説明

析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼と、それを用いた蒸気タービン長翼

【課題】組織の安定性,強度,靭性及び耐食性に優れ、サブゼロ処理を必要としない生産性に優れた析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼と、それを用いた蒸気タービン長翼を提供する。
【解決手段】質量で、0.05%以下のC、0.05%以下のN、10.0%以上14.0%以下のCr、8.5%以上11.5%以下のNi、0.5%以上3.0%以下のMo、1.5%以上2.0%以下のTi、0.25%以上1.00%以下のAl、0.5%以下のSi、1.0%以下のMnを含み、残部がFeおよび不可避不純物からなる析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼。この析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼を用いた蒸気タービン長翼。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、優れた組織の安定性,強度,靭性及び耐食性を備え、サブゼロ処理を必要としない生産性に優れた析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼とそれを適用した蒸気タービン長翼に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、省エネルギー(例えば、化石燃料の節約)および地球温暖化防止(例えば、CO2ガスの発生量抑制)の観点から火力発電プラントの効率向上(例えば、蒸気タービンにおける効率向上)が望まれている。蒸気タービンの効率を向上させる有効な手段の1つとして、蒸気タービン長翼の長大化がある。また、蒸気タービン長翼の長大化は、車室数の低減によって設備建設期間の短縮やそれによるコスト削減という副次的な効果も期待できる。
【0003】
蒸気タービンの信頼性を向上するために機械的性質と耐食性の両方に優れる長翼材が求められている。析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼はCr添加量が多くC添加量が少ないため耐食性に優れるが、強度と靭性のバランスが悪い(例えば特許文献1参照)。
【0004】
高強度化のために析出物形成元素の添加量を増した材料では、マルテンサイト変態終了点(マルテンサイト変態終了温度点)が低いために、均一マルテンサイト組織を得るためにドライアイスで冷却するサブゼロ処理が必須となるなど生産性に問題がある(例えば特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2005−194626号公報
【特許文献2】特開2008−546912号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、組織の安定性,強度,靭性及び耐食性に優れ、サブゼロ処理を必要としない生産性に優れた析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼とそれを用いた蒸気タービン長翼を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼は、質量で、0.05%以下のC、0.05%以下のN、10.0%以上14.0%以下のCr、8.5%以上11.5%以下のNi、0.5%以上3.0%以下のMo、1.5%以上2.0%以下のTi、0.25%以上1.00%以下のAl、0.5%以下のSi、1.0%以下のMnを含み、残部がFeおよび不可避不純物からなることを特徴とする。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、組織の安定性,強度,靭性及び耐食性に優れ、サブゼロ処理を必要としない生産性に優れた析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼及びそれを用いた蒸気タービン長翼を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】合金成分添加量とマルテンサイト変態終了点との関係を示した図である。
