説明

改変アポフェリチンの製造方法とその利用

【課題】目的に応じた改変がなされた改変アポフェリチンを用いて目的物(Pdを含む金属粒子またはRh錯体との複合体)を製造する方法の提供。
【解決手段】Pdイオン結合サイトにおいてPdイオンの結合に関与するアミノ酸残基を置換することにより該サイトの数を減じた改変アポフェリチンを用意し、そのPdイオン結合サイトにPdイオンを結合させ、該Pdイオンを還元して改変アポフェリチンの内部空間にPdを含む金属粒子を形成する。また、Rh錯体結合サイトにおいてRh錯体の結合に関与するアミノ酸残基を置換することにより該サイトの数を減じた改変アポフェリチンを用意し、そのRh錯体結合サイトにRh錯体を結合させてRh錯体−改変アポフェリチン複合体を製造する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特定の化学種の結合サイトの数をアポフェリチン本来の数から異ならせるように改変された改変アポフェリチン、該改変アポフェリチンに上記特定の化学種が結合した改変アポフェリチン複合体の製造方法およびその利用に関する。
【背景技術】
【0002】
フェリチンは生体内で鉄を貯蔵する機能を示すタンパク質であり、24個のサブユニット(以下、「フェリチンモノマー」ということもある。)が自己組織化して構成された球状構造を有する。その球状構造の外径は12nmであり、内部には直径8nmの空洞(内部空間)が形成されている。このフェリチンのタンパク部分(以下、「アポフェリチン」という。)を化学反応または合成に利用しようとする試みが種々なされている。例えば非特許文献1には、アポフェリチンの内部空間にPdイオンを挿入して還元することによりPdの微粒子を構築し得ること、および該Pd微粒子が水素化触媒として機能し得ることが記載されている。また、非特許文献2には、アポフェリチンの内部に挿入した金属錯体を重合触媒として、該アポフェリチンの内部空間(キャビティ)でフェニルアセチレンを重合させる技術が記載されている。
【0003】
【非特許文献1】アンゲヴァンテ・ケミー・インターナショナル・エディション(Angewandte Chemie International Edition),第43号,2004年,p.2527−2530
【非特許文献2】日本化学会第85春季年会 講演予稿集,2005年,講演番号3F8−08
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上述した技術ではいずれも天然のアポフェリチンを用いている。ここで、目的に応じてアポフェリチンに適切な改変が施された改変アポフェリチンを効率よく設計し、該改変アポフェリチンを用いて目的物を製造する方法が提供されれば有益である。
【0005】
そこで本発明は、改変アポフェリチンを用いて金属粒子(典型的には、パラジウムを含む金属粒子)を製造する方法であって、粒径および/または組成が的確に調整された金属粒子を製造可能な方法を提供することを一つの目的とする。本発明の他の一つの目的は、改変アポフェリチンを用いてRh錯体−改変アポフェリチン複合体を製造する方法であって、該Rh錯体が結合しているサイトの数、該結合サイトの種類および/または複数種類の結合サイトの比率が調整されたRh錯体−改変アポフェリチン複合体を効率よく製造する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
ここに開示される一つの発明は、パラジウム(Pd)を含む金属粒子の製造方法に関する。その方法は、アポフェリチンの内部空間側にある複数のPdイオン結合サイト(該内部空間側にPdイオンを結合可能なサイト、すなわちPdイオン結合能を有するサイトをいう。以下同じ。)のうち一部個数のサイトにつき、該Pdイオン結合サイトへのPdイオンの結合に関与するアミノ酸残基を置換および/または修飾することにより、前記Pdイオン結合サイトの数をアポフェリチン本来の数よりも少なくする改変が施された改変アポフェリチンを用意することを含む。また、該改変アポフェリチンの有する前記Pdイオン結合サイト(すなわち、改変後の個数のPdイオン結合サイト)にPdイオンを結合させて(前記改変後の個数のPdイオン結合サイトのうち一部個数であっても実質的に全部の個数であってもよい。)Pdイオン−改変アポフェリチン複合体を得ることを含む。さらに、該複合体に含まれるPdイオンを還元して前記改変アポフェリチンの内部空間(キャビティ)にPdを含む金属粒子を形成することを含み得る。
かかる方法では、アポフェリチン本来の数よりも少ない数のPdイオン結合サイトを有する改変アポフェリチンの上記Pdイオン結合サイトにPdイオンを結合させ、該Pdイオンを還元する(典型的には、酸化数をゼロにする)ことにより、Pdを含む金属粒子(Pd粒子、Pd−Auバイメタル粒子等であり得る。)を形成する。このようにPdイオン結合サイトの個数を異ならせた改変アポフェリチンを「鋳型」として利用することにより、改変されていないアポフェリチンを用いる場合とは異なる数のPd原子を含む金属粒子を精度よく製造することができる。したがって、例えば、改変されていないアポフェリチンを用いる場合とは粒径および/または金属組成の異なる金属粒子を安定して精度よく製造することができる。
【0007】
上記方法により得られた金属粒子は、その製造に用いられた改変アポフェリチンに該金属粒子が内包された形態で、例えば各種触媒(オレフィン水素化触媒等)として利用され得る。したがって、ここに開示される発明の他の側面は、アポフェリチンの内部空間側にパラジウム(Pd)イオンを結合可能な複数のPdイオン結合サイトのうち一部個数のサイトにつき、該Pdイオン結合サイトへのPdイオンの結合に関与するアミノ酸残基を置換および/または修飾することにより、前記Pdイオン結合サイトの数をアポフェリチン本来の数よりも少なくする改変が施された改変アポフェリチンを用意すること;
該改変アポフェリチンの有する前記Pdイオン結合サイトにPdイオンを結合させてPdイオン−改変アポフェリチン複合体を得ること;および、
該複合体に含まれるPdイオンを還元して前記改変アポフェリチンの内部空間にPdを含む金属粒子を形成すること;
を含む、金属粒子内包改変アポフェリチンの製造方法である。
該金属粒子内包改変アポフェリチンを構成する改変アポフェリチンは、例えば、該改変アポフェリチンに内包された金属粒子同士の凝集を防ぐ保護材として機能し得る。また、金属粒子内包改変アポフェリチンの内部空間を用いた化学反応において基質選択性(例えば、該基質のサイズによる選択性)を発揮し得る。かかる金属粒子内包改変アポフェリチンは水溶液とすることができ、これにより上記金属粒子を水溶液として取り扱うことができる。このことは、例えば保存および/または取扱性の点で有利である。ここに開示される金属粒子内包改変アポフェリチンは、例えば、水中で各種化学反応(例えばオレフィンの水素化反応)を促進する触媒として有用である。
【0008】
ここに開示される方法の好ましい一つの態様では、前記改変アポフェリチンが、下記(A)〜(N)のPdイオン結合サイトのうち少なくとも一種類のPdイオン結合サイトがPdイオン結合能を維持し、且つ他の少なくとも一種類のPdイオン結合サイトのPdイオン結合能を失わせるような改変が施された改変アポフェリチンである。
(A)アポフェリチンを構成するフェリチンモノマーの第45番目のアミノ酸残基であるグルタミン酸が関与するPdイオン結合サイト。
(B)アポフェリチンを構成するフェリチンモノマーの第48番目のアミノ酸残基であるシステインが関与するPdイオン結合サイト。
(C)アポフェリチンを構成するフェリチンモノマーの第49番目のアミノ酸残基であるヒスチジンが関与するPdイオン結合サイト。
(D)アポフェリチンを構成するフェリチンモノマーの第52番目のアミノ酸残基であるアルギニンが関与するPdイオン結合サイト。
(E)アポフェリチンを構成するフェリチンモノマーの第53番目のアミノ酸残基であるグルタミン酸が関与するPdイオン結合サイト。
(F)アポフェリチンを構成するフェリチンモノマーの第64番目のアミノ酸残基であるアルギニンが関与するPdイオン結合サイト。
(G)アポフェリチンを構成するフェリチンモノマーの第68番目のアミノ酸残基であるメチオニンが関与するPdイオン結合サイト。
(H)アポフェリチンを構成するフェリチンモノマーの第96番目のアミノ酸残基であるメチオニンが関与するPdイオン結合サイト。
(I)アポフェリチンを構成するフェリチンモノマーの第126番目のアミノ酸残基であるシステインが関与するPdイオン結合サイト。
(J)アポフェリチンを構成するフェリチンモノマーの第127番目のアミノ酸残基であるアスパラギン酸が関与するPdイオン結合サイト。
(K)アポフェリチンを構成するフェリチンモノマーの第130番目のアミノ酸残基であるグルタミン酸が関与するPdイオン結合サイト。
