説明

常温乾燥型水系下塗り塗料用材料及びこれを用いた塗料

【課題】優れた耐チッピング性を有すると共に、クラックが発生せず、耐候性、耐汚染性、密着性等にも優れた常温乾燥型水系下塗り塗料を得ることができる塗料材料と、このような材料を用いた常温乾燥型水系下塗り塗料を提供する。
【解決手段】環状分子と、この環状分子を串刺し状に包接する直鎖状分子と、この直鎖状分子の両末端に配置され上記環状分子の脱離を防止する封鎖基を有し、上記直鎖状分子及び環状分子の少なくとも一方が親水性を有する親水性ポリロタキサンから成る塗料材料を、好適には塗膜形成成分に対する質量比で1〜50質量%配合して、常温乾燥型水系下塗り塗料とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車のボディや、屋内・屋外において使用される樹脂成型品、階段、床、家具等の木工製品、めっき、蒸着、スパッタリング等の処理が施されたアルミホイール、ドアミラーなどの製品等に好適に用いられる下塗り塗料に係り、さらに詳しくは、親水性ポリロタキサンを含有し、特に耐チッピング性に優れた常温乾燥型水系下塗り塗料と、このような水系塗料の材料として用いられる親水性ポリロタキサンに関するものである。
【背景技術】
【0002】
ポリカーボネートやアクリル等の樹脂成型品、あるいは各種金属製品においては、硬度、耐候性、耐汚染性、耐溶剤性、防食性等の諸物性が要求される水準を満たしていない場合には、これらの物性を補うために、表面処理が施されることがある。
このような表面処理には、通常、常温乾燥型塗料や2液ウレタン塗料等の硬化型塗料が用いられるが、チッピングを受けた場合にはチッピング傷が付き易く、しかも傷が付いてしまった場合には、これが目立ち易い。
【0003】
また、製品としての意匠性を向上させるために、各種部品に、めっきや蒸着、スパッタリングのような金属鏡面処理を施すことがあるが、このような金属鏡面処理を行った場合、処理膜には傷が付き易く、付いた傷が目立ち易い。
【0004】
また、自動車用の車体塗装についても、近年では新車時の塗装外観を長期間に亘って保持することができるように、高耐久化指向が強まってきており、塗膜には、チッピングなどによっても傷の付かない塗装が求められている。
このような耐チッピング性を有する塗膜を形成することができる塗料としては、従来より、メラミン硬化型軟質塗料や2液型アクリルウレタン系軟質塗料、ポリオレフィン系の軟質塗料などをフード先端等の積層構成の一部へ追加したり、アンダーコート及びストンガードコート(SGC)を施したりすることが知られている(例えば、特許文献1参照)。
【特許文献1】特開昭59−75954号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、軟質塗膜を適用する場合にあっては、クラックが発生する可能性があるので、軟質程度には限界がある。
また、アンダーコートやSGCの塗布は、塗装ラインが長くなる要因の一つになっているだけでなく、コストアップにも繋がるという問題がある。
【0006】
本発明は、このような従来の軟質塗料や、アンダーコート及びストンガードコート用塗料における上記課題に着目してなされたものであって、その目的とするところは、優れた耐チッピング性を有すると共に、クラックが発生せず、耐候性、耐汚染性、密着性等にも優れた常温乾燥型水系下塗り塗料を得るための塗料材料と、当該材料を用いた常温乾燥型水系下塗り塗料を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討を繰り返した結果、ポリロタキサンの滑車効果に基づく優れた伸縮性や粘弾性、機械的強度に着目し、例えばポリロタキサンの環状分子が有する水酸基の全部又は一部を親水性の修飾基で修飾することなどにより親水性を付与して、水に溶解する常温乾燥型のポリロタキサンに変性することができ、耐久性が要求される製品への適用が可能になり、このようなポリロタキサンを塗料に適用することによって、上記目的が達成できることを見出し、本発明を完成するに到った。
【0008】
