説明

抗酸化酵素誘導剤

【課題】抗酸化酵素の発現を誘導することが可能な優れた抗酸化酵素誘導剤、及びこれを用いた医薬組成物、ならびに抗酸化物質のスクリーニング方法を提供することを主な目的とする。
【解決手段】下記一般式(1)で表されるα,β−不飽和結合を有するアルデヒド化合物を含有する抗酸化酵素誘導剤。


(式中、
R1は、水素原子、水酸基で置換されていても良いC1~8アルキル基、C3〜8シクロアルキル基、C1~8アルケニル基又はアリール基を示す。
R2は、水素原子又はC1~8アルキル基を示す。
また、R1はCxに直接結合している水素原子に代えてCxに結合し、シクロヘキセン環又はシクロヘキサジエン環を形成していてもよい。
これらシクロヘキセン環及びシクロヘキサジエン環上には、C1~8アルキル基及びC1~8アルケニル基からなる群より選択される少なくとも1つが置換していてもよい。);
及び抗酸化用医薬組成物、ならびに抗酸化酵素誘導物質のスクリーニング方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗酸化酵素誘導剤に関する。
【背景技術】
【0002】
チオレドキシンをはじめとする抗酸化酵素は、酸化ストレスによる様々な生体への悪影響を防御、抑制することから、医薬品、食品等の分野において有用である。
【0003】
例えば、チオレドキシンは、優れた抗酸化作用を発揮し得ることから、よく研究されている。チオレドキシンは、その活性部位にある2つのシステイン残基によって、NADPH依存性酵素であるチオレドキシンリダクターゼを触媒として可逆的な酸化還元反応(レドックス制御)を行う分子である(例えば非特許文献1)。また、チオレドキシンは、細胞内還元環境を維持し、酸化ストレス(フリーラジカル)や腫瘍壊死因子α(TNF-α)が引き起こす障害から細胞を保護する役割を持つことが知られている(例えば非特許文献2及び3)。
【0004】
さらに、チオレドキシントランスジェニックマウスは、寿命の延長や虚血障害、急性肺不全、糖尿病等に対して抵抗性を示す(例えば、非特許文献4〜8)。これらの病態は酸化ストレスに密接な関係があることから、チオレドキシンは酸化ストレスに対して重要な保護作用を示すと考えられている。
【0005】
この様なチオレドキシン等の抗酸化酵素の特徴を利用し、抗酸化酵素の発現を誘導することで、酸化ストレスの影響を緩和できると考えられる。
【非特許文献1】Holmgren A. et al., Methods Enzymol 1995; 252:199-208.
【非特許文献2】Nakamura H. et al., Immunol Lett 1994; 42:75-80.
【非特許文献3】Matsuda M. et al., J Immunol 1991; 147:3837-3841.
【非特許文献4】Mitsui A. et al., Antioxid Redox Signal 2002; 4:693-696.
【非特許文献5】Takagi Y. et al., Proc Natl Acad Sci U S A 1999; 96:4131-4136.
【非特許文献6】Hoshino T. et al., Am J Respir Crit Care Med 2003; 168:1075-1083.
【非特許文献7】Hotta M. et al., J Exp Med 1998; 188:1445-1451.
【非特許文献8】Yoon BI. et al., Arch Environ Contam Toxicol 2001; 41:232-236.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、抗酸化酵素の発現を誘導することが可能な優れた抗酸化酵素誘導剤、及び抗酸化用医薬組成物、ならびに抗酸化物質のスクリーニング方法を提供することを主な目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは上記課題を解決すべく鋭意検討を行った結果、α,β−不飽和結合を有する特定のアルデヒド化合物が、抗酸化酵素の発現を誘導する作用があることを見出した。さらに、本発明者らは、この様なアルデヒド化合物が、抗酸化酵素の発現を誘導することによって酸化ストレスを抑制することを確認した。本発明は、このような知見に基づいてさらに研究を重ねた結果完成されたものである。
【0008】
本発明は以下の抗酸化酵素誘導剤、医薬組成物及びスクリーニング方法を提供する。
項1.下記一般式(1)で表されるα,β−不飽和結合を有するアルデヒド化合物を含有する抗酸化酵素誘導剤。
【0009】
【化1】

【0010】
(式中、
R1は、水素原子、水酸基で置換されていても良いC1~8アルキル基、C3〜8シクロアルキル基、C1~8アルケニル基又はアリール基を示す。
【0011】
R2は、水素原子又はC1~8アルキル基を示す。
【0012】
また、R1はCxに直接結合している水素原子に代えてCxに結合し、シクロヘキセン環又はシクロヘキサジエン環を形成していてもよい。
【0013】
これらシクロヘキセン環及びシクロヘキサジエン環上には、C1~8アルキル基及びC1~8アルケニル基からなる群より選択される少なくとも1つが置換していてもよい。)
項2.前記アルデヒド化合物が、ペリルアルデヒド、シトラール、trans-シンナムアルデヒド、サフラナール、trans-2, cis-6-ノナジエナール、trans-2ヘキセナール及び2,4-オクタジエナールからなる群より選択される少なくともいずれか1種である項1に記載の抗酸化酵素誘導剤。
項3.チオレドキシンの誘導剤である、項1又は2に記載の抗酸化酵素誘導剤。
項4.下記一般式(1)で表されるα,β−不飽和結合を有するアルデヒド化合物を、薬学的に許容される担体と共に含有する抗酸化用医薬組成物。
【0014】
【化2】

【0015】
(式中、
R1は、水素原子、水酸基で置換されていても良いC1~8アルキル基、C3〜8シクロアルキル基、C1~8アルケニル基又はアリール基を示す。
【0016】
R2は、水素原子又はC1~8アルキル基を示す。
【0017】
また、R1はCxに直接結合している水素原子に代えてCxに結合し、シクロヘキセン環又はシクロヘキサジエン環を形成していてもよい。
【0018】
これらシクロヘキセン環及びシクロヘキサジエン環上には、C1~8アルキル基及びC1~8アルケニル基からなる群より選択される少なくとも1つが置換していてもよい。)
項5.胃潰瘍、消化器粘膜障害及び肝機能障害からなる群より選択される少なくとも1種の予防乃至治療用である項4に記載の医薬組成物。
項6.以下の工程を含む抗酸化物質のスクリーニング方法:
(i)抗酸化酵素を誘導することができる細胞に、酸化ストレスを誘導する化合物を添加し、発現された抗酸化酵素の量を計測する工程;
(ii)酸化ストレスを誘導する化合物と候補化合物を被験細胞に添加し、発現された抗酸化酵素の量を計測する工程;及び
(iii)前記工程(i)及び(ii)における計測結果を比較し、前記工程(i)よりも多く抗酸化酵素を発現することができる前記工程(ii)の候補化合物を選択する工程。
【発明の効果】
【0019】
本発明の抗酸化酵素誘導剤は、優れた抗酸化酵素発現誘導活性を有する。特に、チオレドキシンの発現を誘導する作用に優れ、それによって酸化ストレスから生体を防御し、細胞傷害を抑制することができる。
【0020】
また、本発明の医薬組成物は、生体内において顕著にチオレドキシンの発現を誘導することができることから、優れた抗酸化作用を有するものであり、胃潰瘍、消化器粘膜障害、肝機能障害等の疾患に有効に適用され得る。
