0009】
このように、貴金属をめっきによって薄く被覆することが可能になるとはいえ、モータのブラシ或いは整流子は、両者の間に電流を流しつつ摺動使用して、かつ長時間使用後も所定の性能を維持する必要があることを考慮すれば、めっき層を薄く形成するにも限界がある。このため、Cu基合金表面を全体的にめっき層で覆うのでは、特に貴金属をめっきした場合、材料費を下げることはできない。整流子用及びブラシ用共に、Rh、Pt、Au、Ruは高価な貴金属であり、したがってコスト高となってしまう。
【0010】
従来、このような問題を解決するために、特許文献3は、ブラシ基材の上にNi下地めっきを介してPdストライプめっきをしたブラシを開示し、そして、また、Cu又はCu合金の整流子基材の上にNi下地めっきを介してAg又はAg合金のような貴金属をめっきした整流子を開示する。このようなブラシと整流子を組み合わせて用いるとき、Pdストライプめっきブラシが摺動接触する整流子表面上に被覆される貴金属層が、めっきにより形成した薄いものであっても、十分な寿命があることを、特許文献3は開示する。
【0011】
しかし、Cu又はCu合金の基材上に、Ag又はAg合金めっきした整流子は経時変化や対環境に弱く、酸化や硫化などにより変色し易く、整流子とブラシ間の接触抵抗が大きくなり、それ故に、モータ起動電圧が高くなる問題がある。
【0012】
また、小型モータの製造に際して、ブラシが整流子上に接触するブラシ圧にある程度の製造上のバラツキが生じるのはやむを得ないが、ブラシ圧が強い方が整流子摩耗が大きくなるために、ブラシ圧の製造上のバラツキに応じてモータ寿命差が生じるという問題がある。
【特許文献1】特公平2−59236号公報
【特許文献2】特公平2−59235号公報
【特許文献3】特開2005−51987号公報
【非特許文献1】トライボロジー入門講座教材 2000年度、社団法人日本トライボロジー学会(http://www.tribology.jp/)発行、Vol.31、P35〜P55
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は、係る問題点を解決して、整流子の経時変化、対環境性、変色の低減において改善を図り、これによって、整流子とブラシ間の接触抵抗、それ故に、モータ起動電圧を安定に維持して、長寿命化を図ることを目的としている。
【0014】
また、本発明は、ブラシ圧に製造上のある程度のバラツキが生じても、モータ製品間で寿命差が大きく変動しない小型モータを提供することを目的としている。
【0015】
また、本発明は、整流子用及びブラシ用共に、従来めっき材として使用されていたようなRh、Pt、Au、Ruなどの高価な貴金属を用いること無く、コスト低減を図ることを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明の小型モータの整流装置は、モータ整流子と、該整流子上に摺動接触するブラシとの組み合わせからなる。ブラシは、ブラシ摺動部と、該ブラシ摺動部を支持する全体的には細長い板状のブラシ基材とから構成し、かつ、該ブラシ摺動部は、Ni下地めっきをしたブラシ基材の長さ方向の一部の上に、ブラシ摺動部表面層として所定長さに渡ってPdめっきをする。整流子は、整流子基材の上にめっきにより形成した整流子摺動部を有し、該整流子摺動部は、その表面層として、ブラシ摺動部表面層と同一金属であるPdめっきをする。
【0017】
また、本発明の小型モータの整流装置の製造方法は、Ni下地めっきをしたブラシ基材の長さ方向の一部の上に、ブラシ摺動部表面層として所定長さに渡って形成されたPdめっきをすることによりブラシ摺動部を形成し、かつ、整流子摺動部の表面層として、ブラシ摺動部表面層と同一金属であるPdめっきをしたことを特徴としている。
【発明の効果】
【0018】
ブラシと整流子の摺動材として、同一金属を使用すると、凝着摩耗が発生し易く、摺動材の摩耗が大きくなることが知られている(例えば、非特許文献1参照)。このため、ブラシと整流子の摺動材としては、異種金属を使用するのが一般的である。このような従来の定説に反して、本発明は同一金属(Pd)を使用して、Pdめっき表面層を有するブラシと、それが摺動接触するPdめっき表面層を有する整流子とを組み合わせることにより、常温環境及び高温環境下で、長いモータ寿命を達成できた(実施例1参照)。
【0019】
整流子摺動部のAg又はAg合金の表面にPdめっきを施すことにより、ブラシ圧強及びブラシ圧弱のモータ製品間で、整流子摩耗量の差が少なくなり、寿命時間差が少なくなった(実施例2参照)。
【0020】
電子部品業界で使用環境として要求されることのある塩素(Cl2)、硫化水素(H2S)、アンモニア(NH3)雰囲気において、整流子の化学変化に基づく変色が改善された。その結果、これら使用環境においても、ブラシと整流子間の接触抵抗が少なくなり、起動電圧(モータを起動するのに必要な電圧)が改善された。
【0021】
また、本発明の整流子は、高価な貴金属(Pd)も使用するが、その主要部は、Ag又はAg合金を用いるために、低コストとなる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
本発明は、特許文献3に開示されたような構成を有するブラシと共に用いられるとき優れた性能を発揮するブラシと整流子の組み合わせ構成に特徴を有している。図1は、先端部にフォーク状に切れ目を入れると共に、その先端近くにブラシ摺動部を有する通常の構成のブラシをターミナルに固定した状態で例示する図である。このようなブラシの製造について、まず、図2を参照して、説明する。このブラシ自体は、特許文献3に開示されたものと同一構成にすることができる。図示したように、板状のCu(銅)基合金(或いはFe基合金など)からなるブラシ基材の全面に、下地めっきとして、Ni(ニッケル)ストライクめっきをする。ストライクめっきとは、周知のように、素材表面の酸化物除去、活性化とめっきを同時におこない次工程へのめっきの密着性を向上させるめっき処理である。厚さは、例えば、0.2μm程度である。Niめっきは、ブラシ基材の錆防止をすると共に、上に形成されるPd(パラジウム)の拡散を防ぐために施行する。