本発明は、上記知見に基づくものであって、本発明の常温乾燥型水系下塗り塗料用材料は、環状分子と、この環状分子を串刺し状に包接する直鎖状分子と、この直鎖状分子の両末端に配置され上記環状分子の脱離を防止する封鎖基を有し、上記直鎖状分子及び環状分子の少なくとも一方が親水性を有する親水性ポリロタキサンから成るものとしたことを特徴としている。
【0009】
また、本発明の常温乾燥型水系下塗り塗料は、本発明の塗料用材料、すなわち上記親水性ポリロタキサンを、望ましくは質量比で、塗膜形成成分に対して1〜50%含有することを特徴とし、本発明の下塗り塗膜は、本発明の上記常温乾燥型水系下塗り塗料を固化して成ることを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、上記特性を備えたポリロタキサンに親水性を付与し、水溶性に変性した親水性ポリロタキサンを塗料材料として用いるようにしたことから、このような材料を含む常温乾燥型水系下塗り塗料から成る塗膜の耐チッピング性を向上させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、本発明に用いる親水性ポリロタキサンや、このような親水性ポリロタキサンを材料に用いた本発明の常温乾燥型水系下塗り塗料について、さらに詳細に説明する。なお、本明細書において、「%」は特記しない限り質量百分率を意味するものとする。
【0012】
上記したように、本発明の常温乾燥型水系下塗り塗料用材料は、水に溶解する常温乾燥型に変性された親水性ポリロタキサンから成るものであり、本発明の常温乾燥型水系下塗り塗料は、上記材料、すなわち親水性ポリロタキサンを含有するものである。
【0013】
図1は、ポリロタキサンの基本構造を概念的に示す模式図であって、当該ポリロタキサン1は、多数の環状分子2の開口部を直鎖状分子3が串刺し状に貫通すると共に、この直鎖状分子3の両末端に封鎖基4が結合して、環状分子2の直鎖状分子3からの脱離を防止する構造を備え、上記したように、外的応力が加わった場合に、上記環状分子2が直鎖状分子3に沿って自由に移動する(滑車効果)ことから、伸縮性や粘弾性に優れ、クラックや傷が生じ難いという優れた特性を備えている。
【0014】
本発明においては、上記環状分子2及び直鎖状分子3の一方又は両方が親水性を有し、全体として親水性を示す親水性ポリロタキサン、代表的には,図に示すように環状分子2が水酸基を有し、これら環状分子の水酸基の全部又は一部が親水性修飾基2aで修飾された親水性ポリロタキサンを使用するようにしており、当該ポリロタキサンは、水や後述する水系溶剤に可溶なものとなり、水系塗料の成分として配合することができるようになる。
なお、このような親水性ポリロタキサンから成る本発明の下塗り塗料用材料と他のポリマーを混合すると、ファンデルワールス力などによる擬似架橋を生じ、両者が組成物ないしは化合物として挙動しているものと考えられる。この場合、少なくとも上記ポリロタキサンは、上述の滑車効果を発揮しているものと思われる。
【0015】
本発明において、親水性を示す修飾基としては、例えば、カルボキシル基、スルホン酸基、硫酸エステル基、りん酸エステル基、第1〜第3アミノ基、第四級アンモニウム塩基、ヒドロキシアルキル基などを挙げることができるが、これらに限定されるものではない。
【0016】
また、本発明に用いる親水性ポリロタキサンとしては、全体として親水性を示す限り、環状分子の水酸基が部分的に疎水性修飾基によって修飾されていても差し支えはなく、このような疎水性を示す修飾基として、例えば、アルキル基、ベンジル基(ベンゼン環)及びベンゼン誘導体含有基、アシル基、シリル基、トリチル基、硝酸エステル基、トシル基などを挙げることができる。
【0017】
上記親水性ポリロタキサンにおける環状分子としては、上述の如き直鎖状分子に包接されて滑車効果を奏するものである限り、特に限定されるものではなく、種々の環状物質を挙げることができる。なお、環状分子としては、水酸基を有しているものが多い。
また、環状分子は実質的に環状であれば十分であって、「C」字状のように、必ずしも完全な閉環である必要はない。
【0018】
