説明

摺動皮膜の形成方法

【課題】 摺動皮膜の構成成分の混合比率を自由に制御することができる摺動皮膜の形成方法を提供すること。
【解決手段】 相手部材に対して摺動し得る摺動部材1の摺動面2にSnをめっきし、次いで、摺動面2へ固体潤滑剤を投射することによって、摺動面2上に摺動皮膜7を形成する。Snをめっきする工程と、固体潤滑剤を投射する工程とが順次単独で実行されるため、各工程においてSnまたは固体潤滑剤の積層量を制御すれば、Snおよび固体潤滑剤の混合比率を自由に制御することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、摺動皮膜の形成方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、内燃機関用ピストンなどの摺動部材の摺動面は、各種表面処理によって形成される摺動皮膜で被覆されている。
皮膜を形成するための表面処理の手法として、例えば、炭素工具鋼からなるエキスパンダを前処理した後、Sn粒体とMoS粒体とを含む噴射粒体をエキスパンダへ噴射することによって、エキスパンダの表面に潤滑性皮膜を形成する方法が提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
また、Sn粒体とMoS粒体とを含む噴射粒体をアルミ板へ噴射することによって、アルミ板の表面に潤滑性皮膜を形成する方法が提案されている(例えば、特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2002−161371号公報
【特許文献2】特開2006−342379号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記の方法では、Sn粒体とMoS粒体とが互いに混じり合った状態で同時に噴射されるので、Sn粒体の噴射条件(噴射圧力、噴射速度、噴射時間など)と、MoS粒体の噴射条件とが同じとなる。
同じ噴射条件下では、相対的に比重の小さいMoS粒体が、相対的に比重の大きいSn粒体よりも摺動部材に付着し難い。そのため、噴射粒体中のMoS粒体の混合比率を増加させても、形成される皮膜中のMoSの混合比率は、その増加分に見合うように増加しない。したがって、噴射粒体中のMoS粒体の混合比率を100重量%とする場合を除いて、皮膜中のMoSの混合比率の設計には制約が課される。
【0006】
一方、摺動部材の使用目的や使用条件に応じて、皮膜の摩擦性能や耐焼付性を自由に設計したいという要望がある。皮膜の摩擦性能や耐焼付性の設計は、皮膜の構成成分の混合比率を調節することによって行なうことができるが、複数の粒体からなる噴射粒体を同時に噴射して皮膜を形成する従来法では、上記混合比率の制約から、構成成分の混合比率を自由に制御することが困難である。
【0007】
本発明の目的は、摺動皮膜の構成成分の混合比率を自由に制御することができる摺動皮膜の形成方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するために、本発明の摺動皮膜の形成方法は、相手部材に対して摺動し得る摺動部材の摺動面にSnをめっきし、次いで、前記摺動面へ固体潤滑剤を投射することによって、前記摺動面上に摺動皮膜を形成することを特徴としている。
また、本発明の摺動皮膜の形成方法では、前記摺動皮膜中の固体潤滑剤の含有量が30重量%を超えるように、固体潤滑剤の投射時間を制御することが好適である。
【発明の効果】
【0009】
本発明の摺動皮膜の形成方法によれば、摺動面にSnがめっきされ、その後、摺動面へ固体潤滑剤が投射されることによって摺動皮膜が形成される。Snをめっきする工程と、固体潤滑剤を投射する工程とが順次単独で実行されるため、各工程においてSnまたは固体潤滑剤の積層量を制御すれば、Snおよび固体潤滑剤の混合比率を自由に制御することができる。その結果、摺動部材の使用目的や使用条件に応じて、皮膜の摩擦性能や耐焼付性を自由に設計することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】摺動皮膜の形成方法の手順を示すフロー図である。
【図2】摩擦係数および焼付面圧の評価するための試験機の概略構成図である。
【図3】各実施例および各比較例の焼付面圧および摩擦係数を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
図1は摺動皮膜の形成方法の手順を示すフロー図である。
摺動皮膜を形成するには、まず、図1(a)に示すように、摺動部材1にSnめっきが施される。
