説明

抗肥満剤のスクリーニング方法

【課題】短期間で精度良く抗肥満剤をスクリーニングする方法や、かかるスクリーニング方法により得られる抗肥満剤や、抗肥満用食品・抗肥満用飼料や、脂肪細胞の分化の程度を短期間で精度良く判定する方法を提供すること。
【解決手段】分化した脂肪細胞を、被検物質の存在下に培養した後、細胞内のミトコンドリアの形態を観察し、分化した脂肪細胞中の断片化及び/又は凝集したミトコンドリアが、チューブ状のネットワークを形成しているとき、前記被検物質が抗肥満剤であると評価することにより抗肥満剤をスクリーニングする。また、高級脂肪酸で処理したHela細胞を、被検物質の存在下に培養した後、細胞内のミトコンドリアの形態を観察し、高級脂肪酸で処理したHela細胞中の断片化及び/又は凝集したミトコンドリアが、チューブ状のネットワークを形成しているとき、前記被検物質が抗肥満剤であると評価することにより抗肥満剤をスクリーニングする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、脂肪細胞の細胞膜H−ATP合成酵素を分子標的とした、抗肥満剤のスクリーニング方法、該スクリーニング方法により得られたH−ATP合成酵素の触媒部位Fを標的とするF阻害剤を有効成分とする肥満症、高脂血症、高血圧、糖尿病、動脈硬化症、癌、慢性間接リューマチ、糖尿病網膜症等に係わる治療薬、予防薬、研究用試薬等として用いることができる抗肥満剤、前記F阻害剤を有効成分として含有する抗肥満用食品や抗肥満用飼料等に関する。
【背景技術】
【0002】
近年我国では、食生活の欧米化にともない、栄養豊富な食事、例えば、動物性蛋白質、動物性脂肪あるいはインスタント食品、ファーストフード等の摂取量が著しく増加している。そのためカロリー摂取量が増加し、過食による栄養過多さらに運動不足などの原因により、肥満が著しく増加しており、今後も増加傾向にあると考えられる。また、肥満が原因となり、糖尿病、高血圧症、心血管障害、高脂血症、動脈硬化等の種々の疾患に罹る危険率も高くなり、先進国の国民の健康を脅かす大きな社会問題となっている。肥満は、体質的因子、食餌性因子、精神的因子、中枢性因子、代謝性因子、運動不足などが要因となり、結果的に摂取カロリーが消費カロリーを上回り、脂肪が蓄積して起こると言われている。肥満では、生体内における個々の脂肪細胞の蓄積している脂肪、すなわちトリグリセリド量が増加し細胞が肥大化している。また近年、成人期以降でも脂肪細胞数が増加することが明らかとなり、前駆脂肪細胞から成熟脂肪細胞への分化を抑制し、成熟脂肪細胞数を減少させることや、成熟脂肪細胞の脂肪蓄積を抑制することにより肥満の進行を抑え、肥満を改善させることが期待されている。
【0003】
脂肪組織は、生体内余剰エネルギーを脂肪として蓄積する器官であり、脂肪細胞やその前駆細胞、マクロファージ、血管周囲細胞、血液細胞等から構成されている。脂肪細胞は、その前駆細胞が食物摂取や運動などの環境因子などから派生する数多くの因子によって分化(分化誘導)され、成熟型脂肪細胞(成熟脂肪細胞)となり、細胞内に脂肪を蓄積する。また、前駆型脂肪細胞(脂肪前駆細胞)や脂肪細胞自身が細胞分裂を繰り返し細胞の数が増えることも知られている(例えば、非特許文献1参照。)。また近年、成人期以降でも脂肪細胞数が増加することが明らかにされている。脂肪組織の増大の要因として、脂肪細胞の大きさの増大によるもの(肥大性肥満)、脂肪細胞の数の増大によるもの(過形成性肥満)、あるいは両方の増大によるもの(肥大性−過形成性肥満)がある。したがって、脂肪細胞やその前駆細胞の数を減少させることや、前駆型脂肪細胞から脂肪細胞へと分化・脂肪蓄積(成熟)するのを抑制したり、脂肪細胞の肥大化を抑制することで蓄積脂肪量の増加を抑制することにより、肥満の進行を止め、肥満を治療することが期待されている。
【0004】
現在、肥満の治療法には、一般的にカロリー制限による食事療法、運動療法、薬物療法、及びその組み合わせがある。また、薬物療法では、マジンドール(mazindol)やペンタミン(phentermine)などのアドレナリン作動薬、フェンフルラミン(fenfluramine)やフルオキセチン(fluoxetine)などのセロトニン作動薬といった食欲抑制剤や、トフィソパム(tofisopam)などのストレスによる過食に奏効する自律神経調整剤の他、リパーゼ阻害剤を有効成分とする抗肥満剤(例えば、特許文献1〜4参照。)、脂肪細胞分化抑制剤を有効成分とする抗肥満剤(例えば、特許文献5及び6参照。)、3,4-seco-lupane型トリテルペノイドサポニン化合物を有効成分とする抗肥満剤(例えば、特許文献7参照。)、ザクロ花の乾燥粉末や抽出物を有効成分とする抗肥満剤(例えば、特許文献8参照。)、柑橘類のじょうのう膜を原料とした抗肥満剤(例えば、特許文献9参照。)等数多く提案されている。
【0005】
一方、韓国大学のKimらは、3T3−L1前駆脂肪細胞(preadipocyte)の細胞膜にH−ATP合成酵素が存在し、その酵素が脂肪細胞の分化に従って増加することを報告している(例えば、非特許文献2参照。)。さらに、ヒストン脱アセチル化酵素活性化剤(Sirt1 activator)であるレスベラトロール(resveratrol)が脂肪細胞の分化を阻害すること(例えば、非特許文献3参照。)や、肥満の発症と共にミトコンドリア関連遺伝子及びタンパクが減少することが示されており(例えば、非特許文献4参照。)、肥満とミトコンドリアの量的及び質的変化とが関係していることが示唆されている。
【0006】
しかしながら、前駆脂肪細胞の分化に伴うミトコンドリアの形態変化や、H−ATP合成酵素阻害剤のミトコンドリアの形態に及ぼす影響、さらにミトコンドリアの形態変化を指標とした抗肥満剤のスクリーニング方法については、今まで報告されていなかった。
【0007】
【特許文献1】特開2006−22095号公報
【特許文献2】特開2005−225863号公報
【特許文献3】特開2005−8572号公報
【特許文献4】特開2002−179586号公報
【特許文献5】特開2005−220074号公報
