説明

極薄容器用鋼板

【課題】連続鋳造時のスラブ割れを招くことがなく表面性状に優れ、かつ、フランジ加工性に適し高強度かつ高伸びを両立した鋼板およびその製造方法を提供する。
【解決手段】質量%で、 C :0.03〜0.07%、Si:0.02%以下、Mn:0.30〜0.6%、P :0.02%以下、S :0.009%以下、Al:0.02〜0.05%、N :0.006〜0.01%を含有し、
1.72S+1.93N≦0.035なる関係を満足し、残部Feおよび不可避的不純物からなり、圧延方向および圧延方向に直交する板幅方向のうちの少なくとも一方における引張り試験値が、上降伏強度430MPa以上、かつ、全伸び値10%以上であることを特徴とする、フランジ成型性に優れた極薄容器用鋼板およびその製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は主としてぶりきやティンフリースチールなどの表面処理鋼板の原板に使用される製缶用鋼板およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
飲料を内容物とする容器は多様化し、金属、樹脂、紙などの素材が主に使用されている。特に飲料缶と称される金属容器の素材には鉄とアルミニウムが使われており、絞りしごき加工される2ピース缶にはアルミニウム板が、また単純曲げ加工により製造される3ピース缶には鋼板が用いられる。いずれの素材にもコストダウン、軽量化を目的とした厳しいゲージダウン要求があり、コストパフォーマンスに優れた素材のみがシェアを広げている。鋼板はアルミニウムに比べて強度が高く、この特徴を活かしてゲージダウン要求に応えているが、単純なゲージダウン化は缶体強度の低下と破胴、座屈などの製缶不具合を起こすため加工条件、必要缶強度に応じた高強度化がなされている。
【0003】
この高強度化技術には例えば下記特許文献1のように連続焼鈍後の二回目の冷間圧延率を10〜50%で行うダブルレデュース(以下、DRと略記)製法が使われており、硬質なゲージダウン材を安価容易に製造できる技術として広く普及している。一方、DR鋼板は圧延により導入された冷間歪みが材質を支配しており鋼板の加工性劣化および缶加工に伴う熱影響軟化が著しく、フランジ加工のような張出し成型時に割れを生じやすい欠点がある。
【0004】
この問題の解決を図る方法として下記特許文献2および特許文献3に記載の技術などが開示されている。しかしながらこれらの技術もDR率が15%以上に大きくとられており、圧延方向(以下、L方向と略記)の材質に対して板幅方向(以下、C方向と略記)の伸びが低く脆いという異方性の問題を有している。最近の3ピース製缶方法には極薄鋼板をコイルのままで塗装印刷するというコイルコート法があり、この新たな製缶方法はL方向で行われてきたフランジ加工をC方向にて行うため、DR鋼板を使用するとフランジ加工割れが出やすいとの指摘がある。この不具合は強いDR率に由来しており、異方性を弱めるには、例えば下記特許文献4のように成分、熱延条件を制御してN強化を図り、それによって15%以上必要とされたDR率を2〜10%未満に軽減したものや、下記特許文献5のようにN強化にC強化を加え、DR率を15%未満としたものなどが開示されており、これらはDR率減で異方性を緩和しつつ強度を確保できるとした新たな技術である。
【0005】
しかしながら本発明者が検討した結果、低炭素アルミキルド鋼においてNを多量に使う場合、溶鋼の成分バランスが偏ることにより連続鋳造時の熱間延性が低くなる弊害が認められた。特に湾曲部分を有する連続鋳造機では鋳造中に曲げ加工を受けるためスラブ割れが発生しやすいことが明らかとなった。割れを起こしたスラブは一旦常温まで冷却し、機械的ないしは手作業による疵手入れが必要となるため製造工期の遅延および歩留り、エネルギーロスなどの工業生産的な問題が生じる。
【特許文献1】特開昭51−131413号公報
【特許文献2】特開昭58−164752号公報
【特許文献3】特開昭59−89718号公報
