機械部品の製造方法
【課題】アンモニアガスを使用しない迅速な熱処理により表層部に窒素富化層を有する機械部品を製造することが可能な機械部品の製造方法を提供する。
【解決手段】機械部品の製造方法は、鋼からなる部材を準備する工程(S10)と、当該部材を酸化することにより表面にバナジウムを含む膜を形成する工程(S20)と、膜が形成された上記部材を、窒素ガスを含みアンモニアガスを含まない熱処理ガス雰囲気中において加熱して浸炭窒化処理することにより窒素富化層を形成する工程(S30)とを備えている。
【解決手段】機械部品の製造方法は、鋼からなる部材を準備する工程(S10)と、当該部材を酸化することにより表面にバナジウムを含む膜を形成する工程(S20)と、膜が形成された上記部材を、窒素ガスを含みアンモニアガスを含まない熱処理ガス雰囲気中において加熱して浸炭窒化処理することにより窒素富化層を形成する工程(S30)とを備えている。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は機械部品の製造方法に関し、より特定的には、表層部に窒素富化層を有する機械部品の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
機械部品の疲労強度の向上や耐摩耗性の向上を目的として、浸炭窒化などの方法により機械部品の表層部に内部に比べて窒素濃度の高い窒素富化層が形成される場合がある。一般に、浸炭窒化処理においては、プロパン、ブタンあるいは都市ガスと空気とを1000℃以上の高温で混合して搬送ガス(吸熱型変成ガス;以下、RXガスという)を作製し、これに少量のプロパン、ブタン、アンモニアを加えた雰囲気ガスが用いられる場合が多い。そして、この雰囲気ガス中において被処理物を加熱することにより、被処理物の表層部に窒素富化層が形成される。RXガスを搬送ガスとして用いた浸炭窒化処理では、窒化反応は未分解のアンモニアによって生じる(たとえば、非特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】毛利信之ら、「熱処理による浸炭鋼の耐摩耗性向上」、NTN TECHNICAL REVIEW、2008年、NO.76、p17−22
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
一般に、アンモニアガスの分解は、高温になるほど進行する。そのため、未分解のアンモニアによる窒化処理は、900℃以上の温度域において実施されることは少ない。その結果、厚みの大きい窒化層が必要な製品を処理する場合でも、処理温度を高くして浸炭窒化時間を短縮することは困難で、処理時間が長くなるという問題があった。また、アンモニアガスを用いた浸炭窒化処理では、熱処理炉にアンモニアガスを導入するための設備を設置する必要があること、熱処理炉内において使用される部品(例えば、製品搬送用バスケット)の消耗が早いことなどに起因して、設備の維持管理コストが高くなるという問題もあった。
【0005】
本発明は上述のような問題を解決するためになされたものであり、その目的は、アンモニアガスを使用しない迅速な熱処理により表層部に窒素富化層を有する機械部品を製造することが可能な機械部品の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明に従った機械部品の製造方法は、鋼からなる部材を準備する工程と、当該部材の表面にバナジウムを含む膜を形成する工程と、当該膜が形成された上記部材を、窒素ガスを含みアンモニアガスを含まない熱処理ガス雰囲気中において加熱することにより窒素富化層を形成する工程とを備えている。
【0007】
本発明者は、鋼の熱処理に関する種々の検討を進める中で、鋼からなる部材の表面にバナジウムを含む膜を形成し、窒素ガスを含む雰囲気中で加熱することにより、当該雰囲気がアンモニアガスを含まない場合でも部材の表層部に窒素富化層が形成されることを見出し、本発明に想到した。すなわち、本発明の機械部品の製造方法では、表面にバナジウムを含む膜が形成された鋼からなる部材が窒素ガスを含みアンモニアガスを含まない雰囲気中において加熱されることにより、機械部品の表層部に窒素富化層が形成される。この製造方法では、窒素富化層の形成が未分解のアンモニアによって進行するものではないため、より高温での熱処理が可能となる。そのため、熱処理時間を短縮することが可能となる。また、この製造方法ではアンモニアを用いないため、熱処理炉内において使用される部品の消耗を抑制し、設備の維持管理コストを低減することができる。このように、本発明の機械部品の製造方法によれば、アンモニアガスを使用しない迅速な熱処理により表層部に窒素富化層を有する機械部品を製造することができる。
【0008】
なお、上記アンモニアガスを含まない熱処理ガスとは、アンモニアガスを実質的に含まないことを意味し、不純物レベルでのアンモニアガスの混入を排除するものではない。
【0009】
上記機械部品の製造方法においては、上記熱処理ガスの酸素分圧は10×10-16Pa以下であってもよい。これにより、上記鋼からなる部材の酸化が抑制され、窒素富化層を容易に形成することができる。
【0010】
上記機械部品の製造方法においては、上記熱処理ガスは還元性ガスを含んでいてもよい。これにより、上記鋼からなる部材の酸化が抑制され、窒素富化層を容易に形成することができる。
【0011】
上記機械部品の製造方法においては、上記熱処理ガスは、窒素ガスと水素ガスとを含み、残部不純物からなっていてもよい。水素ガスは、鋼からなる上記部材の酸化を抑制する還元性ガスとして好適である。
【0012】
上記機械部品の製造方法においては、上記部材を準備する工程では、0.1質量%以上のバナジウムを含有する鋼からなる部材が準備され、上記膜を形成する工程では、上記部材が酸化されることにより上記膜が形成されてもよい。
【0013】
0.1質量%以上のバナジウムを含有する鋼からなる機械部品においては、当該部材を酸化処理することにより、容易にバナジウムを含む膜を形成することができる。そのため、このようにすることにより、窒素富化層の形成を容易に達成することができる。
【0014】
上記機械部品の製造方法においては、上記膜を形成する工程では、上記部材が800℃以上の温度域に加熱されて酸化されてもよい。このようにすることにより、一層容易にバナジウムを含む膜を形成することができる。
【0015】
上記機械部品の製造方法においては、上記膜を形成する工程では、上記部材が鍛造されてもよい。機械部品の製造プロセスに鍛造工程を含む場合、当該鍛造工程において機械部品を酸化することにより、効率よくバナジウムを含む膜を形成することができる。
【0016】
上記機械部品の製造方法においては、上記膜を形成する工程では、物理蒸着法により上記膜が形成されてもよい。また、上記膜を形成する工程では、化学蒸着法により上記膜が形成されてもよい。また、上記膜を形成する工程では、ウェットコーティング法により上記膜が形成されてもよい。このような方法により、容易にバナジウムを含む膜を形成することができる。
【0017】
上記機械部品の製造方法においては、上記熱処理ガスは吸熱型変成ガスを含んでいてもよい。これにより、容易に雰囲気のカーボンポテンシャルを調整しつつ窒素富化層の形成を達成することができる。
