説明

摺動部材

本発明は、Sn、Pb、Bi、In、Alのうちのいずれかの金属またはその金属をベースとした合金を摺動層の素地としたものにおいて、特に耐疲労性の向上を図る。 オーバレイ(摺動層)4は、Sn、Pb、Bi、In、Alのうちのいずれかの金属またはその金属をベースとした合金を素地とし、この素地にアモルファスカーボンを添加した構成とする。オーバレイ4は、スパッタリングにて形成する。Sn、Pb、Bi、Inは、Feなどの相手材への凝着性の低さから非焼付性に優れる。アモルファスカーボンは、高硬度であるため耐摩耗性および耐疲労性の向上に寄与し、摩擦係数も低いため非焼付性の向上にも寄与する。さらに、アモルファスカーボンを添加することにより、素地の結晶が微細化し、機械的強度が増加し、耐摩耗性および耐疲労性を一層向上させることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
この発明は、基材上に摺動層を備えた摺動部材に関する。
【背景技術】
従来、摺動部材、例えば自動車におけるエンジン用のすべり軸受においては、基材上に摺動層(オーバレイ)を設けた構成のものがある。
この摺動層として、Snベース被膜を用いることは、特開昭53−14614号公報に示されているように、広く知られている。また、Snベース被膜の他、Pbベース被膜などの軟質金属の素地を使用してオーバレイ被膜を形成することは、良く知られている。
Sn、Pbの他、In、Biなどの軟質金属は、Feなどの相手材への凝着性の低さから非焼付性に非常に優れるので、従来から多くの摺動部材の摺動層に使われてきた。
しかしながら、これら金属は軟らかいために耐疲労性が悪く、高面圧のエンジンでは、使用することができないことがしばしばあった。
この問題を解消するために、例えば、特開2001−247995号公報では、Snをベースとした素地に、Cuなどのように、Snをベースとした素地の硬度や機械的強度を向上させることができる金属を多く添加してオーバレイ被膜を形成することが提案されている。しかしながら、SnとCuは硬くて脆い化合物を形成し易く、また、エンジンの運転中に発生する熱により、そのような化合物の成長が促進され易い。このような硬くて脆い化合物は、相手材を傷つけ易くなり、非焼付性が低下する。さらに、大きく成長した化合物は脱落し易く、脱落部から疲労破壊が発生し易くなって、耐疲労性が低下するという問題がある。
摺動層の耐摩耗性や耐疲労性を向上させるために、特開平7−252693号公報にみられるように、SnまたはSnベースの合金中に硬質粒子(例えばSiC、Si)を複合めっき技術で添加させる場合があった。しかしながら、複合めっき技術で添加させる硬質粒子は、粒径が0.1μmから数μmと大きく、また湿式めっきで行うため、めっき液中での硬質粒子の均一分散が困難であり、オーバレイ被膜中に硬質粒子の分布がばらつくことがしばしば発生した。そのような摺動層では、大きな硬質粒子や、大きな塊となった硬質粒子が相手材を傷つけ易く、非焼付性が低下する。
一方、高荷重が作用するディーゼルエンジンに使用されるすべり軸受では、耐疲労性が要求される。この要求に応えるものとして、従来からディーゼルエンジン用すべり軸受の摺動層として、Alベース被膜がよく用いられる。このAlベース被膜は、具体的には、Al−Sn合金からなり、Alが荷重を支え、軟質のSnがなじみ性や非焼付性を担う。
従って、このAl−Sn合金の摺動層において、Sn含有量を増加させると、非焼付性を向上させることができる。しかしながら、軟質のSnが増加すると、摺動層の硬度が低下することとなるため、耐疲労性が低下するという問題を生ずる。このような事情から、従来のAl−Sn合金の摺動層では、Snを通常20質量%を限度として添加しているが、非焼付性において満足のゆくものではなかった。
本発明は以上のような事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、Sn、Pb、Bi、In、Alのうちのいずれかの金属またはその金属をベースとした合金を摺動層の素地としたものにおいて、耐疲労性を向上させることができ、また、特に、Al−Sn合金を摺動層の素地としたものについては、耐疲労性を損なうことなく非焼付性を向上させることができる摺動層を備えた摺動部材を提供することにある。
