説明

油圧式クラッチ操作装置の組み付け補助具

【課題】筒形の油圧式クラッチ操作装置4を、変速機2の入力軸6の外径側に組み付ける際に用いる組み付け補助具10において、油圧式クラッチ操作装置4を組み付け場所に適正な姿勢でかつ不動に配置させて、組み付け作業を簡単かつ正確に行えるようにサポート可能とする。
【解決手段】油圧式クラッチ操作装置4は、レリーズベアリング44と、油圧シリンダ(41〜43)とを含む。組み付け補助具10は、油圧シリンダの内径面(42の内周面)と入力軸6の外周面との間の環状隙間に、軸方向から着脱可能に嵌合される厚みの筒状部11を有し、変速機ケース21に油圧式クラッチ操作装置4を当接させた状態において入力軸6に対する油圧式クラッチ操作装置4の軸方向ならびに径方向の変位を規制する規制手段51を有している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、動力発生源(例えばエンジン)の出力軸(例えばクランクシャフト)と変速機の入力軸との間に設置される摩擦式クラッチ機構を接続状態または分離状態にするための油圧式クラッチ操作装置を、変速機に組み付ける際に用いる組み付け補助具に関する。
【0002】
前記油圧式クラッチ操作装置は、一般的に、例えばいわゆるコンセントリックスレーブシリンダ、クラッチレリーズ装置、クラッチ遮断装置等と、いろんな呼び方とされているが、要は摩擦式クラッチ機構を操作するための機能部品のことである。
【背景技術】
【0003】
従来から、自動車等の車両に搭載されるエンジンのクランクシャフトと変速機のインプットシャフトとの間に介装される従来公知の摩擦式クラッチ機構を接続状態または分離状態にするための油圧式クラッチ操作装置がある。
【0004】
この油圧式クラッチ操作装置は、摩擦式クラッチ機構のダイアフラムスプリングの内径側に当接されるレリーズベアリングを軸方向にスライドさせる動力として、油圧を利用するものである。
【0005】
このような油圧式クラッチ操作装置については、レリーズベアリングを押動するためのレリーズフォークの操作を油圧シリンダで行う間接操作タイプと、レリーズベアリングを油圧シリンダで直接押動する直接操作タイプ(例えば、特許文献1〜3参照)とがある。
【0006】
本発明は、直接操作タイプの油圧式クラッチ操作装置に関係するものであるので、それの構成について説明する。
【0007】
この種の油圧式クラッチ操作装置は、変速機の入力軸の外径側に、外形が略円筒形状とされる油圧シリンダを同心状に配置し、この油圧シリンダのピストンの外端にレリーズベアリングを搭載した構成になっている。
【0008】
油圧シリンダは、例えば特許文献2,3に示すように、インナースリーブの外径側にアウタースリーブを配置し、それらの対向間の環状空間に円筒形のピストンを挿入したような構成になっている。
【0009】
そして、アウタースリーブにおいて変速機ケースへの取り付け側に、径方向外向きに延出する環状壁部を設けるとともに、この環状壁部の外周の円周数ヶ所に径方向外向きに突出する取り付け片を設け、この取り付け片を変速機ケースの外壁面にボルト留めすることにより、油圧シリンダを変速機ケースに組み付けるようにしている。
【0010】
なお、インナースリーブの基端側に径方向外向きの環状壁部を設け、この環状壁部を前記アウタースリーブの環状壁部と変速機ケースの外壁面とで挟むことにより、インナースリーブを変速機ケースに固定するようにしている。
【0011】
また、インナースリーブの外周面およびその環状壁部とアウタースリーブの内周面とピストン筒の内端面とで囲む環状空間が、油圧室とされている。
【0012】
この油圧室内を密封するために、ピストンの内端にシールリングを取り付けることにより、ピストンとアウタースリーブとの摺接面およびピストンとインナースリーブとの摺接面を密封するようにしたうえで、インナースリーブの環状壁部とアウタースリーブの環状壁部との当接面にOリングを介在させることにより、前記当接面を密封するようにしている。
【0013】
ところで、前記Oリングを弾性圧縮させることにより、前記当接面の密封性を確保するためには、例えばアウタースリーブの取り付け片における外面(取り付け面)側を、変速機ケースの外壁面から浮かせる状態としておき、前記複数のボルトを規定の締め付けトルクでねじ込むことにより、アウタースリーブの環状壁部およびインナースリーブの環状壁部を変速機ケースの外壁面に押し付けるようにしている。
【0014】
この動作を詳しく説明する。つまり、前記複数のボルトをねじ込むと、アウタースリーブの円周数ヶ所の取り付け片が弾性的に撓んで、この複数の取り付け片の弾性復元力でもって、アウタースリーブの環状壁部およびインナースリーブの環状壁部が変速機ケース側に押圧されるようになって、Oリングが弾性圧縮される状態になるのである。
【特許文献1】実開平5−57458号公報
【特許文献2】特開2006−90427号公報
【特許文献3】特公表2004−500530号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
上記従来例では、Oリングを弾性圧縮させてインナースリーブの環状壁部とアウタースリーブの環状壁部との当接面の密封性を確保する構造になっている。
【0016】
ところで、アウタースリーブの円周数ヶ所の取り付け片に対するボルト留め作業については、例えばすべてのボルトを規定の締め付けトルクよりも小さいトルクで仮締めしておいて、各ボルトを順番に徐々に規定の締め付けトルクで増し締めするというような、面倒かつ手間のかかる作業が必要になる。
【0017】
このようなボルト留め作業を怠ると、複数の取り付け片それぞれの撓み状態が均等にならず、甚だしい場合には油圧式クラッチ操作装置が傾いた姿勢で変速機ケースに組み付けられるおそれがありうる。
【0018】
前記ボルト留め作業を詳しく言うと、油圧式クラッチ操作装置を作業者が片手で押さえた状態で、残りの片手でボルトを変速機ケースの雌ねじ孔にねじ込むようにする。ここで、仮にボルトのねじ軸部分に、変速機ケース内からのオイル漏れ防止用のシール剤を塗布したり、シーリングテープを巻き付けたりする必要がある場合には、前記のようにボルト留め作業を片手で行うことがきわめて困難となる。
【0019】
これに対し、例えば多軸ナットランナーと呼ばれる特殊な専用工具を用いれば、前記のようなボルト留め作業を簡単かつ迅速に行えるようになる。しかしながら、このような特殊な専用工具を用意すること自体が、設備コストの上昇につながる。ここに改良の余地がある。
【0020】
参考までに、本発明のような油圧式クラッチ操作装置の組み付け補助具ではないが、例えば特開2004−34178号公報には、自動変速機のオイルポンプアッシーを組み付ける際に、その傾きを防止するための冶具が開示されている。
【0021】