【0018】
上記機械部品の製造方法においては、窒素富化層が形成された上記部材を、A1変態点以上の温度からMS点以下の温度に冷却することにより上記部材を焼入硬化する工程をさらに備えていてもよい。このようにすることにより、窒素富化層が形成されるとともに焼入硬化された耐久性の高い機械部品を容易に製造することができる。
【0019】
上記機械部品の製造方法においては、上記機械部品は転がり軸受を構成する部品であってもよい。転がり軸受を構成する軌道輪、転動体などの部品は、高い疲労強度や耐摩耗性を要求される場合が多い。そのため、本発明の機械部品の製造方法は、転がり軸受を構成する部品の製造方法として好適である。
【発明の効果】
【0020】
以上の説明から明らかなように、本発明の機械部品の製造方法によれば、アンモニアガスを使用しない迅速な熱処理により表層部に窒素富化層を有する機械部品を製造することが可能な機械部品の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明に従った機械部品の製造方法の一例を説明するためのフローチャートである。
【図2】本発明に従った機械部品の製造方法の他の一例を説明するためのフローチャートである。
【図3】本発明に従った機械部品の製造方法のさらに他の一例を説明するためのフローチャートである。
【図4】深さ方向における炭素および窒素の濃度分布を示す図である。
【図5】深さ方向における炭素および窒素の濃度分布を示す図である。
【図6】深さ方向における炭素および窒素の濃度分布を示す図である。
【図7】深さ方向における炭素および窒素の濃度分布を示す図である。
【図8】試料表面におけるバナジウムの分布を示す図である。
【図9】試料表面における窒素の分布を示す図である。
【図10】試料表面における炭素の分布を示す図である。
【図11】鋼材中のバナジウム含有量と表面窒素濃度との関係を示す図である。
【図12】表層部の窒素濃度分布を示す図である。
【図13】表層部の窒素濃度分布を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、図面に基づいて本発明の実施の形態を説明する。なお、以下の図面において同一または相当する部分には同一の参照番号を付し、その説明は繰り返さない。
【0023】
(実施の形態1)
まず、本発明の一実施の形態である実施の形態1について説明する。図1を参照して、実施の形態1における機械部品の製造方法では、工程(S10)として鋼部材準備工程が実施される。この工程(S10)では、鋼からなり、機械部品の概略形状に成形された部材である鋼部材が準備される。具体的には、たとえば0.1質量%以上のバナジウムを含有する鋼であるAMS2315の鋼材が準備され、鍛造、旋削などの加工が実施されることにより鋼部材が作製される。
【0024】
次に、工程(S20)として酸化工程が実施される。この工程(S20)では、工程(S10)において準備された鋼部材が酸化処理される。具体的には、たとえば上記鋼部材が大気中において800℃以上の温度域に加熱されることにより、当該鋼部材の表層部が酸化される。このとき、鋼中に含まれるバナジウムと、鋼中の炭素および雰囲気中の窒素とが反応することにより、鋼部材の表面にバナジウムを含む膜が形成される。この膜は、具体的にはV(バナジウム)−N(窒素)膜、V−C(炭素)膜、V−C−N膜などである。
【0025】
次に、工程(S30)として浸炭窒化工程が実施される。この工程(S30)では、工程(S20)において酸化処理された鋼部材が浸炭窒化処理される。具体的には、たとえば変成炉においてプロパンガスと空気とを混合し、触媒の存在下において1000℃以上の温度に加熱することにより得られた吸熱型変成ガスであるRXガスに、エンリッチガスとしてプロパンガスなどを添加して所望のカーボンポテンシャルに調整された雰囲気中において、上記鋼部材がA1変態点以上の温度域に加熱される。このとき、上記雰囲気中にはアンモニアガスは添加されない。これにより、鋼部材の表層部に炭素が侵入する。また、上記鋼部材の表面には工程(S20)においてバナジウムを含む膜が形成されており、かつRXガスには空気中の窒素ガスが含まれることから、鋼部材の表層部には窒素も侵入する。その結果、鋼部材は浸炭窒化処理され、鋼部材の表層部に窒素富化層が形成される。
【0026】
ここで、上記熱処理ガス(雰囲気ガス)の酸素分圧は10×10-16Pa以下であることが好ましい。これにより、鋼部材の酸化が抑制され、窒素富化層を容易に形成することができる。また、上記熱処理ガスはRXガスにエンリッチガスが添加されたものに限られず、窒素を含み、かつたとえば還元性ガスを含むことにより鋼部材の酸化が抑制されるものであればよい。還元性ガスとしては、たとえば水素ガス、一酸化炭素ガスなどを採用することができる。より具体的には、たとえば上記熱処理ガスは、RXガスにエンリッチガスを添加したものに代えて、窒素ガスと水素ガスとを含み、残部不純物からなるものとすることができる。この場合、水素ガスの割合は50体積%程度であってもよいが、2体積%程度としても十分に窒素富化層を形成することができる。十分な窒素富化層の形成を確保しつつ可燃性ガスである水素ガスを低減する観点から、水素含有量は、たとえば2体積%以上30体積%以下とすることができる。
【0027】
次に、工程(S40)として焼入硬化工程が実施される。この工程(S40)では、工程(S30)において浸炭窒化処理された鋼部材が焼入硬化される。具体的には、工程(S30)においてA1変態点以上の温度域において浸炭窒化された鋼部材が、A1変態点以上の温度域からMS点以下の温度域にまで冷却されることにより、焼入硬化される。これにより、窒素富化層を含む鋼部材全体が焼入硬化され、鋼部材に高い疲労強度および耐摩耗性が付与される。
【0028】
次に、工程(S50)として焼戻工程が実施される。この工程(S50)では、工程(S40)において焼入硬化処理された鋼部材が焼戻処理される。具体的には、工程(S50)では、工程(S40)において焼入硬化処理された鋼部材が、A1変態点以下の温度に加熱され、その後冷却されることにより焼戻処理が実施される。
【0029】
次に、工程(S60)として仕上げ加工工程が実施される。この工程(S60)では、工程(S10)〜(S50)までが実施されて得られた鋼部材に対して仕上げ加工が実施されることにより、軸受部品などの機械部品が完成する。具体的には、工程(S60)では、焼戻処理された鋼部材に対して研磨処理などが実施されて機械部品が完成する。以上のプロセスにより、本実施の形態における機械部品の製造方法は完了し、機械部品が完成する。
【0030】