(L)アポフェリチンを構成するフェリチンモノマーの第124番目のアミノ酸残基であるヒスチジンが関与するPdイオン結合サイト。
(M)アポフェリチンを構成するフェリチンモノマーの第136番目のアミノ酸残基であるグルタミン酸が関与するPdイオン結合サイト。
(N)アポフェリチンを構成するフェリチンモノマーの第147番目のアミノ酸残基であるヒスジチンが関与するPdイオン結合サイト。
【0009】
例えば、下記(a)〜(n)のアミノ酸残基のうち少なくとも一種類のアミノ酸残基を維持し、且つ他の少なくとも一種類のアミノ酸残基を置換および/または修飾するような改変が施された改変アポフェリチンの使用が好ましい。
(a)前記フェリチンモノマーの第45番目のアミノ酸残基であるグルタミン酸。
(b)前記フェリチンモノマーの第48番目のアミノ酸残基であるシステイン。
(c)前記フェリチンモノマーの第49番目のアミノ酸残基であるヒスチジン。
(d)前記フェリチンモノマーの第52番目のアミノ酸残基であるアルギニン。
(e)前記フェリチンモノマーの第53番目のアミノ酸残基であるグルタミン酸。
(f)前記フェリチンモノマーの第64番目のアミノ酸残基であるアルギニン。
(g)前記フェリチンモノマーの第68番目のアミノ酸残基であるメチオニン。
(h)前記フェリチンモノマーの第96番目のアミノ酸残基であるメチオニン。
(i)前記フェリチンモノマーの第126番目のアミノ酸残基であるシステイン。
(j)前記フェリチンモノマーの第127番目のアミノ酸残基であるアスパラギン酸。
(k)前記フェリチンモノマーの第130番目のアミノ酸残基であるグルタミン酸。
(l)前記フェリチンモノマーの第124番目のアミノ酸残基であるヒスチジン。
(m)前記フェリチンモノマーの第136番目のアミノ酸残基であるグルタミン酸。
(n)前記フェリチンモノマーの第147番目のアミノ酸残基であるヒスジチン。
【0010】
上記改変において置換および/または修飾されるアミノ酸残基は、上記(A)〜(N)のPdイオン結合サイトのうち少なくとも一つのサイトへのPdイオン結合に関与するアミノ酸残基(例えば、上記(a)〜(n)から選択される一種または二種以上のアミノ酸残基)であって、システイン(Cys)、ヒスチジン(His)、アスパラギン酸(Asp)およびグルタミン酸(Glu)からなる群から選択される一種または二種以上のアミノ酸残基であり得る。かかるアミノ酸残基を置換するアミノ酸残基としては、置換前の(本来の)アミノ酸残基よりも小さなアミノ酸残基を好ましく選択し得る。Pdイオン配位性の高い官能基(典型的には、チオール基、イミダゾール環、カルボキシル基)を有しないアミノ酸残基に置換することが好ましい。例えば、グリシン(Gly)またはアラニン(Ala)への置換が好ましい。また、上記改変は、アミノ酸残基の有するPdイオン配位性の高い官能基(典型的には、チオール基、イミダゾール環、カルボキシル基)を、よりPdイオン配位性の低い官能基に変換する化学修飾を行う改変であってもよい。
【0011】
ここに開示される方法は、例えば、Pdからなる金属粒子(Pd粒子)または該Pd粒子を内包する改変アポフェリチンを製造する方法として好適である。また、Pdと他の一または二以上の金属とを含む金属粒子または該金属粒子を内包する改変アポフェリチンを製造する方法としても好ましく適用され得る。このようにPdに加えてPd以外の金属(非Pd金属)をも含む金属粒子または該金属粒子を内包する改変アポフェリチンは、例えば、アポフェリチンの内部空間側にPdイオンを結合させること、その結合したPdイオンを還元すること、アポフェリチンの内部空間側に非Pd金属のイオンを結合させること、およびその結合した非Pd金属のイオンを還元すること、を含む方法により製造することができる。上記非Pd金属としては、アポフェリチンの外部からその内部空間に取り込み可能な(典型的には、該内部空間側に結合可能な)金属イオンであってアポフェリチンが安定に存在する条件下で金属に還元可能な金属イオンを形成し得る金属が好ましい。かかる非Pd金属は、周期表の4族〜13族(例えば8〜11族)に属するいずれかの金属(Pdを除く。)であり得る。例えば、金(Au)ならびに白金族に属するPd以外の金属、すなわちルテニウム(Ru)、ロジウム(Rh)、オスミウム(Os)、イリジウム(Ir)および白金(Pt)が挙げられる。なお、ここでいう周期表の族番号は、IUPACの定める1〜18の族番号表示によるものである。これらのうち好ましい非Pd金属としてAu,PtおよびRhが例示される。アポフェリチン内部への取り込み性に優れることから、特にAuの使用が好ましい。ここに開示される金属粒子製造方法は、例えば、AuおよびPdを含む金属粒子(典型的には、PdおよびAuの二成分から実質的に構成されるバイメタル粒子)製造する方法として好適である。
【0012】
本発明によると、上記AuおよびPdを含む金属粒子または該金属粒子を内包する改変アポフェリチンを製造する一つの好ましい方法が提供される。その方法は、前記改変アポフェリチンの内部空間側にAuイオンを結合させることを含む。また、上記Auイオンが結合した改変アポフェリチン(Auイオン−改変アポフェリチン複合体)の有する前記Pdイオン結合サイトにPdイオンを結合させることを含む。また、上記Auイオン−改変アポフェリチン複合体にさらにPdイオンが結合した複合体(Au/Pdイオン−改変アポフェリチン複合体)の有するAuイオンおよびPdイオンを共に還元して、前記改変アポフェリチンの内部空間にAuおよびPdを含む金属粒子を形成することを含む。
上記方法では、改変アポフェリチンの内部空間側にPdイオンおよびAuイオンを共に結合させた複合体を形成し、これらのイオンを共に還元することにより(以下、この方法を「共還元法」ということもある。)、PdとAuとが混在した金属粒子を得る。ここで、かかる共還元法により得られた金属粒子に含まれるPd原子とAu原子との比率は、Au/Pdイオン−改変アポフェリチン複合体の内部空間側に結合しているPdイオンとAuイオンとのイオン数の比率に概ね対応する。したがって、上記改変アポフェリチンの有するPdイオン結合サイトの数によって該改変アポフェリチンの内部空間側に結合するPdイオンとAuイオンとのイオン数の比率を調節することができ、これによりPdとAuとの組成比が精度よく調整された(例えば、改変されていないアポフェリチンを用いる場合よりもAuの比率が高い)金属粒子を安定して製造することができる。
【0013】
本発明によると、上記AuおよびPdを含む金属粒子または該金属粒子を内包する改変アポフェリチンを製造する他の一つの好ましい方法が提供される。その方法は、前記改変アポフェリチンの内部空間側にAuイオンを結合させることを含む。また、該Auイオン結合改変アポフェリチンの有するAuイオンを還元して前記改変アポフェリチンの内部空間にAuを含む金属粒子を形成することを含む。また、Auを含む金属粒子を内包する前記改変アポフェリチンの有する前記Pdイオン結合サイトにPdイオンを結合させることを含む。さらに、Pdイオン結合改変アポフェリチンの有するPdイオンを還元して前記Auを含む金属粒子の外側にPdが堆積した金属粒子を形成することを含む。
かかる方法では、アポフェリチンの内部空間側に結合させた金属イオンを還元して金属を析出(堆積)させる過程をAuイオンおよびPdイオンについて順次行うことにより(以下、この方法を「逐次還元法」ということもある。)、Auを含むコア(典型的にはAuからなるコア)の周囲にPdが堆積した金属粒子を得る。ここで、Au粒子の表面に堆積するPdの原子数は、改変アポフェリチンの有するPdイオン結合サイトの数に概ね対応することから、該改変アポフェリチンの有するPdイオン結合サイトの数によって上記堆積量を精度よく調節することができる。
【0014】
ここに開示される金属粒子または該金属粒子を内包する改変アポフェリチンは、水素化触媒(例えば、オレフィン結合を有する基質の該オレフィン結合に水素を付加する水素化触媒)として機能するものであり得る。例えば、アクリルアミド(CH=CHCONH)、アクリル酸(CH=CHCOOH)、N−アルキルアクリルアミド(CH=CHCONHR、ここでRは例えば炭素数1〜6のアルキル基であり得る。)、アリルアルコール(CH=CHCHOH)等の基質の水素化触媒として好適に利用され得る。したがって、本発明の他の側面は、ここに開示されるいずれかの金属粒子または該金属粒子を内包する改変アポフェリチンであって、オレフィンの水素化を促進する機能を有する水素化触媒である。
【0015】
