説明

有益元素の高精度拡散・注入に適用される金属皮膜形成方法

【課題】必要箇所に対して有益な元素または金属を、それほど高い温度域に加熱しなくても制御された有効量だけ、微量のコントロールで注入し、拡散することを可能とし、これによって、金属部材の部分的改質、多様な目的の改質を図るための優れた金属皮膜形成法を提供しようというものである。
【解決手段】拡散・注入しようとする有益元素を含む塑性変形可能な金属粒子を、超高速に加速して常温から300〜500℃の比較的低い低中温域で金属部材表面に衝突させ、該金属部材表面に有益合金元素を含む金属皮膜を形成し、有益元素を表面拡散させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属部材に有益元素を拡散・注入し、その部材特性を改質するのに適用される金属皮膜形成方法に関する。詳しくは、拡散・注入しようとする有益元素を含む塑性変形可能な金属粒子を、超高速に加速して常温から300〜500℃の比較的低い低中温域で金属部材表面に衝突させ、該金属部材表面に有益合金元素を含む金属皮膜を形成することを特徴とする、有益元素を拡散・注入するのに適用される金属皮膜形成方法に関する。
【背景技術】
【0002】
金属材料は、一般に微量の元素の添加によってもその諸性質が大きく支配され、強く影響を受けることが知られている。通常、例えば、構造用鋼では、O、H、S、Pbなどの元素は有害元素として作用し、これら元素を微量でも含むことにより鋼の靱性や延性などは著しく損なわれる。これに対して、B、C、N、Ce、La、Zr、Hfなどの元素は、有益な微量元素として作用するものとして評価され、各種合金設計において配合され、使われている。
【0003】
これらの元素はそれがppmレベルの極微量の添加であっても、金属の性質は強く影響されることが知られている。有益な元素は添加量が適正にコントロールされることによって、添加前に比し、添加された金属は、靱性、耐食性、高温強度等が格段に改善されうることが知られている。このため、鉄系金属を始め、金属材料一般において、性質改善のため諸元素添加による成分調整が行われている。これによって性質・用途が特化された各種鋼種、各種合金が数多く開発されていることは周知の事実である。
【0004】
このような有益元素が添加され、用途・性質が特化された各種鋼種、各種合金は、設計された成分組成の金属混合物を溶融し、均一に溶製されて製造される。しかし、このような溶融法による調製は、そのために材料を溶融しなければならずエネルギーを要し、コストがかかる。このため、既存の入手しえる金属材料によって構造物を設計し、設計後、その必要箇所にB、C等の元素を拡散・注入し、事後的、部分的に改質することが提案され、行われている。このような部分的改質法としては、いわゆる表面処理による元素の拡散・注入法や溶射による元素の拡散・注入法が知られている。
【0005】
前者の、いわゆる表面処理による元素の拡散・注入法としては、特定の密閉された加熱炉内において、例えばB等の添加元素を含むガス雰囲気中で加熱するガス拡散加熱法、あ
るいは、添加元素を含む粉末中に埋めて加熱する粉末法、さらには、溶融塩中に浸漬して加熱する塩浴法等が知られている。これらの材料表面を元素を含む材料と接触処理することによる元素の拡散・注入方法は、被処理金属部材を650〜1050℃の高温度に加熱することにより行われる。
【0006】
そのため、この手法による添加元素は、接触する表層部に集中的に拡散・注入される。この方法は、合金組成の原子比を微量に調整し、制御することは難しく、高精度な材料設計には不適であり、困難であった。この手法の典型的な適用例としては、表面にホウ素を注入することによって専ら表面を硬化させることを意図する改質操作に限定されている。すなわち、表面硬化処理には適しているが、それ以外の目的、例えば、靱性や高温強度等の性質改善には適していない。そのため、有益元素を局部的に注入し、意図する物性をもった材料設計、合金設計を可能とし得るところまでには至っていない。また、この方法は、特定の加熱炉内で実施するほかはなく現場での「その場注入」には適していない。
【0007】
後者の、いわゆる溶射法による元素の拡散・注入は、燃焼ガス、レーザ、高周波誘導プ