【図2】本発明に係る蒸気タービン長翼の一例を示す斜視模式図である。
【図3】本発明に係る低圧段ロータの一例を示す模式図である。
【図4】本発明に係る低圧段タービンの一例を示す模式図である。
【図5】低圧段蒸気タービンを適用した発電プラントを示す模式図である。
【図6】本発明合金に係るパラメータAとマルテンサイト変態終了点の関係を示した図である。
【図7】本発明合金に係るパラメータBとδフェライト析出量の関係を示した図である。
【図8】本発明合金の時効温度と引張強さの関係を示した図である。
【図9】本発明合金の時効温度とシャルピー衝撃吸収エネルギーの関係を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明に係る析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼に含まれる成分元素の役割と添加量の規定について説明する。
【0011】
以下の説明において、成分元素の添加量は%で表わしている。
【0012】
カーボン(C)は、クロム炭化物を形成し、炭化物の過剰析出による靭性の低下、粒界近傍のCr濃度低下による耐食性の悪化などが問題となる。また、Cはマルテンサイト変態終了温度点を著しく低下させる。このため、Cの量は抑制する必要があり、0.05%以下であることが好ましく0.025%以下であることがより好ましい。
【0013】
窒素(N)は、TiNやAlNを形成して疲労強度を低下させ、靭性にも悪影響を及ぼす。また、Nはマルテンサイト変態終了温度点を著しく低下させる。このため、Nの量は抑制する必要があり、0.05%以下であることが好ましく0.025%以下であることがより好ましい。
【0014】
クロム(Cr)は、表面に不動態被膜を形成することで耐食性向上に寄与する元素である。添加の下限を10.0%とすることで耐食性を十分に確保できる。一方で、Crを過剰に添加するとδフェライトが形成し機械的性質及び耐食性を著しく悪化させるので、上限を14.0%とした。以上から、Crの添加量は10.0〜14.0%とする必要がある。11.0〜13.0%が望ましく、特に11.5〜12.5%が好ましい。
【0015】
ニッケル(Ni)は、δフェライトの形成を抑制し、またNi−TiおよびNi−Al化合物の析出硬化により、強度の向上に寄与する元素である。また、焼入れ性,靭性も改善する。上記の効果を十分にするためには、添加の下限を10.0%とする必要がある。
一方、添加量が13.0%を超えると、残留オーステナイトが析出し目標とする引張特性が得られない。以上の点から、Niの添加量は10.0〜13.0%とする必要がある。11.0〜12.0%がより望ましく、特に11.25〜11.75%がより好ましい。
【0016】
モリブデン(Mo)は、耐食性を向上させる元素である。目標の耐食性を得るためには、少なくとも0.5%の添加が必要であり、一方添加量が3.0%を超えると、δフェライトの形成を助長し却って特性を悪化させる。以上の点から、Moの添加量は0.5〜3.0%とする必要がある。1.0〜2.5%がより望ましく、特に1.5〜2.0%が好ましい。
【0017】
チタン(Ti)はNi−Ti化合物を形成し析出硬化に寄与する。上記の効果を十分に得るためには、添加の下限を1.5%以上とする必要がある。Tiを過剰に添加した場合、析出より靭性が低下するので上限を2.0%とした。このため、Tiの添加量は1.5〜2.0%とする必要がある。1.65〜1.85%がより望ましく、特に1.7〜1.8%が好ましい。
【0018】
アルミニウム(Al)は、Ni−Al化合物を形成し析出硬化に寄与する元素である。
析出硬化を十分に発現するためには、少なくとも、0.25%以上添加する必要がある。
添加量が1.0%を超えると、Ni−Al化合物の過剰な析出やδフェライトの形成による機械的性質の低下を引き起こす。以上の点から、Alの添加量は0.25〜1.0%とする必要がある。0.3〜0.9%がより望ましく、特に0.4〜0.8%が好ましい。
【0019】
シリコン(Si)は脱酸剤であり0.5%以下とするのが好ましい。0.5%を超えるとδフェライトの析出が問題となるためである。0.25%以下がより望ましく、0.1%以下が特に好ましい。カーボン真空脱酸法、及びエレクトロスラグ溶解法を適用すればSiの添加を省くことが可能である。その場合はSiを無添加とするのが好ましい。
