説明

弾性表面波素子

【課題】高周波化が可能であり、しかも耐候性及び電気特性に優れる弾性表面波素子を提供する。
【解決手段】本発明の弾性表面波素子は、ダイヤモンド層と、ダイヤモンド層上に設けられた窒化アルミニウム層と、窒化アルミニウム層上に設けられた酸化シリコン層と、前記窒化アルミニウム層と前記酸化シリコン層との間に設けられ窒化アルミニウム層に電圧を印加する一対の電極と、を有している。窒化アルミニウム層の厚みH、酸化シリコン層の厚みH、及び弾性表面波の波長λを用いて定義される(x、y)が、以下の式、y≦0.750×x+0.325、y≦−0.300×x+1.690、y≧−0.500×x+0.950、y≧0.700×x−0.610(ただし、x=2πH/λ、y=2πH/λ)をともに満たす範囲A1内である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、弾性表面波素子に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から携帯電話等の電気通信機器には、フィルタや共振子等の用途で弾性表面波素子が用いられている。弾性表面波素子は、弾性体の表面を伝播する弾性表面波(以下、SAWと称す)を利用した電気機械変換素子である(例えば、特許文献1)。
【0003】
特許文献1のSAW素子は、ダイヤモンドからなる硬質層、硬質層上に形成されたZnO層(圧電材料層)、ZnO層上に形成された二酸化珪素層(温度補償層)、及びZnO層と二酸化珪素層との間に形成された電極(インターディジタルトランスデューサ、以下IDTと称す)を有している。IDTは一対の櫛歯電極により構成されており、IDTに電気信号を供給すると一対の櫛歯電極の間に電圧が印加される。すると、櫛歯電極間のZnO層に逆圧電効果による歪を生じ、弾性表面波が発生する。
【0004】
弾性表面波の周波数f、位相速度V、及び波長λの間には、式(f=V/λ)により表される関係がある。位相速度Vは、弾性表面波の振動モードや圧電材料層、温度補償層等の材質や厚み等に依存し、波長λは、弾性表面波の振動モードや櫛歯電極の間隔等に依存する。このようにSAW素子の構成により弾性表面波の周波数fが規定されるので、弾性表面波を電気信号に変換することにより、高精度な周波数の電気信号が得られる。
【0005】
近年、電気通信機器には通信速度や通信データ容量の向上が求められており、SAW素子には動作の高周波化、温度変化に対する特性安定化、変換効率の向上等が期待されている。前記の式から分かるように、高周波化するためには位相速度Vを大きくすればよく、また波長λを小さくしてもよい。波長λを小さくするためには、櫛歯電極の間隔を狭くする必要があり、製造コストが高くなってしまう。そのため、特許文献1のように、位相速度Vを大きくすることにより高周波化する手法がよく用いられる。
【特許文献1】特許第3205976号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1の技術を用いても動作周波数以外の特性を向上させることができないおそれがある。
特許文献1のように圧電材料としてZnOを用いると、櫛歯電極間で発生した弾性表面波の櫛歯電極での反射係数が比較的高くなる。これは、ZnO層と櫛歯電極とでの硬さ(ヤング率)の差が大きいこと等に起因している。反射係数が高くなると、弾性表面波の損失が大きくなりSAW素子の特性が低下してしまう。櫛歯電極を薄厚化すれば反射係数を低くすることができるが、櫛歯電極が高抵抗になることによりSAW素子の電気特性が低下してしまう。
【0007】
このような不都合を回避するためには、圧電材料層のヤング率を高くすることにより、反射係数を下げればよいと考えられる。しかしながら、ZnOとヤング率が異なる圧電材料を用いると、位相速度Vや電気機械結合係数等がZnOを用いる場合と異なってしまう。すると、SAW素子の動作周波数や変換効率が変化してしまうので、SAW素子を所望の特性に設計するために多大の労力が必要になる。
【0008】
特に、特許文献1のように温度補償層を設けると温度変化に対して特性を安定化することができるが、構成要素が増えることにより設計がさらに困難になる。結果的に、所望の特性のSAW素子にすることが困難になり、SAW素子の特性向上を図ることができなくなる。
【0009】
本発明は、前記事情に鑑み成されたものであって、動作の高周波化に対応可能であり、しかも耐候性及び電気特性に優れるSAW素子を提供することを目的の1つとする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の弾性表面波素子は、ダイヤモンド層と、前記ダイヤモンド層上に設けられた窒化アルミニウム層と、前記窒化アルミニウム層上に設けられた酸化シリコン層と、前記窒化アルミニウム層と前記酸化シリコン層との間に設けられ、前記窒化アルミニウム層に電圧を印加する一対の電極と、を有し、前記窒化アルミニウム層の厚みH、前記酸化シリコン層の厚みH、及び弾性表面波の波長λを用いて定義される(x、y)が、以下の式(1)〜(4)、
y≦ 0.750×x+0.325 ・・・(1)
y≦−0.300×x+1.690 ・・・(2)
y≧−0.500×x+0.950 ・・・(3)
y≧ 0.700×x−0.610 ・・・(4)
(ただし、x=2πH/λ、y=2πH/λ)
をともに満たす範囲内であることを特徴とする。
【0011】
このようにすれば、一対の電極により電圧を印加された部分において窒化アルミニウム層(圧電材料層)に歪が生じ、歪により弾性表面波が発生する。窒化アルミニウム層は、一対の電極との界面における弾性表面波の反射係数が酸化亜鉛からなる圧電材料層よりも低いので、一対の電極が弾性表面波に及ぼす影響が小さくなる。したがって、電極を薄厚化しなくとも反射係数を小さくすることができ、効率的に弾性表面波を発生させることが可能になるので良好な電気特性の弾性表面素子にすることができる。
【0012】
また、ダイヤモンド層や窒化アルミニウム層が温度上昇に伴って軟化するのに対して、酸化シリコン層が温度上昇に伴って硬化するので、酸化シリコン層が設けられていることにより弾性表面波素子全体としては温度変化に対する特性変化が小さくなる。
【0013】
