説明

炭素繊維並びにプリカーサー及び炭素繊維の製造方法

【課題】 マトリックス材料と複合化してコンポジットにした場合、マトリックス材料との良好な接着性を有する補強材として機能する炭素繊維を提供する。
【解決手段】 樹脂含浸ストランド強度が6100MPa以上、樹脂含浸ストランド弾性率が340GPa以上、密度が1.76g/cm3以上であり、且つ繊維軸方向に配向する襞を表面に有する炭素繊維とする。このは、走査型プローブ顕微鏡で2μmの範囲で測定した襞の間隔aが0.1〜0.3μm、走査型プローブ顕微鏡で5μmの範囲で測定した自乗平均面粗さRms(5μ)が20〜40nm、視野0.5μmの範囲で測定した自乗平均面粗さRms(0.5μ)が2〜12nmであることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マトリックス材料と炭素繊維を複合化してコンポジットを作製する際に用いる、表面・界面特性に優れた炭素繊維に関する。
【背景技術】
【0002】
炭素繊維の製造方法としては、原料繊維にポリアクリロニトリル(PAN)等の前駆体繊維(プリカーサー)を使用し、耐炎化処理及び炭素化処理を経て炭素繊維を得る方法が広く知られている(例えば、特許文献1参照)。このようにして得られた炭素繊維は、高い比強度、比弾性率など良好な特性を有している。
【0003】
近年、炭素繊維を利用した複合材料[例えば、炭素繊維強化プラスチック(CFRP)など]の工業的な用途は、多目的に広がりつつある。特にスポーツ・レジャー分野、航空宇宙分野、自動車分野においては、(1)より高性能化(高強度化、高弾性化)、(2)より軽量化(繊維軽量化及び繊維含有量低減)、(3)複合化した際のより高いコンポジット物性の発現性向上(炭素繊維表面・界面特性の向上)に向けた要求が強まっている。
【0004】
炭素繊維と樹脂等のマトリックス材料との複合化において高性能化を追求する為には、マトリックス材料が有する特性も重要であるが、炭素繊維そのもの自体の表面特性、強度及び弾性率を向上させることが必要不可欠である。つまり、炭素繊維表面とマトリックス材料との接着性が高いもの同士を複合化し、マトリックス材料と炭素繊維をより均一に分散することで、複合材料のより高性能なもの(高強度、高弾性)を得ることができる。
【0005】
炭素繊維の表面特性、強度及び弾性率を向上させることについては、従来より検討されている(例えば、特許文献2、3参照)。
【0006】
しかし、従来の炭素繊維は、上記複合材料の要求を満たすには不充分であった。
【特許文献1】特開2001−131833号公報 (特許請求の範囲、第5頁)
【特許文献2】特公平8−6210号公報 (特許請求の範囲)
【特許文献3】特開2003−73932号公報 (特許請求の範囲)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明者は、上記問題を解決するため検討を重ねているうちに、樹脂含浸ストランド強度、樹脂含浸ストランド弾性率及び密度が所定範囲にあり、且つ繊維軸方向に配向する襞を表面に有する炭素繊維が、マトリックス材料と複合化してコンポジットにした場合、マトリックス材料との良好な接着性を発現することを見出し、本発明を完成するに到った。
【0008】
よって、本発明の目的とするところは、上記問題を解決した炭素繊維を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成する本発明は、以下に記載するものである。
【0010】
〔1〕 樹脂含浸ストランド強度が6100MPa以上、樹脂含浸ストランド弾性率が340GPa以上、密度が1.76g/cm3以上であり、且つ繊維軸方向に配向する襞を表面に有する炭素繊維。
【0011】
〔2〕 走査型プローブ顕微鏡で2μmの範囲で測定した襞の間隔が0.1〜0.3μm、走査型プローブ顕微鏡で5μmの範囲で測定した自乗平均面粗さRms(5μ)が20〜40nm、0.5μmの範囲で測定した自乗平均面粗さRms(0.5μ)が2〜12nmである〔1〕に記載の炭素繊維。
【0012】
