説明

油井管用マルテンサイト系ステンレス継目無鋼管の製造方法

【課題】耐SSC性に優れた油井管用マルテンサイト系ステンレス鋼管の製造方法を提供する。
【解決手段】質量%で、C:0.015%以下、Si:1.0%以下、Mn:2.0%以下、P:0.020%以下、S:0.010%以下、Al:0.01〜0.10%、Cr:10〜14%、Ni:3〜8%以下、Ti:0.03〜0.15%、N:0.015%以下を含み、さらに、Cu:1〜4%、Mo:1〜4%、W:1〜4%、Co:1〜4%のうちから選ばれた1種または2種を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成を有するステンレス継目無鋼管に、750〜840℃の範囲の温度に加熱したのち焼入れする焼入れ処理と、引続き、650℃以下の温度で焼き戻す焼戻処理を施す。これにより、降伏強さ95ksi級の高降伏強さと、さらにHRCで27未満という低硬さを兼備し、耐SSC性に優れた油井管用マルテンサイト系ステンレス継目無鋼管となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、油井管用マルテンサイト系ステンレス継目無鋼管に係り、とくに、降伏強さYSが95ksi級(655〜758MPa)で、耐SSC性に優れた油井管用継目無鋼管の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、原油価格の高騰や、近い将来に予想される石油資源の枯渇という観点から、従来、省みられなかったような深度が深い油田や、炭酸ガス、塩素イオン等を含む厳しい腐食環境の油田やガス田、さらには寒冷地や海底といった掘削環境が厳しい油田等の開発が盛んになっている。このような環境下で使用される油井用鋼管には、高強度で、かつ優れた耐食性、さらには優れた靭性を兼ね備えた材質を有することが要求される。
【0003】
従来から、炭酸ガスCO、塩素イオンCl等を含む環境の油田、ガス田では、採掘に使用する油井管として13%Crマルテンサイト系ステンレス鋼管が多く使用されている。さらに最近では、炭酸ガスCO、塩素イオンClに加えて、硫化水素HSを含む腐食環境が極めて厳しい油田等の開発が世界的規模で行われている。このような油田、ガス田の採掘に使用する油井管としては、高温下においても高強度で、しかも耐食性、耐応力腐食割れ性を兼ね備えた鋼管が要求される。
【0004】
このような要求に対して、例えば特許文献1には、C:0.05mass%以下、Si:0.50mass%以下、Mn:0.30〜1.50mass%、P:0.03mass%以下、S:0.005mass%以下、Cr:11.0〜17.0mass%、Ni:3.0〜7.0mass%、Mo:0.5〜5.0mass%、Al:0.05mass%以下、N:0.01〜0.15mass%、O:0.005mass%以下を含み、かつNb:0.20mass%以下、V:0.20mass%以下のうちから選んだ少なくとも1種を含有し、残部は実質的にFeからなり、かつ次の3つの関係
0.8(Nb%)+(V%):0.02〜0.20、
(Cr%)+3.2(Mo%)+16(N%)+0.5(Ni%)−5(C%):17以上、
1.1{(Cr%)+1.5(Si%)+(Mo%)}−(Ni%)−0.5(Mn%)−30{(C%)+(N%)}:6以下、
を満足する、耐応力腐食割れ性および高温引張り特性に優れた油井管用高強度マルテンサイト系ステンレス鋼が提案されている。
【0005】
