説明

新規な有機ケイ素化合物

【課題】アルキルアルコキシシリル基により保護された水酸基を含有し、脱保護により脱離したシリル基がシルセスキオキサン骨格に組み込まれるアルコキシシランを提供する。
【解決手段】本発明は、下記一般式(1)で表される有機ケイ素化合物である。
【化1】


(式中、R1、R2、R4、R5およびR6は炭素数1から10のアルキル基、アラルキル基またはアリール基であり、R3は炭素数2から10のアルキレン基又は炭素数7から10のフェニルアルキレン基を示し、aおよびbは、a≧0、b≧1およびa+b=3を満たす整数である。)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規な有機ケイ素化合物に関し、さらに詳しくは、アルキルアルコキシシリル基により保護された水酸基を有するアルコキシシラン及びその製造法に関する。
【背景技術】
【0002】
シリル基により保護された水酸基を含有するアルコキシシランは多数報告されている(例えば、非特許文献1)。
【非特許文献1】J.Pola,V.Bazant,V.Chvalvsky,Collect.Czech.Chem.Commun.,38(5),1528−1536(1973). アルコール性水酸基を有するハロゲノシランおよびアルコキシシランは、リソグラフィー用材料の原料として有用であることは知られており、化学増幅型レジスト用ポリシロキサンの合成原料として、フッ素置換された有機基を有するケイ素含有化合物が知られている(特許文献1)。 特許文献1記載のケイ素含有化合物は、2つ又は3つのアルコキシル基と結合したケイ素原子を2個有し、これらのケイ素原子の間に、炭素鎖と酸素からなる基が存在し、一方のケイ素原子は酸素原子と結合し、他方のケイ素原子は炭素原子と結合した構造を有している。 また、上記ケイ素含有化合物において、ケイ素原子と結合する3つの有機基は、水素原子、ハロゲン原子、アルコキシル基、炭化水素基またはハロゲン化炭化水素から選択可能であるが、具体的に例示された化合物では、上記有機基は、水素、ハロゲン原子又はアルコキシル基であり、有機基が炭化水素基である化合物は例示されていない。 また、上記特許文献1において、上記ケイ素含有化合物から得られるポリシロキサンをアルカリ易溶性とするためには、酸解離性基と複数のアルコキシル基を有するケイ素含有化合物と共縮合させる必要があると開示されており、上記特許文献1記載のケイ素含有化合物において、酸素原子と結合したシリル基が保護基として作用し得ることについては開示されていない。
【特許文献1】特開平2004−123793号報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
これまで、水酸基を保護したシリル基としてはトリアルキルシリル基であるものが多く、アルキルアルコキシシリル基であるものは知られていない。また、シリル基がトリアルキルシリル基である場合、シリル基は脱保護反応後には除去されるのみであり、脱保護により脱離したシリル基が例えばシルセスキオキサン骨格に組み込まれることは知られていない。
本発明の目的は、アルキルアルコキシシリル基により保護された水酸基を含有し、脱保護により脱離したシリル基がシルセスキオキサン骨格に組み込まれるアルコキシシランを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明は、下記一般式(1)で表される有機ケイ素化合物及びその製造法である。
【0005】
【化1】