この技術には、傾きを防止する点が記載されているものの、それ以前に、この技術と本発明とは、発明の対象となる前提構成が相違している。したがって、この技術は本発明の先行技術ではなく、あくまでも参考技術として提示しているに過ぎない。
【0022】
本発明は、油圧式クラッチ操作装置の組み付け補助具において、油圧式クラッチ操作装置を組み付け場所に適正な姿勢でかつ不動に配置させて、組み付け作業を簡単かつ正確に行えるようにサポート可能とすることを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0023】
本発明に係る油圧式クラッチ操作装置の組み付け補助具は、下記油圧式クラッチ操作装置の油圧シリンダの内径面と前記入力軸の外周面との間の環状隙間に、軸方向から着脱可能に嵌合される厚みの筒状部を有し、前記変速機ケースに前記油圧式クラッチ操作装置を当接させた状態において前記入力軸に対する油圧式クラッチ操作装置の軸方向ならびに径方向の変位を規制する規制手段を有している、ことを特徴としている。
【0024】
なお、本発明に係る組み付け補助具の使用対象となる油圧式クラッチ操作装置は、動力発生源の出力軸と変速機の入力軸との間の摩擦式クラッチ機構に備えるダイアフラムスプリングの内径部分に当接されるレリーズベアリングと、このレリーズベアリングを前記入力軸上でスライドさせて前記摩擦式クラッチ機構を接続状態または分離状態にさせる筒形の油圧シリンダとを含む構成であって、前記入力軸の外径側に同心状に配置させてから、前記油圧シリンダの一構成要素となるアウタースリーブの軸方向一端に設けられてある径方向外向きの環状壁部の円周数ヶ所が、前記変速機のケースにおいて前記入力軸の一部が突出される内孔周りの外壁面にボルト留めされるものである。
【0025】
本発明に係る組み付け補助具は、前述したボルト留めに行う際に用いられる。具体的に、この構成の組み付け補助具の使い方としては、組み付け補助具を油圧式クラッチ操作装置の内径側に装着してから、その油圧式クラッチ操作装置を装着した組み付け補助具を、変速機の入力軸の外径側に装着するような形態とする。
【0026】
このように油圧式クラッチ操作装置を装着した組み付け補助具を、変速機の入力軸に装着した状態では、組み付け補助具が、入力軸の外周面と油圧式クラッチ操作装置の油圧シリンダの内周面との間の環状隙間を略完全に埋める形になる。そのため、前記状態では油圧式クラッチ操作装置と入力軸との間に「がた」がほとんどない状態となるので、入力軸に対して油圧式クラッチ操作装置が物理的に傾かなくなる。
【0027】
しかも、組み付け補助具を用いて変速機ケースに油圧式クラッチ操作装置を当接させた状態において前記入力軸に対する油圧式クラッチ操作装置の軸方向ならびに径方向の変位を規制することが可能になるから、作業者が組み付け補助具から両手を離しても、前記状態が不変となる。そのため、作業者は、ボルト留め作業を両手で行うことが可能になる。
【0028】
このように組み付け補助具によるサポート能力が向上しているから、アウタースリーブの環状壁部の円周数ヶ所を変速機ケースの外壁面にボルト留めする過程において、変速機ケースのねじ孔に対するボルトの初期ねじ込みが簡単に行えるようになり、しかも、引き続くボルトのねじ込み作業についても従来例のようにボルトを段階的に締め付けるといった面倒な作業を行う必要がなくなるとともに、特殊な専用工具を用いる必要がなくなる等、単純化できるようになる。
【0029】
好ましくは、前記筒状部は、前記油圧式クラッチ操作装置の内周に嵌合された状態で前記油圧式クラッチ操作装置の全長と同等以下の長さに設定され、この筒状部には、前記油圧式クラッチ操作装置の外側にはみ出す延長筒部が設けられ、この延長筒部と前記筒状部との境には、前記油圧式クラッチ操作装置の軸方向他端面に当接される当接面が設けられ、前記規制手段は、前記延長筒部の内周に前記入力軸に圧接するように設けられる弾性体とされる。
【0030】
ここでは、筒状部の構成および規制手段の構成を特定している。この弾性体からなる規制手段の場合、組み付け補助具を用いて変速機ケースに油圧式クラッチ操作装置を当接させた状態にすると、延長筒部と入力軸との間で弾性体が弾性変形することになり、それによって入力軸に対して延長筒部が軸方向ならびに径方向で不動となる。
【0031】
このような特定によれば、規制手段の構成が簡単であることが明確になり、組み付け補助具の製造コストの上昇を抑制することが可能になる。
【0032】
好ましくは、前記筒状部は、前記油圧式クラッチ操作装置の内周に嵌合された状態で前記油圧式クラッチ操作装置の全長と同等以下の長さに設定され、この筒状部には、前記油圧式クラッチ操作装置の外側にはみ出す延長筒部が設けられ、この延長筒部と前記筒状部との境には、前記油圧式クラッチ操作装置の軸方向他端面に当接される当接面が設けられ、前記規制手段は、前記延長筒部に設けられて前記入力軸に磁気的に吸着する磁性体とされる。
【0033】
ここでは、筒状部の構成および規制手段の構成を特定している。この磁性体からなる規制手段の場合、組み付け補助具を用いて変速機ケースに油圧式クラッチ操作装置を当接させた状態にすると、延長筒部側に設けられる磁性体が入力軸に磁気的に吸着されることになり、それによって入力軸に対して延長筒部が軸方向ならびに径方向で不動となる。
【0034】
このような特定によれば、規制手段の構成が簡単であることが明確になり、組み付け補助具の製造コストの上昇を抑制することが可能になる。
【0035】
好ましくは、前記筒状部は、前記油圧式クラッチ操作装置の内周に嵌合された状態で前記油圧式クラッチ操作装置の全長と同等以下の長さに設定され、この筒状部には、前記油圧式クラッチ操作装置の外側にはみ出す延長筒部が設けられ、この延長筒部と前記筒状部との境には、前記油圧式クラッチ操作装置の軸方向他端面に当接される当接面が設けられ、前記規制手段は、前記筒状部の外周に設けられかつ当該筒状部を前記環状隙間に嵌合したときに前記入力軸に対して前記油圧式クラッチ操作装置を径方向外向きに押圧する力を発生するテーパ形状部とされる。
【0036】
ここでは、筒状部の構成および規制手段の構成を特定している。この筒状部の外周面をテーパ形状としたものからなる規制手段の場合、組み付け補助具を用いて変速機ケースに油圧式クラッチ操作装置を当接させた状態にすると、入力軸と油圧式クラッチ操作装置との間に筒状部が楔のような形で食い込むことになり、それによって入力軸に対して延長筒部が軸方向ならびに径方向で不動となる。
【0037】
このような特定によれば、規制手段の構成が簡単であることが明確になり、組み付け補助具の製造コストの上昇を抑制することが可能になる。
【発明の効果】
【0038】
本発明に係る油圧式クラッチ操作装置の組み付け補助具を用いれば、油圧式クラッチ操作装置を変速機ケースにおける組み付け場所に適正な姿勢でかつ不動に配置させて、組み付け作業を簡単かつ正確に行えるようにサポートすることが可能になる。
【0039】