以上のように、ダイヤモンド層、窒化アルミニウム層、及び酸化シリコン層からなる3層構造にすることにより良好な特性の弾性表面波素子になる。このような構造の弾性表面波素子において、電気機械結合係数、表面弾性波の位相速度、及びこれらの温度依存性は、各層の厚みに依存している。ダイヤモンド層は、弾性表面波の伝播に伴って厚み方向において振動する範囲以上の厚みであれば、弾性表面波素子の特性に対する影響が小さい。一方、窒化アルミニウム層、及び酸化シリコン層は、各々の厚みを変化させると弾性表面波素子の特性が大きく変化する。しかしながら、電気機械結合係数、表面弾性波の位相速度、及びこれらの温度依存性等を所定の値にするために、各層の厚みをいかなる値に設定すればよいか不明であるので、所望の特性の弾性表面波素子にすることは困難である。
【0014】
本発明者は、有限要素法(FEM)における数値モデルを改良開発し、窒化アルミニウム層の厚みと酸化シリコン層の厚みとを変化させつつ数値シミュレーションを行った。また、比較実験により数値シミュレーションの精度評価を行ったところ、十分な精度であることが確認された。後に実施例2で説明するが、SAWの位相速度に関しては実験値と計算値との違いが数%以下であった。この数値シミュレーションの結果により、アルミニウム層の厚みHと酸化シリコン層の厚みHとを、前記の式(1)〜(4)をともに満たす範囲内に規定することにより、以下の格段に優れた特性が得られることが分かった。
【0015】
詳しくは[発明を実施するための最良の形態]で説明するが、セザワ波の2次振動モードにおける位相速度Vが9000m/s以上、電気機械結合係数kが0.2%程度以上、−45〜85℃の温度範囲において弾性表面波の周波数の変動率が±1000ppmの範囲内になる。位相速度Vを9000m/s以上にすることができるので、弾性表面波を高周波化(例えば、5.7GHz以上に)することができ、高周波化に対応可能な弾性表面素子になる。また、電気機械結合係数kを0.2%程度以上にすることができるので、電気信号と弾性表面波との間の変換効率を確保することができ、良好に機能する弾性表面波素子になる。また、温度変化による周波数の変動率が±1000ppmの範囲内になるので、温度変化に対して安定に動作する弾性表面波素子になる。
【0016】
このように、本発明によれば格段に優れた特性の弾性表面波素子になるので、セザワ波の2次振動モードを用いるバンドパスフィルタや基準クロック源等に本発明の弾性表面波素子を適用することにより、格段に高性能なデバイスが得られるようになる。
【0017】
本発明の弾性表面波素子は、ダイヤモンド層と、前記ダイヤモンド層上に設けられた窒化アルミニウム層と、前記窒化アルミニウム層上に設けられた酸化シリコン層と、前記窒化アルミニウム層と前記酸化シリコン層との間に設けられ、前記窒化アルミニウム層に電圧を印加する一対の電極と、を有し、前記窒化アルミニウム層の厚みH、前記酸化シリコン層の厚みH、及び弾性表面波の波長λを用いて定義される(x、y)が、以下の式(5)〜(8)、
y≦ 0.818×x+0.682 ・・・(5)
y≦−0.266×x+2.960 ・・・(6)
y≧−0.700×x+2.200 ・・・(7)
y≧ 0.750×x−0.700 ・・・(8)
(ただし、x=2πH/λ、y=2πH/λ)
をともに満たす範囲内であることを特徴とする。
【0018】
このようにすれば、セザワ波の2次振動モードと同様の理由により良好な電気特性の弾性表面素子にすることができる。詳細は[発明を実施するための最良の形態]で説明するが、セザワ波の3次振動モードにおける位相速度Vが9000m/s以上、電気機械結合係数kが0.2%以上、−45〜85℃の温度範囲において弾性表面波の周波数の変動率が±1000ppmの範囲内になる。これにより、高周波化に対応可能であり、しかも耐候性及び電気特性に優れる弾性表面波素子になる。したがって、セザワ波の3次振動モードを用いるバンドパスフィルタや基準クロック源等に本発明の弾性表面波素子を適用することにより、格段に高性能なデバイスが得られるようになる。
【0019】
本発明の弾性表面波素子は、ダイヤモンド層と、前記ダイヤモンド層上に設けられた窒化アルミニウム層と、前記窒化アルミニウム層上に設けられた酸化シリコン層と、前記窒化アルミニウム層と前記酸化シリコン層との間に設けられ、前記窒化アルミニウム層に電圧を印加する一対の電極と、を有し、前記窒化アルミニウム層の厚みH、前記酸化シリコン層の厚みH、及び弾性表面波の波長λを用いて定義される(x、y)が、以下の式(13)〜(16)、
y≦−0.889×x+6.556 ・・・(13)
y≦ 0.333×x+2.767 ・・・(14)
y≧−0.700×x+3.800 ・・・(15)
y≧ 0.300×x+1.800 ・・・(16)
(ただし、x=2πH/λ、y=2πH/λ)
をともに満たす範囲内であることを特徴とする。
【0020】
このようにすれば、セザワ波の2次振動モードと同様の理由により良好な電気特性の弾性表面素子にすることができる。詳細は[発明を実施するための最良の形態]で説明するが、セザワ波の5次振動モードにおける位相速度Vが9000m/s以上になり高周波化に対応可能になる。また、電気機械結合係数kが0.1%以上になり、電気信号と弾性表面波との間の変換効率を確保することができる。なお、電気機械結合係数kが0.3%以上となる範囲から窒化アルミニウム層の膜厚と、酸化シリコン層の膜厚を選択することもでき、これにより変換効率を向上させることができる。また、−45〜85℃の温度範囲において弾性表面波の周波数の変動率が±2000ppmの範囲内になる。
【0021】
また、セザワ波の2次振動モードや3次振動モードに比べて反射係数が小さくなり、効率的に弾性表面波を発生させることが可能になる。また、反射係数が小さくなることにより、電極の厚み等に対して反射係数が鈍感になる。したがって、製造ばらつきに対する許容範囲が広くなり、複数の弾性表面波素子における特性ばらつきが小さくなる。
【0022】
以上のように本発明によれば、高周波化に対応可能であり、しかも耐候性及び電気特性に優れる弾性表面波素子になる。したがって、セザワ波の5次振動モードを用いるバンドパスフィルタや基準クロック源等に本発明の弾性表面波素子を適用することにより、格段に高性能なデバイスが得られるようになる。