【特許文献4】特開平3−249133号公報
【特許文献5】特開平10−110244号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明はかかる従来技術の問題点を解決し、連続鋳造時のスラブ割れを招くことがなく表面性状に優れ、かつ、フランジ加工性に適し高強度かつ高伸びを両立した鋼板およびその製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は熱間延性と製品鋼板の材質の両方に影響する成分因子N、Mn、Sに着目し、その使用範囲を制御することにより熱間延性に優れ、かつ得られた製品鋼板の強度および伸びが優れて高いことを確認して本発明を完成するに至った。
【0008】
本発明は上記知見にもとづき成されたもので、その要旨とするところは特許請求の範囲に記載した通りの下記内容である。
(1)質量%で、 C :0.03〜0.07%、 Si:0.02%以下、 Mn:0.30〜0.6%、P :0.02%以下、 S :0.009%以下、 Al:0.02〜0.05%、N :0.006〜0.01%を含有し、
1.72S+1.93N≦0.035なる関係を満足し、残部Feおよび不可避的不純物からなり、圧延方向および圧延方向に直交する板幅方向のうちの少なくとも一方における引張り試験値が、上降伏強度430MPa以上、かつ、全伸び値10%以上であることを特徴とする、フランジ成型性に優れた極薄容器用鋼板。
(2)鋼板中に固溶するN量が70ppm超であることを特徴とする、(1)に記載のフランジ成型性に優れた極薄容器用鋼板。
(3)鋼板中に固溶するC量が50ppm超であることを特徴とする、(1)または(2)に記載のフランジ成型性に優れた極薄容器用鋼板。
(4)鋼板中に固溶するC量とN量の合計量が70ppm超であることを特徴とする、(1)乃至(3)のいずれか一項に記載のフランジ成型性に優れた極薄容器用鋼板。
(5)(1)に記載の鋼組成からなる連続鋳造鋼片(以下、スラブと略記)を仕上げ出口温度:850〜950℃で熱間圧延した後、500〜650℃の範囲で捲取り、酸洗後、一次圧延率を85〜95%とした冷間圧延を施し、再結晶温度以上となる620〜720℃の温度範囲で15〜60秒のあいだ均熱する連続焼鈍を行い、引き続き二次冷延率1〜10%の調質圧延を施すことを特徴とする、フランジ成型性に優れた極薄容器用鋼板の製造方法。
(6)圧延方向および圧延方向に直交する板幅方向のうちの少なくとも一方における引張り試験値が、上降伏強度430MPa以上、かつ、全伸び値10%以上であることを特徴とする、(5)に記載のフランジ成型性に優れた極薄容器用鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、連続鋳造時のスラブ割れを招くことがなく表面性状に優れ、かつ、フランジ加工性に適し高強度かつ高伸びを両立した鋼板およびその製造方法を提供することができ、産業上有用な著しい効果を奏する。
【0010】
特に連続鋳造時の高温域で析出物が少なくなるようなN、Sバランスにしたことで熱間延性が劣化し難くなっておりスラブ割れがなく表面性状に優れた鋼板が得られる。また本発明のN、SバランスにMn量規制を加えた鋼板は上降伏強度(以下、YPと略す):430MPa以上かつ全伸び:10%以上の高強度、高伸び性が安定して得られる特徴があり、本発明目的の容器向け鋼板として優れた缶強度、良加工性を発揮することは勿論、薄板を加工して利用する例えば建材や自動車用鋼板などさまざまな用途にも活用することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下に本発明を実施するための最良の形態について詳細に説明する。
【0012】
前述のようにNを多量に添加した鋼の場合、溶鋼の成分バランスが偏ることにより連続鋳造時の熱間延性が低くなることがある。特に湾曲部分を有する連続鋳造機では鋳造中に曲げ加工を受けるためスラブ割れが発生する場合がある。