【特許文献6】特開2004−75640号公報
【特許文献7】特開2006−22094号公報
【特許文献8】特開2004−161721号公報
【特許文献9】特開2005−40107号公報
【非特許文献1】杉原ら;別冊・医学のあゆみ,脂肪細胞 −基礎と臨床、p.7−12,1999
【非特許文献2】Exp. Mol. Med, Vol.36, No.5, 476-485 (2004)
【非特許文献3】Nature, Vol.429, 771-921 (2004)
【非特許文献4】J. Clin. Invest., Vol.114, No.9, 1281-1289 (2004)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の課題は、短期間で精度良く抗肥満剤をスクリーニングする方法や、かかるスクリーニング方法により得られる抗肥満剤や、抗肥満用食品・抗肥満用飼料や、脂肪細胞の分化の程度を短期間で精度良く判定する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、最近ヒト臍帯静脈内皮細胞(HUVEC)の細胞膜にミトコンドリアH−ATP合成酵素が存在することを発見し、しかもH−ATP合成酵素の触媒部位であるFサブユニットが細胞外に向いて存在することを見い出した。さらに、Fを分子標的とする低分子化合物がHUVECの増殖・遊走・管腔形成を阻害することを見い出し、細胞膜ミトコンドリアH−ATP合成酵素が血管新生阻害剤の新しい分子標的になることを明らかにし、H−ATP合成酵素を標的とした血管新生阻害剤の創製と、細胞膜H−ATP合成酵素の生理的役割の解明を目指して研究を行っている。
【0010】
また本発明者らは、最近ミトコンドリアの融合を促進する新規因子を発見し、そのタンパク質をMitogenin I と命名した。さらに、本発明者らは、Mitogenin Iが細胞の生存に重要な役割を果たしていることを明らかにした(特願2005−327109)。近年の研究から、ミトコンドリアの融合や分裂を制御すると、細胞の抗癌剤感受性(アポトーシス感受性)が大きく変化することが明らかになっている。さらに細胞の分化にも関与していることが示唆されており、ミトコンドリアの融合や分裂の制御は、細胞機能全般の調節に関わっていることが徐々に明らかになってきた。3T3−L1前駆脂肪細胞は、脂肪細胞の分化調節機構の研究に広く用いられており、ミトコンドリアの融合や分裂の制御と脂肪細胞の分化調節との関連を研究するうえでもすぐれた実験系であると思われる。本発明者らは、かかる実験系により、以下の6つの知見を明らかにした。
【0011】
1)ミトコンドリアH−ATP合成酵素の触媒部位であるFを標的とする化合物(F阻害剤)であるレスベラトロールが脂肪細胞の分化誘導を阻害した。脂肪細胞の分化誘導を細胞内脂肪滴の蓄積で評価したところ、F阻害剤が抗肥満活性を持つことがわかった。
【0012】
2)未分化3T3−L1前駆脂肪細胞において、ミトコンドリアは長いチューブ状のネットワークを形成しているが、脂肪細胞に分化すると、ミトコンドリアの構造はダイナミックに変化して断片化(あるいは凝集)した構造になった。このようなミトコンドリアの断片化は、レスベラトロール、ピーセタノール(piceatannol)、ケンフェロール(kaempferol)、ゲニステイン(genistein)等のF阻害剤で処理することにより抑制され、未分化脂肪細胞における形態、すなわち長いチューブ状のネットワークを形成するようになった。すなわち、ミトコンドリアのダイナミックな形態変化(断片化)は脂肪細胞の分化誘導に重要な役割を果たしていることを示唆している。
【0013】
3)これまでに報告されているF阻害剤は全て脂肪細胞における脂肪滴の蓄積を抑制し、ミトコンドリアをチューブ状に誘導することが明らかになったことから、脂肪細胞の細胞H−ATP合成酵素を標的とする化合物は抗肥満薬として有効であることが示された。F阻害剤として、上記のレスベラトロール、ピーセタノール、ケンフェロール、ゲニステインに加えて、アピゲニン(apigenin)が抗肥満活性を持ち、ミトコンドリアをチューブ状に誘導した。また、F阻害活性は不明であるが、新たにルテオリン(luteolin)とロスマリニック酸(rosmarinic acid)と抗H−ATP合成酵素αサブユニット抗体が抗肥満活性を持ち、ミトコンドリアをチューブ状に誘導することを発見した。
【0014】
4)ミトコンドリアをチューブ状にする活性が強い化合物ほど、抗肥満活性が高く、逆に抗肥満活性を持つ化合物はミトコンドリアをチューブ状に誘導することを確認した。
【0015】
5)本発明者らが発見したミトコンドリア融合因子(Mitogenin I)を脂肪細胞に発現すると、ミトコンドリアの融合(チューブ形成)が促進され、さらに脂肪細胞の分化(脂肪滴の蓄積)が抑制された。すなわち、Mitogenin Iによりミトコンドリアの融合(チューブ形成)を促進すると、脂肪細胞への脂肪滴の蓄積が阻害された。すなわち、ミトコンドリアの融合を促進するだけで脂肪滴の蓄積が阻害されることを発見した。この結果は、ミトコンドリアの融合促進活性を指標にした新しい抗肥満薬スクリーニング系の開発が可能であることを示している。
【0016】
6)一般的に用いられる未分化の3T3−L1前駆脂肪細胞を用いた抗肥満薬のスクリーニング系は、2週間程度を要するが、ミトコンドリアの融合促進活性を指標にしてわずか2日程度で抗肥満薬の候補物質をスクリーニングできる実験系を確立した。
【0017】
以上1)〜6)の知見からもわかるように、前駆脂肪細胞から脂肪細胞への分化に伴って、ミトコンドリアの形態が断片化するといったダイナミックに変化すること、ミトコンドリアH−ATP合成酵素の阻害剤で脂肪細胞を処理すると、細胞内の脂肪滴の減少に加えてミトコンドリアの形態がチューブ状に大きく変化すること、ミトコンドリアの融合促進活性を指標にした新しい抗肥満薬スクリーニング系の開発が可能であることを見い出し、本発明を完成するに至った。
【0018】
