説明

波動方程式の反転による内燃機関のノッキング強度の推定方法

【課題】振動センサから内燃機関のノッキング強度をリアルタイムで推定する。
【解決手段】本発明は、シリンダ内の振動を表す振動信号が、シリンダヘッドの出口で、少なくとも1つの振動センサによって、クランクシャフト角の関数として連続的に得られる内燃機関において、ノッキング強度をリアルタイムで推定する方法に関し、本方法は、固体媒質内の波の伝播を記述する物理モデルから、シリンダヘッドの波動方程式モデルを構築するステップと、推定器を使用して、波動方程式モデルのダイナミクスを反転させることにより、振動信号のフーリエ分解の係数をリアルタイムで求めるステップ(REC)と、フーリエ分解の係数の平方の和を求めることにより、信号に含まれているエネルギを計算するステップ(CAL)と、エネルギの最大値の平方根に等しくノッキング強度と相関するパラメータをリアルタイムで推定するステップと、を有している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は内燃機関の燃焼制御の分野に関する。本発明は特に、機関内に設置されたセンサを用いてそのような機関のノッキング強度を推定する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
この種の機関は、シリンダの内部側壁とシリンダ内を滑動するピストンの頂部とシリンダヘッドとによって画定される燃焼室を含む、少なくとも一つのシリンダを備えている。一般に、燃料空気混合気はこの燃焼室内に充填され、圧縮ステップ、次いでプラグにより制御された点火作用による燃焼ステップを受けるが、以下の説明においては、これらのステップを一括して、「燃焼フェーズ」と言う用語で呼ぶ。
【0003】
火花点火機関においては、通常、点火の後に空気/ガソリン混合気の燃焼が始まる。火炎前面が伝播し、火炎のブローにより混合気の一部が押し戻されて、シリンダの隔壁及びピストンの頂部に衝突する。圧力及び温度が著しく上昇し、その結果、隔壁に衝突した燃料は自己発火点に達し、複数の場所で自己着火する。この現象は「ノッキング」と呼ばれる。このようにノッキングはなによりもまず、点火が制御された火花点火機関内での異常燃焼現象であり、機関から発生する金属音により外部から検知することができる。ノッキングは燃焼室内での衝撃波の発生に起因するものである。
【0004】
ノッキングに起因する微小爆発により、(5KHzから20KHz程度の)音響帯域内で振動が生じる。振動はきわめて激しく、高温箇所を急速に発生させ、問題をさらに増大させることがある。微小爆発の蓄積により、ピストン頂部及び/またはシリンダ壁、並びにリング上の少量の金属が剥離され、または溶解させられる。これにより、(強度によって異なるが)ある時間の経過後、ピストン、リングまたはシリンダ壁の破損が生じる。
【0005】
ノッキング強度を推定することにより、ノッキングの影響を制限しシリンダを損傷させない燃焼制御が可能になる。
【0006】
内燃機関のノッキングを推定するためのいくつかの方法が知られている。それらの方法はシリンダ圧力センサから出力される信号を記録することに基く。第一の方法は、ノッキングを推定するために、オフラインで、すなわち後の処理で、この信号にフーリエ変換の手法を適用することからなる。そのような方法は非特許文献1,2に記載されている。
【0007】
第二の方法は、オフラインでノッキングを推定するために、フィルタリング及び最大値検出の手法を信号に適用することからなる。そのような方法は非特許文献3に記載されている。
【0008】
最後に、同じくシリンダ圧力センサから出力される信号を記録することに基く別の方法が知られている。ここでは、オフラインでノッキングを推定するためにウェーブレット手法が信号に適用される。そのような方法は非特許文献4に記載されている。
【0009】
しかしながらこれらの方法では、リアルタイムでノッキング強度の推定を行うことができない(コンピュータに取り込む場合には、通常、計算は50マイクロ秒未満でおこなわれなければならない)。
【0010】
特許文献1により、振動信号を基にしてノッキング強度をリアルタイムで推定する方法が知られている。この方法によれば、振動信号のフーリエ分解の係数をリアルタイムで求め、フーリエ分解のこれらの係数の平方の和を求めることにより、信号に含まれているエネルギを推定する。最後に、エネルギの最大値の平方根に等しい、ノッキング強度と相関するパラメータを求めることにより、ノッキング強度を推定する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】仏国特許出願公開第2949511号明細書
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】Olivier BOUBAL,Jacques OKSMAN、“再配置された平準化疑似ウィグナー−ヴィレ分布のノッキング検出への適用(Application of the Reallocated Smoothed Pseudo Wigner-Ville Distribution to Knock Detection)”,信号処理(Traitement du Signal),1998年,第15巻
