説明

摺動部材および圧縮機

【課題】リン酸塩皮膜を形成するための表面調整剤および化成液の溶媒成分がCa、Mg、Na、Kの総量で1ppm以上とすることによりリン酸塩皮膜の潤滑油の保油力が高く、高信頼性の圧縮機の摺動部材および、高信頼性かつ高効率の圧縮機を提供する。
【解決手段】リン酸塩皮膜を形成するための表面調整剤および化成液の溶媒成分がCa、Mg、Na、Kの総量で1ppm以上とすることにより摺動部素材の表面の一部にリン酸塩皮膜127を形成し、膜厚が0.5μm以上のリン酸塩皮膜127を摺動部素材の表面に形成することにより、潤滑油103の保油力を高めることでき、耐摩耗性が向上する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉄鋼製品、例えばピストンやクランクシャフト等の摺動面に、耐摩耗性、初期なじみ性の優れたりん酸塩皮膜を形成した摺動部材と、このような摺動部材を採用した圧縮機に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、地球環境保護の観点から化石燃料の使用を減らすために高効率の圧縮機の開発が進められている。
【0003】
従来、圧縮機のピストンやクランクシャフト等の摺動面に、リン酸塩皮膜を形成することで機械加工仕上げの加工面の凹凸を無くし、摺動部における部材同士の初期なじみを良好にした摺動部材、およびこのような部材を摺動部に採用した圧縮機についての記載がある(例えば、特許文献1参照)。
【0004】
以下、図面を参照しながら上記従来の摺動部材および圧縮機を説明する。
【0005】
図8は、特許文献1に記載された従来の圧縮機の縦断面図、図9は特許文献1に記載された従来の摺動部材の要部断面図である。
【0006】
図8に示すように、密閉容器1は、底部に潤滑油2を貯留するとともに、固定子3および回転子4からなる電動要素5と、電動要素5によって駆動される往復式の圧縮要素6を収容している。
【0007】
次に、圧縮要素6の詳細を以下に説明する。
【0008】
クランクシャフト7は、回転子4を圧入固定した主軸部8および、主軸部8に対して偏心して形成された偏心軸9を備え、さらに給油ポンプ10を設けている。
【0009】
また、シリンダーブロック11は、略円筒形のボアー12からなる圧縮室13を形成するとともに、主軸部8を軸支する軸受部14を設けている。
【0010】
ボアー12に遊嵌されたピストン15は、ピストンピン16を介して、偏心軸9との間を連結手段であるコンロッド17によって連結されている。
【0011】
ボアー12の端面は、バルブプレート18で封止されている。
【0012】
また、ヘッド19は、高圧室(図示せず)と低圧室(図示せず)を形成し、バルブプレート18の反ボアー12側に固定されている。
【0013】
サクションチューブ20は、密閉容器1に固定されるとともに、冷凍サイクルの低圧側(図示せず)に接続され、冷媒ガスを密閉容器1内に導く。サクションマフラー21は、バルブプレート18とヘッド19に挟持されている。
【0014】
クランクシャフト7の主軸部8と軸受部14、ピストン15とボアー12、ピストンピン16とコンロッド17、クランクシャフト7の偏心軸9とコンロッド17は、それぞれ相互に摺動部を形成し、摺動部を構成する摺動部材は、図9に示すように、どちらか一方の摺動部表面に、多孔質結晶体からなる不溶解性のリン酸塩皮膜22を形成している。
【0015】
図9では、摺動部の一例として、ピストン15とボアー12で形成される摺動部を示しており、ピストンの摺動部表面に多孔質結晶体からなる不溶解性のリン酸塩皮膜22を形成している。
【0016】
以上のように構成された圧縮機について、以下その動作を説明する。
【0017】
商用電源(図示せず)から供給される電力は、電動要素5に供給され、電動要素5の回転子4を回転させる。