ここに開示される他の一つの発明は、改変アポフェリチンの内部空間側にロジウム(Rh錯体が結合したRh錯体−改変アポフェリチン複合体の製造方法に関する。その方法は、アポフェリチンの内部空間側にある複数のRh錯体結合サイト(該内部空間側にRh錯体を結合可能なサイト、すなわちRh錯体結合能を有するサイトをいう。以下同じ。)のうち一部個数のサイトにつき、該Rh錯体結合サイトへのRh錯体の結合に関与するアミノ酸残基を置換および/または修飾することにより、前記Rh錯体結合サイトの数をアポフェリチン本来の数よりも少なくする改変が施された改変アポフェリチンを用意することを含む。また、該改変アポフェリチンの有する前記Rh錯体結合サイトにRh錯体を結合させることを含む。
かかる方法によると、Rh錯体の結合に関与するアミノ酸残基を狙って改変を行うことにより、Rh錯体が結合している結合サイトの数、結合サイトの種類および/または複数種類の結合サイトの比率が調整されたRh錯体−改変アポフェリチン複合体を効率よく製造することができる。
【0016】
前記Rh錯体は、シクロヘキサジエン骨格またはシクロオクタジエン骨格を有する配位子がRhに配位してなる錯体であることが好ましい。このような配位子の例として、シクロヘキサジエン(典型的には1,4−シクロヘキサジエン)、ノルボルナジエン(典型的には2,5−ノルボルナジエン。以下、このノルボルナジエン配位子を「(nbd)」と表すことがある。)、シクロオクタジエン(典型的には1,5−シクロオクタジエン。以下、このシクロオクタジエン配位子を「(cod)」と表すことがある。)等の配位子、および、これらの骨格を有し一または二以上の水素原子がアルキル基、アルコキシ基、ニトロ基、カルボキシル基、ハロゲン原子等の置換基で置換された配位子が挙げられる。このような配位子がRhに配位したRh錯体は、水中においてアセチレン類の重合反応、オレフィンの水素化反応等に対し良好な触媒活性を示すものであり得る。したがって、かかるRh錯体を用いてなるRh錯体−改変アポフェリチン複合体は、重合触媒、水素化触媒等としてより有用なものとなり得る。本発明にとり特に好ましい配位子として2,5−ノルボルナジエンが例示される。
【0017】
ここに開示される方法の好ましい一つの態様では、前記改変アポフェリチンが、下記(P),(Q)および(R)のRh錯体結合サイトのうち少なくとも一種類のRh錯体結合サイトがRh錯体結合能を維持し、且つ他の少なくとも一種類のRh錯体結合サイトのRh錯体結合能を失わせるような改変が施された改変アポフェリチンである。
(P)アポフェリチンを構成するフェリチンモノマーの第48番目のアミノ酸残基であるシステインが関与するRh錯体結合サイト。
(Q)アポフェリチンを構成するフェリチンモノマーの第49番目のアミノ酸残基であるヒスチジンが関与するRh錯体結合サイト。
(R)アポフェリチンを構成するフェリチンモノマーの第114番目のアミノ酸残基であるヒスチジンが関与するRh錯体結合サイト。
【0018】
例えば、下記(p),(q)および(r)のアミノ酸残基のうち少なくとも一種類のアミノ酸残基を維持し、且つ他の少なくとも一種類のアミノ酸残基を置換および/または修飾するような改変が施された改変アポフェリチンの使用が好ましい。
(p)前記フェリチンモノマーの第48番目のアミノ酸残基であるシステイン。
(q)前記フェリチンモノマーの第49番目のアミノ酸残基であるヒスチジン。
(r)前記フェリチンモノマーの第114番目のアミノ酸残基であるヒスチジン。
【0019】
上記改変において、Rh錯体の結合に関与するアミノ酸残基(例えば、上記(p)〜(r)から選択される一種または二種以上のアミノ酸残基)を置換するアミノ酸残基としては、置換前のアミノ酸残基よりも小さなアミノ酸残基を好ましく選択し得る。例えば、グリシン(Gly)またはアラニン(Ala)への置換が好ましい。
【0020】
ここに開示されるRh錯体−改変アポフェリチン複合体は、当該Rh錯体が単独で触媒活性を示す化学反応と同種の化学反応を促進する触媒として利用され得る。また、改変されていない(天然の)アポフェリチンの内部空間側に上記Rh錯体が結合してなるRh錯体−アポフェリチン複合体が触媒活性を示す化学反応と同種の化学反応を促進する触媒として利用され得る。上記Rh錯体−改変アポフェリチン複合体は、例えば、アセチレン類(典型的には末端アセチレン類)の重合触媒として有用なものであり得る。該アセチレン類としては、フェニルアセチレン、4−クロロフェニルアセチレン等のアリールアセチレン;1−ヘキシン、1−オクチン等の1−アルキン;等を例示することができる。本発明の他の側面は、ここに開示されるいずれかのRh錯体−改変アポフェリチン複合体であって、アセチレン類の重合を促進する(典型的には、該改変アポフェリチンの内部空間においてアセチレン類を重合させる)機能を有する重合触媒である。かかる重合促進機能を水中で発揮する重合触媒であり得る。
【0021】
ここに開示されるRh錯体−改変アポフェリチン複合体は、また、オレフィン結合を有する基質の該オレフィン結合に水素を付加する水素化触媒として有用なものであり得る。例えば、アクリルアミド(CH=CHCONH)、アクリル酸(CH=CHCOOH)、N−アルキルアクリルアミド(CH=CHCONHR、ここでRは例えば炭素数1〜6のアルキル基であり得る。)、アリルアルコール(CH=CHCHOH)等の基質の水素化触媒として好適に利用され得る。本発明の他の側面は、ここに開示されるいずれかのRh錯体−改変アポフェリチン複合体であって、オレフィンの水素化を促進する機能を有する水素化触媒である。かかる水素化促進機能を水中で発揮する水素化触媒であり得る。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
以下、本発明の好適な実施形態を説明する。なお、本明細書において特に言及している事項以外の事柄であって本発明の実施に必要な事柄は、当該分野における従来技術に基づく当業者の設計事項として把握され得る。本発明は、本明細書に開示されている内容と当該分野における技術常識とに基づいて実施することができる。
【0023】
ここに開示される発明は、本発明者により新たに見出された、アポフェリチンのPdイオン結合サイトまたはRh錯体結合サイトの構成(位置および結合に関与するアミノ酸残基)に関する知見を利用して好適に実施することができる。かかる知見の要部は、Pdイオン結合サイトについては後述する表1に、Rh錯体結合サイトについては同じく表2にまとめられている。
上記知見は、特定の化学種を内部空間側に結合させたアポフェリチンをカドミウム(Cd)イオンの存在下で結晶化し、該結晶についてX線結晶構造解析を行って得られたものである。ここで、結晶化のために使用したCdイオンを解析対象であるPdイオンまたはRhイオンから区別するため、ピーク波長による異常分散効果の差を利用して結晶構造解析を行った。ここに開示される発明は、かかる共通の解析手法をPdイオンおよびRh錯体にそれぞれ適用することによって得られた知見に基づいてなされたものである。
【0024】
上記知見を利用して、特定の化学種の結合サイトの数をアポフェリチン本来の数よりも減らす改変が施された改変アポフェリチンを設計および/または製造することができる。ここで、上述のようにアポフェリチンは24個のフェリチンモノマーからなるところ、上記結合サイトの構成は各フェリチンモノマーに共通である。したがって、該フェリチンモノマーを構成するアミノ酸残基のうち上記結合サイトのうち一部種類のサイトにおいて結合に関与するアミノ酸残基を他の(結合に寄与しない、あるいは寄与の少ない)アミノ酸残基に置換することにより、該一部種類のサイトの結合能を失わせることができる。このように特定の化学種の結合サイトおよび該結合に関与するアミノ酸残基を把握し、それらのうち結合能を失わせようとするサイトを選択し、さらに改変(置換)の対象となる具体的なアミノ酸残基を選択することにより、目的に応じて結合サイトの数が改変された改変アポフェリチン(該改変アポフェリチンのアミノ酸配列)を設計することができる。
【0025】
各結合サイトにおいて結合に関与するアミノ酸残基は、表1および表2に示されるように、一のアミノ酸残基であることもあり、二以上のアミノ酸残基であることもある。二以上のアミノ酸残基が関与するサイトについて結合能を失わせる改変を行う場合には、それら結合に関与する複数のアミノ酸残基の全てを改変してもよく一部のアミノ酸残基を改変してもよい。通常は、結合への寄与の大きいいずれか一のアミノ酸残基を改変することが効率的であり望ましい。例えばPdイオン結合サイトの場合には、上記「寄与の大きいアミノ酸」として、Pdイオン配位性の高い官能基(典型的には、チオール基、イミダゾール環、カルボキシル基)を有するアミノ酸残基を好ましく選択することができる。
【0026】
