説明

時効熱処理用無方向性電磁鋼板の製造方法

【課題】強度が高く高周波での鉄損の低い無方向性電磁鋼板の製造方法を提供する。
【解決手段】質量%で、C:0.02%以下、Si:1.6%以上3%以下、Mn:1%以下、P:0.2%以下、S:0.03%以下、Al:0.1%以上3%以下、Ni:2%以下およびCu:1%超3%以下を含有し、残部が実質的にFeおよび不純物からなる冷間圧延鋼板に、2MPa以上6MPa以下の張力を付加した状態で900℃以上1100℃以下の温度で仕上げ焼鈍を施す仕上げ焼鈍工程を有することを特徴とする時効熱処理用無方向性電磁鋼板の製造方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高速で回転するモータのロータ用鉄心の素材として好適な無方向性電磁鋼板の製造方法に関する。特に、本発明は、回転時の応力あるいは加減速時の応力変動に耐え、優れた強度特性および磁気特性が要求される、磁石埋め込み型モータ(IPMモータ)や突極型表面磁石モータ(突極型SRMモータ)のロータ用鉄心の素材として好適な無方向性電磁鋼板の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
地球温暖化ガスを削減するため、自動車や家電製品などの分野では消費エネルギーの少ない新製品開発が必要である。例えば、自動車分野では低燃費化するためガソリンエンジンとモータとのハイブリッド駆動自動車(HEV)あるいはモータ駆動の電気自動車がある。家電製品分野では年間電気消費量の少ない高効率エアコンや冷蔵庫などがある。それらの共通した技術はモータであり、モータの高効率化が重要な技術となっている。モータ高効率化の過程において、モータの駆動システムは高度化し、さまざまな回転駆動制御が可能になっている。すなわち、駆動電源の周波数制御により、可変速運転、商用周波数以上での高速運転を可能としたモータが増加してきている。
【0003】
このような高速回転機の実現には、高速回転に耐え得る構造のロータを開発する必要がある。一般に、ロータに作用する遠心力は回転半径に比例し、回転速度の二乗に比例する。このため高速回転で運転する際には、そのロータに作用する力が例えば500MPaを超える場合もある。したがって、ロータには降伏強度の高い材料が必要となる。さらに、ロータ高速回転運転中には、外部からの振動や頻繁な加減速といった繰り返し応力が発生する場合も想定されるので、ロータ材料には、単に降伏強度が高いだけでなく疲労強度が高いことも必要とされる。疲労強度を高める手段としては引張強度を高めることが最も有効であることから、高速回転するロータの材料には高い降伏強度と高い引張強度とが必要であると言い換えることができる。
【0004】
通常、モータロータには、積層した無方向性電磁鋼板が使用されるが、上記のような高速回転するモータでは所要の強度を満足できない場合がある。その際にはロータ材料として高強度の鋳鋼などが用いられている。しかしながら、モータロータは、回転時に磁気的性質を利用するものであるから、その材料としては、上述のように、機械特性とともに磁気特性に優れていることが要求される。すなわち、一体物の鋳鋼製ロータでは、渦電流損が非常に大きくなるのでモータの効率が低下してしまうという問題があるのである。また、IPMモータの場合はそのロータでの損失による発熱で磁石特性が劣化するという問題も生じる。
【0005】
このように、上記のような高速回転するモータのロータ鉄心材料としては、機械的には高い強度を有し、かつ磁気的には高周波低鉄損を有するものでなければならない。鋼板の強度を高める手段として、冷延鋼板の分野では一般に、固溶強化、析出強化、細粒化強化、変態強化などの方法が用いられるが、高い強度および高周波低鉄損という優れた磁気特性は一般に相反する関係にあり、これらを同時に満足させることは極めて困難であった。