したがって、油圧式クラッチ操作装置の組み付け作業の信頼性向上、ならびに組み付け後の油圧式クラッチ操作装置の動作安定化に貢献できるようになる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0040】
以下、本発明の最良の実施形態について添付図面を参照して詳細に説明する。
【0041】
まず、図1から図7に本発明の一実施形態を示している。ここで、本発明の特徴説明に先立ち、本発明に関係する摩擦式クラッチ機構の概要について図3を参照して説明する。
【0042】
図3は、自動車等の車両に装備される摩擦式クラッチ機構が示されている。図3において、2は変速機、3は摩擦式クラッチ機構、4は油圧式クラッチ操作装置である。
【0043】
図示している変速機2は、フロントエンジン・リヤドライブ(FR)形式の車両に搭載されるタイプである。
【0044】
摩擦式クラッチ機構3は、図示省略のエンジン(動力発生源)のクランクシャフト(出力軸)5と変速機2のインプットシャフト(入力軸)6との間に介装されていて、クランクシャフト5とインプットシャフト6とを動力伝達可能な接続状態、動力伝達不可能な分離状態、あるいは滑りを伴う半接続状態(いわゆる半クラッチ)にされる。
【0045】
インプットシャフト6は、図1に示すように、変速機ケース21の内孔22に転がり軸受(符号省略)を介して支持されており、その一部が変速機ケース21の内孔22の外側開口から突出する状態になっている。
【0046】
この摩擦式クラッチ機構3は、一般的に公知の単板乾式構造とされており、主として、クラッチディスク31、プレッシャープレート32、ダイアフラムスプリング33を含んで構成されている。
【0047】
クラッチディスク31は、変速機2のインプットシャフト6の先端に一体回転かつ軸方向変位可能にスプライン嵌合されることによって、エンジンのクランクシャフト5の外端に固定されるフライホイール7に対向して配置されている。
【0048】
プレッシャープレート32は、クラッチディスク31に対向して配置される環状板からなり、ダイアフラムスプリング33の外周に組み付けられている。
【0049】
ダイアフラムスプリング33は、自然状態においてプレッシャープレート32をフライホイール7側に近づけるように押圧してプレッシャープレート32でクラッチディスク31をフライホイール7に圧接させるクラッチ接続状態にするもので、その内径側が軸方向に押圧されることによって反転されたときに、プレッシャープレート32をフライホイール7から遠ざける側に引き離してクラッチディスク31をフライホイール7から引き離すクラッチ分離状態とするものである。
【0050】
油圧式クラッチ操作装置4は、いわゆるコンセントリックスレーブシリンダ、クラッチレリーズ装置、クラッチ遮断装置等と呼ばれるものであり、必要に応じて、摩擦式クラッチ機構3のプレッシャープレート32を軸方向に変位させることによって摩擦式クラッチ機構3を接続状態と分離状態と半接続状態とを成立させるように操作するものである。
【0051】
この油圧式クラッチ操作装置4による基本的な動作については、一般的に公知であるので、簡単に説明する。
【0052】
例えば運転者によるクラッチペダル(図示省略)の操作状態を電子制御装置(ECU:Electronic Control Unit)で認識し、この認識結果に応じて電子制御装置が油圧回路(図示省略)を制御することによって、油圧式クラッチ操作装置4の油圧室46に作動油を供給して摩擦式クラッチ機構3を分離状態にさせたり、油圧室46に対する作動油の供給を解除して摩擦式クラッチ機構3を接続状態にさせたり、あるいは滑りを伴う半接続状態にさせたり、するようになっている。
【0053】
まず、摩擦式クラッチ機構3を図1に示す接続状態から分離状態とする場合、油圧回路から適宜の作動油を油路42cを通じて油圧式クラッチ操作装置4の油圧室46へ供給させる。
【0054】
これにより、油圧式クラッチ操作装置4のピストン43が外側に押し出されて、このピストン43に搭載されるレリーズベアリング44がダイアフラムスプリング33を反転させるように作用するので、プレッシャープレート32がフライホイール7から引き離されることになって、エンジンのクランクシャフト5と変速機2のインプットシャフト6とが切り離される。これで摩擦式クラッチ機構3が分離状態となる。
【0055】
一方、摩擦式クラッチ機構3を前記分離状態から図1に示す接続状態とする場合、油圧回路からの作動油供給を解除させる。
【0056】
これにより、ダイアフラムスプリング33の弾性復元力によって油圧式クラッチ操作装置4のレリーズベアリング44およびピストン43が押し戻されることになるので、油圧室46内の作動油が油路42cを経て油圧回路に戻される。
【0057】
それと同時に、ダイアフラムスプリング33の弾性復元力でもってプレッシャープレート32がフライホイール7側へ押動されるので、エンジンのクランクシャフト5と変速機2のインプットシャフト6とが接続される。これで摩擦式クラッチ機構3が接続状態となる。
【0058】
このような油圧式クラッチ操作装置4の構成について詳細に説明する。油圧式クラッチ操作装置4は、図1および図2に示すように、外形が略円筒形状とされており、変速機2のインプットシャフト6の外径側に同心状に配設されるもので、主として、インナースリーブ41と、アウタースリーブ42と、ピストン43と、レリーズベアリング44と、予圧スプリング45とを有している。
【0059】
なお、インナースリーブ41とアウタースリーブ42とピストン43とで、油圧シリンダが構成されている。
【0060】
インナースリーブ41は、円筒形に形成されており、変速機2のインプットシャフト6の外径側に非接触に包囲配置されている。このインナースリーブ41の軸方向基端側には、径方向外向きに延びる環状壁部41aが設けられている。
【0061】
アウタースリーブ42は、円筒形に形成されており、インナースリーブ41の外径側に環状空間を作るように包囲配置されている。
【0062】
このアウタースリーブ42の軸方向基端側には、径方向外向きに延びる環状壁部42aが設けられている。この環状壁部42aの外周の円周数ヶ所(例えば三ヶ所)には、変速機ケース21に固定するための取り付け片42bが径方向外向きに突出するように設けられている。
【0063】
この取り付け片42bのうち、一つの取り付け片42bの側方には、図示省略の油圧回路との間で作動油を送受するための油路42cが設けられている。
【0064】
ピストン43は、円筒形とされ、インナースリーブ41とアウタースリーブ42との対向間の環状空間内に軸方向変位可能に嵌入されている。
【0065】
レリーズベアリング44は、ピストン43の外端側における小径薄肉部の外径側に搭載されていて、摩擦式クラッチ機構3のダイアフラムスプリング33の内径部分に当接される。
【0066】
