説明

弾性表面波装置

【課題】漏洩弾性表面波を用いており、音速を高めることができ、高周波化を容易に果たすことができる弾性表面波装置を提供する。
【解決手段】LiNbO基板2上にIDT電極3が形成されており、LiNbO基板2上のIDT電極3を覆うように酸化ケイ素膜6が形成されており、酸化ケイ素膜6上に誘電体層7が形成されており、誘電体層7の横波音速が、LiNbOにおける遅い横波音速よりも速く、誘電体層7の膜厚H3としたときに、漏洩弾性表面波の波長λで規格化してなる規格化膜厚H3/λが0.25〜0.6の範囲にある弾性表面波装置1。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば帯域フィルタや共振子として用いられる弾性表面波装置に関し、LiNbO基板上に酸化ケイ素膜が積層されている構造を有する弾性表面波装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、通信機器において高周波化が進んでいる。そのため、通信機器に用いられる弾性表面波装置においても、高周波化が強く求められている。また、弾性表面波装置では、周波数温度特性に優れていることも求められている。
【0003】
下記の特許文献1には、周波数温度特性に優れ、かつ高周波帯の挿入損失を低下させることを可能とする弾性表面波装置が開示されている。
【0004】
図18は、特許文献1に記載の弾性表面波装置の要部を示す模式的断面図である。弾性表面波装置1001では、回転Y板LiNbO基板1002上にSiO膜1003が積層されている。図18では図示されていないが、LiNbO基板1002上にIDT電極が形成されている。SiO膜1003は、IDT電極を覆うように形成されている。
【0005】
特許文献1では、上記LiNbO基板1002の回転Y板のカット角が−10°から+30°の範囲とされている。また、SiO膜1003の膜厚をH、弾性表面波の動作中心周波数の波長をλとしたときに、H/λが0.115〜0.31の範囲とされている。それによって、レイリー波よりも速い速度の擬似弾性表面波の電気機械結合係数kを0.20以上とすることが可能とされている。また、周波数温度特性TCFを−30〜+30ppmの範囲内とすることができるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2003−209458号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
弾性表面波装置における弾性表面波の音速をv、周波数をf、弾性表面波の波長をλとする。v=f×λであるため、高周波化を進めるには弾性表面波の音速vを速くするか、あるいは波長λを小さくしなければならない。しかしながら、波長λが小さくなると、IDT電極の電極指間ピッチが小さくなる。従って、電極指間における短絡が生じやすくなる。さらに、狭い電極指間ピッチを有するIDT電極自体を形成することが非常に困難となる。加えて、IDT電極における抵抗が大きくなるという問題も生じる。
【0008】
これに対して、弾性表面波の音速を速くする、という手法も考えられる。
【0009】
しかしながら、特許文献1では、段落〔0046〕及び図7から明らかなように、伝搬する擬似弾性表面波の音速は4000m/秒程度にすぎない。
【0010】
他方、LiNbO基板の遅い横波音速は4070m/秒である。そのため、特許文献1に記載の弾性表面波装置における擬似弾性表面波の音速は、LiNbOの遅い横波音速よりも遅かった。従って、弾性表面波の音速がさほど高くないため、高周波化を進めることが困難であった。
【0011】
本発明の目的は、弾性表面波の音速を高め、高周波化をより一層図ることができる弾性表面波装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明に係る弾性表面波装置は、LiNbO基板と、前記LiNbO基板上に形成されたIDT電極と、前記LiNbO基板と前記IDT電極を覆うように形成された酸化ケイ素膜と、前記酸化ケイ素膜上に積層されており、LiNbOにおける遅い横波音速よりも速い横波音速を有する誘電体層とを備える。本発明の弾性表面波装置は、漏洩弾性表面波を用いている。前記誘電体層の膜厚をH3としたときに、前記漏洩弾性表面波の波長λで規格化してなる誘電体層の規格化膜厚H3/λは、0.25〜0.6の範囲にある。
【0013】