【0006】
このような問題を解決するため、最近では、高い抗張力を有する無方向性電磁鋼板についてのいくつかの提案がなされてきている。例えば特許文献1では、Si含有量を3.5〜7.0%と高め、これに固溶硬化の大きい元素を添加し、抗張力を高める方法が提案されている。また、特許文献2では、通常の無方向性電磁鋼板に2.0%以上4.0%未満のSiを含有させると同時に、Nb,Zrの1種または2種、もしくはTi,Vの1種または2種の炭窒化物を活用し、さらには熱間圧延条件および仕上げ焼鈍条件を制御することにより、機械特性および磁気特性を兼備した降伏強度の高い無方向性電磁鋼板を製造する方法が提案されている。さらに、特許文献3では、鋼材内部に直径1.0μm以下のCuからなる金属相を含有させることにより、抗張力を高める方法が提案されている。
【0007】
【特許文献1】特開昭60−238421号公報
【特許文献2】特開平6−330255号公報
【特許文献3】特開2004−84053公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、上記特許文献1に記載された発明により得られる鋼板は非常に脆いため、冷間圧延時に破断しやすく歩留まりが非常に低いという問題がある。
また、上記特許文献2に記載された発明では仕上げ焼鈍温度が低いために、鋼板の結晶粒径が非常に小さく、鉄損が非常に劣るという問題がある。
またさらに、上記特許文献3に記載された発明では、仕上げ焼鈍条件を適正化していないために、さらに強度を向上させる余地がある。さらに熱間圧延鋼板に焼鈍を実施しないか、あるいは980℃の高温で焼鈍するため、熱間圧延鋼板内部にCuが微細分散し、熱間圧延鋼板が非常に硬質となる。そのため、その後の冷間圧延が困難となり、生産性に劣る問題があった。
【0009】
本発明は、上記問題点に鑑みてなされたものであり、強度が高く高周波での鉄損の低い無方向性電磁鋼板の製造方法を提供することを主目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、時効熱処理による析出強化で強度を高め、かつ優れた磁気特性を有する鋼板ができないかとの観点から鋭意研究を積み重ねた結果、磁気特性および強度特性の両方に有利なSi、Al含有の鋼をベースに、析出強化元素としてCuを活用し、必要に応じてTi,Nb,V,Zrの炭化物をも活用し、さらに仕上げ焼鈍条件を適正化することにより、強度特性および磁気特性を兼ね備えた無方向性電磁鋼板が得られることを見出し、本発明を完成させた。
なお、本発明において「炭化物」には、炭窒化物が含まれるものとする。
【0011】
すなわち、本発明は、質量%で、C:0.02%以下、Si:1.6%以上3%以下、Mn:1%以下、P:0.2%以下、S:0.03%以下、Al:0.1%以上3%以下、Ni:2%以下およびCu:1%超3%以下を含有し、残部が実質的にFeおよび不純物からなる冷間圧延鋼板に、2MPa以上6MPa以下の張力を付加した状態で900℃以上1100℃以下の温度で仕上げ焼鈍を施す仕上げ焼鈍工程を有することを特徴とする時効熱処理用無方向性電磁鋼板の製造方法を提供する。
【0012】
本発明によれば、冷間圧延鋼板の鋼組成と、仕上げ焼鈍工程での張力および温度とを適正に制御することにより、磁気特性が良好な時効熱処理用無方向性電磁鋼板を製造することができる。また、本発明により得られた時効熱処理用無方向性電磁鋼板に時効熱処理を施すことにより、強度特性も改善された無方向性電磁鋼板を製造することができる。このように本発明は、運転中に変形や破壊が生じることなく安定して使用可能なモータロータに好適な無方向性電磁鋼板を提供することが可能である。
【0013】
また本発明においては、上記冷間圧延鋼板が、上記Feの一部に代えて、質量%で、B:0.010%以下を含有することが好ましい。Bを含有することにより、上記冷間圧延鋼板の素材である熱間圧延鋼板の靭性が向上し冷間圧延工程での破断が抑制できるからである。
