説明

旋削加工用硬質皮膜被覆工具

【課題】本願発明は、高硬度化による耐摩耗性と、高靭性化による耐欠損性に優れた旋削加工用の硬質膜被覆工具を提供すること。
【解決手段】旋削加工用の硬質皮膜被覆工具において、硬質皮膜は基体表面から第1硬質皮膜、第2硬質皮膜が被覆され、第1硬質皮膜は、(AlMe1−aで示され、但し、35≦a≦65、0.85≦e/f≦1.25、第2硬質皮膜は、(Ti1−hで示され、但し、1≦h≦30、0.85≦m/p≦1.25、であり、該第1硬質皮膜と該第2硬質皮膜のX線回折における(200)面の面間隔(nm)を夫々、d1、d2としたときに、1.01≦d2/d1≦1.05であり、該第2硬質皮膜は柱状組織構造を有し、該柱状組織構造の結晶粒はB成分に組成差を有する組成変調構造を有していることを特徴とする旋削加工用硬質皮膜被覆工具。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願発明は、金属部品加工等に用いられる旋削加工用工具に関するものである。特に、耐摩耗性や耐欠損性向上が要求される工具表面に、物理蒸着法(以下、PVD法と記す。)を用いて硬質皮膜を被覆した旋削加工用硬質皮膜被覆工具に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1、2は、PVD法により被覆した硬質皮膜のX線回折における(200)面の配向性と回折ピークの半価幅について開示されている。特許文献3は、(220)面、(111)面のピーク強度制御の技術が開示されている。特許文献4は、硬質皮膜を構成する金属元素とガス成分元素の構成比率を調整する技術がされている。特許文献5は、エピタキシャル成長により皮膜界面の密着性改善に関する技術が開示されている。
【0003】
【特許文献1】特開2003−136302号公報
【特許文献2】特開2003−145313号公報
【特許文献3】特開2003−71611号公報
【特許文献4】特開平7−188901号公報
【特許文献5】特開2001−181826号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本願発明の解決課題は、厚膜化した硬質皮膜における圧縮応力の低減と密着性を確保しつつ、高硬度化による耐摩耗性と、高靭性化による耐欠損性に優れた旋削加工用の硬質膜被覆工具を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本願発明は、超硬合金を基体に圧縮応力を有する硬質皮膜を5〜30μmの膜厚で被覆した旋削加工用の硬質皮膜被覆工具において、該硬質皮膜は、該基体表面から第1硬質皮膜、第2硬質皮膜が被覆され、最外皮膜は該第2硬質皮膜が被覆され、該第1硬質皮膜は、(AlMe1−aで示され、但し、aは原子%、e、fは原子比を表し、35≦a≦65、0.85≦e/f≦1.25、であり、Meは4a、5a、6a族、Si、Bから選択される1種以上を有し、該第2硬質皮膜は、(Ti1−hで示され、但し、hは原子%、m、pは原子比を表し、1≦h≦30、0.85≦m/p≦1.25、であり、該第1硬質皮膜、該第2硬質皮膜の結晶構造は面心立方構造であり、該第1硬質皮膜のX線回折において(111)面のピーク強度をIr、(200)面のピーク強度をIs、(220)面のピーク強度をItとしたときに、1.5≦Is/Ir≦15.0、0.6≦It/Ir≦1.5、であり、該第1硬質皮膜と該第2硬質皮膜のX線回折における(200)面の面間隔(nm)を夫々、d1、d2としたときに、1.01≦d2/d1≦1.05であり、該第2硬質皮膜は柱状組織構造を有し、該柱状組織構造の結晶粒はB成分に組成差を有する組成変調構造を有していること、を特徴とする旋削加工用硬質皮膜被覆工具である。上記の構成を採用することによって、厚膜化した硬質皮膜における圧縮応力の低減と密着性を確保しつつ、高硬度化による耐摩耗性と、高靭性化による耐欠損性に優れた旋削加工用の硬質膜被覆工具を提供することができる。
【0006】
本願発明の旋削加工用の硬質膜被覆工具は、該第1硬質皮膜における非金属成分のN元素について、その1部をC元素、O元素で置換し、該非金属成分全体を1とし、原子%でC元素の含有量をx、O元素の含有量をyとしたとき、0<x≦10、0<y≦10、0<x+y≦10、N元素の含有量は1−x−y、であることが好ましい。また、該第2硬質皮膜における金属成分のTi元素について、その1部をSi元素で置換し、該金属成分全体を1としたとき、原子%でSi元素の含有量をk、としたとき、0<k≦20、Ti元素の含有量は1−h−k、であることが好ましい。
【発明の効果】
【0007】