なお、レリーズベアリング44の内輪内径側がピストン43の小径薄肉部に外装されており、板ばね49によってレリーズベアリング44が抜け止めされている。
【0067】
予圧スプリング45は、アウタースリーブ42の環状壁部42aの内面とレリーズベアリング44の内輪に組み付けられた受け座50との間に圧縮状態で介装されており、その弾性復元力でもってレリーズベアリング44の外輪端面をダイアフラムスプリング33の内径側に常時当接させるよう押圧付勢して「がた」を無くすものである。
【0068】
そして、インナースリーブ41とアウタースリーブ42とピストン43とで囲まれた環状空間からなる油圧室46は、シールリング47やOリング48でもって外部から密封されるようになっている。
【0069】
なお、シールリング47は、ピストン43の内端側に取り付けられており、インナースリーブ41の外周面とアウタースリーブ42の内周面とに摺接するリップを有し、ピストン43のスライド動作に伴い、油圧室46の作動油がピストン43の外径側および内径側から漏洩することを防止するようになっている。
【0070】
Oリング48は、アウタースリーブ42の環状壁部42aの外面に形成してある周溝42d内にはみ出す状態で収納されていて、インナースリーブ41の環状壁部41aの内面に圧接されることによって、油圧室46の作動油がインナースリーブ41の環状壁部41aとアウタースリーブ42の環状壁部42aとの当接面から漏洩することを防止するとともに、外部の水分や塵埃等の異物が前記当接面を伝って油圧室46に侵入することを防止するようになっている。
【0071】
ところで、上記油圧式クラッチ操作装置4の取り付け形態を説明する。
【0072】
まず、変速機ケース21の内孔22の中心と油圧式クラッチ操作装置4の中心とを芯合わせするために、油圧式クラッチ操作装置4のアウタースリーブ42における環状壁部42aの外面には、環状凹部42eが、また、変速機ケース21の外壁面23において内孔22の周囲には、前記環状凹部42eが嵌る環状凸部25が設けられている。
【0073】
これら環状凹部42eおよび環状凸部25が、いわゆるインロー嵌合と呼ばれるものであって、前記芯合わせに役立つ。
【0074】
また、インナースリーブ41の環状壁部41aとアウタースリーブ42の環状壁部42aとの当接面の密封性を確保するために、前記当接面に介在されるOリング48を弾性的に圧縮させるような構造にしている。
【0075】
具体的に、まず、図1に示すように、アウタースリーブ42の環状壁部42aにおいて環状凹部42eの内径側領域が、インナースリーブ41の環状壁部41aを僅かにはみ出るような状態で嵌入可能とするように後退または凹まされている。これはアウタースリーブ42にインナースリーブ41を芯合わせしやすくさせるためであり、それによって、両チューブ41,42に対するシールリング47のリップの接触状態を適正に保つためである。
【0076】
この後退領域42fの外径側に、前述したOリング48収納用の周溝42dが設けられている。
【0077】
そして、複数の取り付け片42bにおける各外面(取り付け面)も、前記後退領域42fと同様に後退されている。
【0078】
これにより、周溝42dと環状凹部42eとの間の領域が、輪状に張り出すようになっており、この輪状張り出し部42gが、アウタースリーブ42の環状壁部42aにおいて最も突出する部分になっている。
【0079】
このような構成において、例えばアウタースリーブ42を変速機ケース21の外壁面23に押し当てただけの状態(図6参照)では、Oリング48が自然状態になっているので、インナースリーブ41の環状壁部41aがアウタースリーブ42の輪状張り出し部42gよりも飛び出して変速機ケース21の外壁面23に当接した状態になっており、また、アウタースリーブ42の輪状張り出し部42gおよび取り付け片42bが変速機ケース21の外壁面23から離れた状態になっていて、当該両者間に対向隙間Δαができている。
【0080】
この状態で、例えば複数のボルト17を徐々に締め込むにつれ、Oリング48が弾性的に圧縮されつつ、インナースリーブ41の環状壁部41aがアウタースリーブ42の輪状張り出し部42gと面一になりつつ、アウタースリーブ42の輪状張り出し部42gが変速機ケース21の環状凸部25の内径側に嵌まるようになる。
【0081】
最終的に、ボルト17を規定の締め付けトルクで締めこむと、アウタースリーブ42の円周数ヶ所の取り付け片42bが弾性的に撓んで、前記対向隙間Δαが小さくなり、それに伴い、複数の取り付け片42bの弾性復元力が、アウタースリーブ42の環状壁部42aを変速機ケース21側へ向けて押圧するように作用する。
【0082】
これにより、Oリング48が弾性圧縮された状態が維持され、それによってインナースリーブ41の環状壁部41aとアウタースリーブ42の環状壁部42aとの当接面の密封性が高められるようになる。
【0083】
以上説明したように油圧室46の密封構造を確保するには、変速機ケース21に対する油圧式クラッチ操作装置4の組み付け状態が重要である。
【0084】
このような事情を考慮し、この実施形態では、油圧式クラッチ操作装置4を変速機2に組み付ける際に、組み付け補助具10を使用するようにしている。
【0085】
この組み付け補助具10は、要するに、油圧式クラッチ操作装置4を変速機2に組み付ける過程において、油圧式クラッチ操作装置4を、インプットシャフト6に対して傾かない姿勢でかつ変速機ケース21に対して適正な位置に不動に配置させるようにサポートするものである。
【0086】
具体的に、組み付け補助具10は、外周および内周が円形とされた筒状部11を有している。この筒状部11には、その軸方向一方に同軸上に延長される延長筒部12が設けられており、この延長筒部12と筒状部11との境には、径方向外向きの鍔13が設けられている。
【0087】
筒状部11の厚みは、インプットシャフト6の外周面と油圧シリンダの一構成要素であるインナースリーブ41の内周面との間の環状隙間に、軸方向から着脱可能に合致嵌合される寸法に設定されている。
【0088】
そのために、筒状部11の外径寸法(図7のR1参照)は、油圧式クラッチ操作装置4のインナースリーブ41の内径寸法(図7のr1参照)より僅かに小さく設定されており、また、筒状部11の内径寸法(図7のR2参照)は、変速機2のインプットシャフト6の外径寸法(図7のr2参照)より僅かに大きく設定されている。但し、筒状部11の若干の変形が見込める場合には、R1=r1、R2=r2に設定することも可能である。
【0089】
さらに、筒状部11の軸方向寸法(図7のL1参照)は、油圧式クラッチ操作装置4の軸方向寸法(図7のL2参照)より僅かに小さく設定されている。但し、L1とL2との関係は、同一に設定したり、あるいはL1をL2より僅かに大きく設定したり、することも可能である。
【0090】