本発明に係る弾性表面波装置のある特定の局面では、前記誘電体層が、窒化ケイ素、アルミナ、窒化アルミニウム及びSiからなる群から選択された1種の誘電体材料からなる。
【0014】
本発明に係る弾性表面波装置の他の特定の局面では、前記LiNbO基板が、カット角50°〜90°のYカットLiNbO基板である。この場合には、スプリアスとなるレイリー波の応答を効果的に抑制することができる。
【0015】
本発明に係る弾性表面波装置のさらに他の特定の局面では、前記酸化ケイ素膜の膜厚をH2としたときに、前記漏洩弾性表面波の波長λで規格化してなる酸化ケイ素膜の規格化膜厚H2/λが0.15〜0.4の範囲にある。この場合には、周波数温度係数TCFの絶対値を小さくすることができる。従って、弾性表面波の温度特性を改善することができる。
【0016】
より好ましくは、H2/λは0.3以下の範囲とされる。その場合には、漏洩弾性表面波の音速をより一層高めることができる。
【0017】
本発明に係る弾性表面波装置のさらに他の特定の局面では、前記IDT電極がCuからなり、該IDT電極の膜厚をH1としたときに、漏洩弾性表面波の波長λで規格化してなる規格化膜厚H1/λが、0.01〜0.055の範囲にある。この場合には、ストップバンドの幅を十分に大きくすることができ、かつ弾性表面波の音速を効果的に高めることができる。
【0018】
本発明に係る弾性表面波のさらに別の特定の局面では、前記IDT電極がPtからなり、該IDT電極の膜厚をH1としたときに、漏洩弾性表面波の波長λで規格化してなる規格化膜厚H1/λが、0.005〜0.022の範囲にある。
【0019】
本発明に係る弾性表面波装置のさらに他の特定の局面では、前記IDT電極の密度をD1(g/cm)、前記酸化ケイ素膜の密度をD2(g/cm)、前記IDT電極の膜厚をH1、漏洩弾性表面波の波長λで規格化してなる規格化膜厚をH1/λとしたときに、((D1−D2)×(100H1/λ))が9.59〜37g/cmの範囲にある。
【0020】
本発明に係る弾性表面波装置においては、IDT電極は複数の金属層を積層してなる積層金属膜により形成されていてもよい。この場合、複数の金属層の内の少なくとも1つの金属層が、Alからなる。それによって、IDT電極の抵抗値を低めることができる。
【発明の効果】
【0021】
本発明に係る弾性表面波装置によれば、LiNbOにおける遅い横波音速よりも速い横波音速を有する上記誘電体層が酸化ケイ素膜上に積層されており、該誘電体層の規格化膜厚H3/λが0.25〜0.6の範囲にあるため、伝搬する漏洩弾性表面波の音速を効果的に高めることができる。従って、弾性表面波装置の高周波化を容易に図ることができる。また、エネルギー集中度を高めることができる。加えて、LiNbO基板上に酸化ケイ素膜が積層されているため、弾性表面波装置の周波数温度係数の絶対値を小さくすることができる。よって、弾性表面波装置の温度特性を改善することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】(a)は、本発明の一実施形態に係る弾性表面波装置の構造及び該弾性表面波装置における弾性表面波のエネルギー分布を模式的に示す図であり、(b)は、該弾性表面波装置を示す正面断面図である。
【図2】第1の実験例におけるYカットLiNbO基板のカット角と、音速と、誘電体層としてのSiN膜の規格化膜厚との関係を示す図である。
【図3】本発明の一実施形態において、SiN膜の規格化膜厚と、表面波のエネルギー集中度と、誘電体層としてのYカットLiNbO基板のカット角との関係を示す図である。
【図4】YカットLiNbO基板のカット角と、SiN膜の規格化膜厚とスプリアスとなるレイリー波の帯域幅との関係を示す図である。
【図5】図4の矢印Bで示す部分を拡大して示す図であり、図4と同様に、YカットLiNbO基板のカット角と、SiN膜の規格化膜厚と、スプリアスとなるレイリー波の帯域幅との関係を示す図である。
【図6】誘電体層がSiN、AlN、SiまたはAlからなり、その規格化膜厚H3/λが0.3の場合のLiNbOのカット角と音速との関係を示す図である。
【図7】共振周波数におけるSiO膜の膜厚と周波数温度係数TCFとの関係を示す図である。
【図8】反共振周波数におけるSiO膜の膜厚と周波数温度係数TCFとの関係を示す図である。
【図9】共振周波数におけるSiN膜の規格化膜厚H3/λが0.3である場合のSiO膜の膜厚と音速との関係を示す図である。
【図10】共振周波数におけるカット角40°、50°、60°、70°、80°、90°または100°のLiNbO基板を用いた場合のCu膜の規格化膜厚(%)と音速との関係を示す図である。