また、特許文献2には、C:0.003〜0.050%、Si:0.05〜1.00%、Mn:0.10〜1.50%、Cr:10.5〜14.0%、Ni:1.5〜7.0%、V:0.02〜0.20%、N:0.003〜0.070%、およびTi:0.300%以下を含み、残部は実質的にFeからなり、不純物としてのPが0.035%以下、Sが0.010%以下であり、かつ{[Ti]−3.4[N]}/[C]> 4.5を満足する組成の鋼材を850〜950℃に加熱し焼入れした後、焼戻温度Tが鋼材のAc1点±35℃の範囲内の温度で、軟化特性値LMP1(=T(20+1.7log(t))×10−3)のばらつきΔLMP1が0.5以下となる条件で焼戻すことを特徴とするマルテンサイト系ステンレス鋼の製造方法が記載されている。特許文献2に記載された技術によれば、化学組成の調整とともに、適切な温度で焼入れを行うことにより、焼戻軟化曲線の傾きが急峻な傾きとなることが防止でき、さらに厳密な焼戻条件の制御により、マルテンサイト系ステンレス鋼の耐力のばらつきを小さく抑えることができるとしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平10−130787号公報
【特許文献2】特開2004−2999号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
最近、開発される油田では、炭酸ガスCO、塩素イオンClに加えて、硫化水素HSを含む腐食環境の油田が増加し、しかも経年変化による、含まれる硫化水素HS濃度の増加が懸念されている。このため、使用する油井管用材料に対して、耐SSC性の向上が重視されるようになり、油井管用材料に対し硬さの低減が厳しく要求されるようになってきた。たとえば、YS95ksi級(655〜758MPa)の鋼管では、HRCで27未満という硬さ上限の規定を満足することが要求されている。
【0008】
しかし、このような要求に対し、特許文献1に記載された技術では、焼戻し時の降伏強さの変化が大きく、最適焼戻温度範囲が狭いため、安定して所望の降伏強さを確保することが難しく、さらに所望の低硬さを兼備させることが難しいという問題があった。また、特許文献2に記載された技術によれば、降伏強さのばらつきが小さいマルテンサイト系ステンレス鋼管の製造が可能であるが、さらなる強度の安定化が要求されていた。
【0009】
本発明は、かかる従来技術の問題を解決し、降伏強さYS95ksi級の高降伏強さを有し、さらにHRCで27未満という低硬さを兼備した、耐SSC性に優れた油井管用マルテンサイト系ステンレス鋼管を安定して製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
従来成分組成(質量%で、0.03%C−0.20%Si−0.65%Mn−13%Cr−5.5%Ni−2%Mo−0.01%V−0.05%Nを含む組成)の13Crマルテンサイト系ステンレス鋼管を、950℃に加熱し焼入れしたのち、550〜680℃の各温度で焼戻した場合の強度変化を図1に示す。図1から、従来成分組成では、YS:95ksi級のYS範囲とするためには、焼戻温度を狭い温度範囲に調整する必要が有ること、しかもHRC27未満の低硬さとすることは困難であること、がわかる。
【0011】
そこで、本発明者らは、上記した目的を達成するために、13Crマルテンサイト系ステンレス鋼管の焼戻特性におよぼす成分組成、焼入れ条件の影響について、鋭意研究した。その結果、まず所望の低硬さとするためには、0.015質量%以下という極低C量としたうえでさらに、0.03質量%以上のTiを含有する成分系として、更なる固溶C量の低減を図ることが必要であることに想到した。そしてさらに、極低C−Ti系としたうえで、焼入れ加熱温度を750〜840℃と低温化することにより、焼戻温度に対する降伏応力の変化が小さくなることを新規に見出した。この理由について、本発明者らは以下のように考えた。
【0012】
焼入れ加熱温度を上記したように低温化することにより、形成されるオーステナイトは非常に微細なものとなる。非常に微細なオーステナイトを焼入れして得られるマルテンサイトも非常に微細なものとなる。このような非常に微細なマルテンサイト組織は、多数の変態開始サイトを有していることになり、再加熱時に早い段階からオーステナイトへの変態が開始することになる。すなわち実質的にAc1変態点が低下したことになる。このことにより、焼戻時に、焼戻温度の変化に対する析出オーステナイト量の変化が小さく、したがって、焼戻後の降伏強さの変化が小さくなる。焼戻温度に対する降伏応力の変化が小さくなることにより、所望範囲の降伏強さを有する鋼管を安定して製造できることになる。