【0006】
(式中、R1、R2、R4、R5およびR6は炭素数1から10のアルキル基、アラルキル基またはアリール基であり、R3は炭素数2から10のアルキレン基又は炭素数7から10のフェニルアルキレン基を示し、aおよびbは、a≧0、b≧1およびa+b=3を満たす整数である。)
【発明の効果】
【0007】
本発明によって、アルキルアルコキシシリル基により保護された水酸基を含有する新規なアルコキシシランが提供される。
【0008】
本発明の新規な有機ケイ素化合物は、ケイ素原子に結合した加水分解性のアルコキシ基が存在するため、他の有機ケイ素化合物(ポリマーを含む)との反応によりシロキサン結合を形成したり、無機化合物中のシラノール基とカップリング反応させることができる。また、3官能性アルコキシシランであるため、架橋反応を利用することにより、シリコーンレジン、シルセスキオキサンを構築することができる。
一方、水酸基を保護しているアルキルアルコキシシリル基は、酸性条件下で加水分解により容易に脱離して遊離のアルコールを与え、炭素官能性基またはアルカリ水溶性基として機能する。
また、遊離の水酸基は極性官能基と強い水素結合を形成する。そのため、水素結合を利用した有機−無機ハイブリッド材料へも利用できる。すなわち、ケイ素官能性および保護された炭素官能性をもつ複反応性ケイ素化合物として機能する。また、水酸基を保護しているアルキルアルコキシシリル基自体も、脱離後は、3官能性アルコキシシランとして機能するため、架橋反応により、シリコーンレジン又はシルセスキオキサン骨格に組み込まれる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明は、上記一般式(1)で表される有機ケイ素化合物、すなわち、アルキルアルコキシシリル基により保護された水酸基を含有するアルコキシシラン(以下、本発明ケイ素系化合物)に関する。以下、本発明について詳述する。
【0010】
上記一般式(1)において、R1、R2、R4、R5およびR6は炭素数1から10のアルキル基、アラルキル基またはアリール基である。
アルキル基は直鎖状、分岐状または環状でも差し支えなく、具体例として、メチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基、ヘプチル基、オクチル基、ノニル基、デシル基があり、アラルキル基の具体例として、ベンジル基があり、アリール基の具体例として、フェニル基等がある。これらの中でも、原料が得易く、合成が容易なことから、一般にR1についてメチル基またはフェニル基が好ましく、R2、R4、R5およびR6についてはメチル基またはエチル基が好ましい。
【0011】
上記一般式(1)において、R3は炭素数2から10のアルキレン基又は炭素数7から10のフェニルアルキレン基であり、直鎖状、分岐状または環状のいずれでもよい。アルキレン基の具体例としては、ジメチレン基、トリメチレン基、テトラメチレン基、ペンタメチレン基、ヘキサメチレン基、ペンタメチレン、オクタメチレン、ノナメチレン、デカメチレン、2−メチルトリメチレン基、3−メチルトリメチレン基、1,4−シクロへキシレン基等があり、フェニルアルキレン基の具体例として、ジメチレニルフェニレン基等が例示される。これらの中で、合成の容易なことおよび原料の入手のしやすさから、該炭素数が3の直鎖状炭化水素が最も好ましい。
【0012】
本発明ケイ素系化合物の最も好ましい具体例は、下記一般式(2)で表される化合物である。
【0013】
【化2】

【0014】
本発明ケイ素系化合物は、以下の反応工程[1]および[2]を順次行うことにより容易に得られる。
工程[1]:下記一般式(3)で表される化合物{但し、R1およびR2は、一般式(1)における意味と同義である}と下記一般式(4)で表されるアルコール{但し、R8は炭素数2から10のアルケニル基またはシクロアルケニル基を示し、工程[2]の反応後は、R3となる基である}を反応させて下記一般式(5)で表される化合物{但し、R1、R2、aおよびbは、前記一般式(1)における意味と同義であり、R8は、前記一般式(3)における意味と同義である}を得る。
【化3】


【化4】


【化5】


工程[2]:工程1の一般式(4)で表される化合物とシラン化合物(OR4)(OR5)(OR6)SiH(但し、R4、R5およびR6は一般式(1)における意味と同義である)とをヒドロシリル化反応させる。

上記式(2)で表される化合物の場合、次のようにして製造することができる。下記一般式(6)に表される化合物(アリルアルコール)を酸存在下、下記式(7)で表されるシラン化合物(トリエトキシメチルシラン)と反応させることにより、アルキルアルコキシシリル基により保護された水酸基を含有する下記一般式(8)の化合物(アリルオキシジエトキシメチルシラン)を得る。
【0015】
【化6】

【0016】
【化7】


【0017】
【化8】


【0018】
当該反応は、アリルアルコールとトリエトキシメチルシランの混合物に、触媒として酸を加えて室温で攪拌すれば、容易に進行する。必要に応じて加熱してもよい。酸としては、パラトルエンスルホン酸等が例示される。酸の使用量は、上記式(6)で表されるアルコールに対して0.01〜10mol%であることが望ましい。反応終了後、減圧蒸留によってアリルオキシジエトキシメチルシランを得る。
あるいは、アリルアルコールに例えば水素化ナトリウム等の塩基を作用させてアルコラートとした後、これをトリエトキシメチルシランと反応させることによっても、アリルオキシジエトキシメチルシランを得ることが出来る。
なお、アリルアルコールとトリエトキシメチルシランとの反応において、アリルアルコールの仕込み割合を大きくすることにより、1分子当たりのアリル基の数を最大3個まで多くすることができる。
このようにして得られたアリルオキシジエトキシメチルシランを、トリエトキシシランと反応させ、上記式(8)で表される化合物を得る。
この反応は触媒の存在下で行われ、触媒としては、コバルト、ニッケル、ルテニウム、ロジウム、パラジウム、イリジウム、白金等の第8属から第10属金属の単体、有機金属錯体、金属塩、金属酸化物等が用いられるが、通常、白金系の触媒が使用される。白金系触媒としては、塩化白金酸六水和物(H2PtCl6・6H2O)、cis-PtCl2(PhCN)2、白金カーボン、ジビニルテトラメチルジシロキサンが配位した白金錯体(Pt-dvds)等が例示され、特に好ましくはPt-dvdsである。なお、Phはフェニル基を表わす。触媒の使用量は、上記式(7)で表される化合物の量に対して、0.1〜1,000ppmであることが好ましい。
【0019】
また、反応温度の制御操作は、外部からの加熱およびトリエトキシシランの供給速度に依存するため、一概に決められないが、通常、反応温度を室温〜110℃の範囲に保持することで、ヒドロシリル化反応を円滑に継続させることができる。反応終了後、減圧蒸留することにより本発明ケイ素系化合物を得る。
【実施例】
【0020】
以下、本発明を実施例によって具体的に説明する。