【0018】
回転子4は、クランクシャフト7を回転させ、偏心軸9の偏心運動が連結手段であるコンロッド17からピストンピン16を介してピストン15に伝達されて、ピストン15は、ボアー12内を往復運動する。これに伴い、サクションチューブ20を通じて密閉容器1内に導かれた冷媒ガスは、サクションマフラー21から吸入され、圧縮室13内で圧縮され、吐出される。
【0019】
潤滑油2は、クランクシャフト7の回転に伴い、給油ポンプ10から各摺動部に給油され、摺動部を潤滑するとともに、ピストン15とボアー12の摺動部においては、多孔質結晶体であるリン酸塩皮膜22により、潤滑油が保持され、シールの役割を果たす。
【0020】
ここでピストン15とボアー12とは、漏れ損失を小さくするために非常に狭いクリアランスで遊嵌されている。その結果、ピストン15とボアー12の形状、精度のばらつきによっては、部分的に相互接触を起こす部位が生じることもある。
【0021】
しかしながら、リン酸塩皮膜22をピストン15の摺動面に形成することで、ピストン15が上死点ならびに下死点において速度が零となった場合においても、ピストン15の表面に形成したリン酸塩皮膜22により、ボアー12との金属接触を防止することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0022】
【特許文献1】特開平7−238885号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0023】
しかしながら、上記従来の摺動部材を潤滑油の粘度が高い環境下で使用する場合は、リン酸塩皮膜22の多孔質結晶体の形状を生かして潤滑油の保持性を得ることができたが、近年の圧縮機の高効率化に伴う潤滑油の低粘度化により、リン酸塩皮膜22の多孔質結晶体形状による潤滑油を保持する能力が低下し、その結果、潤滑油によるピストン15とボアー12間のシール性の低下や、リン酸塩皮膜に対する負荷が増大することによる耐摩耗性の低下が生じるという課題を有していた。
【0024】
本発明は、上記従来の課題を解決するもので、素材とリン酸塩皮膜との密着性を高め、リン酸塩皮膜の形状を制御することにより、潤滑油の保持力を向上させる摺動部材を提供し、信頼性の高い高効率の圧縮機を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0025】
上記従来の課題を解決するために、本発明の摺動部材は、リン酸塩皮膜を形成させるために使用する溶媒である水の成分を制限することで、リン酸塩皮膜と摺動部素材との密着性を良化させ、リン酸塩皮膜の膜厚および粒子径を制限することで、潤滑油の保持力を高
めることができるという作用を有する。
【0026】
したがって、かかる摺動部材を用いて構成される圧縮機においては、信頼性を高めることができる。
【発明の効果】
【0027】
本発明の摺動部材および圧縮機は、摺動部素材の表面のリン酸塩皮膜を形成するための表面調整剤および化成液の溶媒、水の成分を制御することにより、リン酸塩皮膜と摺動部材との密着性を高め、リン酸塩皮膜による潤滑油の保持力を高めた高性能でかつ高信頼性の摺動部材および、高信頼性かつ高効率の圧縮機を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】本発明の実施の形態1における摺動部材を具備した圧縮機の縦断面図
【図2】同圧縮機の図1におけるA部の拡大図
【図3】同圧縮機の図2におけるB部の表面拡大図
【図4】同実施の形態1における摺動部材のリン酸塩皮膜の形成工程図
【図5】同実施の形態1における摺動部材のリン酸塩皮膜の形成における表面調整材および化成液の溶媒の成分とリン酸塩皮膜の膜厚および粒形の関係図
【図6】同実施の形態1における摺動部材の膜厚および濃度と摩耗量の関係図