【0020】
マンガン(Mn)は脱酸剤及び脱硫剤であり、またδフェライトの形成を抑制するために少なくとも0.1%以上の添加が必要である。一方、1.0%を超えると靭性が低下するため、Mnの添加量は0.1〜1.0%添加させる必要がある。0.3〜0.8%がより望ましく、特に0.4〜0.7%が更に好ましい。
【0021】
ニオブ(Nb)は、炭化物を形成して強度の向上に寄与する元素である。0.05%より少ないとその効果が不十分で、0.5%以上添加するとδフェライトの形成を助長する。以上の点から、Nbの添加量は0.05〜0.5%とする必要がある。0.1〜0.45%がより望ましく、特に0.2〜0.3%が好ましい。
【0022】
また、バナジウム(V),タンタル(Ta)をNbに置き換えることもできる。Nb,V、及びTaの2種類、または3種類を複合添加する場合、添加量の合計はNb単独添加と同量にする必要がある。これらの元素の添加は必須ではないが、析出硬化をより顕著にする。
【0023】
タングステン(W)はMoと同様に耐食性を向上させる効果がある。Wの添加は必須ではないが、Moとの複合添加により一層この効果を高めることができる。この場合、MoとWの添加量の合計はδフェライトの析出を防ぐためにMo単独添加と同量にする必要がある。
【0024】
コバルト(Co)はδフェライトの形成を抑制し、マルテンサイト組織の安定性を改善させる効果がある。Coの添加量が増加するに従い、残留オーステナイトの析出により目標とする引張特性が得られなくなる。このため、Coの添加量の上限は1.0%とするのが好ましい。
【0025】
レニウム(Re)は、固溶強化により強度を向上するとともに、靭性,耐食性の向上にも寄与する元素である。しかし、Reは非常に高価であるため、コストの面から1.0%を上限とするのが好ましい。
【0026】
本発明における不可避的不純物とは、原料にもともと含まれていた、もしくは製造の過程で混入したなどに起因して本発明に含まれる成分であり、意図的に入れたものではない成分を指す。不可避不純物として、P,S,Sb,Sn、及びAsがあり、このうちの少なくとも一種類が本発明に含まれる。
【0027】
また、P及びSの低減は、引張特性を損なわずに、靭性を向上できるので極力低減することが好ましい。P:0.5%以下,S:0.5%以下とすることが靭性を向上させる観点から好ましい。特に、P:0.1%以下,S:0.1%以下が好ましい。
【0028】
As,Sb、及びSnを低減することで靭性を改善できる。このため、上記の元素を極力低下することが望ましくAs:0.1%以下,Sb:0.1%以下,Sn:0.1%以下が好ましい。特にAs:0.05%以下,Sb:0.05%以下,Sn:0.05%以下が好ましい。
【0029】
上記成分範囲を満足する組成であっても、水冷により均一マルテンサイト組織を得るためには下記のパラメータA,Bを同時に満足する必要がある。
【0030】
A=127.7−4.20Cr%−6.38Ni%−3.09Mo%−2.67Al%
−14.7W%−3.41Mn%−3.57Si%−1.65Co%−2.32Ti %−221.5C%−321.4N%≧2.5
B=(Cr%+2.2Si%+1.1Mo%+0.6W%+4.3Al%+2.1Ti% )/(Ni%+31.2C%+0.5Mn%+27N%+1.1Co%)≦2.0 Aはマルテンサイト変態終了温度点に係るパラメータで、図1に示すように、12Cr−11Ni鋼をベースに本発明鋼の各元素がマルテンサイト変態終了温度に与える影響を実験的に評価することで係数を決定した。また、この試験の結果、合金元素の全てがマルテンサイト変態終了温度を低下させる傾向にあり、特にCとNで顕著だった。マルテンサイト変態終了温度が25℃以上であることを実現させるには、本発明鋼の成分範囲内において、パラメータAが2.5以上となる組成であることが好ましい。
【0031】
Bはマルテンサイト組織の安定性に係るパラメータである。完全マルテンサイト組織を得るためには、本発明鋼の成分範囲内において、パラメータBが2.0以下であることが好ましい。このとき、組織中に含有されているδフェライトは、後述する925℃〜1025℃の範囲で行う溶体化処理によって分解される。なお、ここでいう均一マルテンサイト組織とは、組織中のδフェライト,残留オーステナイトが1.0%以下であることを指す。δフェライト,残留オーステナイトの析出に伴い引張強さなどの特性が低下するので、安全面の観点からこれらの析出許容量は1.0%以下とした。
