説明

摺動部材

【課題】耐摩耗性・低摩擦性能に優れた硬質炭素被膜を提供する。
【解決手段】本発明の摺動部材は、V,Cr,Fe,Co,Ni,Zr,Nb,Mo,
Ta,W,Ir,Ptのうちの少なくとも1種の元素を含有する基材上に、クロムと炭素とを含有した傾斜層を有し、前記傾斜層上に硬質炭素被膜を有するものであって、前記傾斜層に含有するクロムの含有量が、前記基材から前記硬質炭素被膜に向かうにつれて徐々に減少し、前記傾斜層に含有する炭素の含有量が、前記基材から前記硬質炭素被膜に向かうにつれて徐々に増加し、前記硬質炭素被膜には、アルミニウムが含有されていることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、低摩擦な硬質炭素被膜を有する摺動部材に関する。
【背景技術】
【0002】
硬質炭素被膜は、一般的に、高硬度で表面が平滑であり、耐摩擦性に優れ、その固体潤滑性から低摩擦係数で優れた低摩擦性能を有している。
【0003】
そして、無潤滑環境下において、通常の平滑な鋼材の表面の摩擦係数が0.5〜1.0であり、従来の表面処理材であるNi−PめっきやCrめっき、TiNコーティングやCrNコーティング等の表面の摩擦係数が約0.4 であるのに対して、硬質炭素被膜の表面の摩擦係数は約0.12である。
【0004】
現在、これらの優れた特性を活かして、ドリル刃をはじめとする切削工具,研削工具等の加工治具や、塑性加工用金型,バルブコックやキャプスタンローラのような無潤滑環境下で使用される摺動部材等への応用が図られている。
【0005】
一方、エネルギー消費や環境の面から可能な限りの機械的損失の低減が望まれている内燃機関などの機械部品においては、現在、潤滑油での摺動が主流となっている。
【0006】
しかしながら、無潤滑環境下で、これらの固体潤滑性を有する硬質炭素被膜により低摩擦化を図ることができれば、摺動部材において潤滑油が枯渇した場合にも、機械部品への負荷が低減できるため好ましく、また、将来的には潤滑油の削減が可能となるため、地球環境への配慮に対しても好ましい。
【0007】
ダイヤモンドライクカーボン層を備える摺動部材について、特許文献1,特許文献2に記載されている。
【0008】
【特許文献1】特開2004−010923号公報
【特許文献2】特開2000−256850号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかし、従来、無潤滑環境下における摺動において、摩擦係数が高く、また、油潤滑環境下における耐久性試験においても部分的な被膜の剥離や荒れが生じ、長期的な耐久性に劣るという課題があった。
【0010】
そこで、本発明の目的は、耐摩耗性,低摩擦性に富んだ硬質炭素被膜を有する摺動部材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の一実施態様である摺動部材は、V,Cr,Fe,Co,Ni,Zr,Nb,
Mo,Ta,W,Ir,Ptのうちの少なくとも1種の元素を含有する基材上に、クロムと炭素とを含有した傾斜層を有し、傾斜層上に硬質炭素被膜(ダイヤモンドライクカーボン層)を有するものである。
【0012】
そして、傾斜層に含有されるクロムの含有量が、基材から硬質炭素被膜に向かうにつれて徐々に減少し、傾斜層に含有される炭素の含有量が、基材から硬質炭素被膜に向かうにつれて徐々に増加し、硬質炭素被膜には、アルミニウムが含有されている。
【0013】
傾斜層は、Cを含有した金属Cr又はCr炭化物であることが好ましく、傾斜層の厚さは、0.15〜6.0μmであることが好ましい。
【0014】
また、硬質炭素被膜の厚さは、0.15〜6.0μmであることが好ましく、硬質炭素被膜の表面硬度は20〜140GPa、硬質炭素被膜の表面ヤング率は50〜180GPaであることが好ましい。そして、硬質炭素被膜の表面粗さは0.1μm 以下であることが好ましい。
【0015】