【0013】
このようなスラブ割れの発生原因には鋳型の形状、鋳造時の溶鋼温度、鋳型と溶鋼の間で潤滑の役目を果たすパウダーの粘性、スラブの冷却条件などが関係しているが、Nを多量に添加した鋼の場合には鋳造中の高温(600〜850℃)により結晶粒界に窒化物が析出して鋼を脆化させてしまうメカニズムが支配的である。すなわち高温域における粒界脆化に関与する窒化物量を極力少なくすることがスラブ割れの回避策となる。熱間延性の良し悪しは工業的に大量生産されている割れのない低炭素アルミキルド鋼、すなわちNの添加がなく、かつ特定の硬化元素を増量していない鋼を基準にすることで判別できる(以下、基準鋼と略す)。本発明者は連続鋳造を想定した高温引張り試験を評価手段として基準鋼の温度と絞り率(%)の関係を求めた。それと同時に基準鋼と同等特性を有するようなN添加鋼の成分バランスを鋭意検討した結果、600〜850℃での高温引張り試験結果が基準鋼と同じ絞り率を示すものがあることを見出した。
【0014】
また優れた熱間延性を有するN添加鋼ではN量の限定だけでなくS量の調整も必要であり、N、Sが最適なバランスを有することによりスラブ割れが回避されること、すなわち窒化物(AlN)のみならず硫化物(MnS)量の制御も極めて重要であることを見出したものである。
【0015】
一方、鋼板を高強度化し高伸びを確保するにはC、N利用と適正なDR率の適用が不可欠である。材質を示すテンパー度がT5〜DR8の鋼板にこれらの特性を付与するには、非常に厳密な固溶物量制御が要求される。しかし製造プロセスの負荷、生産効率などを考慮すると厳密な制御は工業生産に不向きなことは明らかである。
【0016】
本発明者は高強度、高伸びに対するC、Nの影響度合いにつき鋭意検討を進めた。その結果、固溶Cが僅かな量変動で材質を大きく変化させることを突き止めた。一方、固溶Nは相対的に材質への影響が小さく、その分安定した強度−伸び特性が得やすいことも同時に知見した。加えて固溶Mnの存在が固溶Cの材質バラツキを抑える上で効果的であることも分かった。すなわち鋼中の固溶N量を最大に利用して高強度、高伸びを確保しつつ固溶Mn増による固溶Cバラツキ弊害を制御していけば極めて安定した材質が工業生産的に得られることを見出したものである。
【0017】
上述のように優れた高強度、高伸びを有する鋼板を得るにはN、Mn量を多くする必要がある。一方、連続鋳造においてはAlN、MnS析出は有害であり、極力抑えてスラブ割れを防止することが重要である。この相反する製造条件を両立するため、AlNとMnSおよびそれらの複合析出物が連続鋳造中に析出しないように1.72S+1.93N≦0.035なる関係を有するように規制した。これにより連続鋳造時にAlNおよびMnSの析出は抑制され、鋼板は割れがたくなり固溶Cのバラツキが抑制されて本発明の目的に合致した高強度、高伸びを有した美麗な鋼板製造が可能となった。下記に本発明の鋼成分、一貫製造条件の構成を示す。鋼成分は質量%である。
<C:0.03〜0.07%>
製缶加工性を良好に保ち、かつ3ピース溶接缶において溶接軟化に起因した応力集中による破壊を回避するにはC量の上下範囲を限定する必要がある。まずC量下限については0.03%未満では鋼組織を均一かつ細粒にし難くなって高強度化に不向きであり、かつ固溶Cが特異的に多くなる。この固溶Cは強度および伸びにバラツキを発生させる原因となるためC量の下限は0.03%とする。一方、C量が0.07%を超えると破壊の起点となりえるパーライトのような第二相や粗大なセメンタイト粒子が析出して、特にゲージダウン化が進んだ鋼板ではフランジ割れ発生の危険性が高まるのでC量の上限は0.07%としなければならない。
<Si:0.02%以下>
Siは食缶として耐食性を劣化させる元素で、過剰に含有させることで介在物を形成しフランジ加工性を劣化させるため上限を0.02%に限定する。なお特に優れた耐食性を必要とする場合には上限を0.01%未満とすることが望ましく、本発明の容器用鋼板には不要な元素であることから下限を定めない。