さらに、環状分子としては、反応基を有するものが好ましく、これによって上記した親水性修飾基などとの結合が行い易くなる。
このような反応基としては、例えば水酸基、カルボキシル基、アミノ基、エポキシ基、イソシアネート基、チオール基、アルデヒド基などを挙げることができるが、これらに限定されるものではない。なお、反応基としては、後述する封鎖基を形成する(ブロック化反応)際に、この封鎖基と反応しない基が好ましい。
【0019】
また、本発明に用いる上記親水性ポリロタキサンにおける上記環状分子の親水性修飾基による修飾度については、環状分子の有する水酸基が修飾され得る最大数を1とするとき、0.1以上であることが好ましく、0.3以上であることがより好ましく、0.5以上であることがさらに好ましい。
すなわち、上記修飾度が0.1未満であると、水や水系溶剤への溶解性が十分なものとならず、不溶性ブツ(異物付着などに由来する突出物)が生成することがある。
【0020】
なお、環状分子の水酸基が修飾され得る最大数とは、修飾する前に環状分子が有していた全水酸基数を意味する。また、修飾度とは、換言すれば、修飾された水酸基数の全水酸基数に対する比のことである。
さらに、上記ポリロタキサンが多数の環状分子を有する場合、これら環状分子それぞれの水酸基の全部又は一部が親水性修飾基によって修飾されている必要はない。言い換えると、ポリロタキサン全体として親水性を示す限り、親水性修飾基によって修飾されていない水酸基を有する環状分子が部分的に存在したとしても何ら差し支えない。
【0021】
なお、ポリロタキサンの環状分子への親水性修飾基の導入方法としては、例えば、上記環状分子としてシクロデキストリンを用いた場合には、該シクロデキストリンの水酸基をプロピレンオキシドを用いてヒドロキシプロピル化することが例示でき、このとき、プロピレンオキシドの添加量を変更することによって、上記ヒドロキシアルキル基による修飾度を制御することができる。
【0022】
上記親水性ポリロタキサンにおいて、直鎖状分子に包接される環状分子の個数(包接量)については、直鎖状分子が環状分子を包接し得る最大包接量を1とするとき、0.06〜0.61が好ましく、0.11〜0.48がさらに好ましく、0.24〜0.41がいっそう好ましい。
すなわち、この比が0.06未満では滑車効果が不十分となって塗膜の伸び率が低下することがあり、0.61を超えると、環状分子が密に配置され過ぎて環状分子の可動性が低下し、同様に塗膜の伸び率が不十分となって耐チッピング性が劣化する傾向があることによる。
【0023】
なお、環状分子の包接量は、例えば、DMF(ジメチルホルムアミド)に、BOP試薬(ベンゾトリアゾール−1−イル−オキシ−トリス(ジメチルアミノ)ホスホニウム・ヘキサフルオロフォスフェート)、HOBt(1−ヒドロキシベンゾトリアゾール)、アダマンタンアミン、ジイソプロピルエチルアミンをこの順番に溶解させた溶液に、ジメチルホルムアミドとジメチルスルホキシド(DMSO)の混合溶媒に、環状分子が直鎖状分子に串刺し状態となった包接錯体をあらかじめ分散させた分散液を添加することによってポリロタキサンを合成する際に、上記混合溶液の混合比率を変更することによって制御することができ、DMF/DMSO比を高くするほど環状分子の包接量を大きくすることができる。
【0024】
上記環状分子の具体例としては、種々のシクロデキストリン類、例えばα−シクロデキストリン(グルコース数:6個)、β−シクロデキストリン(グルコース数:7個)、γ−シクロデキストリン(グルコース数:8個)、ジメチルシクロデキストリン、グルコシルシクロデキストリン及びこれらの誘導体又は変性体、並びにクラウンエーテル類、ベンゾクラウン類、ジベンゾクラウン類、ジシクロヘキサノクラウン類及びこれらの誘導体又は変性体を挙げることができる。
【0025】
上述のシクロデキストリン等の環状分子は、その1種を単独、あるいは2種以上を組み合わせて使用することができる。
なお、上記した種々の環状分子の中では、特にα−シクロデキストリン、β−シクロデキストリン、γ−シクロデキストリンが良好であり、とりわけ、被包接性の観点からはα−シクロデキストリンを使用することが好ましい。
