説明

架橋芳香族高分子電解質膜及びその製造方法

【課題】低含水率で高プロトン伝導性、低メタノール透過性、高耐酸化性、及び優れた機械的特性を有する架橋芳香族高分子電解質膜及びその製造方法を提供する。
【解決手段】芳香族高分子フィルム基材、またはこれにモノマーをグラフト鎖として導入したグラフト芳香族高分子フィルム基材に、電離性放射線照射により架橋構造を付与する。架橋構造を付与した芳香族高分子フィルム基材、及びグラフト芳香族高分子フィルム基材はスルホン化溶液に不溶であるため、これらのフィルム基材を直接スルホン化することで架橋芳香族高分子電解質膜を得ることが可能となる。また、モノマーをグラフト鎖として導入することで、電解質膜の架橋構造およびプロトン伝導性領域のミクロ相分離構造の制御ができるため、低含水率で高プロトン伝導性、低メタノール透過性、高耐酸化性、優れた機械的特性を有する架橋芳香族高分子電解質膜の作製が可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体高分子型燃料電池に適した高分子電解質膜であって、低含水率で高プロトン伝導性、低メタノール透過性、高耐酸化性、及び優れた機械的特性を有する架橋芳香族高分子電解質膜及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
高分子電解質膜を用いた燃料電池は、作動温度が150℃以下と低く、発電効率やエネルギー密度が高いことから、メタノール、水素等を燃料として利用した、携帯機器用電源、家庭向けコージェネレーション電源、燃料電池自動車の電源として期待されている。
【0003】
この燃料電池においては、高分子電解質膜、電極触媒、ガス拡散電極、及び、膜電極接合体などに関する重要な要素技術がある。その中でも、燃料電池として優れた特性を有する高分子電解質膜の開発は最も重要な技術の一つである。
【0004】
固体高分子型燃料電池において、高分子電解質膜は、水素イオン(プロトン)を伝導するためのいわゆる“電解質”として、更に、燃料である水素やメタノールと酸素とを直接混合させないための“隔膜”として作用する。該高分子電解質膜としては、プロトン伝導性が大きいこと、長期間の使用に耐える化学的な安定性、特に、膜の劣化の主因となる水酸化ラジカル等に対する耐性(耐酸化性)が優れていること、電池の動作温度以上での長期間耐熱性があること、プロトン伝導性を高く保持するために膜の保水性が一定で高いこと等が要求される。一方、隔膜としての役割から、膜の機械的な強度や寸法安定性が優れていることや、水素、メタノール及び酸素の透過性が低い性質を有することなどが要求される。
【0005】
固体高分子型燃料電池用の電解質膜としては、デュポン社により開発されたパーフルオロスルホン酸全フッ素系高分子電解質膜「ナフィオン(デュポン社登録商標)」などが一般に用いられてきた。しかしながら、ナフィオン等の従来の全フッ素系高分子電解質膜は、化学的な耐久性や安定性には優れているが、高温低湿度で保水性が不十分で、イオン交換膜の乾燥が生じてプロトン伝導性が低下したり、メタノールを燃料とする場合に膜の膨潤やメタノールのクロスオーバーが起きたりする。
【0006】
また、自動車用電源で必要な100℃を超える作動条件での機械的特性が著しく低下する欠点があった。更に、全フッ素系高分子電解質膜はフッ素系モノマーの合成から出発するために、製造工程が多くなり、したがって高価であり、家庭向けコジェネレーションシステム用電源や燃料電池自動車用電源として実用化する場合の大きな障害になった。
【0007】
そこで、該全フッ素系高分子電解質膜に替わる低コストの高分子電解質膜の開発が活発に進められてきた。例えば、ポリテトラフルオロエチレン、ポリフッ化ビニリデンやエチレン−テトラフルオロエチレン共重合体などのフッ素系高分子フィルム基材にスチレンモノマーをグラフト重合により導入し、次いでスルホン化することにより部分フッ素系高分子電解質膜を作製する試みがなされている(例えば、特許文献1、2参照)。
【0008】
しかし、フッ素系高分子フィルム基材はガラス転移温度が低いため、100℃以上の高温での機械的強度が著しく低下してしまう。また、電解質膜に大きな電流を長時間流すとポリスチレングラフト鎖に導入されたスルホン酸基の脱落が起こり、電解質膜のプロトン伝導性が大幅に低下する。更に、燃料である水素や酸素のクロスオーバーを起こすという欠点があった。
【0009】
一方、低コスト炭化水素系高分子電解質膜として、芳香族高分子電解質膜が提案されている(例えば、特許文献3参照)。芳香族高分子電解質膜は、高温での機械的強度に優れ、メタノール、水素、酸素などの燃料透過性が低いことから、高温での使用が期待されている。
【0010】
該芳香族高分子電解質膜は、エンジニアリングプラスチックに代表される芳香族高分子化合物を濃硫酸、クロロスルホン酸などのスルホン化溶液に溶解させることでスルホン化し、次いでスルホン化した芳香族高分子化合物の溶液をキャスト法により製膜化することで作製する(例えば、特許文献4、5参照)。
【0011】
また、このような芳香族高分子電解質膜は、スルホン酸基が結合した芳香族モノマーから重合反応し、次いで、製膜することでも得られる(例えば、特許文献6、7、8参照)。