【0032】
以上により、パラメータAが2.5以上、パラメータBが2.0以下を満足する成分範囲を選択することで、高強度,高靭性および高耐食性を有し、水冷により均一マルテンサイト組織となる合金を得ることができる。
【0033】
次に、本発明の熱処理について説明する。
【0034】
本発明では、925〜1025℃、望ましくは950〜1000℃で加熱保持後急冷する溶体化処理を行う必要がある。本発明における溶体化処理とは、析出物の形成に関わるAlやTiなどの成分を組織中に溶かし込むと同時にマルテンサイト組織を得るための熱処理を指す。また、この過程において、先述したように、組織中に含有されているδフェライトは分解される。溶体化処理に続き、500〜600℃で加熱保持後徐冷する時効処理を行う必要がある。本発明における時効処理とは、溶体化処理を施した後に行うNi−Al,Ni−Ti化合物などを組織中に微細析出させることで優れた強度を得るための熱処理を指す。
【0035】
本発明合金の蒸気タービン長翼への適用について説明する。成形加工,曲がり取りの作業は時効処理後に行うこともできるが、Ni−Al,Ni−Ti化合物などが析出していない溶体化処理直後にこれらの作業を行えば、切削性が良いために高い作業効率が期待できる。
【0036】
本発明合金を適用した蒸気タービン長翼は、Co系合金のステライトをTIG溶接によって翼先端部に接合することができる。これは、結露した高速の蒸気が衝突することによって翼が損傷するエロージョンから蒸気タービン長翼を保護するための手段である。TIG溶接後には、割れの原因となる残留応力を除去するためにSR(Stress Relief)処理を550℃〜575℃、望ましくは560℃〜570℃で行う必要がある。その他のステライトの取り付け手段として、銀ロウ付けや、プラズマトランスファーアークによる肉盛溶接などがある。エロージョンから蒸気タービン長翼を保護するための他の手段として、窒化などにより表面改質をすることもできる。また、本発明合金はある程度の耐エロージョン性を有するので、エロージョンが厳しくない状況下であれば、上記したエロージョン対策を省略しても構わない。
【0037】
図2は本発明合金を適用した蒸気タービン長翼10である。長翼は、蒸気を受ける翼プロファイル部1,ロータに翼を植え込む翼根部2、捩りによって隣接する翼と一体化するためのスタブ4,コンティニュアスカバー5から構成される。この蒸気タービン長翼は翼根部が逆クリスマスツリー形状のアキシャルエントリータイプである。また、エロージョンシールド3の一例としてステライト板が接合されている。
【0038】
図3は本発明の長翼を適用した低圧段ロータ20を示す。この低圧段ロータは複流構造のものであり、長翼は左右対称に長翼植込み部21に複数段にわたって設置される。前述した長翼は最終段に設置されるものである。
【0039】
図4は本発明の低圧段ロータを適用した低圧段蒸気タービン30を示す。蒸気タービン長翼31は、ノズル32によって導かれる蒸気を受けることで回転する。ロータは軸受け33によって支持される。
【0040】
図5は本発明の低圧段蒸気タービンを適用した発電プラント40である。ボイラ41で発生した高温高圧蒸気は高圧段タービン42で仕事をした後、ボイラで再加熱される。再加熱された蒸気は中圧段タービン43で仕事をした後、更に低圧段タービン44で仕事をする。蒸気タービンで発生した仕事は、発電機45で電力に変えられる。低圧段タービンを出た蒸気は、復水器46に導かれる。
【0041】
以下、実施例を説明する。
〔実施例〕
【実施例1】
【0042】
本発明に係る析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼の化学組成と、引張強さ,0.02%耐力,シャルピー衝撃吸収エネルギー,孔食電位,ミクロ組織観察およびマルテンサイト変態終了点の関係性を評価するために、供試材を作製した。表1に、各供試材の化学組成を示す。
【0043】