【0023】
Niめっきの上に、所定長さ、例えば1.5mmのPdのストライプめっきをする。即ち、Pdは、所定長さを有するようにストライプ状にめっきされることになるが、このストライプの幅方向が、最終的なブラシ装置においては、細長いブラシの長さ方向になる。
【0024】
Pdストライプめっき部は、整流子に接触するブラシ摺動部表面層を構成する。この厚さは、摺動部寿命時間を長くし、接触抵抗を安定化させる等のため、0.2〜5μm程度が望ましい。Pdは、それ自体が経時的に優れ、また接触抵抗が安定している等の優れた特性を有しているものの、Pdめっきは、内部応力が極めて大きく、めっき厚を厚くすると、ブラシ基材が変形してしまうことがある。また、コスト的にも高くなるため、Pdめっき厚の上限は、5μm程度となる。コスト的には薄い程有利であるが、0.2μm以下では、所望のブラシ性能を得ることができない。
【0025】
このストライプめっきは、めっき部位以外をマスキング用テープなどでマスキングして、所望の位置にのみめっきをする通常の方法により行うことができる。また、ストライプめっきのために採用する設備の都合上、Niめっき部の酸化・変色防止対策のために、Pdストライプめっきの前に、Ni下地めっきの全面に、0.02μm程度の薄いPdストライクめっきをすることもできる。
【0026】
Pdストライプめっきの後、図3及び図4に示すように、個々のブラシ用に打ち抜くプレス加工が行われる。このプレス加工は、例えば、二段階で行われ、図3に示す第1段階のプレス加工では、多数のブラシが図中の上下方向に繋がっている状態に打ち抜かれる。そして、図4に示す第2段階のプレス加工で、各ブラシの左右及び先端部がカットされて、ブラシとして完成する。なお、図中に示すパイロット穴は、ブラシ製作時に、材料の送りや位置決めに用いるためのものである。
【0027】
このようなプレス加工は、従来技術のAgPdクラッド材の場合と同様に行われるが、AgPdクラッド材の場合のような圧延は必要なく、Pdストライプめっき後にブラシ打ち抜きのためのプレス加工が可能であるので、表面粗度が良好となる。
【0028】
次に、上述した構成のブラシと組み合わせて用いた際に優れた特性を示す整流子構成について説明する。ブラシは、モータ回転中に整流子の摺動部上に摺動接触する。上述のPdめっきブラシは、後述する貴金属めっきをした整流子と組み合わせて用いるとき、後述する試験結果に示されるように、常温環境及び高温環境下での長いモータ寿命、整流子摩耗量の低減、モータ製品間での寿命時間のバラツキの減少、種々の環境下での整流子の変色の改善、ブラシと整流子間の接触抵抗の減少、起動電圧の改善などが達成された。
【0029】
図5は、整流子片めっき構造を例示する図であり、(A)はその基本構造を示し、図中に円で示すZ部の詳細を(B)に示し、(C)は側面から見た詳細図である。(A)に示すように、銅(Cu)又は銅合金などからなる板状の整流子片基材部の上に、貴金属めっきにより構成される摺動部が形成される。ここで、例えば、基材部の厚さは0.3mm、摺動部の幅は2.2mmである。この摺動部は、最終的な整流子片に形成されるとき、ブラシが摺動接触する部分となる。
【0030】
次に、摺動部の構成について、図5(B)及び(C)を参照して説明する。基材部上の第1層として、基材部の全面に渡って銀(Ag)又は銀合金ストライクめっきをする。このストライクめっきは、基材と次工程のAg又はAg合金ストライプめっき間の接着剤の役割、及び基材の変色防止のためのものであり、厚さは、0.1〜1.0μm程度である。なお、図示省略しているが、第1層の下地めっきとして、Ni又はCuストライクめっきをしても良い。下地めっきは、基材の錆防止をすると共に、上に形成される貴金属の拡散を防ぐために施行する。
【0031】
第2層として、Ag又はAg合金ストライプめっきをする。この第2層は、摺動部の主要部をなすものであり、この部分の厚さがモータ寿命時間を決定つけるために、厚さは、1〜10μm程度が望ましい。厚くめっきすると、コスト的にも高くなるため、めっき厚の上限は、10μm程度となる。コスト的には薄い程有利であるが、1μm以下では、所望のモータ寿命時間を得ることができない。このストライプめっきは、めっき部位以外をマスキング用テープなどでマスキングして、所望の位置にのみめっきをする通常の方法により行うことができる。
【0032】
この第2層の上を含む全面を、図示したように第3層(表面層)としてPdストライクめっきをする。或いは、第2層の上面のみのPdストライプめっきとすることもできる。厚さは、0.005〜5.0μm程度が望ましい。このPdめっきは、酸化・硫化等に対する変色防止のために行う。また、Pd自体が経時変化に対し強く、接触抵抗が安定している特徴があり、特に低湿条件で寿命を長くすることができる。モータの場合、初期摩耗(初期なじみ)が寿命を左右する場合があり、初期に摩耗が進むとその後も加速度的に摩耗が進むのに対して、逆に初期になじませて摩耗を抑えることにより、その後の摩耗を安定的に低減することが可能となる。Pdめっき表面層は、初期摩耗時にブラシと摺動接触して、整流子装置の動作を安定化させる作用がある。初期摩耗時を過ぎ、Pdめっき表面層が摩耗した後は、ブラシに摺動接触するのは、第2層のAg又はAg合金めっき層である。要するに、Pdめっき表面層は、初期摩耗時に有効に機能して、モータの長寿命化を達成する。
【0033】