本願発明によって、厚膜化した硬質皮膜における圧縮応力の低減と密着性を確保しつつ、高硬度化による耐摩耗性と、高靭性化による耐欠損性に優れた旋削加工用の硬質膜被覆工具を提供することができた。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本願発明の硬質膜被覆工具における第1硬質皮膜の金属成分は、Al含有量を表すa値が35≦a≦65の範囲のとき、耐熱性、耐摩耗性が優れる。一方、a値が65%を超えて大きいと、皮膜の断面組織が微細化して残留圧縮応力が増大し密着性が劣化する不都合が生じる。Me成分として、例えばTiを選択することにより、皮膜の高硬度化に有効である。また、例えばSi、Bでは、固溶体を維持する含有量の範囲が1%から20%であることから、優れた耐熱性や潤滑特性を得られる。また、W、Nb、Crを含有することにより、皮膜の耐熱性、高硬度化の改善に有効である。イオン半径が0.041〜0.1nmの4a、5a、6a族の元素や、イオン半径が0.002〜0.04nmのSi、B等を含有した窒化物を被覆することが好ましい。
第1硬質皮膜の金属成分と非金属成分との比e/f値を0.85〜1.25、とすることにより、硬質皮膜の圧縮応力を最適な範囲にすることができ、高い密着性を得ることができる。また、硬質皮膜組織は高靭性を有する柱状結晶構造とすることができ、優れた欠損性と耐摩耗性を得ることができる。e/f値が0.85以上のとき、硬質皮膜の結晶格子歪を低減できるが、0.85未満になると、結晶格子歪が大きくなり、結晶格子縞の連続性が失われる現象や、硬質皮膜の断面組織が微細化し粒界欠陥が増大する。その結果、残留圧縮応力を増大して密着性が劣化する。例えば、切削工具用の硬質皮膜においては、この粒界欠陥が皮膜の密度低下や、被加工物を構成する元素の硬質皮膜内部への内向拡散を招き、硬質皮膜の硬度低下や耐欠損性を劣化させる。e/f値が1.25を超えると硬質皮膜は柱状結晶構造を有するが、結晶の粒界部に不純物を取り込みすくなる。この不純物は被覆処理を行う装置内部に残留する成分である。その結果、結晶粒間の接合強度が劣化し、硬質皮膜は外部からの衝撃によって容易に破壊される。本願発明の硬質皮膜は、0.85≦e/f≦1.25の範囲に制御されることにより、皮膜の残留圧縮応力は1.5〜5.0GPaの範囲になる。産業的には、e/f値を求めて硬質皮膜の残留圧縮応力を管理することが可能である。
【0009】
第2硬質皮膜が、Ti、Bを含有する面心立方構造の窒化物であることにより、優れた耐溶着性を実現できる。第2硬質皮膜におけるB含有量を示すh値は1≦h≦30、である。これは、第2硬質皮膜を柱状組織構造とするために重要である。またB元素を含有させると、工具のすくい面の耐摩耗特性が向上する。切削初期において、Bは工具刃先がまだ低温である状態から酸化され、B含有酸化物を形成する。このB含有酸化物が、被加工物成分の硬質皮膜内部への拡散を抑制させる効果を発揮する。しかし、h値が30%を超えると、皮膜の組織が微細化する。また、BNの結晶が出現し硬度が低下し、皮膜の圧縮応力が増大して密着性が低下する欠点が現れる。h値は、1%程度でも効果が現れるが、1%未満では、汎用的な分析設備での検出が困難となるため、品質管理を行うことが難しくなる。そのため、分析装置にて検出可能な1%以上とした。
また、第2硬質皮膜の金属成分と非金属成分の比m/p値を0.85〜1.25に制御することにより、皮膜の圧縮応力を最適な範囲にすることができ、高い密着性を得ることができる。また、硬質皮膜組織は高靭性を有する柱状結晶構造とすることができ、優れた欠損性と耐摩耗性を得ることができる。第1硬質皮膜、第2硬質皮膜が面心立方構造であることにより、高硬度を有する硬質皮膜が得られる。また皮膜組織を柱状結晶に制御することによって、優れた欠損性と耐摩耗性を得ることができる。
【0010】
第1硬質皮膜を、0.85≦e/f≦1.25の範囲に制御するためには、成膜時の反応圧力を制御することが重要である。窒化物を得ために、窒素の反応圧力を3Pa〜8Paとする。より好ましくは3.5Pa〜7Paの範囲に制御する。反応圧力が3Pa未満では、基体に入射するイオンの運動エネルギーが抑制できず、それが結晶格子歪となって現れ、残留圧縮応力が抑制できなくなり、e/f値は0.85未満となる。8Paを超えた条件で成膜を行うと、プラズマ密度が低下し、入射するイオンの運動エネルギーが低下し、e/f値は1.25を超える。
第1硬質皮膜を成膜する際の条件として、パルス化されたバイアス電圧印加を負と正に振幅させて制御を行い、更に(200)面に強く配向させることで、硬質皮膜の圧縮応力を制御することが実現できる。そのためには、バイアス20〜100Vを負に、正の電圧を5〜10Vに制御すると実現できる。