【図7】同実施の形態1における摺動部材を具備したレシプロ型圧縮機の特性図
【図8】従来例を示す圧縮機の縦断面図
【図9】従来例を示す摺動部材の要部断面図
【発明を実施するための形態】
【0029】
請求項1に記載の発明は、部材の表面にリン酸塩皮膜を形成した構成において、表面調整剤および化成液の溶媒成分であるCa、Mg、Na、Kの総量を、1ppm以上で40ppm以下としたものである。
【0030】
かかることにより、溶媒の成分を制御して摺動部素材とリン酸塩皮膜との密着性を高めるため、信頼性の高い摺動部材を形成することができる。
【0031】
請求項2に記載の発明は、請求項1に記載の発明において、前記リン酸塩皮膜の膜厚を0.5μm以上、粒径を5μm以下としたものである。
【0032】
かかることにより、不溶解性皮膜で多孔質結晶体であるリン酸塩皮膜により金属接触を防ぎ、また、潤滑油の保持力を高め、摺動部の摩耗を防止するため、さらに信頼性の高い摺動部材を形成することができる。
【0033】
請求項3に記載の発明は、請求項1または請求項2に記載の発明において、前記リン酸塩皮膜の濃度を、Fe;20〜30wt%、P;40〜50wt%、Mn;20〜40wt%としたものである。
【0034】
かかることにより、前記不溶解性皮膜で多孔質結晶体であるリン酸塩皮膜により金属接触を防ぎ、また、潤滑油の保持力を高め、摺動部の摩耗を防止するため、さらに高い信頼性の摺動部材を形成することができる。
【0035】
請求項4に記載の発明は、潤滑油を貯留した密閉容器内に圧縮要素を収容し、前記圧縮要素を、軸受部と、圧縮室を形成するシリンダーブロックと、主軸および偏心軸を備えたクランクシャフトと、一方が前記クランクシャフトと一体に形成され、他方が前記軸受部と一体に形成されたスラスト部と、前記圧縮室内を往復動するピストンと、前記偏心軸と
平行に配置され、かつ前記ピストンに固定されたピストンピンと、前記偏心軸と前記ピストンを連結するコンロッドを備えた構成とし、前記クランクシャフト、前記スラスト部、前記シリンダーブロック、前記ピストン、前記ピストンピン、前記コンロッドの少なくとも一つに、請求項1から3のいずれか1項に記載の摺動部材を用いた圧縮機とするものである。
【0036】
かかる構成とすることにより、前記クランクシャフト、スラスト部、シリンダーブロック、ピストン、ピストンピン、コンロッドの摺動部素材とリン酸塩皮膜との密着性を高め、また、摺動部表面のリン酸塩皮膜の膜厚を厚くし、粒子を細かくすることにより、リン酸塩皮膜と潤滑油とのぬれ性を良化させ、潤滑油の保持性を高めることができるため、ピストンとボアー間等の摺動部におけるシール性や耐摩耗性に優れた信頼性の高い圧縮機を提供することができる。
【0037】
以下、本発明の実施の形態について、図面を参照しながら説明する。なお、この実施の形態によってこの発明が限定されるものではない。
【0038】
(実施の形態1)
図1は、本発明の実施の形態1における摺動部材を具備した圧縮機の縦断面図、図2は、同圧縮機の図1におけるA部の拡大図、図3は、同圧縮機の図2におけるB部の表面拡大図、図4は、同実施の形態1における摺動部材のリン酸塩皮膜の形成工程図、図5は、同実施の形態1における摺動部材のリン酸塩皮膜の形成における表面調整材および化成液の溶媒の成分とリン酸塩皮膜の膜厚および粒形の関係図である。また、図6は、同実施の形態1における摺動部材の膜厚および濃度と摩耗量の関係図であり、リン酸塩皮膜の膜厚および濃度と摺動摩耗量の関係を示している。図7は、同実施の形態1におけるレシプロ型圧縮機の特性図である。
【0039】
図1から図3において、密閉容器101内には、R134aからなる冷媒ガス102を充填するとともに、底部には、粘度がVG10のエステル系からなる潤滑油103を貯留し、固定子104および回転子105からなる電動要素106と、これによって駆動される往復式の圧縮要素107を収容している。