<Mn:0.30〜0.6%>
Mnは本発明の重要な化学成分である。鋼中のMnは熱延鋼板のS起因の耳割れを防止するために添加されることは当然であるが、本発明においては鋼中に固溶Mnとして多量に存在することが極めて重要である。即ち、Sを固定する以上にMnがある場合、一部の固溶Mnが結晶粒を微細化し、かつ固溶強化によって高強度化に働くとともに固溶Cの硬化能を抑制して強度バラツキを少なくする。この効果を発揮させるMn量の下限は0.30%であり、このような働きは固溶物としての効果のため、S≦0.009%との関係において成立する。より好ましくは0.35以上であるが、Mnを過度に添加することは、高価な合金元素を浪費することにもなるためコストアップによる経済的な制約から0.6%を上限とする。
<P :0.02%以下>
Pは過度に含有すると結晶粒界に偏析しフランジ加工割れの原因になるほか、食缶としての耐食性も劣化させる元素である。従って実用上支障のない上限を0.02%とするが、好ましくは0.01%以下であって、本発明において不要な元素であることから下限を定めない。
<S :0.009%以下>
Sは連続鋳造時にMnSとなって粒界に析出しスラブ割れを起こし、また熱間圧延時には地鉄と結合して低融点化合物を作り、熱間圧延温度で融解して鋼板に割れを起こすなど美麗な鋼板を製造する上で極めて有害である。さらにMnを含む鋼板において含有量に応じて大きなMnS析出物を生成する。このMnSは圧延により圧延方向に長く伸びる性質を有しており、大きい析出物ほど鋼中に広く分散して鋼板の伸びを減少してフランジ加工性を劣化させる。従って高伸びを確保し、加工性を良好に保ち、特に缶胴フランジ部の加工を割れなく容易に進めるにはSは微量であっても存在しないことが望ましく下限は不要である。一方、原料段階から不可避的に混入する元素のため、溶製時に0.009%以下まで低減して本発明の目的が達成可能なS量にする必要がある。このS量を満足すればMnS析出物は極めて少なくなり連続鋳造性、熱間圧延性、製缶におけるフランジ加工での割れ起点になり難くなる利点がある。容器となった後においてもSが極微量であれば耐食性向上に望ましい。
<Al:0.02〜0.05%>
Al量の上限は0.02〜0.05%に限定する。Alが多い場合、連続鋳造時にAlNとなって粒界に析出しスラブ割れを起こし、また熱延捲取りや焼鈍加熱時にAlNの析出サイズが大きくなりフランジ加工の割れ原因となる。さらには固溶N量を減じて高強度鋼板を得る上で不都合となるためである。固溶Nが減る分、強い調質圧延が必要となり従来技術のようなDR圧延が不可避となるためAl量の上限を0.05%に抑える。一方、Alが少ないと溶製時の十分な脱酸が期待できなくなり鋼中に粗大な介在物が増加しフランジ加工割れが多発するようになる。この介在物発生を少なくするためAl量の下限を0.02%とする。なお、材質の安定性という観点から0.02〜0.04%とすることが望ましい。
<N:0.006〜0.01%>
N量は0.006〜0.01%に限定する。Nは本発明の重要な化学成分であって、固溶強化および微細な窒化物による細粒化、析出強化を担う。この複合的な高強度化により調質圧延率が1〜10%まで軽減され、C方向材質の脆化が抑えられる。この効果は0.006%以上の添加により安定して得られるのでN量の下限を0.006%とする。一方、Nが0.01%を越えて添加されると鋼板L、C方向の脆化が認められるようになり鋼板製造および製缶加工作業全般を阻害するのでN量の上限を0.01%とする。尚、確実に鋼板脆化を抑えるには上限を0.0095%にすることが好ましい。
<1.72S+1.93N≦0.035%>
N、Sの最適なバランスによりスラブ割れが効果的に回避される。前述したようにNを多量に添加した鋼の場合、溶鋼の成分バランスが偏ることにより連続鋳造時の熱間延性が低くなる。特に湾曲部分を有する連続鋳造機では鋳造中に曲げ加工を受けるときにスラブ割れが発生しやすい。このようなスラブ割れの発生原因は鋳造中の600〜850℃の温度範囲においてAlN、MnSが結晶粒界に析出して鋼を脆化させてしまうためであり、その総量が質量%において0.035%を超えると顕著である。すなわち窒化物(1.93N%)のみならず硫化物(1.72S%)の量制御において1.72S+1.93N≦0.035(質量%)なる関係を使って析出物上限を規制することは極めて重要である。