はじめに、表1に示す組成となるように、高周波真空溶解炉(5.0×10-3Pa以下,1600℃以上)を用いて原料を溶解した。得られた鋳塊に対して、プレス鍛造機およびハンマ鍛造機を用いて熱間鍛造を行い、幅×厚さ×長さ=120mm×30mm×1500mmの角材に成形した。次に、この角材を幅×厚さ×長さ=60mm×30mm×120mmに切断加工してステンレス鋼出発材とした。
【0044】
次に、各ステンレス鋼出発材に対して、ボックス電気炉を用いて種々の熱処理を施した。合金1〜21には、溶体化熱処理として980℃で1時間保持した後に室温の水に浸漬する水急冷を行った。次いで、時効熱処理として510℃で2時間保持した後に室温の大気中に取り出す空冷を行った。
【0045】
上記で得られた各試料に対して、引張強さ,シャルピー衝撃吸収エネルギー,孔食電位,ミクロ組織観察,マルテンサイト変態終了点の評価試験をそれぞれ実施した。各評価試験の概要について説明する。
【0046】
引張強さおよび0.02%耐力の測定は、前記で得られた各試料から試験片(平行部長さ30mm,外径6mm)を用意しJIS Z 2241に準拠して室温で引張試験を行った。引張強さ,0.02%耐力の判定基準は、それぞれ、1200MPa以上,900MPa以上を「合格」とし、その値未満を「不合格」とした。
【0047】
シャルピー衝撃吸収エネルギーの測定は、前記で得られた各試料から2mmのVノッチを有する試験片を用意しJIS Z 2242に準拠して室温でシャルピー衝撃試験を行った。シャルピー衝撃吸収エネルギーの判定基準は、20J以上を「合格」とし、その値未満を「不合格」とした。
【0048】
孔食電位の評価は、前記で得られた各試料から板状の試験片(長さ15mm,幅15mm,厚さ3mm)を用意した。試験液は3.0%NaCl溶液、溶液の温度は30℃、掃員速度は20mV/minの条件で評価を実施した。孔食電位の判定基準は、150mV以上を「合格」とし、その値未満を「不合格」とした。
【0049】
ミクロ組織観察は光学顕微鏡を用いて行った。判定基準は、δフェライト相および残留オーステナイト相の析出量がそれぞれ1.0%以下である均一マルテンサイト組織を有するものを「合格」とした。それ以外を「不合格」とした。δフェライト相および残留オーステナイト相の析出量の測定は、JIS G 0555に記載の点算法に準拠した。
【0050】
マルテンサイト変態終了点の評価は、熱膨張測定により実施した。円柱状の試験片(φ3.0×L10)を用意し、0℃から加熱して行き980℃で30分保持したのちに−100℃まで冷却する温度サイクルとし、加熱および冷却速度は100℃/minで、アルゴン雰囲気下にて評価した。マルテンサイト変態終了点の合格基準は25℃以上とした。
【0051】
各材料の試験結果を表2に示す。
【0052】
本発明に係る合金1〜11は、引張強さ,0.02%耐力およびシャルピー衝撃値の機械的特性も合格であった。さらに、孔食電位も良好な結果が得られた。また、金属組織中にδフェライト相や残留オーステナイト相が確認されず、水冷により均一マルテンサイト組織となっていることが確認された。マルテンサイト変態終了点も25℃以上であり、合格であった。
【0053】
合金12の各成分は規定範囲内であるが、パラメータAが2.5より小さくマルテンサイト変態終了点も25℃以下であり不合格であった。
【0054】
合金13の各成分が規定範囲内であるが、パラメータBが2.0より大きく組織中にδフェライトの析出が1.0%以上観察され不合格であった。また、引張強さ,0.02%耐力も不合格であった。
【0055】
合金14,15は、C量の増加により孔食電位,マルテンサイト変態終了温度が低下する傾向が見られ、両方ともに不合格であった。特に、合金15では組織中に残留オーステナイトの析出が1.0%以上観察されるとともに、引張強さ,0.02%耐力も低く不合格であった。
【0056】
合金16,17は、N量の増加によりシャルピー衝撃吸収エネルギー,マルテンサイト変態終了温度が低下する傾向が見られ、両方ともに不合格であった。特に、合金17では組織中に残留オーステナイトの析出が1.0%以上観察されるとともに、引張強さ,0.02%耐力も著しく低く不合格であった。
【0057】
合金18は、Crの添加量が規定範囲の上限以上であり、δフェライトの析出が1.0%以上観察されるとともに、引張強さ,0.02%耐力およびマルテンサイト変態終了温度が不合格であった。合金19は、Niの添加量が規定範囲の上限以上であり、残留オーステナイトの析出が1.0%以上観察されるとともに、引張強さ,0.02%耐力およびマルテンサイト変態終了温度が不合格であった。
