説明

水素吸蔵合金用タンク

【課題】熱伝達性能を向上させるためタンクに表面処理を施すことにより、吸蔵合金の水素吸収・放出速度を向上させる。
【解決手段】筒状のタンクの内部に水素吸蔵合金の粉末を充填する密閉タンクにおいて、タンク本体1の内壁面を銅被膜2で被い、当該タンク本体1内に、中心空洞部8を形成する小円筒体4の外周に、挿入するタンク本体1の内周壁面まで放射状に伸び、かつ小円筒体4の軸方向に伸びたフィン5を多数有する銅製の中空フィン3を嵌め入れた。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、水素を貯蔵し、必要時に速やかな水素充填放出を可能とする水素吸蔵合金用タンクに関するものである。
【背景技術】
【0002】
水素は燃やしても水にしかならず、燃料電池により電気としても取出し出せることから、将来のクリーンな2次エネルギーとして期待されている。現在、燃料電池車を初めとして、水素エネルギーの実用化に向けた開発が活発に進められているが、水素社会で実現する上で最も難しい課題とされているのが、水素の安全かつコンパクトな貯蔵方法である。
【0003】
水素は体積エネルギー密度は非常に小さく、例えば、燃料電池車が約500km走行するためには約61,000リットルもの水素ガス(25°C、5kg)が必要とされる。このため、高密度でコンパクトな水素貯蔵方法の開発が望まれている。圧縮水素で貯蔵する方法があるが、高圧になるほど安全性が問題となる。また、液体水素で貯蔵する方法では冷却エネルギーとボイルオフを防ぐ密封性が問題となる。そこで、安全な常温常圧付近で最もコンパクトに水素を貯蔵できる水素吸蔵合金が注目されている。
【0004】
水素吸蔵合金が水素と反応するようになるには、初期活性化処理が必要となる。通常、活性化処理は、真空熱処理や室温下で高圧水素を印加することにより、合金表面が清浄化(酸化被膜層を除去)され、水素が金属内部に侵入しやすくなる。しかし、繰り返し吸蔵・放出すると合金が微粉化し、大気に触れると酸化されて再び水素と反応しにくくなることから、どのようなシステムにおいても水素吸蔵合金は密閉タンクに封入された状態で使用されるのが普通である。
【0005】
図8にTiFe合金の水素吸蔵特性線(JIS H 7301)を示す。合金が封入されたタンク内の水素を加圧していくと、水素を大量に吸蔵する水素圧に達する。この水素圧はプラトー圧とも呼ばれ、合金種によってさまざまな値を示すが、図8に示すように温度とともに上昇してしまう。
【0006】
また、水素吸蔵合金は水素を吸蔵する時は発熱反応を、放出時は吸熱反応をそれぞれ示す。このため、例えば、水素充填時にプラトー圧に達すると、合金温度が上昇して水素平衡圧も上昇するので、合金タンクの水素吸収速度は遅くなる。また、水素放出時においては逆に合金温度は氷点下となり、そのときの水素平衡圧は大気以下まで低下するので、合金温度が室温に戻るまでほとんど水素を放出しなくなる。この様に、水素吸蔵合金の水素吸収・放出速度は反応熱とその放熱性に大きく影響される。
【0007】
合金反応熱は合金タンクの水素充填・放出速度を支配する大きな因子である。大型の水素吸蔵合金タンクになるほど熱容量が増すので、その影響はますます顕著になり、タンクの伝熱性が水素吸放出速度を決める律速条件となる。このため現状では、特許文献1に示すように、コスト高でも合金タンクに熱交換器を併設したり、冷却水をタンクに循環させたりして水素吸蔵速度を改善する対策が採られている。また、特許文献2に示すように、合金タンクの形状、合金粉末の詰め方についても伝熱性を改善するための設計が工夫されている。
【0008】
【特許文献1】特開2003−262300号公報
【特許文献2】特開平8−178463号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、上記特許文献1のように、合金タンク内に熱媒体を通す熱交換器を設けるものは設備を要し、コスト高となる。また、タンク内にフィンを設けて放熱効果を上げるものも、水素吸収・放出速度を上げるのに限界がある。
【0010】
そこで、この発明は、熱伝達性能を向上させるためタンクに表面処理を施すことにより、吸蔵合金の水素吸収・放出速度を向上させる、水素吸蔵合金用密閉タンクを提供することも目的としたものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
請求項1の発明は、水素吸蔵合金の粉末を充填する密閉タンクにおいて、筒状のタンク本体の内壁面が銅被膜で被われた、水素吸蔵合金用密閉タンクとした。
【0012】
