説明

炭素繊維製造用アクリル繊維油剤およびそれを用いた炭素繊維の製造方法

【課題】 本発明の目的は、優れた炭素繊維強度が得られる炭素繊維製造用アクリル繊維油剤と、それを用いた炭素繊維の製造方法とを提供することにある。
【解決手段】 本発明の炭素繊維製造用アクリル繊維油剤は、界面活性剤とシリコーン化合物を必須に含有し、前記界面活性剤が、ベンゼン環またはナフタレン環を1つのみ有し、かつそのベンゼン環またはナフタレン環が、オキシアルキレン基の繰り返し単位を持つ置換基と脂肪族炭化水基を含む置換基とをそれぞれ一つ以上有する化合物であり、油剤の不揮発分全体に占める前記界面活性剤の重量割合が5〜50重量%である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、強度の優れた炭素繊維を提供するための炭素繊維製造用アクリル繊維油剤およびそれを用いた炭素繊維の製造方法に関する。より詳しくは、炭素繊維製造用アクリル繊維(以下、プレカーサーと称することがある)に使用した場合に、優れた強度が得られる炭素繊維製造用アクリル繊維油剤(以下、プレカーサー油剤と称することがある)と、それを用いた炭素繊維の製造方法とに関する。
【背景技術】
【0002】
炭素繊維はその優れた機械的特性を利用して、マトリックス樹脂と称されるプラスチックとの複合材料用の補強繊維として、航空宇宙用途、スポーツ用途、一般産業用途等に幅広く利用されている。
炭素繊維を製造する方法としては、プレカーサーを200〜300℃の酸化性雰囲気中で耐炎化繊維に転換し、続いて300〜2000℃の不活性雰囲気中で炭素化する方法が一般的である。これらの高熱による焼成時には、単繊維同士の融着が発生し、得られた炭素繊維の品質、品位を低下させるという問題がある。
【0003】
この融着を防止するため、優れた耐熱性および繊維−繊維間の平滑性による優れた剥離性を有するシリコーン系油剤、特に架橋反応により耐熱性をさらに向上出来るアミノ変性シリコーン系油剤をプレカーサーに付与する技術が多数提案され(特許文献1〜6参照)、工業的に広く利用されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開昭60−181322号公報
【特許文献2】特開平11−117128号公報
【特許文献3】特開2001−172879号公報
【特許文献4】特開2002−129481号公報
【特許文献5】特開2003−201346号公報
【特許文献6】特開2005−264384号公報
【0005】
これらシリコーン系油剤は、工業的に安全にかつプレカーサーに均一に付着させるため、水中に分散したエマルジョンとすることが一般的である。そのため、使用されるシリコーン成分が自己乳化性を有しない場合においては、各種界面活性剤などが乳化剤成分として併用され、エマルジョン化される。特許文献1では、分岐アルキルエーテル型乳化剤が、シリコーンの乳化作用に優れるとの記載がある。また、特許文献4、6においては、特定の構造を有する多環芳香族化合物が耐熱性に優れ、単繊維間の融着防止に効果が高いとの記載がある。しかし、これらシリコーン系油剤であっても、十分な強度を有する炭素繊維が得られないことがあった。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
かかる従来の技術背景に鑑み、本発明の目的は、優れた炭素繊維強度が得られる炭素繊維製造用アクリル繊維油剤と、それを用いた炭素繊維の製造方法とを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決するべく鋭意検討した結果、従来技術で用いられている分岐アルキルエーテル系化合物のような界面活性剤や、耐熱性を向上させるために用いられているスチレン化フェノール系化合物に代表される多環芳香族化合物のような界面活性剤は、プレカーサーに付与した際に、プレカーサー分子内部にまで浸透しやすい化合物であることを発見した。そのため、この様な界面活性剤を乳化剤成分としてプレカーサー油剤が構成された場合、該油剤をプレカーサーに付与した際に界面活性剤がプレカーサー分子内部まで浸透し、炭素繊維製造における焼成工程において、繊維のグラファイト構造形成における欠点となり、得られた炭素繊維が十分な強度を発現できない場合があることを突き止めた。また、これら乳化剤成分が、水分を除去した後の絶乾状態において、シリコーン成分と相溶しない場合が多く、そのようなシリコーン系油剤をエマルジョンとしてプレカーサーに付与、乾燥させた際に、シリコーン成分と乳化剤成分が分離してしまい、均質にプレカーサー表面を被覆できず、このことがプレカーサーを炭素繊維に転換する焼成工程における焼成斑の一因となり、十分な強度を有する炭素繊維が得られないことも突き止めた。
【0008】
一方、同じ芳香族系化合物でも、多環芳香族化合物ではなく、ベンゼン環またはナフタレン環を1つのみ有し、かつそのベンゼン環またはナフタレン環が、オキシアルキレン基の繰り返し単位を持つ置換基と脂肪族炭化水基を含む置換基とをそれぞれ一つ以上有する化合物は、プレカーサー分子内部への浸透が少なく、絶乾状態でシリコーンとの相溶性もよく、耐熱性にも優れることを見出した。さらに、シリコーン成分として、特定の変性シリコーンを併用することで、絶乾状態でシリコーンと乳化剤成分の相溶性がより向上することも見出した。以上から、特定の構造を有する界面活性剤とシリコーン化合物を必須成分として含有する炭素繊維製造用アクリル繊維油剤であれば、プレカーサーへの油剤付与の際に、乳化剤成分のプレカーサー分子内部への浸透の少なくすることができ、さらに油剤絶乾状態における皮膜の均一性を向上させることができ、十分な炭素繊維強度が得られないという上記問題点を解決できるという知見を得て、本発明に到達した。
【0009】
すなわち、本発明の炭素繊維製造用アクリル繊維油剤は、界面活性剤とシリコーン化合物を必須に含有し、前記界面活性剤が、ベンゼン環またはナフタレン環を1つのみ有し、かつそのベンゼン環またはナフタレン環が、オキシアルキレン基の繰り返し単位を持つ置換基と脂肪族炭化水基を含む置換基とをそれぞれ一つ以上有する化合物であり、油剤の不揮発分全体に占める前記界面活性剤の重量割合が5〜50重量%である、炭素繊維製造用アクリル繊維油剤である。
【0010】
前記界面活性剤は、下記一般式(1)で示される化合物、下記一般式(2)で示される化合物、下記一般式(3)で示される化合物、下記一般式(4)で示される化合物、下記一般式(5)で示される化合物および下記一般式(6)で示される化合物から選ばれる少なくとも1つの化合物であることが好ましい。
【0011】
【化1】