〔3〕 X線光電子分光器により測定される炭素繊維の表面酸素濃度(O/C)が0.13以上、表面窒素濃度(N/C)が0.05以下、広角X線回折による結晶子サイズが2nm以上、且つラマン分光法で測定される1360cm-1バンド強度(D)と1580cm-1バンド強度(G)とのバンド強度比(D/G)が1.3以下である〔1〕に記載の炭素繊維。
【0013】
〔4〕 広角X線回折(回折角17°)による配向度が90.5%以下であるアクリル系繊維が耐炎化処理及び炭素化処理されてなる〔1〕に記載の炭素繊維。
【0014】
〔5〕 ジメチルホルムアミドに12時間浸漬した場合の重量減少比が7%以下の耐炎化繊維が焼成されてなる〔1〕に記載の炭素繊維。
【発明の効果】
【0015】
本発明の炭素繊維は、樹脂含浸ストランド強度、樹脂含浸ストランド弾性率、及び密度が高いことに加えて、繊維軸方向に配向する襞を表面に有するので、マトリックス材料と複合化してコンポジットにした場合、マトリックス材料との良好な接着性を有する補強材として機能する。しかも、この炭素繊維は、毛羽や糸切れの無い繊維でもある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0017】
本発明の炭素繊維は、樹脂含浸ストランド強度が6100MPa以上、好ましくは6150MPa以上、樹脂含浸ストランド弾性率が340GPa以上、好ましくは340〜370GPa、密度が1.76g/cm3以上、好ましくは1.76〜1.80g/cm3であり、且つ繊維軸方向に配向する襞を表面に有する。
【0018】
以上の構成にすることにより、本発明の炭素繊維は、上述したように、マトリックス材料と複合化してコンポジットにした場合、マトリックス材料との良好な接着性を有する補強材として機能する。しかも、この炭素繊維は、毛羽や糸切れの無い繊維でもある。
【0019】
次に、本発明を図面を参照して詳細に説明する。
【0020】
図1は、本発明の炭素繊維の一例を示す概略部分断面図である。図1に示されるように、本例の炭素繊維2は、繊維軸方向に配向する襞を表面に有する。即ち、繊維軸を通る任意の切断面で切断した繊維断面の周方向に沿って曲折を繰返す波状形状に形成されてなる。図1において、4は波状形状の山であり、6は波状形状の谷である。
【0021】
aは山と山との間隔(襞の間隔)を示す。bは山と谷との高低差(襞の粗さ)を示す。cは微少な範囲部分の面粗さ(表面粗さ)を示す。襞の間隔a及び襞の粗さbは、走査型プローブ顕微鏡を用いて測定できる。
【0022】
本発明の炭素繊維において、襞の間隔aは、走査型プローブ顕微鏡で2μmの範囲における測定値で0.1〜0.3μmが好ましい。襞の粗さbは、走査型プローブ顕微鏡で5μmの範囲で測定した自乗平均面粗さRms(5μ)で20〜40nmが好ましく、表面粗さcは、走査型プローブ顕微鏡で0.5μmの範囲で測定した自乗平均面粗さRms(0.5μ)で2〜12nmが好ましい。平均繊維直径は4.5〜6.0μmが好ましく、5.0〜6.0μmがより好ましい。
【0023】
本発明の炭素繊維において、X線光電子分光器(ESCA)により測定される炭素繊維の表面酸素濃度(O/C)は0.13以上が好ましく、0.13〜0.20が更に好ましい。表面酸素濃度(O/C)が0.13未満の場合は、炭素繊維とマトリックス樹脂との接着性が劣り、得られる複合材料の物性低下の原因になる。一方、表面酸素濃度(O/C)が0.20を超える場合は、炭素繊維自体の強度が低下する。
【0024】
表面窒素濃度(N/C)は0.05以下が好ましい。表面窒素濃度(N/C)が0.05を超える場合は、必要とする炭素繊維物性が得られないので好ましくない。
【0025】
広角X線回折による結晶子サイズは2nm以上が好ましく、2.1〜2.5nmが更に好ましい。本発明炭素繊維は、グラファイト面が成長した結晶部とアモルファスな非晶部が混在した構造を有している。結晶子サイズが2nm未満の場合は、グラファイト面の成長が貧弱であり、高強度の炭素繊維が得られなくなるので好ましくない。
【0026】
