説明

歯科矯正用ワイヤー

【課題】歯の矯正治療において、治療期間を短縮し、疼痛を和らげ、色彩的な違和感なく治療を行うため、強度が高く、低い弾性率を有し、治療のために屈曲加工した際、破断しない延性を有し、低い摩擦係数を有し、長時間安定したばね性有し、歯と違和感のない色彩を有する歯科矯正用ワイヤーを提供する。
【解決手段】ゴムメタルと称せられる高強度で低弾性率のβ型Ti合金を素材とし、これを冷間または温間で線引き加工し、円形あるいは矩形断面形状のワイヤーにした後、物理的蒸着法で金色あるいは歯の色に近い白色系の色彩を持つ、IVa族、Va族およびVIa族の窒化物薄膜、炭化物薄膜、炭窒化物薄膜あるいは金属薄膜を被覆する。引抜加工条件および皮膜形成条件を制御して、ワイヤーに捩れや曲がりなく、高強度と低い弾性率およびワイヤーを折り曲げた際、破断しない延性を維持させ、低い摩擦係数で長時間安定したばね性をもたせる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は歯の矯正治療のために供せられるワイヤーに関する。
【背景技術】
【0002】
歯の咬み合わせが悪い人や歯並びが良くない人の不正咬合治療として、Co-Cr系強力線やステンレス鋼線等の強力ワイヤーやNiTi合金線を歯に長期間押し当てて矯正することが行なわれてきた。
【0003】
しかしこれら強力鋼線や合金線は高い強度を有していると同時に、高い弾性率を有しており、これらワイヤーを患者の歯に押し付けた当初、押し付けられた高い応力に対して疼痛を感じることが多かった。また、矯正が終了するまで1年ないし3年の長期にわたって治療を続ける必要があった。また、NiTiは、Niを含んでいるためアレルギーの問題で使用が制限されていた。更に、これらワイヤーは灰色系の金属色をしており、口を開いた時の歯の色に対して違和感があり、心的な面においても患者は苦痛を強いられてきた。
【0004】
最近、高い強度を有しながら低い弾性率を示すゴムメタルと称せられるβ型Ti合金が開発され、特許第3375083号に開示された。この材料を歯科矯正用ワイヤーとして用いることができれば、これまで患者が感じていた疼痛を和らげることが可能となる。しかしながら、この合金をワイヤーに線引き加工すると大きく湾曲するのを避けることができなかった。この湾曲を是正するために加温すると、脆化して治療中の曲げ加工時に破断してしまう問題点があった。更に、摩擦係数が高く治療中に歯に沿って移動することが困難であった。また、灰色系の金属色をしており、口を開いた時の歯の色に対する違和感は改善されなかった。更に、長期間の治療中に荷重を受けたワイヤーの歪量が大きく一定の応力を付与できない問題もあった。こうした問題のため歯科矯正用ワイヤーとして用いられることはなかった。
【特許文献1】特許第3375083号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
歯の矯正治療に対してこれまで、治療期間を短縮することおよび矯正治療におけるワイヤーから受ける疼痛を和らげると共に、色彩的にも違和感なく治療期間を過ごせることが求められてきた。そのためには、矯正用ワイヤーの強度が高いだけでなく低い弾性率を有すること、治療のためにワイヤーを屈曲加工した際、破断しない延性を有していること、ワイヤーが取り扱いやすいよう湾曲していないこと、また、長期間の治療中、ワイヤーに一定の歪を与えた際に、歯に付与する応力の減少が少ないことが要求される。更に歯と違和感のない色彩を有していること、更にワイヤーが歯の矯正とともに、適正な位置に移動できるよう、ワイヤーの摩擦係数が低いことが歯科矯正用ワイヤーに求められる。また、ワイヤーが歯に沿って確実に当り、歯に適正なトルクを付与できることが望まれる。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、歯科矯正用ワイヤーとして従来用いられてきた強力線やNiTi合金線に替わって、800MPa以上の高強度を持ちながら70GPa以下の低い弾性率を示すβ型Ti合金を素材として用いる。これを冷間または温間において線引き加工して、円形あるいは矩形断面形状のワイヤーに加工した後、物理的蒸着法を用いて美しい金色あるいは歯の色に近い白色系の色彩を持つ、IVa族、Va族およびVIa族の窒化物薄膜、炭化物薄膜、炭窒化物薄膜あるいは金属薄膜を被覆することによって上述した諸課題を改善できることを見出した。
