説明

抗−RH式血液型Dモノクローナル抗体

本発明は、2つの重鎖および2つの軽鎖を有する四量体免疫グロブリン IgGIからなる抗-RhD モノクローナル抗体に関し、重鎖は68位にフェニルアラニン残基を有する配列番号2のアミノ酸配列を含み、軽鎖は配列番号4のアミノ酸配列を含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Rh式血液型(Rhesus)D 抗原に対する抗体(抗-RhD 抗体)に関する。
【背景技術】
【0002】
技術的背景
「Rh式血液型(Rhesus)陽性」または「Rh-陽性」は、D 抗原 (RH システムの抗原の1つ)に対する同種抗体によってその赤血球が凝集する個体に対して一般に与えられた用語であり、一方、「Rh式血液型陰性」または「Rh-陰性」とは、その赤血球が該同種抗体によって凝集しない個体をいう。
【0003】
新生児の溶血性疾患は大多数の場合において、Rh-陰性母親における抗-RhD 同種抗体の存在に起因し(Rh システムのその他の抗原に対する同種免疫はより稀である)、それはRh-陽性胎児において、子宮内輸血または重篤な場合において出生時の交換輸血を必要とする溶血性貧血をもたらす。
【0004】
母親の同種免疫は一般に以前の出産において胎児の赤血球が母体循環系に入る際に起こり、その胎児がRh-陽性であれば免疫化(immunization)を誘導する。
【0005】
新生児の溶血性疾患の予防は、Rh-陰性母親に、分娩または流産/妊娠中絶の直後に抗-RhD 抗体の注射を与えることにある。
【0006】
この目的のために現在用いられている抗-Rh式血液型(rhesus)抗体は、Rh-陽性赤血球に対して数回免疫されたRh式血液型-陰性ボランティアドナー由来のポリクローナル免疫グロブリンである。
【0007】
これは問題をもたらし、まず1つは需要を満たすのに十分な数のドナーの必要性に関し、第2は、ボランティアドナーの血液から得られる免疫グロブリン(immunglobulin) 調製物において存在しうるウイルスまたはその他の病原体による汚染のリスクに起因する。
【0008】
いくつかの抗-RhD モノクローナル抗体がポリクローナル抗体にかわるものとして生産されてきたが、臨床使用に利用可能なものはいまだにない(Sibaeril et al.、Clincial Immunology、2006、118:170-179)。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
Sibaeril et al.、前掲 (および特許出願 WO2001/77181)に記載されるラット骨髄腫 YB2/0 細胞によって生産されるT125 クローン(T125 YB2/0 クローンとして知られる)は、有望な候補であったが、分子内転移(intramolecular rearrangement)によって比較的に不安定である可能性がある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
発明の概要
本発明者らはこのたび安定性が改善された新規な抗-RhD モノクローナル抗体を開発した。
【0011】
IgG1 免疫グロブリンである該抗体は、配列番号1のヌクレオチド配列によってコードされる重鎖を含む。より具体的には、抗体は、2つの重鎖および2つの軽鎖から構成される四量体 IgG1 免疫グロブリンであり、重鎖は配列番号2のアミノ酸配列を含み、軽鎖は配列番号4のアミノ酸配列を含む。
【0012】
本明細書において、該抗体をR593 抗体と称する。
【0013】
R593 抗体は、EBV-変換(transformed)B リンパ球によって生産されたT125 A2 クローンに由来するR297 抗体の突然変異によって得られた。R297 抗体と同様に、R593 抗体は、2つの重鎖および2つの軽鎖から構成される四量体 IgG1であって、重鎖内(鎖あたり4)、軽鎖内(鎖あたり2) および鎖間(鎖あたり4)の16のジスルフィド架橋を形成する32のシステイン残基を含む。本発明のR593 抗体はR297 抗体と、重鎖の68位においてシステイン残基と異なりフェニルアラニン残基があることによって異なる。
【0014】
その抗原特異性は良好であり、望ましくない分子内転移がもはや不可能であるため安定性は改善されている。
【0015】
本発明の別の目的は、医薬上許容される賦形剤と組み合わせて該抗体を含む医薬組成物である。
【0016】
好ましくは、組成物はクエン酸塩緩衝剤(citrate buffer)を含む。
【0017】
有利にはそれは、賦形剤としてポリオール、例えば、マンニトールを含んでいてもよい。
【0018】