摺動部材1は、各種動力機構において相手部材に対して摺動する部材であって、その用途に応じた形状に形成されており、相手部材に接する摺動面2を有している。なお、本実施形態では、図解し易くする目的で、略円盤状の摺動部材1とし、その上面を摺動面2としている。
【0012】
摺動部材1の用途としては、例えば、ピストン、ピストンリング、カムシャフト、バルブリフター、シリンダライナ、コンロッド、クランクシャフト、ベアリング、軸受けメタル、チェーン、スプロケット、チェーンガイド、ギヤなどの自動車用途が挙げられる。また、自動車用途の摺動部材1と相手部材との組み合わせとしては、例えば、ピストンとシリンダライナ、軸受けメタルとクランクシャフトなどの組み合わせが挙げられる。
【0013】
また、摺動部材1を構成する材料としては、摺動部材1の用途により異なるが、例えば、アルミニウム、鉄、ステンレス、銅、チタン、ジルコニウムなどの金属、例えば、セラミック、プラスチック、ガラスなどの非金属が挙げられる。なお、上記の材料には、例示した金属の合金が含まれ、例えば、アルミニウムには、AC2A、AC3A、AC4A、AC8Aなどの鋳物用アルミニウム合金、ADC1、ADC3、ADC5、ADC6などのダイカスト用アルミニウム合金などが含まれる。
【0014】
Snめっきの方法としては、摺動部材1の構成材料により異なるが、例えば、電解錫めっき、無電解錫めっきなど、公知の錫めっき法が挙げられる。
そして、上記Snめっきによって、摺動部材1の摺動面2にSnめっき層3が形成される。Snめっき層3の厚さは、例えば、2〜10μmであり、好ましくは、6〜10μmである。Snめっき層3の厚さが上記範囲であれば、Snめっき層3へ固体潤滑剤を投射することによって、固体潤滑剤をSnめっき層3中に容易に混在させることができる。
【0015】
なお、摺動部材1が非金属である場合は、Snめっき層3の形成に先立って、摺動面2に下地層を形成することが好ましい。下地層としては、例えば、無電解銅めっきなどによって形成されるCuめっき層などが挙げられる。下地層を形成しておくことによって、非金属摺動部材1の摺動面2上に、Snめっき層3を容易に形成することができる。
Snめっき層3の形成後、図1(b)に示すように、摺動部材1の摺動面2へ固体潤滑剤が投射される。
【0016】
固体潤滑剤としては、摺動部材1の用途により異なるが、例えば、黒鉛、二硫化モリブデン(MoS)、窒化ホウ素(BN)、硫化タングステン(WS)、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)などが挙げられる。これらは、単独使用または2種以上併用することができる。また、自動車用途の場合には、上記のうち、MoSが好ましい。
固体潤滑剤の投射には、例えば、直圧式エアブラスト装置、重力式エアブラスト装置、サイフォン式エアブラスト装置など、公知のエアブラスト装置4を用いることができる。
【0017】
具体的には、エアブラスト装置4は、略円筒形のノズル5を備えている。ノズル5は、その軸方向に直交する方向に沿って揺動自在(スライド自在)に設置されている。ノズル5径D(直径)は、摺動部材1の用途や構成材料に応じて適宜定められる。
そして、エアブラスト装置4では、ノズル5に摺動面2を対向させた姿勢で摺動部材1をセットし、ノズル5を往復揺動させながら固体潤滑剤を噴射することによって、固体潤滑剤を摺動面2へ投射する。ノズル5を往復揺動させることによって、摺動面2全体にムラが少なく固体潤滑剤を投射することができる。
【0018】
投射条件は、摺動部材1の用途により異なるが、例えば、自動車用途の場合には、投射圧力が、0.5〜1.5MPaである。
また、ノズル5の先端6から摺動面2までの最短距離(投射距離d)が、例えば、自動車用途の場合には、5〜50mmである。
また、揺動ストローク(往復揺動の折り返し点間の距離)が、例えば、自動車用途の場合には、10〜80mmである
また、往復揺動の1分間の往復回数(揺動回転数)は、例えば、自動車用途の場合には、100〜250cpm(count per minute)である。
【0019】
また、投射時間が、例えば、自動車用途の場合には、20〜60秒である。
以上の工程を経ることによって、図1(c)に示すように、摺動部材1の摺動面2に摺動皮膜7が形成される。
以上のように、摺動皮膜7は、Snと固体潤滑剤とが分離して2層となることなく、Snと固体潤滑剤とが混在する1層として形成される。
【0020】