すなわち本発明は、(1)分化した脂肪細胞を、被検物質の存在下に培養した後、細胞内のミトコンドリアの形態を観察し、分化した脂肪細胞中の断片化及び/又は凝集したミトコンドリアが、チューブ状のネットワークを形成しているとき、前記被検物質が抗肥満剤であると評価することを特徴とする抗肥満剤のスクリーニング方法や、(2)分化した脂肪細胞を、被検物質の非存在下に培養した場合のミトコンドリアの形態と比較することを特徴とする上記(1)記載の抗肥満剤のスクリーニング方法や、(3)高級脂肪酸で処理した、H−ATP合成酵素を細胞膜表面に発現している動物細胞を、被検物質の存在下に培養した後、細胞内のミトコンドリアの形態を観察し、高級脂肪酸で処理した前記動物細胞中の断片化及び/又は凝集したミトコンドリアが、チューブ状のネットワークを形成しているとき、前記被検物質が抗肥満剤であると評価することを特徴とする抗肥満剤のスクリーニング方法や、(4)高級脂肪酸で処理した、H−ATP合成酵素を細胞膜表面に発現している動物細胞を、被検物質の非存在下に培養した場合のミトコンドリアの形態と比較することを特徴とする上記(3)記載の抗肥満剤のスクリーニング方法や、(5)未分化の前駆脂肪細胞を、被検物質の存在下、未分化の前駆脂肪細胞が脂肪細胞に分化する条件下で培養した後、細胞内のミトコンドリアの形態を観察し、ミトコンドリアが断片化及び/又は凝集せず、チューブ状のネットワークを形成しているとき、前記被検物質が抗肥満剤であると評価することを特徴とする抗肥満剤のスクリーニング方法や、(6)未分化の前駆脂肪細胞を、被検物質の非存在下、未分化の前駆脂肪細胞が脂肪細胞に分化する条件下で培養した場合のミトコンドリアの形態と比較することを特徴とする上記(5)記載の抗肥満剤のスクリーニング方法や、(7)脂肪細胞内のミトコンドリアの形態を、ミトコンドリアを蛍光染色し、100倍の対物レンズを使用し、油浸で観察することを特徴とする上記(1)〜(6)のいずれか記載の抗肥満剤のスクリーニング方法に関する。
【0019】
また本発明は、(8)被検物質として、H−ATP合成酵素の触媒部位Fを標的とするF阻害剤を用いることを特徴とする上記(1)〜(7)のいずれか記載の抗肥満剤のスクリーニング方法や、(9)分化した脂肪細胞が、未分化の3T3−L1前駆脂肪細胞が分化した細胞であることを特徴とする上記(1)又は(2)記載の抗肥満剤のスクリーニング方法や、(10)高級脂肪酸で処理した、H−ATP合成酵素を細胞膜表面に発現している動物細胞がHela細胞であることを特徴とする上記(3)又は(4)記載の抗肥満剤のスクリーニング方法や、(11)未分化の前駆脂肪細胞が、未分化の3T3−L1前駆脂肪細胞であることを特徴とする上記(5)又は(6)記載の抗肥満剤のスクリーニング方法や、(12)H−ATP合成酵素の触媒部位Fを標的とするF阻害剤(ただし、レスベラトロールを除く。)を有効成分とすることを特徴とする脂肪細胞の分化抑制又は分化阻害剤や、(13)ピーセタノール、ケンフェロール、ゲニステイン、アピゲニン、ダイゼイン、ケルセチン、ルテオリン、ロスマリニック酸、又は抗H−ATP合成酵素αサブユニット抗体から選ばれる1種又は2種以上を有効成分とすることを特徴とする脂肪細胞の分化抑制又は分化阻害剤や、(14)H−ATP合成酵素の触媒部位Fを標的とするF阻害剤(ただし、レスベラトロールを除く。)を有効成分とすることを特徴とする抗肥満剤に関する。
【0020】
さらに本発明は、(15)ピーセタノール、ケンフェロール、ゲニステイン、アピゲニン、ダイゼイン、ケルセチン、ルテオリン、ロスマリニック酸、及び抗H−ATP合成酵素αサブユニット抗体から選ばれる1種又は2種以上を有効成分とすることを特徴とする抗肥満剤や、(16)H−ATP合成酵素の触媒部位Fを標的とするF阻害剤(ただし、レスベラトロールを除く。)を有効成分として含有することを特徴とする抗肥満用食品や、(17)ピーセタノール、ケンフェロール、ゲニステイン、アピゲニン、ダイゼイン、ケルセチン、ルテオリン、ロスマリニック酸、及び抗H−ATP合成酵素αサブユニット抗体から選ばれる1種又は2種以上を有効成分として含有することを特徴とする抗肥満用食品や、(18)H−ATP合成酵素の触媒部位Fを標的とするF阻害剤(ただし、レスベラトロールを除く。)を有効成分として含有することを特徴とする抗肥満用飼料や、(19)ピーセタノール、ケンフェロール、ゲニステイン、アピゲニン、ダイゼイン、ケルセチン、ルテオリン、ロスマリニック酸、及び抗H−ATP合成酵素αサブユニット抗体から選ばれる1種又は2種以上を有効成分として含有することを特徴とする抗肥満用飼料や、(20)脂肪細胞内のミトコンドリアの形態を観察し、ミトコンドリアが断片化及び/又は凝集せず、チューブ状のネットワークを形成しているとき、未分化の前駆脂肪細胞と判断し、ミトコンドリアがチューブ状のネットワークを形成しておらず、断片化及び/又は凝集しているとき、分化した脂肪細胞と判断することを特徴とする脂肪細胞の分化の程度を判定する方法や、(21)細胞内のミトコンドリアの形態を、ミトコンドリアを蛍光染色し、100倍の対物レンズを使用し、油浸で観察することを特徴とする上記(20)記載の脂肪細胞の分化の程度を判定する方法に関する。
【発明の効果】
【0021】
本発明において、ミトコンドリアH−ATP合成酵素阻害剤は脂肪細胞の分化を抑制し、脂肪滴の細胞内への蓄積を抑制し、抗肥満薬として効果があることを見出した。これらの結果は、H−ATP合成酵素阻害剤が抗肥満薬、糖尿病薬、さらには高脂血症、高血圧、高血糖などのメタボリックシンドロームと呼ばれる病気の治療薬として有効であることを示している。さらに、ミトコンドリアの融合促進活性を指標にしたスクリーニングを行うことによって、脂肪細胞の細胞膜に存在するミトコンドリアH−ATP合成酵素を分子標的とした、新しい抗肥満薬を短時間にスクリーニングすることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