なお、上記のようにアミノ酸残基の一部が他のアミノ酸残基に置換された改変アポフェリチンは、一般的なタンパク質変異体の製造に用いられる各種の技法を適宜採用して作製することができる。例えば、当該改変後(置換後)のアミノ酸配列をコードする遺伝子(DNA)を化学合成し、該合成遺伝子と上記アミノ酸配列を宿主細胞内で発現させるための種々の調節エレメントとからなる発現用遺伝子構築物を有する組換えベクターを、宿主細胞に応じて構築する。この組み換えベクターを一般的な技法によって適当な宿主細胞(例えば大腸菌)に導入し、所定の条件で当該宿主細胞を培養する。これにより目的とする改変アポフェリチンを細胞内で発現、生産させることができる。なお、組換えベクターの構築方法及び構築した組換えベクターの宿主細胞への導入方法等は、当該分野で従来から行われている方法をそのまま採用すればよく、かかる方法自体は特に本発明を特徴付けるものではないため、詳細な説明は省略する。あるいは、遺伝子工学的手法に代えて化学合成によって目的とするタンパク質(改変アポフェリチン)を構築してもよい。
【0027】
改変アポフェリチンを用いての金属粒子の製造は、当該改変アポフェリチンを使用する点以外は通常の(天然の)アポフェリチンを用いた金属粒子の製造と同様にして行うことができる。例えば、改変アポフェリチンのPdイオン結合サイトにPdイオンを結合させる際には、適当な溶媒中において改変アポフェリチンとPdイオン源(上記溶媒に溶解してPdイオンを供給し得るPd化合物)とを混合するとよい。溶媒としては例えば水を好ましく用いることができ、あるいは水および水と均一に混合し得る有機溶媒との混合溶媒を用いてもよい。該混合溶媒を構成する有機溶媒の好適例としては、アセトン、メタノール、ジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルスルホキシド(DMSO)等が挙げられる。通常は、改変アポフェリチンの有するPdイオン結合サイトの数に対して過剰量のPdイオンを含むPdイオン源を使用することが好ましい。このことによって、改変アポフェリチンの有するPdイオン結合サイトの数がよりよく反映された数のPdイオンを該改変アポフェリチンに結合させることができる。例えば、Pdイオン結合サイトの数に対して凡そ1.2当量以上(典型的には凡そ1.2〜10当量)、好ましくは凡そ1.5当量(典型的には凡そ1.5〜5当量)のPdイオンを含む量のPdイオン源を使用するとよい。特に限定するものではないが、上記のように改変アポフェリチンとPdイオンとを混合する際の温度は例えば凡そ4〜70℃程度とすることができ、混合時間は例えば凡そ1分〜2時間程度とすることができる。その後、次工程(例えば、Pdイオンを還元する工程)に進む前に、過剰のPdイオンを除去してPdイオン−改変アポフェリチン複合体を精製するとよい。この精製は、透析、ゲルろ過等の従来公知のタンパク質精製方法を適宜採用して行うことができる。
【0028】
また、Pdイオン−改変アポフェリチン複合体に含まれるPdイオンを還元する方法としては、例えば、該複合体を含む溶液(例えば水溶液)に適当な還元剤を添加して混合する方法を採用することができる。還元剤としては、例えばNaBH、N、NaHPO、NaBHCN等を使用することができる。この還元反応は、例えば、凡そ4〜70℃程度の温度で、凡そ1分〜24時間かけて行うことができる。改変アポフェリチンに結合した非Pdイオン(例えばAuイオン)の還元も同様にして行うことができる。なお、ここに開示される金属粒子製造方法は、改変アポフェリチンに金属イオン(Pdイオンおよび/または非Pdイオン)を結合させ、その結合した金属イオンを還元する(典型的には、金属に還元する)過程を複数回行うものであってもよい。
【0029】
ここに開示される方法により得られる金属粒子の直径は、典型的にはアポフェリチンの内部空間の直径と同等以下(すなわち凡そ8nm以下、典型的には凡そ1〜8nm)であり、好ましくは5nm以下(典型的には凡そ1〜5nm)、より好ましくは3nm以下(典型的には凡そ1〜3nm)である。
【0030】
改変アポフェリチンへのRh錯体の結合は、当該改変アポフェリチンを使用する点以外は通常の(天然の)アポフェリチンにRh錯体を結合させる場合と同様にして行うことができる。例えば、適当な溶媒中において改変アポフェリチンとRh錯体(またはその塩)とを混合するとよい。溶媒としては例えば水を好ましく用いることができ、あるいは水と均一に混合し得る有機溶媒と水との混合溶媒を用いてもよい。該混合溶媒を構成する有機溶媒の好適例としては、アセトン、メタノール、DMF、DMSO、アセトニトリル等が挙げられる。通常は、改変アポフェリチンの有するRh錯体結合サイトの数に対して過剰量のRh錯体を使用することが好ましい。このことによって、改変アポフェリチンの有するRh錯体結合サイトの数がよりよく反映された数のRh錯体を該改変アポフェリチンに結合させることができる。例えば、Rh錯体結合サイトの数に対して凡そ1.2当量以上(典型的には凡そ1.2〜10当量)のRh錯体を使用するとよい。特に限定するものではないが、上記のように改変アポフェリチンとRh錯体とを混合する際の温度は例えば凡そ4〜70℃程度とすることができ、混合時間は例えば凡そ1分〜2時間程度とすることができる。該混合は不活性ガス雰囲気下(例えばアルゴンガス、窒素ガスまたはこれらの混合ガス雰囲気下)で行うことが好ましい。
【0031】
以下、本発明の好適な実施態様をさらに詳細に説明する。なお、以下の例で使用したアポフェリチンは、シグマアルドリッチ社から購入したウマ脾臓アポフェリチンである。かかるアポフェリチンは、公知文献(TAKEDA S et al., BIOCHIMICA ET BIOPHYSICA ACTA 1174 (2): 218-220 AUG
19 1993)に基づいて常法により生合成して得ることもできる。
【0032】
<例1:Pdイオン結合サイトの特定>
アポフェリチンにPdイオンを結合させ、該Pdイオン結合アポフェリチンを結晶化してX線結晶構造解析を行うことにより、アポフェリチンの内部空間側にあるPdイオン結合サイトを特定した。
【0033】
すなわち、アポフェリチン(以下、「apo−Fr」と表記することがある。)の水溶液に、該アポフェリチンに対して50当量(パラジウム濃度換算)のKPdClを添加して約30分間攪拌した。次いでゲルろ過(カラムG200を使用した。)により精製(アポフェリチンの外部にあるPdイオンを除去)することにより、アポフェリチンの内部空間側にPdイオンが結合したPdイオン−アポフェリチン複合体を得た。以下、この複合体を「50eq.Pd2+・apo−Fr」ということがある。
また、KPdClの添加量をアポフェリチンに対して100当量とした点以外は上記50eq.Pd2+・apo−Frの作製と同様にしてPdイオン−アポフェリチン複合体(以下、「100eq.Pd2+・apo−Fr」ということがある。)を得た。さらに、KPdClの添加量を200当量とした点以外は上記50eq.Pd2+・apo−Frの作製と同様にしてPdイオン−アポフェリチン複合体(以下、「200eq.Pd2+・apo−Fr」ということがある。)を得た。
【0034】
次いで、上記で得られた50eq.Pd2+・apo−Frを10〜20mg/mLの濃度で含む水溶液に、沈殿剤として10〜20mMのCdSOおよび0.5〜1Mの(NHSOを添加し、20℃でハンギングドロップ蒸気拡散法を行うことにより、50eq.Pd2+・apo−Frの結晶を得た。同様の手法により、100eq.Pd2+・apo−Frおよび200eq.Pd2+・apo−Frの結晶を得た。
【0035】
これらのPdイオン−アポフェリチン複合体結晶のX線結晶構造解析を行い、アポフェリチンの内部空間側にあるPdイオンの位置(Pdイオン結合サイトの位置)を特定した。X線回折実験にはSPring−8のビームラインBL41XUを使用した。ここで、各結晶には金属としてPdの他にCdも含まれているため、これらを区別できるように解析を行う必要がある。そこで本例では、同一の結晶に対し、0.5086Åのパラジウムのピーク波長と、0.4639Åのカドミウムのピーク波長との二波長でデータを収集し、これらの測定結果における異常分散効果の差を利用して結晶構造解析を行った。すなわち、Pdは0.5086Å(パラジウムのピーク波長)において異常分散による密度が強く観測され、一方Cdは0.4639Å(カドミウムのピーク)波長において強く観測されることを利用して、これらPdおよびCdを区別して金属の位置を決定した。なお、50eq.Pd2+・apo−Frの解析における分解能は1.65Åであり、100eq.Pd2+・apo−Frの分解能は2.10Åであり、また200eq.Pd2+・apo−Frの分解能は2.50Åであった。
【0036】
以上の解析結果から、アポフェリチンを構成するサブユニット当たり12個のPdイオン結合サイトが特定された。各サイトにおいてパラジウムイオンの結合に関与するアミノ酸残基を表1に示す。
【0037】
【表1】

【0038】
<例2:Pd粒子の作製>
まず、通常のアポフェリチンを用いたPd粒子および該Pd粒子を内包するアポフェリチンの合成例につき、図1に示す合成スキームを参照しつつ説明する。
