説明

広い電位窓を有する柔粘性結晶電解質

リチウムビスオキサレートボレート塩(LiBOB)でドープされた有機柔粘性結晶溶媒(例えばコハク酸ニトリル)を有する固体イオン電解質を、電気化学装置で使用することができる。正極と、負極と、単独又は他のリチウム塩と組み合わせたLiBOBでドープされた中性有機柔粘性結晶溶媒を有する固体イオン電解質とを有する電気化学装置が開示される。このような装置は、広い電位窓にわたって安定な電解質界面及び高エネルギー密度の送達能力、並びに、一例では、コハク酸ニトリルなどの中性有機柔粘性結晶マトリックスの有利な特性を有する。

【発明の詳細な説明】
【発明の詳細な説明】
【0001】
[関連出願の相互参照]
本出願は、その内容の全体が参照によって本明細書に組み込まれる2007年5月11日出願の米国特許仮出願第60/924,387号明細書の恩典を主張するものである。
【0002】
[発明の分野]
本発明は、リチウムベースの電気化学装置内の柔粘性結晶電解質に関する。
【0003】
[発明の背景]
この10年間、1次及び2次(再充電可能)リチウム電池は少なからぬ数の研究開発の対象であった。その目的は、大きなエネルギー容量及び良好な電気性能を有する低コストの電池を開発することである。このことに留意して、携帯型製品、無停電電源(UPS)、ゼロエミッション及びハイブリッド電気自動車用の電池、自動車のスタート−ライト−イグニション(SLI)など、さまざまな用途に対応するため、多数の電池設計が開発された。
【0004】
これまでのところ、液体電解質を使用するLiイオン電池に焦点が当てられているが、この技術の基本設計は、パッケージング、フォーマット、サイズ、コスト及び安全に関する問題を生み出す[1]。イオン導電性の固体材料は、電解質として、多くの点で液体よりも有利である。ポリマーは、安全面及び機械的特性の面で液体電解質系にはないいくつかの利点を有し、さらに、リチウム金属負極と一緒に使用することができる[2]。リチウム金属負極は最も高い理論容量密度を提供する。ポリマー電解質の機械的特性は、リチウム金属を負極として使用したときに起こりうる樹枝状結晶の形成によって引き起こされる可能性がある問題を減少させる。ポリマー電解質の問題は室温での導電率が低いことである。この欠点を克服するため、可塑剤の導入によって形成されたポリマーゲル電解質、ポリマーへの低分子添加剤の添加など、多くの方法が提案されている。最近になって、柔粘性結晶電解質が提案された[3,4,5,6]。10−3S・cm−1という高い室温導電率及び良好な機械的特性により、柔粘性結晶電解質は、液体又はゲル化電解質に代わる最も有望な代替電解質の1つである。さらに、ポリマー電解質と比べると、柔粘性結晶電解質の調製は非常に容易であり、リチウム塩を多く添加する必要がなく、溶媒又は放射線による架橋を一切必要としない。
【0005】
柔粘性結晶は、回転及び/又は無秩序配向を示し、長距離並進秩序を保持する、主に準球形又は円板状分子によって形成された中間相である[7]。このタイプの「無秩序」の結果が、高い拡散率及び可塑性であり、柔粘性結晶が、ポリマー電解質などの同様の機械的特性を有する他の材料に匹敵する可能性を与えるものである。イオン導電性材料としてのこれらの相の可能性は、第四級アンモニウム塩に基づく有機塩の高いイオン導電率を報告している論文[8]によって明白となった。
【0006】
より具体的には、リチウム電池用途に関して、特定のリチウム塩でドープされたコハク酸ニトリルに基づく柔粘性結晶相の高いイオン導電率が報告されている[5,6]。純(neat)コハク酸ニトリル(略称SCN)の柔粘性結晶特性は以前に、ある程度詳細に特徴づけられている[9]。コハク酸ニトリルは、−40℃〜58℃の温度で柔粘性結晶の形成を示す[9]。液晶及び柔粘性結晶形において、コハク酸ニトリルは回転異性体、すなわちゴーシュ及びトランス異性体として存在する。しかしながら、−44℃未満の温度では、ゴーシュ形だけが存在する[10]。5モル%のリチウムビス−トリフルオロメタンスルホニルイミド(Li(CFSON)でドープされると、柔粘性結晶範囲は−34℃〜49℃に低下する[5]。5モル%のリチウムテトラフルオロボレート(LiBF)でドープされると、柔粘性結晶相は−36℃〜44℃にシフトする[5]。これらのコハク酸ニトリル−リチウム塩相の導電率は、以前の論文で既に論じられている[4,5]。評価されたリチウム塩の中で、Li(CFSON及びLiBFは、結晶プラスチック形のコハク酸ニトリルとともに使用して、最も高い導電率を示し、室温でLi(CFSONは10−3S・cm−1超、LiBFは10−4S・cm−1超の導電率を有する[5]。これらの導電率は、これらの電解質をリチウム電池中で室温で使用するのには十分に良好である。Li(CFSON−コハク酸ニトリル電解質は既に証明されており、Li(CFSON−コハク酸ニトリルを、LiTi12負極及び正極材料としてのLiFePO又はLiCoOとともに使用して、非常に良好な電気化学性能が得られている[6]。しかしながら、これらの電池は、電圧出力が約2Vでしかなく、したがって高いエネルギー密度を送達することができない。
【0007】
カナダ特許出願第2,435,218号明細書[12]は、コハク酸ニトリル(NC−CH−CH−CN)柔粘性結晶電解質を含む電気化学セルでチタン酸リチウム負極を使用することを開示している。しかしながら、チタン酸リチウムの電気化学ポテンシャルは、リチウム金属の電気化学ポテンシャル(標準水素電極に対して−3.045V)と比較して弱く(標準水素電極に対して−1.5V)、したがって、チタン酸リチウムに基づく電気化学セルは、高いエネルギー密度を送達することができない。コハク酸ニトリルを含む電気化学セルでは、−CN基とリチウム金属が反応して、コハク酸ニトリルが重合する可能性があるため、リチウム金属、したがってリチウム金属と同様の電気化学ポテンシャルを有する材料を負極として使用することはできないと考えられていた[5]。
【0008】
国際公開第2007−012174号パンフレットは、リチウム金属の約1.3V以内の電位を有するリチウムベースの負極を、コハク酸ニトリルベースの柔粘性結晶電解質と一緒に使用することができることを開示している。このような系に基づく電気化学装置は高いエネルギー密度を送達することができるが、より広い電位窓(potential window)にわたって高いエネルギー密度を送達し、それによってより多様な正極の使用を可能にすることが望ましいであろう。国際公開第2007−012174号パンフレットは、Li/Liに対してそれぞれ3.9V及び4.5Vの電位差まで安定な電気化学装置のコハク酸ニトリルベースの柔粘性結晶電解質において、LiBF及びLi(CFSONを使用することを開示している。
【0009】
当技術分野では、固体イオン電解質の利点を享受し、より広い電位窓にわたって安定な改良された電気化学装置が依然として求められている。
【0010】
[文献]