【特許文献1】特開2001−348439号公報
【特許文献2】特開2004−246376号公報
【特許文献3】米国特許第5403675号公報
【特許文献4】特表平11−502245号公報
【特許文献5】特開平06−049202号公報
【特許文献6】特開2004−288497号公報
【特許文献7】特開2004−346163号公報
【特許文献8】特開2006−12791号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
芳香族高分子電解質膜は、高温で優れた特性を持つことから、高温での使用が期待されている。しかしながら、特許文献4乃至8に開示された該芳香族高分子電解質膜の作製方法では、芳香族高分子化合物を溶解する目的で大量な強酸を使用するので、スルホン化した化合物を析出するために大量の希釈水を使用するなど複雑な工程が必要である。また、キャスト法による製膜工程においては大量な有機溶媒が必要である。
【0013】
また、このように作製した電解質膜は、架橋構造を持たないため、スルホン酸基の濃度を高くする、又は温度を高くすると、水溶化や、吸水による大きな寸法変化や強度の著しい低下などの問題が生じ、電池作動条件下で電解質膜形状を維持することができる機械的強度を具備していない。
【0014】
更に、スルホン酸基がランダムに芳香族高分子鎖中に存在するため、機械的強度を維持する疎水性層とプロトン伝導を担う電解質層の分離が明瞭でないことから、プロトン伝導性、燃料不透過性や耐酸化性が不十分である。
【0015】
本発明は上記課題に鑑みてなされたものであり、本発明の目的は、水溶化や、吸水による大きな寸法変化や強度の著しい低下などの問題が生じることなく、電池作動条件下で電解質膜形状を維持することができる機械的強度を具備し、更に、プロトン伝導性、燃料不透過性や耐酸化性が十分な芳香族高分子電解質膜を提供することにある。
【0016】
また、複雑な工程が不要で製造コストを著しく低減でき、キャスト法による製膜工程が不要な芳香族高分子電解質膜の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明の架橋芳香族高分子電解質膜は、架橋構造を付与した芳香族高分子フィルム基材の芳香環に、スルホン酸基を導入したことを特徴とする。
【0018】
前記芳香族高分子フィルム基材を、単一重合体、またはその重合体にモノマーをグラフトした構造とすることができる。
【0019】
前記モノマーを、スチレンなどの芳香族ビニル化合物、アクリル酸とその誘導体、アクリルアミド類、ビニルケトン類、アクリロニトリル類、ビニルフッ素系化合物、及び多官能性モノマーからなる群から選ばれる少なくとも1種とすることができる。
【0020】
前記芳香族高分子フィルム基材を、ポリエーテルケトン類、ポリイミド類、ポリスルホン類、ポリエステル類、ポリカーボネート類、ポリフェニレンスルフィド類、ポリベンゾイミダゾール類、又はこれら高分子を含む複合体とすることができる。
【0021】
架橋構造として、多重架橋構造を有するものとすることができる。
【0022】
また、本発明の架橋芳香族高分子電解質膜の製造方法は、芳香族高分子フィルム基材に電離性放射線照射により架橋構造を付与し、次いで、スルホン化処理することにより、架橋芳香族高分子フィルム基材の芳香環にスルホン酸基を導入した架橋芳香族高分子電解質膜を製造することを特徴とする。
【0023】
前記架橋芳香族高分子電解質膜を熱処理することで、多重架橋構造を付与することができる。
【発明の効果】
【0024】
本発明の架橋芳香族高分子電解質膜によれば、低含水率で高プロトン伝導性、低メタノール透過性、高耐酸化性、及び優れた機械的特性を有するものとなる。このため、メタノール、水素などを燃料とした携帯機器、家庭向けコージェネレーションや自動車用の燃料電池に最適な高分子電解質膜を提供することが期待できる。特に、長期使用耐久性が望まれる家庭向けコージェネレーション用や100℃以上の高温使用に耐える自動車用の燃料電池への使用に適したものとなる。
【0025】
また、本発明の架橋芳香族高分子電解質膜の製造方法によれば、芳香族高分子フィルム基材、又はモノマーをグラフトした芳香族高分子フィルム基材に、予め高密度な架橋構造を付与するため、フィルム基材を直接スルホン化溶液中でスルホン化することができる。このため、複雑な廃酸処理・製膜工程を含む従来法に比べ、作製コストが著しく削減できる。また、フィルム基材の広範囲な選択、スルホン化率の制御、グラフト率の制御により、高分子電解質膜のミクロ相分離構造の設計が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
本発明の架橋芳香族高分子電解質膜は、例えば、芳香族高分子フィルム基材、またはその基材にモノマーをグラフト重合したフィルムに、電離性放射線照射により架橋構造を導入した後、架橋したフィルム基材の芳香族高分子鎖及び/又はグラフト鎖中の芳香環に、直接スルホン化反応によりスルホン酸基を導入して作製することができる。以下、詳しく説明する。
【0027】
(芳香族高分子フィルム基材)
