説明

感光層誘電率測定装置及び感光層誘電率測定方法

【課題】感光層の深さ方向に関して微小領域の誘電率を、デバイス状態のまま簡易で瞬時に得る。
【解決手段】レーザ光源8より感光体1に可視領域のレーザ光を照射すると共に感光層からのラマン散乱光成分を受光する分離光学素子と対物レンズ17とを有する顕微光学系9と、ラマン散乱光成分を分光する分光器10と、分光器により分光されたラマン散乱光の強度を検出する光検出器11とを有し光検出部で検出されたラマン散乱光の強度からラマン散乱光スペクトルを得るラマン分光測定装置7を備える。さらに、予め測定された、感光層の特徴的なラマン散乱ピークの強度と誘電率との相関データとを格納する相関データ格納部12と、ラマン分光測定装置で得られたラマン散乱光スペクトルから特徴的なラマン散乱ピークの強度を抽出して、相関データに基づき誘電率を演算する誘電率演算部13とを備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子写真方式の画像形成装置に用いられる感光体の感光層の誘電率を測定する感光層誘電率測定装置及び感光層誘電率測定方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
電子写真方式の画像形成装置に用いられる感光体では、感光層の誘電率が高いほど電荷を強く拘束し忠実なドット再現性が得られることから、感光層の誘電率は重要な特性値となっており、その評価が行われている。詳しくは、初期および静電的負荷をかけた後の感光層の誘電率を測定する。また、画像形成装置の帯電器やヒーター等から発生するオゾンやNOガス等の酸化性ガスの曝露により、感光層の誘電率は低くなり画像流れが発生しやすくなる。このため、感光層の耐環境性能として酸性化ガスを曝露させた後に感光層の誘電率を測定する。
【0003】
従来、感光層の誘電率を測定する方法としては、コロナ帯電法による誘電率測定装置を用い、帯電電位と電荷量とを測定して誘電率εを算出するものが広く用いられている(例えば、特許文献1)。
【0004】
図5は、代表的なコロナ帯電法による誘電率測定装置の概略構成図であり、図6は誘電率測定装置で求めた帯電電位Vと電荷量Qとから誘電率εを算出する説明のグラフである。図5の誘電率測定装置では感光層を帯電させて、開始から任意の時間経過した時の電荷量Qと帯電電位Vとを複数点測定する。この測定結果に基づき図6に示す、いわゆるQ−Vプロットのグラフを作成する。静電容量C=Q/Vから、このプロットを通る直線の傾きである静電容量Cを算出し、予め記憶している真空の誘電率εと、予め測定した膜厚dとから、C=ε・ε/dの関係式より感光層の誘電率εを演算する。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、図5に示すコロナ帯電法による誘電率測定装置では、感光層を平板状の試料30に加工調整して測定を行うので、ドラム状の感光層を測定する場合には、加工調整のための手間を要して測定結果を得るまでにかなりの時間がかかってしまう。感光層に静電的負荷をかけたり、酸化性ガスを曝露させたりした後に誘電率を測定する場合は、加工調整に時間をかけている間に、静電的負荷や酸化性ガスを曝露による影響が回復してしまうものもあり、正確な誘電率の情報が得られない虞もある。また、試料がドラム状のままでも測定できるように試料載置部を構成した装置もある。しかし、上記誘電率の演算のためには予め試料の正確な膜厚dを測定しておく必要があり、平板状の試料に比べドラム状の試料の膜厚測定に大きな手間を要してしまう。このように、図5に示す誘電率測定装置では、誘電率の測定が必要なときに簡易で瞬時に測定をおこなうことが困難である。さらに、図6のQ−Vプロットのグラフから静電容量Cを算出する際に、直線の引き方に依って誤差が大きく重畳してくるという問題もあった。このため、コロナ帯電法による誘電率測定装置では、感光層の誘電率を、デバイス状態のまま瞬時に誤差無く測定することが困難であるという欠点があった。
【0006】
また、試料の誘電率を測定する一般的で簡易な装置として、所謂、LCRメーター等の、回路のインピーダンスを用いて静電容量の比を求めて誘電率εを算出するインピーダンス測定法を用いたものもある。この装置では、試料は平板状の必要があるため、ドラム状の感光層の誘電率を瞬時に測定することが困難であるという欠点があった。
【0007】
また、画像形成装置に用いられる感光体は、アルミニウム基体上に多層構造または単層構造の感光層を形成している。近年の研究で、酸化性ガスの曝露による感光層の誘電率の低下は、オゾンによるものは浸透劣化型、NOガスによるものは表面劣化型ということが解明されてきた。すなわち、NOガスによる誘電率の低下は感光層表面近傍で発生する。このため、NOガスを曝露させた後、瞬時に感光層表面近傍の誘電率を測定することが望まれる。しかしながら、従来の感光層の誘電率測定法である、コロナ帯電法、インピーダンス測定法はいずれも感光層をバルクとして扱い膜全体の誘電率を測定するものであり、感光層表面近傍のみの微小領域の誘電率を測定することはできない。
【0008】
本発明は以上の問題点に鑑みなされたものであり、その目的は、感光層の深さ方向に関して微小領域の誘電率を、デバイス状態のまま簡易で瞬時に得ることのできる感光層誘電率測定装置および感光層誘電率測定方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するために、請求項1の発明は、感光層の誘電率を測定する感光層誘電率測定装置であって、可視領域のレーザ光源と、該レーザ光源より感光層にレーザ光を照射すると共に該感光層からのラマン散乱光成分を受光する分離光学素子とNAが1.2以上となる油浸レンズとエマルジョンオイルとの組み合わせである対物レンズとを有する顕微光学系とを有し、該ラマン散乱光成分を分光してラマン散乱光の強度を検出しラマン散乱光スペクトルを得るラマン分光測定装置と、予め測定された該感光層の特徴的なラマン散乱ピークの強度と誘電率との相関データとを格納する相関データ格納部と、上記ラマン分光測定装置で得られたラマン散乱光スペクトルから該特徴的なラマン散乱ピークの強度を抽出して該相関データに基づき誘電率を演算する誘電率演算部とを備えたことを特徴とするものである。