1. A. Hammami, N. Raymond, and M. Armand, Nature, 424,635 (2003).
2. Armand M.B. 'Fast Ion Transport in Solids', ed W. Van Gool, North Holland, Amsterdam, p.665 (1973).
3. D. MacFarlane, J. Huang and M. Forsyth, Nature, 402,792 (1999).
4. S. Long, D. R. MacFarlane, M. Forsyth, Solid State Ionics, 161,105 (2003).
5. P.J. Alarco, Y. Abu−Lebdeh, A. Abouimrane, M. Armand, Nature Materials, 3, 476(2004).
6. A. Abouimrane, Y. Abu−Lebdeh, P.J. Alarco and Michel Armand, J. Electrochem. Soc., 151 (7), A1028 (2004).
7. J. N. Sherwood, The Plastically Crystalline State, Wiley, London, (1979).
8. I. E. Cooper and C. Angell, Solid State Ionics, 18−19, 570 (1986).
9. P. Derollez, J. Lefebvre, M Descamps, W. Press and H. Fontaine, J. Phys. Condens. Matter, 2(33), 6893−903 (1990).
10. E. Fitzgerald and J. Jantz, J. Mal. Spectroscop., 1, 49 (1957).
11. S. Long, D. R. MacFarlane, M. Forsyth, Solid State Ionics, 175, 733 (2004).
12. CA 2,435,218, Y. Abu−Lebdeh et al., Jan. 28, 2005.
13. WO 0115258, D.R. MacFarlane et al., Mar. 1, 2001.
14. WO 2007012174, A. Abouimrane et al., Feb. 1, 2007.
15. DE 19829030, U. Lischka et al., 1999.
16. A. Abouimrane, P.S. Whitfield, S. Niketic and I.J. Davidson. J. Power Sources, 174(2), 883−888 (6 December 2007).
17. P−J. Alarco, Y. Abu−Lebdeh, N. Ravet and M. Armand. Solid State Ionics, 172, 53−56 (2004).
18. A. Abouimrane, P−J. Alarco, Y. Abu−Lebdeh, I. Davidson and M. Armand. J. Power Sources, 174, 1193−1196 (2007).
【0011】
[発明の概要]
現在、有機柔粘性結晶マトリックス、特に中性有機柔粘性結晶マトリックスを有する固体イオン電解質中でのリチウムビスオキサレートボレート塩(Li[CB)(略称LiBOB)を使用すると、より広い電位窓にわたって安定した電解質界面が得られることが分かっている。
【0012】
本発明の一態様によれば、リチウムビスオキサレートボレート塩でドープされた有機柔粘性結晶マトリックスを含む電解質が提供される。
【0013】
本発明の他の態様によれば、リチウムビスオキサレートボレート塩でドープされた有機柔粘性結晶マトリックスを有する固体イオン電解質を、電気化学装置で使用することが提供される。
【0014】
本発明の他の態様によれば、リチウムビスオキサレートボレート塩でドープされた有機柔粘性結晶マトリックスを有する固体イオン電解質と、負極と、正極とを備える電気化学装置が提供される。
【0015】
有利には、本発明の電気化学装置が、約4.6V以上、好ましくは4.75V以上、より好ましくは5V以上の電気化学的安定性の電位窓を有する。さらに、Li(CFSON(LiTFSI)などに対してLiBOBを使用すると、交流電流の初期インピーダンスの増大が小さくなり、安定化時間が短くなる。LiTFSIベースの系は安定するのに4〜7日を要するのに対して、LiBOBに基づく系は3日未満、又は2日未満、例えば24時間以内に安定する。LiBOBベースの固体電解質は、良好な熱安定性、高いイオン導電率、広い電気化学的安定領域(electrochemical stability window)、及びリチウム金属との良好な適合性を示す。