ブラシと整流子の摺動材として、同一金属を使用すると、凝着摩耗が発生し易く、整流子摩耗が大きくなるという説が知られているところ、本発明は、Pdについてはこのような説が当てはまらないことを発見したことによりなされたものであり、同一金属(Pd)を使用して、Pdめっき表面層を有するブラシと、それが摺動接触するPdめっき表面層を有する整流子とを組み合わせることにより、常温環境及び高温環境下で、長いモータ寿命を達成したものである。
【0034】
図6は、整流子片のレイアウトを示す図である。図6に示すように、整流子片基材の上に貴金属めっき部を有する1枚の板に対して、図示したように多数の整流子片が所定間隔でレイアウトされる。この整流子片部分が、プレス抜き加工をすることにより、個々の整流子片用に打ち抜かれる。図6に示した整流子片摺動部は、ブラシが摺動接触する部分であり、この部分には、上述した第1層〜第3層の貴金属がめっきされている。なお、巻線接続部は、モータに組み立てられるとき、巻線の端部が接続される部分であり、パイロット穴は、プレス加工時に、材料の送りや位置決めに用いるためのものである。
【0035】
図7は、1個の整流子片を例示する図であり、(A)は概略斜視図を、(B)はブラシ摺動部で切断した断面図である。周知のように、このような整流子片の複数個を、円周上に等間隔にわずかの隙間を空けて配置することにより、整流子が構成される。この整流子片は、ブラシが摺動接触する摺動部と、それと一体形成の巻線接続部を有している。図7(B)に示すブラシ摺動部の断面構成は、上述したように、基材部及びその上の第1層〜第3層の貴金属めっき層により形成されている。
【実施例1】
【0036】
図8は、材質別・環境別寿命試験結果を示すグラフである。整流子めっき材質Ag(特許文献3参照)と本発明に基づき構成したAg+Pd(Agめっきの上にPdめっき)について、それぞれ常温と70℃環境の中で、Pdめっきブラシを用いて、それぞれ5個のサンプルの寿命時間を測定し、平均した結果を示している。寿命試験条件は、負荷を4.0 〔g-cm/L〕にして、「正転、逆転、停止、逆転、正転、停止」を1サイクル(モータ印加電圧+6.0V 0.4秒 CW / -6.0V 0.1秒 CCW / 0V 0.2秒 / -6.0V 0.4秒 CCW / +6.0V 0.1S CW / 0V 0.2S)として、モータ停止までのサイクル数を測定した。ここで、「正転(CW)」とは、図10を参照して説明したように片持ち支持されるブラシに対する整流子表面の移動方向が、ブラシ先端側から支持側に向かう方向の回転であり、それと逆方向の回転を「逆転(CCW)」と表示している。寿命試験結果は、グラフに示されるように、常温、70℃環境のいずれにおいても、本発明のAg+Pdめっき整流子が、Pdめっきの無い従来構成の整流子よりも、寿命時間が長くなっており、特に高温環境下(70℃)においてはその差が顕著に表れている。この試験では、整流子のAgめっき貴金属部が摩耗して無くなったときに、モータ寿命は尽きる。整流子のAgめっき貴金属部の摩耗は、主としてブラシが切り替わる時に発生する火花(スパーク)により生じる。しかるに、この寿命試験は耐アーク性が向上した事を示している。
【実施例2】
【0037】
図9は、ブラシ圧別摩耗量を示すグラフである。種々の整流子構成(本発明のAg+Pdめっき、Agめっき(特許文献3参照)、AgCuNiクラッド(図11参照)、AgSeSbめっき、AuCoめっき)について、Pdめっきブラシを用いて、ブラシ圧10[mN]と20[mN]のそれぞれ5個のサンプルの摩耗量を測定し、平均した。
【0038】
摩耗量の測定は、まず、上述したサイクルで、10万サイクルの寿命試験実施後、モータにおける整流子摺動面表面の粗さをサーフコーダーで測定し(測定結果は整流子片の断面形状で示される)、その結果から整流子片断面における摩耗面積(フォーク状ブラシの3つの先端部に対応する3カ所の摩耗の合計)を計算により算出した。
【0039】
その結果、本発明のAg+Pdめっき整流子は、単に摩耗量が少ないだけでなく、ブラシ圧を10[mN]から20[mN]に2倍にしても、摩耗量は50%の増加に留まる。このことは、本発明のブラシと整流子の組み合わせは、ブラシが摺動接触する整流子片の摩耗する量が少なく、長い寿命を有するだけでなく、ブラシ圧に製造上のバラツキを生じても、モータ製品間の寿命差が大きくならず、品質的に安定した製品を提供できることを示している。
【実施例3】
【0040】
さらに、ブラシ追従特性試験を行った。ブラシ追従特性試験とは、無負荷で、ブラシが整流子の何回転にまで追従するかの試験である。印加する電圧を上げると、それに比例して回転数が上昇するが、ある回転数まで上昇させたときに、ブラシが整流子面との接触を最初は瞬間的に離脱し、さらに回転数を上げると離脱の程度を増すことになる。勿論、より高い回転数まで、ブラシが離脱しないのが望ましい。
【0041】
Pdめっきブラシを用いて、ブラシ圧を10[mN]前後に調整して試験した結果、特許文献3に示すようなAgめっき整流子は、10769 [r/min]で離脱を始めるのに対して、本発明に基づきAgめっきの上にさらにPdめっきを施した整流子は、11301 [r/min]で離脱を始めた。十分に良好な結果を示している。なお、上述の試験結果は、整流子めっき材質以外は、全て同一条件にて、それぞれ5個のサンプルについて測定した平均データである。
【図面の簡単な説明】
【0042】
【図1】先端部にフォーク状に切れ目を入れた構成を有するブラシをターミナルに固定した状態で例示する図である。
【図2】ブラシの製造について説明する図である。
【図3】個々のブラシ用に打ち抜く第1段階のプレス加工を説明する図である。
【図4】個々のブラシ用に打ち抜く第2段階のプレス加工を説明する図である。
【図5】整流子片めっき構造を例示する図であり、(A)はその基本構造を示し、図中に円で示すZ部の詳細を(B)に示し、(C)は側面から見た図である。