【0021】
さらに、本発明のスクリーニング方法によれば、抗酸化酵素を誘導することができる、優れた抗酸化作用を有する化合物を選択することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
(1)抗酸化酵素誘導剤
本発明において抗酸化酵素の誘導とは、チオレドキシン、チオレドキシンレダクターゼ、ペルオキシレドキシン、ヘムオキシゲナーゼ1、グルタチオンS-トランスフェラーゼ、g-グルタミルシスチエンシンセターゼ、NADPHキノンオキシドレダクターゼ等の抗酸化作用を有する酵素の発現を誘導することを指す。本発明の抗酸化酵素誘導剤は、特にチオレドキシンの発現の誘導に使用されるのが好ましい。
【0023】
本発明の抗酸化酵素誘導剤は、下記一般式(1)に示されるα,β−不飽和結合を有するアルデヒド化合物を含むものである。以下、一般式(1)に示される化合物を単に『有効成分』と表記することがある。
【0024】
【化3】

【0025】
式中R1は、水素原子、C1~8アルキル基、C3〜8シクロアルキル基、C1~8アルケニル基又はアリール基を示す。
【0026】
C1~8アルキル基としては、炭素数1〜8の直鎖状又は分岐状のアルキル基を意味し、具体例としては、メチル基、エチル基、n−プロピル基、イソプロピル基、n−ブチル基、イソブチル基、sec−ブチル基、tert−ブチル基、n−ペンチル基、イソペンチル基、sec−ペンチル基、tert−ペンチル基、ネオペンチル、ヘキシル基、ヘプチル基、オクチル基等が挙げられる。これらのアルキル基は、1〜3個、好ましくは1個の水酸基で置換されていてもよく、置換位置は特に限定されないが、例えば1−ヒドロキシヘキシニル基等が挙げられる。
【0027】
C3〜8シクロアルキル基としては、シクロプロピル基、シクロペンチル基、ヘキシル基、シクロヘキシル基、シクロヘプチル基、シクロオクチル基等が挙げられる。
【0028】
C1~8アルケニル基としては、炭素数1〜8の直鎖又は分岐鎖のアルケニル基が挙げられ、例えば、アリル、メタリル、クロチル、1−プロペニル、3−ブテニル、4−メチル−3−ペンテニル、1−ペンテニル、4−ペンテニル、3−ヘキセニル、5−ヘキセニル、7−オクテニル、ゲラニル、シンナミル、2−シクロヘキセニル等である。
【0029】
アリール基としては、フェニル基、ナフチル基等が挙げられ、フェニル基が好ましい。
【0030】
上記一般式(1)において、R1はCxに直接結合している水素原子に代えて、直接Cxと結合し、シクロヘキセン環又はシクロヘキサジエン環を形成していてもよい。これらシクロヘキセン環及びシクロヘキサジエン環上には、上記C1~8アルキル基及びC1~8アルケニル基からなる群より選択される少なくとも1つが置換していてもよい。例えば、4-イソプロベニルーシクロヘキセン等が挙げられる。
【0031】
また、式中R2は、水素原子又は上記C1~8アルキル基から選択される少なくとも1種を示す。
【0032】
上記式(1)で表される具体的化合物として、例えばペリルアルデヒド、シトラール、trans-シンナムアルデヒド、サフラナール、アクロレイン、trans-2, cis-6-ノナジエナール、trans-2ヘキセナール、4-ヒドロキシ-2-ノナナール、2,4-オクタジエナール等が挙げられ、このうち好ましくはペリルアルデヒド、シトラール、trans-シンナムアルデヒド、サフラナール、trans-2, cis-6-ノナジエナール、trans-2ヘキセナール、2,4-オクタジエナールであり、より好ましくはペリルアルデヒドである。これらの具体的化合物は、下記実施例において記載されるように商業的に入手することが可能である。上記α,β−不飽和結合を有するアルデヒド化合物を1種単独で用いてもよいが、2種以上を組み合わせて用いることもできる。
【0033】
本発明の抗酸化酵素誘導剤は、上記有効成分単独からなるものであってよいが、医薬品、飲食品、化粧料、アロマテラピー等の分野において従来使用されている各種成分、素材等と組み合わせてもよい。
【0034】
このような本発明の抗酸化酵素誘導剤は、内服投与や経皮適用することができ、揮発した抗酸化酵素誘導剤を鼻腔粘膜等から経粘膜投与することもできる。本発明において好ましくは、内服投与等の経口投与が挙げられる。
【0035】
本発明の抗酸化酵素誘導剤において、α,β−不飽和結合を有するアルデヒド化合物の配合量は、形態、用途に応じて適宜設定することができ、本発明の効果を奏する限り特に限定されないが、総量で0.0001〜100重量%程度、好ましくは0.001〜100重量%程度さらに好ましくは上記有効成分からなる抗酸化酵素誘導剤である。
【0036】
以下、本発明の抗酸化酵素誘導剤の好ましい形態について詳述する。
【0037】
(2)医薬組成物
上記本発明の抗酸化酵素誘導剤を、薬学的に許容される担体等と組み合わせて医薬組成物として調製することにより、抗酸化酵素の発現を誘導することができる医薬組成物が提供される。
【0038】
本発明の医薬組成物に配合される担体としては、結合剤、崩壊剤、界面活性剤、吸収促進剤、保湿剤、吸着剤、滑沢剤、充填剤、増量剤、付湿剤、防腐剤、安定剤、乳化剤、可溶化剤、浸透圧を調節する塩、緩衝剤等の希釈剤又は賦形剤を例示でき、これらは得られる製剤の投与単位形態に応じて適宜選択使用される。また、当該医薬組成物には、必要に応じて着色剤、保存剤、香料、風味剤、甘味剤等の添加剤や他の薬理活性成分を含有させてもよい。
【0039】
本発明の医薬組成物は、内服剤;静脈注射、皮下注射、皮内注射、筋肉注射及び腹腔内注射等の注射剤;点滴剤等の製剤形態で使用される。
【0040】
当該医薬組成物の剤型としては、適用形態に応じて適宜設定されるが、一例として、錠剤、散剤、粉末剤、顆粒剤、カプセル剤等の固形製剤;液剤、乳剤、懸濁剤等の液状製剤が挙げられる。
【0041】
当該医薬組成物が、液剤、乳剤、懸濁剤等の注射剤である場合、これらは殺菌され且つ血液と等張であるのが好ましく、これらの剤型に製剤化するに際しては、希釈剤として例えば水、エチルアルコール、マクロゴール、プロピレングリコール、エトキシ化イソステアリルアルコール、ポリオキシ化イソステアリルアルコール、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル類等を使用できる。なお、この場合、等張性の溶液を調整するに充分な量の食塩、ブドウ糖あるいはグリセリンを本発明の医薬組成物中に含有させてもよい。また、通常の溶解補助剤、緩衝剤、無痛化剤等を添加してもよい。
【0042】
また、当該医薬組成物が液状製剤である場合は、凍結保存または凍結乾燥等の状態で保存されていてもよい。凍結乾燥製状態である場合には、使用時に注射用蒸留水等を加え、再度溶解して使用される
本発明の医薬組成物を上記剤型に調製する場合は、従来公知の製造方法に従えばよい。
【0043】
本発明の医薬組成物の投与量は、剤型、患者の年齢、性別、症状の状態によって適宜設定することができるが、上記有効成分を基準とした場合、例えば大人一人あたり0.01〜1mg/kg/日程度、好ましくは0.05〜1 mg/kg/日程度、より好ましくは0.1〜1mg/kg/日程度である。
【0044】
医薬組成物中の上記有効成分の含有量は、前記投与量に基づいて本発明の効果が奏されるように剤型に合わせて適宜設定することができる。
【0045】
上記有効成分によって生体内において抗酸化酵素が誘導されることから、本発明の医薬組成物は抗酸化を目的として使用することができる。このような本発明の抗酸化用医薬組成物は、酸化ストレスによって引き起こされる種々の疾患に対して有用であり、例えば、胃潰瘍、消化器系粘膜障害、肝機能障害(例えば、薬剤性の急性/慢性肝炎)等の疾患が挙げられる。