第1硬質皮膜のIs/Ir値を1.5≦Is/Ir≦15、とするためには、バイアス電圧の制御が必要であり、バイアス電圧をパルス化させて印加させることが好ましい。バイアス電圧が20V未満では、Is/Ir値は大きくなる傾向にあり、圧縮応力は低減されるものの、硬質皮膜の硬度が低下し、耐摩耗性が劣化する。また、バイアス電圧をパルス化させて印加させることにより、成膜時にプラズマ中でイオン化された硬質皮膜構成元素の被処理物に到達する際の運動エネルギーを調整することが可能となる。バイアス電圧をパルス化させた場合特に重要なのは、パルス周波数の制御である。バイアス電圧をパルス化させて印加させると、(111)面、(200)面や(220)面のピーク強度を変化させることが可能となり、特に(111)面への結晶成長を抑制することによって、圧縮応力を抑制し密着性を高めることができる。
パルス周波数が5〜35kHzのときに、It/Ir値は0.6≦It/Ir≦1.5となり、このときの硬質皮膜の圧縮応力が2.0〜6.0GPaの最適な範囲に制御できる。パルス周波数が5kHzより低くなると、It/Ir値は1.5を超える。また、35kHzを超えると、イオンが被処理物に到達する際の運動エネルギーが低減できないため、It/Ir値は0.6未満になる。
【0011】
第2硬質皮膜の成膜時に印加させるバイアス電圧は、第1硬質皮膜を成膜する際の条件と同様にパルス化させて行うと、基体に到達するBイオンの運動エネルギーが低く抑えられるため、TiNの結晶格子に取り込まれ、硬質皮膜はBを含む単一の結晶化された組織を有する。
一方、第2硬質皮膜を直流のバイアス電圧を印加させて成膜した場合、Bは、TiNの面心立方構造の格子に置換されるほかに、c−BN、h−BN、非晶質BNなどを含む。プラズマ中でBのイオンは、Tiなどに比べ軽元素であるため、高い運動エネルギーを有した状態で基体に到達し、様々な不安定な結合が生じるものと考えられる。硬質皮膜にh−BNのみを含む場合は、潤滑特性が向上し、すくい面摩耗抑制を実現できると期待されるが、h−BNを単独で含有させることは困難となる。c−BN等、他の結晶構造を有する物質と共存するようになるため、圧縮応力が増大する。特にc−BNを多く含む場合は、硬質皮膜の高硬度化が実現できるものの、圧縮応力が増大するため好ましくない。
【0012】
本願発明においては、面心立方構造を有する硬質皮膜において、(200)面に最も強く配向させることが必要である。その理由は、切削におけるせん断方向からの切削力に対する耐久性が優れるためである。一方、(111)面への配向が強くなると、圧縮応力が高くなり、硬質皮膜の密着性が低下し、その結果、耐欠損性や耐摩耗性が低下して不都合が生じる。そこで、第1硬質皮膜のIs/Ir値を、1.5≦Is/Ir≦15、It/Ir値を0.6≦It/Ir≦1.5に規定する。第1硬質皮膜を、1.5≦Is/Ir≦15、に制御すれば優れた耐摩耗性を実現でき、また、0.6≦It/Ir≦1.5、に制御すれば適正な残留圧縮応力の範囲に制御することができる。従って、厚膜化された皮膜が高い密着性を有しつつ、高硬度な皮膜を得ることができる。しかし、Is/Ir値が1.5未満、It/Ir値が0.6未満のときは、硬質皮膜の断面組織が微細化し、残留応力が増大する。そのため、耐摩耗性は優れるが、容易に皮膜剥離が発生する。特にIt/Ir値が0.6未満では、硬質皮膜の内部欠陥が増加する。また、It/Ir値が0.6未満のときは、たとえIs/Ir値が1.5≦Is/Ir≦15.0、であっても、(111)面のピーク強度が大きく出現する。このときの第1硬質皮膜の残留圧縮応力は5.0GPa程度となり基体と硬質皮膜の密着性は確保できても、柱状結晶粒界間の密着強度が劣化し、耐摩耗性が低下する。そこで、0.6≦It/Ir≦1.5に規定する。Is/Ir値が15を超えて大きく、It/Ir値が1.5を超えて大きいときは、残留応力は低減されるが、硬質皮膜の断面組織における粒界の接合強度が低下して密着性と耐摩耗性が劣化する。また、It/Ir値が1.5を超えると、皮膜は柱状結晶構造を有し低残留圧縮応力を得ることが可能であるが、柱状結晶の粒界における密着強度が低下し、皮膜表面から基体方向へほぼ垂直方向の亀裂破壊が発生しやすくなる。その結果、耐欠損性、耐摩耗性が改善されない。また、粒界に被加工物元素が拡散しやすくなる傾向にあり、機械的特性が劣化する。
【0013】
本願発明の硬質皮膜について、d2/d1値を、1.01≦d2/d1≦1.05とすることにより、第1硬質皮膜と第2硬質皮膜との密着性が改善され、耐摩耗性が優れる。皮膜間の密着性を高めるには皮膜間の結晶格子歪を低減させる必要がある。この歪を低減させるためには、皮膜間の(200)面の面間隔の差を小さくしてミスフィットを低減させることにより、高い密着性が得られる。そこで、d2/d1値を、1.01≦d2/d1≦1.05範囲に規定することで基体との密着性が損なわれることなく耐摩耗性及び耐欠損性に優れた硬質皮膜が得られる。d2/d1値が1.01未満では、硬質皮膜全体の残留圧縮応力が増大するため、基体との密着性が劣化する。1.05を超えると、皮膜界面の内部欠陥が多くなり、皮膜間の密着性が損なわれるだけでなく、硬質皮膜全体の残留圧縮応力が増大し、基体との密着性が低下する。
【0014】