【図6】整流子片のレイアウトを示す図である。
【図7】1個の整流子片を例示する図であり、(A)は概略斜視図を、(B)はブラシ摺動部で切断した断面図である。
【図8】材質別・環境別寿命試験結果を示すグラフである。
【図9】ブラシ圧別摩耗量を示すグラフである。
【図10】通常の小型モータを例示する図であり、(A)は全体の縦断面図、(B)はエンドキャップをモータ内部側から見た図である。
【図11】従来技術のブラシの一般的な製造法を説明する図である。
【符号の説明】
【0043】
1 シャフト
2 積層コア
3 巻線
4 整流子
5 金属ケース
6 エンドキャップ
7 ブラシホルダー
8 ブラシ
9 マグネット
10 ターミナル
【技術分野】
【0001】
本発明は、主に音響、映像機器等の駆動用に使用される小型モータの整流装置及びその製造方法に関し、特に、ブラシと整流子の接触状態の安定化を図り、整流子の摩耗を小さくした低コストの小型モータの整流装置及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
図10は、通常の小型モータを例示する図であり、(A)は全体の縦断面図、(B)はエンドキャップをモータ内部側から見た図である。金属ケース5には、マグネット9が取り付けられる。回転子は、シャフト1上に積層コア2と巻線3によって構成される回転子磁極と、整流子4とを一体に組み付けて構成される。
【0003】
金属ケース5の開口から、シャフト1上に一体に組み立てられた回転子を挿入した後、金属ケース5の開口を閉じるように、エンドキャップ6が嵌着される。エンドキャップ6に設けた穴に嵌合して取り付けられる合成樹脂製のブラシホルダー7によって、整流子4に接触する一対のブラシ8,8が取り付けられる。このブラシ8,8は整流子接触側とは長さ方向の反対側端部が、エンドキャップ6の外部に導出されるターミナル10にそれぞれ接続されている。例示のブラシ8,8はいわゆる金属ブラシであり、板状の片持ちバネの形状をしており、また先端部にフォーク状に切れ目を入れた構成とすることができる。
【0004】
エンドキャップ6を金属ケース5に嵌着した状態で、シャフト1の延長部を金属ケース底部から突出させて、回転子は、金属ケース底部とエンドキャップ6とにそれぞれ設けられた軸受によって回転可能に支持される。このとき、ブラシ8が整流子4上に当接するよう配置される。外部電源からブラシ8及び整流子4を介して供給された電流は、回転子磁極に巻かれた巻線3に流れ、これによって、モータは回転することができる。
【0005】
従来、このような小型モータのブラシは、一般的にCu基合金からなるブラシ基材にAgPd合金をクラッドした材料を用いて構成されている。Cu基合金は、例えばCuNiZn合金である。ブラシ基材の材質としては、他にFe基合金(ステンレスなど)がある。図11は、このような従来技術のブラシの一般的な製造法を説明する図である。(A)に示すように、AgPd(銀パラジウム)の細長いテープ材を用意する一方、このテープ材形状に一致する溝を、板状のCu基合金からなるブラシ基材表面に形成する。次に、このAgPdのテープ材をCu基合金表面の溝に嵌合した後、圧延加工等をすることにより拡散層を形成したクラッド材に仕上げる。次に、(B)に示すように形成した部材(AgPdクラッド材)からプレス加工で、多数のブラシを同時に、ブラシ形状に打ち抜くことにより、ブラシとして完成させる。
【0006】
このように、Cu基合金に比べて格段に高価なAgPd合金を、整流子との摺動部に限定して用いることによりブラシの材料費を下げることが可能となっている。但し、AgPdを薄くすればする程加工費は高くなるので、AgPdの厚さを薄くして、コストダウンを図るには限界がある。また、その幅(細長いブラシの長さ方向)を狭くするにも限界がある。通常は、比較的に厚い5〜10μmの厚さのAgPdが用いられているため、モータのブラシにAgPdクラッド材を用いつつ、材料費と加工費を合わせた製造コストをさらに一層下げることには限界がある。
【0007】
また、ブラシ装置と組み合わせて用いられる整流子についても、従来は、主としてクラッド技術を用いて構成されていた。整流子は、基材表面にAgCuNiのような貴金属をクラッドすることにより構成されている。このようなクラッド貴金属は、ブラシに関して前述したのと同様に、その厚さを薄くするには限界がある。しかも、モータ回転中には、整流子表面上に常にブラシが摺動接触することを考慮すれば、必要な寿命を達成するために貴金属層を単純に薄くすることはできない。
【0008】
特許文献1は、クラッド材ではなく、めっきによりブラシを構成する技術を開示する。また、特許文献2は、めっきにより整流子用接触片材料を構成する技術を開示する。いずれの技術も、Cu基合金の表面に3層からなる被覆をめっきにより構成する。第1層はCr、Ni、Ni合金、Reのいずれかを厚さ0.1〜10μm、第2層はRh、Pt、Pd、Ruのいずれかを厚さ0.1〜10μm、第3層はAu、Ag、Au−Agのいずれかを厚さ0.1〜10μmに、それぞれ被覆することによって構成している。
【0009】
このように、貴金属をめっきによって薄く被覆することが可能になるとはいえ、モータのブラシ或いは整流子は、両者の間に電流を流しつつ摺動使用して、かつ長時間使用後も所定の性能を維持する必要があることを考慮すれば、めっき層を薄く形成するにも限界がある。このため、Cu基合金表面を全体的にめっき層で覆うのでは、特に貴金属をめっきした場合、材料費を下げることはできない。整流子用及びブラシ用共に、Rh、Pt、Au、Ruは高価な貴金属であり、したがってコスト高となってしまう。
【0010】