【0007】
800MPa以上の強度と70GPa以下の弾性率を有するTi合金としてはVa族の元素を多量に含むβ型Ti合金が開発されている。この材料は800MPa以上の高い強度を有しているにもかかわらず、70GPa以下の低い弾性率を有しており、更に、ワイヤーに線引き加工しても従来の金属と異なり、加工硬化が少なく、ほとんど同程度の高い強度と低い弾性率を維持している。このため、低い力で歯に沿わせることができ、また矯正治療に適した形に容易に折り曲げることができる。また、弾性率が小さいことは、歯の移動によるひずみの変化に対して、保持応力の変化がすくなく安定した力を歯に与えることに寄与する。800MPa未満の強度では、強度が不足し、歯の矯正に長期間を必要となり好ましくない。また、弾性率が70GPa以上では、ワイヤーを歯に押し当てた際、患者が疼痛を感じるようになる。
本発明の目的を達成するには、矯正用ワイヤーの素材に800MPa以上の強度と70GPa以下の弾性率を有せしめたβ型Ti合金を素材として用いることが重要である。
【0008】
歯科矯正用ワイヤーには、歯に沿わせて使用する単線ワイヤーと、単線ワイヤーに一層の応力を付加するために用いられるコイルスプリングワイヤーがある。一般に、ワイヤーの断面形状としては、円形が最も多く使用されている。しかし、矯正用ワイヤーの内、単線のまま使用される場合には、円形よりも矩形の方が歯に沿わせて固定しやすい。また、矯正しようとする歯にトルクを与えることが可能となるので、矯正術者の矯正方法に多くの選択肢を与え、短期の矯正を可能にする。ただし、この場合、初期の線に捩れがあると、矩形の面だけでなく、角が歯に当る部分が生じることになり、ワイヤーの全長にわたって歯に密着させることができなかったり、不正確なトルクが歯にかかることになる。従って、ワイヤーに捩れがないことがないことが重要である。
断面が矩形の場合、ワイヤーの角に触れて、口腔内を傷付ける恐れが生じる。このような事故を防ぐためには、矩形ワイヤーのコーナーにR0.03mm以上のアールを設ける必要がある。
歯科矯正用ワイヤーの内コイルスプリングワイヤーとして用いられる場合には特に矩形である必要はなく、円形であっても差し支えない。この場合、線径は1mmφを越えるとスプリングの強度が高くなりすぎるため、1mmφ以下であることが必要である。
【0009】
このβ型Ti合金ワイヤーは、従来使用されてきた矯正用ワイヤーと同様、灰色系の金属色をしており、従来と同様、患者が口を開けたときに違和感を感じることは避けられない。また、線の摩擦抵抗が1.0前後と高く、ワイヤーに沿って歯が移動し難い点も変わらない。これらの問題点を解決するため、本発明では物理的蒸着法を用いて、IVa族、Va族およびVIa族の窒化物薄膜、炭化物薄膜、炭窒化物薄膜あるいは金属薄膜を被覆する。IVa族およびVa族の窒化物としては、TiNやZrNなどがあり、美しい金色あるいは白色が加わった薄い金色の色彩を示す。IVa族、Va族およびVIa族の金属薄膜は、歯の色に近い白色を示す。また、VIa族の窒化物薄膜であるCrNは光沢のある金属色を示し、患者の好みに応じて皮膜の材種を選択することができる。歯にこれらを被覆したワイヤーを装着することによって、従来の矯正ワイヤーで感じていたような違和感が減少する。中でもTiの窒化物であるTiNあるいは金属TiはTi合金ワイヤーに最も密着性良く被覆させることができる。また、CrN皮膜はTiN系に比べて摩擦係数が低く、矯正時のワイヤーの移動がスムースに行われやすいなどの特徴を有する。
【0010】
上述の皮膜を被覆する方法としては、物理的蒸着法の他に、化学的蒸着法やメッキ法があるが、化学的蒸着法では処理温度を高くしなければならず、処理中にTi合金ワイヤーを脆化してしまう。また、メッキ法では密着性が高くなく、治療のためワイヤーを折り曲げた際に、皮膜が剥離する恐れがある。これに対し、物理的蒸着法では比較的低い温度で密着性良く窒化物や炭窒化物、炭化物あるいは金属薄膜を被覆することができる。
物理的蒸着法であっても、原料ターゲットからの輻射熱によって、処理中に温度が上昇する。処理中にワイヤーの温度が320℃以上に加熱されると、当該β型Ti合金ワイヤーを脆化してしまい、治療に際し、150°以上に折り曲げた際、破断してしまう。歯科矯正用ワイヤーとしては150°以上に折り曲げても破断しない延性を維持していることが必要である。このため被覆処理中にワイヤーの温度が320℃を超えないようにしなければならない。