【0013】
本発明は、かかる知見に基づき、さらに検討を加えて完成されたものである。すなわち、本発明の要旨は次のとおりである。
(1)質量%で、C:0.015%以下、Si:1.0%以下、Mn:2.0%以下、P:0.020%以下、S:0.010%以下、Al:0.01〜0.10%、Cr:10〜14%、Ni:3〜8%以下、Ti:0.03〜0.15%、N:0.015%以下を含み、さらに、Cu:1〜4%、Mo:1〜4%、W:1〜4%、Co:1〜4%のうちから選ばれた1種または2種以上を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成を有するステンレス継目無鋼管に、750〜840℃の範囲の温度に加熱したのち焼入れする焼入れ処理と、650℃以下の温度で焼き戻す焼戻処理と、を施し、YS95ksi級の高降伏強さとロックウェルC硬さHRC27未満の低硬さとを兼備し、耐SSC性に優れるステンレス継目無鋼管とすることを特徴とする油井管用マルテンサイト系ステンレス継目無鋼管の製造方法。
(2)(1)において、前記組成に加えてさらに、質量%で、Nb:0.10%以下、Zr:0.10%以下、Hf:0.10%以下、Ta:0.10%以下のうちから選ばれた1種または2種以上を含有する組成とすることを特徴とする油井管用マルテンサイト系ステンレス継目無鋼管の製造方法。
(3)(1)または(2)において、前記組成に加えてさらに、質量%で、Ca:0.010%以下、REM:0.010%以下、Mg:0.010%以下、B:0.010%以下のうちから選ばれた1種または2種以上を含有する組成とすることを特徴とする油井管用マルテンサイト系ステンレス継目無鋼管の製造方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、焼戻し時の降伏強さの変化が小さくなり、狭い適正焼戻温度範囲でも、安定して降伏強さ95ksi級の高強度を確保でき、かつHRC27未満の低硬さをも兼備できるという耐SSC性に優れた油井管用マルテンサイト系ステンレス継目無鋼管を安定して製造でき、産業上格段の効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】従来組成の13Crマルテンサイト系ステンレス鋼管の焼入れ焼戻処理後の強度と焼戻温度との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
まず、本発明で、出発素材とするステンレス継目無鋼管の組成限定の理由について説明する。なお、以下、とくに断らないかぎり質量%は単に%と記す。
本発明では、C:0.015%以下、Si:1.0%以下、Mn:2.0%以下、P:0.020%以下、S:0.010%以下、Al:0.01〜0.10%、Cr:10〜14%、Ni:3〜8%、Ti:0.03〜0.15%、N:0.015%以下を含み、さらに、Cu:1〜4%、Mo:1〜4%、W:1〜4%、Co:1〜4%のうちから選ばれた1種または2種以上を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成を有するステンレス継目無鋼管を出発素材とする。
【0017】
C:0.015%以下
Cは、マルテンサイト系ステンレス鋼の強度に関係する重要な元素であり、所望の高強度を確保するためには、0.003%以上含有することが望ましいが、0.015%を超える含有は、所望の低硬さを実現できなくなるとともに、靭性、さらには耐食性が低下しやすくなる。このため、本発明では、Cは0.015%以下に限定した。なお、好ましくは0.010%以下である。
【0018】
Si:1.0%以下
Siは、通常の製鋼過程において脱酸剤として作用する元素であり、本発明では、0.05%以上含有させることが望ましいが、1.0%を超えて含有すると、靭性が低下し、さらに冷間加工性も低下する。このために、Siは1.0%以下に限定した。なお、好ましくは、安定した強度確保の観点から0.10〜0.30%である。