【0016】
本発明の電気化学装置はさらに、より高いエネルギー密度の送達につながる負極と正極の間の大きな電圧差を有し、同時に、有機柔粘性結晶マトリックスの利点、例えば中性有機柔粘性結晶マトリックスであるときの中性、高い拡散係数、優れた化学的安定性、優れた機械的特性、優れた塑性範囲(例えばコハク酸ニトリルでは−35℃〜60℃)、相対的な非燃焼性及び非腐食性を維持する。
【0017】
優れた溶媒和能力をリチウム塩に与え、さらにマトリックスが中性であることによって高いリチウムイオン輸率を有する、高い極性を示す中性有機柔粘性結晶が好ましい。高極性の中性有機柔粘性結晶の利点は、リチウムビスオキサレートボレート塩でドープされたときの室温での優れたリチウムイオン導電率である。
【0018】
負極は、リチウム金属の約2V以内、より好ましくはリチウム金属の約1.6V以内、例えばリチウム金属の約1.5V以内の電位を有することが好ましい。負極はLi含有材料、例えばリチウム金属、リチウム合金、ハード若しくはソフトカーボンの層間に挿入されたリチウム(例えばグラファイトの層間に挿入されたリチウム)、酸化物、窒化物若しくはリン化物の層間に挿入されたリチウム、置換によって化合物若しくは複合材料に挿入されたリチウム、又はこれらの混合物を含むことが好ましい。リチウムを挿入することができる化合物及び複合材料は例えば、Sn化合物、Sb化合物、Al化合物、遷移金属酸化物、遷移金属窒化物又は遷移金属リン化物(例えばCuSb、CoSb、SnFe、SnCu、MnSb、酸化スズ、酸化ケイ素、酸化コバルト、酸化鉄、酸化チタン、酸化銅、CuP、FeP、FeP、NiP、NiP及びLi2.6Co0.4N)を含むことができる。リチウムの合金は例えば、リチウムとSi、Sb、Al、Bi、Sn及び/又はAgとの合金を含むことができる。負極材料は、単独で又は他の材料と組み合わせて使用することができる。例えば、リチウム合金は、単独で或いは炭素及び/又は他の金属(例えばNi、Mn、Cr、Cu、Co)と組み合わせて使用することができる。一実施形態では、負極材料がチタン酸リチウム、例えばLiTi12を含むことができる。本発明の特定の利点は、炭素(例えばグラファイト)の層間に挿入されたリチウムを含む負極を、電気化学装置においてより高い動作電圧でうまく使用することができることである。
【0019】
この固体イオン電解質は、有機柔粘性結晶マトリックス、好ましくは中性有機柔粘性結晶マトリックスを有する。非中性有機柔粘性結晶マトリックスは例えば、ピラゾリウムイミド[17]又はクラウンエーテル:塩錯体(例えば(18−クラウン−6)−LiTFSI[18])を含む。中性有機柔粘性結晶マトリックスは例えばコハク酸ニトリルを含むことができる。中性有機柔粘性結晶マトリックスは非イオン性及び非荷電性である。この有機柔粘性結晶マトリックスはLiBOBでドープされる。LiBOBは、適当な任意の量、例えば約5モル%以下の量、より好ましくは約0.1〜5モル%又は0.1〜4.5モル%の量で、有機柔粘性結晶マトリックスに導入することができる。有機柔粘性結晶マトリックス中でのLiBOBの溶解度が、使用することができるLiBOBの量を限定する可能性がある。電気化学装置の放電又は充電の間、この固体イオン電解質は、複合電極内であっても、一方の電極からもう一方の電極へのイオン種の輸送を保証する。
【0020】
この有機柔粘性マトリックス中に、イオン性塩を含む1種又は数種の他のドーパント、例えば他のリチウム塩が存在してもよい。存在するとき、この他のドーパントは、フッ化化合物のリチウム塩、より好ましくはフッ化スルホニルイミドのリチウム塩である。適当な他のドーパントのいくつかの例は、時にLiTFSIと略されるリチウムビス−トリフルオロメタンスルホニルイミド(Li(CFSON)、リチウムビス−ペルフルオロエチルスルホニルイミド(Li(CSON)、時にLiODFBと略されるリチウムジフルオロ(オキサレート)ボレート(LiCBF)、リチウムテトラフルオロボレート(LiBF)、六フッ化リン酸リチウム(LiPF)、チオシアン酸リチウム(LiSCN)、リチウムトリフラート(LiCFSO)、テトラフルオロアルミン酸リチウム(LiAlF)、過塩素酸リチウム(LiClO)及びこれらの混合物である。存在するとき、この他のドーパントはLi(CFSON又はLiBFであることが好ましい。この他のドーパントは、適当な任意の量、例えば1〜20モル%の量、より好ましくは2〜17モル%、2〜15モル%又は2〜12モル%の量で、中性有機柔粘性結晶マトリックスに導入することができる。