本発明の抗肥満剤のスクリーニング方法としては、分化した脂肪細胞を、被検物質の存在下に培養した後、細胞内のミトコンドリアの形態を観察し、分化した脂肪細胞中の断片化及び/又は凝集したミトコンドリアが、チューブ状のネットワークを形成している(する)とき、前記被検物質が抗肥満剤であると評価する方法(以下、「スクリーニング方法I−1」ということがある。)や、高級脂肪酸で処理した、H−ATP合成酵素を細胞膜表面に発現している動物細胞を、被検物質の存在下に培養した後、細胞内のミトコンドリアの形態を観察し、高級脂肪酸で処理した前記動物細胞中の断片化及び/又は凝集したミトコンドリアが、チューブ状のネットワークを形成しているとき、前記被検物質が抗肥満剤であると評価する方法(以下、「スクリーニング方法I−2」ということがある。)や、未分化の前駆脂肪細胞を、被検物質の存在下、未分化の前駆脂肪細胞が脂肪細胞に分化する条件下で培養した後、細胞内のミトコンドリアの形態を観察し、ミトコンドリアが断片化及び/又は凝集せず、チューブ状のネットワークを形成しているとき、前記被検物質が抗肥満剤であると評価する方法(以下、「スクリーニング方法II」ということがある。)であれば特に制限されず、本発明の抗肥満剤のスクリーニング方法は、未分化の前駆脂肪細胞から分化した成熟脂肪細胞への分化抑制剤、分化阻害剤のスクリーニング方法ともいうことができる。
【0023】
上記スクリーニング方法I−1において、分化した脂肪細胞の培養としては、10%FCSを含むDMEM(Dulbecco’s modified Eagle’s medium)などの動物培養用の培地での常法による培養や、緩衝液中でのインキュベーションを挙げることができ、スクリーニング方法I−1においては、分化した脂肪細胞を、被検物質の非存在下に培養した場合のミトコンドリアの形態、すなわち、脂肪細胞中の断片化及び/又は凝集しているミトコンドリアと比較することが好ましい。
【0024】
上記スクリーニング方法I−2における、H−ATP合成酵素を細胞膜表面に発現している動物細胞としては、Hela細胞、HUVEC細胞、3T3−L1細胞、A549細胞、HepG2細胞、肝細胞を挙げることができ、中でも3T3−L1細胞とHela細胞を好適に例示することができる。上記スクリーニング方法I−2において、上記高級脂肪酸としては、動物細胞の細胞膜表面に発現しているH−ATP合成酵素の数を増やしうるものであればどのような高級脂肪酸でも良く、パルミチン酸、ステアリン酸、オレイン酸、リノール酸、リノレン酸を具体的に例示することができるが、中でもオレイン酸が好ましい。また、スクリーニング方法I−2においては、高級脂肪酸で処理した、H−ATP合成酵素を細胞膜表面に発現している動物細胞を、被検物質の非存在下に培養した場合のミトコンドリアの形態、すなわち、脂肪細胞中の断片化及び/又は凝集しているミトコンドリアと比較することが好ましい。
【0025】
上記スクリーニング方法IIにおいて、未分化の前駆脂肪細胞が脂肪細胞に分化する条件下での培養としては、10%FCSを含むDMEMなどの動物培養用の培地での常法による培養を例示することができ、スクリーニング方法IIにおいては、未分化の前駆脂肪細胞を、被検物質の非存在下、未分化の前駆脂肪細胞が脂肪細胞に分化する条件下で培養した場合のミトコンドリアの形態、すなわち、脂肪細胞中の断片化及び/又は凝集しているミトコンドリアと比較することが好ましい。
【0026】
脂肪細胞内のミトコンドリアの形態を観察する方法としては、脂肪細胞中のミトコンドリアが、断片化及び/又は凝集しているかどうか、また融合してチューブ状のネットワークを形成しているかどうかを、観察しうる方法であれば特に制限されないが、ローダミン123、テトラメチルローダミン、MitoTraker Red 580 (Molecular Probes, Eugene, OR)、MitoTraker Red CMXRos (Molecular Probes)、MitoTraker Orange CMTMRos (Molecular Probes)、Nonyl Acridine Orange (Molecular Probes)、JC-1 (Molecular Probes)、DiOC6 (Molecular Probes)、MitoFluorTMGreen (Molecular Probes)、MitoFluorTM Red 594 (Molecular Probes)、MitoSensor (Clontech, Palo Alto, CA)、DASPEI (Biotium, Inc., Hayward, CA) 等、好ましくはMitoTraker Green FM (Molecular Probes)で蛍光染色し、100倍の対物レンズを使用し、油浸で観察することが特に好ましい。
【0027】
本発明の抗肥満剤のスクリーニング方法における被検物質としては、低分子化合物、天然有機化合物、各種ペプチド、植物エストロゲン、イソフラボン類、カテキン類、サポニン類、生薬成分、ポリフェノール類、フラボン類、海洋生物の抽出液、動植物の抽出液など特に制限されないが、H−ATP合成酵素の触媒部位Fを標的とするF阻害剤を特に好適に例示することができる。
【0028】
また、上記スクリーニング方法I−1における分化した脂肪細胞として、未分化の3T3−L1前駆脂肪細胞が分化した脂肪細胞を用いたり、上記スクリーニング方法IIにおける未分化の前駆脂肪細胞として、未分化の3T3−L1前駆脂肪細胞を用いることが好ましい。
【0029】
本発明の脂肪細胞の分化抑制又は分化阻害剤としては、ピーセタノール、ケンフェロール、ゲニステイン、ダイゼイン(daidzein)、ケルセチン(quercetin)等のH−ATP合成酵素の触媒部位Fを標的とするF阻害剤(ただし、レスベラトロールを除く。)を有効成分とする、未分化の前駆脂肪細胞から分化した成熟脂肪細胞への分化を抑制又は分化を阻害する組成物や、ピーセタノール、ケンフェロール、ゲニステイン、アピゲニン、ダイゼイン、ケルセチン、ルテオリン、ロスマリニック酸、及び抗H−ATP合成酵素αサブユニット抗体から選ばれる1種又は2種以上を有効成分とする組成物であれば特に制限されず、これら本発明の脂肪細胞の分化抑制又は分化阻害剤は、ミトコンドリアの融合や分裂の制御と脂肪細胞の分化調節との関連を研究するうえで有用である。