【0012】
【化2】

【0013】
【化3】

【0014】
【化4】

【0015】
【化5】

【0016】
【化6】

【0017】
但し、式(1)〜式(6)中の記号は、各式独立して次の意味を表す。
A:炭素数2〜4のアルキレン基を示す。(AO)中のAは同一でもあってもよく、異なっていてもよい。
n:0から20の数を示す。
:炭素数1から22の脂肪族炭化水素基を示す。
:炭素数6から22の脂肪族炭化水基を示す。
:炭素数6から22の脂肪族炭化水基を示す。
、y:1〜5でかつx+yが2〜6となる整数を示す。
、y:1〜7でかつx+yが2〜8となる整数を示す。
【0018】
油剤の不揮発分全体に占める前記シリコーン化合物の重量割合は30〜95重量%であることが好ましい。
【0019】
前記シリコーン化合物は、アミノ変性シリコーンおよび/またはアマイドポリエーテル変性シリコーンを含有することが好ましい。また前記シリコーン化合物は、アミノ変性シリコーンおよびアマイドポリエーテル変性シリコーンを必須に含有し、油剤の不揮発分全体に占める前記アマイドポリエーテル変性シリコーンと前記アミノ変性シリコーンの合計の重量割合が30〜95重量%であり、アマイドポリエーテル変性シリコーンとアミノ変性シリコーンとの重量比が5/95〜95/5であることが好ましい。
【0020】
また、本発明にかかる炭素繊維製造用アクリル繊維油剤は、水中に分散したエマルジョンとなっていることが好ましい。
【0021】
また、本発明にかかる炭素繊維の製造方法は、上記炭素繊維製造用アクリル繊維油剤を炭素繊維製造用アクリル繊維に付着させる付着処理工程と、付着処理後のアクリル繊維を200〜300℃の酸化性雰囲気中で耐炎化繊維に転換する耐炎化処理工程と、前記耐炎化繊維をさらに300〜2000℃の不活性雰囲気中で炭化させる炭素化処理工程とを含む製造方法である。
【発明の効果】
【0022】
本発明の炭素繊維製造用アクリル繊維油剤は、これを予めプレカーサーに付着させる処理を行うことによって、付着処理の際のプレカーサー分子内部への界面活性剤成分の過度な浸透、および炭素繊維製造における焼成工程で焼成斑を防止し、炭素繊維の強度を向上させることができる。また、本発明の炭素繊維の製造方法では、この炭素繊維製造用アクリル繊維油剤を付着させるので、高強度の炭素繊維を製造できる。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明の炭素繊維製造用アクリル繊維油剤(プレカーサー油剤)は、炭素繊維製造に用いられるアクリル繊維(炭素繊維のプレカーサー)に付与することを目的とした油剤であり、所定の界面活性剤とシリコーン化合物を必須に含有し、油剤の不揮発分全体に占める界面活性剤の重量割合が5〜50重量%である。以下に詳細に説明する。まず、炭素繊維製造用アクリル繊維油剤を構成する各成分を説明する。
〔界面活性剤〕
本発明のプレカーサー油剤においては、界面活性剤が油剤構成の必須成分である。界面活性剤は、乳化剤として使用され、プレカーサー油剤を乳化または分散させた状態にする成分であり、その状態にてプレカーサーに付与する際に、繊維への均一な付着性および作業環境の安全性を向上させることができる。本発明のプレカーサー油剤においては、この界面活性剤が、ベンゼン環またはナフタレン環を1つのみ有し、かつそのベンゼン環またはナフタレン環が、オキシアルキレン基の繰り返し単位を持つ置換基と脂肪族炭化水基を含む置換基とをそれぞれ一つ以上有する化合物であることが必要である。
ここで多環芳香族系化合物との違いは、オキシアルキレン基の繰り返し単位を持つ置換基であるポリオキシアルキレン基の特性については同じであるが、置換基である芳香環の疎水性は同じ炭素数の脂肪族アルキル置換基と比較して極端に低い点が挙げられ、これが本発明に於ける重要事項である。本発明のプレカーサー油剤は、前述のようにベンゼン環またはナフタレン環を1つのみ有し、さらに置換基として芳香環ではなく脂肪族炭化水基を含む置換基を有しており、多環芳香族系化合物と比べ疎水性が強い。そのため、プレカーサー分子内部への浸透が少なく、かつシリコーン化合物と併用した際に油剤絶乾状態における皮膜の均一性が向上し、優れた炭素繊維強度が得られる炭素繊維製造用アクリル繊維油剤を構成することができる。
【0024】
界面活性剤は、前述の構成を満たす化合物であれば限定はないが、その具体例として、一般式(1)で示される化合物、一般式(2)で示される化合物、一般式(3)で示される化合物、一般式(4)で示される化合物、一般式(5)で示される化合物および一般式(6)で示される化合物から選ばれる少なくとも1つの化合物を挙げることができる。一般式(1)〜(6)に示すような芳香族化合物は、内部浸透抑制性に優れている。これらの界面活性剤は1種または2種以上を併用してもよい。
【0025】
上記一般式(1)〜(6)で示される化合物において、Aは炭素数2〜4のアルキレン基を示し、(AO)中のAは同一であってもよく、異なっていてもよい。つまり、オキシアルキレン基であるAOとしては、オキシエチレン基、オキシプロピレン基、オキシブチレン基が挙げられ、ポリオキシアルキレン基を構成するオキシアルキレン基は同一であってもよく、例えばオキシエチレン基とオキシプロピレン基のブロック共重合体やランダム共重合体のように異なっていてもよい。オキシアルキレン基の繰り返し単位nは0から20の数を示す。Rは炭素数1から22の脂肪族炭化水素基を示す。Rは炭素数6から22の脂肪族炭化水素基を示す。Rは炭素数6から22の脂肪族炭化水素基を示す。R、R、Rの脂肪族炭化水素基は、飽和や不飽和であってもよく、直鎖状や分岐を有していてもよい。xおよびyは、それぞれ1〜5の整数でかつx+yが2〜6を満たす整数である。xおよびyは、それぞれ1〜7の整数でかつx+yが2〜8を満たす整数である。各式のこれらの数値、範囲はそれぞれ独立しているものとする。
【0026】
これら、上記一般式(1)〜(6)で示される化合物の特性として、脂肪族炭化水素基を含む置換基に着目してみると、その脂肪族炭化水素基の炭素数が多い程、またその置換基数が多い程、疎水性が強くなる。一方、(ポリ)オキシアルキレン基を含む置換基に着目してみると、すべての(ポリ)オキシアルキレン基の繰り返し単位nの合計、即ち、上記一般式(1)、(3)および(5)においてはnにxを乗じた数を示し、上記一般式(2)、(4)および(6)においてはnにxを乗じた数を示すが、これをN−(オキシアルキレン)とし、そのうちオキシエチレン基の繰り返し単位数の合計をN−(オキシエチレン)とし、さらにN−(オキシエチレン)をN−(オキシアルキレン)で除した値をN−(E/A)、即ちN−(E/A)は0〜1の間の値となるが、このN−(E/A)の値が0に近いほど疎水性が強くなる。
この観点から、脂肪族炭化水素基の炭素数が多く、且つその脂肪族炭化水素基を含む置換基の数が多い程、またN−(E/A)の値が0に近いほど、内部浸透抑制性に優れるのであるが、疎水性を強くしすぎるとシリコーンの乳化が困難となるため、親水−疎水バランスを考慮する必要がある。
【0027】
このような親水−疎水バランスの観点から、一般式(1)で示される化合物としては、脂肪族炭化水素基Rの炭素数が8〜18、x=1〜3、y=1〜3、ポリオキシアルキレン繰り返し単位数n=3〜18であり、上記N−(E/A)の値が0.5〜1であるものが好ましく、更に脂肪族炭化水素基Rの炭素数が12〜18、x=1〜2、y=1〜2、n=4〜16であり上記N−(E/A)の値が0.8〜1であるものがより好ましく、更に、肪族炭化水素基Rの炭素数が12〜16、x=1〜2、y=1〜2、n=6〜15で上記N−(E/A)の値が0.9〜1であるのものが特に好ましい。
【0028】
一般式(2)で示される化合物としては、上記と同様の観点から脂肪族炭化水素基Rの炭素数が6〜15、x=1〜3、y=1〜3、(ポリ)オキシアルキレン基の繰り返し単位数nが3〜18であり、上記N−(E/A)の値が0.5〜1であるものが好ましく、更に脂肪族炭化水素基Rの炭素数が8〜12、x=1〜2、y=1〜2、n=4〜15であり、上記N−(E/A)の値が0.8〜1であるのものがより好ましく、更に、肪族炭化水素基Rの炭素数が9〜12、x=1、y=1、n=5〜12であり、上記N−(E/A)の値が0.9〜1であるものが特にこの好ましい。
【0029】
一般式(3)で示される化合物としては、上記と同様の観点から脂肪族炭化水素基Rの炭素数が8〜18、x=1〜3、y=1〜3、(ポリ)オキシアルキレン基の繰り返し単位数nが3〜18であり上記N−(E/A)の値が0.5〜1であるものが好ましく、更に脂肪族炭化水素基Rの炭素数が12〜18、x=1〜2、y=1〜2、n=4〜15であり、上記N−(E/A)の値が0.8〜1であるものがより好ましく、更に、肪族炭化水素基Rの炭素数が12〜16、x=1、y=2、n=9〜15であり、上記N−(E/A)の値が0.9〜1であるのものが特に好ましい。
【0030】
一般式(4)で示される化合物としては、上記と同様の観点から脂肪族炭化水素基Rの炭素数が6〜15、x=1〜3、y=1〜3、(ポリ)オキシアルキレン基の繰り返し単位数nが3〜18であり、上記N−(E/A)の値が0.5〜1であるものが好ましく、更に脂肪族炭化水素基Rの炭素数が8〜12、x=1〜2、y=1〜2、n=4〜15であり、上記N−(E/A)の値が0.8〜1であるものがより好ましく、更に、肪族炭化水素基Rの炭素数が9〜12、x=1、y=2、n=9〜15であり、上記N−(E/A)の値が0.9〜1であるのものが特に好ましい。
【0031】