なお、NA(Numerical Aperture)は、対物レンズの性能を表す特性値であり、焦点深度(分析深さ)、明るさに関係する値で、以下の式で表されるものである。
NA=n・sinθ(nは膜と対物レンズとの間の媒質の屈折率、θは光軸と対物レンズの最も外側に入る光線とがなす角)
また、請求項2の発明は、請求項1の感光層誘電率測定装置において、上記顕微光学系は、焦点面と共役な関係のピンホールを有する共焦点顕微光学系であることを特徴とするものである。
また、請求項3の発明は、請求項1または2の感光層誘電率測定装置において、上記レーザ光源により照射されるレーザ光の波長が540nm以上800nm以下であることを特徴とするものである。
また、請求項4の発明は、ラマン分光法により得られた感光層の深さ方向に関して微小領域にラマン散乱光スペクトルを取得するステップと、該ラマン散乱光スペクトルから該感光層に特徴的なラマン散乱ピークの強度を抽出するステップと、予め測定された感光層のラマン散乱ピークの強度と誘電率との相関データベースに基づいて、該抽出されたラマン散乱ピークの強度から該感光層の誘電率を算出するステップとを有することを特徴とするものである。
また、請求項5の発明は、請求項4の感光層誘電率測定方法において、上記相関データベースは上記感光層の任意のラマン散乱ピーク強度値と、感光層誘電率との相関関係をしめすことを特徴とするものである。
また、請求項6の発明は、請求項4または5の感光層誘電率測定方法において、上記感光層が共有結合していることを特徴とするものである。
また、請求項7の発明は、請求項4、5または6の何れかの感光層誘電率測定方法において、上記感光層表面からラマン散乱光成分を取得するステップにおいて、可視領域の入射光を用いることを特徴とするものである。
また、請求項8の発明は、請求項4、5、6または7の何れかの感光層誘電率測定方法において、算出された誘電率を用いて上記感光層の耐NOxガス性を評価することを特徴とするものである。
【0010】
本発明においては、従来、物質の深さ方向の構造解析に用いられている、顕微光学系を備えたラマン分光測定装置を用いて、感光層の深さ方向に関して微小領域の誘電率を測定するものである。ラマン分光測定装置は、レーザなどの単色光を物質に照射した際、その物質に特有な入射光と異なる波長の微弱な散乱光(ラマン散乱光)が観測される性質を用いており、ラマン散乱光のスペクトルを解析することで、物質の構造解析のための情報を得ることができる。また、顕微光学系を用いて焦点面に入射光を照射すると共に焦点面から反射光を集光し、反射光よりラマン散乱光を抽出してラマン散乱光スペクトルを取得することで、深さ方向に関して焦点面近傍の微小領域の情報を得ることができる。さらに、顕微光学系の対物レンズは、油浸レンズとエマルジョンオイルとの組み合わせてNAが1.2以上とすることにより、ラマン分光測定装置の空間分解能を向上させ、感光層のさらに微小領域の誘電率を測定することができる。このようなラマン分光測定装置は、試料をデバイス状態のまま非破壊で測定でき、かつ、測定自体が簡易で瞬時におこなえるというメリットもある。
このような顕微光学系を備えたラマン分光測定装置を用いて焦点面となる感光層に入射光を照射し、焦点面近傍の微小領域の感光層のラマン散乱光スペクトルを取得する。このラマン散乱光スペクトル解析して感光層の特徴的なラマン散乱ピークの強度を抽出し、予め測定された、感光層の特徴的なラマン散乱ピークの強度とそのときの感光層の誘電率との相関データに基づき誘電率の演算をおこなう。これにより、感光層の深さ方向に関して微小領域の誘電率を測定することができる。また、ラマン分光測定装置を用いているので、デバイス状態のままで、簡易で瞬時に感光層の誘電率を測定できる。なお、本発明における感光層の特徴的なラマン散乱ピークとは感光層を構成する特定の物質に起因するラマン散乱ピークのことである。
ここで、感光層の誘電率の演算に、予め測定された感光層のラマン散乱ピークの強度と誘電率との相関データを用いることのできる理由を説明する。ラマン散乱光の発生は、入射光が分子と相互作用して分子の分極率が変化する場合に観測され、電子やイオンが動かされやすければラマン散乱光の強度も大きくなる。直流から低周波までの電界では全ての分極の寄与が加わっているが、電界の周波数を高くすることで、界面分極や配向分極が周波数についていけなくなりゼロになる。さらに周波数を上げ、光の赤外の領域になるとイオン分極がついていけなくなってゼロになる。この結果、可視光(顕微ラマン励起)領域では電子分極のみが寄与するため、ラマン散乱光の強度にも電子分極の大きさのみが寄与する。一方、誘電体中に光が入射されて電子分極が起きると、光の速度が変化する現象、すなわち、屈折率の変化が起きる。電子分極の程度が大きければ屈折率nも大きくなると言える。理論的には、波長に対して透明物質ならば、屈折率nは物質の誘電率に依って決まる(ε=n)。よって、感光層のラマン散乱光強度スペクトルを測定する際の入射光を可視領域とすれば、電子分極のみを考慮すればよく、ラマン散乱光の強度と誘電率とは良好な相関関係があるといえる。本発明は、以上の論理を利用したものであり、測定対象となる感光層に対して、予め測定した、特徴的なラマン散乱ピークの強度と感光層の誘電率との相関データの基づき、感光層の誘電率を演算することで、誘電率を測定することができる。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、感光層の深さ方向に関して微小領域の誘電率を、デバイス状態のまま簡易で瞬時に得ることのできるという優れた効果がある。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本実施形態の感光層誘電率測定装置で測定される代表的な感光層の概略構成図。
