説明

成形性の高いセルロースアセテート、及びその製造方法

【課題】 本質的に低結晶性で成形性に優れる低重合度のセルロースアセテートからなるフィルムを提供する。
【解決手段】 平均酢化度が58.0%以上で、粘度平均重合度(DP)が 200以上 290以下であり、粘度平均重合度(DP)に対する落球粘度法による濃厚溶液粘度(η)が下記の式(1)で表されることを特徴とするセルロースアセテートからなるフィルム。
【数1】

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、本発明はプラスチック素材、フィルム素材、繊維素材、医療用材料に有用なセルロースアセテート、特に成形性を要求される用途に有用なセルロースアセテート、及びその製造法に関する。
【背景技術】
【0002】
酢酸セルロース(CA)、特にセルローストリアセテート(CTA)は、優れた物性、特に易加工性と高い光学的性質を有しているため、プラスチック、繊維、フィルム(例えば写真用フィルム)などの分野において長年にわたり利用されている。またCAは生分解性などを有するため、近年では、地球環境保護の観点からも脚光を浴びている。
【0003】
一般的にCAは、セルロースを出発原料にして、無水酢酸を用いてエステル化されて得られる半合成高分子である。現在、市販されているCAは主に酢化度によって大きく2つのものに分けられる。1つは酢化度が60前後のCTA、もう1つはセルロースジアセテートであるが、その範囲は広く、酢化度で50〜58.0%ぐらいのものをセルロースジアセテート(CDA)と称している。それは、一方ではアセトンに可溶なCAという言い方もできる。
【0004】
さて、CA、特にCTAの用途としては、写真用フィルムのベース素材を始め、各種のフィルムとして使用される他、フィラメント、医療材料として使用されている。一般にCAの成形品は堅く、脆いということがあり、それは酢化度が高くなればなるほど顕著になる。高分子材料の物性はその結晶性に依存するところが大きい。すなわち、結晶性の高いものは、強度は出るが、柔らかさ、具体的には伸度が低くなり脆くなる。CTAも例外ではなく、その構造の不均一性に起因して結晶性が高い。すなわちCAの場合その酢化度が高くなれば結晶性は高くなる。また、一般に分子量の小さいものが核となって結晶を形成する。そこでCTA、CDAを用いる場合には可塑剤を添加して成形品にやわらかさを付与する処置がなされるのが一般的である。たとえば、ドライバーの柄などに用いられるアセテートプラスチックなどには、ジエチルフタレートなどフタル酸系の可塑剤を用いることが多い。また、CA、特にCTAの場合、その優れた透明性から各種フィルム素材としての用途があるが、フィルムが堅く、脆いという欠点があり、その物性的な欠点を補うため、やはりここでも可塑剤が用いられることが多い。可塑剤等の成分を添加することは、成形時のブリードアウトによる完成品の収率悪化を伴うだけでなく、経済的にも不利である。そこで、CTAの性能を有しつつ、成形品の物理強度に優れたCAが望まれていた。
【0005】
一方、CAの用途の拡大に伴って、加工技術の高度化が要求されているとともに、高速成形、高速紡糸、成形品の高速処理による作業の効率化が試みられている。例えば、フィルムの製造においては、CA溶液を流延し、高速でフィルム成形することが検討されている。
【0006】
このような高速化に対応して成形性を向上させるためには、低重合度化による溶液粘度の低下が考えられるが、この手法によると成形性と成形品の力学強度とは相反する。
【0007】
一方で、成形品によっては、成形性よりもむしろ成形品の力学強度からの要請が高いものや、逆に成形品の力学強度よりもむしろ成形性からの要請が高いものもある。このため、成形品の用途に応じて選択すべき重合度が異なってくる。
【0008】
例えば、写真用フィルムなどは、力学強度からの要請が高いために、材料の重合度は、例えば 290以上などの高重合度のものに限られるが、一方で、それ以外の成形品では、例えば薄膜コートやフィラメント、液晶保護膜などの中にはむしろ成形性からの要請が高い品種もあり、このような場合は逆に低重合度化が必須となってくる。従来は、このような低重合度のCA材料を用いると成形品が脆いなど、しなやかさに欠けていた。
