説明

正特性サーミスタ磁器組成物

【課題】還元性雰囲気または中性雰囲気による特性劣化を防止でき、かつ一定レベル以上の耐電圧を保ちながら比抵抗が十分に小さい正特性サーミスタ磁器組成物を提供する。
【解決手段】正特性サーミスタ磁器組成物は、組成式が(BaSrCaPbPrSm)Ti(但し、x+y+z+s+t+u=1、0.415≦x≦0.805、0.02≦y≦0.30、0.05≦z≦0.20、0.01≦s≦0.24、0.002≦t≦0.004、0.002≦u≦0.004、0.97≦v≦1.05、t/u=0.74〜1.25)で表される固溶体と、固溶体に対する重量が0.001〜0.03wt%のMnと、固溶体に対する重量が0.09〜1.0wt%のSiとを含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、チタン酸バリウムを主成分とする正特性サーミスタ磁器組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
正特性サーミスタ(PTCサーミスタともいう)として、チタン酸バリウムを主成分とし、希土類元素(Y、Laなど)の添加により半導体化された正特性サーミスタ磁器組成物に、電極を設けたものが知られている。
このような正特性サーミスタは、常温時は比抵抗(電気抵抗率)が低く、キュリー温度を超えると比抵抗が急激に上昇するという正の抵抗温度特性を有しており、このような特性を活かして、従来から電子回路の過電流防止用や過熱防止用の素子、ブラウン管テレビの消磁用素子、モータの起動用素子、ヒータ等の定温発熱体、温度センサ等、様々な用途に用いられている。
【0003】
また、正特性サーミスタ磁器組成物は、水素ガスやガソリン等の還元性雰囲気中で使用された場合、常温時の比抵抗が低下したり、抵抗温度特性曲線のジャンプ幅が変化するなどのPTC特性の劣化が生じることが知られている。
なお、ジャンプ幅とは、抵抗温度特性曲線で表わされる最大比抵抗値(ρmax)を最小比抵抗値(ρmin)で除算し、その解を常用対数値で表わした値(log10(ρmax/ρmin))で表される。
また、還元性雰囲気による特性劣化に比べると程度は低いものの、窒素やアルゴンガス等の中性雰囲気中においても、このようなPTC特性の劣化が生じる場合がある。
【0004】
このような還元性雰囲気による特性劣化を抑制する正特性サーミスタ磁器組成物として、特許文献1に開示されているものがある。
特許文献1の正特性サーミスタ磁器組成物は、チタン酸バリウム(BaTiO)とチタン酸鉛(PbTiO)とチタン酸カルシウム(CaTiO)を主成分とし、副成分として、後述する3価の希土類元素の酸化物と、二酸化ケイ素(SiO)と、二酸化マンガン(MnO)とを含む。
3価の希土類元素の酸化物は、半導体化のために添加されるものであって、具体的には、酸化イットリウム(Y)、酸化ランタン(La)、酸化サマリウム(Sm)、酸化ディスプロシウム(Dy)、酸化セリウム(Ce)および酸化ガリウム(Ga)の3価の希土類元素の酸化物のうち、少なくとも1つの酸化物が用いられている。
特許文献1によれば、半導体化剤としてこれらの3価の希土類元素の酸化物を用いることにより、イオン半径の大きなバリウムとイオン半径の小さい3価の希土類元素とが置換するため、結晶構造の単位格子自体のパッキング性が向上して、酸素を放出させにくくなり、耐還元性が向上するとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平7−78703号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上述した特許文献1の正特性サーミスタ磁器組成物は、常温の比抵抗が大きい。
近年では、例えば直流12Vの自動車用等の低電圧電源でも十分に動作できるように、また、正特性サーミスタの小形化のために、常温での比抵抗の小さい正特性サーミスタ磁器組成物が求められている。また、通常、比抵抗を下げようとすると、耐電圧も低下するため、比抵抗を下げると同時に、一定レベル以上の耐電圧を保つことも要求される。
ここで、耐電圧とは、静的耐電圧ともいい、正特性サーミスタに印加する電圧を徐々に増加させたとき、正特性サーミスタが破壊せずに耐え得る最大電圧のことである。