ラマン分光法で測定される1360cm-1バンド強度(D)と1580cm-1バンド強度(G)とのバンド強度比(D/G)が1.3以下が好ましく、更に0.95〜1.3の範囲が好ましい。
【0027】
アモルファスな非晶部は1360cm-1にバンド強度(D)のピークを示し、グラファイト面が成長した結晶部は1580cm-1にバンド強度(G)のピークを示す。そのため、バンド強度比(D/G)が1.3を超える場合は、グラファイト面の成長が貧弱であり、高強度の炭素繊維が得られなくなるので好ましくない。また、バンド強度比(D/G)が0.95未満の場合は、グラファイト面の成長が著しく、構造の柔軟性が損なわれるため、好ましくない。
【0028】
本発明の炭素繊維は、広角X線回折(回折角17°)による配向度が90.5%以下、好ましくは89〜90%のアクリル系繊維が耐炎化処理及び炭素化処理されてなることが好ましい。配向度が90%を超える場合は、炭素繊維の原料となるアクリル繊維の延伸率を高くしなければならず、糸切れの発生を招く虞が有り、好ましくない。
【0029】
本発明の炭素繊維は、ジメチルホルムアミド(DMF)に12時間浸漬した場合の重量減少比が7%以下の耐炎化繊維が炭素化処理されてなることが好ましい。重量減少比が7%を超える場合は、耐炎化が終了していないばかりではなく、炭素化工程での糸切れや、得られた炭素繊維の強度低下を招くので好ましくない。
【0030】
本発明の炭素繊維は、例えば、以下の方法により製造することができる。
【0031】
<前駆体繊維>
本例の炭素繊維の製造方法に用いる前駆体繊維は、従来公知のものが何ら制限なく使用できる。そのなかでもアクリル系繊維が好ましく、広角X線回折(回折角17°)による配向度が90.5%以下のアクリル系繊維がより好ましい。具体的にはアクリロニトリルを90質量%以上、好ましくは95質量%以上含有する単量体を重合した紡糸溶液を紡糸して、炭素繊維原料とする。紡糸方法としては湿式又は乾湿式紡糸方法いずれの方法も用いることができるが、最終的に得られた炭素繊維が表面に襞を形成し、樹脂との接着性が期待できるので、湿式紡糸方法がより好ましい。また、凝固した後は、水洗・乾燥・延伸して炭素繊維原料とすることが好ましい。
【0032】
<耐炎化処理>
得られた前駆体繊維は、引き続き加熱空気中200〜280℃で耐炎化処理される。この時の処理は、一般的に、延伸倍率0.85〜1.30の範囲で処理されるが、高強度・高弾性率の炭素繊維を得るためには、0.95以上がより好ましい。この耐炎化処理は、繊維密度1.3〜1.5g/cm3の耐炎化繊維とするものであり、耐炎化時の張力(延伸配分)は特に限定されるものでは無い。
【0033】
<第一炭素化処理>
本例の炭素繊維の製造方法においては、上記耐炎化繊維を、不活性雰囲気中で、第一炭素化工程において、300〜900℃の温度範囲内で、1.03〜1.06の延伸倍率で一次延伸処理し、次いで0.9〜1.01の延伸倍率で二次延伸処理して繊維密度1.50〜1.70g/cm3の第一炭素化処理繊維を得る。
【0034】
<第一炭素化処理・一次延伸処理>
上記第一炭素化工程において、一次延伸処理では、耐炎化繊維の弾性率が極小値まで低下した時点から9.8GPaに増加するまでの範囲、同繊維の密度が1.5g/cm3に達するまでの範囲、且つ同繊維の広角X線測定(回折角26°)における結晶子サイズが1.45nmに達するまでの範囲で、1.03〜1.06の延伸倍率で、延伸処理を行う。
【0035】
上記の耐炎化繊維弾性率が極小値まで低下した時点から9.8GPaに増加するまでの範囲は、図2に示すβの範囲である。
【0036】
耐炎化繊維の弾性率が極小値まで低下した時点から9.8GPaに増加するまでの範囲で延伸(1.03〜1.06倍)を行うことにより、糸切れを抑制し、低弾性率部が効率的に延伸され高配向化が可能となり、緻密な一次延伸処理繊維を得ることができる。
【0037】
これに対し、弾性率が極小値に低下する前(αの範囲)での1.03倍以上の延伸は、糸切れを増加させ、著しい強度低下を招くので好ましくない。
【0038】