より好ましくは、それは非イオン(nonionic)界面活性剤を含む。
【0019】
特に好ましい組成物は、抗体を、30 mM クエン酸塩緩衝剤、pH 6.5、ポリソルベート 80、マンニトール、およびNaClとともに含む。例えば、組成物は、30 mM クエン酸塩緩衝剤、pH 6.5、400 ppm ポリソルベート 80、17g/L マンニトール、および3.25 g/L NaClを含む。別の組成物は、30 mM クエン酸塩緩衝剤、pH 6.5、301 ppm ポロキサマー (poloxamer)188、17 g/L マンニトールおよび3.25 g/L NaClを含む。
【0020】
発明の詳細な説明
抗体の産生
本発明のモノクローナル抗体は当業者に知られたいずれの方法によっても産生でき、例えば、抗体の重鎖または軽鎖をコードするヌクレオチド配列の発現および/または分泌を可能とする1以上のベクターによって形質転換された宿主細胞における組換えによって産生できる。ベクターは一般に、プロモーター、翻訳開始および終結シグナル、ならびに好適な転写調節領域を含む。それは安定に宿主細胞中に維持され、翻訳されたタンパク質の分泌のための特定のシグナルを所望により有していてもよい。これらの様々な成分は、用いられる宿主細胞によって当業者により選択および最適化される。
【0021】
本発明の特定の目的はそれゆえ抗体の重鎖をコードする核酸であり、該重鎖は配列番号2のアミノ酸配列を含む。
【0022】
本発明の別の目的は、本明細書において定義する核酸を含む、発現ベクター、例えば、ウイルスまたはプラスミドベクターである。ベクターは選択された宿主細胞において自律的に複製しうるか、またはそれは、問題の宿主細胞に組み込まれる(integrative)ベクターであり得る。抗体の軽鎖をコードする核酸を含む発現ベクターも有用である。本発明の別の目的は、本明細書において定義する抗体の重鎖および軽鎖をコードする核酸を含む発現ベクターである。
【0023】
かかるベクターは当業者に周知の方法によって調製され、その結果得られるクローンは、標準的方法、例えば、リポフェクション、エレクトロポレーション、ポリカチオン性試薬の使用、熱ショック、または化学的方法によって好適な宿主細胞に導入されうる。
【0024】
本発明の別の目的は、該1または複数のベクターによりトランスフェクトされた宿主細胞である。宿主細胞は原核または真核系から選択され得、例えば、細菌細胞だけでなく、酵母細胞または動物細胞、特に哺乳類細胞が挙げられる。昆虫細胞または植物細胞も用いることが出来る。
【0025】
別の側面において、本発明は目的として、本発明の抗体を産生する方法を有し、該方法は以下の工程を含む : a)好適な培地および条件下で本明細書において定義する重鎖および軽鎖を発現する宿主細胞を培養する工程; および b)培地または該培養細胞から産生された該抗体を回収する工程。
【0026】
産生方法の具体例は、例えば、国際特許出願 WO 96/07740に記載されるような昆虫細胞における産生である。この目的のために、モノクローナル抗体軽鎖の可変領域をコードする配列、またはモノクローナル抗体重鎖の可変領域をコードする配列を含む発現カセットが用いられ、該配列は、好適なプロモーター、例えば、バキュロウイルスプロモーターの転写制御下に置かれる。
【0027】
バキュロウイルスプロモーターの例としては、AcMNPVまたはSIMNPV バキュロウイルスのポリヘドリンおよびP10 プロモーター、またはバキュロウイルスプロモーターから得られ、昆虫細胞において機能的な合成または組換えプロモーターから構成されるバキュロウイルスプロモーターの誘導体が挙げられる。
【0028】
本発明はまた、本明細書において先に定義するような少なくとも1つの発現カセットを含む組換えベクターも提供し;この文脈において本発明は特に、R593 抗体の発現を可能とする組換えバキュロウイルス、ならびに該組換えバキュロウイルスの構築を可能とするトランスファープラスミドを含む。
【0029】
重鎖 (H 鎖)および軽鎖 (L 鎖)の同時の発現およびそれらの再会合による組換え抗体分子の形成を可能とするために、同じ発現ベクターにおいて2つのカセットを用いてもよい。このようにして、例えば、HおよびL 鎖のそれぞれをコードする配列が強力なプロモーターの制御下にある二重-組換えバキュロウイルスを調製してもよい。この目的のために、以下の工程にしたがうとよい:
1.一方がH 鎖のためであり、他方がL 鎖のためである、2つのトランスファープラスミドを別々に調製する;