本発明で使用することができる芳香族高分子フィルム基材としては、電離性放射線で架橋可能な芳香族高分子フィルム(例えば、ポリエーテルケトン類、ポリイミド類、ポリスルホン類、ポリエステル類、ポリアミド類、ポリカーボネート類、ポリフェニレンスルフィド類、ポリベンゾイミダゾール類などのフィルム)、該芳香族高分子を含む複合フィルム、又はモノマーをグラフトしたグラフトフィルムであれば、特に限定されない。芳香族高分子フィルム基材は、その中に含まれる芳香環のスルホン化反応によるプロトン伝導性スルホン酸基導入により、プロトン伝導性を持つ高分子電解質膜への変換が可能である。
【0028】
該ポリエーテルケトン類としては、モノマーグラフト重合および電離性放射線架橋ができ、得られた架橋芳香族高分子電解質膜が低含水率で高プロトン伝導性、低メタノール透過性、高耐酸化性、優れた機械的特性を示すことから、ポリエーテルエーテルケトンなどが好ましい。
【0029】
該ポリイミド類としては、モノマーグラフト重合および電離性放射線架橋ができ、得られた架橋芳香族高分子電解質膜が低含水率で高プロトン伝導性、低メタノール透過性、高耐酸化性、優れた機械的特性を示すことから、ポリエーテルイミドが好ましい。
【0030】
該ポリスルホン類としては、モノマーグラフト重合および電離性放射線架橋ができ、得られた架橋芳香族高分子電解質膜が低含水率で高プロトン伝導性、低メタノール透過性、高耐酸化性、優れた機械的特性を示すことから、ポリスルホンが好ましい。
【0031】
該ポリエステルとしては、モノマーグラフト重合および電離性放射線架橋ができ、得られた架橋芳香族高分子電解質膜が低含水率で高プロトン伝導性、低メタノール透過性、高耐酸化性、優れた機械的特性を示すことから、ポリエチレンナフタレートや液晶性高分子(LCP)が好ましい。
【0032】
(電離性放射線架橋)
本発明において、電離性放射線架橋とは、電離性放射線照射により、芳香族高分子フィルム基材の芳香族高分子鎖同士、芳香族高分子鎖とグラフトした分子鎖、又はグラフトした分子鎖同士、に架橋を導入することである。架橋構造の付与により、芳香族高分子フィルム基材はスルホン化溶液を含むほとんどの溶液及び有機溶媒に不溶となる。その結果、芳香族高分子フィルム基材の形状を保持した状態でスルホン化反応できることから、芳香族高分子フィルム基材を直接電解質膜に変換することが可能となる。更に、架橋構造の付与された芳香族高分子電解質膜は、その含水性が著しく抑制されることから、燃料電池用高分子電解質膜に必要な耐酸化性、機械的強度に優れた性質を示すものとなる。
【0033】
該芳香族高分子フィルム基材、又はモノマーをグラフトした芳香族高分子フィルム基材への架橋構造の付与は、電離性放射線により芳香族高分子鎖上に生成したラジカルなどの活性点間の反応を利用して行う。従って、高分子鎖上にラジカル等の活性種を発生する反応を起こすエネルギー源であれば、電離性放射線は特に制限されるものではない。具体的には、γ線、電子線、イオンビーム、X線などが挙げられる。
【0034】
電離性放射線は、室温〜350℃、真空下、不活性ガス下又は酸素存在下で、芳香族高分子フィルム基材、又はモノマーをグラフトした芳香族高分子フィルム基材に0.5〜200MGyの吸収線量で照射する。これより、架橋構造が付与される。架橋密度の一つの尺度として、該芳香族高分子のゲル化率が挙げられる。ここにゲル化率は、芳香族高分子の良溶媒中における高分子の不溶重量の全重量に対する比率として定義する。
【0035】
本発明において、ゲル化率50%以上であれば、スルホン化反応において芳香族高分子フィルム基材の形状が保持でき、水又は有機溶液中に溶けない架橋芳香族高分子電解質膜が得られる。必要な架橋線量は、芳香族高分子フィルム基材の種類によって異なる。例えば、ポリエーテルエーテルケトンフィルム基材の場合、40MGy以下ではゲル化率50%に達さないため、得られた架橋芳香族高分子電解質膜の機械的強度が低く、燃料電池用電解質膜として使用困難である。また、100MGy以上では得られた電解質膜が脆くなる。従って、ポリエーテルエーテルケトンの場合、40−100MGyの範囲の架橋線量での照射が好ましい。
【0036】
酸素存在下で生成したラジカルは一部過酸化物構造になるため、照射雰囲気は真空下又は不活性ガス下がより好ましい。高温で照射することで電離性放射線架橋を促進することができるため、より低線量で高ゲル化率が達成できる。また、照射したサンプルを80℃以上で熱処理することにより、残留ラジカルが結合し、架橋効果が更に向上する。したがって、真空下、80〜250℃で2〜24時間の熱処理がより好ましい。
【0037】
(グラフト重合するモノマー)
本発明において、芳香族高分子フィルム基材にグラフト重合するモノマーとしては、得られたグラフト芳香族高分子フィルム中でグラフト鎖がスルホン化でき、かつグラフト鎖同士が電離性放射線照射により架橋できることから、スチレンなどの芳香族ビニル化合物、アクリル酸とその誘導体、アクリルアミド類、ビニルケトン類、アクリロニトリル類、ビニルフッ素系化合物、又は多官能性モノマーなどが挙げられる。
【0038】
スチレンなどの芳香族ビニル化合物は、下記一般式(A)で表すことができる。
【化1】