延長筒部12の内径寸法は、筒状部11の内径寸法と同一に設定されているが、延長筒部12の外径寸法は、筒状部11の外径寸法よりも大きく設定されている。そのため、筒状部11を油圧式クラッチ操作装置4の内径側に軸方向から差し込むと、延長筒部12は、油圧式クラッチ操作装置4の外側にはみ出すようになる。
【0091】
鍔13は、筒状部11と延長筒部12との境に径方向外向きに張り出すように設けられている。
【0092】
この鍔13の外径寸法は、油圧式クラッチ操作装置4のピストン43の外径寸法より大きく設定されている。但し、この鍔13の外径寸法は、ピストン43の外径寸法と略同一に設定してもよい。
【0093】
しかも、鍔13の前面は、筒状部11と延長筒部12との境に存在する段壁面14と面一になっている。この段壁面14は、径方向に沿う面である。そのため、筒状部11を油圧式クラッチ操作装置4の内径側に軸方向から差し込むと、鍔13の前面や段壁面14が油圧式クラッチ操作装置4の軸方向他端面(ピストン43の外端面)に当接されるようになる。
【0094】
そして、延長筒部12の内周面において軸方向に離れた2箇所には、周溝12a,12bが設けられており、この周溝12a,12bには、Oリング51,51が入れられている。なお、このOリング51,51および周溝12a,12bの設置数は、任意である。
【0095】
このOリング51,51は、周溝12a,12bの開口からはみ出す状態になっている。そのため、延長筒部12がインプットシャフト6の外径側に嵌められた状態では、インプットシャフト6の外周面にOリング51,51が弾性変形した状態で圧接されることになる。その締め代については、適宜に設定することが可能である。
【0096】
つまり、このOリング51,51は、組み付け補助具10を用いて油圧式クラッチ操作装置4を変速機ケース21に組み付けるにあたって、変速機ケース21にインナースリーブ41の環状壁部41aを当接させた状態にすると、インプットシャフト6に対する筒状部11および油圧式クラッチ操作装置4の軸方向ならびに径方向の変位を規制するように機能する。このことから明らかなように、Oリング51,51が、請求項に記載している規制手段ならびに弾性体に相当している。
【0097】
ところで、筒状部11の外周面および内周面には、それぞれ油溜め15,16が設けられている。
【0098】
この油溜め15,16は、いずれも、連続する一条の螺旋形状の溝とされており、筒状部11の全長にわたって形成されている。なお、外径側の油溜め15としての溝と、内径側の油溜め16としての溝とは、軸方向にずれた状態で設けられている。このようにすれば、筒状部11の肉厚を薄くしなければならない場合でも、両方の油溜め15,16を設けることが可能になる。
【0099】
このような組み付け補助具10は、例えば合成樹脂等の成形品として製作することが可能である。但し、組み付け補助具10の素材は特に限定されないが、インナースリーブ41の素材(例えばステンレス鋼やアルミニウム合金等)よりも軟質とし、使用時にインナースリーブ41を塑性変形させるような攻撃性を無くすことを配慮して選択するのが好ましい。
【0100】
次に、このような構成の組み付け補助具10を用いて、油圧式クラッチ操作装置4を変速機2に組み付ける際の手順および様子について、図5から図7を参照して詳細に説明する。
【0101】
まず、組み付け補助具10単体の状態において、その筒状部11の外周面および内周面と、延長筒部12の内周面とに、油脂(例えば適宜のグリース、潤滑油あるいは錆止め剤等)を塗布しておく。
【0102】
この組み付け補助具10の筒状部11を、図5に示すように、油圧式クラッチ操作装置4のインナースリーブ41の内径側に嵌める。
【0103】
ところで、前述したように筒状部11の外径寸法とインナースリーブ41の内径寸法との関係を特定することにより、筒状部11の外周面をインナースリーブ41の内周面に僅かな隙間を介して嵌合させるように設定しているので、筒状部11とインナースリーブ41との間に「がた」がほとんどない状態となる。これにより、油圧式クラッチ操作装置4に組み付け補助具10が物理的に傾かない状態になる。
【0104】
但し、このような装着状態を確保する場合には、インナースリーブ41に筒状部11を嵌め込みにくくなるものの、前述したように、筒状部11の外周面に塗布しておいた油脂が、前記嵌め込み時において嵌め合い面の滑りをスムースにさせるので、容易に嵌め込むことが可能になる。
【0105】
このような嵌め込みを行うと、筒状部11の外周面に塗布した油脂が、インナースリーブ41によってかきとられることになるが、筒状部11の外周面に形成してある油溜め15内に前記油脂が残存して保持されることになる。
【0106】
この後、図5の白抜き矢印で示すように、油圧式クラッチ操作装置4を装着した組み付け補助具10の筒状部11を、変速機2のインプットシャフト6の外径側に嵌める。
【0107】
このとき、作業者は、組み付け補助具10の延長筒部12を掴んで鍔13を押圧することにより、図6に示すように、油圧式クラッチ操作装置4のインナースリーブ41の環状壁部41aを変速機ケース21の外壁面23に当接させる位置まで、徐々に押し込むようにすればよい。
【0108】
このように押し込んだ状態では、組み付け補助具10の筒状部11の自由端は、変速機ケース21の外壁面23に当接せずに離れた状態になっていて、さらにアウタースリーブ42の取り付け片42bも、Oリング48の存在によって、変速機ケース21の外壁面23に当接せずに、僅かに離れた状態で対向している。
【0109】
このとき、前述したように組み付け補助具10の筒状部11の内径寸法とインプットシャフト6の外径寸法との関係を特定することにより、筒状部11の内周面をインプットシャフト6の外周面に僅かな隙間を介して嵌合させるように設定しているので、筒状部11とインプットシャフト6との間に「がた」がほとんどない状態となる。
【0110】
この時点で、組み付け補助具10の筒状部11が、インプットシャフト6の外周面と油圧式クラッチ操作装置4のインナースリーブ41の内周面との間の環状隙間を略完全に埋める形になるので、インプットシャフト6に対して組み付け補助具10および油圧式クラッチ操作装置4が物理的に傾かない状態、つまり、インプットシャフト6に対して油圧式クラッチ操作装置4がセンタリングされて、略不動となる。しかも、インナースリーブ41の環状壁部41aが変速機ケース21の外壁面23に当接した状態で保持されるとともに、アウタースリーブ42の取り付け片42bが、変速機ケース21の外壁面23から離れた状態で、その対向隙間が円周方向で略一定に保持された状態になる。
【0111】
但し、このような配置状態を確保するようにしていると、組み付け補助具10を押し込みにくくなるものの、前述したように、筒状部11の内周面に塗布しておいた油脂が、前記押し込み時において嵌め合い面の滑りをスムースにさせるので、容易に押し込むことが可能になる。
【0112】