また、弾性率が極小値まで低下し、次いで9.8GPaに増加した後(γの範囲)での1.03倍以上の延伸は、繊維の弾性率が高く、無理な延伸を強いるので、繊維欠陥・ボイドを増加させ、延伸の効果を損なうので好ましくない。よって、上記弾性率の範囲内で一次延伸処理を行う。
【0039】
耐炎化繊維の密度が1.5g/cm3に達するまでの範囲で延伸(1.03〜1.06倍)を行うことにより、ボイドの生成を抑制しながら、配向度の向上が出来、高品位の一次延伸処理繊維を得ることができる。
【0040】
これに対し、密度が1.5g/cm3より高い範囲での1.03倍以上の一次延伸は、無理な延伸によりボイドの生成を増長し、最終的な炭素繊維の構造欠陥、密度低下を招くため好ましくない。よって、上記密度の範囲内で一次延伸処理を行う。
【0041】
なお、一次延伸における延伸倍率が1.03倍未満では、延伸の効果が少なく、高強度の炭素繊維を得ることができないので好ましくない。延伸倍率が1.06倍より高いと、糸切れを招き、高品位及び高強度の炭素繊維を得ることはできないので好ましくない。
【0042】
<第一炭素化処理・二次延伸処理>
第一炭素化処理・二次延伸処理においては、一次延伸処理後の繊維の密度が二次延伸処理中に上昇し続ける範囲、及び、図3に示されるように一次延伸処理後の繊維の広角X線測定(回折角26°)における結晶子サイズが1.45nmより大きくならない範囲で0.9〜1.01倍の延伸倍率で延伸処理を行う。
【0043】
二次延伸処理中における一次延伸処理後の繊維の密度は、図4に示されるように温度上昇につれて、変化しない(上昇しない)条件と、上昇し続ける条件と、上昇後下降する条件(二次延伸処理中に繊維密度が低下する条件)とがある。
【0044】
これらの条件のうち、一次延伸処理後の繊維の密度が二次延伸処理中に上昇し続ける条件で0.9〜1.01倍の延伸倍率で延伸処理を行うことにより、好ましくは変化しない区間を含むことなく又は低下することなく上昇し続ける条件で延伸処理を行うことにより、ボイド生成を抑制し、最終的に緻密な炭素繊維を得ることができる。
【0045】
これに対し、二次延伸処理中に繊維密度が低下すると、ボイドの生成を増長し、緻密な炭素繊維を得ることができず、好ましくない。また、二次延伸処理中に繊維密度が変化しない区間を含むと、二次延伸処理の効果が見られないので、好ましくない。よって、二次延伸処理は繊維密度が上昇し続ける範囲である。
【0046】
また、一次延伸処理後の繊維の広角X線測定(回折角26°)における結晶子サイズが1.45nmより大きくならない範囲で0.9〜1.01倍の延伸倍率で延伸処理を行うことにより、結晶が成長することなく、緻密化され、ボイドの生成も抑制でき、最終的に高い緻密性を有した炭素繊維を得ることができる。
【0047】
これに対し、結晶子サイズが1.45nmより大きくなる範囲での二次延伸処理は、ボイドの生成を増長すると共に、糸切れによる品位低下を招き、高強度の炭素繊維を得ることができず、好ましくない。よって、二次延伸処理は上記結晶子サイズの範囲内で行う。
【0048】
なお、二次延伸処理における延伸倍率が0.9倍未満では、配向度の低下が著しく、高強度の炭素繊維を得ることができないので好ましくない。延伸倍率が1.01倍より高いと、糸切れを招き、高品位及び高強度の炭素繊維を得ることはできないので好ましくない。よって、二次延伸処理における延伸倍率は0.9〜1.01の範囲内が好ましい。
【0049】
また、高強度の炭素繊維を得るためには、第一炭素化処理繊維の広角X線測定(回折角26°)における配向度が76.0%以上あることが好ましい。
【0050】
76.0%未満では最終的に高強度の炭素繊維を得ることができないので好ましくない。
【0051】
上記のごとくして、第一炭素化工程における耐炎化繊維の一次延伸処理、二次延伸処理は行われ、第一炭素化処理繊維となる。また、上記第一炭素化工程は、一つの炉若しくは二つ以上の炉で、連続的若しくは別々に処理しても差し支えなく、前述の処理条件範囲内での処理によるところであれば何ら問題はない。
【0052】
<第二炭素化処理>
上記第一炭素化処理繊維を、不活性雰囲気中で、第二炭素化工程において800〜1600℃の温度範囲内で、同工程を一次処理と二次処理とに分けて延伸処理して第二炭素化処理繊維を得る。