【発明の開示】
本発明は、基材上に摺動層を備え、前記摺動層は、Sn、Pb、Bi、In、Alのうちのいずれかの金属またはその金属をベースとした合金を素地とし、この素地にアモルファスカーボンを添加したことを特徴とする。
上記摺動層は、乾式めっきであるスパッタリング法、イオンプレーティング法、CVD法等により形成することができる。
摺動層の素地に使用する金属のうち、Alを除くSn、Pb、Bi、Inは、Feなどの相手材への凝着性の低さから非焼付性に非常に優れている。
また、摺動層の素地にAlを使用する場合には、他の軟質な金属、例えばSn、との合金とすることによって非焼付性に優れたものとすることができる。そして、Snの添加量を増加させても、アモルファスカーボンの添加によりAl、Snが微細化して高強度となる。このため、耐疲労性の低下をきたすといった不具合は生ぜず、耐疲労性および非焼付性の双方共に優れた摺動層とすることができる。
アモルファスカーボンは、高硬度であるため、機械的強度を高め、耐摩耗性および耐疲労性の向上に寄与する。また、摩擦係数も低いため、非焼付性の向上にも寄与する。しかも、アモルファスカーボンを添加することにより、摺動層の素地の結晶子が微細化する。これに伴い、摺動層の機械的強度が増加し、耐摩耗性および耐疲労性を一層向上させることができる。
ここで、結晶子とは、摺動層における粒子および該粒子を含む素地の基礎となる単位である。結晶子の微細化は、とりもなおさず素地の微細化となる。また、後述するように、結晶子はX線回折分析で確認し、粒子は走査電子顕微鏡による組織観察で確認することができる。
アモルファスカーボンとしては、特にダイヤモンドライクカーボン(以下、DLCと言う。)が好ましい。なお、本明細書中におけるDLCには、非晶質のもののみならず、微細な結晶を有するものも含まれる。
この場合、X線回折分析で測定した前記素地の結晶子径が100nm以下であることが好ましい。摺動層の素地の結晶がこの程度に微細化することにより、上記したように機械的強度が増加し、耐摩耗性および耐疲労性を一層向上させることができる。
摺動層の素地に、Sn、Pb、Bi、Al、In、Cu、Sb、Ag、Cdのうちのいずれか1種以上の金属を添加することができる。この場合、Sn、Pb、Bi、In、Alは、ベース側の素地にもなり得る金属で、非焼付性、なじみ性、耐食性を向上させる機能がある。また、Cu、Sb、Ag、Cdは、摺動層の機械的強度および硬度を高める機能がある。
添加金属がSn、Pb、Bi、In、Alのうちのいずれか1種以上の金属であるときは、各添加金属の含有量は20質量%以下で、かつそれら添加金属の合計の含有量は30質量%以下であることが好ましい。但し、ベース側の素地がSn、Alであるときは、添加金属がそれぞれAl、Snであるときを除く。これら添加金属のそれぞれの含有量が20質量%を超えるか、それらの合計の含有量が30質量%を超えると、摺動層の融点が大きく低下し、非焼付性が低下する傾向がある。
また、添加金属がCu、Sb、Ag、Cdのうちのいずれか1種以上の金属であるときは、各添加金属の含有量は5質量%以下で、かつそれら添加金属の合計の含有量は10質量%以下であることが好ましい。これらの添加金属は、摺動層の素地と硬くて脆い化合物を形成しやすい。このため、これら添加金属のそれぞれの含有量が5質量%を超えるか、それらの合計の含有量が10質量%を超えると、その化合物が大きくなるため、脱落し易くなり、そこから疲労破壊、摩耗が進行し、耐疲労性、耐摩耗性が低下する傾向がある。
前記摺動層の素地にAlを使用する場合、Snとの合金とすることが好ましく、その含有量は、Alが20〜80質量%、Snが20〜80質量%とし、このAl−Sn合金の素地にアモルファスカーボンを添加する。このAl−Sn合金では、Snの含有量を多くしても、アモルファスカーボンの添加により、Al、Snの結晶が微細化して機械的強度が高くなるため、耐摩耗性の低下をきたす恐れはなく、耐摩耗性および非焼付性に優れた摺動層とすることができる。