【0009】
また、CAのうち広い用途で使用されているCTAは結晶性であり、結晶化度が高くなると、溶媒に対する溶解性が低下する。溶媒に対する溶解性及び成形性を向上させるためには、CTAの置換度を低下させることにより非晶質化又は低結晶質化することが有用であると思われる。しかし、CTAの酢化度を低下させると、吸湿性が増大し、成形品の寸法精度が低下する。
【0010】
このように、CAにおいては、通常、成形性を目的として低重合度の材料を用いた場合、しなやかな成形品を得ることは困難である。また、通常、結晶化度を低減することにより、溶媒に対する溶解性、耐湿性や成形性などを改善することは困難である。
【特許文献1】特開平7−112446号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
従って、本発明の目的は、CTAの特性をさらに高め、成形品の物性を向上させること、及びそのようなCA、特に低重合度のCAの製造方法を提供することにある。
本発明の他の目的は、本質的に低結晶性で成形性に優れる低重合度のCAを提供することにある。
【0012】
本発明の他の目的は、平均置換度が高いにも拘らず、溶媒に対する溶解性及び成形性の高い低重合度のCAを提供することにある。
【0013】
本発明のさらに他の目的は、溶液粘度が小さなCA溶液を用い、加工速度が大きな成形法により、耐湿性、寸法精度の高い成形品を得る上で有用な、低重合度のCAを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者等は、前記の目的を達成するため鋭意検討した結果、成形品の物性を向上させるためには、素材の結晶性を低くすることにより、成形品の物性、特にフィルム強度が向上し、しなやかさを増すことを見出だし、また、結晶化度などがCAの成形性に大きく影響することを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0015】
すなわち、本発明は、平均酢化度が58.0%以上で、粘度平均重合度(DP)が200以上 290以下であり、粘度平均重合度(DP)に対する落球粘度法による濃厚溶液粘度(η)が下記の式(1)で表されることを特徴とするCAに関する。
【0016】
【数2】

【0017】
また、本発明は、硫酸触媒量をセルロース 100重量部に対して10〜25重量部で反応することによって、平均酢化度が58.0%以上で、粘度平均重合度(DP)が200 以上 290以下であり、かつ粘度平均重合度(DP)に対する溶球粘度法による濃厚溶液粘度(η)が下記の式(1)で表されるCAを得ることを特徴とする、CAの製造方法に関する。
【0018】
【数3】

【0019】
また、本発明のCAは、溶融状態からの結晶化発熱量(ΔHcr)が5〜17J/gであり、成形性が高いという特色を有している。
【発明の効果】
【0020】
本発明のCAは、成形品の物性、特にフィルム強度が向上し、しなやかさが増したものである。さらに、結晶化発熱量が小さく、低結晶性であり、成形性に優れている。また、平均重合度及び平均置換度が高いにも拘らず、溶媒に対する溶解性が高く、成形性が大きい。そのため、溶液粘度が小さなCA溶液を用い、成形加工速度が大きな成形法により、耐湿性、寸法精度の高い成形品を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
本発明におけるCAは、セルロースの酢酸エステル(CA)であるのが好ましいものの、酢酸エステルを主成分とする限り、他の有機酸との混酸エステル〔例えば、炭素数3又は4程度の脂肪族有機酸とのエステル(例えば、セルロースアセテートプロピオネート、セルロースアセテートブチレートなど)、セルロースアセテートフタレートなど〕、無機酸との混酸エステル(例えば、硝酸酢酸セルロースなど)であってもよい。
【0022】