【0007】
本発明は、還元性雰囲気または中性雰囲気による特性劣化を防止でき、かつ一定レベル以上の耐電圧を保ちつつ、比抵抗が十分に小さい正特性サーミスタ磁器組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の正特性サーミスタ磁器組成物は、組成式が(BaSrCaPbPrSm)Ti(但し、x+y+z+s+t+u=1、0.415≦x≦0.805、0.02≦y≦0.30、0.05≦z≦0.20、0.01≦s≦0.24、0.002≦t≦0.004、0.002≦u≦0.004、0.97≦v≦1.05、t/u=0.74〜1.25)で表される固溶体と、前記固溶体に対する重量が0.001〜0.03wt%のMnと、前記固溶体に対する重量が0.09〜1.0wt%のSiとを含むことを特徴とする。
【0009】
この構成によると、半導体化剤であるPrとSmの両方を上記の配合比(t/u=0.74〜1.25)で添加することにより、比抵抗の増加および耐電圧の低下を抑制しつつ、正特性サーミスタ磁器組成物を緻密化させることができる。この緻密化により、還元性物質等の正特性サーミスタ磁器組成物内への侵入を防ぎ、還元性雰囲気または中性雰囲気による特性劣化を抑制することができる。
また、比抵抗が十分に小さく、かつ耐電圧が一定レベル以上であるため、低電圧電源に使用可能である。
【発明の効果】
【0010】
本発明によると、還元性雰囲気または中性雰囲気による特性劣化を防止でき、かつ一定レベル以上の耐電圧を保ちつつ、比抵抗が十分に小さい正特性サーミスタ磁器組成物を得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の実施形態に係る正特性サーミスタ磁器組成物について説明する。
【0012】
本実施形態の正特性サーミスタ磁器組成物は、組成式(BaSrCaPbPrSm)Tiで表される固溶体を含む正特性サーミスタ磁器組成物であって、上記固溶体に対し、マンガン(Mn)と、シリコン(Si)とが含有される。
ここで、固溶体の組成値x、y、z、s、t、u、vは、x+y+z+s+t+u=1、0.415≦x≦0.805、0.02≦y≦0.30、0.05≦z≦0.20、0.01≦s≦0.24、0.002≦t≦0.004、0.002≦u≦0.004、0.97≦v≦1.05、t/u=0.74〜1.25を満たすものである。
【0013】
なお、プラセオジム(Pr)およびサマリウム(Sm)は、正特性サーミスタ磁器組成物の主成分であるBa、TiOを半導体化させるためのものである。
また、ストロンチウム(Sr)、カルシウム(Ca)および鉛(Pb)は、キュリー温度を制御するためのものである。
【0014】
なお、Prは、原子価が3価のものと、4価のものが存在するが、上記組成物中のPrは、3価と4価の何れか一方だけでもよく、両方を含んでいてもよい。
【0015】
また、上記固溶体の重量に対し、Mnは、正特性サーミスタ磁器組成物中に0.001〜0.03wt%含有され、Siは、0.09〜1.0wt%含有される。
なお、Mnは、正特性サーミスタ磁器組成物の特性を制御するためのものであり、Siは、正特性サーミスタ磁器組成物を製造する際の焼結を促進させるためのものである。
【0016】
正特性サーミスタ磁器組成物を製造する際には、まず、所定の配合比で配合された原料を湿式で混合した後、脱水・乾燥してから、仮焼し、仮焼体を得る。そして、得られた仮焼体を粉砕した後、バインダを加えて造粒し、所望の形状に成形してから、焼成する。これにより、正特性サーミスタ磁器組成物が製造される。この正特性サーミスタ磁器組成物に電極を形成することにより正特性サーミスタが得られる。
【0017】
ここで、正特性サーミスタ磁器組成物の耐還元性を向上させる方法としては、還元性物質等が素子の内部に侵入するのを抑制するために、焼結時に発生するオープンポア(微細孔)を低減させて、正特性サーミスタ磁器組成物の構造をより緻密化することが考えられる。
オープンポアを低減するためには、半導体化剤を増やすことが考えられるが、通常、半導体化剤を増加させると、比抵抗が上昇してしまう。