従来、このような問題を解決するために、特許文献3は、ブラシ基材の上にNi下地めっきを介してPdストライプめっきをしたブラシを開示し、そして、また、Cu又はCu合金の整流子基材の上にNi下地めっきを介してAg又はAg合金のような貴金属をめっきした整流子を開示する。このようなブラシと整流子を組み合わせて用いるとき、Pdストライプめっきブラシが摺動接触する整流子表面上に被覆される貴金属層が、めっきにより形成した薄いものであっても、十分な寿命があることを、特許文献3は開示する。
【0011】
しかし、Cu又はCu合金の基材上に、Ag又はAg合金めっきした整流子は経時変化や対環境に弱く、酸化や硫化などにより変色し易く、整流子とブラシ間の接触抵抗が大きくなり、それ故に、モータ起動電圧が高くなる問題がある。
【0012】
また、小型モータの製造に際して、ブラシが整流子上に接触するブラシ圧にある程度の製造上のバラツキが生じるのはやむを得ないが、ブラシ圧が強い方が整流子摩耗が大きくなるために、ブラシ圧の製造上のバラツキに応じてモータ寿命差が生じるという問題がある。
【特許文献1】特公平2−59236号公報
【特許文献2】特公平2−59235号公報
【特許文献3】特開2005−51987号公報
【非特許文献1】トライボロジー入門講座教材 2000年度、社団法人日本トライボロジー学会(http://www.tribology.jp/)発行、Vol.31、P35〜P55
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は、係る問題点を解決して、整流子の経時変化、対環境性、変色の低減において改善を図り、これによって、整流子とブラシ間の接触抵抗、それ故に、モータ起動電圧を安定に維持して、長寿命化を図ることを目的としている。
【0014】
また、本発明は、ブラシ圧に製造上のある程度のバラツキが生じても、モータ製品間で寿命差が大きく変動しない小型モータを提供することを目的としている。
【0015】
また、本発明は、整流子用及びブラシ用共に、従来めっき材として使用されていたようなRh、Pt、Au、Ruなどの高価な貴金属を用いること無く、コスト低減を図ることを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明の小型モータの整流装置は、モータ整流子と、該整流子上に摺動接触するブラシとの組み合わせからなる。ブラシは、ブラシ摺動部と、該ブラシ摺動部を支持する全体的には細長い板状のブラシ基材とから構成し、かつ、該ブラシ摺動部は、Ni下地めっきをしたブラシ基材の長さ方向の一部の上に、ブラシ摺動部表面層として所定長さに渡ってPdめっきをする。整流子は、整流子基材の上にめっきにより形成した整流子摺動部を有し、該整流子摺動部は、その表面層として、ブラシ摺動部表面層と同一金属であるPdめっきをする。
【0017】
また、本発明の小型モータの整流装置の製造方法は、Ni下地めっきをしたブラシ基材の長さ方向の一部の上に、ブラシ摺動部表面層として所定長さに渡って形成されたPdめっきをすることによりブラシ摺動部を形成し、かつ、整流子摺動部の表面層として、ブラシ摺動部表面層と同一金属であるPdめっきをしたことを特徴としている。
【発明の効果】
【0018】
ブラシと整流子の摺動材として、同一金属を使用すると、凝着摩耗が発生し易く、摺動材の摩耗が大きくなることが知られている(例えば、非特許文献1参照)。このため、ブラシと整流子の摺動材としては、異種金属を使用するのが一般的である。このような従来の定説に反して、本発明は同一金属(Pd)を使用して、Pdめっき表面層を有するブラシと、それが摺動接触するPdめっき表面層を有する整流子とを組み合わせることにより、常温環境及び高温環境下で、長いモータ寿命を達成できた(実施例1参照)。
【0019】
整流子摺動部のAg又はAg合金の表面にPdめっきを施すことにより、ブラシ圧強及びブラシ圧弱のモータ製品間で、整流子摩耗量の差が少なくなり、寿命時間差が少なくなった(実施例2参照)。
【0020】
電子部品業界で使用環境として要求されることのある塩素(Cl2)、硫化水素(H2S)、アンモニア(NH3)雰囲気において、整流子の化学変化に基づく変色が改善された。その結果、これら使用環境においても、ブラシと整流子間の接触抵抗が少なくなり、起動電圧(モータを起動するのに必要な電圧)が改善された。
【0021】
また、本発明の整流子は、高価な貴金属(Pd)も使用するが、その主要部は、Ag又はAg合金を用いるために、低コストとなる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
本発明は、特許文献3に開示されたような構成を有するブラシと共に用いられるとき優れた性能を発揮するブラシと整流子の組み合わせ構成に特徴を有している。図1は、先端部にフォーク状に切れ目を入れると共に、その先端近くにブラシ摺動部を有する通常の構成のブラシをターミナルに固定した状態で例示する図である。このようなブラシの製造について、まず、図2を参照して、説明する。このブラシ自体は、特許文献3に開示されたものと同一構成にすることができる。図示したように、板状のCu(銅)基合金(或いはFe基合金など)からなるブラシ基材の全面に、下地めっきとして、Ni(ニッケル)ストライクめっきをする。ストライクめっきとは、周知のように、素材表面の酸化物除去、活性化とめっきを同時におこない次工程へのめっきの密着性を向上させるめっき処理である。厚さは、例えば、0.2μm程度である。Niめっきは、ブラシ基材の錆防止をすると共に、上に形成されるPd(パラジウム)の拡散を防ぐために施行する。
【0023】
Niめっきの上に、所定長さ、例えば1.5mmのPdのストライプめっきをする。即ち、Pdは、所定長さを有するようにストライプ状にめっきされることになるが、このストライプの幅方向が、最終的なブラシ装置においては、細長いブラシの長さ方向になる。