アポフェリチン[1]の水溶液に、該アポフェリチンに対して500当量(パラジウムイオン換算)のKPdClを添加して30分間攪拌することにより、アポフェリチン[1]のPdイオン結合サイトにPdイオンを結合させてPdイオン−アポフェリチン複合体(Pd2+・apo−Fr)[2]を形成させた。次いでNaBHを加えてPdイオンを還元し、さらに透析およびゲルろ過(カラムG200を使用した。)により精製した。このようにして、アポフェリチンの内部空間にパラジウム粒子が収容されたPd粒子内包アポフェリチン[3]を得た。以下、このPd粒子内包アポフェリチンを「Pd・apo−Fr」と表記することがある。ICP金属定量およびブラッドフォード蛋白質定量による分析の結果、このPd・apo−Frはアポフェリチン一個当たり約320個(より具体的には、323±28個)のPd原子を含んでいた。また、上記Pd・apo−Frの透過型顕微鏡(TEM)像によれば、該Pd・apo−Frを構成するPd粒子のサイズは直径2.2nmであった。
【0039】
次に、上記Pd・apo−Frに内包されたPd粒子よりも小粒径のPd粒子および該粒子を内包する改変アポフェリチンを合成する方法の一例につき、図2に示す合成スキームを参照しつつ説明する。
まず、表1に示すPdイオン結合サイトのうちPdイオン結合能を失わせるサイトを決定する。ここでは、上記表中のサイトLおよびサイトNのPdイオン結合能を失わせる例につき説明する。該サイトへのPdイオンの結合に関与するアミノ酸残基であって、かつ他のサイトへのPdイオンの結合に関与するアミノ酸残基には該当しないアミノ酸残基を、改変対象となるアミノ酸残基として選択する。例えば、アポフェリチンを構成するL−サブユニットであるフェリチンモノマー(174個のアミノ酸からなるポリペプチド鎖)のうち第124番目のアミノ酸残基であるヒスチジン(His124)および第147番目のアミノ酸残基であるヒスチジン(His147)を選択することができる。そして、これらの改変対象アミノ酸残基を他のアミノ酸残基に変異させたアポフェリチン、例えばHis124およびHis147をいずれもアラニンに変異させた改変アポフェリチン[4]を、例えば上述のように組換えベクターを大腸菌に導入する技法により合成する。以下、この改変アポフェリチンをapo−Fr(H124A,H147A)ということがある。
【0040】
そして、アポフェリチン[1]の代わりに改変アポフェリチンapo−Fr(H124A,H147A)[4]を用いて、上述したPd・apo−Frの合成例と同様の操作を行う。例えば、改変アポフェリチン[4]の水溶液に、該改変アポフェリチンに対して500当量(パラジウムイオン換算)のKPdClを添加して攪拌することにより、Pdイオン−改変アポフェリチン複合体[5]を形成させる。ここで、改変アポフェリチン[4]ではアポフェリチン[1]の有するPdイオン結合サイトのうちフェリチンモノマー当たり2個(アポフェリチン全体では48個)のPdイオン結合サイトが失われていることから、Pdイオン−改変アポフェリチン複合体[5]を構成するPdイオンの数はPdイオン−アポフェリチン複合体[2]よりも少なくなる。したがって、このPdイオン−改変アポフェリチン複合体[5]に還元処理を加え、必要に応じて精製(透析、ゲルろ過等)を行うことにより、Pd粒子内包アポフェリチン[3]を構成するPd粒子よりも少ない原子数のPd原子からなる(すなわち、より小粒径の)Pd粒子が改変アポフェリチンの内部空間に収容されたPd粒子内包改変アポフェリチン(Pd・apo−Fr(H124A,H147A))[6]を得ることができる。
【0041】
<例3:Au−Pdバイメタル粒子(アロイ型)の作製>
まず、通常のアポフェリチンを用いたAu−Pdバイメタル粒子(合金粒子)の合成例につき、図3に示す合成スキームを参照しつつ説明する。
アポフェリチン[7]の水溶液に、該アポフェリチンに対して500当量(金イオン換算)のKAuClを添加して攪拌し、ゲルろ過(カラムG25を使用した。)により精製を行ってアポフェリチンの外部にあるAuイオンを除去した。このようにして、アポフェリチンの内部空間側にAuイオンが結合したAuイオン−アポフェリチン複合体[8]を得た。続いて、この複合体[8]の水溶液に、該複合体に対して500当量(パラジウムイオン換算)のKPdClを添加して攪拌することにより、Auイオン−アポフェリチン複合体[8]の有するPdイオン結合サイトにPdイオンを結合させた。このようにして、アポフェリチンの内部空間側にAuイオンおよびPdイオンが結合したAu/Pdイオン−アポフェリチン複合体[9]を形成させた。次いで、NaBHを加えて該複合体[9]を構成するAuイオンおよびPdイオンを共に還元し、透析およびゲルろ過(カラムG200を使用した。)により精製した。このようにして、アポフェリチンの内部空間にAuおよびPdからなるAu−Pdバイメタル粒子(合金粒子)が収容されたAu−Pdバイメタル粒子内包アポフェリチン[10]を得た。以下、このAu−Pdバイメタル粒子内包アポフェリチンを「AuPd・apo−Fr」と表記することがある。ICP金属定量およびブラッドフォード蛋白質定量による分析の結果、このAuPd・apo−Frはアポフェリチン一個当たり約135個(133±16個)のAu原子および約165個(165±41個)のPd粒子を含んでいた。また、上記AuPd・apo−Frの透過型顕微鏡(TEM)像によれば、該AuPd・apo−Frを構成するAu−Pdバイメタル粒子のサイズは直径2.2nmであった。
【0042】
次に、上記AuPd・apo−Frにおいてアポフェリチンに内包されているAu−Pdバイメタル粒子よりも小粒径であり、かつAuの組成比が高められたAu−Pdバイメタル粒子および該粒子を内包する改変アポフェリチンを合成する方法の一例につき、図4に示す合成スキームを参照しつつ説明する。
表1に示すPdイオン結合サイトのうちPdイオン結合能を失わせるサイトを決定する。例えば、カルボキシル基を有するアミノ酸残基(アスパラギン酸残基、グルタミン酸残基)が関与するPdイオン結合サイトが好ましく選択され得る。ここでは上記表中のサイトMのPdイオン結合能を失わせる例につき説明する。該サイトへのPdイオンの結合に関与するアミノ酸残基であって、かつ他のサイトへのPdイオンの結合に関与するアミノ酸残基には該当しないアミノ酸残基(カルボキシル基を有するアミノ酸残基を好ましく選択し得る。)を、改変対象となるアミノ酸残基として選択する。例えば、フェリチンモノマーの第136番目のアミノ酸残基であるグルタミン酸(Glu136)を選択することができる。そして、このGlu136を他のアミノ酸残基、例えばグリシンに変異させた改変アポフェリチン[11]を、例えば上述のように組換えベクターを大腸菌に導入する技法により合成する。以下、この改変アポフェリチンをapo−Fr(E136G)ということがある。
【0043】
アポフェリチン[7]の代わりに改変アポフェリチンapo−Fr(E136G)[11]を用いて、上述したAuPd・apo−Frの合成例と同様の操作を行う。例えば、改変アポフェリチン[11]の水溶液に、該改変アポフェリチンに対して500当量(金イオン換算)のKAuClを添加して攪拌し、ゲルろ過により精製してAuイオン−改変アポフェリチン複合体[12]を得る。ここで、グルタミン酸の有する官能基であるカルボキシル基は、Pdイオンに対して高い配位性を示すがAuイオンに対しては配位性を示さないことから、Glu136をグリシンに変異させたapo−Fr(E136G)へのAuイオン結合量(Auイオン−改変アポフェリチン複合体[12]に含まれるAuイオンの量)は、典型的には改変されていないアポフェリチンへのAuイオン結合量(Auイオン−アポフェリチン複合体[8]に含まれるAuイオンの量)と略同等となる。
【0044】
続いて、得られたAuイオン−改変アポフェリチン複合体[12]の水溶液に、該複合体に対して500当量(パラジウムイオン換算)のKPdClを添加して攪拌することにより、Auイオン−アポフェリチン複合体[12]の有するPdイオン結合サイトにPdイオンを結合させてAu/Pdイオン−アポフェリチン複合体[13]を形成させる。ここで、改変アポフェリチン[11]では、アポフェリチン[7]の有するPdイオン結合サイトのうちフェリチンモノマー当たり1個(アポフェリチン全体では24個)のPdイオン結合サイトが失われている。このため、Au/Pdイオン−改変アポフェリチン複合体[13]を構成するPdイオンの数は、Au/Pdイオン−アポフェリチン複合体[9]よりも少なくなる。したがって、この複合体[13]に還元処理を加え、必要に応じて精製(透析、ゲルろ過等)を行うことにより、Au−Pdバイメタル粒子内包アポフェリチン[10]を構成するバイメタル粒子よりもPdの原子数が少なく(このためAuの組成比がより高く)、したがってAuとPdとの合計原子数がより少ない(より小粒径の)Au−Pdバイメタル粒子(合金粒子)が改変アポフェリチンの内部空間に収容された、Au−Pdバイメタル粒子内包改変アポフェリチン(AuPd・apo−Fr(E136G))[14]を得ることができる。