一般式(5)で示される化合物としては、上記と同様の観点から脂肪族炭化水素基Rの炭素数が8〜18、x=1〜3、y=1〜3、(ポリ)オキシアルキレン基の繰り返し単位数nが3〜18であり、上記N−(E/A)の値が0.5〜1であるものが好ましく、更に脂肪族炭化水素基Rの炭素数が12〜18、x=1〜2、y=1〜2、(n=4〜15であり、上記N−(E/A)の値が0.8〜1であるものがより好ましく、更に、肪族炭化水素基Rの炭素数が12〜16、x=1、y=1、n=9〜15であり、上記N−(E/A)の値が0.9〜1であるのものが特に好ましい。
【0032】
一般式(6)で示される化合物としては、上記と同様の観点から脂肪族炭化水素基Rの炭素数が6〜15、x=1〜3、y=1〜3、(ポリ)オキシアルキレン基の繰り返し単位数nが3〜18であり、上記N−(E/A)の値が0.5〜1であるものが好ましく、更に脂肪族炭化水素基Rの炭素数が8〜12、x=1〜2、y=1〜2、n=4〜15であり、上記N−(E/A)の値が0.8〜1であるのものがより好ましく、更に、肪族炭化水素基Rの炭素数が9〜12、x=1、y=1、n=9〜15であり、上記N−(E/A)の値が0.9〜1であるものが特に好ましい。
【0033】
一般式(1)で示される化合物や一般式(2)で示される化合物は、公知の製造方法で製造することができ、たとえば、フェノールまたはナフトールに脂肪族アルケンを(酸)触媒下で付加反応させアルキル化した後、塩基触媒下で水酸基にオキシアルキレン基を付加させることで得られる。
一般式(1)で示される化合物や一般式(2)で示される化合物の具体例としては、POEオクチルフェニルエーテル(オクチル基による置換基数は1〜5個)、POEノニルフェニルエーテル(ノニル基による置換基数は1〜5個)、POEドデシルフェニルエーテル(ドデシル基による置換基数は1〜5個)、POEペンタデシルフェニルエーテル(ペンタデシル基による置換基数は1〜5個)、POEイソセチルフェニルエーテル(イソセチル基による置換基数は1〜5個)、POEノニルナフチルエーテル(ノニル基による置換基の数は1〜7個)などを挙げることができる。これらの化合物は1種または2種以上を併用してもよい。
【0034】
一般式(3)で示される化合物や一般式(4)で示される化合物は、公知の製造方法で製造することができ、たとえば、トリメリット酸やピロメリット酸、1,4ナフタレンジカルボン酸のカルボキシル基の一部を酸触媒下脂肪族アルコールと加熱、脱水し、エステル化を行った後、残りのカルボキシル基をポリオキシアルキレンエーテルでさらにエステル化することで得られる。
一般式(3)で示される化合物や一般式(4)で示される化合物の具体例としては、モノポリエチレングリコールジドデシルトリメリテート、モノポリエチレングリコールモノドデシルナフタレンジカルボン酸エステルを挙げることができる。これらの化合物は1種または2種以上を併用してもよい。
【0035】
一般式(5)で示される化合物や一般式(6)で示される化合物は、公知の製造方法で製造することができ、たとえば、p−ヒドロキシ安息香酸、5−ヒドロキシイソフタル酸、6−ヒドロキシ−2ナフトエ酸、1,4−ジヒドロキシ−2ナフトエ酸などを酸触媒下で脂肪族アルコールと加熱、脱水し、カルボキシル基のエステル化を行った後、塩基触媒下で水酸基にオキシアルキレン基を付加させることで得られる。
一般式(5)で示される化合物や一般式(6)で示される化合物の具体例としては、POEドデシル安息香酸エステルエーテル、POEドデシルナフトエ酸エステルエーテルを挙げることができる。これらの化合物は1種または2種以上を併用してもよい。
【0036】
〔シリコーン化合物〕
本発明のプレカーサー油剤においては、シリコーン化合物が第2の必須成分となる。シリコーン化合物は、炭素繊維の製造において、その優れた融着防止性により、炭素繊維の強度を高める成分である。シリコーン化合物は、分子内にシリコーン結合(−O−Si−O−)を複数有する有機ケイ素化合物であれば、特に限定はなく、ジメチルシリコーン;アミノ変性シリコーン、アマイドポリエーテル変性シリコーン、エポキシ変性シリコーン、アルキレンオキサイド変性シリコーン(ポリエーテル変性シリコーン)、カルボキシ変性シリコーン、カルビノール変性シリコーン、アルキル変性シリコーン、アミノポリエーテル変性シリコーン、エポキシポリエーテル変性シリコーン、フェノール変性シリコーン、メタクリレート変性シリコーン、アルコキシ変性シリコーン、フッ素変性シリコーン等の各種変性シリコーン;それらの混合物等が挙げられる。これらのなかでも、架橋反応により耐熱性をさらに向上できること、油剤絶乾状態における皮膜の均一性をより高めることができることから、アミノ変性シリコーンおよび/またはアマイドポリエーテル変性シリコーンを含有することが好ましい。
【0037】
アミノ変性シリコーンの構造としては特に限定はなく、変性基であるアミノ基は、主鎖であるシリコーンの側鎖と結合していてもよいし、末端と結合していてもよいし、また両方と結合していてもよい。また、そのアミノ基は、モノアミン型であってもポリアミン型であってもよく、1分子中に両者が併存していてもよい。
アミノ変性シリコーンの25℃における粘度については、特に限定はないが、耐炎化処理工程におけるアミノ変性シリコーンの飛散防止および付着処理工程におけるガムアップ抑制の観点から、100〜15,000mm/sが好ましく、500〜10,000mm/sがさらに好ましく、1,000〜5,000mm/sが特に好ましい。
アミノ変性シリコーンのアミノ当量については、特に限定はないが、繊維への油剤付与後の乾燥工程等における架橋性が強過ぎることから発生する付着処理工程でのガムアップの抑制および架橋性が乏しいことから発生する耐熱性低下に起因する耐炎化工程や炭素化工程などの焼成工程での融着防止性の低下を防止する観点からは、500〜10,000g/molが好ましく、1,000〜5,000g/molがさらに好ましく、1,500〜2,000g/molが特に好ましい。
【0038】
アマイドポリエーテル変性シリコーンは、分子中にアミド結合を有する置換基と(ポリ)オキシアルキレン基を含む変性ジメチルポリシロキサンであれば特に限定されない。具体的には、アマイドポリエーテル変性シリコーンは、アミド結合と(ポリ)オキシアルキレン基の両方を有する置換基によって変性された変性ジメチルポリシロキサン、またはアミド結合を有する置換基と(ポリ)オキシアルキレン基を有する置換基によって変性された変性ジメチルポリシロキサンが挙げられる。より詳細には、ジメチルポリシロキサンのメチル基の一部がアミド結合と(ポリ)オキシアルキレン基の両方を有する置換基、即ち(ポリ)オキシアルキレン基含有アマイド鎖によって置換された変性ジメチルポリシロキサン、又はジメチルポリシロキサンのメチル基の一部がアミド結合を有する置換基、即ちアマイド鎖によって置換され、且つ他のメチル基の一部が(ポリ)オキシアルキレン基を有する置換基、即ち(ポリ)オキシアルキレン鎖によって置換された変性ジメチルポリシロキサンとして示される。その変性ジメチルポリシロキサンの末端珪素のジメチル以外の残りの1つの置換基は、炭素数1〜3のアルキル基、すなわちメチル基、エチル基またはプロピル基でもよいし、炭素数1〜3のアルコキシ基、すなわちメトキシ基、エトキシ基またはプロポキシ基でもよいし、水酸基でもよい。
【0039】
すなわち、末端珪素の置換基がトリメチル、ジメチルエチル、ジメチルプロピル、ジメチルメトキシ、ジメチルエトキシ、ジメチルプロポキシ、またはジメチルヒドロキシであるジメチルポリシロキサンの側鎖に、(ポリ)オキシアルキレン基含有のアマイド鎖、または(ポリ)オキシアルキレン基およびイミノ基を含有するアマイド鎖が結合した変性シリコーンでもよいし、末端珪素の置換基が前記同様のジメチルポリシロキサンの側鎖に(イミノ基含有)アマイド鎖及び(ポリ)オキシアルキレン鎖がそれぞれ独立して結合していてもよい。前者の(ポリ)オキシアルキレン基含有のアマイド鎖、または(ポリ)オキシアルキレン基およびイミノ基を含有するアマイド鎖が主鎖に結合したアマイドポリエーテル変性シリコーン、及び後者の(イミノ基含有)アマイド鎖と(ポリ)オキシアルキレン鎖がそれぞれ独立して主鎖と結合しているブランチ型のアマイドポリエーテル変性シリコーンは、ともにアミノ変性シリコーンを前駆体として合成することができる。前駆体として用いるアミノ変性シリコーンは特に限定はなく、シリコーンの主鎖に結合するアミノ基はモノアミン型でもよいし、ポリアミン型でもよく、また末端珪素ジメチル以外の置換基は、炭素数1〜3のアルキル基、即ちメチル基またはエチル基またはプロピル基でもよいし、炭素数1〜3のアルコキシ基、即ちメトキシ基またはエトキシ基またはプロポキシ基でもよいし、水酸基でもよく、合成したいアマイドポリエーテル変性シリコーンの構造にあわせて選択すればよい。また、アマイドポリエーテル変性シリコーンは1種または2種以上を使用してもよい。
【0040】
前者のアマイドポリエーテル変性シリコーンはこれらのアミノ変性シリコーンと(ポリ)オキシアルキレンヒドロキシカルボン酸またはアルコキシ(ポリ)オキシアルキレンカルボン酸との縮合反応によって得られる。その具体例としては、下記一般式(7)及び(8)で示される化合物を挙げることができる。但し、下記一般式(7)は側鎖が(ポリ)オキシアルキレン基を含有するアマイド鎖である具体例を示し、下記一般式(8)は側鎖が(ポリ)オキシアルキレン基およびイミノ基を含有するアマイド鎖である具体例を示す。また、後者のアマイドポリエーテル変性シリコーンはこれらのアミノ変性シリコーンとカルボン酸またはヒドロキシカルボン酸またはアルコキシアルキルカルボン酸との縮合反応と珪素への(ポリ)オキシアルキレン鎖導入反応により得られる。その具体例としては下記一般式(9)及び(10)で示される化合物を挙げることができる。但し、下記一般式(9)は側鎖のアマイド鎖がイミノ基を含有しない場合の具体例を示し、下記一般式(10)は側鎖のアマイド鎖がイミノ基を含有する場合の具体例を示す。
【0041】
【化7】