【0023】
また、前記電極の厚みH、及び弾性表面波の波長λを用いて定義される値Z(ただし、Z=2πH/λ)が、Z≦0.35を満たすことが好ましい。
このようにすれば、電極の端部における弾性表面波の反射係数が15%未満になり、電極の端部における弾性表面波の反射による損失が無視できる程度に小さくなる。また、窒化アルミニウム膜や酸化シリコン膜の厚みに対する電極の厚みが、弾性表面波素子の特性にほとんど影響を与えない程度に薄くなる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
以下、本発明の一実施形態を説明するが、本発明の技術範囲は以下の実施形態に限定されるものではない。以降の説明では図面を用いて各種の構造を例示するが、構造の特徴的な部分を分かりやすく示すために、図面中の構造はその寸法や縮尺を実際の構造に対して異ならせて示す場合がある。
【0025】
図1(a)は、本実施形態の弾性表面波(以下、SAWと称す)素子100の構成を示す斜視模式図であり、図1(b)は図1(a)のB−B’線矢視断面図である。本実施形態のSAW素子100は、トランスバーサル型のSAWフィルタである。図1(a)に示すように、SAW素子100は、基板10上に設けられたダイヤモンド層20と、ダイヤモンド層20上に設けられた窒化アルミニウム層30と、窒化アルミニウム層30上に設けられた酸化シリコン層40と、を備えている。
【0026】
窒化アルミニウム層30と酸化シリコン層40との間には、一対のグレーティング電極71、72が設けられている。一対のグレーティング電極71、72により、反射器70が構成される。一対のグレーティング電極71、72の間には、一対のインターディジタルトランスデューサ(以下、IDTと称す)50、60が設けられている。ここでは、IDT50が電気信号の入力部として機能し、IDT60が電気信号の出力部として機能する。
【0027】
以下、図1(a)に示したXYZ直交座標系を設定し、これに基づいて部材の位置関係を説明する。このXYZ直交座標系において、SAW素子100の面方向において、一対のIDT50、60が並ぶ方向をX方向、X方向と直交する方向をY方向、SAW素子100の面方向と直交する厚み方向をZ方向とする。なお、SAW素子100において、IDT50からIDT60に向かって(X方向に沿って)伝播したSAWが電気信号として取り出されるようになっている。一対のグレーティング電極71、72は、X方向において、IDT50、60を挟んで配置されている。
【0028】
本実施形態の基板10は、シリコンからなるものである。基板としては、シリコン以外の半導体材料からなる基板、ガラス材料からなる基板、セラミックス材料からなる基板、ポリイミド又はポリカーボネイト等の樹脂材料からなる基板等のいずれを用いても良い。また、ダイヤモンド層20を基板10として機能させ、基板10を省くこともできる。
【0029】
ダイヤモンド層20は、SAWが伝播する伝播媒体として機能する。ダイヤモンド層20としては、単結晶のもの、多結晶のもの、非晶質のもの、ダイヤモンドライクカーボン(DLC)からなるもの、のいずれを用いても良い。DLCは、炭素と水素とからなる組成物であり、水素の方が組成比が小さいものである。DLCの特徴としては、非晶質であること、一般の金属よりも硬度が高いこと、絶縁性であること、透光性を有すること等が挙げられる。
【0030】
ダイヤモンド層20の厚みとしては、SAWの振動範囲が基板10に及ばないように、振幅の2倍以上にすればよい。ダイヤモンド層20の厚みが増すとSAWの位相速度が高くなるが、SAWの振動が基板10に伝わらない程度の厚み以上にしても位相速度がほとんど変わらなくなる。
【0031】
窒化アルミニウム層30は、圧電材料である窒化アルミニウムからなっている。IDT50により電圧波形が印加されると、窒化アルミニウム層30に歪みを生じて、電圧波形に応じたSAWが発生する。詳しくは後述するが、窒化アルミニウム層30の厚みは、酸化シリコン層40の厚みと所定の関係を満たす範囲内から選択されている。
【0032】
IDT50は、一対の櫛歯電極51、52からなっている。櫛歯電極51は、複数の枝部51bと、複数の枝部51bに共通して設けられた幹部51aとからなっている。なお、図1(a)、(b)には、3本の枝部51bを図示しているが、実際には多数(例えば150本、櫛歯電極51、52の合計で300本)設けられる。
【0033】
複数の枝部51bの各々は、IDT50、60が並ぶ方向(X方向)の直交方向(Y方向)に延設されている。複数の枝部51bは、互いに平行になっており、X方向において等間隔で並んでいる。幹部51aは、複数の枝部51bの各々における一方の端部と連続している。幹部51aは、電気信号の供給源と電気的に接続されており、SAW素子100における入力側の電極パッドとして機能する。幹部51a及び複数の枝部51bは、いずれも導電材料からなっており、ここでは幹部51a及び複数の枝部51bが一体に形成されている。
【0034】
櫛歯電極51の厚みとしては、厚みH、0次振動モード(レイリー波)のSAWの波長λとしたときに、Z=2πH/λ≦0.35を満たすことが好ましい。Zが0.35を超えると、枝部51b、52bの各々に入射するSAWの反射係数が15%を超えるようになり、SAW素子の損失が無視できなくなるからである。また、前記の範囲を満たすことにより、櫛歯電極51が窒化アルミニウム膜30や酸化シリコン膜40よりも十分に薄くなり、櫛歯電極51がSAW素子の特性に与える影響が無視できる程度に小さくなる。なお、ここで言うSAW素子の特性とは、電気機械結合係数K[%]、SAWの位相速度V[m/s]、温度係数TCF[ppm/℃]のことである。
【0035】
櫛歯電極52は、櫛歯電極51と同様の形状になっており、幹部52aと複数の枝部52bとからなっている。Y方向において枝部51b及び52bを挟む一方の側(Y正方向側)に幹部51aが配置されており、他方の側(Y負方向側)に幹部52aが配置されている。X方向において枝部51b、52bは、交互に等間隔で並んでいる。
【0036】
IDT50に電気信号が入力されると、枝部51b、52の間に電気信号に応じた電圧波形が印加され、SAWが発生する。本実施形態のように、枝部51b、52bが交互に並ぶ櫛歯電極51、52では、発生するSAWの波長λが枝部51b、52bの間隔dを用いて、λ=4dで表される。