【0053】
<第二炭素化処理・一次延伸処理>
第二炭素化工程の一次処理では、第一炭素化処理繊維の密度が一次処理中上昇し続ける範囲、同繊維の窒素含有量が10質量%以上の範囲、且つ同繊維の広角X線測定(回折角26°)における結晶子サイズが1.47nmより大きくならない範囲で同繊維を延伸処理する。
【0054】
上記第一炭素化処理繊維の第二炭素化工程一次処理における、密度及び広角X線測定(回折角26°)での結晶子サイズの、変化及び条件範囲の一例を、それぞれ図5及び6に示す。
【0055】
なお、第二炭素化工程一次処理での繊維張力(F MPa)は、第一炭素化工程後の繊維直径、即ち繊維断面積(S mm2)により変わるため、本発明においては張力ファクターとして繊維応力(B mN)を用い、この繊維応力の範囲は下式
1.24 > B > 0.46
〔但し、B = F × S
S = πD2 / 4
Dは第一炭素化処理繊維の直径(mm)〕
を満たす範囲としている。
【0056】
ここで繊維断面積は、JIS−R−7601に規定する測微顕微鏡による方法において繊維直径をn=20で測定し、その平均値を用い、真円として算出した値を使用している。
【0057】
<第二炭素化処理・二次延伸処理>
上記方法により得られた一次処理繊維は、引き続いて以下の二次処理を施す。
【0058】
この二次処理においては、一次処理繊維の密度が変化しない又は低下する範囲で同繊維を延伸処理する。
【0059】
上記一次処理繊維の二次処理における密度の変化及び条件範囲の一例を図7に示す。
【0060】
なお、第二炭素化工程二次処理での繊維張力(H MPa)も、一次処理時と同様に第一炭素化工程後の繊維直径、即ち繊維断面積(S mm2)により変わるため、本発明においては張力ファクターとして繊維応力(E mN)を用い、この繊維応力の範囲は下式
0.60 > E > 0.23
〔但し、E = H × S
S = πD2 / 4
Dは第一炭素化処理繊維の直径(mm)〕
を満たす範囲としている。
【0061】
なお、第二炭素化処理繊維の伸度は2.10%以上、より好ましくは2.20%以上であることが好ましい。また、第二炭素化処理繊維の直径は5〜6.5μmであることが好ましい。
【0062】
<第三炭素化処理>
上記第二炭素化処理繊維を、引き続き不活性雰囲気中で、第三炭素化工程において1600〜2100℃の温度範囲内で処理することにおいて、以下の範囲を満たす処理を行う。
【0063】
なお、第三炭素化工程処理での繊維張力(J MPa)は、第二炭素化処理後の繊維直径、即ち繊維断面積(K mm2)により変わるため、本発明においては張力ファクターとして繊維応力(G mN)を用い、この繊維応力の範囲は下式
2.80 > G > 0.65
〔但し、G = J × K
K = πL2 / 4
Lは第二炭素化処理繊維の直径(mm)〕
を満たす範囲としている。
【0064】
また、これら焼成工程は、単一設備で連続して処理する事も、数個の設備で連続して処理する事も可能であり、特に限定するものではない。
【0065】
<表面処理>
上記第三炭素化処理繊維は、引き続いて表面処理を施す。表面処理には気相、液相処理も用いることができるが、工程管理の簡便さと生産性を高める点から、電解処理による表面処理が好ましい。表面処理において用いる電解液のpHは特に限定するものではないが、0〜5.5の範囲が好ましい。酸化還元電位(ORP)は+400mV以上、好ましくは+500mV以上であり、前記pHとORPとの積は0〜2300、より好ましくは100以下である。この電解液としては、無機酸、無機酸塩等を用いることができるが、硫酸、硝酸、塩酸等の無機酸がより好ましい。
【0066】
<サイジング処理>
上記第三炭素化処理繊維は、引き続いてサイジング処理を施す。サイジング方法は、従来の公知の方法で行うことができ、サイジング剤は、用途に即して適宜組成を変更して使用し、均一付着させた後に、乾燥することが好ましい。
【0067】