【非特許文献2】C. Hudson,X. Gao,R. Stone,“火花点火機関の燃料評価のためのノッキングの測定(Knock measurement for fuel evaluation in spark ignition engines)”,燃料(Fuel),2001年、第80巻
【非特許文献3】G. Brecq,O. Le Carre,“ノッキング状態下でのシリンダ内圧力振動のモデル化−圧力包絡曲線への導入(Modeling of In-cylinder Pressure Oscillations under Knocking Conditions: Introduction to Pressure Envelope Curve)”,米国自動車技術会(SAE),2005年
【非特許文献4】Z. Zhang,E. Tomita,“ウェーブレット瞬間相関法を用いたノッキング検出(Knocking detection using wavelet instantaneous correlation method)”,SAEレビュージャーナル(Journal of SAE Review),2002年,第23巻
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明の目的は、内燃機関内のノッキング強度をリアルタイムで求める、別の方法を提供することにある。この方法は機関の振動を表す振動信号の処理に基くものである。本発明により、振動源の振動信号を伝播させる波動を記述する波動方程式によりシリンダヘッドをモデル化し、次いでこの振動源の信号のフーリエ係数の推定に基き、機関の振動を表す特性(代表性)を向上させることができる。この推定は、燃焼を最もよく制御し機関を保護するよう、リアルタイムで行われる。
【課題を解決するための手段】
【0014】
一般に本発明は、シリンダヘッドと、少なくとも1つのシリンダと、少なくとも1つの振動センサと、を備え、シリンダ内の振動を表す振動信号が、シリンダヘッドの出口で、少なくとも1つの振動センサによって、クランクシャフト角の関数として連続的に得られる内燃機関において、ノッキング強度をリアルタイムで推定する方法に関する。本方法は、
−固体媒質内の波の伝播を記述する物理モデルから、シリンダヘッドの波動方程式モデルを構築するステップと、
−推定器を使用して、波動方程式モデルのダイナミクスを反転させることにより(en inversant une dynamique)、振動信号のフーリエ分解の係数をリアルタイムで求めるステップと、
−フーリエ分解の係数の平方の和を求めることにより、信号に含まれているエネルギを計算するステップと、
−エネルギの最大値の平方根に等しくノッキング強度と相関するパラメータをリアルタイムで推定するステップと、を有している。
【0015】
本発明によれば、振動信号は、シリンダの圧力センサから出力される信号、または加速度センサから出力される信号であってよい。
【0016】
振動信号は複数の高調波を含んでいてよく、燃焼と相関する一つまたは複数の高調波についてのみ、フーリエ分解の係数が推定することができる。この場合、スペクトル解析または時間/周波数解析を実行することにより、あるいは5000ヘルツから20000ヘルツまでの周波数帯域を選択することにより、燃焼と相関する高調波を選択することができる。
【0017】
一実施態様によれば、燃焼に関連する振動応答の全体を含む角度範囲を求め、フィルタリングを行う前に振動信号を角度範囲に限定する。
【0018】
推定器は適合型非線形推定器とすることができる。
【0019】
本発明によれば、機関の燃焼を制御するために、機関パラメータを、ノッキング強度と相関するパラメータの関数として修正することができる。
【0020】
本発明による方法のその他の特徴及び長所は、以下に述べる、添付の図面を参照して行う非限定的な実施形態の説明を読むことにより明らかになろう。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、内燃機関内のノッキング強度をリアルタイムで求める、別の方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】本発明による燃焼制御の原理を示す概略図である。
【図2】パラメータlclを用いてノッキング強度を推定する方法をステップに分解して示す機能概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明による方法は、ノッキング現象を考慮した内燃機関の燃焼制御方法に関する。本方法は、センサから出力される信号の処理に基づき、機関のノッキング強度を推定することを含んでおり、この信号は、燃焼の特徴及び可能性のあるノッキング発生の特徴を直接示すための物理的意味を有するものである。本方法は、燃焼特性及び使用するシリンダ圧力センサの技術には依存しない。
【0024】
本発明を、単一のシリンダに適用される特定の一実施形態に従い、機関の燃焼モードに関連する個別的事項を含めずに説明する。本実施形態では、シリンダ圧力センサが用いられる。内燃機関の特性及び使用されるシリンダ圧力センサの技術は、本方法の原理に影響を及ぼさない。
【0025】