【0037】
IDT60は、IDT50と同様の形状になっており、櫛歯電極61、62からなっている。櫛歯電極61は、幹部61aと複数の枝部61bとからなっており、櫛歯電極62は、幹部62aと複数の枝部62bとからなっている。IDT60にSAWが入射すると、SAWの振動に伴う窒化アルミニウム層30の歪みに応じて、枝部61b、62bの間に電位差が生じる。この電位差により、IDT60から電気信号が出力される。
【0038】
グレーティング電極71は、IDT50からグレーティング電極71に向かって伝播するSAWを反射させて、IDT60側に伝播させるものである。グレーティング電極71は、枝部51b、52bと同じ方向に延在する複数の帯状部を有している。複数の帯状部は、互いに平行して等間隔で並んでいる。なお、図1(a)、(b)には、5本の帯状部を図示しているが、実際には多数(例えば200本)設けられる。
グレーティング電極72は、IDT60からグレーティング電極72に向かって伝播するSAWを反射させて、IDT50側に伝播させるものである。グレーティング電極71、72により反射器70が構成され、SAWは、反射器70の内側で往復する。
【0039】
酸化シリコン層40は、窒化アルミニウム層30と、IDT50、60、及び反射器70を覆って設けられている。一般に、SAW素子の使用環境程度の温度範囲(例えば、−45°〜85℃)において、ダイヤモンド膜や窒化アルミニウム膜は温度上昇とともに軟化するのに対し、酸化シリコン膜は温度上昇とともに硬化する。ダイヤモンド層20、窒化アルミニウム層30、酸化シリコン層40からなる積層体全体では、各層の軟化による影響と硬化による影響とが打ち消し合うため、温度変化による周波数の変動が抑制される。前記の温度範囲において温度に対する周波数の変動率の許容範囲としては、例えば±1000ppm程度である。したがって、周波数の変動率の温度係数TCF[ppm/℃]の許容範囲としては、例えば−15<TCF<15程度になる。
詳しくは後述するが、酸化シリコン層40の厚みは、窒化アルミニウム層30の厚みと所定の関係を満たす範囲内から選択されていることにより、TCFが前記の許容範囲に収まるようになっている。
【0040】
従来から、酸化亜鉛膜を圧電材料層に用いたSAW素子が提案されている。酸化亜鉛膜は電極よりもヤング率が低いため、酸化亜鉛膜から電極に面方向に沿って入射するSAWが電極端部で反射しやすくなる。すると、電極端部で反射したSAWが干渉を生じてしまい、SAWの損失が大きくなる。このようなSAWの損失を減らすためには、SAWの干渉を減らすことや電極端部での反射係数を低くすることが考えられる。
【0041】
SAWの干渉を減らす手法としては、櫛歯電極の形状(例えば枝部の本数や配置)を調整することが考えられる。この手法によると、櫛歯電極の形状がSAWの発生に適しない形状になってしまう。電極端部での反射係数を小さくする手法としては、電極を薄厚化することが考えられる。この手法によると、電極が高抵抗化してしまい、SAW素子の電気特性が低下してしまう。特に、携帯電話等の小型のデバイスに用いられるSAW素子の場合には、駆動電圧が高くなることによりデバイスを構成すること自体が難しくなる。
【0042】
反射係数を小さくする手法としては、電極とのヤング率の差が酸化亜鉛膜よりも小さい膜(例えば窒化アルミニウム膜)で圧電材料層を構成することも考えられる。しかしながら、窒化アルミニウムで圧電材料層を構成し、かつ所望のSAW素子とするためには、以下の理由により多大な労力を要する。
酸化亜鉛膜で圧電材料層を構成する場合には、酸化亜鉛膜の厚みとSAW素子の特性との関係性が公知になっているので、SAW素子の所望の特性に応じた厚みに圧電材料膜を設計することが容易である。一方、酸化アルミニウム膜で圧電材料層を構成する場合に、温度依存性を低減する観点から温度補償層として酸化シリコン膜を形成すると、酸化アルミニウム膜の厚みと酸化シリコン膜の厚みとがSAW素子の特性に及ぼす影響が不明であるので、所望の特性のSAW素子を得ることが非常に難しい。
【0043】
本発明者は、有限要素法(FEM)に基づく数値モデルを改良開発し、窒化アルミニウム層の厚みと酸化シリコン層の厚みとを変化させつつ数値シミュレーションを行った。また、比較実験により数値シミュレーションの精度評価を行ったところ、十分な精度であることが確認された。以下、数値シミュレーションの結果について説明する。
【0044】
図2(a)は、セザワ波の2次振動モードにおいて、窒化アルミニウム層の厚み及び酸化シリコン層の厚みに対する電気機械結合係数K[%]を示す等高線図(コンター)であり、図2(b)は、セザワ波の2次振動モードにおいて、窒化アルミニウム層の厚み及び酸化シリコン層の厚みに対するSAWの位相速度V[m/s]を示す等高線図である。図2(a)、(b)において、横軸xは、0次振動モードのSAWの波長λを用いて窒化アルミニウム層の厚みHを無次元化した値であり、x=2πH/λで表される。縦軸yは、波長λを用いて酸化シリコン層40の厚みHを無次元化した値であり、y=2πH/λで表される。
【0045】
本発明の1つの態様のSAW素子は、セザワ波の2次振動モードのSAWを用いる素子であり、(x, y)が図2(a)、(b)に示す領域A1の外周を含む内部に位置するように、窒化アルミニウム層の厚みH及び酸化シリコン層の厚みHが選択されている。領域A1は、以下の式(1)〜(4)をいずれも満たす領域である。
y≦ 0.750×x+0.325 ・・・(1)
y≦−0.300×x+1.690 ・・・(2)
y≧−0.500×x+0.950 ・・・(3)
y≧ 0.700×x−0.610 ・・・(4)
【0046】
図2(a)に示すように、本発明のSAW素子は(x, y)の値が領域A1の内部に位置しているので、Kが0.2程度以上になっている。したがって、以下の理由により良好なデバイスを構成することが可能なSAW素子になっている。
【0047】
バンドパスフィルタに用いられるSAW素子のようにパスバンドを広くする場合には、電気信号とSAWとの間の変換効率を高くする観点からKが大きい方が有利である。例えば、狭帯域フィルタにSAW素子を適用する場合には、Kが0.15〜0.7程度であればよいとされている。特に、この範囲内でKを0.2程度以上にすることにより、変換効率を確保することができる。