ラズマを熱源として、皮膜形成材料を溶融し、材料表面に皮膜材料を形成し、有益元素は皮膜から金属材料表面へと接触界面から拡散・注入される。しかしこの手法によって得られた有益元素を含む金属材料皮膜は、皮膜自体が酸化反応等によって変質されやすく、また気泡の巻き込みによる気孔が生じていることが多く、しかも下地母材との密着性が極めて悪い。そのため、接触界面の状態は、皮膜から金属部材への拡散・注入するには適した手法であるとはいえず、拡散・注入する元素の量を高精度に制御し、意図する材料設計、合金化設計を可能とするところまでには至っていない。そしてまた、この方法も、現場での「その場注入」に適していない。
【0008】
さらに、最近の特許文献には、特に火力発電所のプラントの延命策としてモリブデン鋼、クロムーモリブデン鋼、クロムーモリブデンーバナジウム鋼、モリブデンーバナジウム鋼、クロムーモリブデンータングステン鋼、等各種高温耐熱金属からなるボイラー管や関係するプラントにおける溶接熱影響部を対象とし、そのクリープ強度、疲労強度を改質するため、該当箇所にBC等ホウ素化合物粉末を塗布するか、あるいは、ホウ化鉄FeBからなるワイヤをプラズマ溶射して、B元素を含む皮膜を形成し、次いで加熱することによってB元素を拡散浸透させる工程とからなる改質法が記載されている(例えば、特許文献1を参照のこと)。
【0009】
しかし、この特許文献に記載の提案による改質方法における皮膜形成方法においても、その皮膜形成法は上記したとおり塗布法あるいは溶射法によるものにすぎない。したがって、これらは基本的には従来法の域を出ない。そして、拡散するためには、加熱工程が必須であり、しかも形成された皮膜自体には、下地保護層としてしての機能は期待することが出来ない。すなわち、塗布法によると、皮膜が脱落するおそれがある。また、ワイヤのプラズマ溶射等による高温溶融による溶射法によると、材料が変質されやすい欠点が生じることは否めず、従来技術でも紹介したような好ましくない現象がきたし、皮膜自体にも問題が内在し、良好な状態の皮膜は形成されがたい。
【特許文献1】特開2004−91832号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
以上述べたように、従来の元素注入による改質法は、特定の成分元素に限定され、しかも特定目的に限定されて行われているにすぎず、そこには、均質な合金化を狙いとするような汎用性に富んだ、各種材質設計に利用しうる基本的改質操作として適している手法とはいえなかった。本発明は、これを可能とする皮膜形成法を提供しようというものである。これによって、必要箇所に対して有益な元素または金属を、それほど高い温度域に加熱しなくても制御された有効量だけ、微量のコントロールで注入し、拡散することを可能とし、これによって、金属部材の部分的改質、多様な目的の改質を図るための優れた金属皮膜形成法を提供しようというものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
そのため本発明者らにおいては、鋭意研究した結果、有益元素を含んでなる塑性変形可能な金属粒子を超音速に加速して、常温から300〜500℃の比較的温度の低い低中温の温度で金属部材に衝突させ、金属部材表面に有益元素を含む金属被膜を形成することによって、皮膜から金属部材に有益元素が拡散・注入され、これによって皮膜が形成された領域部分が合金化され、改質され得ることを見いだしたものである。
本発明は、この知見に基づいてなされたものであり、その構成は、以下(1)〜(9)に記載の通りである。
(1)拡散・注入しようとする有益元素を含む塑性変形可能な金属粒子を、超高速に加速して常温から300〜500℃の比較的低い低中温域で金属部材表面に衝突させ、該金属部材表面に有益合金元素を含む金属皮膜を形成し、有益元素を表面拡散させることを特徴
とする、有益元素を拡散・注入するのに適用される金属皮膜形成方法。
(2)前記処理される金属部材が実使用されている金属部材であり、実使用されている現場で、その場注入によって実施されることを特徴とする、(1)に記載する有益元素を拡散・注入するのに適用される金属皮膜形成方法。
(3)前記拡散・注入し得る有益元素が、C、N、B、Ce、La、Zr、Hf、Ti、Nb、Moからなる群から選ばれる1種又は2種以上の元素であることを特徴とする、(1)または(2)に記載する有益元素を拡散・注入するのに適用される金属皮膜形成方法。