本願発明の硬質皮膜について、第2硬質皮膜は柱状組織構造を有し、結晶粒成長方向に対して界面を形成することなく境界領域で結晶粒が連続的に成長した硬質皮膜である。ここで、柱状組織構造とは、膜厚方向に伸びた縦長成長結晶組織である。該硬質皮膜は多結晶材料であるが、結晶粒1つ1つの単位で捉えれば、単結晶材料の成長に類似した形態となっている。柱状組織構造の結晶粒は結晶粒成長方向に対してB成分に組成差を有する組成変調構造を有していることである。このとき、この組成変調構造における組成変調境界部では結晶格子縞が連続していることが好ましい。第2硬質皮膜がB成分の組成変調構造を有し、残留圧縮応力を制御することによって、皮膜の機械的強度が高まる。例えば、B含有量の富化層では、比較的軟質な層が形成される。この軟質層が、他の比較的硬質な層との層間に存在すると緩衝効果を示し、硬質皮膜全体として残留圧縮応力を緩和するようになる。更に、B成分の潤滑特性によって、潤滑性を有する硬質皮膜を得ることができる。しかし、この時の好ましいB成分の組成差は、最大でも10%である。より好ましくは、0.1%以上、7%以下の範囲に制御することである。B成分の組成変調構造とするには、B含有量の異なるターゲットを用いて、パルスバイアスを印加しながら成膜を行うことで実現できる。B含有量が組成差を有する部分は組成変調構造のようになり、層間は結晶格子縞が連続して成長する。これは例えば、日本電子製JEM−2010F型の電界放出型透過型電子顕微鏡(以下、TEMと記す。)を用いて、加速電圧20kVの条件で柱状結晶粒を観察することによって確認できる。
硬質皮膜全体の膜厚を5μm以上とすることにより、優れた耐摩耗性が得られる。一方、30μm以上では、硬質皮膜は圧縮応力が高くなり、基体との密着性が劣化するため、30μm以下であるのが好ましい。また第1硬質皮膜の膜厚は第2硬質皮膜よりも厚く、より好ましくは第2硬質皮膜の膜厚は硬質皮膜全体の膜厚に対し、50%以下であることが好適である。
【0015】
第1硬質皮膜における非金属成分のN元素について、その1部をC元素、O元素で置換し、原子%でC元素の含有量をx値、O元素の含有量をy値としたとき、0<x≦10、0<y≦10、0<x+y≦10の範囲にすることが好ましい。これにより、高硬度、優れた耐酸化特性、密着性及び潤滑特性を有する硬質皮膜が得られる。C元素、O元素を含有させるときは、皮膜の機械的強度劣化を回避するために、x値とy値との和を10%以下にすることで、優れた耐溶着性と摺動性を有する硬質皮膜が得られる。より好ましくは、C元素、O元素が単独で含有する場合は、2%〜10%とすることである。しかし、x値、y値が10%を超えると皮膜の結晶組織が微細化し、結晶粒界にける欠陥が増大する。その結果、たとえ硬質皮膜の潤滑特性が改善されても、残留圧縮応力が増大するため密着性や耐欠損性が低下する欠点が現れる。第1硬質皮膜にC元素、O元素を含有させる場合には、炭化水素系ガスや酸素含有ガスを使用することが好ましい。ガスを導入して成膜を行う場合、Nガスと併せた全圧が、3〜8Paの範囲にすることが好ましい。或いは、ターゲット蒸発源にC元素、O元素を含有させることも可能である。
【0016】
第2硬質皮膜における金属成分のTi元素について、その1部をSi元素で置換し、該金属成分全体を1としたとき、原子%でSi元素の含有量をkとしたとき、0<k≦20、とすることにより、耐摩耗性が向上する。第2硬質皮膜の皮膜組織を柱状組織構造とするため、k値は20%以下に制御することが好ましい。Siを含有させる場合は、TiNの単一な結晶質組織が固溶体となるように制御することで、例えば、切削工具のすくい面における耐摩耗性に優れた硬質皮膜を得られる。一方、k値が20%を超えると皮膜組織が微細化し、残留圧縮応力が増大し、密着性を低下させる欠点が現れる。また、皮膜組織は、TiNの結晶質組織、SiN組成系の結晶質組織や非晶質組織といった形で、様々な組織が混在する。その結果、結晶粒界が増大し、結晶格子歪が発生して残留圧縮応力が増大する。
【0017】
本願発明の硬質皮膜の組成は、例えば、日本電子製のJXA8500F形EPMA分析装置を用いて測定できる。硬質皮膜の垂直断面もしくは膜断面を17度斜めに傾けて研磨した傾斜断面において、硬質皮膜部を基体の影響を受けない位置から行い、加速電圧10kV、照射電流1.0μA、プローブ径を10μm程度に設定するとにより可能である。硬質皮膜表面から測定する場合は、プローブ径を50μm程度に設定することが好ましい。また、C元素やO元素を含有させたときは、2%未満になると分析での検出が困難となる。硬質皮膜の膜厚は、例えば、日立製作所製S−4200型電解放射走査型電子顕微鏡を用いて、垂直方向の破断から測定できる。