【0042】
【化8】

【0043】
【化9】

【0044】
【化10】

【0045】
アマイドポリエーテル変性シリコーンの(ポリ)オキシアルキレン基は特に限定はないが、乳化剤成分との親和性の観点、他のシリコーン成分を併用する場合はそのシリコーン成分との親和性の観点から、オキシアルキレン基の繰り返し単位は1〜50で且つオキシアルキレン基を含む側鎖が結合した主鎖の珪素の繰り返し数が1〜100であるものが好ましい。例えば、上記一般式(7)〜(10)で示される化合物であれば、オキシアルキレン基の繰り返し単位rが1〜50で且つオキシアルキレン基を含む側鎖が結合した主鎖の珪素の繰り返し数qは1〜100であるものが好ましく、rが1〜30で、qが10〜80であるものがさらに好ましく、rが5〜20で且つqが15〜60であるものが特に好ましい。さらに上記一般式(3)および(4)で示される化合物においては、オキシアルキレン基を含む側鎖が結合した主鎖の珪素の繰り返し数qと、(イミノ基含有)アマイド鎖が結合した主鎖の珪素の繰り返し数sについて、qとsの数量比に特に限定は無いが、qとsが同程度の数値の方が親水−疎水のバランス関係から、乳化剤成分との相溶性が優れる場合が多く、より好ましい。即ち、上記一般式(3)および(4)においては、rが5〜20で且つqが15〜60で且つsが1〜100であるものが好ましく、rが5〜20で且つqが15〜60で且つsが10〜80であるものがより好ましく、rが5〜20で且つqが15〜60で且つsが15〜60であるものが特に好ましい。
【0046】
一般式(7)で示される化合物において、Aは炭素数2〜4のアルキレン基を示し、(AO)中のAは同一であってもよく、異なっていてもよい。つまり、オキシアルキレン基であるAOとしては、オキシエチレン基、オキシプロピレン基、オキシブチレン基が挙げられ、ポリオキシアルキレン基を構成するオキシアルキレン基は同一であってもよく、例えばオキシエチレン基とオキシプロピレン基のブロック共重合体やランダム共重合体のように異なっていてもよい。これらの中でも、水系乳化のし易さ、皮膜の均一性に寄与する乳化剤成分との相溶性、取り扱い性を重視し、親水性−疎水性のバランスと粘度をコントロールし易いという観点から、オキシエチレン基とオキシプロピレン基のランダム共重合体や、オキシエチレン基とオキシブチレン基のランダム共重合体が好ましく、さらには本件の重要因子である皮膜の均一性向上を最重視する観点からは(ポリ)オキシエチレンがより好ましい。
【0047】
BおよびDは、炭素数1〜3のアルキル基、炭素数1〜3のアルコキシ基または水酸基を示す。BとDは同一であってもよく、異なっていてもよい。これらの中でも、架橋性をより重視する観点からは、BおよびDは、水酸基または炭素数1〜3のアルコキシ基が好ましく、水酸基またはメトキシ基がより好ましく、水酸基が更に好ましい。一方、「付着処理工程でのガムアップ抑制」すなわち「工程通過性」、更には「製糸操業性」をより重視する観点からはBおよびDは炭素数1〜3のアルキル基、または炭素数1〜3のアルコキシ基が好ましく、炭素数1〜3のアルキル基がより好ましく、更に製造の容易さの観点も加味するとメチル基またはエチル基がより好ましい。
【0048】
Raは炭素数1〜3のアルキレン基を示し、炭素数は2〜3がさらに好ましい。Rbは炭素数1〜6のアルキレン基を示し、炭素数は1〜3がさらに好ましい。Rcは水素原子または炭素数1〜18のアルキル基を示し、アルキル基の炭素数は8〜16が好ましく、12〜14がさらに好ましい。rは1〜50の整数を示し、1〜30が好ましく、5〜25がより好ましく、5〜20がさらに好ましい。pは1〜1000の整数を示し、100〜800が好ましく、200〜700がより好ましく、300〜600がさらに好ましい。qは1〜100の整数を示し、10〜80が好ましく、15〜60がさらに好ましい。
【0049】
一般式(8)で示される化合物において、A、B、D、Rb、Rc、r、pおよびqは、一般式(7)で示される化合物で説明した内容と同じである。Ra、Ra’は炭素数1〜3のアルキレン基を示し、炭素数は2〜3がさらに好ましい。RaとRa’は同一であってもよく、異なっていてもよい。
【0050】
一般式(9)で示される化合物において、A、B、D、r、pおよびqは、一般式(7)で示される化合物で説明した内容と同じである。Rdは炭素数1〜3のアルキレン基を示し、炭素数は2〜3がさらに好ましい。Reは水素原子または炭素数1〜18のアルキル基を示し、アルキル基の炭素数は8〜15が好ましく、12〜14がさらに好ましい。Rfは炭素数1〜3のアルキレン基を示し、炭素数は2〜3がさらに好ましい。Rgは炭素数1〜18のアルキル基、ヒドロキシアルキル基または−RORで示されるアルコキシアルキル基示し、Rは炭素数1〜3のアルキレン基、Rは炭素数1〜18のアルキル基を示す。Rのアルキル基の炭素数は8〜16が好ましく、12〜14がさらに好ましい。sは1〜100の整数を示し、この範囲であれば特に限定はないが、sはqと同程度の方が好ましい。即ち、qとsの好ましい範囲としては、qが10〜80で且つsが10〜80であることが好ましく、qが10〜80で且つsが10〜80であることがより好ましく、qが15〜60でかつsが15〜60であることがさらに好ましい。
【0051】
一般式(10)で示される化合物において、A、B、D、Rd、Re、Rg、r、p、qおよびsは、一般式(9)で示される化合物で説明した内容と同じである。Rf、Rf’は炭素数1〜3のアルキレン基を示し、炭素数は2〜3がさらに好ましい。RfとRf’は同一であってもよく、異なっていてもよい。
【0052】
これら一般式(7)〜(10)で示される化合物のうち、目的である優れた炭素繊維強度を得るという観点からはいずれを用いてもよいが、製造工程数の観点からは、アミノ変性化工程とアマイド化工程と(ポリ)オキシアルキレン変性化(ポリエーテル変性化)工程の3工程を要する一般式(9)、(10)で示される化合物よりも、アミノ変性化工程とアマイド化工程の2工程で合成できる一般式(7)、(8)で示される化合物の方が好ましく、さらにアミノシリコーンの汎用性を考慮すると一般式(8)で示される化合物がより好ましい。
【0053】
シリコーン化合物は元来その疎水性の強さから繊維との親和性が良好である。それに加えてアマイドポリエーテル変性シリコーンは、アミノ変性シリコーンと同様窒素原子を有しているため、炭素繊維製造用アクリル繊維(プレカーサー繊維)のニトリル基との相互作用により、より繊維との親和性が良好であり繊維表面に均一皮膜を形成しやすいという効果が得られる。その分子内に(ポリ)オキシアルキレン基を有しているため、乳化剤成分との親和性にも優れる。そのため、より繊維表面に均一皮膜を形成するという効果が得られやすい。その良好な均一皮膜の生成は、耐炎化工程や炭素化工程などの焼成工程で繊維保護に有利に働き、優れた強度の炭素繊維が得られる。
また、アマイドポリエーテル変性シリコーンは架橋性が低く、比較的耐熱性に優れるため、「付着処理工程でのガムアップ抑制」すなわち「工程通過性」、更には「製糸操業性」と「焼成工程での耐熱性」の相反する要求特性を両立しやすい。
【0054】
アマイドポリエーテル変性シリコーンの25℃における粘度については特に限定はないが、繊維に付与後の各工程での飛散防止と取り扱い性の観点から100〜15,000mm/sが好ましく、300〜10,000mm/sがさらに好ましく、500〜5,000mm/sが特に好ましい。
【0055】
アマイドポリエーテル変性シリコーンの窒素原子の含有量には特に限定はないが、もともと架橋性が低く、焼成工程で十分な耐熱性を得るという観点からは、窒素原子の変性当量は500〜10,000g/molが好ましく、500〜5,000g/molがさらに好ましく、500〜3,000g/molが特に好ましい。
【0056】
例えば、上記一般式(7)で示される化合物においては、25℃における粘度が1,600mm/s、(ポリ)オキシアルキレン基含有アマイド鎖の変性当量が2,800g/mol(窒素原子の変性当量も2,800g/mol)であるアマイドポリエーテル変性シリコーン(末端珪素置換基がトリメチルであり、r=1〜20、p=10〜1,000、q=10〜80、s=10〜80であるものの混合物の混合物)や、25℃における粘度が2,000mm/sで、(ポリ)オキシアルキレン基含有アマイド鎖の変性当量が4,000g/mol(窒素原子の変性当量も4,000g/mol)のアマイドポリエーテル変性シリコーン(末端珪素置換基がトリメチルであり、r=1〜20、p=10〜1,000、q=10〜80、s=10〜80であるものの混合物)などが好適例として挙げられる。