請求項2の発明は、前記請求項1の発明において、中心空洞部を形成する小円筒体の外周に、挿入するタンク本体の内周壁面まで放射状に伸び、かつ小円筒体の軸方向に伸びたフィンを多数有する中空フィンを前記タンク本体の内部に嵌め入れた、水素吸蔵合金用密閉タンクとした。
【0013】
また、請求項3の発明は、請求項2の発明において、前記中空フィンが銅製である水素吸蔵合金用密閉タンクとした。
【0014】
また、請求項4の発明は、前記請求項2の発明において、前記中空フィンの少なくとも外周層が、銅又は銅と同程度の熱伝導率を有するものから成る水素吸蔵合金用密閉タンクとした。
【0015】
また、請求項5の発明は、前記請求項1〜4に記載のいずれかの発明において、前記銅被膜は溶射により形成された水素吸蔵合金用密閉タンクとした。
【発明の効果】
【0016】
請求項1の発明によれば、タンク本体の内壁面に熱伝導性の良い銅被膜を設けたことにより、合金反応熱を速やかにタンク表面に伝達し、タンク外への放熱が促進され、その結果、高速な水素充填・放出を可能にする。

【0017】
また、請求項2の発明によれば、さらに、小円筒体の外周にフィンを多数有する中空フィンを設け、これらのフィンにより区画された多数の小室に水素吸蔵合金の粉末を分けて充填し、かつ各小室が小円筒体の中心空洞部に面しているため、合金反応熱をより速やかにタンク表面に伝達し、タンク外への放熱が促進され、その結果、高速な水素充填・放出を可能にする。
【0018】
請求項3又は4の発明によれば、タンク本体の内周壁面に銅被膜を設け、さらに、中空フィンを銅製又は少なくともその外周層を銅又は銅と同程度の熱伝導率を有するものしたため、さらに放熱性に優れ、水素の吸蔵及び放出の速度が一段と向上する。
【0019】
また、請求項5の発明によればタンクの内壁面の銅被膜が溶射により設けられているため、タンクと銅被膜との密着性が良いので、放熱性は確実に高い。また、タンク本体を製造後に被膜を形成するが、この被膜形成が極めて容易である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
この発明は、筒状のタンクの内部に水素吸蔵合金の粉末を充填する密閉タンクにおいて、タンク本体の内壁面を銅被膜で被い、当該タンク本体内に、中心空洞部を形成する小円筒体の外周に、挿入するタンク本体の内周壁面まで放射状に伸び、かつ小円筒体の軸方向に伸びたフィンを多数有する銅製の中空フィンを嵌め入れ、前記多数のフィンにより区画された多数の小室に水素吸蔵合金を充填する構成とした。
【0021】
これにより、放熱効果が上がり、高速な水素充填・放出を可能にする。
【実施例1】
【0022】
以下、この発明の実施例1を図に基づいて説明する。図1はこの発明の密閉タンクの断面図、図2は同密閉タンクのタンク本体の斜視図、図3は同じくタンク本体の断面図、図4は密閉タンクの中空フィンの斜視図である。
【0023】
この密閉タンクに使用するタンク本体1は、一端が塞がれた筒体からなり、他端の開口部を図外の蓋で被い、内部を密閉するものである。また、タンク本1は鉄、アルミ、ステンレス等、種々の材質のものがある。このタンク本体1の内周壁面は、図3に示すように、溶射により銅被膜2が設けられている。この銅被膜2は溶射に限らず、めっき方法等、他の方法により形成しても良い。
【0024】
また、このタンク本体1の中空内部1aに嵌め入れる中空フィン3は、図4に示すように、小径の小円筒体4の外周から放射状に多数のフィン5を突出させ、各フィン5は小円筒体4の軸方向に伸びている構造から成る銅製のものである。
【0025】
この中空フィン3は、図1に示すように、タンク本体1の中空内部1aに嵌め入れられる。これにより、前記中空フィン3の各フィン5の外端縁はタンク本体1の内周壁面に近接している。そして、この中空フィン3の各フィン5に区切られた小室6に水素吸蔵合金粉末7が充填されている。
【0026】
この様にして、水素吸蔵合金粉末7と銅処理面(銅被膜2及び銅製の中空フィン3)との接触面積を広くし、最も熱の滞留しやすいタンク容器の中心部は、前記小円筒体4の中心空洞部8を形成することで、タンク外へ放熱されやすい構造となっている。
【0027】
次に、中空フィン3及びタンク本体1の内周壁面に銅溶射を施したタンクとこれらを設けないタンクとの水素の吸蔵及び放出速度と、タンク表面温度の測定を行った。その結果を図5及び図6に示す。
【0028】
図5は水素圧4MPaでの水素の吸蔵、放出速度の測定結果であり、タンク本体1の内周壁面の「表面処理」を施さないものは「なし」と表示し、施したものを「銅溶射」と表示した。また、タンク内にフィン構造を設けないものは「なし」と表示し、銅製の中空フィン3を設けたものは「放射型銅フィン」と表示した。
【0029】