図1は、本発明による制御方法の全体的な原理を示している。まず、シリンダ圧力センサ(A)から出力されたシリンダ圧力信号(p(t))を取得する。この圧力信号は燃焼室(CC)内の燃焼に対応する。ノッキングの特徴を示す情報はこの信号のいくつかの高調波にしか含まれないことがわかっている。そこで、基本的な考え方として、この振動信号の種々の高調波をリアルタイムで計算し、次に、燃焼に相当する高調波を選択することとする。最後に、燃焼に関する情報を持つこれらの高調波を用いて、燃焼の特徴を直接示すノッキング強度(Icl)を、同じくリアルタイムで計算する(CAL)。ノッキング強度(Icl)は、燃焼を制御するための機関パラメータの調節(CTRL)を可能にする。
【0026】
図2に示すように、燃焼についての機関制御方法は以下の5つの主要なステップ、
ステップ1−燃焼の特徴を示す高調波の選択(SLCT)
ステップ2−シリンダ圧力センサから出力された信号の取得(ACQ)
ステップ3−振動信号の高調波のリアルタイムでの決定(EDPest)
ステップ4−燃焼の特徴を直接示すためのノッキング強度のリアルタイムでの決定(CAL)
ステップ5−機関制御:燃焼を制御しノッキングを防ぐための機関パラメータの調節(CTRL)
に分解することができる。ステップ1は予備ステップであり、ステップ2−5はリアルタイムで行われる。
【0027】
(ステップ1)燃焼の特徴を示す高調波の選択(SLCT)
シリンダ圧力信号(または加速度センサから出力された信号)などのあらゆる周期的振動量(または増加と減少が交互に現れる量)は、基本周波数の整数倍の周波数をもつ複数の正弦波成分の和とみなすことができる。基本周波数はベース周波数とも呼ばれ、考慮されている振動量の周期の逆数に等しい。高次周波数の波は、周波数が基本周波数の整数倍である正弦波成分である。これらの高次周波数の波は高調波と呼ばれる。
【0028】
各高調波は、ノイズ、燃焼、噴射装置の打音、上死点へのピストンの戻り、ディストリビュータシステムによって生じる振動等の、一つまたは複数の情報を有する。
【0029】
ここでの目的は、まず、これらの成分の中から、燃焼の特徴を示す情報を含む成分を選択することである。この作業はつまり、ノイズ現象を排除しつつ、シリンダ圧力センサから出力された信号から有効部分を抽出することである。
【0030】
燃焼の特徴を示すことができる高調波を求めるには、2つの方法、すなわち時間/周波数解析またはスペクトル解析を用いることができる。これらの方法は、リアルタイムで機関の燃焼制御を行うことができる各ステップの実行に先立ち、試験の一環として、シリンダ圧力センサから出力される信号に対し適用される。
【0031】
信号の時間/周波数解析は、当業者にはよく知られている高速フーリエ変換(FFT)を各時間ステップ毎に行うスライドウインドーであると解釈することができる。この形態のフーリエ変換は短時間フーリエ変換としても知られており、時間−周波数平面におけるこの変換の表現方法はスペクトログラムによって与えられる。スペクトログラムとは、ある信号の周波数スペクトルをその信号の各タイミングtに関連付けた線図である。その最も一般的な形式では、横軸が時間を表し、縦軸が周波数を表す。グラフの内側の各点には、ある所与の時点における特定の周波数の振幅(単位はデジベルの場合が多い)を表す、ある強さが付加されている。自動車業界の分野においては、時間軸は、クランクシャフト角の値に対応する角度軸に置き換えられるのが一般的である。そのようなスペクトログラム上では、角度軸上に燃焼の周期性が明確に現れる。この事象は、機関サイクル(その一部が燃焼に関連する)の間に発生する事象と同期する周期的現象に相当する。従来、内燃機関内に設置されたシリンダ圧力センサから出力される振動信号の解析を行った範囲内において、5kHzと20kHzとの間のいくつかの周波数帯域内において、ある広がりをもった角度帯域を明らかに見出すことができる。実際、ノッキングを伴う信号とノッキングを伴わない信号との間には、数kHz(最も多くの場合、7kHzから9kHzの間。そのため、5kHzから20kHzの間でフィルタが展開される)の周波数帯におけるエネルギに関して、きわめて大きな差が認められる。この周波数は主にモデルの幾何学的形状に依存する。燃焼システムでいくつかの測定を行うことにより、この周波数を試験的に得ることができる。
【0032】
このように、本方法によれば、燃焼の特性を示す当該周波数の帯域を5kHzから20kHzの間に固定するか、例えば機関の種類に応じて、スペクトル解析を使用して適切な周波数帯を求めることができる。
【0033】
以下の説明においては、ノッキング強度を推定するために5kHzから20kHzの周波数帯域で作業を行うものとする。
【0034】
信号のうち、選択された高調波(周波数成分)をωと記す。ここでk∈{l、n}である。整数nは、これらn個の高調波が5kHzから20kHzの周波数帯域に属すように選択される。
【0035】
ステップ2から5はリアルタイムで実行される。
【0036】
(ステップ2)振動センサから出力された信号の取得(ACQ)
燃焼の制御方法は、燃焼の特徴及び可能性のあるノッキング発生の特徴を直接示すための物理的意味をもつ振動信号の処理に基いている。この信号はセンサ、すなわち本実施形態ではシリンダ圧力センサから連続的に送出される。このようにして信号を取得することは当業者には周知である。使用するシリンダ圧力センサの技術も本方法の原理に影響を及ぼさない。シリンダ圧力センサ(A)が取得した信号をp(t)とする。変数tは時間を表す。
【0037】