【0057】
上記一般式(8)で示される化合物においては、25℃における粘度が700mm/sで(ポリ)オキシアルキレン基およびイミノ基含有アマイド鎖の変性当量が3,000g/mol(窒素原子の変性当量は1,500g/molとなる)であるBY−16−891(末端珪素の置換基がトリメチルであり、r=1〜20、p=10〜1,000、q=10〜80、s=10〜80であるものの混合物);(東レダウコーニング製)や25℃における粘度が1,600mm/sで(ポリ)オキシアルキレン基およびイミノ基含有アマイド鎖の変性当量3,200g/mol(窒素原子の変性当量は1,600g/molとなる)であるBY−16−878(末端珪素の置換基がトリメチルであり、r=1〜20、p=10〜1,000、q=10〜80、s=10〜80であるものの混合物);(東レダウコーニング製)などが好適例として挙げられる。
【0058】
上記一般式(9)で示される化合物においては、25℃における粘度が2,000mm/sで、アマイド鎖の変性当量2,800g/mol(窒素原子の変性当量も2,800g/mol)であるアマイドポリエーテル変性シリコーン(末端珪素置換基:ジメチルメトキシ、(ポリ)オキシアルキレン鎖の変性当量:2,800g/molであり、r=1〜20、p=10〜1,000、q=10〜60、s=10〜60であるものの混合物)や25℃における粘度が1,000mm/sで、アマイド鎖の変性当量1,500g/mol(窒素原子の変性当量も1,500g/mol)であるアマイドポリエーテル変性シリコーン(末端珪素の置換基:トリメチル、(ポリ)オキシアルキレン鎖の変性当量:2,000g/molであり、r=1〜20、p=10〜800、q=10〜60、s=10〜60であるものの混合物)などが好適例として挙げられる。
【0059】
上記一般式(10)で示される化合物においては、25℃における粘度が2,000mm/sで、イミノ基含有アマイド鎖の変性当量が3,500g/mol(窒素原子の変性当量は1,750g/molとなる)であるアマイドポリエーテル変性シリコーン(末端珪素置換基:ジメチルメトキシ、(ポリ)オキシアルキレン鎖の変性当量:3,000g/molであり、r=1〜20、p=10〜1,000、q=10〜60、s=10〜60であるものの混合物)や、25℃における粘度が3,500mm/sで、イミノ基含有アマイド鎖の変性当量が2,000g/mol(窒素原子の変性当量は1,000g/molとなる)であるアマイドポリエーテル変性シリコーン(末端珪素置換基:トリメチル、(ポリ)オキシアルキレン鎖の変性当量:3,000g/molであり、r=1〜20、p=10〜1,000、q=10〜80、s=10〜80であるものの混合物)などが好適例として挙げられる。
【0060】
本発明のプレカーサー油剤においては、シリコーン化合物が、アミノ変性シリコーンおよびアマイドポリエーテル変性シリコーンを含有することがさらに好ましい。アミノ変性シリコーンは架橋性に優れる成分であり、焼成工程でシリコーン架橋が促進され耐熱性が向上し、焼成時の融着防止に有効な成分である。一方、アマイドポリエーテル変性シリコーンは、アミノ変性シリコーンに迫る耐熱性を有しながら、架橋性は低く、さらに界面活性剤との相溶性に優れるという特徴を持つ。したがって、アマイドポリエーテル変性シリコーンとアミノ変性シリコーンを併用することで、第一に、架橋性、耐熱性のバランスをコントロール、言い換えると、製糸操業性と融着防止性を両立でき、第二に、皮膜の均一性が向上し、融着防止性をより向上させることが出来る。この様なシリコーン化合物即ちアミノ変性シリコーンおよび/またはアマイドポリエーテル変性シリコーンと本発明である、繊維内部への浸透が少なく、シリコーン化合物との相溶性に優れる特定の界面活性剤を併用する事により、皮膜の均一性をより一層高めることができ、且つグラファイト構造の欠点を少なくすることができ、さらに優れた強度の炭素繊維を得ることができる。
【0061】
〔プレカーサー油剤〕
本発明のプレカーサー油剤は、上記の界面活性剤とシリコーン化合物を必須成分として含む油剤である。不揮発分全体に占める界面活性剤の重量割合については、5〜50重量%であれば特に限定はないが、油剤をエマルジョンとする際の乳化安定性と、繊維−繊維間の融着防止性のバランス保持という観点からは、10〜40重量%が好ましく、10〜30重量%がより好ましく、15〜25重量%がさらに好ましい。界面活性剤の重量割合が5重量%未満となると、油剤をエマルジョンとする際の乳化安定性が得られにくく、また、50重量%を超えると、焼成工程で十分な耐熱性が得られず、繊維−繊維間の融着が大きくなり、またプレカーサー焼成後時の油剤成分のタール化残存物により、炭素繊維表面が損傷し易く、炭素繊維の強度が低くなることがある。なお、本発明において不揮発分とは、油剤を105℃で熱処理して溶媒等を除去し、恒量に達した時の絶乾成分を意味する。
【0062】
本発明のプレカーサー油剤の不揮発分全体に占めるシリコーン化合物の重量割合については、特に限定はないが、繊維−繊維間の融着防止性および油剤をエマルジョンとする際の乳化安定性のバランス保持という観点から、30〜95重量%であり、50〜95重量%が好ましく、70〜90重量%がより好ましく、75〜85重量%がさらに好ましい。シリコーン化合物の重量割合が30重量%未満となると、繊維−繊維間の融着防止性が得られにくく、また、95重量%を超えると、油剤をエマルジョンとする際の乳化安定性が得られにくい。
【0063】
本発明のシリコーン化合物がアミノ変性シリコーンとアマイドポリエーテル変性シリコーンを必須に含有する場合、油剤の不揮発分全体に占めるアマイドポリエーテル変性シリコーンとアミノ変性シリコーンの合計の重量割合は、30〜95重量%が好ましく、50〜95重量%がより好ましく、70〜90重量%がさらに好ましく、75〜85重量%が特に好ましい。また、アマイドポリエーテル変性シリコーンとアミノ変性シリコーンの重量比率(アマイドポリエーテル変性シリコーン/アミノ変性シリコーン)は、5/95〜95/5が好ましい。
【0064】
絶乾皮膜の均一性、焼成時の融着防止性、製糸操業性等の効果をより一層向上させる観点から、アマイドポリエーテル変性シリコーンとアミノ変性シリコーンの重量比は、同量程度よりもいずれか一方を他方よりも多くするほうが好ましい。具体的には、アミノ変性シリコーンリッチな併用比率領域(A)として重量比が5/95〜45/55であること、またはアマイドポリエーテル変性シリコーンリッチな併用比率領域(B)として重量比が55/45〜95/5であることが好ましい。このように重量比を領域(A)または(B)の範囲にすることにより、より一層良好な絶乾皮膜の均一性、焼成工程での融着防止性、製糸操業性が得られる。即ち、アミノ変性シリコーンリッチな領域(A)の範囲では製糸操業性が比較的良好であり、且つ優れた強度の炭素繊維が得られる。逆にアマイドポリエーテル変性シリコーンリッチな領域(B)の範囲では非常に製糸操業性が良好であり、且つ比較的優れた強度の炭素繊維が得られる。
【0065】
領域(A)において、アマイドポリエーテル変性シリコーンとアミノ変性シリコーンの重量比は、5/95〜30/70がより好ましく、5/95〜25/75がさらに好ましく、10/90〜20/80が特に好ましい。領域(B)において、アマイドポリエーテル変性シリコーンとアミノ変性シリコーンの重量比は、70/30〜95/5がより好ましく、75/25〜90/10がさらに好ましく、80/20〜90/10が特に好ましい。
これら領域(A)、(B)の中でも、焼成工程でより耐熱性に優れ、融着防止性がより優れ、より優れた強度の炭素繊維が得られるという理由から、領域(A)のほうが好ましい。
【0066】
本発明のプレカーサー油剤はさらに、上記の成分以外にも、乳化剤成分として、下記に例示する非イオン系界面活性剤、アニオン系界面活性剤、カチオン系界面活性剤および両性界面活性剤の公知のものから適宜選択して、本発明の効果を阻害しない範囲で併用することができる。
【0067】