【図11】反共振周波数におけるカット角40°、50°、60°、70°、80°、90°または100°のLiNbO基板を用いた場合のCu膜の規格化膜厚(%)と音速との関係を示す図である。
【図12】カット角40°、50°、60°、70°、80°または90°のLiNbO基板を用いた場合のCu膜の規格化膜厚(%)とストップバンド幅との関係を示す図である。
【図13】共振周波数におけるカット角40°、50°、60°、70°、80°、90°または100°のLiNbO基板を用いた場合のPt膜の規格化膜厚(%)と音速との関係を示す図である。
【図14】反共振周波数におけるカット角40°、50°、60°、70°、80°、90°または100°のLiNbO基板を用いた場合のPt膜の膜厚H2/λ×100(%)と音速との関係を示す図である。
【図15】カット角40°、50°、60°、70°、80°、90°または100°のLiNbO基板を用いた場合のPt膜の規格化膜厚(%)とストップバンド幅との関係を示す図である。
【図16】Al膜を含むIDT電極において、Al膜の規格化膜厚(%)を、3、5、10、15、20または25%とした場合のLiNbOのカット角と音速との関係を示す図である。
【図17】Al膜を含むIDT電極において、Al膜の規格化膜厚(%)を、3、5、10、15、20または25%とした場合のLiNbOのカット角と音速との関係を示す図である。
【図18】従来の弾性表面波装置を説明するための模式的断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、図面を参照しつつ、本発明の具体的な実施形態を説明することにより、本発明を明らかにする。
【0024】
図1(a)は、本発明の一実施形態に係る弾性表面波装置の要部及び表面波のエネルギー分布を説明するための模式図であり、(b)は該弾性表面波装置の正面断面図である。
【0025】
図1(b)に示すように、弾性表面波装置1は、LiNbO基板2を有する。LiNbO基板として、本実施形態では、カット角70°のYカットX伝搬のLiNbO基板が用いられている。
【0026】
LiNbO基板2上に、IDT電極3及び反射器4,5が形成されている。反射器4,5はIDT電極3の弾性表面波伝搬方向両側に配置されている。このIDT電極3及び反射器4,5からなる電極構造は、周知の1ポート型弾性表面波共振子の電極構造である。
【0027】
IDT電極3を覆うように、酸化ケイ素膜6が積層されている。酸化ケイ素膜6上に、誘電体層7として窒化ケイ素膜が積層されている。酸化ケイ素膜6は、正のTCF値を有する。他方、LiNbO基板2は、TCFが負の値を有する。従って、酸化ケイ素膜6を積層することにより、弾性表面波装置1では、全体としての周波数温度係数TCFの絶対値を小さくすることができる。よって、温度特性を改善することができる。
【0028】
他方、弾性表面波装置1では、IDT電極3に交流電圧を印加したとき表面波が励振されるが、表面波の中でも、音速が速い漏洩弾性表面波が強く励振される。本実施形態では、この漏洩弾性表面波を利用している。図1(a)において、要部の断面の右側に弾性表面波装置1の厚み方向に沿う表面波のエネルギー分布を示す。このエネルギー分布において、矢印Aで示すエネルギー分布が、伝搬する漏洩弾性表面波のエネルギー分布である。
【0029】
前述した特許文献1に記載の弾性表面波装置1001では、酸化ケイ素膜をLiNbO上に積層した構造を有しているが、酸化ケイ素膜の横波音速は3750m/秒程度と遅い。すなわち、酸化ケイ素の横波音速はLiNbOの遅い横波音速である4070m/秒よりも遅い。そのため、弾性表面波装置1001では、酸化ケイ素膜の形成により音速が低下していた。
【0030】
特に、LiNbO基板上にエネルギーを集中させて伝搬する、漏洩弾性表面波のようなSH波では、酸化ケイ素膜の形成により音速が著しく低下する。
【0031】
これに対して、本実施形態の弾性表面波装置1では、酸化ケイ素膜6上に、誘電体層7として窒化ケイ素膜が積層されている。窒化ケイ素膜の横波音速は5950m/秒である。従って、窒化ケイ素膜の積層により、弾性表面波装置1では、漏洩弾性波の音速を十分に高めることができる。
【0032】