【0014】
さらに本発明においては、上記冷間圧延鋼板が、上記Feの一部に代えて、質量%で、Ti、Nb、VおよびZrからなる群から選択される少なくとも1種の元素を合計で0.01%以上0.1%以下の範囲内で含有することが好ましい。これらの元素を所定量含有することにより、強度特性を効果的に向上させることができるからである。
【0015】
また本発明においては、上記仕上げ焼鈍工程前に、上記冷間圧延鋼板の素材である熱間圧延鋼板に600℃以上900℃以下の温度で2時間以上保持する熱延板焼鈍を施す熱延板焼鈍工程と、熱延板焼鈍が施された上記熱間圧延鋼板に冷間圧延を施す冷間圧延工程とを行ってもよい。所定の条件で熱延板焼鈍を施すことにより、鋼板の延性が向上し冷間圧延工程での破断を抑制できるからである。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、高周波での鉄損の低い時効熱処理用無方向性電磁鋼板を得ることができ、この時効熱処理用無方向性電磁鋼板に時効熱処理を施した場合には、鉄損が低いだけでなく強度が高い無方向性電磁鋼板を効率よく製造することが可能である。このような無方向性電磁鋼板を用いて製造した鉄心が高速回転するモータロータに組み込まれれば、モータ効率が高くなることはもちろん、運転中に変形や破壊することなく長期間にわたり安定して使用可能となる。このような省エネルギー効果により地球環境に負荷の少ない未来社会創造に貢献できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
本発明者らは、強度が高く、かつ磁気特性に優れた無方向性電磁鋼板を得るために、時効熱処理を用いた析出強化により無方向性電磁鋼板を高強度化する場合について、時効熱処理後の鋼板の強度特性および磁気特性へ及ぼす製造条件の影響を調査した。その結果、磁気特性および強度特性の両方に有利なSi、Al含有の鋼をベースに、析出強化元素としてCuを活用し、必要に応じてTi,Nb,V,Zrの炭化物をも活用し、さらに仕上げ焼鈍条件を適正化することにより、強度特性および磁気特性を兼ね備えた無方向性電磁鋼板が得られることを見出した。以下、本発明をなすに至った知見およびそれに至る実験結果について説明する。
【0018】
真空溶解炉にて、主要成分が質量%で、C:0.005%、Si:2%、Mn:0.2%、P:0.09%、S:0.002%、Al:0.7%、N:0.002%、Cu:2.0%、Nb:0.03%である鋳片を作製し、1150℃で加熱した後、仕上げ温度を850℃として熱間圧延を施し、厚さ2.5mmの熱間圧延鋼板を作製した。この熱間圧延鋼板を厚さ2.0mmまで研削加工し、さらに厚さ0.35mmまで冷間圧延を施した。この冷間圧延により得られた冷間圧延鋼板に0〜8MPaの張力を付与しながら950℃で5秒間の仕上げ焼鈍を施し、次いで20℃/sの平均冷却速度で室温まで冷却し、幅55mm、長さ55mmの単板試験片を作製した。そして、この単板試験片に500℃で0.5時間の時効熱処理を施した。このようにして得られた鋼板について、降伏強度、引張強度、および鉄損W10/400を測定した。
【0019】
図1に仕上げ焼鈍時の張力と鉄損W10/400との関係、図2に仕上げ焼鈍時の張力と降伏強度YPとの関係、図3に仕上げ焼鈍時の張力と引張強度TSとの関係をそれぞれ示す。図1〜図3より明らかなように、高い強度と高周波低鉄損とを両立するには仕上げ焼鈍時に鋼板に付与する張力を2〜6MPaとすることが有効であることが明らかになった。
【0020】
その機構については明らかではないが、本発明者らは次のように推定する。