非イオン系界面活性剤としては、たとえば、アルキレンオキサイド付加非イオン系界面活性剤(高級アルコール、高級脂肪酸、スチレン化フェノール、ベンジルフェノール、ソルビタン、ソルビタンエステル、ひまし油、硬化ひまし油等にエチレンオキサイド、プロピレンオキサイド等のアルキレンオキサイド(2種以上の併用可)を付加させたもの)、ポリアルキレングリコールに高級脂肪酸等を付加させたもの、エチレンオキサイド/プロピレンオキサイド共重合体等を挙げることができる。
アニオン系界面活性剤としては、たとえば、カルボン酸(塩)、高級アルコール・高級アルコールエーテルの硫酸エステル塩、スルホン酸塩、高級アルコール・高級アルコールエーテルの燐酸エステル塩等を挙げることができる。
カチオン系界面活性剤としては、たとえば、第4級アンモニウム塩型カチオン系界面活性剤(ラウリルトリメチルアンモニウムクロライド、オレイルメチルエチルアンモニウムエトサルフェート等)、アミン塩型カチオン系界面活性剤(ポリオキシエチレンラウリルアミン乳酸塩等)等を挙げることができる。
両性界面活性剤としては、たとえば、アミノ酸型両性界面活性剤(ラウリルアミノプロピオン酸ナトリウム等)、ベタイン型両性界面活性剤(ステアリルジメチルベタイン、ラウリルジヒドロキシエチルベタイン等)等を挙げることができる。
上記各種界面活性剤は、1種または2種以上を併用してもよい。
【0068】
本発明のプレカーサー油剤はさらに上記した成分以外にも、フェノール系、アミン系、硫黄系、リン系、キノン系等の酸化防止剤;高級アルコール・高級アルコールエーテルの硫酸エステル塩、スルホン酸塩、高級アルコール・高級アルコールエーテルの燐酸エステル塩、第4級アンモニウム塩型カチオン系界面活性剤、アミン塩型カチオン系界面活性剤等の制電剤;高級アルコールのアルキルエステル、高級アルコールエーテル、ワックス類等の平滑剤;抗菌剤;防腐剤;防錆剤;および吸湿剤等を、本発明の効果を阻害しない範囲で含有してもさしつかえない。
【0069】
プレカーサー油剤は、不揮発分のみからなる上述の成分で構成されていてもよいが、繊維への均一な付着性および作業環境の安全性の面からは、乳化剤として界面活性剤を含み、水に乳化または分散させて、水中に分散したエマルジョンとなっている状態が好ましい。
本発明のプレカーサー油剤が水を含む場合、プレカーサー油剤全体に占める水の重量割合、不揮発分の重量割合については、特に限定はなく、たとえば、本発明のプレカーサー油剤を輸送する際の輸送コストや、エマルジョン粘度に因るところの取り扱い性等を考慮して適宜決定すればよい。プレカーサー油剤全体に占める水の重量割合は、好ましくは0.1〜99.9重量%、さらに好ましくは10〜99.5重量%、特に好ましくは50〜99重量%である。プレカーサー油剤全体に占める不揮発分の重量割合(濃度)は、好ましくは0.01〜99.9重量%、さらに好ましくは0.5〜90重量%、特に好ましくは1〜50重量%である。
【0070】
本発明のプレカーサー油剤は、上記で説明した成分を混合することによって製造することができる。特に、プレカーサー油剤が水中で乳化または分散させた状態の組成物である場合、上記で説明した成分を乳化・分散させる方法については特に限定されず、公知の手法が採用できる。このような方法としては、たとえば、プレカーサー油剤を構成する各成分を攪拌下の温水中に投入して乳化分散する方法や、プレカーサー油剤を構成する各成分を混合し、ホモジナイザー、ホモミキサー、ボールミル等を用いて機械せん断力を加えつつ、水を徐々に投入して転相乳化する方法等が挙げられる。
【0071】
本発明のプレカーサー油剤を用いて炭素繊維を製造することができる。本発明のプレカーサー油剤を用いた炭素繊維の製造方法は、特に限定されないが、たとえば、以下の製造方法を挙げることができる。
〔炭素繊維の製造方法〕
本発明の炭素繊維の製造方法は、付着処理工程と、耐炎化処理工程と、炭素化処理工程とを含む。
付着処理工程は、炭素繊維製造用アクリル繊維(プレカーサー)を製糸し、得られたプレカーサーに炭素繊維製造用アクリル繊維油剤(プレカーサー油剤)を付着させる工程である。付着処理工程では、プレカーサー油剤をプレカーサーに付着させる。
プレカーサーは、少なくとも95モル%以上のアクリロニトリルと、5モル%以下の耐炎化促進成分とを共重合させて得られるポリアクリロニトリルを主成分とするアクリル繊維から構成される。耐炎化促進成分としては、アクリロニトリルに対して共重合性を有するビニル基含有化合物が好適に使用できる。プレカーサーの単繊維繊度については、特に限定はないが、性能と製造コストのバランスから、好ましくは0.1〜2.0dTexである。また、プレカーサーの繊維束を構成する単繊維の本数についても特に限定はないが、性能と製造コストのバランスから、好ましくは1,000〜96,000本である。
【0072】
プレカーサー油剤は、付着処理工程のどの段階でプレカーサーに付着させても良い。すなわち、プレカーサー油剤を紡糸直後に付着しても良いし、延伸後に付着しても良いし、その後の巻き取り段階で付着しても良い。その付着方法に関しては、プレカーサー油剤が不揮発分のみからなる場合は、ストレートオイルとしてローラー等を使用して付着しても良いし、プレカーサー油剤が水や有機溶剤等の溶媒中に乳化または分散させたエマルジョンの場合は、浸漬法、スプレー法等で付着しても良い。
付着処理工程において、プレカーサー油剤の付与率は、繊維−繊維間の融着防止効果を得ることと、炭素化処理工程において油剤のタール化物によって炭素繊維の品質低下を防止することとのバランスからは、プレカーサーの重量に対して好ましくは0.1〜2重量%であり、さらに好ましくは0.3〜1.5重量%である。プレカーサー油剤の付与率が0.1重量%未満であると、単繊維間の融着を十分に防止できず、得られる炭素繊維の強度が低下することがある。一方、プレカーサー油剤の付与率が2重量%超であると、プレカーサー油剤が単繊維間を必要以上に覆うため、耐炎化処理工程において繊維への酸素の供給が妨げられ、得られる炭素繊維の強度が低下することがある。なお、ここでいうプレカーサー油剤の付与率とは、プレカーサー重量に対するプレカーサー油剤の付着した不揮発分重量の百分率で定義される。
【0073】
耐炎化処理工程は、付着処理後のアクリル繊維(プレカーサー油剤が付着したアクリル繊維)を200〜300℃の酸化性雰囲気中で耐炎化繊維に転換する工程である。酸化性雰囲気とは、通常、空気雰囲気であればよい。酸化性雰囲気の温度は好ましくは230〜280℃である。耐炎化処理工程では、付着処理後のアクリル繊維に対して、延伸比0.90〜1.10(好ましくは0.95〜1.05)の張力をかけながら、20〜100分間(好ましくは30〜60分間)にわたって熱処理が行われる。この耐炎化処理では、分子内環化および環への酸素付加を経て、耐炎化構造を持つ耐炎化繊維が製造される。
【0074】
炭素化処理工程は、耐炎化繊維をさらに300〜2000℃の不活性雰囲気中で炭化させる工程である。炭素化処理工程では、まず、窒素、アルゴン等の不活性雰囲気中、300℃から800℃まで温度勾配を有する焼成炉で、耐炎化繊維に対して、延伸比0.95〜1.15の張力をかけながら、数分間熱処理して、予備炭素化処理工程(第一炭素化処理工程)を行うのが好ましい。その後、より炭素化を進行させ、且つグラファイト化を進行させるために、窒素、アルゴン等の不活性雰囲気中で、第一炭素化処理工程に対して延伸比0.95〜1.05の張力をかけながら、数分間熱処理して、第二炭素化処理工程を行い、耐炎化繊維が炭素化される。第二炭素化処理工程における熱処理温度の制御については、温度勾配をかけながら、最高温度を1000℃以上(好ましくは1000〜2000℃)とすることがよい。この最高温度は、所望する炭素繊維の要求特性(引張強度、弾性率等)に応じて適宜選択して決定される。
【0075】
本発明の炭素繊維の製造方法では、弾性率がさらに高い炭素繊維が所望される場合は、炭素化処理工程に引き続いて、黒鉛化処理工程を行うこともできる。黒鉛化処理工程は、通常、窒素、アルゴン等の不活性雰囲気中、炭素化処理工程で得られた繊維に対して張力をかけながら、2000〜3000℃の温度で行われる。
このようにして得られた炭素繊維には、目的に応じて、複合材料とした時のマトリックス樹脂との接着強度を高めるための表面処理を行うことができる。表面処理方法としては、気相または液相処理を採用でき、生産性の観点からは、酸、アルカリなどの電解液による液相処理が好ましい。さらに、炭素繊維の加工性、取り扱い性を向上させるために、マトリックス樹脂に対して相溶性の優れる各種サイジング剤を付与することもできる。