【0048】
また、共振子に用いられるSAW素子のようにパスバンドを狭くする場合には、Q値を高くする観点からKが小さい方が有利である。Kを小さく設定する場合には、IDT60、70における枝部51b、52b、61b、62bの数を増やすことにより、SAWの強度を高めることができる。ただし、枝部51b、52b、61b、62bの数にも上限があることから、Kを0.2程度以上にすることによりSAWの強度を確保することができる。また、伝播媒体においてSAWの伝播損失が大きいと素子特性が低下してしまうが、窒化アルミニウム膜等からなる積層体を伝播媒体とする場合には、Kを0.2程度以上にすることにより素子特性を確保することができる。
【0049】
図2(b)に示すように、本発明のSAW素子は、(x, y)の値が領域A1の内部に位置しているので、Vが9000程度以上になっている。櫛歯電極51、52の枝部51b、52b、61b、62bの現実的な最低間隔としては、0.4μmが挙げられる。これは、i線ステッパを用いたフォトリソグラフィ法により櫛歯電極51、52を形成する場合の値である。この場合に、SAWの波長λが1.6μm程度になり、Vが9000程度以上になっていることにより、SAW素子の動作周波数fが5.7GHz程度以上になる。このように、本発明のSAW素子は、例えば無線LAN用に割り当てられた周波数である5.7GHzに対応可能になっており、良好なデバイスを構成することが可能なSAW素子になっている。なお、図2(b)から分かるように、Kが0.2程度以上でありながら、Vが11500程度になるように(x, y)を選択することも可能である。この場合には、SAW素子の動作周波数が7.2GHz程度になる。このように、本発明のSAW素子は、格段に動作周波数の高周波化が可能になっている。また、動作周波数を確保しつつ、枝部51b、52b、61b、62bの間隔を広くすることもできる。これにより、製造コストを下げることや、IDT60、70の微細化による電気特性の低下を防止することができる。
【0050】
また、本発明者は、温度に対する特性変化率(温度係数TCF)についても検討している。その結果、以下の式(9)を満たす場合にTCF=0になり、式(10)、(11)をともに満たす範囲内であれば−15<TCF<15になることを見出した。領域A1は、式(10)、(11)をともに満たす範囲であるので−15<TCF<15になる。したがって、使用環境程度の温度範囲においてSAWの周波数の変動率が±1000ppmの範囲内になり、温度変化に対して安定動作するSAW素子になる。
y= 0.552×x ・・・(9)
y≦ 0.552×x+0.690 ・・・(10)
y≧ 0.552×x−0.690 ・・・(11)
【0051】
図3(a)は、セザワ波の3次振動モードにおいて、窒化アルミニウム層の厚み及び酸化シリコン層の厚みに対する電気機械結合係数K[%]を示す等高線図であり、図3(b)は、セザワ波の3次振動モードにおいて、窒化アルミニウム層の厚み及び酸化シリコン層の厚みに対するSAWの位相速度V[m/s]を示す等高線図である。図3(a)、(b)において、横軸xは、0次振動モードのSAWの波長λを用いて窒化アルミニウム層の厚みHを無次元化した値であり、x=2πH/λで表される。縦軸yは、波長λを用いて酸化シリコン層の厚みHを無次元化した値であり、y=2πH/λで表される。
【0052】
本発明のもう1つの態様のSAW素子は、セザワ波の3次振動モードのSAWを用いる素子であり、(x, y)が図3(a)、(b)に示す領域A2の外周を含む内部に位置するように、窒化アルミニウム層の厚みH及び酸化シリコン層の厚みHが選択されている。領域A2は、以下の式(5)〜(8)をいずれも満たす領域である。
y≦ 0.818×x+0.682 ・・・(5)
y≦−0.266×x+2.960 ・・・(6)
y≧−0.700×x+2.200 ・・・(7)
y≧ 0.750×x−0.700 ・・・(8)
【0053】
図3(a)、(b)に示すように、本発明のSAW素子は(x, y)の値が領域A2の内部に位置しているので、Kが0.2程度以上になっているとともに、Vが9000程度以上になっている。したがって、セザワ波の2次振動モードのSAWを用いる場合と同様の理由により、変換効率やSAWの強度等を確保しつつ格段に動作周波数の高周波化が可能なSAW素子になっている。また、領域A2は、前記の式(10)、(11)をともに満たす範囲内になっており、温度変化に対して安定動作するSAW素子になっている。また、領域A2から選択されたSAW素子における3次振動モードのSAWの伝播損失は、領域A1から選択されたSAW素子における2次振動モードのSAWの伝播損失よりも小さくなる。
【0054】
図4(a)は、セザワ波の5次振動モードにおいて、窒化アルミニウム層の厚み及び酸化シリコン層の厚みに対する電気機械結合係数K[%]を示す等高線図であり、図3(b)は、セザワ波の5次振動モードにおいて、窒化アルミニウム層の厚み及び酸化シリコン層の厚みに対するSAWの位相速度V[m/s]を示す等高線図である。図3(a)、(b)において、横軸xは、0次振動モードのSAWの波長λを用いて窒化アルミニウム層の厚みHを無次元化した値であり、x=2πH/λで表される。縦軸yは、波長λを用いて酸化シリコン層の厚みHを無次元化した値であり、y=2πH/λで表される。
【0055】
本発明のもう1つの態様のSAW素子は、セザワ波の5次振動モードのSAWを用いる素子であり、(x, y)が図5(a)、(b)に示す領域A3の外周を含む内部に位置するように、窒化アルミニウム層の厚みH及び酸化シリコン層の厚みHが選択されている。領域A3は、以下の式(13)〜(16)をいずれも満たす領域である。
y≦−0.889×x+6.556 ・・・(13)
y≦ 0.333×x+2.767 ・・・(14)
y≧−0.700×x+3.800 ・・・(15)
y≧ 0.300×x+1.800 ・・・(16)
【0056】