また、硬質炭素被膜に含有されているアルミニウムの含有量は0.5〜4.5at%であることが好ましく、硬質炭素被膜に含有されているアルミニウムは、金属Al,Al硼化物,Al炭化物,Al窒化物,Al酸化物,Al水酸化物のうちから選ばれる少なくとも1種の物質であることが好ましい。
【0016】
なお、硬質炭素被膜の最表面層に、sp2結合炭素とsp3結合炭素とが混在することが好ましい。
【0017】
硬質炭素被膜には、Siが含有されていてもよい。
【0018】
また、基材と前記傾斜層との間にCr中間層を設けてもよい。中間層の厚さは、0.03〜1.00μmであることが好ましい。
【0019】
更に、本発明の一実施態様である摺動部材の製造方法は、V,Cr,Fe,Co,Ni,Zr,Nb,Mo,Ta,W,Ir,Ptのうちの少なくとも1種の元素を含有する基材上に、Cr中間層を形成する工程と、Cr中間層上に、クロムと炭素とを含有し、クロムの含有量が徐々に減少し、炭素の含有量が徐々に増加し、スパッタリングあるいはイオンプレーティングにより形成される傾斜層を形成する工程と、傾斜層上にアルミニウムが含有されている硬質炭素被膜(ダイヤモンドライクカーボン層)を形成する工程とを有する。
【発明の効果】
【0020】
本発明により、耐摩耗性,低摩擦性に富んだ硬質炭素被膜を有する摺動部材を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下、本発明の実施形態を説明するが、本発明は以下に示す実施形態に限定されるものではない。
【0022】
本実施形態で示す硬質炭素被膜は、無潤滑環境下で使用される機械部品等の摺動部材に適用可能である。
【0023】
図1に示すような直径21.5mm,厚さ5.2mmの円板の基材12に、硬質炭素被膜13を形成した試験片11を用いて、硬質炭素被膜13の密着性の評価、および、硬さ・ヤング率の評価を行った。
【0024】
このときの試験片11は、表1に示すような仕様(Al含有量,印加バイアス電圧,傾斜層の形態)で基材12に、硬質炭素被膜13を形成した。
【0025】
【表1】

【0026】
硬質炭素被膜13は、基材12上に、アンバランスト・マグネトロン・スパッタリング(UBMS)法を用いて、ダイヤモンドライクカーボン(DLC)層を形成した。
【0027】
UBMS法とは、ターゲットの背面側に配置される磁極のバランスをターゲットの中心部と周縁部とで意図的に崩し、非平衡とすることでターゲットの周縁部の磁極からの磁力線の一部を基材まで伸ばす。そして、ターゲットの近傍に収束していたプラズマが、磁力線に沿って基材の近傍まで拡散しやすくする。これによって被膜13の形成中に基材12に照射されるイオン量を増やすことができ、結果として、基材12に緻密な被膜13を形成することができることを特徴とした成膜方法である。
【0028】
硬質炭素被膜(以下、「被膜」と呼称する)13を形成した後、被膜13へのロックウェルダイヤモンド圧子による押し込み試験後における被膜13の剥離の有無による密着性評価を行った。
【0029】
また、被膜13の表面のナノインデンテーション法(ISO14577)による評価,無潤滑環境下における摩擦試験による剥離荷重を測定した。
【0030】
さらに、油潤滑環境下において、自動車用カムリフタの冠面に形成した被膜のフリクショントルク測定を実施することによりトルク低減率を計算すると共に、耐久性試験後における被膜13の剥離の有無を観察した。
【0031】
ロックウェルダイヤモンド圧子の押し込み試験による密着性評価では、先端径200
μmの円錐形のロックウェルダイヤモンド圧子を、1471N(150kgf) の試験力で押し込み、この押し込みによりできた圧痕周辺の被膜13の割れや剥離の状態を光学顕微鏡で観察した。
【0032】
ナノインデンテーション法(ISO14577)による評価は、対稜角115度のベルコビッチ三角錐圧子を、被膜13の表面に10秒間かけて最大荷重3mNまで押し込み、最大荷重で1秒間保持し、その後、10秒間かけて除荷する条件で行った。
【0033】
この評価により、押し込み硬さと押し込みヤング率とを算出した。
【0034】