【0026】
一方、直鎖状分子は、実質的に直鎖であればよく、回転子である環状分子が回動可能で滑車効果を発揮できるように包接できる限り、分岐鎖を有していてもよい。
また、環状分子の大きさにも影響を受けるが、その長さについても、環状分子が滑車効果を発揮できる限り特に限定されない。
【0027】
なお、直鎖状分子としては、その両末端に反応基を有するものが好ましく、これにより、上記封鎖基と容易に反応させることができるようになる。
かかる反応基としては、採用する封鎖基の種類などに応じて適宜変更することができるが、水酸基、アミノ基、カルボキシル基及びチオール基などを例示することができる。
【0028】
このような直鎖状分子としては、特に限定されるものではなく、ポリアルキレン類、ポリカプロラクトンなどのポリエステル類、ポリエチレングリコールなどのポリエーテル類、ポリアミド類、ポリアクリル類及びベンゼン環を有する直鎖状分子を挙げることができる。
これら直鎖状分子のうち、特にポリエチレングリコール、ポリカプロラクトンが良好であり、水や水系溶剤への溶解性の観点からはポリエチレングリコールを用いることが好ましい。
【0029】
また、上記直鎖状分子の分子量としては、1,000〜60,000とすることが望ましく、10,000〜50,000が好ましく、さらには30,000〜50,000の範囲であることが好ましい。
すなわち、直鎖状分子の分子量が1,000未満では、環状分子による滑車効果が十分に得られなくなって塗膜の伸び率が低下し、耐チッピング性が劣化する一方、分子量が60,000を超えると、溶解性が低下し、上塗り塗装後の外観が劣化する傾向があることによる。
【0030】
次に、封鎖基は、上記のような直鎖状分子の両末端に配置されて、環状分子が直鎖状分子によって串刺し状に貫通された状態を保持できる基でさえあれば、どのような基であっても差し支えない。
このような基としては、「嵩高さ」を有する基又は「イオン性」を有する基などを挙げることができる。なお、ここで「基」とは、分子基及び高分子基を含む種々の基を意味する。
【0031】
「嵩高さ」を有する基としては、球形をなすものや、側壁状の基を例示することができる。
また、「イオン性」を有する基のイオン性と、環状分子の有するイオン性とが相互に影響を及ぼし合い、例えば反発し合うことにより、環状分子が直鎖状分子に串刺しにされた状態を保持することができる。
【0032】
このような封鎖基の具体例としては、2,4−ジニトロフェニル基、3,5−ジニトロフェニル基などのジニトロフェニル基類、シクロデキストリン類、アダマンタン基類、トリチル基類、フルオレセイン類及びピレン類、並びにこれらの誘導体又は変性体を挙げることができる。
【0033】
次に、本発明に用いる親水性ポリロタキサンの製造方法について説明する。
上述の如き、親水性ポリロタキサンは、
(1)環状分子と直鎖状分子とを混合し、環状分子の開口部を直鎖状分子で串刺し状に貫通して直鎖状分子に環状分子を包接させる工程と、
(2)得られた擬ポリロタキサンの両末端(直鎖状分子の両末端)を封鎖基で封鎖して、環状分子が串刺し状態から脱離しないように調整する工程と、
(3)得られたポリロタキサンの環状分子の水酸基を親水性修飾基で修飾する工程、
によって処理することにより得られる。
【0034】
なお、上記(1)工程において、環状分子が有する水酸基をあらかじめ親水性修飾基で修飾したものを用いることによっても、親水性ポリロタキサンを得ることができ、その場合には、上記(3)工程を省略することができる。
【0035】
以上のような製造方法によって、上述の如く水や水系溶剤への溶解性に優れた親水性ポリロタキサンが得られる。
【0036】
本発明において、水系溶剤とは、水との間で相互作用し合い、水との親和力が強い性質をもつ溶剤のことを意味し、具体的には、例えば、イソプロピルアルコール、ブチルアルコール、エチレングリコールなどのようなアルコール類、セロソルブアセテート、ブチルセロソロブアセテート、ジエチレングリコールモノエチルエーテルなどのようなエーテルエステル類、エチレングリコールモノエチルエーテル、エチレングリコールモノブチルエーテル、プロピレングリコールモノメチルエーテルなどのようなグリコールエーテル類などを挙げることができ、本発明に用いる親水性ポリロタキサンは、これらの2種以上を混合した溶剤についても良好な溶解性を示す。