より具体的には、本実施形態では、LiNbO基板2がカット角70°のYカットX伝搬のLiNbO基板である。IDT電極3、酸化ケイ素膜6及び誘電体層7の厚みをそれぞれ、H1、H2、H3とする。これらの厚みの漏洩弾性表面波の波長λで規格化してなる規格化膜厚は、それぞれ、H1/λ=0.04、H2/λ=0.2及びH3/λ=0.3である。この場合、弾性表面波装置を伝搬する漏洩弾性表面波の音速は、後述の実験例で示されているように、約4258m/秒である。この構造において、共振周波数が2GHzの弾性表面波共振子を作製した場合、漏洩弾性表面波の波長λは、λ=4258(m/秒)/2000(MHz)=2.13(μm)となる。
【0033】
他方、特許文献1に記載の弾性表面波装置では、前述したように、擬似漏洩弾性表面波の音速は4000m/秒程度である。従って、この弾性表面波装置において、同様に2GHzの共振周波数を有する弾性表面波共振子を作製した場合、波長λは、λ=4000(m/秒)/2000(MHz)=2.00(μm)となる。
【0034】
従って、上記実施形態によれば、例えば2GHzの共振周波数の弾性表面波装置を構成した場合、λを約7%程度大きくし得ることがわかる。よって、IDT電極の電極指の精度を高めることなく高周波化を図ることができる。
【0035】
以下、より具体的な実験例に基づき、弾性表面波の音速を高め得ることを明らかにする。
【0036】
(第1の実験例)
カット角が40°〜100°の範囲の複数種のYカット−X伝搬のLiNbO基板2を用意した。IDT電極3をCuで形成し、その規格化膜厚H1/λ=0.04とした。また、酸化ケイ素膜6の規格化膜厚H2/λ=0.2とした。窒化ケイ素膜の規格化膜厚をH3/λ=0、0.1、0.2、0.3、0.4、0.5または0.6とした。
【0037】
これらの弾性表面波装置について、LiNbO基板のカット角と、窒化ケイ素膜の規格化膜厚H3/λと音速との関係を図2に示す。なお、図2及び以下の図においては、規格化膜厚の値は、百分率で表すこととする。すなわち、窒化ケイ素膜の規格化膜厚H3/λが0.1の場合を例にとると、図中では、(H/λ)×100(%)=10%で表すこととする。
【0038】
図2から明らかなように、窒化ケイ素の規格化膜厚が0%の場合に比べ、窒化ケイ素膜を成膜することにより、音速が高くなっている。また、窒化ケイ素膜の規格化膜厚が厚くなるほど音速がより一層高くなっている。これは、窒化ケイ素膜の横波音速が速いため、より厚い窒化ケイ素膜を積層することにより、音速をさらに高め得ることによる。
【0039】
図2では、窒化ケイ素膜の規格化膜厚が30%の場合にのみカット角−90°〜90°の範囲の結果を示した。この結果から明らかなように、窒化ケイ素膜の規格化膜厚が30%の場合、広いカット角範囲の全てにおいて、窒化ケイ素膜が形成されていない場合に比べて音速を高め得ることがわかる。
【0040】
図2では、他の膜厚の窒化ケイ素膜を形成した場合については、カット角が−90°〜+90°の全範囲についての結果を示していないが、他の膜厚の窒化ケイ素膜の場合も、窒化ケイ素膜が形成されていない場合に比べて、音速を高めることができる。なお、図2において、窒化ケイ素膜の規格化膜厚が10、20、40、50及び60%の場合において、カット角が40°または50°以上の範囲しか示していないのは、後述するように、カット角が50°以上、90°以下の範囲の場合、漏洩弾性波のエネルギー集中度をより一層高め得ることによる。従って、望ましいカット角範囲の結果のみを示している。
【0041】
図3は、窒化ケイ素膜の規格化膜厚(%)と、漏洩弾性表面波の上記エネルギー集中度との関係を示す図である。図3では、カット角が40°、50°、60°、70°、80°、90°及び100°の場合の結果を示す。
【0042】
図3から明らかなように、いずれのカット角においても、窒化ケイ素膜の膜厚が0.2以下においては、エネルギー集中度が悪化する傾向があるのに対し、0.2を超えると、エネルギー集中度が高くなっている。従って、窒化ケイ素膜の膜厚を0.25以上の範囲とすれば、エネルギー集中度を高め得ることがわかる。
【0043】
また、窒化ケイ素膜厚が0.6を超えると、膜応力が大きくなってしまい、ウェハ反りが起こる。この場合、ダイシングができなかったり、スパッタができないという問題が発生する。従って、窒化ケイ素膜厚は0.6以下とするのがよい。
【0044】
図4は、上記各弾性表面波装置におけるLiNbO基板のカット角とスプリアスとなるレイリー波の帯域幅との関係を示す図である。ここでは、窒化ケイ素膜の規格化膜厚が、0.01%、10%、20%、25%、30%、40%、45%、50%及び60%の場合の結果を示す。ここで、レイリー波の帯域幅とは、レイリー波の共振点と反共振点の周波数差を共振点の周波数で除算したものである。