【0021】
正極は、電解質がイオン性塩でドープされた有機柔粘性結晶マトリックスである電気化学装置内において、適当な対電極として使用するのに適した任意の材料とすることができる。正極は、可逆的に又は不可逆的に原子骨格内に挿入されたリチウムイオンを含む挿入化合物を含むことができる。原子骨格は例えば、単一の金属酸化物、混合された金属酸化物、単一の金属リン酸塩、混合された金属リン酸塩、単一の金属バナジン酸塩又は混合された金属バナジン酸塩を含むことができる。金属は、1種又は数種の第1列の遷移金属であることが好ましい。適当な正極材料の例は、LiCoO、Li(Ni,Co)O、LiMn、Li(Mn0.5Ni0.5)O、Li1+x(Mn,Ni)1−x、Li1+x(Mn,Ni,Co)1−x、LiNi0.5Mn1.5、LiFePO及びVを含む。
【0022】
有機柔粘性結晶電解質、特に中性有機柔粘性マトリックス(例えばコハク酸ニトリル)とLiBOBとから形成された有機柔粘性結晶電解質は、Liを含む負極及び/又は正極を備えた電気化学装置のポリマー電解質及び液体電解質に取って代わることができる。このような電気化学装置は、約5ボルトという高い動作電圧、例えば約0〜5ボルト、約0.5〜4.6ボルト、約2.5〜4.6ボルト又は約2.5〜3.9ボルトの範囲の高い動作電圧を有することができる。このような電気化学装置は例えば、電気化学セル(例えば電池)、燃料電池、エレクトロクロミック装置、スーパーキャパシタ及び化学センサを含む。本発明は、携帯型電子機器及び電気自動車、ハイブリッド電気自動車又はプラグインハイブリッド電気自動車の充電式電池など、商用リチウム電池用途に特によく適している。
【0023】
[図面の簡単な説明]
次に、本発明をより明快に理解できるように、添付図面を参照して本発明の実施形態を例を挙げて詳細に説明する。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】4モル%のLiBOBでドープされたコハク酸ニトリルの加熱速度10℃/分でのDSC走査を示すグラフである。
【図2】コハク酸ニトリル中の4モル%LiBOB、4モル%LiBF、4モル%LiTFSI及び2モル%LiBOB+8モル%LiTFSI組成物の導電率(S/cm)の変動を、温度(℃)の関数として対数で示すグラフである。
【図3a】40℃におけるLi/SCN−4%LiBOB/Liセルのインピーダンス応答の時間変化を示すグラフである。
【図3b】室温におけるLi/SCN−4%LiTFSI/Liセルのインピーダンス応答の時間変化を示すグラフである。
【図3c】室温におけるLi/SCN−2%LiBOB+8%LiTFSI/Liセルのインピーダンス応答の時間変化を示すグラフである。
【図4a】金属リチウムをブロッキング電極、ステンレス鋼を作用電極として使用して、40℃、走査速度10mV・S−1で得られた、SCN−4%LiBOB電解質のサイクリックボルタンモグラムを示すグラフである。
【図4b】金属リチウムをブロッキング電極、ステンレス鋼を作用電極として使用して、室温、走査速度5mV・S−1で得られた、SCN−4%LiTFSI及びSCN−4%LiBF電解質のサイクリックボルタンモグラムを示すグラフである。
【図5】40℃でサイクリングしたLi/SCN−4%LiBOB/LiFePOセルの第1及び第5定電流(C/12レート)充電−放電サイクルを示すグラフである。
【図6】C/12レート、40℃でサイクリングしたLi/SCN−4%LiBOB/LiFePOセルのサイクル数に対する比充電−放電容量を示すグラフである。
【図7a】40℃でサイクリングしたLi/SCN−4%LiBOB/LiFePOセルの第1及び第5定電流(C/24レート)充電−放電サイクルを示すグラフである。
【図7b】20℃でサイクリングしたLi/SCN−4%LiTFSI/LiFePOセルの第1及び第5定電流(C/24レート)充電−放電サイクルを示すグラフである。
【図7c】20℃でサイクリングしたLi/SCN−4%LiBF/LiFePOセルの第1及び第5定電流(C/24レート)充電−放電サイクルを示すグラフである。
【図7d】C/24レート、室温でサイクリングしたLi/SCN−4%LiTFSI/LiFePOセル及びLi/SCN−4%LiBF/LiFePOセルのサイクル数に対する比(specific)充電−放電容量を示すグラフである。
【図8】C/24レート、40℃でサイクリングした、炭素負極、SCN−4%LiBOB電解質及びLiFePO正極を有するリチウムイオンセルの放電容量保持を(初期容量の関数として)示すグラフである。