摺動皮膜7の厚さは、摺動部材1の用途により異なるが、例えば、自動車用途の場合には、2〜10μmであり、好ましくは、6〜10μmである。
また、摺動皮膜7中の固体潤滑剤の含有量(混合比率)は、摺動部材1の用途により異なるが、例えば、自動車用途の場合には、30重量%を超え、90重量%以下である。
固体潤滑剤の含有量は、例えば、EPMA(電子線マイクロアナライザ)によって測定することができる。
【0021】
EPMAを用いて固体潤滑剤の含有量を測定するには、例えば、摺動皮膜7に電子線を照射し、それによって発生するX線強度を検出して、Snおよび固体潤滑剤を含む検出成分を定量分析する。
定量分析は、例えば、検出成分の総量から摺動部材1の成分(例えば、アルミニウムなど)を差し引いた値(基準値)を100とし、基準値に対するSnの量を算出する。そして、基準値からSnの量を差し引いた値を固体潤滑剤の含有量と定義する。
【0022】
また、摺動皮膜7の摩擦係数および焼付面圧は、摺動部材1の用途に応じて適宜定められる。例えば、自動車用途の場合には、摩擦係数が、0.010〜0.10である。
摩擦係数および焼付面圧は、例えば、図2に示す構成の摩擦試験機8によって測定することができる。
摩擦試験機8は、摺動部材1を固定するための回転円盤9と、略円筒形の押圧リング10とを備えている。このような構成を有する摩擦試験機の市販品としては、例えば、高千穂精機株式会社製 鈴木式摩擦試験機が挙げられる。
【0023】
回転円盤9は、摺動部材1を固定した状態で、中心軸aを回転軸として回転自在とされている。
押圧リング10におけるリング状の一方面11には、その中心から周面12に至るまで径方向に延びる断面U字状の溝13が形成されている。
また、押圧リング10を構成する材料としては、例えば、相手部材の構成材料が挙げられ、例えば、上記した摺動部材1と同様の材料が挙げられる。例えば、摺動部材1が自動車用ピストン用途の場合には、押圧リング10の構成材料には、シリンダライナの構成材料(例えば、鋳鉄)が適用される。
【0024】
摩擦試験機8を用いて摩擦係数を測定するには、摺動面2を上方に向けた姿勢で摺動部材1を回転円盤9上に固定し、摺動部材1の摺動面2と押圧リング10の一方面11とが接触するように押圧リング10をセットする。押圧リング10は、周方向に回転しないように固定される。
次いで、押圧リング10を回転円盤9の中心軸a下方へ押し込むことによって摺動面2を加圧しながら、回転円盤9を回転させる。また、摺動部材1の製品に即した結果を得る目的で、押圧リング10の中空部分14の他方面15側から、摺動不良による焼き付きを防止するための液体潤滑剤を流し込む。流し込まれた液体潤滑剤は、自重によって一方側に達し、溝13に沿って押圧リング10の径方向外側へ流れ、回転円盤9の回転動作によって摺動部材1の摺動面2と押圧リング10の一方面11と接触部分に満遍なく供給される。
【0025】
そして、摺動部材1の摺動面2と押圧リング10一方面11との間に発生する摩擦力を測定し、その摩擦力に基づいて摩擦係数を算出する。
摩擦試験の条件は、摺動部材1の用途により異なるが、押圧リング10により加えられる圧力(試験面圧)が、例えば、自動車用途の場合には、2〜30MPaである。
また、回転円盤9の回転速度が、例えば、自動車用途の場合には、0.10〜2.0m/sである。
【0026】
また、液体潤滑剤としては、例えば、自動車用ピストン用途の場合には、エンジンオイルが挙げられる。エンジンオイルの粘度グレードについては、そのピストンが適用される車種などに応じて適宜選択される。また、エンジンオイルを液体潤滑剤と使用する場合の油温は、ピストンの構成材料に応じて適宜定められる。
一方、焼付面圧を測定するには、例えば、上記摩擦係数の測定後、押圧リング10から摺動部材1に加える圧力を徐々に増加させていき、摩擦係数が基準値以上になったとき、もしくは急激な発熱を伴なう磨耗量の著しい増加が発生したときの圧力値を、焼付面圧として測定する。
【0027】
摩擦係数の基準値としては、摺動部材1の用途により異なるが、例えば、自動車用途の場合には、0.1〜0.3である。
以上説明した摺動皮膜の形成方法によれば、Snをめっきする工程と、固体潤滑剤を投射する工程とが順次単独で実行される。そのため、例えば、Snめっき工程におけるめっき時間、固体潤滑剤を投射する工程における投射時間などを調節することによって、Snおよび/または固体潤滑剤の積層量を制御すれば、摺動皮膜7中のSnおよび固体潤滑剤の混合比率を自由に制御することができる。その結果、摺動部材1の使用目的や使用条件に応じて、皮膜の摩擦性能や耐焼付性を自由に設計することができる。