【0058】
合金20は、δフェライトの析出が1.0%以上観察されるとともに、Alの添加量が規定範囲の上限以上であり、シャルピー衝撃吸収エネルギー,マルテンサイト変態終了温度が不合格であった。
【0059】
合金21は、Tiの添加量が規定範囲の上限以上であり、δフェライトの析出が1.0%以上観察されるとともに、シャルピー衝撃吸収エネルギー,マルテンサイト変態終了温度が不合格であった。
【0060】
図6はパラメータAとマルテンサイト変態終了温度の関係を示す。マルテンサイト変態終了温度はパラメータAに対して直線的に増加する傾向にある。発明の目標であるマルテンサイト変態終了点が25℃以上であることを達成するには、パラメータAは2.5以上である必要がある。
【0061】
図7はパラメータBとδフェライト析出量の関係を示す。δフェライト析出量はパラメータBに対して直線的に増加する傾向にある。発明の目標であるδフェライト析出量が1.0%以下であることを達成するには、パラメータBは2.0以下である必要がある。
【0062】
【表1】

【0063】
【表2】

【実施例2】
【0064】
(熱処理条件の検討)
発明鋼1,3,5および7を用いて溶体化熱処理および時効熱処理の熱処理条件の検討を行った。その結果、溶体化温度が1025℃を超えると残留オーステナイト相が過剰となり、引張強さ,0.02%耐力,シャルピー衝撃吸収エネルギー,ミクロ組織が不合格になった。また、溶体化温度が925℃より低い場合は、未固溶な析出物が増加することで微細組織が不均一になるとともに、機械的強度も不合格になった。すなわち、溶体化温度は、925〜1025℃が好ましいことが確認された。950〜1000℃がより好ましい。
【0065】
図8は、引張強さと時効温度との関係を示すグラフであり、図9は、シャルピー衝撃値と時効温度との関係を示すグラフである。図8,図9に示したように、時効温度が600℃を超えると引張強さが不合格になり、時効温度が500℃より低いとシャルピー衝撃吸収エネルギーが不合格になった。すなわち、時効温度は、500〜600℃が好ましいことが確認された。引張強さとシャルピー衝撃吸収エネルギーのバランスの観点から、より好ましくは530〜570℃であり、更に好ましくは540〜560℃である。
【実施例3】
【0066】
本発明合金を用いた蒸気タービン長翼について説明する。本実施形態では、発明材である表1記載の合金1を用いて翼長が48インチのアクシャルエントリー型蒸気タービン長翼を作成した。長翼の作製方法として、まず、5.0×10-3Pa以下の高真空状態で、C+O→COとなる化学反応によって溶鋼を脱酸する真空カーボン脱酸を行った。続いて、鍛伸により電極棒に成形した。この電極棒を溶融スラグに浸漬し電流を流した際に発生するジュール熱で自己溶解させ、水冷鋳型内で凝固させ高品位の鋼塊を得るエレクトロスラグ再溶解を行った。次に、熱間鍛造を行った後に48インチ翼型によって型打ち鍛造を行った。この後に、溶体化処理として、980℃で2.0時間加熱保持後、送風機で急冷する強制冷却した。次に、切削工程を経て所定の形状に加工し、続いて時効処理として550℃で4.0時間加熱保持後、空冷した。最終的な仕上げ加工として、曲がり取りや表面の研磨を行い48インチの長翼とした。
【0067】
以上の工程により得られた蒸気タービン長翼の先端,中央、及び根部から試験片をそれぞれ採取し実施例1と同様の評価試験を行った。採取した試験片の方向は翼の長さ方向である。
【0068】
各部位のミクロ組織は均一マルテンサイト組織であり、残留オーステナイトは観察されず、δフェライトも1.0%以下であった。また、引張強さ,0.02%耐力,シャルピー衝撃値,孔食電位、およびマルテンサイト変態終了温度は採取位置によらず目標を全て満足した。
【産業上の利用可能性】
【0069】
本発明の析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼は、マルテンサイト組織の安定性に優れ、高強度,高靭性及び高耐食性を兼備する析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼であるため蒸気タービン長翼に適用することができる他、ガスタービン圧縮機用の翼などにも適用できる。