無潤滑環境下での摩擦試験は、図2に示すような評価装置を用いて実施した。そして、この評価装置(ボールオンディスクタイプの摩耗試験機)21を用いて、摩擦係数および被膜13の剥離荷重を計測した。
【0035】
この試験機21は、回転軸22に固定されたワークテーブル23が配置される。このワークテーブル23に試験片11を設置し、この試験片11の上面側に、直径6mmの金属ボール(高炭素クロム軸受鋼材ボール)24を、試験片11の相手材となるように設置する。
【0036】
なお、ここで金属ボール24に用いる金属は、高炭素クロム軸受鋼材に限られるものではなく、軸受に用いるような鋼であればよい。
【0037】
この試験機21において、スプリング25によって、荷重を98N〜2452Nの間で段階的に増加させ、1分毎に98Nずつ負荷を増やして押し付けるように構成する。このとき、金属ボール24は、ホルダ26に回転しないように固定されている。
【0038】
そして、回転軸22が、モータ27に連結されて、金属ボール24に対して、相対滑り速度約34mm/sec で回転駆動され、金属ボール24と試験片11との間で発生する摩擦力に応じたトルクをロードセル28で計測し、摩擦係数を算出した。
【0039】
なお、金属ボール24は、図3に示すように中心より半径8mmの位置に1個配置し、荷重Pで押し付ける。
【0040】
被膜13の剥離荷重は、試験片11と金属ボール24との摩擦係数が急激に上昇した時の試験荷重とした。この摩擦試験は、無潤滑状態で常温常湿環境下(室温:約25℃,湿度:約60%RH)で実施した。
【0041】
また、油潤滑環境下におけるフリクショントルク測定および耐久性試験では、図13に示すような模擬試験装置51を用いて行った。試験条件は、SAE規格:5W−30のエンジンオイル(80℃)55を、カム54上に滴下しながら、カム54を300r/mで回転させ、試験開始2時間後のカムシャフトにかかるトルクを測定した。この試験の後、自動車用カムリフタ52の冠面53に形成した被膜の剥離の有無を確認した。
【実施例1】
【0042】
Fe,Cr,Moを含有している合金(クロムモリブデン鋼材)よりなる円板基材12の表面が、ロックウェルCスケール(HRC)58以上となるように浸炭処理を施し、表面粗さ(Ra)0.1μm 以下に仕上げ加工した。その後、不活性ガスと炭化水素ガスとを導入しながらUBMS法でAl元素の含有量が1.88at% となるように被膜13を成膜した。
【0043】
基材12上に被膜13を形成した試験片11の一部分の断面図を図4に示す。
【0044】
被膜13は、Cr中間層41,最表面層43,Cr中間層41と最表面層43との間に配置される傾斜層42とを有する。傾斜層42を形成する際には、Crターゲット投入電力,Cターゲット投入電力,基材印加バイアス電圧を、図5に示すように制御した。
【0045】
成膜後の被膜13へロックウェルダイヤモンド圧子を1471Nの荷重で押し込んだ後、密着性評価を行った結果、図8に示すように圧痕周辺の被膜の剥離は見られず、基材
12と被膜13との密着性は良好であった。
【0046】
また、被膜13の硬さは27.82GPa、ヤング率は158.7GPaであった。
【0047】
また、無潤滑環境下における被膜13と金属ボール24との摩擦試験の結果、摩擦係数は0.046 、被膜13の剥離荷重は588Nであった。
【0048】
実施例1における被膜13は、基材12からの剥離が発生しないため、基材12が剥き出しとなることがなく、被膜13の低摩擦性能を活かすことができる。
【0049】
また、実施例1における被膜13を無潤滑環境下で摺動させた場合、摩擦係数は0.1 以下であり、被膜13のない鋼材や従来の表面処理材に比べて、摩擦係数を約88〜96%、従来の被膜に比べて摩擦係数を約62%低減でき、その上、被膜13の剥離荷重も
490N以上と大きいため、被膜13の低摩擦性能を活かすことができる。
【0050】
また、被膜13を、図13に示すような自動車用カムリフタ52の冠面53(HRC
58以上となるように浸炭処理を施し、Ra0.1μm 以下に仕上げ加工したもの)に、基材12の場合と同様に不活性ガスと炭化水素ガスとを導入しながら、UBMS法を適用した。