これらのうち、より好適なものとしてアルコール類、更に好適なものとしてグリコールエーテル類を挙げることができる。なお、トルエンのような有機溶剤が若干含まれていても、全体として水との親和力が強い性質を有すれば、水系溶剤としてよい。
【0037】
なお、本発明においては、水や上記のような水系溶剤に可溶である限りにおいて親水性ポリロタキサンが架橋又は擬似架橋しているものであってもよく、かかる親水性架橋ポリロタキサンを非架橋の親水性ポリロタキサンの代りに、又はこれと混合して用いることができる。
このような親水性架橋ポリロタキサンとしては、比較的低分子量のポリマー、代表的には分子量が数千程度のポリマーと架橋した親水性ポリロタキサンを挙げることができる。
【0038】
本発明の常温乾燥型水系下塗り塗料は、本発明の常温乾燥型水系下塗り塗料用材料、すなわち上述した親水性ポリロタキサンを含有するものであって、このときの含有量としては、塗膜形成成分(固形分)に対する質量比で1〜50%の範囲とすることができ、10〜50%の範囲、さらに30〜50%の範囲とすることがいっそう好ましい。
すなわち、親水性ポリロタキサンの塗膜形成成分に対する含有量が1%に満たない場合には、ポリロタキサンによる滑車効果が十分に得られず、塗膜の伸び率が低下して所望の耐チッピング性が得られなくなることがあり、50%を超えると、塗膜の平滑性が損なわれ、塗装外観が低下することがある。
【0039】
本発明の常温乾燥型水系下塗り塗料は、上記の親水性ポリロタキサンを既存の常温乾燥型水系下塗り塗料、例えばアクリル系塗料やセルロース系塗料などに、望ましくは上記含有量となるように配合することによって得られる。
言い換えれば、本発明の常温乾燥型水系下塗り塗料用材料、すなわち上記親水性ポリロタキサンに、樹脂成分、添加剤、顔料、光輝剤及び溶媒から成る群より選ばれる1種以上を常法に基づいて配合し、混合することによって得ることができる。
【0040】
ここで、上記樹脂成分としては、例えばウレタン樹脂、セルロース樹脂、アクリル樹脂、ポリオレフィン樹脂など、添加剤としては、例えば紫外線吸収剤、光安定化剤、表面調整剤、沸き防止剤などを挙げることができる。
また、顔料としては、アゾ系顔料、フタロシアン系顔料、ペリレン系顔料などの有機系着色顔料や、カーボンブラック、二酸化チタン、ベンガラなどの無機系着色顔料を用いることができる。
【0041】
そして、光輝剤としては、アルミ顔料やマイカ顔料を挙げることができ、さらに溶媒としては、水と共に、上記した水系溶剤、例えばアルコール類やグリコールエーテル類を挙げることができる。
【0042】
なお、上記した各種塗料原料に、親水性ポリロタキサンを混合するに際しては、親水性を付与した状態のポリロタキサンをそのまま配合することもできるが、当該親水性ポリロタキサンをあらかじめ水や水系溶剤などの溶媒に溶解させて希釈した状態で配合することが望ましい。このようなポリロタキサン溶液は、塗料製造時に調製しても、塗料製造に先立って、調製しておいてもよい。
【0043】
本発明の常温乾燥型水系下塗り塗料としては、艶有り又は艶消し塗料とすることができる。
なお、本発明の常温乾燥型水系下塗り塗料における上記成分に加えて、シリカ、樹脂ビーズなどのマット剤を添加することによって艶消し塗料とすることができる。
【0044】
本発明の常温乾燥型水系下塗り塗料は、スプレーガンを始めとする各種の塗装装置によって、従来の塗料と同等の作業性の下に、鉄や鋼、アルミニウムなどの金属材料、樹脂材料、木質材料、石材やレンガ、ブロックなどの石質材料、皮革材料などから成る各種の被塗装物に塗装することができ、常温で乾燥・固化することによって、下塗り塗膜を形成することができる。このときの塗膜厚さとしては、特に限定されるものではないが、20〜40μm程度となるように塗装することが望ましい。
【0045】