摺動層を構成するAlとSnとの合金には、Si、Cu、Sb、In、Agのうちのいずれか1種以上の金属を添加することができる。Inは非焼付性、なじみ性、耐食性を向上させることができる。Cu、Sb、Agは、摺動層の機械的強度および硬度を高める。Siは、硬質元素であるため、摺動層の硬度を高め、耐疲労性を向上させる。また、Siは、硬質物として機能して相手材に凝着した金属を掻き落とす作用を呈するため、非焼付性を向上させる。これらSi、Cu、Sb、In、Agは、単独で5質量%以下で、且つそれら添加金属の合計の含有量は10質量%以下であることが好ましい。
In、Agのそれぞれの含有量が5質量%を超えるか、それらの合計の含有量が10質量%を超えると、摺動層の融点が大きく低下し、非焼付性が低下する傾向がある。Cu、Sb、Agは、AlやSnと硬くて脆い化合物を形成し、それら添加金属のそれぞれの含有量が5質量%を超えるか、それらの合計の含有量が10質量%を超えると、その化合物が大きくなるため、脱落し易く、疲労、摩耗が進行する傾向がある。また、Siは、AlやSnと化合物を形成し難く、多く含有させると摺動層から脱落し易くなる傾向がある。
Al−Sn合金は、アモルファスカーボンの添加により、微細化される。この微細化の程度は、AlまたはSnの粒子径で1μm以下であることが好ましい。前記粒子径が1μm以下であれば、上記の耐疲労性および非焼付性の向上効果に一層優れたものとなる。
前記粒子径は0.05μm以下であることが更に好ましい。前記粒子の径が0.05μm以下となる程、結晶が微細化されると、より一層耐疲労性に優れたものとすることができる。
また、結晶子径は30nmとすることができる。結晶子径がこの程度微細であると、より優れた耐疲労性を得ることができる。
ここで、アモルファスカーボンの添加による結晶子の微細化のメカニズムについて述べる。アモルファスカーボンが結晶子の成長を妨げ、結晶子が微細化されるのである。
素地がSnのような単金属の場合、アモルファスカーボンの添加による結晶子の微細化はX線回折分析で確認することができるが、走査電子顕微鏡による断面組織観察ではアモルファスカーボンの有無で差を確認できない。
Al−Sn合金にアモルファスカーボンを添加してオーバレイを成膜した場合、やはりアモルファスカーボンがAlおよびSnの結晶子の成長を妨げ、AlおよびSnの結晶子が微細化される。これは、上記と同様にX線回折分析によって確認することができる。また、アモルファスカーボンが無添加の場合に断面組織観察を行うと、AlおよびSnがそれぞれの相として観測でき、AlとSnの含有量に差があるときは、少ない方が粒子として観測できる。しかし、アモルファスカーボンを添加すると、AlおよびSnの結晶子が微細化した結果、走査電子顕微鏡による断面組織観察ではAlまたはSnの粒子を捉えることはきわめて困難となる。
以上のSn、Pb、Bi、In、Alのうちのいずれかの金属またはその金属をベースとした合金を素地とし、この素地にアモルファスカーボンを添加してなる摺動層において、アモルファスカーボンの含有量は0.1〜8質量%であることが好ましい。アモルファスカーボンの含有量が0.1質量%以上であると、素地の結晶が十分に微細化され、また硬さも上昇する。また、その含有量が8質量%以下であれば、硬度が適当に高く、且つ異物埋収性も損なうことがなく、優れた非焼付性を保持できる。
また、摺動層の厚さを30μm以下とすることが好ましい。30μm以下であると、摺動層の内部応力低減に有効であり、耐疲労性の面で好ましい。
【図面の簡単な説明】
図1は本発明の一実施形態におけるすべり軸受の模式的な断面図
図2はオーバレイの結晶子を示す模式的な断面図
図3は本発明の効果を示す実験に用いたオーバレイの組成と実験結果を示す図
図4は疲労試験条件を示す図
図5は半価幅を説明するための図
図6は比較例1のX線回折分析の測定データを示す図
図7は実施例2のX線回折分析の測定データを示す図
図8は他の実施形態において、本発明の効果を示す実験に用いたオーバレイの組成と実験結果を示す図
図9は焼付試験条件を示す図
図10は実施例12の走査電子顕微鏡による組織観察の模式図