すなわち、高温で焼鈍中に張力を付加することで、鋼板がわずかに伸びて結晶粒内に転位が導入される。その転位を析出サイトとして、時効熱処理で微細なCuが均質に析出するため、鋼板の強度が高くなると推察される。また、鋼中のNbは時効熱処理によりNb炭化物となって析出する。このNb炭化物も結晶粒内の転位上に析出し微細分散するので、さらなる強度上昇に寄与したものと推察される。
【0021】
以下、本発明の時効熱処理用無方向性電磁鋼板の製造方法について詳細に説明する。
本発明の時効熱処理用無方向性電磁鋼板の製造方法は、質量%で、C:0.02%以下、Si:1.6%以上3%以下、Mn:1%以下、P:0.2%以下、S:0.03%以下、Al:0.1%以上3%以下、Ni:2%以下およびCu:1%超3%以下を含有し、残部が実質的にFeおよび不純物からなる冷間圧延鋼板に、2MPa以上6MPa以下の張力を付加した状態で900℃以上1100℃以下の温度で仕上げ焼鈍を施す仕上げ焼鈍工程を有することを特徴とするものである。
【0022】
本発明においては、上記仕上げ焼鈍工程前に、通常、上述した鋼組成を有する鋼塊または鋼片(以下、スラブということもある。)を所定の温度としたのちに熱間圧延を施す熱間圧延工程と、熱間圧延工程により得られる熱間圧延鋼板に冷間圧延を施す冷間圧延工程とが行われる。また、上記熱間圧延工程後に、熱間圧延鋼板に熱延板焼鈍を施す熱延板焼鈍工程を行ってもよい。
以下、本発明における鋼組成、および本発明の時効熱処理用無方向性電磁鋼板の製造方法の各工程について説明する。
【0023】
1.鋼組成
本発明に用いられるスラブまたは冷間圧延鋼板は、質量%で、C:0.02%以下、Si:1.6%以上3%以下、Mn:1%以下、P:0.2%以下、S:0.03%以下、Al:0.1%以上3%以下、Ni:2%以下およびCu:1%超3%以下を含有し、残部が実質的にFeおよび不純物からなるものである。
なお、各元素の含有量を示す「%」は、特に断りのない限り「質量%」を意味するものである。また、本発明において、「残部が実質的にFeおよび不純物からなる」とは、本発明の効果を阻害しない範囲で他の元素を含有する場合を含むことを意味する。
【0024】
(1)C
Cは鋼板の強度を高めるのに有効な元素である。しかしながら、C含有量が0.02%を超えるとセメンタイト、εカーバイドなどの炭化物が析出し、磁気特性劣化が顕著になる場合がある。したがって、C含有量は0.02%以下とする。また、より一層の磁気特性向上、特に鉄損を向上させるにはC含有量の上限を0.005%にするのが好ましい。一方、Ti,Nb,V,Zrなどの炭化物生成元素を0.01%以上含有させて析出強化を図る場合には、C含有量を0.005%〜0.02%に制御することが好ましい。
【0025】
(2)Si
Siは鋼の比抵抗を高め、鉄損低減に有効である。また、Siは固溶強化により鋼板の強度を高めるのにも有効である。Si含有量は必要な鉄損特性および強度特性に応じて決定すればよい。しかしながら、Si含有量が1.6%未満では必要な強度および鉄損が得られない可能性がある。一方、Si含有量が3%を超えるとCu析出物の分散状態が不均一となり強度向上効果が飽和する傾向を示す。また、冷間圧延において破断しやすくなり製造コストが著しく増大する場合がある。したがって、Si含有量は1.6%以上3%以下とする。さらに、冷間圧延時の破断による歩留まり低下を抑制するためには、Si含有量を1.6%以上2.5%以下にするのが好ましい。
【0026】
(3)Mn
Mnは不可避的不純物であり、添加する必要はない。しかしながら、Mnは鋼の比抵抗を高め、鉄損低減に有効である。その効果を得るには0.1%以上含有させることが好ましい。一方、Mn含有量が1%を超えると原料コストが大きくなる場合がある。したがって、Mn含有量は1%以下に限定する。
【0027】
(4)P