本実施の形態における機械部品の製造方法では、表面にバナジウムを含む膜が形成された鋼部材が、窒素ガスを含みアンモニアガスを含まない雰囲気中において加熱され、窒素富化層を有する機械部品が製造される。本実施の形態における機械部品の製造方法においては、窒素富化層の形成が未分解のアンモニアによって進行するものではない。そのため、アンモニアの分解を考慮することなく、高温での熱処理が可能となっている。その結果、本実施の形態における機械部品の製造方法においては、窒素富化層を形成する処理を高温で実施し、熱処理時間を短縮することができる。また、上記製造方法ではアンモニアを用いないため、熱処理炉内において使用される部品の消耗を抑制し、設備の維持管理コストを低減することができる。以上のように、本実施の形態における機械部品の製造方法によれば、アンモニアガスを使用しない迅速な熱処理により表層部に窒素富化層を有する機械部品を製造することができる。
【0031】
(実施の形態2)
次に、図2を参照して、本発明の他の実施の形態である実施の形態2について説明する。実施の形態2における機械部品の製造方法は、基本的には実施の形態1の場合と同様に実施される。しかし、実施の形態2における機械部品の製造方法は、熱間鍛造工程を含む点において実施の形態1の場合とは異なっている。
【0032】
実施の形態2における機械部品の製造方法では、まず、工程(S10)において実施の形態1の場合と同様に0.1質量%以上のバナジウムを含有する鋼が準備され、後述する工程(S21)における熱間鍛造が可能な形状に成形されることにより鋼部材が作製される。
【0033】
次に、工程(S21)として熱間鍛造工程が実施される。この工程(S21)では、上記鋼部材が熱間鍛造される。具体的には、上記鋼部材が、たとえば大気中において熱間鍛造されることにより成形される。このとき、大気中の酸素により鋼部材の表層部が酸化される。その結果、鋼中に含まれるバナジウムと、鋼中の炭素および雰囲気中の窒素とが反応することにより、鋼部材の表面にバナジウムを含む膜、具体的にはV−N膜、V−C膜、V−C−N膜などが形成される。
【0034】
その後、工程(S20)を省略し、工程(S30)〜(S60)が実施の形態1の場合と同様に実施され、機械部品が完成する。
【0035】
本実施の形態における機械部品の製造方法では、製造プロセスに含まれる熱間鍛造工程を利用して鋼部材の酸化処理が実施される。そのため、工程数の増加を抑制しつつ本発明の機械部品の製造方法を実施することができる。
【0036】
(実施の形態3)
次に、図3を参照して、本発明のさらに他の実施の形態である実施の形態3について説明する。実施の形態3における機械部品の製造方法は、基本的には実施の形態1の場合と同様に実施される。しかし、実施の形態3における機械部品の製造方法は、鋼部材の成分組成およびバナジウムを含む膜の形成方法において、実施の形態1とは異なっている。
【0037】
実施の形態3における機械部品の製造方法では、まず工程(S10)において実施の形態1の場合と同様に鋼が準備され、これが加工されることにより鋼部材が作製される。このとき、実施の形態3においては、鋼は0.1質量%以上のバナジウムを含有する必要はなく、たとえば素材としてJIS SNCM420、SCN420などの浸炭鋼(機械構造用合金鋼)が採用される。
【0038】
次に、工程(S22)として被膜形成工程が実施される。この工程(S22)では、鋼部材の表面にバナジウムを含む膜が形成される。具体的には、たとえば物理蒸着法、化学蒸着法、ウェットコーティング法などの手法により、V膜、V−N膜、V−C膜、V−C−N膜などのバナジウムを含む膜が鋼部材の表面に形成される。そして、工程(S30)〜(S60)が実施の形態1の場合と同様に実施され、機械部品が完成する。
【0039】
本実施の形態における機械部品の製造方法では、物理蒸着法、化学蒸着法、ウェットコーティング法などの手法によりバナジウムを含む膜が鋼部材の表面に形成される。そのため、素材である鋼が0.1質量%以上のバナジウムを含有する必要はなく、種々の素材を採用することができる。その結果、本実施の形態における機械部品の製造方法によれば、バナジウムを含まない低廉な鋼を用いて、疲労強度および耐摩耗性に優れた機械部品を製造することができる。
【実施例1】
【0040】
バナジウムを含む膜を形成することにより、アンモニアガスを含まない熱処理ガス雰囲気中における加熱によって窒素富化層の形成が可能となることを確認する実験を行なった。
【0041】
まず、表1に示す成分組成を有する4種類の鋼を準備し、当該鋼から試験片を作製した。なお、表1において、数値の単位は質量%であり、表中に記載された組成の残部は鉄および不純物である。また、鋼Cおよび鋼Dにはバナジウムは添加されておらず、不純物レベルの含有量となっている。鋼A、鋼Cおよび鋼Dは、それぞれAMS2315、JIS SNCM420、JIS SCM420に相当する。
【0042】
【表1】
【0043】
作製された試験片を大気中において900℃以上に加熱して酸化処理した後、カーボンポテンシャル0.6のアンモニアガスを含まないRXガス雰囲気中において960℃に加熱して浸炭処理を行なった。そして、この試験片の深さ方向における炭素および窒素の濃度分布を調査した。図4、図5、図6および図7は、それぞれ表1の鋼A、鋼B、鋼Cおよび鋼Dの試験結果に対応する。
【0044】
図4〜図7を参照して、0.1質量%以上のバナジウムを含む鋼Aおよび鋼Bについては、アンモニアガスを含まない雰囲気中での加熱によって、窒素富化層の形成が可能であることが確認された。
【0045】
次に、鋼A(AMS2315)からなる浸炭後の試験片の表面について、EPMA(Electron Probe Micro Analysis)によるマッピング分析を行った。図8、図9および図10は、それぞれバナジウム、窒素および炭素の分布を示している。
【0046】
図8〜図10を参照して、浸炭後の試験片の表面にはバナジウムが分布しており、このバナジウムの分布は炭素および窒素の分布に対応していた。このことから、0.1質量%以上のバナジウムを含む鋼では、酸化処理により形成されたバナジウムを含む膜(たとえばV膜、V−N膜、V−C膜、V−C−N膜など)を介して、アンモニアガスが導入されていないRXガス雰囲気中で、窒素富化層を形成可能であることが確認された。
【0047】
以上の結果から、バナジウムを含む膜を鋼表面に形成することにより、アンモニアガスを使用しない浸炭窒化処理(窒素富化層の形成)が実現可能であることが確認された。
【0048】
なお、本発明の機械部品の製造方法では、上述のように、アンモニアを用いた場合に比べて高温での窒素富化層の形成が可能である。しかし、高温で処理された鋼においては、結晶粒粗大化による機械的性質の低下が懸念される。そのため、本発明の機械部品の製造方法においては、高温での窒素富化層の形成を行なった場合、窒素富化層の形成後、一旦A1変態点以下の温度域に機械部品を冷却した後、再度A1変態点以上の温度域に加熱し、その後MS点以下の温度に冷却して焼入硬化する二次焼入処理が実施されることが好ましい。
【0049】
また、本発明の機械部品の製造方法により軸受部品が製造される場合、表層部における窒素濃度は耐摩耗性向上の観点から0.3質量%以上とすることが望ましい。また、軸受部品の表層部の炭素濃度については、0.6質量%以上とすることにより十分な表面硬度が得られる。一方、軸受部品の表層部の炭素濃度が1.2質量%以下を超えると、粗大炭化物の生成により軸受部品の機械的性質が悪化するおそれがある。そのため、軸受部品の表層の炭素濃度は0.6質量%以上1.2質量%以下あることが望ましい。さらに、軸受部品では、摩耗深さが0.1mm以上になるまで使用されることは少ないので、窒素富化層の厚みは0.1mm以上であればよい。