図11は比較例3の走査電子顕微鏡による組織観察の模式図
【発明を実施するための最良の形態】
本発明をより詳細に説述するために、添付の図面に従ってこれを説明する。
図1〜図7は本発明の一実施形態を示す。まず、図1には、摺動部材としてのすべり軸受の断面が模式的に示されている。このすべり軸受1は、鋼からなる裏金2と、この裏金2の図中上面に設けられた軸受合金層3と、この軸受合金層3の図中上面に設けられた摺動層としてのオーバレイ4との三層構造となっている。この場合、裏金2と軸受合金層3とにより基材5を構成し、オーバレイ4は基材5上に設けられている。軸受合金層3としては、一般にアルミ系合金または銅系合金が用いられる。オーバレイ4は、厚さが30μm以下となるように成膜されている。
図3には、オーバレイ4について、本発明の実施例1〜10と比較例1の各組成が示されている。この図3において、実施例1〜3、7は、オーバレイ4の素地にSn、Pb、Bi、In、AlのうちのSnを用い、これにアモルファスカーボン(C)を添加している。実施例4、8は、素地にSnベースのSn−Cu合金を用い、これにアモルファスカーボン(C)を添加している。実施例5、9は、それぞれPbベースのPb−Sn−Cu合金、Pb−Sn−In合金を用い、この合金にアモルファスカーボン(C)を添加している。実施例6、10では、素地にそれぞれBi、Alを用い、これにアモルファスカーボン(C)を添加している。
比較例1は、Sn単体としたもので、アモルファスカーボン(C)は添加していない。
ここで、本発明の実施例1〜10と比較例1は、マグネトロンスパッタリング装置を用いて形成するようにした。
次に、実施例1〜10のうち、実施例2のオーバレイ4を成膜する方法を具体的に説明する。なお、実施例1、3〜10および比較例1の成膜方法もこの実施例2の成膜方法と同様のものである。まず、基材5を上記装置の基材装着部にセットするとともに、オーバレイの素地の原料となるSnと、アモルファスカーボンの原料となるグラファイト(Gr)の各ターゲットを所定の割合で上記装置のターゲット装着部に装着する。
次に、上記装置のチャンバー内を1.0×10−6Torrまで真空引きを行い、その後チャンバー内にArガスを供給し、チャンバー内の圧力を2.0×10−3Torrになるように調整する。
そして、基材5表面をArクリーニングするために、バイアス電圧を1000V印加し、基材5とターゲットとの間でArプラズマを発生させて、15分間逆スパッタリングを行う。
次に、Snのターゲットにはそれぞれ2〜5A、Grのターゲットには4〜7Aの電流が流れるように電圧をかける。
すると、Snのターゲットから、Arイオンの衝突によってSn原子がスパッタリングされ、基材5の表面に成膜される。また、Grのターゲットから、Arイオンの衝突によってカーボン原子がスパッタリングされ、オーバレイ中にアモルファスカーボンとして添加される。これにより、Snの素地中に、アモルファスカーボンがそれぞれ均一に分散されたオーバレイ4が形成される。
なお、上記した製法において、Grターゲットを用いずに、チャンバー内にメタン(CH)ガスを供給することで、水素原子を含むアモルファスカーボンであるDLCを、Snの素地中に添加することができる。その場合は、逆スパッタリングを行った後、装置内に流すガスをArガスとメタンガスにし、全ガスの流量に対するメタンガスの流量割合を20〜50%にする。
すると、Snのターゲットから、ArイオンによってSn原子がスパッタリングされ、基材5の表面に成膜される。また、メタンガスはプラズマ中で分解され、C原子とH原子からなるDLCとして、Snの素地中に添加される。
図2には、以上のようにして成膜した実施例2のオーバレイの断面図が模式的に示されている。図2中、符号6はSnの結晶子、符号8はDLCを示している。この図2において、Snの素地の結晶子径は、100nm以下となっていることがわかる。
次に、オーバレイの結晶子サイズ(結晶子径)の測定方法について述べる。ここでは、X線回折解析装置を用い、X線回折分析を行い、ある結晶面に対応するピークの半価幅を求め、下記のScherrerの式((1)式)に当てはめ、結晶子サイズを求める。なお、半価幅とは、図5に示すように、ピークの最大強度を1pとしたとき、1p/2より強度が高くなる条件の2θの範囲である。