銅溶射を施し、フィン構造なしのものは、表面処理なし及びフィン構造なしのものと比べ、吸蔵速度は、80%充填の時間が31分と、ほぼ変化していないが、放出速度は、80%放出の時間が110分から88分に短縮されている。また、銅溶射と放射型銅フィンを用いたものは、表面処理なし及びフィン構造なしのものと比べ、吸蔵速度は、80%充填の時間が31分から5分弱に短縮され、また、放出速度は80%放出の時間が110分から54分に短縮された。従って、この発明のタンクの内壁面を銅被膜で被っただけのものでも放熱性が概ね良好となり、水素充填・放出速度が速くなった。
【0030】
また、図6は、水素圧4MPaでの水素吸蔵時の充填率80%到達後1時間の温度、及び、水素圧4MPaでの水素放出時の充填率80%到達後1時間の温度を測定した結果を示すもので、「表面処理」及び「フィン構造」の表示は図5と同じである。
【0031】
銅溶射を施し、フィン構造なしのものは、表面処理なし及びフィン構造なしのものと比べ、吸蔵時は温度低下が18°Cから8.6°Cに下がり、また、放出時は温度上昇が4°Cから2.1°Cに下がり、効果が得られなかった。また、銅溶射と放射型銅フィンを用いたものは、表面処理なし及びフィン構造なしのものと比べ、吸蔵時は温度低下が18°Cから20°Cなり、ほぼ変化がない。しかし、放出時は温度上昇が4°Cから12°Cに上昇した。これにより、この発明のタンクの内壁面を銅被膜で被っただけのものでも熱伝導特性が概ね向上したことが分かる。
【0032】
また、図7は、1〜4MPaの各水素圧での水素充填率80%到達時間(吸蔵速度)を測定した。また、「表面処理」及び「フィン構造」の表示は図5と同じであり、ここでは、「表面処理」なし、「フィン構造」ありの場合と、「表面処理」あり「フィン構造」ありの場合とを測定した。
【0033】
この測定の結果、銅溶射と放射型銅フィンを用いた場合は、放射型銅フィンのみの場合と比べ、各水素圧条件下において、吸蔵にかかる時間がそれぞれ短縮されている。なお、1MPa以下の利用は、高圧ガス規制にかからないため、汎用性に優れるという利点がある。
【0034】
なお、上記実施例1では中空フィン3を銅製のものとしたが、これに限らず、中空フィン3を鉄やアルミ製とし、少なくともその外周層に銅又は銅と同程度の熱伝導率のものを設けたものでもよい。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】この発明の実施例1の密閉タンクの断面図である。
【図2】この発明の実施例1の密閉タンクのタンク本体の斜視図である。
【図3】この発明の実施例1の密閉タンクのタンク本体の断面を示すもので、図2のA−A線断面図である。
【図4】この発明の実施例1の密閉タンクの中空フィンの斜視図である。
【図5】種々のタンクの水素圧4MPaでの吸放出速度の測定結果を示すグラフ図である。
【図6】種々のタンクの水素圧4MPaでの吸放出時のタンク温度の測定結果を示すグラフ図である。
【図7】種々のタンクの各水素圧での吸蔵速度の測定結果を示すグラフ図である。
【図8】TiFe合金の水素吸蔵特性線を示すグラフ図である。
【符号の説明】
【0036】
1 タンク本体 1a 中空内部
2 銅被膜 3 中空フィン
4 小円筒体 5 フィン
6 小室 7 水素吸蔵合金粉末
8 中心空洞部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水素吸蔵合金の粉末を充填する密閉タンクにおいて、筒状のタンク本体の内壁面が銅被膜で被われたことを特徴とする、水素吸蔵合金用密閉タンク。
【請求項2】
前記タンク本体の内部に、中心空洞部を形成する小円筒体の外周に、挿入するタンク本体の内周壁面まで放射状に伸び、かつ小円筒体の軸方向に伸びたフィンを多数有する中空フィンを嵌め入れたことを特徴とする、請求項1に記載の水素吸蔵合金用密閉タンク。
【請求項3】
前記中空フィンが銅製であることを特徴とする、請求項2に記載の水素吸蔵合金用密閉タンク。
【請求項4】
前記中空フィンの少なくとも外周層が、銅又は銅と同程度の熱伝導率を有するものから成ることを特徴とする、請求項2に記載の水素吸蔵合金用密閉タンク。
【請求項5】
前記銅被膜は、溶射により形成されたことを特徴とする、請求項1〜4のいずれかに記載の水素吸蔵合金用密閉タンク。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−193821(P2012−193821A)
【公開日】平成24年10月11日(2012.10.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−60023(P2011−60023)
【出願日】平成23年3月18日(2011.3.18)
【出願人】(000225201)那須電機鉄工株式会社 (22)
【Fターム(参考)】