【0011】
一方、当該β型Ti合金を線引き加工した状態においては、加工応力が内在しているために、大きく湾曲している。加工方法を最適化しても、200mm当り10mm以上の曲りを避けることは困難である。大きく湾曲したままでは、歯科矯正用ワイヤーとしては使用しにくい。コイルスプリングに加工する際にも大きな曲がりがあっては加工が困難となる。本発明では、800MPa以上の強度と70GPa以下の弾性率を有するβ型Ti合金を線引き加工したワイヤーに上述の薄膜を被覆処理する際に、ワイヤーを250℃以上に加熱する事により曲がりが200mm当り7mm以下に軽減することを見出した。
しかし、320℃以上にすると、前述したように、当該ワイヤーは脆化してしまうため、被覆処理中の温度を250℃以上320℃以下の狭い範囲に制御することが必要である。
【0012】
また、このβ型チタン合金を上記の温度範囲で被覆処理することにより、一定のひずみを与えたときに応力が時間の経過と共に減少するリラクゼーションを小さくすることができ、ばねとして利用した場合の「へたり」を小さくすることができることを見出した。こうした特性は、長時間応力をかけて歯を移動させる歯科矯正ワイヤーにとっては重要であり、時間に伴うワイヤー自身のばね特性の劣化をきわめて小さくして、長期間安定した応力を歯に与えることを可能とする。
【0013】
皮膜厚さは特に規定する必要はないが、ワイヤー全面に金色あるいは白色系の色彩を付与するためには、0.05μm以上が望ましい。また、厚くするとワイヤーを曲げ加工した際に、皮膜が剥離しやすくなる上、被覆処理時間を長くする必要があるため、2μm以下であることが望ましい。
【0014】
歯の矯正治療に、ワイヤーに沿って歯が適正な位置に移動するためには、ワイヤー表面の摩擦抵抗が低いことが重要である。従来のワイヤー材料や、本発明が素材として用いるβ型Ti合金の摩擦抵抗は低くない。
【0015】
ワイヤー表面の摩擦抵抗を低くするためにはまず、表面粗さをRz2.0μm以下にしておくことが必要である。ワイヤーに加工した後の表面粗さを前述の表面粗さ以下にしておくとともに、皮膜を被覆した際に、表面粗さを大きく増加させてはいけない。皮膜を被覆する物理的蒸着法にはイオンプレーティング法やスパッタリング法がある。しかし、イオンプレーティング法を用いると最大、1μm前後の粒子が、処理中の原料ターゲットから飛散してきて皮膜内に含まれやすいため、ワイヤーに加工した後の表面粗さがRz2.0μmに近い場合には、皮膜を被覆後の表面粗さがRz2.0μmを超えてしまう恐れがある。これに対し、スパッタリング法では大きい粒子の飛散はほとんどなく、ワイヤーに加工した後の表面粗さをほぼそのまま維持することができる。表面粗さがRz2.0μm以下の平滑な皮膜を得るためには、被覆法としてはスパッタリング法が好ましい。
【0016】
表面粗さがRz2.0μm以下の平滑な表面にするとともに、β型Ti合金の表面に前述した薄膜を被覆することによって摩擦抵抗を下げることができる。前述した薄膜の中でも、金属薄膜より窒化物、炭窒化物あるいは炭化物皮膜の方が摩擦抵抗は小さい。摩擦抵抗を小さくしたことによって、歯の矯正中にワイヤーに沿って歯が移動しやすくなり、治療期間の短縮に大きく寄与する。
【発明の効果】
【0017】
本発明により、従来より大幅に短い期間で歯の矯正治療を完了することができる。また、歯の矯正治療における疼痛を和らげると共に、外観的にも違和感なく治療期間を過ごせることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
高強度でありながら低い弾性率を有するβ型Ti合金を、冷間において、円形や矩形断面のワイヤーに加工する。加工後のワイヤーに捩れを発生させることなく加工することができるが、ワイヤーが大きく湾曲することは避けられない。これをイオンプレーティング装置あるいはスパッタリング装置に取り付けて、IVa族、Va族およびVIa族の窒化物薄膜、炭化物薄膜、炭窒化物薄膜あるいは金属薄膜を被覆する。これら皮膜を被覆する際、250から320℃の範囲に制御しながら被覆処理をすることが重要である。その結果、高強度でありながら弾性率が低く、荷重を長期間受けた際のへたりが小さく、摩擦係数が低く、真直で、美しい色彩の歯科矯正用ワイヤーを製造することができる。このワイヤーを用いて、歯の矯正することによって、ワイヤーを取り付けた際の、患者の疼痛がなく、また、歯の色との違和感を感じることもなく、従来より短い期間で歯の矯正治療を完了することができる。
