説明

放電用電極

【課題】イオナイザー用電極を始めとする種々の放電用途に適用する放電用電極として、イオン発生効率が高く、耐久性に優れて非常に長寿命であり、被覆層の界面剥離による発塵を生じる懸念がなく、安価に製作できるものを提供する。
【解決手段】金属電極1の表面部に、ペネトロン処理による金属の拡散硬化層11が形成されてなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、静電気除去に用いるイオナイザー用電極、放電加工用電極、グローランプ用電極、ガスレーザー用電極等の種々の放電を行う用途に好適な放電用電極に関する。
【背景技術】
【0002】
一般的に、クリーンルームの如き清浄空間内で行われる半導体集積回路、液晶ディスプレイ、精密電子機器等の製造工程では、静電吸着による微粒子の被加工物への付着が重大な欠陥に繋がると共に、被加工物自体の回路や絶縁層の帯電破壊によって歩留り低下を招くことから、イオナイザーと称される静電気除電装置が使用されている。このイオナイザーは、針状の電極間に高電圧を印加することにより、コロナ放電を発生させて気体分子をイオン化し、生成した正、負のイオンによって除電対象物の逆極性の電荷を中和するものである。
【0003】
ところが、上記イオナイザーの針状電極は、放電に伴って次第に減耗してゆくが、この減耗による先端形状の変化でイオン発生効率が低下すると共に、電極材料の飛散による逆汚染を生じる懸念があった。また、該針状電極の単価は概して低いが、減耗によって早期に寿命が尽きる場合、液晶工程用等の使用本数が多いイオナイザーでは、減耗電極を新品と交換するのに非常に手間がかかるため、メンテナンス費用が嵩むという問題もある。
【0004】
そこで、従来においては、イオナイザー用電極として、その減耗を抑えるために、金属電極の表面をセラミックスチューブ(特許文献1)、ニッケルメッキ層(特許文献2)、ダイヤモンド(特許文献3)等で覆ったもの、電極材料に酸化チタン系の導電性酸化物(特許文献4,5)や炭化シリコンの如き炭化物(特許文献6)を用いたもの、珪素からなる棒材の外周面に炭化珪素層12を設けたもの(特許文献7)、多結晶珪素からなる棒材の外周面に導電層を設けたもの(特許文献8)等が提案され、そのいくつかは実用化されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平3−230499号公報
【特許文献2】特開平5−21131号公報
【特許文献3】特開2005−19164号公報
【特許文献4】特開平6−243951号公報
【特許文献5】特開2001−217095号公報
【特許文献6】特開2006−108101号公報
【特許文献7】特開平6−84581号公報
【特許文献8】特開平6−140127号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上記従来の金属電極の表面をセラミックスチューブで覆った電極では、電極の金属とセラミックスとの熱膨張率の違いにより、セラミックスチューブが割れ易いという問題がある。また、電極材料に導電性酸化物、炭化物、珪素、多結晶珪素等を用いた電極では、材質的に熱拡散性に乏しいため、熱劣化の進行が早く耐久性に難がある。更に、金属電極の表面をニッケルメッキ層やダイヤモンド(特許文献3)等で覆った電極では、被覆層によって減耗の進行は遅くなるが、経時的に被覆層が薄くなって母材金属の一部が露呈した段階で、その露呈部分から一挙に減耗が進むと共に、その周辺部において被覆層が母材金属との界面で剥離して発塵するという問題があり、また被覆層の形成コストが高くつくという難点もある。
【0007】
本発明は、上述の事情に鑑みて、イオナイザー用電極を始めとする種々の放電用途に適用する放電用電極として、イオン発生効率が高い上、耐久性に優れて非常に長寿命であり、且つ被覆層の界面剥離による発塵を生じる懸念がなく、しかも安価に製作できるものを提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するために、本発明の請求項1に係る放電用電極は、金属電極の表面部に、ペネトロン処理による金属の拡散硬化層が形成されてなるものとしている。
【0009】
請求項2の発明は、上記請求項1の放電用電極において、電極母材がチタン、タングステン、ステンレス鋼から選ばれる一種であると共に、拡散硬化層の拡散金属がチタン、タングステン、ニッケル、銅、金から選ばれる一種からなるものとしている。
【0010】
請求項3の発明は、上記請求項1の放電用電極において、電極母材がチタンであり、拡散硬化層の拡散金属がタングステンであるものとしている。
【0011】
請求項4の発明は、上記請求項1〜3の何れかの放電用電極において、金属電極がイオナイザー用電極であるものとしている。
【発明の効果】
【0012】