<実施例1>
1−1)アリルオキシジエトキシメチルシランの合成
冷却器、滴下ロート、磁気撹拌子を備えたフラスコにアリルアルコール50.6g(872mmol)およびトリエトキシメチルシラン310.6g(1.74mol)を仕込み、攪拌した。ここに室温でパラトルエンスルホン酸一水和物0.1g(0.53mmol)を加えて、20分間攪拌した。
反応終了後、反応混合物から副生したエタノール等を常圧下で留去した後、減圧蒸留し、目的のアリルオキシジエトキシメチルシラン(トリエトキシメチルシランおよびジアリルオキシエトキシメチルシランを含有する)を、無色透明の液体として得た。収量273g、bp32−44℃/530Pa。
上記のようにて得られた液体の1H NMRスペクトルのケミカルシフトは以下の通りであり、アリルオキシジエトキシメチルシランの生成が確認された。
1H NMR(270MHz,CDCl3
δ5.99−5.85(m,1H),
δ5.30−5.21(m,1H),
δ5.11−5.06(m,1H),
δ4.27−4.24(m,2H),
δ3.79(q,J=6.9Hz,4H),
δ1.20(t,J=6.9Hz,6H),
δ0.11(s,3H).
【0021】
1−2)(3−トリエトキシシリルプロピルオキシ)ジエトキシメチルシランの合成
冷却器、滴下ロート、磁気撹拌子を備えたフラスコに実施例1の1−1)で得たアリルオキシジエトキシメチルシラン(トリエトキシメチルシランおよびジアリルオキシエトキシメチルシランを含有する)273gを仕込み、攪拌した。滴下ロートにトリエトキシシラン129.6g(789mmol=約145mL)を仕込み、約23mLを反応系内に加えた。オイルバスを80℃に設定し、0.1mol/L Pt−dvdsキシレン溶液0.07mL(0.007mmol)を加え反応を開始させた。17分間攪拌した後、残りのトリエトキシシランを徐々に滴下し、80℃で4時間反応させた。反応終了後、減圧蒸留により無色透明液体の目的物153g(仕込みのアリルアルコールに対する全収率50%)を得た。bp92−101℃/130Pa。
上記のようにして得られた無色透明液体の1H NMRスペクトルのケミカルシフトは以下の通りであり、(3−トリエトキシシリルプロピルオキシ)ジエトキシメチルシランの生成が確認された。
1H NMR(270MHz,CDCl3
δ3.76(q,J=7.0Hz,4H),
δ3.74(q,J=7.0Hz,6H),
δ3.63(t,J=6.8Hz,2H),
δ1.68−1.57(m,2H),
δ0.61−0.55(m,2H),
δ1.16(t,J=7.0Hz,6H),
δ0.06(s,3H).
【0022】
<実施例2>
2−1)o−(ジエトキシメチルシリル)オイゲノール(EUDEMS)の合成
合成フローは以下の通りである。
【0023】
【化9】

【0024】
100mL二口フラスコに、オイゲノール22.0g(134mmol)およびトリエトキシメチルシラン59.8g(335mol)を仕込み、かき混ぜた。ここにp−トルエンスルホン酸(1水和物)1.281g(6.74mmol)を加えて、100℃から160℃に徐々に昇温し、副生したエタノール等を留去しながら8時間反応させた。反応混合物を減圧蒸留し、目的のEUDEMSを、無色透明の液体として得た。収量18.3g、bp90−100℃/130Pa。
上記のようにして得られた無色透明液体の1H NMRスペクトルのケミカルシフトは以下の通りであり、EUDEMSの生成が確認された。
1H NMR(270MHz,CDCl3
δ6.92−6.89(m,1H),
δ6.70−6.63(m,2H),
δ6.0305.88(m,1H),
δ5.11−5.03(m,2H),
δ3.88(q,J=7.0Hz,4H),
δ3.81(s,3H),
δ3.32(d,J=6.6Hz,2H),
δ1.22(t,J=7.0Hz,6H),
δ0.23(s,3H).
【0025】
2−2)トリエトキシ[3−(4−ジエトキシメチルシリルオキシ−3−メトキシフェニル)プロピル]シラン (TESEUDEMS)