B=Kλ/t・cosθ …(1)
ただし、B:結晶子サイズに起因する回折線の拡がり
K:形状因子
λ:測定に用いたX線の波長
t:結晶子サイズ
θ:回折線のBragg角
半価幅を求める際に、得られたピークをKα1ピークと、Kα2ピークに分離する。
図6は、比較例1に対応するもので、Sn単体のオーバレイの例えば(312)面のピークから半価幅を求め、結晶子サイズを求める例である。(312)面のピークから求めたKα1ピークから測定計算した半価幅は0.070°であった。その結果、結晶子サイズは150nmであった。
これに対して、図7は、実施例2に対応するもの(Sn素地に2質量%のアモルファスカーボンを添加した例)で、そのオーバレイの(312)面のピークから半価幅を求め、結晶子サイズを求める例である。(312)面のピークから求めたKα1ピークから測定計算した半価幅は0.307°であった。その結果、結晶子サイズは34nmであった。
また、実施例2以外の実施例1、3〜10についても同様にして測定した結果、素地の結晶子の径は、いずれも100nm以下で、特に実施例10の素地であるAlの結晶子の径は、30nm以下であった。
本発明の効果を確認するため、上記した実施例1〜10と比較例1について疲労試験を行った。その試験条件を図4に示す。この場合、疲労試験では、面圧を5MPaずつ増やしていき、疲労しない最大面圧を求めた。その試験結果については、上記図3に示している。なお、図3には、オーバレイ(摺動層)のビッカース硬さの測定結果についても示している。
図3において、試験結果を検討してみる。まず、比較例1は、オーバレイがSn単体の場合であり、この場合には、ビッカース硬さが低いとともに、耐疲労性が悪いことがわかる。これに対して、実施例1〜10の場合には、すべてにおいてビッカース硬さは20以上と硬化し、耐疲労性も比較例1よりも優れていることがわかる。
次に、実施例1〜10について、さらに詳細に検討してみる。実施例1〜3、7において、それらは耐疲労性が優れているのみならず、実施例1は比較的低硬度で、異物埋収性が特に優れ、実施例2,3は疲労しない最大面圧が120MPa以上となっていて、耐疲労性が特に優れている。これらの結果から、アモルファスカーボン(C)の含有量は、0.1〜8.0質量%が好ましく、より好ましくは0.5〜6質量%である。
実施例2と実施例4とを比較してみる。アモルファスカーボン(C)の含有量は同じであるが、実施例4では、Cuが添加されており、Cuが添加されていない実施例2よりも耐疲労性が高くなっている。これは、Cuを添加したことにより、摺動層の機械的強度および硬度を高められ、耐疲労性が高くなるからである、と考えられる。
実施例4と実施例8とを比較してみる。アモルファスカーボン(C)の含有量は同じであるが、実施例4では、Cuの含有量が2質量%となっており、Cu含有量が5質量%を超える実施例8よりも耐疲労性が向上している。
実施例9は、Pbを素地とし、これにアモルファスカーボンと、SnとInとを添加している。実施例10は、Alを素地とし、これにアモルファスカーボンを添加している。この場合も、他の実施例と同様に耐疲労性に優れている。
以上の結果から、本発明の実施例1〜10においては、Sn、Pb、Bi、In、Alのうちのいずれかの金属またはその金属をベースとした合金をオーバレイの素地としたものにおいて、特に耐疲労性に優れた摺動部材を提供できることがわかる。
図8〜図11は本発明の他の実施形態を示す。この実施形態は、図1に示すオーバレイ4の素地をAl−Sn合金としたものを対象としている。図8には、本発明の実施例品11〜22と比較例2、3の各組成が示されている。この図8において、実施例11〜16は、AlをベースとしたAl−Sn合金にアモルファスカーボンを添加したもの、実施例17〜20は、SnをベースとしたAl−Sn合金にアモルファスカーボンを添加したものである。また、実施例21は、AlをベースにしたAl−Sn合金に、Siとアモルファスカーボンを添加したもの、実施例22は、AlをベースにしたAl−Sn合金に、Cuとアモルファスカーボンを添加したものである。