しかも、このような押し込み動作を行うと、筒状部11の内周面に塗布した油脂が、インプットシャフト6によってかきとられることになるが、筒状部11の内周に形成してある油溜め16内に前記油脂が残存して保持されることになる。
【0113】
そして、前記のように押し込んだ状態では、作業者が両手を組み付け補助具10から離しても、組み付け補助具10が、インプットシャフト6に対して油圧式クラッチ操作装置4を軸方向ならびに径方向に不動に保持するようになっている。
【0114】
その理由を説明する。組み付け補助具10の延長筒部12の内径側に設けてあるOリング51,51が弾性的に圧縮変形された状態でインプットシャフト6の外周面に圧接されているために、このOリング51,51が詰め物となるとともに、このOリング51,51の径方向内向きの緊縛力によって、インプットシャフト6に対して組み付け補助具10と油圧式クラッチ操作装置4とが軸方向ならびに径方向に変位することを不可能とされるのである。
【0115】
このように油圧式クラッチ操作装置4および組み付け補助具10がインプットシャフト6に対して不動に固定された状態において、アウタースリーブ42における円周数ヶ所の取り付け片42bの各ボルト挿通孔に、それぞれボルト17を差し入れてから、このボルト17を変速機ケース21の外壁面23の各ねじ孔24にねじ込むことにより、油圧式クラッチ操作装置4を変速機ケース21に固定する。
【0116】
このボルト17の留め作業を行う段階では、作業者が組み付け補助具10から両手を離しても、組み付け補助具10および油圧式クラッチ操作装置4がインプットシャフト6および変速機ケース21に対して固定されるようになっているので、作業者が両手で複数のボルト17を変速機ケース21の外壁面23の各ねじ孔24に比較的容易にねじ込むことが可能になる。
【0117】
このような初期ねじ込みに続くねじ込み作業についても、従来例のように複数のボルト17を段階的に締め付けるといった面倒な作業を行ったり、特殊な専用工具を用いたりする必要がなく、単純に、複数のボルト17を順次締め付けるようにするだけで事足りる。
【0118】
ところで、図示例のように、ねじ孔24が変速機ケース21の内外に貫通している場合には、ねじ孔24とボルト17との螺合部分から変速機ケース21内のオイルが染み出すことがあるので、そのような場合には、予めボルト17のねじ軸部にシール剤を塗布したり、シーリングテープを巻き付けたりする必要がある。そのような場合には、ねじ孔24に対するボルト17の初期ねじ込みが行いにくくなるが、前記したように作業者が両手を使えるならば、ねじ孔24に対するボルト17の初期ねじ込みが比較的容易に行うことが可能となるので、作業性が格段に向上する。
【0119】
このようにして、変速機ケース21に油圧式クラッチ操作装置4を組み付けた後は、図7に示すように、変速機ケース21に組み付けた油圧式クラッチ操作装置4から組み付け補助具10を取り外す。その際、組み付け補助具10の延長筒部12を掴んで手前に引っ張ればよい。但し、組み付け補助具10の鍔13に指を引っ掛けて、引っ張るようにしてもよい。
【0120】
この取り外し過程においては、組み付け補助具10の筒状部11の外周面および内周面の両方に設けてある油溜め15,16に保持されてある油脂が、筒状部11とインナースリーブ41との嵌め合い面ならびに筒状部11とインプットシャフト6との嵌め合い面にそれぞれ付着するようになるために、組み付け補助具10の筒状部11をインプットシャフト6とインナースリーブ41との間から円滑かつ容易に引き出すことが可能になるのである。
【0121】
以上説明したように、本発明の特徴を適用した本実施形態の組み付け補助具10を用いれば、変速機ケース21に油圧式クラッチ操作装置4を取り付ける際に、変速機ケース21に油圧式クラッチ操作装置4を適正な姿勢でかつ不動に配置させて、組み付け作業を簡単かつ正確に行えるようにサポートすることが可能になる。
【0122】
つまり、前記状態で複数のボルト17を留める過程において、作業者が組み付け補助具10から両手を離しても、従来例のように油圧式クラッチ操作装置4の姿勢が傾いたり、変速機ケース21の外壁面23から油圧式クラッチ操作装置4のインナースリーブ41の環状壁部41aが離れたり、してしまうといった不具合が発生せずに済む。
【0123】
そのため、作業者は、変速機ケース21のねじ孔24に対するボルト17の初期ねじ込みを、従来例のように片手ではなく、両手で行うことができ、しかも、引き続くボルト17のねじ込み作業についても従来例のように複数のボルト17を段階的に締め付けるといった面倒な作業を行う必要がなくなるとともに、特殊な専用工具を用いる必要がなくなる等、単純化できるようになる。
【0124】
したがって、変速機2に油圧式クラッチ操作装置4を簡単かつ正確に組み付けることが可能になるので、油圧式クラッチ操作装置4を変速機2に組み付けるのに要する作業時間を短縮することが可能になる。ひいては、変速機2を生産するときの生産性向上、あるいは油圧式クラッチ操作装置4を交換、修理するときの整備作業性の向上に大きく貢献できるようになる。
【0125】
なお、本発明は、上記実施形態のみに限定されるものではなく、特許請求の範囲内および当該範囲と均等の範囲で包含されるすべての変形や応用が可能である。
【0126】
(1)上記実施形態において、FR(フロントエンジン・リヤドライブ)方式の車両に搭載される変速機2を例に挙げているが、FF(フロントエンジン・フロントドライブ)方式の車両、MR(ミッドエンジン・リヤドライブ)方式の車両、あるいはRR(リヤエンジン・リヤドライブ)方式の車両等に搭載される、あらゆる変速機に対して、本発明を適用することが可能である。
【0127】
(2)上記実施形態の組み付け補助具10では、油溜め15,16として螺旋形状の溝とした例を挙げているが、その形状は特に限定されない。
【0128】
例えば、油溜め15,16の他例としては、図示していないが、軸方向所定間隔おきに並べて配置される複数条の円形の溝としたり、また、円周数ヶ所に軸方向に沿う直線形状の溝としたり、さらに、不規則あるいは規則的に点在される複数の凹みとしてもよい。この他、いろいろな形状の油溜め15,16を組み合わせて形成してもよい。
【0129】
このような場合も、上記実施形態の組み付け補助具10と基本的に同様の作用、効果を得ることが可能である。
【0130】
また、上記実施形態の組み付け補助具10において、いずれか一方または両方の油溜め15,16を無くすことも可能である。その場合、組み付け補助具10を油圧式クラッチ操作装置4から取り外す際に、容易に取り外せるようにするとともにインナースリーブ41を傷つけないようにするために、組み付け補助具10の筒状部11そのものを、潤滑性を有する材料(例えばふっ素系合成樹脂や軟質金属等)で形成したり、あるいは筒状部11の外周面および内周面に前記のような潤滑性を有する材料を膜状にコーティングしたり、するのが好ましい。この場合も、上記実施形態で示した組み付け補助具10と基本的に同様の作用、効果を得ることが可能である。