【実施例2】
【0050】
バナジウムを含有する鋼からなる部材を酸化処理してバナジウムを含む膜を形成し、これを窒素ガスを含みアンモニアガスを含まない熱処理ガス雰囲気中において加熱することにより窒素富化層を形成する場合における、鋼のバナジウム含有量と窒素富化層の窒素濃度との関係を調査する実験を行なった。実験の手順は以下の通りである。
【0051】
まず、JIS規格SUJ2、SUJ2にバナジウムを0.25〜3.97質量%添加したもの、およびAMS(航空宇宙材料規格;米国)6491の鋼材からなる試験片を準備した。鋼材の成分組成を表2に示す。表2において、数値は、それぞれC(炭素)、Si(珪素)、(Mn)マンガン、Cr(クロム)、Mo(モリブデン)およびV(バナジウム)の含有量を示しており、残部は鉄および不純物である。また、数値の単位は質量%である。
【0052】
【表2】
【0053】
準備された試験片を大気中において950℃に加熱して酸化処理した後、エンリッチガスの添加等によりカーボンポテンシャルを0.6に調整したアンモニアガスを含まないRXガス雰囲気中において960℃に加熱した。そして、EPMA(Electron Probe Micro Analysis)により試験片表面における窒素濃度を調査した。調査結果を図11に示す。
【0054】
図11において横軸は試験片を構成する鋼のバナジウム含有量、縦軸は試験片表面における窒素濃度を表している。図11を参照して、鋼のバナジウム含有量が0.25質量%の場合において、試験片表面には0.1質量%近い窒素含有量が得られている。そして、鋼のバナジウム含有量を0.25質量%以上としてバナジウム含有量を増加させるに従って試験片表面の窒素含有量も増加している。しかし、鋼のバナジウム含有量が1質量%程度となると窒素含有量の増加は飽和し、1質量%を超えるバナジウムを鋼に添加しても、試験片表面の窒素含有量はほとんど増加しないことが分かる。このことから、表面の窒素含有量を増加させるという観点からは、1質量%を超えるバナジウムの添加は効果が小さいといえる。したがって、バナジウムの添加による鋼材価格の上昇を考慮すると、バナジウムの添加量は1%以下とすることが好ましい。
【実施例3】
【0055】
熱処理ガスとして窒素ガスと水素ガスとを含み、残部不純物からなるガスを採用した場合における窒素富化層の形成を確認する実験を行なった。まず、上記実施例2において実験に供した試験片のうち、SUJ2に1.02質量%のバナジウムを添加したものおよび3.97質量%のバナジウムを添加したものと同様の試験片を準備し、実施例2の場合と同様に酸化処理した。そして、これらの試験片を窒素ガス50体積%、水素ガス50体積%の雰囲気中で960℃に加熱して24時間保持する熱処理を行なった。その後、試験片の表層部の窒素濃度分布をEPMAにて測定した。また、SUJ2に1.02質量%のバナジウムを添加した鋼材からなる試験片については、窒素ガス98体積%、水素ガス2体積%の雰囲気中で960℃に加熱して24時間保持する熱処理を行なったものについても、同様に表層部の窒素濃度分布を測定した。測定結果を図12および図13に示す。
【0056】
図12および図13において横軸は試験片の表面からの深さ、縦軸は窒素濃度を示している。また、図12において細線は3.97質量%のバナジウムが添加された試験片、太線は1.02質量%のバナジウムが添加された試験片の測定結果に対応している。一方、図13において細線は窒素ガス98体積%、水素ガス2体積%の雰囲気中で加熱された試験片、太線は窒素ガス50体積%、水素ガス50体積%の雰囲気中で加熱された試験片に対応している。
【0057】
図12を参照して、鋼材のバナジウム含有量が1.02質量%の場合、および3.97質量%の場合ともに、試験片の表面に明確に窒素富化層が形成されていることが確認される。また、鋼材のバナジウム含有量を3.97質量%にまで増加させた場合と、バナジウム含有量を1.02質量%とした場合とで、表層部の窒素濃度分布には明確な差は見られない。したがって、上記実施例2でも言及したように、窒素富化層の形成を目的としたバナジウムの添加は、1%程度で十分であるといえる。
【0058】
また、図13を参照して、雰囲気中の水素濃度が50体積%の場合と2体積%の場合とを比較すると、50体積%の場合に比べて2体積%の場合の窒素濃度は低くなる傾向にある。しかし、雰囲気中の水素濃度を2体積%とした場合でも、表層部には明確に窒素富化層が形成されている。このことから、表層部に必要な窒素濃度があまり高くない場合、雰囲気の水素ガスの割合を2体積%程度にまで低減できることが分かった。
【0059】
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって、制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味、および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【産業上の利用可能性】
【0060】
本発明の機械部品の製造方法は、表層部に窒素富化層を有する機械部品の製造方法に、特に有利に適用され得る。
【技術分野】
【0001】
本発明は機械部品の製造方法に関し、より特定的には、表層部に窒素富化層を有する機械部品の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
機械部品の疲労強度の向上や耐摩耗性の向上を目的として、浸炭窒化などの方法により機械部品の表層部に内部に比べて窒素濃度の高い窒素富化層が形成される場合がある。一般に、浸炭窒化処理においては、プロパン、ブタンあるいは都市ガスと空気とを1000℃以上の高温で混合して搬送ガス(吸熱型変成ガス;以下、RXガスという)を作製し、これに少量のプロパン、ブタン、アンモニアを加えた雰囲気ガスが用いられる場合が多い。そして、この雰囲気ガス中において被処理物を加熱することにより、被処理物の表層部に窒素富化層が形成される。RXガスを搬送ガスとして用いた浸炭窒化処理では、窒化反応は未分解のアンモニアによって生じる(たとえば、非特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】毛利信之ら、「熱処理による浸炭鋼の耐摩耗性向上」、NTN TECHNICAL REVIEW、2008年、NO.76、p17−22
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
一般に、アンモニアガスの分解は、高温になるほど進行する。そのため、未分解のアンモニアによる窒化処理は、900℃以上の温度域において実施されることは少ない。その結果、厚みの大きい窒化層が必要な製品を処理する場合でも、処理温度を高くして浸炭窒化時間を短縮することは困難で、処理時間が長くなるという問題があった。また、アンモニアガスを用いた浸炭窒化処理では、熱処理炉にアンモニアガスを導入するための設備を設置する必要があること、熱処理炉内において使用される部品(例えば、製品搬送用バスケット)の消耗が早いことなどに起因して、設備の維持管理コストが高くなるという問題もあった。