また、比較例2、3は、素地をAlベースのAl−Sn合金とし、アモルファスカーボンを添加しないものである。
実施例11〜22および比較例2、3のオーバレイ4の成膜は、先に説明した実施例2の成膜と同様の方法にて行った。この場合、スパッタリング時、ターゲットとしては、SnおよびAlの各単体金属、または予め鋳造により合金化されたAl−Sn合金を用いることができる。
成膜後、実施例12および比較例3についてオーバレイの断面を、走査電子顕微鏡にて組織観察を行った。使用した走査電子顕微鏡の倍率は、3000倍のものである。
図10は実施例12のオーバレイの断面を走査電子顕微鏡にて組織観察した模式図であり、図11は比較例3のオーバレイの断面を走査電子顕微鏡にて組織観察した模式図である。
図11から明らかなように、アモルファスカーボンを添加しない比較例3では、Al中にSnの粒子を走査電子顕微鏡により捉えることができ、且つSnの粒子径は、小さな粒子も存在するが、大体は1μm以上の大きさとなっている。
これに対し、アモルファスカーボンを添加した実施例12では、図10に示すように、AlおよびSnの粒子は見えていない。これは、AlおよびSnの粒子が小さすぎて、使用した走査電子顕微鏡では、捉えることができず、オーバレイに粒子が存在していないと同様の観察結果となったためである。ちなみに、実施例12の試料のオーバレイについて、結晶子径をX線回折分析にて測定したところ、Alの結晶子径は18nmであり、Snの結晶子径は15nmであった。
実施例11〜22、比較例2、3について、疲労試験、焼付試験を実施し、その結果を図8に示した。疲労試験条件は図4と同様である。焼付試験条件については、図9に示した。この場合、焼付試験では、なじみ運転後、面圧を5Paずつ増加させていき、焼付ない最大面圧を求めた。なお、図8には、オーバレイのビッカース硬さの測定結果についても表示した。
図8において、その試験結果を検討してみるに、アモルファスカーボンを添加していない比較例2、3に対し、アモルファスカーボンを添加した実施例11〜22は、オーバレイを構成する金属の結晶子が微細化するため、硬度が高くなり、耐疲労性が向上する。
アモルファスカーボンがDLCである場合、DLCは摩擦係数が小さい物質であるため、Sn含有量が同じ実施例11と比較例2との比較から理解されるように、DLCを含有すると、非焼付性が向上する。
一方、比較例2と3から理解されるように、Al−Sn合金のうち、Sn含有量を増加させると、オーバレイの硬度が低下し、耐疲労性が低下する。しかしながら、実施例12と比較例3との対比から理解されるように、アモルファスカーボンを添加した場合には、結晶子の微細化によりオーバレイの硬度が高くなるので、Sn含有量を増加させても、高い耐疲労性を持つ。
実施例12、14、16から明らかなように、Snの添加量を増加させにつれて非焼付性が向上する。Sn含有量の増加に伴う非焼付性の向上については、次の2つの理由が考えられている。
摺動において、潤滑油は非常に大きな役割を担っている。摺動する2部材の間に潤滑油が存在し、油膜が形成されるとき焼付は起きない。このため、すべり軸受のオーバレイは、油膜を形成させ易い材質のものが好ましい。油膜の形成し易さを表すパラメータである潤滑油との濡れ性は、Alに比べてSnの方が高い。このため、オーバレイにSnが多く含まれているほど非焼付性は高くなる。これが第1の理由である。
第2の理由は次の通りである。摺動する2部材の間で油切れが起きた場合、摩擦熱が発生する。油膜が部分的に切れ始めた時点では、摩擦熱は局所的に発生するだけであるが、油膜が切れる面積割合が大きくなると、摩擦熱が多くなり、2部材間で凝着反応が起きて焼付く。しかし、低融点金属であるSnがオーバレイ中に存在すると、油膜が部分的に切れ始めた時点で、Snが局所的に融解する。そのときの潜熱が摩擦熱を吸収するため、摩擦熱が蓄積されず、その結果、焼付きが防止される。