【0045】
また、図4の破線Bで囲まれた部分を拡大して図5に示す。
【0046】
図4及び図5から明らかなように、カット角が40°〜90°の範囲において、窒化ケイ素膜の規格化膜厚H3/λ(%)が0.01%及び10%の場合、レイリー波による応答が比較的大きい。これに対して、窒化ケイ素膜の規格化膜厚H3/λ(%)が20%、25%、30%、40%、45%、50%及び60%と厚い場合には、レイリー波による応答を著しく小さくし得ることがわかる。
【0047】
従って、レイリー波を抑圧するために、窒化ケイ素膜の規格化膜厚H3/λ(%)は25%以上であることが望ましい。より好ましくは、カット角が80°〜90°とより大きい値の場合、窒化ケイ素膜の規格化膜厚H3/λ(%)を40%以上とすることにより、レイリー波によるスプリアスをより効果的に抑圧し得ることがわかる。
【0048】
従って、レイリー波による応答を抑圧するには、窒化ケイ素膜の規格化膜厚H3/λは、0.25以上、より好ましくは0.4以上であることが望ましい。
【0049】
(第2の実験例)
以下の構造の弾性表面波装置を用意した。カット角が−90°〜100°の範囲の複数種のYカットX伝搬のLiNbO基板2を用意した。IDT電極3は、Cuからなり、その規格化膜厚H1/λを0.04とした。酸化ケイ素膜6の規格化膜厚H/λは0.2とした。誘電体層の規格化膜厚H/λは0.3とした。
【0050】
誘電体層7を構成する誘電体材料として、窒化ケイ素だけでなく、窒化アルミニウム、Si及びアルミナを用意し、これらの材料によりそれぞれ、誘電体層を形成し、複数種の弾性表面波装置を得た。
【0051】
これらの誘電体材料の横波音速は以下の通りである。
【0052】
窒化ケイ素の横波音速=5950m/秒、窒化アルミニウムの横波音速=6016m/秒、Siの横波音速=5840m/秒、アルミナの横波音速=6073m/秒。
【0053】
上記の通り、これらの誘電体材料の横波音速は、いずれも、LiNbOの遅い横波音速=4070m/秒よりも速い。
【0054】
図6は、このようにして得られた弾性表面波装置におけるカット角と音速との関係を示す図である。図6から明らかなように、誘電体層7が窒化ケイ素、窒化アルミニウム、Si及びアルミナのいずれからなる場合においても、カット角が−90°〜−83°の範囲及び+30°〜+90°の範囲で音速はLiNbOの遅い横波音速である4070m/秒よりも速くなることがわかる。
【0055】
従って、図6の結果から明らかなように、カット角を−90°〜−80°及び+30°〜+90°の範囲とすれば、LiNbOの遅い横波音速よりも音速を高め得ることがわかる。
【0056】
(第3の実験例)
カット角160°のYカットX伝搬のLiNbOを用いた。IDT電極をCuで形成し、規格化膜厚H1/λを0.04とした。酸化ケイ素膜の規格化膜厚H2/λを0〜0.4内で変化させた。窒化ケイ素膜の規格化膜厚H3/λは0.3とした。このようにして構成された複数種の弾性表面波装置について、酸化ケイ素膜の規格化膜厚(%)による周波数温度係数TCFの変化及び音速の変化を測定した。結果を図7〜図9に示す。図7及び図8はそれぞれ、共振周波数及び反共振周波数におけるTCFの変化を示し、図9は音速の変化を示す。
【0057】
図7及び図8から明らかなように、酸化ケイ素膜の規格化膜厚H2/λ=0の場合、TCFは−70ppm/℃程度である。これに対して、酸化ケイ素膜の規格化膜厚H2/λを厚くしていくと、TCFの絶対値が小さくなり、温度特性を改善し得ることがわかる。
【0058】
さらに、酸化ケイ素膜の規格化膜厚(H2/λ)≧0.15の場合、H2/λ=0の場合に比べると、TCFを20ppm/℃程度改善し得ることがわかる。より具体的には、H2/λ≧0.15であれば、TCFの絶対値を40ppm/℃以下とすることができる。実用上、弾性表面波装置のTCFは、±40ppm/℃の範囲内であることが求められている。よって、H2/λ≧0.15とすれば、温度特性が良好な弾性表面波装置を提供することができる。
【0059】
また、H2/λ(%)が40%以下の範囲であれば、図9から明らかなように、音速は4070m/秒よりも速い。もっとも、より好ましくは、酸化ケイ素膜の規格化膜厚H2/λ(%)は、図9より30%以下であることが望ましく、その場合には音速を4200m/秒とより一層高めることができる。すなわち、H3/λ=0の場合の音速に比べ、10%以上音速を高めることができる。