【0051】
油潤滑環境下におけるフリクショントルク測定および耐久性試験の結果、実施例1の場合のトルク値は、被膜13のない自動車用カムリフタにおける一般的なトルク値より約
47%低減できた。
【0052】
また、図10に示されるように、冠面53に形成される被膜13の剥離は確認されなかった。
【0053】
実施例1における被膜13を自動車用カムリフタ52に適用した場合、トルク値が低減するため、カム54との間の摺動負荷を減少させることができる。
【0054】
また、被膜13の剥離が発生しないため、被膜13の低摩擦性能を継続的に活かすことができる。その結果、長期にわたりエネルギー効率の高い自動車を提供できる。
【0055】
実施例1における被膜13は、基材(自動車用カムリフタ52の冠面53)12からの剥離が発生しないため、基材12が剥き出しとなることもなく、被膜13の低摩擦性能を活かすことができる。
【0056】
実施例1における被膜13は、グラファイトに代表される炭素結合であるsp2 結合炭素とダイヤモンドに代表される炭素結合であるsp3 結合炭素とが混在する硬質炭素被膜である。
【0057】
これにより、耐摩耗性と低摩擦性とを兼ね備えた被膜13を提供することができる。
【0058】
硬質炭素被膜は、アモルファス状の炭素又は水素化炭素からなる膜であり、アモルファスカーボン又は水素化アモルファスカーボン(a−C:H),ダイヤモンドライクカーボン(DLC)などと呼ばれる。
【0059】
その形成には、炭化水素ガスをプラズマ分解して成膜するプラズマCVD法,炭素・炭化水素イオンを用いるイオンビーム蒸着法等の気相合成法,グラファイト等をアーク放電により蒸発させて成膜するイオンプレーティング法,不活性ガス雰囲気下でターゲットをスパッタリングすることによって成膜するスパッタリング法、などが用いられる。
【0060】
実施例1において形成した被膜13は、高密着性,耐摩耗性および低摩擦性を有し、摺動部材に付与することができる。
【0061】
結果として、無潤滑環境下、並びに水,有機溶剤,燃料,油潤滑環境下において、負荷を低減できる摺動部材を提供できる。
【0062】
また、通常、潤滑油中で摺動させる機械部品においても、潤滑油が枯渇した時であっても信頼性を維持することができ、潤滑油の削減を図ることもできる。
【0063】
実施例1では、被膜13を形成する基材12として、V,Cr,Fe,Co,Ni,
Zr,Nb,Mo,Ta,W,Ir,Ptのうちの少なくとも1種の元素を含有することとしているが、被膜13の形成においては温度が上昇するため、変質を防止するために高融点金属(特に、Fe,Co,Ni)が好ましい。
【0064】
更には、硬質炭素被膜の形成時にCr中間層41を形成する。基材12とCr中間層
41の密着性を高めるためには、基材にCrを含有させることが好ましい。
【0065】
また、Cr中間層41と最表面層43との間に形成される傾斜層42においては、Cr中間層41側から最表面層43側へ向かって、Cr濃度が連続的に減少し、かつ、C濃度が連続的に増加することが好ましい。
【0066】
傾斜層42を組成の異なる(CrとCとの含有量が異なる)層の積層体と考えた場合、1層あたりの膜厚は、15nm以下であることが好ましい。
【0067】
また、傾斜層42を構成する物質の1つであるCr炭化物をCrxyで表した場合、xとyとの比率を少しずつ変化させることで、組成がCr中間層41側から最表面層43側へ向かって少しずつ変化し、傾斜層42の膜質は急変しない。
【0068】
また、被膜13の厚さが、0.15μm 未満の場合は、摺動によって被膜13の摩滅が起き易く、6.0μm を超える場合は、被膜13の内部応力が大きくなり剥離が発生し易くなるため好ましくない。
【0069】
被膜13の表面は、高硬度であるため、表面粗さが0.1μm を超えて、粗くなるほど相手材を摩耗させることになる。
【0070】
また、傾斜層42の膜厚をdG 、最表面層の膜厚をdcとした場合、dc/dG ≦1となることが好ましく、0.15μm以上6.0μm以下としている。