<その他の化学成分>
本発明の高強度薄鋼板の成分としては質量%でC:0.03〜0.07%、Si:0.02%以下、Mn:0.30〜0.6%、P:0.02%以下、S:0.009%以下、Al:0.02〜0.05%、N:0.006〜0.01%を含有することが必要であるが、公知の容器用薄鋼板中に一般的に存在する成分元素を含有してもよい。例えばCr:0.10%以下、Cu:0.20%以下、Ni:0.15%以下、Mo:0.05%以下、B:0.0020%以下、Ti、Nb、Zr、Vなどの1種または2種以上を0.3%以下、あるいはCa:0.01%以下などの成分元素を目的に応じて含有させることができる。
<鋼板の全伸び値:10%以上>
2ピース缶、3ピース缶の缶胴部のフランジ加工は張出し成型に分類され、その主要な変形様式は伸び〜伸び変形である。またフランジ先端部の応力状態は缶円周方向のみに引張り応力が働き、缶軸方向の応力はほぼゼロであるため単軸引張り変形に近い歪み状態で表される。即ち、フランジ加工は引張り試験における単軸引張り変形に相当するもので、破断が発生する成型限界は全伸び値で表されると考えられる。一方、缶胴の中でフランジ加工率が高くなるのは小径缶の場合である。その加工率は9%程度とされており、本発明鋼板のように全伸び値が10%以上であれば割れが生じる前にフランジ加工が終了することになる。本発明の成分を有する鋼に高い一次冷延率(冷間圧延による圧延率)と連続焼鈍を組み合わせ、適用すればテンパーT5〜DR8の範囲において10%以上の全伸びを確保することができ、フランジ加工性に優れた高強度薄鋼板を得ることができる。
<製造条件について>
本発明の成分を有するスラブを圧延、熱処理する製造工程は通常の薄板製造プロセスのままで好適である。スラブは連続鋳造後に速やかに熱間圧延挿入するダイレクト圧延でも、一旦常温まで冷却して1100℃以上に再加熱し熱間圧延することも可能であり、その手段を問わない。ただし一次冷延率での高圧下および連続焼鈍による熱処理は細粒強化を進めるために必ず適用されなければならない。
<熱間圧延温度:850〜950℃>
圧延可能な温度に有るスラブを出口温度が850〜950℃で仕上圧延する。850℃下限はA3変態点を確保するためで、変態点以下圧延となった部分の鋼板は軟質化して均一材質が失われ、ひいては一次冷延での破断、形状不良の原因となる。一方、950℃を超えた圧延は著しいスケール生成と圧延ロールの表面劣化を伴うため鋼板にスケール疵を多発させる危険性が極めて高い。
<捲取り温度:500〜650℃>
仕上げ圧延後、500〜650℃の範囲で捲きとる。500℃以上とするのは捲取り後の自己焼鈍により圧延組織の残留がないようにするためで、一次冷延性が向上し連続焼鈍にとって望ましい鋼板形状が得られるためである。一方、650℃以下としたのは、これを越える温度では鋼中に粗大なAlNが析出してフランジ加工性を劣化し、かつ酸洗での脱スケール性にとって好ましくないスケールが生成するためである。自己焼鈍および脱スケール性に配慮した望ましい捲取り温度範囲は500〜630℃である。
<酸洗>
上記の捲取り温度により製造されれば酸洗条件に格別の規制はなく、通常条件としての塩酸または硫酸による酸洗が可能である。
<冷間圧延:85〜95%>
連続焼鈍前に施される冷間圧延を一次冷延として、その範囲を85〜95%とする。この冷延率は一般の冷延鋼板に施される60〜80%に比べて高い値である。本発明のような細粒化を必要とする高強度薄鋼板においては冷延率が高いほど好ましく、その効果は鋼板中に歪みが多量に導入されることで得られる。85%未満ではその効果が不足して再結晶焼鈍後の結晶粒径が粗大になり本発明の鋼板強度が得られないので下限を85%とする。一方、冷延率は高くとるほど細粒化を促進させる効果を有するが、冷間圧延に使用されるタンデム式冷間圧延機には冷延率適用に限界があり、一般に95%を超えると鋼板が破断しやすくなり生産性を害するようになるので上限を95%とする。