硬質皮膜のX線回折における(111)、(200)、(220)面のピーク強度比の測定は、例えば、理学電気製RU−200BH型X線回折装置を用いて2θ−θ走査法により測定できる。2θ(度)の範囲は、10〜145度、X線源はλ値が0.15405nmのCuKα1線を用い、バックグランドノイズは装置に内蔵されたソフトにより除去した。測定結果は、検出された2θのピーク位置が、結晶構造が面心立方構造であるTiNのX線回折パターン(JCPDSファイル番号38−1420)に略一致したので、その(111)、(200)、(220)ピークの強度を測定した。ピーク強度は、各指数面のピークトップの最大値をピーク強度し、それを用いてピーク強度比を求めた。更に、面間隔は、上記(200)面を示すピーク位置の数値を適用した。また、CrNがベースとなるような硬質皮膜の場合も同様にして、ピーク強度を測定した。
本願発明の硬質皮膜における残留圧縮応力は以下に示す曲率測定法で算出した。即ち、ヤング率とポアッソン比が既知となっている基体を所定の形状に加工した試験片を用い、その表面に被覆を行うと、硬質皮膜中に発生する残留圧縮応力により、被覆された試験片がたわみ変形する。そのたわみ変形量を求め、化1を用いて、硬質皮膜全体の残留圧縮応力σ値を算出した。
【0018】
【化1】

【0019】
ここで、Es値(GPa)は、試験片に使用した基体のヤング率、D値(mm)は試験片の厚み、δ値(μm)は被覆前後で生じる試験片のたわみ量、l値(mm)は被覆によってたわみが生じた試験片の長さ方向端面から、最大たわみ部までの長さ、νs値は試験片に使用した基体のポアッソン比、d(μm)は試験片表面に被覆した硬質皮膜の膜厚である。また、試験片材料は、超硬合金材料が、測定数値のばらつきが少なく適している。試験片形状は、短冊型の形状が望ましく、例えば8mm幅、25mm長さ、0.5〜1.5mm厚さの形状を使用すると、測定数値のばらつきが少ない。試験片の面積の大きい上下面について、平行度±0.1mmになるよう、鏡面研磨を施した後、600〜1000℃の真空中で熱処理を行い、試験片に用いる材料の、特に表面部分の歪を除去させる。この歪をある程度除去しなければ、得られる残留圧縮応力の値にばらつきが発生する。試験片面積の大きい、鏡面加工された一面のたわみ変形量を被覆前に測定した後、その面に被覆を行い、再度、得られた被覆試験片のたわみ量を測定する。被覆前後のたわみ量と、被覆によってたわみが生じた試験片の長さ方向端面から、最大たわみ部までの長さ、および被覆した硬質皮膜の膜厚を測定し、その数値を化1に代入すれば、硬質皮膜の組成や、成膜条件が変化しても、また、組成変調構造を有していても、本測定方法により圧縮応力の値を算出することが可能である。
【0020】
硬質皮膜被覆工具は、基体に炭化タングステン基超硬合金、高速度工具鋼基体、サーメット等を用いると、より耐摩耗性と靱性のバランスが最適化される。ただし、高速度工具鋼を基体として用いる場合は、その熱処理特性を考慮し500〜550℃の範囲で被覆することが好ましい。このような比較的低温で成膜する場合は、印加させるバイアス電圧や成膜時の反応圧力を適宜最適化させる。成膜方法としては、パルス化されたバイアス電圧が印加可能で、圧縮応力が付与される成膜方式が好ましい。アークイオンプレーティング(以下、AIPと記す。)法、スパッタリング法等のイオンプレーティング方式等が好ましい。適切な製造条件を適用すれば、各々の方式が一つの設備に設置された複合装置を用いてもよい。本願発明を以下の実施例により更に詳細に説明する。
【実施例】
【0021】
残留圧縮応力測定が行える試験片、旋削用のインサート形状の超硬合金製基体表面に、本願発明の硬質皮膜を被覆して、本発明例1を作成した。本発明例1は、AIP装置を用いて、金属成分のみの組成が原子%で、Ti:50%、Al:50%の(TiAl)N膜を6μm膜厚、その後、金属成分のみの組成が、Ti:90%、B:10%の(TiB)N膜を6μmの膜厚で成膜し、総膜厚が12μmとなるようにした。成膜温度は550℃、反応圧力は3.5Paとし、初期の(TiAl)N膜は直流50Vのバイアス電圧で1μm成膜した後、パルス化させたバイアス電圧を印加した。パルス周波数は10kHz、正のバイアス電圧を5Vに設定した。(TiAl)N膜を成膜後、(TiB)N膜も(TiAl)Nと同条件にて成膜した。蒸発源は、各種合金製ターゲットを選択して用い、窒化物、炭窒化物、酸窒化物、酸炭窒化物とするために窒素、酸素、アセチレンなどの炭化水素系のガスを単独、もしくは、混合させて成膜時に導入させて作成した。本発明例1の製膜条件を標準として、硬質皮膜の膜厚、組成、X線回折ピーク強度、ならびに残留応力を変化させた本発明例2〜35と比較例36〜52を作製した。
作製した試料の詳細と、硬質皮膜組成、硬質皮膜の製造条件、残留圧縮応力の測定値や被覆したインサートの切削試験の評価結果を表1、2、3に示す。また、TEMによる皮膜断面観察の結果、本発明例における第2硬質皮膜は全て柱状組織構造を有し、柱状組織の結晶粒は結晶粒成長方向に対してB成分に組成差を有する組成変調構造を有していることを確認した。
【0022】
【表1】

【0023】
【表2】

【0024】
【表3】