【0071】
被膜13は、スパッタリング,プラズマCVD,イオンプレーティング等により形成される。好ましくは、被膜13は、スパッタリングまたはイオンプレーティングにより形成されるのがよい。
【0072】
また、この被膜13は、最表面層43にAl元素を含むものである。その含有量は0.5
at%以上4.5at%以下、好ましくは0.6at%以上1.9at% 以下である。なお、Al元素は、金属Al,Al硼化物,Al炭化物,Al窒化物,Al酸化物,Al水酸化物のうちから選ばれる少なくとも1種の物質であるが、好ましくはAl酸化物および/または
Al水酸化物として存在する。
【0073】
これにより、耐摩耗性および低摩擦性を兼ね備えた硬質炭素被膜を提供することができる。実施例1により形成した試験片11は、高密着性,耐摩耗性および低摩擦性を有し、摺動部材に付与することができる。
【0074】
この結果として、無潤滑環境下並びに水,有機溶剤,燃料,油潤滑環境下において、負荷を低減できる摺動部材を提供し、また、通常、潤滑油中で摺動させる機械部品において潤滑油が枯渇した時であっても、信頼性を維持することができ、潤滑油の削減を図ることもできる。
【0075】
こうした被膜13の表面に露出したAl元素は、大気中の酸素や水と反応をして、Al酸化物やAl水酸化物となるため、被膜13に金属元素を含有させているにも関わらず、電気的特性として安定した誘電体被膜を提供することも可能である。
【0076】
また、こうした被膜13は、Al元素を含有しているため、特に、被膜13の表面の
Al元素は、Al酸化物および/またはAl水酸化物として存在する。つまり、被膜13の表面(特に、最表面層43の表面)は、親水性であり、水存在下における摺動で、低摩擦化が実現可能である。
【0077】
更には、水と同じOH基をもつ液体や蒸気(例えば、アルコール類や油中の添加剤)の存在下における摺動でも低摩擦化が実現可能である。
【0078】
なお、実施例1は、被膜13にAl元素が存在することにより、被膜13の内部応力が低下するため、基材12から剥離しにくくなるという現象を見出したことに基づくものである。
【0079】
被膜13のAl元素の含有量が、0.5at% 未満の場合は、被膜13の表面において親水性の由来となるAl酸化物および/またはAl水酸化物が微量となるため、摩擦低減効果が期待できない。
【0080】
一方、被膜13の表面(特に、最表面層43の表面や内部)のAl元素の含有量が5at%を超える場合は、X線光電子分光法(XPS)分析の結果、Alの炭化物生成の進行の可能性があることがわかった。つまり、被膜13の表面のAl元素の含有量が5at%を超える場合、生成されるAl炭化物量が多くなるため、Al炭化物の脆化により被膜13が割れやすくなり、好ましくない。
【0081】
被膜13の表面硬度は、20GPa以上である。20GPa未満の場合には耐摩耗性が低下し、被膜13の摩滅が発生し易くなる。Al元素を添加しない場合に比較して添加した場合は、被膜13の硬度が低下するため、硬度を高くする方法として、Si元素を添加するのが有効である。
【0082】
また、被膜13の表面ヤング率は50GPa以上180GPa以下である。Al炭化物の生成により、ヤング率が高くなるが、180GPaを超える場合には、被膜13の割れや剥離が発生し易くなる。また、50GPa未満の場合には、摺動時の耐荷重性が低下する。
【0083】
被膜13に使用されるAl元素において、特に、Al酸化物やAl水酸化物として存在する場合は、OH基をもつ液体や蒸気との親和性が高いため、低摩擦化が実現可能である。
【0084】
スパッタリングまたはイオンプレーティングの場合は、Alターゲットを用いることにより、Alを被膜13に形成することができる。
【0085】
一方、プラズマCVDにおいては、トリメチルアルミニウムに代表される有機Al化合物をチャンバ内にガスとして導入することにより、Alを被膜13に形成することができる。
【0086】
また、実施例1がターゲットとしている用途は、耐久性が要求されるような、例えば、自動車用摺動部品、特に、エンジンのシリンダーや、冷蔵庫やエアコン等に使用される冷媒圧縮機やロータリーコンプレッサーのベーン等である。