このようにSn含有量を増加すると、非焼付性が向上する。しかも、アモルファスカーボンを添加すると、結晶子の微細化により耐疲労性が向上するので、耐疲労性を向上させながら、非焼付性の向上を図ることができる。
このアモルファスカーボンを添加した場合のSn含有量の増加による耐疲労性および非焼付性の向上は、AlをベースにしたAl−Sn合金に限られず、実施例17〜20にみられるように、SnをベースにしたAl−Sn合金でも、同様にSn含有量を増加させることにより、優れた耐疲労性を保持しながら、非焼付性の向上を図ることができる。
また、実施例21、22と実施例14との対比から理解されるように、Si、Cuを含有させることにより、耐疲労性を向上させることができ、特にSiを含有させた場合には、非焼付性も併せて向上させることができる。
尚、本発明は、上記した実施例に限定されるものではなく、例えば次のような変形が可能である。
すべり軸受1において、軸受合金層3の上面に直接オーバレイ4を設ける構成としたが、軸受合金層3の上面にNi−CrやTiなどの中間層を設け、この中間層の上面にーバレイ4を設けるようにしても良い。また、裏金2の上面に直接オーバレイ4を設けるようにしても良い。さらに、オーバレイ4の上面に、純Snなどの軟質金属やPAIなどの樹脂のなじみ層を設けるようにしても良い。
オーバレイ4の素地にInを用いるようにしてもよい。また、オーバレイ4の機械的強度および硬度を高めるための添加金属としては、Cuに限らず、Sb、Ag、Cdのいずれかでもよく、あるいはそれらを2種類以上用いてもよい。
【産業上の利用可能性】
以上のように、本発明にかかる摺動部材は、軸受合金上にオーバレイと称される厚さ30μm以下の摺動層を形成したすべり軸受として有用である。
【図1】

【図2】

【図3】

【図4】

【図5】

【図6】

【図7】

【図8】

【図9】

【図10】

【図11】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材上に摺動層を備え、前記摺動層は、Sn、Pb、Bi、In、Alのうちのいずれかの金属またはその金属をベースとした合金を素地とし、この素地にアモルファスカーボンを添加したことを特徴とする摺動部材。
【請求項2】
請求項1記載の摺動部材において、
前記素地の結晶子径が100nm以下であることを特徴とする。
【請求項3】
請求項1記載の摺動部材において、
前記素地に、Sn、Pb、Bi、In、Al、Cu、Sb、Ag、Cdのうちのいずれか1種以上の金属を添加したことを特徴とする。
【請求項4】
請求項2記載の摺動部材において、
前記素地に、Sn、Pb、Bi、In、Al、Cu、Sb、Ag、Cdのうちのいずれか1種以上の金属を添加したことを特徴とする。
【請求項5】
請求項3記載の摺動部材において、
前記添加金属がSn、Pb、Bi、In、Alのうちのいずれか1種以上の金属であるとき、各添加金属の含有量は20質量%以下で、かつそれら添加金属の合計の含有量は30質量%以下であることを特徴とする。
【請求項6】
請求項4記載の摺動部材において、
前記添加金属がSn、Pb、Bi、In、Alのうちのいずれか1種以上の金属であるとき、各添加金属の含有量は20質量%以下で、かつそれら添加金属の合計の含有量は30質量%以下であることを特徴とする。
【請求項7】
請求項3ないし6のいずれかに記載の摺動部材において、
前記添加金属がCu、Sb、Ag、Cdのうちのいずれか1種以上の金属であるとき、各添加金属の含有量は5質量%以下で、かつそれら添加金属の合計の含有量は10質量%以下であることを特徴とする。
【請求項8】
請求項1記載の摺動部材において、
前記摺動層の素地は、Alが20〜80質量%、Snが20〜80質量%であるAlとSnとの合金であり、このAl−Sn合金の素地にアモルファスカーボンを添加したことを特徴とする。
【請求項9】
請求項8記載の摺動部材において、
前記素地を構成するAlとSnとの合金に、Si、Cu、Sb、In、Agのうちのいずれか1種以上の金属を添加したことを特徴とする。
【請求項10】
請求項9記載の摺動部材において、
前記Si、Cu、Sb、In、Agの含有量は、単独で5質量%以下、合計で10質量%以下であることを特徴とする。