このようにして得られた炭素繊維は、繊維軸方向に配向する襞を表面に有するので、マトリックス材料と複合化してコンポジットにした場合、マトリックス材料との良好な接着性を有する補強材として機能する。しかも、この炭素繊維は、樹脂含浸ストランド強度、樹脂含浸ストランド弾性率、及び密度が高いことに加えて、毛羽や糸切れの少ない繊維である。
【実施例】
【0068】
以下、本発明を実施例及び比較例により更に具体的に説明する。また、各実施例及び比較例における処理条件、並びに、前駆体繊維、耐炎化繊維及び炭素繊維の物性についての評価方法は以下の方法により実施した。
【0069】
<密度>
アルキメデス法により測定した。試料繊維はアセトン中にて脱気処理し測定した。
【0070】
<広角X線測定(回折角17°又は26°)における結晶子サイズ、配向度>
X線回折装置:理学電機製RINT1200L、コンピュータ:日立2050/32を使用し、回折角17°又は26°における結晶子サイズを回折パターンより、配向度を半値幅より求めた。
【0071】
<単繊維弾性率>
JIS R 7606(2000)に規定された方法により第一炭素化工程一次延伸処理繊維の単繊維弾性率を測定した。
【0072】
<ストランド強度、弾性率>
JIS R 7601に規定された方法により第二炭素化処理繊維、第三炭素化処理繊維(炭素繊維)のストランド強度、弾性率を測定した。
【0073】
<炭素繊維の表面酸素濃度O/C及び表面窒素濃度N/C>
炭素繊維の表面酸素濃度O/C及び表面窒素濃度N/Cは、次の手順に従ってXPS(ESCA)によって求めた。
【0074】
炭素繊維をカットしてステンレス製の試料支持台上に拡げて並べた後、光電子脱出角度を90度に設定し、X線源としてMgKαを用い、試料チャンバー内を1×10-6Paの真空度に保つ。測定時の帯電に伴うピークの補正として、まずC1sの主ピークの結合エネルギー値B.E.を284.6eVに合わせる。N1sピーク面積は、394〜406eVの範囲で直線のベースラインを引くことにより求め、O1sピーク面積は、528〜540eVの範囲で直線のベースラインを引くことにより求め、C1sピーク面積は、282〜296eVの範囲で直線のベースラインを引くことにより求めた。炭素繊維表面の表面酸素濃度O/Cは、上記O1sピーク面積とC1sピーク面積の比で計算して求めた。炭素繊維表面の表面窒素濃度N/Cは、上記N1sピーク面積とC1sピーク面積の比で計算して求めた。
【0075】
<バンド強度比(D/G)>
ラマン分光装置は、ジョバン・イボン社製シングル顕微鏡レーザーラマン分光装置T64000を使用した。励起光源としてAr+レーザー(λ=514.5nm)を用い、出力は20mWであった。得られたチャートより、ベースライン補正をし、1360cm-1バンド強度(D)、1580cm-1バンド強度(G)を算出し、バンド強度比(D/G)を求めた。同様の測定を3回繰り返し、その平均値を求め、測定材料のバンド強度比とした。
【0076】
<炭素繊維形状測定方法>
波状形状の山と谷との高低差(襞の粗さ)及び、微少な範囲部分の面粗さ(表面粗さ)は、自乗平均面粗さとして求められる。測定方法は、評価用炭素繊維を測定用ステンレス円盤上にのせ、サンプルの両端を固定した物を走査型プローブ顕微鏡(DI社製 SPM NanoscopeIII)を使用し、Tapping Modeで測定した。得られたデータを付属のソフトを用いて二次曲線補正を行い、自乗平均面粗さを求めた。
【0077】
波状形状の山と山との間隔(襞の間隔)は、同走査型プローブ顕微鏡を用いて2μm四方の範囲を測定し、得られた形状像から襞の数を計測した。同様の測定を5回繰り返し、その平均値を求め、襞の間隔とした。
【0078】
実施例1
アクリロニトリル95質量%/アクリル酸メチル4質量%/イタコン酸1質量%よりなる共重合体紡糸原液を湿式又は乾湿式紡糸し、水洗・乾燥・延伸・オイリングして繊維直径9.1μm、広角X線回折(回折角17°)による配向度が89.7%のアクリル系前駆体繊維を得た。この繊維を加熱空気中、入口温度(最低温度)200℃、出口温度(最高温度)260℃の熱風循環式耐炎化炉で耐炎化処理し、繊維密度1.34g/cm3、DMFに12時間浸漬した場合の重量減少比が5.0%のアクリル系耐炎化繊維を得た。