(式(A)中、Xは-H、-CH3、-CH2CH3、-OH、-Cl、-F、-Br、又は-Iを示し、Yは-H、-CH3、-CH2CH3、-CH2CH2CH3、-C(CH3)3、-OCH3、-OCH2CH3、-OCH2CH2CH3、-OC(CH3)3、-CH2Cl、-CN、-SO3CH3、-Si(OCH3)3、-Si(OCH2CH3)3、-CH=CH2、-OCH=CH2、-C≡CH、-OH、-Cl、-F、又は-Brを示す。)
【0039】
アクリル酸とその誘導体は、下記一般式(B)で表すことができる。
【化2】

(式(B)中、Xは-H、-CH3、-CH2CH3、-OH、-Cl、-F、-Br、又は-Iを示し、Yは-H、-CH3、-CH2CH3、-CH2CH2CH3、-C(CH3)3、-CH2Cl、-Si(OCH3)3、-Si(OCH2CH3)3、又はベンゼン環を示す。)
【0040】
アクリルアミド類は、下記一般式(C)で表すことができる。
【化3】

(式(C)中、Xは-H、-CH3、-CH2CH3、-OH、-Cl、-F、-Br、又は-Iを示し、Yは-H、-CH3、-CH2CH3、-CH2CH2CH3、-C(CH3)3、-CH2Cl、又はベンゼン環を示す。)
【0041】
ビニルケトン類は、下記一般式(D)で表すことができる。
【化4】