【0025】
作製した旋削用インサートを刃先交換式バイトに取り付け、以下の条件で旋削加工試験を行い、残留圧縮応力を有する硬質皮膜における耐摩耗性、耐欠損性、密着性の優劣を確認した。切削評価に使用したインサートは、汎用的なCNMG120408形状を用い、超硬合金を基体として、JIS規格におけるM20種相当でHRA91を使用した。旋削加工を行うに当たり、チップブレーカ付き、すくい角が1度の特殊形状のインサートを使用した。評価方法は、切削距離5m時に発生する硬質皮膜被覆インサートの逃げ面、すくい面に発生する摩耗を、光学顕微鏡で50倍に拡大して観察した。更に切削を継続し、10μm以上の微小チッピングを含む欠損が発生した時点、欠損がない場合は、逃げ面摩耗幅のVBmax値が0.3mmに到達した時点を工具寿命とし、この時の切削距離(m)によって性能を評価した。切削途中の刃先の損傷状態は、適宜観察を行った。
(試験条件)
切削方法:長手方向連続切削
被削材形状:直径160mm、長さ600mmの丸棒材
被削材:S53C、HB260、調質材
軸方向切込み量:2.0mm
切削速度:220m/分
1回転あたりの送り量:0.4mm/回転
切削油:なし
【0026】
本発明例1〜5、比較例36、37は、硬質皮膜の膜厚の影響を見るために作成した。膜厚は被覆時間により調節した。第1硬質皮膜と第2硬質皮膜の比は1:1として全体の膜厚のみを変化させた。硬質皮膜の膜厚が厚くなに従って残留圧縮応力は増大した。本発明例1〜5に示す総膜厚が5μm以上の有するものは、耐摩耗性に優れた。いずれの試料についても、被加工物成分の刃先への溶着の発生はなく、第2硬質皮膜の(TiB)Nは、クレータ摩耗、耐溶着性に対し、大きな効果を持つものと考えられた。本発明例1の総膜厚は12μm、残留圧縮応力値は1.6GPaであり、工具寿命は24mと満足のいく結果を得た。切削時間5分経過時の刃先の摩耗状態を確認した結果、逃げ面摩耗量は0.088mmと少なく耐摩耗性に優れていた。切削途中の刃先の損傷状態を確認した所、切刃近傍における硬質皮膜の脱落、剥離、チッピング等は観察されず、正常摩耗を呈していた。パルス化されたバイアス電圧印加して成膜を行った本発明例は、工具寿命が長く優れた結果であった。一方、比較例36の総膜厚は40μmであり、残留圧縮応力は6.8GPaであり、本発明例1〜5に対して、工具寿命が劣った。比較例36は、切削前に刃先エッジ部で微細な皮膜破壊が観察された。切削途中の刃先エッジ部の損傷状態を確認したところ、皮膜破壊が8μm以上の幅に拡大しており、この破壊部分から欠損に至った。厚膜化により残留圧縮応力が増大したためである。比較例37の総膜厚は4μmであり、1.6GPaと低い残留圧縮応力を有していた。しかし、アブレッシブ摩耗が劣ったため工具寿命は短かった。
本発明例6、7は、第1硬質皮膜、第2硬質皮膜の膜厚比の影響を見るために作成した。本発明例6に示す様に、第1硬質皮膜が厚くすることによって、本発明例1に比して工具寿命が優れた。しかし、本発明例6、7は、(TiB)Nの第2硬質皮膜が夫々1μm、3μmと薄く、切削途中でクレータ摩耗が発生した。クレータ摩耗の進行によって刃先強度が失われ、欠損に至った。再現性確認のために、総膜厚を12μmとし、第2硬質皮膜を0.3μmに被覆したものについても切削評価を行ったが、同様にクレータ摩耗が主体に進行した。
本発明例8〜17、比較例38、39は、第1硬質皮膜の組成の影響を見るために作成した。被覆用ターゲット材組成を変化させて作成した。工具寿命の最も優れた本発明例8は、Wを10%含有し、本発明例1に比して、約1.3倍優れた。切削距離5m時の刃先状態を確認した所、刃先エッジ部においてチッピングは確認されず、逃げ面摩耗が0.034mmであった。切削部位における被加工物の溶着もほとんど発生しておらず、正常摩耗の進行のみで寿命に至った。溶着が発生しなかった理由は、最外皮膜の第2硬質皮膜にBを含有し、潤滑特性が優れたためである。本発明例9はNbを10%含有し、本発明例10、11はCr、Siを含有したため、本発明例1に比して優れた。本発明例12に示すように、第1硬質皮膜にBを含有させても工具寿命は優れるが、第2硬質皮膜が摩耗した後に露出する第1硬質皮膜の部分で溶着が若干発生した。第1硬質皮膜中にBを含有することで、溶着やクレータ摩耗に対し、格段な効果を期待したが、本発明例1の工具寿命に届かなかった。本発明例8〜17は、第1硬質皮膜がAlと4a、5a、6a族元素、Si、Bから選択された元素の窒化物の硬質皮膜であるため、皮膜の耐熱性、硬度が格段に高められた。一方、比較例38は、Al含有量が75%の皮膜であり、切削初期から溶着現象や、工具逃げ面のアブレッシブ摩耗が進行した。皮膜断面の組織観察では、微細化していた。このため、残留圧縮応力が増大し密着性の劣化が考えられる。また、皮膜硬度は20GPaとなり、硬度低下が摩耗の早期進行をもたらしたものと考えられた。比較例39も皮膜断面の組織観察を行い、同様の微細化を確認した。