【0005】
本発明は上述のような問題を解決するためになされたものであり、その目的は、アンモニアガスを使用しない迅速な熱処理により表層部に窒素富化層を有する機械部品を製造することが可能な機械部品の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明に従った機械部品の製造方法は、鋼からなる部材を準備する工程と、当該部材の表面にバナジウムを含む膜を形成する工程と、当該膜が形成された上記部材を、窒素ガスを含みアンモニアガスを含まない熱処理ガス雰囲気中において加熱することにより窒素富化層を形成する工程とを備えている。
【0007】
本発明者は、鋼の熱処理に関する種々の検討を進める中で、鋼からなる部材の表面にバナジウムを含む膜を形成し、窒素ガスを含む雰囲気中で加熱することにより、当該雰囲気がアンモニアガスを含まない場合でも部材の表層部に窒素富化層が形成されることを見出し、本発明に想到した。すなわち、本発明の機械部品の製造方法では、表面にバナジウムを含む膜が形成された鋼からなる部材が窒素ガスを含みアンモニアガスを含まない雰囲気中において加熱されることにより、機械部品の表層部に窒素富化層が形成される。この製造方法では、窒素富化層の形成が未分解のアンモニアによって進行するものではないため、より高温での熱処理が可能となる。そのため、熱処理時間を短縮することが可能となる。また、この製造方法ではアンモニアを用いないため、熱処理炉内において使用される部品の消耗を抑制し、設備の維持管理コストを低減することができる。このように、本発明の機械部品の製造方法によれば、アンモニアガスを使用しない迅速な熱処理により表層部に窒素富化層を有する機械部品を製造することができる。
【0008】
なお、上記アンモニアガスを含まない熱処理ガスとは、アンモニアガスを実質的に含まないことを意味し、不純物レベルでのアンモニアガスの混入を排除するものではない。
【0009】
上記機械部品の製造方法においては、上記熱処理ガスの酸素分圧は10×10-16Pa以下であってもよい。これにより、上記鋼からなる部材の酸化が抑制され、窒素富化層を容易に形成することができる。
【0010】
上記機械部品の製造方法においては、上記熱処理ガスは還元性ガスを含んでいてもよい。これにより、上記鋼からなる部材の酸化が抑制され、窒素富化層を容易に形成することができる。
【0011】
上記機械部品の製造方法においては、上記熱処理ガスは、窒素ガスと水素ガスとを含み、残部不純物からなっていてもよい。水素ガスは、鋼からなる上記部材の酸化を抑制する還元性ガスとして好適である。
【0012】
上記機械部品の製造方法においては、上記部材を準備する工程では、0.1質量%以上のバナジウムを含有する鋼からなる部材が準備され、上記膜を形成する工程では、上記部材が酸化されることにより上記膜が形成されてもよい。
【0013】
0.1質量%以上のバナジウムを含有する鋼からなる機械部品においては、当該部材を酸化処理することにより、容易にバナジウムを含む膜を形成することができる。そのため、このようにすることにより、窒素富化層の形成を容易に達成することができる。
【0014】
上記機械部品の製造方法においては、上記膜を形成する工程では、上記部材が800℃以上の温度域に加熱されて酸化されてもよい。このようにすることにより、一層容易にバナジウムを含む膜を形成することができる。
【0015】
上記機械部品の製造方法においては、上記膜を形成する工程では、上記部材が鍛造されてもよい。機械部品の製造プロセスに鍛造工程を含む場合、当該鍛造工程において機械部品を酸化することにより、効率よくバナジウムを含む膜を形成することができる。
【0016】
上記機械部品の製造方法においては、上記膜を形成する工程では、物理蒸着法により上記膜が形成されてもよい。また、上記膜を形成する工程では、化学蒸着法により上記膜が形成されてもよい。また、上記膜を形成する工程では、ウェットコーティング法により上記膜が形成されてもよい。このような方法により、容易にバナジウムを含む膜を形成することができる。
【0017】
上記機械部品の製造方法においては、上記熱処理ガスは吸熱型変成ガスを含んでいてもよい。これにより、容易に雰囲気のカーボンポテンシャルを調整しつつ窒素富化層の形成を達成することができる。
【0018】
上記機械部品の製造方法においては、窒素富化層が形成された上記部材を、A1変態点以上の温度からMS点以下の温度に冷却することにより上記部材を焼入硬化する工程をさらに備えていてもよい。このようにすることにより、窒素富化層が形成されるとともに焼入硬化された耐久性の高い機械部品を容易に製造することができる。
【0019】
上記機械部品の製造方法においては、上記機械部品は転がり軸受を構成する部品であってもよい。転がり軸受を構成する軌道輪、転動体などの部品は、高い疲労強度や耐摩耗性を要求される場合が多い。そのため、本発明の機械部品の製造方法は、転がり軸受を構成する部品の製造方法として好適である。
【発明の効果】
【0020】
以上の説明から明らかなように、本発明の機械部品の製造方法によれば、アンモニアガスを使用しない迅速な熱処理により表層部に窒素富化層を有する機械部品を製造することが可能な機械部品の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明に従った機械部品の製造方法の一例を説明するためのフローチャートである。
【図2】本発明に従った機械部品の製造方法の他の一例を説明するためのフローチャートである。
【図3】本発明に従った機械部品の製造方法のさらに他の一例を説明するためのフローチャートである。
【図4】深さ方向における炭素および窒素の濃度分布を示す図である。
【図5】深さ方向における炭素および窒素の濃度分布を示す図である。
【図6】深さ方向における炭素および窒素の濃度分布を示す図である。
【図7】深さ方向における炭素および窒素の濃度分布を示す図である。
【図8】試料表面におけるバナジウムの分布を示す図である。
【図9】試料表面における窒素の分布を示す図である。
【図10】試料表面における炭素の分布を示す図である。
【図11】鋼材中のバナジウム含有量と表面窒素濃度との関係を示す図である。
【図12】表層部の窒素濃度分布を示す図である。
【図13】表層部の窒素濃度分布を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、図面に基づいて本発明の実施の形態を説明する。なお、以下の図面において同一または相当する部分には同一の参照番号を付し、その説明は繰り返さない。
【0023】
(実施の形態1)
まず、本発明の一実施の形態である実施の形態1について説明する。図1を参照して、実施の形態1における機械部品の製造方法では、工程(S10)として鋼部材準備工程が実施される。この工程(S10)では、鋼からなり、機械部品の概略形状に成形された部材である鋼部材が準備される。具体的には、たとえば0.1質量%以上のバナジウムを含有する鋼であるAMS2315の鋼材が準備され、鍛造、旋削などの加工が実施されることにより鋼部材が作製される。