【0040】
次に、圧縮要素107の詳細を以下に説明する。
【0041】
クランクシャフト108は、回転子105を圧入固定した主軸109、および主軸109に対し偏心して形成された偏心軸110からなり、下端には潤滑油103中に一部が浸漬した給油ポンプ111を設けている。
【0042】
鋳鉄からなるシリンダーブロック112は、略円筒形のボアー113と主軸109を軸支する軸受部114とを形成している。
【0043】
また、回転子105にはフランジ面115が形成され、軸受部114の上端面は、スラスト部116になっている。フランジ面115と軸受部114のスラスト部116の間には、スラストワッシャ117が挿入されている。
【0044】
そして、フランジ面115、スラスト部116、およびスラストワッシャ117でスラスト軸受部118を構成している。
【0045】
漏れ損失を小さくするために、ある一定量のクリアランスを保って、ボアー113に遊嵌されたピストン119は、鋳鉄または鉄系の材料からなり、ボアー113とともに圧縮室120を形成し、ピストンピン121を介して連結手段であるコンロッド122によっ
て偏心軸110と連結されている。
【0046】
ピストン119とボアー113は、例えば直径の差で5μm〜15μm程度のクリアランス寸法で嵌合されている。
【0047】
ボアー113の端面は、バルブプレート123で封止されている。また、ヘッド124は、高圧室(図示せず)と低圧室(図示せず)を形成し、バルブプレート123の反ボアー113側に固定されている。
【0048】
サクションチューブ125は、密閉容器101内に開口しているとともに、一端は、冷凍サイクルの低圧側(図示せず)に接続され、冷媒ガス102を密閉容器101内に導く。サクションマフラー126は、バルブプレート123とヘッド124に挟持固定されている。
【0049】
ピストン119とボアー113、主軸109と軸受部114、スラスト部116とスラストワッシャ117、ピストンピン121とコンロッド122、偏心軸110とコンロッド122は、それぞれ相互に摺動部を形成するとともに、それぞれの摺動部材の少なくとも一方の表面に、リン酸塩皮膜127を形成している。
【0050】
ここではピストン119を例にとって詳しく述べることにする。
【0051】
図3に示すように、ピストン119とボアー113が相互に形成する摺動部のうち、ピストン119の摺動面に、不溶解性皮膜で多孔質結晶体であるリン酸塩皮膜127を形成している。
【0052】
本実施の形態1において、リン酸塩皮膜127は、次の工程にて形成される。
【0053】
図4において、まず、脱脂工程では、サンプル表面に固着している汚れや油分を取り除き、表面を清浄する。次の水洗工程では、付着した脱脂剤を除去する。
【0054】
表面調整工程は、リン酸塩の結晶サイズや皮膜の重量を制御するための重要な工程で、リン酸塩処理工程の直前に行われる。リン酸塩処理工程では、サンプルに表面調整剤が付着した状態でリン酸塩処理液と接触し、サンプル上にリン酸塩皮膜を生成する。
【0055】
そして、最後に、水洗工程でリン酸塩処理液が除去される。
【0056】
ここで、リン酸塩皮膜を形成させるために使用する溶媒にて詳しく述べる。
【0057】
図5において、表面調整剤および化成液に使用する溶媒である水の成分Ca、Mg、Na、Kの総量を1ppm以上とすることにより、リン酸塩皮膜の膜厚を0.5μm以上確保できることがわかる。また、40ppm以下に抑えることにより、硬いリン酸塩皮膜127を形成することができる。さらに、リン酸塩皮膜127は、膜厚を0.5μm以上とし、粒子径を5μm以下としている。
【0058】
