説明

液晶光学素子および光ピックアップ装置

【課題】短波長光である青紫レーザに対して光利用効率を低下させずに耐光性を向上させることが可能で、かつ安価な液晶光学素子およびこれを搭載した光ピックアップ装置を提供する。
【解決手段】液晶光学素子100は、内側に有機配向膜3a,3bが形成された2枚の透明基板1a,1b間に液晶5を挟持する構成から成り、この液晶5に青紫のレーザ光が照射されることで一次的に生じるフリーラジカルを捕捉する添加剤6、またはラジカルから二次的に発生する過酸化物を無害化するための過酸化物分解剤を液晶5に含有させることにより、青紫レーザ光による劣化反応を起こし難くすることが可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、青紫レーザ光に対する耐光性を有した液晶光学素子およびこの液晶光学素子を搭載した光ピックアップ装置に関する。
【背景技術】
【0002】
情報の大容量化に伴い、光ディスクの記録容量の向上が求められる中、光ピックアップのレーザ光源の短波長化が進んでいる。すなわち、従来のCD波長780nmおよびDVD波長650nmに加え、近紫外波長域である405nm付近の青紫レーザも使用されるようになった。この青紫レーザでは光ピックアップに搭載される光学部品がこれまで以上の耐光性を求められており、さらに読み込みおよび記録の倍速化が伴うと青紫レーザの光強度は強くなると予想される。
【0003】
光ピックアップ装置内に搭載される光学部品のひとつとして、液晶を駆動することにより、レーザ光の波面や光量を制御する液晶光学素子が挙げられる。この液晶光学素子は、透明導電膜と、ポリイミドからなる有機配向膜とが順に形成された2枚の透明基板間に液晶を挟持して構成される。この有機配向膜を用いた液晶光学素子に、レーザ光源から出射される青紫レーザを照射し続けると、照射された配向膜部分が光反応により変化し、結果として、液晶分子の配向状態が乱されるという問題が生ずる。(この液晶分子の配向の乱れを以下「劣化」と記す。)。劣化と判断されるまでの時間(耐光時間)は、レーザ光の強度により異なり、その強度が増すにつれ短時間となる傾向にある。
【0004】
上記問題を解消するために、光吸収の要因とされている不飽和結合(トラン結合、エステル結合など)を低減した液晶を用いた液晶光学素子をレーザ光源と対物レンズとの間の光路中に配設した光ピックアップ装置が提案されている(下記特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2003−90990号公報(第2―4頁、第1―2図)
【0006】
また、一般的に、樹脂などの有機物は、光照射により下記反応式(化1)、(化2)のような光劣化反応を生じる。
【0007】
【化1】