【図2】本実施形態の感光層誘電率測定装置の概略構成図。
【図3】ラマン散乱ピーク強度と誘電率εの相関データの一例。
【図4】NOガス曝露前と曝露後のラマン散乱スペクトルの一例。
【図5】コロナ帯電法による誘電率測定装置の概略構成図。
【図6】図5の誘電率測定装置で求めた帯電電位Vと電荷量Qとから誘電率εを算出する説明のグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明を、感光層誘電率測定装置に適用した一実施形態について説明する。
まず、本実施形態の感光層誘電率測定装置で測定される感光層について説明する。図1は、電子写真方式の画像形成装置に用いられる代表的な感光体である有機感光体(OPC)の概略構成図である。この感光体1は、アルミニウム基体2上に、中間層3、電荷発生層4、電荷輸送層5、表面層6を積層した多層膜構造であり、電荷発生層4、電荷輸送層5、表面層6が感光層をなしている。
【0014】
中間層3は、導電性基体に感光層を接着固定するバインダとしての機能をもち、帯電ムラ等の弊害を抑制するために「顔料の微細粒子」が含有される。電荷発生層4は、特定の波長の照射により「正負の電荷対」を発生させる層であり、電荷輸送層5は電荷発生層4で発生した電荷のうち所定極性のものを感光層表面へ輸送する機能を持つ層である。また、表面層6は感光層の寿命を向上させる為に、特に無機フィラーを分散した、削れ難い層にし、電荷輸送層5の膜厚を薄くする効果を狙ったものである。本実施例では、表面層6に粒径0.5μmのSiOフィラーを分散させている。
【0015】
上記中間層3、電荷発生層4、電荷輸送層5、表面層6の膜厚は、好ましくは、それぞれ、2〜6μm、1μm以下、15〜35μm、3〜10μm程度である。従って、感光層としての好ましい厚さは19〜46μm程度となる。また、中間層3の層厚は、上記の如く一般的に2〜6μmであるが、バインダとしての十分な機能や、導電性基体に対する光遮蔽効果を良好にするためには中間層3の厚さは3μ以上であることが好ましい。
【0016】
このような感光層では、例えば表面層6の誘電率測定のニーズがある。感光層の誘電率は、画像形成装置の帯電器から発生するオゾンや暖房機器でブルーヒータ等から発生するNOガス等の酸化性ガスの曝露により、誘電率は低くなり画像流れが発生しやすくなる。このため、感光層の耐環境性能として酸性化ガスを曝露させた後に感光層の誘電率を測定する。このうちオゾンによるものは浸透劣化型、NOガスによるものは表面劣化型ということが解明されてきた。感光層表面は、酸化や化学吸着物が付着して劣化しやすくなっており、これらは厚さが数nmから数十nmにおよぶと考えられる。例えば、3μmの表面層6では10nmが劣化すると、その割合は表面層の0.3%程となり、影響は無視できない。このように、NOガスによる誘電率の低下は感光層表面の表面層6で発生するため、表面層6の誘電率を測定したい。
【0017】
しかしながら、従来の誘電率の測定方法では、感光層全体をバルクとして扱っているため、感光層表面の表面層6の誘電率を測定することはできない。
【0018】
次に、本実施形態の感光層誘電率測定装置について説明する。本実施形態の感光層誘電率測定装置は、従来、物質の構造解析に用いられているラマン分光測定装置を用いて感光層のラマン散乱光スペクトルを取得する。そして、取得した感光層のラマン散乱光スペクトルを解析して、感光層の誘電率を算出するものである。
【0019】
まず、ラマン分光測定装置について説明する。ラマン分光測定装置は、ラマン分光法を用いたものであり、物体の構造解析を行う装置として広く利用されている。ラマン分光法は、レーザなどの単色光を物体に照射した際、物体の中の分子に入射光と相互作用するものがあると、入射光の振動数が変化して、その入射光と異なる波長の微弱な散乱光が観測される性質を用いている。ここで、入射光と等しい波長の散乱光をレイリー散乱光(弾性散乱光)と呼び、入射光と波長の異なる散乱光(非弾性散乱光)をラマン散乱光と呼ぶ。入射光に対して観測されるラマン散乱光は、物質に特有のものであり、ラマン散乱光のスペクトルを解析すると、その物体の化学構造、結晶性、配向などに関する情報の取得が可能である。
【0020】
ラマン分光法を用いるラマン分光測定装置では、顕微光学系を用いることにより、膜試料の深さ方向微小領域の情報が取得可能である。詳しくは、顕微光学系を用いて焦点面の膜試料に入射光を照射すると共に膜試料から反射光を集光し、反射光より微弱なラマン散乱光を抽出してラマン散乱光スペクトルを取得する。このラマン散乱光スペクトルを解析することで、深さ方向に関して焦点面近傍の微小領域の情報が取得可能となる。また、このようなラマン分光測定装置では、膜試料をデバイス状態のまま非破壊で測定でき、かつ、測定自体が簡易で瞬時におこなえるというメリットがある。
【0021】
しかし、光透過性の膜試料の分析を行う場合には、通常の顕微光学系では、焦点面のラマン散乱光に非焦点面からのラマン散乱光が重なってしまう。このため、抽出されたラマン散乱光スペクトルは焦点面近傍と非焦点面の情報を同時に含むような滲みが生じ、これによりラマン分光測定装置の空間分解能が低下してしまう。
【0022】
このような問題を解決するために、近年、共焦点顕微鏡光学系を用いた共焦点ラマン分光測定装置が開発され、ミクロな深さ方向解析の有力な測定装置として注目されている。共焦点顕微光学系では、焦点面からのラマン散乱光を、対物レンズの焦点面と光学的に共役となる様に配置したピンホールに透過させることにより試料焦点面からのラマン散乱光のみを検出することができる。これにより、深さ方向に0.5〜1μm程度の高い空間分解能を得ることが可能である。この状態で試料位置を深さ方向に移動することにより、深さ方向のラマン散乱光スペクトルのプロファイルが得られる。このため、共焦点顕微光学系を用いた共焦点ラマン分光測定装置では、膜試料の深さ方向にミクロン単位で解析をおこなうことができる。