【請求項11】
請求項8ないし10のいずれかに記載の摺動部材において、
前記素地中のAlまたはSnの粒子径が1μm以下であることを特徴とする。
【請求項12】
請求項8ないし10のいずれかに記載の摺動部材において、
前記素地中のAlまたはSnの粒子径が0.05μm以下であることを特徴とする。
【請求項13】
請求項8ないし10記載の摺動部材において、
前記素地の結晶子径が30nm以下であることを特徴とする。
【請求項14】
請求項11記載の摺動部材において、
前記素地の結晶子径が30nm以下であることを特徴とする。
【請求項15】
請求項12記載の摺動部材において、
前記素地の結晶子径が30nm以下であることを特徴とする。
【請求項16】
請求項1ないし6、8ないし10のいずれかに記載の摺動部材において、
前記アモルファスカーボンの含有量は0.1〜8質量%であることを特徴とする。
【請求項17】
請求項7記載の摺動部材において、
前記アモルファスカーボンの含有量は0.1〜8質量%であることを特徴とする。
【請求項18】
請求項11記載の摺動部材において、
前記アモルファスカーボンの含有量は0.1〜8質量%であることを特徴とする。
【請求項19】
請求項12記載の摺動部材において、
前記アモルファスカーボンの含有量は0.1〜8質量%であることを特徴とする。
【請求項20】
請求項13記載の摺動部材において、
前記アモルファスカーボンの含有量は0.1〜8質量%であることを特徴とする。
【請求項21】
請求項14記載の摺動部材において、
前記アモルファスカーボンの含有量は0.1〜8質量%であることを特徴とする。
【請求項22】
請求項15記載の摺動部材において、
前記アモルファスカーボンの含有量は0.1〜8質量%であることを特徴とする。
【請求項23】
請求項1ないし6、8ないし10のいずれかに記載の摺動部材において、
前記摺動層の厚さは、30μm以下であることを特徴とする。
【請求項24】
請求項7記載の摺動部材において、
前記摺動層の厚さは、30μm以下であることを特徴とする。
【請求項25】
請求項11記載の摺動部材において、
前記摺動層の厚さは、30μm以下であることを特徴とする。
【請求項26】
請求項12記載の摺動部材において、
前記摺動層の厚さは、30μm以下であることを特徴とする。
【請求項27】
請求項13記載の摺動部材において、
前記摺動層の厚さは、30μm以下であることを特徴とする。
【請求項28】
請求項14記載の摺動部材において、
前記摺動層の厚さは、30μm以下であることを特徴とする。
【請求項29】
請求項15記載の摺動部材において、
前記摺動層の厚さは、30μm以下であることを特徴とする。
【請求項30】
請求項16記載の摺動部材において、
前記摺動層の厚さは、30μm以下であることを特徴とする。
【請求項31】
請求項17記載の摺動部材において、
前記摺動層の厚さは、30μm以下であることを特徴とする。
【請求項32】
請求項18記載の摺動部材において、
前記摺動層の厚さは、30μm以下であることを特徴とする。
【請求項33】
請求項19記載の摺動部材において、
前記摺動層の厚さは、30μm以下であることを特徴とする。
【請求項34】
請求項20記載の摺動部材において、
前記摺動層の厚さは、30μm以下であることを特徴とする。
【請求項35】
請求項21記載の摺動部材において、
前記摺動層の厚さは、30μm以下であることを特徴とする。
【請求項36】
請求項22記載の摺動部材において、
前記摺動層の厚さは、30μm以下であることを特徴とする。

【国際公開番号】WO2004/092602
【国際公開日】平成16年10月28日(2004.10.28)
【発行日】平成18年7月6日(2006.7.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−505486(P2005−505486)
【国際出願番号】PCT/JP2004/005512
【国際出願日】平成16年4月16日(2004.4.16)
【出願人】(591001282)大同メタル工業株式会社 (179)
【Fターム(参考)】