【0027】
本発明例18〜21、比較例40、41は、第2硬質皮膜の組成の影響を見るために作成した。被覆用ターゲット材の組成を変化させて作成した。本発明例18、19は、第2硬質皮膜のB含有量を夫々1%、25%とした。本発明例20のSi含有量は20%、本発明例21は、BとSiを含有させた。これらの皮膜断面の組織観察をした所、何れも柱状組織であることが確認された。一方、第2硬質皮膜のB含有量が40%の比較例40、Si含有量が30%の比較例41について、第2硬質皮膜の断面組織を観察して、何れも微細化組織を確認した。B、Si含有量が多くなると、切削初期から硬質皮膜の剥離とクレータ摩耗が発生した。組織形態の差が切削性能の優劣をもたらすものと考えた。
本発明例22、23、比較例42、43は、第1硬質皮膜に含有されるO、Cの影響を見るために作成した。酸素、炭化系水素を反応ガスの1部として用いた。本発明例22、23の工具寿命は、O、Cを含有しない本発明例1に比して10%程度優れた。また、切削距離15m時の刃先の損傷状態は、本発明例1に比して溶着が少ない傾向にあった。特にすくい面のクレータ摩耗の発生も低減していた。クレータ摩耗は、切削温度上昇に伴う化学反応によって発生することより、O、Cを含有させることによって潤滑特性が高まり摩擦係数が低減され、その結果、すくい面を切屑が擦過する際の切削温度が抑制され、摩耗が低減した。更に、皮膜断面の組織観察をした結果、柱状組織を確認した。このため、機械的強度に優れ、工具寿命が優れた。一方、比較例42、43は、x値、y値が10%以上であったため、切削初期からの硬質皮膜剥離とクレータ摩耗発生が確認され、同様に皮膜断面の組織観察をした結果、微細化していた。更に、Cを含有しない本発明例1、C含有量が7%の本発明例22、15%の比較例42について、ボールオンディスク方式の摩擦係数測定を行った。この摩擦係数測定では、コーティングした超硬合金製ディスクにSUS304のφ6mmボールを摺動させ、大気中、無潤滑で測定した。測定の結果、測定温度650℃において、本発明例1の摩擦係数は0.8、本発明例22は0.4、比較例42は0.7となった。皮膜にCが多く含有しても、皮膜断面組織を柱状化されていなければ、逃げ面摩耗、クレータ摩耗などの損傷が切削初期に発生することが確認された。
【0028】
本発明例24〜26、比較例44、45は、成膜時における反応圧力の組成への影響を見るために作成した。特にe/f値、残留圧縮応力への影響を調査した。この時反応圧力を変化させ、1.6Pa〜13.5Paの範囲に設定した。反応圧力が2.2〜8.1Paで成膜を行った本発明例1、24〜26は、何れも工具寿命が20m以上となり工具寿命が優れた。特にe/f値が1.16の本発明例24が最も優れ、皮膜のチッピングなど、不安定要素は発生しなかった。反応圧力が最も低い1.6Paで成膜を行った比較例44は、残留圧縮応力が6.5GPaであり、e/f値は0.82、工具寿命は14mとなった。これは本発明例1に比して約60%の寿命であった。窒素圧力が低い程、残留圧縮応力が増大し、e/f値は、低い値を示す傾向にあった。この理由は、皮膜の残留圧縮応力が高いためと考えられる。残留圧縮応力が6.0GPaを超える様になると、切削途中のインサート刃先損傷状態観察において、刃先エッジ部の皮膜破壊が確認された。再現性を確認するため、比較例44のインサートの新しいコーナーを用いて、数度の切削評価を行った結果、工具寿命は、9m、11mとばらつき、安定しなかった。比較例45は、残留圧縮応力が0.5GPaと比較的低い数値を示したが、工具寿命は8mであった。切削時間5m時の刃先の損傷状態を観察した結果、刃先エッジ部における基体と硬質皮膜界面からの膜剥離と逃げ面の大きな摩耗、クレータ摩耗が発生していた。皮膜硬度も低下し、耐摩耗性が劣った。e/f値は1.32を示し、皮膜断面組織において柱状組織を有するものの、硬質皮膜中に欠陥が多く発生し、密着性や耐摩耗性が劣った。この理由は、反応圧力を13.5Paで行ったことにより、イオンが基体に入射する際の運動エネルギーが低くなったためである。
【0029】
本発明例27〜30、比較例46、47は、Is/Ir値の影響を見るために作成した。この時パルス化バイアスのパルス周波数を10kHzに一定とし、バイアス電圧値を変化させ、30〜200Vの範囲に設定した。本発明例1、本発明例27〜30は、Is/Ir値が本願発明の規定範囲内であり、残留圧縮応力も3.5GPa以下と低くなり、工具寿命が優れた。また、バイアス電圧を変化させた場合、Is/Ir値が変化し、それに伴い残留圧縮応力も変化した。比較例46、47は、残留圧縮応力が7GPaを超え、切削初期から硬質皮膜の膜剥離が観察された。残留応力が大きくなると、工具寿命が劣る結果となった。