【0024】
次に、工程(S20)として酸化工程が実施される。この工程(S20)では、工程(S10)において準備された鋼部材が酸化処理される。具体的には、たとえば上記鋼部材が大気中において800℃以上の温度域に加熱されることにより、当該鋼部材の表層部が酸化される。このとき、鋼中に含まれるバナジウムと、鋼中の炭素および雰囲気中の窒素とが反応することにより、鋼部材の表面にバナジウムを含む膜が形成される。この膜は、具体的にはV(バナジウム)−N(窒素)膜、V−C(炭素)膜、V−C−N膜などである。
【0025】
次に、工程(S30)として浸炭窒化工程が実施される。この工程(S30)では、工程(S20)において酸化処理された鋼部材が浸炭窒化処理される。具体的には、たとえば変成炉においてプロパンガスと空気とを混合し、触媒の存在下において1000℃以上の温度に加熱することにより得られた吸熱型変成ガスであるRXガスに、エンリッチガスとしてプロパンガスなどを添加して所望のカーボンポテンシャルに調整された雰囲気中において、上記鋼部材がA1変態点以上の温度域に加熱される。このとき、上記雰囲気中にはアンモニアガスは添加されない。これにより、鋼部材の表層部に炭素が侵入する。また、上記鋼部材の表面には工程(S20)においてバナジウムを含む膜が形成されており、かつRXガスには空気中の窒素ガスが含まれることから、鋼部材の表層部には窒素も侵入する。その結果、鋼部材は浸炭窒化処理され、鋼部材の表層部に窒素富化層が形成される。
【0026】
ここで、上記熱処理ガス(雰囲気ガス)の酸素分圧は10×10-16Pa以下であることが好ましい。これにより、鋼部材の酸化が抑制され、窒素富化層を容易に形成することができる。また、上記熱処理ガスはRXガスにエンリッチガスが添加されたものに限られず、窒素を含み、かつたとえば還元性ガスを含むことにより鋼部材の酸化が抑制されるものであればよい。還元性ガスとしては、たとえば水素ガス、一酸化炭素ガスなどを採用することができる。より具体的には、たとえば上記熱処理ガスは、RXガスにエンリッチガスを添加したものに代えて、窒素ガスと水素ガスとを含み、残部不純物からなるものとすることができる。この場合、水素ガスの割合は50体積%程度であってもよいが、2体積%程度としても十分に窒素富化層を形成することができる。十分な窒素富化層の形成を確保しつつ可燃性ガスである水素ガスを低減する観点から、水素含有量は、たとえば2体積%以上30体積%以下とすることができる。
【0027】
次に、工程(S40)として焼入硬化工程が実施される。この工程(S40)では、工程(S30)において浸炭窒化処理された鋼部材が焼入硬化される。具体的には、工程(S30)においてA1変態点以上の温度域において浸炭窒化された鋼部材が、A1変態点以上の温度域からMS点以下の温度域にまで冷却されることにより、焼入硬化される。これにより、窒素富化層を含む鋼部材全体が焼入硬化され、鋼部材に高い疲労強度および耐摩耗性が付与される。
【0028】
次に、工程(S50)として焼戻工程が実施される。この工程(S50)では、工程(S40)において焼入硬化処理された鋼部材が焼戻処理される。具体的には、工程(S50)では、工程(S40)において焼入硬化処理された鋼部材が、A1変態点以下の温度に加熱され、その後冷却されることにより焼戻処理が実施される。
【0029】
次に、工程(S60)として仕上げ加工工程が実施される。この工程(S60)では、工程(S10)〜(S50)までが実施されて得られた鋼部材に対して仕上げ加工が実施されることにより、軸受部品などの機械部品が完成する。具体的には、工程(S60)では、焼戻処理された鋼部材に対して研磨処理などが実施されて機械部品が完成する。以上のプロセスにより、本実施の形態における機械部品の製造方法は完了し、機械部品が完成する。
【0030】
本実施の形態における機械部品の製造方法では、表面にバナジウムを含む膜が形成された鋼部材が、窒素ガスを含みアンモニアガスを含まない雰囲気中において加熱され、窒素富化層を有する機械部品が製造される。本実施の形態における機械部品の製造方法においては、窒素富化層の形成が未分解のアンモニアによって進行するものではない。そのため、アンモニアの分解を考慮することなく、高温での熱処理が可能となっている。その結果、本実施の形態における機械部品の製造方法においては、窒素富化層を形成する処理を高温で実施し、熱処理時間を短縮することができる。また、上記製造方法ではアンモニアを用いないため、熱処理炉内において使用される部品の消耗を抑制し、設備の維持管理コストを低減することができる。以上のように、本実施の形態における機械部品の製造方法によれば、アンモニアガスを使用しない迅速な熱処理により表層部に窒素富化層を有する機械部品を製造することができる。
【0031】
(実施の形態2)
次に、図2を参照して、本発明の他の実施の形態である実施の形態2について説明する。実施の形態2における機械部品の製造方法は、基本的には実施の形態1の場合と同様に実施される。しかし、実施の形態2における機械部品の製造方法は、熱間鍛造工程を含む点において実施の形態1の場合とは異なっている。
【0032】
実施の形態2における機械部品の製造方法では、まず、工程(S10)において実施の形態1の場合と同様に0.1質量%以上のバナジウムを含有する鋼が準備され、後述する工程(S21)における熱間鍛造が可能な形状に成形されることにより鋼部材が作製される。
【0033】
次に、工程(S21)として熱間鍛造工程が実施される。この工程(S21)では、上記鋼部材が熱間鍛造される。具体的には、上記鋼部材が、たとえば大気中において熱間鍛造されることにより成形される。このとき、大気中の酸素により鋼部材の表層部が酸化される。その結果、鋼中に含まれるバナジウムと、鋼中の炭素および雰囲気中の窒素とが反応することにより、鋼部材の表面にバナジウムを含む膜、具体的にはV−N膜、V−C膜、V−C−N膜などが形成される。
【0034】
その後、工程(S20)を省略し、工程(S30)〜(S60)が実施の形態1の場合と同様に実施され、機械部品が完成する。
【0035】
本実施の形態における機械部品の製造方法では、製造プロセスに含まれる熱間鍛造工程を利用して鋼部材の酸化処理が実施される。そのため、工程数の増加を抑制しつつ本発明の機械部品の製造方法を実施することができる。
【0036】
(実施の形態3)
次に、図3を参照して、本発明のさらに他の実施の形態である実施の形態3について説明する。実施の形態3における機械部品の製造方法は、基本的には実施の形態1の場合と同様に実施される。しかし、実施の形態3における機械部品の製造方法は、鋼部材の成分組成およびバナジウムを含む膜の形成方法において、実施の形態1とは異なっている。
【0037】
実施の形態3における機械部品の製造方法では、まず工程(S10)において実施の形態1の場合と同様に鋼が準備され、これが加工されることにより鋼部材が作製される。このとき、実施の形態3においては、鋼は0.1質量%以上のバナジウムを含有する必要はなく、たとえば素材としてJIS SNCM420、SCN420などの浸炭鋼(機械構造用合金鋼)が採用される。
【0038】