図4(a)、(b)に示すように、本発明のSAW素子は(x, y)の値が領域A3の内部に位置しているので、Kが0.15程度以上になっているとともに、Vが9000以上になっている。したがって、セザワ波の2次振動モードのSAWを用いる場合と同様の理由により、変換効率やSAWの強度等を確保しつつ格段に動作周波数の高周波化が可能なSAW素子になっている。また、(x, y)の値が領域A3の内部に位置していると、使用環境程度の温度範囲においてSAWの周波数の変動率が±2000ppmの範囲内になる。
【0057】
このように温度特性の観点では、(x, y)の値が領域A3から選択されたSAW素子に比べて、領域A1、A2のいずれかから選択されたSAW素子の方が有利である。一方、(x, y)の値が領域A3から選択される場合には、5次振動モードのSAWの電極での反射係数が、領域A1から選択される場合の2次振動モード、領域A2から選択される場合の3次振動モードのいずれよりも格段に小さくなる。したがって、櫛歯電極の枝部の厚みや線幅に対して反射係数が鈍感になり、電極の形成ばらつきに対するマージンが大きくなる。よって、弾性表面波素子の製造ばらつきに対する許容範囲が広くなり、複数の弾性表面波素子における特性ばらつきが小さくなる。また、櫛歯電極の枝部について本数や配置の自由度が高くなり、櫛歯電極間に発生するSAWの強度を高めることが容易になる。
【0058】
また、(x, y)の値が領域A3から選択される場合には、5次振動モードの伝播損失が領域A1から選択される場合の2次振動モードよりも小さくなり、高効率なSAW素子を構成することが可能になる。
【0059】
[実施例1]
次に、実施例1のSAW素子の製造方法及び特性について説明する。図4(a)は、実施例のSAW素子200の概略構成を示す平面模式図であり、図4(b)はC−C’線矢視断面図である。SAW素子200は、1ポート型共振子である点で前記実施形態のSAW素子100と異なるが、断面構造についてはSAW素子100と同様になっている。
【0060】
図4(a)、(b)に示すように、SAW素子200は、窒化アルミニウム層230と、窒化アルミニウム膜230上に設けられた酸化シリコン層240とを有している。窒化アルミニウム層230と酸化シリコン層240との間には、IDT250及び反射器270が設けられている。IDT250は、一対の櫛歯電極251、252からなっている。櫛歯電極251は幹部251aと複数の枝部251bとを有しており、櫛歯電極252は幹部252aと複数の枝部252bとを有している。反射器270は、一対のグレーティング電極271、272からなっている。グレーティング電極271、272は、枝部251b、252bの延在方向と直交する方向において、櫛歯電極251、252を挟んで配置されている。酸化シリコン層240には、幹部251a、252aを露出させる開口が設けられている。開口内に露出した部分の幹部251a、252aは、厚膜化されることにより、それぞれ電極パッド251c、252cとなっている。電極パッド251c、252cは、それぞれリード端子(図示略)と電気的に接続されている。
【0061】
このようなSAW素子200を製造するには、まずシリコン基板210上にCVD法によりダイヤモンド層220を10μmの厚みに形成する。ダイヤモンド層220の形成方法としては、CVD法の他にもPVD法、熱フィラメント法等の公知の方法を用いることができる。
【0062】
次いで、ダイヤモンド層220上に、窒化アルミニウム層230を750nmの厚みに形成する。窒化アルミニウム層230の形成方法としては、加熱蒸着法、CVD法、PVD法等の公知の方法を用いることができる。なお、窒化アルミニウム層230は、良好な圧電性を発現させる観点から、C軸配向性が卓越するように配向制御を行って形成するとよい。C軸配向とは、窒化アルミニウム膜の(001)面がシリコン基板210の面方向と平行になる配向を意味する。
【0063】
次いで、窒化アルミニウム層230上に金属膜を形成する。金属膜は、後にIDT250及び反射器270になるものである。金属膜の形成材料としては、アルミニウム(Al)、金(Au)、白金(Pt)、銅(Cu)、タンタル(Ta)、タングステン(W)、モリブデン(Mo)、あるいはこれらを主材とする合金等の公知の導電材料を用いることができる。また、金属膜の形成方法としては、加熱蒸着法、CVD法、PVD法等の公知の方法を用いることができる。ここでは、PVD法でアルミニウムを65nmの厚みに成膜し、これを金属膜とする。
【0064】
次いで、前記金属膜をフォトリソグラフィ法及びエッチング法を用いてパターニングして、IDT250と反射器270とを一括して形成する。ここでは、枝部251bと枝部252bとをそれぞれ150本にするとともに、枝部251bと枝部252bとの間隔を0.9μmにする。これにより、発生するSAWの0次振動モードの波長λが3.6μmになる。枝部251b、252bの延在方向の長さとしては、波長λの50倍、すなわち180μmにする。反射器270のグレーティング電極271、272は、それぞれグレーティング本数を200本にする。グレーティング本数とは、グレーティング電極271、272の各々において、枝部251b、252bと平行に延びる帯状部の本数である。
なお、ここでは電極(IDT250)の膜みHが65nmであり、波長λが3.6μmであるので、Z=2πH/λ)とおくとZ=0.11程度になる。
【0065】
次いで、窒化アルミニウム層230、IDT250、及び反射器270を覆って酸化シリコン層240を600nmの厚みに形成する。酸化シリコン層240の形成方法としては、加熱蒸着法、CVD法、PVD法等の公知の方法を用いることができる。そして、フォトリソグラフィ法及びエッチング法を用いて酸化シリコン層240に、幹部251a252aをそれぞれ露出させる開口を形成する。そして、露出した部分の幹部251a、252aを厚膜化することにより電極バッド251c、252cを形成する。厚膜化する方法としては、加熱蒸着法、CVD法、PVD法、めっき法等の公知の方法を用いることができる。また、幹部251a、252aと電極バッド251c、252cとで、材質を異ならせてもよい。そして、電極バッド251c、252cの各々に、入出力端子として機能するリード端子を設けること等によりSAW素子200が得られる。
【0066】