【0030】
本発明の抗肥満剤としては、ピーセタノール、ケンフェロール、ゲニステイン、ダイゼイン、ケルセチン等のH−ATP合成酵素の触媒部位Fを標的とするF阻害剤(ただし、レスベラトロールを除く。)を有効成分とする組成物や、ピーセタノール、ケンフェロール、ゲニステイン、アピゲニン、ダイゼイン、ケルセチン、ルテオリン、ロスマリニック酸、及び抗H−ATP合成酵素αサブユニット抗体から選ばれる1種又は2種以上を有効成分とする組成物であれば特に制限されず、これら本発明の抗肥満剤は、肥満症、高脂血症、高血圧、糖尿病、動脈硬化症、癌、慢性間接リューマチ、糖尿病網膜症等に係わる治療薬、予防薬、研究用試薬等として用いることができる。本発明の抗肥満剤を医薬用の予防・治療剤として用いる場合は、薬学的に許容される通常の担体、結合剤、安定化剤、賦形剤、希釈剤、pH緩衝剤、崩壊剤、可溶化剤、溶解補助剤、等張剤などの各種調剤用配合成分を添加することができる。これら予防・治療剤は、経口的又は非経口的に投与することができ、例えば粉末、顆粒、錠剤、カプセル剤、シロップ剤、懸濁液等の剤型で経口的に投与することができ、あるいは、例えば溶液、乳剤、懸濁液等の剤型にしたものを注射の型で非経口投与することができる他、スプレー剤の型で鼻孔内投与することもできる。これら予防・治療剤の投与量は、疾病の種類、患者の体重や年齢、投与形態、症状等により適宜選定することができる。
【0031】
本発明の抗肥満用食品としては、ピーセタノール、ケンフェロール、ゲニステイン、ダイゼイン、ケルセチン等のH−ATP合成酵素の触媒部位Fを標的とするF阻害剤(ただし、レスベラトロールを除く。)を有効成分として含有する食品や食品素材や、ピーセタノール、ケンフェロール、ゲニステイン、アピゲニン、ダイゼイン、ケルセチン、ルテオリン、ロスマリニック酸、及び抗H−ATP合成酵素αサブユニット抗体から選ばれる1種又は2種以上を有効成分として含有する食品や食品素材であれば特に制限されず、上記食品素材又は食品としては、ヨーグルト、ドリンクヨーグルト、ジュース、牛乳、豆乳、酒類、コーヒー、紅茶、煎茶、ウーロン茶、スポーツ飲料等の各種飲料や、プリン、クッキー、パン、ケーキ、ゼリー、煎餅などの焼き菓子、羊羹などの和菓子、冷菓、チューインガム等のパン・菓子類や、うどん、そば等の麺類や、かまぼこ、ハム、魚肉ソーセージ等の魚肉練り製品や、みそ、しょう油、ドレッシング、マヨネーズ、甘味料等の調味類や、チーズ、バター等の乳製品や、豆腐、こんにゃく、その他佃煮、餃子、コロッケ、サラダ等の各種総菜を挙げることができる。そして、上記抗肥満用食品とは、包装体や説明書に抗肥満作用がある旨の表示がある場合等をいう。
【0032】
本発明の抗肥満用飼料としては、ピーセタノール、ケンフェロール、ゲニステイン、ダイゼイン、ケルセチン等のH−ATP合成酵素の触媒部位Fを標的とするF阻害剤(ただし、レスベラトロールを除く。)を有効成分として含有する飼料や、ピーセタノール、ケンフェロール、ゲニステイン、アピゲニン、ダイゼイン、ケルセチン、ルテオリン、ロスマリニック酸、及び抗H−ATP合成酵素αサブユニット抗体から選ばれる1種又は2種以上を有効成分として含有する飼料であれば特に制限されず、対象となる動物としては家畜、家禽、養魚用の飼料を例示することができ、イヌやネコ等のペットフードを特に好適に挙げることができる。
【0033】
上記F阻害剤としては、細胞障害作用がないものが好ましい。また、上記抗H−ATP合成酵素αサブユニット抗体としては、H−ATP合成酵素のαサブユニットを認識する抗体であれば特に制限されるものでなく、モノクローナル抗体、ポリクローナル抗体、一本鎖抗体、ヒト化抗体、キメラ抗体、2つのエピトープを同時に認識することができる二機能性抗体等を例示することができるが、モノクローナル抗体が好ましく、これら抗体のFab断片やF(ab’)断片等も、上記抗体と同様に用いることができる。例えば、Fab断片は抗体をパパイン等で処理することにより、またF(ab’)断片はペプシン等で処理することにより調製することができる。
【0034】
本発明の脂肪細胞の分化の程度を判定する方法としては、脂肪細胞内のミトコンドリアの形態を観察し、ミトコンドリアが断片化及び/又は凝集せず、チューブ状のネットワークを形成しているとき、未分化の前駆脂肪細胞と判断し、ミトコンドリアがチューブ状のネットワークを形成しておらず、断片化及び/又は凝集しているとき、分化した脂肪細胞と判断する方法であれば特に制限されず、脂肪細胞内のミトコンドリアの形態を観察する方法としては、脂肪細胞中のミトコンドリアが、断片化及び/又は凝集しているかどうか、また融合してチューブ状のネットワークを形成しているかどうかを、観察しうる方法であれば特に制限されないが、ローダミン123、テトラメチルローダミン、MitoTraker Red 580 (Molecular Probes, Eugene, OR)、MitoTraker Red CMXRos (Molecular Probes)、MitoTraker Orange CMTMRos (Molecular Probes)、Nonyl Acridine Orange (Molecular Probes)、JC-1 (Molecular Probes)、DiOC6 (Molecular Probes)、MitoFluorTM Green (Molecular Probes)、MitoFluorTM Red 594 (Molecular Probes)、MitoSensor (Clontech, Palo Alto, CA)、DASPEI (Biotium, Inc., Hayward, CA) 等、好ましくはMitoTraker Green FM (Molecular Probes)で蛍光染色し、100倍の対物レンズを使用し、油浸で観察することが特に好ましい。
【0035】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれらの例示に限定されるものではない。