請求項1の発明に係る放電用電極では、金属電極の表面部にペネトロン処理による金属の拡散硬化層を有するが、この拡散硬化層が打ち込まれた金属によって高密度化(比重増大)している上、この打ち込まれた金属が電極表面から深くなるほど密度を低くするように拡散した状態で、母材との間で隔絶した界面を形成せずに該母材と完全に一体化している。従って、この放電用電極によれば、その表面部を含む全体が金属材質であるために高いイオン発生効率を確保でき、しかも上記の拡散硬化層が高硬度で減耗しにくいことに加え、放電の際に飛び出す電子数が上記拡散硬化層のない場合と同じであっても、上記の高密度化によって減耗に伴う形状変化が少なく、且つ経時的に拡散硬化層が薄くなっても急速な減耗や発塵に繋がる界面剥離を生じることがなく、もって非常に長寿命になると共に電極材料の飛散による逆汚染の懸念もなく、また電極表面が極めて硬いので取り扱い中に傷付くこともない。一方、拡散硬化層を形成するペネトロン処理では、母材金属を負極として、この負電極と拡散させる金属材料からなる正極とを直流電界の印加状態で電磁的振動によって離接させるだけで、その離間時の両極間の放電に伴って正極側の金属材料が負極側へ打ち込まれて拡散硬化層を生成するから、操作的に極めて簡単で且つ短時間で処理を行え、メッキやCVD法等で被覆層を形成するのに比較して放電用電極の製作コストが格段に低減されると共に生産能率も大きく向上する。
【0013】
請求項2の発明によれば、電極母材及び拡散硬化層の拡散金属として特定の金属材料を用いることから,表面部に拡散硬化層を有する放電用電極をペネトロン処理によって確実に容易に製作できる。
【0014】
請求項3の発明によれば、電極母材がチタンで、拡散硬化層の拡散金属がタングステンであるため、1600Hvといった高硬度の表面部を有する放電用電極が提供される。
【0015】
請求項4の発明によれば、イオナイザー用電極として、イオン発生効率が高く、耐久性に優れて非常に長寿命であり、且つ被覆層の界面剥離による発塵を生じる懸念がなく、安価に製作できるものが提供される。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明を適用するイオナイザー用電極の一例を示す側面図である。
【図2】本発明を適用したイオナイザー用電極の先端側の軸方向断面図である。
【図3】本発明の実施例における放電試験に用いたイオナイザーの背面図である。
【図4】本発明の実施例に係る放電用電極の表面からの深さと硬度との関係を示す相関図である。
【図5】同放電試験における実施例の放電用電極の初期及び1カ月経過後の先端側の拡大写真図である。
【図6】同放電試験における比較例の放電用電極の初期及び1カ月経過後の先端側の拡大写真図である。
【図7】図5における番号2の写真図を更に拡大した写真図である。
【図8】図6における番号4の写真図を更に拡大した写真図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明の放電用電極は、既述のように金属電極の表面部に、ペネトロン処理による金属の拡散硬化層が形成されている。この拡散硬化層は、打ち込まれた金属によって高密度化(比重増大)及び高硬度化している上、この打ち込まれた金属が電極表面から深くなるほど密度を低くするように拡散した状態で、母材との間で隔絶した界面を形成せずに該母材と完全に一体化している。従って、この放電用電極においては、その表面部を含む全体が金属材質であるために高いイオン発生効率を確保でき、しかも該表面部が高硬度で減耗しにくいことに加え、放電の際に飛び出す電子数が上記拡散硬化層のない場合と同じであっても、上記の高密度化している分だけ減耗に伴う形状変化が少なくなり、且つ経時的に拡散硬化層が薄くなっても急速な減耗や発塵に繋がる界面剥離を生じることがなく、もって非常に耐久性に優れて長寿命であると共に電極材料の飛散による逆汚染の懸念もなく、また電極表面が極めて硬いので取り扱い中に傷付くこともない。
【0018】
そして、上記の拡散硬化層を形成するペネトロン処理は、放電硬化処理とも称され、従来より金属切削用工具類、金属成形用ダイス、刃物等の表面部の硬度を高めて長寿命化する手段として利用されている。このペネトロン処理では、被処理物を負極、拡散させる金属材料を正極とし、両極間に直流電界を印加した状態で、両極を電磁的振動で離接させて短絡と離間を繰り返すことにより、その離間時の放電に伴って負極の被処理物の表面層に正極の金属物質が移行して拡散し、極めて高硬度の拡散硬化層が形成される。なお、処理は一般的に大気中で行うが、上記放電によって負極表面が局部的な超高温(通常15,000℃以上)でイオン化して大気中の酸化性ガスの作用を排除する雰囲気を生じ、同時に局部的な超高温で膨張した負極物質の原子間にイオン化した正極物質が打ち込まれて拡散し、この打ち込まれた正極物質が冷却収縮に伴って転移して負極の原子と置換する。
【0019】
本発明の放電用電極は、金属母材を負極側、拡散させる金属材料を正極側として上記のペネトロン処理を行うことにより、金属電極の表面部に金属の拡散硬化層を形成したものであり、メッキやCVD法等で被覆層を形成するのに比較し、操作的に簡単で且つ短時間で拡散硬化層を形成できるから、その製作コストが格段に低減されると共に生産能率も大きく向上する。
【0020】
この放電用電極の母材金属としては、電極の用途によって適合性が異なるために特に制約されないが、チタン、タングステン、ステンレス鋼が好適なものとして挙げられる。また、拡散硬化層の拡散金属としては、同様に特に制約されないが、チタン、タングステン、ニッケル、銅、金等が好適なものとして挙げられる。なお、母材金属と拡散硬化層の拡散金属とは同じものであってもよい。しかして、イオナイザー用電極としては、特にチタンを母材金属として、拡散金属にタングステンを用いた構成が最適である。