【図9】40℃でサイクリングしたLi/SCN−4%LiBOB/Li1.2Mn0.4Ni0.3Co0.1(LMNCO)セルの第1及び第5定電流(C/12レート)充電−放電サイクルを示すグラフである。
【図10】C/12レート、40℃でサイクリングしたLi/SCN−4%LiBOB/Li1.2Mn0.4Ni0.3Co0.1(LMNCO)セルのサイクル数に対する比充電−放電容量を示すグラフである。
【図11】周囲温度(20℃)、C/24レートでサイクリングした、炭素負極、SCN−2%LiBOB+8%LiTFSI電解質及びLiFePO又はLi1.2Mn0.4Ni0.3Co0.1(LMNCO)正極を有するリチウムイオンセルの放電容量保持を(初期容量のパーセントとして)示すグラフである。
【図12】20℃でサイクリングしたLi/SCN−2%LiBOB+8%LiTFSI/LiFePOセルの第1定電流(C/24レート)充電−放電サイクルを示すグラフである。
【0025】
[発明の詳細な説明]
LiBOBでドープされたコハク酸ニトリル結晶プラスチック電解質の調製
リチウムビスオキサレートボレート(LiBOB)成分は周囲空気中の水分に敏感なため、コハク酸ニトリル結晶プラスチック電解質を独立した薄膜として調製することは実際的ではない。したがって、全ての調製及び操作は、アルゴンで満たされたグローブボックス内で実行した。LiBOBでドープされたコハク酸ニトリルを融解するまで加熱し、次いでこれを、粘性液体として、正極及び多孔質セパレータ上に広げた。
【0026】
正極円板を用意するため、活物質(LiFePO又はLi1.2Mn0.4Ni0.3Co0.1(LMNCO))(84質量%)、Super S カーボンブラック(4質量%)、グラファイト(4質量%)、及びポリフッ化ビニリデン(カイナーフレックス(Kynarflex)(商標)2800)をN−メチル−2−ピロリジノンに溶解した溶液からのバインダー(8質量%)を混合することによって、スラリを形成した。このスラリでアルミニウム集電体をコーティングした。この正極を110℃で一晩、真空乾燥し、次いで直径14.2mmの円板を打ち抜き、質量を測定した。この電極シート中の活物質の質量は約5mg・cm−2であった。
【0027】
アルゴンで満たされたグローブボックスの中で組み立てた、リチウム箔又はグラファイト状(MCMB)炭素を負極として有する2電極コイン形セル(サイズ2325)で、固体電解質の電気化学的性能を調べた。セル試験を、Arbinバッテリサイクラ(battery cycler)での定電流サイクリング(galvanostatic cycling)によって、40℃又は周囲温度(20℃)で実施した。サイクリックボルタンメトリは、Princeton Applied Research社のポテンショスタット/ガルバノスタット(パースタット(Parstat)(商標)2263)で、リチウム電極とステンレス鋼(SS)電極の間に電解質を挟んで、40℃又は周囲温度(20℃)、電圧範囲−0.5V〜6V、走査速度5mV・s−1又は10mV・s−1で実施した。電気化学インピーダンス測定は、Princeton Applied Research社のポテンシオスタット/ガルバノスタット(パースタット(商標)2263)を使用し、振動振幅10mVの2MHz〜0.01Hzの周波数範囲を適用することによって、40℃又は周囲温度(20℃)で実施した。熱的データを、示差走査熱量計(DSC)モジュール[TA Instruments 2920]を用い、加熱速度10℃/分、窒素雰囲気で得た。
【0028】
実施例1:示差走査熱量測定(DSC)
コハク酸ニトリルは、−44℃〜55℃の間、柔粘性結晶相として存在し[9]、体心結晶構造を示す。この相において、コハク酸ニトリル分子は、2つのアイソメトリック立体配座、すなわちゴーシュ及びトランス異性体として存在する[9]。LiBOBは、より高い熱安定性と、リチウムとの間で良好な固体電解質界面(SEI)を形成する能力とを特徴とする比較的に新しいリチウム電池電解質塩である[15]。しかしながら、LiBOBは有機溶媒に対するより低い溶解度を有する。
【0029】
示差走査熱量測定(DSC)試験では、気密封止したパン(pan)を−100℃までゆっくりと冷却し、次いで10℃/分の走査速度で150℃まで加熱する。図1は、4モル%のLiBOBでドープされたコハク酸ニトリルのDSCプロファイルを示す。−32℃の最初の吸熱ピークは、堅い固体状態から柔粘性結晶状態への変態を示す。49℃の強い第2の吸熱ピークは融点を示す。25℃の弱い吸熱ピークは、共晶状のSCN−LiBF(又はSCN−LiTFSI)系の存在によるものである可能性がある[16]。
【0030】
実施例2:導電率