本発明の常温乾燥型水系下塗り塗料から成る塗膜を含む具体的な積層構造としては、被塗物の表面に本発明の常温乾燥型水系下塗り塗料を塗装して常温乾燥した後、ベース塗料で塗装し、さらにクリヤー塗料を塗布して、焼付け又は常温乾燥することができ、これによって図2に示すように、本発明の常温乾燥型水系下塗り塗料から成る下塗り塗膜10とベースコート塗膜11とクリヤー塗膜12から成る3層構造の積層塗膜が得られることになる。
【0046】
また、被塗物に本発明の常温乾燥型水系下塗り塗料を塗装して常温乾燥した後、エナメル塗料で塗装し焼付け又は常温乾燥するようにしてもよく、これによって図3に示すように、本発明の常温乾燥型水系下塗り塗料から成る下塗り塗膜10とエナメル塗膜13から成る2層構造の積層塗膜が得られることになる。
【実施例】
【0047】
以下、本発明を実施例に基づいてさらに具体的に説明する。なお、本発明はこれらの実施例に限定されることはない。
【0048】
(実施例1)
(1)PEGのTEMPO酸化によるPEG‐カルボン酸の調製
直鎖状分子として、PEG(ポリエチレングリコール、分子量:1,000)10g、TEMPO(2,2,6,6−テトラメチル−ピペリジニルオキシラジカル)100mg、臭化ナトリウム1gを水100mLに溶解させ、これに市販の次亜塩素酸ナトリウム水溶液(有効塩素濃度5%)5mLを添加し、室温で10分間攪拌した。次いで、余った次亜塩素酸ナトリウムを分解させるために、エタノールを最大5mLまでの範囲で添加して反応を終了させた。
そして、50mLの塩化メチレンを用いた抽出を3回繰返して、無機塩以外の成分を抽出したのち、エバポレータで塩化メチレンを留去し、250mLの温エタノールに溶解させてから、冷凍庫(−4℃)に一晩おいて、PEG−カルボン酸のみを析出させ、回収、乾燥した。
【0049】
(2)PEG−カルボン酸とα−CDを用いた包接錯体の調製
上記(1)により調製したPEG−カルボン酸3g及びα−CD(シクロデキストリン)12gをそれぞれ別々に用意した70℃の温水50mLに溶解させたのち混合し、よく振り混ぜた後、冷蔵庫(4℃)中で一晩静置し、クリーム状に析出した包接錯体を凍結乾燥して回収した。
【0050】
(3)α−CDの減量、及びアダマンタンアミンとBOP試薬反応系を用いた包接錯体の封鎖
上記(2)により調製した包接錯体14gをジメチルホルムアミド/ジメチルスルホキシド(DMF/DMSO)混合溶媒(体積比90/10)20mLに分散させた。
一方、室温でDMF(ジメチルホルムアミド)10mLに、BOP試薬(ベンゾトリアゾール−1−イル−オキシ−トリス(ジメチルアミノ)ホスホニウム・ヘキサフルオロフォスフェート)3g、HOBt(1−ヒドロキシベンゾトリアゾール)1g、アダマンタンアミン1.4g、ジイソプロピルエチルアミン1.25mLをこの順番に溶解させておき、この溶液を上記により調製した分散液に添加し、すみやかによく振り混ぜ、スラリー状になった試料を冷蔵庫(4℃)中に一晩静置した。
一晩静置した後、DMF/メタノール混合溶媒(体積比1/1)50mLを添加し、混合し、遠心分離して、上澄みを捨てた。上記のDMF/メタノール混合溶液による洗浄を2回繰り返した後、更にメタノール100mLを用いた洗浄を同様の遠心分離により2回繰り返した。
得られた沈殿を真空乾燥で乾燥させた後、50mLのDMSO(ジメチルスルホキシド)に溶解させ、得られた透明な溶液を700mLの水中に滴下してポリロタキサンを析出させ、析出したポリロタキサンを遠心分離で回収し、真空乾燥又は凍結乾燥させた。このDMSOに溶解−水中で析出−回収−乾燥のサイクルを2回繰り返し、最終的に精製ポリロタキサンを得た。
【0051】
(4)シクロデキストリンの水酸基のヒドロキシプロピル化
上記によって調製したポリロタキサン500mgを1mol/LのNaOH水溶液50mLに溶解し、プロピレンオキシド21.1g(330mmol)を添加し、アルゴン雰囲気下、室温で一晩撹拌した。そして、1mol/LのHCl水溶液で中和し、透析チューブにて透析した後、凍結乾燥して回収し、親水性ポリロタキサンを得た。