【0046】
(3)飲食品
上記本発明の抗酸化酵素誘導剤を飲食品の分野で従来使用されている成分等と組み合わせて食品として調製することにより、抗酸化酵素の発現を誘導することができる食品が提供される。このような食品形態の場合、抗酸化酵素誘導用の食品としても有用である。
【0047】
当該食品としては、例えば、栄養補助食品、バランス栄養食品、健康食品、栄養機能食品、特定保健用食品、病者用食品等の飲食品が挙げられる。これらの食品の製造方法は、本発明の効果が奏されるものであれば特に限定されない。当該食品の好適な具体例として、粉末、顆粒、カプセル、錠剤等の形態を有するサプリメント等が例示される。この様な形態の食品には、有効成分として上記一般式(1)で表される化合物が使用される。また、上記形態以外にも、当該食品としては、ガム、キャンディー、グミ、錠菓、ゼリー、チュアブルタブレット、ウエハース等の菓子類;炭酸飲料、清涼飲料、乳飲料、栄養飲料、等の飲料類;粉末ジュース,粉末スープ等の粉末飲料があげられる。また、経口摂取用の形態以外に、経管摂取用(流動食等)の形態としてもよい。
【0048】
当該食品における有効成分の含有割合については、上記医薬組成物における投与量及び配合量を参考に、食品の形態、食品の風味等に応じて適宜調節することができるが、例えば0.00001〜0.0015重量%程度、好ましくは0.00015〜0.0015重量%程度、より好ましくは0.00077〜0.0015重量%程度、さらに好ましくは0.001〜0.015重量%程度である。
【0049】
当該食品は、食品原料又は添加剤等を含む担体に上記有効成分を混合し、食品形態に応じて、常法に従って調製することができる。添加剤としては、例えば、甘味剤、着色剤、抗酸化剤、ビタミン類、香料等があげられる。
【0050】
さらに、当該食品は、体内で抗酸化酵素の発現を誘導し、抗酸化作用を発揮することから、(酸化)ストレスの解消や身体の酸化・還元(レドックス)のバランス維持に役立ち、(酸化)ストレスが気になる人等に好適に適用することができる。さらに、当該食品は、滋養強壮、疲労回復等を目的として用いることもできる。
【0051】
(4)化粧料
上記本発明の抗酸化酵素誘導剤を香粧学上許容される担体等と組み合わせて化粧料として調製することにより、抗酸化酵素の発現を誘導することができる化粧料(抗酸化酵素誘導用化粧料)が提供される。このような形態の場合、抗酸化用の化粧料としても有用である。
【0052】
本発明の化粧料における上記有効成分の配合量は、剤型によって異なるが、例えば0.00001〜0.0015重量%程度、好ましくは0.00015〜0.0015重量%程度、より好ましくは0.00077〜0.0015重量%程度、さらに好ましくは0.001〜0.015重量%程度である。
【0053】
当該化粧料の形態については、特に制限されないが、例えば、クレンジング剤、皮膚洗浄料、マッサージ剤、軟膏、クリーム、ローション、オイル、パック、洗顔料、化粧水、乳液、ゼリー等が挙げられる。上記の剤型に調製する際の調製方法は特に限定されず、本発明の効果を損なわない限り、当該分野において公知の方法に従えばよい。
【0054】
(5)スクリーニング方法
本発明は、以下の工程を含む抗酸化物質のスクリーニング方法を提供する。
(i)抗酸化酵素を誘導することができる細胞に、酸化ストレスを誘導する化合物を添加し、発現された抗酸化酵素の量を計測する工程;
(ii)酸化ストレスを誘導する化合物と候補化合物を被験細胞に添加し、発現された抗酸化酵素の量を計測する工程;及び
(iii)前記工程(i)及び(ii)における計測結果を比較し、前記工程(i)よりも多く抗酸化酵素を発現することができる前記工程(ii)の候補化合物を選択する工程。
【0055】
本発明のスクリーニング方法において、発現された抗酸化酵素の量の計測は、抗酸化酵素そのものの発現量を計測してもよいが、簡便にはルシフェラーゼ等のマーカーを用いて計測してもよい。
【0056】
上記スクリーニング方法の一例としては、(i)チオレドキシン遺伝子の発現制御領域を連続して3個含むルシフェラーゼ遺伝子発現ベクターが導入されたK562細胞の培地に、チオレドキシンを誘導しない対照化合物を添加し、ルシフェラーゼの発現量を計測する;(ii)前記ルシフェラーゼ遺伝子発現ベクターが導入されたK562細胞の培地に、チオレドキシンを誘導する候補化合物を添加し、ルシフェラーゼの発現量を計測する;(iii)前記(i)よりもルシフェラーゼ発現量が多かった(ii)の候補化合物を抗酸化物質として選択する方法が挙げられる。
【実施例】
【0057】
以下、実施例を示して本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されない。
1.実験方法
(1)細胞株及び培養方法
l-ペリルアルデヒドをナカライテスク株式会社から購入し、エチルアセテート(ナカライテスク株式会社)で希釈した。以下、特に指定されない限りl-ペリルアルデヒドをペリルアルデヒドとして用いた。
【0058】
(S)-(-)-ペリルアルデヒド、(R)-(+)-ペリルアルデヒド、(S)-(-)-ペリルアルコール、メチルペリレート、(S)-(-)-ペリル酸、シトラール、サフラナール、trans-シンナムアルデヒド、オクタナール、ノナナール、デカナール、ウンデカナール、メロナール、アセトアルデヒド、ベンズアルデヒド、グリセルアルデヒド、ヴァニリン、m-,o-,p-アニスアルデヒド、ピペロナール、クミンアルデヒド、trans-2,cis-6ノナジエナール、トランス-2-ヘキセナール、2,4-オクタジエナール、プロピオンアルデヒド、4-ヒドロキシ-2-ノネナール、Triton-X100及びDMSO(ジメチルスルフォキシド)をシグマ アルドリッチジャパン株式会社から購入した。スルフォラファンをLKT Laboratories INC.から購入した。アクロレインをAlexisから購入した。(S)-ペリルアセテートを和光純薬工業株式会社から購入した。Perilla frutescensの精油はTree of life Co., Ltd.から購入した。Cymbopogon citrarusの精油をGAIA Natural Products Co.から購入した。
【0059】
赤白血病(erythroleukemia)細胞株K562の細胞を、加熱不活性化したウシ胎仔血清(FCS)を10%含有するRPMI 1640培地(Life technologies, Grand Island, NY)に抗生物質(ペニシリン100IU/ml,ストレプトマイシン100μg/ml)を添加し、37℃、5%CO2の湿潤環境下で保持した。
【0060】
HepG2細胞をDMEM中に保持した。RGM-1細胞は、ラットの胃粘膜細胞株であり、松井博士(筑波大学)によって提供された。RGM-1細胞を、血清20%を含有するDMEM/Ham’s F-12培地にて培養した。293細胞を、血清10%を含有するDMEM培地にて培養した。
【0061】
(2)野菜抽出物の調製