【実施例】
【0076】
以下、実施例により本発明を具体的に説明するが、ここに記載した実施例に限定されるものではない。なお、以下の実施例に示されるパーセント(%)は特に限定しない限り、「重量%」を示す。各特性値の測定は以下に示す方法に基づいて行った。
【0077】
<油剤の付与率>
油剤付与後のプレカーサーを水酸化カリウム/ナトリウムブチラートでアルカリ溶融した後、水に溶解して塩酸でpH1に調整した。これを亜硫酸ナトリウムとモリブデン酸アンモニウムを加えて発色させ、ケイモリブデンブルーの比色定量(波長815mμ)を行い、ケイ素の含有量を求めた。ここで求めたケイ素含有量と予め同法で求めた油剤中のケイ素含有量の値を用いて、プレカーサー油剤の付与率を算出した。
【0078】
<内部浸透抑制性>
乾燥、緻密化されていない水膨潤状態のプレカーサーに、各プレカーサー油剤の構成成分中の界面活性剤の水エマルジョンを、乾燥状態におけるプレカーサーの重量に対して付与率1.0%となる様に付与した後、温風乾燥機にて105℃×3時間処理して水分を完全に除去した。乾燥後のプレカーサー表面の付着量を溶剤抽出法により測定し、下記式にて内部浸透率を算出した。得られた内部浸透率から下記の評価基準により内部浸透抑制性を判定した。
内部浸透率(%)={付与率1.0(%)−プレカーサー表面の付着量(%)}/付与率1.0(%)×100
◎:内部浸透率が10%未満
○:内部浸透率が10%以上20%未満
△:内部浸透率が20%以上30%未満
×:内部浸透率が30%以上
【0079】
<製糸操業性(ローラー汚れ)>
プレカーサー50kgに油剤を付与した後の乾燥ローラーの汚染度合い(ガムアップ)を下記の評価基準で判定した。
◎ :ガムアップによるローラー汚染が無く、製糸操業性問題無し
○ :ガムアップによるローラー汚染が少なく、製糸操業性問題無し
△ :ガムアップによるローラー汚染がややあるが、製糸操業性問題無し
× :ガムアップによるローラー汚染があり、やや製糸操業性に劣る
××:ガムアップによるローラー汚染が著しく、製糸時に単糸取られ、捲き付きあり
【0080】
<絶乾皮膜均一性>
直径φ60mmのアルミカップ上に、各プレカーサー油剤エマルジョンを、その不揮発分の重量が1gとなるよう採取した。そして温風乾燥機にて105℃で3時間処理し、水分を除去して得られた絶乾皮膜の状態を観察し、下記の評価基準で判定した。
◎ :斑点の無い均一な皮膜
○ :1〜5個の斑点のある皮膜
△ :6〜9個の斑点のある皮膜
× :10個以上の斑点のある、または2つの部分に分離している皮膜
【0081】
<融着防止性>
炭素繊維から無作為に20カ所を選び、そこから長さ10mmの短繊維を切り出し、その融着状態を観察し、下記の評価基準で判定した。
◎:融着無し
○:ほぼ融着無し
△:融着少ない
×:融着多い
【0082】
<炭素繊維強度>
JIS−R−7601に規定されているエポキシ樹脂含浸ストランド法に準じ測定し、測定回数10回の平均値を炭素繊維強度(GPa)とした。
【0083】
<成分の説明>
シリコーン化合物S−1:アミノ変性シリコーン(25℃粘度:1,300mm/s;アミノ当量:2,000g/ mol)
シリコーン化合物S−2:アミノ変性シリコーン(25℃粘度:1,700mm/s;アミノ当量:3,800g/ mol)
シリコーン化合物S−d3:アマイドポリエーテル変性シリコーン(BY−16−878:東レダウコーニング製)(25℃粘度:1,600mm/s、側鎖の変性当量:3,200g/mol、末端珪素置換基:トリメチル、側鎖:ポリオキシアルキレン基及びイミノ基含有アマイド鎖、窒素原子の変性当量:1,600g/molであり、r=1〜20、p=10〜1,000、q=10〜80、s=10〜80であるものの混合物)
シリコーン化合物S−d4:アマイドポリエーテル変性シリコーン/非イオン界面活性剤=67/33配合品(BY−16−891:東レダウコーニング製)、(25℃粘度:750mm/s、側鎖の変性当量:3,000g/mol、末端珪素置換基:トリメチル、側差:ポリオキシアルキレン基及びイミノ基含有アマイド鎖、窒素原子の変性当量:1,500g/molであり、r=1〜20、p=10〜1,000、q=10〜80、s=10〜80であるものの混合物)
シリコーン化合物S−d5:アマイドポリエーテル変性シリコーン(25℃粘度:2,000mm/s、アマイド鎖変性当量:2,800g/mol、末端珪素置換基:ジメチルメトキシ、側鎖:アマイド鎖及びポリオキシアルキレン鎖、窒素原子の変性当量:2,800g/molであり、r=1〜20、p=10〜1,000、q=10〜60、s=10〜60であるものの混合物)
【0084】
界面活性剤N1−1:一般式(1)に示した化合物において、A=エチレン、R=炭素数12の脂肪族炭化水素、x=1、y=1、n=9の化合物とA、R、x、yが同じでn=12の化合物との1:1の混合物。
界面活性剤N1−2:一般式(1)に示した化合物において、A=エチレン、R=炭素数12の脂肪族炭化水素、x=1、y=2、n=10の化合物とA、R、x、yが同じでn=12の化合物との1:1の混合物。
界面活性剤N1−3:一般式(2)に示した化合物において、A=エチレン、R=炭素数9の脂肪族炭化水素、x=1、y=1、n=10の化合物とA、R、x、yが同じでn=12の化合物との1:1の混合物。
界面活性剤N2−1:一般式(3)に示した化合物において、A=エチレン、R=炭素数12の脂肪族炭化水素、x=1、y=2、n=10の化合物とA、R、x、yが同じでn=15の化合物との1:1の混合物。
界面活性剤N2−2:一般式(4)に示した化合物において、A=エチレン、R=炭素数12の脂肪族炭化水素、x=1、y=1、n=10の化合物とA、R、x、yが同じでn=15の化合物との1:1の混合物。
界面活性剤N3−1:一般式(5)に示した化合物において、A=エチレン、R=炭素数12の脂肪族炭化水素、x=1、y=1、n=9の化合物とA、R、x、yが同じでn=12の化合物との1:1の混合物。
界面活性剤N3−2:一般式(6)に示した化合物において、A=エチレン、R=炭素数12の脂肪族炭化水素、x=1、y=1、n=10の化合物とA、R、x、yが同じでn=12の化合物との1:1の混合物。
界面活性剤N−a:POE(7)脂肪族アルキルエーテル(炭素数12〜14)
界面活性剤N−b:POE(12)トリスチレン化フェノールとPOE(20)トリスチレン化フェノールの2:1混合物
界面活性剤N−c:POE(12)脂肪族アルキルエーテルホスフェート(炭素数12〜14)
界面活性剤N−d:POE(25)硬化ひまし油エーテル
界面活性剤N−e:POE(5)ラウリルエーテルサルフェートナトリウム塩
界面活性剤N−f:POE(10)ラウリルアミドエーテル
【0085】
〔実施例1〕
乳化剤成分N1−1の内部浸透率を上記の方法により測定し、内部浸透抑制性の評価を実施した。結果を表1に示す。次いで、シリコーン化合物S−1/界面活性剤N1−1=85/15よりなる油剤エマルジョン(プレカーサー油剤)を得た。なお、油剤不揮発分濃度は3.0重量%とした。この油剤エマルジョンの絶乾皮膜を観察し、上記の方法により絶乾皮膜均一性の評価を実施した。結果を表1に示す。さらにこの油剤エマルジョンをプレカーサー(単繊維繊度0.8dtex,24,000フィラメント)に付与率1.0重量%となるように付着し、100〜140℃で乾燥して水分を除去し、油剤付与後のプレカーサーを得た。製糸操業性評価の結果を表1に示す。上記方法により油剤付与率を測定したのち、この油剤付着後のプレカーサーを250℃の耐炎化炉にて60分間耐炎化処理し、次いで窒素雰囲気下300〜1400℃の温度勾配を有する炭素化炉で焼成して炭素繊維に転換した。上記方法により融着防止性評価、炭素繊維強度測定を実施した。各特性値の評価結果を表1に示す。
【0086】
〔実施例2〜36および比較例1〜9〕
実施例2〜36および比較例1〜9では、実施例1において、それぞれ表1〜5に示す油剤不揮発分組成(重量%)になるように、シリコーン化合物成分及び界面活性剤を選択した以外は、実施例1と同様にして各特性の評価を実施した。それぞれの実施例および比較例における各特性値の評価結果も、実施例1と同様に表1〜5に示す。
下記の表1〜5より明らかなように、比較例と比較して実施例では、いずれも内部浸透抑制性および絶乾皮膜均一性および融着防止性に優れており、炭素繊維強度についても良好な結果が得られた。
【0087】
【表1】