【0045】
<例4:Au−Pdバイメタル粒子(コアシェル型)の作製>
まず、通常のアポフェリチンを用いたAu−Pdバイメタル粒子(コアシェル型粒子)の合成例につき、図5に示す合成スキームを参照しつつ説明する。
アポフェリチン[15]の水溶液に、該アポフェリチンに対して500当量(金イオン換算)のKAuClを添加して攪拌し、次いでNaBHを加えてAu還元することにより、アポフェリチンの内部空間にAu粒子が収容されたAu粒子内包アポフェリチン[16]を得た。その後、このAu粒子内包アポフェリチン[16]の水溶液に、該Au粒子内包アポフェリチンに対して500当量(パラジウムイオン換算)のKPdClを添加して攪拌した。これにより、Au粒子内包アポフェリチン[16]の有するPdイオン結合サイトにPdイオンを結合させて、Pdイオン−Au粒子内包アポフェリチン複合体[17]を形成した。次いで、NaBHを加えて該複合体[17]を構成するPdイオンを還元し、透析およびゲルろ過(カラムG200を使用した。)により精製した。このようにして、Au粒子(コア)の周囲にPdが集積した構成(コアシェル型)のAu−Pdバイメタル粒子が収容されたAu−Pdバイメタル粒子内包アポフェリチン[18]を得た。以下、このコアシェル型のAu−Pdバイメタル粒子を内包するアポフェリチンを「(Au)Pd・apo−Fr」と表記することがある。ICP金属定量およびブラッドフォード蛋白質定量による分析の結果、上記(Au)Pd・apo−Frはアポフェリチン一個当たり約200個(201±9個)のAu原子および約305個(305±33個)のPd粒子を含んでいた。また、上記(Au)Pd・apo−Frの透過型顕微鏡(TEM)像によれば、該(Au)Pd・apo−Frを構成するコアシェル型Au−Pdバイメタル粒子のサイズは直径2.4nmであった。
【0046】
次に、上記(Au)Pd・apo−Frにおいてアポフェリチンに内包されているコアシェル型Au−Pdバイメタル粒子よりも小粒径であり、かつAuの組成比が高められた(換言すれば、シェル成分であるPdが組成比がより少ない)Au−Pdバイメタル粒子および該粒子を内包する改変アポフェリチンを合成する方法の一例につき、図6に示す合成スキームを参照しつつ説明する。
表1に示すPdイオン結合サイトのうちPdイオン結合能を失わせるサイトを決定する。例えば、カルボキシル基を有するアミノ酸残基(アスパラギン酸残基、グルタミン酸残基)が関与するPdイオン結合サイトが好ましく選択され得る。上記サイトへのPdイオンの結合に関与するアミノ酸残基であって、かつ他のサイトへのPdイオンの結合に関与するアミノ酸残基には該当しないアミノ酸残基(カルボキシル基を有するアミノ酸残基を好ましく選択し得る。)を、改変対象となるアミノ酸残基として選択する。ここでは、上述したAu−Pdバイメタル粒子内包改変アポフェリチンの作製と同じ改変アポフェリチン(apo−Fr(E136G))を用いた例について説明する。
【0047】
アポフェリチン[15]の代わりに改変アポフェリチンapo−Fr(E136G)[19]を用いて、上述した(Au)Pd・apo−Frの合成例と同様の操作を行う。例えば、改変アポフェリチン[19]の水溶液に、該改変アポフェリチンに対して500当量(金イオン換算)のKAuClを添加して攪拌し、次いでNaBHを加えてAu還元することにより、改変アポフェリチンの内部空間にAu粒子が収容されたAu粒子内包改変アポフェリチン[20]を得る。このAu粒子内包改変アポフェリチン[20]の水溶液に、該Au粒子内包改変アポフェリチンに対して500当量(パラジウムイオン換算)のKPdClを添加して攪拌する。これにより、Au粒子内包改変アポフェリチン[20]の有するPdイオン結合サイトにPdイオンを結合させて、Pdイオン−Au粒子内包改変アポフェリチン複合体[21]を形成する。ここで、改変アポフェリチン[19]では、アポフェリチン[15]の有するPdイオン結合サイトのうちフェリチンモノマー当たり1個(アポフェリチン全体では24個)のPdイオン結合サイトが失われている。このため、Pdイオン−Au粒子内包改変アポフェリチン複合体[21]を構成するPdイオンの数は、Pdイオン−Au粒子内包アポフェリチン複合体[17]よりも少なくなる。このPdイオン−Au粒子内包改変アポフェリチン複合体[21]に還元処理を加え、必要に応じて精製(透析、ゲルろ過等)を行うことにより、Au−Pdバイメタル粒子内包アポフェリチン[18]を構成するAu−Pdバイメタル粒子よりもPdの原子数が少なく(このためAuの組成比がより高く)、したがってAuとPdとの合計原子数がより少ない(より小粒径の)Au−Pdバイメタル粒子(コアシェル型粒子)が改変アポフェリチンの内部空間に収容されたAu−Pdバイメタル粒子内包改変アポフェリチン((Au)Pd・apo−Fr(E136G))[22]を得ることができる。
【0048】
<例5:Rh錯体結合サイトの特定>
ロジウムノルボルナジエン錯体(以下、「Rh(nbd)錯体」と表記することもある。)をアポフェリチンに結合させ、該ロジウム錯体結合アポフェリチンを結晶化してX線結晶構造解析を行うことによって、アポフェリチンの内部空間側にあるロジウム錯体結合サイトを特定した。
【0049】
すなわち、図7に示すように、アポフェリチン(apo−Fr)の水溶液に、式[Rh(nbd)Cl]で表されるロジウム二核錯体を、該アポフェリチンに対して100当量(ロジウム濃度換算)となるように添加した。なお、ここで使用したロジウム二核錯体はシグマアルドリッチ社より購入したものである。25℃で1時間攪拌した後、透析およびゲルろ過(カラムG200を使用した。)を行って精製することにより、アポフェリチンにRh(nbd)錯体が結合したロジウム錯体−アポフェリチン複合体を得た。ICP金属定量およびブラッドフォード蛋白質定量による分析の結果、この複合体ではアポフェリチン1分子当たり20個のロジウム錯体が該アポフェリチンの内部空間側に結合していることがわかった。以下、このロジウム錯体−アポフェリチン複合体を「20Rh(nbd)・apo−Fr」または「20Rh・apo−Fr」と表記することがある。
【0050】
また、[Rh(nbd)Cl]の添加量をアポフェリチンに対して200当量(ロジウム濃度換算)に変更した点以外は20Rh(nbd)Frの作製と同様にして、アポフェリチンにRh(nbd)錯体が結合したロジウム錯体−アポフェリチン複合体を得た。上記と同様に分析を行ったところ、この複合体ではアポフェリチン1分子当たり60個のロジウム錯体が該アポフェリチンの内部空間側に結合していることがわかった。以下、このロジウム錯体−アポフェリチン複合体を「60Rh(nbd)・apo−Fr」または「60Rh・apo−Fr」と表記することがある。
【0051】
上記20Rh・apo−Frを10〜20mg/mLの濃度で含む水溶液に、沈殿剤として20〜35mMのCdSOおよび0.25〜0.5Mの(NHSOを添加し、20℃でハンギングドロップ蒸気拡散法を行うことにより、20Rh・apo−Frの結晶を得た。同様の手法により60Rh・apo−Frの結晶を得た。
【0052】
これらのロジウム錯体−アポフェリチン複合体結晶のX線結晶構造解析を行うことにより、アポフェリチンの内部空間側におけるロジウム錯体の結合位置を特定した。X線回折実験にはSPring−8のビームラインBL41XUを使用した。ここで、各結晶には金属としてRhの他にCdも含まれているため、これらを区別できるように解析を行う必要がある。そこで、同一の結晶に対し、0.5334Åのロジウムのピーク波長と、0.4639Åのカドミウムのピーク波長との二波長でデータを収集し、これらの測定結果における異常分散効果の差を利用して結晶構造解析を行った。すなわち、Rhは0.5334Å(ロジウムのピーク波長)において異常分散による密度が強く観測され、一方Cdは0.4639Å(カドミウムのピーク波長)において強く観測されることを利用して、これらRhおよびCdを区別して金属の位置を決定した。なお、20Rh・apo−Frの解析における分解能は1.4Åであり、60Rh・apo−Frの解析における分解能は1.8Åであった。
【0053】
以上の解析結果から、アポフェリチンを構成するサブユニット当たり3個のRh(nbd)錯体結合サイトが特定された。各サイトにおいてRh(nbd)錯体の結合に関与するアミノ酸残基を表2に示す。これらのサイトの位置は、いずれも20Rh・apo−Frと60Rh・apo−Frとで共通であった。
【0054】
【表2】

【0055】
<例6:Rh錯体−アポフェリチン複合体の利用>