【実施例1】
【0036】
[方法]
3T3-L1未分化脂肪細胞;
未分化の3T3-L1前駆脂肪細胞(preadipocytes)を、1%のペニシリンとストレプトマイシン、及び10% FCSを含むDMEMからなる基礎培地中でコンフルエントになるまで培養し、0.25mM3-イソブチル-1-メチルキサンチン、1μMデキサメタゾン、2μMインシュリンを含む基礎培地中で約48時間培養した。2μMインシュリンを含む基礎培地中で培養して、7〜12日で脂肪細胞に分化させた。H−ATP合成酵素のFを標的とする化合物(以下F阻害剤という)を加えてさらに48時間培養した。培養後に以下の解析を行った。
【0037】
1)Oil-Red Oで細胞内脂肪滴を染色し、脂肪滴量を算出し脂肪滴蓄積に対する影響を解析した。
2)MitoTraker Green FM (Molecular Probes)でミトコンドリアを染色し(37℃,30分)、ミトコンドリアの形態変化を蛍光顕微鏡(オリンパス社製、OLYMPUS IX70)で解析した。その際、必ず100倍の対物レンズを使用し、油浸で観察しなければならなかった。
3)ミトコンドリア移行シグナルを持つDsRed1(Clontech社製)を発現させて(48時間)ミトコンドリアを顕微鏡観察した。
【0038】
脂肪細胞を顕微鏡(オリンパス社製、OLYMPUS IX70)の40倍の対物レンズで観察し、最も細胞内脂肪滴レベルが(トリアシルグリセロールレベル:TGレベル)高くなる10ケ所を写真にとる(10枚の写真の総面積は1540mm2)。油滴が目で確認できるので、そのサイズから以下のように分類した。大:直径3μm以上、中:1−3μm、小:1μm以下。10枚の写真全ての大、中の油滴を数え、大の場合は係数1か2を掛け、中の場合は0.5か1を掛けてTGレベルを算出した。脂肪細胞への誘導率が実験によって異なるため、係数を掛けてコントロールのスコアが55〜65付近になるようにして算出した。
【0039】
細胞全体のミトコンドリアの形態について、蛍光顕微鏡で観察し(100倍の対物レンズを使用し、油浸で観察する)、表1に示すように場合によって該当する係数を掛け算し、カウントした細胞数に占める割合(%)としてスコア−化した。また、その合計を、tube formation potentialとした。
【0040】
【表1】

【0041】
[結果1]
上記の方法に従って、未分化3T3−L1前駆脂肪細胞を分化誘導した後、F阻害剤で48時間処理し、Oil-Red O染色により細胞内脂肪滴レベルを解析した(図1:A)。(a)は分化誘導前の前駆脂肪細胞(preadipocyte)、(b)は脂肪細胞(adipocyte)、(c)は脂肪細胞にF阻害剤であるレスベラトロール20μMで処理した脂肪細胞の図である。また、分化後の脂肪細胞における脂肪滴は、Oil-Red O染色を行わなくても確認することができる(図1:B)。(d)は未処理のコントロールである脂肪細胞、(e)−(h)はF阻害剤であるレスベラトロール(res.)20μM、ピーセタノール(pic.)10μM、ケンフェロール(kaem.)60μM、ゲニステイン(gen.)60μMでそれぞれ処理した脂肪細胞である。
【0042】
その結果、H−ATP合成酵素のFを標的とする化合物レスベラトロール(res.)、ピーセタノール(pic.)、ケンフェロール(kaem.)、ゲニステイン(gen.)は3T3−L1脂肪細胞における細胞内脂肪滴の蓄積を抑制することが明らかになり、細胞膜のH−ATP合成酵素が脂肪細胞の分化誘導の調節に関与していること、及びF阻害剤が抗肥満薬として有効であることが示唆された。
【0043】
[結果2]
上記の方法に従って、未分化3T3−L1前駆脂肪細胞を分化誘導した後、F阻害剤で48時間処理し、MitoTracker Greenにより染色し、蛍光顕微鏡で観察した(図2)。(a)は分化誘導前の前駆脂肪細胞(preadipocyte)、(b)は脂肪細胞(adipocyte)、(c)〜(f)はF阻害剤であるレスベラトロール(res.)、ピーセタノール(pic.)、ケンフェロール(kaem.)、ゲニステイン(gen.)それぞれ20μM、10μM、60μM、60μMにより処理した細胞である。
【0044】
その結果、未分化3T3−L1前駆脂肪細胞においては、ミトコンドリアは長いチューブ状のネットワークを形成しているが、脂肪細胞に分化すると、ミトコンドリアの構造はダイナミックに変化し、断片化(あるいは凝集)した構造になった。さらに、このような断片化は、F阻害剤(レスベラトロール、ピーセタノール、ケンフェロール、ゲニステイン)で処理することによって抑制され、前駆脂肪細胞における形態、すなわち長いチューブ状のネットワークを形成していた。
【0045】
以上のことから、ミトコンドリアの形態変化は、脂肪細胞の分化誘導に重要な役割を果たすことが明らかになった。また、このようにミトコンドリアの形態変化を指標として利用することで、新規抗肥満剤のスクリーニングが行える可能性が示唆された。
【0046】
[結果3]
未分化3T3−L1前駆脂肪細胞を分化誘導した後、F阻害剤で48時間処理し、細胞内脂肪滴を前記の解析方法に従って算出した。また、ミトコンドリアのtube formation potentialを、未分化3T3−L1前駆脂肪細胞を、50μMのレスベラトロール、10μMのピーセタノール、60μMのケンフェロール、60μMのゲニステイン、55μMのアピゲニン、20μMのルテオリン、20μMのロスマリニック酸、130μMのダイゼイン、50μMのケルセチン、70μMのフロレチン(phloretin)、20μMのタキシフォリン(taxifolin)、20μMのナリンジン(naringin)、20μMの ナリンジェニン(naringenin)、 20μMのEGCG(epigallocatechin gallate)、50μMのECG(epicatechin gallate)、20μMのEGC(Epigallocatechin)50μMのEC(Epicatechin)でそれぞれ48時間処理した後、MitoTracker Greenで染色し、上述の解析方法に従って算出した。細胞内脂肪滴の算出結果を横軸、tube formation potentialを縦軸にとったグラフを示す(図3)。