次に、工程(S22)として被膜形成工程が実施される。この工程(S22)では、鋼部材の表面にバナジウムを含む膜が形成される。具体的には、たとえば物理蒸着法、化学蒸着法、ウェットコーティング法などの手法により、V膜、V−N膜、V−C膜、V−C−N膜などのバナジウムを含む膜が鋼部材の表面に形成される。そして、工程(S30)〜(S60)が実施の形態1の場合と同様に実施され、機械部品が完成する。
【0039】
本実施の形態における機械部品の製造方法では、物理蒸着法、化学蒸着法、ウェットコーティング法などの手法によりバナジウムを含む膜が鋼部材の表面に形成される。そのため、素材である鋼が0.1質量%以上のバナジウムを含有する必要はなく、種々の素材を採用することができる。その結果、本実施の形態における機械部品の製造方法によれば、バナジウムを含まない低廉な鋼を用いて、疲労強度および耐摩耗性に優れた機械部品を製造することができる。
【実施例1】
【0040】
バナジウムを含む膜を形成することにより、アンモニアガスを含まない熱処理ガス雰囲気中における加熱によって窒素富化層の形成が可能となることを確認する実験を行なった。
【0041】
まず、表1に示す成分組成を有する4種類の鋼を準備し、当該鋼から試験片を作製した。なお、表1において、数値の単位は質量%であり、表中に記載された組成の残部は鉄および不純物である。また、鋼Cおよび鋼Dにはバナジウムは添加されておらず、不純物レベルの含有量となっている。鋼A、鋼Cおよび鋼Dは、それぞれAMS2315、JIS SNCM420、JIS SCM420に相当する。
【0042】
【表1】
【0043】
作製された試験片を大気中において900℃以上に加熱して酸化処理した後、カーボンポテンシャル0.6のアンモニアガスを含まないRXガス雰囲気中において960℃に加熱して浸炭処理を行なった。そして、この試験片の深さ方向における炭素および窒素の濃度分布を調査した。図4、図5、図6および図7は、それぞれ表1の鋼A、鋼B、鋼Cおよび鋼Dの試験結果に対応する。
【0044】
図4〜図7を参照して、0.1質量%以上のバナジウムを含む鋼Aおよび鋼Bについては、アンモニアガスを含まない雰囲気中での加熱によって、窒素富化層の形成が可能であることが確認された。
【0045】
次に、鋼A(AMS2315)からなる浸炭後の試験片の表面について、EPMA(Electron Probe Micro Analysis)によるマッピング分析を行った。図8、図9および図10は、それぞれバナジウム、窒素および炭素の分布を示している。
【0046】
図8〜図10を参照して、浸炭後の試験片の表面にはバナジウムが分布しており、このバナジウムの分布は炭素および窒素の分布に対応していた。このことから、0.1質量%以上のバナジウムを含む鋼では、酸化処理により形成されたバナジウムを含む膜(たとえばV膜、V−N膜、V−C膜、V−C−N膜など)を介して、アンモニアガスが導入されていないRXガス雰囲気中で、窒素富化層を形成可能であることが確認された。
【0047】
以上の結果から、バナジウムを含む膜を鋼表面に形成することにより、アンモニアガスを使用しない浸炭窒化処理(窒素富化層の形成)が実現可能であることが確認された。
【0048】
なお、本発明の機械部品の製造方法では、上述のように、アンモニアを用いた場合に比べて高温での窒素富化層の形成が可能である。しかし、高温で処理された鋼においては、結晶粒粗大化による機械的性質の低下が懸念される。そのため、本発明の機械部品の製造方法においては、高温での窒素富化層の形成を行なった場合、窒素富化層の形成後、一旦A1変態点以下の温度域に機械部品を冷却した後、再度A1変態点以上の温度域に加熱し、その後MS点以下の温度に冷却して焼入硬化する二次焼入処理が実施されることが好ましい。
【0049】
また、本発明の機械部品の製造方法により軸受部品が製造される場合、表層部における窒素濃度は耐摩耗性向上の観点から0.3質量%以上とすることが望ましい。また、軸受部品の表層部の炭素濃度については、0.6質量%以上とすることにより十分な表面硬度が得られる。一方、軸受部品の表層部の炭素濃度が1.2質量%以下を超えると、粗大炭化物の生成により軸受部品の機械的性質が悪化するおそれがある。そのため、軸受部品の表層の炭素濃度は0.6質量%以上1.2質量%以下あることが望ましい。さらに、軸受部品では、摩耗深さが0.1mm以上になるまで使用されることは少ないので、窒素富化層の厚みは0.1mm以上であればよい。
【実施例2】
【0050】
バナジウムを含有する鋼からなる部材を酸化処理してバナジウムを含む膜を形成し、これを窒素ガスを含みアンモニアガスを含まない熱処理ガス雰囲気中において加熱することにより窒素富化層を形成する場合における、鋼のバナジウム含有量と窒素富化層の窒素濃度との関係を調査する実験を行なった。実験の手順は以下の通りである。
【0051】
まず、JIS規格SUJ2、SUJ2にバナジウムを0.25〜3.97質量%添加したもの、およびAMS(航空宇宙材料規格;米国)6491の鋼材からなる試験片を準備した。鋼材の成分組成を表2に示す。表2において、数値は、それぞれC(炭素)、Si(珪素)、(Mn)マンガン、Cr(クロム)、Mo(モリブデン)およびV(バナジウム)の含有量を示しており、残部は鉄および不純物である。また、数値の単位は質量%である。
【0052】
【表2】
【0053】
準備された試験片を大気中において950℃に加熱して酸化処理した後、エンリッチガスの添加等によりカーボンポテンシャルを0.6に調整したアンモニアガスを含まないRXガス雰囲気中において960℃に加熱した。そして、EPMA(Electron Probe Micro Analysis)により試験片表面における窒素濃度を調査した。調査結果を図11に示す。
【0054】
図11において横軸は試験片を構成する鋼のバナジウム含有量、縦軸は試験片表面における窒素濃度を表している。図11を参照して、鋼のバナジウム含有量が0.25質量%の場合において、試験片表面には0.1質量%近い窒素含有量が得られている。そして、鋼のバナジウム含有量を0.25質量%以上としてバナジウム含有量を増加させるに従って試験片表面の窒素含有量も増加している。しかし、鋼のバナジウム含有量が1質量%程度となると窒素含有量の増加は飽和し、1質量%を超えるバナジウムを鋼に添加しても、試験片表面の窒素含有量はほとんど増加しないことが分かる。このことから、表面の窒素含有量を増加させるという観点からは、1質量%を超えるバナジウムの添加は効果が小さいといえる。したがって、バナジウムの添加による鋼材価格の上昇を考慮すると、バナジウムの添加量は1%以下とすることが好ましい。
【実施例3】
【0055】
熱処理ガスとして窒素ガスと水素ガスとを含み、残部不純物からなるガスを採用した場合における窒素富化層の形成を確認する実験を行なった。まず、上記実施例2において実験に供した試験片のうち、SUJ2に1.02質量%のバナジウムを添加したものおよび3.97質量%のバナジウムを添加したものと同様の試験片を準備し、実施例2の場合と同様に酸化処理した。そして、これらの試験片を窒素ガス50体積%、水素ガス50体積%の雰囲気中で960℃に加熱して24時間保持する熱処理を行なった。その後、試験片の表層部の窒素濃度分布をEPMAにて測定した。また、SUJ2に1.02質量%のバナジウムを添加した鋼材からなる試験片については、窒素ガス98体積%、水素ガス2体積%の雰囲気中で960℃に加熱して24時間保持する熱処理を行なったものについても、同様に表層部の窒素濃度分布を測定した。測定結果を図12および図13に示す。