得られた親水性ポリロタキサンは、H−NMR及びGPCで同定し、所望のポリロタキサンであることを確認した。なお、α−CDの包接量は0.35であり、親水性修飾基による修飾度は0.5であった。
【0052】
(5)塗料の調製
EASTMAN CHEMICAL社製CMCAB−641−0.5を20%になるように溶解させた樹脂溶液に顔料として3%のカーボンブラック(ホルベイン(株)製PG141)を分散させた塗料に、上記で得られた親水性ポリロタキサンを蒸留水に10%溶解させた溶液を攪拌しながら添加し、直鎖状分子分子量が1,000、包接量が0.35、親水性修飾基による修飾度が0.5である親水性ポリロタキサンを塗膜形成成分に対して20%含有する本例の常温乾燥型水系下塗り塗料とした。
なお、上記樹脂溶液は、300gのブチセロスルブ(エチレングリコールモノブチルエーテル)に200gのCMCABを攪拌しながら添加した溶液に、水/アミン混合液(水498.09g/ジメチルアミノエタノール1.91g)を注ぎ込むことによって調製したものである。
【0053】
(6)積層塗膜の形成
りん酸亜鉛処理した厚み0.8mm、70mm×150mmのダル鋼板に、カチオン電着塗料(日本ペイント社製カチオン型電着塗料、商品名「パワートップU600M」)を、乾燥膜厚が20μmとなるように電着塗装した後、160℃で30分間焼き付けた。
次に、上記各実施例及び比較例で得られた常温乾燥型水系下塗り塗料を乾燥膜厚が30μmとなるようにそれぞれ塗装し、室温で1時間乾燥して下塗り塗膜とし、その後、エナメル塗料を乾燥膜厚が30μmとなるように塗装し、140℃で30分間焼き付けることによって、エナメル塗膜を形成した。
【0054】
(実施例2〜11、比較例1〜3)
表1に示す仕様とした以外は、実施例1と同様の操作を繰返して、積層塗膜を形成した。
【0055】
上記各実施例及び比較例で得られた常温乾燥型水系下塗り塗料の溶解性及び顔料の沈降性と共に、当該塗料による塗膜の平滑性、耐チッピング性について、以下のような基準に基づいて評価した。その結果を各塗料の諸元と共に表1に示す。
【0056】
(1)溶解性
各塗料をガラス板に塗布した時の白濁度を目視評価した。
〇:変化なし
△:若干の白濁
×:白濁および分離
【0057】
(2)顔料の沈降性
塗料を40℃の恒温槽中に1ヶ月放置し、塗料中の顔料が沈降して、ハードケーキ状(固形化して、撹拌しても回復しない状態)になっているか否かを判定した。
〇:回復する
△:時間は要するが回復する
×:回復しない
【0058】
(3)平滑性
下塗り塗膜の平滑度合いを目視評価した。
〇:かなり平滑
△:若干、凹凸
×:凹凸
【0059】
(4)耐チッピング性
グラベロメータ試験機(スガ試験機製)を用い、−20℃の雰囲気下で、ショット材として6号砕石250gを使用し、4kgf/cmのエア圧で塗装板に吹付けた時の傷付き程度を目視評価した。
○:殆ど傷がない
△:少し傷がある
×:目立つほど多くの傷がある
【0060】
【表1】

【0061】
表1の結果から明らかなように、本発明の実施例1〜8の常温乾燥型水系下塗り塗料は、ポリロタキサンの親水性によって良好な溶解性を示すと共に、顔料の優れた耐沈降性を示すばかりでなく、当該塗料による塗膜は、上記ポリロタキサンが有する滑車効果に基づく耐チッピング性の向上と共に、良好な外観及び良好な粘着性を示していることが確認された。
なお、実施例9〜11については、直鎖状分子の分子量や親水性ポリロタキサンの含有量において好適範囲を外れる関係上、一部性能についてはやや劣る傾向も認められたが、全体として使用可能なレベルにあるものと判断される。
【0062】
一方、ポリロタキサンではなく、PEG(ポリエチレングリコール)のみを含有する比較例1、及びポリロタキサンを含有しない比較例3においては、耐チッピング性が得られず、α−CD(シクロデキストリン)が親水性修飾基によって修飾されていない非親水性のポリロタキサンを用いた比較例2においては、溶解性に劣ることが判明した。
【図面の簡単な説明】
【0063】
【図1】本発明に用いるポリロタキサンの基本構造を概念的に示す模式図である。
【図2】本発明の積層塗膜の構造例を示す概略断面図である。