【0021】
ペネトロン処理の条件としては、放電用電極のサイズと形態、電極母材及び拡散硬化層の拡散金属の種類等によって好適範囲が異なるが、出力が0.5〜2mmA程度、正負電極の離接サイクルが10〜200Hz程度の範囲が一般的である。また、拡散硬化層の厚さは、やはり放電用電極のサイズや電極母材及び拡散硬化層の拡散金属の種類等によって好適範囲が異なるが、電極表面から拡散最深部までの厚さとして1〜50μm程度が好ましい。
【0022】
なお、ペネトロン処理を施すことよって電極表面に凹凸や尖端の歪みを生じることがあるが、その対策として処理後の電極表面を研磨しても差し支えない。
【実施例】
【0023】
次に、本発明をイオナイザー用電極に適用した実施例について、比較例と対比して具体的に説明する。
【0024】
図1は実施例及び比較例のイオナイザー用電極を示す。このイオナイザー用電極1は、全長22mm、径2.0mmの丸軸状で、長さ6.5mmの先端部1aが円錐状をなし、チタンにて形成されている。しかして、実施例のイオナイザー用電極については、ペネトロン装置(スイス国ユニツール社製、電源AC100/200V、50/60Hz)により、このチタン製の金属電極を負極、タングステン電極を正極として、出力1.0mmA,離接サイクル100Hzでペネトロン処理を施すことにより、図2で示すように、チタンからなる母材10の表面部に、タングステンを打ち込んで電極表面から拡散最深部までの厚さが約30μmの拡散硬化層11を形成した。
【0025】
なお、上記の拡散硬化層11を形成した実施例のイオナイザー用電極について、その表面からの深さ(mm)と硬度(マイクロピッカース硬度Hv)との関係を調べたところ、図4で示す結果が得られた。この図4で示すように、硬度は表面から深くなるに従って低下するが、表面では1,600Hv以上もの高硬度を示し、深さ50μm付近でも1,200Hv程度の硬さを有している。
【0026】
〔イオナイザーでの電極減耗試験〕
上記実施例(処理品)及び比較例(未処理品・・・ペネトロン処理なし)の各4本のイオナイザー用電極1を用い、各々2本ずつを正負の対として、図3に示すように、イオナイザー2(MKS社製イオナイザー5802)の通気口3の周囲に装着し、風速LOWの設定で、各電極に5〜6Vの正又は負の電圧が常時印加されてコロナ放電を発生する状態で1カ月間の連続運転を行い、各電極の先端形状の変化を調べた。
【0027】
その結果、実施例の処理品の電極(番号1,2,5,6)では、図5の写真図(50倍拡大)に示すように、正負極共に1カ月後でも先端形状の変化がなく、殆ど減耗を生じていないことが判明した。これに対し、比較例の未処理品の電極(番号3,4,7,8)では、図6の写真図(50倍拡大)に示すように、1カ月後の先端形状は初期に比べて欠けるように変化しており、とりわけ正極(番号4,8)の変化が大きく、かなりの減耗を生じていることが確認された。なお、実施例の番号2の処理品と比較例の番号4の未処理品について、図7及び図8で示す更に拡大(150倍)した写真図に基づいて初期からの減耗量を算出したところ、番号2の処理品の減耗量が約0.01mm3 であったのに対し、番号4の未処理品の減耗量は約0.07mm3 であった。なお、図5,6の写真図は、撮影前に電極を10分間超音波洗浄している。
【産業上の利用可能性】
【0028】
本発明の放電用電極は、イオナイザー用電極として特に好適であるが、このイオナイザー用電極に限らず、放電加工用電極、グローランプ用電極、ガスレーザー用電極等の種々の放電を行う用途に供し得る。そして、放電用電極のサイズ及び形態は、これら用途に応じて種々設定できる。
【符号の説明】
【0029】
1 イオナイザー用電極
10 母材
11 拡散硬化層
2 イオナイザー

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属電極の表面部に、ペネトロン処理による金属の拡散硬化層が形成されてなる放電用電極。
【請求項2】
電極母材がチタン、タングステン、ステンレス鋼から選ばれる一種であると共に、拡散硬化層の拡散金属がチタン、タングステン、ニッケル、銅、金から選ばれる一種からなる請求項1に記載の放電用電極。
【請求項3】
電極母材がチタンであり、拡散硬化層の拡散金属がタングステンである請求項1に記載の放電用電極。
【請求項4】
金属電極がイオナイザー用電極である請求項1〜3の何れかに記載の放電用電極。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2010−225422(P2010−225422A)
【公開日】平成22年10月7日(2010.10.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−71610(P2009−71610)
【出願日】平成21年3月24日(2009.3.24)
【出願人】(591145483)原田産業株式会社 (23)
【Fターム(参考)】