<連続焼鈍:620〜720℃>
高強度薄鋼板を2ピース、3ピース缶に適用しフランジ加工などの二次成型が施される場合、優れた二次加工性がなければ割れが生じてしまうため、冷間圧延で生じた硬く脆い圧延組織を完全に無くすことが必須であり、必ず再結晶焼鈍以上で焼鈍しなければならない。前述の一次冷延率85〜95%であれば620℃以上において再結晶組織が確実に得られる。一方、720℃を越える焼鈍を施すと冷却後の鋼板組織に硬い再結晶粒が混在するようになりフランジ加工時に割れ、括れ発生の危険性が増す。また高温による連続焼鈍では鋼板の高温強度が低下することによる炉内絞り、炉内破断の危険性も増す。均熱時間は15〜60秒としたのは15秒未満では600℃焼鈍においても完全な再結晶組織確保に不安があるためで、逆に60秒以上では再結晶後の粒成長が進んで細粒化が困難となるためである。焼鈍後に一旦300〜500℃に冷却しその温度で1〜2分過時効処理することは固溶N量に影響せず固溶Cのみを減らせる効果があり材質バラツキ抑制と二次加工性の向上に好ましい。
<調質圧延:1〜10%>
焼鈍後の調圧率も本発明の重要な製造因子であって、調圧率が1%未満では不均一な調圧による材質バラツキと形状不良およびストレッチャーストレイン模様発生の危険性が高まるので下限を1%とする。一方、調圧率が10%を超えると硬質化とL、C方向の材質異方性が進み、全伸び値10%以上が安定して確保できないため上限を10%とする。また鋼板のテンパー度をT5〜DR8に限定するのは一般に使用される高強度薄鋼板のほとんどがこの強度範囲で製缶されており加工経験が豊富で強度起因による製缶不具合が生じ難いからである。本発明による鋼板は、特に0.20mm以下の板厚の薄い場合にその効果が充分に発揮されるものである。
【実施例1】
【0018】
表1に示す化学成分を含有し残部が鉄および不可避的不純物からなる鋼を実験炉で溶製し、鋼片となし供試材とした。表1において番号Aは基準鋼であり連続鋳造において割れを生じ難い低炭素アルミキルド鋼である。そのN量は不可避的に混入した24ppmでありS量:0.008%、Al量:0.022%である。番号B〜EはN添加鋼である。それぞれの主要成分は番号BがN量:83ppm、S量:0.009%、Al量:0.021%、番号CがN量:99ppm、S量:0.009%、Al量を0.050%に増量したもの、番号DがN量:95ppm、Al量:0.024%、S量は0.016%に増量したもの、番号EがN量:115ppm、Al量:0.051%、S量:0.016%に増量したものである。
【表1】

【0019】
これらの供試材をJIS G 0567に準じた高温引張り試験片となし熱間延性を調査した。熱間延性調査の方法は一旦1100℃に60秒高温加熱した後に試験温度600℃〜850℃に冷却して60秒保持し、歪み速度0.3%/min.にて引張りを行う高温引張り試験とした。
【0020】
高温引張り試験の破断後の絞り率(%)を求めるためJIS G 2241に準じて試験片を測定し、その値を 絞り率(%)=100×(元断面積―絞り後最小断面積)/元断面積なる式に代入して絞り率を算出した。温度と絞り率の関係を図1に示す。
【0021】
基準鋼の番号Aと同様の絞り率パターンを示した試験材番号はB、Cであり、Al量がやや多い番号Cの絞り率は低めに推移しているが、多量Nを有しつつ優れた連続鋳造性を維持している。一方、基準鋼と異なる低い絞り率を示した試験材は番号D、Eであった。番号DはMnS析出が多いことにより絞り率が低下し脆化が進んだと推察され、番号Eは特に絞り率が低く鋼の脆化にAlNとMnSの両析出物が関与したと推察される。以上の結果からNを多く含有する鋼の脆化はSが少ない場合、99ppmまでは認められないがN、Sが多く、1.72S+1.93N>0.035%の場合は脆化が著しく進むと考えられる。