【0047】
グラフより、これまでに報告されているF阻害剤に加えアピゲニンについても、全てが脂肪細胞における脂肪滴の蓄積を抑制し、ミトコンドリアをチューブ状に誘導することが明らかになった。EGCGとECGは例外であるが、これはガレート部分が細胞膜の流動性を変化させる活性があることが示されていることから、F以外の阻害による影響が出たものと思われる。さらに、F阻害活性は不明であるが、新たにルテオリン、ロスマリニック酸が抗肥満活性を持ち、ミトコンドリアをチューブ状に誘導することを見い出した。
【0048】
以上のことから、ミトコンドリアをチューブ状にする活性が強い化合物ほど、抗肥満活性が高く、脂肪細胞のH+−ATP合成酵素を標的とする化合物は抗肥満薬として有効であることが示唆された。
【実施例2】
【0049】
さらにミトコンドリアの形態変化と脂肪滴の蓄積との関係に注目して検討するため、本発明者らが発見した新規ミトコンドリア融合促進因子であるMitogenin Iを、FuGENE6トランスフェクション試薬を用いて未分化3T3−L1前駆脂肪細胞を分化誘導した脂肪細胞に発現させ、MitoTracker Greenで染色してミトコンドリアの形態を蛍光顕微鏡にて観察した(図4:A)。また、細胞内脂肪滴についても観察し、上述の解析方法に従い、細胞内脂肪滴及びtube formation potentialを算出し、統計学的な解析を行った(図4:B)。
【0050】
その結果、Mitogenin Iの過剰発現によりミトコンドリアの融合が促進されただけでも、細胞内への脂肪滴の蓄積が抑制された。このことから、脂肪細胞の分化制御のシグナル伝達にミトコンドリアの分裂・融合の調節が重要な役割を担っており、ミトコンドリアの融合促進活性を指標にした、新しい抗肥満剤のスクリーニング系の開発が可能であることが示唆された。
【実施例3】
【0051】
10%FCSを含むDMEMの基礎培地で培養したHela細胞、該Hela細胞を500μMオレイン酸で24時間処理した後、オレイン酸を含まない基礎培地でさらに24時間培養したHela細胞、及び、10%FCSを含むDMEMの基礎培地で培養したHela細胞を500μMオレイン酸で24時間処理した後、レスベラトロール20μMを含有し、オレイン酸を含まない基礎培地でさらに24時間培養したHela細胞のそれぞれにつき、Oil-Red O及びMitoTracker Greenにて染色を行った(図5)。(a)はコントロール、(b)はオレイン酸のみ、(c)オレイン酸処理後、更にレスベラトロール処理を行った細胞のそれぞれの蛍光顕微鏡観察の結果である。
【0052】
その結果、Hela細胞を500μMオレイン酸で処理すると細胞内に脂肪滴が蓄積し、脂肪細胞と同様にミトコンドリアが断片化することが明らかになった。この脂肪滴の蓄積とミトコンドリアの断片化は、F阻害剤であるレスベラトロール20μMで処理することにより回復した。これらの結果も、脂肪細胞にレスベラトロール処理を行った場合と同様のものであった。更に、この実験に要する時間は約48時間であり、Hela細胞におけるミトコンドリアの融合能を指標にした場合、上記脂肪細胞を用いた系では2週間程度を要したが、わずか2日間で抗肥満剤候補物質のスクリーニングが可能であることが示唆された。
【実施例4】
【0053】
未分化3T3−L1前駆脂肪細胞を分化誘導した後、抗H−ATP合成酵素αサブユニットに対するモノクローナル抗体(ORA21350:Molecular Probes, Eugene,20μg/ml)、あるいはmock IgG(20μg/ml)で48時間処理し、顕微鏡(オリンパス社製、OLYMPUS IX70)の40倍の対物レンズで観察した(図6A)。その結果、H−ATP合成酵素のFを標的とする抗H−ATP合成酵素αサブユニットモノクローナル抗体は3T3−L1脂肪細胞における細胞内脂肪滴の蓄積を抑制することが明らかになり、細胞膜のH−ATP合成酵素が脂肪細胞の分化誘導の調節に関与していること、及び抗H−ATP合成酵素αサブユニット抗体が抗肥満薬として有効であることが示唆された。(a)は分化誘導前の前駆脂肪細胞(preadipocyte)、(b)は脂肪細胞(adipocyte)+mock IgG、(c)は脂肪細胞+抗H−ATP合成酵素αサブユニットモノクローナル抗体で処理した脂肪細胞の図である。また、細胞質中の脂肪滴レベルを調べた(図6B)。データは7つの異なる部位の写真を撮影した後、各部位での脂肪滴レベルを算出し、それらの平均及び標準誤差を求めたものである。*はコントロールであるmock IgG処理を行った場合と比較して有意な差(P<0.01)があることを示す。
【図面の簡単な説明】
【0054】
【図1】脂肪細胞を分化誘導した後、各F阻害剤で48時間処理した細胞を示す図である。(A)はOil-Red O染色を行った細胞、(B)Oil-Red O染色を行っていない細胞である。
【図2】脂肪細胞を分化誘導した後、各F阻害剤で48時間処理し、Mitotoracker Green染色を行った細胞を蛍光顕微鏡で観察した結果を示す図である。
【図3】脂肪細胞を分化誘導した後に各種薬剤で48時間処理した細胞における、細胞内脂肪滴の算出結果を横軸、tube formation potentialを縦軸にとったグラフである。
【図4】脂肪細胞にMitogenin Iを発現し、ミトコンドリアの形態及び細胞内脂肪滴を解析した結果を示す図である。(A)は蛍光顕微鏡観察の結果、(B)は統計的に解析した結果を示す。
【図5】Hela細胞をオレイン酸で24時間処理し、さらにオレイン酸無しで24時間培養した後、Oil-Red O及びMitoTracker Greenで染色した結果を示す図である。(a)はコントロール、(b)はオレイン酸のみ、(c)オレイン酸処理後、更にレスベラトロール処理した細胞である。