【0023】
このようなラマン分光測定装置を感光層の構造解析に用いることができると考え、本発明者は、特開2008−116432号公報にて、感光層の深さ方向への構造解析に用いるためのラマン分光測定装置を開示している。このラマン分光測定装置は、感光層をドラム状のまま非破壊で、その深さ方向の微小領域の構造解析が瞬時に可能である。本発明は、このような顕微光学系を用いたラマン分光測定装置を、感光層の誘電率の測定に利用するものである。
【0024】
図2は、本実施形態の感光層誘電率測定装置の概略構成図である。この感光層誘電率測定装置は、感光層のラマン散乱光スペクトルを取得するラマン分光測定装置7と、ラマン分光測定装置7で測定されたラマン散乱光スペクトルを解析して誘電率を算出するCPU20として、相関データ格納部12と誘電率演算部13を備えている。
【0025】
ラマン分光測定装置7は、可視光のレーザ光源8と、分離光学素子と対物レンズとを有する顕微光学系9、分光器10、光検出器11とを備えている。
【0026】
まず、レーザ光源8より発せられたレーザ光束を集光レンズ19により集光させ、この集光レンズ19による焦点上に第1のピンホール15を位置させ、第1のピンホール15を透過した拡散する光束を、分離光学素子としてのダイクロイックミラー14を介して対物レンズ17に導く。この対物レンズ17により、光束を集光させる位置にドラム状感光体1の感光層が配置されるよう構成されている。
【0027】
その後、感光層上に集光された光束は、感光層からラマン散乱光を含んで反射され、対物レンズ17を経て、集束しつつダイクロイックミラー14に戻る。ダイクロイックミラー14に戻った光は、ダイクロイックミラー14の特性により、ラマン散乱光のみが検出手段である検出部10側に導かれる。
【0028】
さらに、この反射光はダイクロイックミラー14を通過して分光器10に導かれる前に一旦集光される。この集光位置すなわち対物レンズ17に対して焦点面と共役な位置に第2のピンホール16が設置する。これにより、感光層の表面層6上の1点にレーザ光を照射し、その点からのラマン散乱光成分のみを検出することができる共焦点顕微光学系を構成する。焦点面以外の深さからのラマン散乱光は、第2のピンホール16位置で焦点を結ばないために、第2のピンホール16により焦点面以外のラマン散乱光をブロックされる(図2中破線参照)。この結果、焦点面以外の膜内からの不要光や光透過性の膜内部からのラマン散乱光をほぼ完全に取り除くことが可能となる。また、第1のピンホール15と第2のピンホール16とは、ダイクロイックミラー14に対して共役な位置(ダイクロイックミラー14を対称軸とする位置同士)となっている。
【0029】
ラマン分光測定装置7では、レーザ光による感光層の励起と反射光の検出とを同一の対物レンズ17で行うことになるが、照明系と検出系で光束が2回絞られていることから、検出光は励起光強度分布と、ラマン散乱光強度分布のたたみ込み積分になり、光軸(深さ)方向の空間分解能とS/N比がともに高くなる。これにより、2μm以下の膜厚となる表面層6が感光層1にある場合でも、焦点を合わせることにより空間分解能の半分ほどの表面分析深さが確保でき、1μm以下分析深さで明瞭な表面層6からのラマン散乱光スペクトルを得ることが可能となる。このように、共焦点顕微光学系は、焦点面と共役なピンホールを備えることにより深さ方向に優れた空間分解能を達成することが可能となる。
【0030】
対物レンズ17として用いられる油浸レンズは、一般にガラス程度の屈折率を持つ油を対物レンズ17と表面層6との間に満たして、空気とレンズの屈折の影響を排除する工夫がなされたものである。これに対して、乾燥系のレンズを用いると、レンズから空気、更に表面層6と2箇所で光が通る媒質が変化し屈折(収差)が生じる。このため、表面層の表面近傍の微弱なラマン散乱光成分を取得することが困難となってしまう。
【0031】
油浸レンズと合わせて使用するエマルジョンオイルをレンズや表面層6と近い屈折率となる1.5〜1.6とすることにより、光の屈折の影響を排除できる。このことは、NAの大きな対物レンズ17を用いて、表面層6の分析深さ分解能を高める為には有効な手法である。
【0032】
共焦点顕微光学系を用いる場合は、NAが測定時の空間分解能(分析深さ)に大きく寄与する為、NAを1.2以上とすることにより、表面劣化型となる表面層近傍での誘電率評価が可能となってくる。また、エマルジョンオイルを用いることにより、膜表面での収差の影響を軽減できる為、感光層表面層の分析深さの精度が低下するという問題も解決できる。
【0033】
油浸レンズを用いる場合は、光学設計されたレンズ筐体にNA値が記載されている場合が多い。NAは対物レンズの性能を決める重要な値であり、焦点深度(分析深さ)、明るさに関係する値となる。NA(Numerical Aperture)とも呼び、以下の式で表されるものである。
NA=n・sinθ(ここで、nは膜と対物レンズ27との間の媒質の屈折率、θは光軸と対物レンズの最も外側に入る光線とがなす角を示す。)
【0034】
エマルジョンオイルの屈折率に関しては、購入時に通常は容器に屈折率が明示されている場合も多く、また分光エリプソメータによって実測することも可能である。
【0035】
入射光として励起に用いる可視光レーザ光源8は、検出対象となる感光層1に蛍光が発生せず、電子分極を伴う可視光領域(400〜800nm)の波長を選択すれば良く、一般には感光層1にダメージを与えない様に、数枚のNDフィルターの組み合わせを用いて減光させる。共焦点顕微光学系では、レーザ光を対物レンズ17により狭い領域に集中して照射するため、感光層1上では高強度の励起光となる。用いるレーザ光強度は、出射口で1〜100mW/cm程であれば良く、その後、対象となる感光層1での強度が数nW/μm〜数μW/μm範囲程度になる様に調整すれば良い。