【0018】
そこで、本実施形態の正特性サーミスタ磁器組成物では、半導体化剤であるPrとSmの両方を所定の配合比で添加している。これにより、比抵抗の増加および耐電圧の低下を抑制しつつ、オープンポアを低減させて緻密化させることができる。その結果、耐還元性を向上させることができる。
また、比抵抗が十分に小さく、かつ耐電圧が一定レベルであるため、低電圧電源に使用することができる。
【実施例】
【0019】
以下、本発明の具体的な実施例を比較例と合わせて説明する。
【0020】
原料として、炭酸バリウム(BaCO)、酸化チタン(TiO)、炭酸ストロンチウム(SrCO)、炭酸カルシウム(CaCO)、酸化鉛(Pb)、酸化プラセオジム(Pr11)、酸化サマリウム(Sm)、炭酸マンガン(MnCO)、二酸化ケイ素(SiO)を準備し、これらを表1に示す組成となるように配合した。
なお、Pr11は、3価のPrと4価のPrとを含む酸化物であって(Pr11=Pr+4PrO)、Prの酸化物の中で最も安定している。
【0021】
【表1】

【0022】
この混合物を湿式で混合した後、脱水乾燥してから、1150℃で2時間仮焼した。
次に、得られた仮焼体を湿式で粉砕した後、バインダを加えて造粒して、造粒粉体を得た。この造粒粉体を一軸方向に圧力を加えることにより円柱状に成形してから、1300℃で1時間焼成し、焼結体(正特性サーミスタ磁器組成物)を得た。
この焼結体の両面に、Niメッキを施した後、銀ペーストを塗布して電極を形成し、正特性サーミスタを作製した。
【0023】
得られた正特性サーミスタについて、大気中で25℃での比抵抗ρ25、耐電圧、およびジャンプ幅φを測定した。比抵抗ρ25と耐電圧の測定結果を表2に示す。
なお、ジャンプ幅(比抵抗変化幅)φは、抵抗温度特性曲線で表わされる最大比抵抗値(ρmax)を最小比抵抗値(ρmin)で除算して、その解を常用対数値で表わした値であり、φ=(log10(ρmax/ρmin))で表される。
次に、水素ガスとプロパンガスの還元性雰囲気中に正特性サーミスタを投入し、250℃で1時間放置して、還元処理した後、25℃での比抵抗ρ´25、およびジャンプ幅φ´を測定した。
そして耐還元性を評価するために、還元処理の前後でのジャンプ幅の変化Δφ(Δφ=φ−φ´)と、還元処理の前後での比抵抗の変化率Δρを測定した。これらの結果も表2に示す。
なお、比抵抗の変化率Δρ[%]は、Δρ={(ρ25−ρ´25)/ρ25}×100により算出した。
【0024】
【表2】

【0025】
ここで、還元処理前後でのジャンプ幅の変化Δφが小さく、かつ比抵抗の変化率Δρが0に近いほど、耐還元性に優れている。表2において、ジャンプ幅の変化Δφの判定欄には、Δφが1.0以下の場合に○印を表示し、比抵抗の変化率Δρの判定欄には、Δφが±20%以内の場合に○印を表示した。両方の判定結果が(○印)の場合に、耐還元性があると評価できる。
【0026】
また、表2中の比抵抗ρ25の判定欄には、40Ω・cm以下の場合に○印を表示し、耐電圧の判定欄には、50V/mm以上の場合に○印を表示している。この比抵抗と耐電圧の数値は、低電圧電源に使用される正特性サーミスタに要求される性能である。
また、上述した4つの判定結果が全て良好(○印)の場合に、表2中の評価欄に○印を表示した。
【0027】
表2の結果より、本発明の実施例の正特性サーミスタ(A−1、A−2、B−1、B−2、C−1、C−2、D−1、D−2、E−1〜E−5、F−1〜F−4、G−1〜G−3、H−1、H−2)は、耐還元性に優れており、かつ、低比抵抗・高耐電圧であるため、低電圧電源での使用に適していることが分かる。
以下、より詳細に検討する。
【0028】
[Prの組成値t、Smの組成値uの検討]
表2の比較例の結果より明らかなように、Prの組成値t、およびSmの組成値uのいずれか一方が0で、他方が0.002の場合(e−1、e−4)、比抵抗・耐電圧は基準値を満たしているが、焼結時に緻密化が促進されず、耐還元性が低くなる。また、t、uのいずれか一方が0で、他方が0.002を超える場合(e−2、e−3、e−5)、耐電圧・耐還元性は基準値を満たしているが、比抵抗が高くなる。