【実施例2】
【0022】
表2に示す化学成分を含有し残部が鉄および不可避的不純物からなる鋼を実験炉で溶製し、鋼塊となし950℃以上の温度にて30mmまで粗圧延し、さらに3.0mmまで熱間圧延し、捲取り温度を600〜730℃に変えて固溶N量を変化させた鋼板を製造した。これを0.3mmまで冷間圧延して700℃塩浴に60秒浸漬して焼鈍した。焼鈍・再結晶後は一旦400℃まで冷却してその温度に120秒保定して常温まで再冷却した固溶Cが少なくなる条件(過時効条件)と700℃から水冷により短時間に常温まで冷却して固溶Cを多くする条件を各試料に施した。最後にこれらの鋼板を20%のDR率にて調質圧延し材質調査を行った。強度、伸びの材質測定にはJIS5号試験片を用いた。固溶C量の測定には横振動法内部摩擦を使用した。固溶N量の測定には臭素エステルによる溶解法を使用した。
【表2】

【0023】
調査結果を図2、図3に示すが、20%調質圧延を施した鋼板において固溶C、固溶Nを多く残したものほど高い伸びが得やすいことが分かる。これは従来は加工硬化により消失していた伸び特性が固溶C、固溶Nの残留によって保存されることを示している。また伸び保存効果は固溶Cと固溶Nでは大きく異なっており、固溶元素量またはその種類により効果に差異がでることが判明した。特に固溶Cの高伸び効果は最大値が70ppm程度のところにあり、その前後では急激に低下している。また強度についても同様に100ppmに最大値があり、その前後は急激に強度が低下するので厳格な量管理がなされないと材質バラツキが出やすいことを示している。
【0024】
ただし固溶Cが多くあってもS量が少なくMn量の多い鋼番号Fでは固溶Nに似た緩やかな材質変化を示しており、Mnとの適度な共存状態があれば固溶N同様の材質制御が可能になると考えられる。鋼番号Fにおいて全伸び5%が得られる固溶C量は50ppm超にあり、これはDR率10%条件に換算すると全伸び10%に相当する。また固溶C50ppm超の引張り強度は650MPaにあり、DR10%に換算すると550MPaのDR8材質に相当する。一方、固溶Nの効果は固溶Cより若干低めであるが同様の高強度高伸び材質を70ppm程度で得ることができる。固溶Nの高伸び、高強度変化は緩やかであり、材質制御が容易でバラツキが生じ難い利点は工業生産的には極めて実用的と考えられる。
【実施例3】
【0025】
上記の実施例1、2により得られた知見をもとに表3に示す化学成分を含有し残部が鉄および不可避的不純物からなる鋼を実機転炉で溶製し、連続鋳造スラブとなし供試材とした。鋳造したスラブを常温まで冷却した後、その表裏側面を目視観察し割れの有無を確認した結果を図4に示す。本発明外の成分を有するスラブには1.72S+1.93N≦0.035%を外れるものが多く含まれており、それらのスラブ表面を詳細に観察するとスラブエッジから60〜100mm部分に軽微な横割れが観察された。横割れのあるスラブをそのまま熱間圧延すると破面にFeOを主成分とするスケール疵が形成され、冷間圧延後の製品にも残留するためスラブ表面を溶削にて手入れした。
【表3】

【0026】
次いで表4に示す熱間圧延、冷間圧延、連続焼鈍を施し、その後にDR率:1〜15%の調質圧延を施し、材質調査用の鋼板を製造した。材質調査は鋼板幅方向の中央部よりJIS 5号引張り試験片をL方向、C方向に切り出し、JIS Z2241に準じてYPと全伸びを測定した。その結果を表5に示す。
【表4】

【表5】

【0027】
特にコイルコート製缶法においてフランジ加工割れが生じやすいとされるC方向伸び値と鋼板固溶Mn量の関係を図5に示した。固溶Mn量は次式にて算出したものである。
【0028】
固溶Mn%=取鍋Mn%−(55/32)×取鍋S% 単位は質量%。
【0029】