本発明における上記の式(1)は、本発明者等が行った実験から得たものである。粘度平均重合度 200以上 290以下のCAにおいては、一般的に重合度が高くなると濃厚溶液の粘度が指数的に増加していくのに対し、本発明のCAは、それとは異なる挙動を示す。そこで、粘度平均重合度と落球粘度法1による濃厚溶液粘度のプロットから、式(1)を算出した。尚、下記の式(2)を満たすことが特に好ましい。
【0023】
【数4】

【0024】
式(1)の下限に近い濃厚溶液粘度を示すCAほど、フィルム等成形品の強度に優れる傾向がある。式(1)の上限を上回る濃厚溶液粘度を示すCAは、フィルム等成形品の物理的強度が劣る。また、式(1)の下限を下回る濃厚溶液粘度を示すCAは、一般的に製造が困難である。
【0025】
尚、落球粘度法1による濃厚溶液粘度(η)の測定方法は以下の通りである。
落球粘度法1
CAを20重量%になるように、メチレンクロライド:メタノール=8:2(重量比)に溶解し、溶液を内径 2.6cmの粘度管に注入し、25℃に調温後溶液中に所定の鋼球(直径3.15mm、重量 0.135g)を落下させて、間隔10cmの標線間を通過する秒数を粘度とした。
【0026】
本発明のCAは、例えば、硫酸触媒法で製造できる。CAは、通常、セルロースを酢酸などにより活性化処理した後、硫酸触媒を用いて無水酢酸によりトリアセテートを調製し、ケン化(加水分解)により酢化度を調整する場合が多い。なお、前記CAの結晶化については、種々のファクター、例えば、反応過程での触媒量、反応温度、反応時間、熟成温度(ケン化温度)、熟成時間(ケン化時間)などが複雑に関与している。そのため、結晶化発熱量ΔHcr、平均重合度DP、酢化度は、前記ファクターを適当に組み合わせることにより、所定の範囲内に制御することができる。例えば、結晶化発熱量ΔHcrを簡便にコントロールするためには、比較的多量の硫酸を用いてエステル化するとともに重合度(DP)を調整する工程と、ケン化温度及びケン化時間とを組み合わせてコントロールすることが有用である。硫酸の使用量は、他のファクターにも依存するが、例えば、セルロース 100重量部に対して、9〜30重量部、好ましくは10〜25重量部程度である。また、ケン化温度は、例えば、50〜70℃程度であり、ケン化時間は、ケン化温度にも依存するが、例えば10〜50分程度の範囲から選択して組み合わせることができる。これらの中でも比較的多量の硫酸を用いる方法が特に好ましく、硫酸の使用量をセルロース 100重量部に対して10〜25重量部で反応せしめることにより、物性的に優れたフィルムを提供する素材となる。
【0027】
先述したように、フィルム等の成形品の物性は、その結晶性に依存している場合が多く、CTAの場合、不均一な分子構造故に結晶化しやすく、結果として、堅く、脆い成形品になりやすい。そこで、分子構造をCDAに近付けることによって、結晶性を損なわせしめることを考えて本発明を完成するに至った。
【0028】
一般に、CTAは、酢化度が60%前後であるが、市販のCTAは、概ね61%前後のものである。製造法におけるCDAとCTAの大きな違いは、一旦、トリアセテートにしてからの加水分解工程にある。CDAの場合、アセトンに溶解可能な酢化度まで加水分解を行う必要があるが、CTAの場合、酢化度は下がらない方が好ましく、CTAにおけるそれは、熱安定性向上のため、結合した硫酸を加水分解することが主な目的である。すなわち、触媒として添加している硫酸はセルロースに結合し、それ自身エステルとなっているのである。酢化反応中の硫酸触媒量を増やすと、それだけ結合する硫酸も多くなり、結果としてトリアセテート分子中の未置換水酸基を有するグルコース残基の分布がランダムになり、このようなCAでは分子の結晶化に関与する完全セルロースアセテート領域が少なく、結晶化しにくくなると考えられる。
【0029】
これは、従来のCTA製造方法で、加水分解工程で脱アセチルせしめることで従来のCTAよりも酢化度を低下させることでも可能であるが、本発明者等は、酢化段階で多量の硫酸触媒を用いることにより、より物性的に優れたCTAを得ることができることを見出した。
【0030】