【0088】
【表2】

【0089】
【表3】

【0090】
【表4】

【0091】
【表5】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
界面活性剤とシリコーン化合物を必須に含有する炭素繊維製造用アクリル繊維油剤であって、前記界面活性剤が、ベンゼン環またはナフタレン環を1つのみ有し、かつそのベンゼン環またはナフタレン環が、オキシアルキレン基の繰り返し単位を持つ置換基と脂肪族炭化水基を含む置換基とをそれぞれ一つ以上有する化合物であり、油剤の不揮発分全体に占める前記界面活性剤の重量割合が5〜50重量%である、炭素繊維製造用アクリル繊維油剤。
【請求項2】
前記界面活性剤が、下記一般式(1)で示される化合物、下記一般式(2)で示される化合物、下記一般式(3)で示される化合物、下記一般式(4)で示される化合物、下記一般式(5)で示される化合物および下記一般式(6)で示される化合物から選ばれる少なくとも1つの化合物である、請求項1に記載の炭素繊維製造用アクリル繊維油剤。
【化1】

【化2】

【化3】

【化4】

【化5】

【化6】


但し、式(1)〜式(6)中の記号は、各式独立して次の意味を表す。
A:炭素数2〜4のアルキレン基を示す。(AO)中のAは同一でもあってもよく、異なっていてもよい。
n:0から20の数を示す。
:炭素数1から22の脂肪族炭化水素基を示す。
:炭素数6から22の脂肪族炭化水素基を示す。
:炭素数6から22の脂肪族炭化水素基を示す。
、y:1〜5でかつx+yが2〜6となる整数を示す。
、y:1〜7でかつx+yが2〜8となる整数を示す。
【請求項3】
油剤の不揮発分全体に占める前記シリコーン化合物の重量割合が30〜95重量%である、請求項1または2に記載の炭素繊維製造用アクリル繊維油剤。
【請求項4】
前記シリコーン化合物が、アミノ変性シリコーンおよび/またはアマイドポリエーテル変性シリコーンを含有する、請求項1〜3のいずれかに記載の炭素繊維製造用アクリル繊維油剤。
【請求項5】
前記シリコーン化合物が、アミノ変性シリコーンおよびアマイドポリエーテル変性シリコーンを必須に含有し、油剤の不揮発分全体に占める前記アマイドポリエーテル変性シリコーンと前記アミノ変性シリコーンの合計の重量割合が30〜95重量%であり、アマイドポリエーテル変性シリコーンとアミノ変性シリコーンとの重量比が5/95〜95/5である、請求項4に記載の炭素繊維製造用アクリル繊維油剤。
【請求項6】
水中に分散したエマルジョンとなっている、請求項1〜5のいずれかに記載の炭素繊維製造用アクリル繊維油剤。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれかに記載の炭素繊維製造用アクリル繊維油剤を炭素繊維製造用アクリル繊維に付着させる付着処理工程と、付着処理後のアクリル繊維を200〜300℃の酸化性雰囲気中で耐炎化繊維に転換する耐炎化処理工程と、前記耐炎化繊維をさらに300〜2000℃の不活性雰囲気中で炭化させる炭素化処理工程とを含む、炭素繊維の製造方法。

【公開番号】特開2010−174409(P2010−174409A)
【公開日】平成22年8月12日(2010.8.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−18893(P2009−18893)
【出願日】平成21年1月30日(2009.1.30)
【出願人】(000188951)松本油脂製薬株式会社 (137)
【Fターム(参考)】