【0087】
硬質炭素被膜の傾斜層42において、Cr中間層41側から最表面層43側へ向かって、Cr濃度を減少させ、C濃度を増加させ、更に、最表面層43にAl元素を含有する被膜13を用いることにより、基材12との高密着性をも実現することができる。
【0088】
そして、無潤滑環境下のみならず、水,有機溶剤,燃料,油潤滑環境下においても使用可能である。
【0089】
なお、傾斜層42において、Cr中間層41側から最表面層43側へ向かって、Cr濃度が連続的に減少し、かつ、C濃度が連続的に増加することが好ましい。
【0090】
また、傾斜層42の厚さは、0.25μm以上5.0μm以下であることが好ましい。
【0091】
そして、被膜13の最表面(最表面層43)に少なくともAl元素、又はAl元素およびSi元素を含む。
【0092】
また、被膜13の全体の厚さは、0.5μm以上4.0μm以下であることが好ましい。
【0093】
(比較例1)
JIS SCM415よりなる円板の基材12の表面の硬さが、HRCで58以上となるように浸炭処理を施し、Raを0.1μm 以下に仕上げ加工した。
【0094】
その後、不活性ガスと炭化水素ガスとを導入しながら、UBMS法で被膜13の形成を実施した。
【0095】
比較例1の被膜13には、Al元素を添加しなかった。
【0096】
被膜13におけるCr中間層41と最表面層43との間に位置する傾斜層42を形成する際、Crターゲット投入電力,Cターゲット投入電力,基材印加バイアス電圧について、図6に示されるような制御を行った。
【0097】
成膜後の被膜13へロックウェルダイヤモンド圧子を1471Nの荷重で押し込むことにより、密着性を評価した結果、図9に示すように圧痕周辺の被膜13に剥離が見られ、基材12への被膜13の密着性は不良であった。
【0098】
比較例1の被膜13は、基材12からの剥離が発生するため、基材12が剥き出しとなり、被膜13の低摩擦性を活かすことができない。
【0099】
また、比較例1における被膜13を機械装置の摺動部材に適用した場合、摺動部材が関わる機械装置への負荷が軽減できず、その結果、エネルギー効率の高い機械装置を提供することができない。
【0100】
(比較例2)
JIS SCM415よりなる円板の基材12の表面の硬さが、HRCで58以上となるように浸炭処理を施し、Raを0.1μm 以下に仕上げ加工した。
【0101】
その後、不活性ガスと炭化水素ガスとを導入しながら、UBMS法で被膜13の形成を実施した。
【0102】
比較例2の被膜13には、Al元素を添加しなかった。
【0103】
被膜13におけるCr中間層41と最表面層43との間に位置する傾斜層42を形成する際、Crターゲット投入電力,Cターゲット投入電力,基材印加バイアス電圧について、図5に示されるような制御を行った。
【0104】
成膜後の被膜13へロックウェルダイヤモンド圧子を1471Nの荷重で押し込むことにより、密着性を評価した結果、図8に示すように圧痕周辺の被膜の剥離は見られず、基材12への被膜13の密着性は良好であった。
【0105】
また、被膜13の硬さは30.23GPa、ヤング率は178.7GPaであった。
【0106】
また、無潤滑環境下での被膜13と金属ボール24との摩擦試験を実施したところ、摩擦係数は0.090,被膜13の剥離荷重は981Nであった。
【0107】
また、被膜13を、JIS SCM415よりなる自動車用カムリフタ52の冠面53(HRC58以上となるように浸炭処理を施し、Ra0.1μm 以下に仕上げ加工したもの)に、基材12の場合と同様に不活性ガスと炭化水素ガスとを導入しながら、UBMS法を適用した。
【0108】
油潤滑環境下におけるフリクショントルク測定および耐久性試験の結果、比較例2の場合のトルク値は、被膜13のない自動車用カムリフタにおける一般的なトルク値より約
43%低減できた。
【0109】
しかし、図11に示されるように、冠面53に形成される被膜13の一部に剥離や荒れが確認された。