【0060】
(第4の実験例)
YカットX伝搬のLiNbO基板のカット角を40°〜100°の範囲で変化させた。酸化ケイ素膜の規格化膜厚H2/λ=0.2とした。窒化ケイ素膜の規格化膜厚H3/λ=0.3とした。
【0061】
IDT電極としてCuまたはPtを用いた。CuからなるIDT電極の場合、規格化膜厚H1/λが0.01〜0.08の範囲で変化させた。IDT電極がPtの場合、規格化膜厚H1/λは0.001〜0.04の範囲で変化させた。
【0062】
さらに、IDT電極を複数の積層金属膜で形成し、その密度を9.59〜37g/cm内で変化させた。
【0063】
これらの弾性表面波装置について、電極膜厚による音速の変化を求めた。結果を図10〜図17を参照して説明する。
【0064】
図10〜図12は、IDT電極がCu膜からなり、そのCu膜の膜厚を変化させた場合の、共振周波数における音速の変化及び反共振周波数における音速の変化並びにストップバンドの幅の変化を示す各図である。
【0065】
なお、いわゆる第3世代の移動体通信システムでは、帯域幅/中心周波数は最大約3%である。従って、第3世代の移動通信システムであるUMTS用の弾性表面波フィルタを構成する場合、ストップバンドの幅は3%以上あることが望ましい。ここでは、ストップバンドの幅は、ショートグレーティングが形成するストップバンドの上限と下限との間の幅を、下限の周波数で除算することにより計算した。
【0066】
図12から明らかなように、Cuの規格化膜厚H1/λ(%)が1%〜8%の範囲、すなわちH1/λが0.01以上、0.08以下の場合、ストップバンドの幅を3%以上とし得ることがわかる。これに対して、Cuの規格化膜厚(%)が1%未満の場合には、カット角が大きくなると、ストップバンドの幅が3%未満となる場合のあることがわかる。従って、CuからなるIDT電極を用いる場合、規格化膜厚H/λは0.01以上とするのが望ましい。
【0067】
また、図10及び図11から明らかなように、H1/λ(%)が5.5%より大きくなると、すなわち、H1/λが0.055より大きくなると、音速の低下が著しい。これに対して、Cuの規格化膜厚(%)が5.5%以下の場合には、音速を高め得ることがわかる。特に、カット角が40°〜90°の範囲では、Cuの規格化膜厚(%)を5.5%以下、すなわちH1/λを0.055以下とすることにより、音速をLiNbOの遅い横波音速よりも速くし得ることがわかる。
【0068】
従って、CuからなるIDT電極を用いる場合、その規格化膜厚H/λは、0.055以下とすることが望ましい。
【0069】
図13〜図15は、IDT電極はPt膜からなる場合のPtの規格化膜厚(%)と共振周波数における音速、反共振周波数における音速及びストップバンド幅の変化をそれぞれ示す図である。
【0070】
図15から明らかなように、Pt膜を用いた場合、ストップバンドの幅を3%以上とするには、カット角の如何にかかわらず、Ptの規格化膜厚H1/λ(%)を0.5%以上、すなわちH1/λを0.005以上とすれば、ストップバンドの幅を3%以上とすることができる。
【0071】
しかしながら、図13及び図14から明らかなように、H1/λ(%)が2.2%より大きくなると、音速の低下が著しい。H1/λ(%)が2.2%以下では、カット角が10°〜90°のいずれにおいても、共振周波数における音速及び反共振周波数における音速をLiNbOの遅い横波音速よりも速くすることができる。
【0072】
従って、Pt膜からなるIDT電極を用いる場合、その規格化膜厚H/λは0.005≦H1/λ≦0.022とすればよいことがわかる。
【0073】
ところで、弾性表面波装置におけるストップバンドの幅及び音速は、電極の重量に依存する。従って、上記Cu及びPtの結果から下記の式で示される相対密度Cが好ましい範囲となるようにIDT電極を形成すれば、同様に音速を高め、ストップバンドの幅を3%以上とすることができる。
【0074】
相対密度C={電極密度D1(g/cm)−酸化ケイ素の密度D2(g/cm)}×IDT電極の規格化膜厚(100H1/λ(%))
【0075】
Cuの密度は8.93g/cmであり、Ptの密度は21.37g/cmであり、Alの密度は2.699g/cmである。酸化ケイ素の密度は2.2g/cmである。
【0076】