【符号の説明】
【0070】
1 翼プロフィール部
2 翼根部
3 エロージョンシールド
4 スタブ
5 シュラウド
10,31 蒸気タービン長翼
20 一体型低圧段タービンロータ
21 蒸気タービン長翼植込み部
30 一体型低圧段タービン
32 ノズル
33 軸受け

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量で、0.05%以下のC、0.05%以下のN、10.0%以上14.0%以下のCr、8.5%以上11.5%以下のNi、0.5%以上3.0%以下のMo、1.5%以上2.0%以下のTi、0.25%以上1.00%以下のAl、0.5%以下のSi、1.0%以下のMnを含み、残部がFeおよび不可避不純物からなることを特徴とする析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼。
【請求項2】
請求項1において、さらに、Nb,V及びTaから選ばれる少なくとも1種を、質量で0.5%以下含むことを特徴とする析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼。
【請求項3】
請求項1または2において、さらに、Wを含み、MoとWの合計量が、Mo単独添加と同量であることを特徴とする析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼。
【請求項4】
請求項1乃至3のいずれかにおいて、質量で、さらにCo:1.0%以下,Re:1.0%以下含むことを特徴とする析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼。
【請求項5】
請求項1乃至4のいずれかにおいて、前記不可避不純物が、S,P,Sb,Sn及びAsから選ばれる少なくとも1種であり、質量で、S:0.5%以下,P:0.5%以下,Sb:0.1%以下,Sn:0.1%以下、及びAs:0.1%以下であることを特徴とする析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼。
【請求項6】
請求項1乃至5のいずれかにおいて、溶体化処理の温度範囲が900〜1000℃であり、時効処理の温度範囲が500〜650℃であることを特徴とする析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼。
【請求項7】
請求項1乃至6のいずれかにおいて、マルテンサイト変態終了温度に係るパラメータAと、マルテンサイト組織の安定性に係るパラメータBの両方を満足することを特徴とする析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼。
パラメータA=127.7−4.20Cr%−6.38Ni%−3.09Mo%−2.67Al%−14.7W%−3.41Mn%−3.57Si%−1.65Co%−2.32Ti%−221.5C%−321.4N%≧2.5、
パラメータB=(Cr%+2.2Si%+1.1Mo%+0.6W%+4.3Al%+2.1Ti%)/(Ni%+31.2C%+0.5Mn%+27N%+1.1Co%)≦2.0
【請求項8】
請求項1乃至7のいずれかに記載の析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼を用いることを特徴とする蒸気タービン長翼。
【請求項9】
請求項8に記載の蒸気タービン長翼を備えたことを特徴とするタービンロータ。
【請求項10】
請求項9に記載のタービンロータを備えたことを特徴とする蒸気タービン。
【請求項11】
請求項10に記載の蒸気タービンを備えたことを特徴とする蒸気タービン発電プラント。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2013−1949(P2013−1949A)
【公開日】平成25年1月7日(2013.1.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−133798(P2011−133798)
【出願日】平成23年6月16日(2011.6.16)
【出願人】(000005108)株式会社日立製作所 (27,607)
【Fターム(参考)】