Perilla frutenscens(青ジソ:1Kg)を1リットルのエチルアセテートで室温にて一晩抽出し、得られた抽出物を25℃にてエバポレーター(東京理化器械株式会社製)を用いて乾燥させた。この乾燥物を1mlのメタノールに溶解し、解析に使用した。抽出物をカーボングラファイトカラム(ジーエルサイエンス株式会社製)に通し、通過物をシリカゲルクロマトグラフィーカラム(37×100 mm Ultrapac SI-40Cカラムを使用)及びYFLC-GRII液体クロマトグラフィー(株式会社山善製)によって5つの画分に分画した。30%エチルアセテート画分を、分取用HPLC(SIL-100A(4.6×250mm又は10×250mm):ジーエルサイエンス株式会社製を使用)及びShimazu HPLCシステム(Prominence:株式会社島津製作所製)を用いてさらに分画した。4.6×250mmカラムでは流速1ml/min又は10×250mmカラムでは流速5ml/minでヘキサン/エチルアセテート溶媒を用いたグラジエント溶離により分取解析を行った。260nmにて検出を行った。ガスクロマトグラフィー解析を、TOSOH analysis and research center(山口県南陽)で行った。
【0062】
その他の野菜抽出物についても、上記と同様の方法により調製した。ただし、黒豆については水およびアセトンで抽出した。
【0063】
(3)プラスミド
pTrxCATプラスミドをTaniguchi, Y., U. Y. Taniguchi, K. Mori, and J. Yodoi. 1996. A novel promoter sequence is involved in the oxidative stress-induced expression of the adult T-cell leukemia-derived factor (ADF)/human thioredoxin (Trx) gene. Nucleic Acids Res 24:2746-52に記載の方法に従って作製した。pTrxCATベクター由来のHind III-BamH I挿入部はpBluescriptII KS(+)(pTRXlblue vectors)にサブクローニングした。本実施例においては、pTRX(-1148)-LucベクターをpGL3ベーシックベクター(Promeg, WI)のKpnI/BglIIサイトにライゲーションすることによって作製した。
【0064】
pGL3-pTRX-ARE-WT-Luc及びpTRX-ARE-M-Lucベクターを、オリゴヌクレオチドARE-WT又はARE-MをそれぞれpGL3プロモーターベクターのKpnI-NheIサイトに挿入することによって作製した。全てのコンストラクトをThermo Sequence II dye terminator cycle sequence kit(Amersham Pharmacia)を用いて塩基配列を確認した。pRL-TKベクターを、Promega社から購入した。pcDNA3をInvitrogen社から購入した。
【0065】
ベクターの作製に用いられたオリゴヌクレオチドは以下の通りである:
ARE-WT:
Fw: 5’-cGGTCACCGTTACTCAGCACTTTG-3’(配列番号1)
Rev: 5’-ctagCAAAGTGCTGAGTAACGGTGACCggtac-3’(配列番号2)
ARE-M:
Fw: 5’-cGGTCACCACCACCTTGCACTTTG-3’(配列番号3)
Rev: 5’-ctagCAAAGTGCAAGGTGGTGGTGACCggtac-3’(配列番号4)
pcDNA-3X-ARE-Lucベクターを以下のようにして作製した。
【0066】
pGL3-Basic-TATAベクターを、pGL3ベーシックベクターのSmaI-BglIIサイトにEagI-BamHIフラグメントをライゲーションすることによって作製した。チオレドキシン遺伝子のARE配列を含む合成オリゴヌクレオチドを、KpnI-NheIサイトに挿入し、pGL3−ARE-WT-Lucを産生した。pGL3-ARE-WT-LuのKpnI-HindIIIサイトを、pcDNA3のNruI-HindIIIサイト(Invitrogen社)に挿入し、pcDNA3-ARE-WT-Lucを産生し、そのPvuI-NheIサイトに、チオレドキシン遺伝子AREの3つのタンデムリピートを含む合成オリゴヌクレオチドを挿入した。その後、pGL3-BasicのBglII-XbaIフラグメントを、そのベクターのBamHI-XbaIサイトに挿入し、pcDNA3-3X-ARE-Lucを産生した。
【0067】
pCMV-Tag2ベクターをStratagene社から購入した。KeapI cDNA(pF1KADA0132)をかずさDNA研究所から購入し、KOD plusを用いてPCRで増幅し、pCR-BluntII-TOPOにクローニングした。
【0068】
PCRに使用したオリゴヌクレオチドは以下の通りである:
Fw: GGATCCAGGAGATAGAACCATGCAGCCA(配列番号5)
Rev: CTCGAGAACAGGTACAGTTCTGCTGGTC(配列番号6)
TOPOベクターのBamHI/XhoIフラグメントを、pCM-Tag2ベクターのBamHI/XhoIサイトにライゲーションし、pCMV-Tag2-Keap1を産生した。
【0069】
(4)トランスフェクション及びルシフェラーゼアッセイ
DMRIE-C(GIBCO社)を使用し、説明書に従って、K562細胞にルシフェラーゼレポーター発現ベクターで遺伝子導入をした。4時間のインキュベーションの後、様々な濃度のペリルアルデヒドや試薬、又はコントロールを添加した。トランスフェクションの効果をコントロールするために、ウミシイタケルシフェラーゼ遺伝子発現を、pRL-TK(Promega社)を用いて観察した。アッセイキット(Promega社)を用い、24時間後にウミシイタケルシフェラーゼ活性を解析することによって、ルシフェラーゼ遺伝子発現を標準化した。アッセイは2回行われた。293細胞にTrans-It-LT1(Mirus社)で遺伝子導入を行った。ペリルアルデヒド処理のため、同濃度のエチルアセテートをコントロールとした。
【0070】
(5)semi-quantitative RT-PCR
マウスTRX mRNA発現解析のため、total RNAをTrizol試薬(Invitrogen社)を用いて細胞から単離した。SuperScript First Strand Synthesis System(Invitrogen社)を用いてcDNAを合成した(オリゴdT12-18を使用)。
【0071】
増幅に使用したプライマーは以下の通りである:
ヒトTRX
5’- ATGGTGAAGCAGATCGAG -3’ (forward)(配列番号7)
5’- TTAGACTAATTCATTAATGGT - 3’ (reverse)(配列番号8);
マウスTRX
5'-ATGGTGAAGCTGATCGAGA-3' (forward)(配列番号9)
5'-CAGTAATAGAGGCTTCAAGC-3' (reverse)(配列番号10);
マウスGST-α
5'-AGAATGGAGTGCATCAGGTGG-3'(forward)(配列番号11)
5'- CTTGAAAGCCTTCCTTGCTTC-3'(reverse)(配列番号12);
ヒトグリセルアルデヒド-3-リン酸デヒドロゲナーゼ(GAPDH)
5’- ATGGGGAAGGTGAAGGTCGGAGTC -3 (forward)(配列番号13)
5’- CCATGCCAGTGAGCTTCCCGTTC -3’ (reverse)(配列番号14);
マウスG3PDH,
5'-TGAAGGTCGGTGTGAACGGATTTGGC-3'(forward)(配列番号15),
5'-CATGTAGGCCATGAGGTCCACCAC-3'(reverse)(配列番号16)
PCRを次の条件下で行った:
ヒトTRX 20サイクル
変性(denature)94℃で30秒,アニーリング(annealing)50℃で30秒,延長(extension)72℃で1分;