【0079】
次いで、この耐炎化繊維を不活性雰囲気中、入口温度(最低温度)300℃、出口温度(最高温度)800℃の第一炭素化炉において、一次延伸・二次延伸処理を表1に示す条件で実施した。
【0080】
一次延伸は図2のβの範囲内で、延伸倍率1.05倍で処理した。この一次延伸処理後の繊維、即ち一次延伸処理繊維は、単繊維弾性率8.8GPa、密度1.40g/cm3、結晶子サイズ1.20nmの、糸切れのない繊維であった。
【0081】
その後この一次延伸処理繊維を、引き続き第一炭素化工程において、二次延伸が終了するまで密度が上昇し続ける範囲、且つ結晶子サイズが1.45nmより大きくならない範囲(図3、図4)で、延伸倍率1.00倍で二次延伸処理したところ、密度1.70g/cm3、配向度79.0%、繊維直径5.9μm、繊維断面積2.73×10-5mm2の、糸切れのない第一炭素化処理繊維を得た。
【0082】
次いで、この第一炭素化処理繊維を不活性雰囲気中、入口温度(最低温度)800℃、出口温度(最高温度)1550℃の第二炭素化炉において、一次処理・二次処理を以下に示す条件で実施した。
【0083】
先ず、上記第一炭素化処理繊維を、密度及び結晶子サイズについて、図5及び6に示す範囲内に調節すると共に、繊維張力29.9MPa、繊維応力0.817mNで延伸処理し、一次処理繊維を得た。
【0084】
その後この一次処理繊維を、引き続き第二炭素化工程において二次処理が終了するまで、密度を図7に示す範囲内に調節すると共に、繊維張力14.9MPa、繊維応力0.408mNで延伸処理し、第二炭素化処理繊維を得た。得られた繊維の直径は5.2μm、繊維断面積2.12×10-5mm2であり、密度1.805g/cm3、伸度2.20%であった。
【0085】
その後、上記第二炭素化処理繊維を、引き続き第三炭素化工程において、不活性雰囲気中、入口温度(最低温度)1600℃、出口温度(最高温度)1900℃で、繊維張力76.9MPa、繊維応力1.633mNで延伸処理し、第三炭素化処理繊維を得た。
【0086】
次いで、この第三炭素化処理繊維を、pH0.1、酸化還元電位(ORP)+600mV、前記pHとORPとの積60に調節した電解液(硝酸の水溶液)を用いて表面処理を施した。
【0087】
引き続き公知の方法で、サイジング剤を施し、乾燥して密度1.77g/cm3、繊維直径5.1μm、ストランド強度6130MPa、ストランド弾性率343GPa、配向度84.2%、結晶子サイズ2.2nmの炭素繊維を得た。
【0088】
また、繊維表面には襞が観察され、襞の間隔0.20μm、襞の粗さRms(5μ)25.0nm、表面粗さRms(0.5μ)6.2nm、表面酸素濃度(O/C)0.14、表面窒素濃度(N/C)0.025、バンド強度比(D/G)1.293と、複合材料用の炭素繊維として良好な物性が得られた。
【0089】
実施例2〜3及び比較例1〜14
実施例1で得られた耐炎化繊維を表1〜5に示す条件で処理した以外は、実施例1と同様に、第一炭素化処理、第二炭素化処理、第三炭素化処理、表面処理、サイジング処理を行い、表1〜5に示す物性の第一炭素化繊維、第二炭素化繊維、及び表面処理、サイジング処理後の炭素繊維を得た。
【0090】
但し、比較例4及び10では第二炭素化工程以降を、比較例5及び6では第一炭素化二次延伸処理工程以降を通過させることができなかった。
【0091】
以上の結果、実施例2〜3で得られた炭素繊維は表1に示すように、実施例1と同様に複合材料用の炭素繊維として良好な物性が得られた。これに対し、比較例1〜3、7〜9及び11〜14では表1〜5に示すように炭素繊維は得られたものの、複合材料用の炭素繊維として良好な物性ではなかった。
【0092】
実施例4及び比較例15〜16
実施例1で得られた第二炭素化繊維を表6に示す温度条件で第三炭素化処理した以外は、実施例1と同様に、第三炭素化処理、表面処理、サイジング処理を行い、表6に示す物性の表面処理、サイジング処理後の炭素繊維を得た。
【0093】
