説明

流体吐出装置

【課題】吐出させる流体の処方設計に関わらず、流体の吐出方向を長期間安定させることができるように構成された流体吐出装置を提供する。
【解決手段】流体Iを吐出させるノズル孔1が形成されたノズルプレート20と、ノズル孔1が開口するノズルプレート20の表面21を覆って設けられた層体30とを有して構成される流体吐出装置IJ(PH)において、層体30を、ノズルプレート20の表面21に対してノズル孔1の開口周縁部21aを除いて設けている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、流体を吐出させるノズル孔が形成されたノズルプレートを有し、ノズル孔が開口するノズルプレートの表面に層体が設けられて構成された流体吐出装置に関する。
【背景技術】
【0002】
上記流体吐出装置の代表例であるインクジェット装置は、ノズルプレートの表面に開口するノズル孔からインクを吐出させるように構成されている。インクジェット装置を搭載したプリンタ装置により、ノズル孔から吐出された粒状のインクを媒体に着弾させ、記録紙に対する画像の記録や、布帛に対する模様の捺染が行われる。インクは、媒体の材質や媒体に対して行われる処理等に応じて適宜処方設計がなされており、例えば抜染用途のインクには、地染めされた布帛を脱色させるための還元性薬剤が含まれている。
【0003】
インクジェット装置においては、インクの吐出時に開口から溢れ出したインクにより、ノズルプレートの表面に濡れや汚れが生じるおそれがある。この濡れや汚れがノズル孔の開口周縁部に生じると、吐出時にインクがその影響を受けてインクの吐出方向に曲がりが生じ、プリント結果の品質が低下する。このため従来、図7(a)に示すように、ノズルプレート120の表面121を覆って撥インク性を有する層体130を設けたインクジェット装置が知られており、このようなノズル基板部111の構造により、ノズルプレート120の表面121の濡れが防止されている(例えば、特許文献1,2参照)。
【0004】
従来構造によると、層体130が、ノズルプレート120の表面121に対し、ノズル孔101の開口101aを除いた略全面を覆って設けられており、ノズル孔101の内周面と層体130の壁面とが繋がった構造になっている。したがって、インクIが層体130の壁面に沿って吐出されるようになっており、この層体130の表面に形成される開口130aの形状がインクの吐出方向を規定する大きな要因となる。
【0005】
【特許文献1】特開2005−7789号公報
【特許文献2】特開2003−63014号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
一般に撥インク性を有した層体130は、撥水性高分子樹脂から成形されており、ノズルプレート120に対して機械的な強度やインクに対する耐食性が低いものになっている。このため、従来においては、インクの成分によって層体130の壁面が腐食するおそれや、吐出時のインクから受ける外力によって層体130が剥離するおそれがあった。このような腐食や剥離により、図7(b)に示すように層体130に欠け130bが生じると、層体表面に形成される開口130aの形状が変形してインクIの吐出方向に曲がりが生じ、プリント結果の品質が低下するという問題があった。特に、インクIに撥水性高分子樹脂との反応性が強い還元性薬剤が含まれている場合には層体130が腐食し易く、また、顔料インク等のようにインクIに固相が含まれている場合にはインク吐出時にインクIから受ける外力が大きくなって層体130が剥離し易くなるため、この品質低下が顕著に現われていた。
【0007】
本発明は、このような問題に鑑みてなされたものであり、ノズルプレートの表面に層体が設けられて構成される流体吐出装置において、流体の吐出方向を長期間安定させることができるように構成された流体吐出装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的達成のため、本発明に係る流体吐出装置は、流体を吐出させるノズル孔が形成されたノズルプレートと、ノズル孔が開口するノズルプレートの表面を覆って設けられた層体とを有して構成される流体吐出装置において、層体を、ノズルプレートの表面に対し、ノズル孔の開口周縁部を除いて設けている。
【0009】
また、流体を印刷用インクとしたときに、少なくとも層体の表面層が、印刷用インクに対する撥インク性を有していることが好ましい。このとき、印刷用インクが、還元性薬剤を含有していてもよい。
【0010】
また、ノズルプレートを、少なくとも層体の表面層に比べ、機械的強度が高く且つ流体に対する耐食性が強い材料から成形されることが好ましい。このとき、例えばノズルプレートを、金属ニッケル、ニッケル合金、セラミック若しくは高分子化合物の一つ又はそれらの組合せ材料から成形し、少なくとも層体の表面層を、撥水性高分子樹脂から成形してもよい。また、少なくとも層体の表面層を、撥水性高分子樹脂を用いた共析メッキにより成形してもよい。