次に、図5、図6(a)、(b)を参照しつつ、SAW素子200の特性について説明する。SAW素子200の特性を調査するために、まず、SAW素子200の入力端子にネットワークアナライザにより高周波信号を印加し、出力端子から取り出される高周波信号を測定した。これにより、入力端子から出力端子への通過特性が得られ、図5に示すようなSAW素子200のS11特性が得られた。このグラフにより、SAWの位相速度Vが2次振動モードでは9300m/s程度であり、3次振動モードでは11500m/s程度であることが分かる。
【0067】
一般的なSAW素子としては、圧電単結晶基板からなるものや、ガラス基板上に圧電体薄膜を形成したものが挙げられる。このようなSAW素子において位相速度は3000〜7000m/s程度である。本実施例のSAW素子200は、位相速度が格段に向上されているので、動作周波数を格段に高めることが可能である。
【0068】
また、図6(a)に示した2次振動モードのS11インピーダンス特性により、共振周波数f、反共振周波数fが求まり、2次振動モードでは電気機械結合係数Kが0.45%程度であることが分かる。また、図6(b)に示した2次振動モードのS11インピーダンス特性により、3次振動モードでは電気機械結合係数Kが0.87%程度であることが分かる。このように、本実施例のSAW素子200は、電気機械結合係数Kが0.2以上に確保されているので、良好に機能させることが可能である。なお、各振動モードにおける電気機械結合係数K[%]は、以下の式(12)により算出される。
=(π/4)・(f/f)・(f−f)/f・100・・・(12)
【0069】
また、SAW素子200の動作環境温度が−25℃、0℃、25℃、50℃、75℃である条件下で、SAWの位相速度を前記の手法により測定した。得られた測定値を線形近似することにより、規格化した位相速度について温度係数TCF[ppm/℃]を算出した。その結果、温度係数TCFが2次振動モードでは6ppm/℃程度であり、3次振動モードでは5ppm/℃程度であった。つまり、動作環境温度が−25〜75℃の間で変化しても、規格化した位相速度の変化量が、2次振動モードでは±250ppmの範囲内に収まり、2次振動モードでは±300ppmの範囲内に収まることが分かる。
【0070】
一般に、SAW素子の特性の変化量は、使用環境温度が−45〜85℃の範囲内で±1000ppmの範囲内であれば許容される。すなわち、SAW素子のTCFとしては、絶対値が15ppm/℃未満であれば許容される。本実施例のSAW素子200は、TCFが許容値よりも格段に小さくなっているので、温度変化に対して安定動作する優れた耐候性のものになっている。
【0071】
また、SAW素子の窒化アルミニウム層の厚みと酸化シリコン層の厚みとを変化させつつ、以上のようなSAW素子の特性評価を行った。特性評価により得られた電気機械結合係数K、位相速度Vは、いずれも図3(a)、(b)、図4(a)、(b)に示した数値シミュレーション結果と良好に一致した。また、温度係数TCFについても評価結果と数値シミュレーション結果とで良好に一致した。
【0072】
[実施例2]
次に、実施例2のSAW素子の特性について説明する。実施例2のSAW素子は2ポート型のSAWフィルタであり、図1に示したSAW素子100と同様の構成になっている。実施例2のSAW素子は、実施例1と同様の製造方法にて製造されるが、構成要素の寸法等が実施例1と異なる。実施例2のSAW素子は、SAWの波長λが1、6μm、窒化アルミニウム層の厚みHを無次元化した値x(ただし、x=2πH/λ)が3.06、酸化シリコン層の厚みHを無次元化した値y(ただし、y=2πH/λ)が3.14になっている。すなわち、実施例2は(x, y)の値が領域A3から選択されている。
【0073】
また、IDTの厚みHを無次元化した値Z(ただし、Z=2πH/λ)が0.26になっている。櫛歯電極の枝部が50対(一対の櫛歯電極での総数が100本)、一対の櫛歯電極において枝部が交差する部分における枝部の配置方向の寸法(交差幅)が30λになっている。反射器を構成する一対のグレーティング電極は、それぞれのグレーティング本数が200本になっている。
【0074】
図8は、実施例2のSAW素子における5次振動モードのSAWに関して、S21特性の計算値と実験値との比較を示すグラフである。図8に示す計算値のデータは、数値シミュレーションにより得られた値であり、実験値の値はネットワークアナライザを用いた測定により得られた値である。図8に示すように、計算値の波形、実験値の波形いずれにおいても、周波数が6.35GHz程度の部分に中心周波数に対応するピークがあらわれている。このピーク付近で、計算値の波形は、実験値の波形と極めてよく一致しており、数値シミュレーションにより中心周波数を高精度に推定可能であることがわかる。また、推定された中心周波数とSAWの波長とを用いればSAWの位相速度が求まるため、SAWの位相速度を数値シミュレーションにより高精度に推定することが可能である。この実施例2のSAW素子は、中心周波数が6.3GHz程度、挿入損失が6.6dB程度、Q値が450程度であり、極めて良好な特性であった。
【0075】
図9は、実施例2〜4のSAW素子について特性の測定値の比較を示す表1である。実施例2のSAW素子は、前記したように(x, y)の値が領域A3から選択された(3.06, 3.14)である。実施例3のSAW素子は(x, y)の値が領域A1から選択された(1.36, 0.70)であり、実施例4のSAW素子は(x, y)の値が領域A2から選択された(1.36, 1.05)である。
【0076】
図9の表1に示すように温度係数は、実施例2で6.0ppm/℃、実施例3で−1.0ppm/℃、実施例4で0.0ppm/℃になっている。このように実施例2〜4のSAW素子は、温度変化に対してSAWの周波数の変動率が極めて小さくなっており、耐候性に優れていることが分かる。特に、実施例3、4のSAW素子は、実施例2のSAW素子よりも耐候性の点で優位である。
【0077】
反射係数は、実施例2で2.0%、実施例3で5.5%、実施例4で6.5%になっている。このように実施例2〜4のSAW素子は、反射係数が極めて小さくなっており、櫛歯電極での反射による損失が低減されている。特に、実施例2のSAW素子は、実施例3、4のSAW素子よりも反射係数が格段に低くなっている。すなわち、実施例2のSAW素子は、櫛歯電極で反射したSAWの干渉影響が小さくなるので、櫛歯電極の厚みばらつきによる特性ばらつきが小さくなる点で優位である。また、実施例2のSAW素子は、櫛歯電極の枝部の本数を増やすことや枝部の配置を変更することが容易になる点でも優位である。