【0019】
Mn:2.0%以下
Mnは、強度を増加させる元素であり、本発明では油井管用鋼管として必要な強度を確保するために0.1%以上含有することが望ましいが、2.0%を超える含有は、靭性に悪影響を及ぼす。このため、Mnは2.0%以下に限定した。なお、好ましくは0.3〜0.8%である。
P:0.020%以下
Pは、耐炭酸ガス腐食性等の耐食性を劣化させる元素であり、この発明では可及的に低減することが望ましいが、極端な低減は製造コストの上昇を招く。工業的に比較的安価に実施可能でかつ耐炭酸ガス腐食性等の耐食性を劣化させない範囲として、Pは0.020%以下に限定した。なお、好ましくは0.015%以下である。
【0020】
S:0.010%以下
Sは、パイプ製造過程において熱間加工性を著しく劣化させる元素であり、可及的に少ないことが望ましいが、0.010%以下に低減すれば通常工程でのパイプ製造が可能となることから、Sは0.010%以下に限定した。なお、好ましくは0.002%以下である。
Al:0.01〜0.10%
Alは、強力な脱酸作用を有する元素であり、このような効果を得るためには、0.01%以上の含有を必要とするが、0.10%を超える含有は、靭性に悪影響を及ぼす。このため、Alは0.01〜0.10%に限定した。なお、好ましくは0.04%以下である。
【0021】
Cr:10〜14%
Crは、保護被膜を形成して耐食性を向上させる元素で、とくに耐炭酸ガス腐食性、耐炭酸ガス応力腐食割れ性、耐SSC性等の向上に有効に寄与する元素である。Crを10%以上含有すれば、油井管用として必要な耐食性を確保できることから、本発明では10%をCr含有量の下限とした。一方、14%を超える多量の含有は、フェライトの生成が容易となり、マルテンサイト相の安定確保または熱間加工性の低下防止のために、多量の高価なオーステナイト生成元素の添加を必要とし経済的に不利となる。このため、Crは10〜14%の範囲に限定した。なお、好ましくは、所望の耐食性と焼戻後の強度安定化や熱間加工性の確保という観点から11.5〜13.5%である。
【0022】
Ni:3〜8%
Niは、保護被膜を強固にする作用を有し、耐炭酸ガス腐食性等の耐食性を高めるとともに靭性をも向上させる元素である。このような効果を得るためには、3%以上の含有を必要とするが、8%を超える含有は、オーステナイト相を安定化させ、マルテンサイト相の形成を困難とし、安定した組織形成を妨げるとともに、製造コストの高騰を招く。このため、Niは3〜8%以下の範囲に限定した。なお、好ましくは5〜7%である。
【0023】
Ti:0.03〜0.15%
Tiは、本発明では重要な元素であり、Cと結合しTi炭化物を形成し、固溶Cを減少させ、極低C化とともに、所望の低硬さを実現させる本発明では重要な元素であり、このような効果を得るためには0.03%以上の含有を必要とする。一方、0.15%を超える含有は、靭性を低下させる。このため、Tiは0.03〜0.15%の範囲に限定した。なお、好ましくは0.06〜0.10%である。
【0024】
N:0.015%以下
Nは、耐孔食性を向上させる作用を有するとともに、鋼中に固溶し、Cと同様に強度を増加させる作用を有する元素である。また、Nは、Tiと結合しTi窒化物を形成し、低硬さ化に有効に作用する有効Ti量を低減する。このため、本発明では、Nはできるだけ低減することが望ましい。0.015%を超えて含有すると、所望の低硬さを達成できなくなるため、本発明では、Nは0.015%以下に限定した。なお、好ましくは0.010%以下である。
【0025】
Cu:1〜4%、Mo:1〜4%、W:1〜4%、Co:1〜4%のうちから選ばれた1種または2種以上
Cu、Mo、W、Coはいずれも、耐食性を向上させる作用を有する元素であり、必要に応じて選択して含有する。
Cuは、保護皮膜を強固にして耐孔食性を向上させる作用を有し、耐食性向上に有効に作用する元素であり、このような効果を得るためには、1%以上含有することが望ましい。一方、4%を超える含有は、一部が析出して靭性を低下させる。このため、含有する場合には、Cuは、1〜4%に限定した。なお、好ましくは1〜2%である。