【0036】
また、一般的にレーザ光強度が高いほど検出されるラマン散乱光強度も強くなりS/N比は向上するが、この時、試料破壊や褪色、強光への応答などが問題となってくる。測定対象と成る感光層ごとに吸収強度や光耐性などが異なる為、レーザ光強度の条件決定は最も重要な項目の一つとなる。なお、可視光レーザ光源8しては、波長が短い程、ラマン散乱ピーク強度が高くなり、S/N比が向上しさらに感光層1の測定深さ(空間分解能)が浅くなるため好適である。レーザ波長は対象膜となる表面層6と電荷輸送層5、電荷発生層4の光ダメージと、ラマン測定に好ましく無い膜の蛍光の除去を考えると、540nm以上であることが好ましく、また上述の様にラマン散乱強度を考えると、波長は短い程好ましく、検討の結果では800nm以下の範囲であると、好適な測定が可能となることが確かめられた。
【0037】
分離光学素子として用いるダイクロイックミラー14は、誘電体多層膜により、2つ以上の波長域の光に分離するミラーで、レーザ光源8からレーザ光の波長域を透過して、光透過性の膜試料からのラマン散乱光の反射光を透過する特性を有した場合と、逆にラマン散乱光となるレーザ光源より長波長の波長域を透過して、レーザ光源8の波長域光を反射する特性も有する。
【0038】
分光手段となる分光器10は、回折格子によりラマン散乱光を分光する。分光器10に入る直前の光路上に焦点面と共役な位置がある場合には、その部分のX−Y平面内に2つの直行するスリット(クロススリット)を置くことで、スリットの組に共焦点光学系でいう共焦点ピンホール(第2のピンホール16)の役割を担わせることが可能となる。これにより、Z軸方向の空間分解能が生じる。また、このクロススリットは、ラマン散乱光スペクトル取得時の波長分解能にも寄与する。
【0039】
図2に示す様に、第1のピンホール15を通ったレーザ光は、分離光学素子であるダイクロイックミラー14によって対物レンズ17の光路へ導かれる。その後、感光層1からのラマン散乱光はダイクロイックミラー14を介して分光器10及び光検出器11に導かれる。分光器10の前にも第2のピンホール16が置かれ、2つのピンホールはそれぞれ焦点を有する共焦点の位置に有る。
【0040】
第2のピンホール16を透過した光は、分光器10に入射し分光された後、光検出器となるマルチチャネル検出器(たとえば、CCD:Charge Coupled Device)、若しくはシングルチャネル検出器(たとえば、APD:Avalanche Photodiode)で検出される。
【0041】
次に、上記感光層誘電率測定装置で、NOxガスを曝露したドラム状感光体の感光層1の誘電率を測定するステップについて説明する。
まず、予め感光層1のラマン散乱ピーク強度データとその誘電率とを測定し、その相関データを相関データ格納部12に格納する。この相関データとは、いわゆる検量線に相当するものであり、これを作成するために、予め測定対象となる感光層のラマン散乱ピーク強度データと感光層誘電率データを取得するものである。また、NOxガスを曝露した表面層6の誘電率の変化を測定するために、予め表面層6だけのサンプルを作成し、感光層1のラマン散乱ピーク強度データとその誘電率とを測定し、その相関データを相関データ格納部12に格納する。
【0042】
相関データ測定用として、Al基板上に表面層6を有した平板形状のサンプルを数枚作製する。これを、図5に示すコロナ帯電法による誘電率測定装置にて、初期の感光層の誘電率を測定し、各感光層のサンプルがほぼ同じ誘電率を示す事を確認する(例えば、ε=2.3から2.4)。ラマン分光測定装置によりラマン散乱光スペクトルを取得する。
【0043】
次いで、NOxガスの曝露時間を多水準(例えば1、2、3、4、5日)を振った状態で、各感光層のサンプルにNOxガスの曝露を行い、各サンプル毎に曝露終了後、直ちにコロナ帯電法による誘電率測定装置にて誘電率を測定する。また、各サンプル毎にラマン分光測定装置によりラマン散乱光スペクトルを取得し、暴露前のラマン散乱光スペクトルと比較して特徴的なラマン散乱ピークを抽出し、そのラマン散乱ピーク強度データを得る。測定した誘電率とラマン散乱ピーク強度データとをCPU20に入力、記憶させることで、多水準のラマン散乱ピーク強度データと誘電率の相関データが、相関データ格納部12に格納される。この相関データの作成は、平板試料に限らず、ドラム状試料を用いても良いし、その趣旨を逸脱しない範囲で対応が可能であるのは言うまでも無い。
【0044】
また、実際のコロナ帯電法による誘電率測定装置では、前述した様に初期立ち上がり直後と飽和表面電位との交点を求める際に誤差が重畳されるため、誘電率が正確でない場合もある。この場合も、その趣旨を逸脱しない範囲で相関データの確からしさの改良が可能である。
【0045】
相関データを作る際、感光層が共有結合した膜であれば、分光エリプソメータでラマン散乱ピーク強度を取得するときと同じ可視領域波長で感光層の複素屈折率を取得し、理論式(ε=n)から誘電率を算出することが可能である。また、ラマン散乱ピーク強度と誘電率との関係の確からしさを向上させることも可能である。以上が、予め行う相関データの作成である。
【0046】
次に、実際にNOガスを曝露したドラム状感光体の感光層1の誘電率を図2の感光層誘電率測定装置で測定する。図示しないドラム保持治具上にNOガスを曝露したドラム状感光体を把持させ、ラマン分光測定装置7のレーザ光源8から顕微光学系9を介して表面層6に入射光(ラマン散乱励起光)を照射する。表面層6に照射された光は、ラマン散乱光を含んで反射され、顕微光学系9を介してラマン散乱光のみが検出手段である分光器10、光検出器11に導かれる。この反射光は、分光器10に導かれる前に一旦集光され、レーザ遮断光学系となるノッチフィルタ18を通過して、集光位置に配置された第二のピンホール16を通過して、分光器10に導かれる。さらに、分光器10で分光された後、光検出部11に導かれ、ラマン散乱光強度スペクトルが得られる。