【0056】
図12および図13において横軸は試験片の表面からの深さ、縦軸は窒素濃度を示している。また、図12において細線は3.97質量%のバナジウムが添加された試験片、太線は1.02質量%のバナジウムが添加された試験片の測定結果に対応している。一方、図13において細線は窒素ガス98体積%、水素ガス2体積%の雰囲気中で加熱された試験片、太線は窒素ガス50体積%、水素ガス50体積%の雰囲気中で加熱された試験片に対応している。
【0057】
図12を参照して、鋼材のバナジウム含有量が1.02質量%の場合、および3.97質量%の場合ともに、試験片の表面に明確に窒素富化層が形成されていることが確認される。また、鋼材のバナジウム含有量を3.97質量%にまで増加させた場合と、バナジウム含有量を1.02質量%とした場合とで、表層部の窒素濃度分布には明確な差は見られない。したがって、上記実施例2でも言及したように、窒素富化層の形成を目的としたバナジウムの添加は、1%程度で十分であるといえる。
【0058】
また、図13を参照して、雰囲気中の水素濃度が50体積%の場合と2体積%の場合とを比較すると、50体積%の場合に比べて2体積%の場合の窒素濃度は低くなる傾向にある。しかし、雰囲気中の水素濃度を2体積%とした場合でも、表層部には明確に窒素富化層が形成されている。このことから、表層部に必要な窒素濃度があまり高くない場合、雰囲気の水素ガスの割合を2体積%程度にまで低減できることが分かった。
【0059】
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって、制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味、および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【産業上の利用可能性】
【0060】
本発明の機械部品の製造方法は、表層部に窒素富化層を有する機械部品の製造方法に、特に有利に適用され得る。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼からなる部材を準備する工程と、
前記部材の表面にバナジウムを含む膜を形成する工程と、
前記膜が形成された前記部材を、窒素ガスを含みアンモニアガスを含まない熱処理ガス雰囲気中において加熱することにより窒素富化層を形成する工程とを備えた、機械部品の製造方法。
【請求項2】
前記熱処理ガスの酸素分圧は10×10-16Pa以下である、請求項1に記載の機械部品の製造方法。
【請求項3】
前記熱処理ガスは還元性ガスを含んでいる、請求項1または2に記載の機械部品の製造方法。
【請求項4】
前記熱処理ガスは、窒素ガスと水素ガスとを含み、残部不純物からなっている、請求項3に記載の機械部品の製造方法。
【請求項5】
前記部材を準備する工程では、0.1質量%以上のバナジウムを含有する鋼からなる部材が準備され、
前記膜を形成する工程では、前記部材が酸化されることにより前記膜が形成される、請求項1〜4のいずれか1項に記載の機械部品の製造方法。
【請求項6】
前記膜を形成する工程では、前記部材が800℃以上の温度域に加熱されて酸化される、請求項5に記載の機械部品の製造方法。
【請求項7】
前記膜を形成する工程では、前記部材が鍛造される、請求項5または6に記載の機械部品の製造方法。
【請求項8】
前記熱処理ガスは吸熱型変成ガスを含んでいる、請求項1〜7のいずれか1項に記載の機械部品の製造方法。
【請求項9】
窒素富化層が形成された前記部材を、A1変態点以上の温度からMS点以下の温度に冷却することにより前記部材を焼入硬化する工程をさらに備えた、請求項1〜8のいずれか1項に記載の機械部品の製造方法。
【請求項10】
前記機械部品は転がり軸受を構成する部品である、請求項1〜9のいずれか1項に記載の機械部品の製造方法。
【請求項1】
鋼からなる部材を準備する工程と、
前記部材の表面にバナジウムを含む膜を形成する工程と、
前記膜が形成された前記部材を、窒素ガスを含みアンモニアガスを含まない熱処理ガス雰囲気中において加熱することにより窒素富化層を形成する工程とを備えた、機械部品の製造方法。
【請求項2】
前記熱処理ガスの酸素分圧は10×10-16Pa以下である、請求項1に記載の機械部品の製造方法。
【請求項3】
前記熱処理ガスは還元性ガスを含んでいる、請求項1または2に記載の機械部品の製造方法。
【請求項4】
前記熱処理ガスは、窒素ガスと水素ガスとを含み、残部不純物からなっている、請求項3に記載の機械部品の製造方法。
【請求項5】
前記部材を準備する工程では、0.1質量%以上のバナジウムを含有する鋼からなる部材が準備され、
前記膜を形成する工程では、前記部材が酸化されることにより前記膜が形成される、請求項1〜4のいずれか1項に記載の機械部品の製造方法。
【請求項6】
前記膜を形成する工程では、前記部材が800℃以上の温度域に加熱されて酸化される、請求項5に記載の機械部品の製造方法。
【請求項7】
前記膜を形成する工程では、前記部材が鍛造される、請求項5または6に記載の機械部品の製造方法。
【請求項8】
前記熱処理ガスは吸熱型変成ガスを含んでいる、請求項1〜7のいずれか1項に記載の機械部品の製造方法。
【請求項9】
窒素富化層が形成された前記部材を、A1変態点以上の温度からMS点以下の温度に冷却することにより前記部材を焼入硬化する工程をさらに備えた、請求項1〜8のいずれか1項に記載の機械部品の製造方法。
【請求項10】
前記機械部品は転がり軸受を構成する部品である、請求項1〜9のいずれか1項に記載の機械部品の製造方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図12】
【図13】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図12】
【図13】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2012−237062(P2012−237062A)
【公開日】平成24年12月6日(2012.12.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−98661(P2012−98661)
【出願日】平成24年4月24日(2012.4.24)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年12月6日(2012.12.6)
【国際特許分類】
【出願日】平成24年4月24日(2012.4.24)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】
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