また、tおよびuが、0.002未満の場合(e−6)、および、t、uのいずれか一方が0.002で、他方が0.002未満の場合(e−8、e−9)、比抵抗は基準値を満たしているが、耐電圧が低くなり、また、焼結時に緻密化が促進されず、耐還元性が低くなる。
そして、tおよびuが、0.004を超えた場合(e−7)、および、t、uのいずれか一方が0.002〜0.004の範囲内で、他方が0.004を超えた場合(e−12、e−13)、耐電圧・耐還元性は基準値を満たしているが、比抵抗が高くなる。
また、tおよびuが、0.002〜0.004の範囲内にあっても、t/uが0.74〜1.25の範囲を外れた場合(e−10、e−11)には、耐電圧・耐還元性は基準値を満たしているが、比抵抗が高くなる。
【0029】
[Baの組成値x、Srの組成値y、Caの組成値z、Pbの組成値z、Tiの組成値v、Mn、Siの含有量の検討]
また、表2の比較例の結果より明らかなように、Baの組成値xが0.415未満の場合では(a−1)、耐電圧・耐還元性は基準値を満たしているが、比抵抗が高く、0.805を超えると(a−2)、比抵抗・耐還元性は基準値を満たしているが、耐電圧が低くなる。
そして、Srの組成値yが0.02未満では(b−1)、比抵抗は基準値を満たしているが、耐電圧・耐還元性が低くなり、0.300を超えると(b−2)、耐電圧・耐還元性は基準値を満たしているが、比抵抗が高くなる。
また、Caの組成値zが0.05未満では(c−1)、比抵抗・耐還元性は基準値を満たしているが、耐電圧が低くなり、0.20を超えると(c−2)、耐電圧・耐還元性は基準値を満たしているが、比抵抗が高くなる。
そして、Pbの組成値sが0.01未満では(d−1)、比抵抗は基準値を満たしているが、耐電圧・耐還元性が低くなり、0.24を超えると(d−2)、耐電圧・耐還元性は基準値を満たしているが、比抵抗が高くなる。
さらに、Tiの組成値vが0.97〜1.05の範囲を外れた場合(f−1、f−2)、耐電圧・耐還元性は基準値を満たしているが、比抵抗が高くなる。
また、Mnの含有量が、0.001wt%未満では(g−1)、比抵抗・耐還元性は基準値を満たしているが、耐電圧が低くなり、0.030wt%を超えると(g−2)、耐電圧・耐還元性は基準値を満たしているが、比抵抗が高くなる。
そして、Siの含有量が、0.09wt%未満では(h−1)、耐電圧・耐還元性は基準値を満たしているが、比抵抗が高くなり、1.0wt%を超えると(h−2)、耐電圧・耐還元性は基準値を満たしているが、比抵抗が高くなる。
【0030】
なお、上記実施例では、PrおよびSmは、酸化物の形で添加されたが、PrおよびSmを含む他の化合物(硝酸塩や炭酸塩等)の状態で添加しても、同様の効果を得ることができた。
【0031】
また、Siは、SiOとして添加されたが、Siを含む他の化合物(例えば、窒化ケイ素(Si)等)の状態で添加しても、同様の効果を得ることができた。
【0032】
さらに、Mnは、MnCOとして添加されたが、Mnを含む他の化合物(硝酸塩や酸化物等)の状態で添加しても、同様の効果を得ることができた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
組成式が(BaSrCaPbPrSm)Ti(但し、x+y+z+s+t+u=1、0.415≦x≦0.805、0.02≦y≦0.30、0.05≦z≦0.20、0.01≦s≦0.24、0.002≦t≦0.004、0.002≦u≦0.004、0.97≦v≦1.05、t/u=0.74〜1.25)で表される固溶体と、
前記固溶体に対する重量が0.001〜0.03wt%のMnと、
前記固溶体に対する重量が0.09〜1.0wt%のSiと、
を含むことを特徴とする正特性サーミスタ磁器組成物。


【公開番号】特開2010−254536(P2010−254536A)
【公開日】平成22年11月11日(2010.11.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−109606(P2009−109606)
【出願日】平成21年4月28日(2009.4.28)
【出願人】(000004606)ニチコン株式会社 (656)
【Fターム(参考)】