(4)前記塑性変形可能な金属粒子が、高温用耐熱性金属材料からなる粒子であり、粒径が1〜100μmであることを特徴とした、(1)ないし(3)の何れか1項に記載する有益元素を拡散・注入するのに適用される金属皮膜形成方法。
(5)前記金属粒子に対して含まれる有益元素がB元素であり、0.01〜1重量%含んでいることを特徴とする、(4)項に記載する有益元素を拡散・注入するのに適用される金属皮膜形成方法。
(6)前記元素が注入される金属部材が、炭素鋼、低合金鋼、オーステナイト鋼の何れかより選ばれる金属部材であることを特徴とする、(1)ないし(5)の何れか1項に記載する有益元素を拡散・注入するのに適用される金属皮膜形成方法。
(7)前記金属皮膜を形成後、金属皮膜が形成された金属部材を加熱して、有益元素を内部深度に拡散浸透させる工程を含むことを特徴とする、(1)ないし(6)の何れか1項に記載する有益元素を拡散・注入するのに適用される金属皮膜形成方法。
(8)前記加熱が、その金属材料が炭素鋼ないし低合金鋼の場合、500〜750℃の温度範囲で、また、その金属材料がオーステナイトステンレス鋼の場合、650〜900℃で行われることを特徴とする、(1)ないし(8)の何れか1項に記載する有益元素を拡散・注入するのに適用される金属皮膜形成方法。
(9)前記実使用されている装置・プラントが、融点温度Tm(絶対温度)の1/3以上の温度で操業されている場合、使用温度により有益元素を皮膜から金属部材に拡散浸透することを特徴とする、(1)ないし(6)のいずれか1項に記載する有益元素を拡散・注入するのに適用される金属皮膜形成方法。
【0012】
この発明は、実施に際しては、あらかじめ処理される金属部材は清浄化され、新鮮な金属地が確保されていることが望ましい。また、金属粒子を衝突させる際、金属粒子あるいは金属部材は、操作温度で溶融され、あるいは気泡の巻き込み、空気等との接触による化学反応、熱履歴等による変質が生じないようにすることが望ましい。そのため、皮膜を形成する金属粒子あるいは金属部材の設定温度は、金属の状態が変化しない常温から500℃までの中低温度の温度範囲に設定する程度でよい。しかしながら、既に金属部材が実使用によって、この温度以上の温度に達している場合、変質が生じない範囲で実使用温度でも実施することができる。ただし、変質については注意を払うことが求められる。
【0013】
超音速で照射される金属粒子は、衝突された瞬間に変形され、金属部材表面に薄い金属皮膜となって堆積する。堆積と同時に金属部材と接触している界面から、金属部材側に有益元素が表面拡散される。しかし、拡散・注入の度合いは、有益元素によっても、また、金属部材材質によっても異なるので、衝突による金属皮膜が形成された後、加熱工程を付加し、これによって拡散・注入を調整、制御することが望ましい。加熱工程の加熱温度条件は、炭素鋼、低合金鋼の場合、500〜750℃、オーステナイトステンレスの場合、650〜900℃の温度を目安として実施するのが好ましい。
【発明の効果】
【0014】
本発明による元素の拡散・注入に適用される金属皮膜形成方法は、拡散・注入しようとする有益元素を含む塑性変形可能な金属微粒子を調製し、これを使用して常温、あるいは300〜500℃の温度で超音速に加速して、処理される金属部材に衝突させ、任意の領
域に金属粒子の組成変形による皮膜を形成させるものであることから、金属粒子は、温度や、気体との接触等によっては変質せず、気泡の巻き込みや、化学反応による変質、高熱処理による熱影響といった問題がなく、金属部材表面に清浄な金属皮膜が密着して形成されうる。そのため、皮膜形成後、接触界面を介して有益元素の拡散・注入が容易に行うことが出来る。
【0015】
拡散工程は、金属粒子が衝突して金属皮膜が形成された後、衝突エネルギーによって有益元素が接触界面から下地層である金属部材表面に表面拡散されうる。次いで、後熱処理によって内部深度に拡散浸透されうる。したがって拡散工程は、最初の段階の表面拡散、後熱処理による拡散浸透の2段階工程によって操作されうる。
【0016】