本発明の平均酢化度は58.0〜62.5%である。これは、硫酸触媒を多量に用いる本発明の方法では、酢化度62.5%を超えるものは得にくく、また、酢化度62.5%を超えると、従来品との物性上の相違が少なくなること、酢化度58.0%未満では、吸湿性が高くなる等の点で、フィルムなどの成形品に不向きであることによる。尚、平均酢化度は58.0〜61.5%の範囲がさらに好ましく、58.0〜60.5%の範囲が特に好ましい。
【0031】
フィルム等の物性が向上した理由としては、分子の構造が不均一になり、成形時に無用の結晶を形成せず、その結果、フィルム中に非結晶部分が増えることにより、フィルムにしなやかさと更なる透明性を付与できるものと考えられる。さらに驚くべきことに、本発明の方法に従うと、常法により得られる同様の平均分子量を有するものより粘度が低く、生産性の点でも有利であることが分った。本発明で得られるCAが、従来品とは異なる溶融物性を示すこの事実は、先述した特異な分子構造を示唆するものである。
【0032】
本発明において、得られるCAの重合度は 200以上 290以下、好ましくは230以上 290以下であるが、これは、重合度 200未満のCAでは、得られるフィルム、フィラメントといった成形品の強度が極めて悪くなるからである。
【0033】
本発明のCAは、結晶化発熱量、すなわち結晶化度が小さく、溶媒に対する溶解性が高く、高い成形性を示すという特色がある。すなわち、CAは、溶融状態からの結晶化発熱量(ΔHcr)が5〜17J/g、好ましくは6〜17J/g(例えば、7〜16J/g)、さらに好ましくは10〜16J/g程度である。結晶化発熱量ΔHcrが5J/g未満では、溶媒に対する溶解性の低下に伴って、流延法などによる成形性が低下し、17J/gを超えると、結晶化度が高くなり、溶媒に対する溶解性が低下するとともに、溶液粘度が高くなり、高速での成形加工が困難となる。
【0034】
本発明のCAは、耐湿性及び寸法安定性が高いとともに、酢化度が高いにも拘らず、前記のような結晶化発熱量を有しているため、溶媒に対する溶解性が高いとともに、溶液粘度が低く、高速での成形加工性が高い。
【0035】
本発明のCAは本質的に結晶性が低いので、フィルム成形などに際して特殊な処理を施すことなく、高い成形性を維持しつつ、効率よく成形品を得ることができる。CAは、成形法の種類に応じた種々の形態(例えば粉末状、ペレット状など)で成形に供してもよいが、通常、CA溶液(ドープ)として使用する場合が多い。
【0036】
CA溶液の溶媒は、CAの酢化度などに応じて選択でき、例えば、クロロホルム、ジクロロメタン、ジクロロエタンどのハロゲン化炭化水素類;ニトロメタンなどのニトロ化合物;酢酸メチルなどのエステル類;アセトンなどのケトン類;メチルセロソルブアセテートなどのセロソルブ類などが例示できる。これらの溶媒は単独で又は混合して使用できる。さらに、四塩化炭素、メタノール、エタノール、プロパノール、イソプロパノール、ブタノール、イソブタノール、ジアセトンアルコールなどのアルコール類、ニトロプロパン、酢酸エチル、酢酸ブチル、プロピオン酸メチル、乳酸エチル、メチルエチルケトン、メチルセロソルブ、セロソルブアセテートやカルビトール類なども必要に応じて使用できる。
【0037】
前記のように本発明のCAは、酢化度が高くても溶媒に対する溶解性が高いため、溶液中のCA含有量、CA溶液の粘度は、用途に応じて選択できる。なお、CAの溶液粘度は、高速成形性、特に流延法や紡糸法における高速成形性の尺度となり得る。すなわち、溶液粘度の低いCAは、高速での流延塗布や紡糸を可能にするとともに、表面が短時間内に平滑化する(すなわち、レベリング性が高い)ので、高速で成形しても成形性が高く、成形品の生産性を向上できる。CAの溶液粘度は、高速での成形性を損なわない範囲で選択でき、例えば、CA17重量%及びトリフェニルフォスフェート3重量%を含む20%溶液粘度は、下記の落球粘度法2により、30〜200 秒、好ましくは40〜100 秒程度である。
落球粘度法2