【0028】
このような摺動皮膜の形成方法は、自動車用途の摺動部材に限らず、各種動力機構に利用される摺動部材の皮膜形成に好適に利用することができる。
【実施例】
【0029】
次に、本発明を実施例および比較例に基づいて説明するが、本発明は下記の実施例によって限定されるものではない。
実施例1
まず、無電解錫めっきによって、AC8Aアルミニウム合金からなる試験用ディスク(上面の面積2000mm、厚さ0.5cm)の表面に、6μmのSnめっき層を形成した。
【0030】
次いで、エアブラスト装置(株式会社不二機販製)を用いて、MoS粒体(平均粒径30μm以下)を試験用ディスクの上面へ投射した。以上の工程を経て、試験用ディスクの上面に、厚さ6μmの皮膜を形成した。ただし、MoSの投射条件は、下記表1のように設定した。
【0031】
【表1】

【0032】
実施例2
MoS粒体の投射時間を5秒にしたこと以外は実施例1に従い、無電解錫めっきをする工程と、MoS粒体を投射する工程とを実行することによって、試験用ディスクの上面に、厚さ6μmの皮膜を形成した。
比較例1
無電解錫めっきをしなかったこと以外は実施例1に従い、MoS粒体を投射する工程を実行することによって、試験用ディスクの上面に、MoSのみからなる、厚さ3μmの皮膜を形成した。
比較例2
MoS粒体を投射しなかったこと以外は実施例1に従い、無電解錫めっきをする工程を実行することによって、試験用ディスクの上面に、Snのみからなる、厚さ6μmの皮膜を形成した。
評価試験
(1)EPMA分析
EPMA(日本電子株式会社製 JXA8800R)を用いて、各実施例の皮膜に電子線を照射し、皮膜における構成成分の分布状態を示すSEM画像を撮影した。このSEM画像を観察することによって、皮膜の断面解析を行なった。
【0033】
SEM画像によると、いずれの実施例においても、皮膜中にMo元素およびS元素が混在していることが確認された。
また、SEM画像におけるX線強度に基づいて、各成分の定量分析を行なった。具体的には、検出された構成成分の総量から試験用ディスクのAl成分を差し引いた値(基準値)を100とし、基準値に対するSnの量を算出した。そして、基準値からSnの量を差し引いた値をMoSの量と定義した。その結果、各実施例の皮膜には、下記表2に示す混合比率でSnおよびMoSが含まれていることが確認された。
【0034】
【表2】

【0035】
(2)摩擦係数および焼付面圧の測定
摩擦試験機(高千穂精機株式会社製 鈴木式摩擦試験機)を用いて、各実施例および各比較例の皮膜の摩擦係数を測定した。ただし、摩擦試験機の測定条件は、下記表3のように設定した。
【0036】
【表3】

【0037】
摩擦係数の測定後、試験面圧を徐々に増加させていき、摩擦係数が0.2以上となったときの面圧を焼付面圧とした。得られた結果を図3および表4に示す。
【0038】
【表4】

【0039】
図3および表4によると、無電解錫めっきをする工程と、MoSを投射する工程とを順次単独で実行することによって得られた皮膜では、MoSの投射時間を調節するなどしてSnまたはMoSの積層量を制御することによって、Snのみからなる皮膜とMoSのみからなる皮膜との間の特性を発現できることが確認された。すなわち、皮膜の摩擦係数および焼付面圧を、SnまたはMoSの積層量を制御することによって自由に設計できることが確認された。
【符号の説明】
【0040】
1 摺動部材
2 摺動面
7 摺動皮膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】
相手部材に対して摺動し得る摺動部材の摺動面にSnをめっきし、次いで、前記摺動面へ固体潤滑剤を投射することによって、前記摺動面上に摺動皮膜を形成することを特徴とする、摺動皮膜の形成方法。
【請求項2】
前記摺動皮膜中の固体潤滑剤の含有量が30重量%を超えるように、固体潤滑剤の投射時間を制御することを特徴とする、請求項1に記載の摺動皮膜の形成方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−202915(P2010−202915A)
【公開日】平成22年9月16日(2010.9.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−48107(P2009−48107)
【出願日】平成21年3月2日(2009.3.2)
【出願人】(000002967)ダイハツ工業株式会社 (2,560)
【Fターム(参考)】