【発明の効果】
【0011】
このように、層体が、ノズルプレートの表面に対してノズル孔の開口周縁部を除いて設けられているため、従来のようにインクが吐出されるときに層体の壁面に沿ってインクが吐出されることがなく、インクが吐出される開口部分の腐食や剥離が生じなくなる。このように開口部分の形状が維持されるため、インクの吐出方向を長期間安定させることができるようになる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、図面を参照して本発明の好ましい実施形態について説明する。なお、本発明に係る流体吐出装置は、プリンタ装置に搭載されるインクジェット装置(プリンタヘッド装置)に用いるのに適している。このため、以下では、プリンタ装置にセットされた媒体Mに対し、液状のインクIを吐出してインクIを着弾させるインクジェット装置IJ(プリンタヘッド装置PH)を本発明の実施形態として説明する。但し、本発明は他の流体吐出用途にも適用することが可能である。
【0013】
図1に示すように、インクジェット装置IJは、内部にノズル孔1、圧力室2、供給流路3および流体供給室4が順次連通して形成されたボディと、圧力室2の開口を覆ってボディに取り付けられたダイアフラム5と、ダイアフラム5を上下動させるピエゾ素子等のアクチュエータ6とを有して構成されている。そして、図2に示すように、複数のインクジェット装置IJ,IJ,…が整列して設けられてプリンタヘッド装置PHが構成されている。プリンタヘッド装置PHの下側表面には、各インクジェット装置IJのノズル孔1が並んで開口されている。プリンタヘッド装置PHのヘッドボディ10は、複数のインクジェット装置IJ,IJ,…の各ボディを一体にしたものになっている。
【0014】
このヘッドボディ10は、各インクジェット装置IJ,IJ,…のノズル孔1,1,…が並んで形成されたノズル基板部11と、各圧力室2,2,…および各供給流路3,3,…が並んで形成された中間部12と、各供給流路3,3,…に連通される単一の流体供給室4が形成されたハウジング部14とを有して構成されている。このように流体供給室4は、複数のインクジェット装置IJ,IJ,…に対して共通となる単一の空間となっている。供給孔4aから流体供給室4に供給されたインクIは、各インクジェット装置IJの供給流路3,3,…を通って各圧力室2,2,…に供給され、さらに各ノズル孔1,1,…内に供給される。このようにしてヘッドボディ10(各ボディ)の内部にインクIが充満された状態になる。
【0015】
上記構成のインクジェット装置IJ(プリンタヘッド装置PH)においては、アクチュエータ6を振動させてダイアフラム5を振動させ、これにより圧力室2内の容積を変動させてインクIをノズル孔1から吐出させる。
【0016】
すなわち、図3に示すように、矢印A1に示す方向にアクチュエータ6が振動してダイアフラム5が撓むと、圧力室2の容積が小さくなって内部圧力が高くなり、矢印B1に示すようにインクIがノズル孔1の先端開口1aから粒状になって下向きに吐出される。これにより、ノズル孔1の先端開口1aと上下に対向配置されている媒体MにインクIが着弾される。また、図4に示すように、矢印A2に示す方向にアクチュエータ6が振動してダイアフラム5が復元されると、圧力室2の容積が大きくなって内部圧力が低くなる。このとき、矢印B2に示すようにノズル孔1内のインクIは圧力室2側に吸引されるが、先端開口1aにおけるインクIの表面張力によってインクメニスカスImが形成され、大気の吸引が抑止される。同時に、矢印C2に示すように流体供給室4内のインクIが供給流路3を通って圧力室2内に吸引され、ノズル孔1および圧力室2内にインクIが充満された状態が維持される。
【0017】
このインクジェット装置IJ(プリンタヘッド装置PH)が搭載されたプリンタ装置においては、記録紙や樹脂フィルム等の媒体Mに対する書体や図柄の記録や、合成繊維も含めた布帛等の媒体Mに対する模様の捺染を行うことができる。インクIは、媒体Mの材質、媒体Mに対して行う処理、プリント後における媒体Mの用途や使用環境等に応じて適宜処方設計がなされる。例えば、地染めされた衣料の抜染を行うためのインクIには、衣料を脱色させるためにロンガリット(Rongalit;Sodium formaldehyde sulfoxylate)等の還元性薬剤が含有される。
【0018】
次に、図5,図6を参照してヘッドボディ10のノズル基板部11について説明する。ノズル基板部11は、各ノズル孔1,1,…が並んで形成された平板状のノズルプレート20を有しており、各ノズル孔1の先端開口1aが形成されたノズルプレート20の表面21を覆ってインクIに対する撥インク性を有した撥インク層30が設けられて構成されている。