【実施例】
【0019】
以下に具体的な実施例を述べる。
【0020】
実施例1 30%Nbと0.7%Ta,0.7%Zrおよび1.2%Oを含み、残部Tiからなるβ型Ti合金コイルを線引き加工した。素材のTi合金コイルの線形は0.65mmφで、引張強度は860MPaおよび弾性率は45GPaであった。線引きした4種類の形状のワイヤについて断面寸法および機械的特性を表1に示す。曲りは200mm長さ当りの直線からのずれで評価している。No.AとNo.Dは丸形状のワイヤーでNo.BとNo.Cは矩形断面をしている。いずれも800MPa以上の強度と70GPa以下の弾性率を有しており、線引き前と比較して、強度は高くなっているが、弾性率は大きな変化はなく、歯科矯正用ワイヤー特性としては好ましい特性値に変化している。また、捩れが全く見られなかった。ただ、引抜加工状態のワイヤーは200mm当り10〜30mmと大きく曲っていた。この曲がりはこの後、歯に沿った形状に曲げ加工したり、コイルスプリングに加工する際に支障をきたす。
【表1】

【0021】
これら線引き加工したβ型Ti合金ワイヤーを、スパッタリング装置に取り付け、4x10-3Pa以下に排気後、ヒーターにより300℃に加熱した。1時間後、Arガスを導入して0.52Paとし、皮膜原料のTi、ZrあるいはCrターゲットに電圧を加えてArプラズマを発生させ、それぞれTi、Zr、Crを蒸発させた。引き続いて、窒素ガスを全体ガス量の20%になるように炉内に導入した。これによって、Ti合金ワイヤー表面上で、Ti、ZrあるいはCrと窒素が反応して、それぞれTi、ZrあるいはCrの窒化物皮膜を形成した。皮膜形成中、ワイヤーの温度が上昇してきたため、5分間成膜した後、3分間成膜を休止する工程を2回ないし6回繰り返した。皮膜厚さは0.05〜0.3μmであった。これらの窒化物薄膜を被覆したβ型Ti合金ワイヤーの曲り、延性、表面粗さおよび色調を表2に示す。曲りは表1と同様、200mm長さ当りの直線からのずれで示している。皮膜形成後の曲がりはいずれも200mm長さ当り5mm以下で、引抜加工状態に比べて大きく改善されている。窒化物皮膜を被覆したワイヤーの強度や弾性率は、皮膜形成前と比べてほとんど変化していない。また、延性は150°曲げた際のワイヤーの切断の有無で評価しているが、いずれも切断の様子は全くなく良好であった。TiNおよびZrNの色調は美しい金色あるいは白金色を呈していた。表面粗さはいずれも、Rz2.0μm以下で、摩擦係数はいずれも0.5〜0.6で滑らかであった。
また、CrNは光沢のある金属色で、摩擦係数は0.30と低い値を示していた。
【表2】

【0022】
実施例2
実施例1に述べたβ型Ti合金ワイヤー、No.Bを、スパッタリング装置に取り付け、4x10-3Pa以下に排気後、ヒーターにより300℃に加熱した。1時間後、Arガスを導入して0.52Paとし、皮膜原料のTiターゲットに電圧を加えてArプラズマを発生させ、それぞれTiを蒸発させた。引き続いて、窒素ガスとCH4ガスを全体ガス量のそれぞれ10%になるように炉内に導入した。これによって、Ti合金ワイヤー表面上で、Tiと窒素およびCH4ガスが反応してTiの炭窒化物膜、TiCNが形成される。また、窒素ガスを導入しないで、ArガスとCH4ガスを導入すると、TiCが形成される。いずれの場合も成膜中温度が上昇してくるので5分間成膜した後、5分間成膜を休止する工程を5回繰り返した。皮膜厚さは0.2〜0.25μmであった。これらの炭窒化物薄膜を被覆したβ型Ti合金ワイヤーの曲り、延性、表面粗さおよび色調を表3に示す。曲りは表1、2と同様、200mm長さ当りの直線からのずれで示している。皮膜形成後の曲がりはいずれも200mm長さ当り5mm以下で、引抜加工状態に比べて大きく改善されている。炭窒化物皮膜を被覆したワイヤーの強度や弾性率は、皮膜形成前と比べてほとんど変化していない。また、延性は150°曲げた際のワイヤーの切断の有無で評価しているが、いずれも切断の様子は全くなく良好であった。表面粗さはいずれも、Rz2.0μm以下で、摩擦係数はTiN皮膜の場合より低い値を示した。