【0110】
比較例2における被膜13を自動車用カムリフタ52に適用した場合、経時的に被膜
13の剥離や摩擦係数の増大が予想されるため、被膜13の低摩擦性能を継続的に活かすことができない。その結果、長期的にエネルギー効率の高い自動車を提供できない。
【0111】
(比較例3)
JIS SCM415よりなる円板の基材12の表面の硬さが、HRCで58以上となるように浸炭処理を施し、Raを0.1μm 以下に仕上げ加工した。
【0112】
その後、不活性ガスと炭化水素ガスとを導入しながら、UBMS法で被膜13の形成を実施した。
【0113】
比較例3の被膜13には、Al元素が0.65at% 含有するように成膜した。
【0114】
被膜13におけるCr中間層41と最表面層43との間に位置する傾斜層42を形成する際、Crターゲット投入電力,Cターゲット投入電力,基材印加バイアス電圧について、図7に示されるような制御を行った。
【0115】
成膜後の被膜13へロックウェルダイヤモンド圧子を1471Nの荷重で押し込むことにより、密着性を評価した結果、図8に示すように圧痕周辺の被膜の剥離は見られず、基材12への被膜13の密着性は良好であった。
【0116】
また、被膜13の硬さは9.378GPa、ヤング率は65.94GPaであった。
【0117】
また、無潤滑環境下での被膜13と金属ボール24との摩擦試験を実施したところ、摩擦係数は0.052、被膜13の剥離荷重は2452Nであった。
【0118】
また、被膜13を、JIS SCM415よりなる自動車用カムリフタ52の冠面53(HRC58以上となるように浸炭処理を施し、Ra0.1μm 以下に仕上げ加工したもの)に、基材12の場合と同様に不活性ガスと炭化水素ガスとを導入しながら、UBMS法を適用した。
【0119】
油潤滑環境下におけるフリクショントルク測定および耐久性試験の結果、比較例3の場合のトルク値は、被膜13のない自動車用カムリフタにおける一般的なトルク値より約3%増加し、低減できなかった。
【0120】
また、図12に示されるように、冠面53に形成される被膜13に剥離が確認された。
【0121】
比較例3における被膜13を自動車用カムリフタ52に適用した場合、トルク値が増加するためカム54との摺動負荷を減少させることができない。また、被膜13の剥離が発生するため被膜13の低摩擦性能を継続的に活かすことができない。その結果、エネルギー効率の高い自動車を提供できない。
【産業上の利用可能性】
【0122】
本発明は、耐摩耗性,低摩擦性に富んだ硬質炭素被膜を有する摺動部材であって、特に、油潤滑環境下で使用される内燃機関などの機械部品に利用可能性がある。
【図面の簡単な説明】
【0123】
【図1】円板基材上に硬質炭素被膜を形成した試験片の斜視説明図である。
【図2】本形態の評価に使用した摩擦試験機の断面説明図である。
【図3】本形態の評価に使用した摩擦試験機(試験片−ボール摺動部)の斜視説明図である。
【図4】基材および硬質炭素被膜の断面構造を示す図である。
【図5】実施例1,比較例2の傾斜層の成膜における、傾斜層の成膜時間に対する Cr/Cターゲット投入電力および基材印加バイアスの制御方法を示す図である。
【図6】比較例1の傾斜層の成膜における、傾斜層の成膜時間に対するCr/Cターゲット投入電力および基材印加バイアスの制御方法を示す図である。
【図7】比較例3の傾斜層の成膜における、傾斜層の成膜時間に対するCr/Cターゲット投入電力および基材印加バイアスの制御方法を示す図である。
【図8】ロックウェルダイヤモンド圧子の押込による密着性評価において、剥離のない被膜を示した写真である。
【図9】ロックウェルダイヤモンド圧子の押込による密着性評価において、剥離のある被膜を示した写真である。
【図10】自動車用カムリフタの油潤滑環境下でのフリクショントルク測定および耐久性試験後における、剥離や摩耗が発生しなかった場合の被膜の断面図である。
【図11】自動車用カムリフタの油潤滑環境下でのフリクショントルク測定および耐久性試験後における、剥離や摩耗が一部発生した場合の被膜の断面図である。