上記で作製した二種類のRh錯体−アポフェリチン複合体(20Rh・apo−Fr,60Rh・apo−Fr)をそれぞれ重合触媒に用いてフェニルアセチレンの重合を行った(図8参照)。より具体的には、ロジウム錯体−アポフェリチン複合体を1μM、NaOHを0.6mM、NaClを15Mの濃度で含む水溶液に、フェニルアセチレンを3mMの濃度となるように添加し、アルゴン雰囲気下において30℃で6時間攪拌することによりフェニルアセチレンを重合させた。
また、比較のため、上記ロジウム錯体−アポフェリチン複合体の代わりに[Rh(nbd)Cl]を単独で(アポフェリチンとの複合体を形成することなく)重合触媒に用いてフェニルアセチレンを重合させた。この[Rh(nbd)Cl]の系内における濃度は20μMとした。
【0056】
得られたポリフェニルアセチレンをCHClに溶解し、ゲル透過クロマトグラフィ(GPC)測定によりポリスチレン換算の平均分子量および分子量分布を求めた。それらの結果を表3に示す。
【0057】
【表3】

【0058】
表3からわかるように、[Rh(nbd)Cl]を重合触媒に用いた場合に比べて、Rh錯体−アポフェリチン複合体を重合触媒に用いた場合には、20Rh・apo−Frおよび60Rh・apo−Frのいずれにおいても、より数平均分子量が低く、より分子量分布の狭いポリフェニルアセチレンが得られた。20Rh・apo−Frと60Rh・apo−Frとでは得られたポリフェニルアセチレンの分子量(重合度)はほぼ同程度であり、いずれも1万程度であった。これは、Rh錯体−アポフェリチン複合体を重合触媒に用いると該アポフェリチンの内部空間でポリマーが伸長するため、重合度が規制された狭い分子量分布をもつポリマーが得られたものと考えられる。
【0059】
上記Rh錯体−アポフェリチン複合体では、表2に示す3種類のRh錯体結合サイト(サイトP〜R)に結合したRh錯体がいずれも重合触媒として機能し得る。ここで、これらのRh錯体の重合活性は結合サイトの種類毎に異なり得る。上記Rh錯体結合サイトP〜Rのうちいずれか一種類の結合サイト、例えばサイトQのみにRh錯体を結合させた複合体を重合触媒に用いれば、Rh錯体の重合活性がより均一化されることから、より分子量分布の狭いポリマーが合成され得る。
このようにサイトQのみにRh錯体を結合させた複合体は、該サイトQがRh錯体結合能を維持し、且つサイトPおよびサイトRのRh錯体結合能を失わせるような改変が施された改変アポフェリチンにRh錯体を結合させることにより得ることができる。かかる改変アポフェリチンは、例えば、フェリチンモノマーの第114番目のアミノ酸残基であるヒスチジン(His114)をアラニンに変異させ、また第48番目のアミノ酸残基であるシステイン(Cys48)をグリシンに変異させた改変アポフェリチンを、上述のように組換えベクターを大腸菌に導入する技法により合成することによって得ることができる。以下、この改変アポフェリチンをapo−Fr(H114A,C48G)ということがある。
このapo−Fr(H114A,C48G)を使用する点以外は上記60Rh・apo−Frの合成と同様にして、apo−Fr(H114A,C48G)にロジウム錯体が結合したRh錯体−改変アポフェリチン複合体を製造することができる。そして、該複合体を用いてアセチレン系モノマー(例えばフェニルアセチレン)を重合させることにより、60Rh・apo−Frを用いた場合よりもさらに分子量分布の狭いポリマー(ポリフェニルアセチレン)が合成され得る。
【0060】
なお、上記実施形態ではウマ脾臓由来のフェリチン(すなわち、配列番号1に示すL鎖(light-chain)および/または配列番号2に示すH鎖(heavy-chain)から構成される合計24個のサブユニットから構成される。)を使用しているが、ウマ脾臓由来のフェリチンに限定されず、ウマの他の器官、組織または細胞由来のフェリチン(典型的には、配列番号1に示すL鎖および配列番号2に示すH鎖から構成されるフェリチン。ただし該フェリチンを構成するL鎖とH鎖の割合は産生される部位によって異なり得る。)における上記(A)〜(N)に対応するPd結合サイトから選択される一または二以上のサイト、あるいは上記(P)〜(R)に対応するRh錯体結合サイトから選択される一または二以上のサイトについて同様の改変を行うことにより、上記と同様の効果が達成され得る。あるいは、ウマ以外の他の生物種に由来するフェリチンにおける上記(A)〜(N)に対応するPd結合サイトから選択される一または二以上のサイト、あるいは上記(P)〜(R)に対応するRh錯体結合サイトから選択される一または二以上のサイトについて同様の改変を行うことにより、上記と同様の効果が達成され得る。
なお、上記実施形態のように改変アポフェリチンを構成するサブユニット(上記の例ではウマ脾臓フェリチンL鎖)を大腸菌等の異種細胞で生合成する場合、本発明の効果達成に関係しない一個から数個程度のアミノ酸残基の置換(典型的には同類置換)はあり得る。例えば、大腸菌を使用する場合にはウマ脾臓フェリチンL鎖のN末端から93番目のプロリン残基がロイシン残基に置換され得るが、本発明の実施には影響しない。
【0061】
以上の説明から明らかなように、本発明は他の側面として、アポフェリチンに特定の化学種(金属イオン、金属錯体等)が結合する結合サイトを見つける工程と、その見つけた結合サイトの一部または全部について上記特定の化学種との結合能を失わせたアミノ酸配列を有する改変アポフェリチンを合成する工程と、を含む改変アポフェリチンの作製方法を提供する。
上記特定の化学種は例えばPdイオンであり得る。本発明は他の側面として、アポフェリチンにPdイオンが結合する結合サイトを見つける工程と、その見つけた結合サイトの一部についてPdイオンとの結合能を失わせたアミノ酸配列を有する改変アポフェリチンを作製する工程と、該改変アポフェリチンにPdイオンを結合させる工程とを包含する、Pdを含む金属粒子の合成方法および該合成に適した改変アポフェリチンの作製方法を提供する。
また、上記特定の化学種は例えばRh錯体であり得る。本発明は他の側面として、アポフェリチンにRh錯体が結合する結合サイトを見つける工程と、その見つけた結合サイトの一部についてRh錯体との結合能を失わせたアミノ酸配列を有する改変アポフェリチンを作製する工程と、該改変アポフェリチンにRh錯体を結合させる工程とを包含する、Rh錯体−改変アポフェリチン複合体の合成方法および該合成に適した改変アポフェリチンの作製方法を提供する。
【図面の簡単な説明】
【0062】
【図1】アポフェリチンを用いてPd粒子を製造する方法を模式的に示す説明図である。
【図2】改変アポフェリチンを用いてPd粒子を製造する方法を模式的に示す説明図である。
【図3】アポフェリチンを用いてアロイ型のAu−Pdバイメタル粒子を製造する方法を模式的に示す説明図である。
【図4】改変アポフェリチンを用いてアロイ型のAu−Pdバイメタル粒子を製造する方法を模式的に示す説明図である。
【図5】アポフェリチンを用いてコアシェル型のAu−Pdバイメタル粒子を製造する方法を模式的に示す説明図である。
【図6】改変アポフェリチンを用いてコアシェル型のAu−Pdバイメタル粒子を製造する方法を模式的に示す説明図である。
【図7】Rh錯体−アポフェリチン複合体の製造方法を模式的に示す説明図である。
【図8】Rh錯体−アポフェリチン複合体を用いてフェニルアセチレンを重合する方法を模式的に示す説明図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アポフェリチンの内部空間側にパラジウム(Pd)イオンを結合可能な複数のPdイオン結合サイトのうち一部個数のサイトにつき、該Pdイオン結合サイトへのPdイオンの結合に関与するアミノ酸残基を置換および/または修飾することにより、前記Pdイオン結合サイトの数をアポフェリチン本来の数よりも少なくする改変が施された改変アポフェリチンを用意すること;
該改変アポフェリチンの有する前記Pdイオン結合サイトにPdイオンを結合させてPdイオン−改変アポフェリチン複合体を得ること;および、
該複合体に含まれるPdイオンを還元して前記改変アポフェリチンの内部空間にPdを含む金属粒子を形成すること;
を含む、金属粒子の製造方法。
【請求項2】
前記改変アポフェリチンは、以下の(A)〜(N)のPdイオン結合サイト:
(A)アポフェリチンを構成するフェリチンモノマーの第45番目のアミノ酸残基であるグルタミン酸が関与するPdイオン結合サイト;
(B)アポフェリチンを構成するフェリチンモノマーの第48番目のアミノ酸残基であるシステインが関与するPdイオン結合サイト;
(C)アポフェリチンを構成するフェリチンモノマーの第49番目のアミノ酸残基であるヒスチジンが関与するPdイオン結合サイト;
(D)アポフェリチンを構成するフェリチンモノマーの第52番目のアミノ酸残基であるアルギニンが関与するPdイオン結合サイト;