【0024】
Pdストライプめっき部は、整流子に接触するブラシ摺動部表面層を構成する。この厚さは、摺動部寿命時間を長くし、接触抵抗を安定化させる等のため、0.2〜5μm程度が望ましい。Pdは、それ自体が経時的に優れ、また接触抵抗が安定している等の優れた特性を有しているものの、Pdめっきは、内部応力が極めて大きく、めっき厚を厚くすると、ブラシ基材が変形してしまうことがある。また、コスト的にも高くなるため、Pdめっき厚の上限は、5μm程度となる。コスト的には薄い程有利であるが、0.2μm以下では、所望のブラシ性能を得ることができない。
【0025】
このストライプめっきは、めっき部位以外をマスキング用テープなどでマスキングして、所望の位置にのみめっきをする通常の方法により行うことができる。また、ストライプめっきのために採用する設備の都合上、Niめっき部の酸化・変色防止対策のために、Pdストライプめっきの前に、Ni下地めっきの全面に、0.02μm程度の薄いPdストライクめっきをすることもできる。
【0026】
Pdストライプめっきの後、図3及び図4に示すように、個々のブラシ用に打ち抜くプレス加工が行われる。このプレス加工は、例えば、二段階で行われ、図3に示す第1段階のプレス加工では、多数のブラシが図中の上下方向に繋がっている状態に打ち抜かれる。そして、図4に示す第2段階のプレス加工で、各ブラシの左右及び先端部がカットされて、ブラシとして完成する。なお、図中に示すパイロット穴は、ブラシ製作時に、材料の送りや位置決めに用いるためのものである。
【0027】
このようなプレス加工は、従来技術のAgPdクラッド材の場合と同様に行われるが、AgPdクラッド材の場合のような圧延は必要なく、Pdストライプめっき後にブラシ打ち抜きのためのプレス加工が可能であるので、表面粗度が良好となる。
【0028】
次に、上述した構成のブラシと組み合わせて用いた際に優れた特性を示す整流子構成について説明する。ブラシは、モータ回転中に整流子の摺動部上に摺動接触する。上述のPdめっきブラシは、後述する貴金属めっきをした整流子と組み合わせて用いるとき、後述する試験結果に示されるように、常温環境及び高温環境下での長いモータ寿命、整流子摩耗量の低減、モータ製品間での寿命時間のバラツキの減少、種々の環境下での整流子の変色の改善、ブラシと整流子間の接触抵抗の減少、起動電圧の改善などが達成された。
【0029】
図5は、整流子片めっき構造を例示する図であり、(A)はその基本構造を示し、図中に円で示すZ部の詳細を(B)に示し、(C)は側面から見た詳細図である。(A)に示すように、銅(Cu)又は銅合金などからなる板状の整流子片基材部の上に、貴金属めっきにより構成される摺動部が形成される。ここで、例えば、基材部の厚さは0.3mm、摺動部の幅は2.2mmである。この摺動部は、最終的な整流子片に形成されるとき、ブラシが摺動接触する部分となる。
【0030】
次に、摺動部の構成について、図5(B)及び(C)を参照して説明する。基材部上の第1層として、基材部の全面に渡って銀(Ag)又は銀合金ストライクめっきをする。このストライクめっきは、基材と次工程のAg又はAg合金ストライプめっき間の接着剤の役割、及び基材の変色防止のためのものであり、厚さは、0.1〜1.0μm程度である。なお、図示省略しているが、第1層の下地めっきとして、Ni又はCuストライクめっきをしても良い。下地めっきは、基材の錆防止をすると共に、上に形成される貴金属の拡散を防ぐために施行する。
【0031】
第2層として、Ag又はAg合金ストライプめっきをする。この第2層は、摺動部の主要部をなすものであり、この部分の厚さがモータ寿命時間を決定つけるために、厚さは、1〜10μm程度が望ましい。厚くめっきすると、コスト的にも高くなるため、めっき厚の上限は、10μm程度となる。コスト的には薄い程有利であるが、1μm以下では、所望のモータ寿命時間を得ることができない。このストライプめっきは、めっき部位以外をマスキング用テープなどでマスキングして、所望の位置にのみめっきをする通常の方法により行うことができる。
【0032】
この第2層の上を含む全面を、図示したように第3層(表面層)としてPdストライクめっきをする。或いは、第2層の上面のみのPdストライプめっきとすることもできる。厚さは、0.005〜5.0μm程度が望ましい。このPdめっきは、酸化・硫化等に対する変色防止のために行う。また、Pd自体が経時変化に対し強く、接触抵抗が安定している特徴があり、特に低湿条件で寿命を長くすることができる。モータの場合、初期摩耗(初期なじみ)が寿命を左右する場合があり、初期に摩耗が進むとその後も加速度的に摩耗が進むのに対して、逆に初期になじませて摩耗を抑えることにより、その後の摩耗を安定的に低減することが可能となる。Pdめっき表面層は、初期摩耗時にブラシと摺動接触して、整流子装置の動作を安定化させる作用がある。初期摩耗時を過ぎ、Pdめっき表面層が摩耗した後は、ブラシに摺動接触するのは、第2層のAg又はAg合金めっき層である。要するに、Pdめっき表面層は、初期摩耗時に有効に機能して、モータの長寿命化を達成する。
【0033】
ブラシと整流子の摺動材として、同一金属を使用すると、凝着摩耗が発生し易く、整流子摩耗が大きくなるという説が知られているところ、本発明は、Pdについてはこのような説が当てはまらないことを発見したことによりなされたものであり、同一金属(Pd)を使用して、Pdめっき表面層を有するブラシと、それが摺動接触するPdめっき表面層を有する整流子とを組み合わせることにより、常温環境及び高温環境下で、長いモータ寿命を達成したものである。
【0034】