CTAなどのCA17重量部を、トリフェニルフォスフェート3重量部と共に、混合溶媒〔n−ブタノール/メタノール/ジクロロメタン:3:15:82(重量比)〕80重量部に溶解し、トリフェニルフォスフェートを含めた固形分20重量%のCA溶液を調製する。この溶液を粘度管に注入し、25℃で溶液中に所定の鋼球を溶下させ、標線間を鋼球が通過する秒数を20%溶液粘度とする。
【0038】
本発明のCAの成形に際しては、他のセルロースエステル(例えば、セルロースプロピオネート、セルロースブチレートなどの有機酸エステル、硝酸セルロース、硫酸セルロース、リン酸セルロースなどの無機酸エステル)などを併用してもよい。また、CAには、必要に応じて、前記溶媒に加えて、種々の添加剤、例えば、エステル系可塑剤(例えば、トリアセチン、トリエチレングリコールジアセテート、トリエチレングリコールジプロピオネート、ジブチルフタレート、ジメトキシエチルフタレート、クエン酸トリエチルエステルなど)、無機粉体(例えば、カオリン、タルク、ケイソウ土、石英、炭酸カルシウム、硫酸バリウム、酸化チタン、アルミナなど)、熱安定化剤(例えば、カルシウム、マグネシウムなどのアルカリ土類金属の塩など)、着色剤などを添加してもよい。
【0039】
本発明のCAは、種々の成形法により、成形品を得ることができる。例えば、スピン法なども含む流延法によるフィルムやシート、薄膜コート、紡糸法によるフィラメントおよび繊維の製造に利用できる。さらに、本発明のCAはプラスチック、塗料のラッカー、電気絶縁材などの用途にも利用できる。
【実施例】
【0040】
以下、実施例によって本発明を説明するが、本発明はこの範囲に限定されるものではない。
【0041】
(1)粘度平均重合度の測定方法、及び算出方法
絶乾したCA約 0.2g(精秤)を、メチレンクロライド:エタノール=9:1の溶液 100mlに溶解する。これをオストワルド粘度計にて25℃で溶液の落下秒数を測定する。重合度を以下の式によって求める。一方、混合溶媒単独についても、上記と同様にして、落下秒数を測定し、以下の式によって粘度平均重合度を算出する。
【0042】
【数5】

【0043】
(式中、tは溶液の落下秒数、tは溶媒の落下秒数、cは溶液のCA濃度(g/リットル)を示す)。
【0044】
(2)結晶化発熱量(ΔHcr)の測定方法
CTAなどのCAの結晶性は、熱補償型示差走査熱量計(DSC)を用いて評価できる。すなわち、CAを混合溶媒(ジクロロメタン/エタノール:9/1(重量比))に溶解して、CAの濃度20重量%の溶液(ドープ)を調製し、不織布を用いて加圧濾過する。得られたドープを、平滑なガラス板上にバーコータを用いて流延し、1日風乾した後、生成したフィルムをガラス板から剥離し、80℃で4時間真空乾燥する。このようにして得られたフィルム状試料約10mgを標準アルミパンに詰め、熱量計の試料台に載せて、CAの種類に応じた溶融温度で短時間保持し、CAを溶融させた後、降温速度4℃/分で室温まで冷却し結晶化させる。尚、CTAの場合には 305℃で2分間保持することにより溶融させることができる。
【0045】
このようにして得られたDSC曲線の発熱ピーク面積から結晶化発熱量(ΔHcr)を求める。なお、DSCの測定は、窒素雰囲気下で行われ、温度較正は、In(融点:156.60℃)、Sn(融点:231.88℃)の2点較正により行われるとともに、熱量較正はIn(融解熱量:28.45 J/g)の1点較正により行われる。また、結晶化温度の解析法については、JIS K 7121-1987 の規定に準拠し、結晶化発熱量の解析法については、JIS K 7122-1987 の規定に準拠する。
【0046】
(3)酢化度の測定方法
酢化度はケン化法により測定できる。すなわち、乾燥したCTAなどのCA 1.9gを精秤し、アセトンとジメチルスルホキシドとの混合浴媒(容量比4:1)150ml に溶解した後、1N−水酸化ナトリウム水溶液30mlを添加し、25℃で2時間ケン化する。フェノールフタレインを指示薬として添加し、1N−硫酸(濃度ファクター:F)で過剰の水酸化ナトリウムを滴定する。また、上記と同様の方法により、ブランクテストを行う。そして、下記式に従って酢化度を算出する。
【0047】
酢化度(%):( 6.005×(B−A)×F)/W