(式(D)中、Xは-H、-CH3、-CH2CH3、-OH、-Cl、-F、-Br、又は-Iを示し、nは1−5の整数である)。
【0042】
ニトリル類としては、アクリロニトリル(CH2=CHCN)及びメタクリロニトリル[CH2=C(CH3)CN]などが挙げられる。
【0043】
ビニルフッ素系化合物としては、CF2=CF-C6H5、CF2=CF-O-(CF2)n-SO2F、CF2=CF-O-CF2-CF(CF3)-O-(CF2)n-SO2F、CF2=CF-SO2F、CF2=CF-O-(CH2)n-X、CH2=CH-O-(CF)n-X、CF2=CF-O-(CF2)n-X、CF2=CF-O-CF2-CF(CF3)-O-(CF2)n-X、CF2=CF-O-(CH2)n-CH3、CH2=CH-O-(CF2)n-CF3、CF2=CF-O-(CF2)n-CF3、CF2=CF-O-CF2-CF(CF3)-O-(CF2)n-CF3などが挙げられる。(これらの式中、nは1−5の整数であり、Xはハロゲン原子、塩素又はフッ素である。)
【0044】
多官能性モノマーとしては、グラフト反応においてグラフト鎖同士に架橋付与できる構造であれば特に限定されない。該多官能性モノマーとしては、ビス(ビニルフェニル)エタン、ジビニルベンゼン、2,4,6−トリアリロキシ−1,3,5−トリアジン(トリアリルシアヌレート)、トリアリル−1,2,4−ベンゼントリカルボキシレート(トリアリルトリメリテート)、ジアリルエーテル、ビス(ビニルフェニル)メタン、ジビニルエーテル、1,5−ヘキサジエン、ブタジエンなどが挙げられる。多官能性モノマーをグラフト重合することで、グラフト鎖の同士の間に架橋構造が付与できる。多官能性モノマーは、モノマー全体中の重量配合比で10%以下用いることが好ましい。10%以上使用すると高分子電解質膜が脆くなる。
【0045】
(グラフト重合)
本発明において、芳香族高分子フィルム基材へのモノマーのグラフト重合は、電離性放射線により、芳香族高分子フィルム基材に生成したラジカルなどのグラフト活性点を利用して行う。グラフト率を制御することによって、次の電離性放射線架橋工程における架橋効果、およびスルホン化工程におけるスルホン化効果を与える。グラフト率は芳香族高分子フィルム基材に対し、好ましくは0〜200重量%であり、より好ましくは0〜80重量%である。200重量%以上だとグラフト芳香族高分子フィルム基材の燃料電池に適する機械的強度が得られない。
【0046】
(スルホン化反応)
本発明においては、芳香族高分子フィルム基材、又はモノマーをグラフトした芳香族高分子フィルム基材に架橋構造を付与したことから、芳香族高分子フィルム基材はスルホン化溶液を含むほとんどの溶液及び有機溶媒に不溶となる。その結果、芳香族高分子フィルム基材の形状を保持した状態でスルホン化反応できる。このため、芳香族高分子フィルム基材から直接燃料電池に適用する優れた性能を持つ架橋芳香族系高分子電解質膜を得ることができる。従って、架橋構造を付与していない芳香族高分子フィルム基材、又はモノマーグラフトした芳香族高分子フィルム基材の場合、反応中に溶解してしまうため使用できなかった濃硫酸、発煙硫酸、及びクロロスルホン酸のハロゲン系有機溶液(ジクロロエタン溶液やクロロホルム溶液)などの使用が可能となる。
【0047】
(イオン交換容量)
高分子電解質膜は、フィルム基材中にスルホン化により導入されたスルホン酸基のプロトン解離性により発現する。そのスルホン酸基量は、1g乾燥電解質膜中にスルホン酸基のミリモル数であるイオン交換容量(単位はmmol/g)として定義する。高分子電解質膜のイオン交換容量はスルホン化条件(スルホン化試薬、溶媒の種類、スルホン化時間、温度)及びグラフト高分子膜のグラフト率によって制御可能である。低含水率で高プロトン伝導性の架橋芳香族高分子電解質膜を作製するには、イオン交換容量は0.5〜3.0mmol/gに調整することが好ましい。更に好ましくは、0.8〜1.6mmol/gである。0.5mmol/g未満では実用的なプロトン伝導性を得ることが困難であり、3.0mmol/gを超えると含水率が大きくなり、機械的な強度が著しく低下する。
【0048】
(多重架橋構造)
スルホン化後の架橋芳香族高分子電解質膜を加熱処理することで、グラフト鎖上に更なる架橋構造が導入できるため、その機械的強度、耐熱性が向上する。下記一般式(E)で表される熱架橋構造を効率的に導入するため、上記加熱処理は、室温〜300℃、0〜24時間が好ましい。熱架橋反応は該芳香族高分子フィルム基材のガラス温度(Tg)〜Tg+50℃の範囲で効率的に進行することから、熱処理条件は、真空下、120〜250℃、1〜12時間が更に好ましい。
【化5】