図2に、4モル%のLiBOBでドープされたコハク酸ニトリルの導電率の温度依存性を、4モル%のLiBFでドープされたコハク酸ニトリル及び4モル%のLiTFSIでドープされたコハク酸ニトリルとの比較で示す。LiBOBでドープされたコハク酸ニトリルの室温導電率は10−4S/cmを超え、40℃では1.4×10−3S/cmに達し、リチウムセルでの実用には十分である。LiBOBでドープされたコハク酸ニトリルの導電率は、LiBFでドープされたコハク酸ニトリルの導電率とLiTFSIでドープされたコハク酸ニトリルの導電率の間にある。2モル%LiBOBと8モル%LiTFSIの組合せは、4%LiTFSIの導電率よりもかなり大きな導電率を与え、10℃という低い温度で10−3S/cmを超える。
【0031】
実施例3:電気化学インピーダンス分光(EIS)
電気化学インピーダンス分光(EIS)分析を使用して、固体電解質のリチウム−電解質界面における界面反応が導電率に及ぼす影響を調べた。これは、電気化学インピーダンス分光測定によって得られる一般的なナイキストプロットによって表すことができる。Li/SCN−4%LiBOB/Liセルのインピーダンス応答の時間変化を開回路で72時間、監視した。Li/SCN−4%LiBOB/LiのEISスペクトルの低周波数の半円は、電解質のバルク抵抗によるものと考えられる。図3aにプロットされた応答は、24時間後に、第1の半円において小さな拡張が起こり、第2の半円の形成が観察されることを示している。第1の半円の小さな拡張は、リチウム金属と電解質の間の腐食反応によるものである可能性があり、固体電解質界面の形成によって最小化される(第2の半円)。48時間後及び72時間後に得た測定値では、インピーダンス応答が24時間後の応答に非常によく似ている。このことは、固体電解質界面(SEI)が24時間以内に形成され、その後も非常に安定であることを示している。比較のため、図3bは、Li/SCN−4%LiTFSI/Liセルのインピーダンススペクトルの変化の時間依存性に関する同様のプロットを示す。図3bから、SCN−LiTFSI系の安定性が少なくとも4日間は得られず、SCN−LiTFSI系の初期のインピーダンス増大がSCN−LiBOB系よりも大きいことが明白である。したがって、所与の電流ではSCN−LiBOB系の方が高い電力出力を与える。
【0032】
図3cは、Li/SCN−2%LiBOB+8%LiTFSI/Liセルのインピーダンススペクトルの変化の時間依存性に関する同様のプロットを示す。インピーダンスは最初の4日間は増大し、その後2日間は低下して、新しいセルのインピーダンスに近いレベルまで下がる。その後、インピーダンススペクトルは、SCN−4%LiBOBの内部抵抗に似た内部抵抗を示す。2%LiBOBと8%LiTFSIの組合せは、低い内部抵抗と高い室温導電率とを組み合わせた利点を与える。
【0033】
実施例4:サイクリックボルタンメトリ
図4aに示すように、SCN−4%LiBOB電解質の電気化学的安定領域を、電気化学セル中で、40℃、走査速度10mV/sのサイクリックボルタンメトリによって測定した。ステンレス鋼作用電極を、電解質を含浸させた微孔質セパレータであるセルガード(Celgard)(商標)3501のシートによって、参照電極と対電極の両方の役目を果たすリチウム金属円板から分離した。40℃では、0.36Vでのリチウムの剥離(stripping)及び−0.48Vでのリチウムの付着(deposition)の後、Li/Liに対して6Vでも、負極及び正極電流に対する開始電圧は観察されなかった。このことは、この電解質が、層状Li1+xMn0.4Ni0.4−yCo酸化物などの高電圧正極を有するリチウム2次セルで使用するのに良好な電気化学的安定性を有することを示している。比較のため、図4bに、SCN−4%LiTFSI及びSCN−4%LiBFのサイクリックボルタンモグラムを示し、サイクリックボルタンモグラムでは不可逆的酸化に対する開始電圧が、それぞれ約4.5V及び3.9Vで観察された。これらの結果は、SCN−LiBOB系が、関連する従来技術の系よりも広い電気化学的安定領域を有することを示している。
【0034】
実施例5:電気化学的性能
このリチウム柔粘性結晶電解質の電気化学的性能を評価するため、4%LiBOB−コハク酸ニトリル電解質、リチウム金属負極及びLiFePO正極を使用して試験セルを構築し、40℃でサイクリングした。図5は、Li/SCN−4%LiBOB/LiFePOセルの第1及び第5サイクルにおける電圧の変動を、充電/放電容量に対して示した図である。これらの試験において、電圧範囲はLi/Liに対して2.5〜3.9V、電流密度はC/12(14.2mA・g−1)であった。3.5V付近に電圧プラトーが観察された。最初のサイクルは、大きなオーム抵抗及び低い容量を示したが、サイクリングを続けると、負極と正極の間のオーム抵抗は低下した(図5)。全放電容量は、第1サイクルのわずか97mAh・g−1から、第5サイクルまでに141mAh・g−1に増大した。電位範囲2.5〜3.9V、C/12レートでのサイクリング中の容量の変化を図6に示す。サイクル性能は優れており、200サイクル後も、放電容量は126mAh・g−1と依然として非常に高い。