また、図6より、リン酸塩皮膜127の耐摩耗性のよいことがわかる。さらに、化成反応時に使用する建浴剤として、日本パーカーライジング株式会社製のPLシリーズにおいては、全酸度を28〜33ptに、遊離酸度を15〜17ptに設定し、Chemetall社製のGARBOBONDシリーズでは、全酸度を33〜37pt、遊離酸度を16〜17ptに設定することにより、リン酸塩皮膜127の膜厚が0.5ppm以上で粒形が5μm以下、リン酸塩皮膜127の濃度がFeにおいて20〜30wt%、Pにおいて
40〜50wt%、Mnにおいて20〜40wt%とするリン酸塩皮膜127を形成したものである。
【0059】
次に、上述のリン酸塩皮膜127を表面に施したピストン119を組み込んだレシプロ型の圧縮機について、以下その動作、作用を説明する。
【0060】
商用電源(図示せず)から供給される電力は、電動要素106に供給され、電動要素106の回転子105を回転させる。回転子105は、クランクシャフト108を回転させ、偏心軸110の偏心運動が連結手段であるコンロッド122によって往復運動に変換され、ピストンピン121を介してピストン119を駆動することで、ピストン119はボアー113内を往復運動する。この動作に伴い、サクションチューブ125を通じて密閉容器101内に導かれた冷媒ガス102は、サクションマフラー126から吸入され、圧縮室120内で圧縮される。
【0061】
潤滑油103は、クランクシャフト108の回転に伴い、給油ポンプ111から各摺動部に給油され、摺動部を潤滑するとともに、ピストン119とボアー113の間においてはシールの役割を果たす。
【0062】
圧縮室120内で圧縮された冷媒ガス102は、ディスチャージチューブ(図示せず)を通って冷凍サイクル内(図示せず)に排出され、冷凍サイクル(図示せず)内を循環して、再びサクションチューブ125より密閉容器101内に導かれる。
【0063】
ピストン119がボアー113内で往復圧縮運動をする際、ピストン119とボアー113のクリアランスが非常に狭いため、ピストン119とボアー113の形状、精度のばらつきによっては、部分的に相互接触を起こす部位が生じることもある。
【0064】
こういった場合においても、リン酸鉄塩によりピストン素材との密着性を高めた不溶解性皮膜であるリン酸塩皮膜127によって金属接触を防ぎ、また、多孔質結晶体であるリン酸塩皮膜127の粒子形状によって潤滑油103の保油力を高めることができる。そのため、ピストン119とボアー113の摺動部は、常に流体潤滑状態となり摩耗しにくく、圧縮した冷媒ガス102がピストン119とボアー113のクリアランスから漏れることを低減する。したがって、高効率で高信頼性の圧縮機を提供することができる。
【0065】
以上の圧縮機としての効率についての詳細は、後述する。
【0066】
次に、リン酸塩皮膜による摺動特性について、R134aからなる冷媒とVG10のエステル系からなる潤滑油の共存下で、リン酸塩皮膜処理が施された鉄系試験片を1.0m/sの速度で回転させ、鋳鉄のリングを100Nで押付けることによる環境摩耗試験にて評価を行った。
【0067】
リン酸塩皮膜形状と摺動摩耗量の関係を、図3および図6を参照し、リン酸塩鉄深さと摺動摩耗量の関係を、図5を参照しながら説明する。
【0068】
図6において、横軸にリン酸塩皮膜の膜厚を示し、縦軸に摺動摩耗量を示している。この試験におけるリン酸塩皮膜の粒子径を3.0μmとし、摺動部素材の表面から0.5μmの深さにおいて、リンの重量構成比が7%、マンガンの重量構成比が8%、鉄の重量構成比が85%であるリン酸塩で構成した。
【0069】
図6より、膜厚が0.5μm以上になることによって、摺動時の摩耗量が減少し、2.0μm程度までが好ましいことがわかる。
【0070】
図6において、横軸にリン酸塩皮膜の粒径を示し、縦軸に摺動摩耗量を示している。この試験におけるリン酸塩皮膜の膜厚を1.0μmとし、摺動部素材の表面から0.5μmの深さにおいて、リン酸塩皮膜重量構成比が7%、マンガンの重量構成比が8%、鉄の重量構成比が85%であるリン酸塩で構成した。