【0049】
(高分子電解質膜の膜厚)
本発明において、燃料電池用高分子電解質膜の抵抗を下げるため、高分子電解質膜を薄くすることも考えられる。しかし現状では、過度に薄い高分子電解質膜では破損しやすく、膜自体の製作が困難である。したがって、架橋芳香族高分子電解質膜としては、15〜200μmが好ましく、20〜100μmがより好ましい。
【実施例】
【0050】
以下、本発明を実施例及び比較例により説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
各高分子電解質膜の特性として、グラフト率(%)、イオン交換容量(mmol/g)、含水率(%)、プロトン伝導性(S/cm)、メタノール透過性(10-6cm/s)、耐酸化性(重量残存率)、引張強度(MPa)を評価した。各測定値は以下の測定によって求めた。なお、得られた電解質膜の機械的強度が低いため、測定用サンプルが作製できないものについては“測定不能”とした。
【0051】
(1)グラフト率(%)
高分子膜基材を主鎖部、モノマーとのグラフト重合した部分をグラフト鎖部とすると、主鎖部に対するグラフト鎖部の重量比は、次式のグラフト率(Grafting[重量%])として表される。
【0052】
【数1】

【0053】
(2)イオン交換容量(mmol/g)
高分子電解質膜のイオン交換容量(Ion Exchange Capacity, IEC)は次式で表される。
【0054】
【数2】

【0055】
nの測定は、高分子電解質膜を1M硫酸溶液中に50℃で4時間浸漬し、完全にプロトン型(H型)とした後、脱イオン水でpH=6〜7まで洗い、遊離酸を完全に除去後、飽和NaCl水溶液中に24時間浸漬することでイオン交換を行い、プロトンHを遊離し、その後、該電解質膜とその水溶液を0.02M NaOHで中和滴定することで、高分子電解質膜のスルホン酸基量を、プロトンH+量n=0.02V((V:滴定した0.02M NaOHの体積(ml))として求めた。
【0056】
(3)含水率(%)
80℃で、水中で24時間保存のH型の高分子電解質膜を取り出し、即ち表面の水を軽く拭き取った後、含水重量Wwを測定した。この膜を60℃にて16時間、真空乾燥後、重量測定することで高分子電解質膜の乾燥重量Wdを求め、Ww、Wdから次式により含水率を算出した。
【0057】
【数3】

【0058】
(4)プロトン伝導性(S/cm)
室温で、水中で保存のH型の高分子電解質膜を取り出し、即ち両白金電極に挟み、インピーダンスよる膜抵抗を測定した。高分子電解質膜のプロトン伝導性は次式を用いて算出した。
【0059】
【数4】

【0060】
(5)メタノール透過性評価試験
80℃におけるメタノール透過性は、H字型拡散セルを用いた拡散実験により求めた。水側は100mLとし、メタノール側は10M濃度のメタノール水溶液100mLをセルに入れた。電解質膜を挟み込んだH字型セルの透過口は直径2cmの円形である。攪拌しながら80℃に安定させ、一定時間ごとにメタノール濃度を測定した。得られた結果からメタノールの透過性を評価した。
【0061】
【数5】

【0062】
(6)耐酸化性(重量残存率%)
60℃で16時間真空乾燥後の高分子電解質膜の重量をWとし、80℃の3%過酸化水素溶液に24時間した電解質膜の乾燥重量をWとして、次式により耐酸化性を求めた。
【0063】
【数6】

【0064】
(7)機械的強度
高分子電解質膜の機械的強度として、引張強度(MPa)を、室温(約25℃)、湿度50%RHの下、JISK7127に準じ、ダンベル型の試験片を用いて測定した。
【0065】
(実施例1)
6cm×20cmのポリエーテルエーテルケトン(以下、PEEKと略す)フィルム基材(厚25μm)を照射台に固定させ、この状態で、PEEKフィルム基材に1MVの電圧、30mA電子線を50分間で100MGyの線量で照射した。引き続いて、このPEEKフィルム基材を200℃で、24時間真空中で放置した。このように得られた架橋グラフトフィルム基材は濃硫酸中に不溶である。一方、処理しないPEEKフィルム基材は濃硫酸中に速やかに溶解した。架橋したPEEKフィルム基材を0.2Mクロロスルホン酸の1,2−ジクロロエタン溶液中、0℃で24時間放置した後、水洗による加水分解処理を行うことで架橋芳香族高分子電解質膜を得た。本実施例で得られた架橋芳香族高分子電解質膜のイオン交換容量、含水率、プロトン伝導性、メタノール透過性、耐酸化性及び引張強度を表1に示す。
【0066】
【表1】