【0035】
比較のため、図7a、7b及び7cにそれぞれ、40℃でサイクリングしたLi/SCN−4%LiBOB/LiFePOセル、20℃でサイクリングしたLi/SCN−4%LiTFSI/LiFePOセル及び20℃でサイクリングしたLi/SCN−4%LiBF/LiFePOセルのC/24レートでの第1及び第5定電流充電−放電サイクルを示す。図7a〜7cから、SCN−LiBOBが、他の2つよりも高い容量と良好な容量保持の両方を有することが明白である。さらに、図7dを図6と比較すると、同じ負極及び正極を有するセルでは、SCN−LiBOB系を調べた他の2つのサイクリングレートの2倍でサイクリングしたときでも、SCN−LiBOB電解質の容量の方が、他の2つの電解質よりも大きいことが明白である。
【0036】
炭素負極、SCN−4%LiBOB電解質及びLiFePO正極を有するリチウムイオンセルの電気化学的性能を、40℃でサイクリングしたセルで調べた。初期容量の百分率として図8に示した放電容量保持は、リチウムイオンセルでのSCN−LiBOB固体柔粘性結晶電解質の有用性を証明している。
【0037】
さらに、SCN−4%LiBOB固体電解質及びLi1.2Mn0.4Ni0.3Co0.1正極を有するリチウム半電池の電気化学的性能を調べた。図9は、C/12レート(C=240mAh・g−1を有する)で2.5Vと4.6Vの間でサイクリングしたLi/SCN−4%LiBOB/Li1.2Mn0.4Ni0.3Co0.1セルの最初のサイクルと第5サイクルの充電−放電容量を比較した図である。このセルは、LiFePO正極を有する前記のセル(図5)よりも高い充電容量(約240mAh・g−1)及び高い放電容量(193mAh・g−1)を有する。最初の数サイクルの低いクーロン効率は、Li1.2Mn0.4Ni0.3Co0.1系の特徴であり、材料からのリチウム及び酸素の除去を含む不可逆的過程によるものである。しかしながら、図10に示すように、数サイクル後、クーロン効率は99%近くまで向上する。
【0038】
実施例6:LiBOB及びLiTFSIでドープされた電解質
室温における電解質のイオン導電率を増大させるため、8モル%LiTFSIと2モル%LiBOBの混合物を使用した。SCN−2%LiBOB+8%LiTFSI固体電解質を有する炭素/LiFePOセルと炭素/Li1.2Mn0.4Ni0.3Co0.1セルのサイクル性能を図11に示す。LiFePO正極を有するセルでは、特に初期のサイクルにおいて、容量の穏やかな低下が観察されるが、20サイクル後も初期放電容量の81%超が保持される。Li1.2Mn0.4Ni0.3Co0.1正極を有するリチウムイオンセルでは、最初のサイクルで起こる化成反応によって、最初のサイクルにおいて放電容量が約25%低下するが、その後、非常に良好な容量保持が観察される。
【0039】
さらに、金属リチウム及びチタン酸リチウム負極を用いて、SCN−4%LiBOB電解質及びSCN−2%LiBOB+8%LiTFSI電解質の電気化学的評価を実施した。図12に示す20℃でサイクリングしたLi/SCN−2%LiBOB+8%LiTFSI/LiFePOセルの第1サイクルの充電−放電は、153mAh/gという優れた容量を示す。
【0040】
当業者には、この構造に固有の他の利点が明白である。上記の実施形態は例示のために記載されたものであり、特許請求の範囲に記載された本発明の範囲を限定するものではない。当業者には上記の実施形態の異型が明白であり、本発明の発明者は、以下の特許請求の範囲がそのような異型を包含することを意図する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
リチウムビスオキサレートボレート塩でドープされた有機柔粘性結晶マトリックスを含む電解質。
【請求項2】
前記有機柔粘性結晶マトリックスが中性有機柔粘性結晶マトリックスである、請求項1に記載の電解質。
【請求項3】
前記中性有機柔粘性結晶マトリックスがコハク酸ニトリルを含む、請求項2に記載の電解質。
【請求項4】
前記リチウムビスオキサレートボレート塩が5モル%以下の量で存在する、請求項1〜3のいずれか一項に記載の電解質。
【請求項5】
前記量が0.1〜5モル%である、請求項4に記載の電解質。