【0071】
図6より、粒径が5μm以下で約3μmまでの範囲とすることによって、摺動時の摩耗量が減少することがわかる。
【0072】
これらのことから、リン酸塩皮膜の膜厚を厚くし、粒子を細かくすることにより、リン酸塩皮膜表面の表面積が大きくなり、その結果、リン酸塩皮膜と潤滑油とのぬれ性を良化させ、潤滑油の保持性を高めたものと推察する。
【0073】
図6において、横軸にリン酸塩皮膜の厚さを示し、縦軸に摺動摩耗量を示している。この試験におけるリン酸塩皮膜の膜厚を1.0μm、粒子径を3.0μmとした。
【0074】
図6より、摺動部素材表面から0.5μm以上のリン酸塩皮膜が構成されることにより、摺動時の摩耗量が少ないことがわかる。これは、摺動素材とリン酸塩皮膜との密着性を高めた結果であると推察する。また、リン酸鉄塩のリンの重量構成が5〜15%の範囲で、マンガンの重量構成比が5〜20%の範囲内で、鉄の重量構成比が70〜85%の範囲内で、同様な結果が得られることがわかった。
【0075】
次に、本実施の形態1におけるリン酸塩皮膜127を形成した摺動部材を組み込んだ圧縮機の特性について説明する。
【0076】
本実施の形態1における摺動部材を用いた圧縮機と従来の圧縮機の特性比較を図7に示す。
【0077】
本実施の形態1におけるピストン119は、その表面にリン酸塩皮膜127を施しており、ピストン119とボアー113のクリアランスを、従来の圧縮機と同一にしている。
【0078】
図7より、本実施の形態1における摺動材(ピストン119)を用いた圧縮機の方が、従来例の圧縮機に比べて効率(C.O.P)のばらつきが小さく、平均値で効率が高いことが判る。
【0079】
レシプロ型の圧縮機は、ピストン119が上死点ならびに下死点に位置した時はその速度が零となり、論理的に油圧が発生せず、油膜が形成され難くなる。そのため、この上死点ならびに下死点において金属接触が生じることが多い。
【0080】
また、ピストン119が上死点付近にあるときは、ピストン119が圧縮された高圧冷媒により、大きな圧縮荷重を受ける。この圧縮荷重は、ピストンピン121、コンロッド122を介してクランクシャフト108に伝わり、クランクシャフト108がピストン119の反対側方向へ傾斜する。
【0081】
クランクシャフト108が傾斜すると、ボアー113の中でピストン119が傾斜し、その結果、ピストン119がボアー113と接触し摩耗が生じる。
【0082】
しかしながら、本実施の形態1においては、リン酸塩皮膜127の膜厚や粒子径、および摺動部素材の表面から0.5μmまでの深さにおけるリン酸塩の構成を制御することにより、リン酸塩皮膜127の密着性や潤滑油の保持力を高めることができ、潤滑油103
によるピストン119がボアー113との接触や摩耗が低減されるため、高信頼性の圧縮機を提供することができる。
【0083】
なお、本実施の形態1においては、一定速度のレシプロ型の圧縮機について述べたが、インバーター化に伴って圧縮機の低速化が進む中、特に20Hz以下の超低速運動においても、流体潤滑を成立することができ、低摩耗性の効果を得ることができる。
【0084】
また本実施の形態1においては、ピストン119の摺動部表面にリン酸塩皮膜127を形成されたものを例にとって詳しく述べたが、クランクシャフト108の主軸109と軸受部114、回転子105のフランジ面115とスラストワッシャ117、軸受部114の上端面のスラスト部116とスラストワッシャ117、ピストンピン121とコンロッド122、偏心軸110とコンロッド122の摺動部のように、相互に摺動部を形成している部位に形成することも可能であり、同様の作用効果が得られるものである。
【0085】