図6は、整流子片のレイアウトを示す図である。図6に示すように、整流子片基材の上に貴金属めっき部を有する1枚の板に対して、図示したように多数の整流子片が所定間隔でレイアウトされる。この整流子片部分が、プレス抜き加工をすることにより、個々の整流子片用に打ち抜かれる。図6に示した整流子片摺動部は、ブラシが摺動接触する部分であり、この部分には、上述した第1層〜第3層の貴金属がめっきされている。なお、巻線接続部は、モータに組み立てられるとき、巻線の端部が接続される部分であり、パイロット穴は、プレス加工時に、材料の送りや位置決めに用いるためのものである。
【0035】
図7は、1個の整流子片を例示する図であり、(A)は概略斜視図を、(B)はブラシ摺動部で切断した断面図である。周知のように、このような整流子片の複数個を、円周上に等間隔にわずかの隙間を空けて配置することにより、整流子が構成される。この整流子片は、ブラシが摺動接触する摺動部と、それと一体形成の巻線接続部を有している。図7(B)に示すブラシ摺動部の断面構成は、上述したように、基材部及びその上の第1層〜第3層の貴金属めっき層により形成されている。
【実施例1】
【0036】
図8は、材質別・環境別寿命試験結果を示すグラフである。整流子めっき材質Ag(特許文献3参照)と本発明に基づき構成したAg+Pd(Agめっきの上にPdめっき)について、それぞれ常温と70℃環境の中で、Pdめっきブラシを用いて、それぞれ5個のサンプルの寿命時間を測定し、平均した結果を示している。寿命試験条件は、負荷を4.0 〔g-cm/L〕にして、「正転、逆転、停止、逆転、正転、停止」を1サイクル(モータ印加電圧+6.0V 0.4秒 CW / -6.0V 0.1秒 CCW / 0V 0.2秒 / -6.0V 0.4秒 CCW / +6.0V 0.1S CW / 0V 0.2S)として、モータ停止までのサイクル数を測定した。ここで、「正転(CW)」とは、図10を参照して説明したように片持ち支持されるブラシに対する整流子表面の移動方向が、ブラシ先端側から支持側に向かう方向の回転であり、それと逆方向の回転を「逆転(CCW)」と表示している。寿命試験結果は、グラフに示されるように、常温、70℃環境のいずれにおいても、本発明のAg+Pdめっき整流子が、Pdめっきの無い従来構成の整流子よりも、寿命時間が長くなっており、特に高温環境下(70℃)においてはその差が顕著に表れている。この試験では、整流子のAgめっき貴金属部が摩耗して無くなったときに、モータ寿命は尽きる。整流子のAgめっき貴金属部の摩耗は、主としてブラシが切り替わる時に発生する火花(スパーク)により生じる。しかるに、この寿命試験は耐アーク性が向上した事を示している。
【実施例2】
【0037】
図9は、ブラシ圧別摩耗量を示すグラフである。種々の整流子構成(本発明のAg+Pdめっき、Agめっき(特許文献3参照)、AgCuNiクラッド(図11参照)、AgSeSbめっき、AuCoめっき)について、Pdめっきブラシを用いて、ブラシ圧10[mN]と20[mN]のそれぞれ5個のサンプルの摩耗量を測定し、平均した。
【0038】
摩耗量の測定は、まず、上述したサイクルで、10万サイクルの寿命試験実施後、モータにおける整流子摺動面表面の粗さをサーフコーダーで測定し(測定結果は整流子片の断面形状で示される)、その結果から整流子片断面における摩耗面積(フォーク状ブラシの3つの先端部に対応する3カ所の摩耗の合計)を計算により算出した。
【0039】
その結果、本発明のAg+Pdめっき整流子は、単に摩耗量が少ないだけでなく、ブラシ圧を10[mN]から20[mN]に2倍にしても、摩耗量は50%の増加に留まる。このことは、本発明のブラシと整流子の組み合わせは、ブラシが摺動接触する整流子片の摩耗する量が少なく、長い寿命を有するだけでなく、ブラシ圧に製造上のバラツキを生じても、モータ製品間の寿命差が大きくならず、品質的に安定した製品を提供できることを示している。
【実施例3】
【0040】
さらに、ブラシ追従特性試験を行った。ブラシ追従特性試験とは、無負荷で、ブラシが整流子の何回転にまで追従するかの試験である。印加する電圧を上げると、それに比例して回転数が上昇するが、ある回転数まで上昇させたときに、ブラシが整流子面との接触を最初は瞬間的に離脱し、さらに回転数を上げると離脱の程度を増すことになる。勿論、より高い回転数まで、ブラシが離脱しないのが望ましい。
【0041】
Pdめっきブラシを用いて、ブラシ圧を10[mN]前後に調整して試験した結果、特許文献3に示すようなAgめっき整流子は、10769 [r/min]で離脱を始めるのに対して、本発明に基づきAgめっきの上にさらにPdめっきを施した整流子は、11301 [r/min]で離脱を始めた。十分に良好な結果を示している。なお、上述の試験結果は、整流子めっき材質以外は、全て同一条件にて、それぞれ5個のサンプルについて測定した平均データである。
【図面の簡単な説明】
【0042】
【図1】先端部にフォーク状に切れ目を入れた構成を有するブラシをターミナルに固定した状態で例示する図である。
【図2】ブラシの製造について説明する図である。
【図3】個々のブラシ用に打ち抜く第1段階のプレス加工を説明する図である。
【図4】個々のブラシ用に打ち抜く第2段階のプレス加工を説明する図である。
【図5】整流子片めっき構造を例示する図であり、(A)はその基本構造を示し、図中に円で示すZ部の詳細を(B)に示し、(C)は側面から見た図である。
【図6】整流子片のレイアウトを示す図である。
【図7】1個の整流子片を例示する図であり、(A)は概略斜視図を、(B)はブラシ摺動部で切断した断面図である。
【図8】材質別・環境別寿命試験結果を示すグラフである。
【図9】ブラシ圧別摩耗量を示すグラフである。
【図10】通常の小型モータを例示する図であり、(A)は全体の縦断面図、(B)はエンドキャップをモータ内部側から見た図である。
【図11】従来技術のブラシの一般的な製造法を説明する図である。
【符号の説明】
【0043】
1 シャフト
2 積層コア
3 巻線
4 整流子