【0019】
ノズルプレート20は、例えば金属、シリコン、ガラス等の材料から成形されるが、好ましくは、金属ニッケルの単一材、ニッケル−クロム合金等のニッケルを主材とする合金、セラミックス、高分子化合物やこれらの組み合わせ材料など、機械的な強度が高く、還元性薬剤等のインクIに含まれる成分に対して耐食性が強い材料から成形される。なお、これらの材料の組み合わせ方は、例えば各材料で成形されたプレートを積層するものでも、選択した複数の材料を混ぜ合わせて製造された単一材で成形するものでもどのような方法でもよい。なお、ノズル孔1は、断面形状が真円形となるように精密加工されている。
【0020】
撥インク層30は、ノズルプレート20の表面21に対し、各先端開口1a,1a,…の周縁部21aを除いて設けられている。これにより、各ノズル孔1,1,…の先端開口1a,1a,…が下方外部に開口し、ノズルプレート20の表面21が、この先端開口1aの周縁部21aにおいて下方外部に露出されている。
【0021】
このように撥インク層30が先端開口1aの周縁部21aを除いて設けられているため、撥インク層30の表面にはノズル孔1に連通する開口30a,30a,…が形成されることになる。撥インク層30はノズルプレート20に対して部分的に除いて設けられるが、これは開口周縁部30aに限ったものであり、開口30aからノズルプレート20の表面21に対して延びる撥インク層30の段差壁面30bによって各ノズル孔1の先端開口1aが囲まれた構造になっている。撥インク層表面の開口30aは、各ノズル孔1に対応して形成されており、互いに繋がらないようになっている。撥インク層表面の開口形状は、特に限定されるものではないが、本実施形態においては、ノズル孔1よりも径の大きい円形状に形成されて対応して設けられるノズル孔1と同心上に配置されており、段差壁面30bがノズル孔1の先端開口1aに対して径方向外側に離れた位置にある。
【0022】
撥インク層30は、共析メッキ等の加工処理手段により成形される。共析メッキは、層を設ける面(本実施形態ではノズルプレート20の表面21)を金属イオンと撥水性高分子樹脂粒子とを含んだ液中に浸漬して行われるもので、層の強度を確保することができる加工処理手段である。但し撥インク層30は、上記の材料から成形されるノズルプレート20に比べると、機械的な強度や還元性薬剤に対する耐食性が低いものになっている。なお、共析メッキにおいて、金属イオンとしては、例えばニッケルイオンや銀イオン等が用いられ、撥水性高分子樹脂材としては、例えばポリテトラフルオロエチレン等が用いられる。
【0023】
先端開口1aの周縁部21aを除いて撥インク層30を設ける方法は、ノズルプレート20の表面21に対して先端開口1aの周縁部21aにのみマスク処理を行って撥インク層30を設け、その後マスクされた部分を除去する方法でもよく、また、ノズルプレート20の表面21の全面を覆うようにして撥インク層30を設け、その後先端開口1aの周縁部21aのみが外部に露出されるように撥インク層30を部分的に除去する方法でもよい。なお、この除去方法についても、機械的に取り除くものでも化学的作用を利用するものでも、どちらでもよい。
【0024】
上記構成のノズル基板部11を有したインクジェット装置IJ(プリンタヘッド装置PH)においては、撥インク層30がノズルプレート20の表面21が先端開口1aの周縁部21aを除いて設けられている。このため、インクIは、従来のようにインクIが段差壁面30bに沿って吐出されることがなくなる。すなわち、本実施形態においてインクの吐出方向を規定する要因となるのは、撥インク層表面の開口30aの形状ではなく、ノズル孔1の先端開口1aの形状となっている。
【0025】
このノズル孔1が形成されているノズルプレート20は、機械的な強度が強くインクIに対する耐食性が強くなっているため、ノズル孔1の先端開口1aがインクIの成分により腐食したり、インクIの吐出時にインクIから受ける外力によって剥離したりすることがない。したがって、ノズル孔1の先端開口1aの形状は真円形のまま維持され、インクIの吐出方向を長期間安定させることができる。
【0026】
このように、本実施形態のノズル基板部11においては、少なくともノズルプレート20に対してのみ、インクIに含有される成分に対する耐食性を有し、インクIから受ける外力に対する機械的な強度が確保されていればよい。このため、インクIに樹脂材からなる撥インク層30を腐食させやすい還元性薬剤が含まれている場合であっても、また、インクIの着色剤として顔料が用いられる等してインクIに固相が含まれている場合であっても、腐食や剥離が生じず、インクIの吐出方向を安定させることができるようになる。したがって、このインクジェット装置IJを利用すればインクIの設計自由度を高くすることができるとともに、撥インク層30に対する材料の選択自由度や成形手段の選択自由度も高くなる。
【0027】