合成フローは以下の通りである。
【0026】
【化10】


【0027】
50mL二口フラスコに1)で得たEUDEMS18.3g(59.8mmol)を仕込み、かき混ぜた。滴下ロートにトリエトキシシラン10.8g(65.7mmol=約12mL)を仕込み、約3mLを反応系内に加えた後、反応系を70℃に加熱し、0.1mol/L Pt−dvdsキシレン溶液(Pt濃度2.1−2.4%)0.25mLを加えてかきまぜた。途中で残りのトリエトキシシランを滴下し、触媒添加後8時間反応させた。反応終了後、減圧蒸留により無色透明液体の目的物14.2g(収率52%)を得た。bp133−160℃/130Pa。
上記のようにして得られた無色透明液体の1H NMRスペクトルのケミカルシフトは以下の通りであり、TESEUDEMSの生成が確認された。
1H NMR(270MHz,CDCl3
δ6.89−6.86(m,1H),
δ6.70−6.69(m,1H),
δ6.65−6.62(m,1H),
δ3.89(q,J=7.0Hz,4H),
δ3.81(s,3H),
δ3.80(q,J=7.0Hz,6H),
δ2.58(t,J=7.6Hz,2H),
δ1.78−1.66(m,2H),
δ1.222(t,J=7.0Hz,6H),
δ1.217(t,J=7.0Hz,9H),
δ0.23(s,3H).
【0028】
<参考例1>
上記実施例1で得られた(3−トリエトキシシリルプロピルオキシ)ジエトキシメチルシランを2−プロパノールに溶解させて、塩酸酸性下、室温で5時間加水分解縮合した結果、白色固体状物質を得た。前記白色固体状物質の赤外吸収スペクトルにおいて、3330cm-1にOH基に由来する特性吸収が観測された。このことから、本発明の有機ケイ素化合物の酸性下の加水分解縮合によりシリル基が脱保護され、水酸基が生成したことが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0029】
本発明の有機ケイ素化合物は、一方ではケイ素官能基を有し、他方ではシリル基で保護された炭素官能基(アルコール性水酸基)を有するために、有機合成などの中間原料、ポリマー樹脂の合成原料、各種材料のカップリング剤、ポリマーの改質剤、表面に水酸基を有する無機材料の表面処理剤、有機―無機ハイブリッド材料の原料として有用であり、特にリソグラフィー用材料の原料化合物として有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1)で表される有機ケイ素化合物。
【化1】


(式中、R1、R2、R4、R5およびR6は炭素数1から10のアルキル基、アラルキル基またはアリール基であり、R3は炭素数2から10のアルキレン基又は炭素数7から10のフェニルアルキレン基を示し、aおよびbは、a≧0、b≧1およびa+b=3を満たす整数である。)
【請求項2】
以下の反応工程[1]および[2]を順次行うことを特徴とする請求項1記載の有機ケイ素化合物の製造方法。
工程[1]:下記一般式(2)で表される化合物{但し、R1およびR2は、請求項1記載の一般式(1)における意味と同義である}と下記一般式(3)で表されるアルコール{但し、R8は炭素数2から10のアルケニル基またはシクロアルケニル基を示し、工程[2]の反応後は、R3となる基である}を反応させて下記一般式(4)で表される化合物{但し、R1、R2、aおよびbは、請求項1記載の一般式(1)における意味と同義であり、R8は、前記一般式(3)における意味と同義である}を得る。
【化2】


【化3】


【化4】


工程[2]:工程1の一般式(4)で表される化合物とシラン化合物(OR4)(OR5)(OR6)SiH(但し、R4、R5およびR6は請求項1記載の一般式(1)における意味と同義である)とをヒドロシリル化反応させる。









【公開番号】特開2008−239489(P2008−239489A)
【公開日】平成20年10月9日(2008.10.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−203716(P2005−203716)
【出願日】平成17年7月12日(2005.7.12)
【出願人】(000003034)東亞合成株式会社 (548)
【Fターム(参考)】