5 金属ケース
6 エンドキャップ
7 ブラシホルダー
8 ブラシ
9 マグネット
10 ターミナル
【特許請求の範囲】
【請求項1】
モータ整流子と、該整流子上に摺動接触するブラシとの組み合わせからなる小型モータの整流装置において、
前記ブラシは、ブラシ摺動部と、該ブラシ摺動部を支持する全体的には細長い板状のブラシ基材とから構成し、かつ、該ブラシ摺動部は、Ni下地めっきをしたブラシ基材の長さ方向の一部の上に、ブラシ摺動部表面層として所定長さに渡ってPdめっきをし、
前記整流子は、整流子基材の上にめっきにより形成した整流子摺動部を有し、該整流子摺動部は、その表面層として、ブラシ摺動部表面層と同一金属であるPdめっきをした、
ことから成る小型モータの整流装置。
【請求項2】
前記整流子摺動部は、前記整流子基材全面のAg又はAg合金ストライクめっきの第1層と、所定幅のAg又はAg合金ストライプめっきの第2層と、この第2層の上を含む全面のPdストライクめっき、或いは第2層の上面のPdストライプめっきの表面層により構成した請求項1に記載の小型モータの整流装置。
【請求項3】
前記整流子摺動部は、前記第1層の下地めっきとして、Ni又はCuストライクめっきをした請求項2に記載の小型モータの整流装置。
【請求項4】
前記ブラシは、前記Ni下地めっきの全面に、Pdストライクめっきをした請求項1に記載の小型モータの整流装置。
【請求項5】
モータ整流子と、該整流子の整流子摺動部上に、全体的には細長い板状のブラシ基材を有してそこに支持されるブラシ摺動部が摺動接触するブラシとの組み合わせからなる小型モータの整流装置の製造方法において、
Ni下地めっきをしたブラシ基材の長さ方向の一部の上に、ブラシ摺動部表面層として所定長さに渡って形成されたPdめっきをすることにより前記ブラシ摺動部を形成し、かつ、
前記整流子摺動部の表面層として、ブラシ摺動部表面層と同一金属であるPdめっきをした、
ことから成る小型モータの整流装置の製造方法。
【請求項6】
前記整流子摺動部を、整流子基材全面のAg又はAg合金ストライクめっきの第1層と、所定幅のAg又はAg合金ストライプめっきの第2層と、この第2層の上を含む全面のPdストライクめっき、或いは第2層の上面のPdストライプめっきの表面層により構成した請求項5に記載の小型モータの整流装置の製造方法。
【請求項1】
モータ整流子と、該整流子上に摺動接触するブラシとの組み合わせからなる小型モータの整流装置において、
前記ブラシは、ブラシ摺動部と、該ブラシ摺動部を支持する全体的には細長い板状のブラシ基材とから構成し、かつ、該ブラシ摺動部は、Ni下地めっきをしたブラシ基材の長さ方向の一部の上に、ブラシ摺動部表面層として所定長さに渡ってPdめっきをし、
前記整流子は、整流子基材の上にめっきにより形成した整流子摺動部を有し、該整流子摺動部は、その表面層として、ブラシ摺動部表面層と同一金属であるPdめっきをした、
ことから成る小型モータの整流装置。
【請求項2】
前記整流子摺動部は、前記整流子基材全面のAg又はAg合金ストライクめっきの第1層と、所定幅のAg又はAg合金ストライプめっきの第2層と、この第2層の上を含む全面のPdストライクめっき、或いは第2層の上面のPdストライプめっきの表面層により構成した請求項1に記載の小型モータの整流装置。
【請求項3】
前記整流子摺動部は、前記第1層の下地めっきとして、Ni又はCuストライクめっきをした請求項2に記載の小型モータの整流装置。
【請求項4】
前記ブラシは、前記Ni下地めっきの全面に、Pdストライクめっきをした請求項1に記載の小型モータの整流装置。
【請求項5】
モータ整流子と、該整流子の整流子摺動部上に、全体的には細長い板状のブラシ基材を有してそこに支持されるブラシ摺動部が摺動接触するブラシとの組み合わせからなる小型モータの整流装置の製造方法において、
Ni下地めっきをしたブラシ基材の長さ方向の一部の上に、ブラシ摺動部表面層として所定長さに渡って形成されたPdめっきをすることにより前記ブラシ摺動部を形成し、かつ、
前記整流子摺動部の表面層として、ブラシ摺動部表面層と同一金属であるPdめっきをした、
ことから成る小型モータの整流装置の製造方法。
【請求項6】
前記整流子摺動部を、整流子基材全面のAg又はAg合金ストライクめっきの第1層と、所定幅のAg又はAg合金ストライプめっきの第2層と、この第2層の上を含む全面のPdストライクめっき、或いは第2層の上面のPdストライプめっきの表面層により構成した請求項5に記載の小型モータの整流装置の製造方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2007−174815(P2007−174815A)
【公開日】平成19年7月5日(2007.7.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−369509(P2005−369509)
【出願日】平成17年12月22日(2005.12.22)
【出願人】(594027708)三菱電機メテックス株式会社 (4)
【出願人】(391003015)株式会社野毛電気工業 (20)
【出願人】(000113791)マブチモーター株式会社 (69)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成19年7月5日(2007.7.5)
【国際特許分類】
【出願日】平成17年12月22日(2005.12.22)
【出願人】(594027708)三菱電機メテックス株式会社 (4)
【出願人】(391003015)株式会社野毛電気工業 (20)
【出願人】(000113791)マブチモーター株式会社 (69)
【Fターム(参考)】
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