(式中、Aは試料の滴定に要した1N−硫酸のml数、Bはブランクテストの滴定に要した1N−硫酸のml数、Fは1N−硫酸の濃度ファクター、Wは試料重量を示す)。
【0048】
(4)フィルム調製方法
力学強度の測定に供するフィルムは、所定量のCA、可塑剤を溶媒に溶解し、濾過した後、ガラス板上でクリアランスおよび流延速度が一定になるように流延し、乾燥することにより調整した。
【0049】
(5)フィルムの力学物性フィルムの力学強度は(i)引張伸度、(ii)引張強度、(iii)引裂強度、(iv)耐折強度の4種の試験を行った。それぞれの評価方法を以下に示す。
(i)引張伸度の測定
10cmに切り出したフィルムをISO1184−1983の規格に従い、初期試料長5cm、引張速度20mm/分で引張り、切断時のフィルム伸度から求めた。
(ii)引張強度の測定
10cmに切り出したフィルムをISO1184−1983の規格に従い、初期試料長5cm、引張速度20mm/分で引張り、切断時の荷重から求めた。
(iii)引裂強度の測定
5×6.4cm に切り出したフィルムをISO6383/2−1983の規格に従って、引裂に要した引裂荷重を求めた。
(iv)耐折強度の測定
12cmの長さに切り出したフィルムをISO8776−1988の規格に従って、折り曲げによって切断するまでの往復回数を測定した。
【0050】
実施例1
セルロース 100重量部を硫酸10.5重量部、無水酢酸 260重量部、酢酸 450重量部を用いて、常法によりエステル化を行った。その後、加水分解を行い、得られたCAは、酢化度60.8%、粘度平均重合度269 、結晶化温度(ピーク温度Tpc) 237℃、結晶化発熱量ΔHcr16.8J/gであった。この試料の粘度平均重合度と濃厚溶液落球粘度の関係は、η=298 で、 125<266 <η<339 となり、式(1)は満たすものの、式(2)は満たすものではなかった。
【0051】
実施例2
セルロース 100重量部を硫酸10.5重量部、無水酢酸 260重量部、酢酸 450重量部を用いて、常法によりエステル化を行った。その後、得られたCAは、酢化度60.6%、粘度平均重合度238 、結晶化温度(ピーク温度Tpc) 233℃、結晶化発熱量ΔHcr16J/gであった。この試料の粘度平均重合度と濃厚溶液落球粘度の関係は、η=135 、78<123 <η<143 となり、式(1)は満たすものの、式(2)は満たすものではなかった。
【0052】
実施例3
セルロース 100重量部を硫酸11.7重量部、無水酢酸 260重量部、酢酸 450重量部を用いて、常法によりエステル化を行った。その後、加水分解を行い、得られたCAは、酢化度60.2%、粘度平均重合度288 、結晶化温度(ピーク温度Tpc)225 ℃、結晶化発熱量ΔHcr14J/gであった。この試料の粘度平均重合度と濃厚溶液落球粘度の関係は、η=299 で、162 <η<408 <548 となり、式(1)及び式(2)を満たすものであった。
【0053】
実施例4
セルロース 100重量部を硫酸11.7重量部、無水酢酸 260重量部、酢酸 450重量部を用いて、常法によりエステル化を行った。その後、加水分解を行い、得られたCAは、酢化度60.2%、粘度平均重合度267 、結晶化温度(ピーク温度Tpc)225 ℃、結晶化発熱量ΔHcr14.2J/gであった。この試料の粘度平均重合度と濃厚溶液落球粘度の関係は、η=191 で、121 <η<254 <322 となり、式(1)及び式(2)を満たすものであった。
【0054】
実施例5
セルロース 100重量部を硫酸11.7重量部、無水酢酸 260重量部、酢酸 450重量部を用いて、常法によりエステル化を行った。その後、実施例3記載の方法よりも長時間の加水分解を行い、得られたCAは、酢化度59.8%、粘度平均重合度241 、結晶化温度(ピーク温度Tpc) 217℃、結晶化発熱量ΔHcr12.1J/gであった。この試料の粘度平均重合度と濃厚溶液落球粘度の関係は、η=107 で、82<η<133 <156 となり、式(1)及び式(2)を満たすものであった。
【0055】
実施例6