その使用される金属粒子の材質は、高温用耐熱合金を選択することが出来るので、この金属粒子によって形成された金属皮膜は熱的にもまた化学的にも安定であり、拡散・注入までの期間、下地層とする金属部材に対しては保護層たり得るものである。これによって、金属皮膜形成工程に対して、その後行われる加熱工程による拡散・注入工程を、任意の時点、任意の場所で、独立して行うことが可能であり得る。典型的には、皮膜形成工程実施後、加熱による拡散工程を実施することなく放置していても問題なく、加熱工程は、必要な時まで行わない態様を含みうる。典型的には、金属皮膜を工場で実施し、現場に運んで操業し、操業温度で拡散・注入することが可能となり得、この態様を含みうるものである。
【0017】
本発明の方法によって得られた皮膜は、総じて、清浄であり、密着性がよく、微量元素を拡散・注入するには最適である。しかも現場においてその場形成が可能である。各種装置やプラントに対してその設置現場にて直ちに適用することが出来、極めて実効性に富んだ応用範囲の広い技術である。すなわち、本発明の皮膜形成方法は、低コストで装置も簡便であり、現場での作業が容易であるので、応用性や経済性に優れる。この方法により、応力集中部、溶接部などの他より早期に劣化する部位にのみに寿命を大幅に延長させるB等の有益元素を注入できれば、新規の各種プラントの経済性・信頼性を向上させ、また、経年劣化したプラントの寿命も大幅に延長化できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、本発明を図面および実施例に基づいて具体的に説明する。但し、これらは、あくまでも本発明を容易に理解するための一助として開示するものであり、本発明はこれに限定されることはない。
【0019】
実施例1;
B元素の拡散・注入を行うための皮膜形成用B元素含有金属粒子は、Bを0.21重量%含む、Ni基−B合金浴を調製し、アトマイズ法により粉体化して作製した。得られた合金粒子は、平均粒径23.09μmの合金粉であった。ここでNiを基とする材料を設定した理由は、Niは塑性変形し易く、高温でも安定であるので、これを金属粒子の母材とした。図1は、このBを含むNiを基とする合金の粉末を走査型電子顕微鏡によって観察した写真である。この図からも明らかなように、作製された合金粒子の形状は、すこし楕円化しているものも認められるが、全体的にはほぼ球状である。大きさのばらつきもそれほどなく比較的一様であり、単分散性に富んだ粉末であった。
【0020】
次いで、このNi−B合金粉末を、Nガスにより、ノズルから超音速流で、SUS304鋼および21/4Cr−1Mo鋼表面にそれぞれ衝突させ、成膜化させた。各鋼板試料の大きさは、21/4Cr−1Mo鋼については、30×30×8mmtで、SUS304鋼については、20mmφ×3mmtで、各10個についてその表面に皮膜を形成した。設定するガス圧等のキーポイントなる最適条件はあらかじめダミー試料を使用して調
べた。その結果、得られた最適な皮膜形成条件は、表1に示すとおりであった。
【表1】

【0021】
前記合金粉末を表1に示す条件で各鋼板試料に衝突させた。
図2は、SUS304鋼表面に形成されたNi−B合金皮膜を示す。皮膜は鋼板表面に密着して形成され、接触界面の変質に伴う乱れもなく、この図からもBは、接合界面を通して容易に拡散できると判断されうる。また、気孔や粗大な反応生成物などは全くなく、清浄な皮膜であった。皮膜の平均の厚さは、21/4Cr−1Mo鋼では、110μmで、SUS304鋼では141μmであった。
【0022】
実施例2;
この実施例は、実施例1における皮膜形成工程に続き、加熱処理工程を付加させたものである。すなわち、皮膜形成後のSUS304鋼および21/4Cr−1Mo鋼の試料をそれぞれAr雰囲気中で加熱し、B元素の試料中への拡散・注入処理を行った。表2に加熱による拡散・注入条件を示す。
【表2】

【0023】
B元素拡散・注入処理後、B元素の試料中への拡散・注入状況を視覚的に観察するため、飛行時間型二次イオン質量分析計(TOF−SIMS/ULVAC・PHITRIFTII)を用いて観察測定した。図3は、その観察図であり、Ni−B合金皮膜が形成された