Pは不可避的不純物であり、添加する必要はない。しかしながら、Pは固溶強化により鋼板の強度を高めるのに有効な元素であり、その効果を得るには0.05%以上含有させることが好ましい。一方、P含有量が0.2%を超えると鋼の靱性が劣化し、冷間圧延時に破断するおそれがある。したがって、P含有量は0.2%以下に限定する。
【0028】
(5)S
Sは不可避的不純物であり、添加する必要はない。S含有量が0.03%を超えると粗大なMn,Cu含有硫化物が形成され、鋼の靭性が劣化し、冷間圧延時に破断するおそれがある。したがって、S含有量は0.03%以下に限定する。また、硫化物分散による細粒化により強化を図るには、S含有量を0.006%以上含有させることが好ましい。
【0029】
(6)Al
AlはSiと同様に鋼の比抵抗を高め、鉄損低減に有効である。また、脱酸に有効な元素であり、非金属介在物を低減することができる。しかしながら、Al含有量が3%を超えると飽和磁束密度が著しく低下し、鉄心性能が劣化する可能性がある。一方、溶鋼の脱酸を効率的に行うにはAlを0.1%以上含有させることが必要である。したがって、Al含有量は0.1%以上3%以下に限定する。集合組織改善により磁束密度を改善するには、Al含有量を0.6%以上とすることが好ましい。
【0030】
(7)Ni
Niは不可避的不純物であり、添加する必要はない。しかしながら、Niは固溶強化により鋼板の強度を高めるのに有効な元素であり、その効果を得るには0.05%以上含有させることが好ましい。一方、Ni含有量が2%を超えると原料コストが大きくなる。したがって、Ni含有量は2%以下に限定する。
【0031】
(8)Cu
Cuは本発明において必須の元素である。上述したように、Cu析出物が非常に微細である場合には、磁気特性をほとんど劣化させることなく、強度特性を向上させる効果がある。しかしながら、Cu含有量が1%以下ではCu析出による強度上昇が十分得られない可能性がある。一方、Cu含有量が増加するにつれて時効硬化量は大きくなるが3%を超えると仕上げ焼鈍時にCu析出物が不均一に分散して時効熱処理後の強度が低下し、また鋼板の磁束密度も低下する場合がある。したがって、Cu含有量は1%超3%以下に限定する。また、析出強化が最も顕著になるという点から、Cu含有量は1.5%以上2.5%以下であることが好ましい。
【0032】
(9)B
Bは任意添加元素であり、本発明において必須の元素ではない。しかしながら、Bを0.0003%以上含有させることで熱延鋼板の靱性が向上し、冷間圧延時に破断しにくくなる。一方、B含有量が0.010%を超えると粗大なB化合物が生成し、かえって冷間圧延時に破断するおそれがある。したがって、B含有量は0.010%以下とすることが好ましい。また、鋼板製造性の観点より、B含有量は0.0003%以上0.0040%以下にすることがさらに好ましい。
【0033】
(10)Ti,Nb,VおよびZr
Ti,Nb,VおよびZrは炭化物を形成し、磁気特性を劣化させるので、特に添加する必要はない。しかしながら、強度特性を向上させるにはTi,Nb,VおよびZrの合計含有量を0.01%以上とすることが有効である。一方、Ti,Nb,VおよびZrの合計含有量が0.1%を超えると炭化物が粗大分散して磁気特性が著しく劣化する可能性がある。したがって、Ti,Nb,VおよびZrの合計含有量は0.01%以上0.1%以下とすることが好ましい。
【0034】
本発明においては、スラブまたは冷間圧延鋼板が、Ti,Nb,VおよびZrからなる群から選択される少なくとも1種の元素を含有することが好ましく、この際、上述したようにTi,Nb,VおよびZrの合計含有量が0.01%以上0.1%以下であることが好ましいのであるが、炭化物生成による析出強化を確実に図るには、Ti,Nb,VまたはZrのいずれか一つの元素の含有量を単独で0.01%以上とすることが好ましい。
【0035】
(11)その他の不可避的不純物