2.昆虫細胞を次いでそのように構築されたトランスファーベクターのDNAおよびバキュロウイルスのDNAにより共トランスフェクトする。この共トランスフェクションは2段階にて起こる:野生型バキュロウイルスのポリヘドリン遺伝子の周囲の領域によって隣接される軽鎖遺伝子のための発現カセットを含むトランスファープラスミドが、野生型 AcMNPV バキュロウイルスのDNAとともに用いられ、培養中の昆虫細胞を共トランスフェクトする。ウイルスおよびプラスミドDNAの間の相同組換えにより、組換え免疫グロブリン軽鎖をコードする配列がウイルスゲノム中に移される。
3.トランスフェクトされた細胞におけるウイルス DNAの複製の後、組換え免疫グロブリン軽鎖配列を組み込んだ組換えバキュロウイルスの選択を行う。
4.続く工程において、細胞を上記にて得られた組換えバキュロウイルスのDNAと、バキュロウイルス P10遺伝子の周囲にある領域によって隣接されている組換え抗体重鎖をコードする遺伝子を担持する発現カセットを含むトランスファープラスミドのDNAとによって共トランスフェクトする。前記のように、相同組換えにより、重鎖遺伝子がウイルス DNAへと移される。
5.免疫グロブリン軽鎖および重鎖を同時に産生できる二重-組換えウイルスを次いで選択する。
【0030】
産生方法の別の例は、哺乳類細胞においてモノクローナル抗体を発現するためのウイルスまたはプラスミド発現ベクターの使用である。
【0031】
モノクローナル抗体の発現のための好ましい哺乳類細胞はラットYB2/0株、ハムスターCHO株、特に株 CHO dhfr- および CHO Lec13、PER.C6TM (Crucell)、293、K562、NS0、SP2/0、BHKまたはCOSである。
【0032】
さらなる産生方法は、トランスジェニック生物、例えば、植物(Ayala M、Gavilondo J、Rodreiguez M、Fuentes A、Enriequez G、Paerez L、Cremata J、Pujol M. Production of plclonal in Nicotiana Plants. Methods Mol. Biol. 2009; 483:103-34)あるいはトランスジェニック動物、例えば、ウサギ、ヤギまたはブタの乳汁(Pollock, D.P., J.P. Kutzko, E. Birck-Wilson, J.L. Williams, Y. Echelard and H.M. Meade. (1999) Transgenic milk as a method for the production of recombinant antibodies. Journal of Immunological Methods. 231:147-157)における組換え抗体の発現である。
【0033】
治療的適応
本発明の抗-RhD 抗体は、医薬、特にRh-陰性個体のRh式血液型(Rhesus)同種免疫の予防のための医薬として用いることが出来る。抗-D 免疫グロブリンのインビボでの作用機構は、Rh(D)-陽性赤血球のD 抗原に対する抗体の特異的結合、次いで基本的に脾臓における循環からのこれら赤血球の排除である。このクリアランスは個体における一次免疫応答の抑制の動態機構を伴い、それゆえ免疫化が予防される。
【0034】
したがって本発明の抗体は特にRh-D 陰性女性への投与により、新生児の溶血性疾患の予防のために有用である。
【0035】
実際、本発明の抗体は、Rh式血液型-陽性の子の誕生の直後にRh式血液型陰性女性の同種免疫を予防するために、および続いて起こる妊娠の際に、新生児の溶血性疾患(HDN)を予防するために; Rh式血液型 D 不適合の状況における妊娠中絶または子宮外妊娠の際に、あるいは羊水穿刺、絨毛膜生検またはRh式血液型 D 不適合の状況における外傷性産科触診に起因する経胎盤出血の際に、予防的に用いることが出来る。
【0036】
さらに、本発明の抗体は、血液または不安定な血液誘導体による Rh-不適合輸血の場合に用いることが出来る。
【0037】
本発明の抗体はまた、特発性血小板減少性紫斑病 (ITP)の予防または治療にも有用である。
【0038】
製剤
本発明の別の目的はそれゆえ、該抗体を活性成分として、1以上の医薬上許容される賦形剤と組み合わせて含む医薬組成物に関する。
【0039】
本明細書において、医薬上許容される賦形剤とは、副反応を引き起こさず、例えば、活性成分の投与を促進する、体内でのその半減期および/またはその効力を上昇させる、溶液中でのその溶解度を上昇させる、あるいはその貯蔵を改善させる、医薬組成物に組み込まれる化合物または化合物の組合せを意味すると理解されるべきである。
【0040】
これらの医薬上許容される賦形剤は当業者に周知であり、選択された活性化合物の性質および投与方法に応じて採用される。
【0041】