セルロース(水分4%含む)を酢酸で前処理活性化した後、セルロース 100重量部に対して硫酸14重量部、無水酢酸 260重量部及び酢酸 450重量部を用いてエステル化し、酢酸マグネシウムで中和した。得られたCAをケン化熟成することにより、結晶化温度(ピーク温度Tpc) 213℃、結晶化発熱量ΔHcr11.5J/g、粘度平均重合度280 、酢化度59.6%のCAを得た。このCTAの粘度平均重合度と濃厚溶液落球粘度の関係は、η=205 で、 145<η<342 <449.4 となり、式(1)及び式(2)を満たすものであった。なお、ケン化時間は12分である。
【0056】
実施例7
ケン化時間を15分に延長する以外、実施例6と同様にして、結晶化温度(ピーク温度Tpc) 209℃、結晶化発熱量ΔHcr10.7J/g、粘度平均重合度265、酢化度59.4%のCTAを得た。このCTAの粘度平均重合度と濃厚溶液落球粘度の関係は、η=156 で、 118<η<242 <305 となり、式(1)及び式(2)を満たすものであった。
【0057】
実施例8
セルロース 100重量部を硫酸20重量部、無水酢酸 260重量部、酢酸 450重量部を用いて、常法によりエステル化を行った。その後、加水分解を行い、得られたCAは、酢化度58.7%、粘度平均重合度247 、結晶化温度(ピーク温度Tpc)198 ℃、結晶化発熱量ΔHcr 7.4J/gであった。この試料の粘度平均重合度と濃厚溶液落球粘度の関係は、η=105 で、90<η<155 <186 となり、式(1)及び式(2)を満たすものであった。
【0058】
比較例1
セルロース 100重量部を硫酸8重量部、無水酢酸 260重量部、酢酸 450重量部を用いて、常法によりエステル化を行った。その後、加水分解を行い、得られたCAは、酢化度61.3%、粘度平均重合度260 、結晶化温度(ピーク温度Tpc)247 ℃、結晶化発熱量ΔHcr19.2J/gであった。この試料の粘度平均重合度と濃厚溶液落球粘度の関係は、η=386 で、 109<215 <267 <ηとなり、式(1)及び式(2)を満たすものではなかった。
【0059】
比較例2
セルロース 100重量部を硫酸8重量部、熱水酢酸 450重量部、酢酸 450重量部を用いて、常法により比較例1よりは短い時間でエステル化を行った。その後、加水分解を行い、得られたCAは、酢化度61%、粘度平均重合度277 、結晶化温度(ピーク温度Tpc) 241℃、結晶化発熱量ΔHcr17.9J/gであった。この試料の粘度平均重合度と濃厚溶液落球粘度の関係は、η=714 で、 140<320<417 <ηとなり、式(1)及び式(2)を満たすものではなかった。
【0060】
比較例3
セルロース(水分4%含む)を酢酸で前処理活性化した後、セルロース 100重量部を硫酸8重量部、無水酢酸 260重量部、酢酸 450重量部を用いて、常法によりエステル化を行った。その後、加水分解を行い、得られたCAは、酢化度60.9%、粘度平均重合度246 、結晶化温度(ピーク温度Tpc) 239℃、結晶化発熱量ΔHcr17.5J/gであった。この試料の粘度平均重合度と濃厚溶液落球粘度の関係は、η=210 で、88<152 <181 <ηとなり、式(1)及び式(2)を満たすものではなかった。
【0061】
比較例4
硫酸の使用量及びケン化時間を調整した以外、実施例6と同様にして、粘度平均重合度 134、酢化度57.6%のCTAを得た。このCTAの粘度平均重合度と濃厚溶液落球粘度の関係は、η=29で、式(1)及び式(2)を満たすものではなかった。このCTAの結晶化発熱量ΔHcrを測定したところ、結晶化の挙動が観察されず、結晶化発熱量ΔHcrは0J/gであった。また、結晶化発熱量の項で述べたのと同様にして、CA20重量%を含む溶液(ドープ)を調製したところ、CAが溶媒に完全に溶解せず、白濁しており、フィルム成形には適さなかった。フィルムの力学物性も引張伸度30/25(%)、引張強度 7.0/6.5 (kg/mm2 )、引裂強度13/11(gf)、耐折強度85/97(回)で実用には適さなかった。
【0062】
比較例5