【0026】
また、Moは、Clによる孔食に対する抵抗性を増加させる作用を有し、耐食性向上に有効に作用する元素であり、このような効果を得るためには、1%以上含有することが望ましい。一方、4%を超えて含有すると、靭性が低下するとともに、材料コストを高騰させる。このため、含有する場合には、Moは1〜4%に限定した。なお、好ましくは1〜3%である。
【0027】
Wは孔食に対する抵抗性を増加させ、耐食性向上に有効に作用する元素であり、このような効果を得るためには、1%以上含有することが望ましい。一方、4%を超えて含有すると、靭性が低下するとともに、材料コストを高騰させる。このため、含有する場合には、Wは1〜4%に限定した。なお、好ましくは1〜2%である。
Coは、保護膜を強固にして耐孔食性向上に有効に作用する元素であり、このような効果を得るためには、1%以上含有することが望ましい。一方、4%を超えて含有すると、靭性が低下するとともに、材料コストを高騰させる。このため、含有する場合には、Coは1〜4%に限定した。なお、好ましくは1〜2%である。
【0028】
上記した成分が基本の成分であるが、これら基本の組成に加えてさらに、選択元素として、Nb:0.10%以下、Zr:0.10%以下、Hf:0.10%以下、Ta:0.10%以下のうちから選ばれた1種または2種以上、および/または、Ca:0.010%以下、REM:0.010%以下、Mg:0.010%以下、B:0.010%以下のうちから選ばれた1種または2種以上、を含有できる。
Nb:0.10%以下、Zr:0.10%以下、Hf:0.10%以下、Ta:0.10%以下のうちから選ばれた1種または2種以上
Nb、Zr、Hf、Taは、いずれも炭化物を形成し、鋼の強度を増加させる作用を有する元素であり、必要に応じて選択して1種または2種以上を含有できる。
【0029】
このような効果を得るためには、Nb:0.01%以上、Zr:0.01%以上、Hf:0.01%以上、Ta:0.01%以上、含有することが望ましい。一方、Nb:0.10%、Zr:0.10%、Hf:0.10%、Ta:0.10%を超えて含有すると、靱性が低下する。このため、含有する場合には、Nb:0.10%以下、Zr:0.10%以下、Hf:0.10%以下、Ta:0.10%以下にそれぞれ限定することが好ましい。
【0030】
Ca:0.010%以下、REM:0.010%以下、Mg:0.010%以下、B:0.010%以下のうちから選ばれた1種または2種以上
Ca、REM、Mg、Bはいずれも、介在物の形状制御を介し、耐食性、とくに耐SSC性を向上させる作用を有する元素であり、必要に応じて1種または2種以上を選択し含有できる。このような効果を得るためには、Ca:0.0005%以上、REM:0.0005%以上、Mg:0.0005%以上、B:0.0005%以上含有することが望ましいが、Ca:0.010%、REM:0.010%、Mg:0.010%、B:0.010%をそれぞれ超える含有は、靭性、耐炭酸ガス腐食性を低下させる。このため、含有する場合には、Ca:0.010%以下、REM:0.010%以下、Mg:0.010%以下、B:0.010%以下にそれぞれ限定することが好ましい。
【0031】
上記した成分以外の残部は、Feおよび不可避的不純物からなる。不可避的不純物としては、V:0.03%以下、O:0.010%以下に調整することが望ましい。なお、不純物としてのVが0.03%を超えて多量に含有されると、著しく強度が増加し、安定して所望の高降伏強さと、所望の低硬さとを確保できなくなる。このため、Vは0.03%以下にすることが望ましい。なお、より好ましくは0.01%以下である。
【0032】
本発明では、上記した組成を有するステンレス継目無鋼管を出発素材として、焼入れ処理と焼戻処理とを施す。