シリンダ圧力センサから送出される信号p(t)は、一連の処理における2つの入力値の一つとなる。第二の信号α(t)は時間の経過にともなうクランクシャフト角の値を示す信号である。クランクシャフト角をαとする。この信号は角度エンコーダ(ENC)から送出される。
【0038】
(ステップ3)振動信号の高調波のリアルタイムでの決定
ここでの目的は、まず、シリンダ圧力センサから出力された振動信号の全ての高調波成分、あるいは、少なくとも、ステップ1で選択された有効高調波成分をリアルタイムで推定することである。これらの成分をリアルタイムで再現するということは、例えばフーリエ分解により高調波成分を得る目的で信号を後で処理するために信号を連続的に記録することはしないことを意味する。これとは逆に、これらの成分は信号が測定されるのに応じて推定される。これを行うために、フーリエの偏微分方程式オブザーバを用いる。本方法は以下のステップ、
−信号の有効部分の抽出:振動信号の予備処理(PRE)
−フーリエの偏微分方程式オブザーバによる高調波の推定(EDPest)
を含むことができる。
【0039】
(信号の有効部分の抽出:振動信号の予備処理(PRE))
シリンダ圧力センサから出力される信号を処理することは、一連の機関制御において最も重要な要素である。それはセンサが、燃焼のループ制御に利用することができる変数を送出するからである。第一のステップは、振動信号を、最大限の有効情報を引き出すように処理することを内容とする。振動信号から有効部分を抽出するためのこの予備処理(高調波及び燃焼パラメータの再現の前に行われる)は、以下のステップ、すなわち角度領域におけるp(t)のサンプリングと、燃焼を含む角度ウインドーの決定と、を含むことができる。
【0040】
(角度領域におけるp(t)のサンプリング)
信号p(t)は角度領域内でサンプリングされる。そして、このサンプリングされた信号をp(α)とする。角度領域は時間領域とは異なり、全てのデータがクランクシャフト角の関数で表される領域である。このステップにより、全ての回転機械にとって不変の基準点のもとで作業を行うことが可能となる。角度領域で作業することの第二の意義は、点火進角が上死点(PMH,TDC)を基準とした角度で示されることに基づくもので、それにより燃焼の進角制御が容易になる。しかしながら、上死点などの角度領域内の基準原点を定義する角度エンコーダが良好に設定されていることを確認しなければならないことは明らかである。
【0041】
(燃焼を含む角度ウインドー[α1;α2]の決定)
データ取得ボードにより信号p(t)が連続的に測定され、次いで角度領域に変換される(p(α))。しかしながら、以後の処理は、角度α,αによって画定された角度範囲に対してのみ行うのが有利である。これらの2つのパラメータは、ノッキングのオブザーバ(本発明によるフーリエオブザーバ)」の較正要素の一部をなす。限界値α,αは燃焼の発生している角度範囲によって変わる。燃焼モードによっては燃焼の発生が早過ぎる(TDCより数度も前)こともあるし、逆に極端に遅くなる(TDCより20度後)こともある。限界値α,αは、ある所与の機関に対し、機関の運転領域全体について燃焼の振動応答の全体を含むように選択する必要がある。これらの角度は基準原点を表す上死点を基準として定義される。従って、角度αは負の符号を有し、αは正の符号を有する。
【0042】
要するにこの方法は、センサから出力される信号の所定の時間ウインドー上で、振動信号を処理することを提案するものであり、所定の時間ウインドーの位置は、機関のクランクシャフトの所定の角度位置に相当する。センサの信号は、この時間ウインドーまたは対応する角度ウインドー[α1;α2]の内部に、燃焼品質を評価するための燃焼パラメータを求めることができる、機関の振動挙動に関する情報を含んでいる。
【0043】
(フーリエの偏微分方程式オブザーバによる高調波の推定(EDPest))
i.シリンダヘッドを介した波動方程式モデルの構築
測定する信号は、シリンダ内の振動を表す振動信号である。この振動は機関のシリンダヘッドを通って伝播する。シリンダヘッドの出口で振動を測定し、シリンダヘッドに入る信号を再現することを試みる。シリンダヘッドを通過する際、金属内を波が伝播するために、この信号は変化する。そこで、シリンダヘッドに入る振動信号をシリンダヘッド上で測定される振動信号に変換することができるモデルを、シリンダヘッドの波動方程式モデルと呼ぶ。
【0044】
このモデル及び測定値y(p(α)に等しい)から、信号ωの推定、すなわち機関から発生し、(燃焼に関する情報を含む)有効周波数を有する振動信号p(α)の再現を行う。本発明による方法を行う際には、時間の経過によってほとんど変化せずリアルタイム推定を可能とするパラメータによって、この信号ωを特徴付ける。別の言い方をすれば、ある所与の時間において定数であるパラメータを使用して信号ωを定義する。これを行うために、信号ωが機械的な周期性を有しているという事実を利用する。こうして、大きく変化する信号ωを推定する代わりに、この信号のフーリエ分解の係数を推定することができる。信号の周期性に関連づけて信号ωを記述することが可能なあらゆるパラメータも、同様に用いることができる。
【0045】
従って、説明をわかりやすくするために複素数展開される信号ωのフーリエ係数への分解は、以下のように記述することができる。
【0046】
【数1】