マウスTRX 21サイクル
変性94℃で30秒,アニーリング57℃で45秒,延長72℃で90秒;
GST-α 23サイクル
変性94℃で30秒,アニーリング59℃で1分,延長72℃で2分;
ヒトGAPDH 24サイクル
変性94℃で30秒,アニーリング60℃で1分,延長72℃で2分。
【0072】
PCT産物は、アガロースゲルに電気泳動を行って可視化した。Real-time PCRには、Takara SYBR Premix Ex Taqを用いた。
【0073】
(6)ウェスタン・ブロット解析
細胞を採取し、氷冷したリン酸緩衝生理食塩水(PBS)で2回洗浄し、その後、氷上にて10分間、可溶化溶液(20 mM Tris-HCI (pH 7.5), 150 mM NaCl, 1%Triton X-100, 1 mM EDTA, 1mM EGTA, 2.5mM リン酸ナトリウム, 1mM b-グリセロリン酸, 1mM Na3VO4 及び プロテアーゼインヒビターカクテル(Roche社))を用いて溶解して、超音波分解を行った。
【0074】
抽出物を遠心分離によって沈殿を除いた。細胞溶解物を、5分間95℃に保持し、その後15%SDSアクリルアミドゲル電気泳動によって分離した。分離された蛋白質を、ポリビニリデンジフルオリドメンブレン(Millipore社)に転写した。このメンブレンをT-PBS(0.005% Tween 20含有PBS)中の10%(w/v)スキムミルクで一晩処理し、抗マウスチオレドキシンモノクローナル抗体(Redox Bioscience社)を用いて1時間インキュベートし、その後、ペルオキシダーゼ標識抗マウスIgG(希釈1:5000)(Amersham Pharmacia Biotech社)で1時間処理した。エピトープをECLウェスタンブロット検出キット(Amersham Pharmacia Biotech社)で可視化した。
【0075】
核抽出物はKim, Y.-C., H. Masutani, Y. Yamaguchi, K. Itoh, M. Yamamoto, and J. Yodoi. 2001. Hemin-induced activation of the thioredoxin gene by Nrf2: A differential regulation of the antioxidant responsive element (ARE) by switch of its binding factors. J Biol Chem 276, 21, 18399-18406, 2001に記載の方法に従って調製した。Nrf2ポリクローナル抗体(C-20)をSant Cruz Biotechnology社から購入した。モノクローナル抗チューブリン抗体(Sigma社)又はモノクローナル抗β-アクチン抗体(Sigma社)を、泳動したタンパク質の量を確認するために用いた。
【0076】
(7)クロマチン免疫沈降アッセイ(ChIP)
One day ChIPキット(Diagenode社)を用いてChIPアッセイを行った。K562細胞をPBS中の1%ホルムアルデヒドで5分間室温にて架橋した。細胞を、氷冷PBSで2回洗浄し、SDS溶解緩衝溶液で溶解した。クロマチンを、Bioruptor超音波処理(6回×30秒、60秒の冷却)によって切断し、遠心分離の後、抗Nrf2抗体又は正常ウサギIgG(Santa Cruz Biotechnoligy社)で4℃で一晩インキュベーションを行った。免疫沈降したDNAをTaq Polymerase Mix(Sigma社)を用いてPCRによって解析した。
【0077】
用いたプライマーは以下の通りである:
チオレドキシン:
5’-GACGTACACACCGAGATA-3’ (forward)(配列番号17)
5’-ATCAGCACTGCGCGTGA-3’ (reverse)(配列番号18)
ヒトb-グロビン
5’-GGCAAGGTGAACGTGGATGAAGTTGGTG-3’ (forward)(配列番号19)
5’-GGAGTGGACAGATCCCCAAAGGACTCAAAG-3’ (reverse)(配列番号20)
ヒトb-グロビンに対するプライマーを使用して、コーディング領域の237bp領域を増幅した。PCR条件は以下の通りである。
ARE領域を含むヒトチオレドキシンプロモーターの248塩基対(bp)の領域を増幅する条件:
95 oCにて3分;
(95 oCにて30秒;53 oCにて1分;72 oCにて2分)を40サイクル;及び
最終延長 72 oCにて8分。
【0078】
インターナルコントロールを増幅するためのPCR条件:
94 oCにて3分;
(94 oCにて30秒;66 oCにて1分;72 oCにて2分)を27サイクル;及び
最終延長 72 oCにて8分。
【0079】
(8)LDHアッセイ
各ウェルに1×104の濃度になるように、96ウェルプレートに細胞を播種した。その後、細胞を0.3%のDMSOで処理し、10 μMのペリルアルデヒド又は50 μMのペリルアルデヒドで処理した。37℃で48時間インキュベーションした後、細胞を50 μM又は100 μMのH2O2で24時間又は48時間処理した。100 μlの培養培地試料中のLDHを、LDHアッセイキット(Roche社)を用い、説明書に従って測定した。
【0080】
(9)動物
F5 C57B/6の遺伝的バックグラウンドを持つマウスを使用した。12時間の明暗サイクル、21℃の室温、自由飲水・摂食条件下で動物を飼育した。動物を使用する全ての実験は、京都大学ウイルス研究所の承認を受けたプロトコルに従って行われた。
【0081】
0~300 μg/body/dayのペリルアルデヒドを3日間、腹腔内に投与した。PBSを用いて心臓灌流の後、肝臓を切除し、トータルタンパク質及びRNAの調製のためにホモジェナイズした。
【0082】
経口投与の場合、マウスをペリルアルデヒド又は賦形剤(vehicle:0.1mlコーン油中18 mg/ bodyの胃内投与)で処理した。処理の24時間後、眼窩洞静脈から血液を採取した。
【0083】
2.実験結果
(1) Perilla frutescens抽出物によるチオレドキシン発現の増強
我々は、K562細胞を多種の野菜抽出物(青ジソ、黒豆(Glycine max cv. Kuromame)など)で処理することによって、チオレドキシン遺伝子の活性化が変化するかどうかを評価した。試験に用いられた抽出物のうち、Perilla frutescens(青ジソ)がチオレドキシン遺伝子を活性化した。代表例として、青ジソ抽出物又は黒豆抽出物によるチオレドキシン遺伝子の活性化の結果を示す(図1A)。
【0084】
そこで、我々は、チオレドキシン遺伝子AREの3つのタンデムリピートを含むルシフェラーゼレポーターベクター(pcDNA3-3X-ARE-Luc)を用い、活性を指標にした精製activity-guiding purificationを行った。
【0085】
Perilla frutescens(200g)を1リットルのエチルアセテートで室温にて一晩抽出し、得られた抽出物をカーボングラファイトカラムにかけた。通過物をシリカゲルカラムクロマトグラフィーを用いて5つの画分に分画した。図1Bには、これらの画分のうち活性があると考えられた画分を示す。図1B中コントロール1はメタノール、コントロール2はエチルアセテートを示す。
【0086】
この抽出物がARE活性化活性を有していることを示すため、30%のエチルアセテート画分をさらに分取HPLCによって分画した(図1C)。図1C下段より、画分K(HPLCの画分28、29及び30を含む)のルシフェラーゼ活性が高いことが示された。遺伝子導入の効率補正のためのコントロールとして、ウミシイタケルシフェラーゼ遺伝子発現を用いた。