【0008】
【化2】

【0009】
この光劣化反応を抑制するために、UV吸収剤、錯体配位子、光安定化剤、過酸化分解剤、の添加剤を樹脂に加える方法が知られている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
特許文献1に記載の液晶光学素子の液晶材料として、芳香環以外の不飽和結合(トラン
結合、エステル結合など)を減少させた液晶は、レーザ光源から出射されるレーザ光の近紫外波長域での光吸収低減という点で効果的であるが、表示用液晶パネルで使用される一般的な液晶材料を使用することができず高価な素子となる。
【0011】
また、液晶光学素子に主として使用するネマチック液晶は、樹脂に混合される一般的な添加剤を使うと光利用効率の低下や着色が起こる。具体的には、耐光時間に効果を及ぼす量のUV安定化剤を液晶へ添加すると、UV安定化剤の光吸収スペクトルが青紫レーザのスペクトルと一部重なるため、レーザ光源から出射される光の一部が液晶光学素子に吸収され、光利用効率が悪化するという問題が生じる。また、耐光時間に効果を及ぼす量の錯体配位子を液晶へ添加すると、溶解した錯体配位子により液晶が着色する。この着色により、液晶光学素子を通過する光量は減少し、結果として光利用効率を低下させるという問題が生じる。
【0012】
そこで、本発明の目的は、短波長光である青紫レーザに対して光利用効率を低下させずに耐光性を向上させることが可能で、かつ安価な液晶光学素子およびこれを搭載した光ピックアップ装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記目的を達成するために、本発明の液晶光学素子および光ピックアップ装置は、基本的に下記の構成を採用するものである。
【0014】
本発明は、内側に配向膜が形成された2枚の透明基板間に液晶を挟持し、レーザ光を透過する液晶光学素子において、液晶に青紫のレーザ光が照射されることで一次的に生じるフリーラジカルを捕捉する添加剤、またはラジカルから二次的に発生する過酸化物を無害化するための添加剤を液晶に含有させることを特徴とする。
【0015】
上記フリーラジカルを捕捉する添加剤は、HALS(Hindered Amine Light Stabilizer)であることが好ましい。
【0016】
また、上記過酸化物を無害化するための添加剤は、リン系酸化防止剤であることが好ましい。
【0017】
好ましくは、液晶光学素子を透過するレーザ光の波長領域は400から800nmである。
【0018】
また、本発明の光ピックアップ装置は、上記の液晶光学素子を搭載することを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、短波長光である青紫レーザに対して光利用効率を低下させずに耐光性を向上させることが可能で、かつ安価な液晶光学素子およびこれを搭載した光ピックアップ装置を提供することが可能となる。
【0020】
本発明によれば、青紫レーザ光を含む400から800nmの波長領域のレーザ光を液晶光学素子に透過させることが可能になる。したがって、本発明の液晶光学素子およびこの液晶光学素子を搭載した光ピックアップ装置は、青紫レーザ光、光ディスク規格のBD、DVD、CD全てを統一した3波長レーザ光に対しても十分な効果を発揮できる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明の実施形態に係る液晶光学素子の断面図である。
【図2】本発明の実施形態に係る液晶光学素子の液晶に混入される添加剤の含有量と耐光時間を示す図である。
【図3】本発明の実施形態に係る液晶光学素子の添加前後の光学特性を示す図である。
【図4】本発明の実施形態に係る液晶光学素子の添加前後の光学特性を示す図である。
【図5】本発明の実施形態に係る液晶光学素子の添加前後の光学特性を示す図である。
【図6】本発明の実施形態に係る光ピックアップ装置を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下の説明では、本発明の実施形態に係る液晶光学素子の構成および作用について説明をし、その後で上述した本発明の実施形態に係る光ピックアップ装置の構成および作用について詳細に説明をする。
【0023】
まず、本実施形態の液晶光学素子100の構成について説明する。図1は本実施形態に係る液晶光学素子100の断面図を示している。
【0024】
図1に示すように、液晶光学素子100は、透明導電膜2aと有機配向膜3aとを有する透明基板1aと、同様に透明導電膜2bと有機配向膜3bとを有する透明基板1bとを、配向膜3a、3bが内側となるように対向配置し、シール剤4を介して添加剤6を含有した液晶5を挟持する。
【0025】
この液晶光学素子で使用する液晶5として、例えば、屈折率異方性Δnが0.15、誘電率異方性Δεが約+6、N-I点が約100℃のネマチック液晶を用いることができる。この液晶にはフッ素を含有する成分が含まれ、モノフェニル、ビフェニルおよびターフェニルの芳香族成分を主体に構成される。またトラン結合、エステル結合、アルケン側鎖などの、芳香族以外の不飽和結合が全く含まない液晶材料を用いる。
【0026】
添加剤6の液晶5への添加方法について説明する。粉末状もしくは液状の添加剤6を液晶5へ適量添加し、90℃に温めながら15分間撹拌する。このときの添加量は、液晶光学素子の使用環境温度の範囲内において、液晶中に溶解した添加剤6が析出しない程度の量に設定する必要がある。
【0027】
次に、液晶5に含有する添加剤6の具体的組成について説明する。下記式(化3)は、添加剤6の一つ目の例であるHALSの組成式である。
【0028】
【化3】

【0029】
(化3)において、R1〜R8はHまたはアルキルであり、M1は−O−C(=O)−CnH2n−C(=O)−O−であり、nは整数である。
【0030】
下記式(化4)は、添加剤6の二つ目の例であるリン系酸化防止剤の組成式である。
【0031】
【化4】

【0032】
(化4)において、R1〜R18は、Hまたはアルキルである。
【0033】
また、先に触れたが、化学式(化1)、(化2)は、添加剤6を作用させる前の液晶および配向膜の光劣化機構を示している。液晶や配向膜に青紫レーザ等のエネルギーの高い光を照射すると、(化1)、(化2)で示すような光劣化反応が生じる。まず(
化1)の光劣化反応について説明する。光照射により、液晶や配向膜を形成するアルキル基RHがラジカル化されてR・となり(1)、ラジカル化されたR・は酸素と反応して、ROO・となる(2)。このROO・が、液晶や配向膜を形成するRHと反応して、R・を生成し(3)、これらの反応を繰り返すことで、液晶や配向膜のRHは分解され続け、劣化が進行する。
【0034】
一方、(化2)のように液晶や配向膜にROOH基が存在する場合、ROOHが光照射によりラジカル化されてRO・が生じ(4)、RO・が液晶や配向膜を形成するRHと反応して(5)、さらに、(6)および(7)の反応が進み、液晶や配向膜のRHは分解され、劣化が進行する。
【0035】
次に、下記式(化5)および(化6)を用いて上述した光劣化反応(化1)および(化2)に対する添加剤の効果を説明する。
【0036】
【化5】