【図3】本発明の積層塗膜の他の構造例を示す概略断面図である。
【符号の説明】
【0064】
1 ポリロタキサン
2 環状分子
2a 親水性修飾基
3 直鎖状分子
4 封鎖基
10 下塗り塗膜
11 ベースコート塗膜
12 クリヤー塗膜
13 エナメル塗膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】
環状分子と、この環状分子を串刺し状に包接する直鎖状分子と、この直鎖状分子の両末端に配置され上記環状分子の脱離を防止する封鎖基とを有し、上記直鎖状分子及び環状分子の少なくとも一方が親水性を有する親水性ポリロタキサンから成ることを特徴とする常温乾燥型水系下塗り塗料用材料。
【請求項2】
上記環状分子が水酸基を有し、該水酸基の全部又は一部を親水性の修飾基で修飾したことを特徴とする請求項1に記載の常温乾燥型水系下塗り塗料用材料。
【請求項3】
上記当該環状分子の水酸基が修飾され得る最大数を1とするとき、環状分子の親水性修飾基による修飾度が0.1以上であること特徴とする請求項2に記載の常温乾燥型水系下塗り塗料用材料。
【請求項4】
上記直鎖状分子が環状分子を包接し得る最大包接量を1とするとき、上記環状分子の包接量が0.06〜0.61であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1つの項に記載の常温乾燥型水系下塗り塗料用材料。
【請求項5】
上記直鎖状分子の分子量が1,000〜60,000であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1つの項に記載の常温乾燥型水系下塗り塗料用材料。
【請求項6】
上記環状分子がα−シクロデキストリン、β−シクロデキストリン及びγ−シクロデキストリンから成る群より選ばれた少なくとも1種のシクロデキストリンであることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1つの項に記載の常温乾燥型水系下塗り塗料用材料。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか1つの項に記載の常温乾燥型水系下塗り塗料用材料を含有することを特徴とする常温乾燥型水系下塗り塗料。
【請求項8】
塗膜形成成分に対する上記常温乾燥型水系下塗り塗料用材料の含有量が質量比で1〜50%であることを特徴とする請求項7に記載の常温乾燥型水系下塗り塗料。
【請求項9】
上記常温乾燥型水系下塗り塗料用材料に、樹脂、添加剤、顔料、光輝剤及び溶媒から成る群から選ばれた少なくとも1種を混合して成ることを特徴とする請求項7又は8に記載の常温乾燥型水系下塗り塗料。
【請求項10】
艶有り又は艶消し塗料であることを特徴とする請求項7〜9のいずれか1つの項に記載の常温乾燥型水系下塗り塗料。
【請求項11】
請求項7〜10のいずれか1つの項に記載の常温乾燥型水系下塗り塗料を固化して成ることを特徴とする下塗り塗膜。
【請求項12】
請求項7〜10のいずれか1つの項に記載の常温乾燥型水系下塗り塗料を用いた積層塗膜であって、
被塗物に、上記塗料を用いた下塗り塗膜と、ベースコート塗膜と、クリヤー塗膜を順次形成して成ることを特徴とする積層塗膜。
【請求項13】
請求項7〜10のいずれか1つの項に記載の常温乾燥型水系下塗り塗料を用いた積層塗膜であって、
被塗物に、上記塗料を用いた下塗り塗膜と、エナメル塗膜を順次形成して成ることを特徴とする積層塗膜。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2007−99981(P2007−99981A)
【公開日】平成19年4月19日(2007.4.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−293548(P2005−293548)
【出願日】平成17年10月6日(2005.10.6)
【出願人】(000003997)日産自動車株式会社 (16,386)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【Fターム(参考)】