SUS304鋼を、750℃、100時間加熱処理した試料の表面(図中(a))と、表面から250μmの部位(図中(b))におけるBの二次イオン分布像を示示している。これによると、表層部においては、Bは網目状に分布しており、SUS304鋼の接合界面から深さ方向にB元素高濃度部が線状に伸びていることが観察される。さらに深い所では、Bがランダムな点状に分布している。深さ250μmの部位のBの二次イオン分布像は、ランダムな点状に分布しているものの、その密度はかなり疎なものとなっていることが観察された。これらの図(写真)から、B元素は、SUS304鋼中に表層部では結晶粒界を通り粗大なボライドを形成しつつ深さ方向に拡散し、さらに深い内部では、点状にボライドを形成していると思われる。
【0024】
上記したように二次イオン質量分析計により、Bがかなりの深さまで、拡散・注入され
ていることが分かったが、有益元素として効果をもたらす固溶B量に関する情報が得られないので、Bの定量計測が可能なレーザICP質量分析法(LA−ICP−MS)による高精度・局所分析を行って、深さ方向のBの拡散・注入量を定量的に求めた。ICP質量分析計は、Perkin Elmer Elan6000(四重極)型で、高周波出力は、40.68MHz、1kWである。レーザアブレーションは、Nd−YAG固定レーザを用いた。レーザのスポットサイズは100μmである。
【0025】
図4にレーザアブレーションした表面からの計測位置とイオン質量分析計で計測されたBのイオン強度との関係を示す。図中にNi−B合金皮膜のないSUS304鋼素材の加熱材のデータも比較のため示した。
【0026】
その結果、Ni−B合金皮膜が形成されていない比較試料では、Bイオン強度は当然のことながら、加熱処理による変化や深さ方向の変化はなく、低レベルのままである。それに対し、Ni−B皮膜形成材の加熱処理した試料は、表層部のBイオン強度が極めて高く、表面からの深さ方向の距離とともに急激に低下する。急激な低下後、平衡に達し、ほぼ一定な値を示すようになる。この一定になるイオン強度は、加熱温度が高くなるほど、また、加熱時間が長くなるほど高い値となる。この一定値が有益元素の効果をもたらすBの固溶量に相当すると考えられる。
【0027】
なお、図5は、Bイオン強度とB含有量との関係を示す検量線である。図4と図5とから、Ni−B合金皮膜を形成したことにより、数mmの深さに数ppmから200ppmのB元素を拡散・注入できることが分かった。B元素は、数ppmの添加でも、その有益な効果を十分発揮するので、本発明のNi−B合金皮膜形成法は、オーステナイトステンレス鋼に対しては、極めて効果的であることが確認された。
【0028】
次に、図6は、21/4Cr−1Mo鋼を対象として行った図4と同様の計測結果である。また、図7は、Bイオン強度とB含有量との関係を示す検量線である。Bの拡散・注入の傾向は、SUS304鋼とほぼ同様の傾向を示した。しかし、21/4Cr−1Mo鋼等のα鉄では、Bの固溶量が少ないため、表面から深い所での拡散・注入量は少ない。それでも、長時間加熱により、300μmの深さの所で、10ppmのBが拡散・注入されているので、21/4Cr−1Mo鋼においても本発明は適用可能であり、有効であると考えられる。
【0029】
以上、開示したように本発明は、比較的低中温でも優れた金属皮膜が形成され、その中に含まれている合金成分、有益成分が拡散、注入され、金属部材を改質し得ることが明らかとなった。この金属皮膜は、専ら有益元素を拡散・注入するのに適用されるものであるが、下地金属に対して極めて良好な金属皮膜が形成されていることから、保護皮膜層としての機能をも有するものであり得る。
実施例においては、比較的に拡散状況を同定しやすい、B元素を指標有益元素として選択したが、その理由は上記したとおりである。本発明は、改質しうる有益元素であれなB元素に限定されない。また、対象金属部材として鉄系金属材料を使用したが、これに限定されるものではない。すなわち、金属部材の材料と、有益元素との組み合わせは、合金化設定しうる各種組み合わせを含みうることを理解すべきである。
【産業上の利用可能性】
【0030】
本発明は、すでに設計された金属部材に対しても、また、設置された現場において、操業を中断することなく、事後的に簡単に改質しうる方法を提示したものであり、極めて実用性に富んだ提案といえ、今後各種プラントにおける補修、延命策として大いに利用され得る。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】実施例で使用した有効元素(B)を含む金属粒子の走査型電子顕微鏡による観察図面。