好ましくは、製剤は液体形態または凍結乾燥形態にて保存される。
【0042】
緩衝化合物を用いてもよく、例えば、炭酸塩、リン酸塩、クエン酸塩、酢酸塩、ホウ酸塩、トリメタミン[(2-アミノ-2-ヒドロキシメチル-1,-3-プロパンジオール),TRIS]、グリシンおよびリジンの形態にあるものが挙げられる(PDA Journal of Pharmaceutical Science and Technology, Vol. 51(4), 1997: Excipients and their use in injectable products (SANDEEP NEMA, R.J. WASHKUHN, R.J. BRENDEL, pp166-171))。
【0043】
クエン酸塩緩衝剤中の抗体組成物 (例えば、およそ 30 mM)は、特に安定であることが示された。pHがおよそ 5.5から7未満、好ましくはおよそ 6からおよそ 6.5の製剤が好ましい。
【0044】
本発明者らは、マンニトールおよびNaClの添加が、抗体の溶解度を上昇させることを示した。マンニトールおよびNaClの量は一般におよそ 300 mOsm/kgのオスモル濃度を得るように選択される。
【0045】
非イオン性ポリマー型の界面活性剤、例えば、ポリソルベート 80 (Tween(登録商標) 80)またはポロキサマー 188 型のポロキサマー(Pluronic F68(登録商標)またはLutrol F68(登録商標))の添加も有益であり、例えば、およそ 200からおよそ 600 ppm、好ましくはおよそ 300からおよそ 500 ppm、好ましくはおよそ 300からおよそ 400 ppmの量である。
【0046】
より具体的には、本発明は、30 mM クエン酸塩緩衝剤、pH 6.5、マンニトール、NaCl、およびポリソルベート 80またはポロキサマー、例えば、ポロキサマー 188の存在下で本発明の抗体を含む医薬組成物を提供する。
【0047】
好ましい医薬組成物は、30 mM クエン酸塩緩衝剤、pH 6.5、400 ppm ポリソルベート 80または301ppm ポロキサマー 188の存在下で本発明の抗体を含み、300mOsm/kgのオスモル濃度に達するのに十分なマンニトールおよびNaCl 濃度を有する。
【0048】
好ましくは、医薬組成物は、およそ 0.2 からおよそ 5 g/L の抗体、好ましくはおよそ 0.3 g/Lの抗体を含む。
【0049】
好ましくは、抗体は全身性経路によって、特に静注経路、筋肉内経路、皮内、腹腔内または皮下経路によって、あるいは経口経路によって投与される。より好ましくは、本発明の抗体を含む組成物は、時間をかけて行われる数回の投与によって与えられる。
【0050】
投与方法、用量およびその最適医薬形態は、患者にむけられた処置を確立する場合に一般に考慮される基準、例えば、患者の年齢または体重、患者の一般状態の重篤度、処置の耐容性および観察される副作用に基づいて決定されうる。
【0051】
以下の実施例および図面は例示の目的のために与えられ、限定するものではない。
【図面の簡単な説明】
【0052】
【図1】ベクター T125-H26の制限地図。
【図2】ベクター T125-DHFRの制限地図。
【図3】ベクター H416-24の制限地図。
【図4】ベクター T125-Phe68の制限地図。
【図5】ベクター H416-30の制限地図。
【図6】ベクター K416-23の制限地図。
【図7】ベクター HK463-18の制限地図。
【図8】ベクター T125-Phe68の構築の模式図。
【実施例】
【0053】
実施例 1: R297 抗体不安定性の同定
R297 抗体は、2つの重鎖および2つの軽鎖から構成されるIgG1 四量体であって、重鎖内(鎖あたり4)、軽鎖内(鎖あたり2)および鎖間(鎖あたり4)の16のジスルフィド架橋を形成する32のシステイン残基を含む。R297 抗体の重鎖 N-末端はまた、Cys68位に対を形成しないシステインを有する。この高度に反応性の遊離SH基の鎖内ジスルフィド架橋 Cys22-Cys96の近くでの存在は、競合および分子内転位をもたらし得、新しいジスルフィド架橋の形成を導く。
【0054】
本発明者らはこのたびR297のジスルフィド架橋および可能性のある分子内転位を同定した。
【0055】
この研究はその完全性(integrity)を保持するために非還元条件下でのペプチドマッピングにより行い、結果として得られたペプチドをMALDI-TOF 質量分析 (Matrix-Assisted Laser Desorption / Ionization Time of Flight Mass spectrometry)により同定した。
【0056】