【0047】
は信号ωのフーリエ分解におけるフーリエ係数を表す。このようにして、時間の経過に対して不変なパラメータcの関数として、振動信号を変換する信号が定義される。
【0048】
媒質内の波の伝播方程式は、当業者に知られているとおり、以下のように記述することができる。
【0049】
【数2】

【0050】
係数a,b,qは媒質によって異なる。本発明によれば、シリンダヘッド、すなわち金属などの固体媒質を表す媒質に対して、これらのパラメータが選択される。
【0051】
有限数の高調波しか用いず、かつ金属内の波の伝播方程式に基づく場合、シリンダヘッドの波動方程式モデルをリアルタイムで表すモデルは以下のように記述することができる。
【0052】
【数3】

【0053】
本発明においては、信号ωのフーリエ分解におけるフーリエ係数(c)を推定することが目的である。
【0054】
(3)の方程式群はシリンダヘッドの波動方程式モデルを表している。これにより、時間の経過によってほとんど変化しないパラメータにより、信号ωを特徴づけることができる(REC)。
【0055】
ii.フーリエ分解の係数のリアルタイムでの決定
これを行うために、推定器を使用して、波動方程式モデル((3)の方程式群)を適合型非線形偏微分推定器に結合させることにより、このモデルのダイナミクスを反転(inverse la dynamique)させる。
【0056】
所望されるのは、フィルタを通った測定値p(α)から加速度信号の周期的励起を再現するために、「フーリエ偏微分方程式(EDP)オブザーバ」と呼ばれる推定器を定義することである。このフィルタリングステップは、図2ではFILTと記載している。そのために、超低周波及び超高周波を除去するためのバンドパスフィルタ(1kHzと100kHzの間)を使用する。
【0057】
(3)の方程式群で記述されるモデルから、ダイナミクスに関する項及び補正項を含む適合型非線形推定器を以下のように定義する。
【0058】
【数4】