なお、撥インク層表面に形成された開口30aは、各ノズル孔1に対応して設けられたものであり、互いに繋がった構造にはなっていない。このため、あるノズル孔1からインクIが溢れ出ても、溢れ出たインクが表面21に広がらず、他のノズル孔1からのインクIの吐出方向を維持させることができる。このように、撥インク層表面における開口面積がなるべく小さくなるような構造になっており、撥インク層による濡れの防止効果が損なわれないようになっている。なお、ある先端開口1aの周縁部21aにおいて濡れが発生しても、プリンタ装置にはノズル基端部11の表面を拭き取るためのワイパが設けられており、ワイパの作動によって濡れを拭き取ってこの周縁部21aを簡単に清浄な状態に復帰させることができる。このとき、インクIの吐出方向を規定する要因となるノズル孔1の先端開口1aが機械的な強度の高いノズルプレート20に形成されているため、この先端開口1aに対してワイパから外力が作用しても形状が変形されてインクの吐出方向に曲がりが生じるようなことがない。
【0028】
これまで本発明に係る流体吐出装置の実施形態について説明したが、本発明の範囲は必ずしも上記の構成に限られない。例えば、上記実施形態では、ノズルプレート20の表面21上に設けられる層体を撥インク層30のみからなる単層構造としたが、この層体を、撥インク層が表面層をなすように構成された積層構造としてもよい。この場合においても、層体を、ノズルプレート20の表面21に対してノズル孔1の先端開口1aの周縁部21aを除いて設けることにより、上記実施形態と同様の効果を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】本発明に係る流体吐出装置の一例を示すインクジェット装置(プリンタヘッド装置)の正断面図である。
【図2】図1の矢印II−II方向に沿って示すインクジェット装置(プリンタヘッド装置)の側断面図である。
【図3】インクジェット装置(プリンタヘッド装置)の作動を説明するための正断面図である。
【図4】インクジェット装置(プリンタヘッド装置)の作動を説明するための正断面図である。
【図5】図1の矢印V方向に見たインクジェット装置(プリンタヘッド装置)の下面図である。
【図6】図5の矢印VI−VI方向に沿って示すインクジェット装置(プリンタヘッド装置)の側断面図である。
【図7】(a)が、流体吐出装置の従来例を示す断面図であり、(b)が、吐出方向に曲がりが生じている状況を示す流体吐出装置の従来例の断面図である。
【符号の説明】
【0030】
PH プリンタヘッド装置 IJ インクジェット装置
I インク 1 ノズル孔
1a 先端開口 10 ヘッドボディ
11 ノズル基板部 20 ノズルプレート
21 表面 21a 周縁部
30 撥インク層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
流体を吐出させるノズル孔が形成されたノズルプレートと、前記ノズル孔が開口する前記ノズルプレートの表面を覆って設けられた層体と、を有して構成される流体吐出装置において、
前記層体が、前記ノズルプレートの表面に対し、前記ノズル孔の開口周縁部を除いて設けられていることを特徴とする流体吐出装置。
【請求項2】
前記流体が印刷用インクであり、
少なくとも前記層体の表面層が、前記印刷用インクに対する撥インク性を有していることを特徴とする請求項1に記載の流体吐出装置。
【請求項3】
前記印刷用インクが、還元性薬剤を含有していることを特徴とする請求項2に記載の流体吐出装置。
【請求項4】
前記ノズルプレートが、少なくとも前記層体の表面層に比べて、機械的強度が高く且つ前記流体に対する耐食性が強い材料から成形されていることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の流体吐出装置。
【請求項5】
前記ノズルプレートが、金属ニッケル、ニッケル合金、セラミック若しくは高分子化合物の一つ又はそれらの組合せ材料から成形され、少なくとも前記層体の表面層が、撥水性高分子樹脂から成形されていることを特徴とする請求項4に記載の流体吐出装置。
【請求項6】
少なくとも前記層体の表面層が、前記撥水性高分子樹脂を用いた共析メッキにより成形されていることを特徴とする請求項5に記載の流体吐出装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2008−137171(P2008−137171A)
【公開日】平成20年6月19日(2008.6.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−322973(P2006−322973)
【出願日】平成18年11月30日(2006.11.30)
【出願人】(000137823)株式会社ミマキエンジニアリング (437)
【Fターム(参考)】