【0131】
(3)上記実施形態の組み付け補助具10では、規制手段としてOリング51,51を用いた例を挙げているが、例えば図8および図9に示すように、永久磁石等の磁性体52,52を用いることが可能である。
【0132】
この磁性体52,52は、延長筒部12の軸方向所定位置において180度対向する2箇所に設けられている径方向に貫通する孔12c,12dに入れられる。なお、この磁性体52,52の使用数は、任意である。
【0133】
この実施形態の場合、組み付け補助具10を使って油圧式クラッチ操作装置4を変速機ケース21に組み付けるにあたって、まず、組み付け補助具10の延長筒部12の孔12c,12dに磁性体52,52を入れない状態にしておいて、この筒状部11に油圧式クラッチ操作装置4を装着する。
【0134】
このようにした油圧式クラッチ操作装置4および組み付け補助具10をインプットシャフト6の外径側に嵌合するとともに、油圧式クラッチ操作装置4を変速機ケース21に押し付ける状態にしてから、この状態を保持したままで組み付け補助具10の延長筒部12の孔12c,12dに磁性体52,52を入れる。
【0135】
すると、孔12c,12dの内径側開口から突出する磁性体52,52がインプットシャフト6に磁気的に吸着されるようになり、それによって、インプットシャフト6に組み付け補助具10が軸方向ならびに径方向に不動となり、この組み付け補助具10に保持されている油圧式クラッチ操作装置4が、変速機ケース21に対して適正な相対位置を保持したまま不動とされるようになる。
【0136】
以上説明したように、この実施形態でも、上記実施形態と同様に、油圧式クラッチ操作装置4をインプットシャフト6に対してセンタリングしたうえで、変速機ケース21に対して適正に位置に配置させたままの状態で保持することができる。このような状態に保持することができるから、ボルト17を留める作業を両手で行えるようになって、作業効率が向上する結果となるのである。
【0137】
(4)上記(3)の磁性体52,52については、例えば図10に示すように、側面視で略「コ」の字形状の磁性体53とすることが可能である。
【0138】
このような単一の磁性体53を用いる場合、組み付け補助具10の延長筒部12において180度対向する2箇所に、切り欠き12e,12fを延長筒部12の長手方向と直交する方向に沿って設け、この切り欠き12e,12fの長手方向中間に径方向に貫通する孔12c,12dを設けるようにしている。
【0139】
この例において、磁性体53を延長筒部12に装着するタイミングとしては、上記(3)の例と同様とする。但し、磁性体53の装着形態としては、この磁性体53を延長筒部12の長手方向と直交する方向から、切り欠き12e,12fにスライド装着させるようにすればよい。そうすることによって磁性体53の一部が孔12c,12dから露呈する状態になり、この磁性体53の露呈部分がインプットシャフト6に磁気的に吸着されるようになる。
【0140】
(5)上記実施形態の組み付け補助具10では、規制手段としてOリング51や磁性体52,53を用いた例を挙げているが、Oリング51や磁性体52,53を用いずに、次のように工夫することが可能である。
【0141】
例えば図11に示すように、組み付け補助具10の筒状部11における外周面を、先細りとなるテーパ形状とする。
【0142】
このような組み付け補助具10を用いて、変速機ケース21に油圧式クラッチ操作装置4を組み付ける場合の動作を説明する。
【0143】
まず、組み付け補助具10単体の状態において、その筒状部11の外周面および内周面と、延長筒部12の内周面とに、油脂(例えば適宜のグリース、潤滑油あるいは錆止め剤等)を塗布しておく。
【0144】
この組み付け補助具10の筒状部11を、油圧式クラッチ操作装置4のインナースリーブ41の内径側に嵌める。このとき、筒状部11の外周面がテーパ形状であるので、筒状部11の嵌め込み深さが深くなるほど、筒状部11の全体が僅かに径方向内向きに弾性変形するようになる。
【0145】
この後、油圧式クラッチ操作装置4を装着した組み付け補助具10の筒状部11を、変速機2のインプットシャフト6の外径側に嵌める。
【0146】
このとき、作業者は、組み付け補助具10の延長筒部12を掴んで鍔13を押圧することにより、図12に示すように、油圧式クラッチ操作装置4のインナースリーブ41の環状壁部41aを変速機ケース21の外壁面23に当接させる位置まで、徐々に押し込むようにすればよい。
【0147】
このように押し込んだ状態では、組み付け補助具10の筒状部11の自由端は、変速機ケース21の外壁面23に当接せずに離れた状態になっていて、さらにアウタースリーブ42の環状壁部42aも、Oリング48の存在によって、変速機ケース21の外壁面23に当接せずに、僅かに離れた状態で対向している。
【0148】
このとき、前述したように組み付け補助具10の筒状部11が、油圧式クラッチ操作装置4のインナースリーブ41とインプットシャフト6との環状隙間に楔のように食い込むような状態になるので、インプットシャフト6に対して組み付け補助具10および油圧式クラッチ操作装置4が物理的に傾かない状態、つまり、インプットシャフト6に対して油圧式クラッチ操作装置4がセンタリングされて、略不動となる。しかも、インナースリーブ41の環状壁部41aが変速機ケース21の外壁面23に当接した状態で保持されるとともに、アウタースリーブ42の取り付け片42bが、変速機ケース21の外壁面23から離れた状態で、その対向隙間Δαが円周方向で略一定に保持された状態になる。
【0149】
このような状態では、作業者が組み付け補助具10から両手を離しても、外周面がテーパ形状の筒状部11による楔作用によって、インプットシャフト6に対して組み付け補助具10と油圧式クラッチ操作装置4とが軸方向ならびに径方向に変位不可能に固定されるのである。
【0150】
このように油圧式クラッチ操作装置4および組み付け補助具10がインプットシャフト6に対して不動に固定された状態において、アウタースリーブ42における円周数ヶ所の取り付け片42bの各ボルト挿通孔に、それぞれボルト17を差し入れてから、このボルト17を変速機ケース21の外壁面23の各ねじ孔24にねじ込むことにより、油圧式クラッチ操作装置4を変速機ケース21に固定する。
【0151】
このボルト17の留め作業を行う段階では、作業者が組み付け補助具10から両手を離しても、組み付け補助具10および油圧式クラッチ操作装置4がインプットシャフト6および変速機ケース21に対して不動に保持されるので、作業者が両手で複数のボルト17を変速機ケース21の外壁面23の各ねじ孔24に比較的容易にねじ込むことが可能になる。
【0152】