結果は、以下のジスルフィド架橋の同定を導いた: 軽鎖についてCys23-Cys88、Cys134-Cys194; 重鎖についてCys22-Cys96、Cys153-Cys209 Cys270-Cys330およびCys376-Cys434。
【0057】
MALDI 質量スペクトルは、ジスルフィド架橋 Cys22-Cys68を含むジペプチド [20LSCTASGFTFK30]-[68CTFSR72] (配列番号5)に対応する質量1771.79 Daのペプチドを明らかにした(理論質量 1771.81 Da)。1771.797 Daの親イオンのMS-MS 分析は、このジペプチドの配列LSCTASGFTFK (配列番号6)およびCTFSR (配列番号7)を確認した。最後に、in situでの還元後、このピークは消失し、代わりにペプチド [68CTFSR72] (配列番号7)および[20LSCTASGFTFK30](配列番号6)の理論質量 (理論質量: 613.28および1161.57 Da) にそれぞれ対応する2つのイオンが613.28および1161.56 Daに現れた。対を形成しない Cys96を含むペプチドも同定された。したがってこれらの結果は、ジスルフィド架橋 Cys22-Cys68の存在を示す。
【0058】
同様に、MALDI スペクトルは、ジスルフィド架橋 Cys22-Cys96を含むジペプチド [73DNSQDTLYLQLNSLRPEDTAVYYCAR99]-[68CTFSR72] (配列番号8) (理論質量 : 3658.58 Da)に対応する質量 3658.54 Daのペプチドの存在を明らかにした。親イオンのMS-MS 分析はジペプチドの配列を確認した。このピークは標的の還元後に消失し、代わりにペプチド [68CTFSR72] (配列番号7)および[73DNSQDTLYLQLNSLRPEDTAVYYCAR99] (配列番号9)に対応する2つの質量イオンが現れた。遊離のCys22を含むペプチドも同定された。したがってこれらの結果は、ジスルフィド架橋 Cys68-Cys96の存在を示す。
【0059】
MALDI-MS 構造分析はR297のすべての鎖内ジスルフィド架橋を同定した。対を形成しないCys68は隣接するジスルフィド架橋 Cys22-Cys96と相互作用して架橋 Cys22-Cys68およびCys68-Cys96を形成することが注目された。これらの分子内転移は、Fab N-末端領域の三次元構造における変化を誘導し、抗原に対する親和性およびタンパク質の免疫原性に影響を与える可能性がある。これらの異なる形態の存在はしたがって、開発の際の最終生成物におけるこれらの形態の再現性および安定性の系統的な制御を伴うその定量を要求するであろう。
【0060】
実施例 2:突然変異体抗体の産生
材料および方法
常套の分子生物学方法を用いた。突然変異誘発をPCRによって行い、突然変異を有する領域を次いでPCRにより増幅し、中間ベクターへとクローニングした。最終ベクターは重鎖ベクターを軽鎖ベクターへとクローニングすることにより構築した。そのようにして得られた組換えプラスミドを次いで細菌に導入し (細菌の形質転換)、予測される配列と一致する配列についてスクリーニングし、選択されたクローンを次いで増幅することにより(細菌培養)、トランスフェクションに十分なベクターを得た。細菌培養の際に生産されたベクターを精製し、線状化してYB2/0 株にトランスフェクションした。
【0061】
以下のプライマーを用いた:
プライマー A2VH11
【化1】

下線のヌクレオチド: NdeI 制限部位
箱でかこったヌクレオチド: 突然変異塩基、TGC コドン (アミノ酸システインをコードする)からTTC コドン (アミノ酸フェニルアラニンをコードする)への突然変異。
【0062】
T125 A2のVH 領域に位置するこの5’プライマーは G→T 突然変異を導入する。
【0063】
プライマー GSP2ANP
【化2】

【0064】
この3’ プライマー (アンチセンス)は、 T125 A2のG1 定常領域の5’部分に位置する。
【0065】
以下のベクターを用いた:
- ベクター T125-H26
このベクターは、クローン T125 A2 のH 転写単位を含む(ベクター地図、図 1参照)。
- ベクター T125-DHFR
このベクターは、クローン T125 A2のHおよびカッパ 転写単位ならびにDHFR TUを含む (ベクター地図、図 2参照)。
- ベクター H416-24
この中間重鎖ベクターはクローン T125 A2のH 転写単位を含む(ベクター地図、図 3参照)。
- H416-30