従って、Cu膜を用いた場合の規格化膜厚H1/λが0.01〜0.055の範囲は上記相対密度Cが6.73〜37g/cmの範囲となる。同様に、Pt膜についてのH1/λの上記好ましい範囲0.005〜0.022は、相対密度Cが9.59〜42.17g/cmの範囲となる。
【0077】
よって、相対密度Cが9.59〜37g/cmの範囲となるIDT電極を形成すれば、上記Cu及びPtの場合の結果と同様にカット角及びIDT電極の膜厚を設定することにより、音速の向上及びストップバンドの拡大を図ることができる。
【0078】
なお、本発明においては、IDT電極は複数の金属膜を積層してなる積層金属膜により形成されてもよい。この場合、上記電極密度D1は、積層金属膜を構成している複数種の金属の密度と複数種の金属層の厚みとに基づいて求めればよい。すなわち、複数の金属の密度をd1、d2、………dn(nは自然数)、各金属層の厚みをt1、t2、………tn(nは自然数)とした場合、IDT電極の電極密度D1は、D=(d1×t1+d2×t2+………dn×tn)/(t1+t2+………tn)で求めることができる。
【0079】
(第5の実験例)
前述したように、IDT電極は複数の金属膜を積層した構造であってもよい。第5の実験例では、LiNbO基板のカット角を−90°〜+100°の範囲で変化させた。酸化ケイ素膜の規格化膜厚H2/λ=0.2とし、窒化ケイ素膜の規格化膜厚H3/λ=0.3とした。
【0080】
IDT電極を、Al膜及びPt膜を積層してなる積層金属膜により形成した。すなわち、LiNbO基板上にPt膜を成膜し、次にAl膜を成膜した。Al膜の規格化膜厚(%)を10〜25%の範囲で変化させ、Pt膜の規格化膜厚(%)を10%とした。
【0081】
図16及び図17は、LiNbO基板のカット角と、Alの規格化膜厚H/λ(%)と共振周波数における音速及び反共振周波数における音速との関係をそれぞれ示す図である。図16及び図17から明らかなように、Al膜の規格化膜厚H/λ(%)が20%より大きくなると、共振周波数における音速はLiNbOの遅い横波音速である4070m/秒よりも遅くなる。従って、Alの規格化膜厚(%)は20%以下、すなわちH/λは0.02以下であることが望ましい。
【0082】
また、Al膜とPt膜を積層することにより、IDT電極の抵抗を小さくすることができる。Ptの抵抗は1.04×10−7(Ωm)であり、Alの抵抗率は2.65×10−8(Ωm)である。従って、Al膜の積層により電気抵抗を小さくすることができる。もっとも、Al膜の規格化膜厚が上記のように0.2を超えると、抵抗は低くし得るものの、音速が低下する。よって、Al膜を積層金属膜の内の少なくとも1つの金属層として用いる場合、Al膜の厚みの合計は、規格化膜厚で0.2以下であることが望ましい。
【0083】
なお、本実験例では、低抵抗の金属膜としてAl膜を用いた例を説明したが、Al膜に代えて、CuやPtよりも抵抗率の低い様々な金属を用いて低抵抗金属膜を形成してもよい。このような金属としては、Ag、Auなどを挙げることができる。
【0084】
また、本発明おいて、音速を高めるように作用する誘電体層を構成する誘電体材料については、上述した窒化ケイ素、アルミナ、窒化アルミニウム、Siが好適に用いられるが、そのほか、酸化窒化ケイ素、炭化ケイ素、ダイヤモンドなどを用いてもよい。もっとも、窒化ケイ素、窒化アルミニウム、Si及びアルミナは、横波音速が5844m/秒以上と速いため、好ましい。
【0085】
なお、本明細書において、オイラー角、結晶軸及び等価なオイラー角の意味は以下の通りとする。
【0086】
(オイラー角)
本明細書において、基板の切断面と表面波の伝搬方向を表現するオイラー角(φ,θ,ψ)は、文献「弾性波素子技術ハンドブック」(日本学術振興会弾性波素子技術第150委員会、第1版第1刷、平成3年1月30日発行、549頁)記載の右手系オイラー角を用いた。
【0087】
すなわち、例えば、LiNbOの結晶軸X、Y、Zに対し、Z軸を軸としてX軸を反時計廻りにφ回転しXa軸を得る。次に、Xa軸を軸としてZ軸を反時計廻りにθ回転しZ′軸を得る。Xa軸を含み、Z′軸を法線とする面を基板の切断面とした。そして、Z′軸を軸としてXa軸を反時計廻りにψ回転した軸X′方向を表面波の伝搬方向とした。
【0088】
(結晶軸)
また、オイラー角の初期値として与える結晶軸X、Y、Z軸をc軸と平行とし、X軸を等価な3方向のa軸のうち任意の1つと平行とし、Y軸はX軸とZ軸を含む面の法線方向とする。
【0089】
(等価なオイラー角)
なお、本発明におけるオイラー角(φ,θ,ψ)は結晶学的に等価であればよい。
【0090】