本発明では、上記した組成を有する出発素材の製造方法はとくに限定する必要はないが、上記した組成を有する溶鋼を、転炉、電気炉、真空溶解炉等の通常公知の溶製方法で溶製し、連続鋳造法、造塊−分塊圧延法等、通常の方法でビレット等の鋼管素材とすることが好ましい。ついで、これら鋼管素材を加熱し、通常のマンネスマン−プラグミル方式、あるいはマンネスマン−マンドレルミル方式の製造工程を用いて熱間加工し造管して、所望寸法の継目無鋼管とし、出発素材とすることが好ましい。なお、プレス方式による熱間押出で継目無鋼管を製造してもよい。また、造管後、継目無鋼管は、空冷以上の冷却速度で室温まで冷却することが好ましい。
【0033】
出発素材(継目無鋼管)は、まず、焼入れ処理を施される。
本発明における焼入れ処理は、750〜840℃の範囲の温度に加熱したのち焼入れする処理とする。この範囲内の温度に加熱し、焼入れすることにより、微細なマルテンサイト相が形成され、焼戻処理時に、急激なγの形成が抑制されて、形成するγ量を適正範囲内に調整することが容易となるとともに、Ti炭化物の析出を促進する。このため、焼戻温度変化に伴う降伏強さの変化(低下)が小さく、安定して所望の降伏強さ、および所望の低硬さを確保することが可能となる。焼入れの加熱温度が、750℃未満では、完全なオーステナイト化が達成できず、焼戻後に所望の降伏強さを確保できなくなる。一方、840℃を超えると、オーステナイト粒が粗大となり、その後の焼戻処理で、急激なオーステナイト形成が生じるため、オーステナイト量の調整が難しくなる。その結果、降伏強さのばらつきが生じ、所望の降伏強さを安定して確保できなくなる。なお、焼入れ時の冷却は、加熱温度から空冷またはそれ以上の冷却速度で100℃以下の温度域まで冷却することが好ましい。本発明における出発素材は焼入れ性が高いため、空冷程度の冷却速度で100℃以下の温度域まで冷却すれば、十分な焼入れ組織(マルテンサイト組織)を得ることができる。また、焼入れ温度における保持時間は、10min以上とすることが組織の均一化の観点から好ましい。
【0034】
焼入れ処理を施された継目無鋼管は、引続き、焼戻処理を施される。焼戻処理の加熱温度(焼戻温度)は、650℃以下好ましくは550℃以上の温度とする。本発明では焼戻温度は、所望の降伏強さが確保できるように、組成に応じて適正な温度を選択することが肝要となる。焼戻温度が650℃を超えて高温となると、形成されるγ量が増大し、所望の降伏強さを確保できなくなる。また、550℃未満では、焼戻効果が期待できず、所望の降伏強さを確保できなくなる。本発明では焼戻温度は、所望の降伏強さが確保できるように、上記した温度範囲で、組成に応じて適正な温度を選択することが肝要となる。なお、焼戻温度での保持時間は20min以上とすることが強度ばらつきを防止する観点から好ましい。焼戻処理では、上記した焼戻温度で所定時間保持した後、好ましくは空冷以上の冷却速度で、冷却する。
【0035】
上記した製造方法で得られる継目無鋼管は、上記した組成と、焼戻マルテンサイト相を主体とし、残留γ相が面積率で5〜25%、好ましくは10〜15%、含有する組織とを有し、95ksi級(655〜758MPa)の降伏強さと、HRCで27未満の低硬さとを兼備する、耐SSC性に優れた油井管用マルテンサイト系ステンレス継目無鋼管である。
以下、さらに実施例に基づいて、本発明を説明する。
【実施例】
【0036】
表1に示す組成の溶鋼を脱ガス後、連続鋳造法でビレット(大きさ:207mmφ)に鋳造し、鋼管素材とした。これら鋼管素材を加熱し、マンネスマン方式の製造工程を用いて熱間加工し造管したのち、空冷して、継目無鋼管(外径177.8mmφ×肉厚12.7mm)とした。
得られた継目無鋼管から、試験材(鋼管)を採取し、該試験材(鋼管)に表2に示す条件で焼入れ処理、焼戻処理を施した。
【0037】
焼入れ処理および焼戻処理を施された試験材(鋼管)から、組織観察用試験片を採取した。組織観察用試験片を研磨した後、残留γ量を、X線回折法を用いて測定した。
また、焼入れ処理および焼戻処理試験材(鋼管)から、引張方向が管軸方向となるように、API弧状引張試験片を採取し、API−5CTの規定に準拠して、引張試験を実施し引張特性(降伏強さYS、引張強さTS)を求めた。