本発明例31〜33、比較例48〜50は、It/Ir値の残留圧縮応力への影響を見るために作成した。この時パルス化バイアス電圧の正バイアス値を5〜40Vまで変化させた。正のバイアス電圧が大きくなると、相対的に(111)面への配向強度が強くなる傾向を示し、本発明例1、31〜33、比較例48〜50のIt/Ir値は、0.3〜1.1まで変化した。本発明例1、本発明例31〜33は、It/Ir値が本願発明の規定範囲内であり、残留圧縮応力も比較的低くなり、満足のいく工具寿命が得られた。一方、比較例48〜50は正のバイアス電圧が20Vを超え、It/Ir値は0.6を下回り、切削距離5m時の刃先損傷状態観察において、硬質皮膜の剥離が多く観察された。残留圧縮応力が高くなり、硬質皮膜の剥離や破壊が主体的に進行して工具寿命が低下した。第1硬質皮膜のX線回折における(111)面の配向強度制御のほかに、第1硬質皮膜と第2硬質皮膜の界面の密着性を高めるためには、パルス化されたバイアス電圧の正のバイアス電圧値制御が重要である。負の領域のみのバイアス電圧印加では、成膜時のマイクロアーキングなどにより発生する欠陥の抑制に不十分となるからである。
【0030】
本発明例34、35、比較例51、52は、第1硬質皮膜、第2硬質皮膜の面間隔の影響を見るために作成した。面間隔はパルス化バイアス電圧のパルス周波数を1〜40kHzの範囲で変化させることにより調節した。本発明例34、35は、パルス周波数が夫々30kHz、2kHzの場合であるが、d2/d1値は1.02を示し、硬質皮膜全体の残留圧縮応力が低く制御されて第1硬質皮膜、第2硬質皮膜の密着性に優れ、満足のいく工具寿命が得られた。一方、パルス周波数を1kHzで成膜を行った比較例51は、d2/d1値が1.06となり、第1硬質皮膜と第2硬質皮膜の面間隔のズレにより密着性が劣化した。比較例52は、皮膜の剥離が発生して、短い工具寿命であった。この場合、切削途中の刃先の損傷は、基体と第1硬質皮膜の界面で膜剥離が観察された。この理由は、40kHzで成膜を行ったためd2/d1値が1.01となり、皮膜全体の残留圧縮応力が6.6GPaと増大して基体との密着性が劣化したためである。また、パルス周波数の変化によってIt/Ir値も変化することが確認された。パルス周波数と残留圧縮応力の関係には相関性があると考えられ、パルス周波数が大きくなると、残留圧縮応力は大きくなる傾向にあった。パルス周波数が大きくなると、直流バイアス電圧が印加される状態に近づくためである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
超硬合金を基体に圧縮応力を有する硬質皮膜を5〜30μmの膜厚で被覆した旋削加工用の硬質皮膜被覆工具において、該硬質皮膜は、該基体表面から第1硬質皮膜、第2硬質皮膜が被覆され、最外皮膜は該第2硬質皮膜が被覆され、該第1硬質皮膜は、(AlMe1−aで示され、但し、aは原子%、e、fは原子比を表し、35≦a≦65、0.85≦e/f≦1.25、であり、Meは4a、5a、6a族、Si、Bから選択される1種以上を有し、該第2硬質皮膜は、(Ti1−hで示され、但し、hは原子%、m、pは原子比を表し、1≦h≦30、0.85≦m/p≦1.25、であり、該第1硬質皮膜、該第2硬質皮膜の結晶構造は面心立方構造であり、該第1硬質皮膜のX線回折において(111)面のピーク強度をIr、(200)面のピーク強度をIs、(220)面のピーク強度をItとしたときに、1.5≦Is/Ir≦15.0、0.6≦It/Ir≦1.5、であり、該第1硬質皮膜と該第2硬質皮膜のX線回折における(200)面の面間隔(nm)を夫々、d1、d2としたときに、1.01≦d2/d1≦1.05であり、該第2硬質皮膜は柱状組織構造を有し、該柱状組織構造の結晶粒はB成分に組成差を有する組成変調構造を有していること、を特徴とする旋削加工用硬質皮膜被覆工具。
【請求項2】
請求項1記載の該硬質皮膜被覆工具において、該第1硬質皮膜におけるN元素について、その1部をC元素、O元素で置換し、非金属成分全体を1とし、原子%でC元素の含有量をx、O元素の含有量をyとしたとき、0<x≦10、0<y≦10、0<x+y≦10、N元素の含有量は1−x−y、であることを特徴とする旋削加工用硬質皮膜被覆工具。
【請求項3】
請求項1、請求項2の何れかに記載の該硬質皮膜被覆工具において、該第2硬質皮膜におけるTi元素について、その1部をSi元素で置換し、金属成分全体を1としたとき、原子%でSi元素の含有量をk、としたとき、0<k≦20、Ti元素の含有量は1−h−k、であることを特徴とする旋削加工用硬質皮膜被覆工具。

【公開番号】特開2010−120100(P2010−120100A)
【公開日】平成22年6月3日(2010.6.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−293995(P2008−293995)
【出願日】平成20年11月18日(2008.11.18)
【出願人】(000233066)日立ツール株式会社 (299)
【Fターム(参考)】