【0047】
得られたラマン散乱光強度スペクトルから、この感光層に特徴的なラマン散乱ピーク強度を抽出し、相関データ格納部12と誘電率演算部13を有するCPU20に入力し、相関データ格納部12に格納されたラマン散乱ピーク強度と誘電率の相関データから測定対象の感光層の誘電率を算出する。この処理は、CPU20にて瞬時に行われる。図3は、本実施形態の感光層誘電率測定装置で用いられるラマン散乱ピーク強度と誘電率ε(インピーダンス計測)の相関データの一例をしめすグラフである。
【0048】
このような、本実施形態の感光層誘電率測定装置で、NOxガスを曝露したドラム状感光体の感光層1の誘電率を測定するステップによれば、予め作成した相関データ基いて、測定対象となるドラム状の感光層の誘電率を瞬時に算出できるので、感光層の誘電率が回復してしまう前の誘電率を測定でき、感光層の耐NOxガス性を評価する上で、有用な手段である。
【0049】
次に、一般的な誘電率と屈折率、及び、誘電率に纏わる結合状態と励起波長の関係について説明しておく。
一般的に誘電率には、界面分極、配向分極、イオン分極、電子分極の4つの寄与が有り、これらの寄与は物質の結合状態と電磁波の周波数に依って異なっている。本発明では、測定対象と成る膜試料が共有結合であれば好適である。また、電磁波が可視光領域の場合は、界面分極、配向分極、イオン分極の寄与は無い為、電子分極だけの寄与となる(佐藤勝昭・越田信義著:応用電子物性工学(コロナ社、1989)P.73参照)。
【0050】
例えば、シリコンの様な等極性の物質では界面分極、配向分極、イオン分極の影響がないため電子分極だけが寄与し、光学的(高周波数領域)に求めた誘電率(ε=n)は、インピーダンス法で測定したDC(低周波数領域)誘電率にほぼ等しくなる。具体的には、シリコンのDC誘電率:ε=13であり、可視光領域の屈折率:n=3.55あるから光学的誘電率ε=n=12.6となり、ほぼ同値である。
【0051】
一方、塩化ナトリウム(NaCl)はイオン結合のため、インピーダンス法で測定したDC誘電率にはイオン分極の寄与があり、光学的(高周波数領域)に求めた誘電率εとDC(低周波数領域)誘電率εとは一致しない。具体的には、塩化ナトリウムのDC誘電率:ε=5.9であり、可視光領域の屈折率:n=1.54であるから光学的誘電率ε=n=2.37となり、一致しない。
【0052】
結合には多くの種類が知られているが、有機物を構成する結合の殆ど全てが共有結合である。共有結合とは結合する2個の電子が互いに1個ずつ電子を出し合って、その2個の電子を結合電子とする場合をさしている。また低分子が重合して高分子になる場合も共有結合によるものである。図1に示す有機感光体では、表面層が紫外線硬化樹脂とするものであり、構成する結合が共有結合であるため、本発明の測定法を用いるのに適している。
【0053】
また、振動電場に応答する分極(或いは誘電率)を調べる場合、振動電場では誘電率を複素量(複素誘電率)として取り扱うこととしており、電気的領域では複素誘電率、光の領域では複素屈折率として取り扱っている。透明物質であれば、複素屈折率を正確に求めることは容易で、分光エリプソメータで複素屈折率(屈折率:nと消光係数:κ)を測定すれば良い。
【0054】
ここで、光の振動数における複素誘電率の実数部と虚数部はそれぞれ、
ε=ε’+iε’’となり、
ε’=n−κ
ε’’=2nκ
で与えられる。測定波長に対して透明物質なら消光係数:κ=0となる。よって、εは実数でε=nと表すことが可能なり、これが上述した誘電率と屈折率の関係になる。
【0055】
電磁波の低い周波数領域では配向分極の寄与に依って誘電率が高く、高い周波数領域では配向分極が寄与せず、イオン分極や電子分極のみが寄与するので誘電率は低くなる。これは、インピーダンス法から誘電率を計算すると高い電磁波の周波数領域では誘電率の測定値は文献値と一致することに対して、低い周波数領域では物質により誘電率が大きな値を示す物質と、高い周波数領域と値が同じ物質が有ることからも判断できる。
【0056】
次に、ラマン散乱ピーク強度と誘電率の関係について示す。ラマン活性は、分子の分極率が変化する場合に観測され、電子が電場により動かされ易ければ大きくなる。ラマン活性の場合、分極はイオンや電子が電界で移動することに依って起きるが、イオンも電子も重さがあるので、電界の振動が早すぎる(電磁波の周波数領域が高い)と、先ずイオン、次に電子の順番でついて行けなくなって分極が小さくなる。すなわち、可視光領域(電磁波の周波数が高い領域)では電子分極のみが寄与し、ラマン活性を示すのは電子分極のみとなる。
【0057】
ここで、一般に言われる電気分極は、前述した様に界面分極、配向分極、イオン分極、電子分極の寄与が足し合わされたものとなっており、光は膜中では電磁波ではなく、膜中で光と同じ振動数で振動する電気分極(可視域では電子分極)を伴った波として存在する。界面分極はセラミックなど多結晶体で見られる現象で、配向分極は液晶分子の様に永久双極子を持つ物質で見られる。またイオン分極はイオン結晶で見られる現象で、電子分極は電場に依って電子の起動が元の軌道からずれ、それに依ってプラスの原子核とマイナスの電子に偏りが出来て分極が起きるものなら何でも該当する。
【0058】
光が入射された場合の誘電体中の電子分極では、光の振幅は変らないが誘電体中で位相が変化(光の速度が変化)する現象が起きる。これが屈折率の変化となるので、電子分極の程度が大きければ、ラマン活性が大きければ、屈折率も大きくなると言える。理論的には、屈折率は二つの媒質における光速の比で決まり、任意の媒質における光速はマクスウェルの方程式から計算され、物質の比誘電率に依って決まる。よって、電磁波の可視光照射に伴う光学屈折率値は全て電子分極に基くものとなり、屈折率が大きい、すなわち、誘電率が大きいほどラマン活性が大きくなり、大きいラマン散乱ピークが検出される。本発明の誘電率測定方法は、以上の論理を利用したものとなっている。