例えば、文献(日本音響学会誌36巻3号、1980年、140〜145頁)によれば、LiNbOやLiTaOは三方晶系3m点群に属する結晶であるので、下記の〔1〕式が成り立つ。
【0091】
F(φ,θ,ψ)=F(60°−φ,−θ,180°−ψ)
=F(60°+φ,−θ,ψ)
=F(φ,180°+θ,180°−ψ)
=F(φ,θ,180°+ψ) ・・・〔1〕
【0092】
ここで、Fは、電気機械結合係数k、伝搬損失、TCF、PFA、ナチュラル一方向性などの任意の表面波特性である。
【0093】
PFAのナチュラル一方向性は、例えば伝搬方向を正負反転してみた場合、符号は変わるものの絶対量は等しいので実用上等価であると考える。
【0094】
例えば、オイラー角(30°,θ,ψ)の表面波伝搬特性は、オイラー角(90°,180°−θ,180°−ψ)の表面波伝搬特性と等価である。
【0095】
また、例えば、オイラー角(30°,90°,45°)の表面波伝搬特性は、表1に示すオイラー角の表面波伝搬特性と等価である。
【0096】
また、本発明において計算に用いた導体の材料定数は多結晶体の値であるが、エピ膜などの結晶体においても、膜自体の結晶方位依存性より基板の結晶方位依存性が表面波特性に対して支配的であるので、〔1〕式により、実用上問題ない程度に同等の表面波伝搬特性が得られる。
【0097】
【表1】

【符号の説明】
【0098】
1…弾性表面波装置
2…基板
3…IDT電極
4,5…反射器
6…酸化ケイ素膜
7…誘電体層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
LiNbO基板と、
前記LiNbO基板上に形成されたIDT電極と、
前記LiNbO基板と前記IDT電極を覆うように形成された酸化ケイ素膜と、
前記酸化ケイ素膜上に積層されており、LiNbOにおける遅い横波音速よりも速い横波音速を有する誘電体層とを備え、
漏洩弾性表面波を用いており、
前記誘電体層の膜厚をH3としたときに、前記漏洩弾性表面波の波長λで規格化してなる誘電体層の規格化膜厚H3/λが、0.25〜0.6の範囲にある、弾性表面波装置。
【請求項2】
前記誘電体層が、窒化ケイ素、アルミナ、窒化アルミニウム及びSiからなる群から選択された1種の誘電体材料からなる、請求項1に記載の弾性表面波装置。
【請求項3】
前記LiNbO基板が、カット角50°〜90°のYカットLiNbO基板である、請求項1または2に記載の弾性表面波装置。
【請求項4】
前記酸化ケイ素膜の膜厚をH2としたときに、前記漏洩弾性表面波の波長λで規格化してなる酸化ケイ素膜の規格化膜厚H2/λが0.15〜0.4の範囲にある、請求項1〜3のいずれか1項に記載の弾性表面波装置。
【請求項5】
前記酸化ケイ素膜の規格化膜厚H2/λが0.3以下である、請求項4に記載の弾性表面波装置。
【請求項6】
前記IDT電極がCuからなり、該IDT電極の膜厚をH1としたときに、漏洩弾性表面波の波長λで規格化してなる規格化膜厚H1/λが、0.01〜0.055の範囲にある、請求項1〜5のいずれか1項に記載の弾性表面波装置。
【請求項7】
前記IDT電極がPtからなり、該IDT電極の膜厚をH1としたときに、漏洩弾性表面波の波長λで規格化してなる規格化膜厚H1/λが、0.005〜0.022の範囲にある、請求項1〜5のいずれか1項に記載の弾性表面波装置。
【請求項8】
前記IDT電極の密度をD1(g/cm)、前記酸化ケイ素膜の密度をD2(g/cm)、前記IDT電極の膜厚をH1、漏洩弾性表面波の波長λで規格化してなる規格化膜厚をH1/λとしたときに、((D1−D2)×(100H1/λ))が9.59〜37g/cmの範囲にある、請求項1〜7のいずれか1項に記載の弾性表面波装置。
【請求項9】
前記IDT電極が、複数の金属層を積層してなる積層金属膜からなり、該複数の金属層の内1つの金属層がAlからなる、請求項1〜8のいずれか1項に記載の弾性表面波装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【公開番号】特開2011−166259(P2011−166259A)
【公開日】平成23年8月25日(2011.8.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−23952(P2010−23952)
【出願日】平成22年2月5日(2010.2.5)
【出願人】(000006231)株式会社村田製作所 (3,635)
【Fターム(参考)】