【図12】自動車用カムリフタの油潤滑環境下でのフリクショントルク測定および耐久性試験後における、剥離や摩耗が発生した場合の被膜の断面図である。
【図13】自動車用カムリフタの模擬試験装置を示す図である。
【符号の説明】
【0124】
11…試験片、12…基材、13…硬質炭素被膜、21…摩耗試験機、22…回転軸、23…ワークテーブル、24…金属ボール、25…スプリング、26…ホルダ、27…モータ、28…ロードセル、41…Cr中間層、42…傾斜層、43…最表面層、51…模擬試験装置、52…自動車用カムリフタ、53…冠面、54…カム、55…エンジンオイル。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
V,Cr,Fe,Co,Ni,Zr,Nb,Mo,Ta,W,Ir,Ptのうちの少なくとも1種の元素を含有する基材上に、クロムと炭素とを含有した傾斜層を有し、前記傾斜層上に硬質炭素被膜を有する摺動部材であって、
前記傾斜層に含有するクロムの含有量が、前記基材から前記硬質炭素被膜に向かうにつれて徐々に減少し、前記傾斜層に含有する炭素の含有量が、前記基材から前記硬質炭素被膜に向かうにつれて徐々に増加し、
前記硬質炭素被膜には、アルミニウムが含有されていることを特徴とする摺動部材。
【請求項2】
前記基材と前記傾斜層との間に、Cr中間層を設けることを特徴とする請求項1記載の摺動部材。
【請求項3】
前記傾斜層が、Cを含有した金属Cr又はCr炭化物であることを特徴とする請求項1記載の摺動部材。
【請求項4】
前記傾斜層の厚さが0.15〜6.0μmであることを特徴とする請求項1に記載の摺動部材。
【請求項5】
前記硬質炭素被膜の厚さが0.15〜6.0μmであることを特徴とする請求項1に記載の摺動部材。
【請求項6】
前記中間層の厚さが0.03〜1.00μmであることを特徴とする請求項2に記載の摺動部材。
【請求項7】
前記硬質炭素被膜の表面硬度が20〜140GPaであることを特徴とする請求項1に記載の摺動部材。
【請求項8】
前記硬質炭素被膜の表面ヤング率が50〜180GPaであることを特徴とする請求項1に記載の摺動部材。
【請求項9】
前記硬質炭素被膜に含有されているアルミニウムの含有量が、0.5〜4.5at%であることを特徴とする請求項1に記載の摺動部材。
【請求項10】
前記硬質炭素被膜には、Siが含有されていることを特徴とする請求項1に記載の摺動部材。
【請求項11】
前記硬質炭素被膜に含有されているアルミニウムが、金属Al,Al硼化物,Al炭化物,Al窒化物,Al酸化物,Al水酸化物のうちから選ばれる少なくとも1種の物質であることを特徴とする請求項1に記載の摺動部材。
【請求項12】
前記硬質炭素被膜の表面粗さが、0.1μm 以下であることを特徴とする請求項1に記載の摺動部材。
【請求項13】
前記硬質炭素被膜の最表面層に、sp2結合炭素とsp3結合炭素とが混在することを特徴とする請求項1に記載の摺動部材。
【請求項14】
V,Cr,Fe,Co,Ni,Zr,Nb,Mo,Ta,W,Ir,Ptのうちの少なくとも1種の元素を含有する基材上に、Cr中間層を形成する工程と、
前記Cr中間層上に、クロムと炭素とを含有し、クロムの含有量が徐々に減少し、炭素の含有量が徐々に増加し、スパッタリングあるいはイオンプレーティングにより形成される傾斜層を形成する工程と、
前記傾斜層上にアルミニウムが含有されている硬質炭素被膜を形成する工程とを有することを特徴とする摺動部材の製造方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【公開番号】特開2008−81522(P2008−81522A)
【公開日】平成20年4月10日(2008.4.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−259866(P2006−259866)
【出願日】平成18年9月26日(2006.9.26)
【出願人】(000005108)株式会社日立製作所 (27,607)
【Fターム(参考)】