【0059】
ラマン散乱光スペクトルの取得時には、ラマン分光法では光学系や感光層へのレーザ照射パワー及びラマン光を取り込む積算時間等に依って、ラマン散乱ピーク強度、スペクトルの半値幅、ピークシフト値が大きく変化することが知られている。このため、測定条件の変化に伴うラマン散乱光スペクトルの変化を排除する為に、予め測定前にリファレンスサンプルを用いて確認を行うようにすれば、得られる誘電率の精度が向上する。
【0060】
次に、本実施形態の感光層誘電率測定装置で、NOxガスを曝露したドラム状感光体の感光層1表面近傍の誘電率を測定した実施例および比較例を説明する。
【0061】
〔実施例1〕
図1に示す感光層を用い、NOガス曝露前と曝露後の表面近傍の誘電率を、図2の、ラマン分光測定装置を用いた誘電率測定装置で測定した。ラマン分光測定装置7としては、東京インスツルメンツ製 Nanofinder30を用い、表面層6のラマン散乱ピーク強度データと誘電率の相関データを格納した相関データ格納部12と誘電率演算部13を付与したものを用いた。入射光の波長は633nmの可視光領域を用いた。また、対物レンズ17に油浸レンズを用い、屈折率1.516のエマルジョンオイルを対物レンズ17と感光層との間に用いている。トータルのNAは1.4で、分析深さは0.5μmであった。
【0062】
この誘電率測定装置で、ドラム状の感光体を試料として、ラマン分光測定装置7でNOガス曝露前の表面近傍のラマン散乱スペクトルを取得した。図4に取得した表面層6(3μm膜)の表面近傍のラマン散乱スペクトルである。このラマン散乱スペクトルから、特徴的なラマン散乱ピーク強度を抽出して、相関データ(図3)に基いて誘電率を演算した。その後、ブルーヒータから発生する酸化性ガスの加速試験として、対象となるドラム状の感光体を、5ppm、35℃±2℃のNOガス雰囲気中に120時間放置するNOガス曝露を実施した。曝露後のドラム状の感光体を試料として、ラマン分光測定装置7でNOガス曝露前の表面近傍のラマン散乱スペクトルを取得した。なお、焦点面での測定位置は曝露前の測定位置近傍でエマルジョンオイルの付着していない非汚染箇所を選定した。図4の曝露前のラマン散乱スペクトルに重ねて、曝露前のラマン散乱スペクトルを示す。図4に示すように、NOガス曝露前と曝露後とで、特徴的なラマン散乱ピーク強度が変化している。この特徴的なラマン散乱ピーク強度を相関データ(図3)に基づいて誘電率を演算した。測定時間は装置操作を含めて1分程で、感光体の装置への取り付けを含めても5分程であり、NOガス曝露前と曝露後の表面近傍の誘電率測定を行うことができた。
【0063】
〔実施例2〕
実施例1において、屈折率1.479のエマルジョンオイルを用いてトータルのNAが1.2とした以外は、実施例1と同じ条件で測定を行い、NOガス曝露前と曝露後のラマン散乱ピーク強度のデータを抽出して、同様に表面近傍の誘電率測定を行うことができた。
【0064】
〔比較例1〕
実施例1において、表面層6のラマン散乱ピーク強度と誘電率の相関データを格納した相関データ格納部12のないラマン分光測定装置7(東京インスツルメンツ製 Nanofinder30)を用い、それ以外は実施例1と同じ条件で測定を行った。表面近傍の誘電率εを測定することはできなかった。
【0065】
〔比較例2〕
実施例1において、抽出されたラマン散乱ピーク強度から誘電率への誘電率演算部13がない、ラマン分光測定装置7(東京インスツルメンツ製 Nanofinder30)を用い、それ以外は実施例1と同じ条件で測定を行った。表面近傍の誘電率εを測定することはできなかった。
【0066】
〔比較例3〕
実施例1において、エマルジョンオイルの替わりに屈折率1.33の超純水を用い、油浸レンズの替わりに水浸レンズを用いてトータルのNAが1.1となった以外は、実施例1と同じ条件で測定を行った。分析深さが3μmと深くなってしまい表面近傍の誘電率を測定することはできなかった。
【0067】
以上、本実施形態によれば、感光層誘電率測定装置では、レーザ光源8と、感光層1に可視領域のレーザ光を照射すると共に感光層からのラマン散乱光成分を受光する分離光学素子としてのダイクロイックミラー14と、対物レンズ17として油浸レンズを用いエマルジョンオイルを対物レンズ17と感光層との間に用いていてトータルのNAを1.2以上としてものを有する顕微光学系9と、ラマン散乱光成分を分光する分光器10と、分光器により分光されたラマン散乱光の強度を検出する光検出器11とを有し光検出部11で検出されたラマン散乱光の強度からラマン散乱光スペクトルを得るラマン分光測定装置7を備える。また、予め測定された、感光層の特徴的なラマン散乱ピークの強度と誘電率との相関データとを格納する相関データ格納部12と、ラマン分光測定装置7で得られたラマン散乱光スペクトルから特徴的なラマン散乱ピークの強度を抽出して、相関データに基づき誘電率を演算する誘電率演算部13とを備え、ラマン分光測定装置7で得られたラマン散乱光スペクトルを解析してレーザ光を照射された焦点面近傍の感光層1の誘電率を測定する。
この感光層誘電率測定装置では、ラマン分光測定装置7により得た感光層1の深さ方向に関して微小領域のラマン散乱光スペクトルを解析して誘電率を演算することにより、深さ方向に関して微小領域の誘電率を測定することができる。具体的には、感光層1の微小領域のラマン散乱光スペクトルより感光層1の特徴的なラマン散乱ピークの強度を抽出する。そして、予め測定された感光層の特徴的なラマン散乱ピークの強度とそのときの感光層の誘電率との相関データに基づき誘電率の演算をおこなう。ここで、上述のように、入射光が可視領域では、ラマン分光測定装置で検出される変化は電子分極のみを考慮すればよく、ラマン散乱光の強度と誘電率とは相関関係が得られる。また、ラマン分光測定装置はドラム状の感光層であってもデバイス状態のまま測定でき、測定自体も簡易で瞬時に誘電率を測定することができる。
【0068】