【0067】
(実施例2)
実施例1と同様の手順にしたがって得られた架橋芳香族高分子電解質膜に、更に180℃、2時間、真空下で熱処理を行うことで、一部のスルホン酸基が反応しスルホン基橋架け構造を有する多重架橋芳香族電解質膜を得た。本実施例で得られた架橋芳香族高分子電解質膜のイオン交換容量、含水率、プロトン伝導性、メタノール透過性、耐酸化性及び引張強度を表1に示す。
【0068】
(実施例3)
2cm×3cmのポリエーテルエーテルケトン(以下、PEEKと略す)フィルム基材(厚25μm)をコック付きのガラス製セパラブル容器に入れて脱気後、ガラス容器内をアルゴンガスで置換した。この状態で、PEEKフィルム基材に60Co線源からのγ線を室温で30kGy照射した。引き続き、このガラス容器中に、アルゴンガスのバブリングにより脱気した50wt%スチレンの1−プロパノール溶液20gを、照射されたPEEKフィルム基材が浸漬するよう添加した。アルゴンガスで置換した後、ガラス容器を密閉し、80℃で24時間放置した。得られたグラフト高分子フィルム基材をクメンで洗浄した。乾燥後のフィルム基材重量から、グラフト率を算出した。上記グラフトフィルム基材を実施例1の同様な条件で電子線架橋、スルホン化を実施し、架橋芳香族高分子電解質膜を得た。本実施例で得られた架橋芳香族高分子電解質膜のグラフト率、イオン交換容量、含水率、プロトン伝導性、メタノール透過性、耐酸化性及び引張強度を表1に示す。
【0069】
(実施例4)
実施例3と同様の手順にしたがって得られた架橋芳香族高分子電解質膜に、更に180℃、2時間、真空下で熱処理を行うことで、一部スルホン酸基が反応しスルホン基橋架け構造を有する多重架橋芳香族電解質膜を得た。本実施例で得られた架橋芳香族高分子電解質膜のグラフト率、イオン交換容量、含水率、プロトン伝導性、メタノール透過性、耐酸化性及び引張強度を表1に示す。
【0070】
(実施例5)
2cm×3cmのポリエーテルイミド(以下、PEIと略す)フィルム基材(厚50μm)をコック付きのガラス製セパラブル容器に入れて脱気後、ガラス容器内をアルゴンガスで置換した。この状態で、PEIフィルム基材に60Co線源からのγ線を室温で30kGy照射した。引き続き、このガラス容器中に、アルゴンガスのバブリングにより脱気した50wt%スチレンの1−プロパノール溶液20gを、照射されたPEIフィルム基材が浸漬するよう添加した。アルゴンガスで置換した後、ガラス容器を密閉し、80℃で24時間放置した。得られたグラフト高分子膜をクメンで洗浄した。乾燥後のフィルム基材重量から、グラフト率を算出した。グラフトPEIフィルム基材を照射台に固定させ、この状態で、1MVの電圧、30mA電子線を10分間で20MGyの線量で照射した。引き続き、0.2Mクロロスルホン酸の1,2−ジクロロエタン溶液中、0℃で24時間放置した後、水洗による加水分解処理を行うことで架橋芳香族高分子電解質膜を得た。得られた架橋芳香族高分子電解質膜を実施例と同じ条件で真空中熱処理を行った。本実施例で得られた架橋芳香族高分子電解質膜のグラフト率、イオン交換容量、含水率、プロトン伝導性、メタノール透過性、耐酸化性及び引張強度を表1に示す。
【0071】
(比較例1)
2cm×3cmのPEEKフィルム基材(25μm)を電離性放射線架橋処理無しで、実施例1と同じスルホン化条件で処理したところ、反応溶液中に完全に溶解し、芳香族高分子電解質膜は得られなかった。
【0072】
(比較例2)
2cm×3cmPEEKフィルム基材(25μm)に実施例3と同じ方法でスチレングラフト鎖を導入したフィルム基材を、電離性放射線架橋処理無しで、実施例3と同じスルホン化条件で処理した。得られた芳香族高分子電解質膜は、機械的な強度が弱く、膜形状の維持が困難だった。本比較例で得られた芳香族高分子電解質膜のグラフト率、イオン交換容量、含水率、プロトン伝導性、メタノール透過性及び耐酸化性を表1に示す。
【0073】
(比較例3)