【0087】
Perilla frutescensの精油も、AREを介して活性を誘導した(図2A:コントロールとしてエタノールを用いた)が、PGL3ベーシックベクターは活性を誘導しなかった(Fig.2B)。
【0088】
次に、我々は、精油の活性を指標にした精製(activity-guiding purfication)を行った(図2C及び2D)。最もチオレドキシン誘導活性を有するHPLC画分を、ガスクロマトグラフィー解析に用いたところ、この画分の構成成分の分子量は150であり、質量分析のパターンはペリルアルデヒドと同一であった。
【0089】
(2)ペリルアルデヒドによるチオレドキシンの発現の誘導
我々は、ペリルアルデヒドがチオレドキシン発現を誘導するかどうかを試験した。10〜50μMのペリルアルデヒドが、pGL3-ARE-WT-Lucルシフェラーゼレポーター遺伝子を、用量依存的に活性化したが、pGL3-basicは活性化されなかった(図3A:コントロールとしてエチルアセテートを用いた)。
【0090】
ペリルアルデヒド処理は、pTRX(-1148)-Luc、pTRX(-874)-Luc、pTRX(-463)-Luc又はpTRX-ARE-WT-Luc等のルシフェラーゼレポーター遺伝子(ARE領域を含む遺伝子)を活性化したが、pTRX(-352)-Luc、pTRX(-76)-Luc、pTRX-ARE-M-Luc、pGL3-basic(ARE領域を含まない遺伝子)は活性化されなかった(図3B及び3C:いずれもコントロールとしてエチルアセテートを用いた)。図3C中、MはpTRX-ARE-M vectorを指し、ARE配列に変異が導入されていることを表す。
【0091】
ウエスタンブロッティングを用いた解析によると、50μMのペリルアルデヒドは、K562細胞およびHepG2細胞におけるチオレドキシン蛋白質発現(図3D)及びRTおよびreal-time RT-PCRアッセイを用いた解析によると、mRNA発現を誘導した(図3E)。
【0092】
図3D中、各レーンは左から未処理、コントロール(エチルアセテート)、ペリルアルデヒド処理(50μM,48時間)を示す。15%SDS-PAGEに細胞溶解液13.5μgを泳動した。また、図3E中、各レーンは左からコントロール(未処理)、0.1%エチルアセテート処理、50μM,16時間のペリルアルデヒド処理を表す。図3F中、−は未処理(コントロール)を表し、EAは0.1%エチルアセテート処理、PAは50μMペリルアルデヒド処理を表す。
【0093】
(3)ペリルアルデヒドの前処理によるチオレドキシンの誘導が酸化ストレス誘導性の細胞傷害を軽減する。
【0094】
我々は、ペリルアルデヒドを用いて前処理を行うと、K562細胞及びRGM-1細胞における酸化ストレスによって誘導される細胞傷害が抑制されるのかどうかを、傷害された細胞からのLDHの放出を解析することによって検証した(図4A:K562細胞及び4B:RGM-1細胞)。図4A及び4B中、2% Triton-X100で処理した場合の光学濃度を100%細胞死とした。図中、−は未処理を表し、コントロールは0.05%エチルアセテート処理を表す。ペリルアルデヒドを用いた前処理によって、過酸化水素誘導性のLDH放出が減少した。これに対し、前処理そのものによるLDH放出の増加はほとんどなかった。
【0095】
我々は、さらに、3、30、300μg/body/dayの濃度のペリルアルデヒドをそれぞれ3日間腹腔内投与したマウスにおけるチオレドキシン発現をウェスタンブロッティング解析した。ペリルアルデヒドを用いた腹腔内処置は、チオレドキシンタンパク質の発現を誘導した(図4C)。ペリルアルデヒドの経口投与も、チオレドキシン及びGST-αの発現を誘導した(図4D)。図4D中、左はチオレドキシンタンパク質の発現を示し、右側がチオレドキシンmRNA及びGST-α mRNAの発現を示す。インターナルコントロールとしてG3PDHのRT-PCR結果を使用した。図4C及び4Dのいずれにおいてもコントロールとして溶媒(コーン油)を用いた(レーン0に相当)。また、Cummassie Brilliant Blue染色をローディングコントロールとした。
【0096】
(4)ペリルアルデヒドによるNrf2タンパク質の安定性の増強
Keap1/Nrf2システムを介した制御がARE活性化の中心的役割を果たしていると考えられていることから、我々は、K562細胞の全細胞分画(トータル)抽出物(Total)及び核抽出物(NE)を用いて、図5Aに示される各溶液で8時間処理を行い、Nrf2発現に対するペリルアルデヒド処理の影響を試験した(図5A)。図に示されるように、トータル抽出物及び核抽出物の両方において、ペリルアルデヒド処理によるNrf2発現が、用量依存的に顕著増加していた。
【0097】
我々は、さらに、クロマチン免疫沈降(ChIP)アッセイを用いて、ペリルアルデヒドがARE活性化を誘導するかどうかを検証した。チオレドキシン遺伝子のARE領域を増幅するためのプライマーセットを用いた場合、50μMのペリルアルデヒド又は10μMのスルフォラファンによって、抗Nrf2抗体による沈殿からのPCRシグナルが顕著に誘導されていた(図5B上段)。これに対し、ペリルアルデヒドは、コントロールの抗体又はコントロールのプライマーセットを用いて得られたシグナルを変化させなかった(図5B下段)。これらの結果より、チオレドキシンのARE領域におけるNrf2の結合をペリルアルデヒドが誘導することを示された。
【0098】
この結果によりペリルアルデヒドはNrf2転写因子を活性化してそのDNA結合配列への結合を増強していることが示唆される。
【0099】
図5A及び5B中、EA:0.1%エチルアセテート、PA:ペリルアルデヒド、SF:スルフォラファン(10μM)、DMSO(ジメチルスルホキシド:0.1%)を表す。また、図5BのinputはImmunoprecipitationに用いたDNA(用いたDNA量が同定度であることを示すinternal control)を表し、C:コントロール抗体、N:抗Nrf2抗体を表す。
【0100】
(5)ペリルアルデヒドのアルデヒド基がチオレドキシン誘導活性に関与している。
【0101】
次に、我々は、ペリルアルデヒドの構造のどの部分がチオレドキシン遺伝子誘導活性に関与しているのかを解析した。我々は、ペリルアルデヒドの関連化合物でK562細胞を16時間処理し、チオレドキシン遺伝子誘導活性を試験した。ペリルアルコール、メチルペリレート、ペリル酸、ペリルアセテートは、チオレドキシン誘導活性を示さず(図6A)、ペリルアルデヒドのアルデヒド基がARE及びチオレドキシンの誘導活性に関与していることが示唆された。(R)-及び(S)-型のペリルアルデヒドは、両方ともARE活性化を誘導した。コントロールとしてエチルアセテートを用いた。
【0102】
シトラール(図7A)、trans-シンナムアルデヒド(図7B)、サフラナール(図7D)、trans-2,cis-6ノナジエナール及びtrans-2-ヘキセナール(図7E)等の植物由来のアルデヒド化合物は、AREを介した活性化を示した。Cymbopogon citrarusからの精油もARE誘導活性を有していた(図7F)。Cymbopogon citrarusにはシトラールが含有されていることが知られている。
【0103】
しかしながら、オクタナール、ノナナール、デカナール、ウンデカナール、ベンズアルデヒド、ヴァニリン、アニスアルデヒド、ピペロナール、クミンアルデヒド、ミルテナール、メロナール、アセトアルデヒド及びグリセルアルデヒドは、ARE誘導活性を示さなかった(図7D及び7G)。