【0038】
また、焼入れ処理および焼戻処理を施された試験材から、JIS Z 2242の規定に準拠して、Vノッチ試験片(10mm厚)を採取し、シャルピー衝撃試験を実施し、破面遷移温度Trs50を求め、靭性を評価した。
また、試験材から、厚さ3mm×幅30mm×長さ40mmの腐食試験片を機械加工によって作製し、腐食試験を実施した。
【0039】
腐食試験は、オートクレーブ中に保持された試験液:20%NaCl水溶液(液温:150℃、30気圧のCOガス雰囲気)中に、腐食試験片を浸漬し、浸漬期間を1週間(168h)として実施した。腐食試験後の試験片について、重量を測定し、腐食試験前後の重量減から、腐食速度を算出した。
また、SSC試験は、NACE TM0177の Method−Aに準拠して実施した。試験溶液は5%NaCl-0.5%CH3COOH水溶液にCH3COONaを加えてpHを3.5としたものを用いた。なお、硫化水素分圧は0.10barとした。負荷応力は655MPaとした。
【0040】
得られた結果を表3に示す。
【0041】
【表1】

【0042】
【表2】

【0043】
【表3】

【0044】
本発明例はいずれも、油井管として十分な耐食性を有し、さらにYSが95ksi以上の高降伏強さとHRCで27未満の低硬さを満足し、靭性および耐SSC性に優れたマルテンサイト系ステンレス継目無鋼管となっている。また、本発明例は、焼戻温度の変化に対し、降伏強さの変化が小さい鋼管となっている。一方、本発明の範囲から外れる比較例は、硬さが高すぎ、所望の低硬さを満足できず、あるいは、焼戻温度の変化に対する降伏強さの変化が大きいか、あるいは靱性が低下するかさらには所望の耐食性、とくに優れた耐SSC性を確保できていない。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.015%以下、 N:0.015%以下、
Si:1.0%以下、 Mn:2.0%以下、
P:0.020%以下、 S:0.010%以下、
Al:0.01〜0.10%、 Cr:10〜14%、
Ni:3〜8%以下、 Ti:0.03〜0.15%、
N:0.015%以下
を含み、さらに、Cu:1〜4%、Mo:1〜4%、W:1〜4%、Co:1〜4%のうちから選ばれた1種または2種以上を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成を有するステンレス継目無鋼管に、
750〜840℃の範囲の温度に加熱したのち焼入れする焼入れ処理と、
650℃以下の温度で焼き戻す焼戻処理と、
を施し、YS95ksi級の高強度とロックウェルC硬さHRC27未満の低硬さとを兼備し、耐SSC性に優れるステンレス継目無鋼管とすることを特徴とする油井管用マルテンサイト系ステンレス継目無鋼管の製造方法。
【請求項2】
前記組成に加えてさらに、質量%で、Nb:0.10%以下、Zr:0.10%以下、Hf:0.10%以下、Ta:0.10%以下のうちから選ばれた1種または2種以上を含有する組成とすることを特徴とする請求項1に記載の油井管用マルテンサイト系ステンレス継目無鋼管の製造方法。
【請求項3】
前記組成に加えてさらに、質量%で、Ca:0.010%以下、REM:0.010%以下、Mg:0.010%以下、B:0.010%以下のうちから選ばれた1種または2種以上を含有する組成とすることを特徴とする請求項1または2に記載の油井管用マルテンサイト系ステンレス継目無鋼管の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2010−242163(P2010−242163A)
【公開日】平成22年10月28日(2010.10.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−92055(P2009−92055)
【出願日】平成21年4月6日(2009.4.6)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】