2cm×3cmPEIフィルム基材(50μm)に実施例5と同じ方法でスチレングラフト鎖を導入したフィルム基材を、電離性放射線架橋処理無しで、実施例3と同じスルホン化条件で処理した。得られた芳香族高分子電解質膜は機械的な強度が弱く、膜形状の維持が困難だった。本比較例で得られた高分子電解質膜のグラフト率、イオン交換容量、含水率、プロトン伝導性、メタノール透過性及び耐酸化性を表1に示す。
【0074】
(比較例4)
現在高分子型燃料電池に最も使用されている全フッ素系高分子電解質膜であるデュポン社製ナフィオン112について、上記条件で測定したイオン交換容量、含水率、プロトン伝導性、メタノール透渦性、耐酸化性及び引張強度を表1に示す。
【0075】
表1の結果より、実施例の高分子電解質膜は、比較例のものと比較して、含水率が低く、プロトン伝導性が良好で、メタノール透過性が低く、耐酸化性が良好で、引張強度も高いことが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0076】
本発明の架橋芳香族高分子電解質膜は、架橋高分子及び芳香族高分子の特性を同時に持つため、低含水率で高プロトン伝導性、低メタノール透過性、高耐酸化性、及び優れた機械的特性を有する電解質膜である。この作製プロセスにおいては、芳香族高分子フィルム基材、又はモノマーをグラフトした芳香族高分子フィルム基材に、予め高密度な架橋構造を付与するため、フィルム基材を直接スルホン化溶液中でスルホン化することができ、複雑な廃酸処理・製膜工程を含む従来法に比べ、作製コストが著しく削減できる。また、フィルム基材の広範囲な選択、スルホン化率の制御、グラフト率の制御により、高分子電解質膜のミクロ相分離構造が設計できることから、メタノール、水素などを燃料とした携帯機器、家庭向けコージェネレーションや自動車用の燃料電池に最適な高分子電解質膜を提供することが期待でき、その経済効果は大きい。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
架橋構造を付与した芳香族高分子フィルム基材の芳香環に、スルホン酸基を導入したことを特徴とする架橋芳香族高分子電解質膜。
【請求項2】
前記芳香族高分子フィルム基材が、単一重合体、またはその重合体にモノマーをグラフトした構造であることを特徴とする請求項1記載の架橋芳香族高分子電解質膜。
【請求項3】
前記モノマーが、芳香族ビニル化合物、アクリル酸とその誘導体、アクリルアミド類、ビニルケトン類、アクリロニトリル類、ビニルフッ素系化合物、及び多官能性モノマーからなる群から選ばれる少なくとも1種であることを特徴とする請求項2記載の架橋芳香族高分子電解質膜。
【請求項4】
前記芳香族高分子フィルム基材が、ポリエーテルケトン類、ポリイミド類、ポリスルホン類、ポリエステル類、ポリカーボネート類、ポリフェニレンスルフィド類、ポリベンゾイミダゾール類、又はこれら高分子を含む複合体からなることを特徴とする請求項1記載の架橋芳香族高分子電解質膜。
【請求項5】
架橋構造として、多重架橋構造を有することを特徴とする請求項1記載の架橋芳香族高分子電解質膜。
【請求項6】
芳香族高分子フィルム基材に電離性放射線照射により架橋構造を付与し、次いで、スルホン化処理することにより、架橋芳香族高分子フィルム基材の芳香環にスルホン酸基を導入した架橋芳香族高分子電解質膜を製造することを特徴とする架橋芳香族高分子電解質膜の製造方法。
【請求項7】
前記架橋芳香族高分子電解質膜を熱処理することで、多重架橋構造を付与することを特徴とする請求項6記載の架橋芳香族高分子電解質膜の製造方法。

【公開番号】特開2008−195748(P2008−195748A)
【公開日】平成20年8月28日(2008.8.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−29223(P2007−29223)
【出願日】平成19年2月8日(2007.2.8)
【出願人】(505374783)独立行政法人 日本原子力研究開発機構 (727)
【Fターム(参考)】