製鋼プロセスにおいて鋼中に混入する不純物で0.01%以上混入する可能性のある成分としてCrおよびMo等が存在する。CrおよびMoのいずれも含有量を1%以下に低減しておけば、本発明の効果が損なわれることはない。また、上記成分以外の不純物成分は、いずれも含有量が0.05%以下に低減されていれば本発明の効果に影響はない。
【0036】
2.仕上げ焼鈍工程
本発明における仕上げ焼鈍工程は、上述した鋼組成を有する冷間圧延鋼板に、2MPa以上6MPa以下の張力を付加した状態で900℃以上1100℃以下の温度で仕上げ焼鈍を施す工程である。
【0037】
本発明において、仕上げ焼鈍条件の制御は、時効熱処理後の強度特性および磁気特性を改善する上で非常に重要である。
仕上げ焼鈍温度は、900℃以上1100℃以下とする。仕上げ焼鈍温度が上記範囲未満では、再結晶粒成長が不十分となり磁気特性が著しく劣化する可能性がある。一方、仕上げ焼鈍温度が上記範囲を超えると鋼板の粒径が著しく粗大化し、時効熱処理後のCu析出物が不均一に分散し、強度が低下する場合がある。より一層の鉄損低減には仕上げ焼鈍温度が高ければ高いほどよく、950℃以上とすることが好ましい。
また、仕上げ焼鈍中に鋼板に付加する張力は2MPa以上6MPa以下の範囲とする。これは、上述した実験結果からわかるように、時効熱処理後の鋼板強度を高めるためには、仕上げ焼鈍中に鋼板に付加する張力を制御することが有効であるからである。
【0038】
3.熱間圧延工程
本発明においては、上述した鋼組成を有するスラブを所定の温度としたのちに、熱間圧延を施す熱間圧延工程を行ってもよい。
熱間圧延としては一般的な方法を用いることができる。スラブ温度、熱間圧延での仕上げ温度、巻取り温度等の条件は、スラブの鋼組成、目的とする鋼板の板厚などにより適宜選択するものとする。
熱間圧延鋼板は、通常、熱間圧延の際に鋼板表面に生成したスケールを酸洗により除去してから冷間圧延に供される。熱間圧延鋼板に後述する熱延板焼鈍を施す場合には、熱延板焼鈍前または熱延板焼鈍後のいずれかにおいて酸洗すればよい。
【0039】
4.熱延板焼鈍工程
本発明においては、上記熱間圧延工程により得られる熱間圧延鋼板に、600℃以上900℃以下の温度で2時間以上保持する熱延板焼鈍を施す熱延板焼鈍工程を行ってもよい。この熱間圧延鋼板は、上記冷間圧延鋼板の素材となるものである。熱延板焼鈍工程は必ずしも必須の工程ではないが、続いて行われる冷間圧延の能率を高めることを可能とするのに有用な工程である。
【0040】
熱延板焼鈍での焼鈍温度は、600℃以上900℃以下であることが好ましい。焼鈍温度が上記範囲未満であるとかえって鋼板の強度が高くなりすぎ、冷間圧延が困難となる場合がある。一方、焼鈍温度が上記範囲を超えてもCuの固溶・再析出が起こり、鋼板の強度が高くなり、冷間圧延が困難となる可能性がある。さらに好ましい焼鈍温度は、650℃以上850℃以下である。
また、上記焼鈍温度での保持時間は2時間以上であることが好ましい。保持時間が2時間未満の場合、Cu析出物が微細化し、鋼板の強度が高くなり、冷間圧延が困難となる場合がある。保持時間は8時間以上がより好ましい。一方、保持時間の上限は特に限定されないが、経済性の観点から48時間以下にすることが望ましい。
【0041】
5.冷間圧延工程
本発明においては、上記熱間圧延工程により得られる熱間圧延鋼板、あるいは、上記熱延板焼鈍工程にて熱延板焼鈍が施された熱間圧延鋼板に、冷間圧延を施す冷間圧延工程を行ってもよい。
【0042】
また、本工程は、熱間圧延鋼板に中間焼鈍をはさんだ二回以上の冷間圧延を施す工程であってもよい。中間焼鈍は、必ずしも必須ではないが、中間焼鈍を行うことにより鋼板の延性が向上し冷間圧延での破断が少なくなるという利点を有する。
中間焼鈍での焼鈍温度等の条件は、熱延板焼鈍と同様にすることが好ましい。
【0043】
6.その他