【0104】
また、アクロレイン、4-ヒドロキシノネナール又は2,4-オクタジエナールは、ARE活性化を誘導したが、プロピオンアルデヒドは誘導しなかった(図7H及び7I)。
【0105】
(6)ペリルアルデヒド誘導性のNrf2の蓄積がKeap1によって抑制される。
【0106】
我々は、次に、ARE誘導性の活性を有するアルデヒドが、Nrf2の蓄積を引き起こすかどうかについて検証した。ペリルアルデヒドと同様に、trans-シンナムアルデヒド、シトラール、サフラナール、trans-2,cis-6ノナジエナール、trans-2-ヘキセナール又はオクタナールは、K562細胞におけるNrf2タンパク質の蓄積を誘導したが、デカナールは誘導しなかった(図8A)。なお、Cummasie brilliant blue(CBB)染色又は抗アクチン抗体を用いた免疫ブロッティングに同じ溶解液を用いた。
【0107】
図8A中、1:未処理、2:エチルアセテート、3:20μM trans−シンナムアルデヒド、4:20μMシトラール、5:20μMサフラナール、6:20μM trans-2, cis-6-ノナジエナール、7:20μM trans-2-ヘキセナール、8:2,4-オクタジエナール、9:デカナールを表す。
【0108】
Keap1は、ユビキチン依存性分解に対して、Nrf2をターゲットとする基質アダプタータンパク質であることから、我々は、高い遺伝子導入効率を有する293細胞を用いて、Nrf2のペリルアルデヒド誘導性の蓄積に対するKeap1の過剰発現の影響を試験した。293細胞にpCMV-Tag2又はpCMV-Tag2-Keap1を用いて遺伝子導入を行い,24時間後に細胞を0.04% DMSO(DMSO)、20μM スルフォラファン(SF)、0.1%エチルアセテート(EA)又は50μM ペリルアルデヒド(PA)で4時間処理した。細胞を溶解し、抗Nrf2抗体を用いてウェスタンブロッティングを行った。Keap1の過剰発現は、スルフォラファンによって誘導された抗Nrf2抗体との免疫反応の増強をわずかに抑制し、ペリルアルデヒドによって誘導された免疫反応の増強を顕著に抑制した(図8B)。
【0109】
この結果によりペリルアルデヒドはNrf2転写因子を活性化してそのDNA結合配列への結合を増強していることが示唆される。
【図面の簡単な説明】
【0110】
【図1A】青ジソ抽出物又は黒豆抽出物によるチオレドキシン遺伝子の誘導を示す。
【図1B】Perilla frutescens抽出物によるチオレドキシン遺伝子の活性化を示す。
【図1C】HPLC画分によるチオレドキシン遺伝子の活性化を示す。
【図2A】Perilla frutescens精油によるチオレドキシン遺伝子の活性化を示す。
【図2B】PGL3ベーシックベクターを用いた場合には、Perilla frutescens精油によるチオレドキシン遺伝子の活性化は誘導されなかったことを示す。
【図2C】各HPLC画分によるチオレドキシン遺伝子の活性化を示す。
【図2D】各HPLC画分によるチオレドキシン遺伝子の活性化を示す。
【図3A】ペリルアルデヒドによるチオレドキシン遺伝子の活性化を示す。
【図3B】AREを含む遺伝子領域を介したペリルアルデヒドによるチオレドキシン遺伝子の活性化を示す。
【図3C】AREを介したペリルアルデヒドによるチオレドキシン遺伝子の活性化を示す。
【図3D】ペリルアルデヒドによるチオレドキシンタンパク質発現の誘導を示す。
【図3E】ペリルアルデヒドによるチオレドキシンmRNA発現の誘導を示す。
【図3F】real-time RT-PCRによって解析されたペリルアルデヒドによるチオレドキシンmRNA発現の誘導を示す。
【図4A】K562細胞におけるペリルアルデヒドによる過酸化水素誘導性細胞傷害の減少を示す。
【図4B】RGM-1細胞におけるペリルアルデヒドによる過酸化水素誘導性細胞傷害の減少を示す。
【図4C】マウス肝臓におけるチオレドキシンの発現に対するペリルアルデヒドの腹腔内投与の効果を示す。
【図4D】マウス肝臓におけるチオレドキシンの発現に対するペリルアルデヒドの胃内投与の効果を示す。
【図5A】ペリルアルデヒド処理によるNrf2の活性化を示す。
【図5B】ペリルアルデヒド処理によるチオレドキシン遺伝子のAREへのNrf2結合の増強
【図6】ペリルアルデヒドのアルデヒド基がARE誘導性活性に関与することを示すグラフ。
【図7A】アルデヒド類がチオレドキシン誘導物質であることを示すグラフである。
【図7B】アルデヒド類がチオレドキシン誘導物質であることを示すグラフである。
【図7C】アルデヒド類がチオレドキシン誘導物質であることを示すグラフである。
【図7D】アルデヒド類がチオレドキシン誘導物質であることを示すグラフである。
【図7E】アルデヒド類がチオレドキシン誘導物質であることを示すグラフである。
【図7F】アルデヒド類がチオレドキシン誘導物質であることを示すグラフである。
【図7G】アルデヒド類がチオレドキシン誘導物質であることを示すグラフである。
【図7H】アルデヒド類がチオレドキシン誘導物質であることを示すグラフである。
【図7I】アルデヒド類がチオレドキシン誘導物質であることを示すグラフである。
【図8A】不飽和アルデヒド類によるNrf2タンパク質の蓄積を示すグラフ。
【図8B】Keap1過剰発現によるスルフォラファン又はペリルアルデヒド誘導性のNrf2蓄積の抑制を示す。
【配列表フリーテキスト】
【0111】
配列番号1は、ARE-WT用のフォワードプライマーの塩基配列を示す。
【0112】
配列番号2は、ARE-WT用のリバースプライマーの塩基配列を示す。
【0113】
配列番号3は、ARE-M用のフォワードプライマーの塩基配列を示す。:
配列番号4は、ARE-M用のリバースプライマーの塩基配列を示す。
【0114】
配列番号5は、KeapI cDNA用のフォワードプライマーの塩基配列を示す。
【0115】
配列番号6は、KeapI cDNA用のリバースプライマーの塩基配列を示す。
【0116】
配列番号7は、ヒトTRX用のフォワードプライマーの塩基配列を示す。
【0117】
配列番号8は、ヒトTRX用のリバースプライマーの塩基配列を示す。
【0118】
配列番号9は、マウスTRX用のフォワードプライマーの塩基配列を示す。:
配列番号10は、マウスTRX用のリバースプライマーの塩基配列を示す。
【0119】
配列番号11は、マウスGST-α用のフォワードプライマーの塩基配列を示す。
【0120】
配列番号12は、マウスGST-α用のリバースプライマーの塩基配列を示す。
【0121】
配列番号13は、GAPDH用のフォワードプライマーの塩基配列を示す。
【0122】
配列番号14は、GAPDH用のリバースプライマーの塩基配列を示す。
【0123】
配列番号15は、マウスG3PDH用のフォワードプライマーの塩基配列を示す。
【0124】
配列番号16は、マウスG3PDH用のリバースプライマーの塩基配列を示す。
【0125】
配列番号17は、チオレドキシン用のフォワードプライマーの塩基配列を示す。
【0126】
配列番号18は、チオレドキシン用のリバースプライマーの塩基配列を示す。
【0127】
配列番号19は、ヒトβ−グロビン用のフォワードプライマーの塩基配列を示す。
【0128】
配列番号20は、ヒトβ−グロビン用のリバースプライマーの塩基配列を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1)で表されるα,β−不飽和結合を有するアルデヒド化合物を含有する抗酸化酵素誘導剤。