図5の本発明のようにMn:0.30%以上かつS:0.009%以下の鋼板では伸び値が全て10%以上を確保している。一方、本発明外の鋼板ではMn量が少なく、かつS量が多い鋼板で伸び値のバラツキが認められ、かつ10%伸びを下回るものが多いことが分かる。
【0030】
なお、表3〜表5のアンダーライン部は本発明の範囲外であることを示す。
【産業上の利用可能性】
【0031】
本発明の技術は容器用鋼板として不可欠な表面疵のない美麗な鋼板を製造する上で極めて優れており、かつ得られた鋼板は430MPa以上のYPと10%以上の伸び値を圧延方向および圧延方向に直交する板幅方向のうちの少なくとも一方に両立している。本発明鋼板はフランジ成型性に優れた極薄容器用鋼板として従来技術では成し得なかった特性を有しており、本発明目的の容器向け鋼板として優れた缶強度、良加工性を発揮することは勿論、薄板を加工して利用する例えば建材や自動車用鋼板などさまざまな用途にも活用することができる有用な材料である。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】連続鋳造を想定した高温引張り試験においてスラブ割れのない基準鋼と同等の温度と絞り率の関係を有するN添加鋼の実例を示す。
【図2】固溶C量または固溶N量と全伸び値の関係を表した図である。
【図3】固溶C量または固溶N量と引張り強度の関係を表した図である。
【図4】取鍋N量と窒化物、硫化物の合計析出量(=1.72S+1.93N)の関係においてスラブ割れが起きる範囲を示した図である。
【図5】算定固溶Mn量と製品鋼板のC方向伸び値の関係を表した図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C :0.03〜0.07%、
Si:0.02%以下、
Mn:0.30〜0.6%、
P :0.02%以下、
S :0.009%以下、
Al:0.02〜0.05%、
N :0.006〜0.01%を含有し、
1.72S+1.93N≦0.035なる関係を満足し、残部Feおよび不可避的不純物からなり、
圧延方向および圧延方向に直交する板幅方向のうちの少なくとも一方における引張り試験値が、上降伏強度430MPa以上、かつ、全伸び値10%以上であることを特徴とする、フランジ成型性に優れた極薄容器用鋼板。
【請求項2】
鋼板中に固溶するN量が70ppm超であることを特徴とする、請求項1に記載のフランジ成型性に優れた極薄容器用鋼板。
【請求項3】
鋼板中に固溶するC量が50ppm超であることを特徴とする、請求項1または請求項2に記載のフランジ成型性に優れた極薄容器用鋼板。
【請求項4】
鋼板中に固溶するC量とN量の合計量が70ppm超であることを特徴とする、請求項1乃至請求項3のいずれか一項に記載のフランジ成型性に優れた極薄容器用鋼板。
【請求項5】
請求項1に記載の鋼組成からなる連続鋳造鋼片(以下、スラブと略記)を仕上げ出口温度:850〜950℃で熱間圧延した後、500〜650℃の範囲で捲取り、酸洗後、一次圧延率を85〜95%とした冷間圧延を施し、再結晶温度以上となる620〜720℃の温度範囲で15〜60秒のあいだ均熱する連続焼鈍を行い、引き続き二次冷延率1〜10%の調質圧延を施すことを特徴とする、フランジ成型性に優れた極薄容器用鋼板の製造方法。
【請求項6】
圧延方向および圧延方向に直交する板幅方向のうちの少なくとも一方における引張り試験値が、上降伏強度430MPa以上、かつ、全伸び値10%以上であることを特徴とする、請求項5に記載のフランジ成型性に優れた極薄容器用鋼板の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2009−7607(P2009−7607A)
【公開日】平成21年1月15日(2009.1.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−168533(P2007−168533)
【出願日】平成19年6月27日(2007.6.27)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】