【0078】
伝播損失は、実施例2で0.03dB/λ、実施例3で0.05dB/λ、実施例4で0.02dB/λになっている。このように実施例2〜4のSAW素子は、伝播損失が極めて小さくなっており、高効率なSAW素子になっている。特に、実施例2、4のSAW素子は、実施例3のSAW素子よりも伝播損失が小さい点で優位である。
【0079】
以上のように本発明のSAW素子にあっては、圧電材料として窒化アルミニウムを用いているので、酸化亜鉛を用いる場合よりもIDTと圧電材料層とのヤング率の差が小さくなる。したがって、IDTの端部におけるSAWの反射係数が小さくなり、反射係数を小さくするためにIDTを薄厚化する必要や、反射による干渉を低減するために櫛歯電極の枝部の数を減らす必要がなくなる。よって、SAWの損失を低減しつつSAW素子の電気特性を高めることができ、良好な特性のSAW素子になる。
【0080】
また、位相速度Vを9000m/s以上にすることができるので、SAWの周波数を高周波化(例えば、5.7GHz以上)にすることが可能になる。また、電気機械結合係数kを0.2%程度以上にすることができるので、電気信号と弾性表面波との間の変換効率を確保することができる。また、特性変化の温度係数が15ppm/℃未満になるので、優れた耐候性のものになる。
このように本発明のSAW素子は優れた特性のものになっているので、バンドパスフィルタや基準クロック源等に本発明のSAW素子を適用することにより、格段に高性能なデバイスが得られるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0081】
【図1】(a)は本実施形態のSAW素子の斜視模式図、(b)は断面図である。
【図2】(a)、(b)は、それぞれ2次振動モードの特性を示すグラフである。
【図3】(a)、(b)は、それぞれ3次振動モードの特性を示すグラフである。
【図4】(a)、(b)は、それぞれ5次振動モードの特性を示すグラフである。
【図5】(a)は実施例のSAW素子の平面模式図、(b)は断面図である。
【図6】実施例のSAW素子のS11特性を示すグラフである。
【図7】(a)、(b)は実施例1のS11インピーダンス特性を示すグラフである。
【図8】S21特性について計算値と実験値との比較を示すグラフである。
【図9】実施例2〜4の特性の比較を示す表である。
【符号の説明】
【0082】
100、200・・・SAW素子(弾性表面波素子)、20、220・・・ダイヤモンド層、30、230・・・窒化アルミニウム層、40、240・・・酸化シリコン層、50、60、250・・・IDT(一対の電極)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ダイヤモンド層と、
前記ダイヤモンド層上に設けられた窒化アルミニウム層と、
前記窒化アルミニウム層上に設けられた酸化シリコン層と、
前記窒化アルミニウム層と前記酸化シリコン層との間に設けられ、前記窒化アルミニウム層に電圧を印加する一対の電極と、を有し、
前記窒化アルミニウム層の厚みH、前記酸化シリコン層の厚みH、及び弾性表面波の波長λを用いて定義される(x、y)が、以下の式(1)〜(4)、
y≦ 0.750×x+0.325 ・・・(1)
y≦−0.300×x+1.690 ・・・(2)
y≧−0.500×x+0.950 ・・・(3)
y≧ 0.700×x−0.610 ・・・(4)
(ただし、x=2πH/λ、y=2πH/λ)
をともに満たす範囲内であることを特徴とする弾性表面波素子。
【請求項2】
ダイヤモンド層と、
前記ダイヤモンド層上に設けられた窒化アルミニウム層と、
前記窒化アルミニウム層上に設けられた酸化シリコン層と、
前記窒化アルミニウム層と前記酸化シリコン層との間に設けられ、前記窒化アルミニウム層に電圧を印加する一対の電極と、を有し、
前記窒化アルミニウム層の厚みH、前記酸化シリコン層の厚みH、及び弾性表面波の波長λを用いて定義される(x、y)が、以下の式(5)〜(8)、
y≦ 0.818×x+0.682 ・・・(5)
y≦−0.266×x+2.960 ・・・(6)
y≧−0.700×x+2.200 ・・・(7)
y≧ 0.750×x−0.700 ・・・(8)
(ただし、x=2πH/λ、y=2πH/λ)
をともに満たす範囲内であることを特徴とする弾性表面波素子。
【請求項3】
ダイヤモンド層と、
前記ダイヤモンド層上に設けられた窒化アルミニウム層と、
前記窒化アルミニウム層上に設けられた酸化シリコン層と、
前記窒化アルミニウム層と前記酸化シリコン層との間に設けられ、前記窒化アルミニウム層に電圧を印加する一対の電極と、を有し、
前記窒化アルミニウム層の厚みH、前記酸化シリコン層の厚みH、及び弾性表面波の波長λを用いて定義される(x、y)が、以下の式(13)〜(16)、
y≦−0.889×x+6.556 ・・・(13)
y≦ 0.333×x+2.767 ・・・(14)
y≧−0.700×x+3.800 ・・・(15)
y≧ 0.300×x+1.800 ・・・(16)
(ただし、x=2πH/λ、y=2πH/λ)
をともに満たす範囲内であることを特徴とする弾性表面波素子。
【請求項4】
前記電極の厚みH、及び弾性表面波の波長λを用いて定義される値Z(ただし、Z=2πH/λ)が、Z≦0.35を満たすことを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の弾性表面波素子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2010−68503(P2010−68503A)
【公開日】平成22年3月25日(2010.3.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−264011(P2008−264011)
【出願日】平成20年10月10日(2008.10.10)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】