【化1】

(式中、
R1は、水素原子、水酸基で置換されていても良いC1~8アルキル基、C3〜8シクロアルキル基、C1~8アルケニル基又はアリール基を示す。
R2は、水素原子又はC1~8アルキル基を示す。
また、R1はCxに直接結合している水素原子に代えてCxに結合し、シクロヘキセン環又はシクロヘキサジエン環を形成していてもよい。
これらシクロヘキセン環及びシクロヘキサジエン環上には、C1~8アルキル基及びC1~8アルケニル基からなる群より選択される少なくとも1つが置換していてもよい。)
【請求項2】
前記アルデヒド化合物が、ペリルアルデヒド、シトラール、trans-シンナムアルデヒド、サフラナール、trans-2, cis-6-ノナジエナール、trans-2ヘキセナール及び2,4-オクタジエナールからなる群より選択される少なくともいずれか1種である請求項1に記載の抗酸化酵素誘導剤。
【請求項3】
チオレドキシンの誘導剤である、請求項1又は2に記載の抗酸化酵素誘導剤。
【請求項4】
下記一般式(1)で表されるα,β−不飽和結合を有するアルデヒド化合物を、薬学的に許容される担体と共に含有する抗酸化用医薬組成物。
【化2】

(式中、
R1は、水素原子、水酸基で置換されていても良いC1~8アルキル基、C3〜8シクロアルキル基、C1~8アルケニル基又はアリール基を示す。
R2は、水素原子又はC1~8アルキル基を示す。
また、R1はCxに直接結合している水素原子に代えてCxに結合し、シクロヘキセン環又はシクロヘキサジエン環を形成していてもよい。
これらシクロヘキセン環及びシクロヘキサジエン環上には、C1~8アルキル基及びC1~8アルケニル基からなる群より選択される少なくとも1つが置換していてもよい。)
【請求項5】
胃潰瘍、消化器粘膜障害及び肝機能障害からなる群より選択される少なくとも1種の予防乃至治療用である請求項4に記載の医薬組成物。
【請求項6】
以下の工程を含む抗酸化物質のスクリーニング方法:
(i)抗酸化酵素を誘導することができる細胞に、酸化ストレスを誘導する化合物を添加し、発現された抗酸化酵素の量を計測する工程;
(ii)酸化ストレスを誘導する化合物と候補化合物を被験細胞に添加し、発現された抗酸化酵素の量を計測する工程;及び
(iii)前記工程(i)及び(ii)における計測結果を比較し、前記工程(i)よりも多く抗酸化酵素を発現することができる前記工程(ii)の候補化合物を選択する工程。

【図1A】
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【図1B】
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【図1C】
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【図2A】
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【図2B】
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【図2C】
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【図2D】
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【図3A】
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【図3B】
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【図3C】
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【図3D】
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【図3E】
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【図3F】
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【図4A】
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【図4B】
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【図4C】
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【図4D】
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【図5A】
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【図5B】
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【図6】
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【図7A】
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【図7B】
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【図7C】
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【図7D】
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【図7E】
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【図7F】
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【図7G】
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【図7H】
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【図7I】
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【図8A】
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【図8B】
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【公開番号】特開2009−108009(P2009−108009A)
【公開日】平成21年5月21日(2009.5.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−284529(P2007−284529)
【出願日】平成19年10月31日(2007.10.31)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許出願(平成18年度独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構「生物系産業創出のための異分野融合研究支援事業」、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願)
【出願人】(504132272)国立大学法人京都大学 (1,269)
【出願人】(397013137)株式会社ロック・フィールド (3)
【Fターム(参考)】