この重鎖発現ベクターは抗体 VH 可変領域においてC68F 突然変異を担持する。それはC68F 突然変異を担持するプラスミド T125-Phe68 (地図、図 4)および中間のイントロンのないベクター (地図、図 5)から得られた。
- ベクター K416-23
この軽鎖発現ベクターはクローン T125 A2のカッパ 転写単位およびDHFR 転写単位を含む (地図、図 6参照)。
【0066】
結果:
クローン T125 A2 (免疫されたドナーからのEBV-変換 B リンパ球)に由来するR297 抗-D 抗体の配列決定は、重鎖可変領域 (VH)が68位{Kabat’s 命名法にしたがうとフレームワーク 領域 3 (Kabat からのFWR3)に位置する67位 [Kabat et al., "Sequences of Proteins of Immunological Interest", NIH Publication, 91-3242 (1991)] }にシステインを有することを示した。該抗体はそれゆえジスルフィド架橋に関与する22位および96位(Kabat 命名法における22位および92位)の2つのシステインに加えてもう1つのシステイン残基を含む。
【0067】
突然変異誘発を、重鎖ベクター T125-H26上のVH 配列の3’領域からの断片の、先に記載したプライマーを用いるPCR 増幅によって行った。アミノ酸システインをコードするTGC コドンをアミノ酸フェニルアラニンをコードするTTC コドンによって置換した。
【0068】
得られたこのVH の3’断片を市販の中間ベクター (T125-H26からのVH 5’断片を含む)においてVHの5’断片とライゲーションした。突然変異VH 断片に対応するその結果得られたPhe68 VH 断片を、次いでベクター T125 DHFRに挿入し、最終発現ベクター T125-Phe68を作成した(図 8に模式的に示す)。
【0069】
ベクター T125-Phe68はそれゆえT125 A2のカッパ 転写単位 (TU) および突然変異H (F68) 転写単位を含む。突然変異の存在は4つのクローンの配列決定により確認した。
【0070】
突然変異 H (F68)およびT125 A2 抗-D 抗体のカッパ転写単位(TU)を含む最終発現ベクター HK463-18 (地図、図 7参照)を、軽鎖ベクター K416-23 (カッパおよびDHFRについてのTUを含む)を最適化重鎖ベクター H416-30 (VH 領域にC68F 突然変異を担持する重鎖をコードする)にクローニングすることにより構築した。これら2つの発現ベクターは、YB2/0 株の共トランスフェクションに以前に用いたものであった。
【0071】
実施例 3: 突然変異体抗体の機能的特徴決定
本研究は、T125 抗-D 抗体の機能的活性に対するC68F 突然変異の効果を評価した。
【0072】
血液をボランティアドナーから、Rungis にあるEtablissement Francais du Sang (EFS)により供給された7 mLのクエン酸塩(citrate) チューブに収集した。
- Rh式血液型 D 陰性赤血球(無差別に群ABO)
- Rh式血液型 D 陽性赤血球群 O R1R1 (最適抗原密度)。
【0073】
3.1. Fab 断片に特異的に関連する機能の研究
D エピトープ認識の特異性の研究
用いたアッセイ条件において、非特異的自己蛍光対照との比較において、Rh式血液型陰性ドナーからの赤血球に対する非-突然変異体 (C68)または突然変異体 (F68) 抗-D 抗体の結合は観察されなかった。これは、これら2つの抗体のD エピトープ認識の特異性を確認する。
【0074】
抗-D 特異的活性(specific activity)のサイトメトリー判定
非-突然変異体 (C68)および突然変異体 (F68) 抗体の特異的活性は同一であった(15% 信頼区間)。Fab 断片の機能性は試験した2つの抗体について同様である。
【0075】
抗-D 抗体により飽和されたかまたはされていないO+ R1R1 赤血球の間でのサイトメトリーによるインビトロ競合研究
競合の実験条件において、試験した3つの抗体についての解離定数は同等であった。したがってC68F 突然変異は解離定数に対して影響を有さないと結論されうる。
【0076】
結論
これらのデータによると、抗原特異性および特異的抗-D活性は、非-突然変異体 (C68)および突然変異体 (F68) 抗-D 抗体について同一である。それゆえ、Fab 断片の機能性 (抗原-抗体認識部位)は、C68F 突然変異によって改変されないようである。
【0077】
3.2.抗-D 抗体のFcおよびFab 断片のインビトロ機能試験