【0037】
【化6】

【0038】
(化1)に対する効果を(化5)に示す。光照射により、HALSのNH基が酸素に置換され、N−O・となる。このラジカルは、(化1)の(1)で示した配向膜や液晶の劣化により生じるR・と反応して、N−ORを生成する。また、このN−ORは、(化1)の(2)に示した、ROO・基と結合して、安定なROORを生成し、またN−
O・へと戻ることで、劣化反応(化1)を抑制する反応(化5)が繰り返される。
【0039】
(化2)に対する効果を(化6)に示す。光照射により、リン系酸化防止剤P(OR)3が配向膜や液晶のROOHと反応して、安定なROHへと変化させる。この反応により、劣化反応である(化2)の(4)反応を抑止することができる。
【0040】
次に、液晶中に混入される添加剤の含有量と、青紫レーザを照射した際の耐光時間(ライフタイム)との関係について説明する。図2は、本実施形態の液晶光学素子における液晶に含有される添加剤含有量と耐光時間を示す図である。
【0041】
図2で示す様に、液晶光学素子100に、70mW/mm2の中心光強度を放つ青紫レーザを照射し、液晶の配向が乱れるまですなわち劣化するまでの時間を耐光時間として縦軸に示す。液晶の配向の乱れは偏光顕微鏡により観察し、数十μmの配向乱れが生じた点を劣化点とした。また、液晶光学素子は上述した構成とし、配向膜にポリイミドを用い、液晶に含有する添加剤は、HALSを用いた。また、青紫レーザを照射したときの外部環境温度は70℃とし、液晶5に対する添加剤重量率xを、0wt%≦x≦4wt%の間に設定した。
【0042】
図2に示す様に、添加剤濃度に対する耐光時間を示す曲線は、添加剤濃度0wt%時には160時間の耐光時間であったが、添加剤を混合すると上昇し、1wt%では2倍強の440時間まで向上した。それ以上の濃度では耐光時間に変化はなく、本液晶では添加剤濃度1wt%が、最大効果を発揮する最小濃度である事が分かる。
【0043】
このような耐光性についての効果は、HALSの代わりにリン系酸化防止剤を添加剤とし用いても同様に得ることができる。
【0044】
なお、これまで、特に効果が大きいポリイミドからなる有機配向膜を使用した液晶光学素子を例に挙げて説明してきたが、他の有機材料として、例えばアクリル系の有機配向膜
等を用いても、上述したと同様の効果を得ることができる。
【0045】
また、有機配向膜3a、3bに代えて、無機材料を用いた形態であっても、耐光性に対する効果を得ることができる。
【0046】
次に、図3〜5を用いて、液晶に添加剤としてHALSを含有させた場合の光学特性について説明する。
【0047】
図3は、液晶光学素子100に青紫レーザ光の付近領域400〜500nmの光を照射し、分光器にて透過率を測定した結果である。添加剤を添加する前の透過率曲線と添加剤を添加した後の透過率曲線とを比較すると、同等な特性が得られており、添加剤による光学特性の変化は観測されなかった。上述した結果より、HALSを液晶に添加することにより、光学特性を変化させずに、耐光性を向上させることが可能であると言える。なお、図中、透過率曲線は上下に細かく振動する波形となっているが、これは電極など液晶光学素子の層部材による干渉に起因している。図に示す2つの透過率曲線は、その振動が互いにズレており全く同じ曲線とはなっていない。しかし、隣接する極大値と極小値の中間値を結んだ線で比較評価すれば、添加剤添加前後での透過率の変動傾向は同様の振る舞いを示し互いに同等の特性と言える。
【0048】
図4は、液晶光学素子100に赤レーザ光の付近領域500〜700nmの光を照射し、分光器にて透過率を測定した結果である。添加剤を添加する前の透過率曲線と添加剤を添加した後の透過率曲線とを比較すると、同等な特性が得られており、添加剤による光学特性の変化は観測されなかった。なお、図中2つの透過率曲線には一部に差(ズレ)が見られるが、2つの透過率曲線の差は概ね0.5%以内であり、添加剤添加前後での透過率の変動傾向は同様の振る舞いを示し互いに同等の特性と言える。添加剤添加前後での測定値の違いは、図3と同じ目盛では確認困難であるほどの微差であるため、その違いを明確に示すべく図4では敢えて図3に比べ縦軸(透過率)の目盛を拡大した。
【0049】
図5は、液晶光学素子100に赤レーザ光の付近領域700〜800nmの光を照射し、分光器にて透過率を測定した結果である。添加剤を添加する前の透過率曲線と添加剤を添加した後の透過率曲線とを比較すると、同等な特性が得られており、添加剤による光学特性の変化は観測されなかった。以上の結果を考慮すると前述の3種類の光ディスク(CD,DVD,BD)用ピックアップに対応可能な素子であると言える。なお、図5においても、図4と同様、添加剤添加前後での測定値の違いを明確にするため、図3に比べ縦軸(透過率)の目盛を拡大している。
【0050】
このような光学特性については、液晶に含有させる添加剤としてリン系酸化防止剤を用いても同様の効果が得られる。従って、本実施形態の液晶光学素子によれば、400−800nmの広帯域の波長のレーザ光に対応することが可能となる。
【0051】
なお、ラジカル捕捉剤としてはフェノール系酸化防止剤などもある。しかし、フェルール系は着色しやすく、光の利用効率を低下させるという問題が生じる。また、過酸化分解剤についてはイオウ系酸化防止剤などがあるが、イオウ系酸化物もまた着色しやすく、同様に光の利用効率を低下させるという問題が生じる。それに対し、本実施形態の液晶光学素子ではこのような問題は生じないため、上述したように光利用効率を低下させることなく耐光性を向上させることができる。また、上記実施形態では、ラジカル捕捉剤と過酸化分解剤とをそれぞれ単独に液晶中に添加しているが、混合して添加してもよい。
【0052】
ここで、この液晶光学素子を、収差補正素子として用いる場合の光ピックアップ装置200の具体的な構成例および作用について説明する。図6は、本発明を適用した光ピック
アップ装置200の構成例を示す図面である。
【0053】
図6に示す様に、本実施形態に係る光ピックアップ装置は、青紫レーザを発振するレーザ光源101、コリメータレンズ102、偏光ビームスプリッタ103、収差補正素子として機能する液晶光学素子104、この液晶光学素子104を駆動するための駆動回路108、1/4波長板105、対物レンズ106a,集光レンズ106b、受光ダイオード107から構成されている。
【0054】
図6において、レーザ光源101から出射された短波長の青紫レーザ光は、コリメータレンズ102で平行光とされ、偏光ビームスプリッタ103を通過した後、液晶光学素子104に入射する。この液晶光学素子104を通過する際に、青紫レーザ光は、液晶光学素子104で変調されて青紫レーザ光の収差補正が行われる。その後、1/4波長板105を通過して、対物レンズ106aにより高密度光ディスク109に集光される。そして高密度光ディスク109にて反射された青紫レーザ光は、再び対物レンズ106a及び1/4波長板105を経て、偏光ビームスプリッタ103により光路が変更されて、集光レンズ106bを介して受光ダイオード107に集光される。
【符号の説明】
【0055】
1a、1b 透明基板
2a、2b 透明導電膜
3a、3b 有機配向膜
4 シール剤
5 液晶
6 添加剤
101 レーザ光源
102 コリメータレンズ
103 偏光ビームスプリッタ
104 液晶光学素子
105 1/4波長板
106a 対物レンズ
106b 集光レンズ
107 受光ダイオード
108 駆動回路
109 高密度光ディスク