硫酸の使用量を6重量部に低減するとともに、ケン化時間を40分とする以外は実施例6と同様にして、粘度平均重合度 280、酢化度61.8%、結晶化温度(ピーク温度Tpc)257 ℃、結晶化発熱量ΔHcr21.3J/gのCTAを得た。このCTAの粘度平均重合度と濃厚溶液落球粘度の関係は、η=912 で、145 <342<449 <ηとなり、式(1)及び式(2)を満たすものではなかった。
【0063】
比較例6
反応時間を短縮する以外は実施例3と同様にして、粘度平均重合度315 、酢化度60.2%、結晶化温度(ピーク温度Tpc)224 ℃、結晶化発熱量ΔHcr14J/gのCTAを得た。このCTAの濃厚溶液落球粘度の関係は、η=912 で、粘度平均重合度>290 であることから、式(1)及び式(2)を満たすものではなかった。
【0064】
そして、上記実施例1〜8及び比較例1〜5で得られたCAのフィルム成形性、フィルムの力学物性について調べたところ、表1に示す結果を得た。なお、フィルム成形性については、前記結晶化発熱量(ΔHcr)の項で述べたのと同様にして、CAを濃度20重量%で含む溶液(ドープ)を調製し、それぞれの溶液を間隔をあけて平滑なガラス板上に滴下し、バーコータを用いて各滴下試料を流延した後、塗布皮膜の表面状態を相対的に比較観察し、最も短時間内に表面が平滑化する試料を優とし、表面の平滑化に最も時間を要した試料を不可とする基準で、優、良、不可の順で序列化することによりフィルム成形性を評価した。
【0065】
【表1】

【0066】
表1より明らかなように、比較例1〜5のCAは、重合度の割に濃厚溶液の粘度が高くフィルム成形性が充分でない。また、比較例6のCAは重合度が 290よりも高いために濃厚溶液の粘度が高くフィルム成形性が充分でない。これに対して、実施例1〜8のCAは、重合度の割に濃厚溶液の粘度は低く成形性が高い。また、重合度が同程度であるにもかかわらず、比較例1〜5に比べて実施例1〜8のCAは成形品の物性、特にフィルム強度が向上し、しなやかさが増している。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
平均酢化度が58.0%以上で、粘度平均重合度(DP)が200以上290以下であり、粘度平均重合度(DP)に対する落球粘度法による濃厚溶液粘度(η)が下記の式(1)で表されることを特徴とするセルロースアセテートからなるフィルム。
【数1】

【請求項2】
溶融状態からの結晶化発熱量(ΔHcr)が5〜17J/gであるセルロースアセテートからなるフィルム。
【請求項3】
粘度平均重合度(DP)が230以上である請求項1又は2記載のフィルム。
【請求項4】
平均酢化度が58.0〜62.5%である請求項1〜3いずれかに記載のフィルム。
【請求項5】
フィルムが写真用フィルムである、請求項1〜4のいずれかに記載のフィルム。
【請求項6】
フィルムが液晶保護膜である、請求項1〜4のいずれかに記載のフィルム。
【請求項7】
酢酸セルロース17重量%及びトリフェニルフォスフェート3重量%を含む20%溶液粘度は、下記の落球粘度法により、30〜200秒であるセルロースアセテートからなるフィルム。
(落球粘度法)
セルローストリアセテートなどの酢酸セルロース17重量部を、トリフェニルフォスフェート3重量部と共に、混合溶媒〔n−ブタノール/メタノール/ジクロロメタン:3:15:82(重量比)〕80重量部に溶解し、トリフェニルフォスフェートを含めた固形分20重量%の酢酸セルロース溶液を調製する。この溶液を粘度管に注入し、25℃で溶液中に所定の鋼球を溶下させ、標線間を鋼球が通過する秒数を20%溶液粘度とする。


【公開番号】特開2007−9221(P2007−9221A)
【公開日】平成19年1月18日(2007.1.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−230492(P2006−230492)
【出願日】平成18年8月28日(2006.8.28)
【分割の表示】特願平8−200062の分割
【原出願日】平成8年7月30日(1996.7.30)
【出願人】(000002901)ダイセル化学工業株式会社 (1,236)
【Fターム(参考)】