【0059】
パラメータΦ(x),Φ(x),Φ(α)の選択により推定器(オブザーバ)の収束を確保させる必要がある。そのため、まず以下の関数を定義する。
【0060】
【数5】

【0061】
そして次に、
【0062】
【数6】

【0063】
(4)の方程式群は、信号ωのフーリエ係数への分解における係数cを推定することを可能にする適合型非線形推定器を表している。
【0064】
この方法により、係数cを介して励起ωの再現が確保される。再現される加速度信号ωハット(数式7中のωハットを意味する)は以下の関係式で与えられる。
【0065】
【数7】

【0066】
(高調波の選択)
ステップ1で選択された高調波(ω)を信号の再生のために使用する場合を考える。kは−nからnの間で変化するため、燃焼の特徴を表す情報を有するn個の高調波を使用する。
【0067】
しかし、より多数の高調波に基づいて励起を推定(ωハット)することもできる。事実、使用するフーリエ係数が多ければ多いほど、励起ωの再現は正確になる。従って、ステップ1で選択した高調波の数と異なる数(n)の高調波を選択しても、本発明の範囲からは逸脱しない。その代り、励起ωを再現するために選択された高調波の数が多ければ多いほど計算時間が長くなることは明白である。従って、計算速度と精度との間でバランスをとる必要がある。
【0068】
従って、ここでの目的は、適切なωを求めることと、適合するパラメータnを求めること、すなわち信号の再現に必要な高調波の数を選択することである。この選択は種々の高調波のそれぞれのエネルギに依存する。一般に、最初の3つの高調波が、燃焼の特徴を示す上で最も有意であり、励起を再現するにはこの3つで十分である。ほとんどの場合、n=1が採用される。このようにして再現された信号をp(α)ハットとする。
【0069】
(オブザーバの較正例)
表1に、フーリエのオブザーバの較正に必要なパラメータ値の例を示す。Ncylは機関のシリンダ数を示す。
【0070】
【表1】

【0071】
(推定品質の確認(VAL))
機関制御装置へパラメータが誤って送信されるのを防止するために、任意的なステップにより、振動信号の再現の適切さを検証することが可能である。この機能は、誤差信号(測定値と推定値の差)の平方に対するしきい値により実現される。
【0072】
【数8】

【0073】
このしきい値εが過大で一定のしきい値Sを超えた場合、機関制御装置へのパラメータの送信は行われない(NS)。それ以外の場合、ステップ4(CAL)を実行する。
【0074】
(ステップ4:ノッキング強度を直接示すためのパラメータの決定(CAL))
いったん振動信号の周波数成分の推定が検証されると、機関制御操作を行うことができる。燃焼の過渡的状態におけるループ制御には、サイクル毎の制御を実現するため、ノッキング強度と相関するパラメータのリアルタイム推定が必要である。
【0075】
本方法の原理は、機関のシリンダ内のノッキング強度を特徴づけることが可能なlclと呼ばれるパラメータを、リアルタイムで推定することに基いている。
【0076】
このパラメータの計算は、選択した高調波(スペクトル成分)に含まれるエネルギの解析に基くのが好ましい。エネルギE(α)は、周期的なオブザーバから送出されるフーリエ分解の最初のn個の係数の自乗の和を求めることにより、以下のように与えられる。
【0077】
【数9】

【0078】
エネルギE(α)は燃焼中に放出されるエネルギとともに増加するので、このエネルギに基いて、パラメータlclに物理的意味が付与される。
【0079】
例えば以下のようなパラメータを定義することができる。パラメータの値はノッキング強度を表している。
【0080】
【数10】