さらに、本実施の形態1においては、スラスト軸受部118を、フランジ面115とスラスト部116およびスラストワッシャ117にて構成したものを例にとって説明したが、電動要素106を下方に、圧縮要素107を上方に配置した構成の圧縮機においても、同様にクランクシャフト108の主軸109と偏心軸110との間のフランジ部131のスラスト面132と軸受部114でスラスト軸受を構成した場合においても、同様の作用効果が得られる。
【0086】
また、粘度グレードVG10以下の潤滑油103を用いたことにより、低粘度潤滑油においても摺動部表面のリン酸塩皮膜127による潤滑油103の保持力を高めることができ、摺動部間のリーク量を少なくできる。
【0087】
さらに、摺動部表面のリン酸塩皮膜127による潤滑油103の保持力が高いことにより、駆動スピードが遅い場合においても流体潤滑状態を保つことができるため、耐摩耗性に優れるとともに、冷凍能力の高い圧縮機を提供することができる。
【0088】
なお、冷媒ガス102は、R600a、R290、およびこれらを含んだ混合冷媒、R134a、R152、R407C、R404A、R410であれば同等の効果が得られる。
【0089】
以上のように、高い信頼性を持った摺動部材とすることが可能であり、その摺動部材を組み込んだ高信頼性かつ高効率の圧縮機を提供することができる。
【産業上の利用可能性】
【0090】
以上のように、本発明にかかる圧縮機は、摺動部品の摺動部素材とリン酸塩皮膜との密着性を高め、摺動面に粒子形状を制御させたりん酸塩皮膜を形成することにより、潤滑油の保油性を高めることができ、摺動時の摩擦係数の低減が図れ、高信頼性かつ高効率の圧縮機を提供することが可能となる。したがって、冷蔵庫あるいは自動販売機等のように冷凍サイクルを用いた機器に幅広く適用できる。
【符号の説明】
【0091】
101 密閉容器
103 潤滑油
107 圧縮要素
108 クランクシャフト
109 主軸
110 偏心軸
112 シリンダーブロック
114 軸受部
116 スラスト部
119 ピストン
121 ピストンピン
122 コンロッド
127 リン酸塩皮膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】
部材の表面にリン酸塩皮膜を形成した構成において、表面調整剤および化成液の溶媒成分であるCa、Mg、Na、Kの総量を、1ppm以上で40ppm以下とした摺動部材。
【請求項2】
前記リン酸塩皮膜の膜厚を0.5μm以上、粒径を5μm以下とした請求項1に記載の摺動部材。
【請求項3】
前記リン酸塩皮膜の濃度を、Fe;20〜30wt%、P;40〜50wt%、Mn;20〜40wt%とした請求項1または2に記載の摺動部材。
【請求項4】
潤滑油を貯留した密閉容器内に圧縮要素を収容し、前記圧縮要素を、軸受部と、圧縮室を形成するシリンダーブロックと、主軸および偏心軸を備えたクランクシャフトと、一方が前記クランクシャフトと一体に形成され、他方が前記軸受部と一体に形成されたスラスト部と、前記圧縮室内を往復動するピストンと、前記偏心軸と平行に配置され、かつ前記ピストンに固定されたピストンピンと、前記偏心軸と前記ピストンを連結するコンロッドを備えた構成とし、前記クランクシャフト、前記スラスト部、前記シリンダーブロック、前記ピストン、前記ピストンピン、前記コンロッドの少なくとも一つに、請求項1から3のいずれか1項に記載の摺動部材を用いた圧縮機。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2012−149299(P2012−149299A)
【公開日】平成24年8月9日(2012.8.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−8358(P2011−8358)
【出願日】平成23年1月19日(2011.1.19)
【出願人】(000005821)パナソニック株式会社 (73,050)
【Fターム(参考)】