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内側に配向膜が形成された2枚の透明基板間に液晶を挟持しレーザ光を透過する液晶光学素子において、
前記液晶に青紫のレーザ光が照射されることで一次的に生じるフリーラジカルを捕捉する添加剤、またはラジカルから二次的に発生する過酸化物を無害化するための添加剤を前記液晶に含有させることを特徴とする液晶光学素子。
【請求項2】
前記フリーラジカルを捕捉する添加剤は、HALS(Hindered Amine Light Stabilizer)であることを特徴とする請求項1に記載の液晶光学素子。
【請求項3】
前記過酸化物を無害化するための添加剤は、リン系酸化防止剤であることを特徴とする請求項1に記載の液晶光学素子。
【請求項4】
前記液晶光学素子を透過するレーザ光の波長領域は、400から800nmであることを特徴とする請求項1から3の何れか1項に記載の液晶光学素子。
【請求項5】
請求項1から4の何れか1項に記載の液晶光学素子を搭載した光ピックアップ装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2010−197450(P2010−197450A)
【公開日】平成22年9月9日(2010.9.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−39059(P2009−39059)
【出願日】平成21年2月23日(2009.2.23)
【出願人】(000001960)シチズンホールディングス株式会社 (1,939)
【出願人】(000131430)シチズン電子株式会社 (798)
【Fターム(参考)】