このような初期ねじ込みに続くねじ込み作業についても、従来例のように複数のボルト17を段階的に締め付けるといった面倒な作業を行ったり、特殊な専用工具を用いたりする必要がなく、単純に、複数のボルト17を順次締め付けるようにするだけで事足りる。
【0153】
このようにして、変速機ケース21に油圧式クラッチ操作装置4を組み付けた後は、変速機ケース21に組み付けた油圧式クラッチ操作装置4から組み付け補助具10を取り外す。その際、組み付け補助具10の延長筒部12を掴んで手前に引っ張ればよい。但し、組み付け補助具10の鍔13に指を引っ掛けて、引っ張るようにしてもよい。
【0154】
以上説明したように、この実施形態でも、上記実施形態と同様に、油圧式クラッチ操作装置4をインプットシャフト6に対してセンタリングしたうえで、変速機ケース21に対して適正に位置に配置させたままの状態で保持することができる。このような状態に保持することができるから、ボルト17を留める作業を両手で行えるようになって、作業効率が向上する結果となるのである。
【図面の簡単な説明】
【0155】
【図1】本発明に係る組み付け補助具の使用対象となる油圧式クラッチ操作装置を変速機に組み付けた状態を示す縦断面図で、図2の(1)−(1)線断面を矢印方向から見た図である。
【図2】図1の油圧式クラッチ操作装置の正面図である。
【図3】図1の油圧式クラッチ操作装置の操作対象となる摩擦式クラッチ機構の概略構成を示す図である。
【図4】本発明に係る油圧式クラッチ操作装置の組み付け補助具を示す斜視図である。
【図5】図4の組み付け補助具を用いて油圧式クラッチ操作装置を組み付ける際の様子を示す説明図である。
【図6】図5の続きを示す図である。
【図7】図6の続きを示す図である。
【図8】本発明に係る油圧式クラッチ操作装置の組み付け補助具の他の実施形態を示す斜視図である。
【図9】図8に示す組み付け補助具で、図6に対応する図である。
【図10】本発明に係る油圧式クラッチ操作装置の組み付け補助具のさらに他の実施形態で、図4に対応する斜視図である。
【図11】本発明に係る油圧式クラッチ操作装置の組み付け補助具のさらに他の実施形態を示す斜視図である。
【図12】図11に示す組み付け補助具で、図6に対応する図である。
【符号の説明】
【0156】
2 変速機
21 変速機ケース
22 変速機ケースの内孔
23 変速機ケースの外壁面
3 摩擦式クラッチ機構
31 クラッチディスク
32 プレッシャープレート
33 ダイアフラムスプリング
4 油圧式クラッチ操作装置
41 インナースリーブ(油圧シリンダの一構成要素に相当)
41a インナースリーブの環状壁部
42 アウタースリーブ(油圧シリンダの一構成要素に相当)
42a アウタースリーブの環状壁部
42b アウタースリーブの取り付け片
43 ピストン(油圧シリンダの一構成要素に相当)
45 レリーズベアリング
46 油圧室
5 エンジン(動力発生源に相当)のクランクシャフト(出力軸に相当)
6 変速機のインプットシャフト(入力軸に相当)
10 組み付け補助具
11 組み付け補助具の筒状部
12 組み付け補助具の延長筒部
13 組み付け補助具の鍔
14 組み付け補助具の段壁面
17 ボルト
51 Oリング(規制手段や弾性体に相当)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
動力発生源の出力軸と変速機の入力軸との間の摩擦式クラッチ機構に備えるダイアフラムスプリングの内径部分に当接されるレリーズベアリングと、このレリーズベアリングを前記入力軸上でスライドさせて前記摩擦式クラッチ機構を接続状態または分離状態にさせる筒形の油圧シリンダとを含む油圧式クラッチ操作装置を、前記入力軸の外径側に同心状に配置させてから、前記油圧シリンダの一構成要素となるアウタースリーブの軸方向一端に設けられてある径方向外向きの環状壁部の円周数ヶ所を、前記変速機のケースにおいて前記入力軸の一部が突出される内孔周りの外壁面にボルト留めする際に用いられる組み付け補助具であって、
前記油圧シリンダの内径面と前記入力軸の外周面との間の環状隙間に、軸方向から着脱可能に嵌合される厚みの筒状部を有し、
前記変速機ケースに前記油圧式クラッチ操作装置を当接させた状態において前記入力軸に対する油圧式クラッチ操作装置の軸方向ならびに径方向の変位を規制する規制手段を有している、ことを特徴とする油圧式クラッチ操作装置の組み付け補助具。
【請求項2】
請求項1に記載の油圧式クラッチ操作装置の組み付け補助具において、
前記筒状部は、前記油圧式クラッチ操作装置の内周に嵌合された状態で前記油圧式クラッチ操作装置の全長と同等以下の長さに設定され、
この筒状部には、前記油圧式クラッチ操作装置の外側にはみ出す延長筒部が設けられ、この延長筒部と前記筒状部との境には、前記油圧式クラッチ操作装置の軸方向他端面に当接される当接面が設けられ、
前記規制手段は、前記延長筒部の内周に前記入力軸に圧接するように設けられる弾性体とされる、ことを特徴とする油圧式クラッチ操作装置の組み付け補助具。
【請求項3】
請求項1に記載の油圧式クラッチ操作装置の組み付け補助具において、
前記筒状部は、前記油圧式クラッチ操作装置の内周に嵌合された状態で前記油圧式クラッチ操作装置の全長と同等以下の長さに設定され、
この筒状部には、前記油圧式クラッチ操作装置の外側にはみ出す延長筒部が設けられ、この延長筒部と前記筒状部との境には、前記油圧式クラッチ操作装置の軸方向他端面に当接される当接面が設けられ、
前記規制手段は、前記延長筒部に設けられて前記入力軸に磁気的に吸着する磁性体とされる、ことを特徴とする油圧式クラッチ操作装置の組み付け補助具。
【請求項4】
請求項1に記載の油圧式クラッチ操作装置の組み付け補助具において、
前記筒状部は、前記油圧式クラッチ操作装置の内周に嵌合された状態で前記油圧式クラッチ操作装置の全長と同等以下の長さに設定され、
この筒状部には、前記油圧式クラッチ操作装置の外側にはみ出す延長筒部が設けられ、この延長筒部と前記筒状部との境には、前記油圧式クラッチ操作装置の軸方向他端面に当接される当接面が設けられ、
前記規制手段は、前記筒状部の外周に設けられかつ当該筒状部を前記環状隙間に嵌合したときに前記入力軸に対して前記油圧式クラッチ操作装置を径方向外向きに押圧する力を発生するテーパ形状部とされる、ことを特徴とする油圧式クラッチ操作装置の組み付け補助具。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2010−94760(P2010−94760A)
【公開日】平成22年4月30日(2010.4.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−266286(P2008−266286)
【出願日】平成20年10月15日(2008.10.15)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】