【請求項6】
前記量が0.1〜4.5モル%である、請求項4に記載の電解質。
【請求項7】
1種又は数種の他のドーパントをさらに含む、請求項1〜6のいずれか一項に記載の電解質。
【請求項8】
前記1種又は数種の他のドーパントが1〜20モル%の量で存在する、請求項7に記載の電解質。
【請求項9】
請求項1〜8のいずれか一項に記載の固体イオン電解質と、負極と、正極とを備えた電気化学装置。
【請求項10】
前記負極が、リチウム金属の約2V以内の電気化学ポテンシャルを有するLi含有材料を含む、請求項9に記載の電気化学装置。
【請求項11】
前記負極が、リチウム金属の約1.6V以内の電気化学ポテンシャルを有するLi含有材料を含む、請求項9に記載の電気化学装置。
【請求項12】
前記Li含有材料が、リチウム金属、リチウム合金、ハード又はソフトカーボンの層間に挿入されたリチウム、酸化物、窒化物又はリン化物の層間に挿入されたリチウム、置換によって化合物又は複合材料に挿入されたリチウム、或いはこれらの混合物を含む、請求項10又は11に記載の電気化学装置。
【請求項13】
前記Li含有材料が、リチウム金属、グラファイトの層間に挿入されたリチウム又はチタン酸リチウムを含む、請求項10又は11に記載の電気化学装置。
【請求項14】
前記正極が、Li1+x(Mn,Ni,Co)1−x、LiFePO、V、LiCoO、Li(Ni,Co)O、LiMn、LiNi0.5Mn1.5、Li(Mn0.5Ni0.5)O、Li1+x(Mn,Ni)1−x又はこれらの混合物を含む、請求項9〜13のいずれか一項に記載の電気化学装置。
【請求項15】
前記正極が、LiFePO又はLi1.2Mn0.4Ni0.3Co0.1を含む、請求項9〜13のいずれか一項に記載の電気化学装置。
【請求項16】
最大5ボルトの動作電圧を有する、請求項9〜15のいずれか一項に記載の電気化学装置。
【請求項17】
0.5〜4.6ボルトの動作電圧を有する、請求項9〜15のいずれか一項に記載の電気化学装置。
【請求項18】
2.5〜3.9ボルトの動作電圧を有する、請求項9〜15のいずれか一項に記載の電気化学装置。
【請求項19】
電気化学セルである、請求項9〜18のいずれか一項に記載の電気化学装置。
【請求項20】
電池である、請求項9〜18のいずれか一項に記載の電気化学装置。

【図1】
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【図2】
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【図3a】
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【図4a】
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【図4b】
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【図5】
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【図6】
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【図7a】
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【図7b】
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【図7c】
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【図7d】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図3b】
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【図3c】
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【公表番号】特表2010−527101(P2010−527101A)
【公表日】平成22年8月5日(2010.8.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−506783(P2010−506783)
【出願日】平成20年5月9日(2008.5.9)
【国際出願番号】PCT/CA2008/000869
【国際公開番号】WO2008/138110
【国際公開日】平成20年11月20日(2008.11.20)
【出願人】(302046528)ナショナル・リサーチ・カウンシル・オブ・カナダ (15)
【Fターム(参考)】