【図2】図1に示す金属粒子をSUS304鋼表面に衝突させて得られた金属皮膜と接合部の走査型電子顕微鏡による観察図面。
【図3】有益元素(B)の拡散状況を確認するTOF−SEMSによる観察図面。図中(a)は表層部のB分布、(b)は深さ250μmにおけるB分布を示す。
【図4】SUS304鋼表面に金属皮膜形成後、加熱温度、時間による有益元素(B)の拡散状況を、表面からの深さとB量に相当するイオン強度によって示した図。図中(a)は750℃加熱、(b)図は850℃加熱の場合を示す。
【図5】B量の標準試料のイオン強度で、B含有量の検量線を示す図。
【図6】21/4Cr−1Mo鋼表面に金属皮膜形成後、加熱温度、時間による有益元素(B)の拡散状況を、表面からの深さとB量に相当するイオン強度によって示した図。図中(a)は575℃加熱、(b)図は675℃加熱の場合を示す。
【図7】B含有量を示す検量線を示す図であり、Bのイオン強度とB濃度との関係を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
拡散・注入しようとする有益元素を含む塑性変形可能な金属粒子を、超高速に加速して常温から300〜500℃の比較的低い低中温域で金属部材表面に衝突させ、該金属部材表面に有益合金元素を含む金属皮膜を形成し、有益元素を表面拡散させることを特徴とする、有益元素を拡散・注入するのに適用される金属皮膜形成方法。
【請求項2】
前記処理される金属部材が実使用されている金属部材であり、実使用されている現場で、その場注入によって実施されることを特徴とする、請求項1に記載する有益元素を拡散・注入するのに適用される金属皮膜形成方法。
【請求項3】
前記拡散・注入し得る有益元素が、C、N、B、Ce、La、Zr、Hf、Ti、Nb、Moからなる群から選ばれる1種又は2種以上の元素であることを特徴とする、請求項1または2に記載する有益元素を拡散・注入するのに適用される金属皮膜形成方法。
【請求項4】
前記塑性変形可能な金属粒子が、高温用耐熱性金属材料からなる粒子であり、粒径が1〜100μmであることを特徴とした、請求項1ないし3の何れか1項に記載する有益元素を拡散・注入するのに適用される金属皮膜形成方法。
【請求項5】
前記金属粒子に含まれる有益元素がB元素であり、0.01〜1重量%含んでいることを特徴とする、請求項4に記載する有益元素を拡散・注入するのに適用される金属皮膜形成方法。
【請求項6】
前記元素が注入される金属部材が、炭素鋼、低合金鋼、オーステナイト鋼の何れかより選ばれる金属部材であることを特徴とする、請求項1ないし5の何れか1項に記載する有益元素を拡散・注入するのに適用される金属皮膜形成方法。
【請求項7】
前記金属皮膜を形成後、金属皮膜が形成された金属部材を加熱して、有益元素を内部深度に拡散浸透させる工程を含むことを特徴とする、請求項1ないし6の何れか1項に記載する有益元素を拡散・注入するのに適用される金属皮膜形成方法。
【請求項8】
前記加熱が、その金属材料が炭素鋼ないし低合金鋼の場合、500〜750℃の温度範囲で、また、その金属材料がオーステナイトステンレス鋼の場合、650〜900℃で行われることを特徴とする、請求項1ないし7の何れか1項に記載する有益元素を拡散・注入するのに適用される金属皮膜形成方法。
【請求項9】
前記実使用されている装置・プラントが、融点温度Tm(絶対温度)の1/3以上の温度で操業されている場合、操業されている温度により有益元素を皮膜から金属部材に拡散浸透することを特徴とする、請求項1ないし6の何れか1項に記載する有益元素を拡散・注入するのに適用される金属皮膜形成方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2007−302964(P2007−302964A)
【公開日】平成19年11月22日(2007.11.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−133469(P2006−133469)
【出願日】平成18年5月12日(2006.5.12)
【出願人】(301023238)独立行政法人物質・材料研究機構 (1,333)
【Fターム(参考)】