【表3】

【0023】
実施例3 12%Ta、9%Nb,3%V,6%Zr,1%O残部Tiからなるβ型Ti合金コイルを線引き加工した。Ti合金コイルの線形は0.80mmφで、引張強度は840MPaおよび弾性率は46GPaであった。線引き後の断面寸法および機械的特性を表4に示す。断面は矩形をしている。いずれも800MPa以上の強度と70GPa以下の弾性率を有している。また、捩れが全く見られなかった。ただ、引抜加工状態のワイヤーは200mm当り10〜20mmと大きく曲っていた。
【表4】

【0024】
これら線引き加工したβ型Ti合金ワイヤーを、スパッタリング装置に取り付け、4x10-3Pa以下に排気後、ヒーターにより280℃に加熱した。1時間後、Arガスを導入して0.8Paとし、皮膜原料のTi、Vターゲットに電力を加えてアークスポットを発生させ、TiあるいはVを蒸発させ、Ti合金ワイヤー表面にTi薄膜あるいはV薄膜を蒸着した。皮膜形成中、ワイヤーの温度が上昇するため、5分間成膜した後、5分間成膜を休止する工程を4回繰り返し、合計20分間皮膜形成を行った。皮膜厚さは0.8μmであった。こうしてTi薄膜あるいはV薄膜を被覆したβ型Ti合金ワイヤーの曲り、延性、表面粗さおよび色調を表5に示す。ワイヤーの曲りは、200mm長さ当りの直線からのずれで示している。皮膜形成後はいずれも5mm以下で、引抜加工状態に比べて大きく改善されている。金属皮膜を被覆したワイヤーの強度や弾性率は、皮膜形成前と比べてほとんど変化していない。また、150°曲げた際のワイヤーの切断の有無で評価した延性は良好であった。色調は歯に近い白色を呈していた。
【表5】

【0025】
実施例4
実施例1における引抜きNo.Dの0.23mmφのワイヤーに実施例1において述べた条件で、TiNを被覆したワイヤを用いて、外径1.44mm、長さ50mm、巻き数125の圧縮コイルばねを作成した。同時に、被覆処理を行わないNo.Dの0.23mmφのワイヤーを用いて圧縮コイルばねを作成した。これら2つ圧縮コイルばねについて、室温にて圧縮荷重120gを2000時間付与した場合のばねに生じる永久歪を測定した。その結果を図1に示す。TiNを被覆したものは被覆していないものに較べて30%以上永久歪みが小さくなっている。永久歪みが小さいことは、ばねのへたりが小さく耐久性が優れていることを意味し、安定した歯科矯正を可能にする。
【0026】
実施例5
上述した表2中にあるNo.B1に示す本発明のワイヤーを、20歳の女性の歯科矯正治療に用いた。従来の強力線に比べて、矯正治療用に加工するのが容易であった。歯にかかる力が柔らかで、従来、治療の初期に患者が訴えていた痛みが大きく軽減されていた。歯の移動速度が従来の10倍程度大きく、従来の強力線を用いる治療では1〜2年を要していた工程を、本発明のワイヤーを用いることにより、6週間で済んだ。また、色調が美しい金色をしており、口を開けた際の違和感が軽減されていた。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】2種類のコイルばねに圧縮荷重120gを付与した時の永久歪と時間の関係を示した図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
800MPa以上の強度と70GPa以下の弾性率を有するβ型Ti合金ワイヤーに、IVa族、Va族およびVIa族の窒化物薄膜、炭化物薄膜、炭窒化物薄膜あるいは金属薄膜を被覆したことを特徴とする歯科矯正用ワイヤー。

【図1】
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【公開番号】特開2008−86633(P2008−86633A)
【公開日】平成20年4月17日(2008.4.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−272712(P2006−272712)
【出願日】平成18年10月4日(2006.10.4)
【出願人】(502262654)株式会社丸ヱム製作所 (6)
【出願人】(305061014)有限会社表面改質研究所 (2)
【Fターム(参考)】