本発明においては、上記冷間圧延工程後に、一般的な方法にしたがって、有機成分のみ、無機成分のみ、あるいは有機無機複合体からなる絶縁皮膜を鋼板表面に塗布するコーティング工程を行ってもよい。また、コーティング工程は、加熱・加圧することにより接着能を発揮する絶縁コーティングを施す工程であってもよい。接着能を発揮するコーティング材料としては、アクリル樹脂、フェノール樹脂、エポキシ樹脂またはメラミン樹脂などを用いることができる。
【0044】
また、本発明により製造される時効熱処理用無方向性電磁鋼板に、時効熱処理を施すことにより無方向性電磁鋼板を製造することができる。時効熱処理は、無方向性電磁鋼板の強度を高めるのに有効である。
時効熱処理での温度、時間、雰囲気等の条件は、鋼組成、目的とする強度などにより適宜選択するものとする。
【0045】
なお、本発明は、上記実施形態に限定されるものではない。上記実施形態は例示であり、本発明の特許請求の範囲に記載された技術的思想と実質的に同一な構成を有し、同様な作用効果を奏するものは、いかなるものであっても本発明の技術的範囲に包含される。
【実施例】
【0046】
以下、実施例を例示して、本発明を具体的に説明する。
[実施例1]
転炉で脱炭脱硫した溶鋼230tonを取鍋内に出鋼し、取鍋をRH式真空脱ガス装置に移動した。RH式真空脱ガス装置で減圧脱炭を行い、鋼中のC含有量を0.015%以下とした後に、Si,Mn,P,S,Al,Cu,B,Ni,Ti,Nb,VおよびZrの含有量を調整し、連続鋳造機にてスラブとした。
上記スラブを加熱炉で1150℃まで加熱し、仕上げ温度800〜850℃、巻き取り温度500℃で熱間圧延し、厚さ2.0mmの熱間圧延鋼板を得た。次いで、酸洗脱スケールして、750℃で10h焼鈍後、厚さ0.35mmまで冷間圧延し、張力を2MPa〜7MPaとして900〜1050℃で仕上げ焼鈍し、鋼板表面に絶縁皮膜を塗布した。
下記の表1に製品の成分分析値、表2に仕上げ焼鈍条件をそれぞれ示す。
【0047】
このようにして得られた鋼板から28cmエプスタイン試験片を採取し、500℃で0.5hの時効熱処理を行った。時効熱処理後の鋼板について、JIS−C−2550規定の方法により鉄損W10/400を測定した。また、磁束密度B50も測定した。さらに、時効熱処理後の鋼板についてJIS−Z−2241に規定の引張試験を行い、降伏強度YPおよび引張強度TSを測定した。下記の表2に磁気特性および強度特性のデータを示す。
【0048】
【表1】

【0049】
【表2】

【0050】
鋼組成が本発明の範囲内である鋼板は、降伏強度YPが600MPa以上、引張強度TSが750MPa以上であり、かつ鉄損W10/400が25W/kg以下となり、所要の特性が得られた。また、磁束密度B50も良好であった。特に、鋼組成が本発明の範囲内である鋼板の中でもAl含有量が0.6%以上である鋼マークA5〜A13の鋼板は、Al含有量が比較的少ない鋼マークA4の鋼板よりも磁束密度B50が向上した。一方、鋼組成が本発明の範囲外である鋼板は、降伏強度YPが600MPaを下回っており、本発明例より明らかに劣っていた。中でも、鋼マークA3の鋼板は、Cu含有量が多いために磁束密度B50が低下した。
【0051】
[実施例2]
実施例1にて製造した鋼マークA5およびA9の冷間圧延鋼板を用いて、温度を850℃〜1150℃、張力を3MPa〜7MPaと変化させた仕上げ焼鈍を行い、鋼板表面に絶縁皮膜を塗布した。下記の表3に仕上げ焼鈍条件を示す。
【0052】
このようにして得られた鋼板から28cmエプスタイン試験片を採取し、500℃で0.5hの時効熱処理を行った。時効熱処理後の鋼板について、JIS−C−2550規定の方法により鉄損W10/400を測定した。また、磁束密度B50も測定した。さらに、時効熱処理後の鋼板についてJIS−Z−2241に規定の引張試験を行い、降伏強度YPおよび引張強度TSを測定した。下記の表3に磁気特性および強度特性のデータを示す。