(E)アポフェリチンを構成するフェリチンモノマーの第53番目のアミノ酸残基であるグルタミン酸が関与するPdイオン結合サイト;
(F)アポフェリチンを構成するフェリチンモノマーの第64番目のアミノ酸残基であるアルギニンが関与するPdイオン結合サイト;
(G)アポフェリチンを構成するフェリチンモノマーの第68番目のアミノ酸残基であるメチオニンが関与するPdイオン結合サイト;
(H)アポフェリチンを構成するフェリチンモノマーの第96番目のアミノ酸残基であるメチオニンが関与するPdイオン結合サイト;
(I)アポフェリチンを構成するフェリチンモノマーの第126番目のアミノ酸残基であるシステインが関与するPdイオン結合サイト;
(J)アポフェリチンを構成するフェリチンモノマーの第127番目のアミノ酸残基であるアスパラギン酸が関与するPdイオン結合サイト;
(K)アポフェリチンを構成するフェリチンモノマーの第130番目のアミノ酸残基であるグルタミン酸が関与するPdイオン結合サイト;
(L)アポフェリチンを構成するフェリチンモノマーの第124番目のアミノ酸残基であるヒスチジンが関与するPdイオン結合サイト;
(M)アポフェリチンを構成するフェリチンモノマーの第136番目のアミノ酸残基であるグルタミン酸が関与するPdイオン結合サイト;および、
(N)アポフェリチンを構成するフェリチンモノマーの第147番目のアミノ酸残基であるヒスジチンが関与するPdイオン結合サイト;
のうち少なくとも一種類のPdイオン結合サイトがPdイオン結合能を維持し、且つ他の少なくとも一種類のPdイオン結合サイトのPdイオン結合能を失わせるような改変が施された改変アポフェリチンである、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記改変アポフェリチンは、以下の(a)〜(n)のアミノ酸残基:
(a)前記フェリチンモノマーの第45番目のアミノ酸残基であるグルタミン酸;
(b)前記フェリチンモノマーの第48番目のアミノ酸残基であるシステイン;
(c)前記フェリチンモノマーの第49番目のアミノ酸残基であるヒスチジン;
(d)前記フェリチンモノマーの第52番目のアミノ酸残基であるアルギニン;
(e)前記フェリチンモノマーの第53番目のアミノ酸残基であるグルタミン酸;
(f)前記フェリチンモノマーの第64番目のアミノ酸残基であるアルギニン;
(g)前記フェリチンモノマーの第68番目のアミノ酸残基であるメチオニン;
(h)前記フェリチンモノマーの第96番目のアミノ酸残基であるメチオニン;
(i)前記フェリチンモノマーの第126番目のアミノ酸残基であるシステイン;
(j)前記フェリチンモノマーの第127番目のアミノ酸残基であるアスパラギン酸;
(k)前記フェリチンモノマーの第130番目のアミノ酸残基であるグルタミン酸;
(l)前記フェリチンモノマーの第124番目のアミノ酸残基であるヒスチジン;
(m)前記フェリチンモノマーの第136番目のアミノ酸残基であるグルタミン酸;および、
(n)前記フェリチンモノマーの第147番目のアミノ酸残基であるヒスジチン;
のうち少なくとも一種類のアミノ酸残基を維持し、且つ他の少なくとも一種類のアミノ酸残基を置換および/または修飾するような改変が施された改変アポフェリチンである、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記改変アポフェリチンの内部空間側に金(Au)イオンを結合させること;
そのAuイオン−改変アポフェリチン複合体の有する前記Pdイオン結合サイトにPdイオンを結合させること;および、
該Au/Pdイオン−改変アポフェリチン複合体の有するAuイオンおよびPdイオンを共に還元して前記改変アポフェリチンの内部空間にAuおよびPdを含む金属粒子を形成すること;
を含む、請求項2または3に記載の方法。
【請求項5】
前記改変アポフェリチンの内部空間側にAuイオンを結合させること;
該Auイオン結合改変アポフェリチンの有するAuイオンを還元して前記改変アポフェリチンの内部空間にAuを含む金属粒子を形成すること;
前記Auを含む金属粒子を内包する前記改変アポフェリチンの有する前記Pdイオン結合サイトにPdイオンを結合させること;および、
Pdイオン結合改変アポフェリチンの有するPdイオンを還元して前記Auを含む金属粒子の外側にPdが堆積した金属粒子を形成すること;
を含む、請求項2または3に記載の方法。
【請求項6】
アポフェリチンの内部空間側にロジウム(Rh)錯体を結合可能な複数のRh錯体結合サイトのうち一部個数のサイトにつき、該Rh錯体結合サイトへのRh錯体の結合に関与するアミノ酸残基を置換および/または修飾することにより、前記Rh錯体結合サイトの数をアポフェリチン本来の数よりも少なくする改変が施された改変アポフェリチンを用意すること;および、
該改変アポフェリチンの有する前記Rh錯体結合サイトにRh錯体を結合させること;
を包含する、Rh錯体−改変アポフェリチン複合体の製造方法。
【請求項7】
前記Rh錯体は、シクロヘキサジエン骨格またはシクロオクタジエン骨格を有する配位子がRhに配位してなる錯体である、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
前記改変アポフェリチンは、以下のRh錯体結合サイト:
(P)アポフェリチンを構成するフェリチンモノマーの第48番目のアミノ酸残基であるシステインが関与するRh錯体結合サイト;
(Q)アポフェリチンを構成するフェリチンモノマーの第49番目のアミノ酸残基であるヒスチジンが関与するRh錯体結合サイト;および
(R)アポフェリチンを構成するフェリチンモノマーの第114番目のアミノ酸残基であるヒスチジンが関与するRh錯体結合サイト;
のうち少なくとも一種類のRh錯体結合サイトがRh錯体結合能を維持し、且つ他の少なくとも一種類のRh錯体結合サイトのRh錯体結合能を失わせるような改変が施された改変アポフェリチンである、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
前記改変アポフェリチンは、以下のアミノ酸残基:
(p)前記フェリチンモノマーの第48番目のアミノ酸残基であるシステイン;
(q)前記フェリチンモノマーの第49番目のアミノ酸残基であるヒスチジン;および
(r)前記フェリチンモノマーの第114番目のアミノ酸残基であるヒスチジン;
のうち少なくとも一種類のアミノ酸残基を維持し、且つ他の少なくとも一種類のアミノ酸残基を置換および/または修飾するような改変が施された改変アポフェリチンである、請求項8に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2008−88059(P2008−88059A)
【公開日】平成20年4月17日(2008.4.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−260190(P2006−260190)
【出願日】平成18年9月26日(2006.9.26)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 1.日本化学会主催、第86春季年会講演予稿集CD−ROMの抄本 講演番号3G5−02(発行者:太田暉人、発行日:平成18年3月13日) 2.日本化学会主催、第86春季年会講演予稿集CD−ROMの抄本 講演番号3G5−04(発行者:太田暉人、発行日:平成18年3月13日) 3.日本化学会主催、第86春季年会講演予稿集CD−ROMの抄本 講演番号4F2−18(発行者:太田暉人、発行日:平成18年3月13日) 4.日本化学会主催、第86春季年会、講演番号3G5−02に係る発表用OHPの謄本およびその証明書(発表日:平成18年3月29日) 5.日本化学会主催、第86春季年会、講演番号3G5−04に係る発表用OHPの謄本およびその証明書(発表日:平成18年3月29日) 6.日本化学会主催、第86春季年会、講演番号4F2−18に係る発表用OHPの謄本およびその証明書(発表日:平成18年3月30日) 7.錯体化学会主催、第56回錯体化学討論会講演要旨集の抄本 講演番号1PD144(発行者:錯体化学会、発行日:平成18年9月8日) 8.錯体化学会主催、第56回錯体化学討論会講演要旨集の抄本 講演番号3D16(発行者:錯体化学会、発行日:平成18年9月8日) 9.錯体化学会主催、第56回錯体化学討論会、講演番号1PD144に係る発表用OHPの謄本およびその証明書(発表日:平成18年9月16日) 10.錯体化学会主催、第56回錯体化学討論会、講演番号3D16に係る発表用OHPの謄本およびその証明書(発表日:平成18年9月18日)
【出願人】(504139662)国立大学法人名古屋大学 (996)
【出願人】(599112582)財団法人高輝度光科学研究センター (35)
【Fターム(参考)】