【図6】H−ATP合成酵素のαサブユニットに対する抗体の細胞内脂肪蓄積に対する効果に関する図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
分化した脂肪細胞を、被検物質の存在下に培養した後、細胞内のミトコンドリアの形態を観察し、分化した脂肪細胞中の断片化及び/又は凝集したミトコンドリアが、チューブ状のネットワークを形成しているとき、前記被検物質が抗肥満剤であると評価することを特徴とする抗肥満剤のスクリーニング方法。
【請求項2】
分化した脂肪細胞を、被検物質の非存在下に培養した場合のミトコンドリアの形態と比較することを特徴とする請求項1記載の抗肥満剤のスクリーニング方法。
【請求項3】
高級脂肪酸で処理した、H−ATP合成酵素を細胞膜表面に発現している動物細胞を、被検物質の存在下に培養した後、細胞内のミトコンドリアの形態を観察し、高級脂肪酸で処理した前記動物細胞中の断片化及び/又は凝集したミトコンドリアが、チューブ状のネットワークを形成しているとき、前記被検物質が抗肥満剤であると評価することを特徴とする抗肥満剤のスクリーニング方法。
【請求項4】
高級脂肪酸で処理した、H−ATP合成酵素を細胞膜表面に発現している動物細胞を、被検物質の非存在下に培養した場合のミトコンドリアの形態と比較することを特徴とする請求項3記載の抗肥満剤のスクリーニング方法。
【請求項5】
未分化の前駆脂肪細胞を、被検物質の存在下、未分化の前駆脂肪細胞が脂肪細胞に分化する条件下で培養した後、細胞内のミトコンドリアの形態を観察し、ミトコンドリアが断片化及び/又は凝集せず、チューブ状のネットワークを形成しているとき、前記被検物質が抗肥満剤であると評価することを特徴とする抗肥満剤のスクリーニング方法。
【請求項6】
未分化の前駆脂肪細胞を、被検物質の非存在下、未分化の前駆脂肪細胞が脂肪細胞に分化する条件下で培養した場合のミトコンドリアの形態と比較することを特徴とする請求項5記載の抗肥満剤のスクリーニング方法。
【請求項7】
脂肪細胞内のミトコンドリアの形態を、ミトコンドリアを蛍光染色し、100倍の対物レンズを使用し、油浸で観察することを特徴とする請求項1〜6のいずれか記載の抗肥満剤のスクリーニング方法。
【請求項8】
被検物質として、H−ATP合成酵素の触媒部位Fを標的とするF阻害剤を用いることを特徴とする請求項1〜7のいずれか記載の抗肥満剤のスクリーニング方法。
【請求項9】
分化した脂肪細胞が、未分化の3T3−L1前駆脂肪細胞が分化した細胞であることを特徴とする請求項1又は2記載の抗肥満剤のスクリーニング方法。
【請求項10】
高級脂肪酸で処理した、H−ATP合成酵素を細胞膜表面に発現している動物細胞がHela細胞であることを特徴とする請求項3又は4記載の抗肥満剤のスクリーニング方法。
【請求項11】
未分化の前駆脂肪細胞が、未分化の3T3−L1前駆脂肪細胞であることを特徴とする請求項5又は6記載の抗肥満剤のスクリーニング方法。
【請求項12】
−ATP合成酵素の触媒部位Fを標的とするF阻害剤(ただし、レスベラトロールを除く。)を有効成分とすることを特徴とする脂肪細胞の分化抑制又は分化阻害剤。
【請求項13】
ピーセタノール、ケンフェロール、ゲニステイン、アピゲニン、ダイゼイン、ケルセチン、ルテオリン、ロスマリニック酸、又は抗H−ATP合成酵素αサブユニット抗体から選ばれる1種又は2種以上を有効成分とすることを特徴とする脂肪細胞の分化抑制又は分化阻害剤。
【請求項14】
−ATP合成酵素の触媒部位Fを標的とするF阻害剤(ただし、レスベラトロールを除く。)を有効成分とすることを特徴とする抗肥満剤。
【請求項15】
ピーセタノール、ケンフェロール、ゲニステイン、アピゲニン、ダイゼイン、ケルセチン、ルテオリン、ロスマリニック酸、及び抗H−ATP合成酵素αサブユニット抗体から選ばれる1種又は2種以上を有効成分とすることを特徴とする抗肥満剤。
【請求項16】
−ATP合成酵素の触媒部位Fを標的とするF阻害剤(ただし、レスベラトロールを除く。)を有効成分として含有することを特徴とする抗肥満用食品。
【請求項17】
ピーセタノール、ケンフェロール、ゲニステイン、アピゲニン、ダイゼイン、ケルセチン、ルテオリン、ロスマリニック酸、及び抗H−ATP合成酵素αサブユニット抗体から選ばれる1種又は2種以上を有効成分として含有することを特徴とする抗肥満用食品。
【請求項18】
−ATP合成酵素の触媒部位Fを標的とするF阻害剤(ただし、レスベラトロールを除く。)を有効成分として含有することを特徴とする抗肥満用飼料。
【請求項19】
ピーセタノール、ケンフェロール、ゲニステイン、アピゲニン、ダイゼイン、ケルセチン、ルテオリン、ロスマリニック酸、及び抗H−ATP合成酵素αサブユニット抗体から選ばれる1種又は2種以上を有効成分として含有することを特徴とする抗肥満用飼料。
【請求項20】
脂肪細胞内のミトコンドリアの形態を観察し、ミトコンドリアが断片化及び/又は凝集せず、チューブ状のネットワークを形成しているとき、未分化の前駆脂肪細胞と判断し、ミトコンドリアがチューブ状のネットワークを形成しておらず、断片化及び/又は凝集しているとき、分化した脂肪細胞と判断することを特徴とする脂肪細胞の分化の程度を判定する方法。
【請求項21】
細胞内のミトコンドリアの形態を、ミトコンドリアを蛍光染色し、100倍の対物レンズを使用し、油浸で観察することを特徴とする請求項20記載の脂肪細胞の分化の程度を判定する方法。

【図1】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図2】
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【公開番号】特開2007−228855(P2007−228855A)
【公開日】平成19年9月13日(2007.9.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−53112(P2006−53112)
【出願日】平成18年2月28日(2006.2.28)
【出願人】(304020292)国立大学法人徳島大学 (307)
【Fターム(参考)】