【0053】
【表3】

【0054】
本発明に規定の仕上げ焼鈍条件に従って製造された鋼板は、降伏強度YPが600MPa以上、引張強度TSが750MPaであり、かつ鉄損W10/400が25W/kg以下となり、所要の特性が得られた。また、磁束密度B50も良好であった。一方、本発明規定外の条件で製造された鋼板は、降伏強度YPが600MPaを下回るか、あるいは鉄損W10/400が25W/kgを超えており、本発明例より明らかに劣っていた。中でも、仕上げ焼鈍温度が900℃未満である場合は、磁束密度B50が低下した。
【0055】
[実施例3]
実施例1にて製造した鋼マークA9の厚さ2.0mmの熱間圧延鋼板を用いて、種々の熱延板焼鈍を施した後、レバース式の冷間圧延機にて厚さ0.35mmまでの冷間圧延パス数によりその操業性を評価した。結果を下記の表4に示す。
【0056】
【表4】

【0057】
熱延板焼鈍での焼鈍温度が600℃以上900℃以下である場合は、9パスで冷間圧延できたのに対し、焼鈍温度が600℃未満あるいは900℃を超える場合は、その焼鈍鋼板が非常に硬質であるため圧延回数9パスで厚さ0.35mmまで圧延することができず、操業性が劣ることが判明した。
【図面の簡単な説明】
【0058】
【図1】仕上げ焼鈍時の張力と鉄損W10/400との関係を示すグラフである。
【図2】仕上げ焼鈍時の張力と降伏強度YPとの関係を示すグラフである。
【図3】仕上げ焼鈍時の張力と引張強度TSとの関係を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.02%以下、Si:1.6%以上3%以下、Mn:1%以下、P:0.2%以下、S:0.03%以下、Al:0.1%以上3%以下、Ni:2%以下およびCu:1%超3%以下を含有し、残部が実質的にFeおよび不純物からなる冷間圧延鋼板に、2MPa以上6MPa以下の張力を付加した状態で900℃以上1100℃以下の温度で仕上げ焼鈍を施す仕上げ焼鈍工程を有することを特徴とする時効熱処理用無方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項2】
前記冷間圧延鋼板が、前記Feの一部に代えて、質量%で、B:0.010%以下を含有することを特徴とする請求項1に記載の時効熱処理用無方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項3】
前記冷間圧延鋼板が、前記Feの一部に代えて、質量%で、Ti、Nb、VおよびZrからなる群から選択される少なくとも1種の元素を合計で0.01%以上0.1%以下の範囲内で含有することを特徴とする請求項1または請求項2に記載の時効熱処理用無方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項4】
前記仕上げ焼鈍工程前に、前記冷間圧延鋼板の素材である熱間圧延鋼板に600℃以上900℃以下の温度で2時間以上保持する熱延板焼鈍を施す熱延板焼鈍工程と、熱延板焼鈍が施された前記熱間圧延鋼板に冷間圧延を施す冷間圧延工程とを有することを特徴とする請求項1から請求項3までのいずれかの請求項に記載の時効熱処理用無方向性電磁鋼板の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2007−31754(P2007−31754A)
【公開日】平成19年2月8日(2007.2.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−214568(P2005−214568)
【出願日】平成17年7月25日(2005.7.25)
【出願人】(000002118)住友金属工業株式会社 (2,544)
【Fターム(参考)】