また、本実施形態によれば、顕微光学系9が焦点面と共役な関係のピンホール16を有する共焦点顕微光学系であることにより、ラマン分光測定装置の空間分解能を向上させ、感光層のさらに微小領域の誘電率を測定することができる。
【0069】
また、本実施形態によれば、レーザ光の波長が540nm以上800nm以下であることにより、感光層のダメージを抑えつつ、効率よくラマン散乱光スペクトルを得ることができる。
【0070】
また、本実施形態によれば、ラマン分光法により感光層のラマン散乱光スペクトルを取得するステップと、ラマン散乱光スペクトル解析して測定対象となう感光層の特徴的なラマン散乱ピークの強度を抽出するステップと、予め測定された感光層のラマン散乱ピークの強度と誘電率との相関データベースに基づいて感光層の誘電率を算出するステップとを有することにより、測定対象となる感光層の誘電率を、瞬時に正確に測定することができる。
【0071】
また、本実施形態によれば、相関データベースは上記感光層の任意のラマン散乱ピーク強度値と、感光層誘電率との相関関係をしめすことにより、測定対象となる感光層の誘電率を、瞬時に正確に測定することができる。
【0072】
また、本実施形態によれば、感光層が共有結合しているものであることにより、電子分極以外の分極の影響を排除でき、測定対象となる感光層の誘電率を正確に測定することができる。
【0073】
また、本実施形態によれば、感光層表面からラマン散乱光成分を取得するステップにおいて、可視領域の入射光を用いることにより、電子分極以外の分極の影響を排除でき、測定対象となる感光層の誘電率を正確に測定することができる。
【0074】
また、本実施形態によれば、感光層誘電率測定装置を用いることにより、デバイス状態のまま、簡易で瞬時に誘電率を得ることができ感光層の耐NOxガス性を評価するのに有効である。
【符号の説明】
【0075】
1 感光体
2 アルミニウム基体
3 中間層
4 電荷発生層
5 電荷輸送層
6 表面層
7 ラマン分光測定装置
8 レーザ光源
9 顕微光学系
10 分光器
11 光検出器
12 相関データ格納部
13 誘電率演算部
14 ダイクロイックミラー
15 第1のピンホール
16 第2のピンホール
17 対物レンズ
18 ノッチフィルタ
19 集光レンズ
20 CPU
30 試料(感光層)
31 高圧電源
32 表面電位プローブ
33 ターンテーブル
34 クーロン計
35 記録計
36 電位計
37 モータ
【先行技術文献】
【特許文献】
【0076】
【特許文献1】特開2003−5578号公報

【特許請求の範囲】
【請求項1】
感光層の誘電率を測定する感光層誘電率測定装置であって、可視領域のレーザ光源と、該レーザ光源より感光層にレーザ光を照射すると共に該感光層からのラマン散乱光成分を受光する分離光学素子とNAが1.2以上となる油浸レンズとエマルジョンオイルとの組み合わせである対物レンズとを有する顕微光学系とを有し、該ラマン散乱光成分を分光してラマン散乱光の強度を検出しラマン散乱光スペクトルを得るラマン分光測定装置と、予め測定された該感光層の特徴的なラマン散乱ピークの強度と誘電率との相関データとを格納する相関データ格納部と、上記ラマン分光測定装置で得られたラマン散乱光スペクトルから該特徴的なラマン散乱ピークの強度を抽出して該相関データに基づき誘電率を演算する誘電率演算部とを備えたことを特徴とする感光層誘電率測定装置。
なお、NA(Numerical Aperture)は、対物レンズの性能を表す特性値であり、焦点深度(分析深さ)、明るさに関係する値で、以下の式で表されるものである。
NA=n・sinθ(nは膜と対物レンズとの間の媒質の屈折率、θは光軸と対物レンズの最も外側に入る光線とがなす角)
【請求項2】
請求項1の感光層誘電率測定装置において、上記顕微光学系は、焦点面と共役な関係のピンホールを有する共焦点顕微光学系であることを特徴とする感光層誘電率測定装置。
【請求項3】
請求項1または2の感光層誘電率測定装置において、上記レーザ光源により照射されるレーザ光の波長が540nm以上800nm以下であることを特徴とする感光層誘電率測定装置。
【請求項4】
ラマン分光法により得られた感光層の深さ方向に関して微小領域にラマン散乱光スペクトルを取得するステップと、該ラマン散乱光スペクトルから該感光層に特徴的なラマン散乱ピークの強度を抽出するステップと、予め測定された感光層のラマン散乱ピークの強度と誘電率との相関データベースに基づいて、該抽出されたラマン散乱ピークの強度から該感光層の誘電率を算出するステップとを有することを特徴とする感光層誘電率測定方法。
【請求項5】
請求項4の感光層誘電率測定方法において、上記相関データベースは上記感光層の任意のラマン散乱ピーク強度値と、感光層誘電率との相関関係をしめすことを特徴とする感光層誘電率測定方法。
【請求項6】
請求項4または5の感光層誘電率測定方法において、上記感光層が共有結合していることを特徴とする感光層誘電率測定方法。
【請求項7】
請求項4、5または6の何れかの感光層誘電率測定方法において、上記感光層表面からラマン散乱光成分を取得するステップにおいて、可視領域の入射光を用いることを特徴とする感光層誘電率測定方法。
【請求項8】
請求項4、5、6または7の何れかの感光層誘電率測定方法において、算出された誘電率を用いて上記感光層の耐NOxガス性を評価することを特徴とする感光層誘電率測定方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate


【公開番号】特開2011−112599(P2011−112599A)
【公開日】平成23年6月9日(2011.6.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−271430(P2009−271430)
【出願日】平成21年11月30日(2009.11.30)
【出願人】(000006747)株式会社リコー (37,907)
【Fターム(参考)】