非-突然変異体 (C68)および突然変異体 (F68) 抗-D 抗体を、抗原への抗体結合およびそれらのFc 断片とCD16 (FcγRIII 受容体)との関与(engagement)を測定する2つの試験において評価した。
【0078】
ADCC 活性 (抗体依存性細胞毒性)
非-突然変異体 (C68)および突然変異体 (F68) 抗体の間にADCC 活性における主要な相違はなかった;これらすべての抗体について観察されたパーセンテージ溶解は、R297 抗体のものとWinRho ポリクローナル抗体のものとの間であった。曲線は、抗体活性のより正確な比較のためにPRISM ソフトウェアの助けによりモデリングする(modeled)必要があった。
【0079】
Emax 値(最大活性の抗体濃度)は非-突然変異体 (C68)および突然変異体 (F68) 抗体についてそれぞれ46 ± 7 ng/mLおよび48 ± 2 ng/mLであった。EC50 (最大活性の50%をもたらす抗体濃度)は、非-突然変異体 (C68) および突然変異体 (F68) 抗体についてそれぞれ、20 ± 3 ng/mL および21 ± 2 ng/mLであった。
【0080】
曲線モデリング(modeling)およびEmaxおよびEC50値は、C68F 突然変異が抗体のADCC 活性に影響を有さないことを示す。
【0081】
CD16 活性化
CD16 パーセンテージ活性化は非-突然変異体 (C68)および突然変異体 (F68) 抗体についてそれぞれ、104 ± 7% および100 ± 16% であった。
【0082】
結論
これらのデータは、ADCC 活性およびCD16 活性化がC68F 突然変異によって改変されていないことを示す。
【0083】
これらの様々な試験の結果は、Fab ドメイン (特異性、特異的活性、解離) およびFc ドメイン (ADCC、CD16 活性化)が有するT125 A2 抗-D 抗体機能は、C68F 突然変異によって改変されないことを示す。
【0084】
実施例 4:突然変異体および非-突然変異体クローンの比較構造研究
非-突然変異体 (C68)および突然変異体 (F68) 抗-D 抗体におけるグリカンの特徴決定をHPCE-LIF (高性能キャピラリー電気泳動法 - レーザー誘起蛍光)によって行った。
【0085】
非-突然変異体 (C68)および突然変異体 (F68) 抗-D 抗体のグリカン地図は、二分枝の(bi-antennary)、非シアル酸化ガラクトシル化(agalactosylated) フコシル化または非フコシル化形態(G0F、G0)およびモノガラクトシル化フコシル化または非フコシル化形態(G1F、G1)を示す類似のプロファイルを有していた。優勢な形態は常にガラクトシル化(agalactosylated)タイプ(G0)であった。フコシル化形態のパーセンテージにおいて相違があり、突然変異体 (F68) 抗-D 抗体についてより低かった。突然変異体構造はまた、分岐する位置、即ち2つのアンテナの間にN-アセチルグルコサミン (GlcNAc) 残基を含んでいた。これらの分岐する GlcNAc 構造は非-突然変異体 (C68) 抗-D 抗体においては存在しなかった。
【0086】
フコシル化の程度および分岐する GlcNAcにおけるこれらの構造的相違は、ADCC 活性またはCD16 活性化に影響を与えなかった。グリコシル化プロファイルにおける相違はおそらくは突然変異とは関連していない。実際、YB2/0 株において産生された異なるモノクローナル抗体の研究は、グリコシル化プロファイルは異なるクローンにおいても非常に異なっているだけでなく、同じクローンについての培養時間によっても非常に異なっていることを示している。
【0087】
T125 A2 クローンの重鎖可変領域における68位のシステイン→フェニルアラニン突然変異(C68F)はPCRによって作成した。G→T 点突然変異を担持する重鎖可変領域配列をT125-Phe68 プラスミドから増幅し、最適化重鎖ベクター H416-30にクローニングした。次いで、特有の(unique)発現ベクター HK463-18をH416-30 重鎖ベクターおよび K416-23 軽鎖ベクターから構築した。突然変異の存在は、FDA品質の(quality)配列決定によって確認した。この特有のベクターに由来する突然変異体 F68 抗体はそれゆえ YB2/0 株において産生されうる。
【0088】
機能分析により、抗原認識の特異性、抗-D 特異的活性および解離定数はC68F 突然変異によって改変されないことが示された。さらに、ADCC 活性およびCD16 活性化に影響はなかった。
【0089】