以上の結果、実施例4で得られた炭素繊維は表6に示すように、実施例1と同様に複合材料用の炭素繊維として良好な物性が得られた。これに対し、比較例15〜16で得られた炭素繊維は表6に示すように、複合材料用の炭素繊維として良好な物性ではなかった。
【0094】
実施例5〜8及び比較例17〜23
実施例1で得られた第三炭素化繊維を表7〜9に示す条件で表面処理した以外は、実施例1と同様に、表面処理、サイジング処理を行い、表7〜9に示す物性の表面処理、サイジング処理後の炭素繊維を得た。
【0095】
以上の結果、実施例5〜8で得られた炭素繊維は表7〜9に示すように、実施例1と同様に複合材料用の炭素繊維として良好な物性が得られた。これに対し、比較例17〜23で得られた炭素繊維は表7〜9に示すように、複合材料用の炭素繊維として良好な物性ではなかった。
【0096】
【表1】

【0097】
【表2】

【0098】
【表3】

【0099】
【表4】

【0100】
【表5】

【0101】
【表6】

【0102】
【表7】

【0103】
【表8】

【0104】
【表9】

【図面の簡単な説明】
【0105】
【図1】本発明の炭素繊維の一例を示す概略部分断面図である。
【図2】第一炭素化工程における一次延伸時の温度上昇に対するPAN系耐炎化繊維の弾性率の推移を示すグラフである。
【図3】第一炭素化工程における一次延伸時の温度上昇に対するPAN系耐炎化繊維の結晶子サイズの推移を示すグラフである。
【図4】第一炭素化工程における二次延伸時の温度上昇に対する一次延伸処理繊維の密度の推移を示すグラフである。
【図5】第二炭素化工程における一次処理時の温度上昇に対する第一炭素化処理繊維の密度の推移を示すグラフである。
【図6】第二炭素化工程における一次処理時の温度上昇に対する第一炭素化処理繊維の結晶子サイズの推移を示すグラフである。
【図7】第二炭素化工程における二次処理時の温度上昇に対する一次処理繊維の密度の推移を示すグラフである。
【符号の説明】
【0106】
2 炭素繊維
4 波状形状の山
6 波状形状の谷
a 波状形状の山と山との間隔(襞の間隔)
b 波状形状の山と谷との高低差(襞の粗さ)
c 微少な範囲部分の面粗さ(表面粗さ)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
樹脂含浸ストランド強度が6100MPa以上、樹脂含浸ストランド弾性率が340GPa以上、密度が1.76g/cm3以上であり、且つ繊維軸方向に配向する襞を表面に有する炭素繊維。
【請求項2】
走査型プローブ顕微鏡で2μmの範囲で測定した襞の間隔が0.1〜0.3μm、走査型プローブ顕微鏡で5μmの範囲で測定した自乗平均面粗さRms(5μ)が20〜40nm、0.5μmの範囲で測定した自乗平均面粗さRms(0.5μ)が2〜12nmである請求項1に記載の炭素繊維。
【請求項3】
X線光電子分光器により測定される炭素繊維の表面酸素濃度(O/C)が0.13以上、表面窒素濃度(N/C)が0.05以下、広角X線回折による結晶子サイズが2nm以上、且つラマン分光法で測定される1360cm-1バンド強度(D)と1580cm-1バンド強度(G)とのバンド強度比(D/G)が1.3以下である請求項1に記載の炭素繊維。
【請求項4】
広角X線回折(回折角17°)による配向度が90.5%以下であるアクリル系繊維が耐炎化処理及び炭素化処理されてなる請求項1に記載の炭素繊維。
【請求項5】
ジメチルホルムアミドに12時間浸漬した場合の重量減少比が7%以下の耐炎化繊維が焼成されてなる請求項1に記載の炭素繊維。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2007−177368(P2007−177368A)
【公開日】平成19年7月12日(2007.7.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−377464(P2005−377464)
【出願日】平成17年12月28日(2005.12.28)
【出願人】(000003090)東邦テナックス株式会社 (246)
【Fターム(参考)】