【0081】
(ステップ5:機関制御:(CTRL))
このパラメータlclに基き、閉ループ制御方策の実施が可能になる。この強度パラメータは、燃料特性の変動またはシリンダ毎のアンバランスを補償するために用いられる。例としてパラメータlclを基にした制御方策を示す。
【0082】
(点火位相の制御)
点火位相は、燃焼効率及び汚染排出物の最適化において重要であることから、最も重要な要素である。このような明確なケースにおいては、機関の破損または劣化をもたらす強度を超えないための点火進角のループ制御を具現化するにあたり、lclは理想的な候補である。
【0083】
事実、点火が遅くなればなるほどノッキングが起きる可能性は高くなる。従って、トルクを適切に発生しつつ機関を損傷させないような基準レベルに向けてノッキングを制御するために、比例積分制御装置により点火進角を制御する。制御の基準値は、機関及びシリンダの幾何学的形状によって異なるため、実験的に求めることができる。
【0084】
(変形実施形態)
シリンダ圧力センサを用いて本発明を説明したが、シリンダの振動と相関する信号を供給することができる他のあらゆるセンサを用いることも、本発明の範囲内にある。
【0085】
例えば、加速度センサから出力された信号を用いることができる。事実、そのような信号は周期的な振動量に相当するので、周波数が基本周波数の整数倍である正弦波成分の和であるとみなすことができる。この加速度信号a(t)は、燃焼と強く相関する機関ブロックの振動に相当する。
【0086】
シリンダ圧力センサに対する処理と同じ処理を適用することにより、lclを使用してノッキング強度を推定することができる。
【0087】
(本発明の利点)
提案された方法は、従来の方法と異なり、リアルタイムでノッキング強度の推定を行うことができるという長所を有する。従って、1回の機関サイクルの終了時点でノッキングパラメータ(lcl)を活用することができ、これにより、過去のサイクルの診断を行うことができる。この診断により、例えばノッキング強度が過大であると判断された場合には、次の燃焼の安定性を確保し、制御基準値に一致させるように、点火パラメータが変更される。信号の周波数解析は計算時間の観点から高コストであり、リアルタイム処理には不適当であることに留意されたい。これに対し、提案される方法は正確でかつ高速である。
【0088】
さらに、本発明による方法は燃焼特性または使用するセンサの技術に依存しない。制御パラメータにより、様々な機関/センサ構成に対する本方法の良好な適合性が確保される。
【0089】
シリンダヘッドを伝播する波の方程式モデルを用いることにより、本方法を従来の方法よりもさらに物理的現実に近いものとすることができる。
【符号の説明】
【0090】
A シリンダ圧力センサ
CC 燃焼室
PMH(TDC) 上死点
a(t) 加速度信号
フーリエ係数(時間の経過に対して不変なパラメータ)
E(α) エネルギ
cl ノッキング強度、パラメータ
使用される高調波の数
p(t) シリンダ圧力信号
p(α) サンプリングされた信号
(α) フィルタを通った測定値
α1,α2 角度ウインドーの限界値
ω 信号、励起
ω 選択された高調波(周波数成分)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
シリンダヘッドと、少なくとも1つのシリンダと、少なくとも1つの振動センサと、を備え、前記シリンダ内の振動を表す振動信号が、前記シリンダヘッドの出口で、前記少なくとも1つの振動センサによって、クランクシャフト角の関数として連続的に得られる内燃機関において、ノッキング強度をリアルタイムで推定する方法であって、
固体媒質内の波の伝播を記述する物理モデルから、前記シリンダヘッドの波動方程式モデルを構築するステップと、
推定器を使用して、前記波動方程式モデルのダイナミクスを反転させることにより、前記振動信号のフーリエ分解の係数をリアルタイムで求めるステップと、
フーリエ分解の前記係数の平方の和を求めることにより、前記信号に含まれているエネルギを計算するステップと、
前記エネルギの最大値の平方根に等しくノッキング強度と相関するパラメータをリアルタイムで推定するステップと、
を有することを特徴とする方法。
【請求項2】
前記振動信号は、前記シリンダの圧力センサから出力される信号、または加速度センサから出力される信号である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記振動信号は複数の高調波を含み、燃焼と相関する一つまたは複数の前記高調波についてのみ、フーリエ分解の前記係数が推定される、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
スペクトル解析または時間/周波数解析を実行することにより、あるいは5000ヘルツから20000ヘルツまでの周波数帯域を選択することにより、燃焼と相関する前記高調波が選択される、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
燃焼に関連する振動応答の全体を含む角度範囲を求め、フィルタリングを行う前に前記振動信号を前記角度範囲に限定する、請求項1から4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
前記推定器は適合型非線形推定器である、請求項1から5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
前記機関の燃焼を制御するために、機関パラメータを、前記ノッキング強度と相関する前記パラメータの関数として修正する、請求項1から6のいずれか1項に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−251555(P2012−251555A)
【公開日】平成24年12月20日(2012.12.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−126160(P2012−126160)
【出願日】平成24年6月1日(2012.6.1)
【出願人】(591007826)イエフペ エネルジ ヌヴェル (261)
【氏名又は名称原語表記】IFP ENERGIES NOUVELLES
【Fターム(参考)】