非-突然変異体 (C68)および突然変異体 (F68) クローンの間にはいくつかの構造的相違があった。突然変異体 (F68) クローンは分岐する位置においてより低い程度のフコシル化およびN-アセチルグルコサミン (GlcNAc)を有していた。このグリコシル化プロファイルにおける相違は抗体の機能性に影響を与えなかったため、おそらくC68F 突然変異とは無関係である。
【0090】
結論として、C68F 突然変異を有する本発明の抗-D 抗体は、T125 A2 クローンのR297 抗体と類似の機能性を有する。
【0091】
実施例 5:抗体の製剤
以下の製剤を調製した。
表1. Tween (登録商標) 80を用いる抗体製剤:
【表1】

pH=6.5
【0092】
表2. Lutrol (登録商標) F 68 を用いる抗体製剤:
【表2】

pH=6,5
【0093】
製剤を数ヶ月間にわたる安定性試験に供した。安定性基準には、製剤を含むボトルの頻繁な目視検査(色、乳白光および粒状物質の可能性のある存在を評価するため)、pHの制御、オスモル濃度、抗体分解の評価(還元および非還元条件におけるSDS PAGEによる)、可能性のある抗体凝集の制御が含まれた。純度の試験も IEF (等電点電気泳動法)および HPSEC (高性能サイズ排除クロマトグラフィー)によって行った。酸化状態はRP-HPLCによって判定した。
【0094】
製剤は5℃で12ヶ月および25℃で少なくとも4ヶ月安定であった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
2つの重鎖および2つの軽鎖から構成される四量体 IgG1 免疫グロブリンである抗-RhD モノクローナル抗体であって、重鎖が配列番号2のアミノ酸配列を含み、軽鎖が配列番号4のアミノ酸配列を含む、抗体。
【請求項2】
抗体の重鎖をコードする核酸であって、該重鎖が配列番号2のアミノ酸配列を含む核酸。
【請求項3】
例えば請求項 2に規定する核酸を含む発現ベクター。
【請求項4】
請求項 3のベクターによってトランスフェクトされた宿主細胞。
【請求項5】
請求項 1の抗体の生産方法であって、以下の工程を含む方法: a)好適な培地および培養条件にて配列番号2の配列を含む抗体重鎖および、配列番号4の配列を含む抗体軽鎖を発現する宿主細胞を培養する工程; および b)該生産された抗体を培地または該培養細胞から回収する工程。
【請求項6】
医薬としての請求項 1の抗体。
【請求項7】
請求項 1の抗体を医薬上許容される賦形剤と組み合わせて含む医薬組成物。
【請求項8】
クエン酸塩緩衝剤を含む請求項 7の組成物。
【請求項9】
非イオン界面活性剤を含む請求項 7または8の組成物。
【請求項10】
30 mM クエン酸塩緩衝剤、pH 6.5、ポリソルベート 80またはポロキサマー、マンニトールおよびNaClを含む請求項7から9のいずれかの組成物。
【請求項11】
30 mM クエン酸塩緩衝剤、pH 6.5、400 ppm ポリソルベート 80、17 g/L マンニトールおよび3.25 g/L NaClを含む請求項 10の組成物。
【請求項12】
30 mM クエン酸塩緩衝剤、pH 6.5、301 ppm ポロキサマー 188、17 g/L マンニトールおよび3.25 g/L NaClを含む請求項 10の組成物。
【請求項13】
抗体濃度が0.3 g/Lである請求項10から12のいずれかの組成物。
【請求項14】
Rh-陰性個体のRh式血液型同種免疫の予防における使用のための請求項 1の抗体。
【請求項15】
RhD-陰性女性への投与による新生児の溶血性疾患の予防のための、請求項 14の抗体。
【請求項16】
特発性血小板減少性紫斑病 (ITP)の予防または治療のための請求項 1の抗体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8−1】
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【図8−2】
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【公表番号】特表2012−519478(P2012−519478A)
【公表日】平成24年8月30日(2012.8.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−552493(P2011−552493)
【出願日】平成22年3月5日(2010.3.5)
【国際出願番号】PCT/FR2010/050376
【国際公開番号】WO2010/100383
【国際公開日】平成22年9月10日(2010.9.10)
【出願人】(510257525)エルエフベ−バイオテクノロジース (6)
【氏名又は名称原語表記】LFB−BIOTECHNOLOGIES
【Fターム(参考)】